- 1 -主文原判決を破棄する。 本件を札幌高等裁判所に差し戻す。 理由 上告代理人冨岡公治ほかの上告受理申立て理由第4について 本件は,上告人の従業員であったA(以下「A」という。)の相続人である被上告人らが,Aが急性心筋虚血で死亡したのは,上告人がAの健康状態に対して十分な注意を払わずにAをして宿泊を伴う研修に参加させたことなどが原因であるとして,上告人に対し,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償を求めている事案である。 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。 (1)事実関係アA(昭和18年▲月▲日生まれ)は,昭和37年に日本電信電話公社に入社して旭川事業所に配属され,その後,その雇用関係は,同公社からB株式会社を経て上告人に引き継がれた。 イAは,平成5年5月に職場の定期健康診断で心電図の異常を指摘され,同年7月に市立旭川病院に入院して精密検査を受けた結果,陳旧性心筋梗塞と診断された。その際,Aには,遺伝的に総コレステロール値が高くなる疾患で,虚血性心疾患の危険因子となる家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)が認められた。Aは,同年8月及び同年12月に同病院に入院して経皮的経管的冠状動脈血管形成術の手術を受けるなどしたが,結局,冠状動脈の2枝に障害のある状態は改善されず,その後は内服治療を続けることとなった。 - 2 -ウ上告人においては,平成13年4月以降,事業構造改革が進められていたところ,Aは,これに伴う雇用形態及び処遇体系の選択に当たり,上告人との雇用契約を継続し,60歳を定年として法人営業等の業務に従事することなどを条件とする「60歳満了型」を選択したため,同14年4月24日付けで法人営業部門に配置換えとなり,法人営業に必要な技能等の習得を目的とする研修(以下「本件研修」という。) の業務に従事することなどを条件とする「60歳満了型」を選択したため,同14年4月24日付けで法人営業部門に配置換えとなり,法人営業に必要な技能等の習得を目的とする研修(以下「本件研修」という。)への参加を命じられた。本件研修は,同日から約2か月間にわたって,札幌市内や東京都内の上告人の研修施設等で行われたものであり,その研修期間中,研修施設やホテルでの宿泊を伴うものであった。 エAは,平成14年6月7日,札幌市内での研修終了後に旭川市内の自宅に帰宅し,日曜日である同月9日の午前中,墓参りのため北海道樺戸郡新十津川町所在の先祖の墓に1人で出かけたが,同日午後10時過ぎころ,先祖の墓の前で死亡しているのを発見された。 オAの直接の死因は急性心筋虚血であるが,これは,上告人における事業構造改革に伴う雇用形態及び処遇体系の選択の際の精神的ストレス並びに本件研修への参加に伴う精神的,肉体的ストレスが,前記のとおりの基礎疾患を有していたAの冠状動脈の状態を自然の経過を超えて増悪させ,心筋梗塞などの冠状動脈疾患等が発症したことによるものであった。 (2)本件訴訟の経過ア上告人は,第1審の第8回口頭弁論期日に陳述した平成16年3月31日付け準備書面において,Aは,死亡した当日,墓の手入れのためにスコップを持参して地面を掘り起こす運動を行って心臓に激しい突発的な負荷をかけたものであるとし,Aの死亡については,Aの自己健康管理保持に著しい過失があり,また,Aが- 3 -スコップを持参して墓の手入れに行くことを制止しなかった被上告人らにも過失がある旨主張したが,同期日において,これは過失相殺を主張する趣旨ではない旨釈明した。その後,第1審において,上告人から本件につき過失相殺をすべきである旨の主張がされたことはなかった。 なお,第1審において,A したが,同期日において,これは過失相殺を主張する趣旨ではない旨釈明した。その後,第1審において,上告人から本件につき過失相殺をすべきである旨の主張がされたことはなかった。 なお,第1審において,Aが家族性高コレステロール血症にり患していること又はその疑いのあることを示す文書(甲第11号証の市立旭川病院の入院経過概要)が書証として提出されていたが,被上告人らが提出したその訳文(甲第13号証)では,家族性高コレステロール血症を示す略語である「FH」が脂肪肝と誤訳されたり,当該部分の翻訳が省略されたりしていた。第1審において,Aが家族性高コレステロール血症にり患していた旨の主張は,上告人からも被上告人らからもされることはなかった。 イ第1審判決は,上告人の不法行為責任を認め,上告人に対し被上告人ら各自に3314万1886円及びこれに対する遅延損害金を支払うよう命ずる限度で被上告人らの請求を認容したが,その理由中において,Aにつき動脈硬化に関する遺伝的素因等を具体的に認めるに足りる的確な証拠が見当たらない旨述べており,過失相殺については何ら言及しなかった。 ウ上告人は,控訴理由を記載した平成17年5月11日付け準備書面において,Aが家族性高コレステロール血症にり患していたことを指摘し,また,同年6月27日付け準備書面(原審第2回口頭弁論期日に陳述)において,予備的主張として,Aが陳旧性心筋梗塞の合併症を有する家族性高コレステロール血症にり患していたことなどから,過失相殺に関する規定を類推適用して上告人が賠償すべき金額を減額すべきである旨主張した。 - 4 - 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,上告人の不法行為を理由とする被上告人らに対する損害賠償の額を定めるに当たり過失相殺に関する規定(民法722条2項)の類推適 - 4 - 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,上告人の不法行為を理由とする被上告人らに対する損害賠償の額を定めるに当たり過失相殺に関する規定(民法722条2項)の類推適用をしなかった。 (1)上告人は,第1審において過失相殺を主張しない旨釈明しているところ,控訴審において過失相殺に関する規定の類推適用を主張することは,著しく信義に反するものであり,また,第1審の軽視にもつながるものである。したがって,上告人の上記主張は,訴訟上の信義則に反するものとして許されない。 (2)上記の経緯に照らすと,本件において,上告人の主張がないのに過失相殺に関する規定を類推適用することは相当でない。 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。 (1)被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において,当該疾患の態様,程度等に照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の規定を類推適用して,被害者の疾患をしんしゃくすることができる(最高裁昭和63年(オ)第1094号平成4年6月25日第一小法廷判決・民集46巻4号400頁参照)。このことは,労災事故による損害賠償請求の場合においても,基本的に同様であると解される。 また,同項の規定による過失相殺については,賠償義務者から過失相殺の主張がなくとも,裁判所は訴訟にあらわれた資料に基づき被害者に過失があると認めるべき場合には,損害賠償の額を定めるに当たり,職権をもってこれをしんしゃくすることができる(最高裁昭和39年(オ)第437号同41年6月21日第三小法廷- 5 -判決・民集20巻5号1078頁参照)。このこ は,損害賠償の額を定めるに当たり,職権をもってこれをしんしゃくすることができる(最高裁昭和39年(オ)第437号同41年6月21日第三小法廷- 5 -判決・民集20巻5号1078頁参照)。このことは,同項の規定を類推適用する場合においても,別異に解すべき理由はない。 (2)前記事実関係等によれば,Aが急性心筋虚血により死亡するに至ったことについては,業務上の過重負荷とAが有していた基礎疾患とが共に原因となったものということができるところ,家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)にり患し,冠状動脈の2枝に障害があり,陳旧性心筋梗塞の合併症を有していたというAの基礎疾患の態様,程度,本件における不法行為の態様等に照らせば,上告人にAの死亡による損害の全部を賠償させることは,公平を失するものといわざるを得ない。 原審は,前記3(1)記載の理由により,上告人が原審において過失相殺に関する規定の類推適用を主張することは訴訟上の信義則に反するものとして許されないというのであるが,そもそも,裁判所が過失相殺に関する規定を類推適用するには賠償義務者によるその旨の主張を要しないことは前述のとおりであり,この点をおくとしても,前記2(2)記載の本件訴訟の経過にかんがみれば,第1審の段階では上告人においてAが家族性高コレステロール血症にり患していた事実を認識していなかったことがうかがわれるのであって,上告人の上記主張が訴訟上の信義則に反するものということもできない。 (3)そうすると,上告人の不法行為を理由とする被上告人らに対する損害賠償の額を定めるに当たり過失相殺に関する規定(民法722条2項)の類推適用をしなかった原審の判断には,過失相殺に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。 以上のとおり,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼ 相殺に関する規定(民法722条2項)の類推適用をしなかった原審の判断には,過失相殺に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。 以上のとおり,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法- 6 -令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,更に審理を尽くさせるため,原審に差し戻すのが相当である。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官才口千晴裁判官横尾和子裁判官甲斐中辰夫裁判官泉徳治裁判官涌井紀夫)
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