1 主 文 被告人を懲役7年に処する。 未決勾留日数中170日をその刑に算入する。 名古屋地方検察庁で保管中のはさみの片刃2本(同庁令 和2年領第1262号符号6,7)を没収する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理 由 (罪となるべき事実) 被告人は, 第1 令和2年1月10日午後4時5分頃,別紙記載のA大学の研究室内に おいて,別紙記載Bに対し,殺意をもって,その頸部等をはさみ1丁(刃 体の長さ約9センチメートル。以下「本件はさみ」という。なお,主文掲 記の名古屋地方検察庁令和2年領第1262号符号6,7は,本件はさ みを片刃2本に分離したものである。)で複数回突き刺すなどしたが,B に全治まで約2か月間を要する頸部切創等の傷害を負わせたにとどまり, Bを死亡させるに至らなかった 第2 業務その他正当な理由による場合でないのに,前記の日時場所におい て,本件はさみ1丁を携帯した ものである。 (事実認定の補足説明) 第1 本件の争点 本件の争点は,判示第1の行為(以下「本件犯行」という。)につき, 被告人に殺意が認められるか否かである。 第2 当裁判所の判断 1 一般的に,はさみは包丁のように刃がむき出しになっている刃物と比 較して殺傷能力が低いことは否定できないが,本件はさみは,刃体の長 2 さが約9センチメートルで,両刃を閉じた状態でもその先端が鋭利な調 理用ばさみであるから,その使い方や受傷部位によっては十分に人の生 命を奪うことが可能であり,弁護人がいうほど危険性が低い刃物ではな い。 被告人は,このような性状を有する本件はさみを,指穴に指を通して, 利き手である右手で逆手に握り,振り下ろすようにして,重要な血管や器 官が集中する頸部,頭部及び左胸並びにその付近等を少なくとも11回 突き刺すなどしている 性状を有する本件はさみを,指穴に指を通して, 利き手である右手で逆手に握り,振り下ろすようにして,重要な血管や器 官が集中する頸部,頭部及び左胸並びにその付近等を少なくとも11回 突き刺すなどしている(本件犯行)。特に頭部から頸部にかけての6か所 の傷の長さ(最大約6センチメートル)や深さ(最大約2.5センチメー トル)などからすると,被告人は,相当に強い力でBを刺したり切り付け たりし,その結果,Bの後頭動脈が損傷し,生命の危険が生じ得る1リッ トルを超える出血があったと認められるから,本件犯行は,客観的にみ て,血管を損傷し大量に出血させるなどして死に至らしめる危険性が相 当に高い行為であったといえる。 そして,被告人が主として仰向けのBにまたがるなど優位な体勢で本 件はさみで間近から刺すなどしたことや,その頭部や頸部に6か所の傷 が集中していることに照らすと,被告人は,Bの頭部及び頸部並びにその 付近等に向けて本件はさみを刺すなどしたことが認められる。加えて,自 宅から持参した本件はさみを用いて,前記のとおり,至近距離から相当強 い力で頸部,頭部等を刺すなどしたことにも照らすと,被告人において, 本件犯行がBを死に至らしめる危険性が相当に高い行為であったことの 認識に欠けるところはなく,傷害にとどまらせようとする意識があった とは認められない。 2 被告人は,本件はさみでどの部位を刺しても死ぬ危険性はないと思っ ていたなどと供述するが,被告人が本件はさみの性状や受傷部位を認識 していたことに加え,相当の出血をしているBに対して本件はさみを刺 3 し続けるなどしたことや,被告人自身も,Bに対して殺されるかもしれ ないという実体験をさせたく,後頭部等を手加減せずに思い切り刺した 旨供述していることなどからすれば,被告人の前記供述は,常識に照ら して,不自然・不合 ことや,被告人自身も,Bに対して殺されるかもしれ ないという実体験をさせたく,後頭部等を手加減せずに思い切り刺した 旨供述していることなどからすれば,被告人の前記供述は,常識に照ら して,不自然・不合理で信用することができない。 3 したがって,被告人は,少なくともBが死んでも構わないと考え,す なわち,殺意をもって本件犯行に及んだものと認められる。 4 なお,被告人は,Bの学生らに対するアカデミックハラスメントをや めさせるなどその指導方法を改めさせるために本件犯行に及んだ旨供述 し,この供述を前提に,弁護人は,このような動機でBを殺害するとは 考えられず,被告人に殺意がなかったと主張する。 本件犯行動機について,Bの学生に対する従前の厳しい指導等が本件 犯行の背景にあったこと自体は否定し難いが,被告人自身は,これまで Bからアカデミックハラスメントといえるような不適切な指導を受けた ことがなく,また,他の学生から依頼や相談があったわけでもないから, 自身が退学処分や重い刑罰を受ける覚悟をもって本件犯行を行う合理的 理由はなく,本件犯行直前ないし本件犯行中に,被告人がBに対し指導 方法の改善を求めるなどの言動をしていないことにも照らせば,Bの指 導方法を改めさせることが本件犯行の直接の動機であったとは認められ ない。一方で,被告人が,本件犯行の2日前にBから必修科目の単位を 与えない可能性を告げられたことに対し,執拗に単位をくださいなどと Bに迫っていたことや,犯行直後にも,警察官に対し,単位がもらえな いから犯行に及んだなどと発言をしていることからして,本件犯行2日 前の出来事が本件犯行のきっかけとなったとはいえるものの,常識に照 らし,このような理由のみで重大な犯罪である殺人を決意するとも考え 難いし,Bが死亡すれば,自動的に単位を取得できたり,他の研究 行2日 前の出来事が本件犯行のきっかけとなったとはいえるものの,常識に照 らし,このような理由のみで重大な犯罪である殺人を決意するとも考え 難いし,Bが死亡すれば,自動的に単位を取得できたり,他の研究室に 移ることができるなどという事情があったとしても,まだ被告人におい 4 て単位を取得できる余地があったことや,犯行態様や計画の杜撰さから, 被告人が捕まることなく,Bを殺害して上記のような目的が達せられる 可能性が非常に低いと考えられることなどからすると,検察官が主張す る単位の取得や研究室の移籍等の動機も腑に落ちない。結局,本件犯行 の確たる動機は判然としないが,このことはBが死んでも構わないと思 っていたことを否定するような事情とはいえず,前記1の犯行態様等に 照らせば,被告人が本件犯行時に殺意を有していた旨の前記認定は左右 されない。 5 以上によれば,被告人には殺意が認められるから,判示第1の行為に つき,殺人未遂罪が成立する。 (法令の適用) 罰 条 第1の所為につき 刑法203条,199条 第2の所為につき 銃砲刀剣類所持等取締法31条の18第3号,2 2条 刑 種 の 選 択 第1の罪につき有期懲役刑,第2の罪につき懲役 刑を選択 併合罪の処 理 刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示 第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法 定の加重) 未決勾留日数の算入 刑法21条 没 収 刑法19条1項2号,2項本文(いずれも判示第 1の犯罪行為の用に供した物で,被告人以外の者に 属しない) 訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文 (量刑の理由) 5 本件はさみは,包丁等の刃物と比較すると殺傷能力が劣る点で,行為の危 険性が極めて高いとまではいえないが に 属しない) 訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文 (量刑の理由) 5 本件はさみは,包丁等の刃物と比較すると殺傷能力が劣る点で,行為の危 険性が極めて高いとまではいえないが,本件はさみの使い方や攻撃の執拗さ などからして,生命を奪う危険性が相当に高い態様であったといえる。被害 者は,平素の活動場所である研究室において教え子の被告人に襲われるとい う予想だにしなかった犯行に遭い,全治約2か月の頸部切創等の重傷を負わ されたもので,身体的苦痛だけでなく,大きな精神的苦痛も味わわされるな ど,生じた結果も重い上に,被告人が動機に関し被害者にも責任があるかの ような供述をして被害者の心情を逆なでしていることもあって,厳しい処罰 感情を抱いている。 また,凶器として包丁等ではなく本件はさみを選択し,構内に教員や学生 がいて発覚のリスクの高い場所で本件犯行に及んでいることや,本件犯行現 場である研究室内に人が入るとすぐに本件犯行を止めていること,被害者を 殺害する明確な動機が認定できないことなどに照らし,検察官がいうほど強 固な殺意(殺害への強い意欲)があったとは認め難い。しかし,被告人が被 害者の抵抗や室外に集まった人の存在にも臆せず執拗に頭部,頸部等身体の 枢要部に向けて攻撃を繰り返していることや,犯行直後に被告人が「被害者 を殺し損ねた」旨の発言をしていることなどからすれば,死んでも構わない という心理状態を超えて,被害者の死をある程度意欲していたものと認めら れるから,殺意の程度も決して弱いものでもない。 前記のとおり,犯行動機は判然とせず,検察官が主張するほどの悪質な事 案との評価はし難いが,被告人が,被害者が求めたように同じ研究室の先輩 学生等に相談するなど,本件犯行に及ぶ以外の他の解決策を模索することも せず,短絡的に本件犯行に及んだことか 主張するほどの悪質な事 案との評価はし難いが,被告人が,被害者が求めたように同じ研究室の先輩 学生等に相談するなど,本件犯行に及ぶ以外の他の解決策を模索することも せず,短絡的に本件犯行に及んだことからすると,その意思決定は強い非難 に値する。 そうすると,本件は,刃物を用いた殺人未遂罪の中では,比較的重い部類 に属する事案であるといえる。 6 その上で,その他の事情をみると,被告人は,自身の問題点について未だ 十分に向き合えているとまではいえないものの,被告人なりに反省の言葉を 述べていること,前科前歴はなく,情状証人として出廷した父親や兄が被告 人の更生を支える旨誓約していることなど,被告人に有利な事情も認められ る。そこで,こうした有利な事情をも踏まえると,家族の支えの期待できる 未だ22歳と若い被告人に対しては,主文の刑に処するのが相当である。 (求刑 懲役10年,本件はさみ1丁没収,弁護人の科刑意見・執行猶予 付き判決) 令和2年11月11日 名古屋地方裁判所刑事第1部 裁判長裁判官 山 田 耕 司 裁判官 岩 見 貴 博 裁判官 岩 谷 彩 【別紙省略】
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