主文 1 被告は,原告に対し,2027万0466円及びこれに対する平成11年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを3分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。 4 この判決は,仮に執行することができる。 ただし,被告が1200万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,6157万7792円及びこれに対する平成11年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告の開設する病院で,胃がんと診断されて胃全摘等の手術を受けた原告が,同病院の医師には,胃潰瘍を胃がんと誤診した過失があると主張して,診療契約上の債務不履行責任に基づき,被告に対し,損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 前提事実(証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない。)(1)当事者被告は,北九州市立G病院(以下「被告病院」という。)を開設している地方自治体である。 原告(昭和k年m月n日生)は,平成10年10月20日,被告病院において,胃,脾臓,胆のう及び周辺リンパ節を摘出し,空腸を用いて胃の代用としてのパウチを作成する手術(以下「本件手術」という。)を受けた者である。 (2)本件手術に至る経緯等ア原告は,平成10年9月8日,左上腹部痛,腹満感を訴えて,被告病院で受診したところ,外来で胃内視鏡やCT等の検査を受けるように指示され,同月10日の通院を経て,同月17日に胃内視鏡検査を受けた。 同胃内視鏡検査の結果,胃角部大弯側に大きく深い潰瘍(以下「胃角部潰瘍」 ころ,外来で胃内視鏡やCT等の検査を受けるように指示され,同月10日の通院を経て,同月17日に胃内視鏡検査を受けた。 同胃内視鏡検査の結果,胃角部大弯側に大きく深い潰瘍(以下「胃角部潰瘍」という。)と周提が,胃上部の2箇所に潰瘍(以下「胃上部潰瘍」という。)がそれぞれ認められ,原告は,胃がん若しくは悪性リンパ腫の疑いと診断されるとともに,病理組織検査のために,胃角部潰瘍から6箇所,胃上部潰瘍から3箇所の組織を採取する生検が行われた。〔乙1の13~15頁,29頁《以下,頁の記載を省略し,「乙1-13~15,29」のように記載する。》,証人H証人調書38,39項(以下,証人等と項数のみにより,「証人H38,39」のように記載する。》〕イ同月22日,I医師は,上記生検につき,胃角部潰瘍6箇所の組織にはがんや悪性リンパ腫の所見はないが,胃上部潰瘍3箇所の組織のうち2箇所のごく一部に印環細胞がんを認め,日本胃がん学会が定めた胃がん取扱い規約における胃生検組織診断分類(以下「胃がん取扱い規約分類」という。)のグループⅤ(がんと確実に診断される病変)であるとの病理診断をした。〔乙1-29,乙10〕ウ原告は,同月24日,被告病院に入院し,胃がんであると告知され,その後,諸検査を経て,同年10月20日,胃がんの診断の下に,本件手術を受けた。 (3)術後診断ところが,同年11月10日,本件手術により摘出した胃を対象としてされたI医師による病理組織検査の結果は,Ⅳ度の胃潰瘍(筋層を穿通した潰瘍)であり,がんではなかった。〔乙3-54,乙9〕そこで,再検査のため,同年12月16日,残存胃を対象としてJ大学医学部第K病理学教室の教授であるL医師による病理組織検査がされたが,その結果も,深い胃潰瘍であり,がんでは 3-54,乙9〕そこで,再検査のため,同年12月16日,残存胃を対象としてJ大学医学部第K病理学教室の教授であるL医師による病理組織検査がされたが,その結果も,深い胃潰瘍であり,がんではなかった。〔乙3-55,証人I93〕 2 争点及び当事者の主張(1)診療上の過失の有無(原告の主張)I医師は,術前の病理組織検査において,胃上部潰瘍3箇所の組織のうち2箇所の標本から,確実ながんであるとの診断を行っているが,原告はがんではなく,胃潰瘍であったのであるから,その診断は誤診である。 術前の病理診断の結果と術後のそれが異なることは,通常起こらないものであり,術後,L医師が上記標本を見直したところ,がんは発見されなかった。しかも,I医師ががんと診断したのは,9箇所の標本のうち2箇所のごく一部であり,大きく深い胃角部潰瘍6箇所にはがんは存在しなかった。したがって,原告を確実ながんであると診断したI医師には,通常の注意義務を尽くさなかった過失がある。 また,被告病院では,原告が入院した翌日である平成10年9月25日に,再度,胃角部潰瘍8箇所から生検を行っているが,その結果も,がんは発見されておらず,CEAやCA19-9という腫瘍マーカーの検査結果は,正常値の中でもかなり低い数値であった。したがって,被告病院の医師は,原告ががんでない可能性を疑って,生検組織標本の見直しや胃上部潰瘍の再度の病理組織検査等を行うべきであったのに,これを怠った過失がある。 (被告の主張)原告が胃がんでないと判明したのは,術前には行い得ない,摘出した胃を詳細に病理組織検査した結果であり,術前に得ることができた情報によるものではない。術前診断と術後診断が常に一致することは不可能であって,その不一致が直ちに債務不履 ,術前には行い得ない,摘出した胃を詳細に病理組織検査した結果であり,術前に得ることができた情報によるものではない。術前診断と術後診断が常に一致することは不可能であって,その不一致が直ちに債務不履行となるものではなく,術前診断の合理性は,術前に得ることができた情報から合理的な判断がされたか否かによって決せられなければならない。胃がんの診断においては,病理診断が最も信頼性の高いものであるが,その診断の判定が非常に困難な場合があり,専門性が同じ病理医の間においても診断の格差が存在するという報告もあるなど,その正確性には一定の限界がある。特に胃がんの場合,粘膜下を這うがんもあり,内視鏡の所見では悪性と判断しにくく,病理組織検査でも陰性のものが多いなど,常に見落としの可能性がつきまとい,患者の生命に重大な影響を及ぼすおそれがある。I医師が術前にがんと診断した生検組織は,非常にがん細胞に似たものであり,その個数が何個以上あればがんと診断できるかという客観的な基準はなく,見落としの可能性等も考慮すると,がんと診断したことに注意義務違反は存在しない。事後的にI医師の診断の問題点を指摘したL医師の見解が,上記生検組織の所見として妥当なものであるとの証明は行われていないし,仮に妥当であるとしても,J大学医学部教授である同医師の診断能力が一般の病理医のそれを大きく超えているのであれば,I医師の注意義務違反を認める根拠とはなり得ない。原告の主張は,術後診断の結果を根拠とする結果責任の主張にすぎない。 また,腫瘍マーカーの検査結果は,がんの進行状況や術後の再発を把握するための資料として利用するもので,がんの診断を行う根拠となるものではない。がんの場合でも,その数値が上昇しないこともあるから,正常値の範囲内であるからといって,がんの診断を疑うべき根拠に を把握するための資料として利用するもので,がんの診断を行う根拠となるものではない。がんの場合でも,その数値が上昇しないこともあるから,正常値の範囲内であるからといって,がんの診断を疑うべき根拠にはなり得ない。 (2) 因果関係の有無(原告の主張)胃潰瘍に対する治療は,それがⅣ度の胃潰瘍であっても,出血や穿孔がない限り,食事療法や薬物療法による内科的治療を行うのが原則であり,そのような症状のない原告に対して,本件手術は不必要なものであった。 (被告の主張)仮に,I医師が,胃がん取扱い規約分類のグループⅤ以外の診断を行っていたとしても,原告は,他の臨床所見から,がんを疑わざるを得ない病状にあり,初回の生検で悪性所見が得られなかったことから直ちに胃潰瘍と診断されるものではなく,その後数回検査を行った結果,最終的には手術が行われた可能性がある。 また,原告の胃潰瘍は大きく,その深さはⅣ度であり,横隔膜に密着した状態であったこと,原告が術前に重度の貧血になっていた(体内での出血が予想される。)ことからすると,内科的治療では症状の改善が見込まれず,外科的治療の適応であった可能性が高い。 (3)損害額(原告の主張)ア逸失利益 3557万7792円原告は,Mタクシー株式会社(以下「Mタクシー」という。)の業務係長として配車,事故処理等の業務に従事していたが,胃がんによる「半年の命」と宣告されたため,事実上除籍され,復職が不可能となった。また,原告は,本件手術後,食事に時間がかかり,食後は腹部が痛むため,1時間くらい横になって安静にしなければならない。そのため,原告は,労働時間の統制された仕事に従事することができず,比較的時間の自由なタクシー運転手の職を求めたが,障害を理由に 後は腹部が痛むため,1時間くらい横になって安静にしなければならない。そのため,原告は,労働時間の統制された仕事に従事することができず,比較的時間の自由なタクシー運転手の職を求めたが,障害を理由に断られた。さらに,原告は,食道と空腸の吻合部の食物の通過が悪いため,食事の回数を5回に分け,前屈みの姿勢をとらないようにとの指導を受けているほか,つかえ,逆流,胸やけ,吐き気,下痢,便秘,性欲減退,疲れ,脱力感等の後遺症があり,労働能力を100%喪失している。そうでないとしても,原告は現在55歳で,学歴は中学校卒業であることから,再就職の可能性はない。したがって,被告は,原告に対し,労働能力喪失率100%の損害を賠償すべきである。 原告の本件前3箇月間の給与は81万円であり,67歳までの15年間の逸失利益は,以下の算式により,3557万7792円となる。 81万円×4×1×10.9808(ホフマン係数)=3557万7792円イ慰謝料 2100万円原告が,本来あるべき臓器を失い,正常な生活を奪われた精神的苦痛は計り知れず,これを慰謝するには2100万円を下らない。 ウ弁護士費用 500万円エ合計 6157万7792円(被告の主張)被告病院の医師は,原告に対し,胃がんの告知をして,手術ができなければ余命半年と説明したが,その9日後には,手術が可能であることを説明しており,がんの告知と原告が会社を除籍されたこととの間には,相当因果関係がない。 また,一般的に,胃を全摘した場合であっても,就労が不可能になるような後遺症が発生することはなく,原告は,本件手術後,順調に症状が改善し,ほぼ普通の食事が摂取可能となっており,自らの判断でタクシー会社数社に職を求めているのであるから っても,就労が不可能になるような後遺症が発生することはなく,原告は,本件手術後,順調に症状が改善し,ほぼ普通の食事が摂取可能となっており,自らの判断でタクシー会社数社に職を求めているのであるから,就労不可能な程度の後遺症は発生していない。 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(診療上の過失の有無)について(1) 前記第2の1の事実(前提事実),証拠(甲1,乙1ないし4,5の1ないし3,証人H,同N,同I,原告本人《以下の認定に反する部分を除く。》)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。なお,末尾に摘示した証拠は,当該事実を認定した主要な証拠を示す。 ア原告は,昭和61年ころから,陳旧性心筋梗塞と糖尿病の治療のために被告病院に通院するようになっていたところ,平成10年7月7日の通院の際,左上腹部痛を訴えたため,注腸造影検査と胃内視鏡検査を受けることとして,同月14日に受診したが,予想した検査ではなかったため,これらの検査を受けないで帰宅した。〔乙1-1~8,原告本人58,59〕ところが,原告は,同年9月8日,左上腹部痛と腹満感を訴えて,被告病院で受診し,外来で胃内視鏡やCT等の検査を受けるように指示されたため,同月10日の通院を経て,同月17日に胃内視鏡検査を受けた。 同胃内視鏡検査の結果,大きく深い胃角部潰瘍とその周囲に周堤が,胃上部の2箇所に胃上部潰瘍がそれぞれ認められ,原告は,胃がん若しくは悪性リンパ腫の疑いと診断されるとともに,病理組織検査のために,胃角部潰瘍から6箇所,胃上部潰瘍から3箇所の組織を採取する生検が行われ,同日,病理組織検査に付された。また,同日行われたエコー検査では,胃体部前壁漿膜側に,直径1~1.3㎝の腫大したリンパ節が2個確認された。〔乙2-11〕その の組織を採取する生検が行われ,同日,病理組織検査に付された。また,同日行われたエコー検査では,胃体部前壁漿膜側に,直径1~1.3㎝の腫大したリンパ節が2個確認された。〔乙2-11〕そのため原告は,入院が必要であると判断され,同月24日に入院する予定となった。 イ上記9箇所の生検組織につき,J大学医学部第K病理学教室助手であり,被告病院の病理医として勤務するI医師は,同月22日,胃角部潰瘍6箇所の組織は,活性潰瘍であり,がんや悪性リンパ腫の所見はないが,胃上部潰瘍3箇所の組織のうち2箇所のごく一部に,胃がん取扱規約分類のグループⅤ(がんと確実に診断される病変)と認められる印環細胞がんがあり,胃角部潰瘍について再生検が必要と思われるとの病理診断をした。〔乙1-29,証人I4,5〕ウ原告は,予定どおり同月24日に入院した。原告の主治医となった内科医のH医師は,まず原告の妻及び友人に対し,病理診断の結果,がんと確認されたこと,手術ができなければ余命は6箇月であることを説明したところ,原告の妻は,原告へのがん告知を希望したので,同医師は,同日,原告に対しても同様の説明をした。〔甲6,乙2-1~4,証人H64,65,70,原告本人67〕エ H医師は,翌25日から原告の術前検査を開始し,同日,再度胃内視鏡検査を行うとともに,I医師の病理診断で指摘された胃角部潰瘍8箇所からの再生検を行った。また,同日行われた血液中の腫瘍マーカー等の検査の結果,CEAは1.8ng/ã,CA19-9は5U/ã未満であり,いずれも正常範囲内に収まっていた。〔乙2-4,9,18〕H医師は,同月28日,放射線科にCT検査を依頼したところ,同検査の結果,胃体部前壁の肥厚など胃がんと思われる所見とともに,胃の前後にリンパ節腫大が認め まっていた。〔乙2-4,9,18〕H医師は,同月28日,放射線科にCT検査を依頼したところ,同検査の結果,胃体部前壁の肥厚など胃がんと思われる所見とともに,胃の前後にリンパ節腫大が認められたが,肺や肝臓等への転移や腹水は認められなかった。〔乙2-17,証人H88〕同月30日,再生検を行った8箇所の組織につき,Q医師による病理診断がされたが,その結果は,活性潰瘍の所見は認められるものの,胃がん取扱い規約分類のグループⅡ(異型を示すが,良性《非腫瘍性》と判定される病変)であり,がんの所見は認められなかった。〔乙2-20,証人I43〕H医師は,これらの検査結果等をふまえ,同年10月2日,外科のN医師に対し,胃角部潰瘍からは悪性の確診はできていないが,胃上部潰瘍から印環細胞がんが認められているとして,手術適応の検討を依頼したところ,N医師は,同日,手術可能であると判断し,その旨原告に説明して承諾を得た後,原告を外科に転科させることとした。〔乙2-6,証人N14~19〕なお,原告は,入院後も特段胃痛等を訴えず,食欲もある状態であった。〔乙2-25~28〕オ原告は,同月8日,外科に転科し,N医師が主治医となった。N医師は,同月13日,胃の切除範囲を確認するため,食道と胃の接合部について胃内視鏡検査を行ったところ,同部に著変は認められなかったが,その近傍までがんの浸潤があると思われる所見であった。 また,N医師は,原告に陳旧性心筋梗塞による経皮経管冠動脈形成術(PTCA)の既往歴があったことから,循環器科に対し,手術の可否等についての検査を依頼したところ,同科では,心血管撮影検査を行い,手術に耐え得るとの判断がされた。 そこで,N医師は,同月19日,原告に対し,胃の一部ないし全 ,循環器科に対し,手術の可否等についての検査を依頼したところ,同科では,心血管撮影検査を行い,手術に耐え得るとの判断がされた。 そこで,N医師は,同月19日,原告に対し,胃の一部ないし全部及び周辺リンパ節等を切除する手術を行う旨説明して,その承諾を得た。〔乙3-1,12~16,40,87,証人N24,44,45〕カ同月20日,N医師の執刀により,本件手術が行われた。N医師は,開腹後に,胃上部漿膜側に白い小結節が散在し,胃が横隔膜に密着した状態であること等を認め,胃,脾臓,胆のう及び周辺リンパ節を摘出するとともに,空腸を用いてパウチを作成する本件手術を行った。〔乙3-17,42,証人N69,79,82,199~201〕キ同月23日,本件手術の際に採取された腹腔内洗浄水の細胞診検査につき,O大学医学部病理の教授であるP医師は,良・悪性のいずれとも判定し難い異型であるというパパニコロウクラスⅢとの診断をした。〔甲9,乙3-89,証人I56,57〕クところが,同年11月10日,本件手術の際に摘出した胃,脾臓,胆のう及び周辺リンパ節を対象としてされた病理組織検査につき,I医師は,胃には長期間にわたる強い炎症を示す所見はあるものの,Ⅳ度の胃潰瘍であり,脾臓及び胆のうには著変がなく,リンパ節は肥大しているものの,異型細胞の浸潤はないとの病理診断を行い,がんの所見は得られなかった。〔乙3-44~54,証人I78〕この診断結果を受けたN医師は,残存胃を用いた再度の病理組織検査をL医師に依頼し,その結果を,同月24日に電話で確認したところ,やはりがんではないとの回答を得たので,同年12月2日,原告に対し,胃がんではなかった旨を説明した。そして,原告は,術後の経過は良好で,同月9日,被告病院を退院した。〔 4日に電話で確認したところ,やはりがんではないとの回答を得たので,同年12月2日,原告に対し,胃がんではなかった旨を説明した。そして,原告は,術後の経過は良好で,同月9日,被告病院を退院した。〔乙3-34,38,145~149,証人N134,139〕同月16日,L医師による上記病理組織検査の結果,胃は反応性リンパ節過形成及び粘膜脱出を伴う活動性潰瘍であり,がんは認められないとの病理診断がされた。そのころ,N医師は,L医師から,術前にがんと診断された生検組織を見直してみたところ,がんと非常に似ているが,がんではなかったとの説明を受けた。そこで,N医師は,同月24日,原告に対し,その旨の説明をした。〔乙3-55,乙4-4,証人N154~159〕(2) 上記認定事実によれば,原告は,平成10年7月ころから上腹部痛等を訴えて被告との間で診療契約を締結し,同年9月17日の胃内視鏡検査において,臨床的に胃がん若しくは悪性リンパ腫と疑われ,同月22日,被告の履行補助者であるI医師が,胃がん取扱規約分類のグループⅤ(がんと確実に診断される病変)と認められる印環細胞がんであるとの病理診断をしたことから,胃がんと確認され,その治療のために本件手術を受けたが,術後病理診断の結果,がんではなかったことが判明したものである。 そこで,I医師の上記病理診断に過失があるか否かについて検討する。 ア上記認定事実及び証拠(甲8,9,乙10,12,13の1・2,15,証人I)によれば,①一般に,病理組織検査は,画像診断等に比べて信頼性の高い診断法であり,胃に潰瘍性病変があり,臨床的にがんが強く疑われる場合でも,病理診断を行って初めて診断が確定されるものであること,②しかし,その診断は,生検組織標本という限られた材料によるものであるため,実際 あり,胃に潰瘍性病変があり,臨床的にがんが強く疑われる場合でも,病理診断を行って初めて診断が確定されるものであること,②しかし,その診断は,生検組織標本という限られた材料によるものであるため,実際は悪性であるのにその所見を得ることができなかったり,また,正常組織像からの解離の少ない腫瘍や一見悪性にみえるが実際は良性の経過を取る腫瘍など,良・悪性の鑑別が困難な場合があること,③一般に,生検材料による病理診断よりも,手術材料による病理診断の方が確実なものとされていること,④胃がん取扱い規約分類は,グループⅠから同Ⅴに分類され,その内容は,同Ⅰは良性病変,同Ⅱは,異型を示すが,良性(非腫瘍性)と判定される病変,同Ⅲは,細胞異型及び構造異型の点で良性か悪性かの鑑別が困難なもので「良性(非腫瘍性)と悪性の境界領域の病変」,同Ⅳは,がんが強く疑われるが,がんの確定診断を下し得ないもので「がんが強く疑われる病変」,同Ⅴは,がんと確実に診断される病変として「がん」と分類されていること,⑤病理診断には,専門性を同じくする病理医の間においてもかなりの診断の格差が存在するという報告もあること,⑥I医師は,術前の病理診断において,胃角部潰瘍3箇所の組織のうち2箇所の組織のごく一部にがんと思われる数個の細胞を認めたこと,⑦がん細胞には互いに接着する傾向があるが,I医師が認めた細胞は固まりにはなっていなかったこと,⑧しかし,I医師は,術前病理診断の当時,がんと診断するにつき,その細胞の数が少ないのではないかとの疑問を持たなかったこと,⑨本件手術の際に採取された腹腔内洗浄水の細胞診検査を行ったP医師は,良・悪性のいずれとも判定し難いとして,パパニコロウクラスⅢとの診断を行っていること,⑩I医師ががんと認めた生検組織を本件手術後に見直したL医師は,I医師に対し, 浄水の細胞診検査を行ったP医師は,良・悪性のいずれとも判定し難いとして,パパニコロウクラスⅢとの診断を行っていること,⑩I医師ががんと認めた生検組織を本件手術後に見直したL医師は,I医師に対し,がんと非常に似ているが,がんと確診するには,細胞の数が少ないのではないかと指摘したことが認められる。 イ上記アの認定事実によれば,生検による術前の病理診断は,臨床的に疑われたがんを確定するための根拠となるものであるが,その診断には,悪性を見落とす危険性や良・悪性の鑑別が困難な場合があり,また,手術材料に対比すると不確実なものとならざるを得ず,時に病理医による診断の格差も存在することが認められる。 しかしながら,術前の病理診断が,がんを確定するための根拠となるものであり,胃がん取扱規約分類が,良性か悪性かの鑑別が困難なものをグループⅢ,がんが強く疑われるが,その確定診断を下し得ないものをグループⅣ,がんと確実に診断できるものをグループⅤと分類していることからすると,病理医は,良・悪性の鑑別が困難な場合等は,グループⅢないしⅣと診断し,再検査や他の病理医との協議等によって,慎重にその鑑別を行い,あくまでその鑑別が困難な場合は,それを前提として患者の同意の基にその医療行為を選択させるべきである。そして,病理医が,ある生検組織をグループⅤと診断する場合は,それがグループⅢないしⅣのような不確定なものではなく,がんであると診断し得る確実な根拠を示すべきである。したがって,本件のように,生検組織が結果的にグループⅤに該当しなかった場合は,病理医であるI医師が診断当時に確実な根拠を有していたことを被告において主張立証しない限り,同医師の病理診断に注意義務違反があったものと推定されるというべきである。 しかし,I医師の診断に確実な あるI医師が診断当時に確実な根拠を有していたことを被告において主張立証しない限り,同医師の病理診断に注意義務違反があったものと推定されるというべきである。 しかし,I医師の診断に確実な根拠があったことを認めるに足りる証拠はないので,同医師の術前病理診断には過失があったものといわざるを得ない。 ウなお,被告は,L医師の上記指摘が妥当なものであるとの証明が行われておらず,仮に妥当であるとしても,同医師の診断能力が一般の病理医のそれを大きく超えているのであれば,I医師の注意義務違反は認められないと主張する。しかしながら,L医師の上記指摘の妥当性を疑わせる証拠はなく,かえって,I医師は,その指摘に理解を示す供述(証人I141)をしているところであるし,また,L医師の診断能力が,一般の病理医のそれを大きく超えていると認めるに足りる証拠はないから,上記主張は採用することができない。 2 争点(2)(因果関係の有無)について(1) 被告は,原告の胃潰瘍の病状からして,がんでなくても摘出手術が必要であった等と主張する。 前記第2の1の事実(前提事実),前記1の認定事実及び証拠(甲7,11,乙9,証人H,同N)によれば,①胃潰瘍は,組織の欠損の深さによりⅠないしⅣ度に分類され,Ⅰは粘膜層のみに限局しているもの,Ⅱは粘膜下層に達するもの,Ⅲは筋層に達するもの,Ⅳは筋層を穿通した潰瘍と分類されていること,②原告は,Ⅳ度の活性胃潰瘍で,長期間にわたる強い炎症が存在し,胃の前後のリンパ節等が肥大していたとともに,胃上部漿膜側に白い小結節が散在し,胃が横隔膜に密着した状態となっていたこと,③南山堂医学大辞典第18版には,胃潰瘍の内科的治療対象は,Ⅲ度までであるとの記載があること,④一方,家庭医学大事典改訂新版には,胃潰瘍は,大出血 散在し,胃が横隔膜に密着した状態となっていたこと,③南山堂医学大辞典第18版には,胃潰瘍の内科的治療対象は,Ⅲ度までであるとの記載があること,④一方,家庭医学大事典改訂新版には,胃潰瘍は,大出血や穿孔等を起こしている場合を除けば,病態により,医師の指示に従ってできるだけ安静にし,食事療法と薬物療法を併用して内科的に治療するのが原則であり,内科的治療を積極的に行っても治らないものは手術の対象になることがある旨の記載があること,⑤本件手術を行ったN医師は,現在は薬の発達により,Ⅳ度の胃潰瘍でも内科的治療で対応することが可能になってきており,胃の摘出手術は,狭窄,出血や穿孔の場合以外は行わないと述べるとともに,胃が横隔膜に密着した症状は,胃潰瘍としては極めて稀であり,将来の穿通可能性や引きつれ等の可能性があると述べていること,⑥原告の内科の主治医であったH医師は,原告の胃の内視鏡検査の結果等からすれば,手術的治療も考えられるが,胃潰瘍であれば内科的治療を行う旨を述べていること,⑦原告は,入院後,特段胃痛等を訴えず,食欲もある状態であったことが認められる。 (2) 上記認定事実によれば,原告の胃は,Ⅳ度の活性潰瘍にまで進展し,長期間にわたる強い炎症と,胃潰瘍としては稀な横隔膜への密着が存在し,相当に進行したものであったから,将来その手術が必要となった可能性があることは認められるが,胃摘出を要する程の狭窄や出血,穿孔を起こしていたと認めるに足りる証拠はなく,入院後の原告は,特段胃痛等を訴えず,食欲もあったのであるから,まずは内科的に治療を行うことができたものと認められ,直ちに胃の摘出手術が必要な状態であったとはいい難い。また,仮に,術前診断において最終的にがんの疑いを否定できなかったとしても,そのような場合に胃の摘出手術を選択するか否か ができたものと認められ,直ちに胃の摘出手術が必要な状態であったとはいい難い。また,仮に,術前診断において最終的にがんの疑いを否定できなかったとしても,そのような場合に胃の摘出手術を選択するか否かは,原告の意思に委ねられるものであって,必ずしも手術が選択されたとはいい難い。 したがって,診断上の過失と本件手術により原告が被った損害との間に,相当因果関係が認められ,被告は,診療契約上の債務不履行に基づき,原告の損害を賠償すべき義務があるというべきである。 3 争点(3)(損害額)について(1) 前記第2の1の事実(前提事実),前記1及び2の認定事実,証拠(甲4,5,13,14,乙3,4,14,証人N,原告本人《以下の認定に反する部分を除く。》)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア原告は,中学校を卒業後,プラスチック関係の作業員やタクシーの運転手等として稼働し,平成8年3月からはMタクシーに勤務して,同9年10月から,同社の業務係長として,事故処理や勤務編制運転の管理等の業務に従事し,その3箇月間の平均賃金は,1箇月27万円であった。〔甲4,14,原告本人3〕なお,原告は,昭和61年ころから,被告病院で陳旧性心筋梗塞及び糖尿病の治療を受け,血糖値をコントロールする薬を服用していたが,特に問題となる心疾患症状は起きていなかった。〔原告本人52~63〕イ原告は,被告病院に入院した平成10年9月24日,内科の主治医となったH医師から,胃がんであり,手術ができなければ余命は6箇月であるとの説明を受けた。 原告は,その数日後,Mタクシーに赴き,がんと宣告されたため,復職することはできない等と告げた。 しかし,入院後の諸検査の結果,同年10月2日には,H医師から外科のN医 受けた。 原告は,その数日後,Mタクシーに赴き,がんと宣告されたため,復職することはできない等と告げた。 しかし,入院後の諸検査の結果,同年10月2日には,H医師から外科のN医師に手術適応の検討が依頼され,原告は,同医師から手術が可能である旨の説明を受けて,これを承諾した。ところが,原告は,Mタクシーに復職の可能性等についての相談をしなかったところ,Mタクシーでは,同月11月1日付けで,原告の後任者を採用した。〔甲5,原告本人85〕ウ原告は,本件手術後の同年12月2日,N医師から,がんではなかったとの説明を受け,同月9日,被告病院を退院した。 退院後,原告は,1ないし2週間程度に1度の割合で被告病院に通院し,平成11年3月ころには,食事の状態も改善してきた。そこで,原告は,そのころ,Mタクシーに復職したい旨の申入れをしたが,既に原告の後任者を採用しているとして断られた。 原告は,その後も同様に被告病院に通院し,軽いふらつきを訴えるなどしていたが,同年6月17日,N医師に対し,復職するために就労可能である旨を記載した診断書を作成するよう求めた。そこで,同医師は,同日,原告がタクシーの配車や事故処理等の業務を行っていたことを認識しつつ,就労は十分に可能であると記載した診断書(乙4-42,以下,「本件診断書」という。)を原告に交付した。 原告は,本件診断書を持参してMタクシーに赴き,再度,復職を申し入れた。しかし,Mタクシーは,今更原告を復職させることはできないとして,N医師に対し,従前と全く同様の勤務が可能であるか否かを,万一勤務中に倒れた場合に誰が責任を取るのか等と告げて確認したところ,同医師は,軽作業を担当させるのがよいと回答したので,原告は,結局,復職を断られることとなった。 く同様の勤務が可能であるか否かを,万一勤務中に倒れた場合に誰が責任を取るのか等と告げて確認したところ,同医師は,軽作業を担当させるのがよいと回答したので,原告は,結局,復職を断られることとなった。 〔甲5,乙4-5~9,42,証人N161~164,原告本人86,121~124〕エ一方,原告は,本件手術当時から,毎月,健康保険の傷病手当金を受給していたところ,八幡社会保険事務所長は,同年8月10日付けで,N医師に対し,原告の同年7月1日以後の就労可能性等についての照会を行った。これを受けたN医師は,本件診断書作成後の原告の症状経過は良好であったが,原告の保険給付が打ち切られることを案じて,「夏の暑い時期であり,7月中の就労は困難と思われる。」との回答をした。 原告は,その後も同様に被告病院に通院したが,同年8月ころから,疲労感や下痢等を訴えるようになった。そこで,N医師は,同年11月1日,社会保険事務所に提出する書類に,易疲労感があるため,しばらくの療養を要するとの記載をしたが,同年12月2日には,体力も順調に回復してきており,徐々に就労も可能な状態に近づいているとの記載をした。 さらに,原告は,平成12年1月の通院の際も易疲労感等を訴えたため,N医師は,社会保険事務所に提出する書類に,同年2月1日付けで,易疲労感があるため,同年1月中は療養を要するとの記載をしたが,同年1月27日付けで,公共職業安定所長に提出する原告の傷病証明書には,就労できるとの記載をし,同年2月9日,八幡社会保険事務所長の同月7日付けの照会に対し,同月1日からの就労が可能であるとの回答をした。〔乙3-4~9,乙4-9,10,23,26,28,30,32~41,乙14-1,2,11~14,証人N171~177〕オ原告は,同月24日 同月1日からの就労が可能であるとの回答をした。〔乙3-4~9,乙4-9,10,23,26,28,30,32~41,乙14-1,2,11~14,証人N171~177〕オ原告は,同月24日の通院の後は,定期的に検査を受けることで足りるものと判断され,同年6月29日に被告病院で受診し,胸やけを訴えたが,腹部に異常は認められなかった。 ところが,原告は,同年8月3日ころ,上腹部痛が治まらないため,被告病院で受診し,同月7日には,腹痛が続くと訴えて受診した。そこで,同月17日,食道注腸造影検査が行われたところ,造影剤がやや停滞する等の所見が得られたため,同年9月5日,CT検査が行われたが,摘出した胃の周囲に異常腫瘍はなく,腹水や腸閉塞等の異常所見も認められなかった。原告は,同月7日,上記検査結果の説明を受けるとともに,食事の回数を5回に分け,よくかんでゆっくりと食べるようにすること,できるだけ前屈みの姿勢をとらないようにすること等の指導を受けた。〔甲14,乙14-2~10,15,16〕カその後,原告は,陳旧性心筋梗塞や糖尿病の治療と併せ,1箇月に1回の割合で被告病院に通院し,診察と必要な投薬を受けているほか,胃が痛むときに被告病院で受診している。 そして,原告は,本訴の本人尋問において,日常生活上の愁訴として,腹部の痛み,つかえ,逆流,嘔吐,動悸,めまい,震え,下痢,おなら,便秘,性欲減退,貧血,食欲不振等の症状があると述べている。〔甲14,原告本人28,135~141〕(2) 入院当日のH医師の説明に関し,原告の友人であるR及び原告は,同医師が胃がんの手術はできないと断言した旨の陳述(甲6)及び供述(原告本人72)をするが,H医師が同日作成した診断書(甲1)には,胃がんのため約1箇月の入院精査が必 原告の友人であるR及び原告は,同医師が胃がんの手術はできないと断言した旨の陳述(甲6)及び供述(原告本人72)をするが,H医師が同日作成した診断書(甲1)には,胃がんのため約1箇月の入院精査が必要との記載がされ,その後,実際に,本件手術に向けた諸検査が実施されていること等からすると,同医師が,そのような断言をする根拠や理由がなく,上記陳述及び供述部分は,にわかに採用することができない。 (3)逸失利益ア上記認定事実によれば,原告は,本件手術の結果,食物の通過障害等により,食事の時間・回数等についての注意や,前屈みの姿勢をとらないようにする等の注意が必要であるほか,腹痛,つかえ,嘔吐,めまい,震え等の愁訴があり,従前どおりに勤務することや,労働時間が厳密に制約された仕事に従事することは困難であると認められる(なお,胃全摘とあいまって,免疫機能等を有する脾臓及び胆汁を貯留濃縮し,脂肪の消化効率を高める機能を有する胆のうの摘出が,身体機能の低下をもたらすものであることも,否定することはできない《乙15》)。しかしながら,①平成11年6月17日,N医師は,原告の職務がタクシーの配車や事故処理等であると認識しつつ,その就労が可能であると判断し,原告も,Mタクシーに復職を申し入れていること,②それ以降,原告の症状経過は概ね良好であり,N医師が八幡社会保険事務所長の照会に対し,就労可能であると回答した平成12年2月ころまでの間に,労働能力が特に低下したと認め得るような異常は起きていないこと,③その後,同年8月ないし9月に,上腹部痛を訴えてCT検査等を受けたが,その結果に異常はなく,現在まで,特段の異常は発生していないこと等からすると,原告の一般的な労働能力が,通常のそれを大きく下回っているとまでは認めることができない。また,前記1及 検査等を受けたが,その結果に異常はなく,現在まで,特段の異常は発生していないこと等からすると,原告の一般的な労働能力が,通常のそれを大きく下回っているとまでは認めることができない。また,前記1及び2で認定したとおり,原告の胃潰瘍は,もともとⅣ度に進展して,長期間にわたる強い炎症の存在と横隔膜に密着した状態であったなど,かなり進行したものであり,そのために被告病院で受診する契機となった左上腹部痛や腹満感を生じていたことからすると,内科的治療であれば,腹痛等の愁訴が全く発生しなかったとまでは認め難い。 これらの事情に照らせば,原告は,腹部臓器の障害のために,就労し得る職務が相当な程度に制限されるものであるから,本件手術による原告の労働能力喪失率は,35%と認めるのが相当である。 そして,原告は,本件手術時52歳で,67歳までの就労可能年数15年間のライプニッツ係数は10.3796,原告の平均年収額は324万円であるから,原告の逸失利益は,以下の算式により,1177万0466円となる。 3,240,000円×0.35×10.3796=11,770,466円イ原告は,胃がんによる「半年の命」と宣告されたため,復職が困難になったから,労働能力を100%喪失した旨主張する。 しかしながら,前記(1)イ及び(2)のとおり,被告病院の医師は,手術ができなければ原告の余命は半年であると説明したもので,原告の余命が半年であるとの断言ないし宣告を行ったものとは認められないから,上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。しかも,上記認定事実によれば,原告は,被告病院に入院した平成10年9月24日の数日後には,Mタクシーに復職できない等と告げた一方,同年10月2日には,N医師から手術が可能であるとの説明 できない。しかも,上記認定事実によれば,原告は,被告病院に入院した平成10年9月24日の数日後には,Mタクシーに復職できない等と告げた一方,同年10月2日には,N医師から手術が可能であるとの説明を受けたにもかかわらず,Mタクシーに復職の可能性等についての相談をせず,Mタクシーでは,同年11月1日付けで原告の後任者を採用したため,そのことが原告の復職申出を認めようとしなかった理由の1つになっているものと認められ,本件手術による労働能力の一部喪失のために復職できなかったものであるとしても,原告の対応にやや一方的な面があったことを否定することはできないのであって,復職できなかった原因が,すべて本件手術にあるとはいい難い。 また,原告は,55歳で,学歴は中学校卒業であるから,再就職の可能性はなく,労働能力を100%喪失したと主張し,福岡労働局等主催の障害者雇用促進面談会(北九州会場)における求人情報一覧表等(甲15,16の1ないし8,17の1ないし12)の書証を提出するとともに,タクシー会社数社に就職を申し入れるも,これを断られた旨陳述(甲14)する。 しかしながら,原告の年齢や,食事の時間・回数等から,その就労し得る職務が相当程度限定されるとしても,前記のとおり,本件手術を原因として,原告の一般的な労働能力が,通常のそれを大きく下回っているとは認めることができないし,上記求人情報等は,あくまで得られる情報の一部であり,その内容も,将来の変動が常に予測されるものであること等からすると,社会通念上,原告が,その意思と能力にもかかわらず,今後一切の就労可能性がないとまでは認めることができない。したがって,上記主張は,採用することができない。 (4)慰謝料原告は,胃がんであると告げられた上,本件手術により,内科的治 ず,今後一切の就労可能性がないとまでは認めることができない。したがって,上記主張は,採用することができない。 (4)慰謝料原告は,胃がんであると告げられた上,本件手術により,内科的治療を受ける機会を奪われて胃を摘出されたばかりか,脾臓,胆のう及び周辺リンパ節も併せて摘出され,その就労や日常生活上,種々の不自由や愁訴等に悩まされていること等からすると,原告が本件手術によって被った精神的苦痛を慰謝するには,700万円をもって相当と認める。 (5)弁護士費用本件事案の内容,審理経過及び認容額等からすると,被告の債務不履行と相当因果関係にある弁護士費用は,150万円と認めるのが相当である。 4 以上によれば,原告の請求は,被告に対し,債務不履行に基づく損害賠償金2027万0466円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが明らかな平成11年12月4日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がないから,主文のとおり判決する。 (口頭弁論終結日平成14年1月15日)福岡地方裁判所小倉支部第2民事部裁判長裁判官古賀寛裁判官大山徹裁判官村田文也は,転補につき,署名押印することができない。 裁判長裁判官古賀寛
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