平成20(ワ)5781 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成23年2月10日 東京地方裁判所
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判決文本文31,105 文字)

- 1 -平成23年2月10日判決言渡平成20年(ワ)第5781号損害賠償請求事件判決主文 被告D,被告G,被告H,被告I及び被告Jは,原告Aに対し,連帯して1265万円及びこれに対する平成17年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告D,被告G,被告H,被告I及び被告Jは,原告Bに対し,連帯して550万円及びこれに対する平成17年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告D,被告G,被告H,被告I及び被告Jは,原告Cに対し,連帯して550万円及びこれに対する平成17年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は,これを5分し,その1を被告D,被告G,被告H,被告I及び被告Jの負担とし,その余は原告らの負担とする。 この判決は,第1項ないし第3項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1請求 被告らは,原告Aに対し,連帯して5393万2110円及びこれに対する平成17年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告らは,原告Bに対し,連帯して2499万6242円及びこれに対する平成17年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告らは,原告Cに対し,連帯して2499万6242円及びこれに対する平成17年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要- 2 -本件は,被告Dが開設するK病院(以下「被告病院」という)に入院して。 いたLに対し,ベナンバックス(ペンタミジン。以下,原則として「ベナンバックス」という)が平成17年10月29日から3日間連続で,常用量の。 5倍投与され(以下「本件事故 院」という)に入院して。 いたLに対し,ベナンバックス(ペンタミジン。以下,原則として「ベナンバックス」という)が平成17年10月29日から3日間連続で,常用量の。 5倍投与され(以下「本件事故」という,同年11月10日,Lが死亡し。)たことについて,同人の相続人である原告らが,投与を指示した被告J医師のほか,被告病院呼吸器センター内科部長であった被告E医師,主治医代行者であった被告F医師,調剤を行った被告G薬剤師,調剤監査を行った被告H薬剤師及び被告I薬剤師らには,それぞれ過失があると主張し,被告らに対し,不法行為(共同不法行為。被告病院に対しては,使用者責任)に基づ。 き,損害賠償及びこれに対する平成17年11月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 前提となる事実(証拠を掲げていない事実は,当事者間に争いがない事実である)。 (1)当事者等アL(昭和14年4月11日生)は,平成17年8月29日,被告病院に入院し,治療を受けていたが,同年11月10日,死亡した。 イ原告Aは,Lの妻である。 ウ原告B及び同Cは,Lの子である。 エ被告Dは,被告病院を開設している。 オ被告J医師は,Lに対して,ベナンバックスを常用量の5倍の投与を指示した医師であり,本件事故当時,被告病院で臨床経験3年目の医師であった。なお,被告J医師は,医師法16条の2が定める2年間の臨床研修は修了していたが,被告病院では,臨床経験3年目の医師については,後期研修医として,研修のカリキュラムが組まれていた。 カ被告E医師は,本件事故当時,被告病院呼吸器センター内科部長の地位にあった者である。 - 3 -キ被告F医師は,本件事故当時,被告病院呼吸器センター内科の医師であり,平成17年10月26日 カ被告E医師は,本件事故当時,被告病院呼吸器センター内科部長の地位にあった者である。 - 3 -キ被告F医師は,本件事故当時,被告病院呼吸器センター内科の医師であり,平成17年10月26日から同年11月5日まで,Lの主治医代行者であった者である。 ク被告G薬剤師は,被告J医師から投薬指示のあったベナンバックスの調剤を行った者であり,被告H薬剤師及び同I薬剤師は,それを監査した者である。 (2)診療経過の概要本件の診療経過の概要は,以下のとおりである。 ア平成17年3月(以下,平成17年については,原則として月日のみ記載する,Lは,被告病院に入院し,各種検査や診察の結果,原発性。)膵癌,リンパ節転移,肺転移と診断された(乙A1。 )イ4月6日,Lは,右中下葉間の腫瘤を原発とする肺腺癌(T2N3M1(膵,リンパ節転移:臨床病期Ⅳ)と最終診断された。 )ウ7月2日,Lは,退院した。 エ8月29日,Lは,肺癌が再発し,精査加療目的で,被告病院に入院した。 オ同月31日,Lは,頭部CT検査で,多発性脳転移が認められた(乙A1。 )カ10月18日,Lに,ニューモシスチス(カリニ)肺炎が疑われ,同日より,スルファメトキサゾール・トリメトプリムの投与が開始された(乙A1。 )キ同月28日,スルファメトキサゾール・トリメトプリムをベナンバックスに変更する方針となった(乙A1。 )ク同月29日,Lに対して,ペンタミジン(ベナンバックス300mg1V+生理食塩液100ml)が午前7時,午後3時30分,午後11時の3回投与された(乙A1,A2。 )- 4 -ケ同月30日,Lに対して,ペンタミジン(ベナンバックス300mg1V+生理食塩液100ml)が午前7時10分,午後3時30分,午後11時の3回投与された(乙A1 (乙A1,A2。 )- 4 -ケ同月30日,Lに対して,ペンタミジン(ベナンバックス300mg1V+生理食塩液100ml)が午前7時10分,午後3時30分,午後11時の3回投与された(乙A1,A2。 )コ同月31日午前7時50分ころ及び午後3時ころ,Lに対し,ペンタミジン(ベナンバックス300mg1V+生理食塩液100ml)が投与された。 その後,Lは,収縮期血圧70mmHgと更に血圧が低下し,意識状態も悪化し,奇異性呼吸も認めるようになった。 午後10時ころ,症状の改善がみられない状況に疑問を感じた担当看護師が,呼吸器科のM医師に相談した。M医師が,薬剤量が適切かどうかなど,診療内容の確認と点滴オーダーのチェックを行ったところ,ベナンバックスが本来180mg/日(4mg/kg/日)の投与量であるはずが,900mg/日使用されて過剰投与となっていることが判明した。ベナンバックスの投与は以後中止された(乙A1,A2)。 サ11月10日,Lは,死亡した(乙A1。 ) 争点 本件の争点は,次の4点である。なお,被告J医師の過失については,当事者間に争いがない。 (1)上級医の責任(2)薬剤師の責任(3)因果関係(4)損害額 争点に関する当事者の主張は,次のとおりである。 (1)争点(1(上級医の責任)について)(原告らの主張)ア(ア)被告E医師及び同F医師には,被告J医師にベナンバックスの調- 5 -剤及び投与指示を行わせるに当たり,調剤及び投与指示の内容に誤りがないように適切な指導助言を行って,誤りがあった場合には直ちに是正するよう監督すべき注意義務があった。 ベナンバックスは重篤な副作用を生じる恐れのある劇薬であるから,被告E医師及び同F医師は,自らその用法用量,副作用等について把握し,研修医であ 合には直ちに是正するよう監督すべき注意義務があった。 ベナンバックスは重篤な副作用を生じる恐れのある劇薬であるから,被告E医師及び同F医師は,自らその用法用量,副作用等について把握し,研修医である被告J医師に対してあらかじめ副作用が生じた場合の処置について指導助言すべき注意義務を負っていた。 (イ)被告E医師及び同F医師には,Lに対してベナンバックスの投与を開始した平成17年10月29日以降,Lの全身状態の変化に細心の注意を払い,ベナンバックスによる副作用が生じていないかを確認し,Lにベナンバックスによる副作用と思われる重篤な低血圧や低血糖等の症状が認められた場合には,直ちにその原因を究明し,投薬の中止や副作用症状に対する治療等の適切な処置を自ら行い,又は被告J医師にこれを行わせる注意義務があった。 イ被告E医師及び同F医師には,ベナンバックス調剤指示及び副作用に対する処置について被告J医師の指導監督を怠った過失,及びLに生じたベナンバックスの副作用を看過してこれに対する処置を怠った過失がある。 (被告E医師及び同F医師の主張)ア被告E医師及び同F医師の被告J医師への指導監督義務違反についての原告ら主張は,抽象的にすぎる。 被告J医師の過失は,医薬品集の左右の頁を見間違えたという重大・単純なものであるから,その原因は専ら被告J医師の個人的な問題にあるといわざるを得ず,被告J医師の過失を予見したり,回避したりすることはできない。医薬品集の左右の頁を見間違うなどとは前代未聞のミスであり,信頼の原則が働く場面である。能書を確認すべきは被告J医師であり,被告E医師及び同F医師の過失云々とは別である。被告F医師は,被告J医- 6 -師から投与量を聞かれたので,能書ないし医薬品集記載の標準量でよいと指示を出している。なお,被告J医師は, 師であり,被告E医師及び同F医師の過失云々とは別である。被告F医師は,被告J医- 6 -師から投与量を聞かれたので,能書ないし医薬品集記載の標準量でよいと指示を出している。なお,被告J医師は,医師法上の2年間の臨床経験は修了しており,研修医ではないから,単独で医療行為を行うことについて,医師法上の問題はなかった。 イベナンバックスの副作用については,当日,病棟において本件患者を診察していたのは被告J医師であり,被告E医師及び同F医師には過失はない。 (2)争点(2(薬剤師の責任)について)(原告らの主張)ア薬剤師は,オーダリングシステムの警告機能の有無にかかわらず,薬剤師法24条に定められている「薬剤師は,処方せん中に疑わしい点があるときは,その処方せんを交付した医師,歯科医師又は獣医師に問い合わせて,その疑わしい点を確かめた後でなければ,これによって調剤してはならない」という疑義について確認する義務(以下「疑義確認義務」という)を負っている。 。 薬剤師は,コンピューターが適切に機能しているかを確認することを職責とするものではなく,当該処方が適切であるかどうかを自らの目で確認することを職責とするものである。オーダリングシステムの警告機能に頼るのであれば,薬剤師という資格は必要ない。 薬剤師法24条の疑義確認義務は,単に,処方に疑義が生じた場合だけでなく,そのような照会を行う前提として,当該処方について薬学的見地から疑義がないかどうかを確認すべき義務をも定めたものである。薬剤師一般における薬剤に対する知識,経験に基づけば当然認識できる疑義について認識しなかった場合には,疑義の有無を確認する義務を怠ったものというべきである。 被告病院の医薬品集には,ベナンバックスの用量として,体重1kg当- 7 -たり4mgであること できる疑義について認識しなかった場合には,疑義の有無を確認する義務を怠ったものというべきである。 被告病院の医薬品集には,ベナンバックスの用量として,体重1kg当- 7 -たり4mgであることが明記されているところ,本件で処方がなされた1日当たり900mgという量は,実に体重225kgの人間に対してなされる処方量ということになる。本件処方が過剰な用量であることは,明らかに「薬剤師であれば容易に認識できる」ものである。 イ(ア)被告G薬剤師は,被告J医師による常用量の5倍に相当するベナンバックスの処方指示について,常用量を確認して疑義を抱き,これを被告J医師に照会すべき注意義務を負っていた。 被告G薬剤師は,1日目及び2日目のベナンバックスの調剤の際にも,3日目分のベナンバックスの調剤の際にも,ベナンバックスの常用量を確認せず,被告J医師による処方について何らの疑義も抱かず,漫然と処方通りの調剤を行うという注意義務違反をした。 (イ)「K病院の医療事故に関する報告書(以下「本件事故報告」,書」という。乙A2)によれば,被告H薬剤師は,被告G薬剤師が調剤した1日目,2日目のベナンバックスについて処方監査を実施し,被告I薬剤師は,被告G薬剤師が調剤した3日目のベナンバックスについて処方監査を実施したとのことである。 処方監査とは,当該調剤が処方せん通りに行われているか,そして用法用量に問題がないかチェックをするために行われるものである。 特に監査を担当する薬剤師であれば,その果たすべき注意義務は一層厳格なものであるべきである。 本件ベナンバックスの調剤監査を行う際に,調剤内容及び用法用量に誤りがないかを確認し,誤りがあれば直ちにこれを是正し,あるいは医師に確認をとるなどの適切な処置を採るべき注意義務があった。 (ウ)被告H薬剤師及 ックスの調剤監査を行う際に,調剤内容及び用法用量に誤りがないかを確認し,誤りがあれば直ちにこれを是正し,あるいは医師に確認をとるなどの適切な処置を採るべき注意義務があった。 (ウ)被告H薬剤師及び同I薬剤師は,被告G薬剤師の前記イ(ア)記載の注意義務に違反した常用量の5倍ものベナンバックスの調剤について,それが適切になされているものかどうかの確認作業を怠り,同処方- 8 -について何らの疑義も抱かなかった。同人らが行っていた作業は,監査と呼べるものではない。事故報告書には被告I薬剤師が被告病院の医薬品集を確認したとあるが,これは疑わしい。 (被告薬剤師らの主張)アオーダリングシステムのコンピュータ上,ベナンバックスに関しては1回量として300mgが設定されており,今回処方が1回量300mgであったため,警告機能が発動されなかったものであり,薬剤師としての過失ということはできない。なお,1日量の設定はなされていなかった。薬剤師がオーダリングシステムによって「確実に「習熟度によらず,,」,」「必ず発見(乙B3の814頁)できると信じるのは当然である。被告」病院で処方される薬剤は,およそ1300種類あり,警告が鳴らなくても,確認義務があるとするのは,現実的でない。 イ薬剤師法24条の薬剤師の疑義確認義務は,故意による不作為に関する規定であり,薬剤師が用法オーバーではないかとの疑いを抱いたにもかかわらず,あえて医師に照会せずに調剤することを禁止した規定である。本件では,被告薬剤師の誰も疑義を抱かなかったのであるから,疑義確認義務違反はない。 (3)争点(3(因果関係)について)(原告らの主張)アベナンバックスの過剰投与がLの死期を早めた。 イ回答書(甲A2)で,被告病院らは「過剰投与後の痙攣の原因につき,まして 反はない。 (3)争点(3(因果関係)について)(原告らの主張)アベナンバックスの過剰投与がLの死期を早めた。 イ回答書(甲A2)で,被告病院らは「過剰投与後の痙攣の原因につき,ましては脳転移も否定できませんがペンタミジン(ベナンバックス)の過剰投与によって生じた低血糖あるいは薬剤そのものによる脳障害のためである可能性も考えられます「ご指摘のように過去に脳転移の症状とし」,ての痙攣はないこと,脳の転移病巣はそれほど大きいものではないこと,更に放射線治療後の状態であることも加味すると,脳転移単独で痙攣を来- 9 -した可能性は少ないと思われます(甲A2の11頁)と述べ,少なくと」もベナンバックスの過剰投与が痙攣発作の主たる原因であったことを認めている。 ウLは,ベナンバックスの過剰投与が開始された直後から嘔吐を繰り返して副作用発症の徴候が認められ,その後,著しい血圧低下,腎機能障害,低血糖といった,ベナンバックスの重大な副作用症状が生じたのであり,ベナンバックスの過剰投与によってLの全身状態が急激に著しく悪化したことは明らかである。 10月28日までのLの状態にかんがみれば,Lの肺癌がステージⅣの状態であったとしても,10月29日以降,正規の投与量でベナンバックスによる投薬治療がなされていればLの肺炎症状は軽快した可能性が高く,また本件の実際の経過のような急激な著しい全身状態の悪化は生じ得なかったというべきである。 したがって,Lの肺癌がステージⅣであったことは,ベナンバックスの過剰投与とLの全身状態の急激な悪化及びこれによるLの死亡との因果関係を否定する理由とはなり得ない。 エまた,被告J医師は,同人の注意義務違反行為とLの死亡との因果関係を争うが,ベナンバックスの投与量を読み間違えて誤った投与量の処方指示を よるLの死亡との因果関係を否定する理由とはなり得ない。 エまた,被告J医師は,同人の注意義務違反行為とLの死亡との因果関係を争うが,ベナンバックスの投与量を読み間違えて誤った投与量の処方指示を出したのは被告J医師であり,過剰投与の直接的要因を作出したのは被告J医師に他ならない。 被告J医師は,オーダリングシステムの不備や薬剤師らの注意義務違反を指摘するけれども,被告病院のオーダリングシステム不備の問題や被告病院薬剤師らの疑義確認義務違反の問題は,被告J医師の注意義務違反行為とLの死亡との相当因果関係の問題とは無関係であり,被告病院のオーダリングシステムの不備,被告薬剤師らの疑義確認義務違反は,被告J医師の注意義務違反行為とLの死亡との相当因果関係を否定する要素とはな- 10 -り得ない。 (被告病院らの主張)本件事故報告書(乙A2の22頁)によれば「本患者は,全身に転移を,有する進行肺癌のための長期生存は難しいと考えられていた。また,抗癌剤投与のため免疫能が低下しており,全身状態はかなり悪い状況にあった。ベナンバックスの過剰投与が引き金になり死の転帰をとったが,死に結びついた可能性のある血圧低下や消化管出血については,膵十二指腸部への転移が,また,痙攣発作は脳転移がそれぞれ原因,あるいは増悪因子になっている可能性が考えられた」と記載されており,ベナンバックスの過剰投与が終末期にあった本患者の死期を早めた高度の蓋然性があったということはできない。 また,本件における死に至る機序に従えば,相当程度の可能性を認めることも極めて難しいといわざるを得ない。 (被告J医師の主張)被告J医師の指示及び過剰投与と死亡との因果関係は争う。 本件過剰投与は,本来警告表示がなされるべき被告病院の異常値のオーダーについてオーダーリングシステムが機能せ るを得ない。 (被告J医師の主張)被告J医師の指示及び過剰投与と死亡との因果関係は争う。 本件過剰投与は,本来警告表示がなされるべき被告病院の異常値のオーダーについてオーダーリングシステムが機能せず,更に薬剤師による調剤及び監査の過程においてもチェックをすり抜けて投与に至ってしまったというものである。これら多数の関門のうち一つでも働いていれば,過剰投与自体が存在しなかったか,あるいはより早い段階で回避措置がとられ,死という結果も発生しなかったと考えられる。これらの関門は,通常それが正常に機能することを信じるに値するものばかりであって,被告J医師の認識においてはもちろん,一般人の認識においてもこれらがことごとく機能しないなどということは,およそ想定することが困難なものであった。したがって,被告J医師の見間違いによるオーダー間違い(過剰投与)という過失行為は,Lの死という結果との関係では,相当因果関係はないと評価するのが相当である。 - 11 -(4)争点(4(損害額)について)(原告らの主張)アLの損害(ア)逸失利益4590万4970円Lの平成15年度の給与は1531万9084円であり,公的年金307万4579円を受給しており,年10万円の雑所得を有していた。 Lは,本件事故当時66歳であり,就労終期(70歳)までの4年間(ライプニッツ係数3.546)は生存可能であったのであり,生活費控除率30%として,Lの逸失利益を計算すると,次式により,4590万4970円となる。 1849 万3663 円× 0.7 × 3.546 =4590 万4970 円(イ)慰謝料3500万Lは,被告らの極めて基本的な注意義務を懈怠した行為によって,その未来を奪われてしまったのである。このような基本的な注意義務違反により,自らの未来を 90 万4970 円(イ)慰謝料3500万Lは,被告らの極めて基本的な注意義務を懈怠した行為によって,その未来を奪われてしまったのである。このような基本的な注意義務違反により,自らの未来を奪われたという事実は,Lの無念さを更に増大させるものである。 被告F医師は,Lに投与されたベナンバックスについて,ほとんど知識を有していなかったにもかかわらず,何ら調査を行わず,何らの措置もとらず,Lに対するベナンバックスの過剰投与を放置した。 イ原告Aの損害(ア)慰謝料500万円原告らは,平成17年11月1日,被告E医師及び同F医師から,本件事故の報告を受けたが,その際,実際に誰が過剰投与をしたのかという話はなされず,被告J医師は同席しなかった。 被告病院は,本件事故について,同月7日,報道各社に対し,本件事故を公表し,また,翌8日に記者会見を行った。原告らは,そのとき,- 12 -初めて,Lへのベナンバックスの過剰投与が女性の研修医によってなされたものであることを知った。 平成18年4月9日,原告らは,被告病院の関係者から,被告病院の会議室で本件事故の説明を受け,郵送されなかった本件事故報告書もこの時に手渡された。この時,原告らは,入院中の疑問点を述べたところ,被告病院の関係者らは,メモしようともせず,後日,疑問があれば文書にして郵送すれば回答すると述べた。 補償額の話し合いも,500万円の提示があっただけで,被告J医師や被告病院長からの謝罪といった,原告らが求める対応については,一切触れられなかった。 このような被告らの本件事故後の対応は,遺族への配慮を欠いた不適切,不誠実なものであり,原告ら固有の慰謝料額の算定の際,増額事由として配慮されるべきである。 (イ)葬儀費用等357万9625円(ウ)弁護士費用490万円ウ は,遺族への配慮を欠いた不適切,不誠実なものであり,原告ら固有の慰謝料額の算定の際,増額事由として配慮されるべきである。 (イ)葬儀費用等357万9625円(ウ)弁護士費用490万円ウ原告B及び原告Cの損害(ア)慰謝料各250万円(イ)弁護士費用各227万円(被告らの主張)アLの病気の進行,病状に照らして,再び,労働することは不可能であったから,逸失利益は認められない。 イ余命は,およそ2週間,長くとも6か月程度であった。 ウ肺癌Ⅲ,Ⅳ期患者については,死亡慰謝料を否定したり,300ないし500万円程度の慰謝料を認めるのにとどまるのが裁判例の大勢である。 エ本件の場合には,Lの死亡日時と近接した日において葬儀費用が発生した蓋然性は極めて高いのであるから,葬儀費用を損害と認めることは妥当- 13 -でない。 第3争点に対する判断 診療経過等前記前提となる事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件の診療経過等について,次の事実が認められる。 (1)平成9年6月,Lは,前立腺肥大・PSA高値のため泌尿器科に通院していた。 (2)平成16年8月より,Lは,仕事でオーストリアのウィーンに滞在中であったが,秋ころより両頚部リンパ節腫大を自覚し,現地で精査していた。 平成17年1月より増大傾向を示し,2月より発熱全身倦怠感が出現した。 現地病院にてポジトロン断層撮影(PET)を受け,悪性リンパ腫が疑われた(乙A1の47頁)。 (3)平成17年3月,Lは,帰国し,被告病院血液科に精査入院した。CTで全身の多発リンパ節腫脹(頚部,肺門,縦隔,傍大動脈リンパ節)を認めたため,右頚部リンパ節生検を行ったところ,低分化腺癌の診断であった。 このため,固形癌のリンパ節転移と考えられ,悪性リンパ腫は否定的となった。胸部 節腫脹(頚部,肺門,縦隔,傍大動脈リンパ節)を認めたため,右頚部リンパ節生検を行ったところ,低分化腺癌の診断であった。 このため,固形癌のリンパ節転移と考えられ,悪性リンパ腫は否定的となった。胸部CTでは右中下葉間に直径3cm程度の腫瘤性病変を認めていた。 腹部CTでは膵頭部とその周囲に巨大な腫瘤を認め,上部消化管内視鏡で十二指腸第二部に巨大潰瘍と胃体部外側からの圧迫所見が認められた。十二指腸潰瘍部の生検の結果,低分化線癌の所見であり,膵頭部の腫瘤が十二指腸内に浸潤し潰瘍形成していたことが考えられた。以上の所見により,この時点では,原発性膵癌,リンパ節転移,肺転移の診断となった(乙A1の4。 7頁)(4)4月6日,Lは,消化器科に転科し,精査後,膵癌に対してゲムシタビンによる化学療法が行われた。その後,生検組織に対して追加された免疫組織学的検査により,TTF-1陽性であることが判明し,右中下葉間の腫- 14 -瘤を原発とする肺腺癌(T2N3M1(膵,リンパ節転移:臨床病期Ⅳ))と最終診断された。 (5)同月13日,Lは,呼吸器センター内科に転科した。肺癌に対し,カルボプラチン・ゲムシタビンによる化学療法を4コース施行した。その結果,肺原発巣・膵十二指腸の腫瘤は著明に縮小し,上部消化管内視鏡でも十二指腸の潰瘍性病変も著明に改善していた。治療効果は部分寛解(PR)と判定された。N医師が主治医を務め,前期ないし後期の研修医を担当医とする体制で診療に当たることになった(乙A5)。 (6)7月2日,Lは,被告病院を退院した(甲A4。 )(7)Lは,その後,外来にて経過観察されていたが,再度両頚部・右腋窩のリンパ節腫大を自覚するようになり,胸部CTでも同様の多発リンパ節転移を認め,さらにPETでも陽性の所見であり,肺癌再発と診断され )Lは,その後,外来にて経過観察されていたが,再度両頚部・右腋窩のリンパ節腫大を自覚するようになり,胸部CTでも同様の多発リンパ節転移を認め,さらにPETでも陽性の所見であり,肺癌再発と診断された。 (8)8月29日,Lは,再発肺癌に対し,精査加療目的で,被告病院に入院した(乙A1の52頁。 )(9)同月30日,Lの胸腹部CTでは,外来でのCTと比較して左頚部リンパ節の腫大以外は,膵頭部の腫瘤や腹腔内のリンパ節腫大には著変は認められなかった(乙A1の96頁。 )(10)同月31日,Lは,頭部CTで,多発性脳転移が認められた(乙A1の14,53頁。 )(11)9月1日,Lの肺癌のリンパ節転移・再発に対して,第二選択肢の化学療法としてドセタキセル90mg/回の投与を開始した(乙A1の53頁。 )(12)同月6日から10月13日まで,Lは,転移性脳腫瘍に対して,全脳放射線照射(2gy/回,計50gy)を行い,脳浮腫に対して,ステロイドを投与した(乙A1の54,84頁。 )(13)9月27日,Lに対して,ドセタキセルによる化学療法1コース後- 15 -の効果判定のため,頚胸部CT検査が施行された。右腋窩と腹部のリンパ節腫大の悪化及び副腎への転移が新たに認められ,進行(PD)と判定された。 (乙A1の57,97頁)(14)同月29日,Lに対して,第三選択肢抗癌剤による化学療法として,ビノレルビン投与を開始した。副作用は強くなかったものの,全身状態は回復せず,歩行時のふらつきも認められていた(乙A1の57頁。 )(15)10月3日,Lの担当医が被告J医師に交替になった。同月9日,Lは,夜間転倒し,翌10日に頭部CTを撮影するも,新たな所見は認められなかった(乙A1の60頁,丙A2。 )(16)同月11日,Lは,前日よ 日,Lの担当医が被告J医師に交替になった。同月9日,Lは,夜間転倒し,翌10日に頭部CTを撮影するも,新たな所見は認められなかった(乙A1の60頁,丙A2。 )(16)同月11日,Lは,前日より38度を超える発熱,11日より白血球数減少を認めたため,セフェピム2g/日,及び顆粒球コロニー刺激因子注射を開始した。しかし,白血球回復後も発熱は持続した(乙A1の61頁。 )(17)同月14日,Lに対して,胸部CT検査が施行された。両肺野にびまん性のスリガラス状陰影の出現を認め,ビノレルビンによる薬剤性肺障害を疑い,同日より3日間ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1000mg/日)を施行した(乙A1の62,98頁。 )(18)同月17日,Lに対して,後療法として,プレドニゾロン30mg/日の維持投与を開始した(乙A1の22,64頁。 )(19)同月18日,Lは,ステロイドパルス療法開始後に一時解熱するも,再び39度台の発熱がみられた。17日のβ-Dグルカンが79.6pg/mlと上昇していたことも加え,薬剤性肺臓炎よりもニューモシスチス(カリニ)肺炎を疑い,18日よりスルファメトキサゾール・トリメトプリム(バクトラミン:トリメトプリムとして90mg/日を分3で点滴投与)を開始した(乙A1の23,66頁。 )(20)同月24日,β-Dグルカンは61.7pg/mlと依然高値では- 16 -あったが,治療前と比較して低下していた(乙A1の69頁。 )(21)同月25日,N医師は,同日から同月27日までは,長崎県での学会,同月28日から11月4日までは,カナダ・モントリオールでの学会に参加するため不在となるので,この間,被告F医師が主治医代行を務めることになった(乙A5。 )(22)同月28日,前日のLの胸部CT検査で 日から11月4日までは,カナダ・モントリオールでの学会に参加するため不在となるので,この間,被告F医師が主治医代行を務めることになった(乙A5。 )(22)同月28日,前日のLの胸部CT検査では,スリガラス状陰影の改善が認められたため,ニューモシスチス肺炎に対してスルファメトキサゾール・トリメトプリムは有効と考えられた。しかし,Lは,以前より遷延していた嘔気が悪化し,嘔吐も出現したため,同剤の副作用が疑われた。この時点でニューモシスチス肺炎は改善傾向を示していたものの,スルファメトキサゾール・トリメトプリムによる治療期間は10日と不十分であることから,28日のチャートラウンドで,被告E医師の判断で,ベナンバックスに変更する方針となった。ベナンバックスは劇薬指定を受けている薬剤であった。 被告J医師は,被告F医師に対し「量はどうしましょうか」と尋ねたとこ,ろ,被告F医師は「普通にやってください」と答えた。被告J医師は,被,告F医師に対し「書いてあるとおりですかね」と聞くと,被告F医師は,,「そうしてください」と答えた。被告F医師は,午後から外勤先に向かうため,チャートラウンドの途中で退席した。被告J医師は,病棟に戻り,ベナンバックスの処方せんを作成するため,被告病院の医薬品集を開け,ベナンバックスの欄を見て,体重によって処方量が違うことが分かったので,裏側にして頁が変わらないようにしておいて,看護師詰め所に置いてあるLの温度板に書いてある体重を確認しに行った。そして,Lの体重が45kgであることを確認した後,病棟に戻り,再び被告病院の医薬品集を見た際,参照するべき欄を見誤り,反対側の頁のバクトラミンの欄を見て,その量で,同日夕方,ベナンバックスの点滴のオーダをし,翌29日からベナンバックス開始予定となった。 - 17 -午 医薬品集を見た際,参照するべき欄を見誤り,反対側の頁のバクトラミンの欄を見て,その量で,同日夕方,ベナンバックスの点滴のオーダをし,翌29日からベナンバックス開始予定となった。 - 17 -午後7時25分ころ,被告G薬剤師(遅番)が,該当処方せんの調剤を行った。 午後7時30分ころ,被告H薬剤師(遅番)が,調剤済みの籠から当該処方と薬剤の1日目分,2日目分を取り出し監査を実施した。 午後8時20分ころ,被告G薬剤師が,欠品分(3日目分)のベナンバックスを調剤した。被告I薬剤師は,3日目分のベナンバックスを監査した。 その後,被告I薬剤師は,被告病院の医薬品集で用法・用量等を確認し,「1日1回4mg/kg…」との記載も確認したが,通例1回○mg,1日3回等の用法用量もあるため,1日1回の薬剤であるとは認識しなかった。 当時,被告病院では,注射薬の処方オーダーについては,医師がオーダーを直接末端コンピュータに入力するオーダリングシステムを採用していたが,当時のオーダリングシステム上の警告機能は,1回量については設定されていたが,1日量については設定されておらず,ベナンバックスについては,1回量の300mgが設定されており,本件での調剤・監査時には,オーダリングシステム上,過剰投与を示す警告は表示されていなかった。なお,被告病院の薬剤師らは,オーダリングシステム上,用量については警告機能が働いているものと理解しており,1日量の設定がないことは知らなかった。 (乙A1の71頁,A2の11,12頁,被告E医師,被告F医師,被告J医師)(23)同月29日,Lに対して,ペンタミジン(ベナンバックス300mg1V+生理食塩液100ml)が午前7時,午後3時30分,午後11時の3回,それぞれ1ないし2時間かけて投与された。嘔気と嘔吐は持続していたた 日,Lに対して,ペンタミジン(ベナンバックス300mg1V+生理食塩液100ml)が午前7時,午後3時30分,午後11時の3回,それぞれ1ないし2時間かけて投与された。嘔気と嘔吐は持続していたため,絶飲食及び輸液管理とし,オメプラゾールの投与を開始した。また,Lに,腹部膨満を認めたため,消化管の減圧目的で胃チューブの挿入を試みた。しかし,挿入に対して嘔気が強く最終的には挿入できなかったため,メトクロプラミドを使用し様子を見ることになった。しかし,その後も嘔気- 18 -が強かったため,再度胃チューブ挿入を試みたところ,挿入することができ,その後,550mlの胃内溶液が排液された(乙A1の71,302,3。 03頁)(24)同月30日,Lは,嘔気は遷延していたが,腹部単純写真ではイレウスの所見は認められず,腸管蠕動の低下に伴う胃内容物の停滞を疑い,消化管蠕動亢進目的でエリスロマイシンの点滴投与を開始した。Lに対して,ペンタミジン(ベナンバックス300mg1V+生理食塩液100ml)が午前7時10分,午後3時30分,午後11時の3回,それぞれ1ないし2時間かけて投与された(乙A1の71,306ないし308頁)。 (25)同月31日,Lは,血圧低下し,意識障害が出現した。採血データ上,血色素量6.6mg/dl(10月28日の血色素量7.5mg/dl)への低下があり,尿素窒素53mg/dl,クレアチニン1.9mg/dlと腎機能障害を認めた。胃チューブからは茶褐色ないし赤色の液体の排出を認めたため,消化管出血による血圧低下と判断し,その後輸血MAP4単位を施行した。午前10時過ぎ,被告J医師は,被告F医師に電話で,Lの血圧が低下し,胃管から黒い胃液が引け,ヘモグロビンが急激に下がっていることから,消化管出血による血圧低下が疑わしい旨 MAP4単位を施行した。午前10時過ぎ,被告J医師は,被告F医師に電話で,Lの血圧が低下し,胃管から黒い胃液が引け,ヘモグロビンが急激に下がっていることから,消化管出血による血圧低下が疑わしい旨の相談をし,被告F医師も,消化管出血による血圧低下を疑い,輸血を行うことで良いこと,経過を見るようにとの指示をした。 血色素量は9.9mg/dlへ改善したが,血圧が70ないし130mmHg台で安定せず,意識障害も,いったんは会話が成立したが,午後からは呼名反応なく,対光反射を認める程度のまま改善しなかった。脳血管障害等も疑われたが,全身状態が安定せず頭部CTは施行できなかった。 午前7時50分ころ,Lに対し,ペンタミジン(ベナンバックス300mg1V+生理食塩液100ml)が投与された。 午後3時ころ,Lに対し,ペンタミジン(ベナンバックス300mg1V- 19 -+生理食塩液100ml)が投与された。 午後7時ころ,被告F医師は,病院を出たが,午後7時40分ころ,被告J医師から,Lの血圧が低い状態が続いている旨の電話連絡を受け,昇圧剤の使用を指示した。 Lは,収縮期血圧70mmHgと,さらに血圧が低下し,意識状態も悪化し,奇異性呼吸も認めるようになった。 午後10時ころ,Lの症状の改善がみられない状況に疑問を感じた担当看護師が,呼吸器科のM医師に相談した。M医師が,薬剤量が適切かどうかなど,診療内容の確認と点滴オーダーのチェックを行ったところ,ベナンバックスが本来180mg/日(4mg/kg/日)の投与量であるはずが,900mg/日使用されて過剰投与となっていることが判明したため,ベナンバックスの投与は以後中止とした。M医師は,被告J医師に対し,ベナンバックスの過剰投与の事実を指摘した。 M医師は,午後6時ころの血液検査上クレアチニンは2.4 となっていることが判明したため,ベナンバックスの投与は以後中止とした。M医師は,被告J医師に対し,ベナンバックスの過剰投与の事実を指摘した。 M医師は,午後6時ころの血液検査上クレアチニンは2.4mg/dlと更に上昇して,血漿糖も12mg/dlと著しい低血糖状態にあることを指摘し,ベナンバックスの副作用による低血糖が疑われ,低血糖に対し50%ブドウ糖40mlの静注を指示し,血糖管理を開始した。これにより,Lの血糖値は上昇したが,意識障害は改善しなかった。 午後11時10分ころ,被告J医師は,被告F医師に対し,過剰投与を報告し,被告F医師は,被告E医師への報告を指示したため,被告J医師は,被告E医師に対しても過剰投与を報告した。被告E医師は,被告J医師に対し,腎センターのオンコール医師にベナンバックスの体外への排泄を促す方法,あるいは積極的除去について相談すること,可及的に全身状態の改善を図ること,早急に情報を集めること,などの指示をした。被告J医師は,腎センターのオンコール医師と相談したところ,血圧が不安定であるため,体外循環が必要な血液吸着や血液透析は不可能と判断された。 - 20 -(乙A1の72,73,319頁,A2の10頁,被告E医師,被告F医師,被告J医師)(26)11月1日朝,安全管理者にベナンバックス過剰投与の事故報告がなされた。腎センター内科の医師と再度相談したが,ベナンバックスの組織移行が早く,血中に長くとどまらないため,吸着,透析のいずれも,薬剤の除去には効果がないと判断された。尿量は保たれていたが,血清クレアチニン値が2.9mg/dlと上昇し,腎機能が低下してきたと判断された。十分な補液や電解質の維持を図るように対応するために中心静脈カテーテルを挿入した。意識障害は以後も遷延しており,脳波検査を施行したが全 値が2.9mg/dlと上昇し,腎機能が低下してきたと判断された。十分な補液や電解質の維持を図るように対応するために中心静脈カテーテルを挿入した。意識障害は以後も遷延しており,脳波検査を施行したが全体的に徐波化していた。その原因として,転移性脳腫瘍があり全脳照射後であることから,脳浮腫などの影響によるものに加えて,ベナンバックス過剰投与に起因する低血糖による可能性もあり得ると考えられた。夕刻,被告E医師は,Lの家族に過剰投与の事実を説明の上,謝罪し,同日から被告J医師を受け持ちから外し,M医師を担当医,O医師を主治医とする受持医変更も伝えた。 (乙A1の74,101頁)(27)同月3日,血圧が低く不安定な状態では,腎障害治療・生命維持目的での血液透析などの体外循環も不可能と考えられ,保存的に点滴・薬物治療を行う方針となった。呼吸・循環を確保するために,Lに対して気管内挿管し,人工呼吸管理とした。血圧が低下傾向となり,塩酸ドパミンを使用して血圧を維持し,貧血には輸血を引き続き施行することとした(乙A1の。 77頁)(28)同月5日,Lには,徐々に代謝性アシドーシス,さらに痙攣発作(間代性痙攣)も認められるようになり,痙攣コントロールのためにジアゼパムの使用を開始し,同月8日より筋弛緩薬を併用して痙攣のコントロールをしなければならない状況となった。しかし,その後も腎機能障害悪化,高ビリルビン血症増悪,痙攣増悪,消化管出血量の増加が認められた(乙A。 - 21 -1の79頁)(29)同月6日,Lに対して,ノルアドレナリンでの血圧維持を開始した(乙A1の81頁。 )(30)同月7日,Lに対して,病棟で腹部超音波検査が施行された。膵頭部周辺のリンパ節転移の増悪が確認された。 (31)同月9日,Lは,痙攣発作の頻度が減少し血圧もや した(乙A1の81頁。 )(30)同月7日,Lに対して,病棟で腹部超音波検査が施行された。膵頭部周辺のリンパ節転移の増悪が確認された。 (31)同月9日,Lは,痙攣発作の頻度が減少し血圧もやや改善したが,より尿量減少が著しく,呼吸状態も悪化した(乙A1の83頁。 )(32)同月10日,Lは,カテコールアミンの増量によって血圧低下がコントロールできず,午後10時6分,死亡した(乙A1の83頁。 )死体検案の結果,直接の死因は,低血糖による遷延性中枢神経障害,肝不全,腎不全であると判断された(甲A9。 ) 医学的知見証拠(乙A2,B1,B6,B8)によれば,ニューモシスチス症,ベナンバックス等について,以下の医学的知見が認められる。 (1)ニューモシスチス症についてニューモシスチス症(カリニ肺炎)は,免疫不全に合併する肺炎であり,免疫抑制薬使用患者,抗癌剤使用患者,HIV感染患者などで問題となる。 非HIV患者でのカリニ肺炎は,診断がより困難であり進行も早く背景因子も重篤であることより,予後は不良である(乙B8。 )(2)ベナンバックスについて(乙A2)ア効能・効果適応菌種として,ニューモシスチス・カリニ,適応症として,カリニ肺炎とされている。 イ用法・用量通常,イセチオン酸ペンタミジンとして4mg/kgを1日1回投与する。静脈内点滴投与を行う場合は,日局注射用水3ないし5mLに溶解し- 22 -た後,日局ブドウ糖注射液又は日局生理食塩液50ないし250mLに希釈し,1ないし2時間かけて点滴静注する。 ウ使用上の注意等本剤による重篤な副作用報告があるので,カリニ肺炎と確定診断された患者若しくは臨床的にカリニ肺炎が強く疑われる患者において,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与する。 本剤投与 本剤による重篤な副作用報告があるので,カリニ肺炎と確定診断された患者若しくは臨床的にカリニ肺炎が強く疑われる患者において,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与する。 本剤投与後,突然重度の低血圧,低血糖,また,高血糖,糖尿病が起こることがある。 被告病院の医薬品集では,劇薬に指定されている(乙A2。 )エ重大な副作用ショック,アナフィラキシー様症状,スティーブンス・ジョンソン症候群,錯乱・幻覚,急性腎不全,低血圧,QT延長,心室性不整脈,低血糖,高血糖,糖尿病,膵炎などが挙げられる。 (3)肺癌の余命肺癌が脳に転移した場合,患者の予後(生存期間中央値)は,無治療で1ないし2か月,ステロイド治療で2ないし3か月,放射線治療(全脳照射)で3ないし6か月であるとされている(乙B1,B6。 ) 争点(1(上級医の責任)について)前記1の事実及び前記2の医学的知見等に基づいて,被告E医師及び同F医師に原告らが主張する過失があったか否かについて検討する。 (1)原告らは,被告E医師及び同F医師には,ベナンバックス調剤指示及び副作用に対する処置について被告J医師の指導監督を怠った過失,及びLに生じたベナンバックスの副作用を看過してこれに対する処置を怠った過失があると主張する。 (2)被告J医師の過失について前記1認定事実のとおり,被告J医師は,ベナンバックスの投与指示を行- 23 -う際,医薬品集の左右の頁を見間違い,常用量の5倍に相当する量の投与を指示したものであり,医師が薬品の投与を指示する際,その回数や用量等に注意すべきは当然であるが,被告J医師は,医薬品集の左右の頁を見間違うという通常起こり得ない単純な間違いを行ったものである。 被告J医師は,臨床経験3年目の後期研修医であったけれども,医師法16条の 注意すべきは当然であるが,被告J医師は,医薬品集の左右の頁を見間違うという通常起こり得ない単純な間違いを行ったものである。 被告J医師は,臨床経験3年目の後期研修医であったけれども,医師法16条の2の定める2年間の義務的な臨床研修は修了しており,また,後期研修医といえども,当然,医師資格を有しており,行える医療行為の範囲に法律上制限はなく,しかも,前記のとおり,被告J医師の過失は,医師としての経験の蓄積や専門性等と直接関係のない人間の行動における初歩的な注意義務の範疇に属するものである。 (3)被告F医師の過失の有無ア前記1及び証拠(乙A6,丙A2,被告F医師,被告J医師)によれば,被告F医師は,N医師が出張中,Lの主治医代行を務め,10月28日は,チャートラウンドにおいて,薬剤をバクトラミンからベナンバックスに変更することに決定した後,被告J医師から,投与量について相談された際,書いてあるとおりするよう指示し,その後,外勤のため,チャートラウンドの途中で退席している。同月29日と30日は,出勤せず,31日の午前10時ころ,被告J医師から,Lが消化管出血を起こしたらしい旨の電話を受け,輸液の施行を指示し,同日午後7時過ぎころ,被告病院を出て,午後7時40分ころ,被告J医師からLの血圧が低い状態が続いているとの報告を受け,昇圧剤の使用を指示し,同日午後11時過ぎに,被告J医師から,ベナンバックスの過剰投与の事実を告げられている。 イ被告F医師は,Lの主治医代行であり,その代行期間中は,主治医として,患者を観察し,主体的に治療を行う義務があったといえる。 原告らは,被告F医師は,ベナンバックスの投与量について,具体的な指示をすべきであったと主張する。 - 24 -たしかに,主治医としては,担当医から薬剤の投与量について相談された際 ったといえる。 原告らは,被告F医師は,ベナンバックスの投与量について,具体的な指示をすべきであったと主張する。 - 24 -たしかに,主治医としては,担当医から薬剤の投与量について相談された際,具体的な投与量や投与回数等を指示することは望ましいといえ,特に,当該薬剤がまれにしか使用されないものであったり,重篤な副作用を有するものであった場合には,より慎重な対応が求められるといえる。 本件で,Lに投与されたベナンバックスは使用頻度も低く,劇薬にも指定されている薬剤であり(前記2(2)の医学的知見,被告J医師のほ)か被告F医師自身も,使用した経験がない薬剤であること(被告J医師,被告F医師)などに照らせば,その投与には慎重を期すべきであったことは明らかである。 しかし,前記1認定事実のとおり,ベナンバックスへの薬剤変更が決定された10月28日,被告F医師は,外勤のため,被告病院を離れなければならないという事情があり,被告J医師から,投与量について相談をされた際に,書いてあるとおりでよいと,概括的ながら,添付文書や医薬品集に記載されている投与量で投与する旨の指示は出している。そして,被告F医師としては,特別の事情がない限り,被告J医師が,医薬品集などで投与量を確認し,その記載の量で投与するであろうことを期待することは,むしろ当然であるといえる。すなわち,本件事故は,被告J医師が,医薬品集の左右の頁を見間違えて処方指示をしたという初歩的な間違いに起因するものであるが,このような過誤は通常想定し難いものであって,被告F医師において,このような過誤まで予想して,被告J医師に対し,あらかじめ,具体的な投与量についてまで,指示をすべき注意義務があったとは直ちには認められないというべきである。 また,過剰投与があった以後の被告F医師の対応について まで予想して,被告J医師に対し,あらかじめ,具体的な投与量についてまで,指示をすべき注意義務があったとは直ちには認められないというべきである。 また,過剰投与があった以後の被告F医師の対応についてみると,被告F医師は,10月29日及び30日はルーティンが入っていなかったため,被告病院に出勤しておらず,31日には,午前10時ころ,被告J医師から,Lの血圧が低下していること,胃管から黒い胃液が引けて,ヘモグロ- 25 -ビンが急激に下がっていることから,消化管出血による血圧低下が疑われることなどの報告があり,これに対し,被告F医師も,胃管からの出血,ヘモグロビンの低下,ステロイド性の潰瘍,胆癌の存在などを総合的に判断し,癌の末期の合併症としても比較的よくみられることから,消化管出血による出血性ショック,血圧低下と評価し,輸液を行うことで良いことなどを指示している(被告F医師。そして,このような診断は,Lの上)記諸症状からすれば,不適当であったと認めるに足る証拠は存せず,少なくとも,この時点で,直ちにベナンバックスの過剰投与に気付かなければならなかったとはいえない。 ウ以上のとおり,被告F医師に過失があったとは認められない。 (4)被告E医師の過失の有無ア前記1及び証拠(乙A5,丙A2,被告E医師,被告J医師)によれば,被告E医師は,本件事故当時,被告病院の呼吸器センター内科部長であり,10月28日のチャートラウンドにおいて,被告J医師からLの容態について報告を受け,嘔吐・嘔気が続いているとのことで,バクトラミンの副作用を考え,ベナンバックスに変更することを決定し,同月31日午後11時ころ,被告J医師から,ベナンバックスの過剰投与の事実を告げられた際には,腎センターのオンコール医師にベナンバックスの体外への排泄を促す方法,ある ックスに変更することを決定し,同月31日午後11時ころ,被告J医師から,ベナンバックスの過剰投与の事実を告げられた際には,腎センターのオンコール医師にベナンバックスの体外への排泄を促す方法,あるいは積極的除去について相談すること,可及的に全身状態の改善を図ること,早急に情報を集めることなどの指示をしている事実が認められる。 イ被告E医師は,Lの主治医や担当医ではなく,呼吸器センター内科部長として,週に2回の回診の際,チャートラウンドにおいて,各患者の様子について担当医師らから報告を受け治療方針等を議論し,前期研修医を同行し,患者の回診をするなどしていた(被告E医師。 )本件でも,Lの診療を直接に担当していたわけではなく,チャートラウ- 26 -ンドなどを通して,主治医や担当医の報告を受けて,治療方針を議論するなど,各医師への一般的な指導監督,教育などの役割を担っていたといえる。 被告E医師は,10月28日のチャートラウンドにおいて,被告J医師からLの容態について報告を受け,薬剤をベナンバックスに変更することを指示している。その際,ベナンバックスの投与量や投与回数,副作用への注意などについては,特に被告J医師に対して具体的な指示をしていない(被告E医師。 )しかし,被告E医師の前示のとおりの役割や関与の在り方から見ても,10月28日当時で約95名にのぼる被告病院呼吸器センター内科の入院患者一人一人について,極めて限られた時間で行われるチャートラウンド等の場において,使用薬剤やその投与量の具体的な指示までを行うべき注意義務を一般的に認めることは難しいといわざるを得ない。 たしかに,被告E医師は,ベナンバックスの投与経験があり,その重篤な副作用等も認識していたことや(被告E医師,被告J医師がまだ経験)の浅い医師であり,被告E医師 ることは難しいといわざるを得ない。 たしかに,被告E医師は,ベナンバックスの投与経験があり,その重篤な副作用等も認識していたことや(被告E医師,被告J医師がまだ経験)の浅い医師であり,被告E医師が指導監督すべき立場にあることなどからすると,被告J医師に対して,その投与量や副作用に注意すべき点などについて,指導をするのが望ましかったということはできる。しかし,被告J医師は3年目の後期研修医であって,処方できる薬剤にも制限はなく),(被告E医師,ベナンバックスも単独で処方ができる薬剤であったこと実際にベナンバックスを投与するに当たっては,当然,担当医である同医師が医薬品集などを確認し,自ら投与量や副作用等について確認することが前提とされており,そのように期待することがむしろ当然であること,医薬品集の左右の頁を見違えるなどということは通常想定し難いこと等からすると,呼吸器センター内科部長である被告E医師が,このような過誤までを予想して,被告J医師に,あらかじめ投与量や副作用等について直- 27 -接指示しなければならなかったとまではいえず,被告E医師に,注意義務違反があったとまではいえない。 その後に,過剰投与の事実が判明し,被告J医師から報告を受けた後の被告E医師の対応についても,被告E医師は,Lの救命目的を第一に,腎センターのオンコール医師に連絡をとり,ベナンバックスを体外に排出する方法を確認するよう指示し,翌日には,安全管理者に報告がされており,過剰投与に対する処置についても,不適切な点があったとは認められない。 ウ以上のとおり,被告E医師に過失があったとは認められない。 (5)以上のとおり,被告F医師及び同E医師に過失があったとは認められない。 争点(2(薬剤師の責任)について)前記1の事実及び前記2の医学的知見等 告E医師に過失があったとは認められない。 (5)以上のとおり,被告F医師及び同E医師に過失があったとは認められない。 争点(2(薬剤師の責任)について)前記1の事実及び前記2の医学的知見等に基づいて,被告薬剤師らに原告らが主張する過失があったか否かについて検討する。 (1)原告らは,被告G薬剤師は,被告J医師による常用量の5倍に相当するベナンバックスの処方指示について,常用量を確認して疑義を抱き,被告J医師に照会すべき注意義務を負っていたにもかかわらず,被告G薬剤師は,被告J医師による処方について何らの疑義も抱かず,漫然と処方どおりの調剤を行って注意義務に違反し,被告H薬剤師及び同I薬剤師は,ベナンバックスの調剤監査を行う際に,調剤内容及び用法・用量に誤りがないかを確認し,誤りがあれば直ちにこれを是正し,あるいは医師に確認をとるなどの適切な処置をとるべき注意義務があったにもかかわらず,これを怠ったと主張する。 (2)薬剤師法24条は「薬剤師は,処方せん中に疑わしい点があるとき,は,その処方せんを交付した医師,歯科医師又は獣医師に問い合わせて,その疑わしい点を確かめた後でなければ,これによって調剤してはならない」と定めている。これは,医薬品の専門家である薬剤師に,医師の処方意図を- 28 -把握し,疑義がある場合に,医師に照会する義務を負わせたものであると解される。そして,薬剤師の薬学上の知識,技術,経験等の専門性からすれば,かかる疑義照会義務は,薬剤の名称,薬剤の分量,用法・用量等について,網羅的に記載され,特定されているかといった形式的な点のみならず,その用法・用量が適正か否か,相互作用の確認等の実質的な内容にも及ぶものであり,原則として,これら処方せんの内容についても確認し,疑義がある場合には,処方せんを交付した いった形式的な点のみならず,その用法・用量が適正か否か,相互作用の確認等の実質的な内容にも及ぶものであり,原則として,これら処方せんの内容についても確認し,疑義がある場合には,処方せんを交付した医師等に問い合わせて照会する注意義務を含むものというべきである。 また,調剤監査が行われるのは,単に医師の処方通りに,薬剤が調剤されているかを確認することだけにあるのではなく,前記と同様,処方せんの内容についても確認し,疑義がある場合には,処方医等に照会する注意義務を含むものというべきである。 実際,被告病院の注射調剤業務基準においても「注射薬を監査するにあ,たっては,別物調剤がないこと,用量・用法(1回投与量,1日投与量)が正しいことを細心の注意を払って確認してください。特に注射剤では,薬剤の調製濃度や投与速度により大きく投与量が変わるため,薬剤の本数だけでは投与量の判断がつきにくい場合が多くみうけられます。調剤されたもののなかに必ず間違いがあるのだという気持ちで監査を行ってください」と記。 載されている(乙A2の61頁。 )(3)本件では,前記1認定事実のとおり,被告J医師は,ベナンバックスとバクトラミンの医薬品集の頁を見間違え,ベナンバックス300mgを1日3回投与するよう指示し,被告G薬剤師が,3日分の調剤を行い,被告H薬剤師は,1日目分と2日目分の調剤監査を行い,被告I薬剤師が,3日目分の調剤監査を行っている。 前記2(2)イの医学的知見によれば,ベナンバックスの用法・用量は,4mg/kgを1日1回投与とされ,Lの体重が45kgとされていること- 29 -からすると,本来の投与量は,180mg/日となるべきところ,被告病院では,900mg/日と,実に5倍もの用量を投与していたことになる。 (4)前記のとおり,薬剤師はその専門 いること- 29 -からすると,本来の投与量は,180mg/日となるべきところ,被告病院では,900mg/日と,実に5倍もの用量を投与していたことになる。 (4)前記のとおり,薬剤師はその専門性から,原則として,用法・用量等を含む処方せんの内容について確認し,疑義がある場合は,処方医に照会する注意義務を負っているといえるところ,特に,ベナンバックスは普段調剤しないような不慣れな医薬品であり,劇薬指定もされ,重大な副作用を生じ得る医薬品であること,処方せんの内容が,本来の投与量をわずかに超えたというものではなく,5倍もの用量であったことなどを考慮すれば,被告G薬剤師としては,医薬品集やベナンバックスの添付文書などで用法・用量を確認するなどして,処方せんの内容について確認し,本来の投与量の5倍もの用量を投与することについて,処方医である被告J医師に対し,疑義を照会すべき義務があったというべきである。 また,同様に,被告H薬剤師及び同I薬剤師は,処方せんで指示された薬剤と調剤された薬剤とを照合し,処方せんに記載された処方内容とLの薬袋ラベル,輸液レベル,処方せん控えとを照合しているけれども,それだけでは十分とはいえず,前述したとおり,ベナンバックスが普段調剤しないような不慣れな医薬品であり,劇薬指定もされ,重大な副作用を生じ得る医薬品であること,処方せんの内容が,本来の投与量をわずかに超えたというものではなく,5倍もの用量であったことなどを考慮すれば,被告H薬剤師及び同I薬剤師もまた,医薬品集やベナンバックスの添付文書などで用法・用量を確認するなどして,調剤された薬剤の内容に疑義を抱くべきであり,処方医である被告J医師に対し,疑義について照会すべき義務があったというべきである。 (5)この点,被告薬剤師らは,当時被告病院において採用 るなどして,調剤された薬剤の内容に疑義を抱くべきであり,処方医である被告J医師に対し,疑義について照会すべき義務があったというべきである。 (5)この点,被告薬剤師らは,当時被告病院において採用されていたオーダリングシステムを信頼していたものであり,疑義照会義務を負わない旨主張するので,この点について検討する。 - 30 -たしかに,限られた時間内に,数多くの医薬品すべてについて,その用法・用量等を網羅的に確認し,調剤・監査を行うことは,特に,被告病院のような多種多量の薬剤を扱う大規模病院においては,大きな負担となり,現実問題として,的確かつ合理的な運営が困難にもなりかねないことから,オーダリングシステムを導入する病院が数多く存在する。 オーダリングシステムとは,検査・処方にかかる情報伝達システムであり(乙B2,同システムにおいて,各医薬品の用量や医薬品の相互作用等の)チェックを行うことで,薬剤師の調剤・監査業務の合理化に役立つとともに,投薬ミスの防止にも効果を発揮しており,平成17年当時,病床1000床クラスの病院では,オーダリングシステムが導入されていることが一般的であったとされている(丙B9。 )このようなオーダリングシステムの導入は,薬剤師と同システムとのダブルチェックによる過誤の防止という点で効果を発揮するにとどまらず,そのシステムの設定・活用の仕方次第で,機械的なチェックに馴染む画一的な事項については,システムによるより迅速で確実,網羅的なチェックが可能となり,数多くの医薬品について,限られた時間で,調剤・監査を行わなければならない医薬品の調剤・監査業務の事務処理を全体としてより合理化し得るものとして,重要な意義を有するものということができる。したがって,オーダリングシステムを導入する病院において,調剤・監査業務に ばならない医薬品の調剤・監査業務の事務処理を全体としてより合理化し得るものとして,重要な意義を有するものということができる。したがって,オーダリングシステムを導入する病院において,調剤・監査業務に関与する薬剤師等が,そのシステムの機能や具体的なチェック項目等について十分理解し,明確な認識を持った上で,当該システムが正常に機能することを信じて業務を行い,かつ,当該システムが正常に機能する技術的担保があるなど,これが正常に機能することを信じるにつき正当な理由がある場合には,薬剤師は,同システムが正常に機能することを信頼して自らの業務を行えば足りるものと解するのが相当である。 しかしながら,本件では,証拠(丙B9,被告J医師,被告I薬剤師)に- 31 -よれば,本件事故当時,被告病院のオーダリングシステム上1回量の設定しか行われておらず,これについて,被告病院の医師及び薬剤師らの間で明確な認識は共有されていなかったことが認められる。オーダリングシステムの設定自体の問題や被告病院内での当該システムの機能の周知体制等にも問題があったことは否めないものの,他方で,被告薬剤師らが,同システム上いかなる項目がチェックされているかについて明確な認識を持っていたものとも認められない上,1日量の設定がされていると信じていたという点についても,設定者や被告病院の責任者等から明確な説明を受けているなど合理的な根拠に基づくものではなく,被告I薬剤師の供述等によっても,十分な根拠もなくそのように思い込んでいたものであることがうかがわれるのであって,本件において,被告薬剤師らがオーダリングシステムを信頼していたことにつき,正当な理由は認められないといわざるを得ず,被告薬剤師らの主張は採用できない。 (6)よって,被告G薬剤師は,被告J医師の処方せんについて,自 剤師らがオーダリングシステムを信頼していたことにつき,正当な理由は認められないといわざるを得ず,被告薬剤師らの主張は採用できない。 (6)よって,被告G薬剤師は,被告J医師の処方せんについて,自らベナンバックスの用法・用量を調べるなどして,疑義について処方医に照会すべきであったといえ,これに違反した点について,過失が認められ,また,被告H薬剤師及び同I薬剤師は,調剤監査において,自らベナンバックスの用法・用量を調べるなどして,疑義について処方医に照会すべきであったといえ,これに違反した点について,過失が認められる。 これら被告J医師,被告G薬剤師,被告H薬剤師及び被告I薬剤師らの行為は,被告J医師の指示に基づき,被告G薬剤師が,調剤を行い,被告H薬剤師及び被告I薬剤師が,調剤監査を行っており,被告J医師の調剤指示と被告薬剤師らの調剤及び監査との間には,客観的な関連共同性のみならず,主観的な関連共同性も認められるというべきであるから,これら行為が共同不法行為を構成することは明らかであるというべきである。 また,被告J医師らの過失行為は,被告Dの事業の執行について行われたも- 32 -のであることは明らかであるから,被告Dは,民法715条に基づいて,原告らに生じた損害を賠償する責任があるというべきである。 争点(3(因果関係)について)(1)前記1認定事実のとおり,Lは,肺腺癌を患い,その治療過程で,ニューモシスチス肺炎を併発し,これに対し,スルファメトキサゾール・トリメトプリム合剤による治療が行われたが,Lに重度の嘔吐,嘔気などの症状が続いたため,平成17年10月29日からは,ベナンバックスに変更されたが,同月31日,血圧が急激に低下し,低血糖,腎機能の低下,痙攣発作などの症状が起こり,同年11月10日,低血糖による遷延 症状が続いたため,平成17年10月29日からは,ベナンバックスに変更されたが,同月31日,血圧が急激に低下し,低血糖,腎機能の低下,痙攣発作などの症状が起こり,同年11月10日,低血糖による遷延性中枢神経障害,肝不全,腎不全により死亡した。 (2)そして,前記2(2)ウ及びエの医学的知見及び証拠(甲A9,乙A5)によれば,10月31日からみられた,血圧低下,低血糖,腎不全等は,ベナンバックスの重大な副作用として挙げられていること,これら副作用は,ベナンバックスの投与が開始された10月29日の2日後からみられ,12日後の11月10日にLが死亡していること,死体検案の結果,直接死因は,低血糖による遷延性中枢神経障害,肝不全,腎不全であり,その原因は,ペンタミジン(ベナンバックス)過剰投与(疑い)とされていること(甲A9,被告E医師自身,ベナンバックスの過剰投与が進行肺癌で容態の悪か)ったLに,極めて深刻な臓器障害を生じさせたことを認めていること(乙A5)などを総合的に考慮すれば,Lがこの時点で死亡するに至った要因としては,被告らが主張するように消化管出血による血圧低下が影響した可能性を否定できないとしても,ベナンバックスの過剰投与が主な要因とみるのが合理的であって,ベナンバックスの過剰投与とLの死亡との間に,相当因果関係を認めることができるというべきである。 (3)なお,被告J医師は,オーダリングシステムや薬剤師の調剤及び監査の過程が正常に機能していれば,本件のような結果は発生しておらず,これ- 33 -らが機能しないなどとはおよそ想定することが困難なものであるから,被告J医師の行為とLの死亡との間には因果関係は認められないと主張する。 しかし,前述したとおり,被告J医師の行為と被告薬剤師らの行為は,調剤指示と調剤及び監査という することが困難なものであるから,被告J医師の行為とLの死亡との間には因果関係は認められないと主張する。 しかし,前述したとおり,被告J医師の行為と被告薬剤師らの行為は,調剤指示と調剤及び監査という一連の流れの中の客観的に関連共同した行為であって,これら関連共同した行為が,Lの死亡という結果を招いたというべきであるから,因果関係の切断等を論じる場面でないことは明らかであって,被告J医師の主張は採用できない。 争点(4(損害額)について)(1)Lの損害ア逸失利益0円(ア)原告らは,Lは本件事故当時66歳であり,就労終期の70歳までは生存し,就労可能であったと主張するのに対し,被告らは,Lの病気の進行,病状に照らし,再び労働することは不可能であったと主張するので,以下検討する。 (イ)Lは,前記1認定事実のとおり,平成17年4月,右中下葉間の腫瘤を原発とする肺腺癌であり,臨床病期はⅣ期と診断され,同年8月31日には,多発性脳転移が認められ,その後,放射線治療やステロイド投与などの治療が行われている。 (ウ)前記2(3)の医学的知見によれば,肺癌が脳に転移した場合の,患者の予後は,ステロイド治療で2ないし3か月,放射線治療で3ないし6か月であることが認められる。 また,P医師の意見書(丙B6の1)では,ステージⅣの生存期間中央値はわずか9か月で,1年間生存する患者は25%未満であり,ステージⅣの非小細胞肺癌症例の予後が極めて不良であるとのデータや,本件では,脳転移が生じていること,本件事故発生時には,膵臓転移,リンパ節転移が十二指腸に浸潤して既にコントロール困難な消化管出血を- 34 -呈していたことなどから,本件事故発生時のLは,末期患者としての終末期像を呈していたことが明らかであり,あえて余命を想定するとすれば, 指腸に浸潤して既にコントロール困難な消化管出血を- 34 -呈していたことなどから,本件事故発生時のLは,末期患者としての終末期像を呈していたことが明らかであり,あえて余命を想定するとすれば,最長でも2か月程度と考えざるを得ないとの意見を述べている。 Q医師の意見書(乙B4)では,Lは,ステージⅣの非小細胞肺癌にあたるところ,ステージⅣの非小細胞肺癌の生存期間の中央値は無治療の場合に4ないし6か月,化学療法が行われた場合に8ないし10か月であること,Lの場合は,化学療法を受けている間に多発性の脳転移が出現し,また,ニューモシスチス肺炎を合併しており,治療経過中に新たな合併症が発生した場合,その後の生存期間中央値は,2.7か月であること,肺癌に合併したニューモシスチス肺炎は極めて予後不良の疾患であり,13例中7例が死亡したとの報告もあることなどから,本件では,ニューモシスチス肺炎を発症した時点で,適切に治療されていたとしても,約50%の確率で1ないし2か月以内に死亡したことが推定され,ニューモシスチス肺炎が治療により軽快した場合などを想定しても,ベナンバックスの過剰投与がなかった場合の原疾患による死亡推定日は,平成17年11月中旬から平成18年2月上旬の間とするのが妥当であるとの意見を述べている。 (エ)以上の事実を総合的に考慮すれば,ステージⅣの肺腺癌を患い,脳転移,ニューモシスチス肺炎を合併しているLの生命予後は,極めて厳しいものといわざるを得ず,本件事故がなくても,生存できたのは,長くても2ないし4か月程度と認められ,Lは,平成17年8月29日に再入院して以降は,本やパソコンなどは持ち込んでおらず,同年10月18日以降は,仕事ができるような状況ではなかったこと(原告A)なども考慮すれば,少なくともLが再び就労することは不可 年8月29日に再入院して以降は,本やパソコンなどは持ち込んでおらず,同年10月18日以降は,仕事ができるような状況ではなかったこと(原告A)なども考慮すれば,少なくともLが再び就労することは不可能であったといわざるを得ない。 (オ)よって,Lの逸失利益は,認められない。 - 35 -イ慰謝料1600万円本件における過失が,被告J医師が劇薬指定の薬剤の投与量を誤るという初歩的かつ重大なものに端を発するものである一方,Lは,本件事故がなくても,2ないし4か月程度の余命であったと推測されることなど,本件に顕れた諸事情にかんがみ,Lの精神的苦痛に対する慰謝料は,1600万円をもって相当と認める。 ウLに生じた上記損害賠償請求権については,法定相続分に従って,原告Aがその2分の1である800万円の損害賠償請求権を,原告B及び原告Cがそれぞれ4分の1である400万円の損害賠償請求権を相続により取得した。 (2)原告Aの損害ア慰謝料200万円原告Aは,被告病院での,ベナンバックスの5倍の過剰投与という初歩的かつ重大な注意義務違反により,夫であるLを失うことになったものであるなど,多大な精神的損害を被ったものであり,原告A固有の慰謝料を請求することができるというべきであり,その金額は,200万円をもって相当と認める。 なお,原告らは,慰謝料増額事由として,事故報告の際に被告J医師が同席しなかった事実などを主張しているけれども,事故後の対応においては,混乱や紛糾を避けるため,担当医等との直接の接触を避けるという対応をとることにも相応の合理性があるものと考えられ,原告らの主張を前提としても,そのような対応が社会通念上相当でないとまでは認めることができず,その他,原告らが主張する点も,それらにより,原告らが不信の念や怒り等の感情を抱 性があるものと考えられ,原告らの主張を前提としても,そのような対応が社会通念上相当でないとまでは認めることができず,その他,原告らが主張する点も,それらにより,原告らが不信の念や怒り等の感情を抱いたことは察せられるけれども,本件における被告らの対応が,慰謝料を増額させる事実に当たるとまでは認められない。 イ葬儀費用等150万円- 36 -弁論の全趣旨により,原告AがLの葬儀に要した費用のうち,被告らの不法行為と相当因果関係のある損害として,150万円をもって相当と認める。 (3)原告B及び原告Cの損害各100万円本件に顕れた諸事情にかんがみ,原告B及び原告Cの精神的苦痛に対する慰謝料は,各自100万円をもって相当と認める。 (4)弁護士費用本件事案の内容,認容額等を総合考慮し,上記被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として,原告Aについて115万円,原告B及び原告Cについて各自50万円を相当と認める。 (5)したがって,原告Aは,1265万円の損害賠償請求権を,原告B及び原告Cは,それぞれ550万円の損害賠償請求権を有する。 第4 結論 以上のとおりであって,原告Aの被告D,被告G薬剤師,被告H薬剤師,被告I薬剤師及び被告J医師に対する請求は,不法行為に基づく損害賠償請求として,1265万円及びこれに対する平成17年11月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度で,原告B及び原告Cの被告D,被告G薬剤師,被告H薬剤師,被告I薬剤師及び被告J医師に対する請求は,不法行為に基づく損害賠償請求として,各自550万円及びこれに対する平成17年11月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度でそれぞれ理由があるからこれを認容し,その余はいずれも理由がないから として,各自550万円及びこれに対する平成17年11月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度でそれぞれ理由があるからこれを認容し,その余はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第35部裁判長裁判官浜秀樹- 37 -裁判官手嶋あさみ裁判官味元厚二郎

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