平成12年刑(わ)第1099号有印私文書偽造,同行使,免状等不実記載,旅券法違反 主文 被告人を懲役2年6月に処する。 この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,甲,乙らと共謀の上,AをBであるように装って出国させるためB名義の一般旅券を入手しようと企て,昭和49年4月19日ころ,東京都杉並区ab丁目c番d号eホームf号室C方において,行使の目的をもって,ほしいままに,一般旅券発給申請書用紙2通にそれぞれ申請者として,その本籍欄に「東京都台東区gh丁目i番地」,その氏名欄に「B」,その生年月日欄に「昭和jk年lm月no日」などと虚偽の記載をし,その申請者署名欄に「B」と冒書し,次いで同日,東京都千代田区pq丁目r番地s会館内の喫茶店において,その各名下にBの印を押捺し,もってB作成名義の外務大臣あて一般旅券発給申請書2通(正副各1通)の偽造を遂げ,同日,s会館内の東京都総務局渉外観光部旅券課において,同課係官に対し,偽造に係る申請書2通を真正に作成されたものとして,Aの写真等必要書類とともに提出して行使し,そのころその申請書等を外務大臣官房領事移住部旅券課係官に回付させて公務員に対し虚偽の申立てをし,同月22日,情を知らない同係官をして,外務大臣が発行する一般旅券にAの写真を貼付させ,B名義の前記虚偽の事実を内容とする不実の記載をさせて一般旅券を発給させた上,同月25日,東京都総務局渉外観光部旅券課において,不正の い同係官をして,外務大臣が発行する一般旅券にAの写真を貼付させ,B名義の前記虚偽の事実を内容とする不実の記載をさせて一般旅券を発給させた上,同月25日,東京都総務局渉外観光部旅券課において,不正の行為によってその旅券の交付を受けたものである。 (証拠の標目) 省略(争点に対する判断)第1 争点弁護人は,第1に,公訴棄却を求める申立てをし,その論拠として,本件逮捕手続の違法性と公訴権の濫用を挙げ,第2に,仮に,その申立てが容れられないとしても,訴因変更後の公訴事実中には,被告人が,他の共犯者のほか,甲とも共謀を遂げた旨記載されているが,甲との共謀の事実は存在しないと主張し,被告人もこれらに沿った供述をするので,以下,「本件逮捕手続」,「公訴権の濫用」,「甲との共謀」という項を設けて,上記の論点に関する当裁判所の判断を示すこととする。 第2 本件逮捕手続 1 弁護人の主張弁護人は,被告人が,レバノン共和国(以下「レバノン」という。)から強制退去の上,ジョルダン・ハシェミット王国(以下,通称名を用いて単に「ヨルダン」という。)のアンマン空港を経由して,新東京国際空港まで強制送還された経緯には,レバノン,ヨルダン及び日本が犯した各種の違法行為が介在し,これらは,同空港に駐機中の航空機内における被告人の逮捕行為を違法ならしめ,ひいては,本件公訴提起の違法に繋がると主張する。 弁護人が指摘する違法行為を敷衍すると次のとおりである。第1に,レバノンは,2000年(平成12年)3月1日,被告人らを日本に引き渡さない旨閣議で正式決定したにもかかわらず,罰金刑の換刑処分の受刑中であった被告人を暴力的・非人道的手段を用いてヨルダンに国外追放した。第2に,ヨルダンは,アンマン空港で航空機から降りてきた被告人らをタラップ下で 正式決定したにもかかわらず,罰金刑の換刑処分の受刑中であった被告人を暴力的・非人道的手段を用いてヨルダンに国外追放した。第2に,ヨルダンは,アンマン空港で航空機から降りてきた被告人らをタラップ下で待ち受け,何らの弁明の機会も与えず,日本政府が用意したS機に強制的に乗り込ませているが,この行為は,政治的難民の本国への追放という国際慣習法上の義務に違反する。第3に,日本政府は,レバノン政府に働き掛けて被告人らの政治亡命申請を却下させ,日本政府がチャーター機を用意して待ち受けるヨルダンに向けて国外退去にさせた上,ヨルダンのアンマン空港で被告人らが入国拒否を通告されるやチャーター機に搭乗させ,本邦に移送してきて逮捕したものであり,司法的チェックを必要とする犯罪人引渡手続によることなく,他国に違法行為を行わせて被告人らの政治亡命の権利を奪い,かつ,逮捕に先立ち一昼夜にわたり法的根拠のない身柄拘束を行い,特にレバノンからヨルダンまでの5,6時間は目隠し,後ろ手錠等の非人道的で過剰な身柄拘束を行った点等を挙げて,公訴提起に影響を及ぼす著しい違法があるなどとする。 2 判断の前提として,被告人が,レバノンから本邦に移送されて,新東京国際空港において逮捕されるまでの経緯について,当公判廷で取り調べた関係各証拠により,事実認定をしておくこととする。 (1) いわゆる日本赤軍メンバーであった被告人,D,E,F及びGの5名は,平成9年2月ころ,レバノンにおいて私文書偽造の罪等で逮捕され,禁錮3年,罰金及び国外退去の判決を受けてレバノンの刑務所に服役していた。日本政府は,レバノン政府に対し,外交ルートを通じて被告人ら5名の身柄の引渡しを要求していたが,被告人らは日本への帰国を拒否し,代理人弁護士を通じてレバノンに政治亡命を申請した。こうした動きを受 。日本政府は,レバノン政府に対し,外交ルートを通じて被告人ら5名の身柄の引渡しを要求していたが,被告人らは日本への帰国を拒否し,代理人弁護士を通じてレバノンに政治亡命を申請した。こうした動きを受け,同年3月1日,日本の身柄引渡要求には応じない旨の閣議決定がされたが,被告人らを受け入れる第3国も決まらず,政治亡命申請についての判断もないまま,同月8日午前0時(日本時間では同日午前7時)に刑期が満了した。 (2) 被告人らは刑期満了後も罰金を支払わず刑務所内にとどまっていたが,同月16日深夜,政治亡命に関する委員会(以下「政治亡命審査委員会」という。)により,Dのみ政治亡命を認め,その余の被告人ら4名の政治亡命申請については却下する決定がなされた。 被告人ら4名は,同月17日昼すぎころ,後ろ手錠,目隠し等をされた状態でレバノンの刑務所から空港に移送され,T機に乗せられてヨルダンに向けて国外退去となった。同機は同日午後6時30分ころ(日本時間では同月18日午前1時30分)ヨルダンのアンマン空港に到着し,被告人ら4名は被告人を先頭に順次レバノン当局関係者に付き添われて同機から降りたが,タラップを降りるとすぐその場でヨルダン当局関係者によってヨルダンへの入国拒否を通告された。 (3) 日本政府は,被告人らの刑期満了に伴い捜査官をレバノン等の中東諸国に派遣していたが,同月17日午後6時ころには,ヨルダンのアンマン空港に捜査官ら数十名と日本政府がチャーターしたS機を待機させていた。 被告人ら4名は,ヨルダンから入国拒否を告げられた後,後ろ手錠等をはずされ,両脇を固められて,日本政府が待機させていたS機の機内まで順次連行され,待機していた捜査官らも同機に乗り込んだ。同機は,同日午後7時10分ころ(日本時間では 否を告げられた後,後ろ手錠等をはずされ,両脇を固められて,日本政府が待機させていたS機の機内まで順次連行され,待機していた捜査官らも同機に乗り込んだ。同機は,同日午後7時10分ころ(日本時間では同月18日午前2時10分)アンマン空港を出発し,モスクワを経由して日本時間の同月18日午後5時20分ころ千葉県成田市所在の新東京国際空港に到着し,スポットに駐機した。機内で在ヨルダン日本大使館発行の帰国のための渡航書が渡され,入国手続等が行われた。被告人は,その後機内に乗り込んできた警察官らによって,同日午後6時10分に本件と同一の罪名で通常逮捕され,翌19日午後0時30分検察官に送致する手続がされた。 3 以上の事実経過のうち,被告人らが,レバノンにおいて,政治亡命申請を却下され,ヨルダンに向け国外退去となり,ヨルダンにおいて入国拒否を告げられるまでの一連の経緯は,外交ルートを通じての日本政府による強い働き掛けや水面下での交渉等の成果によるものであったにせよ,あくまでも,レバノンあるいはヨルダンの主権に基づいて行われた政治亡命申請却下処分,国外退去処分,入国拒否処分の結果であるというほかなく,こうした手続の適否が日本における逮捕手続の適法性に影響を及ぼすものではない。 したがって,レバノンやヨルダンの行った各処分について所論のような違法行為があったとしても,日本がその責任を負うことはないのであって,この点についての弁護人の主張は採用できない。 4 次に,被告人ら4名が,ヨルダンのアンマン空港に駐機していた日本政府のチャーター機に搭乗して本邦に帰国した経緯について検討する。 警察官Hは,その経過について,「アンマン空港で待機していたところ,被告人らの乗ったT機が到着したので同機の付近に行った。同機の周辺には制服姿のヨル て本邦に帰国した経緯について検討する。 警察官Hは,その経過について,「アンマン空港で待機していたところ,被告人らの乗ったT機が到着したので同機の付近に行った。同機の周辺には制服姿のヨルダンの空港関係者,治安関係者と思われる人が大勢取り巻いていたが,まず被告人が私服姿の外国人男性2名に付き添われてタラップを降りてきた。タラップの下で後ろ手錠を外され,ヨルダン当局関係者に入国拒否を告げられ,制服姿のヨルダン当局関係者2人に左右に付き添われる形で,隣に駐機していたS機の方に連れていかれ,タラップを上って機内に入り,制服の2人はすぐにT機の方に戻っていった。その後G,E,Fの順で同様にT機から降りてきて,チャーター機に乗り込んだ。被告人らは,機内で新聞を読んだり,横になったりして自由に過ごしていた。」旨証言するが,これに対し,被告人は,「アンマン空港に到着し,レバノンの警察関係者に付き添われてタラップを降りると,10人くらいいたヨルダンの空港関係者のうち1人が前に出てきて入国拒否を告げた。その後すぐレバノンの警察官に手錠を外され,と同時に日本人の男女が1人ずつ両脇にやって来て腕を掴み,S機まで連れて行かれた。この時渡航書は見せられていない。2人の日本人に両脇を固められたままS機に乗り込み,指示された座席に座らされ,付いてきた男女も両隣に座った。Fらはヨルダン人に連れて来られたようだが,自分は間違いなく日本人の男女に連れて来られた。機内では動き回ってはいけないと言われ,トイレに行くときも2人が付いてきた。」旨供述する。 このように,被告人をチャーター機に連行した人物がヨルダン当局関係者であるか,日本の捜査官らであるかについては,警察官の供述と被告人の供述とが食い違うが,仮に,被告人の供述するとおり,被告人を連行したのが日本の 被告人をチャーター機に連行した人物がヨルダン当局関係者であるか,日本の捜査官らであるかについては,警察官の供述と被告人の供述とが食い違うが,仮に,被告人の供述するとおり,被告人を連行したのが日本の捜査官で,しかも,その態様が強制にわたるものであり,この時点で実質的に逮捕と同視すべき身柄拘束が開始されたとの前提に立ったとしても,その時点から起算して48時間以内に検察官送致の手続がなされていることは明らかであるから,公訴提起に影響を及ぼすほどの違法があったとまではいえない。 5 そして,被告人らの身柄拘束はレバノンによる退去強制手続に便乗する方式でなされ,レバノンの犯罪人引渡しに関する法規によるものではないことは所論指摘のとおりであるが,どのような方法によって犯罪人の身柄の引渡しを受けるかは,ある程度日本政府の政治的判断に委ねられるべき性質のものであって,その過程において,本件一連の被告人らの身柄拘束の経緯を見ても,看過し得ないほどの重大な違法があったとはいえず,ひいては,本件逮捕手続に,公訴提起を違法視すべきほどのものがあったとはいえないと評価すべきである。この結論は,たとえ,レバノンにおいて日本からの身柄引渡要請には応じない旨の閣議決定がされ,政治亡命について審理が行われていたとしても,変わらない。 6 以上のとおりであって,本件逮捕手続の違法性を指摘する弁護人の主張は採用できない。 第3 公訴権の濫用 1 弁護人は,公訴権の濫用の論拠として,①本件は27年前の事件であること,公訴時効もわずか5年間という罪であること,既に共犯者が執行猶予の確定判決を受けていること,被告人は,この間国際指名手配になり,やむなく文書偽造罪等により,レバノンで禁錮3年の実刑判決を受け,服役したことなどに鑑みれば,本件公訴提起は公訴事実の内容と著し 猶予の確定判決を受けていること,被告人は,この間国際指名手配になり,やむなく文書偽造罪等により,レバノンで禁錮3年の実刑判決を受け,服役したことなどに鑑みれば,本件公訴提起は公訴事実の内容と著しく均衡を失する,②本件公訴提起は,被告人が日本赤軍メンバーであったが故の起訴であって政治信条に基づく差別的起訴である,③レバノンの政治亡命審査委員会は,被告人の政治亡命を容認しなかったが,これは,本件のような軽微な罪で逮捕,起訴されることはあり得ないとの判断に基づくものであるし,また,被告人を受け入れる第三国を探すことが条件とされた決定であったが,日本政府は,レバノン等に圧力をかけ,被告人の国外退去を余儀なくさせ,逮捕起訴したものであって,帰するところ,本件公訴提起は,亡命権という国際的人権を踏みにじり,国際常識にも逸脱したものであることを論拠に挙げて,公訴棄却を求める申立てをしている。 2 しかしながら,本件は,後記の量刑の理由に掲げた諸事情に鑑みれば,決して軽微な事案とはいえず,十分に起訴価値のある犯罪であるし,思想信条が故の起訴,あるいは亡命権を踏みにじる起訴ではないことは明らかである。また,公訴提起までに約26年を要したのは,ひとえに,被告人が国外に逃亡し公訴時効の進行が停止していたためである。さらに,レバノンが,被告人に禁錮刑を科した上,政治亡命を認めなかったのは,たとえ,その一部に日本政府の影響があったとしても,終局的にはレバノン当局の主権に基づく判断に依るものであって,当裁判所が立ち入るべき問題ではない。 したがって,本件公訴提起が検察官の訴追裁量権を逸脱した違法なものということはできず,弁護人の主張は理由がない。 第4 甲との共謀 1 弁護人の主張甲との共謀の事実を否定する弁護人の論拠を敷衍すると次の 訴提起が検察官の訴追裁量権を逸脱した違法なものということはできず,弁護人の主張は理由がない。 第4 甲との共謀 1 弁護人の主張甲との共謀の事実を否定する弁護人の論拠を敷衍すると次のとおりである。 すなわち,検察官は,甲を共犯者に加える趣旨の訴因変更請求をしたが,その釈明及び冒頭陳述の追加部分によると,検察官が主張する共謀の形成過程は,甲と被告人の共謀,甲と乙の共謀,そして最後に,被告人と乙の共謀がそれぞれ成立したというのであるが,本件においては,被告人と乙の共謀以外の共謀は認められないというものである。 そこで,当裁判所が,結局,被告人,甲,乙らの共謀の事実を認めた理由を説明することとする。 2 前提事実まず,前掲各証拠,とりわけ,乙の当公判廷における供述及び同人の検察官に対する供述調書謄本6通(以下,これらをまとめて「乙供述」という。)によると,被告人及び乙らが犯行に関わった経緯,犯行状況等について,次の事実を認定することができる。 (1) 被告人は,昭和38年3月X大学文理学部を卒業後,福岡市内の放送局,東京都内の出版社に勤務した後,昭和47年7月フランス共和国(以下「フランス」という。)に渡航し,パリ市内の日系百貨店で勤務していた。 (2) 乙は,Y大学の学生として,いわゆる全共闘運動に深く関わり,昭和46年3月同大学を中退した後,同年12月上旬ころ,スウェーデン王国(以下「スウェーデン」という。)のストックホルムに移住した。乙は,昭和47年1月からZ大学人文科学部に籍を置き,スウェーデン語等を専攻していた。 (3) ところで,乙は,大学時代からの友人で,当時ストックホルムに在住していたIから,甲に一緒に会いにいこうと誘われ,2人で,昭和49年1月末か2月上旬ころ,ベイ デン語等を専攻していた。 (3) ところで,乙は,大学時代からの友人で,当時ストックホルムに在住していたIから,甲に一緒に会いにいこうと誘われ,2人で,昭和49年1月末か2月上旬ころ,ベイルートの日本赤軍の事務所に赴いた。そこで,乙とIの2人は,甲がイラク共和国(以下「イラク」という。)のバグダッドにいるとの情報を得たため,PFLP(パレスチナ解放人民戦線)の手配により,1,2日後イラクに飛んでバグダッドの郊外に住む甲の家に行き,同女と面談した。 (4) 乙は,懇談中,甲から,いわゆるテルアビブ国際空港乱射事件(リッダ闘争)で死亡したJの遺志を継ぐ旨表明している弟Aを他人名義の旅券を用いて,パリかベイルートに密出国させる計画ができており,そのため,被告人を日本に行かせることになっているが,1人では不安なので,日本で手伝ってもらいたいなどと依頼された。 (5) 乙は,全共闘時代を同じ大学で共に過ごしたJらが,テルアビブ国際空港乱射事件で死亡したことに大きな衝撃を受け,パレスチナ人民のために何かをしたいと考えていたことなどから,即座に甲の依頼を引き受けた。甲は,被告人との連絡用として,東京都内の電話番号を書いたメモを渡してくれた。後日乙が被告人に聞いたところ,この電話番号は,被告人の大学時代の同級生の番号であった。このほか,乙は,甲から日本赤軍の支援者からカンパをもらってくるよう依頼され,「K」というコードネームも決められた。 (6) 甲の家に一晩泊まった後,乙は,空路ベイルート経由でストックホルムに帰り,甲との約束を果たすべく,昭和49年3月中旬ころ,スウェーデンを発ち,ロンドン経由で同月31日,日本に戻った。一方,被告人は,それに先立つ同月26日,既に日本に帰国していた。 (7) 乙は,4,5日後, 果たすべく,昭和49年3月中旬ころ,スウェーデンを発ち,ロンドン経由で同月31日,日本に戻った。一方,被告人は,それに先立つ同月26日,既に日本に帰国していた。 (7) 乙は,4,5日後,渡された番号に電話をかけて被告人と連絡を取り,帰国後1週間くらい経った日の午後5時ころ,t駅構内にあるレストランで被告人に会った。2人は,東京都千代田区p町所在のs会館内の喫茶店に移動し,被告人は,乙に対し,「Aをベイルートかパリに出国させるため,他人名義のパスポートを取る必要がある。現在までに準備できているのは,Aの写真と名義を借用するBの戸籍抄本である。」などと説明した。そして,2人は,一般旅券の新規申請の案内書を検討し,旅行引受書とBの身分証明書を作成すること,旅券は数次旅券にすること,その身分証明書の作成や飛行機のチケットは乙が知人に依頼して入手することなどを決めた。 (8) 後日,乙は,被告人とともに,Lに対し,事情を打ち明けて,身分証明書の作成を依頼し,さらに,Lが,Cにその仕事を依頼した。また,乙は,九州の実家に帰る被告人から,一般旅券発給申請書用紙や前記の戸籍抄本などを預かり,旅行引受書を旅行会社から入手した上,昭和49年4月19日ころ,判示のC方等において,一般旅券発給申請書の所定事項を記入した上,Bの印を押捺し,同文書の偽造を遂げた。自ら申請に行くことに危惧感を抱いた乙は,Lに依頼した結果,同人又はその友人が,同日,判示の東京都総務局渉外観光部旅券課で代理申請の手続を済ませた。 (9) Aは,乙から連絡を受けた被告人から,同月25日に偽造旅券を受け取りにいくよう伝え聞き,同日,前記旅券課において,これを取得した。 3 乙供述の信用性前記の認定事実は,前述したように,主として乙供述に依拠しているの から,同月25日に偽造旅券を受け取りにいくよう伝え聞き,同日,前記旅券課において,これを取得した。 3 乙供述の信用性前記の認定事実は,前述したように,主として乙供述に依拠しているので,その信用性について,検討しておくこととする。 (1) まず,乙供述によると,乙は,昭和50年当時の検察官に対する供述調書(甲40)においては,本件犯行は,昭和49年1月末か2月上旬ころ,Mなる人物から「実は,Jさんの弟のAさんを他人の旅券を使ってパリかベイルートに密出国させる計画ができている。そのため,ある女性を日本に行かせることになっている。その人はN(被告人)さんというのだが,彼女1人では不安なので,君も帰国するのなら,日本で手伝ってもらいたい。」と依頼されたと供述していたが,平成12年に甲が日本で逮捕されたことを契機に,真実は,甲から依頼されたものである旨検察官に告白し,当公判廷においても,その供述を維持している。 乙の公判廷における供述中,甲から本件犯行を依頼された経緯やその際の状況に関する部分を摘記すると,次のとおりである。すなわち,「Iから,甲とコンタクトが取れたので一緒に会いにいこうと誘われ,昭和49年2月か3月ころ,2人でストックホルムからベイルートに行き,PFLP(パレスチナ解放人民戦線)の事務所を訪ねてバグダッド行きの手配をしてもらい,バグダッドに入った。 バグダッドの空港から迎えの人の車で,バグダッド郊外の甲の家に行くと,甲が迎え入れてくれ,いろいろ話をするうち,甲から,Aが兄Jの遺志を継ぐということを日本の集会で話しており,彼を出国させたいので手伝ってくれないかという話が出た。Aは公安に監視されていて自分の名前では出られない状況であり,ある女性が日本に行くことになっているので,彼女と一緒に,彼女を の集会で話しており,彼を出国させたいので手伝ってくれないかという話が出た。Aは公安に監視されていて自分の名前では出られない状況であり,ある女性が日本に行くことになっているので,彼女と一緒に,彼女を助けてAを出国させてほしいというような話だった。被告人の名前を聞いたかどうか,具体的な話がどの程度出たのかどうかは覚えていないが,自分は,話を聞いて,何らかの形で不法にパスポートを取ってAを出国させるのだと理解した。リッダ闘争に非常に衝撃を受け,自分もパレスチナの人々のために何かできることがあるならしたいと思っていたので,即座に引き受けた。帰国後自分から被告人に連絡を取っているので,この時甲から被告人の連絡先の電話番号を聞いていると思う。また,この時,映画監督のOさんの事務所を訪ねてカンパを集めてもらってくるよう頼まれ,手紙を託された。同年3月31日に帰国し,同年4月初めころ被告人に電話で連絡を取って東京で会い,本件犯行を行った。甲から託されたカンパの手紙も,そのころ,uのvアパートにあったO監督の事務所を訪ねて渡し,2,3週間後に200万円近くの金を受け取った。この金はAや自分の航空券を購入するのに使い,残りの現金は甲に届けるため出国時に持ち出し,ベイルートのPFLP事務所を訪ねたが,甲はイエメン民主人民共和国(南イエメン)のアデンにいるということだったので,アデンまで行って甲に渡した。」というものである。 (2) そこで,乙が誰から本件を依頼されたかの点を除き,乙の検察官に対する供述調書謄本6通の内容をみてみると,一般旅券発給申請書,旅行引受書等の関係各書類という客観的証拠により裏付けられているし,乙に協力したL及びC等の関係者の供述調書とも符合し,さらに,不自然不合理なところはなく,信用性が高いものである。 ところ 受書等の関係各書類という客観的証拠により裏付けられているし,乙に協力したL及びC等の関係者の供述調書とも符合し,さらに,不自然不合理なところはなく,信用性が高いものである。 ところが,問題の誰から本件を依頼されたかの点については,乙は,前述のとおり,平成12年に甲が逮捕されて以降初めて甲の本件犯行への関与を告白するに至ったものであるが,その理由について,「甲が逮捕されて,もう甲のことを隠すこともないだろうと思い,甲との関わりを話すことにした。私自身の事件との関わりが25年を経て終わりに近づき,私自身整理したいという気持ちもあり,また,甲が帰国して,パレスチナの人々を助けるという運動も終わり,話をしてもパレスチナの人々に迷惑をかけることもない時期に来たと考えた。」「自分は過激な政治活動にタッチし,法も犯して,被害者も出したという立場にいるわけだが,日本の社会の寛容さに許されて,日本の国のお陰で,私は今あると思っているので,日本の国が私に尋ねることがあるなら,私はありのままに答えたい。」等とその心情を吐露している。 乙は,この四半世紀の間,日本赤軍関係者との関係を絶ち,守るべき家庭を抱えながら,民間企業に就職して相応の社会的地位を築き上げてきたものであって,今更,過去の赤軍との関わりを蒸し返し,その深さを吐露するようなことは,築き上げてきた自己の社会的立場や家族,勤務先等に影響を及ぼしかねず,著しく不利益であるにもかかわらず,その不利益を甘受してまで,敢えて,甲に依頼されたという虚偽の事実を創作する動機は見いだすことができず,前記の乙が挙げる理由は,誠に説得的である。この点,弁護人は,乙の単なる記憶違いであるというが,本件は,乙にとってみれば,日本赤軍の最高責任者的立場にあった甲から本件を依頼されたという極め できず,前記の乙が挙げる理由は,誠に説得的である。この点,弁護人は,乙の単なる記憶違いであるというが,本件は,乙にとってみれば,日本赤軍の最高責任者的立場にあった甲から本件を依頼されたという極めて印象的な出来事であるし,今回真実を明かした前記乙の理由に照らし,記憶違いとは到底考えられない。また,乙証言は,大筋において一貫していて何ら動揺していないばかりか,乙がバグダッドの甲宅を訪れたこと,その際甲からカンパ要請の手紙を託され,帰国した際支援者に手紙を届けて金を集め,後にアデンまで届けたことなど乙の供述によって初めて明らかになった事実については,甲自身,当公判においてこれを認める供述をしている。さらに,乙は,記憶の曖昧な部分つき,はっきりしない旨明確に述べ,弁護人からの反対尋問に対しても素直に記憶をたぐりながら答え,被告人の供述内容を聞いた上で訂正すべき点は訂正しており,その供述態度は真摯である。弁護人の指摘するとおり,細部についての証言には曖昧な点や若干の変動はあるものの,本件から既に四半世紀が経過した後の証言であることに照らすと,詳細について記憶に不確かな部分があるのは,むしろ自然であって,却って,甲からの依頼であったという根幹部分の信用性を高めるものである。そうすると,本件について,甲から依頼された旨の乙証言は,信用性が高いというべきである。 そこで,改めて,乙が本件の依頼を受けた際の状況に関する昭和50年当時の捜査及び今回の公判における供述内容を比較してみると,第1に,供述調書(甲40)においては,被告人の名前が依頼者から出たことや被告人の連絡先の電話番号のメモを渡されたことを明らかにしているが,証言では,双方について曖昧になっている点,第2に,依頼された時期が,供述調書では,昭和49年1月末か2月上旬となってい 出たことや被告人の連絡先の電話番号のメモを渡されたことを明らかにしているが,証言では,双方について曖昧になっている点,第2に,依頼された時期が,供述調書では,昭和49年1月末か2月上旬となっているが,証言では,同年2,3月ころとなっている点が異なるものの,その他の事項,すなわち,依頼の趣旨,乙が女性の手助けをして本件犯行を敢行すること,細部にわたる指示がなかったことなどは一致している。どちらの供述に信を措くべきかを考えてみるに,まず,そもそも,供述調書は,本件犯行後1年余り経った時点で作成されているのに対し,25年も経過した段階における証言は,記憶の減退があって然るべきものである。また,乙としては,昭和50年当時,甲の名前さえ隠しておけば,甲の本件への関わりを秘すという目的は達せられるのであって,被告人の名前が出たこと,電話番号のメモを渡されたこと,依頼の時期などについて,記憶に反する供述をする必要性はないというべきである。なお,乙は,依頼の時期を昭和49年2,3月ころと記憶している根拠として,長男の誕生日である同年3月9日の前後であったと説明しているが,2,3月ころと限定する根拠としては,いささか薄弱であるのに比し,昭和50年当時の調書においては,長男の誕生日に触れながらも,依頼が昭和49年1月末か2月上旬であったとした上,その後日本へ帰国するまでの経緯を比較的詳しく供述していることからすれば,その調書の方により信用性があるというべきである。さらに,乙自身,昭和50年当時の供述は,大筋で真実であると明言している。そうすると,前記の相違点については,供述調書に信用性を措くべきものと考える。 4 甲証言及び被告人供述の信用性(1) 乙証言に対し,甲は,当公判廷において,「乙がIに連れられてバグダッドまで訪ねてきたので,その ついては,供述調書に信用性を措くべきものと考える。 4 甲証言及び被告人供述の信用性(1) 乙証言に対し,甲は,当公判廷において,「乙がIに連れられてバグダッドまで訪ねてきたので,その際カンパ要請の手紙を書いて託したが,Aを偽造旅券で出国させるよう頼んだりはしていない。昭和49年6月にAと会った時に本人から偽造旅券で出国して来たことを初めて聞き,困ったと思った。被告人が関与しているということは,同年9月前後に被告人がベイルートに流れてきて指名手配になった際,本人から聞いて初めて知ったのであり,自分が被告人に直接にせよ間接にせよ指示したことはない。そもそも同年3月,4月当時は被告人のことを全く知らなかった。乙が帰国後にアデンまでカンパを届けに来たことがあったが,金額は4,50万円である。」旨供述する。また,被告人も,「本件は,甲に頼まれたものではなく,昭和49年3月初旬ころ,パリに滞在していた日本人の男性から頼まれたものである。乙と一緒にやることはその際聞かされており,自分の連絡先の電話番号を何らかの形で乙に伝えておいたと思う。日本で乙と会い,旅券入手のために動いたが,誰に頼まれたかは互いに口に出したことはなく,乙も自分に依頼してきた人から依頼されているものと思っていた。乙が甲からの手紙を持っていて,自分もそのうち2通を預かって届けたことがあったが,この時も,乙が甲と会ったことがあるとは思わなかった。同年3月,4月当時は甲に会ったことはなかった。」旨供述する。 (2) これらの甲及び被告人の供述は,前記乙証言の具体性や今回甲の関与を認める供述をするに至った理由の有する迫真性に比べると,全体的に説得力に乏しいものである。 例えば,甲は,本件を乙に指示してはいない根拠として,乙らの来訪は事前の連絡等のない突 関与を認める供述をするに至った理由の有する迫真性に比べると,全体的に説得力に乏しいものである。 例えば,甲は,本件を乙に指示してはいない根拠として,乙らの来訪は事前の連絡等のない突然のものであった上,乙とは初対面で信用がおけなかったなどと述べているが,乙は,PFLP関係者の手引きで極秘裏であるはずの甲の家まで極めてスムーズに到達しているばかりか,甲の家に一泊し,その後甲の要請で日本国内の支援者から集めたカンパを甲のもとに届けるに当たっても,PFLP関係者から甲がアデンにいることを教えられ,アデンの軍事訓練施設まで甲を訪ね直接届けている。やはり,乙の来訪前に甲も当然これを把握しており,かつ,乙について,一定の信用のおける人物として,甲の護衛に当たるPFLP関係者にあらかじめ連絡がなされていたとみるべきである。また,カンパ要請の手紙を託したことは甲も認めているところであるが,このこと自体,日本赤軍支援者を具体的に明らかにし,現金の管理を一任するものであって,信頼のおけない人物に任せるとは考えられない。 次に,被告人も,自分に依頼してきたという人物,経緯,具体的状況等については明らかにしておらず,結局その供述を裏付けるものはない。被告人は,帰国した乙と本件犯行を完遂するために,いろいろと相談を重ねている傍ら,一方では,甲のカンパ要請の手紙を乙が持っていることを知り,これを届ける手伝いをしていながら,甲と本件との関係には思いを至らせなかったという点も不自然である。 (3) そうすると,現在甲と同調する意志を表明する被告人が,甲の本件への関与を隠そうと虚偽の供述をし,甲もこれを受けて同趣旨の供述をしていると考えられ,両者の供述を信用することはできないというべきである。 5 共謀に関する判断(1) 被告人が,甲の本件への関与を隠そうと虚偽の供述をし,甲もこれを受けて同趣旨の供述をしていると考えられ,両者の供述を信用することはできないというべきである。 5 共謀に関する判断(1) 前記2において認定した事実,とりわけ,乙が,昭和49年1月末か2月上旬ころ,甲とバグダッドで会った際,直接甲から,被告人を手伝ってAを日本から他人の旅券を用いて不法に出国させるよう指示を受けたことからして,甲と乙の共謀の存在が認定できる。そして,この事実に,乙と相前後して被告人も帰国していること,乙と被告人は速やかに連絡を取り合い,犯行の具体的方法等について謀議を重ねた上本件犯行を遂行していることなどの事実経過,さらには,甲ではなく,第三者から本件の依頼を受けた旨の被告人供述が採用の限りでないことを併せ考えると,被告人は,甲又はその意を受けた者から,本件犯行の指示を受けたことが推認できるというべきである。 (2) そうすると,本件においては,甲と乙,甲と被告人,そして,乙と被告人の間に,それぞれ共謀があったというべきである。前二者,すなわち,甲と乙,甲と被告人の各共謀の前後関係は,証拠上定かでないが,いずれにしろ,甲,乙及び被告人の三者間で,本件の共謀が成立したことは明らかであって,帰するところ,判示の罪となるべき事実が全て認定でき,この点に関する弁護人の主張も採用できないというべきである。 (法令の適用) 省略(量刑の理由)本件は,被告人が,甲,乙らと共謀の上,Aを出国させるため,他人名義を冒用して旅券発給申請書を偽造,行使し,Aの写真を貼付させた他人名義の旅券を発給させ,その交付を受けたという有印私文書偽造,同行使,免状等不実記載,旅券法違反の事案である。 被告人は,日本赤軍の一員として,その最高幹部の甲らとともに,おのれら を貼付させた他人名義の旅券を発給させ,その交付を受けたという有印私文書偽造,同行使,免状等不実記載,旅券法違反の事案である。 被告人は,日本赤軍の一員として,その最高幹部の甲らとともに,おのれらの思想,信条を全うするため,本件犯行に及んだものであって,法治国家である我が国においては,動機として酌量する余地はない。被告人らは,海外から帰国した上,住民票を閲覧してAと年齢の近い人物を選び出して同人の戸籍抄本を入手し,さらには,旅券の発給を受けるための必要書類の調達方法等を調査し,虚偽の身分証明書を作成したり,旅行会社から旅行引受書を入手するなど計画的かつ大胆に本件犯行に及んでいる。被告人らは,本人の同一性という旅券の最も重要な事項を偽って旅券を不正入手したもので,旅券の公共的信用を害したばかりか,その結果,Aが偽名で本邦を出国し,パレスチナ解放と称して過激な非合法活動に関与するに至ったことも看過し得ない。また,本件旅券において,自己の名義を冒用された者が,日本赤軍との関係を疑われて警察の取調べを受けたり,旅券やビザの交付に支障を来して海外への新婚旅行を断念せざるを得なかったことも見過ごせない事実である。被告人の本件における役割をみても,日本赤軍の最高幹部であった甲の命を受けて,被冒用者を選定して,その戸籍抄本を入手した上,Aの写真を用意するなど,重要な役割を果たしている。以上の事情に照らすと,被告人の刑事責任は重いというべきである。 しかしながら,本件の実行行為そのものは,共犯者が行っており,必ずしも終始一貫して犯行を主導する立場にあったわけではないこと,被告人は,遅まきながらも,本件逮捕後,名義を冒用された人物が各種の不利益を被ったことを知り,謝罪の意を表明していること,今後は合法的な活動を基盤として生活する旨述べ,保釈後は実弟の ではないこと,被告人は,遅まきながらも,本件逮捕後,名義を冒用された人物が各種の不利益を被ったことを知り,謝罪の意を表明していること,今後は合法的な活動を基盤として生活する旨述べ,保釈後は実弟のもとに身を寄せ障害者の介護等の仕事を得て社会生活を送っていることなど被告人のために酌むべき事情のほか,本件犯行から既に四半世紀が経過していること,共犯者が既に執行猶予判決を受けて確定していることなどを併せ考慮すると,被告人に対しては,懲役2年6月に処した上,5年間刑の執行を猶予することが相当と判断した次第である。 よって,主文のとおり判決する。 (私選弁護人大谷恭子・虎頭昭夫・川村理・渡邉良平・尾嵜裕・寒竹里江)(求刑懲役2年6月)平成14年1月15日東京地方裁判所刑事第6部裁判長裁判官山崎学裁判官吉川奈奈裁判官後藤有己
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