令和6年6月28日宣告令和5年(わ)第61号、第262号殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、傷害、ストーカー行為等の規制等に関する法律違反被告事件判決 主文 被告人を懲役20年に処する。 未決勾留日数中350日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)第1部分判決の「罪となるべき事実」の記載を引用する。 第2被告人は、令和4年4月以降、Aと交際していたところ、同年10月22日頃から、Aから交際を解消したいと告げられていたが、Aに対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、Aから拒まれたにもかかわらず、同年11月23日午前4時10分頃から同日午前9時30分頃までの間、4回にわたり、福岡県内又はその周辺において、自己の使用する携帯電話機からAが使用する携帯電話機及びAの勤務先である福岡市a区内の会社事務所に連続して電話をかけたことにより、同月26日、福岡県B警察署長からストーカー行為等の規制等に関する法律5条3項の規定に基づき、Aに対し、更に反復してつきまとい等をしてはならない旨の禁止命令を受けていたものであるが、Aに対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、令和5年1月16日午後6時6分頃、福岡市a区bc丁目d番e号付近歩道上において、傘を差して同所を徒歩で通行していたAを偶然見かけ、Aに対し、「おい」などと声をかけ、その傘に自己が差していた傘をぶ つけ、さらに、その頃から同日午後6時13分頃までの間、同所から同市a区bc丁目f番g号付近路上に到るまでの区間を歩行していたAに追従するなどし、もって前記禁止命令に違反してつきまとい等をすることにより、Aに対し、身体の安全、住 後6時13分頃までの間、同所から同市a区bc丁目f番g号付近路上に到るまでの区間を歩行していたAに追従するなどし、もって前記禁止命令に違反してつきまとい等をすることにより、Aに対し、身体の安全、住居等の平穏が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により、つきまとい等を反復して行い、ストーカー行為をした。 第3被告人は、前記第2のとおり、Aが警察に相談したことで被告人がストーカーと扱われて生活全般が窮地に陥っていると考えてAに逆恨みをしていたところ、Aに追従しながら、この点について謝罪を求めるなどしてAと口論となったが、Aが被告人が期待するような応対をしてくれず、110番通報しようとしたことで激高し、同日午後6時13分頃、同市a区bc丁目f番g号付近路上において、Aに対し、殺意をもって、その右前胸部、左側胸部、背部、頭部、後頸部等を身卸包丁(刃体の長さ約24.4センチメートル)で多数回突き刺し、よって、その頃、同所において、Aを多数刺切創に基づく失血により死亡させて殺害した。 第4被告人は、業務その他正当な理由による場合でないのに、前記第3記載の日時場所において、前記身卸包丁1丁を携帯した。 (事実認定の補足説明)第1 公訴事実の要旨及び争点ストーカー行為等の規制等に関する法律(以下「ストーカー規制法」という。)違反被告事件の概要は、「被告人は、Aに対しつきまとい等をしたことにより禁止命令を受けていたにもかかわらず、Aに対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、令和5年1月16日午後6時3分頃、福岡市a 区bc 丁目h 番i 号付近歩道上においてAを待ち伏せした上、その近くを徒歩で通行してきたAに声を掛け、さらにAに追従するなどしてつ を充足する目的で、令和5年1月16日午後6時3分頃、福岡市a 区bc 丁目h 番i 号付近歩道上においてAを待ち伏せした上、その近くを徒歩で通行してきたAに声を掛け、さらにAに追従するなどしてつきまとい等を行い、もってストーカー行為をした」というものである。 同事件について、被告人が前記日時場所において約3分間立ち止まっていたことや、その後Aに対して声を掛けて追従したことは当事者間に争いがなく、関係証拠上も認められる。同事件の争点は、①被告人が約3分間立ち止まっていた行為が「待ち伏せ」といえるか、②被告人の待ち伏せや追従行為が、恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的(以下「恋愛感情等充足目的」ともいう。)でなされたものといえるか、である。 当裁判所は、被告人がAを待ち伏せしたという点については合理的な疑いが残るが、被告人が恋愛感情等充足目的で追従行為をしたことは認められると判断したので、以下、その理由を説明する。 第2 前提事実関係証拠によれば、以下の事実が認められる。 ⑴ 被告人は、令和4年4月頃から、福岡市a 区内のショットバーで勤務していた。 Aは、同市a 区内の会社に勤めるかたわら、遅くとも令和4年4月頃から、ホステスとして同区内の会員制クラブでのアルバイトも掛け持つようになった。 ⑵ 被告人とAは、令和4年4月に知り合い、その頃交際を開始した。被告人が勤務するショットバーとAの勤務先クラブは系列店の関係にあったところ、同系列店を運営する会社では、系列店も含めた従業員同士での交際が禁止されており、交際が発覚した場合には当該従業員は私的な罰金として100万円を会社に支払うこととなっていた。 ⑶ 被告人は、同年8月13日に判示第1記載の傷害事件を起こしたところ、 同士での交際が禁止されており、交際が発覚した場合には当該従業員は私的な罰金として100万円を会社に支払うこととなっていた。 ⑶ 被告人は、同年8月13日に判示第1記載の傷害事件を起こしたところ、同月20日、被告人の留守中に何者かが被告人方のベランダの窓ガラスを割って室内に侵入し、室内を荒らすという事件が起こった。 被告人は、前記傷害事件の被害者やその関係者がその報復のために被告人を襲撃しようとしたものであり、再度襲撃されて殺されるかもしれないなどと考えて、外出時は護身用に包丁2丁(うち1丁は、判示第3及び第4の犯行で用いられた身卸 包丁)をトートバッグに入れて携帯するようになった。また、自宅に寝泊まりするのは危険であるとも考え、1か月半ほどホテルを転々として宿泊していたが、宿泊費がかさみ、次第に困窮するようになった。被告人は、同年9月下旬に同市a 区内の別の住居に転居したが、生活苦はそれ以降も続いた。 ⑷ 被告人は、令和4年10月22日頃、Aから交際を解消したい旨告げられたが、被告人はこれに納得できず、Aの携帯電話機に、Aのプライバシーを害し不名誉な動画を含む写真や動画を大量に送信するなどしたため、Aは、警察に相談し、被告人への口頭警告を希望した。同月24日、被告人はB警察署でストーカー規制法上の警告を口頭で受け、今後Aに対し連絡や待ち伏せ等はしない旨の申立書を作成した。 ⑸ 被告人は、口頭警告を受けた後も、かつらで変装した上でAの勤務先会社が入居するビルに赴いてAと接触して再び連絡を取り合うよう求めたり、会社から被告人とAが交際していたことを疑われている、罰金を免れるために打合せをしたいと称してAと面会した際、Aに復縁を求めるなどした。Aは復縁を断った上で、これらの被告人の言動を受けて再度警察に相談したところ、被告人は 際していたことを疑われている、罰金を免れるために打合せをしたいと称してAと面会した際、Aに復縁を求めるなどした。Aは復縁を断った上で、これらの被告人の言動を受けて再度警察に相談したところ、被告人は、Aの勤務先クラブに赴いたり、Aの携帯電話機に「おばはん警察に何言うた」「俺の人生めちゃくちゃにしやがって」「何年でも恨んだるから覚えとれや」等のメッセージを送信したり、Aの携帯電話機や勤務先会社に対し連続して電話を掛け、電話に出た勤務先会社の従業員に「あの女は、人の人生めちゃくちゃにして謝罪もなしか。あのなめた女に言っとけ。」などと一方的に怒鳴って電話を切るなどした。これらの行為を理由に、被告人は、同年11月26日、B警察署長からストーカー規制法5条3項の規定に基づく禁止命令を受け、本件に至るまでAと接触を図ることはなかった。 ⑹ その後、被告人は、警察から連絡を受けた被告人の勤務先の幹部に被告人とAが交際関係にあったことやAに対するストーカー行為を行ったことを知られることとなった。勤務先の幹部からAとの交際を理由に100万円の罰金を支払うよう求められたほか、被告人には失望したなどと言われたり、勤務先のショットバーを 訪れるAの勤務先クラブのホステスから「ストーカーの歌を歌え」などと言われるようになった。このような中で、被告人は生活に困窮し、令和5年1月には自宅の電気・ガスの供給を停められたほか、携帯電話の利用料金も滞納し、通信事業者から同月17日までに利用料金を支払わなければ利用を停止する旨の通知を受け取っていた。 ⑺ 被告人は同月16日、福岡市a 区内の自宅から徒歩でC駅方面に向かい、午後6時3分頃、その間にある別紙見取図記載の①地点で約3分間立ち止まった。①地点はC駅前の大通りから1 本裏に入った通り沿いであり、有名なシティ 日、福岡市a 区内の自宅から徒歩でC駅方面に向かい、午後6時3分頃、その間にある別紙見取図記載の①地点で約3分間立ち止まった。①地点はC駅前の大通りから1 本裏に入った通り沿いであり、有名なシティホテルの裏側の西角に位置する。 他方、AはC駅を利用して勤務先の会社に通勤していたところ、勤務先の会社からC駅まで徒歩で向かう道筋の一つに①地点はあったものの、表通りを歩いていけば①地点を通ることはなく、また、他の裏通りを歩いて駅に向かっても①地点を通ることはない。①地点からAの勤務先会社のビルに出入りする人物は見通せない。 また、Aの勤務先会社はフレックスタイム制を採用しており、Aの勤務時間は、基本的には午前8時45分から午後5時45分とされていたが、実際には退勤時間が午後4時頃まで早まったり、午後8時頃まで遅くなることもあった。 ⑻ 被告人は、午後6時6分頃、C駅とは逆に歩き出し、別紙見取図記載の②地点で、同所に向かって歩いてきたAに「おい」などと言いながら、その傘に自分が差していた傘をぶつけ、さらに、その頃から約7分間、別紙見取図記載の③地点まで、同見取図記載の矢印に沿って、約173メートルにわたり、C駅方面に向かうAに追従するなどした。その間、被告人は、Aから警察を呼ぶなどと言われたが、Aに対して、Aが被告人をストーカーとして警察に相談・通報したために、被告人の勤務先の幹部に被告人とAが交際関係にあったことやAがストーカー被害を訴えていることを知られて、被告人が職場でストーカー呼ばわりされたり、被告人やその勤務先のショットバーの店長、Aの勤務先クラブのママがそれぞれ会社に100万円の罰金を支払わなければならなくなったなどと、Aに文句を言ったり、謝罪を 求めたりした。 第3 争点に対する判断 1 「待ち伏せ」該当性(争点① 務先クラブのママがそれぞれ会社に100万円の罰金を支払わなければならなくなったなどと、Aに文句を言ったり、謝罪を 求めたりした。 第3 争点に対する判断 1 「待ち伏せ」該当性(争点①)について以上の事実関係を前提に、被告人が約3分間立ち止まった行為がAを「待ち伏せ」たものといえるかについて検討する。 確かに、被告人が、Aの退勤が想定される午後6時過ぎに、Aの勤務先会社に近く、Aが通勤に使っているC駅に向かう経路上にある場所で、特段用もないのに一定の時間立ち止まっていたことや、その近くを通行するAを見かけるや自ら声をかけて更に追従したこと、従前被告人がAに対し「俺の人生めちゃくちゃにしやがって」等のメッセージを送信しており、本件当日もAに追従しながら、Aが警察にストーカー被害を申告したことについてAに謝罪を求めたことなどからすると、被告人が当初からAに対して文句を言ったり謝罪を求めたりする目的で、退勤するAを待ち伏せていたのではないかとも考えられる。 もっとも、この点について、被告人は、その日に利用料金を支払わなければ携帯電話の利用を停止されてしまうと考え、その支払いのためC駅のバスターミナルにある携帯電話ショップに向かったものの、生活費に困窮していたこともあり、一旦立ち止まってたばこを吸いながら利用料金を支払うかどうかを考えていたにすぎず、Aを待ち伏せしていたわけではなく、利用料金の支払いを諦めて歩き出したところ、たまたまAと出くわして、とっさに声をかけて追従してしまったと供述している。 そこで更に検討すると、被告人の携帯電話の利用料金の滞納状況や、通信会社から被告人に宛てられたメッセージの内容、以前にも被告人がC駅のバスターミナルにある携帯電話ショップで利用料金を支払っていたことからすると、本件当日にも同携帯電話 話の利用料金の滞納状況や、通信会社から被告人に宛てられたメッセージの内容、以前にも被告人がC駅のバスターミナルにある携帯電話ショップで利用料金を支払っていたことからすると、本件当日にも同携帯電話ショップで利用料金を支払おうとしていたという被告人の供述を排斥することはできない。そして、被告人が立ち止まっていた場所は、Aの勤務先会社が入居するビルへの人の出入りをうかがえるような位置関係にはなく、また勤務先会社から近い場所とはいえ、C駅に向かう経路の1つに過ぎず、Aが他の道を通る可 能性もあったし、Aの退勤時間は必ずしも定まっておらず、午後6時過ぎにその付近を通るかどうかも不確実な状況にあった。しかも、既に日没後で雨天のため見通しも悪かった。そのような状況において、長時間その場に留まっていたのであればともかく、約3分間という比較的短い時間立ち止まっていたというだけで、間違いなく被告人がAを待ち伏せしていたとまでいえるかについては疑問が残る。 被告人は、Aを見かけると自ら声をかけて追従するなどしているが、この点も、被告人がAの対応に不満を抱きつつも、禁止命令を受けた後は本件に至るまで約1か月半にわたりAに接触していないことや、その間、Aの名前と一文字違いの見知らぬアカウントからLINE上でスタンプメッセージが送られ、被告人はアイコンの画像やスタンプからAから送信されて来たと受け止めたものの、被告人はその対応を警察に相談するに留めていたこと、その後本件までの間に被告人のAに対する感情や行動を変容させるような事情もうかがわれないことからすると、禁止命令を受けて以降Aに接触するつもりはなかったという被告人の供述を排斥することはできず、本件時にたまたまAを見かけたことで、怨みの感情が再燃し、とっさに声をかけて追従したという可能性を否定するこ 止命令を受けて以降Aに接触するつもりはなかったという被告人の供述を排斥することはできず、本件時にたまたまAを見かけたことで、怨みの感情が再燃し、とっさに声をかけて追従したという可能性を否定することはできない。 そうすると、結局、被告人が間違いなくAを待ち伏せしていたと認めることはできない。 2 恋愛感情等充足目的の有無(争点②)についてそこで次に、被告人がAを追従した行為が「つきまとい」に当たるかについて検討すると、被告人は、禁止命令を受けており、Aも「警察を呼ぶ」などと言って拒絶しているのに、約7分間にわたってAに追従し、その間、Aが被告人をストーカーとして被害申告したことによって、被告人が勤務先のショットバーでストーカー扱いをされていることや、被告人やバーの店長、Aの勤務先クラブのママが会社から100万円の罰金を科されていることについて文句を言ったり、謝罪を求めたりしたというのであり、被告人の追従行為は身体の安全や行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法によりされたものと認められる。 他方で、被告人は、本件当時には既にAに対する恋愛感情やこれが満たされなかったことによる怨恨の感情はなく、単にAがストーカー被害を警察に訴えたことで、被告人を含む周囲の者に多大な迷惑をかけたことについて不満を抱いていたにすぎず、このことについてAに謝罪をさせたり、文句を言ったりする目的しかなかったと供述し、弁護人もその供述に沿って被告人には恋愛感情等充足目的がなかったと主張する。 しかし、本件に至るまでの経緯をみると、被告人は、Aから交際解消を切り出されたことに納得できず、Aの携帯電話機に交際中の不名誉な写真等を送り付けたことで、警察からAにつきまとい等をしてはならない旨の口頭警告を受けたのに、更にAの勤務先会社が入居 Aから交際解消を切り出されたことに納得できず、Aの携帯電話機に交際中の不名誉な写真等を送り付けたことで、警察からAにつきまとい等をしてはならない旨の口頭警告を受けたのに、更にAの勤務先会社が入居するビルに立ち入ってAと接触を図り、再度連絡を取り合うよう求めたり、Aに復縁を申し出るなどしたため、Aが再度警察に相談すると、そのことを恨む旨のメッセージを送信するなどして、令和4年11月26日、警察から禁止命令を受けたことが認められる。このようなAに対する一連の被告人の行動からすれば、少なくとも禁止命令を受けた時点で、被告人がAに対する恋愛感情を抱き、被告人の好意を受け容れずに警察に相談したAを逆恨みしていたことは明らかである。そして、禁止命令が出されてから本件に至るまで約1か月半しか経過していなかったことに加え、被告人の供述を前提としても、結局は交際解消時のAの対応に不満を抱いていたということに尽きるのであって、Aに対する恋愛感情やこれが満たされなかったことに対する怨恨の感情とは切り離して考えることのできないものといえ、その根底にはAに対する未練や自らの好意がAに受け入れられなかったことに対する怨恨の感情があったと認められる。 以上によれば、被告人がAを追従した行為は、ストーカー規制法上の「つきまとい」に当たり、被告人には判示第2のとおり同法19条2項の罪が成立する。 (量刑の理由)本件は、元交際相手に対するストーカー規制法上の禁止命令を受けていた被告人が、路上で偶然見かけた元交際相手に声を掛けて追従した上、携帯していた刃物で 刺殺したというストーカー規制法違反・殺人事件、及び、別の被害者に対する傷害事件1件の事案である。 量刑の中心となる殺人・ストーカー規制法違反についてみると、被告人は、被害者に対し、逆手で持った鋭利な包 たというストーカー規制法違反・殺人事件、及び、別の被害者に対する傷害事件1件の事案である。 量刑の中心となる殺人・ストーカー規制法違反についてみると、被告人は、被害者に対し、逆手で持った鋭利な包丁でその頭部や背部、後頸部等を少なくとも17回突き刺して複数の深い刺創を生じさせており、その一部は背部から胸腹部まで貫通している。被告人は、被害者がうつ伏せに倒れた後もなお刺すことをやめておらず、強固な殺意に基づく執拗かつ残忍な犯行といえる。被害者の死亡という結果が取り返しのつかない重大なものであることはいうまでもなく、被害者の感じた恐怖や苦痛、娘を残していく無念さも多大なものであったといえる。突然家族を奪われた遺族の衝撃や悲しみも計り知れず、遺族ができる限り厳しい処罰を望むのも当然である。犯行に至る経緯についてみると、被告人は、偶然路上で被害者を見かけて衝動的に声を掛けたが、自身が職場でストーカー扱いされていることや、生活が困窮していること、多額の罰金を科されたことはすべて被害者が警察にストーカー被害を訴えるなどしたせいだと考えて、被害者に文句を言ったり謝罪を求めたりしながら被害者に追従したが、被害者から思うような返答が得られず、かえって警察を呼ぼうとした被害者の対応に激高して、衝動的に殺害行為に及んだものと認められる。警察への相談や、声を掛けられて追従された際の被害者の対応に何ら落ち度がないことは明らかであり、本件は被告人の逆恨みによるものというほかない。本件はストーカーが当初から殺害を企てて被害者に接触したようなものではなく、計画性がうかがわれるものでないが、そもそも被告人が禁止命令を受けている身でありながら被害者に声を掛けて追従したことに端を発するものである。事件当時、被害者に対するストーカー行為が発覚したことなどにより、被告人が職場 るものでないが、そもそも被告人が禁止命令を受けている身でありながら被害者に声を掛けて追従したことに端を発するものである。事件当時、被害者に対するストーカー行為が発覚したことなどにより、被告人が職場で客からなじられたり、上司から見放すような態度を取られたり、いたずらや嫌がらせと思われるLINEのメッセージが送られてきた上、勤務先からは罰金と称して多額の金銭支払いまで求められていたというのであり、生活苦と相まって追い詰められた状況にあったことが認められ、そのすべてを被告人の自業自得とまでいうことはできな いこと、また被告人にはその成育歴等から問題が重なるとストレス耐性が低下するという特性があったことを踏まえても、やはり被告人の犯行は短絡的かつ身勝手といわざるを得ず、厳しい非難は免れない。 加えて、被告人が、殺人事件の約5か月前にも、何ら落ち度のない別の被害者に一方的に暴力を振るい、複視の後遺症が残る加療約7か月の傷害を負わせたことも軽視できるものではない。 以上によれば、本件の犯情は悪く、同種事案(知人・友人・勤務先関係を被害者とする、刃物類を用いた単独犯による殺人事件1件の事案で、動機が怨恨又は男女関係のもの。その多くは懲役10年くらいから懲役22年くらいに分布している。)の中でとりわけ重い事案とまではいえないが、比較的重い部類に属するものといえる。 ところで、検察官は、本件について懲役30年を求刑した。検察官は、この求刑について、男女関係を動機とする凶器を使用した殺人事件(単独犯)の量刑検索システムの量刑傾向から説明したが、この量刑傾向は、1名を殺害した事件だけでなく、複数名の生命に危害を加えた事件を含んでおり、人の生命という重要な法益について、死亡した被害者の数を限定することなく本件の位置づけを説明しようとする点で疑 量刑傾向は、1名を殺害した事件だけでなく、複数名の生命に危害を加えた事件を含んでおり、人の生命という重要な法益について、死亡した被害者の数を限定することなく本件の位置づけを説明しようとする点で疑問がある。その上、検察官が本件を位置づける重い領域の前例となる事件で懲役30年から懲役26年に処せられているものを具体的にみていくと、同一の被害者に対する傷害事件で執行猶予中の者が被害者を待ち伏せて計画的に殺害しただけでなく、別人に対する殺人予備も犯したものであったり、被害者1名の殺人とは別に殺人未遂も犯した事件などであって、殺人については計画性が認められない事件の本件とは、人の生命に危害を加えた行為責任の領域が明らかに異なる。以上から、今回の検察官の求刑を本件の量刑を検討する基礎とすることは相当でないと判断した。 以上の事情に加えて、被告人に前科がないことや、概ね事実を認め、その内省が十分深まっているとはいえないものの、自らの責任を認めて被害者やその遺族に対 する謝罪の言葉を法廷で述べていることなど、被告人にとって酌むべき事情も考慮して、主文の刑が相当であると判断した。 (検察官の求刑懲役30年、弁護人の科刑意見懲役17年)令和6年6月28日福岡地方裁判所第2刑事部裁判長裁判官冨田敦史 裁判官加 々 美希 裁判官荒木克仁 (別紙見取図)(省略) 令和6年3月26日宣告令和5年(わ)第61号等―1 区分事件(令和5年(わ)第262号) 傷害被告事件部分判決 主文 本件区分事件の公訴事実につき、被告人は有罪。 理由 (罪となるべき事実)被告 年(わ)第61号等―1 区分事件(令和5年(わ)第262号) 傷害被告事件部分判決 主文 本件区分事件の公訴事実につき、被告人は有罪。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、令和4年8月13日午前5時11分頃から同日午前5時19分頃までの間に、福岡市j区kl番m号付近歩道上において、D(当時40歳)に対し、その顔面を右手拳で1回殴った上、同所に仰向けに転倒した同人に馬乗りになり、その顔面を右前腕部内側で複数回殴るなどの暴行を加え、よって、同人に加療約7か月間を要する顔面多発骨折等の傷害を負わせた。 (事実認定の補足説明)第1 争点本件において、被告人が被害者に対し暴行を加えて顔面多発骨折等の傷害を負わせたことに争いはなく、証拠上も認められる。 本件の争点は、①具体的な暴行態様、②誤想防衛の成否及び③被害者の負った傷害についての加療期間の評価である。 第2 争点①(暴行態様)及び争点②(誤想防衛の成否)について 1 証拠構造等について検察官は、事件当日被害者と行動を共にし、犯行を目撃していたEの供述を前提として、①暴行態様について、被告人は被害者の顔面を右手拳で複数回殴打した上、転倒した被害者の顔面を更に両手の手拳で複数回殴打したと主張し、②誤想防衛について、被告人が急迫不正の侵害を誤認するような状況は認められず、誤想防衛は 成立しないと主張する。 これに対し、弁護人は、E供述の信用性を争うとともに、被告人の供述を前提として、①被告人は転倒した被害者の顔面を殴打したことはあったが、右前腕部で殴打したものであり、その他の暴行は加えていない、②被告人は直前に諍いのあった被害者らから仕返しをされると考え、自分や交際相手の身を守るために暴行に及んだもので、誤想防衛が成立すると主張する。 殴打したものであり、その他の暴行は加えていない、②被告人は直前に諍いのあった被害者らから仕返しをされると考え、自分や交際相手の身を守るために暴行に及んだもので、誤想防衛が成立すると主張する。 2 Eの供述についてそこでまず、E供述の信用性を検討する。 ⑴ E供述の概要Eは、要旨以下のとおり供述する。 すなわち、Eは、令和4年8月12日の夜から、高校時代の友人である被害者を含む複数人で、福岡市内で店を変えつつ飲み会をしていた。順次参加者が帰宅していき、翌13日の午前4時頃には最後の店を出て被害者と2人になったが、被害者が沖縄から来てくれていたことや久々の再会ということもあり、名残惜しさを感じて、nの辺りをあてもなくしゃべりながら歩いていた。途中、立ち寄ったコンビニの前で被害者と立ち話をしていたところ、被害者が通りがかりの女性に気がつき、「あの人きれいじゃない」と言って、その女性が近くを通る際に「お疲れ」などと一言二言声を掛けたが、女性は被害者らを一瞥もせずに素通りしていった。すると急に男性が現れ、「おい」とか「こら」などと言いながら、いきなり被害者の足元を少なくとも1回足蹴りしてきて、被害者は転倒してしまった。Eは、男性に「男連れとは知らなかったんで、すみません。」などと言ったが、男性は被害者に「殺すぞ」などと言って威圧してきた後、女性と共に去っていた。なお、被害者が男性に蹴られた場所(以下「第1現場」という。)は人けがない場所ではないが、蹴られてから男女が去るまで、自分や被害者の近くに他に人はいなかった。また、被害者が女性に声を掛けている際、女性との距離は1メートルほどあり、被害者が女性に触れることはなく、女性が酒に酔って足元がおぼつかないということもなかった。 男女が第1現場から立ち去った後、男性から蹴ら 声を掛けている際、女性との距離は1メートルほどあり、被害者が女性に触れることはなく、女性が酒に酔って足元がおぼつかないということもなかった。 男女が第1現場から立ち去った後、男性から蹴られた件を110番通報しながら被害者と歩いていたところ、先ほどの男女が前方に見え、ほどなくして本件現場付近の歩道上(以下「第2現場」という。)で追い付いてしまった。2人を追い越そうとしたところ、男性が女性を「売女」などと罵って引き倒し蹴ったりしていた。 その場で被害者が携帯電話で110番通報しようとすると、それに気づいた男性が「おい」とか「こら」などと言いながら被害者に近づき、携帯電話を取り上げた上で画面を見て「警察に電話しとるやないか」などと言ってきた。被害者はけんかをするつもりはないというように両手を挙げたが、男性は被害者の胸倉をつかんで壁の方に押し込み、その顔面を1回右手拳で殴った。その後もみあいになり、その具体的な動きまでは分からないが、ほどなくして被害者が仰向けに転倒すると、男性は被害者に馬乗りになり、その顔面を両手で交互に複数回殴打していた。この際、男性の手の形までは覚えていないが、格闘技慣れした感じで手拳で殴るような動きであった。Eは女性に男性を止めるようお願いしたが、男性の暴力が止まらなかったため、やむなく男性の顔面を1回足で蹴ったところ、男性が今度はEの方に向かってきたので、走って逃げながら110番通報した。第2現場で男性が被害者に暴行を加えているときも、自分や被害者、男女の近くに人影はなかった。 ⑵ E供述の信用性ア以上のE供述は、被害者が女性に声をかけた際の状況については女性の様子も含め防犯カメラ映像によって客観的に裏付けられているし、その後第1現場で被害者が男性から蹴られたことや、第2現場付近で男性が女性に暴力を振 述は、被害者が女性に声をかけた際の状況については女性の様子も含め防犯カメラ映像によって客観的に裏付けられているし、その後第1現場で被害者が男性から蹴られたことや、第2現場付近で男性が女性に暴力を振るっているような様子であったこと、被害者が110番通報しようとしたこと、被害者が男性から激しい暴行を受けたことについても、本件事件前後にされたEや被害者による110番通報の状況・内容ともよく整合している。 以上によれば、E供述のうち犯行に至る経緯については、他の客観的な証拠とよく整合する上、その内容も体験した者でなければ語ることのできない具体性・迫真性も認められ、全体として信用することができるものといえる。 これに対し、弁護人は、E供述を前提とすると110番通報を咎める被告人の声が記録されているはずであるが、関係証拠によれば被害者による110番通報は3秒間の無音状態の後に切断されており、客観的な通報状況と矛盾するE供述は信用できないと主張する。しかし、被害者が110番通報をした動かしがたい事実は、E供述によってのみ合理的に説明できるものである。通信記録に被告人の発言が録音されていない点についても、当時の通話状況からすれば、何ら不合理な点はない。 イ他方で、E供述のうち、被告人が被害者に加えた暴行の詳細な内容については、その信用性について慎重な判断を要する。すなわち、被告人が被害者の胸倉をつかんでその顔面を右手拳で1回殴ったという点については、被告人と被害者がもみ合いになる中で認識できた部分とそうでない部分を明確に区別して供述しており、またその内容も具体的で合理的といえ、信用することができる。しかし、被告人が被害者に馬乗りになった後の場面については、E供述によれば、被告人は被害者の顔面を両手の手拳で複数回殴打していたというのであり たその内容も具体的で合理的といえ、信用することができる。しかし、被告人が被害者に馬乗りになった後の場面については、E供述によれば、被告人は被害者の顔面を両手の手拳で複数回殴打していたというのであり、たしかに被害者の顔面の負傷状況からすると被害者が顔面を複数回強く殴打されたことは裏付けられているものの、その負傷部位が顔面の左側に集中し、左の手拳で殴打されたはずの顔面右側には目立った外傷が見当たらないことと整合していない。そして、E自身、被告人の殴打行為について手の形までは覚えていないと述べており、また女性に被告人を止めるよう求めたり、自身で被告人を足蹴りするなど、被害者を助けることに意識が向いていたことがうかがわれ、突発的な事態にあって被告人の動きをどこまで意識的に観察できていたかについては疑問が残る。 そうすると、E供述のうち、被告人が被害者に馬乗りになった後の暴行態様のうち左右の手拳で殴打したという部分については、そのまま採用することはできない。 3 被告人供述の信用性についてそこで次に、被告人供述についても検討する。 被告人供述の概要被告人は、本件に至る経緯及び暴行態様について、要旨、以下のとおり供述する。 すなわち、被告人は、事件当日、交際相手と口論になりいったんは別行動となったが、酒に酔った交際相手のことが心配になって周辺を探していたところ、第1現場であるコンビニ前の歩道上で、酩酊して足をㇵの字に開いて座り込んでいる交際相手を発見した。交際相手の周りには五、六人の男性グループがおり、そのうちの1人である被害者が脇を抱えるような体勢で交際相手に触ろうとしていた。その様子を見て、被告人は交際相手が連れ去られるのではないかと考え、被害者に「お前何しとんねん」などと言ったところ、被害者からにらみつけられたため、被 を抱えるような体勢で交際相手に触ろうとしていた。その様子を見て、被告人は交際相手が連れ去られるのではないかと考え、被害者に「お前何しとんねん」などと言ったところ、被害者からにらみつけられたため、被害者の髪の毛をつかんで足払いした。その際、被害者以外の男性らは特段何もしてくる様子はなかった。その後、交際相手を被告人の家に連れて帰ろうとしたが、交際相手はひどく酔っており、被告人が支えてやっと歩ける様子であった。第2現場付近に差し掛かった頃、交際相手を支えるのに疲れていったん立ち止まっていたところ、被害者が被告人らのすぐ左側におり、こちらをにらみつけているのに気が付いた。被害者が攻撃をしかけてくる様子はなかったものの、身の危険を感じて、とっさに被害者に足払いをしたところ、被告人も被害者と一緒に転倒してしまい、仰向けに倒れた被害者の上に馬乗りになった。被告人が起き上がろうとしたところ、被害者から左手の小指や薬指をかまれたため、被害者の顔面を右前腕部の内側の筋肉の部分で四、五発殴ったところ、被害者は気絶した。 被告人供述の信用性についてまず、本件に至る経緯に関する点について検討すると、第1現場付近の防犯カメラ映像によれば、被告人の交際相手が独力で歩いて被害者やEの近くを素通りしている状況が記録されており、こうした交際相手の様子からすると、酔いの程度は別論として、直ちに路上に座り込んだり、被告人に支えられてやっと歩けるというような状態にはなかったことが認められる。また、その映像からは、被告人の供述するような交際相手が座り込んだ姿や、その周りに被害者やE以外に何人もの男性がいる様子はうかがわれず、被告人の供述は客観的証拠に反するものといえる。加えて、被告人の供述では、被害者が暴行を受ける直前に110番通報をしたものの、 無音状態の 者やE以外に何人もの男性がいる様子はうかがわれず、被告人の供述は客観的証拠に反するものといえる。加えて、被告人の供述では、被害者が暴行を受ける直前に110番通報をしたものの、 無音状態のまま3秒後に通話が切断された事実の説明がつかない。この点でも被告人の供述は信用することができない。 他方で、暴行態様について検討すると、被告人は仰向けに転倒した被害者の顔面を両手拳で殴打してはおらず、自身の右前腕部内側の筋肉の部分で殴打したと供述するところ、その供述内容は、顔面の左側に怪我が集中し、右側には目立った外傷が見受けられない被害者の負傷状況に整合するものである。加えて、けんか慣れしている被告人は、けんかの際には拳を傷めないように前腕部の内側で殴るようにしているという説明には合理的な一面があることや、被告人が事件から4日後に証拠を残す目的で撮影した写真をみると、その右前腕部内側に皮下出血らしき痕が見える一方、右手の甲にはそのような痕跡は見受けられないことからすると、この点に関する被告人供述を排斥することはできない。 4 結論⑴ 争点①(暴行態様)について以上によれば、暴行態様のうち、まず被告人が被害者を右手拳で1回殴打した点についてはE供述により認められるものの、被害者が転倒した後の暴行態様については、E供述に依ることはできず、被告人が供述するとおり、右前腕部の内側で被害者の顔面を複数回殴打したものと認定した。 ⑵ 争点②(誤想防衛)について信用できるE供述によれば、第2現場において、被害者が110番通報をしていたところ、被告人が被害者の携帯電話機を取り上げ、「警察に電話しとるやないか」などと述べて、両手を上げてけんかする意思がないことを示している被害者に暴行を加えたことが認められる。そうすると、当初、被告人が、直前 告人が被害者の携帯電話機を取り上げ、「警察に電話しとるやないか」などと述べて、両手を上げてけんかする意思がないことを示している被害者に暴行を加えたことが認められる。そうすると、当初、被告人が、直前に諍いのあった被害者らが仕返し等のために追いかけてきたのではないかと考えたとしても、遅くとも被害者に対して暴行を加えるより前には、被害者らに攻撃意思がないことを被告人もはっきりと認識したものと認められる。以上によれば、被告人が被害者らによる急迫不正の侵害を誤認するような状況にはなかったと認められ、被告人の行為に 誤想防衛は成立しない。 第3 争点③(加療期間の評価)について 1 関係証拠(被害者の治療に当たった医師の供述を含む。)によれば、被害者の治療経過等は以下のとおり認められる。 被害者は、令和4年8月13日、被告人の暴行によって顔面多発骨折等の傷害を負い、同月31日、1回目の整復手術を受けた。しかし、骨折部位が多く、手術時間が長時間に及んだため、医師の判断により眼窩内側壁については整復されなかったことや、顔面の多発骨折は整復の難易度が高いこともあって頬骨が十分整復されず、その状態で骨癒合し変形治癒となったことから、被害者には眼球陥凹が残存した。眼球陥凹が残存した場合、その容姿に影響するほか、左右の目の位置が変わることで物をうまく見ることができなくなるため、眼球陥凹の改善を目的として、2回目の整復手術が行われた。再手術を行う場合、通常は1回目の手術から約半年が経過して傷痕が落ち着いた頃に行うこととされ、被害者についても1回目の手術から約半年後である令和5年2月末から同年3月上旬頃には2回目の手術を行うことができ、同年3月中旬に予定されたが、病院や被害者の仕事の都合などから、同年4月12日に手術を行い、同月18日に入院治療を終え 約半年後である令和5年2月末から同年3月上旬頃には2回目の手術を行うことができ、同年3月中旬に予定されたが、病院や被害者の仕事の都合などから、同年4月12日に手術を行い、同月18日に入院治療を終えて被害者は退院した。 2 以上を前提に、検察官は、受傷日から被害者が2回目の手術を受けて退院した日までの249日間を加療日数として主張するのに対し、弁護人は、①1回目の手術から約6週間から8週間後には変形状態ではあるものの骨癒合して症状固定していたのであるから、受傷日からその頃までに限って加療日数と評価すべきである、②仮に2回目の手術が傷害の治療に必要な行為であったとしても、2回目の手術は実際よりも約1か月半ほど早期に実施できたのであるから、検察官が主張する約249日間という加療期間は不当に長すぎる旨主張する。 そこでまず2回目の手術の必要性について検討すると、1回目の手術を経てもなお被害者には眼球陥凹が残存しており、生理的機能を可能な限り受傷前の状態まで回復させるためには、2回目の手術を行う必要があったといえる。しかも1回目の 手術で十分な整復ができなかったのは、骨折箇所が多く一度の手術では修復しきれなかったことや、そもそも顔面多発骨折が整復不良となりやすい傷害であることに起因するものであり、これらの点も踏まえると、2回目の手術を行うのに必要な期間も加療期間に含まれるものと認められる。 もっとも、2回目の手術の時期について検討すると、2回目の手術は令和5年2月末頃から3月上旬頃には実施可能であり、3月中旬に予定されたが、実際の手術が同年4月12日になったのは専ら病院や被害者の都合によるものである。 そうすると、本件で加療期間を算定するに当たっては、通常の2回目の手術日程を前提とすべきであり、本件の加療期間は、受傷日である令和4年 4月12日になったのは専ら病院や被害者の都合によるものである。 そうすると、本件で加療期間を算定するに当たっては、通常の2回目の手術日程を前提とすべきであり、本件の加療期間は、受傷日である令和4年8月13日から令和5年3月頃までの約7か月間であると認めるのが相当である。 第4 結論以上によれば、被告人が被害者に判示記載の暴行を加えて加療約7か月間の傷害を負わせたと認められ、その行為に誤想防衛は成立しないから、被告人の行為には傷害罪が成立する。 (罪となるべき事実に関連する情状に関する事実) 1 被告人は、早朝の路上で、被害者に対し、同人が気絶するほど、一方的に判示記載の暴行を加え、重い傷害を負わせた。 2 本件で、被害者は2度の整復手術を要する加療約7か月の顔面多発骨折等の傷害を負った。症状固定後の現在も、眼球陥凹(眼球が奥に引っ込んだような状態)による複視の後遺症が残存し、容貌も以前とは変わっている。 3 被告人が被害者に暴行を加えた動機は必ずしも判然としないが、被害者の側に被告人からの暴行を誘発するような落ち度はない。本件の経緯は、被害者が被告人と連れの女性がもめている様子を見て110番通報をしようとしたところ、被告人がいきなり暴行に及んだというものである。 4 被告人から被害者に慰謝の措置はなく、被害者は厳罰を望んでいる。 令和6年3月26日 福岡地方裁判所第2刑事部裁判長裁判官冨田敦史 裁判官加 々 美希 裁判官荒木克仁 克仁
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