平成25(ワ)106 水利権確認等請求事件

裁判年月日・裁判所
平成27年1月14日 大分地方裁判所 その他
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判決文本文14,154 文字)

平成27年1月14日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成25年(ワ)第106号水利権確認等請求事件口頭弁論終結日平成26年11月12日判決 主文 1 原告と被告との間で,原告が毎年4月1日から10月15日までの間,大分県由布市a町b字cd番の山林内の流水から取水し,A水路を経由して大分県由布市a町e字f地区に導水して利用する権利を有することを確認する。 2 被告は,原告が前項の取水及び導水を行うことを妨害してはならない。 3 原告のその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は,これを12分し,その5を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求の趣旨 1 原告と被告との間で,原告が毎年1月1日から12月31日までの間,大分県由布市a町b字cd番の山林内の流水から取水し,A水路を経由して大分県由布市a町e字f地区に導水して利用する権利を有することを確認する。 2 被告は,原告が前項の取水及び導水を行うことを妨害してはならない。 第2 事案の概要本件は,原告が,被告に対して,被告が所有する水源地(以下「本件水源地」という。)から取水及び導水して利用する権利(以下「本件水利権」という。)を原告が有することの確認,及び本件水利権に基づく原告の本件水源地からの取水及び導水に対する被告による妨害排除を求めた事案である。 1 争いのない事実等以下の事実は,当事者間で争いがないか,括弧内掲記の証拠(証拠の枝番号 については,括弧を付して表記する。)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。 ⑴ 当事者等ア被告は,大分県由布市a町bに属する行政自治区の一つであり,本件水源地である同町b字cd番の山林内にある「B」水源地を する。)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。 ⑴ 当事者等ア被告は,大分県由布市a町bに属する行政自治区の一つであり,本件水源地である同町b字cd番の山林内にある「B」水源地を所有する法人格なき社団である(甲2,3)。 イ原告は,大分県由布市a町ef区内の住民で,別紙1見取図朱線表示の経路で本件水源地からC谷を経て同区に通水するA水路(以下「本件水路」という。)を利用する者によって構成され,本件水路を維持管理している法人格なき組合である(甲1,5,7,乙4,7)。 原告は,本件水路の維持管理をすることにより,農作物の生産向上を図ることを目的とし,組合員が農地を失った場合には,その資格を失うとされ,本件水路に家庭排水を放流するものを準組合員としている(甲1)。 なお,本件水路は,明治3年に起工し,明治4年に完成した総計約4キロ,4か所の隧道を伴う水路である(乙13,25)。 ⑵ 明治3年4月,D組(被告)は,f村(大分県由布市a町eに属する自治区の一つであるf区),g村(同町eに属する自治区の一つであるg区),h村(同町bに属する自治区の一つであるh区)などとの間において,「E規定」と題する協定書(甲4。以下「本件明治協定書」という。)が作成された。 本件明治協定書の記載は,別紙2(甲14の一枚目及び二枚目)のとおりであり,本件水源地である「B水源」からf村,g村,h村に分水する内容が記載されている(なお,同協定書の意味については,後記のとおり,争いがある。)。 ⑶ 本件水源地からの分水形態本件水源地内を常時流下している流水の水路に原告が土のうなどで堰(以下「一番俵」という。)を設け,一番俵の上部から原告が設置した水路に分水 してコンクリート枡(以下「本件コンクリート枡」と 本件水源地内を常時流下している流水の水路に原告が土のうなどで堰(以下「一番俵」という。)を設け,一番俵の上部から原告が設置した水路に分水 してコンクリート枡(以下「本件コンクリート枡」という。)に導水し,その上部に設けた横穴から本件水路に通水する方法で分水がされている(甲10,36,乙8⑵,39)。 本件コンクリート枡の下部には排水口を開閉するサブタ(以下「本件サブタ」という。)が設けられており,本件サブタを引き上げれば,本件コンクリート枡の下部から水が流れ出し,水位が下がるので,水槽上部の横穴から本件水路には水が流れなくなる構造となっている(甲36,乙20,39,42)。 本件水源地に係る原告と被告の関わり原告は,被告に,本件水源地から分水している代わりに,昭和22年頃まで水恩米を,その頃以降は水恩料を届けており,田植え前の時期に本件水路や本件コンクリート枡などを清掃する井手普請を行い,本件水源地と本件水路の状況を確認して被告を招いた宴会を催したりする「井手上げ」を行うなどしていた(甲27,乙1⑴,8⑵,9⑴⑵,10,11,36)。 被告は,平成23年12月頃,f区に対して,本件水利権は毎年4月から9月までであることを内容とする協定書の締結を求め,少なくとも,それ以降,原告が本件サブタを下ろしても,直ぐに本件サブタを引き上げる状態が続いている(甲11,12)。 2 主要な争点⑴ 本件水源地からの分水期間⑵ 本件水利権の帰属主体第3 主要な争点に対する当事者の主張 1 争点⑴について【原告の主張】⑴ 本件明治協定書によって,f区が本件水利権を有することが確認されており,同協定書には,分水の時期を制限するような文言はない。 被告が指摘する「A成 点⑴について【原告の主張】⑴ 本件明治協定書によって,f区が本件水利権を有することが確認されており,同協定書には,分水の時期を制限するような文言はない。 被告が指摘する「A成就之上畑田成出来」との文言は,水路が完成すると畑が田になるという客観的事実を意味しているに過ぎず,分水の時期を制限するのであれば,分水に関する重要な事項であるから文書上も明確にするはずであるが,そのような文書は存在しない。 ⑵ア f区は,本件明治協定書以前から上水道がなかった昭和40年代に至るまで,時期を制限することなく本件水源地より飲料水をはじめとする生活用水として分水していた。 通年で分水できなければ,f区,特にi部落では,本件水路に飲料水などの生活用水を依存していたため,およそ生活が成り立ち得なかった。このことは,本件水路開発記念碑にi部落では用水が不便であったと記載されていること,i部落がf区や原告とは別に水恩料を被告に納めていたことからも明らかである。 また,f区には,最も多い時期には農耕用の牛馬が120頭前後おり,これらを飼育するためにも大量の水が必要であり,その他精米にも水車の動力とするため,本件水路の水が必要であった。 本件水路は,その全長が4キロに及び,数か所の手堀りの隧道があることから,本件水路事業は,本件水路の記念碑が記載するように,これが完成した明治初期においては大規模な事業であった。時期を制限する分水のために,本件水路事業を行うものとは考え難い。 原告の規約によれば,本件水路を家庭排水の排水路としても使用することが予定されているところ,本件水路に通年で通水していることが前提となっている。 原告の活動記録によっても,10月から4月頃の井手上げまでの間,本件水路に水が流れていたことが記載されている。 a町の上 定されているところ,本件水路に通年で通水していることが前提となっている。 原告の活動記録によっても,10月から4月頃の井手上げまでの間,本件水路に水が流れていたことが記載されている。 a町の上水道設置に際し,a町は,本件水源地の水利権者として,被告ではなく,f区との間で協定を交わしている。 イ被告の主張に対する反論水恩米や水恩料という名称,町誌や記念碑の記載によっても,本件水路が水田のための灌漑用水の確保が主たる目的であったことを示すに留まり,本件水源地からの分水時期が制限されていたことを裏付けるものとはいえない。また,町誌の記載は不正確であり,当該記載を鵜呑みにすることはできない。 本件コンクリート枡は,通水管に木の枝などの浮遊物が流入しないようにする構造になっているなど土砂や木の枝が本件水路の貫に流入し,貫の管理に支障を来すことを防止するために設置されたものである。 被告が指摘する原告の規約は,平成12年4月1日施行日直前頃に作成されたものであり,当時,既に上水道が普及して30年以上も経過しており,本件水路の水需要は主として水田の灌漑用水になっていたものであるから,原告の規約と本件水源地からの分水時期の制限の有無とが関係しているとはいえない。 ⑶ア本件水源地内の流水は,本件水路に導水されなければ,大分川へと流下するのみであるから,期間を限定する合理的必要性はない。 イ被告主張の下流域にある水田はほとんど耕作されておらず,被告・h地区の用水は,本件水源地とは別の水源地の水で賄われており,同水源地の湧水量は本件水源地よりも多く,両地区において,必ずしも本件水源地からの分水が必要ではない。 以上から,本件水源地からの分水について,時期に制限がされていないというべきである。 【 同水源地の湧水量は本件水源地よりも多く,両地区において,必ずしも本件水源地からの分水が必要ではない。 以上から,本件水源地からの分水について,時期に制限がされていないというべきである。 【被告の主張】⑴ 本件明治協定書には,本件水源地である「B水源」の使用目的,分水割合等について取決めがなされており,同協定書は,「A成就之上畑田成出来」との記載からも明らかなように灌漑用水目的で作成されており,その分水期 間は,春に本件水路に水を導く井手上げを行い,初秋までの間の米の耕作期間とされている。 ⑵ア本件水路ができる明治4年以前は本件水源地からf区まで水を引いていたことはなく,また,本件水路が設置された後も灌漑用水として使われていたに留まり,生活用水になっていたことはない。このことは,f区が本件水源地から分水している代わりに水恩米や水恩料を届けていること,f村(f区)がD組(被告)に対して明治3年2月に宛てた文書の文言,本件水路に関する町誌や記念碑の記載によっても明らかであり,また,本件水源地一帯では,牛の放牧がなされており,本件水路や流水には糞尿が流入しており,生活用水に耐え得るものではなかった。 本件水路は,平成3年3月の大分県a町の調査時には隧道の崩落等によって実際に通水される状況にはなかった上,平成6年頃の改修事業が行われるまでは,そもそも蓋がなかったことから,冬期は落ち葉や土によって水路が塞がれていたため,田植え前の時期に行われる井手普請まで通水できる状況ではなかった。井手普請後の井手上げが田植えの時期に連動した時期に行われているのも,本件水源地からの分水が通年でないことを裏付ける。 本件水源地から本件水路への分水に際して,堰やマスを作り,本件サブタを設けているのは,分水時期を制限して通水を止 時期に行われているのも,本件水源地からの分水が通年でないことを裏付ける。 本件水源地から本件水路への分水に際して,堰やマスを作り,本件サブタを設けているのは,分水時期を制限して通水を止めるためである。本件コンクリート枡が作られる平成6年頃までは,一番俵の土のう,本件コンクリート枡が設置された場所にあった二番俵と称する土のうが大雨や台風などによって自然に崩壊しており,冬期に本件水源地から本件水路に流水することはなく,崩壊の時期が遅いときには,被告が俵を外していた。 原告の規約に定める目的も農作物の生産向上を図ることとされているなど原告の規約によっても,本件水源地からの分水が灌漑目的であることが明らかである。 平成23年12月18日に被告とf区との間で協議した際には,f区は本件水源地からの分水が灌漑用であることを認めていた。 イ原告の主張に対する反論f区は,本件水路を用いた本件水源地からの分水のみならず,C谷の水を導水して通水しており,仮に被告が許容していない期間において通水がなされていたとしても,本件水源地からの分水ではない。 f区に原告主張の牛馬数がいたことや水車があったことは,確認できない。i地区には,貯水タンクがあり,本件水源地とは別の水源地から貯水タンクに通水し,また,付近には川があり,井戸や出水も存在しており,加えて,被告がi地区から水恩料を受け取ったのは平成元年以降である。 本件水路は,灌漑用水路として設置されたものであり,仮に家庭排水路として用いられていたとしても,本来の用途と違う用途として使われているものであり,本件水源地からの分水が通年であることと家庭排水路であることは関係ない。 原告の活動記録の記載によっても,f区は,本件水源地以外の水源地を前 の用途と違う用途として使われているものであり,本件水源地からの分水が通年であることと家庭排水路であることは関係ない。 原告の活動記録の記載によっても,f区は,本件水源地以外の水源地を前提に記録がされており,本件水源地からの分水が通年であることを何ら裏付けるものではない。 a町の上水道設置に伴う取水について,被告は,f区とa町との協定に先立つ昭和24年頃に,a町が取水することについて了承している。また,当該取水に伴うa町とf区との協定書には,灌漑用水として分水するとの記載がある。 ⑶ 本件水路の下流域には,被告の水田があり,またj区・h地区の堰があって重要な水路として利用され,冬期は水量が少なくなるため,農業用水,養魚場や防災用水等に使用しており,分水時期を制限する合理的理由がある。 以上から,本件水源地からの分水期間は,灌漑用水として使用する米の耕作期間である。 2 争点⑵について【原告の主張】⑴ 本件水利権の帰属主体は,当初,f区であったものが,遅くとも,昭和50年前後頃,原告に承継された。 ⑵ 権利の承継は,権利者と次の権利者との間の承継であり,被告との契約を必要とするものではない。 【被告の主張】被告とf区との間では,通水について取決めがされたものの,f区と原告は別団体であり,被告は,原告との間では何ら合意をしていないから,原告に本件水利権は帰属しない。 第4 当裁判所の判断 1 争いのない事実等に加え,証拠(各事実末尾記載)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これに反する証拠は採用できない。 ⑴ 明治3年以前にも,i地区には六,七戸の居住者がおり,牛を飼うなどしていた(証人F,原告代表者)。 ⑵ 明治3年2月頃,f村は,D組に対して,同村内の水源から分 反する証拠は採用できない。 ⑴ 明治3年以前にも,i地区には六,七戸の居住者がおり,牛を飼うなどしていた(証人F,原告代表者)。 ⑵ 明治3年2月頃,f村は,D組に対して,同村内の水源から分水することを申し入れ,分水の代わりに水恩米を差し出し,また,貫や井手の普請をすることとし,普請がなされた後は堰上げによって通水することとするなどと記載した文書を届けた(乙1)。 ⑶ 明治4年頃,完成した本件水路によって,主にi地区の荒地8ヘクタール余りが水田となり,f・g集落を合わせて,約13ヘクタールの新田が開かれた(乙13)。 ⑷ 昭和23年9月,f区が建立したA開発記念碑には,本件水路によって,「八町四反余ノ荒地一躍美田ト化シ」との記載がある(甲36,40)。 ⑸ 昭和33年7月26日,被告は,f区との間で,本件水路とは別の水路か らの漏水を同日から当該年度の稲作期間中に限定して分水するとの内容の契約書を交わした(乙31。以下,当該契約書を「本件昭和33年契約書」という。)。 ⑹ 昭和39年12月18日,a町は,被告の水利利用代表者との間で,飲料水施設設置事業に伴う飲料水源を本件水路から取水することに関連して,本件水路とは別の水路から漏水している水を本件水路に分水し,本件水路関係者による分水に係る設備の変更を禁止しつつ,その代替として水路取込口及び水路の一部の補修経費をa町が負担するとの内容の協定書を交わした(甲 。以下,当該協定書を「本件昭和39年協定書」という。)。 ⑺ 昭和40年頃,a町は,a町e地区の飲料水施設設置事業を実施し,これによって,f区,g区,k区には水道が引かれ,これによって飲料水,生活用水等が賄われるようになった(甲30⑵)。 その際,a町から被告に対して,e水源から取水して水道 施設設置事業を実施し,これによって,f区,g区,k区には水道が引かれ,これによって飲料水,生活用水等が賄われるようになった(甲30⑵)。 その際,a町から被告に対して,e水源から取水して水道水にすることや取水量についての協議は,特になされていなかった(証人G)。 ⑻ 昭和40年9月6日,a町は,飲料水施設設置に際して,本件水源地より上流から取水することとし,下流に位置する本件水源地からの分水に影響があるため,f区等との間で,「a町営水道(e水源)に関する協定書」(以下「本件昭和40年協定書」という。)を交わした。同協定書には,f区長とは別に「f新井路代表」の記名押印がある(甲19)。 本件昭和40年協定書には,「飲料水源をgf新井路かんがい用水の水源大字b通称Bより取水する事に関連して」との記載があり,a町の水道水源を本件水源地と定め,取水量や灌漑用水最需要期に用水不足となった際には調整することなどを定めており,取水の時期は制限されておらず,当該協定書においても,被告は当事者とされていない(甲19,26,証人F)。 ⑼ 昭和48年1月29日,被告は,a町との間で,本件水源地とは別の水源について,慣行水利権を1940万円で譲渡するとの契約を交わした(甲1 1別紙参照,21)。 ⑽ 昭和49年3月22日,g新井路水利組合は,a町との間で,水利権を売買する契約を締結し,その際,被告は,当該契約に関与していない(甲9,24)。 ⑾ 被告は,f区の他に,少なくとも平成2年頃から原告から,水恩料等を受け取っている(乙9⑵,10)。 ⑿ 平成3年3月2日,H株式会社(以下「H」という。)は,本件水源地からC谷までの水路の状況を調査した(乙25。以下「本件水路調査」という。)。 本件水路調査によれば,本件水路のうち 。 ⑿ 平成3年3月2日,H株式会社(以下「H」という。)は,本件水源地からC谷までの水路の状況を調査した(乙25。以下「本件水路調査」という。)。 本件水路調査によれば,本件水路のうち,本件水源地からC谷を経た当たりまでの調査対象とされた3つの隧道内には,天井崩落,崖崩れ,斜面からの土砂流入が生じ,土砂や石が堆積するなどしており,30㎥から40㎥の土砂搬出が必要な隧道があり,また,C沢取込口が欠落しているが,そこより水を取水できるとされており,同年4月上旬までにCの取込口から本件水路に取水することで仮復旧する予定とした(乙25,証人F)。 ⒀ 平成3年から平成6年の間,原告が自ら本件水路の土砂搬出作業や管の補修をしたり,業者に依頼したりしたことはなかったものの,f区内の本件水路は通水し,井手普請や井手上げがなされ,さらに田植え及び収穫がなされている(甲17,37,39,証人F,原告代表者,被告代表者)。 ⒁ 平成6年4月4日,原告が契約担当者となって,Hとの間で,本件水路の浚渫改修工事を発注した(甲8)。 平成6年度a町による本件水路の改修事業によって,当該場所の水路に蓋が設置された。本件水路(特に急傾斜地であるC谷付近)では,土の埋没や落ち葉の詰まりが頻繁に生じ,しばしば水路が塞がれることがあったため,井手普請では,堆積した落ち葉や土を水の力を利用して流して掃除することがあった(甲17,乙17,19,証人F,原告代表者)。 また,同改修事業において,本件コンクリート枡が設けられた。本件コン クリート枡は,井手から水路で本件コンクリート枡まで水を引き,水を本件コンクリート枡に貯めて土砂を沈殿させ,本件コンクリート枡の上部に貫に至る通水管を設け,通水管の入口に金属製の格子を設置している。時間が経つと本 手から水路で本件コンクリート枡まで水を引き,水を本件コンクリート枡に貯めて土砂を沈殿させ,本件コンクリート枡の上部に貫に至る通水管を設け,通水管の入口に金属製の格子を設置している。時間が経つと本件コンクリート枡の底に土砂が溜まるものの,本件コンクリート枡の下流側に溜まった土砂を流すことができる排水路が設けられており,本件サブタを用いて排水できる構造となっている(甲10⑵,乙20)。 本件コンクリート枡は,本件水源地から一番俵を経て本件水路に分水するにあたって,何もなければ本件水路に流入しないことから導水する役割を果たし,f区から被告に対して設置を申し入れ,本件サブタの設置を含む設計図面を渡して,被告から了承を受けて設置されるに至ったものである。これに対して,一番俵については,f区や原告から被告に対して恒常的なものにしようとの申し入れはなかった(甲25,31,乙51,証人G,証人F,原告代表者,被告代表者)。 ⒂ 平成7年3月28日,原告は,被告と,G宅において,被告が本件サブタを上げるなどして本件水路に通水しないようにしたことから通水について協議をした(甲17,26,証人F,原告代表者)。 その後,同年4月10日に本件水路の通水がなされた(甲17,証人F)。 同月29日,井手上げが行われた(甲17)。 ⒃ 平成7年12月1日,a町は,被告との間で,本件水源地からの取水について,年額60万円の水源地使用量を支払うとする協定書を交わし,さらに,昭和40年から同協定書作成まで補償金を支払っていなかったため,遡って5年分の損失補償として300万円を支払う補償契約書を交わして,取水料金の支払を開始した,証人G,証人F)。 ⒄ 平成23年12月18日,原告と被告が本件水源地からの分水について協議をし,その際 5年分の損失補償として300万円を支払う補償契約書を交わして,取水料金の支払を開始した,証人G,証人F)。 ⒄ 平成23年12月18日,原告と被告が本件水源地からの分水について協議をし,その際,被告から,同分水期間が4月から10月であり,10月には被告関係者が本件水路への導水を止めていたことや4月から10月まで の通水も制限するなどの発言があった(乙15,証人F,被告代表者)。 ⒅ 本件水路に関係するその他の事情ア一番俵は,f区やg区などが土のうなどを積み上げて設けていたもので証人G,証人I,被告代表者)。 イ f区は,相当以前から,C谷の井堰にパイプを設置し,C谷の水を本件水路に導水しており,また,当該堰の下流にはコンクリート枡が設置されており,同枡は,サブタが設けられているなど本件コンクリート枡と同様の構造である。(甲36,乙16⑶,17,40⑵,43,47,原告代表者,被告代表者)。 ⒆ 原告の昭和55年以降の本件水路管理に関する活動記録には,10月から4月までの間でも本件水路の水が止まったために確認したり,本件水路の詰まりを除去したりしており,4月に井手普請及び井手上げをし,平成3年や平成5年にあっても井手普請や井手上げが行われ,平成3年の井手普請は1日で終了したことが記載され,本件水路の水源について水源地,「水の本」との表記がある一方で本件水源地について「ショウジガ本」と表記され,その他「Cの谷」との表記がある(甲17,37,乙35)。 2 争点⑴について⑴ア本件明治協定書には,本件水利権に触れていながら,分水の時期を制限する明確な文言はなく,本件水路への別の水源からの分水についても,本件昭和39年協定書及び本件昭和40年協定書には本件水源地からの分水が通年を前提とした記載があるの 触れていながら,分水の時期を制限する明確な文言はなく,本件水路への別の水源からの分水についても,本件昭和39年協定書及び本件昭和40年協定書には本件水源地からの分水が通年を前提とした記載があるのに対して,時期を制限している本件昭和33年契約書では稲作期間中に限定して分水すると特記しており,これら文書の記載からは,本件水利権について,特段時期を特定されていなかったものと認められる。 しかしながら,水利権は,その性質上,利水目的に必要なだけの水を利 用できる権利であって,時期が明確に特定されていないことから,直ちに利水目的を超える水利用が認められるものではなく,本件明治協定書による合意にあっても,このことは同様というべきである。 イこれに加えて,昭和40年頃,a町は,上水道を設置するにあたり,被告との間で取水量等について協議をしていない上,被告も,昭和48年頃にはa町に慣行水利権を有償で譲り渡しながら,平成7年まで本件水源地からの取水についてはa町から補償金を授受していなかった。 ウそうすると,本件水源地から本件水路への分水について,被告は,f区や原告に対して,本件水利権の利水目的の範囲内では優先権を主張できる関係にないものと認められる。 ⑵ 本件水利権の目的について検討する。 ア上記認定事実によれば,原告やf区が被告に対して水恩米を納めているところ,明治時代から昭和初期にかけての米の価値を考慮すると,当該事情によって,本件水路が灌漑用水目的であると推認されるとまでは言い難い。 また,本件コンクリート枡は,原告が被告に設計の上で設置を申し入れて被告が了承しているところ,本件コンクリート枡がなければ,本件水路に本件水源地から分水することが困難であったものと認められるものの,その構造は,Cの谷の下流に 原告が被告に設計の上で設置を申し入れて被告が了承しているところ,本件コンクリート枡がなければ,本件水路に本件水源地から分水することが困難であったものと認められるものの,その構造は,Cの谷の下流にあるコンクリート枡と同様であるから,本件サブタは土砂を流すために設けられたものというべきで,灌漑用水目的であったことを前提に,必ずしも本件水源地からの分水時期を制限するために設けられたものとはいうことはできない。さらには,被告代表者の供述によれば,本件水路に水が流れなくするために被告が作業をする際の行事は特段なく,時期も明確ではなく,さらに,本件水路への分水を止めることを本件水源地所有の被告が実施する明確な理由もない。したがって,これらの事情によっても,本件水利権の目的が灌漑用水目的であったとまで は言い難い。 イしかしながら,本件明治協定書やその前年のf区から被告に充てた文書の記載,本件水路完成後に新田が開かれ,そのことが開発記念碑に特に記載されていること,本件昭和33年契約書においても稲作期間中を重視していること及び本件昭和40年協定書には「かんがい用水」との文言が用いられているなど,灌漑用水目的を前提とした記載が存する。 また,井手普請では,本件水路に堆積した落ち葉や土を水の力を利用して掃除することがあったことに照らせば,稲作に先立って井手普請に際して通水することで水の力を利用できるようになるものと推認されることが自然であって,そうすると,本件水路が井手普請に先立って通水していたとは言い難い。このことは,井手上げが田植えの時期前に行われていたことと合致する。この点,原告代表者は,井手普請に先だって通水していたと供述するものの,にわかに採用できない。 さらに,本件コンクリート枡の設置にあたっても,本件水源地から分水する に行われていたことと合致する。この点,原告代表者は,井手普請に先だって通水していたと供述するものの,にわかに採用できない。 さらに,本件コンクリート枡の設置にあたっても,本件水源地から分水するための一番俵については,大雨や台風などで自然に崩壊することがありながら,恒常的な施設を設置されることはなく,原告からそのような提案がなされたこともないことに照らすと,本件水源地からの分水が恒常的なものではなくとも,利水目的が果たされるものと認識していたものと認められる。 他方で,本件水路には,原告の活動記録によれば,稲作をしていない10月から4月の間でも通水していたことがあると認められる。これらのことは,昭和年代において通年で本件水路に通水していたことを前提とする陳述書(甲23,24,26ないし28,38)及び証言(証人J,証人F,原告代表者)と内容が合致する。しかし,本件水源地の他にも,Cの谷から取水しており,また,本件昭和39年協定書によっても本件水路への分水が予定されていたことが窺え,さらに,本件水路調査によっても本 件水源地からの分水によって本件水路の通水が容易にはできない時期があってCの谷など別の水源地からの取水によって仮復旧しており,原告自ら本件水路の修繕に務めていないにもかかわらず,稲作がなされていることからすると,本件水路の通水が必ずしも本件水源地からの分水によるものとまではいい得ない。また,原告の活動記録の記載によっても,その記載から当然に水源地が本件水源地と特定できるものではなく,当該結論に影響しない。 加えて,本件水路完成前からf区内のi地区にも居住者がおり,必ずしも本件水路がなければi地区内で生活ができなかったというものではなく,明治初期における本件水路事業が多大な負担を伴うものであったとしても,本件 件水路完成前からf区内のi地区にも居住者がおり,必ずしも本件水路がなければi地区内で生活ができなかったというものではなく,明治初期における本件水路事業が多大な負担を伴うものであったとしても,本件水源地からの分水が灌漑用水目的であったことに影響しないというべきである。 これらのことを考慮すると,その文言においても,慣行においても,本件水利権の利水目的が灌漑用水目的であったものと認められる。 ウ原告は,本件水利権につき,これに加えて生活用水等の目的が存すると主張する。しかし,その利水目的については,上記のとおりであり,そのほか本件全証拠に照らしても,本件水利権が生活用水等を含んでいたと認められるに足りる証拠はなく,その上,昭和40年頃にa町による上水道設置によって,その生活用水が賄われており,本件水利権の利水目的が変わった場合,本件明治協定書記載の水利権との同一性が保持し得ないというべきところ,昭和40年頃以降も本件水源地からの分水を変わらず行い,原告又はf区と被告との間で特段協議をしたものとは認められないことからすると,本件水利権の利水目的が灌漑用水目的であったというべきであり,原告の主張は,採用できない。 以上によれば,本件水源地からの分水について,本件明治協定書上,時期の制限の定めがなく,被告が原告やf区に対して本件水利権の目的の範疇で は優先権を主張できない状況下にあっても,原告は,灌漑用水目的での利水を超えて,本件水源地からの分水をすることができない。 そして,本件水利権の灌漑用水目的が町誌や記念碑の記載を前提にすると稲作を前提とする灌漑用水であって,平成23年12月18日の被告の発言等を併せ考慮すると,原告が本件水源地からの分水を主張できる期間は,稲作開始前に準備をする期間等を考慮して毎年4月1日から すると稲作を前提とする灌漑用水であって,平成23年12月18日の被告の発言等を併せ考慮すると,原告が本件水源地からの分水を主張できる期間は,稲作開始前に準備をする期間等を考慮して毎年4月1日から10月上旬の期間であるというべきである。 なお,原告は,本件水路に通水していない場合には,本件水路が劣化するなどの影響がでると主張するものの,本件水路の維持管理の責任主体は原告である上,本件水路そのものも,現状(甲36,乙39)に照らすと,明治初期とは状況が異なっていることは明らかで,当然に本件水路維持のために本件水利権が利用できるということはできないから,当該主張を考慮することはできない。 したがって,本件水源地からの分水期間は,毎年4月1日から10月15日までと認められる。 3 争点⑵について⑴ 上記認定事実によれば,本件水源地からの分水は,本件明治協定書においてはf区が当事者であったものの,現在は,原告が本件水路を維持管理している。その間,「f新井路代表」が本件水路に関係する本件昭和40年協定書にはf区と別に記名押印しており,昭和49年にf区と同じく本件水路から分水を受けていたg区の水利権について水利組合がg区や被告を介さずにa町と売買契約を締結していることから同水利組合が同水利権を有していたというべきだから,この頃には,f区にも,原告が存在し,本件水利権を有していたと推認される。その上,平成2年以降,被告は,原告からも水恩料を受け取っているから,被告も,原告が本件水利権を有しているものと認識していたものと認められる。 ⑵ そうすると,少なくとも,平成2年以降,本件水利権が原告に帰属し,被告がそのことを認識して水恩料を受領していたものと認められるから,本件水利権の継承に被告の了承を要するか否かにか ⑵ そうすると,少なくとも,平成2年以降,本件水利権が原告に帰属し,被告がそのことを認識して水恩料を受領していたものと認められるから,本件水利権の継承に被告の了承を要するか否かにかかわらず,原告は,本件水利権の帰属を被告に対して主張でき,これに反する被告の主張は,採用できない。 したがって,本件水利権は,原告に帰属する。 4 小括以上によれば,原告は,毎年4月1日から10月15日までの間,本件水源地から取水して本件水路を経てf区に導水する水利権を有するというべきであり,これに加えて,平成23年12月18日の被告の発言内容や,平成25年度の稲作期間においても本件水路への分水が制限されたとする原告代表者の供述に照らせば,原告は,被告に対して,本件水利権の確認に留まらず,本件水利権の分水期間中の利水を妨害しないように求めることができる。 5 よって,原告の請求は上記の限度で理由があるからその限度でこれを認容することとし,その余を棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を適用して,主文のとおり判決する。 大分地方裁判所民事第1部 裁判官一藤哲志

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