平成11(ワ)1580 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成14年9月30日 千葉地方裁判所
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判決文本文14,747 文字)

平成14年9月30日判決言渡平成11年(ワ)第1580号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成14年6月10日判決 主文 1 被告は,原告に対し,金770万円及びこれに対する平成11年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを2分し,それぞれを各自の負担とする。 4 この判決は,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,金1716万円及びこれに対する平成6年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,原告が,被告の開設する病院で分娩した際,被告が,注意義務に違反して子宮内反症を生じさせ,かつ,その発見を懈怠し放置したため,子宮を全部摘出せざるを得なかったとして,被告に対し,債務不履行に基づき,損害の賠償を求めた事案である。 1 当事者間に争いのない事実等(1) 原告(昭和45年7月19日生)は,平成3年10月28日,Aと婚姻し,平成4年5月9日に女児を出産した。 被告は,肩書地において,Bの名称で診療所(以下「被告病院」という。)を開設する医療法人である。 (2) 平成5年6月ころ,原告は,Cで第2子を妊娠しているとの診断を受け(分娩予定,平成6年2月7日),同年12月初旬ころまで,同病院で検診を受けていたが,同病院には入院出産施設がなかったため,同月25日,被告病院に転院し,同日,原告と被告は,診療契約を締結した。 (3) 平成6年2月3日,原告は,被告の代表者であるD医師(以下「D医師」という。)を担当医として,第2子(男児)を出産した。 (4) 同月9日,D医師は,原告を退院させるに際し,原告に「子宮の入口の粘膜にこぶし大の筋腫がある。子宮を全部摘出しな 医師(以下「D医師」という。)を担当医として,第2子(男児)を出産した。 (4) 同月9日,D医師は,原告を退院させるに際し,原告に「子宮の入口の粘膜にこぶし大の筋腫がある。子宮を全部摘出しなければならないと思うが,小さくなる可能性もあるので,子供の1か月検診まで,1か月間経過を見ましょう。」と説明した。 (5) 同年3月4日,原告は,D医師の診察を受けた際,子宮筋腫(子宮筋層を構成する平滑筋から発生する平滑筋腫)との診断を受け,同医師から,子宮を全部摘出するしかないと説明された。 (6) 同月7日,原告は,E病院(以下「E病院」という。)でF医師(以下「F医師」という。)の診察を受けたところ,内診と超音波検査により,子宮内反症(分娩第3期に子宮体部(子宮底)が陥没または反転下垂し,すなわち内反し,子宮壁が裏返しに反転した状態で,膣内あるいは膣外に露出するもの)と診断され,同日入院し,翌8日,子宮摘出の開腹手術を受けた。 2 争点(1) 分娩時の子宮内反症発症の有無(2) 被告の過失の存否 3 争点に対する当事者の主張(1) 争点(1)について(原告)ア平成6年2月3日,午後5時58分の胎児娩出後,6時20分以前に,D医師は,胎盤の娩出が遅延しているとして,臍帯を持って胎盤を何度も強く引っ張り,原告が激しい痛みで体を動かすと,看護婦2人に押さえさせ,強引に臍帯を引っ張って胎盤を娩出させた。この処置により,原告の子宮は内反したものである。 D医師は,分娩室で,原告に対し,「子宮がひっくり返ったかと思った。でも出血がひどいので入り口を糸で縫ったから,大丈夫だよ。」との説明をした。また,D医師は,分娩記録に,「癒着胎盤→子宮反転ぎみ」と記載している。 イ原告は,分娩直後に,次のとお かと思った。でも出血がひどいので入り口を糸で縫ったから,大丈夫だよ。」との説明をした。また,D医師は,分娩記録に,「癒着胎盤→子宮反転ぎみ」と記載している。 イ原告は,分娩直後に,次のとおりの子宮内反症の症状を呈するに至った。 (ア) 大量出血原告は,胎盤娩出直後,800ミリリットルもの大量出血をし,縫合などの処置がなされてもなお治まらず,翌日の午前11時に輸血するまでの間に合計1500ミリリットルもの出血があった。この時期の出血量は通常であれば,最大で500ミリリットルであることからすれば,この出血量がいかに多量であるかは明らかである。 (イ) ショック状態原告の血圧は,胎盤娩出直後,入院時120/70㎜Hgから,80/68㎜Hgと急激に低下し,サブショック状態となり,血管が確保され,輸液の処置がされている。 その後,原告は,出血に伴い,血圧が60/36㎜Hg,脈拍120,口唇蒼白となり,ほぼショック状態となった。 (ウ) 激痛原告は,胎盤娩出時に身をよじるような激痛があり,その後も,腰から下肢の激しい痛みに耐えられずナースコールで助けを求めるほどであった。 ウ子宮筋腫の不存在D医師は,同月4日,超音波検査の結果,子宮筋腫と診断したが,原告の子宮には,分娩時も1か月後の診断時も,筋腫の存在はなかった。 (ア) E病院での診断原告は,子宮を全部摘出するとの診断に不安を覚え,第1子を生んだE病院で診断を受けたところ,子宮内反症と診断された。 子宮摘出前に同病院で超音波写真を撮影し,超音波専門医がその診断を行っているが,子宮筋腫は一切認められていない。また,F医師は,摘出した子宮を肉眼及び触診にて検査したが,筋 診断された。 子宮摘出前に同病院で超音波写真を撮影し,超音波専門医がその診断を行っているが,子宮筋腫は一切認められていない。また,F医師は,摘出した子宮を肉眼及び触診にて検査したが,筋腫は一切なかった。 (イ) 病理組織検査の結果E病院は,摘出した子宮につき病理組織検査を行った(以下「本件病理組織検査」という。)が,その結果でも,筋腫は一切発見されなかった。被告は,同検査の結果の記載について,筋腫はないとの記載がないことを論難するが,子宮の病理組織検査において肉眼ですら存在しないものをわざわざ「なかった」と記載しなかっただけのことであって,筋腫が発見されれば当然その記載がなされる。 また,E病院が残した摘出子宮組織のプレパラート(以下「本件プレパラート」という。)の病理組織検査によっても筋腫は発見されなかった。 (ウ) 分娩までの状態原告は,第2子妊娠までの間に,強い月経過多などの粘膜下筋腫に伴う症状は一切なく,また,妊娠後の検査においても,子宮筋腫があると指摘されたことはなかった。被告主張のように巨大な筋腫が存在したならば,事前に発見されないはずはない。 エ摘出された子宮の状態摘出された原告の子宮体部全面の子宮の内腔側に見られた壊死性の変化は,内反した子宮内腔側が外界にさらされていたことによると推測される。また,子宮壁内の多数の動脈に認められた血栓を伴う硬化性変化は,子宮が内反して血流が阻害され,その変化が長期にわたっていたこと,すなわち,長期間内反状態であったことを推測させる。さらに,原告の子宮筋がもろく,子宮を整復しようとした過程で穿孔が発生したことも,長期にわたって子宮筋の多数の動脈が血栓性の変化を示し,子宮筋への血流を阻害していたことの証左とい たことを推測させる。さらに,原告の子宮筋がもろく,子宮を整復しようとした過程で穿孔が発生したことも,長期にわたって子宮筋の多数の動脈が血栓性の変化を示し,子宮筋への血流を阻害していたことの証左というべきである。 被告は,1か月間内反状態で放置された事例としては,壊死性の変化が少なすぎると主張するが,子宮内反症が放置された症例は,蓄積されていないことから,被告の主張は,想像の域を出ないものであり,分娩時に子宮内反症を発症したものではないとの根拠にはならない。 (被告)ア原告は,分娩時に子宮内反症を発症したものではない。 D医師は,ブラント・アンドリュース法による胎盤娩出を行っており,臍帯を持って無理矢理胎盤を引っ張り出したりはしていない。この方法は,一方の手で臍帯を持って施術者の方に引っ張り,他方の手を腹部恥骨結合部上に乗せて,子宮狭部を下に押してから子宮全体を上に押し上げるようにして,子宮を上に押し上げる力と胎盤を下に引っ張る力とで,胎盤を子宮壁から剥離させるものである。 D医師は,原告の出血が通常より多かったので,子宮頚部を持って下に引っ張り,頚部横の膣円蓋部にガーゼを詰めて,血管確保の処置をとった。この際,看護婦2人で原告を押さえてもらい,原告としては子宮の一部が引っ張られる感じになるから,原告は,この措置をもって,臍帯を持って無理やり胎盤を引っ張り出したのだと誤解しているのである。 分娩記録に,「クレーデー」の不動文字に丸印がしてあり,あたかもクレーデー胎盤圧出法により胎盤娩出がなされているかのように読めるが,これは,この分娩記録の用紙が,G産婦人科で使用していた書式をそのまま借用したため,ブラント・アンドリュース法の項目がなく,被告病院では,子宮底をマッサージしたことを示すためだけに「クレ 読めるが,これは,この分娩記録の用紙が,G産婦人科で使用していた書式をそのまま借用したため,ブラント・アンドリュース法の項目がなく,被告病院では,子宮底をマッサージしたことを示すためだけに「クレーデー」に丸印をしている。 原告の場合,胎盤は,少し癒着していたが,胎盤娩出は全体としてスムーズに行われた。D医師は,胎盤娩出後,子宮口付近に蕪状の筋腫のような手触りを感知し,これを子宮内に還納したが,これをもって分娩記録に子宮反転ぎみと記載した。 イ子宮が内反して子宮口から,内容物が覗くような場合,腹部から子宮底を触知することはできないはずである。しかし,被告病院の看護婦は,胎盤娩出直後から原告退院まで,子宮底の位置を腹部から触知しており,D医師も毎日外来診察台で内診し,子宮の形と大きさを確認しており,その異常を見逃すことはあり得ない。 また,子宮が内反している場合,超音波の写真撮影では,子宮の形は撮影されないが,原告の子宮は正常な形で写っていた。 ウ原告の主張しているように,反転が子宮全壁にわたり,子宮内膜が外子宮口を越えて膣腔内に脱出していたとすれば,症状としては,激痛,大量出血,ショック症状を呈し,特に急性の場合は,激烈で,死亡率は15パーセントとされているから,D医師が,当時原告に対し行った腫瘤を子宮腔内に押し込み,子宮口を縫合し,ガーゼで膣円蓋周囲を圧迫した措置で,原告の状態が安定するはずはない。 原告は,退院後,再来院した同年3月4日には,ヘモグロビン値が1デシリットルあたり11・3グラムとほぼ正常値にまで回復していることからすると,大量出血が継続していたとは考えられないし,E病院での手術前の血圧も108/60㎜Hgであることから,非常に低い血圧のままであったわけではない。 子 正常値にまで回復していることからすると,大量出血が継続していたとは考えられないし,E病院での手術前の血圧も108/60㎜Hgであることから,非常に低い血圧のままであったわけではない。 子宮内反症発症から,1か月間,何らの治療もせずに生存することは考えがたい。内反部分に絞扼輪が形成され,出血を止めたという解釈は,この輪の締め付けが強ければ,動脈を締め付けて,子宮は壊死してしまい,本人も死亡するし,逆に,絞扼輪の締め付けが弱ければ,絶えず出血して,放置すれば出血死してしまうことから,医学的に無理のある考え方である。 また,内反を起こした子宮体部は,細菌感染を起こし,白血球の著しい増加を招くはずであるが,白血球の増加は観察されていない。 エしたがって,内反が生じたとしても,それはD医師が発見していた子宮筋腫から生じたもので,筋腫摘出のため,いずれにせよ子宮摘出は免れなかったのである。 子宮筋腫が存在した根拠として,以下のものがある。 (ア) 超音波断層写真の診断D医師は,分娩の翌日と分娩6日目の2回,超音波写真を撮影しており(甲10,15の8,15の9),これらには,子宮体部が内反していない正常な形で撮影され,また,子宮内にある大きさ約9・5センチメートル×8センチメートル×5・5センチメートルの筋腫が撮影されている。 (イ) E病院での子宮摘出時における子宮の穿孔E病院では,子宮摘出の前に整復術を試みている。この整復は,下垂した部分の中心より,子宮中央部(すなわち底部)に向かって押し上げることになるはずであるのに,子宮の穿孔が,子宮後壁の頚部に近い部分に生じており,この部分が,子宮筋腫の筋腫分娩(子宮腔に向かって発育した粘膜下筋腫が有茎性となり子宮頚管を開大して下垂 って押し上げることになるはずであるのに,子宮の穿孔が,子宮後壁の頚部に近い部分に生じており,この部分が,子宮筋腫の筋腫分娩(子宮腔に向かって発育した粘膜下筋腫が有茎性となり子宮頚管を開大して下垂し,一部または全体が外子宮口から膣腔に脱出すること)部分であった可能性が高い。 (ウ) 本件病理組織検査の結果について本件病理組織検査結果には,筋腫の存在が記載されていないが,F医師も当初,筋腫を疑っていながら,臨床医から病理医への病理組織依頼用紙には,当然依頼すべき子宮筋腫の痕跡の有無についての検査依頼が記載されておらず,そのことを検査した旨の記載もないから,筋腫の存否については検査しなかったことが推定され,E病院の病理組織検査結果から,子宮筋腫が存在しなかったと確定することはできない。 オ原告が,E病院の診察を受けた時,子宮内反が起きていたことは事実であるとしても,子宮筋腫のために子宮底が引っ張られ,部分内反が進行したものと解するのが,最も合理的な説明というべきである。 本件病理組織検査報告書には,子宮体部の一部たりとも壊死を確認した旨の記載はなく,子宮が内反し1か月も経過したというならば,当然生じるべき壊死が報告されていない。 また,本件プレパラートの分析によると,1か月にわたる内反状態であれば当然見られるはずの所見である,びらん,潰瘍,壊死,出血,急性炎症性所見や内反によって起こり得る圧痕・絞扼痕などが見られず,したがって,1か月にわたって内反状態にあったとは到底考えられない。 カ E病院の症例報告についてE病院は,本件につき,日本産科婦人科学会東京地方部会会誌に症例報告(以下「本件症例報告」という。)を掲載したが,これは,①D医師が実際には行っていない胎盤の用手剥離の実施 例報告についてE病院は,本件につき,日本産科婦人科学会東京地方部会会誌に症例報告(以下「本件症例報告」という。)を掲載したが,これは,①D医師が実際には行っていない胎盤の用手剥離の実施を前提としている点,②E病院の手術記録及び本件症例報告の写真によれば,卵管の一部が引き込まれ,卵巣は引き込まれていない状態,すなわち,不全子宮内反症の段階であるのに,全子宮内反症であるとしている点,③本件病理組織検査報告書には子宮体の一部でも壊死していた旨の記載は存在しないのに,子宮体部の壊死性変化が著明であるとしている点など,分娩直後の内反を推論するための重要な論拠に誤りがあり,証拠力は極めて低い。 (2) 争点(2)について(原告)ア被告には,①子宮内反症を発生させた責任,②子宮内反症発生後にそれを発見せず,子宮筋腫分娩と誤診して放置した責任がある。 (ア) 子宮内反症を発生させた責任a 胎盤娩出にあたっては,医師には,子宮内反症を引き起こさないよう,細心の注意を払って胎盤の剥離を確認し,胎盤剥離が確認された後も,慎重に娩出を行う義務がある。 しかるに,D医師は,胎盤が子宮から剥離していないことを認識しながら,原告の体を看護婦2人に押さえさせ臍帯を持って胎盤を何度も強く引っ張って胎盤を強引に摘出する,きわめて乱暴な手技を行い,子宮内反症を生ぜしめた。 b 被告は,ブラント・アンドリュース法による臍帯牽引を行ったと主張するが,分娩記録には,「クレーデー」と明記しており,ブラント・アンドリュース法をとったことを伺わせる記載はもちろん,実際行った臍帯牽引を示す記載もない。 また,被告の主張を前提としても,ブラント・アンドリュース法は,胎盤娩出前に胎盤剥離徴候の出現を待って行 ス法をとったことを伺わせる記載はもちろん,実際行った臍帯牽引を示す記載もない。 また,被告の主張を前提としても,ブラント・アンドリュース法は,胎盤娩出前に胎盤剥離徴候の出現を待って行うものであり,胎盤剥離前に臍帯牽引を行うことは子宮内反症をきたすおそれがあるとして厳に禁じられているところ,胎盤剥離を待たずに,臍帯牽引を行ったというのであり,D医師は,ブラント・アンドリュース法とは全く異なる危険な手技を行ったのである。 (イ) 子宮内反症発生後にそれを発見せず,子宮筋腫と誤診して放置した責任a 前記のような強硬な胎盤娩出の処置をした後,患者に出血多量,血圧低下などのサブショックないしショック症状が発生し,しかも子宮から子宮外に少なくとも腫瘤様のものが娩出していることを発見した場合,医師としては,内診及び超音波診断により子宮内反症と診断し,早期に整復の措置を採るべき義務があった。本件では,分娩直後の段階で,原告には,子宮内反症の重要な症状である大量出血,ショック症状(血圧の低下),激痛のいずれもが生じていた。しかも,D医師自身実際に内反した子宮底が子宮口から出ているところを確認し,「反転ぎみ」というところまで確認していたのである。 このような事実経過であるから,被告は,子宮内反症との診断を行い,早期に整復の措置を採るべき義務があった。しかるに,被告は,これらの徴候をいずれも看過し,安易に子宮筋腫と誤診して整復措置を一切とらなかった。 b 被告は,粘膜下筋腫の筋腫分娩と内反部分の見分けは困難であるかのような主張をしているが,そもそも粘膜下筋腫がある場合,妊娠しないことの方が多いこと,粘膜下筋腫であれば症歴として月経過多等の症状がみられたはずであること,妊娠中に一切筋腫が発見されていないこ かのような主張をしているが,そもそも粘膜下筋腫がある場合,妊娠しないことの方が多いこと,粘膜下筋腫であれば症歴として月経過多等の症状がみられたはずであること,妊娠中に一切筋腫が発見されていないこと等の基礎知識があれば,内反であると容易に診断できたはずであり,被告の注意義務違反を否定する根拠とならない。 c また,子宮内反症の頻度はさほど高いものではないが,分娩第3期で注意すべき重大な症状として,どの教科書にも記載のある基礎的な異常症状であり,D医師は以前にも子宮内反症の患者を看た経験があるのであるから,上記の注意義務を果たすことは十分可能であった。 イ子宮内反症は,早期に発見されれば,非観血的,観血的方法の両方の整復方法があり,整復の可能性は大きい。本件でも,特に整復が不可能である要因はなく,被告が分娩直後,あるいは遅くとも退院時までに発見し整復を試みていれば,整復が成功したはずであるから,被告は,子宮全摘にともなう損害を賠償する責任がある。 女性にとって出産機能の喪失は,アイデンティティーに関わる重大な損失である。現実に,原告は夫との間の性生活にも支障をきたし,関係が悪化してしまい,平成10年1月19日,夫と離婚した。また,原告は2人の子供を出産しているが,子宮摘出時は,未だ23歳で,もっと子供が欲しいと思っており,その夢を閉ざされた原告の精神的損害は大きい。 さらに,子宮摘出により,原告の内臓器の位置関係の安定が失われ,小腸が子宮があった場所付近まで落ちてしまった上,開腹手術を行わなければならなかったこと等により癒着性亜イレウスとなってしまった。これによる苦痛・体力喪失も重大であり,また精神的損害も大きい。 子宮の摘出は,完全に子供を産む機能を失ったものであるから,「両側の睾丸を失っ こと等により癒着性亜イレウスとなってしまった。これによる苦痛・体力喪失も重大であり,また精神的損害も大きい。 子宮の摘出は,完全に子供を産む機能を失ったものであるから,「両側の睾丸を失ったもの」に比肩すべき障害であることをも併せ考慮すると,原告の精神的損害をあえて金銭に換算するならば,1500万円を下るものではない。 日本弁護士連合会の標準報酬基準によると,上記請求金額1500万円に対応する弁護士費用の標準額は,着手金84万円,報酬金168万円の合計216万円である。本件は,医学上の主張も含む事件であり,弁護士に依頼する必要性は高いから,これは相当因果関係のある損害である。 (被告)ア原告が分娩時に子宮内反症を発症したものではないことは,前記のとおりであり,被告に子宮内反症を発生させた過失はない。 イ D医師が,平成6年3月4日に原告を診察したときは子宮内反は起きていなかった。原告の子宮内反は,同日からE病院の診察を受けた同月7日までの間に起きたものと考えざるをえない。したがって,被告には,子宮内反症発生後にそれを発見せず,放置した過失もない。 第3 争点に対する判断 1 争点(1)について(1) 前記争いのない事実及び証拠(甲1,4,7ないし9,12ないし14,27,乙1,3,5,6,18,被告代表者本人,原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。 ア平成6年2月3日午前10時ころ,原告は,陣痛を感じ,同日午後1時,被告病院に入院した。この時の血圧は,120/70㎜Hgであった。 イ同日,午後5時30分,原告は分娩室へ入室し,D医師立会のもと,午後5時58分,吸引分娩で男児を出産した。 午後6時10分,D医師は,自然に胎盤が膣内に出て来ないとこ gであった。 イ同日,午後5時30分,原告は分娩室へ入室し,D医師立会のもと,午後5時58分,吸引分娩で男児を出産した。 午後6時10分,D医師は,自然に胎盤が膣内に出て来ないところから,胎盤が癒着していると判断し,子宮を収縮させて胎盤を剥離しやすくするするため,子宮底をマッサージした。 午後6時20分,D医師は,依然胎盤が膣内に出て来ないため,ガーゼを恥骨の上方の腹に当て,左手でそれを押して,その後,子宮体部を上の方に持ち上げるようにし,右手で臍帯を引っ張ったところ,抵抗があったものの,胎盤が圧出された。原告はこの時,強い痛みを感じたことから,体を動かし,看護婦に肩を抑制された。 胎盤娩出後,子宮口から隆起物が覗いて出てきたため,D医師は,その隆起物に触れたところ,子宮内膜面のような柔らかさがなく,堅く感じたため,筋腫分娩ではないかと判断し,再び膣内に下降しないように,隆起物を内側へ押し込み,子宮口を吸収性縫合糸で縫合し,止血のためガーゼを膣円蓋部に固定した。 D医師はこの経過を分娩記録に「癒着胎盤→子宮反転ぎみ」と記録した。 原告のこれまでの出血量は,800ミリリットルに達しており,血圧は,午後6時20分,80/68㎜Hgであった。 D医師は,原告に対し,輸液に止血剤,昇圧剤,子宮収縮剤を加えて投与した。 午後7時,D医師は,子宮腔内貯留血液除去のため,膣円蓋部に入れたガーゼを取り除き,子宮口の縫合を一度解き,止血を確認し,再び縫合してガーゼを詰めた。原告は,午後8時,病室に帰室した。 この間,原告の血圧は,午後7時,66/36㎜Hg,午後8時,74/40㎜Hgであった。 ウ帰室後の原告の出血は,同日午後10時30分までに合計500ミ ,午後8時,病室に帰室した。 この間,原告の血圧は,午後7時,66/36㎜Hg,午後8時,74/40㎜Hgであった。 ウ帰室後の原告の出血は,同日午後10時30分までに合計500ミリリットルで,翌4日午前2時30分に腰痛を訴えているところから,縫合した子宮腔内にも200ミリリットルくらいの貯留血液があると判断され,同日午前9時に総出血量が1500ミリリットル以上に達していたため,午前11時から午後5時30分まで,濃厚赤血球800ミリリットルの輸血がなされた。 同日午後8時30分,D医師は,原告の膣円蓋部に挿入したガーゼを除去し,超音波検査を実施し,その画像からも,直径約6センチメートルの子宮筋腫が存在すると判断した。なお,D医師は,この後,同月9日,午前11時30分に退院するまで,毎日超音波検査を実施し,直径約6センチメートルの球状腫瘤を子宮内に確認したとしている。 エ原告が同月3日病室に帰室した後から同月9日退院するまでの診療経過は,上記認定の他,別紙診療経過一覧表のとおりである。 オ同月9日,D医師は,原告を退院させるに際し,原告に「子宮の入口の粘膜にこぶし大の筋腫がある。子宮を全部摘出しなければならないと思うが,小さくなる可能性もあるので,子供の1か月検診まで,1か月間経過を見ましょう。」と説明した。 カ原告は,退院後,月経2日目時くらいの出血が継続し,痛みも継続していたことから不安に思い,同年3月4日,D医師の診察を受けたところ,子宮筋腫との診断を受け,同医師から,子宮を全部摘出するしかないと説明された。 しかし,原告は,D医師のこれまでの説明に不安を感じたため,第一子を出産したE病院の診察を受けることにした。 キ同月7日,原告は,E病院でF医師の診察を 出するしかないと説明された。 しかし,原告は,D医師のこれまでの説明に不安を感じたため,第一子を出産したE病院の診察を受けることにした。 キ同月7日,原告は,E病院でF医師の診察を受けたところ,内診と超音波検査により,子宮内反症と診断され,同日入院し,翌8日,子宮摘出の開腹手術を受けた。 なお,ブラント・アンドリュース法は,剥離した胎盤を娩出させる手技であり(甲29,証人F),分娩記録の「クレーデー」の不動文字に丸印がしてあることについて,被告主張のとおり,この分娩記録の用紙が,G産婦人科で使用していた書式をそのまま借用したため,ブラント・アンドリュース法の項目がなく,被告病院では,子宮底をマッサージしたことを示すためだけに「クレーデー」に丸印をしているのだとしても(D医師は,子宮底をしっかりマッサージする方法をクレーデー法だと考えていたと供述している。),本件でD医師が行った上記認定の手技は,胎盤剥離のために行ったものであるから,ブラント・アンドリュース法とは異なるものであると認められる。 (2) 上記認定事実によれば,D医師が臍帯を牽引したところ,臍帯に抵抗があり,牽引により子宮口から隆起物が出てきたこと,その際,原告は強い痛みを感じたこと,その後,多量の出血があり,血圧の低下等,子宮内反症を窺わせる症状が出現していること,D医師自身も分娩記録に「子宮反転ぎみ」と記録していることが認められ,これに,E病院で撮影した超音波写真の診断では,子宮筋腫は一切認められず,F医師が,摘出した子宮を肉眼及び触診で検査した際にも筋腫は一切認められなかったこと(甲24,証人F),本件病理組織検査の結果によっても,筋腫は一切発見されなかったこと(甲18の1)からすると,上記子宮口からの隆起物は,反転した子宮の一部であると認 筋腫は一切認められなかったこと(甲24,証人F),本件病理組織検査の結果によっても,筋腫は一切発見されなかったこと(甲18の1)からすると,上記子宮口からの隆起物は,反転した子宮の一部であると認められること,本件症例報告(甲23)及び証人Fの書面尋問の結果を総合すると,原告の子宮内反は,D医師が臍帯を牽引したことによって発症したと認めるのが相当である。 (3) これに対し,被告は,原告の子宮内反は,分娩時に発症したものではなく,同年3月4日にD医師が原告を診察したときからE病院の診察を受けた同月7日までの間に,子宮筋腫から起きたものであると主張する。 ア被告は,本件病理組織検査結果に,筋腫の存在が記載されていないのは,本件病理組織検査の依頼に際して,筋腫の有無につき検査依頼をせず,検査しなかったためであると主張する。しかし,同月7日にE病院で撮影した超音波写真の診断及びF医師が摘出した子宮を検査した際に,筋腫が一切認められなかったことは,前記認定のとおりであり,被告主張のような直径6センチメートル以上の筋腫が存在したとすれば,容易に発見することが可能であるから,当然,病理組織学的検討がなされるはずであること,本件プレパラートの病理検査によっても筋腫は発見されなかったことからすると,本件病理組織検査報告書に筋腫の存在が記載されていないのは,筋腫が存在していなかったからであると認めるのが相当である。 イ被告は,E病院が,本件につき,日本産科婦人科学会東京地方部会会誌に報告した本件症例報告について,重要な論拠に誤りがあると批判するが,本件病理組織検査報告書には,「子宮体部から子宮底部に壊死組織(Necrotictissue)の沈着も見る。組織学的には壊死部には壊死脱落膜組織をみ,壁内の動脈の硬化,血栓形成もみる。」との記 ,本件病理組織検査報告書には,「子宮体部から子宮底部に壊死組織(Necrotictissue)の沈着も見る。組織学的には壊死部には壊死脱落膜組織をみ,壁内の動脈の硬化,血栓形成もみる。」との記載があり(甲18の1,10頁,証人F),同報告書に壊死との記載が存在しないことを前提とする被告の批判は,その前提を欠くことが明らかであり,また,本件症例報告は,本件訴訟(平成11年7月13日提起)が予想されていない平成6年9月25日に報告されたものであり,本件訴訟提起後,原告代理人がE病院に意見書の依頼に行った際,その存在が明らかになったものである(当裁判所に顕著な事実)ことに照らすと,その証拠力に何ら問題はないというべきである。 ウ被告は,D医師及び看護婦が,胎盤娩出直後から原告の退院まで,子宮底の位置を腹部から触知していた,分娩後の超音波写真でも,原告の子宮は正常な形で写っていたと主張するが,上記認定に照らすと,これは,内反した子宮体部を子宮底と判断し誤ったものと推認せざるを得ない。 (4) 確かに,原告の症状は,激痛,大量出血,ショック症状を呈するとされている急性子宮内反症の典型的な症状とは異なり,その発症から,1か月間,何らの治療もせずに生存し,しかも全身状態が安定することは通常考えにくいところである(甲23,乙9,36,弁論の全趣旨)。 しかし,E病院受診の際,原告の子宮が内反していたことは,当事者間に争いはなく,胎盤娩出後,子宮口から隆起物が覗いて出てきたことについても,D医師自身がこれを認めるところである。そして,原告の子宮に筋腫が認められなかったこと,胎盤圧出直後,原告に,多量の出血があり,血圧の低下等,子宮内反症を窺わせる症状が出現していたことは,前記認定のとおりであるから,原告の症状が通常考えにくい経過を 子宮に筋腫が認められなかったこと,胎盤圧出直後,原告に,多量の出血があり,血圧の低下等,子宮内反症を窺わせる症状が出現していたことは,前記認定のとおりであるから,原告の症状が通常考えにくい経過を辿ったことは,前記認定を左右するものではなく,内反部分に絞扼輪が形成され,子宮底部への血液供給を減少させたと推測される(甲23)極めて幸運なケースであったと観るのが相当である。 なお,本件プレパラートの分析によると,1か月にわたる内反状態であれば当然見られるはずの所見である,びらん,潰瘍,壊死,出血,急性炎症性所見や内反によって起こり得る圧痕・絞扼痕などが見られないとする医師の意見書(乙17)が提出されているが,この意見書は,子宮摘出手術時の内反状態は軽度の部分内反であったと推測しているところ,原告の子宮内反は,反転した子宮体部が開大した子宮頚部を通過して膣内にまで脱出したものであったこと(甲18の2及び4),前記のとおり,本件病理組織検査報告書に,子宮体部の壊死組織の存在を窺わせる記載があること,子宮内反症自体,症例が少なく,子宮内反症を発症した後1か月を経過した症例はほとんどないところから,あくまで推論に過ぎないこと及びF医師の意見書(甲24)に照らし,採用できない。 2 争点(2)について(1) 証拠(甲29,30,証人F)によれば,胎盤が剥離したことを示す剥離徴候をすでに示し,腹圧または軽い子宮底の圧迫を加えてもなお胎盤が娩出されないときは,腹壁上から圧迫を加え臍帯を軽く牽引する胎盤圧出法(ブラント・アンドリュース法もこの1つである。)を行うこととされており,胎盤剥離前に臍帯を牽引すると,子宮内反等をきたすことがあるから決して行ってはならないとされているところから,胎盤圧出法により臍帯を牽引する際には,医師には,細心の注 る。)を行うこととされており,胎盤剥離前に臍帯を牽引すると,子宮内反等をきたすことがあるから決して行ってはならないとされているところから,胎盤圧出法により臍帯を牽引する際には,医師には,細心の注意を払って胎盤の剥離を確認し,胎盤剥離が確認された後も,慎重に娩出を行う注意義務があると認められる。 しかるに,D医師は,前記認定のとおり,胎盤が子宮から剥離していないことを認識しながら臍帯を牽引し,しかも臍帯牽引時に抵抗があったにもかかわらず牽引を続行したのであり,胎盤を剥離させるために臍帯を牽引したものと認められるから,D医師のした臍帯牽引行為は,上記注意義務に違反したものであると認められる。 そして,原告の子宮内反が上記臍帯牽引行為により生じたことは,前記認定事実から明らかである。 さらに,D医師は,原告の子宮口から隆起物が出てきた際,原告が強い痛みを感じ,その後,多量の出血があり,血圧の低下等,子宮内反症を窺わせる症状が出現したにもかかわらず,これらの徴候をいずれも看過し,子宮筋腫と診断して,内反状態の整復術を行うなどの適切な処置をしなかったと認められる。 (2) 前記争いのない事実等及び上記認定事実並びに証拠(甲23,24,証人F)によれば,原告は,D医師の過失行為により子宮内反症を発症し,直ちに適切な処置がされなかったことにより,子宮摘出を余儀なくされたものと認められるから,被告には,子宮摘出により原告が被った損害を賠償する責任があるというべきである。 (3) 原告は,既に2子を出産しているとはいえ,本件当時,23歳と若年であり,今後,出産することができなくなったことにより強い喪失感を覚えていること,原告は,子宮摘出を契機として夫Aと離婚したが,再婚する場合にも子宮を摘出したことを相手に打ち明けなければ 3歳と若年であり,今後,出産することができなくなったことにより強い喪失感を覚えていること,原告は,子宮摘出を契機として夫Aと離婚したが,再婚する場合にも子宮を摘出したことを相手に打ち明けなければならないことは辛いと感じていること(甲27,原告本人),本件の診療経過,本件については,医師会による審議がなされ,日本医師会により被告に責任があるとの判断がなされている(争いがない)こと等本件にあらわれた一切の事情を考慮すると,原告の精神的苦痛に対する慰謝料は700万円,弁護士費用は70万円と認めるのが相当である。 3 結論以上の次第で,原告の本訴請求は,770万円及びこれに対する原告が被告に対して,債務不履行に基づく損害賠償の請求をしたことが記録上明らかである本件訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになる。 よって,主文のとおり判決する。 千葉地方裁判所民事第2部裁判長裁判官一宮なほみ裁判官見米正裁判官多田裕一

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