平成15(わ)1157 殺人被告事件

裁判年月日・裁判所
平成16年4月28日 神戸地方裁判所
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判決文本文10,472 文字)

主文 被告人を懲役6年に処する。 未決勾留日数中110日をその刑に算入する。 押収してある文化包丁1丁(平成15年押第171号の1)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,Aの屋号で内装業を営み,同じくBの屋号で内装業を営む実兄のCと,互いに相手の仕事を手伝い合ったり,その後被告人方で共に飲酒したりするなどしていたものであるが,平成15年9月20日,D改装工事のうちCが請け負った廊下の床貼りを手伝い,同日午後6時40分ころから,同県明石市a町bc番地のd所在の被告人方1階台所において,C,被告人の妻のEらと共に食事をした後,Cとふたりして飲酒するなどしながら,Eを交えて世間話等をしていたところ,同日午後9時すぎころ,上記D改装工事の作業日程等をめぐってCと口論となり,被告人の発言に憤慨したCから,胸倉を掴まれ,顔面を手拳で数回殴打するなどの暴行を加えられた上,異変に気づいて上記台所に入って来た実父のFが,Cの右腕を掴んで被告人から引き離そうとして,Cから振り払われて転倒するのを目にしたことから,同日午後9時20分ころ,上記台所において,Cが,被告人の顔面を手拳で数回殴打するなどしたばかりでなく,足の具合の悪い高齢のFを振り払って転倒させたことに憤激するとともに,自己の身体を防衛するため,C(当時53歳)が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,防衛の程度を超え,あえて上記台所流し台の上から文化包丁(刃体の長さ約17.8センチメートル,平成15年押第171号の1)を右手に取って,Cの左側胸下部をこれで1回突き刺し,よって,まもなく,同所において,Cを心臓刺創に基づく失血により死亡させて殺害したもの の長さ約17.8センチメートル,平成15年押第171号の1)を右手に取って,Cの左側胸下部をこれで1回突き刺し,よって,まもなく,同所において,Cを心臓刺創に基づく失血により死亡させて殺害したものである。 (証拠の標目)―括弧内は証拠等関係カードの検察官請求証拠番号(省略)(争点に対する判断) 1 検察官は,被告人にはCに対する確定的な殺意があったし,また,被告人の行為は正当防衛や過剰防衛に該当しない旨主張し,弁護人は,Cの直接の死亡原因である心臓刺創は,Cが倒れた際にすでに刺さっていた文化包丁の柄が床に当たり,そこにCの身体の重さが加わって,文化包丁が深く突き刺さって心臓に達したために生じたものであり,被告人が刺突して負わせた刺創がCの直接の死亡原因となったものではなく,被告人にはCに対する殺意はなかったし,また,被告人の行為は,Cの暴行から自分自身のほか,FやEの身体を守るためのものであったから,正当防衛に該当し,仮にそうでないとしても過剰防衛が成立する旨主張するところ,当裁判所は,前示のとおり,被告人にはCに対する未必の殺意があったと認定し,また,被告人の行為は,正当防衛には該らないものの,過剰防衛が成立すると判断したので,以下その理由について説明をする。 2 まず,前掲各証拠によれば,以下の各事実が認められる。 (1) 被告人は,平成15年9月20日,D改装工事のうちCが請け負った廊下の床貼りを手伝い,同日午後6時40分ころから,C,Eらと共に食事をした後,Cとふたりして飲酒するなどしながら,Eを交えて世間話等をしていたが,同日午後9時すぎころ,上記D改装工事の作業日程等をめぐってCと口論となり,被告人の発言に憤慨したCは,「それが兄に向かって言う言葉か。」などと怒鳴って椅子から立ち上がると,向かいの席に座っていた被告人 午後9時すぎころ,上記D改装工事の作業日程等をめぐってCと口論となり,被告人の発言に憤慨したCは,「それが兄に向かって言う言葉か。」などと怒鳴って椅子から立ち上がると,向かいの席に座っていた被告人の方に行きその胸倉を掴んで,被告人の顔面を手拳で殴打した。 (2)  Cは,EがCの背中に抱きついて,被告人から引き離そうとし,また,被告人が「もうやめんかい。」などと言ってなだめたにもかかわらず,被告人の胸倉を掴んだまま放さず,被告人の顔面を繰り返し手拳で殴打し,更には,Eの「お爺ちゃん,ちょっと来て。」などと呼ぶ声を聞いて台所に入って来たFが「手を放さんか。」などと言いながら,被告人の胸倉を掴んでいるCの右腕を掴んで被告人から引き離そうとしたのに対し,「親父はだまっとれ。」と言って,右腕でFを振り払ったため,FはCの右後方に転倒した。 (3) 被告人は,Cが,被告人の顔面を手拳で数回殴打するなどしたばかりでなく,足の具合の悪い高齢のFを振り払って転倒させたことに憤激するとともに,Cにこれ以上暴力を振るわせないようにしようと思い,台所流し台の上にあった文化包丁(以下「本件包丁」という。)を利き手である右手に取り,「ええ加減にしとかんかえ。」などと叫びながら,Cの左側胸下部を1回突き刺して本件包丁から手を放し,Cは,その直後,左側胸下部に本件包丁が刺さった状態のまま,身体の左側を下にしてその場に倒れ込んだ。 (4)  本件包丁はステンレス製で,刃体の長さが約17.8センチメートルあり,先端部分は尖っていて,これで身体の枢要部を突き刺せば優に人を殺傷することができるものであり,被告人は,本件包丁を日頃から料理を作る際に使用しており,その性能や形状をよく認識していた。なお,本件包丁は,本件犯行後,刃体の背部分から見て右側に湾曲(先端部分 を殺傷することができるものであり,被告人は,本件包丁を日頃から料理を作る際に使用しており,その性能や形状をよく認識していた。なお,本件包丁は,本件犯行後,刃体の背部分から見て右側に湾曲(先端部分で約5.85センチメートル)していたが,本件犯行前にはそのような湾曲はなかった。 (5) Cは左側胸下部に三叉形の複合刺創(以下「本件刺創」といい,3つの各部分を「甲」「乙」「丙」と称する。)を負い,その創口長はそれぞれ三叉形の中心から,甲が前上(左斜め上方)に2.3センチメートル,乙が後ろやや上(右やや上方)へ1.3センチメートル,丙が後ろ下(下方やや右より)へ3.3センチメートルであり,その創角は,甲の前上端がやや鈍で,乙の後ろやや上端と丙の後ろ下端が鋭利である。 また,本件刺創の刺創管は,横隔膜のところから2つ(「①」「②」と称する。)に分かれており,①は右上前に向かい,左第10肋間を通って左横隔膜を貫通し,脾臓を弁状に切損して,再び横隔膜を貫通し,左肺下葉を貫通して心嚢へ刺入し,左心室内まで達する深さが約17ないし18センチメートル(死体解剖時の臓器の位置をもとに計測)に及ぶものであり,②は左胸膜腔の脊柱面のうち,左第11肋骨頭及び大動脈左側面の胸膜を切損し,左肺下葉に0.7センチメートルの刺創又は切創を生じさせた深さが約12.5ないし13.5センチメートル(前に同じ)に及ぶのものである。 このように,鋭利な創角が2つあるのに,やや鈍である創角は1つだけであること,刺創管が2本あることからすると,本件包丁は,まず,刃体の背の部分が甲の前上端に刃の部分が乙の後ろやや上になる「甲-乙」の向きで刺入した後,何らかの理由で刃の先端部分がいったん横隔膜のところまで戻った後,再び,刃の部分が丙の後ろ下になる「中心-丙」の向きで刺入し 甲の前上端に刃の部分が乙の後ろやや上になる「甲-乙」の向きで刺入した後,何らかの理由で刃の先端部分がいったん横隔膜のところまで戻った後,再び,刃の部分が丙の後ろ下になる「中心-丙」の向きで刺入したものと認めるのが相当である。 そして,②の刺創は肺の一部を損傷しているものの,これによる出血は①の刺創による心臓からの出血に比べれば微量なものであったから,Cは,①の心臓刺創により,心臓から血液が多量に出血したため,本件包丁が刺さってまもなく(遅くともその数分後には)死亡したものと認めることができる。 3 直接の死因である心臓刺創が生じた状況について本件刺創は,上記認定のとおり,2つの刺創からなる三叉形の複合刺創であり,①の心臓刺創が丙の直接の死因であるところ,被告人がCの左側胸下部を突き刺したのは1回である(被告人が2回突き刺したとも考えられなくはないが,検察官の主張も被告人が突き刺したのは1回というものであるので,それを前提に論を進める。)から,①の心臓刺創が被告人の刺突行為によって生じたものであるのか,あるいは弁護人の主張するように,Cが倒れた際にすでに刺さっていた本件包丁が深く突き刺さったことによって生じたものであるのかについて検討するに,上記認定のとおり,本件刺創は,本件包丁の刃体の背の部分が甲の前上端に刃の部分が乙の後ろやや上になる「甲-乙」の向きでまず刺入し,その後刃の部分が丙の後ろ下になる「中心-丙」の向きで刺入してできたものと認めるのが相当なところ,証人Gの当公判廷における供述(以下「G証言」という。)は,①の心臓刺創は体を後ろから見て左が本件包丁の背で少し高くて右が刃で少し低いが,②の刺創は本件包丁の刃が下を向いているというのであるから,「甲-乙」の向きで刺入した1番目の刺創が①の心臓刺創,「中心-丙」の向きで を後ろから見て左が本件包丁の背で少し高くて右が刃で少し低いが,②の刺創は本件包丁の刃が下を向いているというのであるから,「甲-乙」の向きで刺入した1番目の刺創が①の心臓刺創,「中心-丙」の向きで刺入した2番目の刺創が②の刺創と考えられること,Cは,被告人に刺突された直後にその場に倒れ込んだのであるから,被告人の刺突行為により,そのまま立っていることすらできないほどの損傷を受けたと考えられるところ,①の心臓刺創はすぐに直接の死因となる重篤な傷害であるが,②の刺創は肺の一部を損傷しているものの,その出血量は①の心臓刺創に比べて微量であり,直接の死因となるような重篤な傷害ではないのであるから,Cは倒れ込む前にすでに①の心臓刺創を受けていたと考えるのが合理的であること,①の心臓刺創は刺創口から身体のかなり上方に向けて刺入されているのに対し,②の刺創は刺創口から身体のやや上方に向けて刺入されているにすぎないところ,上記認定のとおり,Cは,左側胸下部に本件包丁が刺さった状態のまま,身体の左側を下にしてその場に倒れ込んだものであって,そのような態勢で①の心臓刺創が生じ得るとは考え難いのに比し,②の刺創が生じると考えても不合理ではないことなどからすれば,被告人の刺突行為が生じさせたのは,①の心臓刺創であると認めるのが相当である。 この点,弁護人は,・被告人のいう刺突状況では下から上に突き上げるような①の心臓刺創は生じない,・①の心臓刺創の深さは約17ないし18センチメートルであるから,刃体の長さ約17.8センチメートルの本件包丁は刃の根元までCの身体に没入したことになるはずのところ,最初にできた刺創の創口「甲-乙」の長さは3.6(2.3+1.3)センチメートルしかなく,本件包丁の刃の根元部分の幅の4.5センチメートルよりも約1センチメートル 体に没入したことになるはずのところ,最初にできた刺創の創口「甲-乙」の長さは3.6(2.3+1.3)センチメートルしかなく,本件包丁の刃の根元部分の幅の4.5センチメートルよりも約1センチメートルも短いのであるから,本件包丁が刃の根元まで刺さったとはいえず,最初にできた刺創の創口「甲-乙」は①の心臓刺創の刺入口ではない,・証人Eの当公判廷における供述(以下「E証言」という。)は,Cが倒れ込んだ後,本件包丁が刃の根元までCの身体に突き刺さっていたというのであって,Cが倒れた際に深く突き刺さったことによって①の心臓刺創が生じたものと考えられるなどとして,被告人の刺突行為による刺創は②の刺創である旨主張する。 しかしながら,被告人の犯行状況についての供述は,捜査段階から公判段階に至るまでに少なからず変遷していて一貫性に欠けるとともに合理性にも欠けるのに加え,Cを止めようとしてその背中に抱きついていたEのいうところとも明らかに反し,そのままには信用できないのであるから,・の点は,被告人の刺突行為による刺創が①の心臓刺創ではなく,②の刺創であるという根拠とはなし得ない。 また,確かに,最初にできた刺創の創口「甲-乙」の長さが3.6センチメートルしかないことからすると,被告人の刺突行為によって,本件包丁が刃の根元部分まで刺さったとは認められず,刃の幅が3.6センチメートルとなる刃先から11センチメートルのあたりまで刺さったと認めるのが相当であるけれども,人間の身体には弾力があって,刃体の長さよりも長い刺創ができることもあり得ることや,G証言によれば,人が立っているときと寝ているとき,生きているときと死んでからとでは,臓器の位置は異なるし,また,解剖時における計測は,皮膚を筋肉からはがし,かつ,臓器を取り出すなどして刺創管の最終到達点 によれば,人が立っているときと寝ているとき,生きているときと死んでからとでは,臓器の位置は異なるし,また,解剖時における計測は,皮膚を筋肉からはがし,かつ,臓器を取り出すなどして刺創管の最終到達点を確かめた後,もう一度皮膚を筋肉に合わせて行うものであり,そこでも実際の刺創管の深さとの間で誤差が生じ,その程度は数センチメートルになり得るというところ,Cは,被告人から刺突された際には立っていたのであり,臓器全体がその重みでいくらか下がっていたと考えられるのであるから,解剖時のように寝かせた状態の臓器の位置を前提に刺創管の長さを計測すれば,上記の解剖時の計測方法ともあいまって,実際に刃物が刺入した深さよりも数センチメートル長く計測されることも十分あり得ることからすると,・の点も被告人の刺突行為によって①の心臓刺創が生じたことを認定する妨げとはならない。 そして,Cが倒れ込んだ後,本件包丁の刃がどの程度Cの身体に刺さっていたかについて,E証言がいうところも,Eは,本件包丁をCの身体から抜き取ろうとした際には,相当に動揺し混乱していたであろうと思われ,その観察や記憶が正確なものとは考え難い上,本件包丁はCの上着を貫通して身体に刺さっていたのであり,着衣越しに本件包丁のどの部分までがCの身体に刺さっていたかを観察することにも困難が伴うと思われるのであるから,上記のE証言をそのままには信用することはできず,・の点も,Cが倒れた際に①の心臓刺創が生じたという根拠とはなし難い。 なお,付言するに,仮に,弁護人の主張するように,被告人の刺突行為によって②の刺創が生じた直後,本件包丁が突き刺さったまま,Cがその場に倒れ込んだため,本件包丁が更に深くCの身体に突き刺さって,①の心臓刺創が生じてCが死亡したのであったとしても,被告人の刺突行為と って②の刺創が生じた直後,本件包丁が突き刺さったまま,Cがその場に倒れ込んだため,本件包丁が更に深くCの身体に突き刺さって,①の心臓刺創が生じてCが死亡したのであったとしても,被告人の刺突行為とCの死亡との間の因果関係はこれを認めることができるのであるから,Cの死亡について被告人の刑責を問い得ることに相違は存しない。 4 殺意について被告人は,目の前に立っていたCの身体に向けて,右手に持った本件包丁を突き出しており,関係各証拠を検討しても,被告人がCの胸部や腹部に本件包丁が刺さらないように配慮して突き出した形跡は窺えず,また,Cの左手拇指にはいわゆる防御創ともみられる切創があるものの,その長さや深さからみて軽微なものであって,それが被告人の本件包丁による刺突行為に影響を与えたとは考えられないし,もとより現場の視認条件にも特に問題はなかったのであるから,これらを考え併せると,被告人にはCの左側胸下部付近を突き刺すことの認識が十分あったと認めることができる。 このような被告人の刺突部位についての認識に加え,上記のとおりの本件犯行に至る経緯,被告人の心理状態,犯行態様,本件包丁の性状,創傷の部位・程度などを考え併せると,被告人は,被害者が死亡するに至る危険性の高い行為であることを認識しながら,あえてこれを行ったものということができるから,被告人は未必の殺意を有していたものと推認するのが相当である。 この点,検察官は,被告人が確定的な殺意を有していた旨主張するが,本件は上記のような経緯による偶発的な犯行である上,被告人はCの行為に憤激するとともに,これ以上暴力を振わせないようにしようと思って刺突行為に及んだものであること,犯行態様としても,本件包丁による刺突によって,上記のような心臓刺創を負わせているものの,被告人はこと 憤激するとともに,これ以上暴力を振わせないようにしようと思って刺突行為に及んだものであること,犯行態様としても,本件包丁による刺突によって,上記のような心臓刺創を負わせているものの,被告人はことさらに心臓付近を目がけて刺突したわけではないこと,刺突行為は検察官の主張によっても1回に止まっていて,被告人は刺突行為後,更なる加害行為に及ぶこともなく,本件包丁から手を放していること,Cは本件刺創の上にも小さな刺切創を負っているが,それがどのようにしてできたかは不明であって,これが被告人の刺突行為によってできたものとは認められないことなどを考え併せると,被告人が確定的な殺意を有していたとまでは認定することが困難である。 5 正当防衛ないし過剰防衛について(1) 検察官は,被告人が刺突行為に及んだ時点では,Cは,転倒したFに気を取られて,被告人の胸倉を掴んだ手を放し,右後方を振り返っていたのであるから,すでにCによる急迫不正の侵害は中断しており,また,Cが被告人に対して更なる攻撃を加える気勢を示した事実は存在しないから,Cによる急迫不正の侵害は存在していなかった旨主張するのに対し,弁護人は,被告人が刺突行為に及んだ時点では,Cの被告人に対する暴行がまだ継続していただけでなく,FやEに対しても暴行を加える危険性が間近に迫っていたのであって,Cによる急迫不正の侵害は存在していた旨主張する。 上記認定の事実に照らせば,Cは,制止しようとしたFを振り払っただけであって,Fに対して積極的に危害を加えようとして振り払ったとまでは認められないし,その他にCがFやEに対して暴行を加えたり,加える気勢を示したような事実は窺えないから,CのFやEに対する急迫不正の侵害は存在していなかったことが明らかである。 しかしながら,上記認定のとおり,C CがFやEに対して暴行を加えたり,加える気勢を示したような事実は窺えないから,CのFやEに対する急迫不正の侵害は存在していなかったことが明らかである。 しかしながら,上記認定のとおり,Cは,被告人との口論から,突然に被告人の胸倉を掴んで,その顔面を殴打し,EやFが被告人から引き離そうとしても,被告人の胸倉を掴んだまま放さなかったり,Fを振り払ったりしたことなどからすると,Cの被告人に対する攻撃の意思には強いものがあったと認められるから,被告人が刺突行為に及んだ時点で,Cが,転倒したFのことが気になり,被告人の胸倉を掴んだ手を放し,Fの方を振り返っていたとしても,それはその瞬間のことにすぎないのであり,これをもって,Cが被告人に対する攻撃の意思を放棄したとみることはできず,Cが被告人に対して更なる攻撃に及ぶおそれがあったというべきであるから,Cの被告人に対する急迫不正の侵害は,依然として存在していたと認めるのが相当である。 (2) そして,被告人は,確かに,Cが自分に暴力を振るったり,Fを振り払って転倒させたりしたことに対する憤激の情もあって,Cに対する刺突行為に及んだと認められるものの,それまでの一連の経緯に照らすと,被告人の刺突行為が,Cにこれ以上暴力を振わせないようにして,自分の身を守ろうという意図をももった上で行われたことは否定できないから,被告人の刺突行為は,防衛のための行為とみるのが相当であって,防衛の意思もまた存在していたということができる。 (3) しかし,Cは何らの武器も携えておらず,Cの被告人に対する暴行は手拳で被告人の顔面を数回殴打するなどしたというものであったのに対し,被告人のCに対する行為は,刃体の長さが約17.8センチメートルもの先端鋭利な文化包丁で身体の枢要部分である左側胸下部を1回突き刺 拳で被告人の顔面を数回殴打するなどしたというものであったのに対し,被告人のCに対する行為は,刃体の長さが約17.8センチメートルもの先端鋭利な文化包丁で身体の枢要部分である左側胸下部を1回突き刺すという,Cの死亡の結果を招くおそれが高い極めて危険なものであったことからすると,被告人の刺突行為は,防衛のためにやむを得ない程度を明らかに超えたものであったというほかない。 (4) 以上のとおりであって,被告人の刺突行為は,Cの被告人に対する急迫不正の侵害に対して,自己の身体を防衛するため,その防衛の程度を超えてなされたものであるから,正当防衛には該らないものの,過剰防衛には該ると認められる。 (法令の適用)被告人の判示所為は刑法199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で,被告人を懲役6年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中110日をその刑に算入し,押収してある文化包丁1丁(平成15年押第171号の1)は,判示殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 なお,被告人の判示所為は,前示のとおり,過剰防衛に該当するが,法定刑の下限を下回る刑で処断すべき場合ではないから,法律上の減軽はしない。 (量刑の理由)本件は,被告人が,自分に暴行を加えたばかりでなく,足の具合が悪い高齢の父をも振り払って転倒させた被害者に対し,憤激するとともに,自己の身体を防衛するため,防衛の程度を超えて,未必の殺意をもって,文化包丁で被害者の左側胸下部を1回突き刺し,被害者を殺害したという殺人の事案である。 被告人は,上記認定の経緯で本件に及んだものであって,本件は被害者に対する憤激 度を超えて,未必の殺意をもって,文化包丁で被害者の左側胸下部を1回突き刺し,被害者を殺害したという殺人の事案である。 被告人は,上記認定の経緯で本件に及んだものであって,本件は被害者に対する憤激からだけでなく,被害者の暴行に対する防衛行為として犯されたものであることは否定できないものの,被告人は,何らの武器も携えていなかった被害者に対し,刃体の長さが約17.8センチメートルもの先端鋭利な文化包丁で身体の枢要部分である左側胸下部をいきなり突き刺して,被害者に心臓刺創等を負わせて失血死させたものであるから,防衛行為として過剰であるのはもとより,その犯行態様は悪質であること,被害者は,被告人に暴行を加えるなどしているものの,その暴行の程度はそれほど強いものではなく,被害者には殺されなければならないほどの落ち度はなかったにもかかわらず,実の弟の手によって突然に命を奪われたものであって,結果はまことに重大であり,その無念の思いは察するに余りあること,また,思いもかけない成り行きから,突然に夫,父親を失った被害者の遺族の悲しみや精神的苦痛は計り知れず,現時点では,被告人らがあまりに被害者を悪し様に言うことに対する反発も加わって,被告人に対する相応の処罰を望むに至っていること,いまだ損害賠償はなされておらず,被害者の遺族に対する十分な慰謝の措置も講じられていないことなどを考え併せると,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。 してみると,上記のとおり,被害者にも責められるべき点があって,犯行に至る経緯には同情の余地があること,本件は,判示のような被害者の行為に端を発した酔余の上での偶発的な犯行であって,殺意は未必的なものに止まっており,しかも,その犯行は過剰防衛に該ること,被告人は,被害者の妻に対して謝罪の手紙を送るなどしており,自らの行為に の行為に端を発した酔余の上での偶発的な犯行であって,殺意は未必的なものに止まっており,しかも,その犯行は過剰防衛に該ること,被告人は,被害者の妻に対して謝罪の手紙を送るなどしており,自らの行為によって実の兄である被害者の生命を奪ったことについては,被告人なりに反省の態度を示していること,被告人は,被害者の遺族に対し,将来にわたって損害賠償をしていく旨誓っていること,被告人は,妻や高齢の父を扶養する立場にあって,被告人の妻も被告人の早期の社会復帰を願っていること,被告人にはこれまで禁錮以上の刑に処せられた前科がないこと,長年にわたって善良な社会人としての生活を送ってきていたこと,本件により7か月以上の期間身柄拘束を受けていることなどの,被告人のために酌むべき事情を十分に斟酌しても,主文の刑はやむを得ないところである。 (検察官の科刑意見懲役10年)よって,主文のとおり判決する。 平成16年4月28日神戸地方裁判所第2刑事部裁判長裁判官森岡安廣裁判官川上宏裁判官酒井孝之

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