平成14(う)50 傷害致死被告

裁判年月日・裁判所
平成14年12月24日 広島高等裁判所
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判決文本文10,688 文字)

主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役1年2月に処する。 この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。 原審における訴訟費用は,その2分の1を被告人の負担とする。 理由 本件控訴の趣意は,弁護人我妻正規が作成した控訴趣意書に記載されているとおりであるから,これを引用するが,論旨は,要するに,原判決は,所携の傘の石突を被害者の上半身に向けて突き出した被告人の行為は,急迫不正の侵害がないのにあると誤信してなされたものであり,防衛行為としても過剰なものであるから,誤想過剰防衛に当たるとした上,被告人を懲役1年6月(3年間執行猶予)に処したが,被告人には暴行の故意がなく,仮に暴行の故意があったとしても,被告人の行為は,急迫不正の侵害行為に対する防衛行為として相当なものであるから,正当防衛が認められるべきであり(事実誤認),仮に,急迫不正の侵害行為がなかったとしても,被告人には急迫性若しくは過剰性に関する錯誤があり,誤想防衛若しくは誤想過剰防衛として被告人の故意は阻却される(事実誤認ないし法令の解釈適用の誤り)から,いずれにしても被告人は無罪であり,さらに,有罪であるとしても,上記刑は不当に重い(量刑不当),というのである。 1 事実誤認の論旨は,要するに,被告人の行為は,暴行の故意に基づかない反射的行為であり,仮に暴行の故意があったとしても,急迫不正の侵害行為に対する防衛行為として相当なものであるから,正当防衛が認められるべきであるのに,被告人に暴行の故意を認め,正当防衛の成立を認めなかった原判決には事実の誤認があり,これらの事実誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。 そこで,検討する。 2 暴行の故 ,被告人に暴行の故意を認め,正当防衛の成立を認めなかった原判決には事実の誤認があり,これらの事実誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。 そこで,検討する。 2 暴行の故意について(1) 本件に至るまでの経過等については,関係証拠によれば,概ね,原判決が「証拠上明らかに認められる事実等」として認定しているとおりである。 すなわち,①被告人と被害者は,同じタクシー会社に乗務員として勤務する同僚であったが,平成13年3月に被告人が被害者と同じく営業課の班長に就任したころから,被害者は,ささいなことで被告人に文句をつけたり,被告人を無視するような態度をとるようになり,被害者に嫌われているのではないかと感じていた被告人も,被害者に良い感情を抱かず,同人とかかわることを避けるようになったこと,②本件犯行の前日である同年4月28日,被告人は,会社からの指示に基づき老人ホームの客を送り届けた後,独断で別の客を乗車させたため,葬儀会場へ配車するためにあらかじめ指示されていた集合時間に遅れ,配車運用の仕事から外されてしまったが,今回の葬儀会場への配車運用の中心的役割を果たしていた被害者が自分を外したのではないかと思い,A主任に配車運用を外された理由を尋ねたところ,送迎の客の後に更に客を乗車させたためであると指摘されたこと,③翌29日午後2時20分ころ,被告人は,本件犯行現場であるB住宅展示場内にある結婚式場の客の送迎の仕事につくため,住宅展示場の向かいにある他の会社の駐車場入口前の道路に駐車し,Aの車両の運転席側横で,乗車したままのAと,5月の連休中の乗務員の勤務の割当てについて相談していたところ,遅れて到着した被害者が,やや荒っぽい口調で被告人の駐車位置について文句を言いながら近づいて来たこと,④これに対し,被告人が まのAと,5月の連休中の乗務員の勤務の割当てについて相談していたところ,遅れて到着した被害者が,やや荒っぽい口調で被告人の駐車位置について文句を言いながら近づいて来たこと,④これに対し,被告人が言い返したり,反論したりしたため,被害者は,次第に激しい口調になり,興奮した様子で,「なに,もういっぺん言うてみい」と言って,顔を振るわせながら,被告人の顔の前に近づけて来たが,それ以上に腕を振り上げるなどの動作はなかったこと,⑤この様子を見ていたAが,被害者が暴力でも振るうのではないかと思い,その口論に割って入って制止したため,その場はいったん収まったこと,その後,待機していたタクシー乗務員は,順次結婚式場から出て来た客を乗車させて出発し,住宅展示場前には,被告人,被害者,A,Cが残るのみとなったが,被告人は,客を乗車させる順番が来たことから,住宅展示場門扉から敷地外の道路に向かって約5度の傾斜角で下っている住宅展示場入口前に,別紙現場見取図(省略)のように,自己の車両を後部から入れて駐車したこと,⑥被告人は,車内に常備している会社の傘を右手で順手に持って車から降り,現場見取図①の位置に,住宅展示場に向かって,閉じた状態の傘の先端を地面に向けて立っていたところ,およそ3メートル離れた現場見取図<A>の位置で住宅展示場に向かって傘をさして立っていた被害者が,被告人のほうを振り返り,昨日の葬儀の集合時間に遅れたことを問い詰めてきたため,遅れた理由を説明しようとしたが,被害者は,怒鳴りながら,被告人のほうにジリジリと近寄って来たこと,⑦そこで,被告人がなおも弁解しようとすると,被害者は,「嘘を言うな。ちょっとこっち来い」と言いながら,およそ1.7メートル離れた現場見取図<B>の位置から,傘をさした状態で,一,二歩前に勢いよく被告人のほうに近づい なおも弁解しようとすると,被害者は,「嘘を言うな。ちょっとこっち来い」と言いながら,およそ1.7メートル離れた現場見取図<B>の位置から,傘をさした状態で,一,二歩前に勢いよく被告人のほうに近づいて来たものの,腕を振り上げるなどの動作はなかったこと,⑧次の瞬間,被告人が右手に持っていた傘の石突が,およそ1メートル離れた現場見取図<C>の位置に立っていた被害者の左上眼瞼に突き刺さり,被害者は,現場見取図<D>の位置に仰向けに倒れ込んだこと,⑨被告人は,「ごめんなさい」と言いながら,被害者のところに駆け寄り,その後,Cが119番通報するとともに,被告人自身も携帯電話で119番通報したこと,⑩本件傘の長さは約86.9センチメートル,重さは約400グラムで,その柄の部分は曲がりがなく直線状であり,その先端部は金属製の石突になっており,この石突は長さ約8.1センチメートル,太さ約0.6ないし0.8センチメートルで,先端に向けてとがった形状をしていること,⑪被害者の負った傷害は,左内眼角部から左前頭蓋窩に頭骨骨折と脳損傷を伴い,約56度の角度で被害者の前下から後ろ上に向かう杙創であり,その深さは約6センチメートル(左内眼角部から左前頭蓋窩の穿孔部まで約3センチメートル,脳内の穿孔部の深さ約3センチメートル)であること,⑫被告人の身長は173センチメートルであり,被害者の身長は181センチメートルであることが認められる。 (2) 上記の事実から認められる,被害者の傷害は,被告人が右手に所持していた傘の石突が突き刺さったことにより生じたものであること,傘が突き刺さる直前の被告人と被害者との位置関係,被告人と被害者との身長の差,住宅展示場門扉から敷地外の道路に向かっての傾斜角度,本件傘の長さや重さ,柄の形状,被害者の左上眼瞼の杙創の刺入角度などに加え き刺さる直前の被告人と被害者との位置関係,被告人と被害者との身長の差,住宅展示場門扉から敷地外の道路に向かっての傾斜角度,本件傘の長さや重さ,柄の形状,被害者の左上眼瞼の杙創の刺入角度などに加え,被告人は,捜査段階において,右手の動きについては覚えていないと供述するようになってからも,被害者が後ろに倒れていくのを見たときに,柄を持った右手は,腰の右側かつ腰からこぶし1つないし2つ分くらい離れた位置にあり,腰より少し上くらいの高さのところで,先端が斜め上を向いた状態で傘を持っていたことは覚えている,左手をかざすのと同時に,右肘を曲げながら右手の手首を上に返したと供述していること(平成13年5月17日付け検察官調書・原審検39号。以下においては,平成13年の記載を省略する。)などからすると,被告人が,傘の先端を被害者の上半身に向けようとして,右手に持っていた傘を下から上に振り上げたことを認めることができる。 ところで,被告人は,捜査段階の当初(4月30日付け自首調書・原審検32号,5月1日付け警察官調書・原審検33号)においては,被害者が自分のほうに向かって来たので,殴られると思い,左手で自分の顔辺りをガードし,右手に持っていた傘の先を被害者のほうに向けた,その瞬間,傘の先で被害者の眉間辺りを突き刺す状態になった,この傘は,営業車内にいつも置かれている傘で,先が金属製のとがったものであり,この傘で突き刺してやろうとか,傘を使って相手を痛めつけてやろうという気持ちまではなかったが,向かって来る相手にその先を向ければ,相手の身体に刺さってしまうかもしれないということは分かっていた,と供述していたが,この供述は,左右の手の動き等について具体的であり,上記(1)の認定事実とも符合していること,本件犯行の翌日で,しかも自発的に警察へ出向いた時 かもしれないということは分かっていた,と供述していたが,この供述は,左右の手の動き等について具体的であり,上記(1)の認定事実とも符合していること,本件犯行の翌日で,しかも自発的に警察へ出向いた時又はその次の日の供述であること,5月16日に本件現場で犯行状況を再現した際にも,上記供述に沿う姿勢をとっていること(現場写真撮影報告書・原審検30号),他の証拠との間で矛盾するところやそごを来す点がないことなどに照らして,十分信用できるものである。 これに対し,被告人は,その後の捜査段階並びに原審及び当審の各公判廷において,本件犯行当時,右手に傘を持っていたこと及び被害者が向かって来たとき,自己の身を守るため左掌を被害者に向けて自分の顔面辺りにかざしたことは覚えているが,そのとき,傘を持っている右手をどのように動かしたかは覚えていないなどと供述している。しかしながら,被告人は,本件犯行直前の状況,本件犯行時の左手の動き及び犯行後の行動については,捜査段階の当初から一貫して具体的かつ詳細に供述し,また,本件犯行時に自分がとろうとした姿勢,構えについても明瞭に供述しているにもかかわらず,そのときの右手の動きに限って認識がないというのは不自然であるから,被告人の上記各供述は信用することができない。さらに,被告人は,当審公判廷において,被害者の暴行を防ぐために,両手を頭の前辺りで合わせて両腕で三角形を作るようにしようとしたが,右手には傘を持っていたので,そのような姿勢をとる前に,傘の石突が被害者の左眼付近に刺さってしまったと供述するに至っているところ,仮に,その供述するような姿勢をとろうとしたのであれば,動作の途中の段階であっても,右手で順手に持った傘の石突は,被告人から見て左側の方向を向く状態になるのが自然であるが,実際には,ほぼ正面前方わ 仮に,その供述するような姿勢をとろうとしたのであれば,動作の途中の段階であっても,右手で順手に持った傘の石突は,被告人から見て左側の方向を向く状態になるのが自然であるが,実際には,ほぼ正面前方わずかに左側から近づいて来た被害者の左上眼瞼に刺さっており,創洞の方向も被害者の正面からほぼ真後ろに向かって形成されていることからすると,被告人のこの供述は不自然というほかはない。そして,被告人は,原審及び当審の各公判廷において,傘を持っているという認識もなかったなどとも供述しているが,Aと5月の連休中の勤務の割当てについて相談していたときには,傘をさしていたこと,本件犯行直前には,被告人としては傘をさすまでもない程度の降り方と思ったが,もう少し降りが強くなってきた場合や客のためにさそうと思って,傘を持って被告人車両から降りていることなどにかんがみると,この供述は到底信用できない。 また,被告人の5月18日付け検察官調書(原審検41号)では,被害者が1メートル半くらい離れた位置からこちらに向かって来たことを見たし,いつも使っている会社の傘を右手に持っていたのだから,そのような状況で傘の先端を被害者のほうに向ければ,被害者の体に傘の先端がぶつかることは十分分かっていた,それだけでなく,傘の先端が金属製で細くなっていることも分かっていたから,それを被害者に向ければ,被害者がけがをするかもしれないことも分かっていたと供述しているところ,この調書は,被告人が右手の動きについては覚えていないと供述するようになった後のものであり,しかも,調書を読み聞かせられた後,2頁余りにわたって,細かい点についても訂正や補足等を申し出ていることなどからすると,この供述は十分に信用することができる。 そうすると,被告人は,本件傘の形状等や被害者との位置関係を認識し ,2頁余りにわたって,細かい点についても訂正や補足等を申し出ていることなどからすると,この供述は十分に信用することができる。 そうすると,被告人は,本件傘の形状等や被害者との位置関係を認識しつつ,その先端を被害者の上半身に向けようとして,この傘を振り上げたものであるから,少なくとも被害者の上半身に対して有形力を行使するという認識,認容はあったということができる。したがって,この限度で暴行の故意を認めることができる。 なお,所論は,被害者が被告人に勢いよく近づいて来たときの被害者と被告人との間の距離,成年男子の歩行の速度などを根拠として,被害者が行動を起こしてから被告人が本件傘を振り上げるまではごく短い時間しかなかったから,傘の先端が金属製のものでとがっていて,近づいて来る相手に向ければ刺さるなどして危険であることを認識しつつ,そうなっても仕方がないと思って相手に傘の先端を向けるなどという認識,認容をする時間的余裕はなかったはずであり,被告人が本件傘を振り上げる行為は,反射的にした行為であって故意がない,というのである。 しかしながら,被告人に対峙していた被害者は,勢いよく近づいて来る前から,怒って乱暴な口をきいていたのであり,被告人としても,「またしつこく文句を言ってきた」と思って言い返しており,その後,互いに言い合っている間にも,被害者は被告人のほうにジリジリと近寄って来ていたのであるから,被告人車両の駐車位置に関するもめ事のときと同様,あるいはそれ以上の経過を辿るのではないかということを十分予測できたはずであることからすると,本件は,被害者が勢いよく近づいて来てから,傘の先端が突き刺さるまでの時間は極めて短かかったことを考慮に入れても,後方から突然襲いかかられた場合のように,何の前触れもなくいきなり暴力を振るわれ と,本件は,被害者が勢いよく近づいて来てから,傘の先端が突き刺さるまでの時間は極めて短かかったことを考慮に入れても,後方から突然襲いかかられた場合のように,何の前触れもなくいきなり暴力を振るわれたことに対し,反射的に反撃の動作や行為がなされたような事態とは明らかに異なるというべきである。また,被告人が手にしていたのは,被告人がいつも使用している営業車に積んでいる傘であり,たまたまそばに置いてあった物や落ちていた物を,それが何であるかを認識しないまま,とっさに手にして反撃したというものとは異なるから,被告人が,本件のような場合においても,本件傘の先端の材質や形状等について認識を有していたことは,少しも不自然ではない。 したがって,暴行の故意に関する所論は採用できない。 3 急迫不正の侵害について上記2の(1)で認定した事実に加えて,関係証拠によれば,次の事実が認められる。すなわち,①被告人は,これまで文句や嫌がらせを言ってきた被害者に対して,我慢して黙って聞き流すなどしていたが,本件当日,被害者が被告人車両の駐車位置に関して文句を言ってきたときには,入社以来初めて,真正面から被害者の言うことに反論し,全く引き下がらなかったこと,②被害者は,結婚披露宴帰りの客を迎えに行っているのに,「葬儀云々」と極めて不適切なことを,周りにも聞こえるような大きい声で怒鳴るように言っており,しかも,その内容が,この場で問題にする必要が全くない前日の仕事に関するものであったことからしても,その当時かなり興奮していたと認められること,③会社の同僚は,それまで,被害者が人を殴ったりするところを目撃したことはなかったが,本件のときには,被害者が被告人を殴るのではないかと思ったこと,とりわけ,Aは,既に被告人車両の駐車位置に関するもめ事の時点で,被害者が ,被害者が人を殴ったりするところを目撃したことはなかったが,本件のときには,被害者が被告人を殴るのではないかと思ったこと,とりわけ,Aは,既に被告人車両の駐車位置に関するもめ事の時点で,被害者が被告人を殴るのではないかと思って,仲裁に入っていること,④被害者は,その際,被告人に顔を振るわせながら数センチメートルの所まで近づけてにらみつけ,かなりきついことを言っており,Aが仲裁に入るまでやめなかったこと,⑤被害者は,被告人に対し,「ちょっとこっち来い」などと,けんかを吹きかけるときに用いるような言葉を発しながら,勢いよく被告人のほうへ近づいており,Aが背後から引き止めようとしたほどであること,⑥被告人は,それまで一度も被害者から殴られるなどしたこともなく,他人が殴られるなどしたのを見たこともないというのに,このときは,被害者から殴られる,あるいはつかみかかられると思ったことなどが認められる。 こうした事実及び状況を総合して考えると,本件現場において,約3メートル離れた位置に対峙して被告人を激しくなじっていた被害者が,ジリジリとその間合いをつめた後,更に勢いよく被告人のほうへ一,二歩近づいたというのであるから,殴りかかるために手を上げるなどしていたとまでは認められず,しかも,片手で傘をさしていたことを考慮に入れても,なお,被害者の行動は,もはや単なる言い争いの域を超えており,少なくとも被告人につかみかかろうとしていたものであるとの合理的な疑いを払拭することはできない。したがって,被害者からの法益の侵害が間近に押し迫っていたというべきであって,急迫不正の侵害がなかったとはいえない。 そうすると,急迫不正の侵害はなかったと判示している原判決には,事実の誤認があり,この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。 論旨は理由がある。 急迫不正の侵害がなかったとはいえない。 そうすると,急迫不正の侵害はなかったと判示している原判決には,事実の誤認があり,この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。 論旨は理由がある。 4 よって,その余の点について判断するまでもなく,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書に従い,更に判決することとする。 (罪となるべき事実)被告人は,平成13年4月29日午後2時50分ころ,広島市a区b町c丁目d番e号B住宅展示場入口前路上において,前日の仕事に被告人が遅刻したことをめぐり同僚のD(当時49歳)と口論となった際,同人が「ちょっとこっち来い」などと言いながら,つかみかかるなどしようとして勢いよく近づいて来たため,自己の身体を防衛するためではあるがその防衛に必要な程度を超え,とっさに所携の傘(長さ約86.9センチメートル,重さ約400グラム,原庁平成13年押第74号の1)を振り上げて,傘の石突(長さ約8.1センチメートル,直径約0.6ないし0.8センチメートル)を同人の上半身に向ける暴行を加え,よって,その石突が同人の左内眼角部に刺さり,脳損傷等の傷害を負わせ,同年5月7日午後6時50分ころ,同市f区gh丁目i番j号E病院において,同人を上記傷害に基づく脳内出血により死亡させたが,同年4月30日午前10時50分ころ,F警察署に出頭し,同署司法警察員Gに自首したものである。 (証拠の標目)被告人の当公判廷における供述を付加するほか,原判決が証拠の標目欄に挙示する証拠と同一である。 (弁護人の主張に対する判断等) 1 弁護人は,被告人には暴行の故意がなく,仮に暴行の故意があったとしても,被告人の行為には,正当防衛若しくは誤想防衛が認められるべきであるから,いずれにしても,被告人は無罪であると主 る判断等) 1 弁護人は,被告人には暴行の故意がなく,仮に暴行の故意があったとしても,被告人の行為には,正当防衛若しくは誤想防衛が認められるべきであるから,いずれにしても,被告人は無罪であると主張しているので,検討する。 2 被告人に暴行の故意があったこと及び被害者の行為につき急迫不正の侵害がなかったとまではいえないことについては,上記2及び3で説示したとおりである。また,被告人に防衛の意思が認められることは,これまで検討してきたところからも明らかである。 3 行為の相当性について(1) これまで検討してきたとおり,被告人は,対峙して言い合っていた被害者が,つかみかかるなどしようとして勢いよく近づいて来たのに対し,暴力を振るうのを思いとどまらせようとし,あるいは被害者の暴力から自己の身体の安全を守ろうとして,手のひらを被害者のほうに向けて左手を前斜め上に上げるとともに,右手に所持していた傘を被害者のほうに向けようとして振り上げたものである。 もっとも,被害者の杙創は左内眼角部から刺入し左前頭蓋窩の頭骨骨折と脳損傷を伴い,深さは約6センチメートルのものであって,左眼に当たった傘が上下あるいは左右にはじかれることなく,全長約8.1センチメートルの石突の相当部分が刺入したと考えられることからすると,被害者が近づいて来たことを考慮に入れても,被告人は,右手に下げた状態で持っていた傘を,被害者の上半身に向けようとして,手首を返すようにして振り上げ,傘の先が固定される程度の腕の力を加えたものと推認できるものの,他方,傘が刺入した部分の頭骨は薄く柔らかいこと,脳は豆腐くらいの柔らかさであることなどをも併せ考えると,被告人が,石突を被害者の上半身に向けながら,あるいは向けた上で,更に意識的にそれを突き出すという行為をしたとまで認めるこ 薄く柔らかいこと,脳は豆腐くらいの柔らかさであることなどをも併せ考えると,被告人が,石突を被害者の上半身に向けながら,あるいは向けた上で,更に意識的にそれを突き出すという行為をしたとまで認めることはできない。 (2) そして,本件犯行時の状況下において予想される被害者の暴行としては,被告人につかみかかることや,続いて殴打することであって,要するに,道具を使用しない素手によるものであり,通常であれば,死亡や重大な傷害の結果を生じさせる危険までは認められない程度の侵害行為である。他方,被告人の行為は,先のとがった金属製の石突を有する傘を振り上げて,勢いよく近づいて来る被害者の上半身に向けるというものであって,当時の被告人と被害者の距離からすると,客観的にみて,石突が被害者の身体に当たるのみならず,その上半身に突き刺さる可能性も大きく,その結果,重大な傷害を負わせることになる危険性が高いものであったから,防衛行為として過剰なものであったといわざるを得ない。そして,被告人は,本件犯行直前に自己の右手に上記のような形状の傘を所持していたこと及び被告人と被害者との距離を認識していたのであり,また,身近に迫った被害者の上半身に傘の先を向けるようにして傘を振り上げることの認識も有していたのであるから,自己の行為の過剰性を基礎づける事実を認識していたというべきである。 したがって,被告人の判示行為は,正当防衛や誤想防衛とはいえず,過剰防衛に該当する。 (法令の適用)罰条刑法205条法律上の減軽(過剰防衛,自首) 同法36条2項,42条1項,68条3号(1回減軽)執行猶予同法25条1項訴訟費用刑訴法181条1項本文(原審分につき,その2分の1を被告人に負担させる。 条2項,42条1項,68条3号(1回減軽)執行猶予同法25条1項訴訟費用刑訴法181条1項本文(原審分につき,その2分の1を被告人に負担させる。)(量刑の理由)本件は,被告人が,前日の仕事の集合時間までに集合場所に来なかったことで文句をつけてきた被害者に対し,言い返したところ,被害者が被告人に暴行を加えようとして勢いよく近づいて来たため,これを防ごうとして過剰な防衛行為をし,被害者を死亡させた,という事案である。行為の態様は危険なもので,結果は重大である。被害弁償はなされておらず,慰謝の措置も講じられていない。 そうすると,本件の犯情はよくなく,被告人の刑事責任は軽視することができない。 他方,本件の経緯や動機については,被害者の言動にもいささか度を越した点があり,被告人のために酌むべきものがある。犯行の態様についても,被告人において更なる暴行に及ぼうとした形跡はなく,傘の使用や引き起された結果については,偶然の要素も大きい。また,被告人は,本件犯行後,直ちに119番通報し,翌日自首しており,外形的事実については,捜査段階から認めて反省している上,前科がなく,社会人として通常の生活をしてきたものであり,原判決後,会社を退職することを余儀なくされている。さらに,被害弁償や慰謝の措置についても,刑事裁判の結果を待って行うつもりでいる。 そこで,これらの事情を総合考慮して,主文のとおり判決する。 平成14年12月24日広島高等裁判所第一部裁判長裁判官久保眞人裁判官菊地健治裁判官島田一 保眞人 裁判官 菊地健治 裁判官 島田一

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