主文 被告人を懲役7年6月に処する。 未決勾留日数中240日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,実姉A(当時64歳)を殺害しようと企て,平成14年11月21日午前零時すぎころ,兵庫県a郡a町b番地の被告人方において,ひざまずいて中腰の姿勢であった同女に対し,いきなりポリタンク内の灯油約900ミリリットルをその身体に浴びせかけた上,同女を床に押さえ付け,所携のライターで同女の着衣に火を付けて燃え上がらせ同女を殺害しようとしたが,同女が逃走して着衣を脱ぎ捨てるなどしたため,同女に対し,入院加療222日間を要し,その後約360日間の通院治療とその間数度の手術を必要とする見込みの,上肢,頚部に瘢痕拘縮による伸展障害の後遺症を伴う気道熱傷,重症熱傷の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。 (証拠の標目)―括弧内の数字は検察官請求証拠番号―省略(補足説明)第1 被告人は本件犯行当時の記憶は全くないから判示事実はすべて争う旨主張するが,前掲関係各証拠によれば,判示事実を認めるに十分である。その理由について,以下補足して説明する。 第2 前掲関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。 1 被害者の創傷の状況被害者は,判示の日時場所において,灯油による衣服等への引火により,顔面全体,前頭部,両上肢,前頚部,前胸部,前腹部等に発赤,水疱,皮膚びらんを伴う重傷熱傷及び気道熱傷の傷害を負った。 2 再現見分の結果まず,A(以下「被害者」という。)の供述に従い,判示ポリタンクと同様のポリタンクに3分の1程度(約4.4リットル)の水(灯油の代替品)を,ひざまずいて中腰の姿勢の被害者(被害者に見立てた まず,A(以下「被害者」という。)の供述に従い,判示ポリタンクと同様のポリタンクに3分の1程度(約4.4リットル)の水(灯油の代替品)を,ひざまずいて中腰の姿勢の被害者(被害者に見立てた捜査員。以下同じ)に対し,その左斜め前方に立ち,頭の上から3回かけた場合,1回あたり平均約300ミリリットルの水がポリタンク内から放出され,被害者の左側頭部から左肩,左腕,左胸部,左大腿部にかけて,左半身の広範囲に多量の水が付着し,被害者の着衣のうち,頭頂部から左側頭部,首回り,左肩から下腹部及び左肩背面,左袖,左大腿部から膝,右膝に顕著な水の付着が認められた(検察官請求証拠番号73)。 他方,捜査段階における被告人の供述に従い,前同様の量の水を,立っている状態の被害者に対し,その正面に立ち,胸に1回かけた場合,約200ミリリットルの水がポリタンク内から放出され,被害者の胸元から足元にかけて水が付着し,胸元から下腹部にかけて顕著な水の付着が認められた(検74)。 3 燃焼実験の結果(検80,81)まず,被害者の供述に従い,マネキン人形に灯油900ミリリットルを頭上からかけ,右上腕後部辺りに着火した場合,着火の約4秒後には,右上腕から頭部まで炎が上がり,約25秒後には,炎が上半身上部を包み,約1分後には,炎が上半身全体を包み激しく燃える状態となった。 他方,捜査段階における被告人の供述に従い,前同様の人形に灯油200ミリリットルを正面から上半身にかけ,左袖辺りに着火した場合,着火の約20秒後には,左肩から頭部まで炎が上がり,約40秒後には,左肩から頭部にかけての炎が大きく上がり,約2分後に炎が上半身全体を包む状態となった。 4 被害者は,受傷後,被害現場である被告人宅から約300メートル離れた親戚宅まで逃げ, がり,約40秒後には,左肩から頭部にかけての炎が大きく上がり,約2分後に炎が上半身全体を包む状態となった。 4 被害者は,受傷後,被害現場である被告人宅から約300メートル離れた親戚宅まで逃げ,同所から救急車で病院に運ばれた。 第3 実行行為の有無,態様について 1 被害者供述の概要及びその信用性被害者は,当公判廷において,①犯行前日の平成14年11月20日,判示被告人方で被告人と夕食をとった際,被告人が父の法事に関する愚痴にはじまり,被害者の夫や被害者に対する文句を言い出し,被害者が反論したため被告人と口論になり,被告人は立腹した様子であった,②その後,当日同所に泊まることにした被害者は,実母の寝ている4畳半の和室において,寝たきりの実母がたまたましっかりとした口調で話し出したので,これをカセットテープに録音しようと,中腰になって,カセットデッキを持った手を伸ばし,実母の口元に近づけるような姿勢でいた際,部屋の東側から被告人がいきなり入ってきて,被告人において,「大阪の見せしめじゃ,姉やんから死んでもらう。」と言いながら,ポリタンクに入った灯油を2,3回にわたり被害者の身体に浴びせかけた上,被害者を床に押し倒して胸元を押さえ付けた,③その後,被告人が被害者の口元で持っていたライターを着火したため,被害者は,危険を感じてそのたびにこれを吹き消すという動作を3回繰り返した後,被告人が足で引き寄せようとした石油ストーブの火が消えたすきに,起き上がって逃げようとしたが,被告人から右肩の後ろ付近にライターで火を着けられ,実母の寝ている部屋で服を脱いでは危険であると考え,その部屋から出て隣室で服を脱いだ,その途中廊下に面した戸のガラスに火だるまになった自分の姿が映っているのを見た旨供述するところ,この被害者の供述は,具体的かつ詳 部屋で服を脱いでは危険であると考え,その部屋から出て隣室で服を脱いだ,その途中廊下に面した戸のガラスに火だるまになった自分の姿が映っているのを見た旨供述するところ,この被害者の供述は,具体的かつ詳細で,体験した者でなければなしえない迫真性に富むものであって,前記第2認定のとおり,被害者が負った火傷の部位と,中腰で灯油を掛けられた場合の灯油の付着部位や燃焼実験の結果が一致することや,被害者が虚偽供述に及ぶような事情は何ら認められないことも併せ考慮すると,その信用性は十分である。 2 被告人の弁解被告人は,捜査段階において,その供述内容は極めて不明確であるものの,前記4畳半の和室から出てきた被害者とはち合わせになって,はずみで被告人が持っていたポリタンクから灯油が被害者に1回かかってしまったもので,被告人は被害者に故意に灯油を浴びせかけてはいない,被告人は被害者に対し,脅して帰宅させようと,ガスが残っておらず点火しないはずのライターで点火するふりをしたところ,点火してしまったにすぎない旨弁解する。しかしながら,被告人の捜査段階における供述は,本件犯行に至る経緯や犯行時の言動など重要な点を含め,理由なく種々変遷しており極めて信用性の乏しいものであるが,被告人は逮捕当初は少なくとも故意に灯油を被害者に浴びせかけこれにライターで点火した事実は自認していたものであって,この不利益事実の承認部分の信用性は十分であるというべきところ,前記被告人の捜査段階における弁解供述は,前記灯油の付着部位や,燃焼実験の結果と反することや前記信用できる被害者の供述に照らしても,到底信用できないものである。そして,被告人は,当公判廷においては,気付いたら実母の部屋におり,犯行時の記憶は全くない旨弁解するが,捜査段階における被告人の弁解と対比するだけで 者の供述に照らしても,到底信用できないものである。そして,被告人は,当公判廷においては,気付いたら実母の部屋におり,犯行時の記憶は全くない旨弁解するが,捜査段階における被告人の弁解と対比するだけでも,被告人の当公判廷における弁解に信用性の全くないことは明らかである。 第4 殺意の有無について 1 前記のとおり,被告人は被害者の頭部から約900ミリリットルの灯油を浴びせかけ,これにライターで着火したものと認められるところ,人体に灯油を浴びせかけこれに点火すれば死に至らせる危険性が極めて高いことは明白であるし,被害者の供述をはじめとする関係証拠によれば,被告人が被害者のいる部屋までわざわざ灯油を運んできたこと,「姉やんから死んでもらう。」と言いながら灯油を浴びせかけたこと,被害者からライターの火を吹き消されたにもかかわらず,火を着ける動作を執拗に繰り返していること等が認められるのであって,本件が偶発的事故と認めるべき事情は全くなく,加えて,被告人が,実母の介護等を巡り兄弟といさかいを起こし,被害者の夫に対しても金銭的な不満を持っていたこと等の背景事情,激情にかられて粗暴な行為に及ぶ被告人の性向等を併せ考慮すると,被告人が夕食時に被害者から反論されて口論となり激高して犯行に及んだ旨の判示の事情は,本件殺意発生の動機として不自然ではなく,十分に首肯しうるものである。そして,被告人は,逮捕直後の弁解録取書(検106)等において,概括的ではあるものの,「ライターで火を着けて被害者を焼き殺そうとした。」旨確定的殺意を含め本件犯行を自白しているところ,その信用性は十分であるから,以上の検討によれば,その殺意が強固なものであったかどうかはともかくも,被告人に被害者に対する確定的な殺意があったと認めるに十分である。 2 被告人の弁解殺意はなか 信用性は十分であるから,以上の検討によれば,その殺意が強固なものであったかどうかはともかくも,被告人に被害者に対する確定的な殺意があったと認めるに十分である。 2 被告人の弁解殺意はなかった旨の被告人の弁解は,被告人が本件犯行直後,被害者の夫であるBに対し,被害者と無理心中をしようと思ったとか,事件の17日後,内妻であるCに対し,同様の供述をし,殺意があったことを自認する供述をしていることと矛盾するものであるし,捜査段階においても,前記のとおり,概括的ではあるものの殺意を認める供述をし,その理由について,無理心中を図ったものであると供述しておりながら,その後,兄弟とのいさかいに腹が立ち,被害者を帰宅させようと脅そうとしたにすぎず,殺意はなかったなどと供述し,その供述内容自体が不自然である上,合理的理由もなく種々供述を変遷させているのであって,これまた信用することはできない。さらに,本件犯行当時の記憶がない旨の被告人の公判供述は,前記のとおり,到底採用できるものではない。 第5 結論以上のとおり,前掲関係各証拠によれば,確定的殺意を含め判示事実を認めるに十分である。 (法令の適用)被告人の判示所為は刑法203条,199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役7年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中240日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由)本件は,被告人が,実姉に灯油を浴びせかけ,その着衣にライターで火を着け同女を殺害しようとした殺人未遂の事案である。 被告人は,被害者から言い返されたこと等に激高し,突如判示の凶行に及んだもので,その経緯や犯行動機はまことに短絡的で斟酌すべき事情は ライターで火を着け同女を殺害しようとした殺人未遂の事案である。 被告人は,被害者から言い返されたこと等に激高し,突如判示の凶行に及んだもので,その経緯や犯行動機はまことに短絡的で斟酌すべき事情は格別見当たらない。なお,被告人は捜査段階で無理心中する目的であったとも述べているが,犯行当時の被告人の言動に照らし,そのような事実は認められない。その犯行態様を見るに,寝たきりの実母が現在する和室内で,いきなり被害者に多量の灯油を浴びせかけてこれにライターで執拗に点火行為を繰り返して点火したものであって,被害者が我が身の危険を冒して,同室内では燃え上がっていた衣服を脱がなかったから被害は拡大しなかったものの,それ自体極めて危険な犯行であって厳しい非難に値する。被害者は,全身に重度の熱傷を負い,激しい痛みに苦しみ,今後なお手術を必要とする状況にあり,重度の身体障害のため,日常生活で著しく不自由を強いられており,実弟から突如理不尽な凶行を加えられた被害者の心身の衝撃は大きく,その被害感情には今なお厳しいものがあるのは当然であり,被害結果はまことに重大であるというほかはない。 ところが,被告人は,当初被害者らが後難をおそれて本件を公けにすることをためらっていたことに触発された面もあると窺われるものの,これを奇貨として,本件犯行後,あからさまな罪証隠滅工作を行い,公判中も,被害者夫婦に対し口止め工作というべき手紙を送りつけるなど,犯行後の情状は甚だよくないし,当公判廷においても,不合理な弁解を繰り返し,あるいは,本件の背景事情に長兄らの悪行状があるなどと主張して止まないなど,見苦しい他罰的態度に終始し,また,被害者の心情を思いやることなく,被害者の感情を無視するなど,事態の深刻さを全く理解せず,遺憾ながら,被告人には,本件犯行を直視してこれを省み 主張して止まないなど,見苦しい他罰的態度に終始し,また,被害者の心情を思いやることなく,被害者の感情を無視するなど,事態の深刻さを全く理解せず,遺憾ながら,被告人には,本件犯行を直視してこれを省みる姿勢は極めて不十分であり,その規範意識の歪みには深刻なものがあるといわざるを得ない。 加えて,被告人には,暴行,傷害等の同種前科7犯を含む多数の前科があることを考慮すると,被告人の刑事責任は重大であるというほかはなく,本件が未遂に止まったこと,計画的犯行であるとはいえないこと,殺意が強固なものであるとまでは認められないこと,被告人は,寝たきりの実母と同居してその介護に当たっていたものであるところ,本件犯行当時,被告人がその介護疲れにより情緒が不安定となっていた可能性は必ずしも否定し得ないこと,被告人の健康状態,被告人なりの反省の情など,被告人のためにしん酌すべき事情をいかに考慮しても,主文の刑は免れ得ない。 よって,主文のとおり判決する。 平成16年1月23日神戸地方裁判所第1刑事部裁判長裁判官杉森研二 裁判官橋本一 裁判官沖敦子
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