平成21(ワ)1737 損害賠償請求事件(通称 コーセーアールイー採用内定取消)

裁判年月日・裁判所
平成22年6月2日 福岡地方裁判所
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判決文本文15,308 文字)

- 1 -主文 被告は,原告に対し,85万円及びこれに対する平成20年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告のその余の請求を棄却する。 訴訟費用は,これを4分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1請求被告は,原告に対し,115万5000円及びこれに対する平成20年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,被告から採用についての内々定を得ていた原告が,被告から内々定の取消しを受けたことは違法であるとして,債務不履行又は不法行為に基づいて,被告に対し,損害賠償を請求した事案である。 争いのない事実等(1)被告は,不動産売買,賃貸,斡旋,仲介及び管理等を行う株式会社である(争いがない。)。 (2)原告は,平成21年3月に大学を卒業する予定であったところ,平成2G0年6月13日,被告の会社説明会に参加し,適性検査や面接試験を経て,同年7月3日,被告の最終面接を受けた(争いがない。)。 被告は,原告の採用内々定を決定し,同月7日ころ,原告に対し,「採用内々定のご連絡」と題する書面(甲1。以下「本件内々定通知」といい,これによる原告の内々定を「本件内々定」という。)及び入社承諾書(甲2)を送付し,原告は,同日付けで入社承諾書に記名,押印して返送した(甲1,2,乙2,弁論の全趣旨)。 - 2 -本件内々定通知は,被告の人事事務担当であるの名義で作成され,その内B容は「今回は当社求人へご応募頂き誠にありがとう御座いました。厳正なる選考の結果,貴殿を採用致すことを内々定しましたのでご連絡致します。つきましては,同封の書類をご用意頂き当社までご郵送下さい。」 容は「今回は当社求人へご応募頂き誠にありがとう御座いました。厳正なる選考の結果,貴殿を採用致すことを内々定しましたのでご連絡致します。つきましては,同封の書類をご用意頂き当社までご郵送下さい。」というもので,提出書類(同封の書類)である入社承諾書の提出期限が記載され,また,「※正式な内定通知授与は平成20年10月1日(水)を予定しております。」と記載されていた(甲1)。 また,入社承諾書は,被告代表取締役宛で,「私○○は平成21年4月1日,貴社に入社しますことを承諾致します。」という内容であり,上記○○に名前を入れ,末尾に,日付,現住所,氏名を記載して,押印するというものであった(甲2,弁論の全趣旨)。 (3)は,同年9月25日,原告に電話をかけ,内定式は行わないが,採用内B定通知書の授与を被告事務所で行うことを伝えて,原告に都合を尋ね,内定通知の授与は,同年10月2日に行われることとなり,原告は,当日午後1時に被告事務所に行くこととなった(争いがない。)。 (4)被告は,原告に対し,同年9月29日付け「採用内々定の取り消しのご連絡」と題する書面(甲3。以下「本件取消通知」といい,これによる本件内々定の取消しを「本件内々定取消し」という。)を送付し,原告は同月30日ころこれを受領した(争いがない。)。 本件取消通知の内容は,「さて,皆様におかれましてもご高承のとおり,昨夏以降の建築基準法改正やサブプライムローン問題,更には原油に代表される原材料,燃料等の暴騰といった複合的要因により,不動産市況は急激に冷え込み,弊社を取り巻く経営環境は急速に悪化しております。このような環境の下,弊社は中期的な事業計画を見直すこととなりました。新規学卒者に関しての採用活動についても慎重に検討して参りました。その結果,来年度の新規学卒者の採用計画を 速に悪化しております。このような環境の下,弊社は中期的な事業計画を見直すこととなりました。新規学卒者に関しての採用活動についても慎重に検討して参りました。その結果,来年度の新規学卒者の採用計画を取り止めることといたしました。つきましては,- 3 -先般,ご連絡差し上げました採用内々定の件,誠に申し訳御座いませんが,取り消しさせていただくことになりました。大変残念な結果となりましたが,何卒,弊社の事情をご賢察いただけますようお願い申し上げます。」というものであった(甲3)。 (5)原告は,に電話で確認したが,書面のとおりと説明されただけで,被告Bから原告に対する詳しい説明等は行われず,原告の採用内定及び本採用は行われなかった(争いがない。)。 争点及び争点についての当事者の主張(1)本件内々定によって,労働契約が成立しているか。 【原告の主張】ア採用内定の法的性質については,これによって始期付解約権留保付労働契約が成立するものと解される。 採用内々定とは,大学及び産業界との旧「就職協定」(平成9年度に廃止)及び現「倫理憲章」上の採用内定開始日(10月1日)よりも前に企業が学生に発していた主に口頭での採用約束であり,倫理憲章に表立って違反することを回避するために,正式な内定通知は採用内定開始日に書面で行いつつ,先んじて学生と採用・入社を合意しておくためのものである。 しかし,労働契約は,申込みと承諾があれば,特段書面を要することなく口頭でも成立するものであるから,内々定であっても申込みと承諾という意思の合致があれば,内定と同様に労働契約の成立を認めるべきである。 内々定についての学生側,使用者側,労働行政側の意識は,内定と内々定とを区別しておらず,このことは社会的にも承認されている。 イ本件内々定についてみると,原告は,被告 契約の成立を認めるべきである。 内々定についての学生側,使用者側,労働行政側の意識は,内定と内々定とを区別しておらず,このことは社会的にも承認されている。 イ本件内々定についてみると,原告は,被告の適正試験と面接試験を受験して求人に応募し(労働契約の申込み),同年7月7日,本件内々定通知によって最終面接合格の結果が伝えられた(上記申込みに対する承諾)というのであり,入社承諾書の提出とあいまって,原告と被告との間に,就- 4 -労始期を平成21年4月1日として,それまで解約権を留保した労働契約が成立したものと解するのが相当である。 実質的に考えても,原告が本件取消通知を受け取ったのは,採用内定通知書授与の2日前で,倫理憲章の採用内定開始日の前日であったのであり,たった1日,2日の違いで法的保護に大きな差異をもうけるのは不合理である。 ウしたがって,本件内々定により労働契約が成立しているから,本件内々定取消しはその一方的解約(解雇)であり,これが適法だと認められるのは,採用内々定当時知ることができず,また,知ることが期待できない事実が後に判明し,しかもそれにより採用内々定を取り消すことが,解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的で社会通念上相当として是認できる場合に限られる。 そして,採用内々定者は,現実には就労していないものの,当該労働契約に拘束され,他に就職することができない地位に置かれているいるのであるから,本件のように企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内々定の取消し)をする場合には,いわゆる整理解雇の有効性判断に関する要件を総合考慮の上,解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ,社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきである。 【被告の主張】本件内々定では始期付解約権留保 関する要件を総合考慮の上,解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ,社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきである。 【被告の主張】本件内々定では始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえない。 内々定は複数の企業からもらうことができる性格のものであり,その複数の企業のうち最終的にどこに就職するかは学生側に選択権があり,採用する企業側は内々定を出した当該学生がいくつの企業から内々定をもらっているかを正確には知り得ないから,内々定は不確定要素を含むものである。 - 5 -本件内々定通知(甲1)には,別途採用内定通知書授与式を10月1日に行う旨記載してあり,それまでは学生側がどの企業を選択するか熟慮する猶予期間となるものであり,また,入社承諾書(甲2)には,他の企業には就職しないと約束する旨の記載はなく,学生にとっては未だ他社への就職という選択の余地が残されているものであって,いずれも労働契約の成立が不確定であることを示している。 実際,被告において,新卒の学生6名に対して内々定を出したところ,そのうち3名は入社承諾書を提出することなく内々定を辞退し,1名は入社承諾書を提出しながら内定の前に入社を辞退している。 以上の事情から,本件内々定によって労働契約が確定的な拘束関係に入ったとはいえず,本件において始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえない。 (2)本件内々定取消しが合理性を有するか。 【被告の主張】ア仮に,本件内々定により始期付解約権留保付労働契約が成立したと判断され,その内々定取消しには整理解雇の要件が基本的に当てはまるとしても,以下のとおり,本件ではその要件を満たしている。なお,整理解雇の要件とされる4要件(要素)は,絶対不可欠な要件ではなく,判断要素の一つにすぎないから,総合的に 雇の要件が基本的に当てはまるとしても,以下のとおり,本件ではその要件を満たしている。なお,整理解雇の要件とされる4要件(要素)は,絶対不可欠な要件ではなく,判断要素の一つにすぎないから,総合的に判断して整理解雇の妥当性を判断すべきである。本件は,緊急避難型整理解雇であって,その有効要件は,経営戦略的整理解雇に比べて相対的に緩和されるところ,特に,本件内々定取消しの場合には厳格に適用すべきではない。 (ア)人員削減の必要性建築基準法の改正に伴う規則等の改正や構造計算ソフトの改訂が遅れたことで,予定していた建物の建築着工が遅れ,投下資本の回収が実現するまでにかなりの期間を要していたところ,原油をはじめとする原材- 6 -料の高騰やサブプライムローン問題といういくつかの要因が重なり,リーマン・ショックが引き金となって世界的規模の不況となった。かかる事情による業績悪化のための事業規模の縮小を図る必要が生じ,リース契約の解除,広告費の削減等と並行して,人員削減の必要性が出てきた。 人員削減の必要性の要件について,原告主張のように厳格に考えるべきではないが,被告がそのような状況にあったのも事実である。 (イ)整理解雇を選択することの必要性退職勧奨,残業規制,出張手当の削減,新規採用の縮減などの手段をとった上での本件内々定取消しであり,その回避のための努力義務は十分に果たしている。 (ウ)被解雇者選定の妥当性原告は,即戦力となる能力を身につけているわけではなく,入社後の新人教育が必要で,能力評価もできていない。また,原告は,3か月の試用期間が設けられていて,正式採用されるか不安定な身分であり,若く,扶養家族もおらず,再就職の可能性も高いなど,原告の期待を保護する程度や経済的打撃も低い。したがって,既存の従業員を雇用継続を優先し,原告の けられていて,正式採用されるか不安定な身分であり,若く,扶養家族もおらず,再就職の可能性も高いなど,原告の期待を保護する程度や経済的打撃も低い。したがって,既存の従業員を雇用継続を優先し,原告の内々定を取り消したのは妥当な選択である。 (エ)手続の妥当性被告は,書面及び口頭で説明を実施している。原告がこれ以上具体的に何を説明して欲しかったのか不明であり,これ以上説明したところで,原告の内々定取消しという被告の結論は変わらず,被告からいくら説明を受けても,原告が納得するはずがなかったのであるから,説明責任を過度に強調するのは妥当ではない。 イまた,本件は,事情変更の原則による解除権が認められる事案である。 建設業界・不動産業界は,建築基準法改正,原油をはじめとする原材料の高騰により,収益を大きく圧迫されていたところ,サブプライムローン- 7 -問題に端を発した世界的の大不況が加わった。 サブプライムローン問題が深刻化した平成20年3月ころは,その問題の深刻さは誰にも分からない状況であったが,証券会社等の損失額が次々と明らかになっていくなか,同年7月にはアメリカで2つの銀行が経営破綻し,ヨーロッパにも飛び火し,同年9月にはリーマンブラザーズやAIGが経営破綻し,公的資金が注入されたが経済的混乱は収まらずにゼネラルモーターズも破綻寸前まで追い込まれた。 日本国内でも,平成20年3月の企業景気予測で景気判断指数が大幅に悪化し,リーマンショック以降,株式等金融商品が大暴落して,為替相場も急激な円高となり,自動車産業を中心とする輸出産業の業績が急速に悪化する見通しとなった。これが不動産業界にも大きなダメージを与えたが,これらの出来事はわずか半年ほどの間に起きている。 今回の不況は,世界大恐慌以来の恐慌といわれるほどの不況で,大企業が倒産した 悪化する見通しとなった。これが不動産業界にも大きなダメージを与えたが,これらの出来事はわずか半年ほどの間に起きている。 今回の不況は,世界大恐慌以来の恐慌といわれるほどの不況で,大企業が倒産したように誰にも予測できなかったものであり,多くの企業が,倒産を避けるために,やむなく内定や内々定の取消しを行っていることをみれば,本件内々定取消しが,被告固有の事情によって生じたものではなく,不特定多数の企業を襲った外部的要因によって生じたことを示している。 【原告の主張】ア本件内々定取消しは,整理解雇の4要件を充たさず,解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められないし,社会通念上相当と是認することもできないから,違法である。 (ア)人員削減の必要性被告が主張する建築基準法の改正,サブプライムローン問題,原油等の原材料の高騰は,いずれも平成20年7月7日の採用内々定通知以前から判明していた事実であり,内々定通知当時予見できなかったとはいえず,仮に予見できなかったとしてもその責任は被告にあるというべき- 8 -である。 (イ)整理解雇を選択することの必要性被告が本件内々定通知を行ったのは,リストラを行っている途中で,目先の決算数字の改善にとらわれて内々定者の問題に考えが及んでいなかったことを認めており,被告が主張する施策は内々定取消し回避のために行われたものではない。 また,被告が役員報酬カットを行ったのは,本件内々定取消しから半年以上先の平成21年5月のことであり,カット幅は15パーセントに過ぎず,希望退職募集は行っておらず,退職勧奨も4人に辞めてもらった以外は実施していない。原告に対する就職支援措置についても,実際の就職の見込みは乏しく,学生就職センターのみに通知したものもあるなど,就職を支援する意思があったのか疑わ 職勧奨も4人に辞めてもらった以外は実施していない。原告に対する就職支援措置についても,実際の就職の見込みは乏しく,学生就職センターのみに通知したものもあるなど,就職を支援する意思があったのか疑わしい。 (ウ) 被解雇者選択の合理性厚生労働省は,「新規学校卒業者の採用に関する指針」の中で,新規学校卒業者に対しての事業主の一方的な都合による採用内定取消し及び入職時期の繰下げを,決してあってはならない重大問題として,事業主に,採用内定を取り消さないことや,その防止のために最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講じることを求めており,このような趣旨からも整理解雇の対象として採用内定者を選択することは不合理である。 (エ) 手続の妥当性経営悪化を理由とする整理解雇は,労働者側に帰責性のない解雇であるから,使用者は,信義則上,労働者に対し,その納得が得られるよう十分な協議・説明を行うことを求められる。 被告は,平成20年3月からリストラに着手し,同年5月には新規採用者数の見直しも行うなどしていたにもかかわらず,原告に対して本件内々定通知を行った上,被告は大丈夫などと説明して,原告の他企業へ- 9 -の就労の期間を奪っている。そして,同年8月終わりころから,内々定取消しの検討を始めながら,原告らに内々定取消しの可能性をほのめかすこともなく,内定書授与式の日程調整をしてその具体的な日時まで約束しながら,わずか5日後,倫理憲章における採用内定日の前日に本件内々定取消通知を送付しており,内々定取消しのタイミングが余りにも遅いというべきである。 また,被告は,A4版1枚の抽象的な理由しか記載されていない本件内々定通知書を送付し,原告からの問い合わせに書面のとおりと回答したのみで,積極的な協議や説明を尽くしていない。 イ被告の事情変更の原則についての ,A4版1枚の抽象的な理由しか記載されていない本件内々定通知書を送付し,原告からの問い合わせに書面のとおりと回答したのみで,積極的な協議や説明を尽くしていない。 イ被告の事情変更の原則についての主張は,争う。 (3)期待権侵害あるいは信義則違反の有無【原告の主張】仮に,本件内々定によって労働契約が成立していないと解される場合でも,本件においては,期待権侵害ないし信義則(民法1条2項)違反として,被告は不法行為責任を負う。 一般に,契約当事者間で契約の交渉が進展し,相手方に契約が確実に締結されるとの強い信頼ないし期待を抱かせ,それが法的保護に値する場合には,正当な理由もなく,上記の信頼ないし期待を裏切った当事者は,相手方が被った損害を賠償すべき責任を負う(契約締結上の過失)。 本件においては,原告は,被告から本件内定通知を受けて,入社承諾書に署名押印して被告に返送したことで,就職活動を終了し,その後の内定者懇談会を経て,内定書授与式の日程連絡まで受けた結果,平成21年4月から被告で就労できるとの確かな信頼ないし期待を抱いている。 それにもかかわらず,被告は,本件取消通知により,正当な理由なく原告の就労を拒絶し,上記信頼ないし期待を裏切ったのであるから,被告には契約準備段階における注意義務違反があり,原告が被った損害の賠償責任を負- 10 -う。 【被告の主張】原告の主張は争う。 原告は,平成20年7月上旬には,就職活動をやめたのであり,それ以後の事情は原告の信頼や期待に何ら影響を与えていないから,これらは信義則違反の根拠とはならない。 (4)損害額【原告の主張】ア原告の損害は,以下のとおりである。 (ア)慰謝料100万円上記の本件内々定から本件内々定取消しに至る経緯のほか,原告が,やむをえず就職活動の再開を余儀なくされ 4)損害額【原告の主張】ア原告の損害は,以下のとおりである。 (ア)慰謝料100万円上記の本件内々定から本件内々定取消しに至る経緯のほか,原告が,やむをえず就職活動の再開を余儀なくされ,平成21年1月末に現在の就業先から採用内定を得るまでの約4か月間,不安定かつ過酷な状況に置かれていたこと,被告の対応が不誠実であることなどを考えると,原告が本件内々定取消しにより被った精神的損害は100万円を下らない。 (イ)就職活動費5万円原告は,本件内々定取消しによって,就職活動を再開したが,平成20年10月時点では,企業の原告の学年を対象とする採用活動は終息しており,当初希望していた福岡県内だけでなく,広島等西日本各地の企業を回り,最終的には地元鹿児島で内定を得たが,このような就職活動費(主に交通費)は5万円を下らない。 (ウ)弁護士費用10万5000円(エ)合計115万5000円イなお,企業が内々定取消しを行うことは想定外のことであり,原告が平成20年7月30日の内々定者懇談会で被告の経営状態を尋ねても,被告はリストラの事実を秘匿したまま「うちは大丈夫」などと答えていたのであって,- 11 -原告が入社承諾書を提出後に隠れて他の企業を回らなかったのは,原告の誠実さの現れというべきであるから,原告が被告に対して採用について確認をせず,内々定取消しに備えて他の企業を回らなかったことについて,過失相殺をすべきではない。 【被告の主張】原告の主張は争う。 第3当裁判所の判断 争点(1)(本件内々定によって,労働契約が成立しているか。)について(1)前記第2の1の各事実に加え,証拠(甲1から5まで,甲8,9,甲14,甲16,17,甲19,20,甲23,34,乙1から7まで,乙8の1から10まで,乙9の1から6まで, いるか。)について(1)前記第2の1の各事実に加え,証拠(甲1から5まで,甲8,9,甲14,甲16,17,甲19,20,甲23,34,乙1から7まで,乙8の1から10まで,乙9の1から6まで,乙10の1,2,乙11,乙12の1,2,乙13,14,乙16から21まで,乙26,証人,原告)及び弁論のC全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア被告は,不動産デベロッパーとして,マンションの計画から,土地所有者,金融機関,建築業者等との交渉,販売等を手掛けているが,平成19年の建築基準法改正や原油価格等の原材料の高騰等によって,マンションの製造コストや販売に影響が出て,被告の資金繰りが悪化した。そのため,平成20年1月ころ,平成21年4月の大学卒業予定者(新卒者)の採用予定について,平成20年4月採用の11名から5名に減らす方針を決定した。 しかし,その後もアメリカ経済を始めとする経済状況の悪化が続くことから,被告は,経営改善のために出張社員の住宅費見直し,時間外手当や出張旅費日当の削減等の経費削減策を実施したほか,同年5月ころには,新卒予定者の応募状況等を考慮して採用予定者を3名に減らすことを決定した。しかし,将来的な人材の確保等という観点もあって,経営環境の悪化には現行の経費削減で対応し,来年度以降の予算で対応できる新卒者の- 12 -採用を取り止めるなどということは全く検討されていなかった。 イは,平成21年3月に大学を卒業予定であったが,平成20年4月こAHろから,被告の会社説明会,適性試験,面接等を経て,同年5月30日ころ,被告の採用内々定が決定し,そのころ本件内々定通知と同様の書類(以下,についての内々定やその受領書類についても,原告と同様の略称Aを使用する。)を受領した。 また,原告は,同年6月ころから,被告 ,被告の採用内々定が決定し,そのころ本件内々定通知と同様の書類(以下,についての内々定やその受領書類についても,原告と同様の略称Aを使用する。)を受領した。 また,原告は,同年6月ころから,被告の会社説明会,適性試験,面接等を経て,同年7月7日ころ,本件内々定が決定し,本件内々定通知を受領した。 被告においては,同年10月1日に正式な内定を予定しており,内定後に,内定者に対して,採用内定通知書(乙2)や労働条件通知書(雇入通知書。乙3)を交付して,具体的な労働条件を通知し,卒業見込証明書や健康診断書等を提出させることとしており,本件内々定通知にも,このことが明記されていた。 ただし,平成19年(平成20年4月採用)までの就職活動については,一般に新卒者に対する求人数が多く,新卒者側に有利な状況にあり,被告でも複数の内々定をもつ新卒者が被告の内々定あるいは内定を辞退する例も多く見られたため,被告では,辞退を少しでも減らすために,平成20年からは,本件内々定通知とともに入社承諾書を送付して,内々定者にこれを内定前の提出期限までに送り返すように求めることとした。 原告及びは,正式な内定が同年10月1日に予定されており,未だに内A々定の段階であることは知っていたが,被告への就職を希望しており,それまで内定(あるいは内々定)の取消しなどという話はほとんど聞いたことがなく,このまま被告に就職できるものと考えて,それぞれ直ちに入社承諾書を被告に返送すると,他の企業への訪問等を止めて就職活動を終了した。特に,は,採用内々定の通知を受けていた企業及び最終面接を受けA- 13 -ていた企業にそれぞれ断りの連絡を入れた。 ウ被告においては,原告及び以外の新卒予定者が内々定を辞退するなどしAたことから,結局,原告及びの2名のみが今年度の内々定者と 接を受けA- 13 -ていた企業にそれぞれ断りの連絡を入れた。 ウ被告においては,原告及び以外の新卒予定者が内々定を辞退するなどしAたことから,結局,原告及びの2名のみが今年度の内々定者となった。 A被告の担当者であるは,同年7月30日,原告及びを被告事務所に呼BAんで,同人らに説明等を行い,被告取締役管理部長である(以下「」とCCいう。)も原告やと会って話をした。 Aその際,アメリカでの銀行の経営破綻等によって,さらなる経済状況の悪化が続いていたことから,被告の経営状況や採用について話題となり,被告は,そのころ夏季賞与カットや退職勧奨等の経営改善策に着手していたが,は,前記のとおり新卒者の採用は維持する予定であったことから,C上記経営改善策のことには触れず,原告及びに対して,「うちは大丈夫」Aなどと発言した。 エその後も経済状況の世界的悪化は続き,福岡でもマンションデベロッパー数社が経営破綻したほか,同年9月には,アメリカ大手の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが経営破たんして,同社が発行している社債や投信を保有する企業やその取引先等に波及して,いわゆるリーマン・ショックといわれる世界的金融危機となった。 被告は,同年8月4日から同年9月20日までの間に,従業員4名を退職勧奨によって順次退職させるなど経営改善策を進めていたが,同年8月ころ,取締役会等において,これまでの経営改善策では不十分であり,新卒者の採用見直しを含めた更なる経営改善策が検討されるようになった。 しかし,は,そのような事情を知らされておらず,従前からの予定通り,B同年9月25日ころ,原告及びに対し,それぞれ電話をかけて,内定式等Aという形式張ったものは行わないが,被告事務所で採用内定通知書の授与を行うとして,原告及びの日程の都合を確認し の予定通り,B同年9月25日ころ,原告及びに対し,それぞれ電話をかけて,内定式等Aという形式張ったものは行わないが,被告事務所で採用内定通知書の授与を行うとして,原告及びの日程の都合を確認し,その結果,被告は,同年A10月2日に上記授与を行うことに決めた。 - 14 -オ被告は,同年9月中旬ころ,短期決算の結果がまとまり,同年3月の業績予想を大幅に下方修正せざるをえなくなったが,同年9月26日以降に至って,原告及びの正式内定となればその取消しは困難になるなどと考えAて,原告及びの本件内々定を取り消すことを決定し,同年9月30日ころ,A原告及びそれぞれに対し,本件取消通知を送付した。 A原告は,上記通知を受領すると,すぐにに対して確認及び説明を求めるB電話をしたが,が書面のとおり決定されたのでどうしようもないという態B度だったので,原告は,電話を切った。 一方,は,同年10月1日,被告に対して,本件内々定取消しと被告のA説明及び対応の悪さに抗議するメール(甲19)を送付したが,被告からは一切連絡がなかった。 カ原告は,本件内々定取消しに納得できず,宅建の試験を終えた同年10月末ころ,自らの大学の学生キャリアセンターに相談し,その勧めで,就職活動を再開するとともに,厚労省管轄の福岡学生職業センターに相談した。原告は,同年12月,福岡学生職業センターから,被告担当者を呼んで受けた説明によれば被告としては本件内々定取消に違法性はないと認識しているとのことであったこと,福岡学生職業センターから被告に対して事情説明の報告書の提出を指導したこと,などを聞かされた。 被告は,同月18日付け「内々定取消回避に関する事項」と題する書面(甲17)を福岡学生職業センターに送付したが,これには,A4版用紙2枚にわたって,これまでに組織の 指導したこと,などを聞かされた。 被告は,同月18日付け「内々定取消回避に関する事項」と題する書面(甲17)を福岡学生職業センターに送付したが,これには,A4版用紙2枚にわたって,これまでに組織の見直し(退職勧奨等),長期出張者の住居,出張旅費の削減及び日当の廃止,車両等のリース契約途中解約,社員旅行の中止,冬季賞与支給額減額等を行ってきたなどと説明があり,内々定取消しを受けた本人からの依頼があれば,被告の取引先等へ紹介を行いたいと思う旨の記載があった。 また,被告は,大学に対して,同月22日付けで「内々定取消しに関すG- 15 -るご報告」と題する書面(甲5)を送付したが,これには,A4版用紙2枚にわたって,原告に本件内々定取消しを行ったこと,経緯や理由について簡単な説明が記載されていた。 さらに,原告は,被告を相手方として,当庁に労働審判を申し立てたが,の在籍する大学を通じてにも連絡を取り,も,同様に労働審判を申しAHAA立てた。 原告は,平成21年1月ころ,現在の就職先から内定通知を受け,同年4月から働き始めた。一方,は,平成20年12月ころから就職活動を再A開したが,その後も就職先が決まらず,同年4月以降も就労していない。 キ被告では,平成21年5月から,被告取締役報酬について1年間15パーセントのカットが行われており,また,株主への配当も,前年度の1株あたり1750円から1000円に減額されている。 (2)上記(1)の認定事実によると,被告は,倫理憲章の存在等を理由として,同年10月1日付けで正式内定を行うことを前提として,被告の人事事務担当者名で本件内々定通知をしたものであるところ,内々定後に具体的労働条件の提示,確認や入社に向けた手続等は行われておらず,被告が入社承諾書の提出を求めているものの,その内容は して,被告の人事事務担当者名で本件内々定通知をしたものであるところ,内々定後に具体的労働条件の提示,確認や入社に向けた手続等は行われておらず,被告が入社承諾書の提出を求めているものの,その内容は,内定の場合に多く見られるように,入社を誓約したり,企業側の解約権留保を認めるなどというものでもない。 また,被告の人事事務担当者が,本件内々定の当時,被告のために労働契約を締結する権限を有していたことを裏付けるべき事情は見当たらない。 さらに,平成19年(平成20年4月入社)までの就職活動では,複数の企業から内々定のみならず内定を得る新卒者も存在し,平成20年(平成21年4月入社)の就職活動も,当初は前年度の同様の状況であり,を含めてA内々定を受けながら就職活動を継続している新卒者も少なくなかったという事情もある。 したがって,本件内々定は,正式な内定(労働契約に関する確定的な意思- 16 -の合致があること)とは明らかにその性質を異にするものであって,正式な内定までの間,企業が新卒者をできるだけ囲い込んで,他の企業に流れることを防ごうとする事実上の活動の域を出るものではないというべきであり,原告及びも,そのこと自体は十分に認識していたのであるから,本件内々定Aによって,原告主張のような始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 したがって,争点(2)について判断するまでもなく,労働契約の成立を前提とする原告の主張は理由がない。 争点(3)(期待権侵害あるいは信義則違反の有無)について上記(1)の認定事実によれば,被告は,世界的な経済状況の悪化,被告を含む不動産業界全体の不振,被告の資金繰りの悪化等を十分認識し,夏季賞与カット,退職勧奨等の経営改善策を進める一方で,平成20年7月までに原告及び 事実によれば,被告は,世界的な経済状況の悪化,被告を含む不動産業界全体の不振,被告の資金繰りの悪化等を十分認識し,夏季賞与カット,退職勧奨等の経営改善策を進める一方で,平成20年7月までに原告及びの内々定を決定し,入社承諾書を提出させたほか,同年7月30日には,原告A及びを被告事務所に呼んで,担当者及び取締役管理部長で対応して,経済状ABC態の悪化等があっても被告は大丈夫等と説明し,同年9月25日には,同年10月1日の原告及びの正式内定を前提として,採用内定通知書交付の日程調整Aを行って,その日程を同月2日に決めたものである。 このような事実経緯からみる限り,被告は,平成20年9月下旬に至るまで,被告の経営状態や経営環境の悪化にもかかわらず,新卒者採用を断念せず,原告及びの採用を行うという一貫した態度を取っていたものといえる。 Aしたがって,原告が,被告から採用内定を得られること,ひいては被告に就労できることについて,強い期待を抱いていたことはむしろ当然のことであり,特に,採用内定通知書交付の日程が定まり,そのわずか数日前に至った段階では,被告と原告との間で労働契約が確実に締結されるであろうとの原告の期待は,法的保護に十分に値する程度に高まっていたというべきである。 それにもかかわらず,被告は,同月30日ころ,突然,本件取消通知を原告- 17 -に送付して本件内定取消しを行っているところ,本件取消通知の内容は,建築基準法改正やサブプライムローン問題等という複合要因によって被告の経営環境は急速に悪化し,事業計画の見直しにより,来年度の新規学卒者の採用計画を取り止めるなどという極めて簡単なものである。また,その直後の電話による原告の直接の確認と説明の求めに対しても,原告に対して本件内定取消しの具体的理由の説明を行うこともなかっ 新規学卒者の採用計画を取り止めるなどという極めて簡単なものである。また,その直後の電話による原告の直接の確認と説明の求めに対しても,原告に対して本件内定取消しの具体的理由の説明を行うこともなかった。このように,原告が相談した福岡学生職業センターからの指導に対する対応を含めても,被告が内々定を取り消した相手である原告に対し,誠実な態度で対応したとは到底いい難い。 加えて,被告は,経営状態や経営環境の悪化を十分認識しながらも,なお新卒者である原告及びの採用を推し進めてきたのであるところ,その採用内定のA直前に至って,上記方針を突然変更した具体的理由は,本件全証拠によっても,なお明らかとはいい難い。特に,被告における取締役報酬のカット幅や株主への配当状況等に照らせば,被告がいわゆるリーマン・ショック等によって緊急かつ直接的な影響が被告にあると認識していたのかは疑わしく,むしろ,経済状況がさらに悪化するという一般的危惧感のみから,原告及びへの現実的な影A響を十分考慮することなく,採用内定となる直前に急いで原告及びの本件内々A定取消しを行ったものと評価せざるを得ない。そして,本件全証拠によっても,当時,原告について被告との労働契約が成立していたと仮定しても,直ちに原告に対する整理解雇が認められるべき事情を基礎付ける証拠はない。 そうすると,被告の本件内々定取消しは,労働契約締結過程における信義則に反し,原告の上記期待利益を侵害するものとして不法行為を構成するから,被告は,原告が被告への採用を信頼したために被った損害について,これを賠償すべき責任を負うというべきである。 争点(4)(損害額)について(1)慰謝料上記認定の本件内々定から本件内々定取消しに至る経緯,特に,本件内々- 18 -定取消しの時期及び方法,その後の被告の説明及 負うというべきである。 争点(4)(損害額)について(1)慰謝料上記認定の本件内々定から本件内々定取消しに至る経緯,特に,本件内々- 18 -定取消しの時期及び方法,その後の被告の説明及び対応状況,原告の就職活動の状況,平成21年1月に採用内定を得て現在は就労していることなど,本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,原告が本件内々定取消しによって被った精神的損害を填補するための慰謝料は,75万円と認めるのが相当である。 (2)就職活動費原告の支出した具体的費用やこれと通常必要とされる就職活動費との差額等は証拠上明らかでない上,これが期待権の侵害と相当因果関係を有する損害とも認められない。 (3)弁護士費用上記認容額,本件事案の内容,審理の経過等一切の事情を考慮すると,被告が負担すべき原告の弁護士費用相当の損害は,10万円と認めるのが相当である。 結論 以上によれば,原告の本訴請求は,損害賠償金85万円及びこれに対する不法行為の後である平成20年10月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 福岡地方裁判所第5民事部裁判長裁判官岩木宰- 19 -裁判官小田島靖人裁判官大川恭平は,転補につき,署名押印することができない。 裁判長裁判官岩木宰

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