令和4(わ)1446 殺人

裁判年月日・裁判所
令和7年10月16日 横浜地方裁判所
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判決文本文5,044 文字)

主文 被告人を懲役14年に処する。 未決勾留日数中700日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、令和4年9月11日午後11時17分頃、川崎市内の路上において、A(当時57歳)に対し、殺意をもって、その前胸部を刃物で1回突き刺し、よって、同月12日午前0時24分頃、同市内所在の病院において、同人を心臓刺創による失血により死亡させて殺害した。 (証拠の標目)省略(事実認定の補足説明)第1 争点被告人及び弁護人は、被告人が持っていた刃物(以下「本件刃物」という。)が、Aの前胸部に刺さり、Aが死亡したことは争わないが、被告人に殺意はなく、また、被告人の行動は、Aたちの攻撃から自分の生命、身体を守るための防衛行為であるから正当防衛が成立し、被告人は無罪であると主張する。 第2 認定事実当裁判所は、以下の事実を関係証拠から認定した。 1 被告人は、令和4年9月11日、職場の同僚のX2ほか数名、被告人がベトナムにいた頃からの知り合いであり、以前の勤務先の社長でもあったX1、Zらと川崎市内のベトナム料理店で被告人の誕生日を祝って飲食した後、同市内のZの店である本件店舗に移動し、カラオケや飲食をしていた。 2 一方、Aは、同日、同市内の別のベトナム料理店で友人や交際相手らと飲食した後、被告人らが入店していた本件店舗を訪れた。Aらが本件店舗に入店した際、X1は、店内に上半身裸でいたところ、Aは、X1に対し、その顔を指で指すなどしながら服を着るように強い口調で注意し、X1もAに対し「けん かしたいなら、そのけんか買うよ。」などと言い返し、両名の間で口論となった。 3 Zは、けんかが始まりそうだと考え、Aを本件店舗の外に出した。その頃、被告人は、本件店舗の出入口付近で中身の入 かしたいなら、そのけんか買うよ。」などと言い返し、両名の間で口論となった。 3 Zは、けんかが始まりそうだと考え、Aを本件店舗の外に出した。その頃、被告人は、本件店舗の出入口付近で中身の入ったビール瓶を手に取ったが、近くにいたAがこれに気付いて怒り出し、「俺を殴るつもりなのか。」「こいつにやられそうだから、その前にやれ。」などと大声で言った。 4 Aの友人であるY2は、Aらの仲間が本件店舗の外に出た後、一人で店内に戻り、被告人に対し、その肩に腕を回しながら「ここは暑いから下りて話をしよう。」などと繰り返し言った。 5 Aが110番通報をしたことにより警察官が臨場し、AとZが事情聴取をされたが、間もなく警察官は現場を去って行った。Aは、同日午後11時13分頃、友人や交際相手らと共に、本件店舗が入っているビルの前の路上から川崎駅方向へ歩き始めたが、途中の路上で立ち止まり、Y3、Y2、Y1らと本件店舗の方向へ引き返して歩き始めた。Y1は、その道中で空き瓶を手に取った。 6 被告人は、警察官がいなくなったことやAらが川崎駅方向に移動したことを確認した後、同日午後11時16分頃、本件刃物を腰付近に携帯し、一人で本件店舗を出ると、川崎駅方向へ歩き始めた。被告人が本件店舗からいなくなったことに気づいたZは、けんかが起きるのではないかと心配になり、被告人を走って追いかけ、X1もZに続いて刃物を持って被告人のあとを追った。 7 被告人は、同日午後11時17分頃に判示路上付近の交差点に至り、Y3から話しかけられたが応答せず、そのまま川崎駅方向へ歩き続けたところ、前方から近付いてきたY2から肩に腕を回され、その直後、Y1から空き瓶で頭部を1回殴られ、Aから拳で顔面を殴られるなどした。すると、被告人は、右腰付近から本件刃物を右手で取り出し(そ 続けたところ、前方から近付いてきたY2から肩に腕を回され、その直後、Y1から空き瓶で頭部を1回殴られ、Aから拳で顔面を殴られるなどした。すると、被告人は、右腰付近から本件刃物を右手で取り出し(その際に被告人は自身の右腰 付近を見ていない。)、目の前にいたAにその刃先を向け、肘を曲げた状態で前後に素早く数回腕を振り、Aの前胸部を1回突き刺した。その際に形成された刺創は、大胸筋、肋骨等を損傷して心臓を貫通し、肺にまで達する深さ約20センチメートルのものであった。 8 被告人がAを刺した直後頃に、X1が刃物を持って現場に駆け付け、Y2やY1らは、その場から川崎駅方向へ走って逃げ出した。被告人は、路上に流血して倒れているAを放置し、本件刃物を右腰付近に隠匿して、X1と一緒にY1らを追いかけた。 第3 殺意について 1 被告人は、Aらから攻撃を受け、右腰付近から本件刃物を取り出しているが、その際に自身の右腰付近を見ておらず、そこに携帯されている物が何であるかを予め分かっていたと考えられる。その上で、被告人は、本件刃物の刃先を目の前にいたAに向け、肘を曲げた状態で前後に素早く数回腕を振る動きをしており、こうした行動自体から、被告人は、手に持っている物が刃物であることを明確に認識していたことが推認できる。Aの身体に深い刺創ができていることも考え併せれば、被告人は、本件刃物を突き出し、相当強い力でAの前胸部を1回突き刺した事実が優に認められる。 したがって、被告人が、人が死ぬ危険性の高い行為を、そのような行為であると分かって行ったことは明らかである。 2 これに対し、被告人は、本件店舗の店内でX1から自身のズボンとベルトの間に何かを入れられたが、それが警棒だと思っており、刃物だとは分からなかった、警棒だと思っていた物を伸ばすため、あるいは 。 2 これに対し、被告人は、本件店舗の店内でX1から自身のズボンとベルトの間に何かを入れられたが、それが警棒だと思っており、刃物だとは分からなかった、警棒だと思っていた物を伸ばすため、あるいは威嚇のために数回振るなどしただけであるのに、Aが急に接近してきたため当たってしまったなどと供述する。 しかし、そもそも、ズボンとベルトの間に入れられた物が何であるかをX1に尋ねず、自分でも一切確認しなかったということ自体が不自然である。防犯 カメラの映像を見ても、被告人が供述するような、警棒を伸ばすため、あるいは威嚇のために振るといった動作は確認できず、被告人の腕の動かし方は、刃物で突き刺す行為であるとしか理解できない。Aの急な動きによって意図せずに刃物が刺さってしまったなどという事情も認められない。 3 以上によれば、被告人に殺意はあったと認められる。 第4 正当防衛について 1 前記認定によれば、本件店舗の店内でX1が上半身裸でいたため、これを厳しく注意したAとの間で口論となり、けんかが始まりそうだと考えたZによってAらが本件店舗の店外に出されたが、本件店舗の出入口付近で被告人がビール瓶を手に取ったことについて、Aが自分を殴ろうとしているとして怒り出し、不穏な発言をしたり、Aらのグループが本件店舗を退店した後にY2が店内に戻ってきて、被告人に対して遠回しにけんかをけしかける発言をしたりしたというのである(なお、検察官が主張するように、被告人がビール瓶でAを殴ろうとしたとは認められず、被告人が本件店舗の店内で果物ナイフを手にした事実も、Aらに対する攻撃の意図を示すものとは評価できない。)。 こうした経緯を被告人も認識していた以上、被告人は、本件店舗を退店したAらと被告人が再び接触した場合、Aらとの間で殴り合いのけんか等が起きる可能 に対する攻撃の意図を示すものとは評価できない。)。 こうした経緯を被告人も認識していた以上、被告人は、本件店舗を退店したAらと被告人が再び接触した場合、Aらとの間で殴り合いのけんか等が起きる可能性があることを十分に認識していたものと認められる。被告人が本件店舗を一人で出た後のZやX1の行動は、当時の状況がいかに緊迫したものであったかを示すとともに、被告人が前記の認識を有していたことを裏付けている。 被告人は、そのような中、自身が外に出なければAらと接触することはなく、また外に出てAらの下に行く必要もなかったにもかかわらず、Aらが川崎駅方向に移動した後ほどなくして、十分な殺傷能力がある本件刃物を携帯し、一人で本件店舗の店外に出て、Aらが移動した方向に向かい、路上で遭遇したAらから攻撃を受けるや、本件刃物を使用して、いきなりAを刺している。さら に、被告人は、路上に流血して倒れているAを放置し、本件刃物を隠匿携帯して、その場から逃げ出したAの仲間をX1と一緒に追いかけることまでしている。 要するに、被告人は、Aらと接触すれば攻撃を受ける可能性があることを十分に予期した上で、少なくとも攻撃を受けた場合には本件刃物を使用することも想定しながらあえてAらに接近し、Aらから攻撃を受けるや、直ちに本件刃物を使用してAを刺しているのであり、その後の行動状況等にも照らせば、被告人の行為は、刑法36条の趣旨に照らし許容されるものではなく、侵害の急迫性の要件を充たさないというべきである。 2 これに対し、被告人は、①本件店舗の店外に出て川崎駅方向に向かったのは、X1から違法賭博の賭金を別の店にいる客から回収して欲しいと頼まれたためである、②瓶で殴られ、酒が目に染みるなどしたため、Aの仲間が逃げたのは見ておらず、X1についていっただけで追いかけ ったのは、X1から違法賭博の賭金を別の店にいる客から回収して欲しいと頼まれたためである、②瓶で殴られ、酒が目に染みるなどしたため、Aの仲間が逃げたのは見ておらず、X1についていっただけで追いかけていないなどと供述する。 しかし、①については、被告人は、それまで違法賭博をしていたX1とは関わらないようにしていたのに、別の店までの距離が近いといった程度の理由で安易に依頼を引き受けたというのは理解し難いし、賭博の客に関する説明も不自然であって、信用できない。被告人が本件刃物を携帯して本件店舗を出て川崎駅方向に向かった理由は、Aらに接触すること以外には考えられない。 ②については、防犯カメラ映像によれば、被告人は、Aの仲間を追っていたX1と合流し、一緒に川崎駅方向に移動した後、Aの仲間が逃げた通りの方向をX1が指さしているのを見て、自分もそちらへ行こうとするなどしており、Aの仲間が逃げたことを認識し、これを追いかけたことは明らかである。 3 その他の弁護人の主張を踏まえて検討しても、前記判断を左右するものはなく、被告人に正当防衛は成立しない。 (法令の適用)省略(量刑の理由) 被告人は、鋭利な刃物を被害者に向けて突き出し、その前胸部を深さ約20センチメートルの刺創が生じるほどの強い力で1回突き刺しており、危険かつ悪質な行為というほかない。これにより被害者の死亡という重大な結果が生じており、遺族の処罰感情は厳しい。瀕死の状態の被害者を放置し、逃げ出した被害者の仲間を追いかけ、犯行に使用した凶器や着衣を処分するなど、犯行後の情状も非常に悪い。 もっとも、被告人が、被害者を加害することを当初から積極的に意図していたかは疑わしく、被害者やその仲間がいきなり被告人の頭部等を瓶や拳で殴るなどしたことが被告人の行為を招いた面があることは否めず 。 もっとも、被告人が、被害者を加害することを当初から積極的に意図していたかは疑わしく、被害者やその仲間がいきなり被告人の頭部等を瓶や拳で殴るなどしたことが被告人の行為を招いた面があることは否めず、被害者の側に落ち度がないとはいえない。 以上によれば、本件は、同種事案の量刑傾向(組犯法適用:なし、共犯関係等:単独犯、動機:けんか、凶器:刃物類のみ、示談等:なし、前科:なし、殺意:突発的、処断罪と異なる主要な罪:なし)の中で重い部類に属するというべきである。 加えて、被告人が不自然・不合理な弁解を重ねるだけで、裁判所から質問されるまで亡くなった被害者を思いやるような言葉すら述べなかったことなど、反省の情が見られない点も併せ考慮した結果、被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。 (求刑懲役16年)令和7年10月17日横浜地方裁判所第6刑事部 裁判長裁判官足立 勉 裁判官白石篤史 裁判官安原 駿

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