平成28(う)1079 邸宅侵入,公然わいせつ被告事件

裁判年月日・裁判所
平成29年4月27日 大阪高等裁判所
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判決文本文8,033 文字)

平成28年(う)第1079号邸宅侵入,公然わいせつ被告事件平成29年4月27日大阪高等裁判所第1刑事部判決主文原判決を破棄する。 被告人は無罪。 理由 本件控訴の趣意は,弁護人久保田共偉作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり,これに対する答弁は検察官竹中ゆかり作成の答弁書に記載されたとおりであるから,これらを引用する。 論旨は,事実誤認の主張である。 第1 控訴趣意について 1 控訴趣意の要旨原判決は,被告人が,原判示の邸宅侵入,公然わいせつを行ったとの事実を認定して,有罪としたが,被告人はそのような行為を行っておらず,無罪であるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。 2 当裁判所の判断 本件公訴事実の要旨本件公訴事実の要旨は,「被告人は,正当な理由がないのに,平成27年2月22日午後9時41分頃,原判示のマンション(以下「本件マンション」という。)に,1階オートロック式の出入口から住人に追従して侵入し,その頃,同マンション1階通路において,不特定多数人が容易に認識し得る状態で,自己の陰茎を露出して手淫し,引き続き,同マンション2階通路において,前同様の状態で,自己の陰茎を露出して手淫した上,射精し,もって公然とわいせつな行為をした」というものである。 原審の経過等ア原審において,被告人は,本件犯行を行っておらず,防犯カメラの画像に残 された犯人が着用していた帽子や眼鏡は持っていないなどと供述して,犯罪の成立を争った。 イ原審の証拠構造本件犯行そのものに関する証拠本件犯行そのものに関する証拠として,本件犯行を目撃したという本件マンションの住人の警察官調書(原審甲2),精液様のものが本件マンション2階通路から 審の証拠構造本件犯行そのものに関する証拠本件犯行そのものに関する証拠として,本件犯行を目撃したという本件マンションの住人の警察官調書(原審甲2),精液様のものが本件マンション2階通路から採取されたこと等を記録した本件マンションの実況見分調書(原審甲5),上記精液様のものは精液であるとする鑑定書(原審甲7),犯行状況を撮影した防犯カメラの映像を録画したDVDを添付した捜査報告書(原審甲10)等が取り調べられた。 被告人と犯行を結びつける証拠a 証拠方法被告人と犯行を結びつける証拠としては,被告人の自白や目撃者の犯人識別供述はなく(被告人が犯行直後に犯行を自白した弁解録取書はあるようであるが,検察官が被告人質問中で言及しているだけで,証拠請求はされておらず,また,上記目撃者は犯人の識別供述をしていない。),上記精液様のもののDNA型が被告人のDNA型と一致するとする下記2つの鑑定のみである。 捜査段階に大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所(以下「科捜研」という。)所属のA(以下「A鑑定人」という。)によって行われた上記精液様のもののDNA型鑑定の結果を記載した鑑定書(原審甲7)及び同人の原審公判供述(以下「A鑑定」という。)並びに科捜研所属のBによって行われた被告人の口腔内細胞のDNA型鑑定の結果を記載した鑑定書(原審甲9)及び同人の原審公判供述(以下「B鑑定」という。)⒝ 原審段階で甲大学医学部教授C医師(以下「C鑑定人」という。)によって行われた上記精液様のものと被告人の口腔内細胞のDNA型鑑定の結果を記載した鑑定書2通(原審職2,3)及び同人の原審公判供述(以下「C鑑定」という。) b 鑑定の手法及びその結果各鑑定の手法及びその結果等は以下のとおりである。 A鑑定及びB鑑定 定書2通(原審職2,3)及び同人の原審公判供述(以下「C鑑定」という。) b 鑑定の手法及びその結果各鑑定の手法及びその結果等は以下のとおりである。 A鑑定及びB鑑定大阪府堺警察署所属警察官が,本件直後に,本件マンションの2階通路上に貯留していた精液様のもの(以下「本件現場資料」という。)を綿棒(以下「本件綿棒」という。)で採取し,滅菌バッグに封入した上,一旦,同警察署の証拠品係の冷蔵庫に保管し,鑑定のため科捜研に持ち込んだ。 A鑑定人は,本件綿棒の一部を切り取って精液検査を行い,さらに,残部の一部を切り取って,本件現場資料につき,IdentifilerPlus(以下「IDP」という。)により,STR型検査及びアメロゲニン型検査を行った。 その結果は,15座位のSTR型及びアメロゲニン型の全てについて,B鑑定による被告人の口腔内細胞のそれと一致した。 ⒝ C鑑定C鑑定人は,本件綿棒の残部を2か所切り取り,一般的な抽出キットと,膣内容を拭った資料(膣スワブ)専用キットを使用して,各別に,本件現場資料につき,DNA抽出処理を行った上,それぞれについてIDPによりSTR型検査及びアメロゲニン型検査を行った。その結果は,C鑑定人が別途行った被告人の口腔内細胞についての検査の結果と,14座位のSTR型とアメロゲニン型は一致したものの,D19S433の座位については,本件現場資料のアリール型は「14,15.2,14.2」だったのに対し,被告人の口腔内細胞のそれは「14,15.2」であり,本件現場資料には,被告人の口腔内細胞にはない「14.2」が含まれていた。 なお,B鑑定においても,被告人の口腔内細胞のD19S433座位のアリール型は「14,15.2」であり,A鑑定における本件現場資料の同座位のアリール型も 腔内細胞にはない「14.2」が含まれていた。 なお,B鑑定においても,被告人の口腔内細胞のD19S433座位のアリール型は「14,15.2」であり,A鑑定における本件現場資料の同座位のアリール型も同様であって,いずれも「14.2」は含まれていない。 上記のとおり,C鑑定の検査結果は,D19S433座位のアリール型に関して,本件現場資料にはアリール型「14.2」が含まれるのに対して,被告人の口腔内 細胞にはそれが含まれない点で異なっているが,同鑑定では,これは,本件現場資料が生殖細胞であることから,精子のもとになる精原細胞が出来る過程で1反復単位分抜けた変異精原細胞が形成され,それが減数分裂して精子となったことによるものと考えられ,本件現場資料のDNA型は,被告人の口腔内細胞のDNA型と同じと判定されるから,本件現場資料は被告人に由来するといえるとされている。 ウ原審弁護人の主張原審弁護人は,C鑑定は,本件現場資料のD19S433座位に被告人の口腔内細胞にはないアリール型「14.2」が含まれているのは,精原細胞が出来る過程で1反復単位分抜けた変異精原細胞が形成され,それが減数分裂して精子となったことによるものと考えられると説明しているが,被告人に変異精原細胞が生じていることを裏付ける根拠はなく,C鑑定人の説明によっても,そのようなことが起こるのは真実の父子何万組に1件というのだから,そのような確率のものを,具体的根拠がないまま本件に当てはめることはできず,本件現場資料には他者のDNAが混在している可能性が否定できないから,被告人と犯人が同一であると認定することはできないと主張した。 原判決の判断原判決は,関係証拠によれば,何者かが本件犯行を行ったことが認められるとした上,C鑑定人はDNA型鑑定を実施する上 被告人と犯人が同一であると認定することはできないと主張した。 原判決の判断原判決は,関係証拠によれば,何者かが本件犯行を行ったことが認められるとした上,C鑑定人はDNA型鑑定を実施する上で十分な知識を有していると認められ,C鑑定の内容にも特段不合理な点はないとして,同鑑定の信用性を肯定し,原審弁護人の主張を排斥して,被告人が本件犯行を行ったと認定した。 当審の経過等ア被告人が原判決を不服として控訴をし,原判決はC鑑定の評価を誤っており,本件現場資料は混合資料の可能性があると主張した。 当審では,検察官及び弁護人が証拠請求した文献(当審検書1,当審弁1)を取り調べ,さらに,C鑑定人の証人尋問(当審検人1)を実施した。 なお,検察官は,捜査段階の被告人の供述調書について,証拠請求をする予定は ない旨釈明した。 イ C鑑定人は,当審公判廷において,次のとおり供述した。 「A鑑定と異なる型が検出されたのは,検査した綿棒の部位が違うからである。 精液は血液などのように一様に混ざっているものではなく,ある部分には,新たに生じた変異を持った細胞が偏って存在しているが,他の部分にはそれが存在しないことは十分あり得る。」「15の座位については,それぞれ大体10種類以上のアリール型が存在する。 したがって,親子や一卵性双生児でない任意の2人を検査した場合,確率的に,どの座位においても2種類以上のアリール型がないというようなことはあり得ない。 必ず,3種類,最大4種類のアリール型が検出される。本件において,D19S433座位についてだけ3種類のアリール型が検出され,他の14の座位の中に3種類以上のアリール型が検出されたものがないことは,本件現場資料が1人分由来であることを示している。採取元が配偶子であることを考えれ 位についてだけ3種類のアリール型が検出され,他の14の座位の中に3種類以上のアリール型が検出されたものがないことは,本件現場資料が1人分由来であることを示している。採取元が配偶子であることを考えれば,新規に生じた変異と考えるべきである。」「15種類の座位のうち,14種類が同じだけれども最後の1種類が違うという事例を経験したことはないし,計算上,そういうことはまずないと思う。」「日本人集団における型の出現頻度を調べたデータを使えば,15座位について一致した場合それぞれの座位で最もありふれた型を持った個人の存在頻度ですら計算上4兆7000億分の1になる。したがって,15のうち1つが矛盾するのであれば,14だけを使うという考え方もあるが,それでは非科学的になるから,他の検査キットを用いるというのが鑑定の基本的な態度になる。今回は,警察の鑑定によって本件現場資料が精子であることは証明されているため,変異であると考えられるから,IDPによる検査で十分と判断し,それ以上の検査をしなかった。」 当裁判所の判断C鑑定及び当審におけるC鑑定人の説明をもってしても,本件現場資料が混合資料である疑いを払拭することができず,被告人が本件犯行を行ったことについては 合理的疑いが残るから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわざるを得ない。 その理由は,以下のとおりである。 ア本件において,被告人の犯人性を立証するための証拠は,本件現場資料について行われたDNA型鑑定であるA鑑定及びB鑑定とC鑑定のみである。したがって,被告人と犯人の同一性は,上記鑑定の信頼性にかかっている。 このうち,A鑑定及びB鑑定の結果自体には,特に疑問な点はない。 しかし,一般には,資料が1人分由来のものであれば,1つの座 。したがって,被告人と犯人の同一性は,上記鑑定の信頼性にかかっている。 このうち,A鑑定及びB鑑定の結果自体には,特に疑問な点はない。 しかし,一般には,資料が1人分由来のものであれば,1つの座位に3種類以上のアリール型が出現することはないのに,C鑑定においては,本件現場資料のD19S433座位に3種類のアリール型が出現しており,かつ,本件現場資料が採取されたのは,本件マンションの通路上という,DNAの混合が生じてもおかしくない場所であるから,本件現場資料には,2人分以上のDNAが混入しているのではないかとの疑いが生じる。そして,その疑いが払拭されない限り,A鑑定も,混合資料の一部が当初のオリジナルな型以外の形式で再現されたものである可能性を否定できないことになるから,結局,上記A鑑定の信頼性も,C鑑定の信頼性にかかっている。 イ C鑑定及びC鑑定人の当審公判供述によると,本件現場資料のD19S433座位に3種類のアリール型が出現しているにもかかわらず,本件現場資料が1人分由来のものであり,かつ,そのDNA型がD19S433座位にアリール型「14.2」を持たない被告人の口腔内細胞のDNA型と一致するとする根拠は,結局,次の点に要約できるものと理解できる。 本件現場資料では,D19S433座位以外の14の座位から3種類以上のアリール型が検出されていないところ,他人のDNAが混合しているのに,他の14の座位から3種類以上のアリール型が出現しないというのは,14の座位全てが一致する別人が存在するということで,確率の上でも,これまでの経験からも考えられないから,本件現場資料は,1人分由来のものと見るべきである。 本件現場資料は精子であるところ,精子のもとになる精原細胞については,一定割合で,反復単位が1反復単位分抜けた 考えられないから,本件現場資料は,1人分由来のものと見るべきである。 本件現場資料は精子であるところ,精子のもとになる精原細胞については,一定割合で,反復単位が1反復単位分抜けた変異精原細胞が形成されるから,これが減数分裂することにより,反復単位が1反復単位分抜けた精子が形成されることがあるが,被告人の体細胞のD19S433座位のアリール型は「14,15.2」であるから,本件現場資料から検出されたアリール型「14.2」はそのような変異により生じたものと考えられる。 ウしかし,上記説明は,刑事裁判の事実認定に用いるためのものとしては,十分なものとはいえない。 性双生児でない任意の2人を検査した場合,14種類の座位が一致し,1種類の座位のみが一致しない確率が相当に低いことは,C鑑定がいうとおりであろう。したがって,本件現場資料が,1人分に由来する可能性が高いこともC鑑定がいうとおりだと思われる。しかし,仮に,本件現場資料が,混合資料だとしたら,混合する資料のDNA型や資料の量のいかんにかかわらずそのように言えるかは疑問である。すなわち,混合した資料の数や量次第では,15の座位全てにおいて,混入したDNAの全ての型が一様に同程度の鮮明さで検出されるとは限らないのではないか,換言すれば,混入したいくつかのDNAの量に差異があれば,中には微量のため検出されないアリール型が生じるのではないか,また,逆に,重畳効果により1つの資料に含まれる以上にその存在が強調されるアリール型もあるのではないか,その結果,外観上,多くの座位で一人分に由来するように見える,もととなるDNA型とは異なるDNA型が出現・検出される可能性があるのではないかなどという疑いを禁じ得ない。C鑑定は,資料が混合された場合,そこに含まれるアリール型が全て同様に 来するように見える,もととなるDNA型とは異なるDNA型が出現・検出される可能性があるのではないかなどという疑いを禁じ得ない。C鑑定は,資料が混合された場合,そこに含まれるアリール型が全て同様に検出されることを前提としているものと思われるが,そのように考えるべき明確な根拠は示されていない。 のみならず,C鑑定のこの点に関する見解は,若干場面を異にするとはいえ,15座位のうち14座位のアリール型が一致すれば同一性を肯定するという考えを前提とするものということができ,もちろん,こうした見解も十分あり得るものと思 われるが,現在の刑事裁判の実務は,IDPによるDNA型検査の結果を人の同一性識別に使用するためには,15座位のアリール型の一致を求めるという慎重な運用をしているのが一般と思われるから,この見解は,現在の実務の一般的な運用を超えるものがあるようにも思われ,他に,十分な根拠がない限り,直ちには採用し難いものと考えられる。 原細胞で突然変異が起こる可能性があり,また,その場合,反復単位が1反復単位分抜けた精子が形成される可能性が高いことについては,同旨の文献も存在しており(当審検書1,同弁1),C鑑定の説明は,本件の状況をよく説明するものということができる。しかし,C鑑定においても,それ以上に,本件において,突然変異が生じたことを積極的に示す根拠は示されていない。上記文献の中には,そのような突然変異が起こる確率は1座位につき0.2%程度とするものもあり,15座位全体として見ても,突然変異が起こる確率はさほど高いものではないと考えらえるから,他にこれが生じたことを認めるに足りる積極的な根拠がないのに,本件において,そのような現象が起きたと断じることには躊躇を感じざるを得ない。そして,実際,本件において,そのような積極的根拠 えるから,他にこれが生じたことを認めるに足りる積極的な根拠がないのに,本件において,そのような現象が起きたと断じることには躊躇を感じざるを得ない。そして,実際,本件において,そのような積極的根拠は見当たらないし,被告人の精原細胞に突然変異が起きているものがあることを裏付ける証拠もない。 なお,C鑑定人は,同鑑定人が鑑定の対象とした資料が精子であることを前提に上記のような説明をしているが,同鑑定人自身は,本件現場資料が精子であるかどうかの検査はしておらず,確かに,A鑑定人は,本件綿棒の一部を切り取って,細胞を染色した上で,顕微鏡で確認したところ,精子以外に特異な細胞を認めなかったと供述しているが(A鑑定人の原審公判供述),現に本件現場資料についてのA鑑定とC鑑定の検査結果は異なっているのだから,本件現場資料が均一なものであるとの保証はなく,C鑑定で用いたDNA抽出方法も,膣内容を拭った資料(膣スワブ)専用キットを用いた場合ですら,主に精子核DNAが回収できるというにすぎないものであるから(鑑定書(原審職2)),上記前提が確実に成り立つもので あるかも疑問である。 C鑑定の上記説明は,本件現場資料が被告人の精液に由来するものだとした場合,本件現場資料は被告人に由来するものであるとのC鑑定の最終結論を矛盾なく説明するものではあるけれども,本件現場資料が混合資料である可能性を,合理的疑いなく排除できるだけの積極性まで有するものではないといわざるを得ない。 エ結語以上によれば,C鑑定及び当審におけるC鑑定人の説明をもってしても,本件現場資料が混合資料である疑いを払拭することができず,被告人が本件犯行を行ったことについては合理的疑いが残るから,本件公訴事実については,証明が十分でないといわざるを得ない。それなのに,原判決 本件現場資料が混合資料である疑いを払拭することができず,被告人が本件犯行を行ったことについては合理的疑いが残るから,本件公訴事実については,証明が十分でないといわざるを得ない。それなのに,原判決は,被告人が本件犯行を行ったと認定したから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわざるを得ない。 論旨は理由がある。 第2 破棄自判そこで,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄した上,同法400条ただし書により,被告事件について,当裁判所において更に次のとおり判決する。 本件公訴事実の要旨は,前記のとおりであるが,前記のとおり,同事実については犯罪の証明がないから,刑訴法336条後段により被告人に対し無罪の言渡しをする。 よって,主文のとおり判決する。 平成29年4月27日大阪高等裁判所第1刑事部 裁判長裁判官福崎伸一郎 裁判官野口卓志 裁判官酒井英臣

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