平成19(行ウ)608 不支給処分取消請求事件(通称 三鷹労基署長障害補償不支給処分取消)

裁判年月日・裁判所
平成21年8月26日 東京地方裁判所
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判決文本文42,376 文字)

主文 1 三鷹労働基準監督署長が原告に対し平成15年6月11日付けでした労働者災害補償保険法に基づく障害補償給付を支給しない処分は,これを取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求主文同旨第2 事案の概要 1 事案の要旨中古車の販売店店長であった原告は,脳梗塞を発症し,その後遺障害が残存するところ,当該脳梗塞の発症は,その加重な業務に起因するものであると主張して,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく障害補償給付の請求をしたが,三鷹労働基準監督署長(以下「三鷹労基署長」という。)が,平成15年6月11日付けで原告の疾病は,業務上の事由によるものとは認められないとして,障害補償給付を支給しない旨の処分(以下「本件不支給処分」という。)をしたため,原告がその取消を求めたのが本件事案である。 2 前提事実以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記する証拠によって容易に認定できる事実である。 (1) 原告の経歴等原告(昭和▲年▲月▲日生の男性)は,昭和46年4月1日,ネッツトヨタ東京株式会社(以下「本件会社」という。)に入社し,昭和48年5月から中古車販売に従事して,平成元年9月1日に田無マイカーセンターセンター長に就任したのを皮切りに,ときわ台マイカーセンターセンター長,府中 マイカーセンターセンター長を歴任し,平成11年1月からAマイカーセンター(以下「Aセンター」という。)センター長となった。 また,原告は,埼玉県入間郡<以下略>(当時の住所表示から,現住所の表示は変更されている。)の自宅から,Aセンターまで,基本的に自家用車を用いて通勤していたが, う。)センター長となった。 また,原告は,埼玉県入間郡<以下略>(当時の住所表示から,現住所の表示は変更されている。)の自宅から,Aセンターまで,基本的に自家用車を用いて通勤していたが,これに要する時間は,通常,片道1時間程度であった。 (2) Aセンターの概要等Aセンターには,平成11年当時,センター長である原告のほか,営業スタッフが3名と事務担当女性従業員であるBがいた。なお,営業担当従業員は,事務所を不在にすることが多かった。 (3) センター長の業務センター長の主な業務は,マイカーセンターに入庫される中古車の査定,その販売価格の決定や本社への報告等である。 センター長に対しては,毎日営業スタッフから営業活動状況や取引状況が報告されており,センター長は,中古車販売に関する様々なデータを管理,把握する立場にあるため,そのデータを集計して毎日本社に報告していた。 さらに,センター長は,毎月1日及び20日ころの2回にわたり,本社において開催される会議(1日は営業会議,20日にセンター長会議)に出席し,同会議開催前にはノルマ達成状況を本社へ報告することとなっていた。 すなわち,センター長は,当月1日ころ開催予定の会議に備え,前月末ころには同月の販売実績等を本社に報告し,そして,当月20日ころ開催予定の会議に備えて,当月半ばころにはそれまでの販売実績及び当月末までの販売見込みを本社に報告していた。そして,同会議で,本社担当者がそれらの報告を基に各マイカーセンターごとにノルマの達成状況などについて指示を行っていた。 (4) 本件会社における労働時間の定め 本件会社における所定労働時間は,午前9時から午後5時25分までであり,休憩時間は午後0時から午後0時50 について指示を行っていた。 (4) 本件会社における労働時間の定め 本件会社における所定労働時間は,午前9時から午後5時25分までであり,休憩時間は午後0時から午後0時50分であった。また,午後5時25分以降に残業をする場合には,午後5時25分から午後5時55分まで休憩時間がとれることとなっていた(乙4,17,18。現実に休憩時間がとれていたかは争いがある。)。 そして,Aセンターにおいては,毎日午前9時ころから従業員全員が参加する朝礼が行われていた。 なお,平成11年当時,Aセンターにおいては,出勤簿はあるが,タイムカード等はなく,毎日の各従業員の労働時間を把握する客観的資料は存在していなかった。 (5) 本件訴訟に至る経緯ア原告は,平成11年9月3日午前中は,通常どおりAセンターで執務していたが,午後になって,手のしびれ,頭痛を訴えて,三鷹市のC病院で受診して投薬を受けて(乙12),勤務に戻った。その後,原告は,午後7時38分にAセンターを退勤して,自家用車を運転して午後8時58分に帰宅した。 そして,原告は,晩酌をして就寝したが,夜半,様子がおかしくなり救急車で,埼玉県入間郡α町のD病院に搬送され,「脳梗塞」と診断された(以下,この疾病を「本件疾病」という。)。 原告は,上記診断後の加療により,平成12年2月14日ころ,右上下肢不全麻痺や失語症等が残存した状態で症状固定となった。 その後,原告は,平成14年ころに脳梗塞を再発し,同年8月2日から同月19日まで,D病院に入院して治療を受けている。 (なお,本件疾病の発症時期について,原告は,平成11年9月3日ではなく,その前日の9月2日であると主張している。)イ原告は,本件疾病を発症したのは,長時 院に入院して治療を受けている。 (なお,本件疾病の発症時期について,原告は,平成11年9月3日ではなく,その前日の9月2日であると主張している。)イ原告は,本件疾病を発症したのは,長時間労働,ノルマ達成に対する過 度の長期的疲労の蓄積,事務担当職員の欠勤による業務量の増加,代替要員の不確保のストレスが複合的に加わったために発症したものとし,平成14年10月22日,三鷹労基署長に対し,労災保険法に基づく障害補償給付請求をした。 三鷹労基署長は,原告に係る「脳梗塞」について,労働基準法施行規則別表第1の2第9号に定める「その他業務に起因することの明らかな疾病」とは認められないとして,平成15年6月11日,上記請求について不支給の決定(本件不支給処分)をした。 ウ原告は,本件不支給処分を不服として,同年8月5日,東京労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが,同審査官は,同年11月7日付けで同審査請求を棄却する旨の決定をした。 原告は,上記審査官決定を不服として,同年12月24日,労働保険審査会に対し再審査請求をしたが,審査会は平成19年3月28日付けで同再審査請求を棄却する旨の決定をした。 (6) 「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」について脳・心臓疾患に係る労災認定においては,「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(平成13年12月12日付け基発第1063号)との通達に基づいて業務起因性を判断している(以下,同通達による認定基準を「本件認定基準」という。)。 ア上記通達によれば,業務起因性が肯定されるためには,① 発症直前から前日までの間において,発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと(異常な出 う。)。 ア上記通達によれば,業務起因性が肯定されるためには,① 発症直前から前日までの間において,発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと(異常な出来事),② 発症に近接した時期において,特に過重な業務に就労したこと(短期間の過重業務),③ 発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと(長期間の過重業務) のいずれかが認められることが必要であるとされている。 イそして,上記「異常な出来事」とは,(ア)極度の緊張,興奮,恐怖,驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態,(イ)緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態,(ウ)急激で著しい作業環境の変化のいずれかを指すとされ,発症直前からその前日までの間において,上記のような異常な出来事の存在が認められるかどうかで評価するものとされている。 また,「短期間の過剰業務」については,発症直前から前日,もしくは発症前おおむね1週間において,日常業務(通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。)に比較して特に過重な身体的,精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいい,具体的な負荷要因としては,(ア)労働時間,(イ)不規則な勤務,(ウ)拘束時間の長い勤務,(エ)出張の多い業務,(オ)交替制勤務・深夜勤務,(カ)作業環境(温度環境,騒音,時差),(キ)精神的緊張を伴う業務などを考慮するものとされている。 さらに,「長期間の過重業務」について,恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には,「疲労の蓄積」が生じ,これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,その結果,脳・心臓 さらに,「長期間の過重業務」について,恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には,「疲労の蓄積」が生じ,これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,その結果,脳・心臓疾患を発症させることがあることをもって,業務起因性を判断しようというものであり,発症前おおむね6か月間において,上記(ア)ないし(キ)の要素を十分に検討することとし,特に労働時間については,発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて,① 発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症との関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること,② 発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6 か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断するとされている。 なお,これらの基準が疲労の蓄積を考慮して策定されているものであることからすれば,例えば,休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症との関連性をより強めるものであり,逆に,休日が十分確保されている場合は,疲労は回復ないし回復傾向を示すものであるということができる。 ウ他方,このような基準によっても,業務外の要因を全く考慮しないという趣旨ではない。すなわち,上記のとおり,業務起因性が認められるためには,業務の危険性及び現実化の要件のそれぞれが認められることが必要なのであり,したがって,業務の過重性(業務の危険性)が認められたとしても,業務外の要因が主たる原因となって発症したと認められる場合,すなわ の危険性及び現実化の要件のそれぞれが認められることが必要なのであり,したがって,業務の過重性(業務の危険性)が認められたとしても,業務外の要因が主たる原因となって発症したと認められる場合,すなわち,現実化の要件が認められない場合には業務起因性が否定されるというべきである。 3 争点原告の本件疾病の発症が業務に起因するものと認められるか否かが,本件の争点である。 そして,とりわけ,原告の従事した業務の加重性や原告の素因が問題となる。 4 争点に関する当事者の主張の要旨【原告の主張の要旨】原告について,平成11年9月2日から3日にかけて発症した脳梗塞(本件疾病)の発症(以下「本件発症」という。)が,業務上の災害と認められるためには,業務と当該疾病との間に相当因果関係があることが必要である。 そして,業務上の疾病として,業務と疾病との間に相当因果関係が認められるかについては,本件認定基準を参考としながらも,①被災者の従事した業務が同人の基礎疾患を自然経過を超えて増悪させる要因となり得る負荷(過重負 荷)のある業務であったと認められること,②被災者の基礎疾患が確たる発症の危険因子がなくてもその自然経過により脳・心臓疾患を発症させる寸前まで進行させたとは認められないこと,③被災者には他に確たる発症因子はないことの3要件が認められれば,従事した業務による負荷がその自然経過を超えて増悪させ,脳疾患を発症させたと認めるのが相当であって,以下に述べるとおり,原告の本件疾病(脳梗塞)の発症は,業務上発生したものであることは明らかである。 (1) 本件発症前における原告の労働時間についてア原告の労働時間について原告は,別表1の「E氏勤務時間表」記載のとおり,通常,午後8時まで就 ことは明らかである。 (1) 本件発症前における原告の労働時間についてア原告の労働時間について原告は,別表1の「E氏勤務時間表」記載のとおり,通常,午後8時まで就業しており,本件発症前の1か月間における時間外労働時間は,約80時間,本件発症前2か月ないし6か月間における時間外労働時間の平均時間も,1か月あたり,80時間をはるかに超えた残業時間であり,原告は,極めて,長い時間外労働をしていた。さらに,原告は,休日も,予定された日数は休めず,また,休めたとしても,予定通りの日ではなく,振替休日として休むことも少なくなかった(平成11年3月は所定休が8日間の予定であったが,実際に休んでいるのは3日間,その後も,同年4月は8日間の予定が7日間,同年5月は9日間の予定が8日間[内1日振替休日],同年6月は8日間の予定が4日間[内1日振替休日],同年7月は8日間の予定が4日間,同年8月は14日間の予定が12日間[内2日振替休日]しかとれていない。)。 なお,本件会社においては,タイムカードなどによる労働時間管理が全く行われていなかったが,原告は,その几帳面な性格及びマイカー通勤のため,利用したガソリンの量を記録するため,本件会社に就職してから,手帳に自宅出発時刻,就業先到着時刻(始業時刻),就業先出発時刻(終業時刻),帰宅時刻,温度,メーターの数字等を記載する習慣があり,平 成11年の手帳(甲2。以下「本件手帳」という。)の記載によって,始業時刻及び終業時刻が明確となるため,原告の労働時間を把握することができる。 イ争いのある労働時間について(以下,平成11年の表示は省略する。)(ア) 早朝出勤(始業時刻)について本件会社における始業時刻は午前9時であるが,原告は, ができる。 イ争いのある労働時間について(以下,平成11年の表示は省略する。)(ア) 早朝出勤(始業時刻)について本件会社における始業時刻は午前9時であるが,原告は,本件発症直前及び本件発症前6か月ほどの間,午前6時台や午前7時台に出勤している日が多くあり,この出勤時刻が,原告の就業先における始業時刻である。 原告が,早朝出勤をしていたのは,中古車販売のノルマ達成のためであり,通勤における渋滞を回避するためではない。なお,被告は,原告が所定始業時間以前に,Aセンターに到着していた場合でも,新聞等を読んでいた旨,主張するが,その主張の根拠となる原告からの聴取書(乙10)は,原告が既に2度目の脳梗塞を発症し,記憶をつかさどる脳の機能が大幅に減退して以降に作成されたものであり,かつ,立ち会った原告の妻(成年後見人)が知る由もないことが記載してあることから,到底,信用できるものではない。 (イ) 休憩時間について本件会社では,就業規則上,休憩時間は,正午から午後0時50分までとなっており,さらに,午後5時25分以降に残業する場合には,午後5時25分から午後5時55分まで休憩時間と規定されているが,Aセンターでは,現実には,この就業規則どおりの休憩時間がとれてはおらず,特に,残業の場合における休憩時間については,原告はその存在すら知らなかったし,営業職においては,このような休憩制度は運用されていなかったものである。 したがって,正午から午後0時50分までの時間は,休憩時間として 労働時間から除外されるとしても,残業の場合における午後5時25分から午後5時55分までを休憩時間としてみなすことはできず,残業時間については全てが労働時間となるものである。 時間として 労働時間から除外されるとしても,残業の場合における午後5時25分から午後5時55分までを休憩時間としてみなすことはできず,残業時間については全てが労働時間となるものである。 (ウ) 終業時刻について本件会社では,毎日,新宿の本店から最終の連絡が午後8時に入り,当日の売上台数等の確認をすることから,会議や顧客との予定がない限り,原告は,原則として同時刻までAセンターで執務していた。また,センター長である原告には,午後8時までの「みなし残業」が認められていた。よって,原告の終業時刻は,原則として午後8時とするのが相当である。 なお,本件手帳には,原告が,本件発症の数か月ほど前から,何度か,仕事帰りにコンサートに立ち寄っているとみられる記載が認められる(例 7月6日上智大学混成合唱団アマデウスコールサマーコンサート,7月8日ベルリン・フィルハーモニーフラス・クインテット,7月15日 F・Gクラスによるトランペットの響等)ところ,原告が,コンサートに出席したその多くは,懇意にしている顧客からの誘いに応じたものであり,営業活動の一環である。したがって,原告がコンサートに行っていたからといって,コンサートに行けるほどの時間的余裕があったわけではなく,あくまで業務の延長上として参加したものであり,また,コンサート等に参加していたからといって,通常は,午後8時まで就業していたことを否定することにはならない。 (エ) 個別の各日における労働時間① 8月25日原告は,当日(8月25日)は,出勤している。 被告は,出勤簿(乙21)の8月25日欄には斜線で消したような跡があり,当該押印が誤った押印であることがうかがわれると主張するが, 同月の出勤簿の2日及び29日の欄に は,出勤している。 被告は,出勤簿(乙21)の8月25日欄には斜線で消したような跡があり,当該押印が誤った押印であることがうかがわれると主張するが, 同月の出勤簿の2日及び29日の欄にあるとおり,「振休」の場合には,いつの振替休日であるかの記載があることが分かるのであり,被告が指摘する8月25日も「振休」との記載があることからして,前記斜線は,日付けの斜線であると考えるのが自然であって,当日の欠勤を意味するものではないというべきである。 そして,当日(8月25日)の本件手帳の記載には,「H」なる記載があるところ,同人(本名・I)の記憶によれば,そのころ,会社帰りに,原告は,Aセンターの従業員全員と立ち寄り,終電近くまで店にいたとのことであり,この点も,本件手帳の記載と一致している(甲6)。 ② 8月3日原告については,当日は,出勤扱いとなっており(乙21),就業時間中は,少なくとも,就業中であると考えることが合理的であるし,また,本件手帳の「赤羽4:00-4:30」の記載の後には,「訪」との記載があり,これは,赤羽にて,午後4時から午後4時半まで予定があったとの記載ではなく,赤羽の取引先に午後4時から午後4時半までの間に訪れるとのことである。赤羽から原告の自宅までは車で少なくとも,1時間はかかることから,終業時刻を午後5時22分としたものである。 ③ 7月24日被告は,当日の走行距離が「67.1」であり,通常(52㎞前後)よりも長距離であることから,業務以外の立ち寄りがあった可能性があり,事実関係が判然としないことから,「基本的な終業時間である午後5時25分を退社時間とするのが相当である」と主張する。 しかし,本件手帳は,原告本人が私用に使っていた手帳であり,原告の他の手帳の記載欄 関係が判然としないことから,「基本的な終業時間である午後5時25分を退社時間とするのが相当である」と主張する。 しかし,本件手帳は,原告本人が私用に使っていた手帳であり,原告の他の手帳の記載欄を分析すると,私用については詳細に記載する習性が認められる。とすれば,本件手帳に特に私用の記載がない以上,帰宅 前までは会社で仕事をしていたものと推定するのがことが合理的であり,当日の原告の終業時刻は,本件手帳に記載された帰宅時刻である午後9時24分の1時間前である午後8時24分である。 ④ 7月9日原告は,車の販売代行を行っている客と渋谷ハチ公前で午後5時半に待ち合わせをして,夕食をご馳走し,6時30分からのジャンジャンでのコンサートに行ったものである。したがって,これは接待であり,所定労働時間内である午後5時30分までは,原告は,稼働していたとみるべきである。 ⑤ 7月8日原告は,当日,午後5時に「ときわ台センター」へ赴いており,同センターから,午後7時からコンサートが開催された和光市市民センターまでは,約30分であるから,終業時刻は午後6時ころであると考えられる。 ⑥ 6月25日原告は,当日,午後5時42分に退社後,東村山市に所在する自動車の装飾を行う「Z」へ赴いたものであり,このことは,本件手帳に「東村山 7:00―」との記載によって裏付けられている。そして,原告は,午後9時35分に帰宅していることからその約1時間前の午後8時30分まで稼働していたというべきである。 ⑦ 6月22日当日,「J会長感謝の会」,「K常務ありがとうの会」という本件会社の行事が午後5時30分から受付が開始され,午後6時から午後8時まで開催されていたものであるところ,当時,J会長もK常務も本件 日当日,「J会長感謝の会」,「K常務ありがとうの会」という本件会社の行事が午後5時30分から受付が開始され,午後6時から午後8時まで開催されていたものであるところ,当時,J会長もK常務も本件会社に在籍しており,原告がこれに参加したのも上長からの指示に基づくものであって,これへの参加時間も就業時間とすることは,合理的であ る。 ⑧ 6月14日について原告は,午後4時04分にAセンターを自家用車で出発し,客先である埼玉県入間郡α町の「軽自動車検査協会」に立ち寄ったものである。 そして,自宅への帰宅時間が午後6時42分であるところ,立寄り先の「軽自動車検査協会」から自宅までは,車で30分ほどであるが,1時間前の午後5時42分までを労働時間したものである。 ⑨ 6月3日について被告は,当日の走行距離が「74.4(㎞)」であり,通常よりも長距離であることから,業務以外の立寄りがあった可能性があり,事実関係が判然としないと主張する。しかし,本件手帳は,原告が私用に使っていた手帳であり,原告の他の手帳の記載欄を分析すると,私用については詳細に記載する習性が認められる。とすれば,本件手帳に特に私用の記載がない以上,帰宅前まではAセンターで仕事をしていたものと推定することが合理的であって,帰宅時刻の午後8時05分の約1時間前の午後7時まで稼働していたものとするのが相当である。 ⑩ 5月26日及び同月25日原告は,原告を含め,会社として大変世話になった取引先であるNの25日午後6時から7時までの通夜に出席し,また,翌26日の11時から12時までの同人の告別式に出席したものである。これらは原告が会社の代表として出席したものであって,それに要した時間は,労働時間とするのが相当である。 ⑪ し,また,翌26日の11時から12時までの同人の告別式に出席したものである。これらは原告が会社の代表として出席したものであって,それに要した時間は,労働時間とするのが相当である。 ⑪ 5月12日原告は,当日,ホテルで開催された「会長・社長主催表彰懇親会」(午後6時から受付。午後6時30分から8時30分まで開催)に参加したが,この会合は,全員参加であり,原告1人の判断で退席できるよ うなものではなかったものであるため,午後8時30分までを就業時間として,評価するのが相当である。 ⑫ 4月26日本件手帳の当日の記載は,温度から始まる記載が3段に分かれいるが,それぞれ3つめの記載は,「6780」「6807」「6860」となっている。 そして,翌日の記載の同じく3つめの記載内容は「6833」となっており,これらの数字が総走行距離を示していることからすれば,同月26日の記載のうち,最終段にある記載は,本来であれば,翌日の通勤復路として記載すべきものを誤って同月同日に記載してしまったものと分析できる。 したがって,当日の出社時刻は,午前6時59分,退社時刻は午後9時33分である。 ⑬ 4月22日原告は,当日,Lにて,午前9時から午後10時まで車の販売業務を行っており,当日の出勤簿(乙21)にも「L直行直帰」と記載されている。 ⑭ 4月8日原告が,当日の終業時刻を午後8時30分とするのは,午後6時半から,取引先である千代田火災主催の「180ヶ月達成の祝賀会」への出席を求められ,これに参加したからである。これは,明らかに業務である。なお,祝賀会の終業時間は,本件手帳上,明らかではないが,夜の会合は,2時間程度であることが多いことから,当日の終業時刻を午後8時30分とした これに参加したからである。これは,明らかに業務である。なお,祝賀会の終業時間は,本件手帳上,明らかではないが,夜の会合は,2時間程度であることが多いことから,当日の終業時刻を午後8時30分としたものである。 ⑮ その他本件手帳は,原告の通勤に利用していた自家用車のダッシュボードに て保管されていたことから,業務上,本社のある新宿に宿泊した場合など,通勤に自家用車を利用しなかった場合には,一部,終業時刻などの記載がされておらず,その場合においては,前後の行動ないし,原告及び原告成年後見人の記憶に従って,終業時刻を特定したものであり,終業時刻について,午後6時としているもの,午後6時半にしているものもあるが,それぞれに合理性が認められるものである。 (2) 原告の業務が過重負荷のある業務であったこと原告は,以下に述べるとおり,本件会社において,通常の努力では到底達成し得ないノルマを課せられ,センター長会議における吊るし上げのような集中攻撃,怒号のプレッシャーを背負いながら,センター長という極めて緊張を強いられる過重労働に就いていたものである。さらに,その中でも,原告は,他のセンター長に比しても,配属異動を多く強いられ,そのために,結果的に,本件発症前には,通常のセンター長でも12時間労働が常態化しているような状態の中で,さらに,長時間の労働を強いられ,ノルマにも追われ,問題従業員への対応にも追われるという過酷な状況が継続して生じていたものである。そのような状態の中で,最後の砦として,意を決して,問題従業員について,上司に相談を持ちかけているが,それも,いとも簡単に,まったく取り上げてもらうことなく,退けられており,原告は,極めて追い詰められた状況に至っている。このような業務状況は,それま 題従業員について,上司に相談を持ちかけているが,それも,いとも簡単に,まったく取り上げてもらうことなく,退けられており,原告は,極めて追い詰められた状況に至っている。このような業務状況は,それまでの原告の長期間にわたる過重な業務の継続と相まって,原告にかなりの精神的,身体的な負荷を与えたものである。 ア原告のセンター長としての配属異動の頻繁さ原告は,昭和46年4月に本件会社(ネッツトヨタ株式会社)に入社し,平成13年1月に退社しているが,最初の新宿営業所は2年,次の杉並マイカーセンターは約6年,その後の田無マイカーセンターは14年勤続しているものの,その後は,全て1~2年毎に転勤を繰り返している。 本件会社では,マイカーセンター毎にノルマを課せられており,そのノルマの達成責任者はセンター長であるところ,営業活動は,地域の顧客との信頼関係等の上に成り立つものである。したがって,新エリアに異動した場合には,そこでの顧客開拓を行うことが最も負担が大きいことから,センター長及び営業従業員は,一定の箇所で比較的長期に勤続することが通例であり,原告のように転勤を繰り返している例は少ない。 原告は,このような特異な異動により,短期間の異動の度ごとに,改めて,センター所属の従業員との人間関係,新規顧客との人間関係を構築することを余儀なくされ,大変な業務上の負荷を受けていたものである。 さらに,原告のこれらの異動は,異動先のセンターにおける不祥事を受けて,後任として,異動となっているケースが多く(ときわ台センターへの異動は,前任のセンター長の売上げの水増しによる不祥事発覚の後任,Aセンターへの異動は,センター内での盗難事件によるセンター長の引責辞任の後任である),後任者としての原告の重責は,通常の異動に比べ, 動は,前任のセンター長の売上げの水増しによる不祥事発覚の後任,Aセンターへの異動は,センター内での盗難事件によるセンター長の引責辞任の後任である),後任者としての原告の重責は,通常の異動に比べ,さらに,大きなものであった。 イ達成が困難なノルマの存在本件会社においては,毎月,中古車の販売についてノルマが課せられており,そのノルマは,常に前年度比オーバーで目標が設定されていることから,常に実績以上の数字を挙げることが求められていた。したがって,そのノルマは,通常の営業を行っていればクリアできるようなものではなく,容易に達成できるものではなかったにもかかわらず,常に100パーセントのノルマ達成を要求されていたものであり,そのノルマ達成の全責任は,各センター長が負うことになっていた。 このように,センター長は,毎月,途切れることなく,ノルマのプレッシャーを負いながら業務を行うことが要求されていたものである。さらに,センター長は,月に2回から3回ほどあるセンター長会議において,ノル マが達成できていない場合には,なぜ達成できなかったのか,強く追及され,場合によっては,センター長会議では,怒号が飛び交い,集中攻撃を受けることになるなど,同会議もセンター長にとっては,精神的につらいものであった。 以上のとおり,センター長の業務自体,常に極めて緊張を強いられる業務であったことは明らかであり,それは,営業マンとしては,何度も表彰されるなど,トップセールスマンであった原告としても,極めて厳しいものであった。 ウ 「Aセンター」センター長としての激務センター長としての業務は,納入されてくる中古車についての値段設定などの入庫チェック,スタッフレポートのチェック,在庫確認,相場状況の確認 た。 ウ 「Aセンター」センター長としての激務センター長としての業務は,納入されてくる中古車についての値段設定などの入庫チェック,スタッフレポートのチェック,在庫確認,相場状況の確認,イベントに向けての車両集め,情報紙掲載への写真調べなどのほか,ノルマ達成のために,他の営業スタッフの働きによっては,営業時間にも多く時間を費やさなければならず,その業務は多岐にわたっている。 したがって,センター長の勤務時間は,原告だけでなくとも,1日12時間程度となっており,繁忙期にはさらに,それ以上,稼働することが常態化していたものである。このようにセンター長であるというだけでも激務であるにもかかわらず,さらに,原告の場合には,長年,同じ場所でセンター長を行っていたわけではなく,常に,問題が多いセンターの立直しに駆り出されていたことから,その繁忙程度はさらに激しいものであった。 殊に,原告は,本件発症前,Aセンター長として,センター長としての激務のほか,盗難事件により,まとまりを失ったセンターの立直し,欠員を生じている営業スタッフの穴埋め,ノルマの達成,女性事務員の勤務状況の改善等を課せられていたものであり,肉体的にも精神的にも極めて強い負荷がかかっていた。 また,ノルマが達成できるか否かというのは,営業スタッフやセンター 長の努力はもちろんのこと,センターの立地条件も大きく影響するところ,Aセンターは,中古車センターの前に,新車販売の店舗があったため,間口が狭く,顧客が誘導されるような構造となっていなかったため,良い立地とはいえなかったエ B事務職員(以下「B職員」という。)の問題 (ア) 原告がAセンターに移ったときは,同センターで不祥事があったこともあり,従業員が定時に出社しないなど,問題の多 地とはいえなかったエ B事務職員(以下「B職員」という。)の問題 (ア) 原告がAセンターに移ったときは,同センターで不祥事があったこともあり,従業員が定時に出社しないなど,問題の多い勤務状況であったが,男性従業員については,根気強く,コミュニケーションをとることで改善をしていったが,唯一の女性であるB職員については,無断遅刻や無断欠勤など,その勤務態度は改善されず,むしろ,悪化していき,原告が本件発症に至る直前には,ほとんど,出勤しないような状態となっていった。さらに,B職員は,単に無断欠勤や無断遅刻をするだけでなく,原告に対しても極めて反抗的な態度をとっていた。 しかし,Aセンターには,タイムカードがなく,勤務状況を客観的に明らかにする手立てもないこともあり,一向に改善されず,原告は,営業スタッフだけでなく,事務職員の不足による業務量の増加にも耐えながら,B職員の勤務状況等の改善に取り組まなければならなかった。 (イ) 原告は,B職員の勤務状況等の問題について,Aセンター長に就任した平成11年1月から悩まされていたが,センター内の従業員の問題を解決するのも,センター長の仕事であると考え,B職員がほとんど出勤しなくなっていった同年7月に至るまで,話題にすることはあっても,会社に相談することなく,1人で,気がついた時には,B職員の出勤状況を本件手帳にメモしながら,この問題に取り組み,解決策を模索していた。 しかしながら,夏季休暇があり,ノルマの達成が厳しくなる8月になって,B職員については,所定休日をはるかに超える無断欠勤等が続い たため,最終手段として,同月21日,B職員の自宅まで訪ねて,打開策を模索した。しかし,この時も,結局は,本人が家にいるにもかかわらず,会えなかっ 所定休日をはるかに超える無断欠勤等が続い たため,最終手段として,同月21日,B職員の自宅まで訪ねて,打開策を模索した。しかし,この時も,結局は,本人が家にいるにもかかわらず,会えなかったため,もはやAセンター内で処理できる問題ではないと考え,原告は,意を決して,同月24日,上司である部長に相談をしたところ,「証拠がない」と言われたため,本来,タイムカードによる労働時間管理を怠っているのは,本件会社ではあるものの,やむを得ず,当日から,再び,B職員の出勤状況について記憶のあった同月23日以降のB職員の勤務状況を本件手帳にメモするようになった。 (ウ) そして,ある程度,記録した同年9月1日,ノルマ達成について,厳しく問いただされたセンター長会議終了後,改めて,営業部長Oに対して,相談をしたところ,「会社はそんなに甘くない」と言われ,本件会社としては,何の対策も講じる予定がない旨を告げられた。原告は,自身でできる全ての努力をした上で,やっとの思いで相談したにもかかわらず,まったく対応してもらえないことに,極めて大きな精神的ショックを受けたものである。原告の脳梗塞が発症したのは,その翌日である。 (3) 原告の基礎疾患が確たる危険因子がなくともその自然経過により脳疾患を発症させる寸前まで進行させたとは認められない。 ア平成11年3月15日にP病院にて行われた健康診断報告書によれば,その時点で,原告には,高脂血症,高尿酸血症,肥満の3つの脳梗塞に関する危険因子を有していたものの(甲9,10),前年度に比べ,肥満度も改善し,心房細動の所見も認められないなど,自然経過により,脳疾患を発症させるような状態にはまったくなかった。 イ一方,原告の本件発症の原因としては,過労やストレスが引き金となることは医学的に も改善し,心房細動の所見も認められないなど,自然経過により,脳疾患を発症させるような状態にはまったくなかった。 イ一方,原告の本件発症の原因としては,過労やストレスが引き金となることは医学的にも明らかである上,原告には他に確たる発症因子はない。 すなわち,原告は,本件発症当時,1日缶ビール1杯ほどの飲酒の習慣 を持っていたが,健康に悪影響を及ぼすと認められる嗜好はなかった。 ウ上記の原告が従事していた業務によって,原告には,過重な精神的,身体的負荷がかかっており,原告の当時の健康状態が,自然の経過によって,本件発症を生じさせる程度に悪化していたとは認められず,かつ,その他に,原告に確たる増悪要因を見いだせない本件においては,原告の就業していた業務と本件発症との間に因果関係を明確に認めることができる。 【被告の主張の要旨】(1) 労災保険において,労働者の疾病等を業務上のものというためには,当該労働者が当該業務に従事しなければ当該結果(疾病等)は生じなかったという条件関係が認められるだけでは足りず,両者の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)があることを要し,この相当因果関係が肯定されるためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険の現実化と認められることが必要である。 このことは,脳・心臓疾患の業務起因性判断に当たっても当然に妥当するものであり,当該脳・心臓疾患発症が業務に内在する危険の現実化といえなければならないのであるから,①当該業務による負荷が,当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し,通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者にとって,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得る程度の負荷であると認められること(危険性の要件),②当 年齢・経験等を有し,通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者にとって,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得る程度の負荷であると認められること(危険性の要件),②当該業務による負荷が,その他の業務外の要因(当該労働者の私的リスクファクター等)に比して相対的に有力な原因となって,当該脳・心臓疾患を発症させたと認められること(現実化の要件)が必要である。 そして,上記①の危険性の要件の判断に当たっては,当該被災者本人ではなく,当該業務の内容や性質に基づき客観的に判断されるべきこと(平均人基準説),上記②の現実化の要件の判断に当たっては,仮に脳・心臓疾患の発症に業務が何らかの寄与をしていることが認められる場合であっても,業 務外の要因(喫煙・高血圧など当該労働者の私的なリスクファクターや先天的な素因,私生活上の身体的・精神的負荷等)が,より有力な原因となって脳・心臓疾患の発症をもたらした場合には,当該疾病は,業務に内在する危険が現実化して発症したものとはいえないことに,十分留意しなければならない。 平成13年12月12日付け厚生労働省労働基準局長通達(基発1063号)に規定される認定基準(本件認定基準)は,上記の業務起因性の法的判断枠組み及び専門検討会の検討結果を踏まえ,脳・心臓疾患の発症が業務上と認定されるための具体的条件を定めたものであって,発症直前から前日までの間における異常な出来事,短期間の過重業務,長期間の過重業務の有無等を客観的に検討し,当該業務が上記①の危険性の要件を充たすかどうかを検討した上,同要件が認められるとしても,上記②の現実化の要件,すなわち,業務外の要因との比較において,当該業務が当該疾病発症の有力な原因といえるかどうかを検討して,業務起因性を判断するこ どうかを検討した上,同要件が認められるとしても,上記②の現実化の要件,すなわち,業務外の要因との比較において,当該業務が当該疾病発症の有力な原因といえるかどうかを検討して,業務起因性を判断することとなる。 上記判断手法は,客観的な判断手法として合理性を有するものであり,以下においては,同判断手法に基づいて本件における業務起因性を検討する。 (2) 原告が特に過重な業務に就労していたとは認められない(上記①の危険性の要件を欠くこと)上記①の危険性の要件について検討するに,以下の諸点を総合考慮すれば,原告の業務は,血管病変等をその自然経過を越えて著しく増悪させ得る程度に過重であったとはいえない。 ア原告は,発症直前から前日までの間において異常な出来事に遭遇していない。 イ原告の時間外労働時間数は,業務と発症との関連性が強いと評価できる時間外労働時間数を下回っている。 原告について,本件疾病の発症前6か月間の時間外労働時間数は,別表 2記載のとおりであって,業務と発症との関連性が強いと評価できる時間外労働時間数(発症前1か月におおむね100時間又は発症前2か月ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間)を下回っている。 時期(算定期間) 時間外労働時間平均時間外労働時間発症前1か月(8. 5~9. 3) 37時間23分 0時間00分同 2か月(7. 6~8. 4) 73時間35分 55時間29分同 3か月(6. 6~7. 5) 75時間29分 62時間09分同 4か月(5. 7~6. 5) 71時間34分 64時間30分同 5か月(4. 7~5. 6) 43時間05分 60時間13分同 6か月(3. 8~4 62時間09分同 4か月(5. 7~6. 5) 71時間34分 64時間30分同 5か月(4. 7~5. 6) 43時間05分 60時間13分同 6か月(3. 8~4. 6) 92時間30分 65時間36分ウ争いのある労働時間について(ア) 早朝出勤(始業時刻)について原告は,本件手帳に記載されたAセンター到着時刻が始業時刻であり,ノルマ達成のために早朝から出勤し,直ちに仕事を開始していた旨を主張する。しかし,中古車販売等のノルマの達成は営業スタッフの努力によるところが大きいのであるから,営業スタッフも出勤していない早朝にセンター長が出勤したとしても,それがノルマ達成のためであるとは認められず,また,センター長自身がノルマ達成のために営業活動を行う必要がある場合があるとしても,原告の出勤時間のような早朝から営業活動を行うとは考えにくい。 そして,本件会社における所定労働時間の開始時刻が午前9時であり,毎日の朝礼開始時間も概ね同時刻であること,また,センター長は,同時刻までに前日の営業状況の集計結果を本社にファックス送信するのが慣例であったこと,その作業や始業開始前の準備に概ね1時間程度かかることから,通常業務における原告の始業時刻については,午前8時と考えるのが相当である。ただし,本件手帳の8月19日と20日につ いては,長い夏季休暇に伴って滞留した残務の整理をするため,午前5時41分(8月19日),5時42分(20日)という格段に早い時刻に出社したものと解され,これらの到着時刻を始業時刻とすることとした。 そして,原告が午前8時よりも遅い時間に出勤していることが本件手帳の記載から明らかなときは,午前9時ころまでに約1時間かけて前日の と解され,これらの到着時刻を始業時刻とすることとした。 そして,原告が午前8時よりも遅い時間に出勤していることが本件手帳の記載から明らかなときは,午前9時ころまでに約1時間かけて前日の営業状況を本社にファックスしたり始業開始前の準備をしていたことからすれば,概ねAセンター到着直後から業務に従事していたと考えるのが相当であり,この場合の始業時刻は,本件手帳に記載されたAセンター到着時刻とするのが相当である。 (イ) 終業時刻について原告の終業時刻についてはおおむねAセンター出発時刻とするのが相当であり,また,原告が会議に出席している場合には,会議終了時刻が終業時刻とするのが相当である。 なお,本件手帳の記載からもAセンター出発時刻が判然としない箇所があり,原告には午後8時までみなし残業が認められているものの,それによって直ちに原告が同時間まで稼働していたとはいえず,実際,原告は,午後8時前に退社することがしばしばあったのであるから,みなし残業が認められるからといって同時刻を終業時刻とするのは相当ではなく,本件手帳の記載から退社時刻が判明しない場合は,所定労働時間が終了する午後5時25分を終業時刻とするのが相当である。 (ウ) 休憩時間について原告は,残業時間中に休憩をとる習慣はなく,残業時間中の休憩制度の存在すら認識していなかったのであるから,残業時間中の休憩時間を認めるべきではない旨主張するが,時間外労働時間が相当時間認められるにもかかわらず,その時間中に全く休憩時間がないというのは不自然 であり,Mセンター長であった証人Qも不定期とはいえ,残業時間中に休憩時間をとることを認める証言をしている。 したがって,原告の労働時間の算定に当たり,残業時間中の休憩時間を所定時間どおり3 であり,Mセンター長であった証人Qも不定期とはいえ,残業時間中に休憩時間をとることを認める証言をしている。 したがって,原告の労働時間の算定に当たり,残業時間中の休憩時間を所定時間どおり30分として計算することには合理性がある。 (エ) 争いのある個別の労働時間について① 8月25日の就労について原告は,出勤簿(乙21)に原告の押印があることから原告を出勤扱いとして労働時間を計算している。 しかしながら,出勤簿の当該欄には斜線で消したような跡があり,当該押印が誤った押印であることがうかがわれ,本件手帳にも車の走行を認める記載はあるものの,出社,退社時刻に関する記載が一切ないことから,当日原告が出勤していたとは認められない。また,原告は,当日会社帰りにAセンターの従業員全員で飲酒した旨主張し,飲酒先の経営者とされる者がそれに沿う供述をするが(甲6),同経営者の供述によっても,来店日時は「平成11年8月頃,正確な日付までは覚えて」おらず,「その後,1カ月ほど経って,Eさんが本当に,脳こうそくを発症したとお聞きし」という状況からして,同経営者が供述する来店日が平成11年8月25日であるとはいえない。 ② 8月3日原告は,本件手帳の記載により退社時刻を午後2時53分としつつ,午後4時から午後4時30分まで顧客のところに行って,午後6時22分に帰宅したとして,午後5時22分を終業時刻としている。この点,本件手帳には「赤羽 4:00-4:30」との記載があるものの,当該記載だけからは原告が何をしていたかは判然としない。したがって,当該記載をもって,業務に関する記載であると即断することはできず,積極的にこれを業務時間と認めることは相当とはいえない。 なお,仮に,上記記載が業務に かは判然としない。したがって,当該記載をもって,業務に関する記載であると即断することはできず,積極的にこれを業務時間と認めることは相当とはいえない。 なお,仮に,上記記載が業務に関する記載だとしても,午後4時30分には業務を終了しているはずであるから,それ以降も業務時間とする理由はなく,いずれにせよ,午後5時22分を終業時刻とする原告の主張には理由がない。 ③ 7月24日当日の本件手帳に記載された「67.1」という走行距離が,単に会社と自宅の往復の走行としては距離が長いため,会社から自宅に到着するまでにかかる時間も通常より多くの時間がかかっているはずであり,したがって,原告の退社時刻を考える上で,単純に自宅到着時間から会社と自宅の所要時間を差し引けばよいとはいえない。仮に,原告が退社後どこかに寄っていたとしても,どこに寄ったのか,それが業務であるか私用であるかは判然とせず,結局,終業時刻は判然としないのであるから,基本的な終業時刻である午後5時25分を退社時刻とするのが相当である。 ④ 7月9日原告は,当日午後5時半以降の行動について,車の販売代行業を行っている顧客との接待であった旨主張するが,仮に,当日原告が会っていた相手が,原告主張のとおりだったとしても,少なくとも本件か手帳の記載からはどういう趣旨の会合であったかは判然とせず,それが業務に従事しているのと同視できるかは疑問である。 ⑤ 7月8日原告は,当日午後,ときわ台センターに行っている旨主張し,本件手帳にも「ときわ台(タ)5:00」との記載が認められる。 しかしながら,上記記載は欄外の記載であって,当該記載だけからは,当日の予定なのか,別の日の予定なのか,実際に原告が行っているのか 帳にも「ときわ台(タ)5:00」との記載が認められる。 しかしながら,上記記載は欄外の記載であって,当該記載だけからは,当日の予定なのか,別の日の予定なのか,実際に原告が行っているのか,さらに言えば,「ときわ台(タ)」が,ときわ台センターを 指しているといえるのかも判然とせず,当日午後5時にときわ台センターに原告が赴いたと認めるには足りないというべきである。 ⑥ 6月25日原告は,本件手帳に「東村山 7:00ー」と記載があることから,退社後に原告が東村山の顧客のところに向かい,その後帰宅した旨主張するが,当該記載だけから原告が何をしていたかは判然とせず,当該記載が業務に関する記載であると即断することはできない。 ⑦ 6月22日原告は,本件手帳に記載された「J会長感謝の会」,「K常務ありがとうの会」を会社の行事であるとして,これらの会合終了時刻である午後8時を業務終了時刻としている。この点,上記各会合の具体的内容は判然としないが,その名称から退職者等の慰労会であると思われるところ,会社関係の会合であること自体は否定できないものの,慰労会という趣旨からすると,参加が強制されるものではなく,飽くまでも上記退職者等にこれまで世話になったことへの感謝の意を表して個々の従業員が任意の意思にしたがって参加する趣旨の会合であると認めるのが相当である。そうすると,上記各会合は,業務と言うよりは私的色彩が色濃い会合であるというべきである。 したがって,上記会合への出席時間を業務従事時間とするのは相当ではない。 ⑧ 6月14日原告は,出社後,顧客のところに寄って帰ってきていることから,帰宅時間より1時間前の午後5時42分が終業時刻である旨主張するが,本件手帳にはそれ 相当ではない。 ⑧ 6月14日原告は,出社後,顧客のところに寄って帰ってきていることから,帰宅時間より1時間前の午後5時42分が終業時刻である旨主張するが,本件手帳にはそれに見合った記載もなく,仮に顧客のところに寄ったとしても,寄った場所も判然としないのであるから,そこから自宅まで1時間しかかかっていないという合理的な理由は見い出し 難い。 ⑨ 6月3日本件手帳に記載された当日の走行距離が「74.4」と通常(52㎞前後)よりも多いところ,退社後に営業をしているという事実を認定することはできず,原告が,何らかの私的な用事を済ませている可能性もある。そうである以上,原告が業務に従事していたと認めて終業時刻を考えることは相当とはいえず,退社時刻も不明な上記日時の終業時間については午後5時25分と認めるのが相当である。 ⑩ 5月26日及び同月25日原告は,告別式,通夜への出席について,会社の代表として出席しているものであるから,この出席時間も業務時間である旨主張するところ,上記告別式,通夜が取引先の方のそれであるかどうかは判然としないが,仮に,そうだとしても,通夜,告別式への出席は,原告の本来的な業務といえないのであるから,通夜,告別式への出席時間を労働時間として算定するのは相当とはいえない。 ⑪ 5月12日原告は,手帳に記載された「小売売上台数コンテスト」,「会長,社長主催表彰懇親会」も労働時間に含まれるとして,懇親会終了時間である午後8時30分が終業時間であると主張するところ,上記各会合が会社関係のものであること自体否定しないものの,懇親会への出席は,原告の本来的な業務とは認められず,また,上記各会合は,その名称からしても,純粋な慰労会の趣旨 間であると主張するところ,上記各会合が会社関係のものであること自体否定しないものの,懇親会への出席は,原告の本来的な業務とは認められず,また,上記各会合は,その名称からしても,純粋な慰労会の趣旨を色濃く含むものであると認められるから,上記会合への出席をもって業務に従事していると評価することは相当ではない。 ⑫ 4月26日本件手帳には,「16℃ 6:00 6780 173.0 26. 7 16℃ 6:59」,「19℃ 9:33 6807 199. 9 26.9 17℃ 10:30」,「17℃ 9:54 686 0 252.1 52.2 17℃ 10:50」との記載がある。 このうち,2段目の「6807」,「26.9」と3段目の「6860」,「52.2」には連続性が認められる上,これらの数字は,同月28日欄の「6925」,「65.8」,同月29日欄の「70 69 143.2」とも連続性が認められること,「26.9」は,原告が自宅からAセンターに向かった際に認められる数字であり,「52.2」は,原告がAセンターから自宅に向かった際に記載される数字であること,同月26日欄の1段目と2段目との間に,「タイヤもとに戻す」と自宅出発後タイヤ交換を行ったような記載があることなどから,2段目の記載が出勤時にAセンターに向かった際の記載,3段目が帰宅時にAセンターから自宅に向かう際の記載であると考えるのが相当である。 したがって,「10:30」が出勤時のAセンター到着時刻,「9:54」が帰宅時のAセンター出発時刻とするのが相当である⑬ 4月22日 540 450本件手帳には「6:00 - 6:30 上福岡 ――― 新木場 刻とするのが相当である⑬ 4月22日 540 450本件手帳には「6:00 - 6:30 上福岡 ――― 新木場 ――― 稲毛海JR岸」などの記載があり,原告の始業時刻,終業時刻が全く不明であり,また,通常と違ってAセンターでの勤務ではないことが窺われる上,稲毛海岸の到着時刻が午前8時32分であり,同場所で直ちに業務を開始したかどうかも不明であることからすれば,原告が所定労働時間以外に労働したと認めるに足りる証拠はないというべきであり,始業時刻は午前9時,終業時刻は午後5時25分とするのが相当である。 ⑭ 4月8日 原告は,終業時間を午後8時30分としているが,その根拠は判然とせず理由がない。なお,本件手帳には午後6時30分から祝賀会に出席したような記載があるところ,仮に,原告が同会に出席していたとしても,それをもって業務に従事していると評価するのが相当ではないことは上記した慰労会の場合と同様である。 エ原告に課せられたノルマの達成は殊更困難ではなく,原告の業務は,殊更精神的緊張下に置かれたものではなかった。 原告が勤務していたAセンターは,ノルマの達成率がトップクラスであり,ノルマの達成が殊更困難な場所ではないというべきところ,証人Qもこれを認めている。実際,同規模の杉並センターと比較しても,Aセンターのノルマの達成率は全く遜色なく,かえって同センターの達成率の方が高い場合も多い。 また,原告は,優秀営業マンとして評価され,賞も受賞しているものであり(甲4,5),約10年間センター長としてノルマを課せられ,それをこ えって同センターの達成率の方が高い場合も多い。 また,原告は,優秀営業マンとして評価され,賞も受賞しているものであり(甲4,5),約10年間センター長としてノルマを課せられ,それをこなしてきた実績を有していることからしても,ノルマの達成が殊更困難であったとは認められない。 オ B職員不在による業務の負担も過重ではなかった。 原告は,B職員の欠勤により原告に過度の負担がかかっていた旨主張するが,B職員の業務は特段当日行わなければならないほど緊急性はなく,他の従業員が手伝うなどしていたもので,B職員の不在によって原告の業務が特に過重であったとは認められない。 カ Aセンターにおける原告の労働状況は,それまでの原告の労働状況や他のセンター長のそれと異なることはなく,これまで他のセンター長において脳梗塞等を発症した例は認められない。 キまとめ以上のとおり,原告は,発症前日までに異常な出来事に遭遇しておらず, その労働時間を検討しても,過重な業務とは認められない上,殊更精神的緊張下に置かれた業務とも,そのほか過度の負担を負っていたとも認められない。また,原告の労働状況は,これまでの原告自身のセンター長としての業務,他のセンター長の業務と比較しても殊更過重であったとはいえず,これまで原告について仕事に支障をきたすほどの疾患が認められず,他のセンター長にも脳,心臓疾患の発症例が認められないことなどにも照らすと,原告の業務は,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,脳梗塞を発症させ得るほど過重なものであったとは認められない。 (3) 原告の脳梗塞は発作性心房細動によるもので,業務が有力な原因となって発症したとは認められない(上記②の現実化の要件を欠くこと)ア原告の ど過重なものであったとは認められない。 (3) 原告の脳梗塞は発作性心房細動によるもので,業務が有力な原因となって発症したとは認められない(上記②の現実化の要件を欠くこと)ア原告の脳梗塞は発作性心房細動により引き起こされたものと考えるのが相当であり,発作性心房細動はストレス等の誘因がなくても自然に発症するものであるから,業務がその発症の有力な原因であるとはいえず,業務起因性は認められない。 また,発作性心房細動を引き起こす「一過性心房細動」はストレスや飲酒等の誘因により引き起こされるところ,原告には脂肪肝等が認められ,心房細動が認められた平成10年2月には「お酒は少し減らしましょう」との指摘を受けており,それにもかかわらず原告は毎晩飲酒をしていること,体調がおかしくなった平成11年9月2日の夜も原告は飲酒をしていることからすると,飲酒により一過性心房細動を繰り返していたことも窺われ,業務が相対的に有力な誘因となって原告の脳梗塞が発症したと認めることはできない。 さらに,原告の脳梗塞は,心房細動によって形成された血栓が脳に到達したことによって発症したものと考えられるところ,心房細動によって血栓が形成される場合には,心房細動が一般的に3日以上持続する必要があり,その血栓が血管内を異動して脳に到達し,脳梗塞を引き起こすまでに は1日あるいは数日を要する。しかし,原告にはそのような持続的な心房細動等は認められない。 逆に,原告には,高脂血症,高尿酸血症,肥満という3つの脳梗塞の危険因子が存在すること(甲10)からすれば,上記危険因子により,通常より早期に血栓が形成されて脳梗塞を発症したというべきであるから,原告の素因によって,脳梗塞が発症したというべきである。 イ原告の主治医作成 と(甲10)からすれば,上記危険因子により,通常より早期に血栓が形成されて脳梗塞を発症したというべきであるから,原告の素因によって,脳梗塞が発症したというべきである。 イ原告の主治医作成の診断書(甲10)には,原告の脳梗塞がストレスを原因とする心房細動により発生した可能性の高さを指摘しているかのような記載があるところ,同医師は,平成11年3月15日時点において,原告に脳梗塞の危険因子が存在すると指摘した上,「脳梗塞発症の直前に過労や過度のストレスがあったならば,過労やストレスが引き金となって,脳梗塞の危険因子に加えて,さらに心房細動を発症し,それが原因で脳塞栓症を発症したものと推察される」とし,原告の脳梗塞について,他の危険因子の存在を前提としつつ,ストレスが誘因となって脳梗塞が発症した可能性があることを指摘するものにすぎず,ストレスが原告の脳梗塞の原因であるとする原告の主張を裏付けるものではない。 ウ以上のとおり,原告の脳梗塞は,原告の素因によって生じた可能性が強く,過重労働によるストレスがその発症の有力な原因であると認めることはできない。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実前提事実に加えて,証拠(認定に用いた証拠は,その項目毎に掲記するが,参照の便宜のため,文中においても適宜引用する。)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実を認定することができる(これに反する原告法定代理人の供述や陳述書の記載等は措信できない)。 (1) 原告の業務内容やAセンターにおけるノルマ達成率等(甲2ないし4, 7の1及び2,8,11,14,15,乙1ないし5,6の1ないし8,7,8,9の1及び2,10,11,17ないし22,30,31の1ないし7,32ないし34,40及び41,証人Q,原告法定代理人) の1及び2,8,11,14,15,乙1ないし5,6の1ないし8,7,8,9の1及び2,10,11,17ないし22,30,31の1ないし7,32ないし34,40及び41,証人Q,原告法定代理人)ア原告(昭和▲年▲月▲日生の男性)は,昭和46年4月1日,ネッツトヨタ東京株式会社(本件会社)に入社し,昭和48年5月から中古車販売に従事して,平成元年9月1日に「田無マイカーセンター」センター長に就任した。その後,原告は,平成5年2月に「ときわ台マイカーセンター」センター長」に,平成7年9月に「府中マイカーセンター」センター長,平成9年10月に「ときわ台マイカーセンター」センター長に,平成11年1月から「Aマイカーセンター」センター長となった。 マイカーセンター長は,通常,3年程度は同一センターで勤務しており,原告のように,1年ないし2年で,転勤を繰り返す例は,少なかった。 イ Aセンターには,平成11年当時,センター長である原告のほか,営業スタッフが3名(R,S,T)と事務担当女性従業員であるB職員がいた。 営業担当従業員は,主として週末に行われるイベント以外は,事務所外で営業活動に従事しており,事務所を不在にすることか多かった。 ウセンター長の主な業務は,マイカーセンターに入庫される中古車の査定,その販売価格の決定や本社への報告等である。 センター長に対しては,毎日営業スタッフから営業活動状況や取引状況が報告されており,センター長は,中古車販売に関する様々なデータを管理,把握する立場にあるため,そのデータを集計して毎日本社に報告していた。 さらに,センター長は,毎月1日及び20日ころの2回にわたり,本社において開催される会議(1日は営業会議,20日にセンター長会議)に出席し, のデータを集計して毎日本社に報告していた。 さらに,センター長は,毎月1日及び20日ころの2回にわたり,本社において開催される会議(1日は営業会議,20日にセンター長会議)に出席し,同会議開催前にはノルマ達成状況を本社へ報告することとなっていた。すなわち,センター長は,当月1日ころ開催予定の会議に備え,前 月末ころには同月の販売実績等を本社に報告し,当月20日ころ開催予定の会議に備え,当月半ばころにはそれまでの販売実績及び当月末までの販売見込みを本社に報告していた。そして,同会議で,本社担当者がそれらの報告を基に各マイカーセンターごとにノルマの達成状況などについて指示を行っていた。 エ本件会社においては,毎月,各マイカーセンターに対して,中古車の販売についてノルマが課せられており,そのノルマは,前年度比オーバーで目標が設定されていることから,常に,過去の実績以上の数字を挙げることが求められて,相当に厳しいものであり,原告を含む各センター長は,毎月毎月,途切れることなく,ノルマ達成の負担を抱えながら業務を行うことが要求されていた。 このノルマの達成は,基本的には,営業スタッフの努力によるものであるが,センター長は,営業スタッフを指導しながらその営業活動の成果を見守り,ノルマの不足分については,センター長自らが空いた時間に自らの顧客に連絡をとって営業活動をしていた。 そして,センター長は,上記センター長会議において,ノルマが達成できていない場合には,なぜ達成できなかったのか,ノルマ達成のために講ずべき手段等について,本社担当者からかなり追及されることもあり,精神的な負担も相当にあった。 そして,原告は,ゴールデンウイークのある5月や夏季休暇期間の8月を除いては,週1日程度の休日しか 講ずべき手段等について,本社担当者からかなり追及されることもあり,精神的な負担も相当にあった。 そして,原告は,ゴールデンウイークのある5月や夏季休暇期間の8月を除いては,週1日程度の休日しか取得できていなかった。 オ Aセンターの女性従業員で,現金管理や帳簿作成等の経理事務を担当するB職員は,体調が悪いこともあって,遅刻や欠勤が多く,同女の担当する業務量自体は,さほど多いものではなかったが,営業スタッフを除くと原告以外では唯一の常勤従業員であるB職員の上記勤務状態に,センター長である原告は苦慮しており,7月7日からは,B職員の遅刻や欠勤状況 を本件手帳に記載したり(7月7日の本件手帳の7月7日の欄から「B遅」と,Bの遅刻についての記載が始まっている。),8月21日には,自ら,B職員の自宅を訪問したが(本件手帳の21日の欄には,「B宅11:30」との記載がある。),その勤務状況の是正の目処はついていなかった。 カ Aセンターのノルマ達成率平成11年1月から7月まで(原告がAセンターのセンター長であった時期の一部)のAセンターにおける受注台数のノルマ達成率(小売と卸売の合計)とマイカーセンター全体の同達成率は,次のとおりであって,(乙31の1ないし7),Aセンターのノルマ達成率は,マイカーセンター全体の平均値に達していない。 Aセンターマイカーセンター全体(ア) 平成11年1月 82.6% (85.7%)(イ) 2月 100% (90.7%)(ウ) 3月 91.7% (97.2%)(エ) 4月 90.9% (86 100% (90.7%)(ウ) 3月 91.7% (97.2%)(エ) 4月 90.9% (86.8%)(オ) 5月 62.9% (84.1%)(カ) 6月 81.3% (89.7%)(キ) 7月 109.1% (86.7%)平均88.36% (88.57%)(2) 原告の労働時間について(甲2,3,12,13,乙2ないし5,10,17ないし21,32ないし34,証人Q,原告法定代理人)ア本件会社における所定労働時間は,午前9時から午後5時25分までであり,休憩時間は午後0時から午後0時50分であった。また,午後5時25分以降に残業をする場合には,午後5時25分から午後5時55分まで休憩時間がとれることとなっていたところ,センター長と営業職員につ いては,午後8時までは,みなし残業とされており,マイカーセンターの閉店時刻は,原則として午後8時であった。 そして,Aセンターにおいては,毎日午前9時ころから従業員全員が参加する朝礼が行われていた。 イ平成11年当時,Aセンターを始めとする本件会社のマイカーセンターにおいては,従業員の出退勤について,タイムカードによる記録管理はされておらず,出勤簿への押印がされていたのみであったが,几帳面な原告は,その手帳に起床時間,出勤退勤時間,帰宅時間,通勤に用いていた自家用車の走行距離等を記載していた。本件手帳は,原告が通勤に利用していた自家用車のダッシュボードにて保管されてい たが,几帳面な原告は,その手帳に起床時間,出勤退勤時間,帰宅時間,通勤に用いていた自家用車の走行距離等を記載していた。本件手帳は,原告が通勤に利用していた自家用車のダッシュボードにて保管されていたことから,原告が業務上,新宿に宿泊した場合など,通勤に車を利用しなかった場合には,一部,終業時刻などの記載がされていない。 ウ原告以外のマイカーセンター長の執務ぶりは,次のとおりである。 (ア) 原告のAセンターの前任者であるUは,自家用車通勤であり,出勤時刻は,概ね午前8時10分,退勤時刻は午後8時ころという勤務状況であり,年休はほとんどとっていなかった(乙5)。 (イ) 原告の後任のAセンター長であったVは,平成12年1月から,Aセンターのセンター長を務めたが,自家用車で,概ね午前7時ころに出社し,マイカーセンターの鍵を開けたり,展示している中古車の鍵を開けたりして,多少のんびりした後,午前8時ころから営業スタッフが作成した前日の営業日報などに目を通していた。 そして,Vは,午前9時からの朝礼の前に,前日の営業状況についての集計をまとめ,本社にその集計結果をファックスすることになっており,その業務に約1時間を要していた。また,Vの退社は,午後8時か9時ころであったが,イベントの際には営業スタッフからの当日の集計結果の報告を待っていると午後10時や11時ということもあった(以 上について乙40)。 (ウ) そして,原告がAセンター長であった当時,Mセンター長であったQも,自家用車通勤であったところ,渋滞をさけるために早めに出社しており,その出社時間は,だいたい午前7時30分ころであった。同人は出社後,コーヒーを飲んだり,多少,ゆったりした後,センター内の清掃をしたり,在庫車の洗車 たところ,渋滞をさけるために早めに出社しており,その出社時間は,だいたい午前7時30分ころであった。同人は出社後,コーヒーを飲んだり,多少,ゆったりした後,センター内の清掃をしたり,在庫車の洗車をしたり,前日の営業日報のチェックをしていた。 また,同人の退社時間は,たいてい午後7時か8時ころであった。 月の中間や月末は,センター長会議のために退社が遅くなり,また,週末のイベントの際も,午後11時前後になることもあった(以上について乙41)。 エ原告は,埼玉県入間郡<以下略>(当時の住所表示から,現住所の表示は変更されている。)の自宅から,Aセンターまで,基本的に自家用車を用いて通勤しており,その通勤に要する時間は,通常片道1時間程度であった。 そして,原告は,基本的に,平日は,渋滞を避けるために,自宅を早く出発し(道路渋滞の少ない土日祝日は,比較的遅い時刻に出発している),別表1の「労働時間始業」の欄に記載されているとおりの時刻にAセンターに到着しており,Aセンターに到着した後,原告は,朝食を摂ったり,新聞を読むなどしていた。 (3) 原告の基礎疾患及び脳梗塞に関する医学的知見等について(甲9,10,乙12ないし15,35ないし39)ア健康診断の結果等原告の体格は,平成11年3月当時,身長163.2㎝,体重64.6㎏であり,当時の健康診断で肥満は指摘されていたが,正常範囲内(判定区分A)とされ,嗜好として飲酒は1日当たりビール350ミリリットル 程度であり,喫煙習慣はなかった。 イ原告の健康診断の結果や医療機関での診療等については,次のとおりである。 (ア) 平成7年12月4日 P病院(乙38)血圧は,170 ,喫煙習慣はなかった。 イ原告の健康診断の結果や医療機関での診療等については,次のとおりである。 (ア) 平成7年12月4日 P病院(乙38)血圧は,170/110肝機能の異常値が指摘され,超音波診断により脂肪肝とされている。 (イ) 平成9年3月4日 P病院(乙38)血圧は,144/90肝機能の異常値が指摘されている。 (ウ) 平成10年2月16日 P病院(人間ドック。乙39)血圧 140/82心房細動が次のとおり指摘された。 「心房細動があります。薬を続けることと心エコー検査を受けて下さい。」また,肝機能や腎機能の異常値が指摘され,「お酒を少し減らしましょう」との指導を受けており,また,尿酸が高値であることや,腎結石があり治療が必要であるとの指摘も受けている。 (エ) 平成11年3月15日 P病院(人間ドック甲9)血圧 130/84高脂血症,高尿酸血症,肥満が指摘され,「アルコールを控え運動を心がけてください」との指導を受けている。 (オ) 平成11年6月16日及び17日 C病院(甲2,乙15)原告は,C病院を6月16日受診し,17日にMRI 検査を受けた。 その際,「脳梗塞の疑い」との診断名がつけられている。 なお,このころ,原告は,頭痛を訴えており,B職員に「頭痛がする。何科に行けばいいの」と聞いたこともあった(乙34)。 (カ) 平成11年11月9月4日からのD病院への入院時原告が,本件疾病により,D病院へ緊急搬送された入院時の心電図は,洞調律であったが,翌9月5日には2:1あるいは3:1の心房粗動,9月8日に 11年11月9月4日からのD病院への入院時原告が,本件疾病により,D病院へ緊急搬送された入院時の心電図は,洞調律であったが,翌9月5日には2:1あるいは3:1の心房粗動,9月8日には心房細動が記録されている(乙1)。 ウ心房細動について(乙35,36,甲10)心房細動は,不整脈の一つであり,心房内を毎分400~600回の頻度で電気的興奮が不規則に旋回し,房室桔節を介して心房から心室へ無秩序に電気的興奮が伝導するため心室興奮も不規則となり,心拍数も80~130/分となるものをいい,一般に肺静脈を起源とした上室性期外収縮が引き金になって生じるとされている。 心房細動の分類としては以下のようなものがある。 ① 一過性心房細動飲酒,喫煙,ストレス,睡眠不足等,一定の誘因により生じるが,誘因が除去されることにより消失する心房細動をいう。 ② 発作性心房細動一過性心房細動を繰り返したり,肺や心臓に機能障害があったりすることによって,構造的に若しくは電気的に心房細動を生じやすい基質が形成され(心房リモデリング),何の誘因もなく心房細動が反復して出現し,また自然に停止して洞調律に戻る心房細動をいう。 そして,一過性心房細動が認められずに,いきなり発作性心房細動が発生する場合もあり,その誘因となるものとしては,ストレスや疲労のほか,飲酒,心機能の低下(高血圧を原因とするものもある),肺や心臓の機能的異常などである。 ③ 持続性心房細動発作性心房細動を年余にわたって繰り返していると,一旦発生した心房細動が自然に停止せず,抗不整脈薬や直流電流(電気ショック)を使 わなければ停止しない状態となることがあり,これを持続性心房細動という。 ④ 永続性心房細動持続性心 発生した心房細動が自然に停止せず,抗不整脈薬や直流電流(電気ショック)を使 わなければ停止しない状態となることがあり,これを持続性心房細動という。 ④ 永続性心房細動持続性心房細動が時間的経過によりどのような治療によっても同調律に戻らない状態のことをいう。 ⑤ 慢性心房細動持続性心房細動のうち,除細動が企てられないものと,永続性心房細動とを併せて慢性心房細動という。 エ心房細動から脳梗塞が発症する機序等発作性心房細動あるいは持続性心房細動が長時間,一般的には3日以上持続した場合,心房細動が同調律に戻ったとしても心臓の収縮は直ちに元通りにはならず(心房気絶),左心房の血流速度の低下をきたすために,左心房内に血液が停滞してフィブリンが析出し,フィブリン血栓が形成される。 その後,1日あるいは数日して心臓の収縮が元に戻り,血流速度が通常に戻ったことに伴い,血栓が血管内を移動して脳に到達し,脳梗塞を引き起こすこととなる。 なお,心房細動に生じやすい脳梗塞のリスクファクター,すなわち,血栓を生じさせやすいリスクファクターとしては,①心機能低下,②高血圧,③年齢(65歳以上あるいは75歳以上),④糖尿病,⑤一過性脳虚血発作,脳卒中がある。 オ原告の主治医の診断(甲10)原告の主治医であったW医師(当時,D病院勤務)は,次のとおり,その平成20年9月22日付けの診断書(甲10)で述べている。 「(ア) 当時の病歴から判断し,(原告の)脳梗塞の原因は心房細動に起因する中大脳動脈閉塞症であり,脳梗塞のうちの脳寒栓症である。 (イ) 平成11年3月15日にP病院にて行われた,健康診断報告書によると,E殿(原告)は,その時点で,高脂血症,高尿酸血症,肥満の3つの脳梗塞の危険因子を有 のうちの脳寒栓症である。 (イ) 平成11年3月15日にP病院にて行われた,健康診断報告書によると,E殿(原告)は,その時点で,高脂血症,高尿酸血症,肥満の3つの脳梗塞の危険因子を有していたが,心房細動は認めなかった。 (ウ) 心房細動は過労やストレスが引きがけ(ママ)になって発症することが少なくない。 以上より,原告は,脳梗塞の危険因子を有していたが,脳梗塞発症の直前に過労や過度のストレスがあったならば,過労やストレスが引き金となって,脳梗塞の危険因子に加えて,さらに心房細動を発症し,それが原因で脳塞栓症を発症したものと推察される。 すなわち,脳梗塞の発症に,過労やストレスが誘因になった可能性があると考えます。」 2 争点に対する判断(1) 本件疾病の発症日について原告が平成11年9月2日に,身体がだるく,歩くこともつらい体調であったとしても,翌3日原告が出社して午前中業務に従事することができていたことは前提事実記載のとおりであって,これに照らすと,2日の時点で脳梗塞が発症したと認めることはできず,D病院に搬送され医師に診断を受けるなど明確に脳梗塞の発症が認められる同月3日を脳梗塞(本件疾病)の発症日とするのが相当である。 (2) 原告の労働時間の認定についてア始業時刻について原告は,基本的に,別表1記載の「労働時間始業」欄の時刻にAセンターに到着していたが,専ら平日は,渋滞を避けるために,早めに出勤していたこと,出勤後は,朝食を摂ったり,新聞を読むなどしてある程度ゆったりしたこと,一般的にセンター長の職務として,毎日,前日の売上げ等を本社へ報告するため,午前9時の朝礼の前の1時間程度前には,営業ス タッフの報告等に目を通し,これらをまとめる業 程度ゆったりしたこと,一般的にセンター長の職務として,毎日,前日の売上げ等を本社へ報告するため,午前9時の朝礼の前の1時間程度前には,営業ス タッフの報告等に目を通し,これらをまとめる業務を開始する必要があったことは前記認定のとおりである。 また,マイカーセンターの仕事の繁閑によって,その業務量も異なるものと解され,原告は,これらの状況も踏まえて,出勤時間を調整していたものと解するのが合理的である(被告も,夏季休暇明けの8月19日と20日については,長い夏季休暇に伴って滞留した残務の整理をするため,午前5時41分(8月19日),5時42分(20日)という格段に早い時刻に出社したものと解されるとして,これらの到着時刻を始業時刻としている。)。 以上に照らすと,原告が早朝出勤していたのは,平日の渋滞を避けるという要素もあったものの,他方で,早朝出勤してまでも処理する必要のある仕事もあったためであるというべきであって,原告は,午前9時の始業時間まで執務をしないというものではなく,午前6時台にAセンターに到着した場合,持参した朝食を摂ったり,新聞に目を通したり,多少のんびりとはするものの,遅くとも,到着後,1時間程度経過した後には,執務に就いていたものと推認するのが相当である。そして,前記のセンター長が始業前になすべき業務内容等に照らすと,原告が午前7時台にAセンターに到着した場合も遅くとも午前8時には執務を開始しており,8時以降にAセンターに到着した場合は,その時刻から執務を始めたものと推認するのが相当である。 したがって,労働時間の開始については,原告が午前6時台にAセンターに到着した場合は,その到着から1時間が経過したときを始業時刻とし,午前7時台に到着した場合は,午前8時を始業時刻とし, したがって,労働時間の開始については,原告が午前6時台にAセンターに到着した場合は,その到着から1時間が経過したときを始業時刻とし,午前7時台に到着した場合は,午前8時を始業時刻とし,午前8時より後に到着した場合は,その到着時刻を始業時刻として扱うこととする。 イ退勤時間について原告の退勤時刻については,本件手帳等の記載で具体的な時刻が判明す る場合は,その時刻が退勤時刻である。そして,そうでない場合は,センター長と営業職員については,午後8時までは,みなし残業とされており,マイカーセンターの閉店時刻は,原則として午後8時であったこと等に照らすと,他の客観的資料との矛盾がないかぎり,原告の退勤時刻は,午後8時とするのが相当である。 ウ休憩について休憩については,原告は,昼休みの50分に加えて,午後5時25分の後に残業する場合には,30分程度の休憩をとっていたものと推認するのが相当である。 すなわち,原告が従事していた中古車販売という業務の性質上,顧客が来店するなどして対応が必要な場合には,時間通りに休憩がとれない場合もあったであろうが,時間外労働時間が相当時間認められるにもかかわらず,その時間中に全く休憩時間がないというのは不自然である。加えて,原告がAセンター長を務めていた時期と同時期にMセンター長であった証人Qも不定期とはいえ,残業時間中に休憩時間をとっていた旨を証言しているものである。 エ個別の争いのある労働時間について基本的に,本件手帳の記載に基づいて,勤務時間を認定するのが相当であるが,原告が鑑賞していたコンサート(午後6時台から7時台に開始されている)等があった日の退社時刻は,本来の終業時刻である午後5時25分とし,それ 帳の記載に基づいて,勤務時間を認定するのが相当であるが,原告が鑑賞していたコンサート(午後6時台から7時台に開始されている)等があった日の退社時刻は,本来の終業時刻である午後5時25分とし,それ以外の場合には,原則として,前記のとおり,センターが閉店する午後8時を終業時刻とする。 また,取引先関係者の通夜・葬儀への参列は,営業職にあった原告にとって,業務と解するのが相当であるが,午後6時以降の本件会社や取引先主催の会合等への出席については,業務と関連した付合いの要素はあるにせよ,これらの会合は,基本的には酒食を伴う懇親会と評価すべきもので あって,直ちに業務ということは困難である。 上記の基本的な考え方に基づいて,労働時間について争いのある具体的日時について,以下検討する。 ① 8月25日a 原告は,8月25日については,Aセンターへ出勤し,当日,終業後にAセンターの従業員全員と知人の「H」ことIが経営する渋谷区の「Y」で飲食した旨を主張し,Iは,平成11年8月に,原告が会社の部下とともに,午後7時ころに来店し閉店する午前1時ころまでいたように記憶している旨をその陳述書(甲6)で述べている。 b しかるところ,8月25日の前日(24日)は,原告は,自家用車でAセンターへ出勤した後,午後1時から6時までの会議に出席した後,懇親会で飲食して,帰宅が翌25日の午前1時30分になったことや,当日,出勤に用いた自動車はAセンターへ置いていったことは,原告法定代理人がその陳述書(甲11)で述べるところである。また,8月25日の翌日(26日)に,原告は,自家用車を運転して,自宅を6時07分に出て,Aセンターへ7時12分に到着したことは,本件手帳(甲2)の記載から明らかである。 次に,本件手帳には,「 ,8月25日の翌日(26日)に,原告は,自家用車を運転して,自宅を6時07分に出て,Aセンターへ7時12分に到着したことは,本件手帳(甲2)の記載から明らかである。 次に,本件手帳には,「Y」という上記Iが渋谷区で経営していた飲食店の名前が24日の欄に記載されており(また,25日の欄のつまみ等の代金3500円+500円というのも,24日の欄から線で繋がれており,前記Yでの24日の飲食代金とも解される。),25日の欄には,シェルスタンドでの給油や車の走行についての記載はあるものの,出社,退社時間に関する記載はない。 また,出勤簿(乙21)の当該欄には,「E」の丸印が,斜線で消され,「振休」との記載がされている。 c 以上の事実に照らして考察すると,8月24日に自家用車をAセン ターに置いていった原告が,25日にも出勤して勤務終了後,Yで飲食したとすれば,翌26日に自家用車で,自宅からAマイカーセンターへ出勤することはできないはずであって,原告の前記主張は採用できない。そして,前記事実に照らすと,8月24日に深夜まで飲食して,自家用車をAセンターへ置いていった原告は,25日は,就業せず,振替休日としたが,Aセンターへ,前日(24日)に置いていった自家用車を取りに行き,その後,ガソリンスタンド(田無シェルスタンド)へ寄って,帰宅し,翌26日に,通常どおり自家用車で自宅からAセンターへ通勤したと推認するのが,本件手帳との記載とも整合し,合理的である。 したがって,原告は,8月25日には就労していないものとして,労働時間を算定することとする。 ② 8月3日本件手帳の「赤羽4:00-4:30」の記載に照らすと,原告は,午後4時30分まで,業務に従事していたものと認めるのが相当である。 ③ 7月24日 定することとする。 ② 8月3日本件手帳の「赤羽4:00-4:30」の記載に照らすと,原告は,午後4時30分まで,業務に従事していたものと認めるのが相当である。 ③ 7月24日本件手帳には,帰路について,Aセンターの退社時刻は記載されていないが,上記原則どおり午後8時まで執務していたものとして扱うのが相当である。 また,本件手帳には,帰宅時刻として午後9時24分,走行距離として「67.1」と記載されているところ,走行距離が,通常(52㎞前後)よりも若干,長距離であることに照らしても,午後8時に退社したすることは合理性がある。 ④ 7月9日本件手帳の記載に照らすと,原告は,当日,渋谷ハチ公前で午後5時半に待ち合わせをして,6時30分からの渋谷「ジャンジャン」でのコ ンサートに行ったことが認められ,渋谷に午後5時半に到着するためには,4時半ころにAセンターを出発する必要があることが認められる(乙23,24)。 したがって,原告は,4時30分まで,稼働していたするのが相当である(前記コンサートに行くために待ち合わせたのが相手が顧客であったしても,これを業務と見ることは困難である。)。 ⑤ 7月8日本件手帳の記載に照らすと,原告は,当日,午後5時に「ときわ台センター」へ赴いたこと,午後7時から和光市市民センターで開催されたコンサートの鑑賞をしたことが認められるところ,原告が午後5時にときわ台センターへ赴いていたとしても,原告が主張するように午後6時まで執務していたことを認めるに足りる証拠はなく,本来の終業時刻である午後5時25分まで執務していたと認めるのが相当である。 ⑥ 6月25日甲第2(本件手帳),第3号証,原告法定代理人の尋問の結果及び弁論の全趣旨 足りる証拠はなく,本来の終業時刻である午後5時25分まで執務していたと認めるのが相当である。 ⑥ 6月25日甲第2(本件手帳),第3号証,原告法定代理人の尋問の結果及び弁論の全趣旨に照らすと,原告は,当日,午後5時42分に退社し,取引先業者で,東村山市に所在する自動車の装飾を行う「Z」へ赴き,帰宅する午後9時35分の約1時間前の午後8時30分ころまで稼働していたと推認することができる。 ⑦ 6月22日本件手帳の記載に照らせば,原告が,当日,センチュリーハイアットホテルで午後6時から8時まで開催された「J会長感謝の会」,「K常務ありがとうの会」という名称の懇親会に退社後,参加していたことは認められるところ,これらは本件会社の役員の謝恩会と解されるが,退社後の酒食も伴うと解される懇親会に参加することが,直ちに業務であるということは困難である。 ⑧ 6月14日甲第2(本件手帳),第3号証,原告法定代理人の尋問の結果及び弁論の全趣旨に照らすと,原告は,当日,午後4時04分にAセンターを退社し,取引先で,原告の自宅近くの埼玉県入間郡α町に所在する「軽自動車検査協会」に赴いて,少なくとも,午後6時42分に帰宅する1時間程度前まで執務していたものと推認することができる。 ⑨ 6月3日について本件手帳に記載された原告の帰宅時刻は,午後8時05分であり,また,当日の走行距離は,「74.4(㎞)」である。 この走行距離が,通常(52㎞前後)よりも長距離であること,立寄先の記載もないことからすると,原告が,帰宅時間の約1時間前(午後7時)まで稼働していたと認めることは困難であり,結局,当日,本来の終業時刻の午後5時25分を超えて稼働していたことを認めるに足りる的確な証拠はないという すると,原告が,帰宅時間の約1時間前(午後7時)まで稼働していたと認めることは困難であり,結局,当日,本来の終業時刻の午後5時25分を超えて稼働していたことを認めるに足りる的確な証拠はないというべきである。 ⑩ 5月26日及び同月25日の葬儀への出席について(6月21日及び6月22日の葬儀出席についても,ここで検討する。)原告は,営業職であり,取引先関係者や本件会社関係者への葬儀へ出席は,センター長としての立場で出席しているものと解され,これらへの出席は,業務ないしこれに準じたものとして,労働時間に含めるのが相当である。 そして,甲第2(本件手帳),第3号証及び弁論の全趣旨によれば,原告は,5月25日の午後6時から7時までは,本件会社の取引先関係者であるNの通夜に出席し,翌26日の午前11時から12時までの同人の告別式に出席したこと,6月21日の午後6時に終了した会議の後,本件会社関係者であったX某の通夜に出向き,これに午後7時30分ころまで出席し,翌22日の午前11時から12時まで行われた同人の告 別式に出席したことを,それぞれ認めることができる。 したがって,上記の通夜及び告別式に出席した時間は,労働時間として扱うこととする。 ⑪ 5月12日本件手帳の記載に照らすと,原告は,当日,ホテルで開催された「会長・社長主催表彰懇親会」(午後6時から受付。午後6時30分から8時30分まで開催)に参加したが認められるところ,これは,本件会社の行事ではあるが,酒食を伴う懇親会であると解され,これへ参加したことをもって,直ちに業務に就いていたと認めることは困難である。 したがって,原告は,当日,本来の終業時刻である午後5時25分まで業務に就いていたとするのが相当である。 ⑫ 4月26日本件 たことをもって,直ちに業務に就いていたと認めることは困難である。 したがって,原告は,当日,本来の終業時刻である午後5時25分まで業務に就いていたとするのが相当である。 ⑫ 4月26日本件手帳の当日の記載は,温度から始まる記載が3段に分かれており,それぞれ左端から,温度,時刻,総走行距離の順序で記載されたと解される3つめの記載は,「6780」「6807」「6860」となっている。また,本件手帳の翌27日の記載の同じく3つめの記載内容は「6833」となっている。 そうすると,同月26日の記載のうち,最終段にある記載は,本来であれば,翌27日の通勤復路として記載すべきものを誤って同月同日に記載してしまったものと解することができる。 したがって,当日の出社時刻は,本件手帳の第1段に記載されている「午前6時59分」,退社時刻は,本件手帳の第2段に記載されている「午後9時33分」と認定するのが相当である。 ⑬ 4月22日本件手帳(甲2)の記載や当日の出勤簿(乙21)に照らすと,当日,原告は,Lにて,車の販売業務を行って,直帰したものと認めることが できる。 そして,本件手帳上の当日の記載は「L9:00 セク10:00」との記載にすぎず,帰路の記載として,「L4:45」と出発時刻と解される記載があり,原告が主張する午後10時まで就労していたと認めることは困難であって,被告が主張する午後5時25分までの就労として扱うのが相当である。 ⑭ 4月8日本件手帳の記載に照らすと,原告は,当日,午後6時半から,松濤クラブで実施された千代田火災主催の「180ヶ月達成の祝賀会」への出席したことが認められる。同祝賀会は,取引先主催の懇親会と解されるところ,これは業務に関連した付合いの要素があることは否定できないが,このよ 施された千代田火災主催の「180ヶ月達成の祝賀会」への出席したことが認められる。同祝賀会は,取引先主催の懇親会と解されるところ,これは業務に関連した付合いの要素があることは否定できないが,このような酒食も伴うと解される懇親会に参加することが,直ちに業務であるとまでいうことは困難である。 よって,当日の終業時刻は,午後5時25分とするのが相当である。 オまとめ以上の考察に基づいて,原告の労働時間を算定すると,別表3のとおりであって,発症6か月前の時間外労働時間数は,下記のとおりである。これによれば,原告は,本件疾病の発症前,夏季休暇期間のある8月やゴールデンウィークのある5月を除いて,80時間前後の時間外労働をしていたと認めることができる。 時期(算定期間) 時間外労働時間発症前1か月(8. 5~9. 3) 40時間06分同 2か月(7. 6~8. 4) 78時間15分同 3か月(6. 6~7. 5) 82時間46分同 4か月(5. 7~6. 5) 78時間39分同 5か月(4. 7~5. 6) 49時間30分 同 6か月(3. 8~4. 6) 94時間55分(3) 原告の業務の加重性について上記のとおり,原告は,相当な時間外勤務をしていた上に,これに加えて,センター長は,厳しいノルマ達成の責任を負わされていたところ,原告がセンター長を務めていたAセンターは,必ずしも成績の良い店ではなく,ベテランセンター長であった原告をしても,Aセンターのセンター長であった平成11年1月から7月までの間のノルマ達成率は,平均に及ばない程度のものであったことは,前記認定のとおりである(少なくとも,原告がセンター長であった た原告をしても,Aセンターのセンター長であった平成11年1月から7月までの間のノルマ達成率は,平均に及ばない程度のものであったことは,前記認定のとおりである(少なくとも,原告がセンター長であった当時,Aセンターが,いわゆる楽なセンターであったと認めるに足りる客観的証拠はない。)。 また,原告の異動は,通常のセンター長の異動に比して頻繁なものであったことも前記認定のとおりであって,異動によって,同種のセンター長の仕事とはいえ,新たな地域に慣れる必要もあり,また,新たな人間関係の構築も必要となり,それだけ原告の業務の加重性は増加していたと評価できる。 さらに,Aセンターの従業員は,原告を含めて5名であり,そのうち3名は営業スタッフで,Aセンター以外での営業活動をしていることが多く,結局,センター長である原告とともにAセンターに常に残って,事務等を担当する女性従業員であるB職員は,体調不良等を原因とすると解される遅刻や欠席も多く,原告は,その対応に苦慮しており,わざわざB職員の自宅を訪れるまでに至っていたことは,前記認定のとおりであって,これも原告の業務の加重性を増加させていたものというべきである。 これらの一連の事実を考慮すれば,原告の業務の加重性は,量的にも質的にも強いものであったということができるし,原告が8月に連続した10日間の夏季休暇をとることによって,前記加重な業務による疲労が回復することがなかったとしても不自然ではなく,前記夏季休暇の取得をもって,原告の業務の加重性を否定することもできない。 (4) 原告の基礎疾患の本件疾病発症に対する影響ア労働基準法及び労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の疾病等について行われるが,業務上の疾病とは,労働者が業務に起因して疾病が発症し (4) 原告の基礎疾患の本件疾病発症に対する影響ア労働基準法及び労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の疾病等について行われるが,業務上の疾病とは,労働者が業務に起因して疾病が発症した場合をいい,業務と当該疾病との間に相当因果関係があることが必要であると解される(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。 また,労働基準法及び労災保険法による労働者災害補償制度は,業務に内在する各種の危険が現実化して労働者に疾病等が発生した場合に,使用者等に過失がなくとも,その危険を負担して損失の補填の責任を負わせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであるから,上記にいう,業務と疾病等との相当因果関係の有無は,その疾病等が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。 そして,脳・心疾患発症の基礎となり得る素因又は疾病(以下「素因等」という。)を有していた労働者が,脳・心疾患を発症する場合,様々な要因が上記素因等に作用してこれを悪化させ,発症に至るという経過をたどるといえるから,その素因等の程度及び他の危険因子との関係を踏まえ,医学的知見に照らし,労働者が業務に従事することによって,その労働者の有する素因等を自然の経過を超えて増悪させたと認められる場合には,その増悪は当該業務に内在する危険が現実化したものとして業務との相当因果関係を肯定するのが相当である(最高裁平成9年4月25日第三小法廷判決・裁判集民事183号293頁,最高裁平成12年7月17日第一小法廷判決・裁判集民事198号461頁参照)。 イ本件疾病発症の業務起因性について(ア) 前記認定にかかる原告の症状,健康診断の結果,主治医の判断等に照らすと,原告については,発作性心房 一小法廷判決・裁判集民事198号461頁参照)。 イ本件疾病発症の業務起因性について(ア) 前記認定にかかる原告の症状,健康診断の結果,主治医の判断等に照らすと,原告については,発作性心房細動の結果,血栓が形成されて, 本件疾病である脳梗塞(脳梗塞の内の中大脳動脈閉塞症)が発生したものと認定することができる。 そして,原告は,平成11年9月3日の午後,手のしびれ,頭痛を訴え,C病院を受診し,投薬を受けたが,同日の就寝中に異変を生じてD病院に緊急搬送され,脳梗塞と診断されたこと,そして,入院時の心電図では洞調律であったが,9月5日には2:1ないしは3:1の心房粗動,9月8日には心房細動が記録されていること,平成10年2月にも心房細動と診断されていることは前記認定のとおりであって,これらに照らすと,原告は発作性心房細動を繰り返していたものと推認するのが相当である。 (イ) 一過性心房細動が認められずに,いきなり発作性心房細動が発生する場合もあり,その誘因となるものとしては,ストレスや疲労のほか,飲酒,高血圧によるものもある心機能の低下,肺や心臓の機能的異常などであること,そして,原告は,心房細動を引き起こしやすい要素の1つである血圧の高い状況にあったこと(原告は,平成7年12月4日の健康診断時に170/110,平成9年3月4日の健康診断時に144/90,平成10年2月16日の健康診断時に140/82と血圧が高めであった。)は,前記認定のとおりである。 (ウ) しかしながら,原告の血圧は,本件発作が発症する6か月前の平成11年3月には,130/84であって,正常範囲内であり,心房細動も認められないこと(心電図は異常なし),また,原告の飲酒も,1日ビール350ミリリットル程度であって(アルコール性肝 6か月前の平成11年3月には,130/84であって,正常範囲内であり,心房細動も認められないこと(心電図は異常なし),また,原告の飲酒も,1日ビール350ミリリットル程度であって(アルコール性肝障害が指摘されているものの,肝機能の異常値も,総ビリルビン,直接ビリルビン,LDH,γ-GTPの中で,基準値を大幅に上回るのは,γ-GTPのみであり,これも前回よりは相当に改善されている[甲9]。),喫煙の嗜好もないことは,前記認定のとおりである。 これらに照らすと,心房細動の要因となりうる素因等を原告は有していたが,その程度等は明らかでない上,その血圧の高さもさしたるものではなく,飲酒量も多いものではないのであって,これらが原告の心房細動に主体的に(より多くの)影響を与えたものと認めることは困難である。 以上を総合して判断すれば,原告に,本件疾病の原因となった発作性心房細動が発症したのは,一過性心房細動が繰り返された結果なのか,いきなり発作性心房細動が発症したかはともかく,その主たる誘因は,上記,毎月80時間程度の時間外勤務に加えて,頻繁な異動や,B職員問題も加わったAセンター長としての質量共に加重な業務による疲労やストレスによるものと認定するのが相当である。 ウまとめ以上によれば,原告は,脳梗塞の基礎となりうる素因や危険因子を有してはいたが,Aセンターにおける,質量共に特に加重な業務に従事することによって,その素因等を自然の経過を超えて,増悪させて本件発症に至ったものと認めるのが相当である。 よって,原告の業務の遂行と本件疾病の発症との間に相当因果関係の存在を認めることができ,原告の障害は,労災保険法にいう業務上の疾病によって生じたものというべきである。 第4 結論 。 よって,原告の業務の遂行と本件疾病の発症との間に相当因果関係の存在を認めることができ,原告の障害は,労災保険法にいう業務上の疾病によって生じたものというべきである。 第4 結論以上の次第で,原告の本件疾病の発症は,業務上の事由によるものとは認められないとして,原告に対して障害補償給付を支給しないとした本件不支給処分は違法であり,取消を免れない。 よって,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第11部 裁判官白石哲

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