平成5(う)552 業務上過失傷害、道路交通法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
平成5年10月21日 東京高等裁判所
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判決文本文18,919 文字)

主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人松本憲男作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。 第一控訴趣意中事実誤認の主張について一所論は、要するに、本件事故当時、被告人は、被害者運転の原動機付自転車に衝突した自動車の助手席に乗っていたが、右自動車を運転していたのではなく、友人のAが運転していたのであるから、本件各公訴事実につき無罪であり、したがって、被告人が有罪であると認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。 二そこで、原審記録を調査して検討すると、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決が罪となるべき事実として認定判示しているところは、被告人が本件自動車を運転していたことを含め、全て正当としてこれを維持することができ、また、原判決が「事実認定の補足説明」の項で説示しているところも、結論的に是認することができ、原審で取り調べたその余の証拠及び当審における事実取調べの結果を合わせて検討してみても、原判決の事実認定に誤りがあるとはいえない。以下に若干補足して説明する。 三 1 関係各証拠によれば、次のような事実は明らかである。 すなわち、(1) 平成四年一〇月五日午前一〇時五分ころ、東京都江東区ab丁目c番d号先の交通整理の行われている交差点(進開橋南詰交差点)において、通称明治通り(同所付近において片側各二車線の道路)を新大橋通り方面から清洲橋通り方面に進行してきたB運転の原動機付自転車が、同交差点中央付近で右折待ちのため一時停止していたところ、右原動機付自転車の後方から追従して走行してきた普通乗用自動車(以下「本件車両」という 清洲橋通り方面に進行してきたB運転の原動機付自転車が、同交差点中央付近で右折待ちのため一時停止していたところ、右原動機付自転車の後方から追従して走行してきた普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)が、右停止中の原動機付自転車に追突し、その結果、Bが路上に転倒して約四週間の加療を要する左第二中手骨骨折等の傷害を負ったこと(以下「本件事故」という。)(2) 本件車両は、本件事故後そのまま清洲橋通り方面(南方向)に進行し、右事故現場から一五〇メートルくらい南にある小名木川駅前の三差路交差点を左折して走り去ったが、たまたま右事故現場を通りかかった者らによって、本件車両の車種がニッサンパルサーで、ナンバーが「足立○○わ○△×□」であることが目撃され、捜査の結果、右車両は、同年九月二五日にCレンタカーD駅前店から被告人が借り受けたレンタカーで、同月二七日の使用期限を過ぎても返還されないままになっていたものであることが判明したこと(3) 被告人は、本件事故当日の午前一〇時三〇分過ぎころ、本件事故現場から約一キロメートル南方の明治通り沿いにある江東区ab丁目e番f号所在gビルh階ファミリーレストラン「E」に一人で客として来店し、一〇分ないし二〇分程度いて店を出て行ったこと(4) 同日午前一一時四五分ころ、警視庁城東警察署勤務のF巡査部長らが、右gビルi階のE駐車場内において、駐車場のほぼ中央付近に、エンジンがかかったまま誰も乗っていない、右前部ウインカーレンズが破損し、右サイドミラーが破損して垂れ下がっている普通乗用自動車(ニッサンパルサー)を発見し、そのナンバーから右自動車が本件車両であることが判明したこと、なお、その際、同車内の後部座席に白色ジャンパー(後に、Aがその当時着用していたものと判明)が置かれていたこと(5) 同日午前 見し、そのナンバーから右自動車が本件車両であることが判明したこと、なお、その際、同車内の後部座席に白色ジャンパー(後に、Aがその当時着用していたものと判明)が置かれていたこと(5) 同日午前一一時三〇分前ころ、Eにほど近い、同区ab丁目j番k号所在l荘m号室のG方にAから電話があり、当時右アパートに一人でいたGの妹Hが電話に出たこと、そして、右の電話から一〇分か二〇分くらいして、被告人とAがG方に現れしばらくGを待っていたが、同人が戻って来ないことから、被告人とAは、HとともにG方を出て、三人で歩いてE駐車場に向かい、被告人が一人で先に右駐車場に入ったこと(6) 他方、同日午前一一時四五分ころから、城東警察署所属の警察官らが、E駐車場に止めてあった本件車両のかたわらで張り込みを実施していたところ、同日午後一時四五分ころ、右のとおり、G方から歩いて来た被告人が同駐車場に現れて本件車両に乗車しようとしたため、その場で、警察官らにおいて被告人に対し職務質問を行い、被告人が、本件事故を起こしてそのまま逃走したことを認める供述をしたことから、被告人を城東警察署に任意同行し、同日午後二時二五分被告人を本件事故にかかる業務上過失傷害及び道路交通法違反の容疑で緊急逮捕したことなどの事実が認定できる。 2 ところで、右1(4)認定のとおり、E駐車場で本件車両が発見されるに至った経緯につき、証人Fは原審公判廷において、次のような供述をしている。すなわち、自分は、本件事故当日パトカーの乗車勤務に就いていたものであるが、城東警察署の通信指令室から、本件事故を起こして逃走した加害車両のナンバーや車種等の情報を受け、江東区内の明治通りを新大橋通り方面から清洲橋通り方向に向け運転していたところ、午前一一時四二、三分ころ、進路約三〇メートル前方に右ドアミ を起こして逃走した加害車両のナンバーや車種等の情報を受け、江東区内の明治通りを新大橋通り方面から清洲橋通り方向に向け運転していたところ、午前一一時四二、三分ころ、進路約三〇メートル前方に右ドアミラーが若干垂れ下がっている乗用車が道路左側にあるgビルの駐車場(E駐車場)に入ろうとしているのを目撃し、車の流れに沿ってそのまま三、四〇〇メートル行き過ぎてからパトカーをUターンさせてgビル前まで戻り同ビルi階のE駐車場に入ったところ、本件車両を発見したなどと証言している。 所論は、右証言につき、警察官が本件車両を進路前方に発見しながら、その後を追い掛けて直ちに駐車場に入ろうとしないで、Uターンして戻って来て駐車場に入ったなどということ自体極めて不自然であり、したがって、右証言は信用性に乏しいなどというのである。しかし、Fは、当時時速約四〇キロメートルで走行していたと証言しているところ、明治通りのような比較的交通量の多いと思われる道路をそのような速度で走行していた場合、F運転のパトカーは、本件車両を発見から数秒でE駐車場入口前に差し掛かったことになるから、前方に左折して駐車場に入る車両を発見したとしても、車の流れに逆らって速度を落として左折することは危険であって、車の流れに沿ってそのまま通り過ぎたというFの証言はむしろ自然で、同人の証言の信用性を裏付けるものということができ、その余の供述内容に照らしてもFの右証言は十分信用することができる。そうすると、本件車両は、午前一一時四二、三分ころ明治通りからE駐車場に入ったことも明らかというべきである。 3 次に、本件事故直後の状況については、I及びJの両名が目撃しているが、これらの者はいずれも証人として、原審公判廷において、本件事故直後における本件車両に乗っていた者が一人であったか複数であったかとい 次に、本件事故直後の状況については、I及びJの両名が目撃しているが、これらの者はいずれも証人として、原審公判廷において、本件事故直後における本件車両に乗っていた者が一人であったか複数であったかということに関して、次のような供述をしている。 (一) まず、証人Iは、原審第六回公判廷において次のような供述をしている。すなわち、自分は、城東警察署所属の警察官であるが、本件当日、前日発生した盗犯事件の現場に赴くため、自動車を運転して明治通りの対向車線寄りの車線を南から北に向かって走行していたところ、前方でどおんという音がしたのでその方向を見ると、ヘルメットをかぶった人が宙に浮いた状態で路上に転がるのを目撃した、とっさにブレーキを踏んで右車線上に自車を停止させ、事故を起こした車両と思われる対向車線を走ってくる右前部のウインカーが損傷した自動車(本件車両)を見たところ、その車内には運転席に一人乗っているだけで、他に乗車している者はいなかった、右自動車は、自分の車の横を走り過ぎて行ったので、振り向きざまに右車両を注視していたが、その際にも運転手が一人乗っているだけで他に乗員はいなかったなどと証言している。 また、証人Jは、原審第五回公判廷において次のような供述をしている。すなわち、当時自分は、東京都の清掃車を運転して、明治通りを北から南に向かって走行していたところ、五、六〇メートルくらい前方で本件事故が発生するのを目撃した、事故後、事故を発生させた自動車(本件車両)が減速したので、自車が本件車両の後方五メートルないし一〇メートルまで接近し、その際、どんな人が本件車両を運転しているのか、後方からその車内を見たところ、運転席のシートには頭が見えたが、助手席の方には人の頭が見えず、乗員が運転手一人であることがわかったなどと証言している。 (二) こ 人が本件車両を運転しているのか、後方からその車内を見たところ、運転席のシートには頭が見えたが、助手席の方には人の頭が見えず、乗員が運転手一人であることがわかったなどと証言している。 (二) このように、本件事故を直接目撃した者が二人とも一致して、本件車両に乗っていたのは運転していた者一人だけであったと述べていることは、右目撃者らの供述が正確であることを裏付けるものということができる。右両名は、本件事故と全く係わり合いのない第三者であって、相互に口裏を合わせるような関係にもないことはいうまでもなく、こうした点から虚偽の供述をするような状況のないことは明らかである。また、各別に右証言の信用性について検討してみても、まず、Iは、本件車両の内部、特に前部座席の状況についてかなり見やすい位置からこれを目撃しているものである上、同人が警察官であり、交通事故を目撃した際においては、職業柄、乗車人員・車両の色や型・ナンバー等犯人特定の決め手となる事項について、一般人以上に注意を払うと思われること、Iが本件事故目撃後、直ちに一一〇番通報した際、それを受けた担当者が記載した(一一〇番処理簿」(司法警察員作成の平成四年一〇月五日付け捜査報告書(甲第五五号証)にその写しが添付されているもの)にも、本件車両の乗員は一名である旨記載されていることなどに照らすと、関係各証拠によって認められる、当時の天候が小雨模様であったこと、本件車両が走行状態であったことなどの事情を考慮に入れても、本件事故直後において、本件車両の乗員が運転手一名のみであったと述べるIの右証言は、十分信用できるものであるということができる。また、Jは、本件車両を後方から目撃したもので、本件車両の運転席や助手席の状況について必ずしも見やすい位置から目撃したものではないが、同人が、事故を起こした車 用できるものであるということができる。また、Jは、本件車両を後方から目撃したもので、本件車両の運転席や助手席の状況について必ずしも見やすい位置から目撃したものではないが、同人が、事故を起こした車両であることを意識しながら、ある程度継続して本件車両の内部の状況を注視していたものであって、Jが運転していた清掃車の運転席が、本件車両の座席シートより若干高い位置にあり、同人が見下ろすような視線で本件車両内の状況を目撃できたことなどに照らし、Jの右証言中、本件車両の乗員が運転手一人だけであったと述べる部分についても、その信用性に疑問を抱かせるような事情は認められない。 右各目撃証言につき、所論は、Jは、本件事故直後、本件車両は速度を落として道路左端に寄ったなどと証言しているのに対し、Iは、本件車両がそのような走行をしたなどとは証言しておらず、両者の証言には矛盾が見られるというのである。 この点、たしかに、Jは、本件車両は、本件事故後すぐに減速して中央線寄りの車線から歩道寄りの車線に入り、そのままゆっくりと進行して行ったなどと証言しているのに対し、Iは、本件車両が、事故後中央線寄りの車線を時速三〇ないし四〇キロメートルくらいの速度で走行して来て、徐々に歩道寄りの車線に入ったなどと証言しており、本件車両の事故後の走行状況につき両者の証言に食い違いが見られる。しかし、両名の証言は、本件車両が、本件事故を起こした後、中央線寄りの車線から歩道寄りの車線に入り、その後小名木川駅前の三差路交差占を左折して走り去ったという点では一致しており、基本的な目撃状況に矛盾はみられない。そして、右の食い違いのうち、本件車両の進行状況の点については、両名とも、専ら本件車両の車内の状況等に注意を払っており、どの地点で本件車両が中央線寄りの車線から歩道寄りの車線に入ったのか られない。そして、右の食い違いのうち、本件車両の進行状況の点については、両名とも、専ら本件車両の車内の状況等に注意を払っており、どの地点で本件車両が中央線寄りの車線から歩道寄りの車線に入ったのかなどということはそれほどたしかな記憶があったとは思われず、この点の食い違いはそのような原因で生じたものと考えられ、また、本件車両の速度の点については、Jの方向からは、本件車両が自車の前方を走っていたことから、比較的その速度を把握し易かったと思われるのに対し、Iの方向からは、本件車両の速度を推し量ることは困難であったと思われ、この点の食い違いは、右のような目撃位置や状況の違いから生じたものと考えられるから、これらの食い違いが両名の目撃状況に関する右各証言の信用性に影響を及ぼすものではない。 (三) 以上検討したとおり、I及びJの本件車両の乗員に関する目撃証言については、いずれもその信用を認めることができる。したがって、目撃方向や角度など目撃状況が全く異なるI及びJが一致して述べる、本件事故直後に本件車両に乗っていたのは運転していた者一人であったとの右各証言により、本件事故の際に本件車両に乗っていた者が一人であった事実が優に肯認できるのである。 四 Aの供述についての検討 1 Aは、原審第二回公判廷(平成四年一二月一〇日)において証人として尋問を受けた際には、次のような供述をした。すなわち、自分は本件事故当日の朝、自宅にいると午前九時ころ被告人が訪ねて来て、二人でGのアパートに行くことになった。自分のアパートの前に本件車両が止めてあったので、自分が助手席に乗り込み、被告人が運転して出発したが、Gのアパートの場所が分からなかったので、近くの公衆電話からGに電話をして、電話口に出てきたGと明治通りに面したコンビニエンスストアー「K」で待ち合わせる 席に乗り込み、被告人が運転して出発したが、Gのアパートの場所が分からなかったので、近くの公衆電話からGに電話をして、電話口に出てきたGと明治通りに面したコンビニエンスストアー「K」で待ち合わせることにし、被告人が本件車両を運転し、自分が助手席に乗ってKを探しながら明治通りを走っていたところ、本件事故が発生した。本件車両は事故現場に止まらずにそのまま進行し、付近の道路をぐるぐる回って逃げ、その途中でGのアパートに電話したところ、電話口に出たGの妹が、今お兄ちゃん(G)はいないが、お兄ちゃんから、すぐ帰って来るので家で待っているようにと言われたというので、Gの妹から聞いたレストラン(E)の駐車場に本件車両を止めGのアパートに行った。Gのアパートには四〇分位いたが、Gが戻って来ないので帰ることにし、Gの妹と三人で駐車場に向かったが、先に駐車場に入った被告人が警察官に連れていかれたようだった。以上のような証言をしている。 そして、Aは、右原審公判廷における証言後、平成五年二月五日ころまでは、捜査官の取調べにおいて、本件事故当時、被告人運転の本件車両に同乗していたとの供述を維持していた(以上の内容の供述を「変更前の供述」という。)。 2 しかしながら、Aは、検察官に対する同月九日付け及び同月一二日付け各供述調書(甲第四五号証、第四九号証)中において、検察官に対し、これまで公判廷などで述べてきたことは虚偽であるとして、次のような供述をするに至った。 本件事故当日の午前一一時ころ、自分がn荘o号室の自分の部屋で寝ていると、被告人がやって来て、被告人から、さっき一人で運転中明治通りで車をバイクに追突させて逃げてきたなどと聞かされた。その際被告人から、これから盗難届けを出すから、事故当時自分と一緒にいたことにしてくれなどと言われ、これを聞いて、被告 さっき一人で運転中明治通りで車をバイクに追突させて逃げてきたなどと聞かされた。その際被告人から、これから盗難届けを出すから、事故当時自分と一緒にいたことにしてくれなどと言われ、これを聞いて、被告人が、本件事故前に本件車両が盗難に遭い、盗んだ者が本件事故を起こしたことにするので、本件事故当時被告人が自分と一緒にいたという話にしてくれということだと分かったが、シンナーを一緒にやったりしている友人の頼みであり、別に罪をかぶってやるわけではないので、これを承諾した。その後、Gにも事故当時一緒にいたことにしてもらうよう頼むことになり、自分と被告人は部屋を出た。近くの公衆電話でGのアパートに電話をすると、Gの妹が電話に出たが、Gはもうすぐ帰ってくると思うので、来て待っててもいいなどと言ってくれたので、新大橋通りに止めてあった本件車両を被告人が運転し、自分は助手席に乗ってGの家に向かった。Gの家の目印になるKが見えてきた際、被告人が、事故の前にこのKでGと会って遊んでいる間に、車を盗まれたことにしようなどと言ってきて自分も了解した。その後、自分は、右K近くのファミリーレストランの駐車場入口で降り、被告人が、右駐車場に本件車両を入れ、二人でGのアパートに行った。Gのアパートには妹しかおらず、かなり長い時間Gを待っていたが、Gが帰って来ないので、自分の部屋に戻ることになり、Gの妹と三人で本件車両を止めてある駐車場に向かったところ、先に駐車場に入った被告人が私服の警察官らしい男に捕まえられているところであった。自分はその場から小走りで逃げ出し、少し走ってからタクシーを拾い自分の部屋に戻った。その後、一一月二〇日ごろ、被告人の弁護人が訪ねて来て、自分が運転していたのではないかと尋ねられた。自分は驚いたが、被告人とは、事故当時一緒にいたと警察等に言うことを シーを拾い自分の部屋に戻った。その後、一一月二〇日ごろ、被告人の弁護人が訪ねて来て、自分が運転していたのではないかと尋ねられた。自分は驚いたが、被告人とは、事故当時一緒にいたと警察等に言うことを約束したことを思い出し、弁護士に、本件事故の際本件車両に被告人と一緒に乗っていたと答えてしまい、法廷においてもそのような証言をした。Aが検察官に対してなした、原審公判廷における証言を変更した供述(以上の供述を「変更後の供述」という。)は、以上のようなものである。 3 Aの原審公判廷における証言を検討すると、以下にみるとおり前記認定の客観的状況と明らかに反する点や、不合理、不自然な点がみられ、また、他の関係者らの供述と符合しない部分も多いのである。まず、Aは、本件事故があった日の朝、Gの自宅に電話をして、同人とKで待ち合わせる約束をした旨証言しているけれども、H(甲第六五号証)及びG(甲第六七号証)の司法警察員に対する各供述調書並びに原審公判廷における証人Hの供述によれば、その日の朝Gは自宅(l荘m号室)にいなかったことが明らかであり、右証言は右Gらの各供述と相反するものである(この点、所論は、Aが前日にGと約束したことを誤って述べただけであるなどというが、そのようなことで説明がつく証言内容ではない。)。また、Gに電話をしたのは、自分がGの自宅を知らなかったためであるなどと証言をしているが、原審公判廷における証人Hの供述などによれば、本件当時、AはGの自宅を良く知っていたものと認められ、この点も客観的状況と矛盾する証言といわざるを得ない。さらに、前記認定したとおり、被告人は、午前一〇時三〇分過ぎころ、Eに入店していることが明らかであるが、Aの証言内容はこの事実と符合せず(この点、Aは、Gの妹に電話をした後、レストラン(E)の駐車場に本件車両を 認定したとおり、被告人は、午前一〇時三〇分過ぎころ、Eに入店していることが明らかであるが、Aの証言内容はこの事実と符合せず(この点、Aは、Gの妹に電話をした後、レストラン(E)の駐車場に本件車両を止めてG宅に行く前、被告人が自分と分かれて右レストランに入ったかの証言をしているが、その証言自体極めて曖昧なものである上、前記認定のとおり、本件車両が午前一一時四二、三分ころにも明治通りからEの駐車場に入っていることが認められるのであって、右証言は、この事実とも符合しない。こうした点からもAの右証言の信用性は乏しいものというほかない。)、しかも、Aの証言は、後に検討するとおり、被告人の捜査段階における供述はもとより、原審公判廷における被告人の供述とも明らかに異なっているのである。以上に加え、Aは、原審公判廷における証言後、供述を変更するまでの間において、捜査官に対し、本件事故の状況や、事故後の走行経路等について供述をしているが、本件事故の発生場所について明らかに客観的事実と異なる供述をするなど、不合理、不自然な供述をしている。なお、所論は、Aの供述に矛盾等がみられるのは、Aの能力ないし資質によるところが大きいなどというが、右に検討したような諸点を、そのような理由で説明することは困難である。 以上検討したとおり、Aの原審公判廷における証言のほか変更前の供述は、前記認定した諸事実と矛盾するなど不自然、不合理な点が多くみられ、到底信用することができず、以上のような検討結果に照らし、Aが本件事故当時、本件車両に乗車していたことについては重大な疑問があるものといわざるを得ないのである。 4 これに対し、Aの変更後の供述は、具体的かつ自然であり、前記認定した客観的事実と矛盾するところはなく、原判決も説示するとおり、その供述内容について、基本的にその信 といわざるを得ないのである。 4 これに対し、Aの変更後の供述は、具体的かつ自然であり、前記認定した客観的事実と矛盾するところはなく、原判決も説示するとおり、その供述内容について、基本的にその信用性を認めることができるものというべきである。 所論は、Aが、多数回にわたる取調べの後に変更後の供述をするに至ったという経緯からして、同人は、被告人が犯人であることを維持しようとする捜査官側の執拗な取調べの結果、意に反してそのような供述をするに至ったものであって、変更後の供述は信用性に乏しいなどと主張する。しかし、すでにみたとおり、変更後の供述は、客観的な事実関係と符合するものである上、関係各証拠によって認められるAの供述変遷の経緯や原審公判廷における証人Lの供述に照らしても、Aが、所論指摘のような経緯で供述を変更するに至ったものとは認められない(なお、Aの検察官に対する前記各供述調書が犯罪事実認定の証拠資料として用いることができることについては、後記訴訟手続の法令違反の主張に対する判断の項参照)。 ところで、関係各証拠によれば、Aは、再度原審公判廷に証人として出頭することになっていた平成五年三月五日の午前一時ころ、自宅において、「てめえのせいだ、M」と書いたメモを残し(メモは机の上にあり、その横に証人召喚状が置かれていた。)、自殺したことが認められる。そして、この点につき所論は、Aがこのような行動をとったのは、変更後の供述にしたがって証言をしたくなかったことの現れであり、Aが本件事故を発生させた真犯人であることを端的に物語っているなどと主張する。 たしかに、右自殺した際の状況からすれば、当日予定されていた証人尋問を苦にしての自殺であることは間違いのないところであると思われる。しかしながら、自殺したことをもって、所論がいうように、Aが本件事 たしかに、右自殺した際の状況からすれば、当日予定されていた証人尋問を苦にしての自殺であることは間違いのないところであると思われる。しかしながら、自殺したことをもって、所論がいうように、Aが本件事故を発生させた真犯人であることを端的に物語っているということはできないというべきである。すなわち、まずもって、当時Aは、本件各犯行の容疑をかけられその追及を受けていたものではなく、また本件の事案の内容からしても、いわゆる真犯人として追い詰められ自殺したということは考え難いところである。所論は、Aは、変更後の供述がより真実に反することになることから、被告人に負い目を感じて自殺の道を選んだなどというが、変更後の供述がより真実に反することになるという前提自体、前記検討したところに照らし、そのような可能性を考えられるかどうか大いに問題であるといわざるを得ないし、そのような者が、前記のような被告人に対する恨みごとのメモを残して自殺することも考えにくい(所論は、この点、自分を追い詰めたのは、被告人のせいだと身近なものに責任を転嫁したものであるなどというが、このような説明は、所論のいう自殺の動機と必ずしも結びつかない。)。むしろ、Aは、被告人の依頼の趣旨に沿って証言をしたのに、そのことでかえって偽証罪に問われることになり、偽証したことを法廷で認めることになることをおそれたこと(関係各証拠によれば、当時Aは、偽証罪に問われることをかなり気にしていたことが窺われる。)のほか、被告人から犯人呼ばわりされて、当日の法廷で被告人側から厳しい質問等を受けることが予想され、そのことにかなりの心理的な重圧を感じていたとも思われ、そのようなことを苦にして、被告人に対する恨みごとを書いて自殺したものと考えるのが自然と思われる。なお、関係各証拠によれば、Aは、もともと神経の細 ことにかなりの心理的な重圧を感じていたとも思われ、そのようなことを苦にして、被告人に対する恨みごとを書いて自殺したものと考えるのが自然と思われる。なお、関係各証拠によれば、Aは、もともと神経の細いところがあり、平成三年一二月ころ些細なことから自殺を図ったことがあることが認められ、右のようなことが原因で自殺することも十分有り得るものと考えられる。以上の次第であり、Aが自殺したことは、同人の変更後の供述の信用性に何ら影響を及ぼすものではない。 五被告人の供述についての検討 1 被告人は、原審公判廷において、次のような供述をしている。すなわち、自分は、本件事故当日の朝、本件車両を運転して自宅を出発し、午前九時ころAのアパートに行った。AがGの家に行こうというので、Aが本件車両を運転し、自分が助手席に乗ってGの家に向かった。途中でAがGの家に電話したところ、Gの妹が出て、そろそろ兄が帰って来ると言っていた。その後、再びAが本件車両を運転してGの家に向かったが、Gの家がどこにあるか分からず、付近をぐるぐる回っている途中、本件事故が発生した。事故後自分が運転を代わり、Eの近くのK前でAが車を降りて電話を掛けに行ったところ、パトカーが通りかかったので、本件自動車をEの駐車場に入れたが、鍵は付けたままにして自分は二階にある店内に入った。 間もなく店を出てAを探したが見当たらず、同人が自分のアパートに帰っていると思い、タクシーでAのアパートに行った。Aのアパートに行くと、同人がそこにおり、同人は、E付近からタクシーで帰ってきたが、本件車両内に財布を置いていたのでタクシー料金を払わないで逃げてきたなどと言っていた。その後、Aと二人でタクシーに乗ってGの家に行き、Gはおらず、その妹と三人でしばらくいたが、本件車両を取りに行くことになり、三人でEの駐車場 のでタクシー料金を払わないで逃げてきたなどと言っていた。その後、Aと二人でタクシーに乗ってGの家に行き、Gはおらず、その妹と三人でしばらくいたが、本件車両を取りに行くことになり、三人でEの駐車場に向かい、自分が先に駐車場に入ると、警察官に声を掛けられた。以上のような供述をしている(以下、右の供述を「被告人の原審公判供述」という。)。そして、被告人は、当審公判廷においてもこれに沿う供述をしている。 2 しかしながら、被告人の原審公判供述は、前記認定の客観的状況と符合しない部分が多く、また、前掲の目撃者らの証言その他関係者らの供述等と明らかに矛盾する点も多いのである。すなわち、前記のとおり、本件車両が、本件当日の午前一一時四二、三分ころ明治通りからEの駐車場に入ったことは明らかであるが、原判決も説示しているとおり、被告人の原審公判供述を前提にすると、被告人が、E駐車場に本件車両を置いたままAのアパートに向かった後、被告人及びA以外の第三者が、本件車両をE駐車場から持ち出し、その後再び右駐車場に入れておいたということになる。しかし、そのような可能性は極めて低いと考えられ、そうすると、まずもって、被告人の原審公判供述は、この点においてその信用性に重大な疑問があるといわざるを得ない。また、被告人の原審公判供述は、Gの家がわからずぐるぐる回っていたというのであるが、先に述べたとおり、被告人はともかく、本件車両を運転していたとされるAは、Gの家を知っていたと思われ(この点、被告人は、原審公判供述において、被告人とGがタクシーでGの家に行ったときには迷わずに行けた旨供述しているのである。)、不自然といわなければならない。また、前記認定のとおり、被告人とAは、AがHのもとに電話してから一〇分か二〇分くらいしてG方に現れているのであるが、右供述は、こ ずに行けた旨供述しているのである。)、不自然といわなければならない。また、前記認定のとおり、被告人とAは、AがHのもとに電話してから一〇分か二〇分くらいしてG方に現れているのであるが、右供述は、この事実とも符合していない。 また、Aと運転を代わった時期に関する被告人の供述をみると、被告人は原審第四回公判廷において、当初弁護人の質問に対し、裏通りで代わったと供述しながら、その後検察官の質問に対し、裏通りで代わったのではなく、E近くで被告人が電話を掛けに行った際代わったものであるなどと供述を変更させている。そして、原審第七回公判廷において、再度、裏通りに間違いないなどと供述しており、この点に関し明らかな供述の変遷が認められる。しかも、被告人は、当審公判廷においては、事故後二、三分くらいして、裏通りの商店街へ入ったところで運転を代わったもので、原審の法廷でも検察官から道順を質問され、左へ入って、また右へ入って商店街へ上がって、そこで運転を代わったと話していると思うなどと再び食い違う供述をしているのであって、こうした供述の変遷状況に照らしても、Aと運転を代わったという供述自体、その信用性はほとんどないというほかない。 さらに、被告人の原審公判供述によると、Aは、K前で被告人と別れた後、そこからほど近いGの家に行くこともなく、タクシーを乗り逃げして自分のアパートに戻ったというのであるが、そのような行動をとることが全く有り得ないとはいえないとしても、やはり不自然であるといわざるを得ない。 なお、この戸に関し、所論は、被告人は、裏付け捜査やAの捜査官に対する供述等によって、Aが本件車両の中に白色ジャンパーや財布を置き忘れたことが明らかになる前の段階で、Aが所持金を持たずにタクシーに乗ったことを知っていたものであるが、被告人は逮捕された後、Aと話 する供述等によって、Aが本件車両の中に白色ジャンパーや財布を置き忘れたことが明らかになる前の段階で、Aが所持金を持たずにタクシーに乗ったことを知っていたものであるが、被告人は逮捕された後、Aと話す機会は全くなかったのであるから、このことは、被告人の右供述が真実であることを裏付けるものであるなどと主張する。しかしながら、被告人自身も、原審公判廷において、Gのアパートから三人でEの駐車場に向かった際、Aが、車内に服や財布等の忘れ物をして、それを取りに行きたいと言いだし、自分は車に戻りたくなかったが、Aが一人で行くのは嫌だというので一緒に行ったなどと述べているのであって、これによれば、被告人は、既にその時点で、Aが財布を本件車両内に置き忘れてきたことを知っていたものであるから、被告人において、Aがタクシー料金を払えないことを知っていたからといって、被告人のこの点に関する供述が真実であることを裏付けるものであるなどとはいえない。 3 他方、被告人は、捜査段階において、本件事故当時本件車両を運転していたのは自分である旨逮捕直後から一貫して供述し、本件各犯行を自白しているところ、捜査段階における本件事故の状況に関する被告人の供述に不自然、不合理な点はなく(事故直前最初に被害車両に気付いた地点、事故前ブレーキを踏んだか否かというような点について若干供述の変遷がみられるが、供述全体の信用性に影響があるものとは考えられない。)、前記認定した客観的事実や目撃者等の各証言とも符合している。もっとも、被告人の捜査段階における供述中には、Aとの関わりについて全く述べられていないけれども、この点は、原判決も指摘するとおり、Aと口裏合わせをしたことが発覚するのをおそれたこと、あるいは、Aの名前を出せば、Hの名前も出さざるを得なくなり、そのような者に迷惑をかけた べられていないけれども、この点は、原判決も指摘するとおり、Aと口裏合わせをしたことが発覚するのをおそれたこと、あるいは、Aの名前を出せば、Hの名前も出さざるを得なくなり、そのような者に迷惑をかけたくないなどと考えて、そのような供述になったと考えることが十分可能であり、この点が、被告人の捜査段階における供述の信用性に何ら影響を及ぼすものではない。 なお、被告人は、原審公判廷において、自分は捜査段階において虚偽の自白をしたものであり、その理由として、本件がこのような裁判になるほどの大きな事件ではなく簡単に済むものと考え、また、本件車両が被告人自ら借りたものであり、助手席に乗っていたとはいえ、一緒に逃走したという負い目があり、さらに、友人の名前を出すのは友人を裏切るような感じがし、Aの方から名乗り出てくれるだろうと考え、当初から自分が事故を起こした旨述べたなどと供述している。しかし、いわゆるひき逃げまでしておいて本件が簡単に済むものと思ったなどという弁解自体、にわかに信用できないものであるし、被告人は、逮捕、勾留されて平成四年一〇月一五日に起訴までされていながら、被告人が、弁護人に対し無罪であることをほのめかしたのは、関係各証拠上、同年一一月九日ころのことであることが窺われるのであって、本件が簡単に済むものと考え虚偽の自白をしたなどという弁解は到底信用できない。また、被告人とAとの関係をみると、たしかに本件当時はいわゆるシンナー仲間として頻繁に遊んでいたことが認められるけれども、関係各証拠によれば、被告人は、同年五月ころ、新宿にシンナーを買いに行った際初めてAと知り合ったもので、本件当時は知り合ってから半年くらいの付き合いであったことが認められ、Aとその程度の関係に過ぎなかった被告人が、とっさにAの犯罪を庇うとは通常は考えにくいところであ た際初めてAと知り合ったもので、本件当時は知り合ってから半年くらいの付き合いであったことが認められ、Aとその程度の関係に過ぎなかった被告人が、とっさにAの犯罪を庇うとは通常は考えにくいところである。この点に関し、関係各証拠によれば、Aは、被告人がE駐車場で警察官から職務質問を受けた際、その場からいち早く逃げ去っていることが認められるところ、所論は、この点、Aが真犯人でないとすれば、なぜ逃げ去る必要があったのか疑問である旨主する。しかしながら、Aは、この点について、変更後の供述において、自分は、元々シンナーの件等で警察に捕まったこともあり、警察は苦手ですし、M(被告人)との間でも事故の時、Mは自分と一緒にいたといううその話をする約束をしており、やましい気持ちもあったので、やばいと思い、その場から小走りで逃げだしてしまったなどと供述している。そして、Aの右供述は十分説得力をもつものであって、Aが右のような行動をとったからといって、被告人が、本件事故当時、本件車両を運転していたことについて疑問を抱かせる証拠となるものではない(なお、関係各証拠によれば、一緒にEの駐車場に出向いたHもA同様その場から立ち去っていることが認められる。)。 また、被告人は、当審公判廷において、本件事故後、Aは、E近くのKで電話を掛ける前の午前一〇時一五分ころにも、城東警察署より南にあるコンビニエンスストアーに立ち寄って電話を掛けようとした、その際、自分は、Aから十円玉がないかと言われ、店に入って行き金をくずして外に出るとAは電話を掛けていたので、どうして電話を掛けることができたのかと聞くと、Aは、隣にいた銀行員みたいな人からテレホンカードを借りたと言っていたので、悪いと思い缶コーヒーを買ってきてその人に渡したという出来事があったことを思い出したなどと供述する。し ができたのかと聞くと、Aは、隣にいた銀行員みたいな人からテレホンカードを借りたと言っていたので、悪いと思い缶コーヒーを買ってきてその人に渡したという出来事があったことを思い出したなどと供述する。しかしながら、右のコンビニエンスストアーの場所に関する被告人の供述はかなり曖昧であり、当審における事実取調べの結果によると、被告人が店の特徴としていう「駐車場」のあるコンビニエンスストアーは、被告人の述べるような場所には存在していない。しかも、被告人は、Aは電話を掛けたが相手が不在で通話できなかったとも供述しており、そうであれば、缶コーヒーまで買って礼をする必要はないと思われるのであって、被告人の右供述は、不自然であり、これを信用することができない。 4 以上のとおり、被告人の捜査段階における自白は十分信用することができ、他方、被告人の原審公判供述及び当審公判廷における供述は信用することができない。 六以上要するに、前記三及び四で検討した結果に被告人の捜査段階における自白を合わせ考慮すれば、被告人が、本件事故当時、本件車両を運転していたことは十分に肯認することができ、したがって結局、原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判示の罪となるべき事実は合理的な疑いを越えて認定することができるのであって、原判決に所論のような事実認定の誤りはない。論旨は、理由がない。 第二控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について<要旨>一所論は、要するに、原判決は、Aが平成五年二月九日以降捜査官に対して行った供述(変更後の供</要旨>述)は基本的に信用性を認めることができると判断しているが、弁護人は、原審において、Aの捜査官に対する右同日付け以降の各供述調書について、同人の供述に変遷があったとの立証趣旨の限度で同意したに過ぎないから、原判決の右判断は、明らかに きると判断しているが、弁護人は、原審において、Aの捜査官に対する右同日付け以降の各供述調書について、同人の供述に変遷があったとの立証趣旨の限度で同意したに過ぎないから、原判決の右判断は、明らかに右の立証趣旨を逸脱して右各供述調書を有罪認定の資料にしているものであって、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。 二この点まず、原判決が「証拠の標目」の項中にAの検察官に対する同日付け及び同月一二日付け各供述調書(甲第四五号証、第四九号証)を掲記しており、「事実認定の補足説明」の項における説示内容と合わせ考えれば、原判決においてAの検察官に対する右各供述調書が犯罪事実認定の証拠資料として用いられていることは明らかである。そして、原審記録を調査して検討すると、原審第八回公判期日において、「1」検察官から、立証趣旨をいずれも「事故時被告人車両に同乗していなかったこと等」として右各検察官調書、A作成の同月九日付け上申書(甲第四六号証)、Aの司法警察員に対する同日付け、同月一〇日付け及び同月二一日付け各供述調書(甲第四七号証、第四八号証、第五二号証)並びにA作成にかかる各略図(甲第五〇号証、第五一号証)の証拠調べの請求があり、弁護人が右各請求証拠を証拠とすることに同意しないとの意見を述べたこと、「2」さらに、Aの検察官に対する右各供述調書については、検察官からいずれも刑訴法三二一条一項二号に該当する書面として取調べを求めるとの意見が述べられ、弁護人からも右法条に基づく取調べには異議がないとの意見が述べられ、その結果、右各検察官調書につき同号に該当する書面として証拠調べの決定がなされ、その取調べが行われたこと、「3」一方、Aの司法警察員に対する右各供述調書、A作成の上申書、A作成にかかる各略図について の結果、右各検察官調書につき同号に該当する書面として証拠調べの決定がなされ、その取調べが行われたこと、「3」一方、Aの司法警察員に対する右各供述調書、A作成の上申書、A作成にかかる各略図については、検察官から、その立証趣旨を、Aの供述の変遷とする旨その変更の申立があり、弁護人において立証趣旨の変更につき異議がないとの意見が述べられ、裁判長が右変更を許可した上、右各司法警察員調書、上申書及び各略図につきいずれも非供述証拠として証拠調べの決定がなされ、その取調べが行われたことが認められる。したがって、以上の手続経過に照らし、Aの検察官に対する右各供述調書については、その供述内容が証拠となる書面として適式な証拠調べが行われていることが明らかである。 三次に、Aの検察官に対する右各供述調書を刑訴法三二一条一項二号に基づき証拠として取り調べることができるかどうかみると、検察官がその旨主張し、弁護人においてもその点異議がない旨意見を述べていることは別として、本件の手続過程と右各検察官調書が作成された状況、右各検察官調書の供述内容ないしAの供述の変遷過程並びに前記第一の四4において認定したとおりAが死亡したことなどを合わせ考えれば、右各検察官調書がいずれも同号前段に該当する書面であることは十分に肯認できる。すなわち、前記第一の四において検討したとおり、Aは、原審第二回公判廷(平成四年一二月一〇日)において証人尋問を受け、本件事故の際本件車両に自分が乗っていたかどうかなどにつき供述し、その後検察官から取調べを受け、前の証言と異なる供述を内容とする前記二月九日付け及び同月一二日付けの各検察官調書が作成され、次いで、原審第六回公判期日(同月一八日)に検察官からAを改めて証人として取り調べることを求める証拠調べの請求があり、同期日にその旨の証拠調べの 九日付け及び同月一二日付けの各検察官調書が作成され、次いで、原審第六回公判期日(同月一八日)に検察官からAを改めて証人として取り調べることを求める証拠調べの請求があり、同期日にその旨の証拠調べの決定があって、原審第七回公判期日(同年三月五日)にAが証人として喚問されていたところ、同日早朝にAが自殺したという経過が明らかである。なお、検察官が原審第六回公判期日に再度のAの証人尋問を請求したのは、Aの前回の証言内容を変更させ、右各検察官調書と同一の内容の供述を得ようとしたものであったことも、当然に窺われる。そうすると、右の各検察官調書は、Aの原審第二回公判期日における証言との関係では、同証言よりも後にした供述を内容とするものであるから、刑訴法三二一条一項二号後段を適用することはできない。しかし、原審第七回公判期日に行う予定であった証人尋問との関係では、前に一度公判期日に証人として供述しているとはいえ、原審第七回公判期日にはこれと異なる内容の供述すなわち新たな内容の供述を行うことが予定されていたのであるから、供述者が死亡したため公判期日において供述することができないときに当たるものということができ、したがって、右各検察官調書に同号前段を適用することができるものと解される。 四以上要するに、原審がAの検察官に対する同年二月九日付け及び同月一二日付け各供述調書をいわゆる二号書面として証拠調べを行い、原判決においてこれらを犯罪事実認定の証拠資料として用いたことは、何ら違法不当なものではない。なお、非供述証拠として取り調べた前記各司法警察員調書、上申書及び各略図については、原判決において「証拠の標目」の項にこれらを一切掲記しておらず、「事実認定の補足説明」の項をみても、これらを犯罪事実認定の証拠資料として用いていないことは明らかである。 し 及び各略図については、原判決において「証拠の標目」の項にこれらを一切掲記しておらず、「事実認定の補足説明」の項をみても、これらを犯罪事実認定の証拠資料として用いていないことは明らかである。 したがって結局、現判決には所論指摘のような訴訟手続の法令違反はなく、論旨は、理由がない。 よって、刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中五〇日を原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官松本時夫裁判官小田健司裁判官河合健司)

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