主文 被告人を懲役12年に処する。 未決勾留日数中500日をその刑に算入する。 大阪地方検察庁で保管中の包丁1本(令和元年領第10003号符号70)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は第1 警察官を包丁で襲ってけん銃を強取しようと考え,令和元年6月16日午前5時38分頃,大阪府吹田市千里山霧が丘22番3号大阪府吹田警察署千里山 交番北側駐車場において,被告人による虚偽の事件通報に基づき現場臨場しようとしていた同警察署地域課勤務の警察官C(当時26歳)に対し,同人を死亡させてもやむを得ないとの意思をもって,その左胸部,左上腕部,両大腿部等を出刃包丁(刃体の長さ約16.8センチメートル。大阪地方検察庁令和元年領第10003号符号70)で多数回突き刺すなどした上,同人が右腰に装 着していた同人管理の実包5発が装てんされた回転式けん銃をフォルスターから抜き取り,同けん銃底部の留め具を外して,同けん銃を奪い取り,もって同人の職務の執行を妨害するとともに,その反抗を抑圧して同けん銃1丁を強取し,その際,同人に左肺上葉部の摘出を伴う全治約6か月間以上を要する胸部刺創,左内胸動脈損傷,肺損傷,左上腕切創,両大腿部切創,顔面切創等の傷害 を負わせたが,死亡させるには至らなかった。 第2 業務その他正当な理由がないのに,前記日時場所において,前記出刃包丁1本を携帯した。 第3 法定の除外事由がないのに,前記日時から同月17日午前6時34分頃までの間,前記場所から同府箕面市ef丁目g番北側山中に至る同府内の路上,山 中等において,前記けん銃1丁を,これに適合する前記実包5発のうち4発と 共に携帯して所持した。 なお,被告人は,前記各犯行当時,統合失調症の影響により,善悪を判断し,行動 路上,山 中等において,前記けん銃1丁を,これに適合する前記実包5発のうち4発と 共に携帯して所持した。 なお,被告人は,前記各犯行当時,統合失調症の影響により,善悪を判断し,行動を制御する能力が著しく低い状態にあった。 (法令の適用)罰条 判示第1の所為のうち公務執行妨害の点刑法95条1項強盗殺人未遂の点刑法243条,240条後段判示第2の所為銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)31条の18第3号,22条 判示第3の所為銃刀法31条の3第2項,1項,3条1項科刑上一罪の処理判示第1の罪刑法54条1項前段,10条(1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,重い強盗殺人未遂罪の刑で処断) 刑種の選択判示第1の罪無期懲役刑を選択判示第2の罪懲役刑を選択法律上の減軽判示第1について刑法39条2項,68条2号 判示第2,第3について刑法39条2項,68条3号併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条(最も重い判示第1の罪の刑に刑法14条2項の制限内で法定の加重)未決勾留日数の算入刑法21条 没収刑法19条1項2号,2項本文(大阪地方検察庁で 保管中の包丁1本(令和元年領第10003号符号70)は判示第1の犯罪行為の用に供した物で,被告人以外の者に属しない。)訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(争点に対する判断) 1 本件の争点本件の争点は,被告人が本件当時限定責任能力の状態であったか,責任無能力の状態であったかである。 この点,弁護人 刑事訴訟法181条1項ただし書(争点に対する判断) 1 本件の争点本件の争点は,被告人が本件当時限定責任能力の状態であったか,責任無能力の状態であったかである。 この点,弁護人は,被告人が本件当時統合失調症の影響で責任無能力の状態であったと主張するのに対し,検察官は,被告人が統合失調症にり患しており,犯 行がその著しい影響を受けていたことは認めつつ,正常な精神機能に基づく判断によって犯したといえる部分が残っていたとして,限定責任能力であると主張する。 2 被告人の生活歴,本件に至る経過,本件及びその前後の状況等の事実関係について 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。 ⑴ 平成30年頃までの生活歴被告人は,昭和61年に出生し,小学校4年生まで神奈川県川崎市内で過ごした後,小学校5年生から大阪府吹田市内に引っ越し,高校卒業までの間を大阪で過ごした。被告人は,平成17年に東京の大学に進学し,平成21年に大 学を卒業して海上自衛隊に入隊したが,その約半年後に依願退職し,平成22年春頃以降は徐々に自宅で引きこもるようになった。被告人は,平成26年9月にAでアルバイトを開始したが,平成27年7月にこれを辞め,同年8月から岩手県内で一人暮らしを始め,同年9月から平成28年4月までは放送関係の会社で,平成29年2月から同年5月までは商業施設で勤務した。被告人は, 同年8月に東京都内の実家に戻り,その頃から一時期,就労移行支援事業所に 通ったが,平成30年11月以降はゴルフ場運営会社で勤務していた。 ⑵ 被告人の精神疾患の発症,診療等の経過被告人は,前記のとおり,平成22年春頃以降徐々に自宅に引きこもるようになり,その後,自宅の浴槽を蹴って穴をあけたり(平成25年11月),警察署 いた。 ⑵ 被告人の精神疾患の発症,診療等の経過被告人は,前記のとおり,平成22年春頃以降徐々に自宅に引きこもるようになり,その後,自宅の浴槽を蹴って穴をあけたり(平成25年11月),警察署に行って「誰かに見られている。」と訴えたり(平成26年9月頃)するなど の異常行動が見られるようになっていたところ,平成27年3月に母親に連れられて精神科のクリニック(以下単に「クリニック」という。)を受診し,統合失調症と診断された。被告人は,それ以降,月一,二回程度のペースでクリニックに通院して抗精神病薬の処方を受け,投薬治療を受けていた。被告人が岩手県内で一人暮らしをしていた同年8月から平成29年8月までの間も,通院 治療は継続されていた。 被告人は,東京に戻ってきた後も,月1回程度のペースでクリニックに通院し,投薬治療が継続された。 被告人は,平成31年1月にクリニックで,担当医師に,調子は良い,今は幻覚は見えない,幻聴はない旨述べ,次にクリニックで診療を受けた同年2月 に処方薬が減量された。被告人は,同年3月の診療時にも,担当医師に,幻覚はもうない,薬なしでやってみたい気もある旨述べ,さらに処方薬が減量された。被告人は,同年4月の診療時にも,担当医師に,幻覚が全く見えていない旨述べ,カルテにも幻覚が認められない旨の記載がされている。また,5月10日の通院時にも,担当医師は幻覚がないと認めて処方薬が減量された。最後 の通院となる同月24日にも,被告人は,幻覚がない旨述べた。 なお,被告人は,後述する沖縄旅行中や本件当時を除くと,基本的には担当医師からの指示に従って服薬していたようである。 平成31年以降来阪までの経過被告人は,平成31年2月頃,勤務先(ゴルフ場運営会社)に,もっと働きた いと申し 除くと,基本的には担当医師からの指示に従って服薬していたようである。 平成31年以降来阪までの経過被告人は,平成31年2月頃,勤務先(ゴルフ場運営会社)に,もっと働きた いと申し出て,それまで4時間勤務だったが,時々6時間15分勤務もするよ うになった。 被告人は,同月頃,スキューバダイビングをする予定で,八丈島に旅行に行ったが,ダイビングはせず,その日のうちに旅行から戻った。 被告人は,同月以降,大阪で生活していた頃の旧友であるDら複数の元同級生に対し,メールで他の同級生の連絡先を尋ねたりし,同年3月には,Dに対 し,「かなり時期早いですが,年賀状を書きたいので住所を教えてくれませんか」とのメールを送った。 被告人は,同年4月26日に就職のための面接を受けたが,令和元年5月8日,相手方会社に辞退する旨のメールを送った。 被告人は,同年4月頃以降,出会い系サイトを利用するようになり,同サイ トで知り合った女性数人と会って性交をした。 被告人は,同年5月15日頃,勤務先に,沖縄旅行に行きたいので6月5日に休みを取りたいと申し出た。その際,被告人は,一人で回れるゴルフコースがあるので,一人でコースを回る,E水族館に行く,お土産は何を買ってきたらいいですかなどと述べた。 被告人は,同年6月5日から同月8日まで,沖縄旅行に行った。なお,被告人は,名護市内のゴルフ場を同月6日,同月7日の2日間予約していたが,1日目のみプレーし,2日目は連絡なくキャンセルした。なお,被告人によれば,沖縄旅行中は薬を服用していなかったとのことである。 被告人は,同月8日,勤務先の同僚にお土産のお菓子を渡したが,同月11 日には,勤務先において,被告人が仕事中突然くすくす笑い出す様子が認められ,同日の勤務終了時 いなかったとのことである。 被告人は,同月8日,勤務先の同僚にお土産のお菓子を渡したが,同月11 日には,勤務先において,被告人が仕事中突然くすくす笑い出す様子が認められ,同日の勤務終了時に,被告人から「体調が優れない。幻覚の症状がいつもより酷い。6月12日から16日まで有給で休ませてほしい。」旨の申し出があった。 被告人は,同月11日の夜,Dに対し,13日から16日まで大阪に行くの で飲みませんかという誘いのメールを送った(返信はなかった。)ほか,大阪 時代の元同級生ら49人に,年賀状を出したいので住所を教えてほしい旨のメールを送り,同月12日には元同級生の一人と連絡を取って,15日夕方に梅田で会う約束を取り付けた(ただし,6月15日の午後に被告人からキャンセルする旨のメールが送られ,実際に会うには至っていない。)。 本件犯行前後の被告人の行動等 被告人は,令和元年6月13日,東京から新幹線で大阪に来た後,F駅を出場した。その後,被告人は,G駅付近に赴き,さらに,Dの実家のあるマンションに行った後,同マンション北側の公園で野宿をした。 被告人は,同月14日,Dの実家のあるマンションに複数回出入りするなどした後,ホテルに宿泊した。 被告人は,同月15日,ホテルをチェックアウトし,H電車でI駅からG駅に移動した後,Dの実家のあるマンションに複数回出入りしたほか,野球の試合や芸能人のディナーショーのチケットを予約するなどした。被告人は,再び同じホテルに戻って宿泊を申し込んだが,満室で宿泊できず,その夜は団地内で野宿した。 本件当日である同月16日,被告人は,午前4時13分頃から25分頃までの間,包丁が入ったナップサックを持って,被害者を含む2名の警察官が在所していた千里山交番の前を歩き回 内で野宿した。 本件当日である同月16日,被告人は,午前4時13分頃から25分頃までの間,包丁が入ったナップサックを持って,被害者を含む2名の警察官が在所していた千里山交番の前を歩き回り,右手に包丁を持ちながら交番出入り口付近で交番内の様子をうかがい,交番出入り口扉を少し開くなどした。その後,被告人は,Dの実家のあるマンション北側の公園に戻り,午前4時35分頃, インターネットで「千里山一人交番」,「千里山交番電話番号」,「千里山公衆電話」,「何人体制交番」などで検索した後,午前5時28分頃,J駅ホームの公衆電話から,Dの名前で110番通報をし,自宅に泥棒が入ったので交番の警察官2人くらいに出動してもらいたい旨虚偽の申告をした後,午前5時32分頃,電車の時刻表と自分の腕時計を確認し,走って千里山交番に 向かった。 被害者は,午前5時38分頃,被告人からの110番通報に対応するため,他の警察官の後に続いて交番から出動しようとしたところ,被告人が被害者に対して本件犯行に及んだ。 被告人は,本件犯行後の午前5時41分頃,交番前から走り去り,その後,上着を脱ぐ,ナップサックを池に投棄する,上衣を着替えて元々着ていた服を 路地の側溝に投棄するなどし,K山内に移動した。 被告人は,同月17日午前6時34分頃,K山内のベンチの上に横になっていたところを発見された。その際,被告人は,警察官からけん銃の場所を聞かれ,「俺が殺したいやつ全員殺したら教えてやる。」と答えた。 3 L鑑定人の鑑定意見 本件においては,起訴後に,L医師による精神鑑定が実施され,L鑑定人の鑑定意見が公判廷において報告されている。 その要旨は以下のとおりである。 ⑴ 被告人の精神障害及びその内容被告人は統合失調症にり おいては,起訴後に,L医師による精神鑑定が実施され,L鑑定人の鑑定意見が公判廷において報告されている。 その要旨は以下のとおりである。 ⑴ 被告人の精神障害及びその内容被告人は統合失調症にり患しており,その発症時期は平成21年頃と推測さ れる。 被告人の統合失調症の症状としては,幻視,幻聴,妄想,思考吹入,思考伝播,作為体験等がある。被告人の幻覚・幻聴及び妄想の内容は,小中学校の元同級生や芸能人等の見たことのある人全員が登場人物となり,被告人やその両親を傷つけたりいたぶり合ったりする映像が見える,常時被告人の考えや行動 に対して指示する声が聞こえるなどといったものである。傷つけられたりする幻覚の際には,体に痛み等を伴う体感幻覚もある。 ⑵ 本件以前の被告人の精神症状被告人は,平成31年1月に幻覚及び幻聴がない旨主治医に申告し,同年2月から5月にかけて急激な減薬がされている。しかし,10年以上も持続して いた症状が突然改善して二,三か月で完全になくなるとは考えにくい。八丈島 旅行,沖縄旅行,出会い系サイトの利用等,見かけ上の改善を示す事情もあるが,被告人の母親のノートの記載,被告人から連絡を受けた元同級生が違和感を持っていたこと,被告人の同僚が語る被告人の職場での様子,八丈島旅行では予定していたスキューバダイビングをキャンセルして,帰っていること,沖縄旅行中も,ゴルフ場で予定されたコースとは違うところを勝手に回るなどの 行動が見られたほか,2日目のゴルフを無断でキャンセルしていること,沖縄旅行中に入水自殺未遂を図っていることなどの事情があり,この時期も病状は軽快しておらず,むしろ悪化していたと考えられる。被告人は,この頃もずっと幻聴等はあったと述べており,出会い系サイトの利用についても幻聴等の指 未遂を図っていることなどの事情があり,この時期も病状は軽快しておらず,むしろ悪化していたと考えられる。被告人は,この頃もずっと幻聴等はあったと述べており,出会い系サイトの利用についても幻聴等の指示である,沖縄旅行中もほとんど幻聴の指示で動いていたなどと述べていて, 見かけ上の改善を示す事情のほとんどが幻聴や思考吹入によるものであったと考えられる。 また,沖縄旅行後大阪に来るまでの期間についても,見かけ上の改善を示す事情はあるが,職場で上司が突然クスクスと笑う被告人の様子を確認していること,体調が優れず幻覚の症状がひどいとして6月12日から16日までの休 暇を申し出ていることなどの事情があり,この時期も,一見正常に見える行動はほとんどが幻聴や思考吹入によるものと考えられ,実際には病状が悪化した状態であったと考えられる。 被告人は,大阪に行くことを決めた理由について,自分に嫌がらせをする人のことを確かめろ,あるいは今まで激しい攻撃を仕組んだ旧友らに仕返しをし ろという幻聴による指示に基づく行動であった旨述べており,些細な行動(例えば,どの列車に乗るか,どの座席に座るか等)は自身の意思による行動であったが,大きな目的は幻聴の指示と考えられる。また,被告人は,混乱した思考の中で病的体験に没入していったと推測され,ほとんど自分の意思や思考がなく,重要な行動の選択はすべて幻聴や思考吹入に指示されるがまま行動する 状態であったと思われる。 被告人は,本件の前日には,大阪に引っ越すための居住先やアルバイト先を探す一方で,野球の試合や芸能人のディナーショーのチケットを購入しているが,これは,悪い旧友らへの仕返し(殺害)をしろ,野球の監督や芸能人を攻撃しろという幻聴や思考吹入によるものであり,現実見当識の喪失 一方で,野球の試合や芸能人のディナーショーのチケットを購入しているが,これは,悪い旧友らへの仕返し(殺害)をしろ,野球の監督や芸能人を攻撃しろという幻聴や思考吹入によるものであり,現実見当識の喪失や連合弛緩が認められ,被告人の行動もすべて幻聴や思考吹入による指示による作為体験(さ せられ体験)であったと考えられる。 ⑶ 本件当日の被告人の精神状態被告人は,本件当日の午前4時頃に突然,警察官を襲ってけん銃を奪い,K山に隠れているMとNを殺すという明らかに奇異な目的のため交番を襲撃することを思いついて行動に移しており,そこからの実際の行動は自身の意思では なく,幻聴の指示と思考吹入に基づく「させられ体験」の連続であったと考えられる。被告人の行動は,連合弛緩の影響により,合目的的な行動と無駄な行動が混在しており,本件犯行後には複数の場所に証拠品を捨てたり服を着替えたりする,けん銃を1発発砲したあと履歴書を購入する,K山中を徘徊し続けて野宿するといった支離滅裂な行動をしている。被告人が当時の記憶を思い出 せないということも,精神病症状が重かったことを推測させる。被告人の行動には,犯行の遂行という目的に沿った行動に見える部分もあるが,被告人のそもそもの目的は,幻聴や思考吹入による命令で,K山にいるMとNを殺しに行くことにあり,行動の根本となる動機・目的・基盤が完全に精神病に基づくもので,本人の意思が全く関与しないものである以上,その上にある行動にも本 人の意思はなく,あくまで見せかけにすぎない。これは,司法精神医学上「見せかけの了解可能性」と呼ばれているものである。表面上正常に見える行動をしていることと,自分の意思で行動する力が残っていることとは大きく異なる。 被告人は,元々あった幻聴,幻視,妄想,思考吹入,させら せかけの了解可能性」と呼ばれているものである。表面上正常に見える行動をしていることと,自分の意思で行動する力が残っていることとは大きく異なる。 被告人は,元々あった幻聴,幻視,妄想,思考吹入,させられ体験,連合弛緩等の統合失調症の症状が犯行前に一気に悪化し,一見すると目的に従った行動を しているように見えるが,犯行の目的自体が次々と変化したり,内容も奇異で 行動も滅裂な中で妄想に従った大きな目的の達成のために経緯として本件犯行が発生したと考える。 4 O証人の意見本件においては,O医師による起訴前鑑定が実施されており,O医師が,公判廷において,自身の見解を証言している。 その要旨は以下のとおりである。 L鑑定人の意見のうち,被告人が統合失調症にり患していること,その症状が幻視,幻聴,思考伝播,作為体験等であること,本件当時,被告人の統合失調症が悪化していたことについては,同意見である。 ただ,次の2点については見解が異なる。 まず,①症状軽快の有無及び悪化の時期である。L鑑定では,軽快することなく沖縄旅行の怠薬によってどんどん悪化していったとされているが,平成31年2月には一旦症状が軽快していたと考える。その後,減薬のスピードが速すぎて,5月頃から徐々に症状が悪化していったが,そのような状態で6月の沖縄旅行で楽しみ過ぎて,薬を飲み飛ばしてしまったことで,沖縄旅行後に悪化傾向となっ て犯行に至り,犯行後は犯行を機に更に症状が悪化したと考える(以下「相違点①」という。)。 また,②本件当時,被告人には幻聴等の症状が出ていたが,目的を達成するために自身の健全な精神機能を働かせることができる状態だったと考える。被告人が犯行前にスマートフォンで交番の勤務態勢の検索をしていること,虚 件当時,被告人には幻聴等の症状が出ていたが,目的を達成するために自身の健全な精神機能を働かせることができる状態だったと考える。被告人が犯行前にスマートフォンで交番の勤務態勢の検索をしていること,虚偽の11 0番通報をすることで,交番にいる警察官の人数を減らすという行動を取っていること,隣の駅の時刻表を見て電車を待っているよりも走った方が早そうだということを選択して行動を起こしていることなどの犯行前の行動を見ると,目的達成のため臨機応変で合理的な行動をしており,これらをすべて幻聴の指示だというのは無理があり,本人の意思に基づく行動と考える。また,犯行時の行動を見 ても,けん銃を奪う行動に無駄な動きが少なく,なかなか取り外せないというカ ールコードも外してけん銃を奪い逃走している。このことも本人の意思があったことをうかがわせる。さらに,犯行後の行動を見ても,服,靴,ナップサック等を数か所に分けてすぐには見つけられないような場所に投棄するなどしており,この点からも状況を判断する能力が残っていたと考えられる。また,来阪後の旧友や両親,職場とのメッセージのやりとり等を見ても,文面に乱れはなく内容も 正常であり,正常なことを取り繕える程度の精神状態であったと推測できる。スマートフォンでの検索履歴を見ても,求職,出会い系サイトを含めて,来阪前の興味の対象と特に変化はない。以上から,本件当時健常な精神機能を働かせることが全くできない状態であったとは考え難い(以下「相違点②」という。)。 5 L鑑定及びO証言の検討 本件では,責任能力の判断の前提となる精神障害の有無,程度,これが犯行に与えた影響の有無,程度について,精神医学者の鑑定意見等が証拠になっているところ,このような本件においては,鑑定人の公正さや能力に疑い は,責任能力の判断の前提となる精神障害の有無,程度,これが犯行に与えた影響の有無,程度について,精神医学者の鑑定意見等が証拠になっているところ,このような本件においては,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用できない合理的な事情が認められない限り,その意見を十分に尊重して責任能力についての判 断をすべきこととなる。 本件における精神医学者の意見としては,L鑑定人の鑑定意見と起訴前鑑定を担当したO証人の意見とがある。L鑑定人は,司法精神医学の専門家であって,統合失調症の治療経験が豊富であるだけでなく,刑事事件における精神鑑定(本鑑定)を多数経験している。また,O証人も,統合失調症を始めとする精 神疾患の治療経験豊富な医師である上,刑事事件における精神鑑定歴も多数であって,司法精神医学における高度の専門的知見を有していると認められる。 両名の意見には相違点があるが,L鑑定人の鑑定意見は,O証人の意見と対比すると,被告人にとって有利な内容のものであることから,立証責任が検察官にあるという刑事裁判の原則を踏まえて,L鑑定人の鑑定意見について,こ れを採用できない合理的な事情があるかどうかという観点からまず検討を進め る。 この点,L鑑定人の鑑定意見とO証人の意見は,前述したとおり,被告人が統合失調症にり患していること,その症状が幻視,幻聴,思考伝播,作為体験等であること,本件当時,被告人の統合失調症が悪化していたことについて一致しており,これらの点については,両名の意見を採用できない合理的な事情 が見られない。そこで,これらの点は前提として,以下では,相違点①,②について検討を加える。 相違点①について相違点①について,L鑑定人の鑑 名の意見を採用できない合理的な事情 が見られない。そこで,これらの点は前提として,以下では,相違点①,②について検討を加える。 相違点①について相違点①について,L鑑定人の鑑定意見には以下に述べるような問題点があり,その意見を採用できない合理的な事情があると認められる。 ア被告人の通院治療の経過と担当医師の病状評価についてL鑑定人は,平成31年2月から5月にかけての時期も,被告人の病状は軽快しておらず,減薬によりむしろ悪化していったとしている。 しかし,既に記したとおり,被告人は,数年にわたって通院治療を受けてきたクリニックにおける平成31年1月から5月までの診察で,担当医師に, 繰り返し幻覚や幻聴はないと述べており,カルテにも特に異常所見があった旨の記載はなく,これらを踏まえた診察の結果として,担当医師が被告人の病状が改善に向かっていると評価し,2月からの段階的な減薬に踏み切ったものと考えられる。このような当時の担当医師の所見は当時の被告人の精神状態を判定する鑑定においても一定の重みをもって評価すべき重要な資料と いえる。 被告人は,公判廷において,この頃も調子は良くなく,今までどおり幻覚や幻聴はあったとし,担当医師に幻聴はないなどと述べた理由について,おそらく幻聴等による指示もあったと思うと述べているところ,L鑑定人も,おそらく「良くなったと言え。」というような幻覚,幻聴や思考吹入によっ て医師に実際とは異なる申告をしたとの見方をしている。しかし,それまで 被告人の病状を継続的に見てきた担当医師が,いかに各回ごとの診察は短時間であったにせよ,面前で診察を繰り返している中で,被告人が幻聴等の影響を受けて実際とは異なる症状変化を述べているのにこれを見過ごし,被告 病状を継続的に見てきた担当医師が,いかに各回ごとの診察は短時間であったにせよ,面前で診察を繰り返している中で,被告人が幻聴等の影響を受けて実際とは異なる症状変化を述べているのにこれを見過ごし,被告人の説明のみで病状が軽快したと判断したとは考えにくい。幻聴等がないという被告人の申し出は,確かに,症状が消失した旨を誇張して述べたもので あったと思われるが,それも症状改善を自覚する被告人が早く独立したいとの意思で述べたものと考えて矛盾はない。担当医師も被告人の言い分を直ちに鵜呑みにしたのではなく,経過を見て,2月に減薬に踏み切ったと見られる。L鑑定には,このような重視すべき資料を適切に評価していない点に問題がある。 イ起訴前鑑定時における被告人からの聴取内容の評価について本件のように起訴前鑑定が行われている場合,事件により近い段階である起訴前鑑定時における被告人からの聴取内容が重要な資料になる。 しかし,L鑑定においては,起訴前鑑定時における被告人からの聴取内容を十分考慮に入れて鑑定を行ったとは見られない。 特に,平成31年2月から5月にかけての時期の病状について,O証人の証言によれば,起訴前鑑定時にO証人が被告人から聴取した際には,被告人は幻覚や幻聴が見られなくなることもあったとして症状が軽快していた旨を述べ,被告人はこの点について当時を振り返ってうれしかったと述べたとのことである。このような起訴前鑑定時の被告人の説明内容は,実際には症状 が良くなかったのに,幻聴等の影響で良くなったと言わされていたとの被告人の言い分とは明らかに異なる趣旨のものである。にもかかわらず,L鑑定では,起訴前鑑定におけるこのような被告人からの聴取内容について適切に評価がされた形跡がない。 また,被告人が沖縄旅 の被告人の言い分とは明らかに異なる趣旨のものである。にもかかわらず,L鑑定では,起訴前鑑定におけるこのような被告人からの聴取内容について適切に評価がされた形跡がない。 また,被告人が沖縄旅行中に入水自殺を図ったとする点についても,O証 人の証言によれば,起訴前鑑定においては,沖縄旅行のエピソードについて かなり詳しく聴取がされたほか,死というテーマについても被告人との間で話がされ,被告人が自殺する勇気はないが安楽死については考えていた,安楽死を行っているのはスイスしかないので,ドイツ語の勉強をしていると述べたとのことであるが,そのような会話がなされたにもかかわらず,入水自殺を図ったという話は被告人から一切述べられなかったとのことである。被 告人が入水自殺を図ったことを示す客観的な裏付けは一切なく,入水自殺を図ったという被告人の言い分は多分に唐突なものであるのに,L鑑定人は,起訴前鑑定における聴取が十分でなかったと安易に決めつけ,専ら自身の聴取内容のみに依拠して,入水自殺を図った事実があったとの前提で鑑定を行っている。 このように,L鑑定には,起訴前鑑定における被告人からの聴取内容を十分考慮に入れず,自身の聴取内容のみに重きを置いて鑑定を行ったという点にも問題があるといわざるを得ない。 ウ L鑑定が症状悪化の根拠として挙げる事情についてL鑑定人は,見かけ上は改善したと見られるような事情があるとしながら も,「客観的視点」等として種々の事情を挙げ,この時期の症状悪化の根拠としている。しかし,これらの点は,O証人の評価も踏まえて検討すると,いずれも症状悪化を示す事情としては根拠の乏しいものばかりといわざるを得ない。 例えば,被告人の母親のノート(2月6日)に「新たなつっこみ,幻覚の存 らの点は,O証人の評価も踏まえて検討すると,いずれも症状悪化を示す事情としては根拠の乏しいものばかりといわざるを得ない。 例えば,被告人の母親のノート(2月6日)に「新たなつっこみ,幻覚の存 在ある。やっぱりイヤな気分」との記載があることを挙げられる。被告人と日頃から接してきた母親が被告人の病状をどのように見ていたのかは重要な観点であるが,このノートの記載はあくまで断片的な記録であって,幻聴等の症状が完全になくなっていたわけではないことを示すという程度の意味はあるとしても,それ以上の意味を持つものではない。母親はこの時期の被告 人についてこれまでとは違って活動性が増しており調子が良くなったと好意 的な捉え方をしていたのであり,症状が悪化したとの見方をしていたわけではない。このような母親の見方を十分考慮に入れず,このノートの記載を症状悪化の根拠とするのは鑑定資料の評価の仕方として一面的であって適切でないといわざるを得ない。 また,被告人からメールで連絡を受けた元同級生らが違和感を覚えたとい う点も根拠として挙げられている。しかし,あくまでメールでの連絡であって,その文面のみで感想を述べているにすぎず(文面そのものに奇異な内容が含まれていたわけではない。),そのことにさしたる意味はないというべきである。 被告人の同僚が語る被告人の職場での様子についても,幻聴等の症状が完 全になくなっていたわけではないことを示す根拠にはなるが,症状が悪化したことの根拠としての意味は薄い。O証人も,幻聴等が全くなくなっていたというのではなく,ある程度症状が軽快していたが症状は残っていたというのであって,そのような見立てと矛盾するものではない。 八丈島旅行や沖縄旅行のエピソード,出会い系サイトの利用状況について というのではなく,ある程度症状が軽快していたが症状は残っていたというのであって,そのような見立てと矛盾するものではない。 八丈島旅行や沖縄旅行のエピソード,出会い系サイトの利用状況について も,L鑑定人は症状悪化の根拠を種々挙げるが,それも,症状が軽快していたが,全くなくなっていたわけではないとの見立てと矛盾しない。むしろ,従前は,自宅に引きこもったり,できる限り他人の顔を見ないで生活してきたという被告人が,一人で飛行機に乗って遠方まで旅行に出かけ,スキューバダイビングをしようと試みたり,ゴルフや観光を楽しもうとしたり,出会 い系サイトを利用して女性と会って性交したりしているのであり,そのような状況からは,症状が良くなっていたことがうかがえる。被告人は,これらの旅行や出会い系サイト等も,幻聴の指示による行動であったと述べるが,一方では,被告人は,O証人にもL鑑定人にも,この頃は症状が良かったとも述べている。旅行や出会い系サイトの利用といった行動を幻聴の指示によ るものであるとする被告人の供述は受け入れ難いものといわざるを得ない。 その他,L鑑定人が挙げる種々の事情は,症状悪化を示す事情としては根拠の乏しいものばかりである。 このように,L鑑定は鑑定資料の評価の仕方や前提となる事実の評価にも合理性を欠く点がある。 エ以上のとおりであって,相違点①についてのL鑑定人の鑑定意見は,重視 すべき事情である通院治療の経過や担当医師の病状評価を適切に評価していなかったり,考慮に入れるべき起訴前鑑定における被告人からの聴取内容を十分考慮に入れて検討していないなどの問題点があるほか,根拠として挙げている事情も意味の乏しいものばかりで,鑑定資料の評価の仕方や前提となる事実の評価が合理性を欠いている。このような評価 聴取内容を十分考慮に入れて検討していないなどの問題点があるほか,根拠として挙げている事情も意味の乏しいものばかりで,鑑定資料の評価の仕方や前提となる事実の評価が合理性を欠いている。このような評価となったのは,時々で 変化する被告人の供述について客観的な裏付けを欠く部分が多いにもかかわらず,そのことを十分踏まえずに過度に依拠したためと考えられ,全体的に鑑定判断の前提に問題があるといわざるを得ない。裁判所としては,鑑定人の意見を十分に尊重して判断するという姿勢で臨むことはもとよりだが,本件においてはこれを採用できない合理的な事情があると判断した。 これに対して,O証人の意見は合理的なものとして採用することができる。 そこで,相違点①については,O証人の意見に従い,被告人の症状は,平成31年2月には一旦軽快していたが,減薬のため5月頃から徐々に症状が悪化し,沖縄旅行中の怠薬もあって沖縄旅行後に悪化傾向となり,本件時は相当悪化した状態にあったと認める。 相違点②についてア被告人の行為の動機,目的の検討本件当時,被告人の統合失調症が相当悪化していたという点においては,L鑑定人の意見も,O証人の意見も共通しているが,どの程度悪化していたと評価するかには意見の相違がある。 この相違点の検討に入る前に,まず,本件の動機,目的が何であったのか について検討する。 この点,犯行場面を見ると,被害者である警察官に包丁で攻撃を加えているが,カールコードに接続され容易には取り外せないけん銃を取り外そうと試み,けん銃を奪うことに成功するやそれ以上攻撃を加えることなく直ちに逃走していることからすると,主たる目的は警察官の殺傷ではなく,けん銃 を強奪することにあったと考えられる。 取り外そうと試み,けん銃を奪うことに成功するやそれ以上攻撃を加えることなく直ちに逃走していることからすると,主たる目的は警察官の殺傷ではなく,けん銃 を強奪することにあったと考えられる。 また,犯行直前の被告人の行動を見ると,被告人は,当日の午前4時13分頃から午前4時25分頃までの間,千里山交番に赴き,その前を歩き回ったり,包丁を持ちながら交番内の様子をうかがったりしている。また,午前4時35分頃に「千里山一人交番」等でインターネット検索をしている。 したがって,この頃には本件の交番襲撃を意図して行動を開始していたものと認められる。午前5時28分頃になされた被告人の110番通報は,交番を襲撃する際,警察官が複数いる状態だとけん銃強奪が難しいとの判断の下,虚偽の110番通報により交番の警察官を出動させ,交番内の警察官が一人になった状態を見計らって警察官を襲撃するためにした行動であると推察で きる。 けん銃を奪う目的,すなわち奪ったけん銃をどうするつもりだったのかという点について,L鑑定人は,被告人が,鑑定時に,けん銃を奪ってK山に隠れているMとNを殺すつもりだったと述べたとして,それが被告人の行為の大きな目的であったとしている。ただ,被告人は,公判廷では,MとNを 殺すためにけん銃を奪ったとは述べていない。この点について,L鑑定人は,大きな目的も時によって供述が変わる,旧友への仕返しということも述べていたとする。 これに対して,O証人は,鑑定時に,被告人から,K山にいるMとNを殺すという話はあったが,けん銃を奪った目的については明確な説明が得られ なかったとして,けん銃を奪った動機,目的については不明であるとする。 弁護人は,けん銃を奪った目的について,幻 う話はあったが,けん銃を奪った目的については明確な説明が得られ なかったとして,けん銃を奪った動機,目的については不明であるとする。 弁護人は,けん銃を奪った目的について,幻覚,幻聴の中で酷いことをしてくる者に対する仕返しであるとの見方をする。この点,被告人の供述が変転したり明確でなかったりするため,仕返しの対象は特定できないものの,そのような仕返しのための犯行であったという可能性は否定できない。 ただ,いずれにせよ,本件における被告人の行為の動機,目的には,統合 失調症の影響を抜きにしては説明できないような不可解さがあり,統合失調症の影響を大きく受けた犯行であることは否定できない。この点は,L鑑定人はもとより,O証人も前提としているところである。 イ L鑑定人の意見の核心部分は,被告人の行動のそもそもの目的は,幻聴や思考吹入による命令によるもので,行動の根本となる動機・目的・基盤が完 全に精神病に基づいており,本人の意思が全く関与していない以上,その上にある行動にも本人の意思はない,表面上正常に見える行動があったとしても,自分の意思で行動する余地は残っていなかったというところにあると考えられる。 しかし,本件犯行は,単に近くにいる人を殴るとか,刃物で刺すといった 単純なものではなく,警察官を襲撃してけん銃を奪うというものであり,一定の計画性がなければ実現しないものであって,現に被告人はそれなりの計画性を持って犯行に及び,けん銃の強奪を成功させているところ,このような被告人の一連の行動が,L鑑定人の述べるように,幻聴や思考吹入,連合弛緩等によって自己の意思をもって行動することができないような状態でな されたとは考えにくい。 この点,被告人の行動を個別に見ると 行動が,L鑑定人の述べるように,幻聴や思考吹入,連合弛緩等によって自己の意思をもって行動することができないような状態でな されたとは考えにくい。 この点,被告人の行動を個別に見ると,O証人も指摘するとおり,本件の直前において,被告人は,スマートフォンで交番の勤務態勢についてのインターネット検索をした上で,自身のスマートフォンを用いず公衆電話から虚偽の110番通報を行い,電車の時刻表を確認した上で,次の電車を待つよ り早く交番に到着できるとして走って交番に向かうなど,けん銃強奪という 目的達成のため臨機応変で合理的な行動を取っている。これらが幻聴等によって突き動かされるままの行動で被告人の意思が全く介在していなかったとは考えにくい。 また,本件時の被告人の行動を見ても,約3分という短時間のうちに,防刃チョッキ等の装備をした警察官を刃物で襲って抵抗を排除し,けん銃奪取 防止のための装備であるカールコードを外してけん銃を奪うなど,特に無駄な動きなくけん銃強奪という犯行を成功させている。また,本件後の被告人の行動を見ても,その場を走って逃げ去り,逃走中に所持品や着衣を投棄するなどしたことは,被告人が,警察官を襲ってけん銃を奪うという目的達成のための臨機応変,合理的な行動を行うことができたことや,自分の行為が 犯罪であると認識し,ある程度状況を判断して行動したことを強くうかがわせるものである。 以上のような犯行時及び犯行前後の被告人の行動の中でも,110番通報は,けん銃強奪の目的達成のためになされた事件直前(約10分前)の行動であり,被告人の肉声が残っていることから,当時の被告人の精神状態を判 断する上で重要な資料と位置づけられる。そして,その音声記録(甲98)によれば,被告人は,警察官 直前(約10分前)の行動であり,被告人の肉声が残っていることから,当時の被告人の精神状態を判 断する上で重要な資料と位置づけられる。そして,その音声記録(甲98)によれば,被告人は,警察官からの問いかけのほとんどに対し間を置かずほぼ瞬時に回答していて,そのやりとりには自然な会話としてのスピード感があり,抑揚等も通常の通話と異ならない自然さがある。しかも,このやりとりでは,オートロックの有無,窃盗被害の有無等を次々と尋ねる警察官に的 確に応答する一方,質問が聴き取りにくい箇所では聞き返し,携帯電話を持っているかとの質問に対しては,少し間をおいて,普段から持っていない旨虚偽を述べるなど,相当な臨機応変さもうかがえる。 このようなやりとりからは,被告人が警察官の問いかけを理解しており,けん銃強奪の目的に沿ってこれに対応する判断力を有していたことが十分見 て取れる。L鑑定人は,当時被告人は現実見当識を喪失していたとも述べる が,状況判断ができていないとこのようなやりとりは成立しないと考えられ,現実見当識を喪失するような状況であったとは考えられない。L鑑定人は,このやりとりについても,被告人が幻聴(頭の中に浮かぶ観念のようなものも含む趣旨で述べる。)によって本人の意思とはかかわりなく生じたものであるかにも述べるが,問いかけから間を置かずに瞬時に応答しており,その 応答内容も,問いかけの意味を十分理解してそれに対応する回答をしたことがうかがえるものである。幻聴等の指示で突き動かされるままに行動したものであるとは考えられない。L鑑定人は,このやりとりについて,棒読みのような抑揚のない感じであるとか,機械的な感じで次々と浮かんでくるものをそのまま棒読みしているような違和感を覚えたと述べるが,そのような印 象も全 。L鑑定人は,このやりとりについて,棒読みのような抑揚のない感じであるとか,機械的な感じで次々と浮かんでくるものをそのまま棒読みしているような違和感を覚えたと述べるが,そのような印 象も全く感じられない。O証人も,110番通報について,すべて幻聴の指示でやったというには臨機応変すぎる,幻聴の指示でなされたものとは考えられず,そのときの状況から生じた本人の意思に基づく行動であるとしており,その評価が正に的確であると認められる。 L鑑定人は,110番通報に関する質問の中で,周りの状況を全く理解で きない状況ではなく,ある程度まとまった行動,周囲の状況をある程度正しく認識できる部分が残っていたと解釈してもらっても構わないとしつつ,そういう部分が残っていたとしても被告人が意思を持って行動していたことにはならない旨述べ,さらに,被告人が合目的的な行動をしていることは理解しているとした上で,けん銃を奪うという計画を立てた基盤はあくまで殺し に行くという妄想であって,了解可能に見える行動はあくまでみせかけのものにすぎず,その行動に本人の意思はなかったとの見解を述べている。確かに,本件の動機,目的の点に統合失調症の影響を抜きにしては説明できないような不可解さがあり,統合失調症の影響を大きく受けた犯行であることは既に記したとおりであるが,だからといって,その目的のための行動に本人 の意思がなかったということに直結しないはずである。周囲の状況をある程 度正しく認識し,ある程度まとまった行動を取ることができる状況であったというのに,なぜその行動に本人の意思がないとの評価になるのか,合理的な説明がなされているとはいえない。L鑑定は,その核心部分について判断プロセスの説明が欠けているといわざるを得ない。L鑑定は,相違点②につ ,なぜその行動に本人の意思がないとの評価になるのか,合理的な説明がなされているとはいえない。L鑑定は,その核心部分について判断プロセスの説明が欠けているといわざるを得ない。L鑑定は,相違点②についても,重要な鑑定資料の位置づけや評価を誤り,また,合理的な説明もな く被告人の意思がなかったと結論付けている点で,これを採用できない合理的な事情があると認められる。 また,L鑑定がこのような結論に至ったのは,ほとんどの行動について自らの意思でしたものではなく,幻聴による指示によるものであったなどとする被告人の供述の問題点を十分踏まえずに過度に依拠したためと考えられ, この点については,相違点①で指摘したのと同様,鑑定判断の前提に問題があったといわざるを得ない。 以上の次第で,L鑑定にはこれを採用することができない合理的な事情があると認めた。 そして,相違点②についても,これまでの検討でも記したとおり,O証人 の意見が合理的なものとして採用することができる。 6 責任能力の評価について以上を踏まえて,被告人の責任能力について検討するに,被告人が統合失調症にり患しており,本件当時,その幻聴,思考吹入等といった精神症状が重いものであったこと,本件前後の客観的事情や被告人の供述等に照らしてみても,本件 犯行の動機として了解可能なものは見出し難く,統合失調症の症状悪化がなければ被告人が本件犯行に及ぶことはなかったと考えられることなどに鑑みると,被告人の精神障害が本件犯行に及ぼした影響は大きかったと認められる。 しかし,その一方で,本件犯行前及び本件犯行時の被告人の行動は,前記のとおり,警察官からのけん銃奪取という目的達成のため臨機応変かつ合理的なもの で,犯行後の行動も,自分が犯罪行為をしたことを認識し,状 の一方で,本件犯行前及び本件犯行時の被告人の行動は,前記のとおり,警察官からのけん銃奪取という目的達成のため臨機応変かつ合理的なもの で,犯行後の行動も,自分が犯罪行為をしたことを認識し,状況を判断する能力 があったことを示すものである。犯行の動機は明らかでないが,O証人は,この点について,統合失調症のほか,自身のそれまでの人生に対する葛藤が犯行に影響したと考えられることなどの見解を示している。 これらの事情及びO証人の意見に鑑みると,被告人は,本件当時,統合失調症の影響を大きく受けつつも,ある程度は,自身の精神機能を働かせて周囲の状況 や自己の行動の意味を理解し,目的に沿った行動を取ることができていたと認められ,善悪を判断し行動を制御する能力が著しく低下していたものの,全くそれを欠いた状態ではなかったと認められる。弁護人は,本件前後の異常と見られる種々の行動(チケット購入,履歴書購入等)を挙げるが,いずれも限定責任能力であったとの評価と矛盾するものではない。 したがって,被告人は,本件当時,限定責任能力の状態にあったと認められる。 (量刑の理由)本件は,統合失調症の影響で限定責任能力の状態にあった被告人が,警察官を出刃包丁で襲ってけん銃を奪おうと考え,警察官として職務執行中の被害者に対し,殺意をもって,被害者の胸部等を多数回突き刺すなどして,被害者に瀕死の重傷を 負わせるとともに,実包入りのけん銃1丁を強奪した強盗殺人未遂,公務執行妨害,その際の刃物の不法携帯及び奪った実包入りのけん銃を約25時間にわたって路上や山中で不法に所持したという銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。 出刃包丁で被害者の胸部等を多数回突き刺すなどした犯行の態様は著しく危険なもので,スマートフォンで情報収集し,虚偽の1 って路上や山中で不法に所持したという銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。 出刃包丁で被害者の胸部等を多数回突き刺すなどした犯行の態様は著しく危険なもので,スマートフォンで情報収集し,虚偽の110番通報をするなどそれなりに 計画性も認められる。なお,けん銃の奪取に向けた被告人の行動状況等に鑑みると,犯行の主たる目的はけん銃を奪うことにあったとうかがわれ,被害者を殺してやろうというような強固な殺意があったとまでは認められない。被害者は,一命こそ取り留めたものの,全治約6か月間以上を要する重傷を負って一時は生命の危険にさらされた上,左肺の相当部分を失うなどした影響に現在も苦しみ,警察官としての 職務内容も大きく制約されているのであって,結果は重大である。公務執行中の警 察官を刃物で襲撃して実包の入ったけん銃を強奪し,そのけん銃を携帯して逃走するという本件犯行は,銃器の取扱いが厳しく制限される我が国において,地域社会に重大な脅威を与えるものであって,本件犯行が周辺住民等に強い恐怖心や不安感を与えたことは容易に推察される。 その一方,被告人は本件当時限定責任能力の状態にあり,統合失調症による幻聴 等の影響を強く受けていたのであって,この点は量刑上十分考慮する必要がある。 そこで,以上の事情を主として考慮し,被告人に対しては主文の量刑が相当であると判断した。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑懲役13年及び没収) 令和3年8月12日大阪地方裁判所第12刑事部 裁判長裁判官渡部市郎 裁判官坂本好司 裁判官尾嶋翔一 部市郎 裁判官 坂本好司 裁判官 尾嶋翔一
▼ クリックして全文を表示