平成17(受)2126 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成19年4月24日 最高裁判所第三小法廷 判決 その他 東京高等裁判所 平成17(ネ)1934
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判決文本文11,078 文字)

- 1 -主文 原判決中,主文第1,2項を破棄する。 被上告人らの控訴を棄却する。 上告人のその余の上告を棄却する。 訴訟の総費用は,これを10分し,その9を上告人の負担とし,その余を被上告人らの負担とする。 理由 上告人の上告受理申立て理由第2の1について 本件は,弁護士である上告人が,Yが代表者を務めるA(以下「A」とい う。)による懲戒請求等の申立てや訴訟の提起等が上告人の名誉又は信用を毀損するものとして不法行為に当たるなどと主張して,Y及びAの代理人弁護士として 関与したYに対し,損害賠償として連帯して500万円及び遅延損害金を支払う よう求める事案である。 原審が適法に確定した事実関係の概要は次のとおりである。 (1)当事者ア上告人は,栃木県足利市に法律事務所を設け,栃木県弁護士会に所属する弁護士である。 イYは,建築工事の請負などを業とするA(本店所在地は群馬県吾妻郡a町 である。)の代表者であり,平成9年当時から現在まで新潟県上越市に居住している。 ウYは,東京都において法律事務所を設け,東京弁護士会に所属する弁護士 である。 - 2 -エB(以下「B」という。)は,建築工事の請負などを業とする有限会社であり,平成9年当時から現在まで栃木県足利市に本店を置いている。 (2)仮差押事件アAは,平成9年2月20日ころ,宇都宮地方裁判所足利支部(以下「足利支部」という。)に対し,Bを債務者,Cを第三債務者とし,AがBに対して有する工事代金債権996万5633円の残代金238万2998円を請求債権,BがCに対して有する請負代金債権を仮に差し押さえるべき債権として,債権仮差押えを申し立てた(以下「別件仮差押事件」という。)。 イAは,平成9年2月20日,別件仮差押事件について50万 請求債権,BがCに対して有する請負代金債権を仮に差し押さえるべき債権として,債権仮差押えを申し立てた(以下「別件仮差押事件」という。)。 イAは,平成9年2月20日,別件仮差押事件について50万円の担保(以下「本件担保」という。)を立て,Bに対する債権仮差押えの決定を受けた。同決定の正本は,同月22日,第三債務者であるCに送達された。 ウ別件仮差押事件の申立ての手続は,Aの代表者であるYが自ら行った。 (3)請負代金請求訴訟アAは,平成11年,足利支部に対し,Bを被告として別件仮差押事件の本案である請負工事代金請求の訴え(以下「別件請負代金訴訟」という。)を提起したが,平成12年12月20日,請求棄却の判決を受けた。Aはこれを不服として控訴したが,東京高等裁判所は,平成13年6月27日,控訴棄却の判決を言い渡した。同判決は,同年7月17日に確定した。 イ別件請負代金訴訟の第1審及び控訴審において,YはAの訴訟代理人を, 上告人はBの訴訟代理人をそれぞれ務めた。 (4)損害賠償請求訴訟アBは,Aが本件担保の取消しを申し立てたことに基づき,足利支部から本件- 3 -担保について権利行使の催告を受けたことから,平成14年3月13日,同支部に対し,Aを被告として損害賠償請求の訴え(以下「別件損害賠償訴訟」という。)を提起し,Aによる別件仮差押事件の申立ては違法であり,Bはこの不法行為により経済的信用を毀損されたと主張した。これに対し,同支部は,同年9月24日,Bの請求をすべて認容し,Aに対し,Bへの50万円の支払を命じる判決を言い渡した。 Aは,これを不服として控訴したところ,その控訴審において,平成15年2月7日,裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。本件和解は,①Aは,同月28日限り,Bに対して解決金とし した。 Aは,これを不服として控訴したところ,その控訴審において,平成15年2月7日,裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。本件和解は,①Aは,同月28日限り,Bに対して解決金として20万円を支払う,②Bは,Aに対し,本件担保の取消しに同意し,その取消決定に対し抗告しないという内容のものであった。なお,Aは,現在に至るまで,本件和解において合意した解決金を支払っていない。 イ上告人は,別件損害賠償訴訟の第1審及び控訴審においてBの訴訟代理人を,Yは,別件損害賠償訴訟の控訴審においてAの訴訟代理人をそれぞれ務め た。Yは,後記(5)のとおりAが上告人を被懲戒人として弁護士懲戒請求を申し立 てた事実を秘したまま,Aの訴訟代理人として本件和解を成立させたものである。 ウAは,足利支部に対し,本件担保の取消しを申し立て,同年3月14日,その取消決定を受けた。 (5)Aによる懲戒請求等アAは,本件和解の成立に先立つ平成15年1月27日,上告人が所属する栃木県弁護士会に対し,上告人の懲戒を求める旨の申立て(以下「本件懲戒請求」という。)をした。本件懲戒請求の請求書には,①別件損害賠償訴訟は,足利支部に- 4 -係属すれば,80歳という高齢であり,視力が微弱で,右眼は失明寸前の状態にあるYに対して,裁判所に出頭するのに丸1日を要するという耐え難いような過大 な負担を強いることになるのに乗じて提起されたものであって,濫訴に類する,②このような訴訟を提起した上告人の訴訟行為は,弁護士の品位を損ねるものである旨が記載されていた。Yは,上記懲戒請求書を作成し,本件懲戒請求においてA の代理人を務めた。 イ栃木県弁護士会は,同年3月11日,本件懲戒請求につき,上告人を懲戒しない旨の決定をした。上記決定書に添付された綱紀委員会 ,上記懲戒請求書を作成し,本件懲戒請求においてA の代理人を務めた。 イ栃木県弁護士会は,同年3月11日,本件懲戒請求につき,上告人を懲戒しない旨の決定をした。上記決定書に添付された綱紀委員会の議決書には,主文として,被請求人を懲戒しないことを相当と認めると記載され,綱紀委員会の調査の結果として,①上告人が訴訟代理人として足利支部に別件損害賠償訴訟を提起したことは正当であり,非難される理由はないと判断される,②懲戒請求人の主張に係る上告人の行為は何ら非行に当たらない旨が記載されていた。 ウAは,日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)に対し,同年4月28日,懲戒請求書と題する書面を提出し,さらに,同年6月16日,異議申立書と題する書面を提出して,上記決定に対する異議の申出をした(以下「本件異議の申出」といい,本件懲戒請求と併せて「本件懲戒請求等」という。)。上記各書面は,いずれもYが作成した。 エ日弁連は,同年10月7日,本件異議の申出を棄却する旨の決定をした。上記決定書に添付された懲戒委員会の議決書には,主文として,本件異議の申出は棄却するのを相当とすると記載され,理由として,①本件異議の申出の理由は,要するに,栃木県弁護士会綱紀委員会の議決書記載の認定と判断は誤りであり,同弁護士会の決定には不服があるというにある,②当委員会が審査した結果,同議決書の- 5 -認定と判断に誤りはなく,同弁護士会の決定は相当である旨が記載されていた。 (6)取消訴訟Aは,平成16年1月27日,東京高等裁判所に対し,日弁連を被告として本件異議の申出を棄却する決定の取消しを求める訴え(以下「別件取消訴訟」という。)を提起した。これに対し,同裁判所は,同年3月30日,懲戒請求人が異議申出を棄却する旨の日弁連の裁決に不服があるとしても裁判所に 申出を棄却する決定の取消しを求める訴え(以下「別件取消訴訟」という。)を提起した。これに対し,同裁判所は,同年3月30日,懲戒請求人が異議申出を棄却する旨の日弁連の裁決に不服があるとしても裁判所に出訴してその取消しを求めることは許されないことを理由として,上記訴えを却下する旨の判決を言い渡し,同判決は確定した。Yは,別件取消訴訟の訴状を作成し,その訴訟手続 において訴訟代理人を務めた。 原審は,次のとおり判示して,上告人の請求を全部棄却すべきものとした。 (1)上告人は,別件取消訴訟の提起が上告人に対する不法行為を構成することに関して,どのような権利が侵害されたのかにつき具体的な主張,立証をしない上,別件取消訴訟が事実的,法律的根拠を欠くものであり,Yがこのことを知 り,あるいは容易に知ることができたことや,Yが殊更上告人に不利益を被らせ る目的で上記訴えを提起したなどの事情を認めるに足りる的確な証拠もないことに照らせば,別件取消訴訟の提起が不法行為に当たるとまではいえないから,これを理由とする上告人の請求は失当である。 (2)弁護士の懲戒請求は,請求者において懲戒事由が存在しないことを認識し,あるいは容易に認識することができたにもかかわらず,当該弁護士の名誉を毀損したり,その業務を妨害する意図に基づいてされたものであるなど,当該懲戒請求に,弁護士の懲戒請求制度の趣旨を逸脱し,懲戒請求権の濫用と認められるなどの特段の事情が認められる限りにおいて,違法性を帯び,不法行為を構成する場合- 6 -があり得るが,上記のような特段の事情が認められない限り,不法行為を構成するとはいえないと解するのが相当である。Aのした本件懲戒請求等は,事実上,法律 上の裏付けを欠くものであったといわなければならないが,Aの代表者であるYが法律家で められない限り,不法行為を構成するとはいえないと解するのが相当である。Aのした本件懲戒請求等は,事実上,法律 上の裏付けを欠くものであったといわなければならないが,Aの代表者であるYが法律家でないことや,Yの置かれた状況(Yが80歳という高齢であること, その視力が微弱で右眼は失明寸前であること,Yが住所地から足利支部に出頭す るには丸1日を要すること)からすれば,Yが上告人に対する不満を抱いたこと は,それが法律上正当な根拠のあるものではなかったとしても,全く理由のなかったものともいい難い。Yが本件懲戒請求等をしたことが,懲戒請求制度の趣旨を 逸脱し,懲戒請求権の濫用と認められる等の特段の事情があったとまではいうことができない。 Yに不法行為が成立しない以上,特段の事情が認められない限り,Yからの依 頼によって本件懲戒請求の請求書を作成したにすぎないYについても不法行為が 成立することはないと解すべきところ,上記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。 (1)本件懲戒請求等についてア弁護士法58条1項は,「何人も,弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは,その事由の説明を添えて,その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。」と規定する。これは,広く一般の人々に対し懲戒請求権を認めることにより,自治的団体である弁護士会に与えられた自律的懲戒権限が適正に行使され,その制度が公正に運用される- 7 -ことを期したものと解される。しかしながら,他方,懲戒請求を受けた弁護士は,根拠のない請求により名誉,信用等を不当に侵害されるおそれがあり,また,その弁明を余儀なくされる負 に運用される- 7 -ことを期したものと解される。しかしながら,他方,懲戒請求を受けた弁護士は,根拠のない請求により名誉,信用等を不当に侵害されるおそれがあり,また,その弁明を余儀なくされる負担を負うことになる。そして,同項が,請求者に対し恣意的な請求を許容したり,広く免責を与えたりする趣旨の規定でないことは明らかであるから,同項に基づく請求をする者は,懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように,対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査,検討をすべき義務を負うものというべきである。 そうすると,同項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である。 不法行為の成否に関する上記の基準は,平成15年法律第128号による改正前の弁護士法61条1項に基づき異議の申出をする場合についても同様に当てはまるものと解される。 イ前記確定事実によれば,Aは自ら足利支部にBを被告として別件請負代金訴訟を提起したというのであり,BがAを被告として別件損害賠償訴訟を提起したのも,足利支部がAからの本件担保の取消しの申立てを受け,Bに対して本件担保について権利行使の催告をしたことによるというのであるから,Bが民訴法上の土地管轄を有する足利支部に別件損害賠償訴訟を提起するのは,法律上も,また事実経過からも当然のことであり,何ら違法,不当な行為であるということはできない。 したがって,上告人がBの訴訟代理人として同訴訟を足利支部に提起したことが 件損害賠償訴訟を提起するのは,法律上も,また事実経過からも当然のことであり,何ら違法,不当な行為であるということはできない。 したがって,上告人がBの訴訟代理人として同訴訟を足利支部に提起したことが弁- 8 -護士としての品位を失うべき非行に当たるはずもなく,本件懲戒請求等が事実上,法律上の裏付けを欠くことは明らかである。そして,Yは,法律家ではないとし ても,Aによる別件仮差押事件の申立て当時から,その代表者として上記申立てを含めて事業活動を行っていた者であり,Bによる足利支部に対する別件損害賠償訴訟の提起が正当な訴訟行為であり,何ら不当なものではないことを十分に認識し得る立場にあったということができる。そうすると,Yは,通常人としての普通の 注意を払うことにより,本件懲戒請求等が事実上,法律上の根拠に欠けるものであることを知り得たにもかかわらず,あえてAの代表者としてこれを行ったものであって,本件懲戒請求等は,弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められ,Yは,本件懲戒請求等による上告人の名誉又は信用の毀損について不法行 為責任を負うというべきである。 また,Yは,別件請負代金訴訟の第1審及び控訴審並びに別件損害賠償訴訟の 控訴審においてAの訴訟代理人として訴訟活動に携わり,かつ,法律実務の専門家である弁護士として,本件懲戒請求が事実上,法律上の根拠に欠けるものであることを認識し得る立場にあったことは明らかである。Yは,それにもかかわらず, 本件懲戒請求の請求書を作成し,本件懲戒請求につきAの代理人を務めたものであり,このような行為は弁護士懲戒請求の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるから,Yは,これによって上告人の名誉又は信用が毀損されたことについて不 法行為責任を負うというべきである。 (2)別件取 このような行為は弁護士懲戒請求の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるから,Yは,これによって上告人の名誉又は信用が毀損されたことについて不 法行為責任を負うというべきである。 (2)別件取消訴訟の提起について原審は,Aによる別件取消訴訟の提起について,上告人はどのような権利が侵害されたのかにつき具体的な主張,立証をしていない上,Yにおいて別件取消訴訟 - 9 -の提起が事実上,法律上の根拠を欠くものであることを知り,あるいは容易に知ることができたことや,Yが,殊更上告人に不利益を被らせる目的で上記の訴訟提 起をしたなどの事情を認めるに足りる的確な証拠もないことを理由として,被上告人らの行為が不法行為に当たるとまではいえないとする。しかしながら,上告人は,別件取消訴訟が本件異議の申出を棄却する決定に対する不服申立ての方法として提起されたことをもって,不法行為に当たると主張しているものであり,前記確定事実によれば,被上告人らは,別件取消訴訟を本件異議の申出を棄却する決定に対する不服申立ての方法と位置付けてこれを提起したものであることが認められる。そして,前記のとおり,本件懲戒請求等が根拠のない懲戒事由に基づくものであるといえる以上,別件取消訴訟の提起も根拠のない懲戒事由に基づくものであり,これによっても上告人の名誉又は信用が毀損されるというべきである。しかも,懲戒請求をした者は,異議の申出を棄却する日弁連の裁決に対して取消訴訟を提起することが法律上認められていないのである(最高裁昭和49年(行ツ)第52号同年11月8日第二小法廷判決・裁判集民事113号151頁参照)。そうすると,別件取消訴訟が事実上又は法律上の根拠に欠けるものであり,被上告人らが通常人としての普通の注意を払うことによりそのことを知り得たことは明らかであって ・裁判集民事113号151頁参照)。そうすると,別件取消訴訟が事実上又は法律上の根拠に欠けるものであり,被上告人らが通常人としての普通の注意を払うことによりそのことを知り得たことは明らかであって,被上告人らは,別件取消訴訟の提起による上告人の名誉又は信用の毀損についても,不法行為責任を負うものというべきである。 (3)損害について被上告人らの上記不法行為により上告人が被った精神的損害に対する慰謝料の額は,前記確定事実に照らし,第1審判決が認容した50万円が相当というべきである。 - 10 - 以上と異なる見解の下に,上告人の前記1の請求を全部棄却すべきものとした原審の前記判断には法令の解釈を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,これと同旨をいう論旨は理由がある。上記説示によれば,上告人の被上告人らに対する請求は,連帯して50万円及びこれに対する遅延損害金を支払うよう求める限度で理由があるから,原判決中,被上告人らの控訴に基づいて第1審判決を取り消し上告人の請求を棄却した部分(原判決主文第1,2項)を破棄した上,被上告人らの控訴を棄却することとする。そして,上告人の前記1の請求のうち第1審判決の認容部分を超える請求部分について上告人の控訴を棄却した原審の判断は正当であり,また,被上告人らによる準備書面等の提出及び陳述を不法行為として主張する上告人の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,上告人のその余の上告を棄却することとする。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。 裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。 私は法廷意見に賛成するものであるが,本件では,弁護士に対する懲戒請求の申立てに関与した 主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。 裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。 私は法廷意見に賛成するものであるが,本件では,弁護士に対する懲戒請求の申立てに関与した弁護士の不法行為責任が問われているところから,弁護士が他の弁護士に対する懲戒請求をなし,あるいは代理人等として関与する場合において,考慮すべき問題点に関して,若干の補足意見を述べる。 我が国の弁護士制度は,大日本帝国憲法の下では,司法省の監督下にあり,その監督を離れて弁護士会の自治を確立することは,当時の弁護士界の悲願とされていたところ,裁判所法の制定より2年遅れて昭和24年に制定された現行弁護士法に- 11 -よって,世界で類例を見ない広範な自治権が,漸く弁護士会及び日本弁護士連合会に認められるに至った。 この自治権が認められたのは,以下の理由によるものと解されている。すなわち,弁護士会及び日本弁護士連合会を構成する個々の弁護士(平成13年法律第41号による弁護士法改正後は,弁護士法人をも含むが,以下の意見の関係では,弁護士か弁護士法人かによってその内容が異ならないので,叙述の単純化のために,単に弁護士と表記する。)が,弁護士法の使命に基づいて行う,基本的人権を擁護し,社会正義を実現するための活動が,時として国家機関に対する批判者の立場に立つことがあるところ,それらの活動の適正な遂行を保障するには,弁護士の活動を国家機関の監督から独立させる必要があり,他方で弁護士法その他の法律によって弁護士に認められた諸権能は,国民の権利義務に直結することもあり,弁護士が,その諸権能に基づいた職責の適正な遂行が確保されることは,弁護士制度の根幹を基礎づけるものである。 そこで弁護士法は,弁護士会に,その所属する弁護士に対し,その職責を適正に遂行するよう指導 護士が,その諸権能に基づいた職責の適正な遂行が確保されることは,弁護士制度の根幹を基礎づけるものである。 そこで弁護士法は,弁護士会に,その所属する弁護士に対し,その職責を適正に遂行するよう指導,監督する権限を与えるとともに,弁護士会の指導,監督権限を,弁護士として活動する全弁護士に及ぼすべく,弁護士は各単位弁護士会に加入しなければ,弁護士として活動することができないとする強制加入制度を定め,他方,弁護士法で認められた弁護士制度に対する国民の信頼を維持し確保するべく,弁護士が,その活動の過程において,弁護士法や弁護士会の規則に違反するなどの非違行為を行った場合には,その会員が所属する弁護士会において,その自治権の行使の一環として当該弁護士に対する懲戒権を行使することができることとしたのである。 - 12 -このように,弁護士法の定める弁護士懲戒制度は,弁護士自治を支える重要な機能を有しているのであって,その懲戒権は,適宜に適正な行使が求められるのであり,その行使の懈怠は,弁護士活動に対する国民の信頼を損ないかねず,他方,その濫用は,弁護士に求められている社会正義の実現を図る活動を抑圧することとなり,弁護士会による自縄自縛的な事態を招きかねないのである。 以上のとおり,弁護士懲戒制度は,弁護士の活動との関係で重要な機能を果たす制度であるが,懲戒を受ける個々の弁護士にとっては,業務停止以上の懲戒を受けると,その間一切の弁護士としての業務を行うことができず(業務停止期間中に弁護士としての業務を行うと,いわゆる非弁活動として刑事罰にも問われ得る。),それに伴ってその間収入の途を絶たれることとなり,また戒告処分を受けると,その事実は,官報に掲載されるとともに各弁護士会の規定に則って公表されるほか,日本弁護士連合会の発行する機関誌に登載され,場 それに伴ってその間収入の途を絶たれることとなり,また戒告処分を受けると,その事実は,官報に掲載されるとともに各弁護士会の規定に則って公表されるほか,日本弁護士連合会の発行する機関誌に登載され,場合によってはマスコミにより報道されるのであって,それに伴い当該弁護士に対する社会的な信頼を揺るがし,その業務に重大な影響をもたらすのである。 弁護士に対する懲戒は,その弁護士が弁護士法や弁護士会規則に違反するという弁護士としてあるまじき行為を行ったことを意味するのであって,弁護士としての社会的信用を根底から覆しかねないものであるだけに,懲戒事由に該当しない事由に基づくものであっても,懲戒請求がなされたという事実が第三者に知れるだけでも,その請求を受けた弁護士の業務上の信用や社会的信用に大きな影響を与えるおそれがあるのである。このように懲戒請求がなされることによる影響が非常に大きいところから,虚偽の事由に基いて懲戒請求をなした場合には,虚偽告訴罪(刑法172条)に該当すると解されている。 - 13 -弁護士に対して懲戒請求がなされると,その請求を受けた弁護士会では,綱紀委員会において調査が開始されるが,被請求者たる弁護士は,その請求が全く根拠のないものであっても,それに対する反論や反証活動のために相当なエネルギーを割かれるとともに,たとえ根拠のない懲戒請求であっても,請求がなされた事実が外部に知られた場合には,それにより生じ得る誤解を解くためにも,相当のエネルギーを投じざるを得なくなり,それだけでも相当の負担となる。それに加えて,弁護士会に対して懲戒請求がなされて綱紀委員会の調査に付されると,その日以降,被請求者たる当該弁護士は,その手続が終了するまで,他の弁護士会への登録換え又は登録取消しの請求をすることができないと解されており(平成15年法 求がなされて綱紀委員会の調査に付されると,その日以降,被請求者たる当該弁護士は,その手続が終了するまで,他の弁護士会への登録換え又は登録取消しの請求をすることができないと解されており(平成15年法律第128号による改正前の弁護士法63条1項。現行法では,同62条1項),その結果,その手続が係属している限りは,公務員への転職を希望する弁護士は,他の要件を満たしていても弁護士登録を取り消すことができないことから転職することができず,また,弁護士業務の新たな展開を図るべく,地方にて勤務しあるいは開業している弁護士は,東京や大阪等での勤務や開業を目指し,あるいは大都市から故郷に戻って業務を開始するべく,登録換えを請求することもできないのであって,弁護士の身分に対して重大な制約が課されることとなるのである。 弁護士に対して懲戒請求がなされることにより,上記のとおり被請求者たる弁護士の身分に非常に大きな制約が課され,また被請求者は,その反論のために相当な時間を割くことを強いられるとともに精神的にも大きな負担を生じることになることからして,法廷意見が指摘するとおり,懲戒請求をなす者は,その請求に際して,被請求者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について,調査,検討すべき義務を負うことは当然のことと言わなければならない。 - 14 -殊に弁護士が自ら懲戒請求者となり,あるいは請求者の代理人等として関与する場合にあっては,根拠のない懲戒請求は,被請求者たる弁護士に多大な負担を課することになることにつき十分な思いを馳せるとともに,弁護士会に認められた懲戒制度は,弁護士自治の根幹を形成するものであって,懲戒請求の濫用は,現在の司法制度の重要な基盤をなす弁護士自治という,個々の弁護士自らの拠って立つ基盤そのものを傷つけることとなりかねな められた懲戒制度は,弁護士自治の根幹を形成するものであって,懲戒請求の濫用は,現在の司法制度の重要な基盤をなす弁護士自治という,個々の弁護士自らの拠って立つ基盤そのものを傷つけることとなりかねないものであることにつき自覚すべきであって,慎重な対応が求められるものというべきである。 (裁判長裁判官上田豊三裁判官藤田宙靖裁判官堀籠幸男裁判官那須弘平裁判官田原睦夫)

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