主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は,原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成13年11月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告が,被告所有の普通乗用自動車内を物色しているAを発見し,その場から逃走したAを追いかけて,Aを組み伏せたところ,その際にAの首を絞めたことにより,Aを頸部圧迫により窒息死させたことから,Aの相続人である原告が,被告に対し,被告のAに対する上記行為が不法行為に当たるとして,不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。 1 争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実(証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない。)(1) Aは,平成13年11月20日午前2時50分ころ,宇都宮市a町b番地c所在のマンションdの東側駐車場において,駐車してあった被告所有の普通乗用自動車内を物色していたところ,被告に発見され,その場から逃走した。 (2) 被告は,Aを追跡し,Aに追いついた後,左腕をAの首の後方から巻き付けて路上に投げつけ,いわゆるヘッドロックをしたままの体勢でAを組み伏せ,警察官が臨場するまでの間,その状態を続けた。(被告)(3) 被告の上記行為により,Aは,第1-第2頸椎間を脱臼し,同日午前4時5分ころ,搬送先の栃木県救命救急センターにおいて死亡した。死因は,頸部圧迫による窒息死であった。(甲3,4)(4) 原告はAの長女であり,Aの唯一の相続人である。(弁論の全趣旨) 2 争点及び争点に関する当事者双方の主張(1) 被告に過失があったか。 (原告の主張)ア Aは,被告により一方的に首投げされ,路上に転倒させられたところ,被告は,路上に転倒しているAに上半身を乗せ 争点及び争点に関する当事者双方の主張(1) 被告に過失があったか。 (原告の主張)ア Aは,被告により一方的に首投げされ,路上に転倒させられたところ,被告は,路上に転倒しているAに上半身を乗せた状態で押さえつけ,背後から左腕をAの前頸部に回して強力に絞め上げ,Aが積極的な加害行為をしていないにもかかわらずこれを継続したのであり,その結果,Aを窒息死させた。その際に被告が加えた力の程度は,Aの第1-第2頸椎間に脱臼を生じさせるほど強力なものであった。 被告の後記主張のとおり,Aが被告の背後から殴る蹴るなどの暴行をしたとしても,被告により首を絞められた苦しさから逃れるためにしたものである。 イ発端においてAに大きな責任があることは勿論であるが,被告の行為は,過剰な攻撃行為であり,Aの死亡の結果を招来したことについて過失がある。 (被告の主張)ア Aは,被告により追いつかれた後,大声をあげながら被告に掴みかかってきたのであり,被告は,これに身の危険を感じて,Aを首投げした上,首を押さえ込んだ。Aは,それにもかかわらず,大声を発して,被告の背中に背後から殴る蹴るの暴行を加えた。 イ被告は,付近を通りかかったBに対し,警察に通報するよう依頼した。Aは,その時点で観念したのか暴れるのをやめたが,再び暴れる危険が感じられたので,被告は,体勢を変えることができなかった。 ウこのような状況のもとで手加減をすることは通常人にとって著しく困難であり,被告には過失がない。 (2) 被告の行為は,正当防衛に当たり違法性が阻却されるか。 (被告の主張)ア Aは,被告よりも体格が優れており,そのような者に,大声をあげながら掴みかかられれば,身の危険を感じるに十分である。したがって,被告の行為は,正当防衛行為であり,違法性が阻却される。 イまた,少なくと ,被告よりも体格が優れており,そのような者に,大声をあげながら掴みかかられれば,身の危険を感じるに十分である。したがって,被告の行為は,正当防衛行為であり,違法性が阻却される。 イまた,少なくとも盗犯を防止し又は盗贓を取還しようとしてされた生命身体に対する現在の危険を排除するための殺傷に当たるから,盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律1条1項1号により正当防衛行為とみなされ,違法行為とはいえない。 (原告の主張)ア被告は,上記(1)の原告の主張のとおり,路上に転倒しているAに上半身を乗せた状態で押さえつけ,背後から左腕をAの前頸部に回して強力に絞め上げたことにより,Aの第1-第2頸椎間に脱臼を生じさせ,窒息死させるに至っており,同行為は過剰な攻撃行為である。 イ Aは,逃走後,被告に一方的に首投げされて路上に転倒させられ,その場で首を締め上げられたのであり,その時点では,Aに被告を攻撃する意思はなく,被告に対する積極的な加害行為をしていなかったから,被告の身体には切迫した危険がもはや生じていなかった。これにもかかわらず,被告は,上記アの過剰な攻撃行為を継続したのであり,違法性は,阻却されない。 ウ被告は,Aを死亡させたことについて,過失致死容疑で立件されたが,宇都宮地方検察庁は,被告を起訴猶予処分とした。したがって,同検察庁も,被告の行為が犯罪行為に該当する違法なものであったことを認定している。 (3) 損害額(原告の主張)ア被告の不法行為によりAが被った損害は,次の合計6430万0380円である。 (ア) 逸失利益4430万0380円(イ) 慰謝料2000万円イ Aの死亡の結果を生じるについて,Aにも,大きな過失があったから,5割の過失相殺をすると,Aの損害は,3215万円0190円となる。 ウ原告は,Aの原告 80円(イ) 慰謝料2000万円イ Aの死亡の結果を生じるについて,Aにも,大きな過失があったから,5割の過失相殺をすると,Aの損害は,3215万円0190円となる。 ウ原告は,Aの原告に対する損害賠償請求権を相続したので,被告に対し,一部請求として1000万円と,これに対する不法行為の日からの遅延損害金の支払を求める。 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(過失の有無)について(1) 証拠(甲1ないし4,11,被告本人)によれば,次の事実が認められる。 ア Aは,被告所有の普通乗用自動車内の助手席で運転席付近を物色していたところ,マンションから出てきた被告に発見され,その場から逃走した。被告は,車内に置いてあったクレジットカード等をAに盗まれたものと思い,これを取り戻すため,「待て。」などといいながら,車道上を逃げるAの後を約2メートル程度の間隔で追いかけた。その際,被告は,同方向をたまたま歩いていたBを追い越した。追いかける途中で,被告は,Aが自分より体格が良く,若いことが分かった。 イ Aは,上記現場から約30メートル北進したところで右折した上,約130メートル東進し,十字路交差点に差し掛かったところで左折し,北進した。被告は,同交差点の北側でAに追いつき,Aの背中を手で押したところ,Aは,足がもつれたようにその場に転倒し,被告も,勢い余って路上に転倒した(その際,被告は,右腕を骨折した。)。 ウ被告が,立ち上がると,Aが大声を発して正面から被告の胸のあたりを掴みかかってきたので,被告は,身の危険を感じ,利き腕の左腕をAの首の後方から巻き付けて,首投げの方法でAを路上に投げつけ,被告自身も,左腕をAの首に巻き付けたまま地面に倒れ込み,その左腕手首を自己の右手で掴み,いわゆるヘッドロックの体勢でAを組み伏せた。これに対 後方から巻き付けて,首投げの方法でAを路上に投げつけ,被告自身も,左腕をAの首に巻き付けたまま地面に倒れ込み,その左腕手首を自己の右手で掴み,いわゆるヘッドロックの体勢でAを組み伏せた。これに対し,Aは,被告の背中に向かって背後から殴る蹴るの暴行を加えてきたので,被告は,Aの首を左腕で押さえた辺りを中心として,体を前に回転させながら,これを防いでいた。 エ被告は,間もなく後方から通りかかったBに対し,警察に通報するよう依頼した。 オ Bは,近くの自宅へ行って,警察に通報し,2,3分後に被告がAを取り押さえている現場に戻ってきた。その際,Aは,暴れるのを止めていたが,被告は,警察官が来るまではそのままの状態でいることとし,Aから反撃されることを防ぐため,Aの首に巻き付けた左腕の力を特に緩めなかった。 カ Bに通報を依頼した後約10分ほどして,現場に警察官が到着した。警察官に言われて,被告は,手を離したが,Aは,ぐったりして意識を失っていた。 キ Aは,被告が上記のとおりAの首を絞めて頸部を圧迫したことにより,第1-第2頸椎間を脱臼し,同日午前4時5分ころ,頸部圧迫による窒息死により死亡した。 クなお,Aは,当時34歳で,身長170センチメートル,体重86キログラムであった。他方,被告は,当時53歳で,Aとの身長差はほとんどないものの,体重はAの方が約16キログラム重かった。被告は,特に柔道等の心得はなかった。 (2) 以上に認定した事実に基づいて検討すると,被告は,深夜窃盗犯人であるAと偶然遭遇し,被害品の取り戻しと犯人逮捕の目的でこれを追いかけた上,Aを首投げした後,いわゆるヘッドロックの体勢でAを組み伏せたものであるが,以上の被告の行為は,窃盗犯人を逮捕制圧する方法として通常のものであったということができる。また,Aは,被告に比 かけた上,Aを首投げした後,いわゆるヘッドロックの体勢でAを組み伏せたものであるが,以上の被告の行為は,窃盗犯人を逮捕制圧する方法として通常のものであったということができる。また,Aは,被告に比してほぼ同じ身長であるものの,約16キログラムも体重が重いほか,年齢も20歳ほど若く,組み伏せた後も,Aは,被告に大声を発しながら背後から被告に殴る蹴るの暴行を加えてきたのであるから,Aを組み伏せた後においても,被告の生命,身体に対する切迫した危険がなお継続していたというべきところ,このような場合に軽々に手加減すれば,却って犯人から反撃を受けることもあり得るから(犯人は,何とかして逃げたいと考えているのであるし,犯人が逮捕を免れるため凶器を予め所持していることもままあるから,犯人がこれを使用して反撃に転ずることも容易に想定される。),被告が,Bに警察に対する通報を依頼した後,警察官が臨場するまでの間,Aの首に巻き付けた左腕の力を特に緩めずにいたのも,やむを得なかったというべきである。 したがって,被告が,Aの抵抗が一応おさまった後も警察官が現場に到着するまでの間,Aの首に左腕を巻き付けた状態を継続し,結果的に第1-2頸椎間脱臼をAに生じさせ頸部圧迫による窒息死を惹き起こしたことを斟酌しても,本件のような極めて緊迫した事態において,柔道等の心得もない一般人に,どの程度の力で首を絞め続ければ相手に生命の危険が生ずるかを冷静に判断して手加減をすることを要求することは,著しく困難なことを強いることとなるのであって,被告には,Aに死亡の結果が生じることを予見してその結果を回避するよう手加減すべき義務まではないと解するのが相当であり,結局,被告には,Aの死亡について過失がないといわざるを得ない。 2 したがって,原告の請求は,その余の点について判断する してその結果を回避するよう手加減すべき義務まではないと解するのが相当であり,結局,被告には,Aの死亡について過失がないといわざるを得ない。 2 したがって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。 宇都宮地方裁判所第1民事部裁判官岩田眞
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