平成12(わ)394 殺人被告事件

裁判年月日・裁判所
平成14年2月5日 千葉地方裁判所
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判決文本文42,419 文字)

平成14年2月5日宣告平成12年(わ)第394号判決右の者に対する殺人被告事件について、当裁判所は、検察官富松茂大、梅田健史出席のうえ審理し、次のとおり判決する。 主文 被告人を懲役15年に処する。 未決勾留日数中370日を右刑に算入する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、脳内出血により兵庫県c市d○丁目e番地c市立病院に入院し、重度の意識障害の状態にあって、痰の除去や、薬剤及び水分の点滴等の治療を受けていたV(当時66歳)が、医師による右治療を打ち切れば死亡するおそれが大きいことを知りながら、それもやむなしと決意し、Bらと共謀のうえ、平成11年7月2日午前5時ころ、前記病院○階○病棟○○○号室において、Vに対し、その身体に装着されていた点滴装置等を取り外すなどしたうえ、同人を車椅子に乗せて同病院から運び出し、自動車及び航空機を利用して、同日午前10時ころ、千葉県f市g番地ホテルh○号室に運び込み、そのころから翌3日午前6時35分ころまでの間、医師による医療行為、薬剤及び水分の供与や痰の除去などVの生存に必要な措置を何ら講じないまま放置し、よって、そのころ、同所において、同人を粘稠化した痰による気道閉塞により窒息死させ、もって殺害したものである。 (証拠の標目)(括弧内の甲、乙の番号は、証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。)省略(事実認定の補足説明)弁護人は、本件被告人の行為が殺人罪の実行行為に該当せず、殺人の故意もない、共犯者とされる者らとの共謀もない、あるいは被告人の行為は治療行為として違法性が阻却されるもの 略(事実認定の補足説明)弁護人は、本件被告人の行為が殺人罪の実行行為に該当せず、殺人の故意もない、共犯者とされる者らとの共謀もない、あるいは被告人の行為は治療行為として違法性が阻却されるものである等述べて被告人は無罪である旨主張しているところ、被告人も第一回公判期日において「全面的に否認します」と供述して本件事実につき争う意思を示しているので、以下、当裁判所の事実認定について補足して説明する。 第一認定できる事実一本件の背景事情、被告人らの組織の現況等まず、弁護人は、本件においては、被告人の民間治療家としての活動歴、被告人らの組織に対する社会の認識等の背景事情が事件の内容について影響を及ぼす旨述べているため、ここで本件の背景事情、被告人らの組織の現況等につき認定しておく。 ・被告人は、昭和13年香川県にて出生し、昭和33年同県立高校を卒業した後、ひとたび自動車会社に就職し、昭和40年税理士資格を取得した。 被告人は、昭和52年に経営、経理に関する「セミナー」の開催等を目的とする有限会社C’を設立して取締役に就任し、その後の昭和58年にはその商号を有限会社C(以下「C」という。)に変更し、目的も自己啓発セミナーの開催等に変更して代表取締役に就任し、各種の自己啓発セミナーを主催していた。 同社の業績は当初順調であったが、平成5年ころからは「セミナー」参加者の減少が見られはじめ、平成7年、「C」が主催した「セミナー」に参加した大学生が、熱中症で死亡する事故が発生したことから、「C」はカルト集団であるかのように大きく報道されることとなり、「セミナー」参加者が激減したことなどから、被告人は「C」の代表取締役をDに譲って退いた。 ・ Vは、昭和8年大阪府にて出生し、甲大学を卒業後乙株式会社に就職し、昭和39年妻のE( れることとなり、「セミナー」参加者が激減したことなどから、被告人は「C」の代表取締役をDに譲って退いた。 ・ Vは、昭和8年大阪府にて出生し、甲大学を卒業後乙株式会社に就職し、昭和39年妻のE(以下「E」という。)と婚姻し、Eとの間に、昭和40年7月に長女のF(以下「F」という。)を、昭和43年に長男のB(以下「B」という。)をそれぞれもうけた。 Bは、丙大学在学中に被告人の著書を読んで興味を持ち、「C」の「セミナー」に参加するようになり、Bの薦めでFも「セミナー」に参加するようになった。Bは平成5年に大学を卒業した後、大阪の設計事務所に就職したものの、同年10月ころに当時「C」のスタッフとして働いていたFに勧められて再度「セミナー」に参加してから右事務所を退職し、一旦別の職に就いた後、「C」の関連会社である○○○○に就職した。 Vは、平成7年ころ、Fとともに「C」の「セミナー」に参加したことがきっかけとなって「C」に興味を持ち、被告人から「ヴィジョン」として教示されて彫金を行うようになり、同年6月に丁株式会社を退職してからは彫金一筋の生活を送るとともに、「C」関連の「G」の顧問として活動していた。 ・被告人は、「C」の代表取締役を退いた後の平成8年ころからは、自らをインドの宗教団体創始者であるIによって指名された「H1」であると称し、自己の掌で患者の体を叩くことで、「H2」なるエネルギーを患者に通じ、自己治癒力を最大限に高めるという「H3」と称する治療行為を行うようになった(以下、本稿においては、この「H3」が用いられた治療を総じて「H2治療」と呼称することとする。)。そして、平成9年5月、「C」関連会社の職員等で被告人を信奉しその活動の支援等に携わっていた者達に、「H1」である被告人の正しい情報を伝える団体として、 総じて「H2治療」と呼称することとする。)。そして、平成9年5月、「C」関連会社の職員等で被告人を信奉しその活動の支援等に携わっていた者達に、「H1」である被告人の正しい情報を伝える団体として、通称「J」という団体を組織させ(以下、本稿では「J」と表記する)、この「J」の主宰で出版、訴訟活動や「H2治療」を取り入れた「セミナー」の開催等を行い、そのころから、ホテルを転々とする生活を送っていた。右「セミナー」のうち、「H2治療」を取り入れたものとその受講料は、「K1」というコースで500万円、「K2」というコースで800万円であり、「K2」については事前に800万円の受講料の納付がなければ実施しないものとしていた。 ・ 「J」においては、「第一秘書」なる女性構成員複数が第一秘書グループという集団を形成し、被告人の言を求める他の「J」構成員と被告人の間を取り持つという作業に従事しており、本件当時の平成11年6月下旬ないし7月の時点では、L及びMらが右第一秘書グループの中心的地位にあった。Mは出版関係を担当し、Lはその他全般を統括し、被告人への質問を持つ者からその内容を聞き、基本的に自室の外に出ない被告人の元へ赴いてこれを報告し、被告人から「メッセージ」と呼ばれる発言があれば、これを正確に質問者に伝えるということを行っていた。これらの際、Lは、被告人への質問・報告や被告人の発言内容を正確に伝えるべく特に留意し、これを担保するため、常にメモを取ることとしており、その際要点をまとめることはあっても、意味内容を脚色することは行わなかった。 ・平成11年6月当時、被告人は第一秘書等の側近の「J」構成員らとともに、千葉県f市所在のホテルhに滞在しており、○○号室を居室としていた。 このときBは、「J」の構成員として、東京都i区jのビルに同 11年6月当時、被告人は第一秘書等の側近の「J」構成員らとともに、千葉県f市所在のホテルhに滞在しており、○○号室を居室としていた。 このときBは、「J」の構成員として、東京都i区jのビルに同じく「J」構成員らとともに居住し、「J」の構成員関連の執筆活動等に従事していた。 二 Vの病状と治療経過について次に、本件においては、重篤な状態にあったVを病院から連れ出し、f市のホテルに運び込んだうえ、その生存に必要な措置を講じなかったことが殺人罪の実行行為に該当するかが争われているところ、その前提として、Vの病状はいかようであって、これに対していかなる治療が施されていたのか等の事実の検討が必要であるから、以下、これらをめぐる事実をここで認定しておくこととする。 1 本件においてVの病状やそれに対する治療内容等についての証拠としては、カルテ、CTスキャンやレントゲンのフィルム等の客観証拠の他、Vの主治医であった研修医N医師の指導担当者の地位にあり、Vの治療、家族への説明等に従事したO医師、及びVの担当看護婦であったP(以下「P看護婦」という。)の供述が存する。 まずO医師の供述についてみるに、その供述内容は、脳神経外科の専門医としての知識経験に基づいた具体的かつ詳細な供述で、個々の質問についても明確な理由を付して淀みなく答えられており、反対尋問にも動揺を見せず、カルテ、CTスキャン等客観証拠についても納得のいく説明を加えて、その供述とこれら客観証拠との対応、符合関係を明らかにしている。また、O医師は被告人とは面識はなく、同人自身が再三繰り返しているように、直接接していたBには悪意を抱いていない、むしろその行動には好意すら抱いていた旨述べていることからすると、敢えて虚偽の供述をなして被告人を陥れる動機も認められない。 P看護婦の供述 ているように、直接接していたBには悪意を抱いていない、むしろその行動には好意すら抱いていた旨述べていることからすると、敢えて虚偽の供述をなして被告人を陥れる動機も認められない。 P看護婦の供述についても、職務上の知識経験をもとに具体的に答えられているもので、カルテの記載のミスを自ら述べるなど証人自身に不利益ともいえる事実も有り体に答えていることに加え、同証人も被告人とは何ら面識がなくBについては看護に協力的であったとの好印象を抱いていたというのであるから、あえて虚偽の供述をなすにつき、必要性、動機が認められず、その形跡も窺えない。 これらに加え、両名の供述が矛盾なくほぼ一致していることからすれば、O医師、P看護婦両名の供述はともに、高い信用性の認められるものである。 2 以上、信用性の認められるO医師及びP看護婦の供述その他関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。 ・ Vは、平成11年6月24日未明、兵庫県k市内の自宅洗面所で倒れていたところを妻のEに発見され、救急車で同市内のQ病院に搬送された。同病院では、このとき当直勤務に就いていた、c市立c病院脳神経外科の研修医でもあるN医師が診察に当たった。 このときVは左の視床下部に約3センチないし4センチの血腫があり、右の手足に麻痺がみられたことなどから、N医師はc病院での上司であるO医師に連絡を取り、開頭手術を行うべきか、薬剤の投与等による保存的治療によるべきか等を相談した。O医師は、Vの出血の部位、出血量、意識レベルなどをN医師から電話で確認して、保存的治療を行いながら経過観察をするとの判断を下し、これに伴いVは、脳神経外科医が常駐し治療設備も充実しているc病院へ転院することとなった。 ・同日午後2時ころ、Vは救急車でc病院に搬送された。c病院においては、N医師を直 するとの判断を下し、これに伴いVは、脳神経外科医が常駐し治療設備も充実しているc病院へ転院することとなった。 ・同日午後2時ころ、Vは救急車でc病院に搬送された。c病院においては、N医師を直接の担当医、O医師をその指導役とする態勢で治療に当たることとなった。c病院への入院時の検査において、Vには失語症と右半身麻痺、意識障害の症状が見られたほか、血圧が非常に高く、高血圧性の脳内出血と考えられたため、降圧剤を投与したが、CTスキャンの結果からは脳内の出血は止まっているものと診られたことから、開頭手術等は実施せず、投薬等による保存的治療をさらに継続することとした。 Vに対する治療投薬内容としては、再出血による血腫の増大と脳浮腫による脳ヘルニアを防止するため、脳圧降下剤を継続的に投与するほか、胃潰瘍や十二指腸潰瘍等、脳内出血から消化器官に生じる合併症を防止するため、胃の酸度を下げる薬剤を投与していた。またVは、意識障害に伴い痰が自力排出できないことによる窒息や肺炎等の合併症の危険があったため、痰の除去を頻繁に行う必要があったところ、Vは体質的に痰が多く、その粘稠度すなわち痰の粘りけも高かったため、ネーゼル管を通したうえでサクションチューブによる痰の吸引除去を頻繁に行うとともに、痰の粘稠度を下げるために酸素マスクを通して加湿する、去痰剤を投与する等の処置を行っていた。Vの病状ではさらに、脱水による痰の粘稠化のみならず血液の粘稠化による脳梗塞、心筋梗塞等の合併症をも引き起こす危険な状態が想定されたため、水分の補給が生命維持にとって極めて重要なものであった。 そして、Vに対するこれら水分、栄養分の補給及び薬剤の投与については、意識障害のために嚥下の動作が出来ず、無理に口から摂取させると気管への誤嚥の可能性が高いこと、用いる薬剤が点 ものであった。 そして、Vに対するこれら水分、栄養分の補給及び薬剤の投与については、意識障害のために嚥下の動作が出来ず、無理に口から摂取させると気管への誤嚥の可能性が高いこと、用いる薬剤が点滴用であり、消化吸収能力の低下も想定できる症状であったため経口投与では効果が望めないこと等から、すべて点滴の方法によって行われていた。 なお、かかる場合、アルコール中毒に起因する生命に危険を及ぼす症状としては、アルコール性肝炎、アルコール性肝硬変、肝臓癌などが考えられるものであるが、この当時のVの症状からしてかかる可能性はほぼ否定できると判断された。 ・前記のような保存的治療の継続により、平成11年6月24日から7月1日までのc病院での入院期間中、脳室内出血の量は減少し、脳浮腫も縮小傾向が窺われ、肺炎や尿毒症、肝硬変等の合併症の発生を窺わせる所見も見られず、意識レベルも緩やかな変化ではあるが改善傾向が見られるなど、Vの病状は緩慢ではあるものの改善傾向を見せていた。 同年7月2日の時点において、Vに対しては、脳圧降下剤、肺炎や窒息の予防のための気管支拡張剤、血圧降下剤、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の防止のための薬剤投与に加え、1日2400㏄の水分補給を、ほぼすべて点滴によって行っていたほか、痰が多く、気道閉塞に伴う呼吸状態の悪化の危険が認められたことから、酸素吸入のために酸素マスクが取り付けられていた。 このようなVの病状からすると、同年7月2日の時点でVに点滴、痰の除去等の措置を行わなくなった場合、水分補給を絶たれることにより脱水症状が進行し、痰が粘稠化してその排出困難から窒息を引き起こし、肺炎も併発しかねない、血液も粘稠化することにより脳血栓、心筋梗塞をも発生させかねず、c病院で行っていたこれらの措置を絶つことは、Vの生命にとって し、痰が粘稠化してその排出困難から窒息を引き起こし、肺炎も併発しかねない、血液も粘稠化することにより脳血栓、心筋梗塞をも発生させかねず、c病院で行っていたこれらの措置を絶つことは、Vの生命にとって極めて危険な状況、致死的な結果を引き起こす可能性の極めて高いものであった。確かにVは入院当初に比してやや快方には向かっていたものの、最低でも7月2日からさらに10日ないし2週間は点滴を行うことが必要であると考えられた。 三関係当事者らの行動等について 1 そして本件では、問題とされる、Vが入院して以降の被告人、Bら関係者の言動等につき、前記のO医師及びP看護婦の供述の他、B、E、Fら家族の供述、当時被告人の第一秘書として被告人への報告と被告人の発言を伝える地位にあったL、同じく第一秘書のMらの供述、そしてBらが作成した、本件事実経緯等を克明に記載したという「J14・1 父と息子の絆は、看病すればすぐに、繋がる」と題する冊子(甲18号証。以下「ドキュメント」という。)が存する。 まずこれらの者の供述は、いずれもその心理内容、各行動に対する供述者自身の意味づけ等、主観的評価、主観的理解に関わる部分に関しては措信し難い部分も多々存するけれども、各関係者の発言や行動等、客観的な出来事それ自体については概ね一致ないし符合する。 そして、「ドキュメント」については、作成者であるBの主観的評価に関わる部分はともかく、事実経過等については非常に克明に記載されており、作成者であるBのみならず、LやM、さらには前記のとおり信用性の認められるO医師も、自身の発言内容等につき非常に正確である旨述べているところであって、これを裏付けるメモ等の証拠も存在するところである。 そうすると、「ドキュメント」については、各人の発言、行動等の客観的な出来事に関する信用性 等につき非常に正確である旨述べているところであって、これを裏付けるメモ等の証拠も存在するところである。 そうすると、「ドキュメント」については、各人の発言、行動等の客観的な出来事に関する信用性は高く、ゆえに上記各証人の供述も、それぞれ他の者の供述及び「ドキュメント」と一致する範囲においては信用性の認められるものである。 2 以上、検討したとおりの関係各証拠によれば、本件の経緯等につき、以下の事実が認められる。 (なお、「ドキュメント」から引用した点については、漢字や英単語のスペル等はいずれも原文どおりの表記とする。また、「ドキュメント」中には、「6月30日」との記載が二箇所にわたり登場するが、このうち前者は明らかに6月29日の誤記と認められるので、かく理解するものとする。)・ Vは、平成11年6月24日未明、兵庫県k市内の自宅洗面所で倒れていたところを妻のEに発見され、救急車で同市内のQ病院に搬送された。VとともにQ病院に赴いたEは、朝方一旦帰宅し、息子であるB及び娘であるFに、Vが倒れた旨連絡した。 このとき東京にいたBは、Eからの連絡を受けると、自身がVの元へ向かうこととして、その準備をなし、また姉であるFにも準備をするよう伝えるとともに、被告人の第一秘書であったLを介して被告人に、Vの病状と、これからVの元へ向かう旨を報告した。 すると、被告人は、Lを介して、Bに対し、「まことにつらいのですが、大阪で倒れたということで、Rとしてもいかんともしがたいのです。原因は、alcohol摂取過多。緊急の措置がなんとしても必要なものですが、これもいかんともしがたいのです。」、「現代医学では、ほとんどなにも出来ないので、例え大手術でも期待しないで下さい。この病気は前兆がないので、たとえRのそばにいたとしても、いかんともしがた ですが、これもいかんともしがたいのです。」、「現代医学では、ほとんどなにも出来ないので、例え大手術でも期待しないで下さい。この病気は前兆がないので、たとえRのそばにいたとしても、いかんともしがたいのです。治れば奇跡ですので、覚悟しておいて下さい。そして、できる限りのことをなさってください。」との「メッセージ」を聞かせてよこした。この「メッセージ」を聞いた後、BとFはQ病院に向かった。 ・ BとFは、同日午後零時ころにQ病院に到着し、午後2時ころ、Vは救急車でc病院に搬送された。E、B及びFら家族もc病院に向かった。 同日午後3時ころ、Bらは、脳神経外科の外来治療室において、O医師及びN医師より、Vの病状について説明を受けた。O医師の説明によれば、病名は高血圧性脳内出血、別名動脈硬化性脳内出血、脳内左視床部に約四センチの出血が見られ、出血部位からして右半身の麻痺や失語症、視野障害などが出るおそれがあるが、現在出血は止まっており、今のところ手術の必要はないとのことであった。治療内容については、脳圧及び血圧を下げるための投薬を行うとともに、合併症を抑える投薬も行うこと、治療期間はまず3、4週間見て、それからリハビリに移行する、入院予定としては3か月を考えている旨の説明があった。BがVの回復の見込みを問うたところ、健康時を10割として、5、6割までは回復するであろうとの回答であった。 この日のうちに、Bは、病名や出血部位、治療方針等をLに電話で報告し、Lを通じて被告人に報告したほか、Mを通じて、Vへの投薬内容について報告した。その後、Bは疲れの見えるEを自宅に連れて帰り、再度c病院に戻ったが、病院に戻る途中、Bの携帯電話にLから、以下のような被告人の「メッセージ」があるとして電話が入った。 「1.昨日までのBではなく、今日から 疲れの見えるEを自宅に連れて帰り、再度c病院に戻ったが、病院に戻る途中、Bの携帯電話にLから、以下のような被告人の「メッセージ」があるとして電話が入った。 「1.昨日までのBではなく、今日からは新しいBの出発日だと、固く決意しないことには、lastchanceだからね。わかっているよね。 2.最善の治療を受ける権利が、人間にはあるので、今いるところがそれだ、と思えば、そうしたら良いし、敢えて、Rだけが治療できる唯一の存在だ、というわけではないからね。 しかし、忘れないでくれよ。Bのためなら、Fのためなら。わかっているよね。頼りにしてくれて良いぞ。 3.とにかく何でもできることはやってあげてくれよ。」これを聞いたBは、Fに「メッセージ」の内容を伝え、医師に「H2治療」のことについて話す意思である旨述べると、Fも頷いた。 ・同月25日朝、Bは一旦自宅に帰り、Eを連れて病院に戻ったが、その際Eに、「H2治療」についてO医師に話す意思である旨述べると、Eは「今は無理だと思う」と言った。 同日午後6時ころ、Bらは脳神経外科の外来診察室でO医師と面会した。その際Bは、現代医学の治療では父の人生の目的である彫金ができるほどに回復する可能性がない、私たちは父が彫金ができるように、その可能性に賭けたいと考えていると述べたうえで、被告人の行っている、人間の自己治癒力を最大限まで引き延ばす「H2治療」というものがあり、Bら家族全員がこれを受けたことがあること、最善の治療の選択として「H2治療」を選択したい旨、O医師に申し入れた。 これに対してO医師は、家族のもつ最善を尽くしたいという思いは尊いものである、我々も西洋医学のベストを尽くすが、他の治療方法が併存してもいいと考える旨述べながら、「しかし、3、4週間は絶対に移動はで これに対してO医師は、家族のもつ最善を尽くしたいという思いは尊いものである、我々も西洋医学のベストを尽くすが、他の治療方法が併存してもいいと考える旨述べながら、「しかし、3、4週間は絶対に移動はできない。これだけはゆずれない。命の保証がない。 受け入れ先に医療施設がない場合も、見殺しにするようなものだから、絶対にできない。」と、移動させることの危険性を繰り返し説いてBらを諭し、また、Vの治療には大別して延命とリハビリテーションの二段階があり、延命治療に3、4週間は必要であること、その後のリハビリの段階であれば、病院側の治療に支障がない限り「H2治療」を行う余地があることを説明した。 ・同月26日未明、BとFは、Lを通じて被告人に対し、「1.父のH2治療を引き受けて頂けますか。2.今の治療を3、4週間受けて、移動できるようになってから、H2治療をstartするのが、今のところの最善策ですが、父の病気とVISIONから見て、もっと早くH2治療を始めなければならない場合、もしそうであれば、父のところまで、来ていただくことは、可能ですか。もし可能であれば、どうか来て助けてください。よろしくお願いします。」との電子メールを送り、被告人に「H2治療」の依頼をした。 同日の夕方ころ、BはLに電話をして、前日の依頼について何か被告人から回答があったかどうか尋ねたが、その時点ではLはまだ、被告人にBからのメールの内容を報告していなかった。その後まもなく、Lは被告人にBからの右依頼等を報告したところ、被告人から以下のとおりの「メッセージ」があったので、LはこれをBに連絡して伝えた。 「いい先生に出会えたね。本当のことを言ってくれているね。現代医学の定説から言っても、回復は不可能なんだ。 K2がいいんだ。病院にいても、同じぐらいの費用がかか これをBに連絡して伝えた。 「いい先生に出会えたね。本当のことを言ってくれているね。現代医学の定説から言っても、回復は不可能なんだ。 K2がいいんだ。病院にいても、同じぐらいの費用がかかるからね。時期はいつでもいいよ。fで行います。移動は、走らなければ大丈夫です。taxiや飛行機はOKですよ。このままでは見殺しだからね。」これを聞いたBは、Vに「H2治療」を受けさせるための準備を始めることとし、Vの移動の際には人手が必要であろうと考えて、「J」の構成員でありBの友人であるS、同じく「J」の構成員で看護婦の経験を有するTに協力を依頼するとともに、「H2治療」のための金策も始めた。 ・同月28日午前9時30分ころ、BはO医師と面会し、被告人からの「移動は問題ない」との「メッセージ」の内容をO医師に伝えたが、O医師は移動は絶対無理である旨答えた。それでもBは、自分たちが早期に「H2治療」を受けさせたいと考えている、点滴投与によるVの体への負担を考えて、点滴を止めることはできないのか、O医師らの責任にはしないし、誓約書でも何でも書くから、などと詰め寄ったが、O医師は、「移動だけを考えれば、救急車等を使うなどして完全に安静が保たれていれば可能だが、移動先にc病院と同レベルの医療設備がなければ許可は出せない、今点滴を外してしまうと、衰弱しているVは水分を補給できず、肺炎になって死んでしまう、点滴と経管的投与の併用は考えているが、早くてもあと10日はみてもらわないとならない」などと答えた。 BはこのO医師の言葉を早ければあと10日で退院できるものと誤解し、O医師との面談を終えた後、Lに電話し、O医師との面談内容を、右「早ければ10日後に退院できる」との誤解部分を含めて伝えたが、その際、被告人から既に出されていた、「(K2 で退院できるものと誤解し、O医師との面談を終えた後、Lに電話し、O医師との面談内容を、右「早ければ10日後に退院できる」との誤解部分を含めて伝えたが、その際、被告人から既に出されていた、「(K2は)30日の夜ぐらいかなあ。「alcohol摂取過多」というのはどういうことか、と言うと、内臓が、まるで豚のvinegar漬のようになっているんだ。(白く、硬くなっている、ということ)長年の深酒で、alcohol漬けになっているんだよ。こう言えばわかってもらえるかなあ。」との「メッセージ」を伝えられた。 同日午後10時30分ころ、Bがベッドに縛りつけられていたVの腕の拘束を解くと、VがBの腕を掴んで腰の方に近づけたため、BはVが性器付近がかゆいのだと思い、性器付近を拭いてやりながら、「おやじ。今日は6月28日。早ければ30日。長ければ10日のうちに、H2受けれることになったよ。Rもいつでもいいよ、って言ってくれてる。お金もできたし、俺が全部借りたから。」などとVに向かって言うと、VはBの腕を握り、上に挙げて揺り動かすような動作をした。 これを見たBが「おやじはそれでいいんか?H2でいいんやな?」と言ったところ、Vは腕を立てるような動作をした。 ・同月29日午前8時ころ、BらのいるVの病室にO医師が訪れた。O医師はVの容態を検査し、Bらに、まだ呼吸が荒く、痰にも注意する必要があること、現在のVの発熱は尿道感染、肺炎、脳の出血からの発熱の三つの可能性があるが、脳の出血によるものであろうこと、最低でも退院の可能性は、腸が吸収できているかの確認ができ、呼吸が落ち着いた段階に至ってからであることを伝えた。Bが前日のアルコール摂取過多に関する被告人の「メッセージ」のことについて問うたところ、O医師はそれは肝脂肪あるいは肝硬変のことを言っているのであ 呼吸が落ち着いた段階に至ってからであることを伝えた。Bが前日のアルコール摂取過多に関する被告人の「メッセージ」のことについて問うたところ、O医師はそれは肝脂肪あるいは肝硬変のことを言っているのであろう、現在のVの状態なら大丈夫だが、一度検査してみようかと答えた。 このようなO医師の対応を見て、Bらは、O医師は最善を尽くしてくれており、被告人もいい医者だといっているので、O医師の退院許可がおりる日がVにとっても最も良いのだろうと考え、O医師に任せることとし、Vの移動に備えて来ていたTも、なんにせよ家族が納得していると考え、Vを移動する際は力を貸す旨を告げ、一旦東京に戻ることとなった。 BはTを駅まで送った後、Lに、O医師の退院許可を待つことにすること、今の段階では退院できるのは9日後前後になるが、医師が努力してくれているのでもう少し短くなる可能性もある旨報告した。Lは同日、被告人に、Bからの報告内容として、Vは点滴を続ける必要があるから移動させるのは無理である、今Vを移動させると命の保証はできない旨O医師が述べていること、移動につきBらが全て責任を取るといっても、第三者が訴えるであろうとまで言っていることなどを報告した。 ・同月30日午後6時ころ、LからBに連絡があり、前日のBからの報告に対する被告人からの以下のとおりの「メッセージ」がある旨が伝えられた。 「(3、4週間後と言っていたのが、10日前後になったことについて)それは素晴らしいことだね。しかしわかっておいて下さいね。点滴は非常に危険です。 動けない、というのも何の根拠もないしね。今日から3日以内に、退院の日程の確約がなければ、Lに相談してください。これはヤバイですよ。」Bはこれを聞いてショックを受け、Vの生命に対する危険を感じるようになり、すぐにO医師に ないしね。今日から3日以内に、退院の日程の確約がなければ、Lに相談してください。これはヤバイですよ。」Bはこれを聞いてショックを受け、Vの生命に対する危険を感じるようになり、すぐにO医師に話をしようとその姿を探した。 帰宅間際のO医師を見つけると、Bは、O医師にVの退院の許可をくれと詰め寄ったが、O医師は呼吸が安定していないのでできないと答えた。それでもBは、家族から見てVの容態が悪くなっているように見える、点滴は危険を感じる等食い下がったが、O医師はこういった話は立ち話ではできない、明日午後2時から話し合おうと言って病院を出ていった。 ・同年7月1日午後1時30分ころ、Lを通じて被告人からBに、以下のとおりの「メッセージ」が届いた。 「今日、明日が山場です。BもFも、早くRのところに帰っておいで。これ以上いると、病院のおもちゃにされてしまうぞ。」これにより、Bの心は移動に傾くとともに、東京にいる「J」のボランティアたちに、今晩Vを移動させる可能性が高いから準備しておいてくれるよう伝えた。 同日午後2時ころ、BとFは、脳神経外科外来診察室でO医師と面談した。 O医師はまず、Vの病状について、脳内の出血は止まっており、脳のむくみも増えておらず、順調に回復しているが、退院の許可はまだできない旨説明し、その日に行われたVに吸い口で水を飲ませるという試みの結果について聞き、Bらが、Vはむせた旨答えると、異例のスピードでやってはいるが、やはりだめだと答えた。Bらが心配する点滴の影響についても、点滴は今後も継続して行う必要がある、今点滴を止めると併発症として尿毒症や肺炎を引き起こす、そして痰が粘稠化することによって痰が肺や気管支の中にたまり、場合によっては窒息する旨説明した。 Bらは、被告人から「今日、明日が山場 る、今点滴を止めると併発症として尿毒症や肺炎を引き起こす、そして痰が粘稠化することによって痰が肺や気管支の中にたまり、場合によっては窒息する旨説明した。 Bらは、被告人から「今日、明日が山場だ」と言われたことを告げ、Vにとっての最善の治療は点滴を一刻も早く止めて「H2治療」に移行することであるとして、一両日中の退院許可を強く求めたが、O医師は、Bらの心情に理解は示しながらも、医師の義務として退院は許可できない、たとえBから訴えられても甘受するしかない旨言明し、理事長は警察に連絡した方がいいと言っていたから気を付けるように、などと、Vを連れ出すことも辞さない姿勢を示すBとFに自重するよう告げた。 ・面談の後、Bは、Lに連絡して、Lを介して被告人に対し、右のとおり、今点滴を止めると尿毒症や肺炎を引き起こすこと、痰の粘稠化により痰が肺などにたまり場合によっては窒息すること等から、退院の許可はできない旨のO医師からの説明内容を伝え、「H2治療」を受けさせたいとの希望を伝えたところ、間をおかずして、LからBに、「そうなんだ。もう夜逃げしかないんだ。決め手は『父は日に日に衰弱しており、見ていられないのだ。だからこうしたんだ。』このことを伝えれば、どんな医師でも心当たりがあるはずだ。わかるはずだ。私は明日、ここにいる。明日中に私のところに来るんだよ。」との被告人の「メッセージ」が届けられた。これを見たBは、被告人もVを許可なく連れ出すことを承知してくれているものと認識し、Vをc病院から連れ出す決意をし、Vを移動させるための介護器具、車椅子等の手配をした。午後10時ころには、Bの下に、Sより、SとU、Wの3名が移動の手伝いのために向かっている旨連絡が入った。 同月2日午前零時ころ、Vを連れ出すことを決意はしたものの、それでもEの不安 をした。午後10時ころには、Bの下に、Sより、SとU、Wの3名が移動の手伝いのために向かっている旨連絡が入った。 同月2日午前零時ころ、Vを連れ出すことを決意はしたものの、それでもEの不安そうな様子を見て迷っていたBは、「C」代表者であり、がんで余命数か月と告知された弟を退院させて自宅で介護した経験を有するDに相談することを思いつき、Dに連絡したところ、同人から「その人の身に何が起ころうとも、引き受けることだけを決めればいい」と言われたことから、BはVのことは自分が全て引き受ける旨決意し、EからもVを移動させることについての了解を得た。 ・同日午前5時ころ、Sから病院に着いた旨の連絡を受けて、Eとともにc病院に向かったBは、同病院前路上に駐車した自動車内でSらと合流し、Vを連れ出すための打ち合わせをした後、B、S、Uの3名でVの病室である○病棟○階○号室に向かった。 Bらは病室に入ると、中にいたF及びTにすぐに行動に移るよう伝えたが、Bらに気づいた看護婦と当直医が病室にやってきたため、Bはこの両名と詰め所に赴き、その他の者がVの点滴を抜き、酸素マスクも外して、Vを車椅子に乗せ、病院外に連れ出した。詰め所では、当直医らが連れ出してはならない旨Bに繰り返し言っていたが、P看護婦がO医師と連絡を取り、O医師の「退院許可は出せないが、こうなった以上仕方がない。一時帰宅を認めます。ということは、もう戻られても困る、という意味です。退院許可ではありません」との言葉をP看護婦が伝えると、当直医たちも仕方ないとしてBらを通したので、BらはVを車に乗せてc空港へ向かった。 c空港から航空機でf空港に到着すると、BらはVを車に乗せ、同日午前10時ころ、被告人らのいるホテルhに到着した。このときVは、鼻水と尿を取るためのチューブをつけ に乗せてc空港へ向かった。 c空港から航空機でf空港に到着すると、BらはVを車に乗せ、同日午前10時ころ、被告人らのいるホテルhに到着した。このときVは、鼻水と尿を取るためのチューブをつけており、ぜいぜいと苦しそうな呼吸をしていた。 ・同日午前10時30分ころ、被告人の居室であった同ホテル○○号室において、第1回の「K2」が行われた。このときもVは、苦しそうな呼吸をしていた。 その際被告人は、「H3」と称してVの首の下の背中を叩いて、Bらに対し、「親孝行できてよかったね。もう大丈夫ですよ。もしあのまま病院にいたら、三日で死ぬね。」、「わかっておかないといけない事は、現代医学では、薬は物凄く効くんです。初日か二日で、劇的な効果がなければ、ハズレなのです。ものすごいのだ。新薬というのは劇薬なんだ。それを投与するわけだから、バーンと変わらんとあかん。しかし、二日目からは効かない。で、死んでしまう。効かなかったから病院ではハズレだったということがわからないといけない。完全に医療missです。」、「二日で治療はclearです。今日明日です。後は何日でもゆっくりすればいい。四日目から散歩もOKになります。」、「食事は、ほしいといったらなんでも。3日ぐらい食べなくても気にしなくていい。」、「これから、超熟睡に入ります。24時間昏睡します。寝返りはないです。心配いりません。」、「24時間飲み食いは要らないです。」などと言い、看病してきたBらに休息を取るよう告げた。BがVの麻痺の回復の見込みについて質問すると、「前よりよくなります。大丈夫です。当たり前ですよ。人生これからですよ。」と答えた。 ・同日午後7時30分、被告人は2回めの「K2治療」を行った。この際被告人は、Vの容態につき、「喉がごろごろいうのは、痰がつまっているから。これ たり前ですよ。人生これからですよ。」と答えた。 ・同日午後7時30分、被告人は2回めの「K2治療」を行った。この際被告人は、Vの容態につき、「喉がごろごろいうのは、痰がつまっているから。これは、痰が詰まってしまう病気ではないので、大丈夫です。」と述べた。 Vの熱が高いのを心配したEが、冷やしてもいいのか、水分を取らなくても大丈夫か等質問したところ、被告人は、「冷やしてはいけません。なぜなら、H2で物凄く寒いからです。熱は問題ありません。」、「(水分は)24時間は、本人がほしいといわない限り、大丈夫です。」と答え、黒い胃液が出ていることについても、「薬の副作用です。」、「今しているH3は解毒用です。」、「医者のmissを治している。病気を治すところまではいっていない。」などと答え、Vの後遺症と万が一のことがあり得るのか、とBが問うと、「絶対大丈夫である、ということはないです。LがMailした日にくれば大丈夫だった。あれから何日か経ったよね。覚悟しておかなければならない。」などと答えた。Vの病状についてのBの質問にも、「言葉はすぐに戻ります。失語症は、頭を打撲しない限りならない。デタラメなんですよ。」、「(右片麻痺は)薬の影響です。」、「(視覚障害は)網膜に障害が無い限りならない。診断は言い掛かりのようだね。」などと答えるなど、病院・医師の診断と治療投薬が全て誤りなのであって、現在の「H2治療」はその悪影響を除くためのものである旨繰り返した。 ・同月3日午前6時ころ、3回目の「K2治療」が行われた。 質問はないかと被告人に問われ、Vが水分を取っていないことを心配したEにおいて「喉が乾いているのでは、と思って・・・」と述べると、被告人は、「それは返事済みですよね。水分というのは、いくら喉が乾こうが、10日間取らないでもO 、Vが水分を取っていないことを心配したEにおいて「喉が乾いているのでは、と思って・・・」と述べると、被告人は、「それは返事済みですよね。水分というのは、いくら喉が乾こうが、10日間取らないでもOKなのです。生きるか死ぬかをやってるんだ。喉が乾いた、じゃない。死なない様にせな。今、水分とって、詰まったらどうする?この辛い時に!」などとEを罵倒し、「Vがここまで苦しんでいるのは嫁さんがアホだからだ、周りにいる者がアホだと非常に辛い、私の周りにいる人間はエリートばかりで非常に幸せだ、Vはそうではなかったために酒に走った」旨繰り返し述べ、次の治療を12時と告げて終了した。 「H2治療」を終えた同日午前6時35分ころ、Vは相変わらず苦しそうにしていた。部屋に戻り、BらがVの姿勢を確保していたところ、Vの呼吸が段々ゆっくりとしたものになり、ついには、はあーと息を吐ききって、その後呼吸しなくなった。 Bらは慌てて、痰でも詰まったのかとVの背中をさすり、MがVの様子を被告人に報告したところ、被告人は座らせて10分間背中をさするよう指示した。Bらは必死にさすったが、Vの呼吸は戻らず、同6時50分ころ再度Mがこの様子を報告したところ、被告人は、「人は30分間呼吸が止まって心臓が止まっていても、大丈夫なんですよ。そんなにギャーギャー騒がなくても大丈夫です。」「本人は、温泉にでも行っている気分なのに、なんで廻りはそんなに騒いでいるんだ、と思っている。Vさんに迷惑かけちゃだめだよ。」などと、慌てるBらを諫めた。 同日午前7時5分ころ、Vの呼吸が止まってから30分が経過したため、BはMに報告に行ってもらったところ、被告人は、「今、魂が再生に入っているんです。生まれ変わるときなんです。実は今、静かな薄い呼吸も、脈もあるんですよ。 脈も回復してきてい から30分が経過したため、BはMに報告に行ってもらったところ、被告人は、「今、魂が再生に入っているんです。生まれ変わるときなんです。実は今、静かな薄い呼吸も、脈もあるんですよ。 脈も回復してきているんですよ」、「Vさんから話しかけてくれば、答えてあげればいいんだ」、「Vさんの魂は、一旦三途の川の手前まで行ったんだけれど、普通の人なら、三途の川をそのまま渡ってしまうんだけれど、Rがそれを渡らせることは絶対しない。そこから再生が始まるんだけれど、それができるのはH2しかないんだ。赤ちゃんから再生ということだから、時間がかかるんですよ。」、「死んでる状態でここに来たんだよ。結末は言ってありますよ。」などとの「メッセージ」をよこした。 その後、介護に当たっていたXが報告等した際に、被告人は、「30分以上も呼吸が止まって、そこから再生する、っていうことは、そんなことはもう、Iしかできないんだよ。」、「今は熟睡しているから、寝させてあげなさい。」、「峠は越えました。お父さんは昏睡に入っています。お父さんは寝たがっています。」、「Massageについては、本人は痛いのでしてはいけません。膝から下が冷えるので、言ってある通りですよ。うっ血に関しては、いわゆる床ずれというか、人は3日も寝続けてれば、みんななりますよ。」などと述べていた。こののち、Vに対して、被告人の手による「H2治療」が行われることはなかった。 ・同月4日、Vの体は、足や背面が紫色になり、卵の腐ったような匂いがし始めたが、被告人は、「普通、人は、4日お風呂に入らないと臭うのでわかっておいて下さいね。」、「止まりかけていた、かなり汚れていた血液が、活動を始めたので、いろいろな変化が出ますが、NOPROBLEMですよ。」、「とにかく眠りたいので、邪魔だけはしないように。」などと述 て下さいね。」、「止まりかけていた、かなり汚れていた血液が、活動を始めたので、いろいろな変化が出ますが、NOPROBLEMですよ。」、「とにかく眠りたいので、邪魔だけはしないように。」などと述べた。 その後もVの体は、腐った卵のような匂い、腐敗臭が強くなり、顔や腕は緑色に変色し、背面はうっ血して血腫れのようになり、足には黄色い水膨れが数か所に浮き上がり、喉の奥には痰のような濁った水があがってくるなどの変化を見せたが、被告人は、大丈夫だ、よい兆候を見せている、呼吸をしないことや匂いは全然気にしなくていいなどと、治療はうまくいっている旨を繰り返し、翌日の何時に報告に来るように、と後に話を残す対応を繰り返し続けた。 ・その後、Vの体には白く細い虫がわき、眼球が落ちくぼむなどもしたが、Vは魂の再生の過程に入っている、との被告人の言葉を信じたBら家族及びボランティアの者達は、Vの体をホテルhに置き、これまで通りの「介護」を続けた。 同年11月11日、千葉県警察によりVの体が押収され、腐乱死体として司法解剖に掛けられたが、死体の腐敗が激しく、残存部分に見られる異常所見から脳内出血が死因との疑いはあったものの、死因を特定できるには至らなかった。 第二殺人罪の成否の検討以上、第一で認定した事実を元に、被告人の罪責、殺人罪の成否について検討する。 一殺人罪の実行行為性の検討 1 まず本件においては、前記のとおり、Vは平成11年6月24日の発病時、高血圧性の脳内出血により左視床下部に約3センチないし4センチの血腫が存し、失語症と右片麻痺、意識障害の症状も見られたところ、c病院の治療においては、再出血による血腫の増大と脳浮腫による脳ヘルニアの防止のため脳圧降下剤を継続的に投与するほか、消化器官に生じる合併症防止のため、胃の酸度を下げ 意識障害の症状も見られたところ、c病院の治療においては、再出血による血腫の増大と脳浮腫による脳ヘルニアの防止のため脳圧降下剤を継続的に投与するほか、消化器官に生じる合併症防止のため、胃の酸度を下げる薬剤を投与していたこと、Vは意識障害に伴う痰の排出不可能から窒息する危険や肺炎等の合併症の危険があり、かつVは痰が多く粘稠度も高かったため、痰の吸引除去を頻繁に行うとともに、痰の粘稠度を下げるために酸素マスクを通した加湿や去痰剤の投与等痰の粘稠度を下げる処置を行っていたこと、さらには脱水による血液の粘稠化による脳梗塞、心筋梗塞等の合併症の危険があり、水分の補給が生命維持にとって極めて重要であったこと、これら水分、栄養分の補給及び薬剤の投与はすべて点滴の方法によって行われていたこと等の事実が認められる。 そして、BらがVを連れ出した同年7月2日未明、あるいは1日の当時においても、Vは、入院後の治療により緩やかな改善傾向を示してはいたものの、依然として右のとおりの合併症や窒息等の危険が存したため、各種薬剤及び水分の補給をほぼすべて点滴によって行っていたほか、痰が多いが故の気道閉塞に伴う呼吸状態の悪化防止のため、酸素マスクが取り付けられていたものであること、そして、かかる病状からして、この時点でVに点滴、痰の除去等の措置を行わなくなった場合、水分補給を断たれることにより脱水症状が進行し、痰が粘稠化することにより痰の排出困難、窒息を引き起こし、肺炎も併発しかねず、血液も粘稠化することにより脳血栓、心筋梗塞を発生させかねないため、Vの生命にとって極めて危険な状況、致死的な結果を引き起こす可能性の極めて高い状況にあったものであり、最低でも7月2日からさらに10日ないし2週間は点滴を行うことが必要であったことが認められる。 以上の各事実から 危険な状況、致死的な結果を引き起こす可能性の極めて高い状況にあったものであり、最低でも7月2日からさらに10日ないし2週間は点滴を行うことが必要であったことが認められる。 以上の各事実からすると、同月2日当時において、c病院のベッド上にいたVを、体につけられていた点滴装置及び酸素マスクを取り外し、病院外に連れ出すという行為は、それ自体、脳内出血の合併症や水分不足による窒息、脳血栓や心筋梗塞等を引き起こすことにつながる、Vの生命に対する重大な危険を孕んだ行為であることは疑いがない(なお弁護人は、連れ出す行為自体は無害行為である旨主張するが、右のとおりのVの病状等の事情からすれば、安全を保ったうえでc病院と同レベルの医療設備を有する場所に連れて行くという特殊な場合でない限り、Vの死の危険を払拭しうるものではないと認められるから、少なくとも本件連れ出し行為自体がかかる危険性を有しない行為であるとは到底いえない)。 2 もっとも、O医師もその供述において述べているように、仮にVをc病院より連れ出したとしても、その安全が保たれている等移動手段が適切であり、移動先が他の病院であるなどc病院と同等以上の治療設備を備えているような場合には、Vが死に至る具体的な危険性があるとはいえないため、「点滴装置や酸素マスクを取り外し、Vを病院外に連れ出す」段階までの行為のみをもって、殺人の実行行為として十分なだけの、Vの死に対する具体的・現実的危険性が存するとまでは認められない。 そこで、Vを病院から連れ出して以降の所為について見るに、Bらは、看護婦の資格経験を有する者を同行させたのみで、救急車等、常時点滴や痰の除去等の処置を施すことが可能な手段によらず、自動車と航空機を利用して、f市所在の何ら医療設備のないホテルにVを運び込み、その後も点滴による 経験を有する者を同行させたのみで、救急車等、常時点滴や痰の除去等の処置を施すことが可能な手段によらず、自動車と航空機を利用して、f市所在の何ら医療設備のないホテルにVを運び込み、その後も点滴による水分や薬剤の投与、痰の除去等Vの生存に必要な措置を一切行わずにおいたことが認められる。 そうすると、前記のような病状にあるVを、何ら医療設備のないホテルに運び込んだうえ、その生存に必要な措置をなんら講じなければ、Vの死という結果が生じる現実的具体的危険性は当然生じうるものであるから、前記のとおりの点滴装置及び酸素マスクを外したうえで病院外に連れ出す行為に伴う危険性をも併せ考えれば、これら一連の行為は、前記したVの生命に対する現実的具体的危険性を生じさせるに十分なものであると認められる。 よって、本件においては、Bらにおいて、c病院にいたVを、Sらをしてその点滴装置を外し、酸素マスクを外させたうえで、ベッドから下ろして病院外に連れ出し、自動車及び航空機により何ら医療設備のないホテルに運び込み、そして同ホテルにおいて、被告人及びBらにおいて、その生存に必要な措置を何ら講じずにおくという一連の行為をもって、殺人罪の実行行為に該当するものというべきである。そして、点滴装置や酸素マスクを外し、病院から連れ出してホテルに連れ込むBらの行為は作為であり、同ホテルにおいて生存に必要な措置を講じなかった点については、被告人自身もBらもこれを行わなかったものであるから、被告人自身の不作為でもあるといえるものであって、前記本件一連の実行行為はこれら作為及び不作為の複合したものであるというべきである。 3 なお弁護人は、殺人罪の実行行為性について、連れ出し行為自体が外形的に無害であって、Bらも危険性を認識していない以上殺害行為としての外形的定型性を欠く の複合したものであるというべきである。 3 なお弁護人は、殺人罪の実行行為性について、連れ出し行為自体が外形的に無害であって、Bらも危険性を認識していない以上殺害行為としての外形的定型性を欠く旨主張するが、本件連れ出し行為自体の危険性は前述のとおりであり、外形的に実行行為性ありと判断がしうるか否かは、社会通念上「殺人行為」といえるか否かという定型的判断、及び行為者のこの点に関する認識、故意の範疇であるといえるところ、前者については、これまで述べ来たった点を総合すれば、社会通念に照らして十分「殺人」の構成要件を具備するといえ、精神障害等の特別事情の存しない被告人において右の認識を欠いていたとの形跡も全く存しない。 また弁護人は、連れ出し行為とその後の生存に必要な措置を行わなかったとの点を分け、後者を不作為による殺人の成否の問題としたうえで、Vが自力で死の結果を回避できない状況に置かれていたのは被告人の行為によるものではない旨も主張するが、本件実行行為をその一部のみをもって評価するのが適当でないのは既に述べたとおりであるところ、後述のとおりBらが被告人の指示によってVをc病院から連れ出したことは明らかであるから、被告人の行為によるものではない旨の主張は妥当しない。 二 Vの死亡と因果関係次に、Vの死亡の事実と死因、そして右実行行為との因果関係についてみるに、関係各証拠によれば、平成11年7月3日午前6時35分ころ、Vは呼吸が苦しそうにしていたが、そのうち段々ゆっくりとした呼吸になり、はあーと息を吐ききって、その後呼吸しなくなったこと、これ以降Vが呼吸するのを見た者はなく、Vの体にも変色、腐敗臭、鬱血等の変化が生じ始めたこと、その後の同年11月11日に千葉県警察によりVの死体が押収され、鑑定の結果脳内出血の疑いがもたれたもので これ以降Vが呼吸するのを見た者はなく、Vの体にも変色、腐敗臭、鬱血等の変化が生じ始めたこと、その後の同年11月11日に千葉県警察によりVの死体が押収され、鑑定の結果脳内出血の疑いがもたれたものであるが、死体の腐敗が激しく死因を特定できるには至らないものであり、他の死因を否定するものではないこと等の事実が認められる。 これに、先程来述べているように、Vは粘稠化した痰により気道閉塞状態に陥っており、痰が詰まることによる窒息の危険性が高く存したこと、脳神経外科の専門医であるO医師がその供述において右同日の痰の気道閉塞による窒息死が死因であると十分考えられる旨述べていることを併せ考えれば、Vは、判示事実のとおり、右同日に粘稠化した痰による気道閉塞により窒息死したこと、そしてこの窒息死という結果とVを点滴装置・酸素マスクを外したうえで病院外に連れ出し、何ら医療設備のないホテルに運び込んでその生存に必要な措置を何ら講じずにおくという一連の実行行為との間に因果関係が存することは明らかである。 三被告人の殺意の有無の検討 1 病状についての認識等まず本件においては、前記のとおり、Vを、その点滴装置及び酸素マスクを外し、ベッドから下ろして病院外に連れ出し、医療設備のないホテルに運び込み、その生存に必要な措置を何ら講じずにおくという一連の行為をもって、殺人罪の実行行為に該当するものと考えられるところ、このように脳内出血により意識障害、麻痺等の症状が見られる患者を、医療設備のない場所に連れてゆくという行為態様自体からは、通常連れ出す者はそれにより病者に不測の事態の起こりうるであろうことの認識を有するものとの推認が働きうる。 ただし、これが殺意の認定に結びつくためには、Vの病状に関する被告人の認識が不可欠であるので、以下この点につき検討する。 の事態の起こりうるであろうことの認識を有するものとの推認が働きうる。 ただし、これが殺意の認定に結びつくためには、Vの病状に関する被告人の認識が不可欠であるので、以下この点につき検討する。 ・まず、本件におけるVの病状の説明・報告の状況、経路等についてみるに、O医師はB、Fら家族に対し、その求めに応じて、また病室を訪れるなどした際に、逐一Vの病状につき説明していたものであるが、Bはこれを携帯電話ないし電子メールを通じて、当時被告人の第一秘書であったLに報告し、Lから被告人にVの病状、医師の説明内容等が伝えられるという経路を辿っていたことが認められる。 背景事情の項で認定したように、Lは第一秘書として被告人への質問者の質問内容等を忠実に被告人に伝えることを旨としていたのであって、そのために日頃から詳細なメモを取っていたものであるところ、BもライターとしてVの闘病記を記事にしようと考え、Vの病状、治療内容等についても常時詳細なメモを取っていたこと、BとLの間の会話では、伝える側が手元のメモをもとに報告し、伝えられる側もこれをメモに取ることとしており、これを意識したペースで互いの会話が進められていた旨双方とも供述していること等を併せ考えれば、BがLに対してなした、Vの病状等についての報告内容は、基本的に忠実に被告人に伝えられる態勢ができていたことが認められる。 ・これを前提に、本件についてみると、Bはまず平成11年6月24日にVがc病院に入院した直後、O医師からVの病名、現在の容態から今後の治療方針についての説明を受け、これをLに報告したこと、同月26日未明、前日にO医師から3、4週間は移動は絶対無理である旨説明を受けた旨Lに報告し、Lはこれを同日の夕方になって被告人に報告したこと、同月28日、BはO医師にあと10日は移動 告したこと、同月26日未明、前日にO医師から3、4週間は移動は絶対無理である旨説明を受けた旨Lに報告し、Lはこれを同日の夕方になって被告人に報告したこと、同月28日、BはO医師にあと10日は移動は不可能である等説明された旨を連絡したこと(この点、O医師は最低でもあと10日間は点滴から経口投与へ投与方法を変更することは不可能である旨説明したに過ぎないところを、Bが誤解してあと10日で退院できる可能性があると考えたことは前記認定のとおりである)、同月29日にBはLに、O医師の退院許可が必要であること、退院は早くてもあと九日前後と考えられることを報告し、Lは同日被告人に、Bの28日と29日の報告内容を併せて、Vは点滴を続ける必要があるから移動させるのは無理であり、今Vを移動させると命の保証はできない旨医師が述べていること、移動につきBらが全て責任を取るといっても、第三者が訴えるであろうとまで言っていることなどを報告したこと、同年7月1日、BはO医師との面会の後、Lに連絡して、今点滴を止めると尿毒症や肺炎を引き起こす、痰の粘稠化により痰が肺などにたまり場合によっては窒息するから、退院の許可はできない旨のO医師からの説明内容を伝え、併せて、「H2治療」を受けさせたいとの希望をも加え、Lはこれをすぐに被告人に報告したこと等の事実が認められる。 (なおこの点、Lは当公判廷において、とくに6月28日ないし29日にBからいかなる報告をうけたかにつき記憶が曖昧である旨供述するが、同人の公判供述は被告人に不利益となりうる、ことVの死の危険性についての認識に関する事実については供述を避ける方向で捜査段階での供述からの変遷が存することが窺われ、L自身捜査段階では記憶どおりそのまま供述している旨述べていること等からすると、Lの公判供述の記憶の不正確性は、こ る事実については供述を避ける方向で捜査段階での供述からの変遷が存することが窺われ、L自身捜査段階では記憶どおりそのまま供述している旨述べていること等からすると、Lの公判供述の記憶の不正確性は、これをもって、右認定の妨げとみるべきものではない。)以上に加え、被告人が、7月1日の、O医師から退院は許可できないとの言を聞いたが、それでも「H2治療」を受けさせたいとしたBからの依頼を受けて、「そうなんだ。もう夜逃げしかないんだ。」等、Bからの報告内容を理解したうえでなければ述べえないであろう応じ方をしていること等の事実から見るに、被告人は、Vの病状、それに対する治療投薬の内容や、このときのVに対しこれらの治療を打ち切ることの意味、それゆえ医師としては退院許可を出せないことについて、逐一Lを介してBから報告を受け、被告人もこれを十全に理解することが可能であった状況が認められる。 そうすると、前記のとおりの本件一連の実行行為の危険性に加え、このように医学的専門的知識を有しない者でもその危険性を認識しうる程度に具体的で詳細な報告を受けていたことを併せ考えれば、かかる報告を受けていながら、Vを連れ出して病院での治療を打ち切らせ、なんら医療設備のないホテルに運び込ませれば、Vに不測の事態が起こりうること、それがVの生命に危険を及ぼしかねないことであることの認識を有していたものと考えられるから、これは被告人がVを死に至らしめるかもしれないとの認識を有していたこと、ひいては被告人の殺意の存在を推認させるものである。 2 本件前後の被告人の言動等次に本件では、被告人は「メッセージ」と称してVの病状や治療等についての言動をとっているので、これらが殺意の有無の認定に関していかなる意味を持つのか、被告人の言動から殺意の有無が窺われるかをここで検 次に本件では、被告人は「メッセージ」と称してVの病状や治療等についての言動をとっているので、これらが殺意の有無の認定に関していかなる意味を持つのか、被告人の言動から殺意の有無が窺われるかをここで検討する。 ・まず、前記認定のとおりの、BらがVをホテルに運び込むまでの被告人の「メッセージ」とその推移を見ると、被告人は、Vが倒れた当初、「たとえRのそばにいたとしても、いかんともしがたいのです。治れば奇跡ですので、覚悟しておいて下さい。」などと、現代医学によっても被告人の「治療」によっても治療は極めて難しいかの如き発言をし、Bから病状の報告を受けた後も、「いい先生に出会えたね。本当のことを言ってくれているね。現代医学の定説から言っても、回復は不可能なんだ。」等と述べて、とくにO医師らの治療を非難するでもなく治療の難しさをBらに説いている。 しかし、Bが正式に「H2治療」を依頼して以降は、「K2がいいんだ。病院にいても、同じぐらいの費用がかかるからね。時期はいつでもいいよ。fで行います。このままでは見殺しだからね。」と述べ、「(K2は)30日の夜ぐらいかなあ。」、「点滴は非常に危険です。動けない、というのも何の根拠もないしね。 今日から3日以内に、退院の日程の確約がなければ、○○○に相談してください。 これはヤバイですよ。」、「今日、明日が山場です。BもFも、早くRのところに帰っておいで。これ以上いると、病院のおもちゃにされてしまうぞ。」などと、次第に語調を強め、Bらの危機感を煽るかの如くVを連れ出させる発言をなしているのであって、これは被告人に何らかの理由により「H2治療」を受けさせる必要があったことが窺われる(この点は、次項の動機等の検討の際に詳述する)。 ・次に、「H2治療」中の被告人の「メッセージ」を見るに、被告人は、「現代 何らかの理由により「H2治療」を受けさせる必要があったことが窺われる(この点は、次項の動機等の検討の際に詳述する)。 ・次に、「H2治療」中の被告人の「メッセージ」を見るに、被告人は、「現代医学では、薬は物凄く効くんです。初日か二日で、劇的な効果がなければ、ハズレなのです。」「効かなかったら病院ではハズレだったということがわからないといけない。完全に医療missです。」、「薬の副作用です。」、「今しているH3は解毒用です。」、「医者のmissを治している。病気を治すところまではいっていない。」、「失語症は、頭を打撲しない限りならない。デタラメなんですよ」、「(右片麻痺は)薬の影響です。」、「(視覚障害は)網膜に障害が無い限りならない。診断は言い掛かりのようだね。」などと、病院の行った治療が誤りであったことを繰り返し強調し、この後の見通しについても、「絶対大丈夫である、ということはないです。○○○がMailした日にくれば大丈夫だった。あれから何日か経ったよね。覚悟しておかなければならない。」などと述べている。これらの言が現代医学からして誤りであることは関係各証拠から明らかであるが、被告人がこれだけ病院の治療の誤り、あるいは現代医学の責任を繰り返し、すでに手遅れの可能性がある旨告げているというのは、自分の責任ではない旨を強調したい意図を窺わせるところ、真に「H2治療」でVが治癒するのであれば、かかる言を吐く必要はない筋合であること等からすると、被告人はVを治療することができないことを予め予測したうえで、原因を他に転嫁すべく伏線を敷いていたものと認められる。実際、被告人は、Vの死体から腐敗臭等死亡の徴候が強く見られるようになり、周囲の者がこれを頻繁に報告するようになってから、Vが現在元気になっていないのはBが「くそまぬけ」であるから のと認められる。実際、被告人は、Vの死体から腐敗臭等死亡の徴候が強く見られるようになり、周囲の者がこれを頻繁に報告するようになってから、Vが現在元気になっていないのはBが「くそまぬけ」であるからだ、などとBを強く非難しているのである。 また、被告人は、まだVが生存していたと思われるときでも、「食事は、ほしいといったらなんでも。3日ぐらい食べなくても気にしなくていい。」、「これから、超熟睡に入ります。24時間昏睡します。寝返りはないです。心配いりません。」、「24時間飲み食いは要らないです。」、「冷やしてはいけません。なぜなら、H2で物凄く寒いからです。熱は問題ありません。」、「(水分は)24時間は、本人がほしいといわない限り、大丈夫です。」などと、Vに対してほとんど何も行わなくてよいかの如く述べ、喉が乾いたのではないかと心配したEを激しい口調で罵倒している。これは、後述するようにVの死後、その死、ひいては被告人の治療が失敗したことを悟らせないようにしたのと同様、Bらに、Vに対する介護を行わしめ、これにより重篤な病状等がBらに察せられる事態を未然に防ぐことで、これらの者が疑念を抱くのを防ごうとの意図を強く推認させる。 ・そして、Vの死亡直後の被告人の言動を見ても、「人は30分間呼吸が止まって心臓が止まっていても、大丈夫なんですよ。そんなにギャーギャー騒がなくても大丈夫です。」「本人は、温泉にでも行っている気分なのに、なんで廻りはそんなに騒いでいるんだ、と思っている。Vさんに迷惑かけちゃだめだよ。」「今、魂が再生に入っているんです。生まれ変わるときなんです。実は今、静かな薄い呼吸も、脈もあるんですよ。脈も回復してきているんですよ」などと、Vがさも生きているかの如き発言をなし、「峠は越えました。お父さんは昏睡に入っています。お まれ変わるときなんです。実は今、静かな薄い呼吸も、脈もあるんですよ。脈も回復してきているんですよ」などと、Vがさも生きているかの如き発言をなし、「峠は越えました。お父さんは昏睡に入っています。お父さんは寝たがっています。」、「Massageについては、本人は痛いのでしてはいけません。うっ血に関しては、いわゆる床ずれというか、人は3日も寝続けてれば、みんななりますよ。」「普通、人は、4日お風呂に入らないと臭うのでわかっておいて下さいね。」、「止まりかけていた、かなり汚れていた血液が、活動を始めたので、いろいろな変化が出ますが、NOPROBLEMですよ。」、「とにかく眠りたいので、邪魔だけはしないように。」などと、Vに触れてはならないかの如く述べている。 このように、被告人が、周囲の者においてVに触れることをひたすら押さえようとしている姿勢からは、Bらが「介護」としてVに触れるのを極力防ぎ、また腐敗臭等今後当然に予想される事態につきあらかじめ言訳しておくことによって、これらの者が疑念を抱くのを防止し、Vの死を悟らせないための予防線を張ったものと強く推認される。そしてこれは、被告人において、Vが既に死亡していることを知悉していたが故に、周囲の者の自己への信を当てにしてとった眩惑行動であるといえる。 ・また、治療経過や回復の見込みについても、被告人は、治療開始時は「二日で治療はclearです。四日目から散歩もOKになります。」と述べながらこれが叶わないまま、それにつき何の説明も行わず、次いで、シャワーを浴びられるのは明日からなどと述べて、その日にこれも叶わないとなると次の見込みを述べるなどしていて、まことに安易に回復の見込みを述べては、それが実現しないまま見込み違いの点については何も触れずに次の見込みを述べることを繰り返しており 、その日にこれも叶わないとなると次の見込みを述べるなどしていて、まことに安易に回復の見込みを述べては、それが実現しないまま見込み違いの点については何も触れずに次の見込みを述べることを繰り返しており、しかもVの前記の状況からしてその見込みも到底実現し難いものであったと認められること、7月3日の3回目の「K2」の後に次回の治療予定を述べておきながら、Vの呼吸が止まった旨報告を受けて以降は、何の説明もなしにその後の「H2治療」を打ち切り、様々な説明をつけて不安を抱く必要はない旨を繰り返し、その後は症状の報告に対して、次はいつ報告するようにとするばかりであったことが認められる。 これら被告人の一貫性に欠ける場当たり的な発言等の事実からは、被告人は結局、自己がVを治療することなどできないことを知りながら、これを周囲の者に悟らせまいと、種々煙幕を張る弁解をしていたものであると考えるのが相当であるから、この点からも被告人は、Vの呼吸停止を聞き知った時点でその死の結果の発生を認識したものと認められる。 ・以上を総合すると、結局、被告人の種々の言動からは、被告人が、Vを病院から連れ出す等することによる死の可能性の極めて高いこと、そして連れ出し、その後医学的に放置したこと等によりVが死亡したものであることを、それぞれ認識していたことが認められ、ひいて、これは、被告人の殺意を強く推認せしめるものというべきである。 3 背景事情、動機等弁護人は、被告人にVの殺害についての動機がないことを被告人に殺意がない理由の一つとしてあげるので、この点について検討しておく。 ・関係各証拠によれば、被告人は、自身を「H1」と称するようになって以降、「H2治療」を多くの者に対して行い、これを有用だと信ずる者らが「J」を構成して被告人に付き従い、本件当時も被告 ておく。 ・関係各証拠によれば、被告人は、自身を「H1」と称するようになって以降、「H2治療」を多くの者に対して行い、これを有用だと信ずる者らが「J」を構成して被告人に付き従い、本件当時も被告人に付き従う者らとともにホテルに滞在していたものであること、BもVもこの「H3」の有用性を信じて、被告人に傾倒していたもので、Vは個人的にも被告人と親交があり、L、Mをはじめとする被告人の側近の「J」構成員らもこれを認識していたことが認められる。 かかる状況において、被告人とも親交深いVが病に倒れたとすれば、「H2治療」の有用性を信ずる者らは当然被告人が「H2治療」によってVを治癒せしめるであろうと考えるであろうし、かく期待もするであろうこと、そのVの息子であり「J」のメンバーであるBが被告人による「H2治療」を望むというのであれば、被告人とすればかかる状況下においてこれを断る理由はなく、むしろ、その望みに応じなければならない立場にあって、「H2治療」の効果があろうがなかろうが、さらにはその効果を自身信じていようがいまいが、その効果を信ずる者らのためにVに対して「H2治療」を行う義理ともいうべきものがあったものと考えられる。すなわち、被告人の当時の立場、地位が、被告人及びその「H2治療」を信ずる者らの信の上に成り立っていたものである以上、この地位を失わないためには、これらの信に応えざるをえなかったものと考えられるのである。まして、平成7年の死亡事故以降、被告人らがカルト集団であるかの如く報道され、周囲の風当たりも厳しくなっていた状況下で、被告人はそれでも被告人を信ずる者達に囲まれていたのであるから、被告人にとってこれらの者の信を損なうことは、自己の当時の存立基盤そのものを揺るがすものであったというべきである。 また、被告人は、「H はそれでも被告人を信ずる者達に囲まれていたのであるから、被告人にとってこれらの者の信を損なうことは、自己の当時の存立基盤そのものを揺るがすものであったというべきである。 また、被告人は、「H2治療」の有用性を宣伝するのに平行して、点滴をはじめとする現代医学、西洋医学を批判する活動を行ってきていたのであるから、Bが現代医学ではなく「H2治療」を選択し、被告人に依頼するという以上、被告人としては、Bに対しても「J」構成員らに対しても、現代医学に対抗する位置づけとしての「H2治療」を行い、Vを治癒させてみせる必要があったものと考えられる。これは、被告人がBらに対し、点滴の危険性を繰り返し説いていること、Bらも普段から聞かされていた点滴の危険性等についての認識に、これら被告人の「メッセージ」が重なって、Vを連れ出すことを決意したこと等の事実からも窺われる。 ただ、そうすると、被告人としては、Vが倒れた当初から、病院での治療を否定して「H2治療」を行うべきだとBに指示するのが自然であろうとも考えられるところ、本件において被告人は、BがVに対して「H3」を行ってもらいたい旨の意思を明確に表明する以前は、「この病気は前兆がないので、たとえRのそばにいたとしても、いかんともしがたいのです。治れば奇跡ですので、覚悟しておいて下さい。」、「最善の治療を受ける権利が、人間にはあるので、今いるところがそれだ、と思えば、そうしたら良いし、敢えて、Rだけが治療できる唯一の存在だ、というわけではないからね。」、「いい先生に出会えたね。本当のことを言ってくれているね。」等と、対立すべき現代医学を頭からは否定せず、被告人による「H2治療」を必ずしも強く迫るでもなく、その効果も確実でない旨を述べたうえ、「三Sセミナーがいいんだ」などとも述べながら、時期につ るね。」等と、対立すべき現代医学を頭からは否定せず、被告人による「H2治療」を必ずしも強く迫るでもなく、その効果も確実でない旨を述べたうえ、「三Sセミナーがいいんだ」などとも述べながら、時期については「時期はいつでもいいよ。」などとしていたのである。 当初から強く「H2治療」によるべきである旨主張するのが自然であるとも思われ、実際にもBが「H2治療」を希望する旨明確に表明した後はそうしていながら、表明前はそうではない態度を示していたというこれらの事実からは、被告人の迷いや躊躇が感じられないではないのであって、それは、とりもなおさず、被告人がVをfに連れて来させて「H2治療」を受けさせることの危険性を認識していたがために、当初「H2治療」を強く主張できなかったとの事実を推認させるものである。 ・次に、関係各証拠からは、被告人が経営していた「C」は当初は業績が順調であったものの、次第に「セミナー」受講者が減少し、平成7年の「セミナー」受講者である大学生の死亡事故が発生して以降は、「セミナー」受講者は激減し、各地の事務所も閉鎖せざるを得なくなり、実質的に休業状態になったこと、その後被告人が「R」を名乗り、「J」が組織されて以降は、「J」構成員らとともに海外に赴くなどし、本件当時はその側近らとともに長らくホテルに滞在していたこと、「J」は主に出版活動を行っていたが、その収益によっても費用を賄うには至らず、「K2」の参加料や「J」構成員からの預託金で運営を賄っていたことが認められる。 そうすると、もともと被告人らの生活の維持や「J」の組織の運営にはかなりの費用を要するものであるところ、「J」という組織は対外的な収益力には乏しく、「セミナー」参加料や預託金等、その構成員が出捐した費用でその運営を賄うという、いわば内部資金に頼る構 織の運営にはかなりの費用を要するものであるところ、「J」という組織は対外的な収益力には乏しく、「セミナー」参加料や預託金等、その構成員が出捐した費用でその運営を賄うという、いわば内部資金に頼る構造であったこと、従って財政状態が良好とは言い難かったことが認められる。これは、証拠上挙げられている「J」関連の銀行口座の取引状況を見れば、多額の入金があるとその直後に大半が引き出され、その後の残高も少額に過ぎないという入出金が頻繁に行われていることからも窺われる(なおこの点、弁護人は、右銀行口座は証拠上三つしか示されておらず、その三つの入金額も多額であること等をもって、「J」の収支は黒字であり、被告人が金銭的に窮していたものではない旨主張するが、そもそもの収支構造自体が右のとおりであることからすると、他の口座においても特段の事情がない限り同様と考えられるから、この主張も妥当しないものである)。 であれば、被告人としても、自身が稼働することもなく大勢の側近らとともにホテルを転々とし、自身の指示により数々の出版活動を行う等、かなりの経費が見込まれる現在の生活を続けるためには、その大きな収入源の一端である「H2治療」をVに対して行うことで、自身そして「J」の財源とする目的意識は当然有したものと認められる。 以上に加え、本件では、「K2」をはじめ「H2治療」を含む「セミナー」は複数存在し、そのうち「K2」の受講料は合計800万円と最も高いところ、被告人はBに対して「K2がいいんだ。」として「K2」を指定していること、Vの安否を心配するEに対して、被告人はLを介して、「H2治療」を受けなければ介護には参加させないとして、「K2」の受講を強要しているとも取れる形で受講させていること等の事実も認められる。 以上を総合すれば、被告人には、V 被告人はLを介して、「H2治療」を受けなければ介護には参加させないとして、「K2」の受講を強要しているとも取れる形で受講させていること等の事実も認められる。 以上を総合すれば、被告人には、Vに対して「H2治療」を施すことで、その対価となる800万円を得ようとの心胆が存したことも認められるものである。 ・なお、弁護人は、被告人がVを死に至らしめることになれば治療費も返還しなければならず、被告人の名声が失墜するものであるから、動機としては矛盾する旨述べるが、これは治療後の問題としては一理あるものの、「H2治療」を行うかどうかの段階では、右のとおり、被告人は「H2治療」を行うとの選択をいわば迫られる立場にあったと考えられ、「治療」後に周囲にVの死を悟らせない、疑念を抱かせないがための種々の煙幕言動に出ている事実はまさに、Vに「H2治療」を行い、Vを死に至らしめてしまったものではあるが、それでも自己の名声の失墜等を避けんがためのものと考えられる(この点には、被告人の影響力等がすでに周囲の「J」関係者らに限定されていたという、狭隘な世界における特殊事情も働いているものと思われる)。 また弁護人は、被告人がミイラ化したVの写真をマスコミに公表するよう指示したことは、被告人にとって刑事責任の追及等のリスクを伴うもので、殺意を有していた者の取りうる行動ではないから、被告人は「H2治療」の効果を信じており、殺意はなかった旨も主張する。 しかし、これまで述べてきたような背景事情、動機として考えられる点、そしてBや側近の者ですら理解に苦しんだという一貫性の見られない被告人の言動からすれば、被告人は、当初からVの回復過程と称してその写真を公開することまで企図していたとは考え難く、被告人としては、収入の面のみならずそれまでの活動からして、 いう一貫性の見られない被告人の言動からすれば、被告人は、当初からVの回復過程と称してその写真を公開することまで企図していたとは考え難く、被告人としては、収入の面のみならずそれまでの活動からして、被告人を信じる者達に対して「H2治療」の効果を示すべく、Vに対してこれを行ってみせざるをえなかったことから、本件を敢行したものの、Vの遺体の腐敗が進み、ミイラ化して死亡の事実が誰の目にも明白となるであろう事態が迫り、これがさらに進めばいずれ白骨化したであろうところ、「ドキュメント」等関係証拠からも、介護に当たる者らのV存命についての疑念や不安が噴出する兆しも見えるようになり、被告人としても説明に窮して、このままではVの死亡の事実が白日の下に曝され、被告人に対する信が失われる事態が生じるであろう焦眉の状況に直面したものと考えられる。 かかる状況下、被告人が、弁護人のいうリスクの大である遺体公表を敢えてした理由としては、それまで現代医学をはじめ被告人及び「J」にとって対立する立場に位置づけていた外部社会に、Vの遺体を、「回復の過程にある生体である」などとして示し、場合によっては対決姿勢を示すことで、一時的にでもVの死亡の事実から目を反らさせ、時期を見て他者に責任を転嫁するため、先手を打ったものとも考えられる(事実、被告人は、その後警察がVの死体を押収し、解剖したがためにVは死亡したものである旨再三主張するようになっている)。これは、被告人の、当初は治療不可能としながら「H2治療」によるべくBらに迫り、治療開始時には数日後に歩けると言いながら、歩けるようにならないVを再生過程だなどと称し、不安におびえるEに「H2治療」を強要するなどして、これを疑う者に自己を信じなければ排除するかの如き言に及ぶなど、どうにも場当たり的としか言い難い、前述した ようにならないVを再生過程だなどと称し、不安におびえるEに「H2治療」を強要するなどして、これを疑う者に自己を信じなければ排除するかの如き言に及ぶなど、どうにも場当たり的としか言い難い、前述したような一貫性に欠ける言動からも窺うことができるものである。 4 なお弁護人は、被告人に殺意はなかったとする理由の一つとして、「H2治療」はまやかしなどではなく、被告人はこの有効性を信じていたものであるから、これによりVを死亡させるとの認識はなかった旨主張する。 しかし、関係各証拠からは、上記のとおり、治療時以降の被告人の言動自体がVが死亡するであろうことを認識していたと窺わせるものであり、それゆえ「H2治療」でVが治癒することはないこと、被告人もそれを認識していたことを窺わせるものであることが認められるが、加えて、掌で患部を叩くのみで治療効果が存するということ自体通常信じ難いものであるところ、弁護人らの主張するH2治療の有効例の多くが、腰痛が和らいだ、むくみが取れた等の症状緩和といった類のものであり、例えば救急車を呼ぶような、緊急性のある危険な患者、Vの如き生命に対する危険が存し予断を許さないような重篤な患者に対する実施例は全くみられないこと、B以上に被告人と「H2治療」とを信じていたとも思われるFの供述においても、「H2治療」は救急車を呼ばなければならないような患者に対して行われた例はなく、その治療効果はもっぱら精神的側面に関するものであると思う旨述べていること等の事実も認められる。 してみると、「H2治療」なるものは、その効果を信ずる者に対する精神的影響等までは否定はできないまでも、Vのような脳内出血により生命の危険がある患者に対しては、何らの治療効果も有するものではないことは現代社会の一般通念上明らかであり、被告人自身がそれを認 する精神的影響等までは否定はできないまでも、Vのような脳内出血により生命の危険がある患者に対しては、何らの治療効果も有するものではないことは現代社会の一般通念上明らかであり、被告人自身がそれを認識していたことも明らかというべきである。 5 以上を総合すれば、被告人は、BからVの病状について詳細な報告を受け、Vの病状と、連れ出して医学的治療を受けさせないことの危険性、死亡させることになるかもしれないとの認識を有しながら、そして「H2治療」では治癒するものではないことも認識しながら、Vに対して「H2治療」を行ってみせる立場上の必要があり、また、その治療費が収入源でもあったこと等の事情から、敢えて本件に及んだものと認められる。 よって、被告人にはVに対する殺意を認めることができる。 四共謀の成否弁護人は、被告人とBとの共謀関係が成立しないことをもって、被告人が無罪である旨も主張しているので、共謀関係についてここで検討することとする。 1 まず、前記認定のとおり、本件では、Bが逐次Vの病状や医師の説明内容を詳細に報告していたこと、これに対して被告人が、「K2がいいんだ。時期はいつでもいいですよ。fで行います。」として、「H2治療」を受けさせるためにVをfへ連れてくるように述べ、その後も「(K2は)30日の夜くらいかなあ。」、「点滴は非常に危険です。今日から3日以内に退院の確約が得られなければ相談してください。これはヤバイですよ。」、「今日、明日が山場です。BもFも、早くRのところに帰っておいで。これ以上いると病院のおもちゃにされてしまうぞ」とVを早く連れてくるように述べ、最後には「もう夜逃げしかないんだ。私は明日、ここにいる。明日中に私のところに来るんだよ。」と述べていることが認められる。このように、被告人は、Bからの報告によりVを Vを早く連れてくるように述べ、最後には「もう夜逃げしかないんだ。私は明日、ここにいる。明日中に私のところに来るんだよ。」と述べていることが認められる。このように、被告人は、Bからの報告によりVを連れ出すことの危険性を認識しながら、Bに対し、「H2治療」を受けさせるためにはVをfの被告人の元まで連れてくる必要があること、そして点滴等病院の治療は危険であり、緊急に被告人の下で「H2治療」を受けさせる必要があることを伝えて、Bの危機感を煽り、BをしてVを連れてくるべく決意するよう申し向け、しまいには病院の意向に反してでも、強制的にであってもVを被告人の下に連れてくるべく強く申し向けていることが認められ、Bも結局これに応じてVを連れ出して本件に及んでいるのである。 そして、Bの側でも、Vの治療に関し、当初は移動は不可能とのO医師の説明を信じて、被告人にc病院まで出向いてもらって「H2治療」を行ってもらいたい、あるいは一応の医療を受け終えた退院後に被告人の下で「H2治療」を受けさせたいとの意思であったものであるのに、被告人のこれらの言により、退院を待たずしてでも連れていかなければならないとの切迫した危機感を抱き、移動は不可との医師の言、そして他の家族の考え等の狭間で悩みながらも、最終的には退院を待たずしてVを連れ出すことを決意したものであることが認められるから、Bは被告人のかかる発言があったればこそVを連れ出すに至ったことは明らかであり、その意味において、最終的にBがO医師らの治療方針に反し、病院から無理矢理退院させてでもVを連れ出すことを決意した7月1日の時点において、被告人とBとの間に、Vを医師による医療から離脱せしめ、何ら医療設備の用意されていない被告人のもとへ連れ行くことの共謀が成立したものと認められることもまた、明らかである。 た7月1日の時点において、被告人とBとの間に、Vを医師による医療から離脱せしめ、何ら医療設備の用意されていない被告人のもとへ連れ行くことの共謀が成立したものと認められることもまた、明らかである。 2 なお、弁護人は、共犯者とされ、実際にVの連れ出し行為を行っているBには検察官の主張する保護責任者遺棄の故意も認められず、従って被告人も無罪である旨主張する。 そこで検討するに、保護責任者遺棄の故意が認められるためには、通常ならば要保護者にとってその行為が「遺棄」あるいは「不保護」と評価すべきこととなる事実を認識していれば足りると考えられるところ、関係各証拠によれば、Bは、O医師からVの病状について何度も詳細な説明を受け、c病院と同レベルの医療設備がない場所へ移動させることには命の保証ができないこと等の説明を受けていたというのであるから、「ドキュメント」の記載とこれから窺われるBの知能程度の高さを併せ考えれば、前記認定のとおり退院見込みの時期については誤認があったものと思われるものの、それ以外の点については、Bがこれを納得していたかどうかはともかく、重篤なVの症状とこれに対してなされている治療の内容等はかなりの正確さで認識していたものと認められる。 そうすると、かかる認識を有していたBとしては、本件一連の実行行為、かかる重篤な症状のVを、点滴や酸素マスクを外し、航空機等により何ら医療設備のないf市所在のホテルに連れ込み、通常病院等でなされるべき医学的治療を受けさせないという行為をしたりすれば、Vの生命を危険にさらし、またその生存のために必要な保護を行わないことになるであろうことは通常当然に理解可能なところであるから、Bには保護責任者遺棄の故意に欠けるところはないと認められる。 この点弁護人は、Bは「H2治療」を信頼していたので危険 な保護を行わないことになるであろうことは通常当然に理解可能なところであるから、Bには保護責任者遺棄の故意に欠けるところはないと認められる。 この点弁護人は、Bは「H2治療」を信頼していたので危険性を認識していなかった旨述べるが、Bは当初は病院の指示通り退院してから「H2治療」を受けさせる意向であったのであり、被告人から連れてくるようにとの「メッセージ」があった後も連れていくかどうかにつき迷いを抱いていたこと、移動に際しても安全に留意していたと見られること、「H2治療」中もVに対する万が一の場合を考え、その旨被告人に直接問い質していること等の事実からすれば、Bが「H2治療」であれば全く安全とまで認識していたと見ることはできないから、この点の弁護人の指摘も当たらないものである。 3 よって、被告人とBらは、客観的には殺人の実行行為を行っているものであるが、BはVの回復を強く望んでいたこと自体は認められるため、BにはVの死という結果に対する予見はあったとしてもこれを認容する意思はなく、殺人の故意までは認められないことは明らかであるから、保護責任者遺棄の故意が成立するに過ぎず、これまで述べ来たったとおり殺人罪の認められる被告人とは、保護責任者遺棄致死の範囲内の限りで共同正犯となるものである。 五 Vの同意の有無最後に、弁護人は、違法性阻却事由として、6月28日のVの動作等を根拠として、Vが被告人による「H2治療」を受けることについて同意が存した旨主張するので、この点につき検討する。 本件において、被害者の同意があったとして被告人の行為の違法性が阻却されるためには、被害者とされるVが、自身の病状、その重篤性、治療内容、及びこれを打ち切って被告人の下に移動し、「H2治療」を受けることの意味等を認識したうえで、これに同意したものと認められ が阻却されるためには、被害者とされるVが、自身の病状、その重篤性、治療内容、及びこれを打ち切って被告人の下に移動し、「H2治療」を受けることの意味等を認識したうえで、これに同意したものと認められる必要がある。そこで検討するに、O医師、P看護婦の供述、診療録その他関係証拠によれば、Vは、脳内出血で倒れて以降、意識障害の状態にあったものであるが、その意識レベルは、多少回復の兆しは見せていたものの、6月28日当時では、自分の名前や生年月日が言えない(三ー三ー九度方式にいうⅠの3)程度から、大きな声又は身体を揺さぶることによって覚醒し開眼はするが、刺激を止めると閉眼して眠ってしまう(同方式にいうⅡの20)程度の幅内にあったというのであって、Vが同月24日未明に脳内出血で倒れて以来、28日までさほど日数が経過していないこと等からみれば、Vが28日の時点において、自分が今どこで何をしているのか、どのような状況にあるのかといういわゆる見当識についてすら正確な認識を有していたとは到底考え難く、まして、自身の病状やその重篤度についての認識を有していたものとは到底認められない(B自身からこれらの点についてVに詳らかに説明してやった形跡は全く窺えないのである)。そのような状態で、Vが、Bの「H2治療」がいいのかとの問いに、見る者次第では答えたものと思われるような動作を仮にしたとしても、それが自分の病状がどうであるのか等前記の諸点を認識したうえ、正確な情報と正常な判断力のもとで、病院による治療を打ち切ってでも被告人の治療を受けることに同意したなどとは、到底認めることができない。 同意ありとの主張の根拠とされている、6月28日のVの動作についても、信用性の認められるO医師の供述によれば、原始反射と考えられるもので、Vに意識があったことを窺わせるものでは ことができない。 同意ありとの主張の根拠とされている、6月28日のVの動作についても、信用性の認められるO医師の供述によれば、原始反射と考えられるもので、Vに意識があったことを窺わせるものではない旨述べられており、弁護人が、Vに意識があった根拠として主張する他の動作を見ても、手に触れたものを握るという、同様の原始反射と思われる動作のみであること、「ドキュメント」の記載にも見られるように、Bら家族としてはVの回復を願うがゆえの希望的観察の面が認められること等の事実からしても、これらの動作が、Vに、右の点に関する清明な判断力を伴っての真意に基づく同意があったことの証左であるなどとは到底認めることができない。 また、Vは確かに生前被告人の「H2治療」を受け、この効果を信じていた節が窺われるものの、これはあくまで前述のような腰の痛みが引いた、むくみが取れた等という程度の軽度の症状に対する治療においてのものであって、脳内出血のような生命の危険をも伴うような症状に対するものではないから、かねてよりVが命にかかわる症状に陥った場合医療を排してでも被告人の治療を受けたい旨の希望を表明していたものとも認めることができない以上、いまだ十分に生命を維持しうる状況下にある人の生命に関し、家族の同意のみでその最も重要な法益である生命を失わせる事態を生ぜしめることは許されないことは多言を要しないところであって、この点も、本件の違法性を阻却する事情とは成り得ない。そして、被告人としてもこの「H2治療」のVに対する有用性を信じていたとは認めることができないこともこれまで述べてきたとおりであるから、被告人において自己が行う「治療」についてVの同意が存在したとの、違法性阻却事由についての錯誤が存したとの主張も、その前提を欠くこととなるから採用の限りではない。 まで述べてきたとおりであるから、被告人において自己が行う「治療」についてVの同意が存在したとの、違法性阻却事由についての錯誤が存したとの主張も、その前提を欠くこととなるから採用の限りではない。 六以上を総合して検討すれば、被告人が、Bと共謀のうえ、自身殺意をもって、本件を敢行したことは、合理的な疑いを容れる余地なく優に認めることができるものである。 第三結論以上の次第であるから、被告人に対しては、判示のとおりの事実が認められ、被告人が殺人罪の罪責を負うことは明らかである。 よって、弁護人の主張は採用しない。 (法令の適用)略(量刑の理由)本件は、被告人が、脳内出血で倒れて病院に入院し、点滴による水分や薬剤の投与、痰の除去等の医学的治療を必要としていた被害者に対し、自己の信奉者であった被害者の長男らをして、「H2治療」なる治療を行うためなどとして、病院から連れ出させて自己の下に連れて来させ、その生存に必要な保護を一切行わせずして被害者を死に至らしめたという、殺人の事案である。 被告人は、「H1」などと自称し、「H3」なる治療により疾病から回復せしめるなどとして、被告人を信ずる者らで組織する団体の構成員らとともに、その「治療費」や構成員の預託金等を収入源としてホテルを転々とする生活をしていたものであるが、被害者が病に倒れ、被害者の息子である共犯者から「H2治療」により父を回復させて欲しい旨の依頼を受けるや、被害者にその受けるべき医学的治療を打ち切らせ、その生存に必要な保護をしなければ死に至るかもしれないことを認識しながら、「治療費」と称して被害者らから大金を巻き上げ、また現代医学を批判して「H2治療」の有効性を吹聴する被告人を信ずる者の手前、効果のあり得ない「H2治療」の効果を示す振りをしてその信をつなぎ止め、自己の立場を守 と称して被害者らから大金を巻き上げ、また現代医学を批判して「H2治療」の有効性を吹聴する被告人を信ずる者の手前、効果のあり得ない「H2治療」の効果を示す振りをしてその信をつなぎ止め、自己の立場を守るために、本件犯行に及んだものであることが窺われるが、それは結局自己の地位、立場、現在の生活、虚栄を守るためだけに、何ら罪のない被害者の生命を奪う犯行に及んだということに他ならないから、かかる自己のエゴから本件に及んだその犯行動機は浅ましさの極みであって、酌むべき事情は全く存しない。 その犯行態様も、共犯者が「H2治療」の有効性を信じ、被告人の主張していた現代医学の危険性等についての言を鵜呑みにしていたのを奇貨として、「点滴は非常に危険です。今日から三日以内に退院の確約が得られなければLに相談してください。これはヤバイですよ」、「これ以上いると病院のおもちゃにされてしまうぞ」などと、共犯者の不安、危機意識を強く煽り、移動はその生命の危険にも関わる被害者を、自己の下に連行するように強く迫り、病院での治療を打ち切らせて被害者を自己の下に連行させ、「H2治療」などと称して自己が被害者を掌で打つ以外には何らの措置を行わせず、その生存に必要な一切の医療措置を講ぜずに被害者を死に至らしめたもので、他に例を見ない、極めて特異かつ非常識、反社会的で悪質なものであるとともに、父である被害者の回復を心から願い、被告人とその「治療」を信じていたがゆえに被告人に従った共犯者を裏切り、家族ら自身の手で医学的治療を打ち切らせて、被害者の回復を願う共犯者ら家族の眼前で被害者を死に至らしめたものであって、信ずる被告人に裏切られ、自己の手で父を死なせる結果となった息子、妻ら家族の思いに鑑みれば、本件は、自己の利益のためにこれらの者の思いを踏みにじり、これを食い物にした酷 死に至らしめたものであって、信ずる被告人に裏切られ、自己の手で父を死なせる結果となった息子、妻ら家族の思いに鑑みれば、本件は、自己の利益のためにこれらの者の思いを踏みにじり、これを食い物にした酷薄な犯行ともいうべきである。 本件により、人一人の尊い生命が奪われたという結果自体重大であることは多言を要しないが、被害者は、個人的にも親交があり、信じていたという被告人の指示により、回復の期待された医療を打ち切られ、被告人の下に連れてこられて、当時被害者に必要であった生存のための医療措置を不要と断ぜられ、「H2治療」などという治療まがいの行為を受けさせられ、その生存に必要な何らの保護も受けられないままその命を落としたのである。のみならず、被害者は「再生途中でありまだ生きている」などとの被告人の虚言のために、その体は腐敗臭を放ち、目は落ちくぼみ、虫がわき、果てにはミイラ状態と化しながら、挙げ句には「回復の過程を明らかにする」などとの被告人の命により、その無惨な屍を哀れにも世に曝し続けさせられることとなったのであって、被告人のエゴの犠牲者となり、命を奪われたうえ晒し者にまでされた被害者の無念は察するに余りある。 また、共犯者ら家族も、右のような被告人の内心の動機など知らずに、被害者の回復を強く願い、また被告人を信じるが故に、被告人の強い指示に従い、「H2治療」に賭けようとした挙げ句、本件の如き結果になってしまったものである。被害者の妻が当公判廷で訥々と述べているように、自らが信じてしまった結果との面はあるものの、妻らは、夫であり父である被害者を失いながら、生き続けていると信じさせられ、不安や疑問を感じるや逆に被告人から「おまえがあほだから」などと罵られ、被害者の葬儀もなかなかあげることができずに、被害者の亡骸を世間の好奇の目に曝し続けること がら、生き続けていると信じさせられ、不安や疑問を感じるや逆に被告人から「おまえがあほだから」などと罵られ、被害者の葬儀もなかなかあげることができずに、被害者の亡骸を世間の好奇の目に曝し続けることを強いられたのであって、その悲しみ、苦しみ、後悔や自責の念等を思えば、被害者の妻が被告人の厳罰を求めていることもまことに尤もというべきである。 そもそも被告人は、(「C」設立当初は正常な「自己啓発セミナー」等を実施しており、その当時は経営も順調であった模様が窺われるものの、「C」の代表取締役を退いた後は、)自身がサイババに指名された「H1」であるなどと称し、常人にはなき能力を有しているかの如く振る舞い、到底存在するとも思い難い「定説」や、まったくもって出鱈目でしかない「判例」などを口にしながら、周囲を自己の信奉者らの組織で固め、「H2治療」と称して極めて高額の参加料をその信奉者らから徴収するなど、その信奉者達が提供する資金を吸い上げることで放蕩生活を送る中で本件に至っているのである。被告人としては、被害者が脳内出血で倒れたことから、信奉者達の手前「H2治療」を行わざるを得ず、また自己の放蕩生活の維持のためには治療費を徴収することが不可欠であったことから、被害者を治療する効果のないのを承知で本件に及ばざるを得なかったものとも考えられないではないが、本件はむしろ、被告人がその信じる者達を欺き続け、裏切り続けた挙げ句に、とうとうその悪行、虚言、矛盾が被害者の死亡という避けられない形となって現れたものであり、自業自得というには余りにも愚かな、悪質な犯情といわざるを得ない。 被告人は、被害者の死亡後も、病院の治療が原因であるなどと強弁し続け、被害者が再生の過程にあり生きているなどとして、家族や信奉者らを欺き、被害者の生存を信じさせ、腐敗が進み死亡が わざるを得ない。 被告人は、被害者の死亡後も、病院の治療が原因であるなどと強弁し続け、被害者が再生の過程にあり生きているなどとして、家族や信奉者らを欺き、被害者の生存を信じさせ、腐敗が進み死亡が素人目にも明らかになってくるや、被告人らをカルト集団と決めつける社会との対立の構図に持ち込むことで、信奉者をして自己を信じ続けさせるために、「被害者の回復過程を証明する」などとしてミイラ化した被害者の亡骸を衆目に曝し、被告人を疑う信奉者を罵倒するなどしているのであって、犯行後の情況も極めて悪質である。 被告人は、証拠上明白な、重大な犯行に及んでおきながら、「全くもって無罪である」などとして本件を否認し、到底信じ難い「定説」や全くありもしない「判例」を並べ立てて、自己らをカルト集団と決めつける社会の責任だなどと責任転嫁の姿勢を貫くのみならず、補充意見書なる書面において、自らの意に沿わない検察官や弁護人、果てはあろうことか裁判長にまで「定説によれば死刑、準死刑」などとの児戯にも等しい野放図な放言、侮辱を繰り返している有様であるから、反省の情など微塵も存しないというほかはない。 以上、被告人の刑事責任はあまりにも重大であるから、これら本件の特異かつ悪質極まりない犯情、被告人の情況等に照らし、被告人に対しては主文掲記の刑を量定するのもまことにやむを得ないと判断した次第である。 よって、主文のとおり判決する。 (求刑懲役15年)平成14年2月5日千葉地方裁判所刑事第二部裁判長裁判官小池洋吉裁判官左近司映子裁判官安福達也 吉裁判官 左近司映子 裁判官 安福達也

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