平成12(ワ)652 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成14年12月19日 宇都宮地方裁判所
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判決文本文21,114 文字)

主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,5412万6980円及びこれに対する平成12年8月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告の開設する病院において直腸がんの切除手術(以下「本件手術」という。)を受けたA(なお,Aは本件手術前にも直腸がんの摘出手術を受けており,今回は再発がんである。)が死亡したのは,執刀医の手術ミスが原因であるとし,また,手術に際して担当医に合併症等についての説明義務違反があったなどと主張して,Aの相続人である原告が,被告に対し,診療契約上の債務不履行又は不法行為(民法715条1項)に基づく損害賠償を請求した事案である。 1 争いのない事実等(証拠を摘示しない事実は当事者間に争いがない。)(1) 当事者等被告は,栃木県下都賀郡a町大字b○○番地においてH病院(以下「本件病院」という。)を開設している。 Aは,大正14年4月5日,栃木県下都賀郡において出生し,本件手術当時,73歳であった(甲1,10)。Aは,平成11年3月ころ,本件病院との間で自己の疾患について本件病院の治療行為を受ける診療契約を結び,本件手術当時,本件病院に勤務していたB医師がAの主治医となり,C医師が本件手術の執刀医となった。 Aは,平成12年4月29日,死亡した。Aには原告を含めて相続人が5名いたが,同年5月29日付け合意書により,原告が,Aの被告に対する損害賠償請求権を単独相続する旨の協議が相続人間で成立した(甲12)。 (2) 本件手術に至る経緯Aは,平成10年7月3日,本件病院第2外科で,進行性直腸がんの低位前方切除術と胆のう摘出術を受けた。術後の経過は順調で,同月28日,退院した。Aは,退院後,日常生活に復帰し ) 本件手術に至る経緯Aは,平成10年7月3日,本件病院第2外科で,進行性直腸がんの低位前方切除術と胆のう摘出術を受けた。術後の経過は順調で,同月28日,退院した。Aは,退院後,日常生活に復帰し,定期的に通院治療を受けていた(乙3の1)が,平成11年2月18日(以下,月日のみの記載は平成11年を指す。)から同月26日まで,直腸がん摘出後の精査のため本件病院に入院した際,内視鏡検査で前回手術の吻合部に直腸がんの局所再発が確認された。 B医師は,原告ら家族には直腸がんの再発である旨告げたものの,家族の意向からAに対しては直腸がんの再発とは言わず,「直腸に腫瘍ができたが,これを放置すると腸閉塞の危険があり,手術で切除した方がよい。また,手術に伴い人工肛門を造設することになる。手術後は3週間程度で軽快退院できる。」などと説明し,手術に伴う合併症については説明しなかった(証人C,原告本人)。 3月8日,Aは再発がんの切除手術を見込んで本件病院に入院した。原告を含めた家族は手術を当初拒否していた(原告本人)が,B医師が本件がんについて手術可能であることを説明したことなどから,最終的には手術に同意した。そして,本件手術の前日(同月14日),本件手術を執刀したC医師は,家族に対し,「手術は7時間くらいかかる,本件手術では輸血が必要だろう,順調にいけば本件手術後約3週間で退院できる。」などと説明した(なお,本件手術前になされた説明内容については後述のように当事者間に争いがある。)。 (3) 本件手術の経緯同月15日,本件手術が行われた。手術は同日午前9時32分から午後10時50分まで13時間18分かかり,予定の7,8時間を大幅に超過した。本件手術では,癒着剥離に際して小腸に損傷が加えられたほか,腫瘍部を前立腺から剥離するに際して尿道も損傷された。さらに ら午後10時50分まで13時間18分かかり,予定の7,8時間を大幅に超過した。本件手術では,癒着剥離に際して小腸に損傷が加えられたほか,腫瘍部を前立腺から剥離するに際して尿道も損傷された。さらに,腫瘍部と仙骨部との癒着を剥離する際,仙骨静脈叢が損傷され大量出血するなどして,Aには,1万3475ミリリットルの出血が生じた。 (4) 本件手術後の経緯1本件手術中に大量出血があったことから,循環及び呼吸の管理のため,AはICUに収容されたが,その状態は比較的良好に推移し,同月17日にはICUから一般病棟に移った。 同月18日から,38度の高熱が続き,麻痺性の腸閉塞が認められた。同月20日には,正中創の縫合部を5針ほど抜糸したところ,113グラムの排膿があった(乙3の3)。そして,同月22日,正中創から腸液の流出がみられた(乙3の1)。同月26日には,呼吸状態が悪化し,MRSA肺炎と診断されたため,気管切開術が施行され,ICUに再び入室し,人工呼吸器による呼吸管理が同月30日まで行われた。 その間,処置としては抗生物質製剤投与,正中創開放ドレナージ,会陰部創開放ドレナージ,イレウスチューブ挿入が行われた。 (5) 本件手術後の経緯2Aは,同月31日に一般病棟に移ったが,発熱と解熱を繰り返しており,上記処置が継続的に行われた。Aには,一般病棟に移った後も中心静脈栄養による栄養補給が行われた(証人C,乙18)。また,小腸瘻孔が形成されたため,正中創は閉鎖しなかった。Aは,12月ころから,腰痛,両下肢痛を訴えるようになった。Aは,平成12年2月5日,1泊外泊したが,外泊後の同月8日から肺炎に罹患した。 Aは,同年4月初めころから肺炎が増悪したほか,腎機能障害が顕著となり,同月29日死亡するに至った(乙1の1ないし3)。 Aの死亡診断書には,「Ⅰ(ア 外泊したが,外泊後の同月8日から肺炎に罹患した。 Aは,同年4月初めころから肺炎が増悪したほか,腎機能障害が顕著となり,同月29日死亡するに至った(乙1の1ないし3)。 Aの死亡診断書には,「Ⅰ(ア)直接死因腎不全」,「(イ)(ア)の原因直腸がん」,「Ⅱ直接には死因に関係しないがⅠ欄の傷病経過に影響を及ぼした傷病名等肺炎」との記載がなされている(甲1)。 なお,Aが死亡するまでに行われた検査結果の数値は別紙のとおりである(乙3の2)。 2 争点及び争点に対する当事者の主張(1) 本件手術においてC医師らに注意義務違反の行為が存在するか。 (原告の主張)癒着があっても他の臓器を傷つけないように手術をするのが外科医としての技量であり,本件手術においては,担当医の手術手技の未熟により健全な臓器が何箇所も損傷されている。 ア小腸損傷についてAには,本件手術後,腹腔内膿瘍が生じているが,これは本件手術により損傷された小腸の縫合部が破れ,腸液が腹腔内に流出したからであり,縫合不全が原因である。そして,通常,術後72時間以内に発生したと考えられる縫合不全は執刀医の縫合技術の未熟ないし不手際によるものと推定されるところ,Aは本件手術後の3月18日から38度の高熱が続き,同月19日には不穏言動がみられるなど,術後72時間以内に縫合不全が発生していた蓋然性が極めて高く,この点からもC医師の損傷箇所修復時の縫合に不手際があったことは明らかである。また,本件手術では損傷箇所について個別の修復がなされているが,狭い範囲で数多く損傷したという場合には,再吻合の方がより適切である。 被告は,会陰部からの検索で腹腔内膿瘍が生じていないことを確認した,小腸皮膚瘻は,皮下膿瘍が波及し,腹膜直下の小腸の脆弱な部分が穿孔を起こしたことにより生じたにすぎないと主張する がより適切である。 被告は,会陰部からの検索で腹腔内膿瘍が生じていないことを確認した,小腸皮膚瘻は,皮下膿瘍が波及し,腹膜直下の小腸の脆弱な部分が穿孔を起こしたことにより生じたにすぎないと主張する。しかし,会陰部からの検索で腹腔内膿瘍の有無を確認することは困難であり,会陰部からの検索で腹腔内膿瘍が生じていないことを確認したとの被告の主張は信用性に乏しい。また,皮下膿瘍の波及部位と手術による小腸の縫合部位が一致する可能性は極めて低く,その上,皮下から小腸に達するまでには脂肪層,筋肉層,腹膜があり,小腸はその下にあるという位置関係からしても,Aに発生した小腸皮膚瘻は,手術により損傷され修復された部位が縫合不全により開離し,腹腔内膿瘍が生じたことにより発生したと解するのが合理的である。 イ尿道損傷について直腸下部前面の尿道,その他の臓器の位置関係を明確に認識しつつ,注意深く剥離を進めることにより,尿道を損傷せずに本件手術を行うことが術者の当然の注意義務である。そして,本件手術では,尿道損傷により急遽泌尿器科の医師が応援に駆けつけ,尿道の損傷部位を修復していることからしても,尿道損傷が通常生じうる事態ではなく,C医師の注意義務違反の行為により生じたことは明らかである。 ウ仙骨からの出血について仙骨からの大量出血について,被告は仙骨部へのがん組織の浸潤を強く疑ったのでがん組織を仙骨から剥離し切除する必要があったと主張するが,仙骨部へのがん組織の浸潤があるのであれば,仙骨を合併切除するはずであり,しかも,原告ら家族に対して仙骨へのがん組織浸潤の可能性について術後説明していないことからすれば,真実仙骨へのがん組織の浸潤があったかは疑わしく,手術手技の未熟さによる誤った損傷の可能性が高い。 また,出血を減らすために術中に大動脈を一時遮断するな 能性について術後説明していないことからすれば,真実仙骨へのがん組織の浸潤があったかは疑わしく,手術手技の未熟さによる誤った損傷の可能性が高い。 また,出血を減らすために術中に大動脈を一時遮断するなどの工夫がとられていないほか,オクルージョンバルーンカテーテルを利用し,非常の際の止血の準備をしておくなどの事前準備もなされておらず,対処策として著しく不十分である。 そして,かかる手術手技の未熟さから,手術時間が当初の予定である7時間を大幅に超過し,13時間余りもかかっており,73歳のAには大きな身体的侵襲となった。 (被告の主張)本件手術では,開腹所見で,小腸と小腸,小腸と大腸,小腸と腹膜,大腸と腹膜というように腹腔内がほとんど隙間なく癒着していたことから,C医師は慎重に少しずつ剥離操作を行った。このように癒着が広範囲かつ強固な症例においては,周囲の組織・臓器に損傷を加えることなく癒着を剥離するのは困難であり,ある程度の頻度で損傷が生じるのはやむを得ない。しかも,損傷部位はいずれも本件手術中に修復しているのであるから,C医師に注意義務違反はない。 また,がん摘出術においては,がん組織の摘出を最大の目的としていることから,周辺の組織・臓器との癒着を剥離しなければがん組織を切除できない場合,癒着している周辺の組織・臓器の一部が犠牲になることも許容されるというべきである。 ア小腸損傷について小腸皮膚瘻は,Aに術後発症した皮下膿瘍が波及し,麻痺性イレウスによる腸管の拡張などが要因となって腹膜直下の小腸の脆弱な部分が穿孔を起こして発症したものであり,本件手術における他の小腸損傷部位が縫合不全や穿孔を起こしていないことからして,損傷部位の縫合不全はなく,腹腔内膿瘍も生じていない。また,縫合不全は手術手技のみに基づいて発生するのではなく,種々の要 件手術における他の小腸損傷部位が縫合不全や穿孔を起こしていないことからして,損傷部位の縫合不全はなく,腹腔内膿瘍も生じていない。また,縫合不全は手術手技のみに基づいて発生するのではなく,種々の要因を原因として発生するから,術後の経過時間を基準として手術手技が原因であると判断できるものではない。また,Aが3月18日に発熱した際,肺炎等を発症していたのであり,発熱の原因として肺炎等種々の要因も考えられるから,そもそも,発熱をもって縫合不全が発生したとは判定できない。さらに,原告は,損傷箇所の修復について再吻合術を行わなかったことを問題視するが,本件手術での小腸の損傷は,しょう膜の損傷にとどまっており,かかる場合において,損傷部位のしょう膜を修復する方法は適切であり,小腸吻合術で修復しなければならないということはできない。 本件において腹腔内膿瘍が疑われる部位は小骨盤腔にあり,会陰部からの検索により腹腔内膿瘍でないことを確認することは可能である。Aについては,膿瘍と思われる部位と止血のための骨鋲位置をもとに腹腔内膿瘍でないと診断した。 また,小腸の損傷は,しょう膜の損傷にとどまっており,かかる損傷の程度で腸液の浸出,腹腔内膿瘍の形成は考えられない。逆に,Aに行われた保存的治療で腸液の浸出が止まることも考えられないから,原告主張の腹腔内膿瘍は認められない。 イ尿道損傷について一般に,本件手術と同様の手術において,術中に尿道に損傷を与えることはない。Aについては,癒着と炎症が前立腺の位置まで存在していたことから尿道にカテーテルを挿入して慎重に剥離操作を行っていたが,癒着が強度であることから損傷を与えたにすぎず,C医師に注意義務違反の過失があるとはいえない。 ウ仙骨からの出血について本件手術中,直腸再発がんが仙骨と広範囲かつ強固に癒着し 操作を行っていたが,癒着が強度であることから損傷を与えたにすぎず,C医師に注意義務違反の過失があるとはいえない。 ウ仙骨からの出血について本件手術中,直腸再発がんが仙骨と広範囲かつ強固に癒着していることが判明したが,かかる癒着はがんが仙骨に浸潤している可能性が高いことを示しており,がん組織を仙骨から剥離し切除する必要があった。手術前から出血の可能性は念頭に置かれていたが,止血が困難であったため出血量が予想を大きく超えた。しかし,がん組織を切除でき,仙骨前面部からの止血を行うことができたのであるから,手術の目的は達成できた。 原告の主張する仙骨合併切除は,術前の画像診断検査で仙骨へのがん浸潤を疑うことができる場合に,これを採用することがあるが,本件のように,手術中に初めて仙骨への浸潤が疑われたようなときには,更なる手術時間の延長を招くだけであり,相当とはいえない。また,仙骨合併切除が必要な場合は,がんが他臓器へ転移していることが多く,通常選択されることは非常に少ない。 また,大動脈の一時遮断については,本件手術のように高度の癒着が存在する場合には,開胸して胸部大動脈で遮断することとなるが,これは通常行われる手技ではなく,原告の主張は非現実的なものである。オクルージョンバルーンカテーテルの使用についても,オクルージョンバルーンカテーテルは大動脈瘤破裂などの緊急事態に際して使用することはあるが,手術までを持たせる手段として使用されるのであり,本件手術のように開腹中に出血している状況において使用することは通常考えがたい。 手術時間が当初の予定を越えて長時間となったのは,直腸再発がんと周囲の組織・臓器との癒着が予想を超えて広範囲かつ強固であり,また,小腸が全体に脆弱でしょう膜が裂け易い状態であったため,剥離の操作が極めて困難であり,慎重に注 て長時間となったのは,直腸再発がんと周囲の組織・臓器との癒着が予想を超えて広範囲かつ強固であり,また,小腸が全体に脆弱でしょう膜が裂け易い状態であったため,剥離の操作が極めて困難であり,慎重に注意深く剥離を行ったためにすぎない。 (2) 仮に注意義務違反の行為が認められるとして,かかる行為とAの死亡との間に因果関係が認められるか。 (原告の主張)本件手術によるAへの侵襲が,仙骨静脈等からの大量出血並びに小腸及び尿道損傷という過大なものであったことから,Aの免疫機能が低下し,低栄養状態となった。それが,がん再発を助長し,さらに,縫合不全,腹壁?開,感染症,MRSA肺炎等の術後合併症を助長させた。そして,免疫機能の低下,低栄養状態や術後合併症,がん再発が,トータルプロテインやコリンエステラーゼの低下,腎機能の低下(抗生物質製剤の継続的な投与も影響している。)にみられる全身状態の悪化を生ぜしめ,最終的には腎不全で死亡したのである。したがって,AはC医師の注意義務違反の行為により死亡したとされるべきである。 ア前記縫合不全の部位から腸液が腹腔内に浸出し,腹腔内膿瘍が発生したにもかかわらず,保存的な抗生物質製剤の投与とドレナージによる排出のみで抜本的な対策をせず,腸の傷が閉じず,点滴による栄養補給のみであったこととあいまってAの全身状態を悪化させた。 被告は,家族の反対で閉腹手術を見送ったと主張するが,広汎な腹壁?開を伴っているAについては,腸管の完全な修復が不可欠であり,腸管の切除再吻合という極めて侵襲の大きな手術を行うこととなるが,Aは,全身状態が悪く,感染症を繰り返していたのであるから,かかる手術を行うことは無理であった。 また,8月12日には,Aの担当医師自身が手術は無理な旨判断している。結局,腹壁は「閉鎖しなかった」のではなく,腹壁? 悪く,感染症を繰り返していたのであるから,かかる手術を行うことは無理であった。 また,8月12日には,Aの担当医師自身が手術は無理な旨判断している。結局,腹壁は「閉鎖しなかった」のではなく,腹壁?開が大きく,小腸の損傷も甚大であったことから「閉鎖できなかった」のである。 イ腎機能の悪化が抗生物質製剤の投与による一過性のものでないことは,クレアチニンの数値において,抗生物質製剤の投与中止等により一時的に持ち直す時期はあったものの,一貫して悪化傾向をたどっていることからも明らかである。また,がんの再々発が画像上で確認される前からクレアチニンの数値は標準値をほとんど超えていた。 ウトータルプロテインの値をみると,本件手術前は良好な栄養状態であったことを示していたが,手術後は一時的に高い数値を示しているものの,全体的にみれば標準値の下限かそれ以下を示しているから,Aの栄養状態が低いものであったことは明らかである。 (被告の主張)Aは,肺がん転移と直腸がんの再々発により全身状態が進行的に悪化し,肺炎を併発し,末期がんによる腎機能障害を招来し,全身状態が悪化して死亡したものである。本件手術はAの死亡の原因とはなっていない。実際に,6月以降は,Aの病状も比較的安定するようになり,病棟内を歩行したり,デイルームでテレビを見て過ごせるようになっている。 Aの死亡原因として腎不全と記載されているのは,死亡前数日間の臨床経過に基づき記載したものにすぎず,再発がんの長い経過を考慮すればがん死として記載すべきものである。なお,原告が主張する因果経路については,術中所見で仙骨へのがんの浸潤が強く疑われ,その部位に局所がんの再々発が認められたのであるから,本件手術における大出血ががんの再々発に影響を与えたということはできない。 ア腹腔内膿瘍が生じていない 中所見で仙骨へのがんの浸潤が強く疑われ,その部位に局所がんの再々発が認められたのであるから,本件手術における大出血ががんの再々発に影響を与えたということはできない。 ア腹腔内膿瘍が生じていないことは前記のとおりであるが,腹壁閉鎖は,初期の時点では困難と考えていたものの,その後可能と判断し,家族に勧めたが,承諾がなく,行うことができなかった。イレウスチューブ造影の所見で腸管に狭窄部位が認められるが,かかる事実から直ちに腸管が閉塞に近い状態にあったことを意味するものではない。現にAには度々経口摂取をさせており,嘔吐を繰り返すようなこともなかった。 また,経口摂取の点についても,Aが誤嚥を繰り返すために,食事を制限したにすぎず,小腸皮膚瘻の存在は経口摂取できない理由ではなく,現に度々経口摂取させていたほか,栄養は中心静脈栄養による栄養補給で十分にとれていた。 イ感染症に対する抗生物質製剤の投与により,腎機能の低下が認められるが,クレアチニンの数値が上下しながら推移していることから,腎機能の低下は一過性のものにすぎない。平成12年3月以降は,クレアチニンの数値は2を超えた状態で推移しているが,これは,仙骨部での再々発がんが増大し,尿路が圧迫され,平成12年4月以降に急激に悪化したものであり,終末期直腸がんを原因とする症状である。実際,死亡の約10日前までは尿量が比較的保たれていたが,クレアチニンと尿素窒素が急激に上昇した死亡4日前からは尿量が1日当たり50ミリリットルと極端に減少しており,直腸再々発がんの終末期による影響は明らかである。なお,腫瘍により尿路が圧迫されたことも影響している。 ウトータルプロテインの値は,確かに手術直後,急激に低下したが,その後はほぼ一定の値をとって推移しており,4月1日には正常値を示している。栄養状態 お,腫瘍により尿路が圧迫されたことも影響している。 ウトータルプロテインの値は,確かに手術直後,急激に低下したが,その後はほぼ一定の値をとって推移しており,4月1日には正常値を示している。栄養状態の低下は本件手術直後だけである。平成12年2月10日の時点ではがんの終末期であり栄養を投与してもがん腫に取られ,またクレアチニンの数値がやや高いことからアミノ酸製剤の投与を控えていたため,栄養状態を示す指標が低下したのである。 (3) 本件手術に際して,A及び原告に対する説明義務違反が存在するか。 (原告の主張)ア Aに対し再発がんを告知しないことが合併症の非告知を正当化するものではない。再度の手術であることから種々の合併症が予想される以上,患者自身の治療方法選択についての自己決定権を尊重する見地からは,Aのクオリティオブライフに影響を与える可能性のある合併症について詳細な説明がなされるべきであり,医療行為に関する説明義務に違反している。 イ原告を含むAの家族に対して,B医師は,大腸がんの再発であるが,幸い早期に発見され,再発がん自体も非常に小さく,他に転移もみられないので,再発がんが大きくならないうちに手術をすれば短期間で軽快退院できると説明し,術後の合併症についての詳しい説明を全くしなかった。また,C医師も,術後の合併症についての詳しい説明をしなかった。合併症についての説明がなかったことは,手術承諾書の記載からも明らかであり,説明義務に違反している。 ウ直腸がん再手術で癒着剥離に際して誤って他の臓器を損傷し,その修復部位が縫合不全のため離開し,腹腔内に腸液が浸出し,腹壁?開が生ずるということは事実経過として十分予想される事態であり,被告主張のように,予期しえない合併症ということはできない。 (被告の主張)ア Aに対して手術に伴 開し,腹腔内に腸液が浸出し,腹壁?開が生ずるということは事実経過として十分予想される事態であり,被告主張のように,予期しえない合併症ということはできない。 (被告の主張)ア Aに対して手術に伴う合併症についてはほとんど説明していないが,一般に,悪性腫瘍であることを説明せず,悪性腫瘍の手術に伴う合併症についてのみ説明するようなことは,当該がんの重大性,治療方法の種類,治療をしないときの予後等を総合して判断する機会を与えないまま,治療に伴う危険性の情報のみを提供することになり,患者に対し,正確な判断をするに必要な医療情報を供与しないことを意味し,誤った判断を行わせる危険があることから,行われておらず,説明義務違反とはいえない。 イ原告を含むAの家族に対しては,次のような説明を行った。 ①直腸がんの再発である。 ②切除術を実施しない場合には,がん組織の増大に伴って腸閉塞が起こり,腹部膨満,腹痛,嘔吐等の症状が発現する。これらの症状は患者にとって大きな苦痛で麻薬等を使用しても軽減できない。人工肛門の造設が必要になるが,がん組織を切除するわけではないのでがん組織からの出血やがんの転移とそれに伴う疼痛は避けられず,延命の効果はない。 ③他の治療方法としては,抗がん剤を使用する化学療法,放射線治療が考えられる。このうち,化学療法については,Aには最初の手術後抗がん剤を投与していたが,効果なくがんが再発してしまったこと,大腸の再発がんに治療効果のある薬剤はほとんどないことなどから,その治療効果はほとんど期待できない。放射線治療についても治療効果は期待できない。 ④外科的治療は,他の臓器に転移を疑わせるような所見がないことから最良かつ最も延命効果の高い治療法と考えている。 ⑤外科的治療を行うに際しては,手術部位が瘢痕化し,周囲の組織と癒着し 待できない。 ④外科的治療は,他の臓器に転移を疑わせるような所見がないことから最良かつ最も延命効果の高い治療法と考えている。 ⑤外科的治療を行うに際しては,手術部位が瘢痕化し,周囲の組織と癒着していることが予想され,剥離することが必要になる。そして,剥離の際,周囲の組織が損傷を受けること,周囲の組織からの出血が予想され,しかもその出血が大量になる可能性があり,輸血が必要になると予想されること,手術時間が長時間になること,手術に伴い感染症や予期しないことが発生する危険がある。 本件病院においては,手術等にあたっては,患者か家族に医療行為の必要性,予想される治療効果や危険性などについて説明をし,納得を得てから手術承諾書に署名を求めており,本件手術でも,担当医師らは上記のように手術の必要性,予想される治療効果,危険性について十分に説明した。Aやその家族はかかる説明に納得し,手術承諾書に署名したのである。手術承諾書に説明事項の一部しか記載しないことはよくあり,記載がないからといって説明をしていないわけではない。また,原告が指摘する他の手術承諾書(神経根ブロック)は本件病院の他の部署における要領に従って記載したものであり,本件手術の承諾書と比較することに意味はない。 ウ小腸損傷は腹腔内の癒着が強い場合に再発がん組織を切除するにあたり通常起こりうることであり,小腸損傷は常に完全に修復されるものではないが,通常修復できるのであり,かつ小腸皮膚瘻が形成される危険性は少ないのであるから,合併症が本件手術後に実際に生じた程度にまで至る可能性は一般的には極めて小さく,開腹して癒着の程度や周囲の組織が脆弱であることが判明して初めて分かるのであって,本件のような経過をたどることは術前に全てを予想することはできなかった。そのような合併症について手術に際し めて小さく,開腹して癒着の程度や周囲の組織が脆弱であることが判明して初めて分かるのであって,本件のような経過をたどることは術前に全てを予想することはできなかった。そのような合併症について手術に際して事前に説明すべきとは到底いえない。 (4) 損害額(延命可能性を理由とする慰謝料請求の当否を含む。)(原告の主張)本件手術によりAに発生した損害は以下のとおりである。 ア逸失利益 1912万6980円Aは死亡前年額191万2698円の年金を受給しており,死亡時74歳であったことから,その平均余命が10年であることを併せ考慮すれば上記の金額となる。 イ慰謝料 3000万円(ア) Aは本件手術により日常生活に全く復帰できないほどの回復不可能な重大な疾患を負わされ,約1年余りにわたり小腸が露出したままであり,痛苦に満ちた闘病生活を送っていたことを考慮すれば,上記金額を下るものではない。 (イ) 仮に,C医師の過失行為とAの死亡との間に直接の因果関係が否定される場合であっても,本件での慰謝料は1000万円を下るものではない。すなわち,単なる適切な治療行為をしなかったという不作為の事例で,適切な治療措置をしていたところで救命は期待できなかったという事案においても,300万円から500万円程度の慰謝料を認容する裁判例が少なくないところ,本件は,C医師の本件手術中の止血ミスにより,Aは全身の血液の約3倍にも及ぶ大出血を惹起させられたのみならず,手術手技のミスにより尿道も損傷させられたというものであり,これらの侵襲行為がAのその後の容態に重大な悪影響を及ぼしていることは明らかである。現に,本件手術後から,Aは高熱が続き,抗生物質製剤投与の継続に加え,尿道損傷による排尿障害等により腎機能も次第に悪化している。かかる経過に照らすと,止血ミスによる を及ぼしていることは明らかである。現に,本件手術後から,Aは高熱が続き,抗生物質製剤投与の継続に加え,尿道損傷による排尿障害等により腎機能も次第に悪化している。かかる経過に照らすと,止血ミスによる大出血及び手術手技のミスによる尿道損傷が回避されていたとすれば,Aの予後は当然に違っていたものであり,入院中のクオリティオブライフに変化があったのはもちろん,更に延命できていた蓋然性も高い。 したがって,Aの精神的苦痛は極めて甚大であって,原告の慰謝料は1000万円を下るものではない。 ウ弁護士費用 500万円(被告の主張)ア,イは争う。ウは不知。 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(本件手術手技における注意義務違反の存否)について(1) 証拠(甲3,4,乙3の1及び3,18,証人C)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 ア本件手術は,平成11年3月15日に行われた(以下,時間のみを示すものは全て当日のことを指すものとする。)。Aは所定の術前措置を施された上,午前8時30分,本件病院の手術室に入室し,午前9時,経口による全身麻酔が施され,午前9時32分,本件手術が開始された。本件手術においては,腹会陰式直腸切除術がとられた。 執刀医であったC医師は,初発の大腸がんの執刀は10例ぐらい経験していたが,直腸の再発がんの切除手術については,何度か立ち会ったことがあったものの,術者として執刀するのは初めてであった。助手として,被告の第2外科講師であるD医師及び同科助手であるE医師が立ち会った(助手は執刀医を補佐するものであるが,それは指導という意味があるほか,執刀医の手技が余りよくなければ随時交代することになる。本件手術でも,C医師より経験の豊富なD医師が小腸の剥離操作を2ないし3割ほど行っている。)。 イ C医師は,前回 れは指導という意味があるほか,執刀医の手技が余りよくなければ随時交代することになる。本件手術でも,C医師より経験の豊富なD医師が小腸の剥離操作を2ないし3割ほど行っている。)。 イ C医師は,前回の手術の際の創部に沿って中下腹部切開を行った。腹腔内は全体に癒着が高度であり,小腸と大腸が腹膜と癒着し,あるいは腸管相互が広範囲に癒着していた。 中下腹部は,正中創の腹膜に小腸と大網が高度に癒着していた。C医師は,小腸の剥離操作を行ったが,癒着が強度であったことと小腸の組織がもろかったことから,複数箇所の小腸のしょう膜に損傷を与えてしまった。助手として立ち会っていたD医師が確認の意味で剥離操作を行った。その際,D医師は,癒着がひどいことと組織が非常にもろいことを指摘した。小腸のしょう膜に損傷を与えたのは7,8箇所であるが,これらは全て本件手術中に縫合し,修復を行った(修復箇所が7,8箇所というのは,一般的には多いが,Aの癒着の程度を前提とすれば,多いとはいえない。)。 ウ小腸の剥離操作後,骨盤腔内の操作に移り,前回手術の吻合部であり,がん再発部と判断された直腸の部位を確認し,腹腔内より切除を進めた。同部位は約2平方センチメートルの範囲で仙骨と高度に癒着していたが,肛門側に比較的柔らかい組織が触知されたことから肛門側からの剥離により再発がんを切除できると判断し,会陰部操作に移った。 エ会陰部からも再発がんの腫瘍の切除を行ったが,腫瘍部と前立腺との境界が不明瞭な部位が認められたところ,直腸のすぐ前には前立腺があり,尿道は膀胱から前立腺を通って陰茎につながっているので,尿道を傷つけないように剥離を進める必要があったが,C医師は位置の見極めができず,尿道の1箇所に穴を空けてしまった。C医師は,直ちに泌尿器科の医師に連絡をとり,同医師が本件手術 つながっているので,尿道を傷つけないように剥離を進める必要があったが,C医師は位置の見極めができず,尿道の1箇所に穴を空けてしまった。C医師は,直ちに泌尿器科の医師に連絡をとり,同医師が本件手術中に上記損傷を修復した。本件手術後,Aには尿道狭窄が生じ,自力による尿排泄が困難となったことから尿道カテーテルを留置することとなった。 オ直腸の一部切除は午後1時48分に開始した。仙骨との癒着部を残して直腸は全て切除された。この時点で出血は約3000ミリリットルであった。C医師は,再び腹腔内の操作に戻り,仙骨の癒着部位を切り離し,午後6時30分,直腸を切除した。切除後,仙骨前面の静脈叢から大量の出血が始まった。C医師らは,緊急に,被告第2外科助教授のF医師及びG医師に協力を要請し,圧迫止血,針糸をかけて縛る方法,止血剤の使用,レーザーでの固化等,様々な止血の方法を試みたが,いずれも成功せず,結局,骨鋲により止血を行った。その間に,約1万ミリリットルの出血があり,用意していた輸血用の血液は全て消費され,追加が必要な状態であった。血小板についてはその使用を想定していなかったが,急遽使用された。 止血後,再度腹腔内を確認し,午後10時35分から人工肛門造設を行い,午後10時50分に本件手術が終了した。Aは,大量出血があったことで,ICUへ入室することとなった。 カ本件手術後,正中創が発赤したため,3月20日皮膚の表面の縫合糸を一部切除して開放したところ,大量の排膿がみられた。この際,腹膜の縫合糸には手をつけていない。3月25日には腹部CT検査を行ったが,明らかな膿瘍は認められなかった。3月29日,再度腹部CT検査を行ったときには,膀胱と直腸の間に腹腔内膿瘍を疑わせる所見が認められた。しかし,会陰部創を開放して検索した結果,腹腔内膿瘍でないこと ,明らかな膿瘍は認められなかった。3月29日,再度腹部CT検査を行ったときには,膀胱と直腸の間に腹腔内膿瘍を疑わせる所見が認められた。しかし,会陰部創を開放して検索した結果,腹腔内膿瘍でないことが確認された。小腸皮膚瘻は最終的には3箇所に認められた。 (2) 小腸の損傷について上記(1)に認定の事実によれば,本件手術において,C医師は,小腸の癒着部を剥離する際,小腸のしょう膜を7ないし8箇所損傷したのであるが,他方,本件手術の目的である直腸局所がんの切除のためには,小腸の癒着部を剥離する必要があったこと,Aは直腸の再発がんであり,腹腔内は全体に癒着が高度であったこと,加えて,年齢からして非常に組織がもろかったこと(C医師よりも経験の豊富な助手のD医師が確認の意味で剥離操作を行った際,同医師も同様の感想を述べている。),いずれの損傷箇所も本件手術中に縫合修復術を行ったことからすれば,本件手術におけるC医師による小腸の損傷をもって,直ちに注意義務に違反する行為ということはできない。 この点について,原告は,Aには,本件手術後,腹腔内膿瘍が生じているが,これは,C医師の縫合技術が未熟であるか,縫合に不手際があったことが原因で生じたものであって,損傷部位の修復は十分ではなかったと主張する。しかしながら,上記(1)に認定のとおり,本件手術後である3月20日に,正中創を開放した際,大量の排膿があったが,腹膜の縫合糸には手をつけていないこと,CT検査で腹腔内膿瘍を疑わせる所見が認められた位置は膀胱と直腸の間であるが,会陰部からの検索により腹腔内膿瘍でないことを確認していることを総合すると,腹腔内膿瘍が本件手術後に発生したと認めることはできず,腹腔内膿瘍の発生を前提とする原告の上記主張は採用することができない。また,修復部位は小腸のしょう膜であり ことを確認していることを総合すると,腹腔内膿瘍が本件手術後に発生したと認めることはできず,腹腔内膿瘍の発生を前提とする原告の上記主張は採用することができない。また,修復部位は小腸のしょう膜であり,しょう膜は器官の表面を覆っているものにすぎないこと,Aには腸閉塞症が生じていたことからして,Aに生じた小腸皮膚瘻は腸閉塞症により小腸に圧力がかかり,小腸の脆弱な部分が穿孔を起こしたことにより生じたと解するのが相当であり(乙3の1),本件全証拠によっても,縫合不全があったことを認めるに足りる証拠はない。結局,小腸損傷についてC医師に注意義務違反の行為を認めることはできない。 (3) 尿道の損傷について前記(1)に認定の事実によれば,腫瘍部と前立腺との境界が不明瞭な部位があり,そのため,C医師は,尿道の位置を見極めることができず,尿道に1箇所穴を空けるという損傷を加えてしまったところ,一般的には,本件手術の術式では,尿道を損傷する危険があることから損傷を加えないよう注意して剥離を進めることとされているのであるから,尿道損傷についてはC医師に注意義務違反の行為を認めることができる。 この点,本件手術中に,C医師は直ちに泌尿器科の医師に連絡をとり,同医師が本件損傷を修復しているが,前記(1)に認定のとおり,本件手術後において,Aには尿道狭窄が生じているのであるから,修復がなされたことをもって,C医師に注意義務違反の行為があることを覆すものではない。 (4) 大量出血について証拠(甲14)によれば,一般に仙骨の癒着部位を切り離すには,仙骨筋膜と直腸筋膜の間の仙骨前腔を,仙骨筋膜に接するように鋭的に剥離するのが正しい方法とされており,Waldeyer筋膜より仙骨側で剥離して仙骨筋膜を剥がしてしまうと仙骨前面の血管が露出することとなり,出血すると止血が困 仙骨前腔を,仙骨筋膜に接するように鋭的に剥離するのが正しい方法とされており,Waldeyer筋膜より仙骨側で剥離して仙骨筋膜を剥がしてしまうと仙骨前面の血管が露出することとなり,出血すると止血が困難となるとされているところ,前記(1)に認定の事実によれば,本件手術においては,直腸再発がんを仙骨から剥離するに際し,仙骨前面の静脈叢から出血が生じ,止血が困難であったことからして,C医師は,誤ってWaldeyer筋膜より仙骨側で剥離して仙骨筋膜を剥がしてしまったと解するのが相当である。そして,一般に,直腸がんと仙骨とを切除する際には,かかる大量出血を招来しないよう十分注意して剥離を進めることとされている(甲14,18,21)のであるから,C医師の上記手術手技は,注意義務に違反する行為であったといわざるを得ない。 この点について,被告は,がん組織を仙骨から剥離し切除する必要があり,止血にも成功したのであるから,手術の目的は達成できたと主張する。しかしながら,がん組織を仙骨から剥離し切除する必要があるとしても,上記のとおり,一般に仙骨前面の血管から出血すれば,止血が困難になって大量出血を来たし易いとされているのであるから,より一層慎重な剥離が求められているというべきである。また,結果的に止血に成功したが,その間用意していた輸血用の血液ではまかなえない約1万ミリリットルという大量の出血が生じていることからしても,C医師の行為には注意義務違反があるというべきである。 (5) 以上からすれば,本件手術におけるC医師の手術手技には,尿道損傷及び仙骨からの剥離に際しての出血について注意義務違反の行為が認められる。 2 争点(2)(注意義務違反と死亡との間の因果関係の存否)について(1) 前記争いのない事実等に証拠(乙3の1ないし3,証人C)及び弁論の全趣旨 しての出血について注意義務違反の行為が認められる。 2 争点(2)(注意義務違反と死亡との間の因果関係の存否)について(1) 前記争いのない事実等に証拠(乙3の1ないし3,証人C)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。 ア Aは,本件手術直後を含めて2度ICUに入室したが,3月31日にはICUから一般病棟に移動し,その後は,発熱等はあるものの,状態は安定するようになり,6月中旬ころには,自力で離床できるようになり,日中眼鏡を使用し室内歩行したり,椅子に座るなどできるようになった。 イ検査数値をみても,Aのトータルプロテイン値は,本件手術直後に極めて低い数値を記録したが,4月1日には正常値の範囲内に入ってきており,10月21日までは正常値の範囲内にほぼ収まっていた。 ウところが,Aには,11月27日のCT検査で肺にがん転移と思われる画像所見が認められたほか,12月ころには,直腸がんによると推定される下肢痛が出現し,同月24日のMRI検査で仙骨部の局所がん再発が認められた。死の直前には腰の後ろに子供の頭大くらいの腫瘍があった。 エ Aは,平成12年2月5日,自宅に戻る最後の機会を与えられ,自宅への外泊を行ったが,帰院後の同月8日から高熱が続くようになり,肺炎と診断され,その後,同年4月肺炎が増悪し,同月17日には腎機能障害も生じ,同月29日死亡した。本件手術からAの死亡日までに,約13か月が経過していた。 (2) 以上認定の診療経過からすれば,Aの死亡には,本件手術後の直腸がんの肺転移及び局所での再々発並びに同年2月の外泊後に罹患しその後増悪した肺炎が影響していると認めるのが相当であって,本件全証拠によっても,前記1(5)に認定の本件手術におけるC医師の注意義務違反の行為とAの死亡との間に相当因果関係があると認めるに足りる的 の後増悪した肺炎が影響していると認めるのが相当であって,本件全証拠によっても,前記1(5)に認定の本件手術におけるC医師の注意義務違反の行為とAの死亡との間に相当因果関係があると認めるに足りる的確な証拠はない。 この点について,原告は,C医師の注意義務違反の行為により,Aの免疫機能が低下し,低栄養状態となったことががん再発を助長し,腹壁?開,感染症,MRSA肺炎等の術後合併症を助長させ,Aを死に至らしめたと主張する。確かに,本件手術中の大量出血が直腸がんの再々発に影響している可能性は皆無とはいえない(証人C)ものの,上記(1)に認定のとおり,Aのトータルプロテインの数値は4月1日には正常値の範囲内に入っていること,10月28日以降の同数値の低下については,がんの再々発が影響しているというべきこと,死亡に至るまで持続した肺炎は平成12年2月の外泊がきっかけとなっていることからすると,原告の主張を考慮しても,C医師の注意義務違反の行為とAの死亡との間に相当因果関係を認めることはできない。また,原告は,腹腔内膿瘍が発生したにもかかわらず,適切な措置をとらなかったために,小腸皮膚瘻が閉じず,Aの全身状態を悪化させていると主張する。しかしながら,本件手術後に腹腔内膿瘍が発生したと認められないことは,前記1(2)に説示のとおりであり,また,C医師に小腸の損傷自体について注意義務違反を認めることができないことも同所に説示のとおりであるから,小腸皮膚瘻が閉じなかったことを理由に本件手術とAの死亡との間に因果関係があるとして,C医師の責任を認めることはできない。 3 争点(3)(説明義務違反の存否)について(1) Aに対する説明についてア本件手術に際し,Aに対しては家族の意向から,直腸がんの再発である旨が告知されず,B医師により,「直腸に腫瘍がで 。 3 争点(3)(説明義務違反の存否)について(1) Aに対する説明についてア本件手術に際し,Aに対しては家族の意向から,直腸がんの再発である旨が告知されず,B医師により,「直腸に腫瘍ができたが,これを放置すると腸閉塞の危険があり,手術で切除した方がよい。また,手術に伴い人工肛門を増設することになる。」などとの説明程度がなされたにとどまり,手術に伴う合併症については説明されなかったことは,前記争いのない事実等(2)のとおりである。 イ手術に際して医者が行う説明は,患者の自己の人生への自己決定権を確保するためになされるのであるから,患者自身になされるのが原則というべきであるが,がんのような重篤な疾患に罹患した場合に,患者の家族が,患者の精神状態に対する配慮等から,がんの告知を回避して一部についての説明にとどめて欲しいとの具体的な申し出をした場合には,患者自身に対する説明としては,その申し出に沿った範囲内で必要な情報の提供を行うことで足りると解すべきである。 これを本件についてみると,本件手術に際して,B医師らは,Aの家族から,直腸がんの再発である旨は告知しないで欲しいとの要請を受けていたのであるから,Aに対する説明としては,再発がんであることを告知しない前提での説明で足りるのであって,B医師らが,腫瘍を切除せず放置した場合の危険性,本件手術に伴う人工肛門の造設について説明したことにより,Aには必要な情報が提供されていると解するのが相当である。 したがって,Aに対する説明内容に説明義務違反は認められない。 (2) 原告を含む家族に対する説明についてア証拠(甲6,乙3の1及び3,証人C,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。 原告を含めた家族は,Aが,平成10年7月の最初の手術の際,痛い思いは今回一度 する説明についてア証拠(甲6,乙3の1及び3,証人C,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。 原告を含めた家族は,Aが,平成10年7月の最初の手術の際,痛い思いは今回一度だけにしたいと言っていたことなどから,本件手術を行うか迷っていた。 これに対し,B医師は,Aが入院した後,原告を含めた家族に対し,がんは非常に小さく転移もない,手術により元と同じように十分に回復できる可能性があると説明して手術を勧めるとともに,手術により再発がんを除去しないと,半年位経過後,Aは,腸管がだんだんと細くなり食事が摂れない身体になってしまい,体力が徐々に落ちる,腸閉塞が起きる可能性もある旨説明した。また,他の治療手段として,放射線療法や化学療法があるという説明も行った。以上の説明を受けたことにより,原告ら家族は本件手術に踏み切ることとした。 さらに,原告らは,本件手術前日にC医師から本件手術についての説明を受けたが,その際に,本件手術時間が7,8時間かかる予定であること,前回手術に伴う癒着があると予想されることから,そのように時間がかかること,今回は輸血を行うことが予想されること,術中何かが起こればそれに対して処置することなどの説明を受けた。 ただ,B医師及びC医師らから,本件手術前に,Aに本件手術後生じた合併症に関する説明はなされなかった。 イ以上認定の事実によれば,本件手術に際して,B医師らは,手術を行わなかった場合に想定される状況,他の治療方法の内容,Aには前回手術に伴う癒着があると予想されること,輸血を行う可能性があることなどについて説明しているのであるから,本件手術を行うかどうかの選択をするに十分な情報が原告を含めた家族に対して提供されているということができ,原告を含めた家族に対する説明についても説明義務違反は認め について説明しているのであるから,本件手術を行うかどうかの選択をするに十分な情報が原告を含めた家族に対して提供されているということができ,原告を含めた家族に対する説明についても説明義務違反は認められない。 この点について,原告は,本件患者のクオリティオブライフに影響を与える可能性のある合併症について詳細な説明がなされるべきであり,医療行為に関する説明義務に違反していると主張する。しかしながら,証拠(証人C)によれば,Aに生じた腹壁?開及びそれに至る経過は本件手術における術式の合併症としては一般的なものではないこと,具体的な癒着の範囲及び程度は開腹して初めて分かることが認められる。手術に際する説明は,前述のように,患者が自ら治療方法を選択し,自己の人生を決定するためになされるのであるから,治療方法を選択するにあたって,通常想定される危険性について説明がなされていれば足りるのであって,手術後の合併症についても,当該手術に伴うものとして通常予想されるものが説明されていれば,説明義務が充たされていると解するのが相当である。 したがって,本件手術後にAに生じた腹壁?開及びそれに至る経過や高度の癒着を前提とした合併症について説明されていないことをもって,説明義務違反とすることはできず,原告の上記主張は採用することができない。 (3) したがって,本件手術について説明義務違反の行為は認められない。 4 争点(4)(延命可能性を理由とする慰謝料請求の当否)について原告は,C医師の注意義務違反の行為とAの死亡との間に因果関係が認められない場合においても,注意義務違反の行為がなければ,Aの予後は当然に違っていたのであり,更に延命できていた蓋然性も高いと主張して,慰謝料を請求する。 しかしながら,Aは,6月中旬ころには,自力で離床できるようになり,室 ,注意義務違反の行為がなければ,Aの予後は当然に違っていたのであり,更に延命できていた蓋然性も高いと主張して,慰謝料を請求する。 しかしながら,Aは,6月中旬ころには,自力で離床できるようになり,室内歩行したり,椅子に座るなどできるようになっており,栄養補給は中心静脈からの点滴によりなされ,栄養状態も4月1日の検査以降,数値が正常値の範囲内に入っていたことは,前記争いのない事実等及び前記2(1)に認定のとおりである。また,証拠(甲16,18ないし22,証人C)によれば,直腸がん局所再発が生じると,出血,疼痛,腸閉塞,腸瘻などが出現し,長期にわたり悲惨な経過をたどることが多いところ,これに対する治療法としては,現在のところ,外科治療のみが根治的なものであり,化学療法及び放射線療法では満足な効果を得られないと認められるところ,証拠(証人C)によれば,Aについても,本件手術を行わなければ,半年ぐらい経過してから,腸管がだんだんと細くなり食事が摂れない状態となり,体力が徐々に落ち,腸閉塞になるという経過をたどる蓋然性が高かったことが認められる(なお,前記1(2)に説示のとおり,小腸皮膚瘻は,腸閉塞症により圧力がかかり,小腸の脆弱な部分が破れたことにより生じたにすぎず,C医師の注意義務違反の行為により生じたものとは認められない。)。 以上の諸事情を総合すれば,C医師の注意義務違反の行為がなければ,Aの予後が当然に違っていた,ないしは延命できていた蓋然性が高かったと直ちに認めることはできず,他に,原告の上記主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。 第4 結論以上の次第で,原告の請求は理由がないからこれを棄却し,主文のとおり判決する。 宇都宮地方裁判所第1民事部裁判長裁判官岩田 告の上記主張を採用することはできない。 第4 結論以上の次第で,原告の請求は理由がないからこれを棄却し,主文のとおり判決する。 宇都宮地方裁判所第1民事部裁判長裁判官岩田眞裁判官松永栄治裁判官宮田祥次(別紙省略)

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