令和2(ワ)29897 相当の対価請求事件

裁判年月日・裁判所
令和4年5月27日 東京地方裁判所
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令和4年5月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官令和2年(ワ)第29897号相当の対価請求事件口頭弁論終結日令和4年2月24日判決 原告 A同訴訟代理人弁護士中野浩和同補佐人弁理士黒田博道同 中島崇晴同 上原和貴 同 村野直仁同 堀 敬香被告株式会社カネカメデイツクス同訴訟代理人弁護士飯島 歩同藤田知美 同町野 静同村上友紀 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は、原告に対し、2494万円及びこれに対する令和2年12月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の要旨 本件は、被告の元従業者である原告が、発明の名称を「塞栓形成用体内留置具」とする特許第4548338号の特許(以下「本件特許1」という。)及び発明の名称を「塞栓形成用体内留置コイル」とする特許第4412280号の特許(以下「本件特許2」という。)に係る各発明(以下、本件特許1に係る発明を「本件発明1」と、本件特許2に係る発明を「本件発明2」という。)は、 原告が被告の他の従業者と共同で行った職務発明であり、発明の名称を「塞栓形成用体内留置具」とする特許第4175117号の特許(以下「本件特許3」という。)に係る発明(以下「本件発明3」といい、本件発明1ないし3を「本件各発明」と総称する。)は、原告が単独で行った職務発明であり、それらの特許を受ける権利の持分又はその全部をいずれも被告 3」という。)に係る発明(以下「本件発明3」といい、本件発明1ないし3を「本件各発明」と総称する。)は、原告が単独で行った職務発明であり、それらの特許を受ける権利の持分又はその全部をいずれも被告に承継させたと主張して、 被告に対し、①被告が定めた発明に関する社内規程(以下「被告発明規程」という。)に基づく登録報奨金として●(省略)●及びこれに対する民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の遅延損害金の支払を求めるとともに、②特許法35条3項(平成16年法律第79号による改正前のもの。以下、同項につき同じ。)に基づく相当の対価として2494万円及び これに対する民法所定の遅延損害金の支払を求める事案である。ただし、上記①及び②は、●(省略)●の支払を請求する部分について選択的併合の関係にあり、上記②は、債権の上限額を明示しない一部請求である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1) 当事者等ア(ア) 株式会社カネカ(平成14年10月当時の商号は鐘淵化学工業株式会社である。以下「カネカ」という。)は、高分子技術及び発酵技術を中核技術とし、これをライフサイエンス分野等に技術展開すること等を業とする株式会社であり、医療用カテーテルの研究開発を行っていたもので ある(甲6)。 (イ) 被告は、医療機器、医療用具及び医療用機械器具の研究開発、製造並びに販売等を業とする株式会社である(乙3)。被告は、カネカが全額出資して設立された同社の子会社であり、平成13年10月にカネカから心臓カテーテル治療部門の営業譲渡を受けた。 イ原告は、被告の元従業者であって、平成11年3月 ある(乙3)。被告は、カネカが全額出資して設立された同社の子会社であり、平成13年10月にカネカから心臓カテーテル治療部門の営業譲渡を受けた。 イ原告は、被告の元従業者であって、平成11年3月に被告に入社し、平 成14年10月から、特殊異動と呼ばれる社内制度に基づき、被告に在籍したままカネカの業務に従事し、平成15年12月10日に被告を退社した(弁論の全趣旨)。 (2) 職務発明に関する被告の社内規程被告は、平成6年1月1日、規程の名称を「発明規程」とする社内規程 (被告発明規程)を制定し、同日より実施した。その後、被告は、平成12年5月29日付けで、被告発明規程を別紙被告発明規程記載の規程を含むものに改訂し、同規程を同年6月1日から実施している(乙1)。 (3) 本件各発明に係る特許登録に至る経過等ア原告は、被告の従業者であった間に、本件発明1及び2についてはその 当時被告の従業者であったB(以下「B」という。)と共同して、本件発明3については原告が単独で、それぞれ発明をした。 本件各発明は、被告の業務範囲に属し、かつ、発明をするに至った行為が被告における原告の職務に属するものであったことから、被告を「使用者」とする「職務発明」(特許法35条1項)に該当する。また、本件各発 明には前記(2)の改訂後の被告発明規程が適用され、本件各発明は、同規程2-3(1)の「職務発明」に該当する。 イ原告及びBは、被告に対し、平成14年9月27日、本件発明1及び2に係る各特許を受ける権利を譲渡した。また、原告は、被告に対し、同月11日、本件発明3に係る特許を受ける権利を譲渡した。 ウ被告及びカネカは、本件発明1及び2について、以下の(ア)及び(イ)の とおり、特許協力条約に基づく国際出願を に対し、同月11日、本件発明3に係る特許を受ける権利を譲渡した。 ウ被告及びカネカは、本件発明1及び2について、以下の(ア)及び(イ)の とおり、特許協力条約に基づく国際出願をし、日本国への国内移行出願等を行い、本件発明3について、以下の(ウ)のとおり出願をした(甲1ないし3)。 (ア) 本件発明1に係る特許a 特許協力条約に基づく国際出願 国際出願番号 PCT/JP2004/000135国際公開番号 WO2004/062509発明の名称塞栓形成用体内留置具出願日平成16年1月13日優先権主張番号特願2003-5157 優先日平成15年1月10日優先権主張国日本国発明者原告、B出願人被告、カネカb 日本国への国内移行出願(本件特許1) 特許番号特許第4548338号出願番号特願2005-507993号登録日平成22年7月16日c 欧州への域内移行出願特許番号 EP1582152 B1 出願番号 04701686.0EP特許付与公告平成23年4月6日(イ) 本件発明2に係る特許a 特許協力条約に基づく国際出願国際出願番号 PCT/JP2004/000137 国際公開番号 WO2004/062510 発明の名称塞栓形成用体内留置コイル出願日平成16年1月13日優先権主張番号特願2003-5158優先日平成15年1月10日優先権主張国日本国 発明者原告、B出願人被告、カネカb 日本国への国内移行出願(本件特許2 特願2003-5158優先日平成15年1月10日優先権主張国日本国 発明者原告、B出願人被告、カネカb 日本国への国内移行出願(本件特許2)特許番号特許第4412280号出願番号特願2005-507994号 登録日平成21年11月27日c 欧州への域内移行出願特許番号 EP1582153 B1出願番号 04701687.8EP特許付与公告平成25年5月22日 d 大韓民国への国内移行出願特許番号 10-0721049出願番号 10-2005-7012368登録日平成19年5月16日(ウ) 本件発明3に係る特許(本件特許3) 特許番号特許第4175117号発明の名称塞栓形成用体内留置具出願日平成15年1月10日出願番号特願2003-5161号登録日平成20年8月29日 発明者原告 出願人被告、カネカ(4) 原告、被告間の交渉経過等ア原告は、「通知書」と題する令和2年5月29日付け書面(甲4の1。以下「本件通知書」という。)を被告に送付し、本件通知書は、同年6月1日に被告に到達した。本件通知書には、原告が、職務発明に該当する本件各 発明をし、その特許を受ける権利を被告に譲渡したことから、相当の対価の支払を求める旨が記載されていた。 イ原告は、令和2年11月26日、本件訴えを提起した(顕著な事実)。 ウ被告は、令和4年2月24日の第1回弁論準備手続期日において、原告の被告に対するいずれの請求権についても消滅時効を援用する意思表示を は、令和2年11月26日、本件訴えを提起した(顕著な事実)。 ウ被告は、令和4年2月24日の第1回弁論準備手続期日において、原告の被告に対するいずれの請求権についても消滅時効を援用する意思表示を するとともに、同期日において原告が消滅時効の起算点に関してした陳述に対する反論として、被告の従前の主張を全て援用する旨を陳述した(顕著な事実)。 3 争点(1) 登録報奨金請求権及び相当の対価請求権の対象となる特許登録の範囲(争 点1)(2) 消滅時効の成否(争点2)(3) 本件退職条項が公序良俗に反し無効か否か(争点3)(4) 相当の対価請求権に関する消滅時効を援用することが信義則違反又は権利濫用といえるか(争点4) (5) 相当の対価の額(争点5)第3 争点に関する当事者の主張 1 争点1(登録報奨金請求権及び相当の対価請求権の対象となる特許登録の範囲)について(原告の主張) (1) 登録報奨金請求権について 本件発明1については、平成22年7月16日に日本において、平成23年4月6日に欧州において、それぞれ特許登録がされた。また、本件発明2については、平成19年5月16日に大韓民国において、平成21年11月27日に日本において、平成25年5月22日に欧州において、それぞれ特許登録がされた。さらに、本件発明3については、平成20年8月29日に 日本において特許登録がされた。 したがって、原告は、被告に対し、被告発明規程に基づき、本件発明1について●(省略)●(特許登録1回当たり●(省略)●(Bと共同して発明したので、被告発明規程所定の登録報奨金の額(●(省略)●)の半額))、本件発明2について●(省略)●(同上)、本件発明3について●(省略)● (被告発明規程 り●(省略)●(Bと共同して発明したので、被告発明規程所定の登録報奨金の額(●(省略)●)の半額))、本件発明2について●(省略)●(同上)、本件発明3について●(省略)● (被告発明規程所定の●(省略)●)の合計●(省略)●を請求することができる。 (2) 相当の対価請求権のうち登録報奨金の額に満つるまでの部分について従業者が特許法35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合においては、当該外国の特許を受ける権利の譲渡 に伴う対価請求について、同条3項が類推適用される。 したがって、原告は、被告に対し、同条3項に基づき、相当の対価のうち登録報奨金の額に満つるまでの部分(選択的併合となっている部分)として、前記(1)と同額(計●(省略)●)の支払を請求することができる。 (被告の主張) (1) 登録報奨金請求権について被告発明規程10-1(2)は、登録報奨金が「発明1件」を単位として生じる旨を規定し、また、同10-2において、「優先権主張による後出願」及び「内容が実質的に同じ出願」が報奨金の支払対象から除外されているから、いわゆるファミリー出願について逐一報奨金が生じるわけではない。 したがって、日本、欧州及び大韓民国について特許登録がされても、その うち最初の特許登録についてのみ登録報奨金の支払を請求できるにとどまり、各国・地域における特許登録の都度、登録報奨金の支払を請求できるわけではない。 そうすると、原告は、被告に対し、本件発明1については日本における平成22年7月16日の特許登録を、本件発明2については大韓民国における 平成19年5月16日の特許登録を、それぞれ対象とする登録報奨金の支払を請求できるにすぎない。 (2) 相当の対価請求権の 成22年7月16日の特許登録を、本件発明2については大韓民国における 平成19年5月16日の特許登録を、それぞれ対象とする登録報奨金の支払を請求できるにすぎない。 (2) 相当の対価請求権のうち登録報奨金の額に満つるまでの部分について本件各発明に係る特許を受ける権利の譲渡による相当の対価の支払を請求できるとしても、そのうち登録報奨金の額に満つるまでの部分については、 前記(1)と同様の請求ができるにすぎない。 2 争点2(消滅時効の成否)について(被告の主張)(1) 相当の対価請求権についてア相当の対価請求権に係る消滅時効は、発明に係る特許を受ける権利の承 継時から進行するのが原則であるが、勤務規則等に使用者が従業者に対して支払うべき対価の支払時期に関する定めがあるときは、その支払時期が消滅時効の起算点となると解すべきである。 この点、被告発明規程には、譲渡報奨金及び登録報奨金の支払義務に関する規定があるものの、これらの報奨金についても、特許法35条3項に 基づく相当の対価についても、支払時期に関する定めはない。そうすると、被告における職務発明に係る相当の対価の支払義務は、特許を受ける権利の承継時に、期限の定めのない債務として発生するから、その消滅時効の起算点は、特許を受ける権利が承継された日となるというべきである。 そして、本件発明1及び2に係る各特許を受ける権利については平成1 4年9月27日に、本件発明3に係る特許を受ける権利については同月1 1日に、それぞれ原告から被告に承継された。 したがって、本件各発明に係る相当の対価請求権の消滅時効は、本件発明1及び2については平成24年9月27日の経過により、本件発明3については同月11日の経過により完成しているから、被告はこれら 。 したがって、本件各発明に係る相当の対価請求権の消滅時効は、本件発明1及び2については平成24年9月27日の経過により、本件発明3については同月11日の経過により完成しているから、被告はこれらを援用するものである。 イ仮に、本件各発明に係る相当の対価請求権の消滅時効の起算点が特許を受ける権利の承継時とは認められないとしても、原告が被告を退職することにより、原告において、被告に相当の対価請求権を行使する心理的抵抗がなくなる上、被告発明規程に基づく報奨金の支払を受けることができなくなるから、権利を行使する上で一切の障害が除去される。そうすると、 遅くとも、原告が被告を退職した時から、相当の対価請求権の消滅時効の進行が開始すると解すべきである。 したがって、本件各発明に係る相当の対価請求権の消滅時効は、原告が被告を退職した平成15年12月10日の翌日から進行し、平成25年12月10日の経過により完成しているから、被告はこれらを援用するもの である。 ウさらに、仮に、本件各発明に係る相当の対価請求権の消滅時効が退職時点から進行するとは認められないとしても、それは特許登録時から進行する。この点、本件発明2に係る日本出願については平成21年11月27日に、本件発明3に係る出願については平成20年8月29日に特許登録 がされているから、それらの各日を起算点として消滅時効が進行することになる。 したがって、本件発明2に係る相当の対価請求権の消滅時効は令和元年11月27日の経過により、本件発明3に係る相当の対価請求権の消滅時効は平成30年8月29日の経過により、それぞれ完成しているから、被 告はこれらを援用するものである。 (2) 登録報奨金請求権についてア消滅時効の期間原告の被告に 滅時効は平成30年8月29日の経過により、それぞれ完成しているから、被 告はこれらを援用するものである。 (2) 登録報奨金請求権についてア消滅時効の期間原告の被告に対する被告発明規程に基づく登録報奨金請求権は、被告の「営業のためにする行為」(商法503条1項)によって生じた債権であるから、消滅時効の期間は5年である(商法522条(平成29年法律第4 5号による改正前のもの。以下、同条につき同じ。))。 イ消滅時効の起算点及び援用原告の被告に対する被告発明規程に基づく登録報奨金請求権の消滅時効の起算点は以下のとおりと解すべきであり、いずれの起算点と解したとしても、上記請求権について消滅時効が完成しているので、被告は、これら を援用するものである。 (ア) 特許を受ける権利の承継時被告発明規程に基づく登録報奨金請求権についても、被告発明規程に登録報奨金の支払時期の定めが存在せず、特許登録をその支払の条件又は期限とする趣旨の定めも存在しない以上、消滅時効は特許を受ける権 利の承継時から進行すると解すべきである。 この点、原告及びBは、被告に対し、平成14年9月27日、本件発明1及び2に係る各特許を受ける権利を譲渡し、また、原告は、被告に対し、同月11日、本件発明3に係る特許を受ける権利を譲渡した。 したがって、原告の被告に対する本件各発明に係る被告発明規程に基 づく登録報奨金請求権の消滅時効は、本件発明1及び2については平成19年9月27日の経過により、本件発明3については同月11日の経過により、いずれも完成している。 なお、仮に、消滅時効の期間が10年であるとしても、本件発明1及び2については平成24年9月27日の経過により、本件発明3につい ては同月11日の経過 の経過により、いずれも完成している。 なお、仮に、消滅時効の期間が10年であるとしても、本件発明1及び2については平成24年9月27日の経過により、本件発明3につい ては同月11日の経過により、いずれも消滅時効が完成している。 (イ) 退職時仮に、本件各発明に係る被告発明規程に基づく登録報奨金請求権の消滅時効が特許を受ける権利の承継時から進行するとは認められないとしても、前記(1)イと同様に、原告が被告を退職することで上記請求権を行使する事実上の障害は除去されるものといえる。 したがって、本件各発明に係る被告発明規程に基づく登録報奨金請求権の消滅時効は、遅くとも、原告が被告を退職した平成15年12月10日の翌日から進行し、平成20年12月10日の経過により完成している。 なお、仮に、消滅時効の期間が10年であるとしても、平成25年1 2月10日の経過により消滅時効が完成している。 (ウ) 特許登録時さらに、仮に、本件各発明に係る被告発明規程に基づく登録報奨金請求権の消滅時効が被告の退職時から進行するとは認められないとしても、発明について特許登録がされたときは、上記請求権の行使について何ら の障害も残されていないこととなるから、特許登録時から上記請求権の消滅時効が進行することとなる。もっとも、被告においては、日本における特許登録時に登録報奨金を支払う取扱いが定着していたことから、日本での特許登録後に国外において特許登録がされたとしても日本における特許登録時から消滅時効が進行することとして検討すると、本件発 明1に係る日本出願については平成22年7月16日に、本件発明2に係る日本出願については平成21年11月27日に、本件発明3に係る出願については平成20年8月29日に、それぞれ ると、本件発 明1に係る日本出願については平成22年7月16日に、本件発明2に係る日本出願については平成21年11月27日に、本件発明3に係る出願については平成20年8月29日に、それぞれ日本において特許登録がされているから、それらの各日が消滅時効の起算点となる。 したがって、本件各発明に係る被告発明規程に基づく登録報奨金請求 権の消滅時効は、遅くとも、本件発明1については平成27年7月16 日の経過により、本件発明2については平成26年11月27日の経過により、本件発明3については平成25年8月29日の経過により、それぞれ完成している。 なお、仮に、消滅時効の期間が10年であるとしても、本件発明2については令和元年11月27日の経過により、本件発明3については平 成30年8月29日の経過により、消滅時効が完成している。 (3) 原告の主張について原告は、被告発明規程10-3(以下「本件退職条項」という。)には、当該条項によって登録報奨金請求権が消滅したことを裁判所で争うことができる旨の記載がなく、また、登録報奨金請求権が消滅しても特許法所定の相当 の対価請求権を行使することができる旨の記載もないから、原告が、被告に対し、相当の対価請求権や登録報奨金請求権を行使することに事実上の障害があったとも主張する。 しかし、原告が指摘する事情は、いずれも、本件退職条項ないし被告発明規程の解釈上の争点に係るものであって、法律上も、事実上も、訴訟を提起 する上で何ら障害となるものではない。実際、本件においては、権利行使に当たっての法律上の障害が何もないことはもちろん、仮に、原告が登録報奨金請求権や相当の対価請求権を行使したとしても、他の法律関係で何らかの不利益を受けることはなく、また、原告において、 、権利行使に当たっての法律上の障害が何もないことはもちろん、仮に、原告が登録報奨金請求権や相当の対価請求権を行使したとしても、他の法律関係で何らかの不利益を受けることはなく、また、原告において、請求権発生の根拠となる事実を認識ないし確定できないといった事情もなかったのであるから、権利 行使において何らの事実上の障害も認められない。この点に関し、原告は、上記の事実上の障害が、原告代理人への相談によって初めて解消したとも主張するようであるが、上記の障害が法律専門家の助言によって解消する問題であるならば、それが単なる解釈上の問題であって、権利行使の障害でないことは、むしろ明白である。 したがって、原告の主張にはいずれも理由がない。 (原告の主張)(1) 相当の対価請求権についてア被告を退職した発明者が、退職後はもはや被告に職務発明についての相当の対価の支払を請求することができないとの誤解を払拭して、上記請求についての事実上の障害がなくなるのは、上記発明者が現実に相当の対価 を請求することができることを知った時であるから、当該知った時から消滅時効が進行すると解すべきである。これを原告についてみると、原告が被告に対し退職後であっても相当の対価の支払を請求できることを知ったのは、原告代理人の事務所で面談を行った令和元年11月8日であるから、原告の被告に対する相当の対価請求権の消滅時効の起算点は同日である。 したがって、上記相当の対価請求権の消滅時効は完成していない。 イ(ア) 仮に、前記アの起算点が認められないとしても、被告発明規程に登録報奨金請求権に関する規定があることにより、原告が被告に対し相当の対価請求権を行使するのに障害となっていたことを考慮すれば、消滅時効は特許登録時から進行すると められないとしても、被告発明規程に登録報奨金請求権に関する規定があることにより、原告が被告に対し相当の対価請求権を行使するのに障害となっていたことを考慮すれば、消滅時効は特許登録時から進行すると解すべきである。なお、本件発明1及び 2については、複数の国・地域において特許が登録されているところ、それぞれの特許登録時から消滅時効が進行することとなる。 本件についてこれをみると、原告は被告に本件通知書を送付して相当の対価の支払を催告し、それから6か月以内に本件訴えを提起しているから、本件発明1に係る特許のうち平成22年7月16日に登録された 日本特許(本件特許1)及び平成23年4月6日に登録された欧州特許並びに本件発明2に係る特許のうち平成25年5月22日に登録された欧州特許については、消滅時効は完成していない。 (イ) また、被告発明規程には実績補償に関する規定がないところ、このような場合においては、実績が生じない限り相当の対価請求権を行使する ことができない以上、上記請求権の消滅時効は、実績が生じた時点から 進行すると解すべきである。本件において当該実績が生じたのは、本件各発明に係る各国における各特許登録日であるから、前記(ア)と同様に、消滅時効は完成していない。 (2) 登録報奨金請求権についてア消滅時効の期間 被告発明規程に基づく登録報奨金請求権が附属的商行為に該当するとして、その消滅時効の期間が5年であるとする被告の主張は争う。 被告の主張を採用すると、使用者が私企業か国等の地方公共団体か、また、職務発明に関する規程に実績補償を定める規定が存するか否かによって、消滅時効の期間が10年になったり5年になったりすることとなり、 従業者間の公平性に欠け、かつ職務発明対価請求権の行使 また、職務発明に関する規程に実績補償を定める規定が存するか否かによって、消滅時効の期間が10年になったり5年になったりすることとなり、 従業者間の公平性に欠け、かつ職務発明対価請求権の行使が不安定なものになる懸念がある。したがって、発明者の保護と法的安定性を重視して、消滅時効の期間は、特許法35条3項に基づく相当の対価請求権と同様に10年とするのが妥当である。 イ消滅時効の起算点 (ア) 本件退職条項の記載により、原告は、退職によって登録報奨金を請求することができなくなったものと思い込み、登録報奨金を請求することに思い至ることがなかった。すなわち、原告には、被告に対し登録報奨金を請求することについて事実上の障害があり、権利行使が現実に期待できるものではなかった。そうすると、被告発明規程に基づく登録報奨 金請求権についても、前記(1)アのとおり、原告が現実に相当の対価を請求することができることを知った時、具体的には、原告代理人の事務所で面談を行った令和元年11月8日が消滅時効の起算点となる。 仮に、これが認められないとしても、被告発明規程に基づく登録報奨金請求権の消滅時効の起算点は、各国又は地域における各特許登録時と 解すべきである。 したがって、前記(1)と同様に、原告の被告に対する被告発明規程に基づく登録報奨金請求権の全部又は一部については、消滅時効が完成していない。 (イ) これに対し、被告は、被告発明規程に基づく登録報奨金請求権についても、特許を受ける権利の承継時が消滅時効の起算点になると主張する。 しかし、特許登録は特許庁の登録査定という行政行為を経て生じる事象であり、被告の従業者にとって、特許登録の前に登録報奨金を請求することには、事実上及び法律上の障害があるというべ と主張する。 しかし、特許登録は特許庁の登録査定という行政行為を経て生じる事象であり、被告の従業者にとって、特許登録の前に登録報奨金を請求することには、事実上及び法律上の障害があるというべきであるから、被告の主張は理由がない。 3 争点3(本件退職条項が公序良俗に反し無効か否か)について (原告の主張)本件退職条項は、使用者と従業者との間の力関係の差を利用して定められた不公平な規定である上、会社都合による退職の場合、画期的な発明をした従業者に対価を支払わない手段として濫用されるおそれがある。 また、従業者の自己都合退職の場合には、画期的な発明をした従業者の転職 を困難にさせ、当該従業者の職業選択の自由を制限するおそれがあるものである。 以上によれば、本件退職条項は公序良俗に反するものであるから、民法90条により無効である。 したがって、原告が被告を退職したことにより、被告発明規程に基づく登録 報奨金請求権が消滅することはない。 (被告の主張)発明完成後、譲渡報奨金の支払前に、発明をした従業者が退職することは、比較的珍しいことに照らすと、本件退職条項は、実質的には登録報奨金を対象とするものである。そして、登録報奨金は、その名称のとおり、発明をした従 業者が特許登録に向けて出願手続に協力したことに報いるものである。ところ が、定年以外の理由で退職した従業者は、新たな職を求め、そこでの職務に専念するのが通常である上、競合他社に転職する可能性も高いことから、特許権の設定登録に至るまでの手続に関して、被告への協力が期待できなかったり、協力を求めることが不適切であったりすることが通常である。また、退職した従業者は連絡がつかなくなることが多く、しばしば登録報奨金の支払に関する 管理負担 して、被告への協力が期待できなかったり、協力を求めることが不適切であったりすることが通常である。また、退職した従業者は連絡がつかなくなることが多く、しばしば登録報奨金の支払に関する 管理負担が登録報奨金の額を大きく上回ることとなる。そこで、発明をした従業者の退職と同時に登録報奨金請求権を消滅させることとしたのが、本件退職条項の趣旨である。 他方、退職した従業者が失う報奨金の額は少額であるところ、出願手続への協力が期待できない定年以外の理由の退職者とこれが期待できる在職者や定年 退職者との間に上記金額程度の差が生じることは特に不合理とはいえないし、これによって退職希望者が転職しづらくなるというものでもない。また、相当の対価の額が社内規程等に基づく支払を上回るときは、発明をした従業者は、特許法35条に基づき、その差額を請求することができるため、本来的に請求可能であった対価の総額が減少することはない。 加えて、一般に、職務発明として特許出願される発明の中には実施されないものも多いことに照らすと、譲渡報奨金や登録報奨金は、具体的な利益と連動させずに独自に規定する政策的な報奨金であるといえるから、そのような報奨金の支払をしないことが暴利に該当する余地はない。 以上のとおり、本件退職条項を設けたことにより従業者に生じる不利益は限 定的であり、本件退職条項を設けることは不当ではないから、本件退職条項は民法90条により無効とはいえない。 したがって、原告の被告に対する登録報奨金請求権は、本件退職条項に基づき、原告が被告を退職した平成15年12月10日をもって消滅したものである。 4 争点4(相当の対価請求権に関する消滅時効を援用することが信義則違反又 は権利濫用といえるか)について(原告の主張) 平成15年12月10日をもって消滅したものである。 4 争点4(相当の対価請求権に関する消滅時効を援用することが信義則違反又 は権利濫用といえるか)について(原告の主張)(1) 職務発明の制度は、職務発明の直接的な担い手である個々の従業者等が使用者等によって適切に評価され報いられることを保障することによって、発明のインセンティブを喚起しようとするものであり、研究開発活動の奨励や 研究開発投資の増大の手段として、従業員等と使用者等との利益調整を図ることを趣旨とするものである。そして、一般に、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に立った当事者間においては、相手方に対し不測の不利益を与えてはならない信義則上の義務が生ずる。したがって、上記の職務発明制度の趣旨に照らし、使用者である被告は、従業者であった原告に対し、 退職により相当の対価請求権が消滅したとの誤解を生じさせ、従業者である原告の正当な利益である相当の対価請求権の行使を妨害してはならない信義則上の義務を負うものである。 この点、原告は、本件退職条項により、被告を退職したことで、もはや何らの請求権を行使することができないと誤解していたのであるから、被告は、 原告に対し、上記の誤解をさせてはならない義務に違反したものである。 (2) 本件退職条項には合理性がないことから、被告は、本件退職条項が存在する被告発明規程を改定すべき条理ないしコンプライアンス上の義務を負っていたものである。 また、被告の親会社であるカネカは、発明実績報奨金規程を設けていたこ とから、被告においても、被告発明規程を改定して、カネカと同様に実績補償金を支払う旨の規定を置くべきであったし、これが容易であった。 それにもかかわらず、被告は上記の社会的義務を果た いたこ とから、被告においても、被告発明規程を改定して、カネカと同様に実績補償金を支払う旨の規定を置くべきであったし、これが容易であった。 それにもかかわらず、被告は上記の社会的義務を果たさなかったものであるから、被告発明規程及びこれに含まれる本件退職条項を根拠とする被告の主張は、義務違反を前提とするものであって、信義則に反し、権利の濫用と して認められるべきではない。 (3) 以上によれば、相当の対価請求権に関する消滅時効を援用することは、信義則違反又は権利濫用に当たる。 (被告の主張)(1) 原告の主張は、消滅時効を援用する法律上の障害がなくなった後に債務者が債権者の権利行使を妨害した旨を指摘するものではなく、その援用の対象 となる債権が発生する前の本件退職条項を規定する行為を問題とするものである。 しかし、このような行為は、原告が相当の対価請求権及び登録報奨金請求権を行使することを妨害するものには当たらず、消滅時効の援用が信義則違反又は権利濫用となることの評価根拠事実たり得ないものである。 (2) また、原告は、被告が、原告に対し、退職により相当の対価請求権が消滅したとの誤解を生じさせ、従業者である原告の正当な利益である相当の対価請求権の行使を妨害してはならない信義則上の義務を負うと主張する。 しかし、原告の上記主張は、単に原告が相当の対価請求権が消滅したものと誤解していたという結果を主張するものにすぎず、被告が負うべき注意義 務の具体的内容も、当該注意義務違反を構成する被告の具体的行為も、一切特定されていない。したがって、信義則違反である旨の原告の上記主張は失当である。 (3) 以上のとおり、被告による消滅時効の援用が信義則違反又は権利濫用に当たるとの原告の主張には理由が 為も、一切特定されていない。したがって、信義則違反である旨の原告の上記主張は失当である。 (3) 以上のとおり、被告による消滅時効の援用が信義則違反又は権利濫用に当たるとの原告の主張には理由がない。 5 争点5(相当の対価の額)について(原告の主張)被告は、商品名を「EDコイル」とする中心循環系血管内塞栓促進用補綴材(以下「被告製品」という。)を製造販売しているところ、被告製品は、本件発明1及び3の技術的範囲に属するものであって、被告は、被告製品の製造販売 により本件発明1及び3を自己実施している。 被告製品の売上げの推計額、本件発明1及び3の実施料率並びに発明及び発明者の寄与率等を考慮すると、原告は、被告に対し、特許法35条3項に基づく実績に対応する相当の対価請求権に基づき、少なくとも、本件発明1について852万円を、本件発明3について1635万円を請求することができる。 (被告の主張) 否認ないし争う。 第4 当裁判所の判断 1 争点2(消滅時効の成否)について本件の事案に鑑み、争点2(消滅時効の成否)から判断する。 (1) 相当の対価請求権について ア勤務規則等の定めに基づき職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させた従業者は、使用者に対し相当の対価支払請求権を取得するところ(特許法35条3項)、同請求権についての消滅時効の起算点は、特許を受ける権利の承継時であるのが原則であるが、勤務規則等に使用者が従業者に対して支払うべき対価の支払時期に関する定めがあるときは、これ が到来するまでの間は、権利行使につき法律上の障害があるものとして、対価の支払を求めることができないというべきであるから、その支払時期が消滅時効の起算点となると解するのが相当である(最高裁 が到来するまでの間は、権利行使につき法律上の障害があるものとして、対価の支払を求めることができないというべきであるから、その支払時期が消滅時効の起算点となると解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。 イ登録報奨金の額を超える相当の対価請求権について(ア) 被告発明規程には、被告が従業者に対して支払うべき対価の支払時期に関する定めは置かれておらず、本件全証拠によっても、被告において、当該定めを含む他の勤務規則等が存在するとは認められない。加えて、被告発明規程では、職務発明をした被告の従業者は、原則として自ら特 許出願をすること、特許を受ける権利を第三者に譲渡すること及び被告 の事前の承諾なく当該発明を第三者に開示したり公表したりすることが禁じられるにとどまり(同規程3、7)、相当の対価請求権の行使を制限する定めは置かれておらず、本件全証拠によっても、被告において、当該定めを含む他の勤務規則等が存在するとは認められない。 したがって、発明をした被告の従業者の被告に対する登録報奨金の額 を超える相当の対価請求権は、前記アの原則どおり、特許を受ける権利の承継時に、期限の定めのないものとして発生していると認めるのが相当である。 (イ) これを本件についてみると、前記前提事実(3)のとおり、原告及びBは、被告に対し、平成14年9月27日、本件発明1に係る特許を受ける権 利を譲渡し、原告は、被告に対し、同月11日、本件発明3に係る特許を受ける権利を譲渡した。 したがって、上記の各特許を受ける権利の譲渡に係る原告の被告に対する登録報奨金の額を超える相当の対価請求権の消滅時効の起算点は、本件発明1については平成14年 に係る特許を受ける権利を譲渡した。 したがって、上記の各特許を受ける権利の譲渡に係る原告の被告に対する登録報奨金の額を超える相当の対価請求権の消滅時効の起算点は、本件発明1については平成14年9月27日と、本件発明3については 同月11日と、それぞれ認められるから、本件発明1の登録報奨金の額を超える相当の対価請求権については平成24年9月27日の経過をもって、本件発明3の登録報奨金の額を超える相当な対価請求権は同月11日の経過をもって、それぞれ消滅時効が完成したものである。 そうすると、被告が、前記前提事実(4)ウのとおり、上記の消滅時効を 援用したことによって、原告の被告に対する上記の各相当の対価請求権は、いずれも時効により消滅したと認められる。 ウ登録報奨金の額に満つるまでの相当の対価請求権について原告は、登録報奨金請求と選択的に当該請求に対応する部分の相当の対価請求をしていることから、この部分に係る消滅時効の成否が前記イとは 異なる帰結となるか否かについて、更に検討する。 この点について、被告発明規程には、登録報奨金を支払う旨とその報奨金額に関する定めが置かれているものの(被告発明規程10-1(2))、当該登録報奨金の支払時期の定めは置かれていない。そして、上記の登録報奨金を支給する旨の定めから、直ちに、登録報奨金の支払時期が特許登録時などの特定の時点に到来することが被告発明規程において定められてい ると解することはできない。そうすると、被告発明規程所定の登録報奨金の額に満つるまでの相当の対価請求権についても、前記アの原則どおり、特許を受ける権利の承継時に期限の定めのないものとして発生していると認めるほかはない。 確かに、被告発明規程では、被告の従業者がした発明について特許出願 価請求権についても、前記アの原則どおり、特許を受ける権利の承継時に期限の定めのないものとして発生していると認めるほかはない。 確かに、被告発明規程では、被告の従業者がした発明について特許出願 するか否かの判断及びその手続は発明委員会又は被告が発明の管理を委託するカネカ特許部が行うこととされている上(同規程6、8、9、12-1)、出願した当該発明が特許として登録されるか否かは各国特許庁の審査によることから、特許を受ける権利の承継時には、実際に特許登録されることが確定しているものではなく、よって、登録報奨金の額は確定してい ない。しかし、登録報奨金の額を超える相当な対価請求権に関しても、特許を受ける権利の承継時点では、必ずしも、その額が確定しているものではない点において、登録報奨金の額に満つるまでの相当の対価請求権と同様である。また、被告発明規程には、登録報奨金の請求が禁止又は制限される時期に関する規定は置かれておらず、発明をした被告の従業者は、当 該発明に係る特許を受ける権利を被告に譲渡して以降、登録報奨金の支払を被告に請求することについて、被告発明規程上は何らの支障はない。 また、前記第3の2(被告の主張)(2)イ(ウ)のとおり、被告において登録報奨金は日本における特許登録時に支払う取扱いが定着していたとしても、当該取扱いが、登録報奨金の支払時期が特許登録時であることを前提 とするものとまでは断定できない。 したがって、前記イのとおり、本件発明1及び2の登録報奨金の額に満つるまでの相当の対価請求権については平成24年9月27日の経過をもって、本件発明3の登録報奨金の額に満つるまでの相当の対価請求権は同月11日の経過をもって、それぞれ消滅時効が完成したものである。 そうすると、被告が、前記前提 いては平成24年9月27日の経過をもって、本件発明3の登録報奨金の額に満つるまでの相当の対価請求権は同月11日の経過をもって、それぞれ消滅時効が完成したものである。 そうすると、被告が、前記前提事実(4)ウのとおり、上記の消滅時効を援 用したことによって、原告の被告に対する上記の各相当の対価請求権は、いずれも時効により消滅したと認められる。 エ以上のとおり、本件各発明に係る原告の被告に対する特許法35条3項に基づく相当の対価請求は理由がない。 (2) 被告発明規程に基づく登録報奨金請求権について ア会社の行為は商行為と推定され、これを争うものにおいて当該行為が当該会社の事業のためにするものでないこと、すなわち当該会社の事業と無関係であることの主張立証責任を負う(最高裁平成20年2月22日第二小法廷判決・民集62巻2号576頁)。そして、前記前提事実(1)ア(イ)のとおり、被告は株式会社であるから、被告が被告発明規程に基づき発明を した従業者に登録報奨金を支払う行為は商行為と推定される。本件においては、上記の登録報奨金の支払が被告の事業と無関係であることについて、原告による立証はされておらず、他にこれをうかがわせるような事情は存しない。したがって、発明をした被告の従業者の被告に対する被告発明規程に基づく登録報奨金請求権は、「商行為によって生じた債権」に当たり、 これを5年間行使しないときは、時効によって消滅することとなる(商法522条)。 これに対し、原告は、発明者の保護と法的安定性を重視して、登録報奨金請求権の消滅時効の期間については相当の対価請求権と同様に10年とするのが妥当である旨主張するが、独自の見解に立つものであって、採用 することができない。 イそして、前記(1)ウで 権の消滅時効の期間については相当の対価請求権と同様に10年とするのが妥当である旨主張するが、独自の見解に立つものであって、採用 することができない。 イそして、前記(1)ウで説示したところによれば、被告発明規程に基づく登録報奨金請求権も、相当の対価請求権と同様に、特許を受ける権利の承継時に期限の定めのないものとして発生していると認められる。 この点、原告は、①本件退職条項の記載により、退職によって登録報奨金を請求することができなくなったものと思い込み、登録報奨金を請求す ることに思い至ることがなかったから、登録報奨金を請求することについて事実上の障害がある、②特許登録は特許庁の登録査定という行政行為を経て生じる事象であるから、特許登録の前に登録報奨金を請求することについて事実上及び法律上の障害があるなどと主張するが、前記(1)ウで説示したところに照らせば、上記①及び②の障害があるとは認められず、原告 の上記主張はいずれも採用することができない。 このように、原告の被告に対する上記請求権の消滅時効の起算点は、本件発明1及び2については平成14年9月27日であると、本件発明3については同月11日であると、それぞれ認められる。 ウしたがって、本件発明1及び2に係る登録報奨金請求権については平成 19年9月27日の経過をもって、本件発明3に係る登録報奨金請求権については同月11日の経過をもって、それぞれ消滅時効が完成した。 そうすると、被告が、前記前提事実(4)ウのとおり、前記イの消滅時効を援用したことによって、原告の被告に対する上記の各登録報奨金請求権は時効により消滅したと認められる。 2 争点4(相当の対価請求権に関する消滅時効を援用することが信義則違反又は権利濫用といえるか)について って、原告の被告に対する上記の各登録報奨金請求権は時効により消滅したと認められる。 2 争点4(相当の対価請求権に関する消滅時効を援用することが信義則違反又は権利濫用といえるか)について(1) 原告は、使用者である被告は、従業者であった原告に対し、退職により相当の対価請求権が消滅したとの誤解を生じさせて相当の対価請求権の行使を妨害してはならない信義則上の義務を負うところ、原告は、本件退職条項の 存在により、被告を退職したことでもはや何らの請求権も行使することがで きないと誤解していたのであるから、被告は上記の義務に違反したものであること、被告は、被告発明規程について、カネカと同様に、実績補償金を支払う旨の規定を置くべきであったし、これが容易であったことから、被告が相当の対価請求権及び被告発明規程に基づく登録報奨金請求権について消滅時効を援用することは、信義則違反又は権利濫用に当たるなどと主張する。 しかし、被告発明規程の本件退職条項においては、発明者である従業員が退職した場合に「報奨金を受ける権利」が消滅する旨が定められており、この「報奨金」が「譲渡報奨金」及び「登録報奨金」(被告発明規程10-1)を指すことは明らかである一方、特許法35条3項に基づく相当の対価請求権の消長に関する定めは存在しない。したがって、被告発明規程に本件退職 条項が置かれていたからといって、そのことによって直ちに、被告の従業者に対し、被告を退職した場合に、被告発明規程に基づき支給されるべき報奨金請求権に加え、特許法35条3項に基づく相当の対価請求権までも行使することができなくなるとの誤解を生じさせるものではない。加えて、原告の陳述書(甲18)の記載からは、被告が、原告に対し、本件退職条項が被告 を退職した後は相 基づく相当の対価請求権までも行使することができなくなるとの誤解を生じさせるものではない。加えて、原告の陳述書(甲18)の記載からは、被告が、原告に対し、本件退職条項が被告 を退職した後は相当の対価請求権の行使ができないことを定めたものである旨を積極的に説明したといった事実が存したとはうかがわれず、他の証拠によっても、当該事実を認めることはできない。したがって、本件において、被告が原告主張に係る信義則上の義務に違反したとは認められない。 また、使用者が契約や勤務規則において定めを置くか否かにかかわらず、 従業者は、特許法35条3項に基づく相当の対価請求権を行使することができるから、被告発明規程に実績に対応する相当の対価支払に関する定めが置かれていなかったからといって、直ちに、被告の消滅時効の援用が信義に反するということはできず、権利の濫用になるということもできない。 (2) なお、原告は、被告の親会社であるカネカが、本件各発明の実施品である EDコイルを有望な商品であると考えて、被告の研究者である原告をカネカ における製品開発に専従させたこと、被告から本件各発明に係る特許を受ける権利を譲り受けていること、本件について交渉段階から積極的に関与していることに照らすと、カネカは、その子会社である被告を現実的統一的に管理支配しているといえ、そのようなカネカが実績補償に関する規定を置いている以上、被告が、相当の対価請求権についての消滅時効を援用し、原告に 実績補償をしないことは、信義則上許されない旨を主張する。 しかし、カネカと被告との間に親会社と子会社の関係が存在するとしても、それぞれは独立した法人であることに変わりはなく、両者の業種や雇用体系、業務の実情などは異なり得るから、そうした実情に合わせて、被告が実 、カネカと被告との間に親会社と子会社の関係が存在するとしても、それぞれは独立した法人であることに変わりはなく、両者の業種や雇用体系、業務の実情などは異なり得るから、そうした実情に合わせて、被告が実績補償に関する規定を設けるか否かを独自に判断したとしても、直ちに、問題視 されるべき事態であるとまではいえない。したがって、原告が主張する上記の事情は、いずれも、被告による消滅時効の援用が信義則違反であることを基礎付けるに足りるものではない。 (3) 以上によれば、原告の前記主張はいずれも採用することができず、被告が原告の被告に対する特許法35条3項に基づく相当の対価請求について消滅 時効を援用することが信義則違反又は権利濫用に当たるということはできない。 3 結論よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求にはいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 國分隆文 裁判官 小川暁 裁判官佐々木亮は、転補により署名押印することができない。 裁判長裁判官 國分隆文 別紙被告発明規程 以下の引用は、抄録であり、用字用語は原文のままである。 1 目的 この規程は、株式会社カネカメディックス(以下「会社」という)の役員・従業員・その他会社か 別紙被告発明規程 以下の引用は、抄録であり、用字用語は原文のままである。 1 目的 この規程は、株式会社カネカメディックス(以下「会社」という)の役員・従業員・その他会社から賃金の支給を受けて会社に勤務する者(以下「従業員」という)の発明の取扱いについて規定し、従業員に発明を奨励すると共に、あわせて特許を受ける権利及び特許権の管理ならびにその合理的運用を図ることを目的とする。 2 定義2-1 この規程でいう発明とは特許、実用新案、意匠、商標、著作権をいう2-2 この規程でいう特許等とは特許、実用新案、意匠をいう2-3 この規程においては発明を分けて「職務発明」と「業務発明」とし、それぞれ次の通り定義する。 (1) 「職務発明」とは、発明がその性質上会社の業務範囲に属し、かつその発明をするに至った行為が会社における従業員の現在または過去の職務に属する発明をいう。 3 職務発明の承継等3-1 職務発明については、会社が当該発明に基づく権利を承継するものと し、発明者はその権利を会社に譲渡しなければならない。但し、会社がその権利を承継する必要がないと認めたときはこの限りではない。 3-2 発明者は、前項の但し書きの規定により会社が承継しないと決定した後でなければ、当該発明につき、自ら特許出願をなし、又は特許を受ける権利を第三者に譲渡等してはならない。 5 発明委員会 5-1 発明委員会は会社の発明の出願審査、管理先の決定、管理手続、奨励を行う。 6 発明の管理6-1 発明の管理とは、特許等の出願、審査請求、中間処理、登録、権利維持等、特許等管理に関する一切の業務をいう。 6-2 発明の管理は原則として鐘淵化学工業株式会社特許部(以下鐘化特許部と 6-1 発明の管理とは、特許等の出願、審査請求、中間処理、登録、権利維持等、特許等管理に関する一切の業務をいう。 6-2 発明の管理は原則として鐘淵化学工業株式会社特許部(以下鐘化特許部という)に委託する。 7 発明の届出発明をなした従業員は、速やかに(中略)発明委員会に届け出るものとする。 会社の事前の承認なしに、第三者に開示または外部へ公表してはならない。 8 発明の審査及び承継発明の承継、発明の出願の是非及び発明の管理先は、発明委員会が決定する。 9 発明の出願9-1 発明委員会は発明の出願を発明の管理先に委託する。 報奨金の支払 10-1 会社は発明の内、特許、実用新案及び意匠につき、発明者に対し以下に定める報奨金を支払うものとする。ただし、実用新案は自動登録なので登録報償金を支払わないものとする。 (1) 譲渡報奨金会社が出願した発明1件(発明者が複数の場合でも1件とする)に 対して金●(省略)●を支払う。社外発明者には支払わない。 (2) 登録報奨金(実用新案を除く)登録になった発明1件(発明者が複数の場合でも1件とする)に対して金●(省略)●を支払う。社外発明者には支払わない。 10-2 譲渡報奨金は次の出願に対して支給しない。 (1) 優先権主張による後出願 (2) 内容が実質的に同じ出願(再出願で先の出願について報奨されていない時はこの限りでない。)10-3 発明者である従業員が定年以外の理由で会社を退職した場合、報奨金を受ける権利は、退職と同時に消滅する。また、退職して本人またはその相続人の住所・居所が不明のときも同様とする。 12 規程の運用12-1 本規程の運用は発明委員会が行う。 12-2 この規程の改廃は取締役会が審 に消滅する。また、退職して本人またはその相続人の住所・居所が不明のときも同様とする。 規程の運用 12-1 本規程の運用は発明委員会が行う。 12-2 この規程の改廃は取締役会が審議決定する。 以上

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