平成24(わ)1330 危険運転致死傷被告事件

裁判年月日・裁判所
平成25年5月23日 千葉地方裁判所
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判決文本文4,461 文字)

平成24年(わ)第1330号危険運転致死傷被告事件平成25年5月23日千葉地方裁判所刑事第1部判決主文被告人を懲役7年に処する。未決勾留日数中90日をその刑に算入する。理由(罪となるべき事実)被告人は,平成24年5月28日午後9時46分頃,甲を助手席に,乙を後部座席に乗車させて普通乗用自動車を運転し,千葉県松戸市ab丁目c番地のd付近の直線道路を流山市e方面から松戸市f方面に向かい進行するに当たり,体がふわっと浮き上がるような感覚を楽しんで自車内の雰囲気を盛り上げようと考え,その進路前方に長さ約47.5メートルの橋梁(a橋)があり,その入口側には橋梁に向かい急な上り勾配(以下「第1勾配」という。)が,橋梁を通過した出口側には急な下り勾配(以下「第2勾配」という。)がそれぞれ設けられているにもかかわらず,その進行を制御することが困難な時速82キロメートルを上回る高速度で自車を走行させた。そのため,被告人は,第1勾配通過後の橋梁上及び第2勾配で断続的に自車のタイヤが路面との間に摩擦がないか,ほとんどない状態を生じさせ,自車の制御が困難となって,自車を左前方に滑走させた。その結果,折から同所先交差点左側横断歩道上を同一方向に歩行していた丙(当時18歳)に自車前部を衝突させて同人を同所先歩道上に転倒させるとともに,自車を同交差点出口左側に設けられたコンクリート塀及び信号柱に衝突させるなどし,よって,前記丙に頭蓋骨骨折,頭蓋底骨折,外傷性クモ膜下出血等の傷害を負わせ,同日午後11時16分頃,松戸市gh番地所在のi病院において,同人を前記傷害により死亡させ,前記甲(当時20歳)に加療約3か月間を要する脳挫傷,肺挫傷の傷害を,前記乙(当時19歳)に加療約3か月間を要する脳挫傷 ,松戸市gh番地所在のi病院において,同人を前記傷害により死亡させ,前記甲(当時20歳)に加療約3か月間を要する脳挫傷,肺挫傷の傷害を,前記乙(当時19歳)に加療約3か月間を要する脳挫傷,頸髄損傷,頸椎骨折の傷害をそれぞれ負わせた。(証拠の標目)省略(事実認定の補足説明)第1 争点本件の主な争点は,被告人が進行を制御することが困難な高速度で本件道路を走行したと認められるかであるところ,以下の理由から危険運転致死傷罪の成立を認めた。 第2 「進行を制御することが困難な高速度」について 1 本件道路において,被告人車両と同型の車両(以下「実験車両」という。)で実験走行をした証人丁の供述は,2で検討するように信用できるから,次の事実が認められる。  第1勾配を時速約80キロメートル以上で通過,走行した場合,第1勾配通過後,実験車両は強く上下動等するため,サスペンションは大きく伸縮し,車両のタイヤと路面との間に摩擦が全くないか,ほとんどない状態,すなわち「ゼロG状態」が断続的に生じ,それが解消されないまま第2勾配に進入して本件事故現場である交差点付近まで「ゼロG状態」が連続して生じる。  「ゼロG状態」では,不用意にハンドル操作やブレーキ操作をすると車両がスピンするおそれがあるため,的確に進行させるには,腰を座席のシートに押しつけるなどして固定する運転姿勢を保ちながら,車両の上下動の衝撃によって不用意な操作をしないようハンドルを弱く握り,車にバランスのずれが生じた場合には,タイヤが路面に接着している瞬間に,わずかなハンドル操作をしてこれを修正することなどが必要である。 2 丁供述は,約30年にわたる多数のカースタントの経験に基づく具体的なものであり,走行実験の模様を撮影した映像にお 瞬間に,わずかなハンドル操作をしてこれを修正することなどが必要である。 2 丁供述は,約30年にわたる多数のカースタントの経験に基づく具体的なものであり,走行実験の模様を撮影した映像における車両の動静や丁のハンドル操作の状況等を合理的に説明している。なお,第1勾配通過後に「ゼロG状態」が生じるとの供述部分は,丁自身の経験と走行実験中の体感から導いた内容ではあるが,自動車工学の専門家である証人戊の供述により裏付けられている。また,走行実験時には降雨のため路面が滑りやすくなっていたが,この点は,「ゼロG状態」を発生させる点には影響がないとの供述部分も説得的である。結局,丁の供述は信用できる。なお,走行車線やアクセルペダルを離すタイミングに,被告人の走行時と走行実験時で若干の差異があるが,丁は,安全性を保つためにセンターライン付近を走行した旨述べているし,アクセルペダルを離したタイミングの遅れはわずかな差異にすぎないことに照らせば,これらの点が丁供述の信用性を左右するものではない。 3 そうすると,「ゼロG状態」が生じた車両につき前記1で求められるような高度な運転操作を普通の運転者が行うことは極めて困難であるから,被告人車両で第1勾配を通過するにあたり,時速約80キロメートル以上で走行することは,ハンドルやブレーキ操作などのわずかなミスが加わるだけで,自車を道路状況に応じて的確に制御して進行させることが困難な状態になるといえる。第3 被告人車両の速度について 1 第2勾配通過後のタイヤ痕印象開始地点直前の被告人車両の速度は遅くとも時速82キロメートルであると認められる。そして,戊は,第1勾配通過後,タイヤ痕印象開始地点までの間には空気抵抗やエンジンブレーキの影響などがあるので,下り勾配があることを考慮して 遅くとも時速82キロメートルであると認められる。そして,戊は,第1勾配通過後,タイヤ痕印象開始地点までの間には空気抵抗やエンジンブレーキの影響などがあるので,下り勾配があることを考慮しても,第1勾配通過時の速度は,タイヤ痕印象開始地点直前の速度よりも速くなると供述している。この戊供述は,専門的知見と多数の鑑定経験に基づいており,信用できる。 また,丁による走行実験によれば,実験車両は第1勾配を時速約80キロメートル以上で通過,走行した場合には,第2勾配進入時までに,約6ないし8キロメートル減速し,その後も概ね減速し続けていることが認められる。このことも,前記戊供述を裏付ける。 2 しかしながら,実験車両と被告人車両では,走行車線等の前提条件に違いがあることや減速度合いに規則性がなく,算出根拠とするには実験回数が少ないことなどを考えると,減速の程度が少なくとも6キロメートルであることを根拠として,第1勾配通過時点での被告人車両の速度は少なくとも時速約88キロメートルであるとする検察官の主張はそのままでは採用することはできない。 3 そうすると,第1勾配通過時点での被告人車両の速度は,第2勾配通過後のタイヤ痕印象開始地点直前の同車の最低速度である時速82キロメートルを上回っていたと認められるが,その具体的数値を認定するに足りる証拠はない。第4 その他の主張等について 1 丁供述等によれば,被告人が,第1勾配通過後にハンドルを左に切ったことがあったとしても,その前に既に制御困難な状態が生じていたのであり,前記認定を左右しない。なお,第1勾配通過後の被告人車両の動静等について,戊と丁の供述とは互いに整合的であって矛盾するものではない。 2 被告人は,本件道路の状況及び被告人車両の速度を概括的に認識していたことが証 い。なお,第1勾配通過後の被告人車両の動静等について,戊と丁の供述とは互いに整合的であって矛盾するものではない。 2 被告人は,本件道路の状況及び被告人車両の速度を概括的に認識していたことが証拠上認められるから,被告人に実際の車の動きや衝撃の大きさ,危険性までの認識がないとしても,危険運転致死傷罪の故意に欠けるところはない。橋梁のジョイント部分が斜めになっている事実は被告人車両の具体的な動静に影響を与えたとしても,「ゼロG状態」を生じさせる原因ではなく,この点を認識していなくても故意の成立に影響しない。(法令の適用)罰条危険運転致死の点 危険運転致傷の点 刑法208条の2第1項後段,前段(人を死亡させた場合)被害者ごとに刑法208条の2第1項後段,前段(人を負傷させた場合)科刑上一罪の処理 刑法54条1項前段,10条(1個の行為が3個の罪名に触れる場合であるから,1罪として最も重い危険運転致死罪の刑で処断)未決勾留日数の算入刑法21条訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑の理由) 1 本件は,友人らを乗せて走行中に,車内の雰囲気を盛り上げるため,太鼓橋状の道路を高速度で通過し,激しい上下動などにより,自車を滑走させて,歩行者1名を死亡させ,同乗者2名に傷害を負わせたという危険運転致死傷の事案である。 2 まず,被告人の運転行為により,何ら落ち度のない歩行者を死亡させたという重大な結果が生じている点を重視すべきである。被害者は,将来ある大学生であったのであり,その無念さは察するに余りがある。厳罰を望む遺族の心情も当然のこととして理解できる。深く考えないままに雰囲気に流されて高速度で運転した動機も身勝手である。 大学生であったのであり,その無念さは察するに余りがある。厳罰を望む遺族の心情も当然のこととして理解できる。深く考えないままに雰囲気に流されて高速度で運転した動機も身勝手である。本件道路を走行するに至った当日の経緯,特に,同乗者2名が法定速度を超える速度で走行することを了解していたことは,負傷した同乗者との関係ではともかく,死亡した歩行者との関係では被告人に有利な事情にはならない。以上によれば,無謀かつ危険な被告人の運転行為の態様は,危険運転致死傷罪のそれとしては特に悪質性が高いとまでは言えないものの,その死亡の結果や動機は強く非難されるのであって,ハンドルを握る者としての責任の重さを自覚させるためにも,自動車運転過失致死傷罪の法定刑の上限付近の刑が相当である。 3 本件に至った原因として,当時19歳であった被告人の自動車運転に対する認識の甘さや思慮の浅さを指摘することができる。この点は,被告人が自動車運転免許を与えられていた以上,殊更有利に考えることはできないとしても,事件後,被告人は,被害者遺族に対して被告人なりの謝罪をし,犯した罪の重大さや自身の問題点と向き合いつつあり,生涯を通じて償っていく決意も述べている。以上に加えて,傷害を負った同乗者の被告人に対する処罰感情は厳しいものではないこと,対人無制限の任意保険による賠償がされ,今後もされる予定であることも被告人に一定程度有利に考慮できる。 4 そこで,主文のとおり量刑する。(裁判長裁判官後藤眞理子裁判官丹羽芳徳裁判官瓜生容)

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