昭和50(う)2293 昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例違反被告事件

裁判年月日・裁判所
昭和51年6月1日 東京高等裁判所
ファイル
hanrei-pdf-20521.txt
🤖 AI生成要約2026/3/13

【DRY-RUN】主    文      本件各控訴を棄却する。          理    由  本件各控訴の趣意は検察官が提出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、こ れに対する各答弁は、弁護人大野正男、同荒井金

タグ

キーワード(AI生成)

判決文本文10,767 文字)

主文 本件各控訴を棄却する。 理由 本件各控訴の趣意は検察官が提出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する各答弁は、弁護人大野正男、同荒井金雄、同鈴木栄二郎、同飯田孝朗、同小長井良浩、同淵上貫之、同大橋堅固、同山上益朗、同山川洋一郎及び同金谷鞆弘が連名で提出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。 一各控訴趣意の集団示威運動に関する主張について所論は要するに、昭和四二年一一月一二日午後二時四〇分ころ東京都大田区ab丁目c番d号にあるA本館の二階にあるBにおいて被告人C1の呼び掛けに応じ同被告人の周囲に集合した約三〇〇名の者から成る集団は、その後右集団が右ビルデング本館の一階階段わきにあるレストラン「D」の付近に至るまでの間、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例で定められている集団示威運動をしたものであるのに、原判決が、右集団は別の場所における集団示威運動に入るための予備的段階における勢ぞろい的な行動をしただけで解散させられてしまい、右条例が刑罰による規制の対象として予想している集団示威運動の定型行為に合致した行動にまで進展していなかつたとみるほかはないとして被告人両名に対し無罪の言渡しをしたのは、事実を誤認し、又は法令の解釈若しくは適用を誤つたもので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。 そこで、一件記録及び証拠物(東京高裁昭和四五年押第六八号の一から二四まで)に当審における事実の取調べの結果を合わせて検討してみると、 1 本件各公訴事実は、被告人両名は、昭和四二年一一月一二日午後二時四〇分ころから同日午後三時五分ころまでの間東京都大田区ab丁目c番d号にあるAのBでE1協会の関係者ら約三〇〇名が集 てみると、 1 本件各公訴事実は、被告人両名は、昭和四二年一一月一二日午後二時四〇分ころから同日午後三時五分ころまでの間東京都大田区ab丁目c番d号にあるAのBでE1協会の関係者ら約三〇〇名が集合し、東京都公安委員会の許可を受けないで、「F首相の訪米阻止」、「Gの来日阻止」などのシユプレヒコールなどをして気勢を挙げた上、約五列になつてスクラムを組み、「わつしよい、わつしよい」と掛け声を掛けながら駈け足で行進し、もつて集団示威運動をした際、H外二、三名の者と共謀の上、被告人両名において、それぞれ右シユプレヒコールの音頭を取り、かつ、煽動演説をし、更に、被告人C1において右集団に相対して右手を挙げ「ただいまから行動を開始する。」と指示し、右集団にスクラムを組ませて行進させ、もつて右無許可の集団示威運動を指導したというのであるが、 2 証人I1、同I2、同I3、同I4、同I5、同I6、同I7、同I8、同I9及び同I10の各原審公判供述、証人I11及び同I12の各当審供述、押収してある「東京国際空港における構内営業の承認について」と題する書面一通(東京高裁昭和四五年押第六八号の二)、「F首相訪米阻止とG来日反対斗争について」と題する書面一通(同号の七)、一九六七年一一月一三日付「日本と中国」一部(同号の八)、同年一〇月二四日付「国際貿易」一部(同号の一二)、同年一一月七日付「国際貿易」一部(同号の一三)、「斗争宣言(案)」及び「会員の皆さん区民の皆さん」と題する書面各一通(同号の一六)、「お知らせ」と題する書面一通(同号の一七)、一九六七年一一月五日付「友好と貿易」一部(同号の二〇)、F2部会拡大常任理事会議事録一部(同号の二二)及び「F首相訪米阻止・G来日阻止運動について」と題する書面一通(同号の二三)、原裁判所の検証調書、司法警察員作 日付「友好と貿易」一部(同号の二〇)、F2部会拡大常任理事会議事録一部(同号の二二)及び「F首相訪米阻止・G来日阻止運動について」と題する書面一通(同号の二三)、原裁判所の検証調書、司法警察員作成の実況見分調書及び「集会、集団行進及び集団示威運動の許可取扱い有無の報告」と題する書面、司法警察員J、同K、同L、同M、同N及び同Jがそれぞれ撮影した写真合計一八三葉並びに被告人両名の原審及び当審における各供述を総合すれば、被告人C1は、E1協会(E3)中央本部(以下「E4」という。)の常任理事、教宣委員長をしていた者て、被告人C2は、E4と姉妹関係にあるE5協会のE6本部F2部会副委員長をしていた者であるが、右の両団体は、内閣総理大臣Fがアメリカ合衆国政府首脳と会談するため昭和四二年一一月一二日羽田空港から出発して訪米の途につくことを知るや、右は日本と中国との友好関係をそこなうものだとして、同年九月上旬ころ、右訪米に反対の態度を表明した上機関紙やパンフレツトにより、E4とE5との関係者などに対し、同年一一月一二日には羽田空港に集まつて右訪米に反対の意思表示をするから、これに参加するように呼び掛けていたが、その前日O公園で開かれた、同じような団体によるF首相訪米反対の集会やそれに引き続くデモ行進については、被告人C1が正規の手続をとり都公安委員会の許可を受けて実行していたのに、この件についてはなんら手続がなされなかつたこと、右の呼び掛けに応じてE4とE5との関係者などが昭和四二年一一月一二日東京都大田区ab丁目c番d号にあるAの二階にあるBに参集したが、Aを管理しているP株式会社は当日午前中からB中央付近の生花台の前などAの各所に「A内での集会やデモ行為はお断り致します。」と記載した立看板の数をふやして設置していたのに、被告人C1は同日午後 が、Aを管理しているP株式会社は当日午前中からB中央付近の生花台の前などAの各所に「A内での集会やデモ行為はお断り致します。」と記載した立看板の数をふやして設置していたのに、被告人C1は同日午後二時四〇分ころB内北西寄りにある人造大理石製たばこ吸いがら入れ(以下「灰皿」という。)の上に立ち「首相訪米阻止に集まつた日中友好の皆さんはお集まり下さい。」と呼び掛けたところ、E4とE5との関係者などから成る約三〇〇名の者か右呼び掛けに応じて灰皿の周囲に集合したので、同被告人は右集団(以下「本件集団」という。)に対し「首相訪米を阻止しよう。」という演説をした後、司会者となり、本件集団にE4の会長で国会議員のI7を紹介した上同人に演説を依頼し、これに応じた同人が同被告人と交替して灰皿の上に立ち「首相訪米やGの来日はE7同盟につなかるから阻止しよう。」という趣旨の演説をし、その後同人と交替して同被告人が灰皿の上に立ち、右手拳を突き上げて「首相訪米反対」とか「G来日阻止」とか「毛沢東思想万歳」とか「中国プロレタリア文化大革命万歳」とかのシユプレヒコールの音頭を取り、これに従つて本件集団は一斉に右各文言を唱和し、その後同被告人は灰皿の付近にいた知人に「関西方面から来た人にも演説をしてもらいたい。」と依頼したところ、折から本件集団中にいた被告人C2が、その傍らにいて被告人C1からの依頼を聞いた若者から促されたため、同被告人と交替して灰皿の上に立ち、I7の前記演説とほとんど同じ内容の演説を約三分間行い、その後同被告人をまねて右手拳を突き上げ「首相訪米反対」とか「G来日阻止」とかのシユプレヒコールの音頭を取つたところ、これに従つて本件集団が一斉に右各文言を唱和し、その後同被告人が被告人C2と交替して灰皿の上に立ち、本件集団に青年友好企業代表者Hを紹介した上 G来日阻止」とかのシユプレヒコールの音頭を取つたところ、これに従つて本件集団が一斉に右各文言を唱和し、その後同被告人が被告人C2と交替して灰皿の上に立ち、本件集団に青年友好企業代表者Hを紹介した上同人に演説を依頼し、これに応じた同人が同被告人と交替して灰皿の上に立ち「首相訪米とG来日とを阻止するため、青年が先頭に立つて学生と共斗しよう。」という演説をし、その後同人と交替して灰皿の上に立つた同被告人は、折からB内で制服警官達が本件集団の動向を見ているのを認め、「警官の面前で首相訪米阻止反対の意見を堂々と表示することができたのは偉大な力である。」と述べて本件集団の士気を鼓舞した上「これから抗議行動に移ることとするが、青年が先頭になり、他の人々はその後についてくれ。」と指示した後、右手を挙げて「行動を開始します。」と宣言し、灰皿から飛び下りたところ、これに応じ、本件集団の一部が同日午後三時四分ころB内北側案内所付近で横約五列・縦十数列に並び、先頭部の約五名がスクラムを組んだ上、西向きに駈け出し、その後右隊列は順次南方及び東方に方向転換しながらB内を半周した上、B南東部から延びている職員通路に走り込んだが、こうしてB内を半周している際、右隊列中の一部の者が「わつしよい、わつしよい」とか「訪米阻止」とかの掛け声を掛けていたこと、右隊列はその後人のいない前記職員通路及び階段を通り、Aの一階階段わきにあるレストラン「D」の付近に達したところで、待機中の警官隊に阻止され、小ぜりあいの後あえなく解散させられてしまい、又、本件集団中右隊列に加わらなかつた者は、右隊列がBから出て行つた後、何もしないでそのまま解散してしまつたこと、並びに、Bは東西約四〇メートル南北約三〇メートルの広場で、同日午後二時四〇分ころから同日午後三時五分ころまでの間もB内には前記 隊列がBから出て行つた後、何もしないでそのまま解散してしまつたこと、並びに、Bは東西約四〇メートル南北約三〇メートルの広場で、同日午後二時四〇分ころから同日午後三時五分ころまでの間もB内には前記制服警官達以外に、多数の新聞記者や乗客や見送人など約一〇〇名の人達が居合わせ、本件集団の動きを見ており、更に、前記日本空港ヒルデング株式会社は同日午後二時四〇分ころから数回にわたり、インフオメーシヨン・センターからの場内マイク放送で「B内での集会は直ちにおやめ下さい。B内で大声を出しますと一般のお客さまの迷惑になりますので、おやめ下さい。」と繰り返し制止していたけれども、これを無視して前記演説やシユプレヒコールなどが行われ、かつ、右各演説の途中及び終了の際に本件集団は一斉に拍手したり、「そうだ。」と掛け声を掛けたりしたことが認められるところ、 3 そもそもB内は常時乗客や見送人などの一般人が多数居合わせているところであるから、ロピー内で約三〇〇名の者が集団をなして前記2のような行動をすれば、たとえ、原判決が説示しているように、本件集団が企図していた終局の目標が、後刻別の場所でF首相の一行に接近して直接訪米反対の意思を表明することにあり、従つて、本件集団の前記行動は、参集者相互間で意思を確認し合い共通の決意を鼓舞激励し合うことを目的としたものであつても、又、本件集団の構成員がいずれも服装や所持品の点で乗客や見送人など一般人と変わらないものであつて、空港の出発Bという場所がらからして、一応、それほど極端に非常識だともいえない程度のやり方とそうぞうしさで、事態が進行、推移したもので、その間現場で警戒にあたつていた警察官が特に警告を発したり、行為を制止したりしなかつたとしても、これを全体的に観察すれば、やはり、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団 事態が進行、推移したもので、その間現場で警戒にあたつていた警察官が特に警告を発したり、行為を制止したりしなかつたとしても、これを全体的に観察すれば、やはり、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下「本条例」という。)一条本文所定の集団示威運動が行われたことになるといわなければならず、かつ、たとえこれまでB内において著名人や内外要人などの送迎又はQ労働組合の労働争議などの際に多数人が参集して気勢を挙げることがしばしばあつたとしても、これが本条例一条但書二号所定の慣例による行事の範囲を出ないとはいいきれない(なお、弁護人は一次二審の答弁において既にこの主張をしており、判決は間接にこれを否定して無許可の集団示威運動に当たることを肯定しながら可罰的違法性か明確でないとし、破棄差戻し判決は後記のとおり実質的違法性を有するとした。)。 4 本件差戻し判決が引用する昭和三五年七月二〇日最高裁判所大法廷判決か、本条例にいう許可制は、「集団行動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外はこれを許可しなければならない(三条)。 すなわち許可が義務づけられており、不許可の場合が厳格に制限されているのであるから、この許可制はその実質において届出制とことなるところがない」と性格づけている点に着目すると、この許可制は、届出制における届出と受理という確認行為に加えて、たかだか、例えば同じ時刻・同じ場所において大規模な二つの集団行動が企画されたような場合の調整権限を公安委員会に留保する程度のことが考えられていることになる。とするならば、無許可ではあつても平穏に秩序を保つて行われる集団示威運動において、申請手続を怠つた主催者が形式犯に触れることになるのはともかく、集団示威運動の指導者(本件では、たま ていることになる。とするならば、無許可ではあつても平穏に秩序を保つて行われる集団示威運動において、申請手続を怠つた主催者が形式犯に触れることになるのはともかく、集団示威運動の指導者(本件では、たまたま被告人C1が両者を兼ねていると認められる。)の可罰性か肯定されねばならない法理的な根拠はなにか等々の困難な問題があるわけである。そして、もともと集団行動は、多数の者が政治、経済、社会等の問題について、その主張、要求・観念等を力強く大衆又は当局に訴えてその賛成を得ようとするものであるから、ことの性質上、平穏に秩序を保つて行われるべきであるといつても、常に粛然とした行動にとどまらず、ある程度これを超える態様にわたることは、当然これを容認しなければならないところである(昭和五〇年九月一〇日大法廷判決、刑集二九巻八号四八九頁、なかんずく、裁判官小川信雄、同坂本吉勝の補足意見参照)。しかるところ、本件差戻し判決は、単に許可申請手続をしなかつたという点で形式上違法であるにとどまらず、……公共の利益保護の必要上、これに対し地方公共団体のとるべき事前の対応措置の機会を奪い、公共の安寧と秩序を妨げる危険を新たに招来させる点で、それ自体実質的違法性を有すると解すべきことは、前掲昭和三五年の大法廷判決の趣旨に徴して明らかであるとして、一次二審判決を破棄し、当裁判所に差し戻したのであるから、差戻しをうけた当裁判所としては、右の判断に従わざるを得ないところで、従つて本件の集団示威運動は本条例一条本文(ちなみに、右規定が何ら憲法に違反するものではないことも、右判決で説示されている。)に違反し実質的違法性を有するものとして取り扱わなければならない道理である。 二被告人C1の行為について<要旨>被告人C1の前記一の2の行為は、これを全体的に観察すると、本条例五条 ている。)に違反し実質的違法性を有するものとして取り扱わなければならない道理である。 二被告人C1の行為について<要旨>被告人C1の前記一の2の行為は、これを全体的に観察すると、本条例五条にいう「指導」に該当するもの</要旨>といわざるを得ない。なお、検察官は同被告人が被告人C2、H外氏名不詳者二、三名との現場共謀の上、前記一の2の行為に及んだと主張するが、原審及び当審において取り調べられた全証拠をもつてしても、被告人C1が前記一の2の行為をするにつき他人と共謀していた事実はこれを認めることができない。すなわち、証人I5及び同I3の前掲各供述によれば同被告人がB内で当日午後二時三〇分ころ数名の者と話し合つていた事実が認められ、更に同被告人が前述のように演説者を紹介して演説を依頼するや、これに応じ直ちに演説者が演説を始めたことが、証人I1、同I2、同I3、同I4及び同I5の前掲各供述により認められるが、以上の諸事実だけでは、同被告人が本件集団示威運動を指導するにつき他人と共謀していたと推認することはできないし、ほかに検察官主張のような共謀の存在を認めるに足る資料はないから、検察官の右主張は失当である。 そうすると、被告人C1は単独で、無許可の、従つて前記最高裁判所判決の判断に示されているところの実質的違法性を有する本件集団示威運動を指導したことになるから、一応本条例五条に違反する場合に当たるといわなければならない。 三被告人C1における違法性の意識について 1 さきにもふれたように、被告人C1が所属するE4は、前記のとおり羽田空港での参集を決定した際、同時に、昭和四二年一一月一一日には東京都内O公園に集まつてF首相訪米反対の意思表示を行う旨計画し、これについては同被告人の手で東京都公安委員会に本条例一条本文所定の許可を申請し の参集を決定した際、同時に、昭和四二年一一月一一日には東京都内O公園に集まつてF首相訪米反対の意思表示を行う旨計画し、これについては同被告人の手で東京都公安委員会に本条例一条本文所定の許可を申請し、その許可を受けて、計画どおりO公園で本件と同じような集団示威運動が行われたものであり、又、東京空港警察署長作成の「集会、集団行進および集団示威運動に関する条例第二条による許可申請の有無について(回答)」と題する書面主幹日誌(昭和三七年度から昭和四二年度までの部分)、昭和三五年一月一六日付、昭和三六年七月五日付及び昭和四〇年一二月二九日付R新聞朝刊、昭和三五年六月一〇日付、昭和三六年一一月一一日付及び昭和四〇年二月一七日付R新聞夕刊、昭和三五年一月一六日付及び昭和三六年七月五日付S新聞朝刊並びに昭和三五年六月一〇日付、昭和四〇年二月一七日付及び同年一〇月二六日付S新聞夕刊によると、これまで、A内において著名人や内外要人などの送迎又はQ労働組合の争議などの際に東京都公安委員会の許可を受けずに多数人が参集して気勢を挙げたことが従来広く報道されていたことが認められ、以上の諸事実と被告人C1の前掲各供述、殊に右各供述によつて認められる、本件の約二か月前にF首相が台湾やベトナムを訪問した際にも、被告人C1は同じBで本件と同様の抗議行動をとつたにもかかわらず、その際も現場に居合わせた警察官に警告も制止もされなかつた体験をもつていたこと、当日も、前掲A会社からは制止の放送等があつたけれども、同被告人の目前で状況を現認していた制服・私服の警察官からは終始なんらの警告も制止もなされなかつたことをあれこれ総合すると、被告人C1は本件集団示威運動を指導した際、自己の司会のもとに展開されている無許可ではあつても比較的平穏な(この点後述)集団示威運動が法律上許されな も制止もなされなかつたことをあれこれ総合すると、被告人C1は本件集団示威運動を指導した際、自己の司会のもとに展開されている無許可ではあつても比較的平穏な(この点後述)集団示威運動が法律上許されないものであるとまでは考えなかつたと認めるのが相当である。 2 ところで、無許可の集団示威運動の指導者が、右集団示威運動に対し公安委員会の許可が与えられていないことを知つている場合でも、その集団示威運動が法律上許されないものであるとは考えなかつた場合に、かく考えなかつたことについて相当の理由があるときは、右指導者の意識に非難すべき点はないのであるから、右相当の理由に基づく違法性の錯誤は犯罪の成立を阻却するといつてよい。 3 これを本件についてみると、東京空港警察署長作成の前掲書面によれば、従来A内での集団行動に関する許可申請の事例は皆無であり、そして、原審第二回公判廷における検察官の釈明によれば、A内での無許可の集団示威運動に関して指導者などが起訴された事例もまた皆無であるところ、この点については、空港管理者や所轄の空港警察署がこれまで、この種集団行動に対してとつてきた対応の仕方とも関連させて事を考えてみる必要がある。そこで、前掲主幹日誌(これは、空港Bやフインガーをその所有権者として第一次的に管理するP株式会社の、実際に管理業務を担当する保全部警務課の担当職員(保全主幹)が、日常の職務を遂行する過程において自ら経験した事実を日を追つて記載したもので、極めて信用度の高いものであり、原裁判所において刑訴法三二三条三号の書面として取り調べられたものである。)には、昭和三七年から同四二年までの間に、労働組合の集団行動の事例、E8連・E9党関係、諸団体の例、要人等の送迎の例、学生・応援団などが校歌応援歌を合唱する例、右翼の集団行動の例、Bの大混雑振りに )には、昭和三七年から同四二年までの間に、労働組合の集団行動の事例、E8連・E9党関係、諸団体の例、要人等の送迎の例、学生・応援団などが校歌応援歌を合唱する例、右翼の集団行動の例、Bの大混雑振りについて、E4ほか関係諸団体の本件以外の集団行動の例等に分類することのできる多数の事例が克明に記載されていて、それによると、集団行動の規模・態様において本件のそれを上回る事例も少なくなく、なかには空港側の要請によつて警察官が実力規制したものもあること、これにひきかえ、証人I1、同I2、同I3及び同I4の前掲各供述によると、さきにもふれたように、本件集団示威運動が行われていた際B内には空港保全部警務課の担当職員のほか制服や私服の警察官がかなり居合わせたけれども、担当職員から警察官に対し警告方の要請はなく、警察官において独自に本条例所定の警告や制止をすることもなく、事態が進行・推移したことが認められ、以上の諸事実をあれこれ勘案すると、本件集団示威運動は従来のA内でのそれと比較して特に激烈悪質なものではなく、むしろ、その服装や所持品及び継続時間の点からすれば比較的平穏なものであつたと認めるのが相当である。このことと、当時すなわち昭和四二年一一月一二日までの時点では全国各地の裁判所において、無許可集団示威運動につき可罰的違法性がないとされた裁判例がかなり出されており、本件につき東京高等裁判所第九刑事部が宣告した判決においても、本件集団示威運動には可罰的違法性がないとするのが相当であると判示されていること、及び、本件につき最高裁判所第二小法廷がした判決に対しては、一応民意を代弁するものとみて不可ないS新聞及びR新聞がその社説で、無許可集団示威運動の可罰的違法性をむやみに肯定するのは疑問であると批判していることなどに徴すると、被告人C1が行為当時の意識に 、一応民意を代弁するものとみて不可ないS新聞及びR新聞がその社説で、無許可集団示威運動の可罰的違法性をむやみに肯定するのは疑問であると批判していることなどに徴すると、被告人C1が行為当時の意識において、本件の集団示威運動は、従来の慣例からいつても法律上許されないものであるとまでは考えなかつたのも無理からぬところであり、かように誤信するについては相当の理由があつて一概に非難することができない場合であるから、同被告人については、右違法性の錯誤は犯罪の成立を阻却すると解するのが相当である。 四被告人C2の行為について検察官は、被告人C2が被告人C1、H外氏名不詳者二、三名と現場共謀の上本件集団示威運動を指導したと主張するけれども、原審及び当審で取り調べられた全証拠をもつてしても、被告人C2が検察官主張のような共謀をしていた事実を認めることはできない。すなわち、被告人C2が本件集団に対して灰皿の上での約三分間の演説及びシユプレヒコールの音頭を取つたことは前述のとおりであるが、被告人C2がした前記演説は、その前に既に行われた演説(I7の前記演説)と同一内容の繰り返しであつて、従つて事前の打ち合わせや準備又は思索検討を要しないものであつたと考えられ、それに至る経緯も前記のとおりであり、更に同被告人が音頭を取つたシユプレヒコールも被告人C1のそれにならつたものと認められるから、被告人C2のB内における前記言動は検察官主張のような共謀の存在を推認する資料とはなり得ないし、又、司法警察員K、同L、同加藤四朗、同N、同T及び司法巡査Uがそれぞれ撮影した写真によると、同被告人は本件集団の一部が前記「D」の付近で警官隊に阻止された後、その前面をあちこち歩行して話し掛けていたことが認められ、更に、証人I9の原審公判廷における供述によると、同被告人は本 真によると、同被告人は本件集団の一部が前記「D」の付近で警官隊に阻止された後、その前面をあちこち歩行して話し掛けていたことが認められ、更に、証人I9の原審公判廷における供述によると、同被告人は本件集団示威運動に参加したE5の関係者の中では最上位の者であつたことが認められるが、以上の諸事実を総合しても、いまだ、同被告人が検察官主張のように本件集団示威運動の指導につき被告人C1らと共謀したものとは認められず、他にこれを認めるに足る資料はない。なお、同被告人の行動がそれだけで本件集団示威運動の指導に当たるかというに、同被告人の本件集団に対する働きかけと目されるものは前記演説とシユプレヒコールの音頭とに過ぎないと考えられるが、この程度の言動は、これが被告人C1やI7のまねごとに過ぎない点を考慮すればそれだけで本件集団示威運動の指導に当たるとは到底考えられない。 五以上のとおりであつて、結局被告人両名に対して無罪の言渡をすべき筋合いであり、原判決には、本件集団の行動が本条例一条本文所定の集団示威運動に当たらないとした点において、事実の誤認又は法令の解釈若しくは適用の誤りがあるといわざるを得ないけれども、原判決が被告人両名に対して無罪の言渡をしたのは結局正当て、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかだとはいえないから、論旨はいずれも理由がないことに帰する。 よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決をする。 (裁判長裁判官寺尾正二裁判官山本卓裁判官渡邊惺)

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る