平成6(う)1237 受託収賄被告事件

裁判年月日・裁判所
平成8年3月25日 東京高等裁判所
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判決文本文96,505 文字)

主文 本件控訴を棄却する。 当審における訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人江橋英五郎、同千葉和郎、同三宅能生、同鈴木宏、同山崎順一、同長屋憲一が連名で提出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事桐生哲雄が提出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。 論旨は、要するに、第一点原判決には、必要的共犯者の自白のみによって被告人の有罪を認定した訴訟手続の法令違反がある、第二点原判決は、信用性、証明力のない必要的共犯者の供述のみによって被告人の有罪を認定した理由不備の違法がある、第三点原判決には、高規格幹線道路(以下、高規格道路という。)、A公庫及びBに関する各請託についてのC証言(以下、単に証言という場合は、原審証言をいう。)の矛盾や不合理さを看過し、かつ、経験則違反の判断をした事実誤認の違法がある、第四点原判決は、Bの建設場所等に関する情報を内報すること、その事業主体にDが参加でき、その鉄骨工事をC1が受注できるように札幌市や札幌商工会議所等に働きかけること、C1が上磯町におけるリゾート総合開発事業に関してA公庫に融資申請をした際には便宜な取り計らいが受けられるように同公庫に働き掛けることを北海道開発庁の所掌事務の範囲内と解し、ひいては、北海道開発庁長官たる被告人の職務権限内の行為と判断した点において、法令適用の誤りをおかすものである、また、当時の客観的情勢としては、次期衆議院議員選挙は遅くとも平成二年二月に実施されることが必至であって、被告人の北海道開発庁長官としての任期も右選挙の終了時までと考えられたので、仮に、Bの建設事業に関し、Cから右の請託があったとしても、被告人が右 遅くとも平成二年二月に実施されることが必至であって、被告人の北海道開発庁長官としての任期も右選挙の終了時までと考えられたので、仮に、Bの建設事業に関し、Cから右の請託があったとしても、被告人が右任期中に依頼を受けた職務を実施することは不可能であるから、本件は受託収賄罪には該当しないものである、この点においても、原判決には法令の適用の誤りがある、第五点仮に、Cから供与された本件金員が賄賂性を有するものとされ、有罪と認定されるにしても、被告人に実刑を科した原判決は、量刑不当であり、被告人に対しては刑の執行猶予の判決があってしかるべきである、というのである。 そこで、右の各論旨について、当裁判所の判断を示すこととするが、その順序としては、最初に、論旨第三点の事実誤認の主張を取り上げ、かつ、論旨第一、第二及び第五の点に関する所論のうち、C証言の信用性等事実誤認に関する主要なものについては、便宜この中で検討することとする。 第一事実誤認の論旨について一 C証言の一般的信用性について 1 関係証拠によれば、原判示の日時、場所において、原判示の金員が株式会社C1の取締役副社長Cから被告人に供与されたことが認められ(ただし、原判示第二の二については、C1常務取締役C2から被告人の秘書のEを介して供与)、この点については、弁護人らも特に争うところはない。 そこで、本件における事実認定上の争点は、被告人に対する請託及びその受諾の有無に絞られてくるが、Cは、被告人に対して原判示の請託をなし、その承諾を得た旨を原審で具体的かつ明確に証言しているのである。このC証言は、贈賄側の同人のみならず、収賄側の被告人にとっても、受託収賄罪の、いわば直接証拠となるものであって、本件受託収賄罪の成否は、このC証言の信用性いかんにかかっているといっても過言 ある。このC証言は、贈賄側の同人のみならず、収賄側の被告人にとっても、受託収賄罪の、いわば直接証拠となるものであって、本件受託収賄罪の成否は、このC証言の信用性いかんにかかっているといっても過言でない。 原判決は、(主な争点に対する判断)「第二請託の有無について」の四ないし七において、このC証言の要旨を紹介するとともに、その信用性について検討を加え、Cの証言内容が具体的かつ詳細であって迫真性があること、他の関係者の供述にも符合し、これらの供述と比較対照しても、特に不自然な点や不合理な点は見当たらないこと、被告人に請託をしたとするC証言は、請託の趣旨に沿うとみられる被告人のいくつかの行為によって裏付けられていることを挙げ、そこから「C証言の信用性は高く、これによれば、被告人がCから犯罪事実記載のとおりの請託を受けたことは明らかである。」として、原判示の請託及び受諾の事実を認定する。 2 原判決の右のような判断に対する弁護人らの批判は、一口で言えば、「原判決はC証言の矛盾・不合理な点を看過し、またC証言を裏付ける十分な事実もないまま安易にC証言の証明力を認めた」という点にあるが、このような内容的な批判に先立って、所論は、C証言について「引っ張り込み供述」の危険性を主張する。 そして、「C1を破産に導いたCとしては、その経営についてC1のために行った行為であることを強調して放漫経営の非難を軽くし」、更に、「捜査当局に犯罪を自白して情状を軽くし、これと併合審判を受ける詐欺罪との単一の懲役刑の量刑を極力低くするために積極的に捜査官側の有罪立証に迎合する供述をすることも当然であり」、被告人の職務行為に関する請託及び承諾の有無に関する供述はすべて措信できない旨を強調する。 3 しかし、検察官も指摘するとおり、いわゆる「引っ張り込み供述」とい 合する供述をすることも当然であり」、被告人の職務行為に関する請託及び承諾の有無に関する供述はすべて措信できない旨を強調する。 3 しかし、検察官も指摘するとおり、いわゆる「引っ張り込み供述」というのは、犯人が自己の責任を他に転嫁し、あるいは、その軽減を図るために、犯罪に加担していない他の者を共犯者として仲間に引っ張り込み、自己の行為の一部又は全部をその者に押しつけようとする場合に考えられることであって、本件のような対向犯の場合には、他の者を自己の犯罪の相手方として引っ張り込もうとすれば、責任の転嫁どころか、それだけ自分自身の刑責を増大させることになるのであるから、「引っ張り込み」の危険性はほとんど考えられないといってよい。かかる「引っ張り込み」の危険が考えられるのは、供述者において、たとえ自分が架空の事件で罪を被っても、その者を罪に陥れたいといった、深い怨恨の情を抱いている場合であるとか、他の重大な犯罪容疑に関し、検察官との間に不起訴約束等の取引があるといった特殊の事情がある場合に限られるであろう。 本件についてこの点をみても、まず、Cが被告人に対する贈賄の事実を捜査当局に供述すれば、自分自身もその件で起訴されることは必至であり、起訴されれば、自白をしたということで情状が酌量されるとしても、別件が起訴されただけの場合に比べて、格段に刑が重くなることもこれまた必然であるといってよい。現に、Cは、平成四年二月一日及び同月一七日の二回にわたり、被告人に対する合計九〇〇〇万円の贈賄の事実で起訴され、平成五年五月一七日、東京地方裁判所において、別件の有印私文書偽造、同行使、詐欺の事実と合わせて、懲役五年六月の判決を受けているのである。そして、右判決は、その量刑理由において、同人の贈賄行為を北海道開発行政の公正さに対する国民の信頼等を著しく失 の有印私文書偽造、同行使、詐欺の事実と合わせて、懲役五年六月の判決を受けているのである。そして、右判決は、その量刑理由において、同人の贈賄行為を北海道開発行政の公正さに対する国民の信頼等を著しく失墜させたものとして厳しく指弾しているのであって、贈賄の点が量刑上重視されていることが明らかである。 C自身としても、みずからの贈賄事実を自白する際には、当然のことながら、贈賄罪が起訴されることによって刑が重くなることを覚悟していたと認められ(原審第一〇回公判六四八丁)、所論のように、同人が自己の刑を軽くするために、捜査官に迎合して、単なる政治資金として被告人に提供したにすぎない金員にことさら賄賂性を持たせ、虚偽の自白をしたとは認められない。 しかも、Cは、右の東京地方裁判所の判決に控訴することなく服しており(平成四年一一月一日確定)、それによって、平成三年四月一七日青森地方裁判所で言い渡された贈賄罪による懲役二年、四年間執行猶予の判決の執行猶予まで取り消されるという不利益も甘受しているのである。これからみても、Cがみずからの刑を軽くするために虚偽の自白をしたとは考えられないところである。 なお、Cが被告人に対する贈賄の事実について逮捕され本格的な取調べが始められたのは、平成四年一月からであるが、その時点では、Cは、既に三回にわたって右の詐欺等の事件についての起訴を受け終わっており、検察官との間に、もはや贈賄事件の自白とこれらの詐欺等の事件の不起訴とを取引するような状況になかったことも明らかである。 また、Cは、被告人を介してF元内閣総理大臣にC3の理事長に就任してもらうよう働きかけており、その内諾まで得ていたところ、ゴルフ場の着工間際になってその約束を事実上反故にされたという事情もあるが、被告人は、この件に関しては、Cの依頼を受けてかな の理事長に就任してもらうよう働きかけており、その内諾まで得ていたところ、ゴルフ場の着工間際になってその約束を事実上反故にされたという事情もあるが、被告人は、この件に関しては、Cの依頼を受けてかなり精力的に動いており、被告人のせいでこの約束が反故にされたわけでもなく、Cとしては、この件については被告人に感謝こそすれ、そのことで被告人を恨む理由は全くなく、ましてや、この点が虚偽の自白をして被告人を虚構の受託収賄罪に陥れるような動機になるとは思われない。 弁護人らは、当審における弁論において、Cの平成四年二月一三日付検察官調書を援用し、同人の被告人に対する反感、憎悪は極めて強く、まさに「引っ張り込み」の危険があった旨主張するが、この調書で、Cが言わんとするところは、事ここに及んだ以上は、被告人としても逃げ隠れせず、率直に真実を明らかにしてほしいということであり、被告人にその度量がない以上、自分の方から、被告人のことも含めてすべて真実を明らかにし、法の裁きを受けることを考えるに至ったということである。そして、右調書中の「仮にG長官に対する収賄事件及び私に対する贈賄事件を立件しないまま捜査を打ち切るようなことがあれば、東京拘置所内から改めてG長官に対する収賄事件を告訴します」というCの供述にしても、自分の言っていることが真実であることをぜひ明らかにしてほしいという一念から出た言葉として理解できるのであって、被告人に対する反感、憎悪の情から、過大な供述をして無理に贈収賄罪を成立させようとする意図があるとは認められない。所論は理由がない。 更に、弁護人らは、Cが捜査官にかかる自白をすることによって放漫経営の非難を軽くしようとしている旨主張する。 しかし、C1の経理上、Cに対する貸付金や使途不明金に計上されていた九〇〇〇万円の金員が同人の私腹を らは、Cが捜査官にかかる自白をすることによって放漫経営の非難を軽くしようとしている旨主張する。 しかし、C1の経理上、Cに対する貸付金や使途不明金に計上されていた九〇〇〇万円の金員が同人の私腹を肥やすためではなく、C1の事業を発展させるために政治献金として使われていた旨弁明する限りにおいては、同人に対する非難を軽減することも考えられるが(もっとも、被告人に対する九〇〇〇万円の金員供与がC1の利益を図るために行われた行為であることを強調しても、二〇〇〇億円以上もの借入金を抱えて倒産したC1の経営者としてのCの責任が、さほど軽減されるとも思われない。)、それを超えて、贈収賄事件をねつ造したからといって、なんらCの経営上の責任が軽減されるものではなく、むしろ、悪質な贈賄行為まで行っていたとして、同人に対する社会的非難が一層強まることは必至であるので、同人が放漫経営の非難を軽くする意図をもって虚偽の自白をしたとする右所論は、到底採用しがたいものというほかない。 4 以上のいずれの点をみても、Cが被告人を架空の贈収賄罪に引っ張り込むために虚偽の自白をしたとは認められず、Cが本件贈賄の事実について自白したのは、原審第六回公判において同人自身が供述するように、C1を倒産させた経営者として、刑事上の問題についても、被告人に対する贈賄のことをも含めて事実をありのままに述べて裁きを受け、刑に服することが自分の責任の取り方であると覚悟したことによるものと考えられる。もちろん、Cの証言内容については、個々に慎重な検討を加えなければならないが、本件に関するC証言が右のような動機に発し、自己に不利益な事実であるにもかかわらず、自発的になされていることからすれば、基本的には、その信用性は高いというほかなく、この点に関する所論は採用の限りでない。 二高規格道 のような動機に発し、自己に不利益な事実であるにもかかわらず、自発的になされていることからすれば、基本的には、その信用性は高いというほかなく、この点に関する所論は採用の限りでない。 二高規格道路に関する請託について(CのH視察について) 1 関係証拠によれば、C1がH及びその周辺の土地を買収するに至った経緯は、おおよそ次のとおりである。 「1」 平成元年四月、C1のC4営業所社員であるC5は、上磯町議会議員のIから同人の計画していたシルバーセンター建設への協力を求められ、Hの案内を受けた。そして、その後、C5からの報告を受けた同営業所長のC6も、五月の連休時にHを訪ねてその眺望に感心し、Cに現地視察を要請した。 「2」 同年六月一四日、現地を視察したCは、函館湾を眼下に収め、津軽海峡を隔てて遠く青森県を一望する景観の素晴らしさに魅せられ、Hの買収とその復元をほぼ即決に近いかたちで決断した。 「3」 右H視察の際、Cは、C6やIから、Hの後背地に高速道路の建設計画があることを聞き、また、上磯町役場を訪ね、上磯町長のI1と面談した際にも、同町長から同様に高速道路の建設計画があることを聞き知った。 「4」 Cは、東京に戻ると、早速Hの買収にとりかかるよう開発部長のC7らに指示し、同人も直ぐに函館に飛び、現地を視察したうえ、同月末には、Hの所有者のJ合名会社との間にH及びその周辺の土地合わせて約四万坪を代金一億二〇〇〇万円で購入する旨の覚え書を取り交わした。 「5」 なお、Cは、C7に対する指示の時点で既にHの後背地も買収してゴルフ場を造る構想を抱いていたが、その反面、Iのシルバーセンター計画については、事業の採算性から消極の考えを示していた。 2 このH視察に関するC証言によると、同人は、この視察時に、C6、Iのほか、上磯町の る構想を抱いていたが、その反面、Iのシルバーセンター計画については、事業の採算性から消極の考えを示していた。 2 このH視察に関するC証言によると、同人は、この視察時に、C6、Iのほか、上磯町のI1町長からも、Hの後背地を高速道路が通る計画があると聞き、その予定地を買い占めることを思い立ったというのである。そして、帰京後、衆議院第一議員会館にある被告人の事務所(以下、E1事務所ともいう。)を訪ね、被告人にHの購入と復元を決めたことを報告したのち、今後上磯町長にお願いの件などが出てきたときにはよろしくとの依頼をし、更に、同年七月初旬、被告人の事務所を訪ねた際、被告人にH周辺に道路建設の予定があるらしいがと切り出し、被告人から、Hの後背地を通る高速道路は高規格道路と呼ばれる道路であることや、事務所に吊ってある北海道三区の地図(なお、Cは、原審の当初においては、この地図について右のように証言していたが、後に、それが誤りであることを認め、原審で弁護人から示されたランド北海道NOWのような地図であったことに間違いない旨供述する。)を指さしながら、その路線は長万部から森町、大沼、上磯の町の中を通って江差までであること、大沼から函館の一部を通って上磯の町の中までは路線が確定していることを教えてもらい、また、別の北海道三区の地図をテーブルの上に広げて、Hの裏辺りはまだ決まっていないことなどを教えてもらったというのである。Cは、被告人に更にいくつかの質問を重ねたうえ、茂辺地~江差間の高規格道路のルートが決まり次第、内々に教えてほしいと依頼して、被告人の承諾を得た旨も供述する(原審第八回公判四九九丁~五〇六丁)。 3 このC証言を裏付ける証拠としては、「IはCに高速道路はHの後背地の町道に沿って走ると言っていたし、上磯町役場でI1町長もHの付近を高速道 た旨も供述する(原審第八回公判四九九丁~五〇六丁)。 3 このC証言を裏付ける証拠としては、「IはCに高速道路はHの後背地の町道に沿って走ると言っていたし、上磯町役場でI1町長もHの付近を高速道路が走る計画があることを話していた」、「Hの視察のあと、Cは、『高速道路が通るというが、その予定の場所を買っておけば、Hの代金なんかすぐ出るよな』といった調子で自分に話かけてきた」旨のC6証言、「平成元年七月ころ、CからH周辺の簡単な地図を見せられ、『この近くを高速道路が通るようだ。その正確なルートが分かったときは周辺を買収したいので、その資金付けを頼む』と言われた」旨のC1の開発担当の常務取締役であったC8の証言あるいは「同年七月ころ、議員会館の被告人の部屋を訪ねたときに、被告人から『C1が上磯町でリゾート開発をしているからよろしく頼む』と言われた」旨のI1町長の証言等があり、Cが同年七月ころ被告人の事務所を訪ねたこと自体は、E秘書も証言しているところである(なお、被告人は、捜査段階では、北海道開発庁長官になる前はもとより、長官になった後においても、CやC1の者から、C1が上磯町でHの改修や開発を計画しているなどとは一言も聞いていない旨供述していたが、原審公判では、CがHを視察して数日後に被告人の事務所を訪ねHの購入を決めた話をしたことについて、「よく考えてみると、そんな話があったんではないかと思います。」とこれを認める趣旨の供述に変わっている。)。 4 ところで、高規格道路に関する請託のきっかけとなったCのH視察については、まず、当日の順路が函館空港ーHー上磯町役場なのか、それとも、函館空港ー上磯町役場ーHなのかという問題があり、原判決は、Hを見てから上磯町役場に行った旨のC証言を排斥し、C6作成のC7開発部長あての報告書(甲一五四資料 館空港ーHー上磯町役場なのか、それとも、函館空港ー上磯町役場ーHなのかという問題があり、原判決は、Hを見てから上磯町役場に行った旨のC証言を排斥し、C6作成のC7開発部長あての報告書(甲一五四資料二)等から、逆に、「Cらが先に上磯町役場を訪問したとみるのがむしろ自然であるように思われ、この点は事実に反する疑いがある」旨判示する。 弁護人らは、原判決が、このような認定をしながら、「この点は、Cの記憶の混乱によるものというほかなく、証言全体の信用性に影響を及ぼすものとはいえない。」とした点をとらえ、「C証言は、Iの話では感ずるところはなかったが町長であるI1の話を聞き利用価値を感じとったというものであり、道路買占めを思い至る過程を一見もっともらしく説明する内容であって、原判決が言うようなCの『記憶の混乱』として片付けられるような単純な誤りではなく、Cが積極的に嘘をついていること、そしてC証言全体が虚構の事実に満ちていることを裏付けるものである」旨主張する。 たしかに、C6の業務日誌によれば、平成元年六月一四日の欄には、午前九時五五分にCが函館空港に到着し、同一一時に上磯町役場を訪問し、同一一時三〇分に現地を視察し、午後零時三〇分にIの事務所に行くというスケジュールが記載されているし、同人作成の前記報告書にも、上磯町役場に直行した旨の記載があり、更に、I1町長の日誌にも、同日午前一一時一五分に「IがCを連れて挨拶に来る。」との記載が残されているのである。また、I1証言によれば、函館空港から上磯町役場までは通常四〇分、役場からHまで約一五分というのであるから、道路事情がよく、車の流れが順調であったとしても、午前九時五六分に函館空港に到着したCらがK修道院のそばまで行って、Hを見て、午前一一時一五分ころに上磯町役場に到着することは相当に困 のであるから、道路事情がよく、車の流れが順調であったとしても、午前九時五六分に函館空港に到着したCらがK修道院のそばまで行って、Hを見て、午前一一時一五分ころに上磯町役場に到着することは相当に困難であると思われる(そのほか、C6の報告書にあるように、途中、函館空港近辺の物件を見たとなれば、なおさらのことである。)。これらの証拠からすれば、原判決の認定するところもうなずけないではない。ただ、この点については、Cのみならず、同人の挨拶を受けたI1町長も、Cは既にHを見てきたようだったというのである。すなわち、同町長は、「Cは、Hを見て非常に気に入った、素晴らしい庭園だと、あれだけのものを朽ちさせておくのはもったいない、あれを含めてリゾート開発をしたいということで、既にHを見てきたようだった」旨供述する。Cとしても、Hを見ないうちにI1町長と会って話してもあまり意味はないのであるし、I1証言に出てくるCと同町長との会話は、Cにおいて現地を見たことを前提としない限り、考えられない内容である。C6も、同人の本来の記憶としては、Hが先であった旨供述していたのであって、弁護人から前記の資料を示されて、その供述を翻しているものの、果たして上磯町役場の訪問が先という記憶が現実に蘇ったのかどうかは疑問である。また、Cらを案内したIも、Hのあとで役場に行った趣旨の供述をしているのであって、四人が四人とも順序を間違えるということも考えにくいことからすれば、上磯町役場の訪問が先と断定することにも、躊躇を覚えるものがある。したがって、結論としては、原判示のとおり、上磯町役場の訪問が先とみざるをえないにしても、Cばかりでなく、I1、C6、IらもHの視察が先だと思い込むような状況であったことからすれば、「Cがあえて記憶に反する証言をしたとみるべき事情はない」とした 町役場の訪問が先とみざるをえないにしても、Cばかりでなく、I1、C6、IらもHの視察が先だと思い込むような状況であったことからすれば、「Cがあえて記憶に反する証言をしたとみるべき事情はない」とした原判示は相当であり(そもそも、Cにおいて、Hの視察と上磯町役場の訪問との順序をことさら逆に供述する必要性は特にないのであるし、もし、同人が自己の記憶に反してHの視察の方を先と供述するのであれば、時間的にその妨げとなるK修道院への立ち寄りをわざわざ供述するはずもないと思われる。当審において、CがHの視察を終えて車に乗るときに足回りの土ぼこりを払ったが十分でなかったため、上磯町役場に入る際にもう一度その土ぼこりを払い落としたという供述にしても、作り話とは思われない真実味が感じられる。)、この点は、Cのなんらかの記憶の混乱とみるほかなく、所論が主張するような重大な虚言であるとは認められない。 5 所論は、I1町長は、K修道院の反対のためにH周辺での高規格道路のルート決定が難航していたことを熟知していたのであるから、この日にCに対して高規格道路の話はしていないという同町長の証言には合理性がある旨主張する。しかし、同町長も、広域農道の話は出たかも知れない旨証言するのであって、Hを核としたリゾート開発を考えているCに対して、これを歓迎する立場にある同町長がごく地域的な広域農道の話をしながら、函館からのアクセスに必要な高規格道路の話をしないというのも不自然である(同町長の証言によれば、上磯町を通る広域農道は、上磯町の桜岱から茂辺地、当別を経由して知内町に至る二二~三キロメートルの道路である。)。また、茂辺地にインターチェンジが設けられることになっていたのであるから、函館からのアクセスを考えた場合には、ここまで高規格道路が建設されるだけでもそのメリットは大 三キロメートルの道路である。)。また、茂辺地にインターチェンジが設けられることになっていたのであるから、函館からのアクセスを考えた場合には、ここまで高規格道路が建設されるだけでもそのメリットは大きく、たとえ、K修道院の反対で茂辺地から先の路線が決まっていなかったとしても、町長の口からこの話が出ない理由はないと思われる。なお、Cは、I1町長からも「高速道路」が通ると聞いた旨証言するのに対し(C6の前記証言もこれを裏打ちする。)、同町長は、函館・江差自動車道のことは「高規格道路」と呼んでいた旨証言する。しかし、同町長も、H復元工事の起工式の挨拶では、「高規格道路という高速道路」といった表現を用いていたことが窺われるのである。したがって、I1町長が高速道路という表現で高規格道路の話をしたとしても、いっこうにおかしくなく、この点も、C証言の信用性を肯定する際の支障となるものではない。 Iも、Cに高規格道路(高速道路)の話をしていない旨証言するが、Iの証言にはほかにも信用できない部分が多々あるうえ(例えば、Cらが上磯町役場を訪ねた際の話題についても、上磯での開発はもちろん、Hの話すら出なかったと証言する。)、CをHに案内したときに「こういう海の見えるところでゴルフなんかやったら気持ちがいいでしょう、いいゴルフ場になると思うが皆さんどうですか。」などとCの気を引いていた同人がこの将来の交通アクセスの点に触れないはずはなく、現に、同人は、捜査段階ではCに高速道路の話をしたことを認めているのである。いずれにせよ、関係証拠によれば、この視察時にCがH周辺に高速道路を通す計画があることを知ったことに間違いはなく、その話をI1町長から聞いたときに閃くものがあったのか、それともIから聞いた際であったのかは、C証言全体の信用性にさほどの影響を及ぼすとは認め 速道路を通す計画があることを知ったことに間違いはなく、その話をI1町長から聞いたときに閃くものがあったのか、それともIから聞いた際であったのかは、C証言全体の信用性にさほどの影響を及ぼすとは認められない。所論は理由がない。 (七月初旬におけるE1事務所でのやりとりについて) 1 弁護人らは、前記七月初旬における被告人の事務所でのやりとりに関し、原判決が、E1事務所の間仕切りの壁に貼ってあったのは、学校教材用のような北海道三区の地図ではなく、高規格道路の路線の概要を破線で表示した「ランド北海道NOW」という表題を持つ北海道全図(弁第六六号証と同様のもの)であるとし、その客観的な記載内容とこの点に関するC証言との食い違いを認めながらも、「このような点に誤りがあるとしても、前同様にCがあえて虚偽の証言をしたとみることはできず、被告人に請託をしたとするC証言の基本的な部分の信用性を損なうものとはいえない」とした点を論難し、実際に間仕切りに貼ってあった地図には函館から江差までの高規格道路の路線がピンク色の平行四辺形を連ねたような曲線状に明瞭に記載されていたのであるから、Cにおいて茂辺地から江差まで直線を引くようなことが頭に浮かぶはずもなく、Cが証言する被告人とのやりとりは、Cの作り話といわざるをえず、原判決のC証言に対する前記評価は誤りである旨主張する。 たしかに、Cのこの点に関する当初の原審証言には、原判決が指摘するような誤りがあることは否定しがたいところであり、同人も、弁護人の指摘を受けて後にこの点が記憶違いであったことを認めている。しかし、間仕切りに貼ってあった地図に高規格道路の予定ルートがピンク色の平行四辺形(厳密にいうと、ピンク色の枠取りの平行四辺形)を連ならせた曲線で記載されていたにしても、同人の座っていた応接セットからそ 、間仕切りに貼ってあった地図に高規格道路の予定ルートがピンク色の平行四辺形(厳密にいうと、ピンク色の枠取りの平行四辺形)を連ならせた曲線で記載されていたにしても、同人の座っていた応接セットからその地図までには約二メートルほどの間隔があり、それだけ離れて見れば、右のピンク色の平行四辺形もそう目立つものではなく(「茂辺地」の地名も小さく記載されているにすぎず、北海道の地理に明るくない者にとってはその所在すら把握しがたい。)、Cにおいて、それが高規格道路の予定ルートを示すものであることに気づかなかったとしても、格別不自然なところはないといってよい。また、その予定ルートは、幅のある平行四辺形を連ねた形で、ごく大雑把に表されていたのであるから、ルート図としてほとんど役に立つものではなく、それを見たあとで、Cがテーブルの上の地図を見ながら、「茂辺地から江差を直線で結ぶようになると、Hの裏側は通らなくなりますね。」といった質問を被告人にしたとしても、特に不自然、不合理であるとは思われない。また、事務所の間仕切りに貼ってあった地図が「ランド北海道NOW」のような北海道全図であったとすると、その地図では茂辺地周辺は分かりづらく、被告人が説明のためにE秘書に北海道三区の地図を持ってこさせたことも納得でき、かえってC証言の全体的な信用性を高めているのである。 2 また、弁護人らは、被告人が高規格道路の路線に関する前記の説明をした際、Cに「路線は長万部から森町、大沼、上磯の町の中を通って江差までである」と教えたという点も、不合理である、つまり、長万部ー森町ー大沼間は北海道縦貫道であり、函館ー上磯ー江差間は高規格道路であって、道路行政上この二つはまったく別のものであり、地元の道路事業に人一倍関心をもって然るべき代議士が、このふたつを混同することは考えられな は北海道縦貫道であり、函館ー上磯ー江差間は高規格道路であって、道路行政上この二つはまったく別のものであり、地元の道路事業に人一倍関心をもって然るべき代議士が、このふたつを混同することは考えられない旨主張する。 しかし、被告人がCに北海道縦貫道と高規格道路を一体的なものとして説明したとしても、被告人自身がこのふたつを混同していたことになるわけではなく、Cに分かりやすく説明するための便宜から、あえてこの両者を区別せずひとまとめとして説明したとも考えられるので、この点に関するC証言にもなんら不自然、不合理な点はないといってよい。C証言によれば、同人が被告人に高規格道路とはどんな道路か尋ねたところ、被告人は、高速道路のあいの子みたいな自動車専用道路だよと教えてくれたというのであり、前記の説明は、それに続いての説明であるから、所論指摘の点も、むしろ右のように理解するのが相当である。もともと、高規格道路とは、国土開発幹線自動車道(以下、国幹道という。)と一般国道の自動車専用道路とを総称するものであり、一般に、前者が高速道路、後者が高規格道路と呼ばれているにすぎないし、弁護人らのいう北海道縦貫道といい、高規格道路といっても、いずれも自動車専用道路であって、前者が国幹道建設法に基づくものであり、後者が建設大臣の指定に基づくものであることやそれぞれの工事主体に違いがあるにして、その違いを問題とするような場面でもなく、しかも、検察官が指摘するように、国幹道たる北海道縦貫道の長万部・函館間も、一般国道の自動車専用道路たる函館・江差間も、当時はいずれも着工されていなかったのであるから、被告人において、まだ存在しないこの両道路をことさら区別せずに、連続する一本の道路として説明したとしても、ごく自然な態度と認められるのである(被告人も、原審において「高規格道 なかったのであるから、被告人において、まだ存在しないこの両道路をことさら区別せずに、連続する一本の道路として説明したとしても、ごく自然な態度と認められるのである(被告人も、原審において「高規格道路と高速道路とがどういうふうに区別されるのか知っているか」という弁護人の問いに対し、「それはもう全く同じことですから、高速道路も高規格道路も。ただ事業主体が違うだけであって。」と供述する。)。 3 弁護人らは、Cと被告人との間でこのやりとりがあった平成元年七月という時期は、被告人としても、北海道開発庁長官ではなく、なんら職務権限を心配する必要のない時期であり、CからL解決の謝礼金を受け取った直後であったことからしても、Cからなんらかの依頼があつたとすれば、被告人においてなんの行動も起こさなかったということは考えられない旨主張する。 しかし、この時期に被告人が受け取った三〇〇〇万円はあくまでLの件に関する謝礼であり、もともと、被告人は、F1議員の分と合わせて一億円を要求したところ、半分にまけさせられたのであるから、新たな依頼につき、直ちに行動を起こさなかったとしても、別段不自然であるとは認められない。また、このころは、被告人とCの関係もまだ浅く、被告人がCをどこまで信頼していたかも定かでない。しかも、依頼された事項は、北海道開発局函館建設部が職務上の秘密としていたH周辺の高規格道路の通過予定地を聞き出してCにひそかに教えるということであるから、被告人がこの依頼に対して慎重な態度を取り、行動を起こさなかったことも理解できるところである。所論は失当というほかない。 4 以上判示したとおり、Hの視察時にH周辺の道路予定地の買収を思いつき、七月初旬に被告人の事務所において、被告人に茂辺地~江差間の高規格道路の通過予定地を内々に教えてくれるよう依頼した かない。 4 以上判示したとおり、Hの視察時にH周辺の道路予定地の買収を思いつき、七月初旬に被告人の事務所において、被告人に茂辺地~江差間の高規格道路の通過予定地を内々に教えてくれるよう依頼した旨のC証言には、別段不自然、不合理な点はなく、同人の証言を信用できるものとした原判決の認定になんら誤りは認められない。 (八月一一日の「M」及び同月下旬の「M1」での請託について) 1 平成元年八月一〇日、被告人は、念願の大臣となり、北海道開発庁長官に就任する。この大臣取りには、Cも協力し、被告人の要請に基づいて、二回にわたり、各一〇〇〇万円合計二〇〇〇万円の根回し資金を被告人に提供した。以上の点は、関係証拠から明らかに認められるところである。 そして、C証言によれば、右金員供与の趣旨は、被告人が大臣になったときに、C1のために働いてくれることを期待したことによるものと認められ、代償を全く求めない純粋な援助でないことはいうまでもない。 2 「1」同年八月一一日、Cは、被告人の大臣就任を祝う会を赤坂の料亭「M」で開いたが、C証言によれば、同人は、この宴会の席上で、被告人から北海道開発庁の所掌事務、予算権限、年間予算額等の話を聞き、長官が高規格道路の正確なルートや通過場所を知り得る立場にあることを知ったことから、C1は北海道で上磯の開発を手がけているのでよろしくお願いしますという依頼をしたうえ、「C1は、北海道で手掛けているのはH一個しかないんですよ。Hの裏を通る高規格道路の通過ルートや正確な通過場所等についてこっそり教えてくださいよ。それで一丁行かせてくださいよ。」などと頼むと、被告人は、少し小さな声で、「分かった、調べて教えるよ。」と答え、Cが「声がちっちゃいですね。」と重ねて確約の催促をすると、「分かった、分かった、間違いなくやる。」と せてくださいよ。」などと頼むと、被告人は、少し小さな声で、「分かった、調べて教えるよ。」と答え、Cが「声がちっちゃいですね。」と重ねて確約の催促をすると、「分かった、分かった、間違いなくやる。」という返事をした、というのである(原審第八回公判五二五~五二八丁)。 「2」 そして、Cは、右の約束を確実なものにするためには、被告人に現金を渡すのが効果的であると考え、同年八月下旬、当時被告人の私設秘書を務めていたE2と共に、永田町の料亭「M1」で被告人を接待したが、宴席の最中、E2に席を外させたうえ、「長官、今日は僕からのお祝を持ってきているから、中身はレンガ二個ですよ。」、「長官、うれしい話もいいんですけども、私の依頼していることについては間違いなくやってくれるんですね、必ず約束は守ってくれるんですね。」と釘をさしたうえ、その謝礼として用意した手提げ紙袋入りの現金二〇〇〇万円を差し出した旨を供述する。 3 弁護人らは、右のC証言の信用性を認めてこの証言に沿う事実を認定した原判決を論難し、2の「1」については、大臣就任祝いの宴席という場の性格とE2、C8に加え芸者も同席する場での話としてはいかにも不自然である旨主張し、同「2」については、C証言における請託の言葉は、その全部を正確に再現すれば、話し終わるのに四〇~五〇秒はかかるものであり、約二・五キロの重さのある現金入りの紙袋を両手に持って被告人の面前に差し出したまま話し続けたというのは不自然で、相手が現職大臣であることを考え合わせれば失礼極まりない異常な光景である、原判決がこのC証言を補強するものとして援用するE2証言も不自然な点が多く、C証言を裏付ける証拠価値は認められない旨主張する。 4 しかし、右2の「1」点については、大臣就任祝いの席とはいっても、C1の関係者三人と被告人だけの のとして援用するE2証言も不自然な点が多く、C証言を裏付ける証拠価値は認められない旨主張する。 4 しかし、右2の「1」点については、大臣就任祝いの席とはいっても、C1の関係者三人と被告人だけのごく内輪の祝宴であるから、この席で依頼ごとの話を持ち出そうと決して不自然ではないし、むしろ、Cとしては、被告人を大臣にするために既に二〇〇〇万円もの根回し資金を提供しているのであるから、タイミングを見計らって上機嫌の被告人に依頼事をしようとすることも十分考えられるところである。また、Cの証言する程度の会話であれば、宴席に芸者が入っていたにしても、いくらでも内密に話を交わすことは可能であると認められるし(内密の話をしたければ、Cが被告人のところに酒を注ぎに行けば足りることである。)、赤坂界隈で政治家の出る宴席に呼ばれるような芸者であれば、内密の話には聞き耳を立てないようにすると考えてよいであろうから、Cが芸者の存在をさほど気にかけなかったとしても、不自然であるとは認められない。また、E2証言によれば、被告人も「俺も大臣になったからには、C1のために全力でやるよ。」と言い、Cも、被告人に対して「先生、長官になられたんですから、Hの件はよろしく願いますよ。」と頼んでいたというのであって、Hがらみの依頼事が話題になっていたことは間違いなく、この証言も、C証言を裏付けているということができる。 5 なお、上磯町のI1町長は、平成元年八月中旬ころ、被告人から、電話で「C1がそっちへ行ってやっているからよろしく頼む。」という依頼があったことを供述しているし、当時の北海道開発庁地政課長のNも、同年八月中旬か下旬ころ、新大臣への所管事項の説明で平成二年度の高規格道路の新規要求箇所等に触れたところ、被告人から「その先はどうなっているか。」と聞かれたというのであ 北海道開発庁地政課長のNも、同年八月中旬か下旬ころ、新大臣への所管事項の説明で平成二年度の高規格道路の新規要求箇所等に触れたところ、被告人から「その先はどうなっているか。」と聞かれたというのである。この点は、自分の選挙区のことであるから、被告人が関心を持ち、質問をしたとしてもなんら不思議はいようにも思われるが、同年八月初めころ、地元代議士として、同課長から函館~茂辺地間の基本計画について事前説明を受けたときには、それから先についての質問は特になかったというのであるし、被告人の政務秘書官E3の証言によっても、八月当時の被告人の関心は、函館・江差道路の一部着工にあって、茂辺地から先については、関心がなかったというのであるから、関心のなかった事項について特に尋ねた被告人の前記質問には、Cの請託が影響している可能性が高いと認めて差し支えない(なお、弁護人らは、当審弁論において、被告人がN課長に尋ねたのは「茂辺地より先の事業化がいつになるか」であって、茂辺地より先の高規格道路の通過ルートを質問したものではない旨主張する。しかし、この質問を受けたN課長は、通過ルートを聞かれたものと受けとめ、茂辺地・江差区間の路線はまだ調査中である旨の返事をしているのである。そもそも、路線の一部が事業化された場合、その先の区間の事業化は相当遅くなるという認識を持っていた被告人がそれから先の事業化の時期を聞くというのも不自然である。)。 6 2の「2」の点についても、Cは、先の「M」での被告人の態度が浮ついていて約束したことを実行してくれるかどうか心もとなく思われたので、この「M1」での宴席を設け、更に二〇〇〇万円を贈る代わりに被告人にも約束をきちんと実行してもらおうとしていたのであるから、Cの態度が要求がましくなり、金を受け取ろうとして待っている被告人にすぐには の「M1」での宴席を設け、更に二〇〇〇万円を贈る代わりに被告人にも約束をきちんと実行してもらおうとしていたのであるから、Cの態度が要求がましくなり、金を受け取ろうとして待っている被告人にすぐには金を渡さずしゃべり続けるなど(なお、当審法廷での検証の結果によれば、現金二〇〇〇万円の重さは約二・二キログラムであって、四~五〇秒の間差し出したまま持っていたとしてもそう苦になるほどの重さではない。)、被告人に対して失礼と思われる態度があったからといって、不自然であるとか、異様な光景であるとはいいがたい。むしろ、被告人が「分かったら教えるよ。」と答えたので、心もとなく思うとともに、かちんときて、「長官、ちょっと待ってくれ、分かったら教えるはないでしょう。調査予算が付いているならば、その調査に基づく成果表やその路線図等は、もう手元にあるんでしょう。なくても調べればすぐ分かることでしょうが。私は、そういう図面を貸してくれと言ってるんじゃないですか。ご自分の近くにあっていつでも取り寄せられる状態にある人が、分かったら教えるよというような、そんな子供だましみたいなことはなしにしましょうよ。」と言って噛みついたというC証言は、まことに迫真性のある具体的な供述であって、十分信用できるものということができる(なお、この現金授受の場面に関する被告人の供述が変遷しており、かつ、不自然であることは、検察官が答弁書で指摘するとおりである。)。 また、Cに席を外すように言われて部屋を出て、トイレに行ったあと仲居のOと立ち話をして、ころ合いを見計らって席に戻ったというE2証言に所論がいうような不自然さがあるとは認められないし、「部屋に戻ったところ、どういうわけか、座が白らけた感じで、被告人は立ち上がって手提げ袋を持って部屋を出て行った、被告人が帰ろうとするとき、Cが に所論がいうような不自然さがあるとは認められないし、「部屋に戻ったところ、どういうわけか、座が白らけた感じで、被告人は立ち上がって手提げ袋を持って部屋を出て行った、被告人が帰ろうとするとき、Cが被告人に『高規格道路の件ちゃんとお願いしますよ』と言い、被告人も『分かった』と言いながら、ぶぜんとした感じで帰って行った。」という同証人の証言は、同人が席を外している間の前記の出来事に符合する臨場感のある供述であるといってよい。 以上のとおりであるから、2の「1」、「2」の点に関する所論は、いずれも採用の限りでない。 (買占め計画の現実性について) 1 弁護人らは、Cが被告人から高規格道路の予定地に関する情報を得ようとした動機について、原判決が、「(Cにおいて、)道路の通過予定地が事前に分かれば、その土地を買収して、土地を担保にノンバンク等から多額の融資を受けたり、国に転売して多額の差益を得たりすることができるし、ゴルフ場の設計の上でも参考になると考えた」旨認定したことを論難し、「1」 道路を含め公共事業用地を買い占め、国に高く買い取らせて利益を得ることが現在の取引の実情に照らし不可能なことは社会の常識である、Cがいかに証言しようとも、高規格道路の予定地の情報を得ようとした動機が予定地の買占めであるとの認定は、経験則上許されるものではなく、Cが短期間のうちに取得価格の倍ぐらいの価格で国が買い取ると考えたとは到底認められない、「2」 高規格道路の予定地をゴルフ場用地として買収することは実際上不可能であるのに、これを不可能でないとした原判決には、公共用地の買収と行政指導の実態を無視した経験則違反がある、「3」 K修道院が敷地内の道路の通過に強く反対していたため、被告人の長官在任中にH周辺のルートが決定される見込みはなく、Cが高規 には、公共用地の買収と行政指導の実態を無視した経験則違反がある、「3」 K修道院が敷地内の道路の通過に強く反対していたため、被告人の長官在任中にH周辺のルートが決定される見込みはなく、Cが高規格道路に関心を持っていたとすれば、当然そのことを知っていたはずであるから、被告人に多額の賄賂を用いてまで違法な情報収集を計画するはずはないのに、原判決が、「長官在任中に北海道開発局内において、H周辺のルートが事実上内定される可能性がなかったわけではなく、Cがルートについての情報提供を請託することが不合理な状況にあったとはいえない」旨判示したのは、経験則に著しく反するものである、「4」 更に、原判決は、長さ四キロメートル、幅一〇〇メートルにわたる土地を国に転売し、約一億二〇〇〇万円の差益を得るつもりであったとするC証言について、転売益を計算するための目安としてこのような数字を挙げたと認めるべきであり、信用できないものではないとするが、これはあまりにも不合理な数字であり、机上の空論といわざるをえず、この計算はC証言全体の信用性を覆す好例である旨主張する。 2 右の弁護人らの主張のうち、まず、「3」の点について判断する。 北海道開発庁地政課長(平成二年六月北海道開発局建設部道路建設課長)N1の証言、その他関係証拠によれば、平成元年四月から同年一二月ころにかけての函館・江差自動車道のルート策定状況は、おおよそ次のとおりであったと認められる。 「1」 函館・江差自動車道全長七〇キロメートルのうち、函館~茂辺地間については、ルート策定作業も比較的順調に進んでおり、同年四月一一日に、函館開発建設部は、上磯町に対して上磯~茂辺地間のルートについての協議を申し入れ、六月二三日、上磯町から同意の回答を得、七月二八日には、北海道開発局長から建設省道路局 進んでおり、同年四月一一日に、函館開発建設部は、上磯町に対して上磯~茂辺地間のルートについての協議を申し入れ、六月二三日、上磯町から同意の回答を得、七月二八日には、北海道開発局長から建設省道路局長あてに、基本計画の承認申請がなされ、八月八日に同局長から基本計画を承認する旨の決定が北海道開発局長あてに発せられた。 「2」 しかし、それから先の茂辺地~木古内間のルートとなると、K修道院の問題があって、協議の進捗状況はおもわしくなく、函館開発建設部において、上磯町及び木古内町との協議を続けていたものの、策定状況は難航していたといって過言でない。もともと、函館開発建設部は、調査開始の当初から、函館・江差自動車道のルート選定に当たって、K修道院の敷地内通過が問題になるという認識は持っており、昭和六三年八月には早くも同修道院との交渉を始めていたのであるが(仮に、同修道院との協議が順調に進んでいたとするならば、平成元年七月ころには、木古内までのルートが内定していた可能性もあったという。)、交渉は思うに任せず、平成元年四月二〇日には、K修道院長から、同修道院の敷地を迂回するルートを考えてほしいという要望書が出されたため、その後、協議は一時中断されている状態にあった。 「3」 もっとも、この時点では、K修道院も、高速道路の建設自体に反対する態度を示していたわけではなく、要望書でもわざわざその旨を断っているぐらいであったので、函館開発建設部としては、修道院の敷地内の環境影響調査をして問題がないということになれば、修道院側の理解が得られると考え、秋には協議を再開して、年内には、話を整理できるものと考えていた。 「4」 ところが、同年一〇月にK修道院との交渉を再開し、同年一一月に修道院の敷地内での環境調査の結果も出て、並木の植生への影響や騒音が少ないとい して、年内には、話を整理できるものと考えていた。 「4」 ところが、同年一〇月にK修道院との交渉を再開し、同年一一月に修道院の敷地内での環境調査の結果も出て、並木の植生への影響や騒音が少ないということが明らかになったにもかかわらず、修道院側は、地下水とか景観に及ぼす影響等を言い出して敷地内通過に強く反対したため、開発局側も計画ルートの変更をやむなしと考え、第二案、第三案を提示したが、平成二年八月には、K修道院側から函館建設部が提示した三案すべてに反対し、修道院の北側にある丸山の裏(北側)を通してほしいという要望書が提出され、平成四年六月、K修道院の要望をほぼ容れた函館建設部の変更案を修道院側が了承することによってようやくこの問題も決着するに至った。 このように、K修道院の強硬な姿勢から問題解決に時間を要したのは事実であるが、茂辺地~木古内間のルート策定の遅れは、当時の予想をはるかに超えたものであり、平成元年四月から一〇月ころにかけては、事業主体の函館開発建設部ですら、年内にもK修道院との協議にめどをつけられると考えていたのであるから、被告人の長官在任中にH周辺の高規格道路のルートが内定される可能性がなかったといえないことは明らかであり、この点に関する原判決の判示も相当であるということができる。 所論はまた、道路整備事業において路線の一部が事業化された場合、まず事業化された区間の一部開通を優先させるのが予算の効率的運用の観点からの原則であり、その先の区間が事業化されるのは相当遅くなることは道路行政の常識である旨主張するが、本来、函館・江差自動車道の路線調査は、全長七〇キロメートルのこのルートの中間点にある木古内までを考えていたところ、K修道院の反対でやむなく茂辺地までを優先することにしたのであり、平成二年度予算の概算要求で函館~ 自動車道の路線調査は、全長七〇キロメートルのこのルートの中間点にある木古内までを考えていたところ、K修道院の反対でやむなく茂辺地までを優先することにしたのであり、平成二年度予算の概算要求で函館~茂辺地間の事業化が目指されていたとしても、この区間の事業化と茂辺地~木古内間のルート策定作業とが並行して進められることになんの支障もないのであるから、所論は失当というほかない。 このほか、所論は、Cが贈賄を決意しそれを実行したと認定するためには、C自身が被告人の長官在任中に高規格道路のルートが現実に決定されると信じていたことが前提となるところ、原審では、Cがこのように信じたことを示す証拠がみられない旨主張する。 しかし、この点に関するC証言をみると、おおよそ次のとおりである。すなわち、同人は、平成元年七月初旬ころ、議員会館の被告人の事務所を訪ね、被告人に、H周辺に道路建設の予定があるらしいが本当かと切り出し、被告人から高規格道路だよと教えてもらった、そして、更に、調査予算は付いているかどうか、路線はどこからどこまでかを尋ねたところ、被告人は、調査予算は付いている、上磯の町の中までは確定しているが、Hの裏辺りはまだ決まっていないはずだと言った、そこで、被告人に茂辺地~江差間の具体的な路線等が決まったら、調べて内々に教えてほしい旨依頼しその承諾を得たが、被告人が長官に就任した翌日、お祝いの席で重ねてこの点の依頼をしてその承諾を得た、というのである。 そして、Cの言によると、同人が求めていた情報、資料は、誤差が二〇~三〇メートル以内に収まるような路線図等であって、一〇〇メートルぐらいの誤差になると、買占めのためには意味をなさないが、長官就任のお祝いの席で、被告人にこの点の請託をした際に、被告人から「茂辺地~江差間の高規格道路の実行予算を最優先し であって、一〇〇メートルぐらいの誤差になると、買占めのためには意味をなさないが、長官就任のお祝いの席で、被告人にこの点の請託をした際に、被告人から「茂辺地~江差間の高規格道路の実行予算を最優先して付ける、一番にこれをやる」という決意が披れきされ、Cが内々に提供してほしいと依頼したことについても、「分かった、間違いなくやる」と言われたことから、路線図等が既にG長官の手元にあるのではないかと思ったし、もし、なかったとしても、部下に言って取り寄せることができるのではないかと思った、というのである(原審第八回公判五二八~五三〇丁)。また、八月中旬の「M1」でのCと被告人とのやりとりをみても、Cは、前述したように、「調査予算がついてるならば、その調査に基づく成果表やその路線図は、もう手元にあるんでしょう」などと厳しく被告人に問い質しているのであって、Cにおいて右のような路線図が既に作成されているものと信じていた様子が窺われ、これに対し、被告人も「すまん、すまん、必ず調べて渡すから」と言って、Cの信じているところを打ち消すようなことは一切言っていないことが認められるので、K修道院の問題があることすら知らなかったCが、このような被告人の言葉から自分の求める情報が得られるものと考え、被告人に高規格道路に関する本件請託をし、金員を贈ったとしても、なんら不自然、不合理であるとは認められない。この点に関する所論も採用の限りでない。 3 次に、前記1の「1」の所論に戻って検討する。 所論は、国が公共事業に必要な土地を取得する場合には、いわゆる実勢価格で買い取るものであり、道路を含め、公共事業用地を買い占め、国に高く買い取らせることは、現在の取引の実情に照らし実現不可能であるというのである。 しかし、実勢価格自体が公共事業の実施予定地を公表した後に跳ね上が のであり、道路を含め、公共事業用地を買い占め、国に高く買い取らせることは、現在の取引の実情に照らし実現不可能であるというのである。 しかし、実勢価格自体が公共事業の実施予定地を公表した後に跳ね上がることはしばしばみられるところであり、道路事業についても、ルートの内定段階から環境アセスメントの手続、整備計画の申請・承認、事業化予算の要求、そして買収と進むまでには、相当の期間が経過することが考えられるので、この間に実勢価格自体が相当程度上昇することも十分にありうることである。しかも、平成元年八月という時期は、いわゆるバブル景気のさなかにあって金あまり現象も見られ、土地買収のための融資もどんどん行われ、土地の価格は通常の土地であってもまだまだ上がり続けるものと信じられていた時期であるので、Cが道路予定地について二倍程度の値上がりや転売益を期待することは、決して不自然ではなかったということができる。 4 所論1の「2」の点について検討する。もとより、H周辺の道路予定地をその公表前に買い占めることが相当に困難であることはいうまでもない。まず、道路予定地の買占めを行うためには、道路予定地が内定した段階で内報を受け、それが公表される前に買占めを行うなり、少なくとも、手金等をうって土地を押さえる程度のことはしておかなければならないが、内定から公表までの期間は、それほど長いものではないし、土地買収に当たっても、国土利用計画法(以下、国土法という。)の届出が必要であって、その際に、その土地が道路予定地であることが判明すれば、種々のチェックを受けることも覚悟しなければならない。更に、Cがいうように、この土地をゴルフ場用地として買収しようとすれば、国土法の届出だけではなく、地元自治体との事前協議も必要となってくるのであり、その際に、相当の行政指導を受ける ければならない。更に、Cがいうように、この土地をゴルフ場用地として買収しようとすれば、国土法の届出だけではなく、地元自治体との事前協議も必要となってくるのであり、その際に、相当の行政指導を受けることも必至である。 しかし、Cにおいて被告人の長官在任中にH周辺の道路予定地が内定すると考えていたことは、前述のとおりであるし、同人は、高規格道路のルートの内定から公表までの期間を、数か月から一年ぐらいと見込んでいたというのであって(原審第一二回公判八六四丁)、この見通し自体特に不合理であるとはいいがたく、C1において全力を挙げて用地買収に取りかかれば、この期間内でも相当程度の土地を買収あるいは買収予定ということで押さえることができたと思われる。そして、Cは、道路予定地をゴルフ場用地として買収することを考えていたものの、右の期間内に地元自治体との協議が整わなければ、資産保有ということで、国土法の届出をして買収するつもりであったというのであるから、この期間内に土地買収を行うことが不可能であったともいいがたい。 所論は、地元自治体としては、事前協議の過程でゴルフ場用地が高規格道路予定地に抵触することを知ったならば、ゴルフ場開発に必要な許認可の申請を受理しない措置を取るなど、道路計画に支障にならないような行政指導を当然行うことになるから、高規格道路予定地をゴルフ場用地として買収することは実際上不可能である旨主張する。 しかし、この点については、原判決が同第二の六の2において、詳細に判示するとおりであり、当裁判所としても、大筋においてこの判断を是認することができる。Cは、北海道開発庁長官たる被告人の権限を高く評価し、これに期待するところ大であったので、地元自治体との事前協議等についても、被告人の種々の影響力に期待して問題解決を楽観的に考えたとして ができる。Cは、北海道開発庁長官たる被告人の権限を高く評価し、これに期待するところ大であったので、地元自治体との事前協議等についても、被告人の種々の影響力に期待して問題解決を楽観的に考えたとしても、決して不自然ではないと思われる。 所論は、更に、この原判決を論難し、「原判決が指摘するように、ゴルフ場開発業者が高規格道路予定地と抵触する土地を国に売却することに同意したとしても、その同意は実勢価格で国に売却することを同意したものでなければ国としては認めることはできず、Cが証言するように取得価格の倍の価格で売るような同意では国にとって到底受け入れられるものではない。」旨主張する。 しかし、この点は、検察官が答弁書において反論するとおりであって、地方自治体がゴルフ場開発事業と国の道路事業との抵触を懸念して行政指導の形でゴルフ場開発業者を指導するにしても、事前協議の段階で国への転売価格にまで介入することは考えられないところである。Cにしても、実勢価格の二倍で売ろうとしていたわけではなく、あくまで取得価格の二倍ということを一つの目安にしていたにすぎないので、地価高騰期の当時にあっては、国がルート公表前の地価の二倍程度の価格で買い取ることもないとはいいがたく、Cが実現不可能なことを企図していたということはできない。したがって、原判決の事実認定には、所論が論難するような著しい経験則違反があるとは認められない。 そもそも、高規格道路予定地の買占めのもくろみは、被告人に対する請託の動機であるが、そうだとすると、客観的な実現可能性もさることながら、C自身が買占めを実現可能と考えていたかどうかという主観面が問題となってくるのである。Cは、Hの購入にもみられるように、事業の展開に当たって多分に思い付きやその場の閃きで事を決するところがあり、とりわ 身が買占めを実現可能と考えていたかどうかという主観面が問題となってくるのである。Cは、Hの購入にもみられるように、事業の展開に当たって多分に思い付きやその場の閃きで事を決するところがあり、とりわけ、道路予定地の買占めのような一獲千金のチャンスにおいては、実現に困難が伴おうとも、これに賭けることは十分考えられるところである。したがって、道路予定地の買占めや国への高額転売が客観的に困難であるからといって、そのことから直ちに、Cにおいて買占めや国への転売を考えるはずはないとも言い切れないのである。 5 最後に一の「4」の所論について検討する。結論から述べれば、この点についても、原判決の判示するところは相当であり、所論は採用の限りでない。 所論は、まず、「高速道路の道路部分だけの幅員はせいぜい二〇~三〇メートルであり、のり面まで入れなければ出てこない幅一〇〇メートルという数字をCが頭に抱いたはずがない」として、「幅一〇〇メートル」という数字を検察官の誘導によって作り上げられた机上の空論とするが、都市部と違って、平野部やなだらかな丘陵地帯においては、高速道路も基本的には高架構造をとることなく、切り土又は盛り土による場合が多いことはむしろ常識であり、「Cが頭に抱いたはずがない」と決めつける弁護人らの主張はいささか論証を欠くきらいがある。そして、当審証人Pの供述によれば、函館・江差自動車道の道幅は、切り土で約一六〇メートル、盛り土で約一四〇メートルというのであるから、Cが試算した一〇〇メートルという数字はむしろ控え目なものといってもよいのである。 また、「長さ四キロメートル」という点についても、確かに、弁護人らが主張するように、H周辺の現地の地勢・地形を考えれば、このような土地の買収は事実上不可能であろうが、原判決も判示するように、Cは、現地に 、「長さ四キロメートル」という点についても、確かに、弁護人らが主張するように、H周辺の現地の地勢・地形を考えれば、このような土地の買収は事実上不可能であろうが、原判決も判示するように、Cは、現地に当てはめた具体的な買収計画としてこのような数字を述べたわけではなく、転売益を計算するための一つの目安というにすぎないし、Cは、ゴルフ場と一体となった周辺の開発地域を含めてこの数字を想定したというのであるから、これまた所論がいうほど不自然なものとはいいがたい(なお、Cは、当審において、四キロメートルという数字を出した根拠として、一八ホールのゴルフ場のコースの長さが約七〇〇〇メートル、行って帰って半分として全長が最大で約三・五キロメートル、それに取り付け道路や周辺の開発予定地を加えて約四キロメートルという数字を想定した旨供述する。このような目安の付け方自体は、試算方法としてそれほど不当なものとも思われない。)。したがって、「長さ四キロメートル、幅一〇〇メートル」にわたる土地を国に転売し、約一億二〇〇〇万円の差益を得るつもりであったとするC証言は、非現実的であり信用できないとする所論は、必ずしもそうだとは言い切れないのである(もっとも、Cにおいて、高規格道路がゴルフ場の建設予定地の真ん中を通ればよいと思ったとしている点は、いささか理解しにくいところである。しかし、同人のそもそもの発想は、道路予定地の買占めに対する非難をかわすために、道路予定地をゴルフ場用地の中に包み込んで買収しようというものであり、名門コースと呼ばれるようなゴルフ場であっても、ゴルフ場内に高速道路が通っている例をいくつも知っていたことから、その点をあまり意に介さず、むしろ、道路予定地の買占めを目立たないようにするためには、ゴルフ場用地の中を高規格道路が通っていた方がよいという趣旨 高速道路が通っている例をいくつも知っていたことから、その点をあまり意に介さず、むしろ、道路予定地の買占めを目立たないようにするためには、ゴルフ場用地の中を高規格道路が通っていた方がよいという趣旨に解されるのである。そうだとすれば、この点に関するC証言にいささか強弁的なものが感じられるにしても、非常識な証言というほどのものではないと思われる。)。 6 以上のとおりであって、所論全般を通じて検討しても、Cが道路予定地を買い占め、それを国に転売する目的で、被告人に高規格道路の通過予定地の内報を請託したという原判決の認定は、首肯できるところであって、別段不自然、不合理な点はみあたらず、弁護人らの主張は容れることができない。 (請託に対応する働きかけの有無について)所論は、被告人のN地政課長に対する質問がCの請託を裏付けるものとはいえないというのであるが、この点については、既に判示したとおりであって、弁護人らの主張は理由がない。 また、弁護人らの主張は、Cの請託に対応する被告人の働きかけがないことから、請託の事実自体がなかったことを導き出そうとするものであるが、請託を受け、これを承諾した者が頼まれたことを実行しないこともあり得るところであって、請託に対応する被告人の行為がないからといって、直ちに、請託自体がなかったという結論が出るものではない。C証言によれば、「M」での請託の際も、被告人は幾分ためらい気味であったというのであるし(原審第八回公判五二八丁)、Cとしても、高規格道路の正確な通過ルートや場所についての情報を内々に提供するということは、北海道開発庁長官としての立場を利用したり、その任務に反することになるので、その実行となると躊躇するのではないかという不安を持ったので、大臣取りの資金とは別に、更に二〇〇〇万円を贈ることにしたという 北海道開発庁長官としての立場を利用したり、その任務に反することになるので、その実行となると躊躇するのではないかという不安を持ったので、大臣取りの資金とは別に、更に二〇〇〇万円を贈ることにしたというのである(同五三四丁)。被告人の態度には、このような不安をCに感じさせるものがあったということができる。時期的にみても、請託の当時は、L1疑惑でF2内閣が倒れて間もないころであり、政治家、高級官僚の高額の収賄や特定企業との癒着等が世人の厳しい批判にさらされていた時期であるので、老練な政治家である被告人がCから供与された金員を受け取りつつも、北海道開発庁長官としての職務に反するような請託事項については、口ではやると言いながらそれに対応する行動をとらないことも十分考えられるところである(なお、後述のBの件については、請託の趣旨に沿う被告人の行為が数多くみうけられるのに対し、高規格道路に関する件については、請託に応ずる行為がほとんどみられないというのも、この点から説明できるといってよい。)。「請託があったとすれば、それに対応する被告人の行為があるはずだ」とする弁護人らの立論は、「被告人は請託を受けたことを必ず実行する」という前提に立って初めて認められるものであるが、その前提自体にいささか疑問があり、所論は失当というほかない。 (C1内部における請託に対応する動きについて) 1 所論は、Cは、被告人に対する請託と併行して、C6に対し、高規格道路の調査をするよう指示した旨証言し、C6もこれに沿う内容の証言をしているが、C6において高規格道路の調査をした事実は認められず、その他C1内部においてCの請託に対応する動きがないことからみても、C証言には信用性がない旨主張する。 しかし、この点についてのC証言を要約すると、「平成元年八月中旬、被告人に大臣就 認められず、その他C1内部においてCの請託に対応する動きがないことからみても、C証言には信用性がない旨主張する。 しかし、この点についてのC証言を要約すると、「平成元年八月中旬、被告人に大臣就任祝いの席で依頼をした前後ころ、C4営業所長のC6にもHの近くを通る高規格道路の路線について調査を指示したことがある、C6からの報告によると、現地で調査をしてきたが、具体的な情報が得られないということであり、併せてそちらで長官に内々に教えてもらってはどうかと進言してきた、それで、長官の方にはC自身の方から頼んである、現地は現地で調査を続けるよう返事をした。」というのであり、C6の証言もこれに合致し、両証言とも具体的であり、特に不自然、不合理な点は見当たらないといってよい。 そして、C6が自ら上磯町役場に出向き、あるいは、部下のC9やC10を出向かせて高規格道路の調査を行っていたことは、右C10の証言のほか、同町建設部都市建設課長をしていたI2の「C6は度々上磯町役場に出入りしていた、同人から高規格道路の進捗状況を尋ねられたり、ルートを教えてほしいと聞かれたことがある」旨の検察官調書(なお、同人の証言中にもこれに近い供述がある。)や同じく同町企画調整課長をしていたI3の「元同町職員のC10が役場に出入りし、高規格道路のルートを尋ねるなどしていた」旨の証言及び未確定情報としてではあるが、右C10がI3課長から高規格道路の予定路線等を記入した図面を入手していることなどによって、十分に裏付けられているということができる。 2 弁護人らは、C10がI3課長から入手した右図面について、かなりの確度の高い情報であったとし、この情報がCの手元に届いていなかったことは、Cが高規格道路のルートの調査をC6に指示していなかったこと、ひいては、Cが高規格道路のルー 入手した右図面について、かなりの確度の高い情報であったとし、この情報がCの手元に届いていなかったことは、Cが高規格道路のルートの調査をC6に指示していなかったこと、ひいては、Cが高規格道路のルートに関心をもっていなかったことを示すものである旨主張する。 しかし、C10証言によれば、この図面は、I3課長が縮尺五万分の一の上磯町管内図に、「決して建設部から得た情報でもないし、どう変わるか分からない。ただ、こんなことが予想される」と言って、フリーハンドで線を引いたものであって、Cが期待していた成果表に比べてあまりにも粗略であり、このようなものが高規格道路の建設予定地の買占めやゴルフ場用地の決定に役立つものとは認められず、同人がこの図面をあえてC6に示すことなく、口頭での報告に終わらせたことも、なんら異とするには足りない(なお、弁護人らは、「C10からC6に対しI3図面に基づく報告がなされたことが認められる」旨主張するが、C10証言によれば、この図面をC6に見せた記憶はなく、口頭では報告しているが、それもまだ決まっていないという程度のものであったというのである。)。 弁護人らは、「CがI3図面を見ていればその時点でCはゴルフ場用地として道路予定地を買占める計画を断念するか、あるいはあくまで買占めを考えたとすればCにおいて既に決まっていたゴルフ場予定地をその時点で変更するなり一時白紙にするなりの策を講じていなければならなくなる」として、この図面を高く評価するが、右にも述べたとおり、この図面は、Cにそのような重大な方針転換を決断させるだけの正確な情報であるとは到底認められず、所論は失当というほかない。 (上磯町リゾート開発計画の進捗状況と請託の時期について) 1 所論は、「原判決は、二〇〇〇万円の供与があった平成元年八月当時は、まだゴルフ場開 あるとは到底認められず、所論は失当というほかない。 (上磯町リゾート開発計画の進捗状況と請託の時期について) 1 所論は、「原判決は、二〇〇〇万円の供与があった平成元年八月当時は、まだゴルフ場開発について調査も済んでおらず、このような時期にCがゴルフ場開発にかこつけた高規格道路の予定地買収を具体的に考えるはずはないとの弁護人の主張を無視している」というのである。 しかし、関係証拠によれば、Cがこの時期ゴルフ場開発を既定の方針と考えていたことは明らかである。 Cとしては、Hを視察し、その庭園としてのよさやそこからの眺望に感嘆し、その購入を決断したのであるが、H単体では、いかにこれを復元してみたところで、事業として成り立たないことは十分承知しており、ホテルやゴルフ場の建設はHの買収を決めた当初から視野に入れていたことである。平成元年六月下旬に、Hのほか、その周辺の土地を含めて購入するということで、Jとの間に覚書を交わし、同年七月には、これらの土地につき、国土法に基づく土地売買の届出書も提出し、更に、このリゾート開発のために、同月一級建築士の前記C9をC4営業所の建設部長として迎え入れ、同じく七月にC4営業所C11分室を、同年八月C12分室をそれぞれ開設し、C6にも、同人が同月上旬に上京した際、C7開発部長から、九月に入ったら一〇〇町歩ほどの後背地について本格的な地上げ作業に入るので、今から準備をしておくようにという指示を与えており、同人も、ゴルフ場の開発に備えて、C4営業所の人員を強化し、上磯町役場とのパイプ役として前記C10を採用し、九月に入ってからは早速地権者調査等を開始しているのである。このような状況からすれば、同年八月の時点でCがゴルフ場開発とからめて高規格道路予定地の買占めを考えたとみても、時期的にはなんの不思議もなく、弁護 入ってからは早速地権者調査等を開始しているのである。このような状況からすれば、同年八月の時点でCがゴルフ場開発とからめて高規格道路予定地の買占めを考えたとみても、時期的にはなんの不思議もなく、弁護人らの主張は理由がない。 2 また、所論は、上磯町リゾート開発計画は、平成元年一〇月ころには事実上中断し、同二年五月から再度地権者との交渉が始められ、同年六月H改修工事の起工式が行われたのは、Hを担保としてQから借入れを行うために、ゴルフ場開発計画が進展しているかのごとき外観を作出しただけであって、平成元年一〇月以降において高規格道路に関する請託が行われるはずはない旨主張する。 しかし、木古内町のリゾート開発のために人手をさかれ、進捗状況に遅れをみせていたにしても、上磯町リゾート総合開発事業が凍結されていた事実がないことは、原判示のとおりである。同年一〇月以降も引き続き、現地社員らによって、地権者調査や同意書取付けの下準備、町役場からの情報収集等の作業が続けられていたことは、C4営業所、C12及びC11分室の関係者らがこぞって証言するところである。同年九月ころから増強された現地社員たちがその日から即戦力になるわけもなく、そのうえ、現地社員のトップであるC6の指導力にも問題があり、方針に一貫性がなく、担当者をしばしば入れ替えたりしたことから効率的な業務活動ができず、この間、目立った成果を上げていないにしても、平成二年五月まで上磯町リゾート総合開発事業が凍結されていたとみることは困難というほかない。そもそも、現地サイドが上磯町の開発事業を凍結するなどということは、本社からの明確な指示があって、初めて許されることであるが、かかる指示は全くなく、ただ、平成二年二月施行の衆議院議員選挙に出馬した被告人の選挙応援に本格的に協力するようにという指示があ いうことは、本社からの明確な指示があって、初めて許されることであるが、かかる指示は全くなく、ただ、平成二年二月施行の衆議院議員選挙に出馬した被告人の選挙応援に本格的に協力するようにという指示があったため、平成元年一二月ころから同二年二月ころまでの間、多くの現地社員が被告人の選挙の応援にかり出され、営業所や分室の業務活動に多大の支障を与えたというにすぎず、同年三月ころからは、現地社員らも再び上磯町リゾート総合開発事業等の業務に戻っているのである。このほか、ゴルフ場用地の買収に活躍するはずのIがシルバーセンター建設に対するC1の消極的な姿勢を感じとって離反し、加えてC12分室長のC13までが競合関係に立つJ1側に寝返り、これらの者がC1の同意取付け作業を妨害したことも、両名が上磯町議会議員であっただけに、大きな痛手となっていたことは否定できない(なお、検察官が答弁書で指摘するように、右両名の妨害活動があったことも、C1がゴルフ場開発事業を本気で行おうとしていたことの一つの証左とみることができる。)。これらが原因となって、平成元年一〇月ころから同二年五月ころまでの間の上磯町リゾート総合開発事業に作業上の遅れはみられるものの、所論主張のように、開発事業を凍結をしていたという事実は認められないというべきである。所論は失当というほかない。 3 なお、弁護人らは、もしCが上磯でのゴルフ場開発を本当に計画していたとすれば、まず同人が被告人に依頼すべきことは、許認可に関し大きな裁量権を持つ町当局への働きかけでなければならない旨主張する。 しかし、関係証拠によれば、Cは、この点についても早々と被告人に口添えを依頼しており、被告人もこの要請に応えていることが明らかである。すなわち、Cは、H視察後、被告人を訪ね、「I1町長からもHの復元については頼まれて よれば、Cは、この点についても早々と被告人に口添えを依頼しており、被告人もこの要請に応えていることが明らかである。すなわち、Cは、H視察後、被告人を訪ね、「I1町長からもHの復元については頼まれているが、今後こちらからも上磯町に対してお願いの筋が出てくると思うので、その節はどうかよろしく。」との依頼をし、被告人も、同年七月に同町長が被告人の事務所を訪ねた際に、「C1がHやその周辺でリゾート開発をしているようだが、町としても出来るだけ協力してやってくれ。」という趣旨のことを話しているし、更に、長官就任後も同町長に電話をかけ、「C1がそっちへ行ってやっているから、よろしく頼む。」と伝えているのである。そして、この「よろしく頼む」というのは、C1が上磯町で開発をやっているから、よろしく面倒をみてやってくれという趣旨であることは、同町長も、十分理解しているところである。そのほか、被告人は、平成元年九月の上磯町での被告人の長官就任祝賀会、同二年一月のC12分室の披露パーティー、同年六月のHの改修工事の起工式等でも、「C1は鉄骨加工では日本でも有数の会社だ、上磯町でリゾート開発をやっている、みんなも協力してやってほしい。」などと、上磯町の幹部職員らも出席しているところで、C1のための挨拶をしているのである。こういったことから、Cにおいて、それ以上の依頼を重ねてしなかったとしても、なんら不思議はない。この点の所論も理由がない。 4 最後に、平成二年五月以降の現地での開発事業の活発化が、弁護人らの主張するように、Qから融資を仰ぐためのシェスチュアであるかどうかについて検討する。つまり、CがHを買収したのは、本心からその復元やその周辺でのゴルフ場開発を考えていたためではなく、それらしい外観を作り出して付加価値を高め、ノンバンク等から多額の融資を引き出 かについて検討する。つまり、CがHを買収したのは、本心からその復元やその周辺でのゴルフ場開発を考えていたためではなく、それらしい外観を作り出して付加価値を高め、ノンバンク等から多額の融資を引き出すための手段にすぎないかどうかという点である。この点は、Cが終始一貫して詐欺的商法を継統してきた虚業家(控訴趣意書一九八頁)であるかどうかということとも関連する。 確かに、Cの経営姿勢については、資金入手の関係で詐欺的手段も取られていたこと、放漫経営の批判を免れないこと、事業の展開についても、地価の高騰を前提とした極めて杜撰な計画しか持ち合わせていなかったこと等の諸点を指摘できるし、その不動産開発事業の実態をみても、取得物件を担保にノンバンク等から取得価格を上回る多額の融資を受けている例が多くみられ、Hにしても、一億二〇〇〇万円で購入した土地に一五億円の根抵当権が付けられていることは事実である。しかし、バブル期にあっては、このような事業経営は、ゴルフ場開発等に多くみられたところであり、自己資金を持たないままに、すべてを借入金に頼って大型不動産開発事業に進出したC1にとっても避けられないところであったということができる。ただ、その中でも、C1は、仕掛かり案件を安く手に入れては比較的短期間に仕上げるという方法で、いくつかの事業を成功させていることも事実であり、RゴルフクラブやR1カントリークラブについては、会員権の販売にまで漕ぎつけているし、R2カントリークラブについても、開発許可をとり、会員権募集の直前にまで達していたのである。これらの点からすれば、C1は、借入金を返済するために更に借入を重ね、次第に累積債務を増大させ、結局は、倒産を余儀なくされ、Cにしても、放漫経営によりC1を倒産させた経営者として批判を受けなければならないが、その反面、C 1は、借入金を返済するために更に借入を重ね、次第に累積債務を増大させ、結局は、倒産を余儀なくされ、Cにしても、放漫経営によりC1を倒産させた経営者として批判を受けなければならないが、その反面、Cを虚業家と決めつけ、同人の手がけていた事業のすべてを虚業とみることも相当でないといわざるをえない。 H周辺の開発事業にしても、これを担保に供するまでにC1がついやした手間ひまや人件費等の経費は相当のものであり、どうみても、付加価値を付けるためだけのジェスチュアであったとは考えられない(これが融資を受けるためのジェスチュアだとすると、Cは、まだ海のものとも山のものとも定まらない木古内町のリゾート開発のために人手を取られ、Hに付加価値を付ける作業を遅らせていたことになり、はなはだ不合理な態度をとったことになる。)。 更に、Cの原審及び当審証言、その他関係証拠によれば、C1は、A公庫から右開発事業に対する融資を受けるためにHとその周辺の土地を相当期間無担保のままに確保していたことが認められ、Qに対し別途申し込んでいた三〇億円の融資との関係から、平成二年五月になって、増し担保を要求され、これらの土地を提供することになったものの、それまでこの土地を温存してきたことは上磯町リゾート総合開発事業に対するCの熱意を裏書きするものということができる。また、これらの土地に一五億円の根抵当権を付けたのも、C1のそれまでの開発の進み具合を評価したQ側の判断であって、Cの方からこれを担保に一五億円の融資を申し込んだものでないことも明らかである。しかも、同社の融資が行われたのは、同年五月二八日前のことであるから、同年六月以降にC1が地権者との交渉を再開したり、H復元工事の起工式を行ったりしたことが、所論のいうように、Qから一五億円を借り入れるためのジェスチュアでないこ 、同年五月二八日前のことであるから、同年六月以降にC1が地権者との交渉を再開したり、H復元工事の起工式を行ったりしたことが、所論のいうように、Qから一五億円を借り入れるためのジェスチュアでないことも自明のことといってよい。C1は、この融資を受けたのちも、開発同意の取付けに全力を上げ、地権者に対する説明会を開催し、遺跡関係の発掘調査等も行っているのであって、これらに照らすと、資金不足から地上げ作業も停滞し、結果的には、挫折したものの、Cは、終始上磯町リゾート総合開発計画の実現を目指していたと認められる。 5 なお、弁護人らは、C1が当時北海道で進めていたS開発計画、S1新工場、aのエアカーゴ基地構想、b市のS2ホテル計画についてCが被告人になんら依頼をしていないのは不自然である旨主張し、原判決がこの疑問になんら答えることなく請託の事実を認定したのは、経験則に著しく反するものであると論難する。 しかし、被告人に依頼をするかどうかは、それぞれの案件ごとに考えるべきことであり、Cが北海道で手がけている他の案件すべてについて被告人に依頼をせず、Hの開発事業や高規格道路の件に限って依頼をしたとしても、別段不自然とはいえないし(Bについても、依頼をしているのであって、まさに案件ごとの判断である。)、C証言によれば、他の案件、例えば、エアカーゴ基地の話は計画段階で没になっていたし、木古内のリゾート開発はC1の方が町や町長から逆に頼まれていたので、これらについては、被告人に特に依頼する必要を感じなかったというのであるから、別段不自然なところはない。原判決が弁護人らのこのような主張に対して明示的な判断を示すことなく請託の事実を認定しても、著しく経験則に反するものといえないことはいうまでもない。 (結論)以上のとおりであるから、被告人に高規格道路の通 護人らのこのような主張に対して明示的な判断を示すことなく請託の事実を認定しても、著しく経験則に反するものといえないことはいうまでもない。 (結論)以上のとおりであるから、被告人に高規格道路の通過ルートの内報を請託して金員を供与したというC証言は、十分信用できるものであり、この事実を認定した原判決にはなんらの事実誤認もない。 三 A公庫に関する請託について 1 原判決は、(犯罪事実)第二において、A公庫に関する請託の事実を認定するが、この認定の主たる証拠となったC証言は、おおよそ次のとおりである。 「1」 平成元年八月下旬、「M1」における宴席でCが被告人にC1が計画しているHの復元及びホテルの建設事業がA公庫の融資の対象になるかどうかを尋ねたところ、被告人からこれらの事業の費用はA公庫の融資の対象になるという返事を得た。それで、Cが融資の申請をしたら速やかに融資を行ってもらえるよう依頼したところ、被告人は、「A公庫は開発庁の中にある身内のようなものだから、おれに任しておけ。」と言ってくれた。 「2」 同年一〇月下旬ころ、Cが「M1」において、被告人に改めてA公庫への融資の申請をしたときには、できるだけ早く審査し、融通を利かして、融資を早く実行してくれるようにA公庫に指示してほしい旨の依頼をしたところ、被告人は、「分かった、公庫については任しておけ。」と言って引き受けてくれた(同第九回公判五七九丁)。 「3」 同月末に被告人に五〇〇万円を渡したその数日後、M2において、被告人から合計六〇〇〇万円の資金援助の要請をされた際、Cが「これまで私がお願いしてることについては、C1のためにきちんとしてくださいよ。」と言ったところ、被告人は、「分かった、分かった、ちゃんとやる。」という趣旨のことを言った(同五八三丁)。 「4」 同年一二 私がお願いしてることについては、C1のためにきちんとしてくださいよ。」と言ったところ、被告人は、「分かった、分かった、ちゃんとやる。」という趣旨のことを言った(同五八三丁)。 「4」 同年一二月中旬ころ、C1の事務所で、被告人に一五〇〇万円を供与した際、Cが「私のお願いしていることについては、C1のためにちゃんとやってくださいよ。」と念押しをしたところ、被告人が「上磯は道路の件やったなあ。」などと言っていたので、「公庫の件もありますからね。」と言うと、被告人は、「ああ、分かってる、公庫の総裁や副総裁はよく知っているので、いつでもちゃんとやってやる。」と言ってくれた。それで、Cが被告人に、「公庫については、うちの段取りが遅れているので急ぎませんが、融資申請をしたらいつでも出してもらえるように根回しだけはしておいてくださいよ。」と依頼すると、被告人は、「公庫はちゃんとやってやるから。」と言ってくれた。 2 所論は、このC証言について、平成元年八月中旬の「M」及び同月下旬の「M1」での宴席で高規格道路に関する請託を行い、二〇〇〇万円を被告人に供与したというC証言が真実であるとすれば、Cの意識としては、遅くとも右「M1」での宴席までにはゴルフ場開発計画が既定のものになっていなければならない、そうだとすれば、右1の「1」のA公庫に関する請託もゴルフ場開発をも含めたものになるのが自然である、それにもかかわらず、第一回目の請託において、Hの復元とホテルの建設事業だけに限定して請託したというのは、高規格道路に関する請託の証言と矛盾し不自然である旨主張する。 しかし、この所論は、いささか形式論に走った議論であるといわざるをえない。 すなわち、高規格道路の通過予定地についての内報は、それが確度の高いものである限り、早ければ早いほどよいのであって、なに 。 しかし、この所論は、いささか形式論に走った議論であるといわざるをえない。 すなわち、高規格道路の通過予定地についての内報は、それが確度の高いものである限り、早ければ早いほどよいのであって、なにもゴルフ場開発についての事前協議や開発許可をまつ必要はないのに対し、ゴルフ場開発事業について融資の申請をするには、開発許可を得るための手続がある程度進行し、用地買収についても、C1の準備や態勢が整っていなければならないことはいうまでもない。そして、Cの原審及び当審証言によれば、同人は、ある程度の地権者の同意をとりまとめ、事前協議に入ったあたりを申請時期と考えていたと認められるが、Hの後背地の地権者や地積等の調査が進んだのは平成元年九月に入ってからのことであり、同年八月の段階ではゴルフ場の用地買収に入るだけの準備がまだ整っていなかったため、同人としては、上磯町リゾート総合開発事業全体に対して融資を申請することは全く頭になかったというのである。このように、高規格道路の予定地を内報することとA公庫の融資に関して同公庫に働きかけることとは、同じゴルフ場開発事業に関連しているとはいえ、問題の局面が全く違うのであるから、請託の時期が異なってくることも当然であり、前者の件を請託しながら、後者の件を請託しなかったとしても、なんら矛盾はない。所論は採用の限りでない。 3 次に、所論は、C証言によれば、同人は、同年八月下旬に右1の「1」の請託をしたものの、Hの復元とホテルの建設事業だけではなく、上磯町リゾート総合開発計画全体についての融資を受けたいと考え、融資の申請を一旦見合わせ、同年一〇月下旬の「M1」での宴席で、上磯町リゾート総合開発計画全体について同「2」の請託をしたというのであるが、この間、Hの復元やホテルの建設についてもなんら具体的なプランは作られて 旦見合わせ、同年一〇月下旬の「M1」での宴席で、上磯町リゾート総合開発計画全体について同「2」の請託をしたというのであるが、この間、Hの復元やホテルの建設についてもなんら具体的なプランは作られておらず、融資の申請を見合わせたといえるような段階ではなかったし、仮にCが上磯町リゾート総合開発計画全体への融資を考えたとしても、何故Hの復元とホテルの建設事業への融資の申請を見合わせなければならなかったか合理的な説明がなされていない、むしろ、早くHの復元とホテルの建設事業だけでも融資を受けてC1の実績を作っておく方が将来のリゾート総合開発計画全体の融資にとってもメリットがあると考えるのが常識的であって、この意味からもC証言は不自然である旨主張する。 しかし、関係証拠によれば、Hについては、平成元年六月末にJとの間で売買に関する覚え書が取り交され、同年七月二八日には、北海道知事に国土法に基づく土地売買の届出をするなど、着々と段取りが進行していたことが認められ、同年八月段階では、ホテルの建設についてまだ具体的なプラン等は出来上がっていなかったものの、C1の当初の計画では、ホテルの建設をゴルフ場建設より優先させており、Cにおいても、復元工事の見積もりとホテルの概算ができたら、その辺から動こうと考え、申請の時期としては三か月ぐらい先を考えていたというのであるから、この時期に、これらの事業の融資のために、A公庫に対する働きかけを被告人に請託したとしても、時期的に格別不自然、不合理であるとは認められない。これに対し、ゴルフ場開発事業の方は、前述したように、まだ融資を申請するだけの準備が整っていなかったのであるから、この八月段階で、Cがゴルフ場開発については被告人にA公庫に対する働きかけを請託しなかったとしても、なんの不思議もないのである。 また、Cは 資を申請するだけの準備が整っていなかったのであるから、この八月段階で、Cがゴルフ場開発については被告人にA公庫に対する働きかけを請託しなかったとしても、なんの不思議もないのである。 また、Cは、右に述べたように、Hの復元とホテル建設事業に対する融資の申請をするには、三か月ぐらいの準備期間を要すると考えていたのであるから、「見合わせた」とはいっても、いつでも申請できる状態にあったものを出さなかったわけではなく、申請手続の準備がまだ整わないうちに、九月に入ってゴルフ場開発関係の作業も予想以上の進捗ぶりをみせたので、この際、両者を一緒にして上磯町リゾート総合開発事業として融資の申請をしようと考えるようになったというのが実態といってよい。八月下旬の請託と一〇月下旬の請託との間にはわずか二か月の期間しかないことを考えれば、この点に関するCの原審及び当審証言は、このように解するのが自然である。 更に、Cにしてみれば、Hの復元とホテルの建設だけでは一五、六億円ぐらいの融資が限度であるのに対し、上磯町リゾート総合開発事業全体ともなれば、一三〇億円から一四〇億円の事業計画となって、そのうち一〇〇億円から一二〇億円の融資を受けることを期待していたのであるから、小口の融資の申請を先行させ、そのあとから大口の融資の申請を出すより、最初から上磯町リゾート総合開発事業全体について大枠の融資の申請をした方がよいと判断したとしても、それなりに納得のいくところである。この点は、所詮、当事者の状況判断の問題であって、Cが所論のような考え方をしなかったからといって、不自然であるとはいえない。 4 所論は、Cが上磯町リゾート総合開発計画全体に対する融資を受けるためにHの復元とホテルの建設事業に対する融資の申請を見合わせたことが事実であるとすれば、このとき上磯町リゾート るとはいえない。 4 所論は、Cが上磯町リゾート総合開発計画全体に対する融資を受けるためにHの復元とホテルの建設事業に対する融資の申請を見合わせたことが事実であるとすれば、このとき上磯町リゾート総合開発計画、とりわけ、その中核となるゴルフ場開発がA公庫の融資対象となるとの確証がCにあったことになる、しかし、C証言において、平成元年八月下旬の宴席で被告人に聞いたとされるのは、Hの復元とホテルの建設事業がA公庫の融資対象となるかということだけであり、ゴルフ場開発が融資対象になるかは一言も触れられていない、また、C1内部においても、平成元年八月から同年一〇月にかけてA公庫の融資基準が調査された事実もなく、Cは何の確証もないまま、不確定要素が高く、実際の申請がいつになるか見当のつかないゴルフ場開発のために、Hの復元とホテルの建設事業に対する融資申請をわざわざ見送ったことになり、この点でもC証言には合理性がない旨主張する。 しかし、先にも述べたように、平成元年八月下旬の請託のときには、ゴルフ場開発の準備はほとんど進んでおらず、Cも、これについてA公庫の融資を受けることを全く考えていなかったのであるから、その際、ゴルフ場開発が同公庫の融資の対象となるかどうかを被告人に確かめなかったとしてもなんら不思議はなく、九月以降ゴルフ場開発関係の作業が比較的順調に進んできたことから、一〇月時点で、Cがゴルフ場関係も含めて上磯町リゾート総合開発事業全体について融資の申請を考えたのも自然の成り行きであったということができる。もっとも、この八月から一〇月にかけての間に、C1内部でA公庫の融資基準について十分な調査をし、ゴルフ場開発事業がA公庫の融資の対象となるという確証を得たうえで被告人に請託したとも思われないが、Cは、Hの復元とホテルの建設について請託したとき C1内部でA公庫の融資基準について十分な調査をし、ゴルフ場開発事業がA公庫の融資の対象となるという確証を得たうえで被告人に請託したとも思われないが、Cは、Hの復元とホテルの建設について請託したときにも、これらの事業がA公庫の融資対象になるかどうかについて、自分で特段の調査をすることなく、まず被告人に尋ね、被告人が融資の対象になると教えてくれたことで、請託しているのであるから、一〇月下旬の際にも、これと同様、被告人に尋ねて、上磯町リゾート総合開発事業全体が融資の対象になると聞いて請託したとしても、なんら異とするには足りない。特に、Cは、かねがね被告人から北海道開発庁長官の権限の絶大さについて、「北海道開発庁長官というのは北海道における総理大臣のようなもので、北海道開発局の人事権は全部自分が握っている」、「A公庫は開発庁の中にある身内のようなものだ」などと聞かされていたうえ、被告人は、北海道開発行政については極めて精通していたので(被告人は、北海道選出議員というにとどまらず、北海道開発庁政務次官を二度にわたって務め、昭和五二年以降数次にわたって北海道開発審議会委員に任じられている。)、その被告人から上磯町リゾート総合開発事業全体ということで引き受けてもらった以上、C1の計画している会員制のゴルフクラブであっても、融資の対象になると思ったのは至極当然といってよい(Cは、「G長官から融資の対象になるよということを聞いて、これは間違いなく融資が受けられると思ったということですか。」という弁護人の問いに対し、「そうですね。」と答え、「会員制のゴルフクラブでも間違いないと思ったわけですか。」という重ねての問いに対しては、「それは、もう長官すよ。」と答えている。同第一二回公判八五九丁)。 もっとも、この証言だけでは、Cが会員制のゴルフ場についてどの でも間違いないと思ったわけですか。」という重ねての問いに対しては、「それは、もう長官すよ。」と答えている。同第一二回公判八五九丁)。 もっとも、この証言だけでは、Cが会員制のゴルフ場についてどのような問題意識を持っていたのかが判然としないが(客観的には、A公庫法一九条六号に基づく事業指定の中には、「国際観光ホテル業及び国際観光旅館並びに観光レクリエーション施設整備事業」が入っており、これには、A公庫の内達で、ゴルフ場整備事業も含まれるとされているが、それは、パブリックのゴルフ場に限られ、しかも、地方公共団体等において策定される観光レクリエーション整備計画等に基づき第三セクターによって整備されるものという絞りがついているので、C1が計画していたゴルフ場では、この基準にかなうことは極めて難しかったということがてきる。)、Cの当審証言によれば、同人は、A公庫の内達を見たことはなく、同公庫の融資の対象となるゴルフ場が第三セクターによるパブリックのゴルフ場に限定されていることは知らなかった、したがって、被告人に対しても、その点を意識的に確かめつつ上磯町リゾート総合開発事業が融資の対象になるかどうかを尋ねたわけではないが、被告人には従前ゴルフ場開発についてもいろいろ話をしており、その事業内容を承知している被告人が開発事業全体としても融資の対象になると言ってくれたので、問題ないと思った、というのである。このCの当審証言は、同人の原審証言と決して矛盾するものではないし、その証言態度からみても、十分信用できるものである。したがって、請託時の被告人の言から、ゴルフ場を含めて開発事業全体が融資の対象となると信じたというC証言は全体として信用できるのであって、これを不自然として排斥することはできない。また、上磯町リゾート総合開発事業に対する融資の申請とも ルフ場を含めて開発事業全体が融資の対象となると信じたというC証言は全体として信用できるのであって、これを不自然として排斥することはできない。また、上磯町リゾート総合開発事業に対する融資の申請ともなれば、現実の融資申請はまだ先のことになるので、請託の時点で、CないしC1がA公庫の融資基準等について細かく調査をしていなくとも、不合理であるとはいえない。結局、所論は理由がない。 5 所論は、Cの請託内容の不自然、不合理な点として、「1」 請託の対象が上磯での開発案件だけであること「2」 C1関係者に請託に対応する動きがないこと「3」 請託に対応する被告人の働きかけの行為がないこと「4」 C1がA公庫に対して融資の申請をしていないことを指摘する。 そこで、これらの点について検討するに、まず、「1」の点については、確かに木古内町での開発計画は、同町との第三セクター方式であるので、この点からいえば、A公庫の融資を受けやすい面があることは否定できないが、この開発案件についてC6が木古内町長のTと会ったのが同年一一月中旬ころであり、同町長が上京してCとトップ会談を行い、正式にC1の進出が決まったのは更にその後であって、上磯町での開発計画に比べて相当遅れた事業計画であるうえ、第三セクターの話も、町当局が開発に失敗したときの責任問題等を懸念して相当躊躇し、町とC1の間で第三セクター設立に関する覚え書が取り交されたのは平成二年二月に入ってからのことであった(しかも、町長がこの覚え書を町議会に諮ったところ、議員の間に異論も出て、第三セクター設立の合意書が木古内町とC1の間で調印されたのは、これより更に遅れた同年一一月のことである。)。したがって、Cが平成元年八月ないし一〇月の段階でHの復元等の事業や上磯町リゾート総合開発事業を対象にA公庫の 書が木古内町とC1の間で調印されたのは、これより更に遅れた同年一一月のことである。)。したがって、Cが平成元年八月ないし一〇月の段階でHの復元等の事業や上磯町リゾート総合開発事業を対象にA公庫の融資を考えたことは、しごく自然であって、この点になんの不審もないといってよい。しかも、一企業が一度にいくつもの開発案件についてA公庫の融資を受けられるはずもなく、上磯町リゾート総合開発事業について融資の申請を考えていたCが木古内町での後発案件について融資の申請を考えなかったことも当然であるし、Cの当審証言によれば、同人は、前述のように、A公庫の融資の対象ゴルフ場が第三セクターによるパブリックのゴルフ場に限られていることを知らなかったのであるから、同人が上磯町リゾート総合開発事業から木古内町のリゾート開発事業に融資申請の対象を切り替えようとしなかったこともなんら不思議でない。 また、C1のS1新工場の建設については、Cは、地域整備振興公団の産炭地域振興資金等の融資を受けることを考えていたというのであるから、これについて、被告人になんらの請託もしなかったとしても、これまた不自然な点はないのである。所論は採用の限りでない。 次に、「2」の所論について検討する。 所論は、要するに、上磯町リゾート総合開発計画に携わったC1の関係者に、Cが証言するようなA公庫に関する請託に整合する動きがないことも、原判示のような請託がなかったことを裏付けるものである、というのである。 しかし、C6証言及び同人作成のC7開発部長あての報告書(甲一五四資料一一)等の証拠によれば、「1」平成元年九月初めころ、C7からC6に対して、今後出先が担当する開発プロジェクトについては、各出先が地元金融機関から事業資金の融資を受けられるようしてほしいという指示があったこと、「2」これを 「1」平成元年九月初めころ、C7からC6に対して、今後出先が担当する開発プロジェクトについては、各出先が地元金融機関から事業資金の融資を受けられるようしてほしいという指示があったこと、「2」これを受けて、C6も、地元のQ1銀行Q2支店と折衝し、上磯町を中心とする地域開発について協力してもらえることになったが、詳しくは事業計画をみたうえで検討するということになったこと、「3」このようなQ1銀行との折衝と同時に、C6は、A公庫からの融資を考え、同年九月ころ、Cに、A公庫の融資について、被告人にお願いしてみてはどうかと進言したところ、Cも、これに賛意を示したこと、「4」C6は、A公庫から融資を受けてはどうかという話をC7開発部長にも上げ、同年一〇月か一一月ころ、これに関する資料をC7開発部長に送っていること、「5」C6は、同年一一月か一二月ころにC1のC12分室で被告人が時事ジャーナルの社長と対談をしたときにも、被告人にA公庫のことで早晩御紹介を賜りたい旨の依頼をしていること等の事実が認められ、これらによれば、必ずしもCの請託に応ずる動きがC1内部になかったとはいえない。 所論は、C7の指示は、挨拶に来る地元の金融機関と付き合いをしておくようにという程度のものにすぎない旨主張するが、前記報告書によれば、C6は、Q1銀行Q2支店とかなり具体的な交渉をしており、用地等の買収費については、融資は受けられないが、造成費については考えてもらえるということで、五〇億円といった希望を述べ、あらためて相談に乗ってもらうことにしたというのであって、決して付き合いのための儀礼的な訪問にとどまるものとは認められない。 また、所論は、C7証言によれば、CからC7開発部長に対し、A公庫の資料を取り寄せるよう指示があったのは、平成二年一月に入ってからであり、C6から ための儀礼的な訪問にとどまるものとは認められない。 また、所論は、C7証言によれば、CからC7開発部長に対し、A公庫の資料を取り寄せるよう指示があったのは、平成二年一月に入ってからであり、C6から資料が送られてきたのは同年三月というのであるから、このC7証言に照らしても、右のC6証言は信用できない旨主張する。 しかし、C6証言によれば、被告人が長官就任早々に、東北か北海道か論議を呼んでいたA公庫の事務所をA1にもってきたので(もっとも、A1だけではなく、同時にA2支店A3事務所も開設されているようである。)、その力を借りることを考えつき、平成元年九月ころCに進言し、同年一〇月か一一月に資料を送ったというのであって、時期的にも、この流れの方が自然であって、信用性は高いということができる。他方、Cは、平成元年一二月中旬の段階では、既に作業の段取りの遅れから、この件については急がない旨を被告人に伝えており、また、被告人の選挙の応援に忙殺されていた平成二年一月の段階で、C7開発部長に資料取寄せの指示をするというのもいささか不自然である。しかも、A公庫のA1事務所とC1のC12分室とは同じビル内にあるのであるから、もし、C7からC6に対して資料取寄せの指示があったとしたら、C6も直ちにその資料を同公庫からもらって本社に送付するはずであって、二か月も放置するとは考えにくく、結局、この点に関するC7証言は、時期の点に記憶違いがあるとみざるをえない。「2」の点に関する所論も理由がない。 「3」の点に関する所論は、Cの証言するような請託がなかったことは、被告人において、Cの請託に見合うようなA公庫に対する働きかけがないことからも明白である、というのである。 しかし、前述したように、Cは、平成元年一二月中旬の段階で、作業の段取りの遅れ等から、A公庫 人において、Cの請託に見合うようなA公庫に対する働きかけがないことからも明白である、というのである。 しかし、前述したように、Cは、平成元年一二月中旬の段階で、作業の段取りの遅れ等から、A公庫の融資の申請はまだ困難とみて、被告人にも、A公庫については段取りが遅れているので急がない旨を伝えており、その後も、準備の遅れから申請を出すまでに至らなかったのであるから、被告人の請託に対応する動きがないからといって、請託がなかったことを推認せしめるものではない。それどころか、関係証拠によれば、被告人は、平成二年二月二六日赤坂の料亭「M3」で開かれた被告人の主催による北海道開発庁、A公庫等の幹部を招いての宴席にCを参加させているのである。そして、C証言によれば、その席上、被告人は、Cを被告人の後援会幹部として紹介し、更に、A公庫総裁や北海道開発庁の事務次官等にもCがC1の副社長で若いけどやり手であること、C1は鉄骨に関しては日本一であること、北海道でも事業を行っており、公庫と同じビルに営業所を持っていることなどを話し、今後なにかと世話になることがあると思うのでよろしく頼む旨口添えをした事実が認められる。Cから多額の現金をもらっている被告人が、このような半ば公的な宴席に北海道で開発事業を手がけるCを参加させ、かかる口添えをした事実自体、前記請託の存在を強く窺わせるということができる。 所論は、このC証言をありうる話ではない旨反駁し、被告人の供述を援用して、CはたまたまUを同行することになったためその場に同席したにすぎない旨主張するが、Uを連れてくるだけであれば誰でもよいことであるのに、それをあえてCに頼んだというのは、同人自身をこの宴席に出席させることが目的であったと認められ、検察官も指摘するように、CがC1の実質的経営者であり、被告人にそれまで あれば誰でもよいことであるのに、それをあえてCに頼んだというのは、同人自身をこの宴席に出席させることが目的であったと認められ、検察官も指摘するように、CがC1の実質的経営者であり、被告人にそれまでに一億円以上の資金を提供している人物であることからしても、被告人の供述は到底信用できるものではない。 また、このような官庁幹部を集めての宴席に、UやCのような部外者を参加させ、しかも、被告人の後援会とはそりがあわず、別個に被告人の選挙応援をしていたCを、被告人の供述するところによっても(原審第四三回公判三三五六丁)、わざわざ後援会の代表として紹介するという非常識な行為に出ているであるから、その被告人がC証言にあるような紹介や口添えをするということも、決してあり得ない話ではない。したがって、このような被告人の行為からも、C証言の信用性は裏付けられているとした原判示は相当であり、なんら不自然、不合理なものではない。 最後に、「4」の所論について検討する。確かに、C1がA公庫に対し、融資の申をしなかったことは所論指摘のとおりである。しかし、開発事業全体に対してA公庫の融資を受けることは、もともと条件的にみて厳しいものであったうえ、平成元年一二月からは被告人の選挙応援にC1全体が忙殺され、また、先に述べたような諸事情からゴルフ場用地の同意取付け作業にも相当の遅れもみられ、申請の準備が整わないうちにC1の倒産という事態になったと認められるので、A公庫に対する融資の申請が出されなかったとしても、それが直ちに請託がなかったことの証左になるものではない。しかも、Cの当審証言によれば、長期かつ低利の融資である公庫融資はなんといってもC1にとって魅力であり、同人としても、A公庫からの融資を受けるためにHとその周辺の土地はなんとかして無担保のまま残しておきた Cの当審証言によれば、長期かつ低利の融資である公庫融資はなんといってもC1にとって魅力であり、同人としても、A公庫からの融資を受けるためにHとその周辺の土地はなんとかして無担保のまま残しておきたいと考え、C1の苦しい金繰りの中にあっても、平成二年五月末までこれを担保に供することなく確保していたことが認められ(平成元年一〇月に所有権移転登記手続がとられているので、これ以降は担保に供することは可能であった。)、A公庫の融資を受けたいとする同人の気持ちが一通りのものでなかったことを示している。 6 以上のとおりであるから、「被告人は、CからC1が上磯町におけるリゾート総合開発事業に関してA公庫に融資の申請をした際には便宜な取り計らいが受けられるように同公庫に働き掛けることの請託を受けた」旨認定した原判決の事実認定にはなんの事実誤認もない。 四 Bに関する請託について(本件請託に関するC証言)原判決は、(犯罪事実)第二において、Bに関する請託の事実を認定するが、この認定の主たる証拠となったC証言は、おおよそ次のとおりである(なお、請託に至る経緯については、後述する。)。 「1」 平成元年一〇月中旬、Cは、北海道開発庁長官室に被告人を訪ね、「札幌市や札幌商工会議所に働きかけをして、B建設の事業主体となる第三セクターにD5グループが参加できるようにしてもらいたい、Bの建設予定場所や時期について内々に知らせてもらいたい、C1がBで使用する鉄骨工事を受注できるよう札幌市や札幌商工会議所に働きかけてもらいたい」旨請託し、被告人から、B建設事業については、積極的に推進し、インフラ整備予算も付けるといった一般的な協力約束を得たほか、請託の件についても、「それはおれが話をちゃんとつけるから」、「調べて分かったら教える。」、「分かった、ちゃんとやっ ては、積極的に推進し、インフラ整備予算も付けるといった一般的な協力約束を得たほか、請託の件についても、「それはおれが話をちゃんとつけるから」、「調べて分かったら教える。」、「分かった、ちゃんとやってやる。」などという返事を得てこれを引き受けてもらった。 「2」 同月中旬ころ、C1側からC、C8、D側からD1常務取締役、D2常務取締役、それに被告人が出席した「M3」での宴席で、Cが両社を代表して、被告人に「Bの建設場所、時期、規模等の情報を内々に教えてもらいたい、Dを第三セクターに参画させるようにしてほしい」旨重ねて請託し、最後に北海道開発庁のB計画担当者に引き合わせをしてほしいという依頼をした。これに対し、被告人は、「調べて分かり次第教える、ちゃんと話をつける、近いうちに北海道開発庁長官室で開発庁の計画担当者と引き合わせをしてやる。」などと答え、右の依頼を受諾した。 「3」 同月末に被告人に五〇〇万円を渡したその数日後、Cは、M2ホテルで、被告人から事務所経費や借金の明細書等の書類を渡され、先に渡した五〇〇万円を含む三〇〇〇万円を一一月中に、選挙までの一二月と一月にそれぞれ一五〇〇万円ずつ合計六〇〇〇万円の資金援助を要請された際、被告人に「これまで私がお願いしていることについてはC1のためにきちんとやってください。」と言ったところ、被告人は、「分かった、分かった、ちゃんとやる。」と答えた。 「4」 同年一二月中旬ころ、Cは、C1の事務所に一五〇〇万円を受取りにきた被告人に対し、前同様の念押しをし、「Bの件もありますよ。札幌市や札幌商工会議所にちゃんと話をして、Dを入れるようにしてくださいよ。」などと言ったところ、被告人は、「建設場所はまだ分からない、分かり次第知らせる、幌市や札幌商工会議所についてはいずれおれが話をつけに行ってくる 所にちゃんと話をして、Dを入れるようにしてくださいよ。」などと言ったところ、被告人は、「建設場所はまだ分からない、分かり次第知らせる、幌市や札幌商工会議所についてはいずれおれが話をつけに行ってくる。」などと答えた。 「5」 平成二年一月二〇日ころ、Cは、C1C4営業所C12分室の応接室で被告人に約束の一五〇〇万円を渡した際にも、被告人に「高規格道路やBの件についてちゃんとやってくださいよ。」と念押しをしたところ、被告人は、「分かった、分かった、ちゃんとやるから。」とこれに答えた。 (C証言を裏付ける他の証拠について) 1 右に挙げたC証言は、いずれも具体的かつ詳細であって、迫真性があることは原判示のとおりであるが、このほか、これに符合するD1、D2らDの関係者及びC1のC8の各証言があり、これらがC証言を裏付けていることも否定しがたいところである。 更に、被告人のE4事務所の所長であるE5の証言も、この点に関する裏付け証拠として付加することができる。すなわち、同人は、被告人が北海道開発庁長官になったのちの平成元年秋ころ、被告人から「C1からBに関していろいろ頼まれている」、「C1がBの件に関して事業概要や建設予定地を知りたがっている」、「C1とD3が事業に参加したがっている」などと聞いている旨証言し、検察官から、右供述が検察官調書で述べていることに比べてあいまいになっている点を指摘されるや、Bの建設予定地がどこになるか調べてほしいとC1が被告人に依頼している事実もあったと思う旨供述を改めているのである。 2 また、Cの請託の趣旨に沿うとみられる被告人の数多くの行為が存在することも、原判示のとおりである。原判決の摘示する被告人の行為を、若干の補足を加えて再録すると、次のとおりである。 「1」 平成元年一〇月ないし一一月ころ、C1の られる被告人の数多くの行為が存在することも、原判示のとおりである。原判決の摘示する被告人の行為を、若干の補足を加えて再録すると、次のとおりである。 「1」 平成元年一〇月ないし一一月ころ、C1のC8及びDのD1を北海道開発庁のN2計画監理官に引き合わせていること(原判決は、この時期を同年一一月とするが、N2証言によれば、同年秋ころ、C8証言によれば、「M3」での二回目の会合の数日後というのであるから、同年一〇月ないし一一月ころとみた方が妥当である。)「2」 その前後のころ、同長官室において、右N2計画監理官とN3総務監理官に対し、Bについて北海道開発庁として何か支援できることはないかと質問し、B建設に積極的な関心を示していること「3」 同年一二月中旬ころ、C1の設営によって北海道開発庁においてプロ野球関係者であるV及びWと対談し、その中で、国としても、B建設を可能な限り支援する旨の発言をしていること「4」 同月一八日、札幌商工会議所に赴き、B推進会議(以下、推進会議という。)の常任理事として事務局の総括責任者の立場にある同会議所のX専務理事に対し、Bの建設事業の進捗状況や建設予定地を尋ねたうえ、北海道開発庁としても、Bの建設には是非協力したいので、何か要望事項があれば申し出てほしい旨発言し、B周辺の開発整備について協力したいという者がいるので、いずれ紹介する旨を伝えていること「5」 同月二四日、Xが上京した際、北海道開発庁の長官室で、C1及びDの関係者をXに引き合わせていること「6」 平成二年一月九日、C6に指示してC1の会社の概要をXに対して説明させたうえ、一一日、C6と共に、札幌商工会議所にXを訪問し、北海道開発庁としてB建設に全面的に協力することを重ねて約束するとともに、Dが第三セクターに参加でき、C1も鉄骨 社の概要をXに対して説明させたうえ、一一日、C6と共に、札幌商工会議所にXを訪問し、北海道開発庁としてB建設に全面的に協力することを重ねて約束するとともに、Dが第三セクターに参加でき、C1も鉄骨関連工事を受注できるように依頼し、その際、XにBの建設予定地が決定したかどうかを尋ねていること「7」 北海道開発庁長官を退任する直前の同年二月二六日、北海道開発庁やA公庫の幹部等を招いた「M3」における慰労会の席上にCを出席させたうえ、同人を後援会の幹部として列席者に紹介し、A公庫総裁に前記三の5に判示したような口添えをしたほか、他の北海道開発庁の幹部らにも同様の引き合わせをしていること「8」 同年三月三〇日、再びC6と共に札幌商工会議所にXを訪ね、Bの建設場所が決定したかどうかを尋ねたほか、後任長官にもBの件は引き継いであり、後任長官も協力すると約束してくれた旨を右Xに伝え、上京の際には、DやC1と連絡を取ってほしいなどと話していることこれらの事実がC証言の信用性を裏付けるものであることはいうまでもない。 3 所論は、原判決がCの請託を裏付けるものとした被告人の右2の「1」ないし「8」の行為について、「2」のN3らに対する質問は、平成元年一〇月中旬ころの「M3」での会合でBの話が出たことも頭にあってのごく自然な質問であり、「1」、「5」のN2監理官やX専務理事にC1とDの関係者を引き合わせた事実も被告人が国会議員である政治家として普段から広く陳情してくる知人を気安く関係機関に紹介していた従前からの扱いと異なるところはなく、「3」のVらとの対談も、若い選挙民にアピールする企画にすぎず、その対談の際に、被告人が国としてもB建設を可能な限り支援する考えを示したことも、国会議員にありがちな選挙民向けのオーバーなリップサービスにすぎない旨主 談も、若い選挙民にアピールする企画にすぎず、その対談の際に、被告人が国としてもB建設を可能な限り支援する考えを示したことも、国会議員にありがちな選挙民向けのオーバーなリップサービスにすぎない旨主張する。 しかしながら、C証言によると、同人は、前記「M3」での会合において、被告人に、北海道開発庁のB計画担当者に引き合わせてほしい旨依頼したところ、被告人もこれを承知し、「近いうちに北海道開発庁長官室で、開発庁の計画担当者と引き合わせをしてやる。」という約束をしてくれたというのであって、それから間もない前記「1」の長官室での引き合わせがこの依頼に基づくものであることは、疑う余地のないところである。そして、このように、現職の北海道開発庁長官である被告人が、北海道で開発事業を手がけているC1のCから依頼されてこれを承諾し、他方において、自分の方でも事務所経費の援助を求め、長官室で自分の部下である幹部職員を引き合わせているのであるから、このような行為が単なる国会議員である政治家としての陳情処理にとどまるものでないことはいうまでもない。同様に、「7」の会合に部外者であるCを参加させ、出席者らに紹介し北海道開発庁の幹部らに引き合わせ、口添えをした行為が単なる国会議員なり、政治家としての紹介行為にとどまるものでないことは、この会合が被告人の北海道開発庁(及び沖縄開発庁)長官としての、幹部職員を招いての慰労会、お別れ会であることからみても明らかである。また、「2」の質問も、N3監理官あるいはN2監理官が説明した事項に関する質問というのではなく、被告人の方から切り出した質問であるほか、「Bにつき北海道開発庁としても何か支援することがあるかどうか、あるとすればどういうことか。」という内容の質問であって、積極性を帯びたものであり、これを聞いたN3、N2両監 り出した質問であるほか、「Bにつき北海道開発庁としても何か支援することがあるかどうか、あるとすればどういうことか。」という内容の質問であって、積極性を帯びたものであり、これを聞いたN3、N2両監理官とも、被告人がB計画の促進に関心を持っていると受けとめ、部下にB計画の検討の進捗状況をよく押さえておくよう指示しているのである。これからすれば、その後、被告人から再度の質問がなかったとしても、この質問は、両監理官の長官に対するレクチュアの際の単なる話題にとどまるものではなく、前記「M3」等での請託があっての質問と考えざるをえず、請託の事実を裏付けるものといってよい。「3」のVらとの対談にしても、確かに、被告人の選挙民にアピールするための企画としての一面があることは考えられるが、他面、Cにとっても、北海道開発庁長官に新聞紙上でB建設への協力を約束させるという好都合の企画であって、被告人がそのことを十分承知しながら、C1サイドの設営のもとに、このような対談をしている以上、前記請託の趣旨に沿う行為とみていっこうに差し支えないのである。 「4」、「5」、「6」、「8」のX専務理事にC1やDの関係者を紹介し、C6をしてC1の事業内容を説明させ、あるいは、被告人みずから札幌商工会議所にXを訪ねて、Bの建設予定地を尋ねたり、Dを第三セクターに参入させてほしい、C1も工事の方で協力したいなどと依頼する行為が、その行為の頻繁さからいっても、その質問や依頼の内容がCの証言する請託事項と合致することからみても、Cの請託に沿う行為であることは明らかというべきである。所論も、「普通の陳情処理」にすぎないという以上、Cの陳情(依頼)に応ずる行為であることは認める趣旨と思われるが、その時期にCから多額の金員供与がなされているのであるから、被告人のこれらの行為を金員供 も、「普通の陳情処理」にすぎないという以上、Cの陳情(依頼)に応ずる行為であることは認める趣旨と思われるが、その時期にCから多額の金員供与がなされているのであるから、被告人のこれらの行為を金員供与を伴う依頼に基づくものとみることは、ごく自然であるといってよい。所論は、全く理由がない。 4 また、所論は、「1」X専務理事は単に推進会議の事務局長をやっていた事務方の人間にすぎず、Cらが被告人に札幌市長等に働きかけるよう依頼した事実がないことは、Bに関する請託の事実がなかったことを推測させる、「2」DのD2常務は、C1のC8専務に早急に詳しい資料を入手するよう依頼したというのに、同人から平成二年になっても何の資料も受け取っていないし、平成二年三月にわざわざ札幌に赴いてX専務理事に会った際にも、当時候補地として有力視されていたY駅跡地やY1学園地区の現地視察すらしていないが、このようなD2らの行動からすれば、B構想は、D2にとっても、同社のD4社長にとっても、数ある開発情報の一つにすぎなかった、というのである。 まず、「1」の点についてみると、確かに、被告人のB建設計画の関係者らに対する働きかけは、もっぱらX専務理事相手であって、札幌市長、助役、企画調整局長等市の幹部に対する働きかけがないことは、弁護人らの指摘するとおりであり、Cが被告人に対してこれらの者を紹介してくれと頼んでいないことも同様である(C1のC8も、X専務理事を紹介してもらうのは有り難かったが、札幌市の市長、助役等を先に紹介してほしいというのが本音だったと供述する。原審第一四回公判一一一九丁)。しかし、X専務理事は、札幌市の厚生局長や交通事業管理者を務めた経験を有し、札幌市との間に太いパイプを通じているうえ、北海道商工会議所連合会専務理事も兼ねているのであって、会頭、副会頭 一一一九丁)。しかし、X専務理事は、札幌市の厚生局長や交通事業管理者を務めた経験を有し、札幌市との間に太いパイプを通じているうえ、北海道商工会議所連合会専務理事も兼ねているのであって、会頭、副会頭が非常勤であることも考え合わせると、専務理事としての同人の実権やこの計画推進に当たって果たしてきた役割を軽視することは相当でない(なお、控訴趣意書一四〇頁は、Xを推進会議の事務局長とするが、事務局長はX1であって、Xは、その上に立つ事務方の最高責任者である。)。しかも、請託の当時は、推進会議のぺースでことが進んでいる時期でもあったので、Cらが、本音としては市の幹部等を紹介してほしかったにしても、大臣である被告人がともかく請託の趣旨に沿って動いてくれている以上、そうとやかく注文を付けるわけにもいかず、当面、被告人からX専務理事を紹介してもらったことでよしとし、同人のルートを通じて建設予定地を探り、あるいは、Dの第三セクター参入を進めようとしたとしても、格別不自然なところはない。また、被告人としても、札幌市当局に対する働きかけともなれば、慎重になるのは当然であり、札幌市長などに働きかけるといった深入りを避け、じっこんであり、かつ、紹介しても差し障りのないX専務理事を相手にすることでお茶を濁そうとすることも十分に考えられるところである。更に、被告人の供述によれば、Bは何分自分の選挙区外のことで、陳情を受けたこともなく、やはり関心の度は薄かったというのであるから(原審第四二回公判三三七四丁)、自分の選挙に忙殺されていた被告人がこの程度の働きかけにとどまったこともごく自然であったということができる。これらの諸点を総合すれば、所論指摘の点も、原判決の認定をなんら左右するものではない。 「2」の点についても、B建設計画がDにとって数ある開発情報の一つにと ともごく自然であったということができる。これらの諸点を総合すれば、所論指摘の点も、原判決の認定をなんら左右するものではない。 「2」の点についても、B建設計画がDにとって数ある開発情報の一つにとどまるものでないことは、この話が北海道開発庁長官を交えての話であることからも明らかであり、同社の熱意については、被告人自身、「大変積極的だというような印象を受けました。」、「やる気があるんだなという印象を受けました。」と認めるだけのものがあったということができる。また、推進会議の最終提案書の発表が平成二年春にずれ込んだこともあって、B建設事業への参画を具体的に検討するに足るだけの資料を入手することが容易でないことは、D側としても十分理解していたと思われるので、「C8が資料集めの努力をしていないとは思っていなかった。」というD2常務の受けとめ方も別段不自然であるとはいいがたく、同常務が札幌に赴いた際に建設候補地を視察しなかったことも、Dの積極的姿勢を否定することにつながるものではない。 (「M3」等での請託について)所論は、原判示の平成元年一〇月中旬ころの「M3」での請託について、Cが芸者やD2、D1といった贈賄事件の「証人」となり得る人の前で、原審が認定したように、被告人に「違法な行為」をするよう請託したと考えるのは、条理に反する旨主張する。 しかし、Bに関する請託は、その日に初めてなされたものではなく、この日の会合は、かねてからC1とD、Cと被告人との間で十分話し合われてきたことの確認の場であったのである。したがって、この日の請託も、従前の話し合いを踏まえて行われ、話の舞台も遠い北海道のことであり、第三セクター、インフラ、周辺開発といった専門的ともいえるような用語の入り交じった話であって、芸者の興味を惹くようなものでもないし、初めて し合いを踏まえて行われ、話の舞台も遠い北海道のことであり、第三セクター、インフラ、周辺開発といった専門的ともいえるような用語の入り交じった話であって、芸者の興味を惹くようなものでもないし、初めて聞く芸者が多少聞いたぐらいで、そう簡単に理解できるものでもない。しかも、その席で現金の授受をするわけでもなく、謝礼の話など金に絡む話は一切出ていなかったのであるから、右の請託が芸者の同席する宴席で行われたからといってそれほど不自然であるとはいえない。また、D2やD1らは、C1と協力者の関係にあり、Dの第三セクター参入については、被告人の影響力が大きくものをいうことを十分承知していたのであるから、被告人に対する請託の場に立ち会わせても、これらの者から機密が漏れたり、ましてや、贈賄事件の証人になるかもしれないなどと懸念する必要はなかったといってよい。 所論は、「違法な行為」を依頼するのであれば、「内々に」行うはずであるのに、この「M3」での話が「内々に」行われた様子はない旨主張するが、この宴席の目的は、もともとDの関係者の前で、同社の直接利益になるような話をして、被告人にそのことを引き受けてもらうことにあったのであるから(だからこそ、Cは、この席では、B関連の鉄骨工事をC1が受注できるようにしてもらいたいという話は、出さなかったという。原審第九回公判五七七丁)、Dの人たちに聞かせることに意義があり、これらの者に聞こえないよう、「内々に」すべき話ではないのである。この宴席に同席したC8、D1、D2らの証言内容等も、所論がいうような不自然なものであるとか、非常識なものであるとは認めがたく、検察官調書の記載と原審公判での供述に多少の違いがあったとしても、原判決の認定をなんら左右するものではない。むしろ、C8、D2、D1らの各証言は、それぞれ具体的であ 常識なものであるとは認めがたく、検察官調書の記載と原審公判での供述に多少の違いがあったとしても、原判決の認定をなんら左右するものではない。むしろ、C8、D2、D1らの各証言は、それぞれ具体的であって、供述内容もごく自然であり、D2、D1については、その第三者的立場からしても、十分に信用できるというべきである。したがって、Cが、この席で被告人に対し、Bの建設場所等の内報やDを第三セクターに参加させることについて請託したことに、別段不自然、不合理な点があるとは認められず、所論は理由がない。 (弁護人らが主張するCの被告人利用の意図)所論は、被告人は、Dの関係者とBの話をし、また、Bに関して実際にN2計画監理官やX専務理事を紹介しているが、これは、被告人においてCの意図するところを十分に察知できず利用されたものである、すなわち、Cは、C1のバックに北海道開発庁長官である被告人がついていることを誇示し、それによりC1の信用を高め、Dとのパイプを太くしようと考え、「M3」での一回目の会合に被告人を同席させたものである、その席でBの話がなされ、Dがこの話に更に関心を持った機会をとらえ、Cは、同社から多額の金員を引き出すために被告人を利用することを考え、「M3」での二回目の会合を持ち、被告人に北海道開発庁の担当者等を紹介するよう依頼した、つまり、Cは、N2監理官やX専務理事を、Dに対して「Bについて積極的に進めている」ようにみせかけるための、いわば小道具に使ったものである、というのである。 しかし、CがBの建設に関連して、土地の買占めを図り、Dを第三セクターに参入させ、B関連の鉄骨工事をC1が受注することを真剣に考えていたことは、関係証拠から明らかであり、弁護人らの所論は、十分な証拠に基づかないでCの意図を憶測するものというほかない。そもそも クターに参入させ、B関連の鉄骨工事をC1が受注することを真剣に考えていたことは、関係証拠から明らかであり、弁護人らの所論は、十分な証拠に基づかないでCの意図を憶測するものというほかない。そもそも、Dの融資の方針は、案件第一、担保中心というものであって、C1のバックに被告人がついているからといって、そう簡単に融資に応じてくれるほど甘いものではなく、同社のD4社長も、被告人を紹介されたことがC1を評価するうえでプラスになっていることはない旨明言する(原審第三六回公判二八一九丁)。現に、平成元年一〇月以降のDのC1に対する融資の状況をみても、同年一〇月三〇日の四五億円はRゴルフクラブ関係のもの、同年一二月五日の三〇億円はR1カントリークラブ関係のもの、平成二年四月六日の四五億円はR3カントリークラブ関係のものであって、それぞれ案件中心、担保主導の融資とみることができる(平成二年五月三〇日の一〇〇億円は、従前の借入金の借替分である。)。したがって、Cが所論のような意図から被告人をDの関係者らに紹介したり、被告人を利用してN2監理官やX専務理事を小道具に使ったとは到底認めがたい。所論は失当というほかない。 (北海道開発庁長官の任期とBの実現可能性) 1 所論の検討に入る前に、まず、関係証拠によって、B建設計画の推移をみておくこととする。 「1」 札幌市においては、昭和六二年ころから、市民の間に大規模な全天候型スポーツ施設(通称B)を建設しようとする動きが見られ、札幌市商工会議所内には、「Bの会」が設置された。札幌市においても、内部的な検討が始められ、昭和六三年三月に策定された同市の第三次長期総合計画には、多様なイベントが開催できる全天候型スポーツ施設の建設を促進するという形で、右の構想が盛り込まれた。 「2」 これを受けて、札幌商工会議 、昭和六三年三月に策定された同市の第三次長期総合計画には、多様なイベントが開催できる全天候型スポーツ施設の建設を促進するという形で、右の構想が盛り込まれた。 「2」 これを受けて、札幌商工会議所を中心に更にB建設の機運は高まり、これを実現するための会議を作ろうとする動きが見られ、同年一二月二三日にB推進会議が設立された。 「3」 札幌市においては、その後も具体的な検討を続けてきたが、同年一一月にホワトBの建設に関する内部的検討を一応まとめ、関係局長会議、助役説明を経て、同月二一日、市長・助役会議に報告がなされた。 その報告によると、事業の手法としては、第三セクター方式を相当とし、建設費一五〇億円のうち一〇〇億円を第三セクターの自己資金とし、札幌市が用地(用地取得費四〇億円)を提供することのほか、右第三セクターへの出資金一〇〇億円のうちの五〇億円を拠出することとなっていた。建設のスケジュールとしては、昭和六四年一二月に研究報告書提出、同六五年一月第三セクター発足、同年度中に基本設計及び実施設計完了、同六六年四月着工、同六八年三月竣工の予定であった。 そして、この市長・助役会議の結論として、札幌市としても推進会議に主体的に参加すること、推進会議の負担金五〇〇万円を明年度(平成元年度)予算に計上すること、市にB構想専任の職員をおくことが決められ、B建設に積極的であった当時のX2札幌市長は、自分の市長任期とのかねあいもあって、このスケジュールを一年ぐらい早めてもよいというほどの熱意を示していた。 「4」 かくして、前述のとおり、昭和六三年一二月二三日に推進会議が設立され、その会長にはX3札幌商工会議所会頭が、総括的責任者である常任理事には、札幌商工会議所のX専務理事が、事務局長には札幌商工会議所のX1常務理事がそれぞれ就任し、市側から 二三日に推進会議が設立され、その会長にはX3札幌商工会議所会頭が、総括的責任者である常任理事には、札幌商工会議所のX専務理事が、事務局長には札幌商工会議所のX1常務理事がそれぞれ就任し、市側からも、顧問としてX2市長が、五人の副会長のうちの一人としてX4助役が、理事としてX5企画調整局長がそれぞれ参加し、総合企画、機能、構造、事業運営の各専門委員会にも委員を送り込み、市と推進会議との連携のために市職員のX6が全天候型多目的施設構想担当(平成元年四月からは、企画部B構想主幹)として、専任でこれに携わることとなった。 「5」 推進会議の検討作業は順調に進み、平成元年五月二〇日、中間報告書を北海道知事及び札幌市長に提出した。この中間報告書は、事業の手法として、第三セクター方式をとり、Bの建設予定地として、東札幌駅貨物ヤード跡地のほか、Y1学園関連地区、Y2処理場跡地、cのY3東側隣接地区の四か所を候補に挙げ、Bの建設費用として、固定式で二一九億円と算出していた。 「6」 同年五月二四日、推進会議のX7事務局次長や市のX6主幹らがこの中間報告書を持って上京し、北海道開発庁にB建設計画の説明と陳情を行った。そして、このころには、推進会議は、建設予定地を一本に絞り込んだ最終提案書を年内に提出する予定で事を進めていた。 「7」 国においても、既に昭和六三年六月に閣議決定された「第五期北海道総合開発計画」において、札幌市における大規模な全天候型施設の建設を検討することなどを掲げていたが、北海道開発庁は、右の陳情等から得た感触を踏まえて、平成元年八月に発表された「平成二年度の北海道総合開発の推進方針」にも、このB構想を取り上げ、Ⅲ主要施策の推進方針3「安全でゆとりのある地域社会を形成する施策の推進」「5」教育・文化、社会基盤の項等に、「札幌において された「平成二年度の北海道総合開発の推進方針」にも、このB構想を取り上げ、Ⅲ主要施策の推進方針3「安全でゆとりのある地域社会を形成する施策の推進」「5」教育・文化、社会基盤の項等に、「札幌において多目的に利用できる全天候型スポーツ施設の整備を図る」ことを盛り込んだ。 「8」 以上は、推進会議を中心としたB建設計画の検討状況であるが、この表面的な動きをみる限りは、進捗状況は極めて順調であり、推進会議内部では、平成元年一二月に予定されていた最終提案書の提出を若干早めて同年秋にも提出しようとする意気込みまでみられた。しかし、X8企画調整局長を中心とする札幌市内部の水面下の動きはこれとはやや様相を異にするものであった。すなわち、平成元年四月に札幌市企画調整局長に就任したX8は、同市白石区長時代の経験もあって、積極派であった前任のX5局長とは違って、かなりB計画には慎重な構えを見せ、同年五月にX6主幹から中間報告書素案を見せられた際にも、その内容の未成熟さを痛感し、まず、中間報告書での建設候補地の序列付けをやめさせ、市長に対する事前説明でも、X2市長在任中の平成三年四月の着工は困難であることを意見具申した。そして、同年七月、X6主幹がB建設計画に一途に取り組むあまり、推進会議と同一歩調になってしまっていることを懸念し、企画調整局企画部のX9をB担当の副参事に起用したうえ、同人を中心に札幌市内部での水面下の検討を命じ、事を急ぐ推進会議の動きにブレーキをかけるべく、同年一〇月か一一月ころ、同局長からX専務理事に対し、同年一二月に予定されていた最終提案書の提出を平成二年春まで延期するよう要望し、その了承を得た。そして、同年二月に、市内部での検討結果を次期市長と目されていた桂助役らに報告し、最終提案書においても、建設予定地を一か所に絞り込むことなく、 出を平成二年春まで延期するよう要望し、その了承を得た。そして、同年二月に、市内部での検討結果を次期市長と目されていた桂助役らに報告し、最終提案書においても、建設予定地を一か所に絞り込むことなく、Y駅跡地とY1学園地区の両論並記にとどめさせることとし、X専務理事にもその要望を伝え、その結果、その趣旨に沿った最終提案書が同年四月一〇日推進会議から北海道知事及び札幌市長に提出された。熱心な積極論者であったX2市長も、このような動きの中から自分の在任中に着工することが到底困難であることを感じ取り、次第に、この問題を後任市長に委ねる態度を取り始め、平成二年度予算にもB関係予算を盛り込むことなく終わった。 2 B建設計画に関する推進会議を中心としたおもての動きとX8企画調整局長を中心とする札幌市内部の水面下の動きは、右に述べたとおりであるが、他方、C証言を初めとする関係証拠によれば、Cが被告人にBに関する請託をするに至った経緯は次のとおりである。 「1」 平成元年九月、被告人を招いての「M1」での宴席て、Cは、被告人から札幌市にBの建設計画があることを教えられ、当時B1建設の責任者であったJ2取締役のJ3を交渉相手として、その鉄骨製作を受注することに成功した矢先であったことから(結果的には、この受注は失敗した。)、このB建設の鉄骨工事も受注できれば、C1は名実ともに鉄骨の一流メーカーになれると考え、併せて、その建設予定地を他の企業に先駆けて知ることができれば、これを買い占め、転売等で利益を得ることもできると思い立ち、この思いを同席したC8にも打ち明けた。 そして、早速、C6にも、札幌市にBの建設計画があるのか否か、あるとすればどういう計画内容か、調査して報告するよう指示したところ、数日後にC6から電話で、Bについては、札幌市や札幌商工会議所など 。 そして、早速、C6にも、札幌市にBの建設計画があるのか否か、あるとすればどういう計画内容か、調査して報告するよう指示したところ、数日後にC6から電話で、Bについては、札幌市や札幌商工会議所などが中心となって数年前から第三セクター方式で計画を進めていること、建設予定地としては、四か所ほど候補に上がっているが、まだ、場所や時期についてははっきり決まっていないことなどの報告を受けた(なお、この段階では、C6から事業規模について金額的なものは知らせてこなかったが、Cは、福岡のドームの例からして、二〇〇億円から三〇〇億円ぐらいという予測をつけていた。)。 「2」 Cは、用地の買収等にしても、C1の資金力ではいかんともしがたい問題であったので、D3を中心とするD5グループに第三セクターに参画してもらい、その影響力で鉄骨工事を受注し、また、建設予定地や周辺の用地の買収についても、D5グループから融資を受けたいと考え、建設予定地や建設時期などについての内報、D5グループの第三セクターへの参入及びC1の鉄骨受注のための札幌市や札幌商工会議所への働きかけについては、被告人の北海道開発庁長官としての力を借りることを企て、まずは、C8からDのD2にこの話を持ちかけさせたところ、D側もこの話に乗り気となった。 「3」 同年九月下旬か一〇月初旬、「M3」でのC1とDとの会合に、被告人も出席してDのD4社長、D2常務、D1常務と顔を合わせた。宴中、D5グループで建設中のD6ホテルの話から札幌のBの話に移り、被告人がD4社長に対し、札幌市においても、二、三年前から札幌市や札幌商工会議所が中心となって全天候型スポーツ施設のBの建設計画を進めているという話をした。そして、この建設事業については、地元の経済界だけでは力が足りないのでD5グループも参加しないかと水を 市や札幌商工会議所が中心となって全天候型スポーツ施設のBの建設計画を進めているという話をした。そして、この建設事業については、地元の経済界だけでは力が足りないのでD5グループも参加しないかと水を向け、北海道開発庁としても、全面的にバックアップしており、周辺のインフラ整備予算については北海道開発庁がつけるようになっており、その周辺を開発するだけでも相当な利益が期待できるのではないかといった話をしたところ、同社長も大臣がそうおっしゃるならと前向きの姿勢を見せた。 「4」 その後、同年一〇月初旬か中旬ころ、C1の事務所を訪れたDのD2からC8にこの第三セクターに参加したい旨の意向が伝えられ、Cも、D2に会って、D側の意向を確認し、逆にC1側の条件をD2に確認させたりしたが、その際、D2から、J4も札幌市に建設計画の事業計画書や設計図面を提出していることなどを知らされた。 そして、これらの経過を経て、同年一〇月中旬ころ、北海道開発庁長官室において、また、同月中旬ころ、「M3」において、前記の請託がなされたわけである。 3 弁護人らの所論は、基本的には、1の点を争うものではなく、2の点について、「被告人の北海道開発庁長官の任期も次期衆議院議員選挙が終了するまでの短期間のものであったが、その任期中にBの建設の事業主体となる第三セクターが設立されたり、建設場所が決まる見込みはなかったから、CがB建設計画について被告人に原判示のような情報提供を請託することはあり得ない」というのであり、かつ、原審においてもその旨主張したのに対し、原判決の判示するところは、その答えになっていない、というのである。 そこで、これに関連する多岐にわたる所論のうち、主要なものについて当裁判所の判断を示すこととする。 1 所論は、前記2の「1」に判示した程度の被告人の話や の答えになっていない、というのである。 そこで、これに関連する多岐にわたる所論のうち、主要なものについて当裁判所の判断を示すこととする。 1 所論は、前記2の「1」に判示した程度の被告人の話やC6から入手した情報をもとに、「Cが、直ちに、原判決の認定したようなBの建設予定地やその周辺の土地を買収して利益を得ることや鉄骨工事を受注すること等を「計画」することがあり得るだろうか。我々の常識からみても、またCの知識経験からみても、断じて『否』である。」旨主張する。 しかし、Cの事業計画が常に交渉相手の信頼性や事業の採算性等について綿密な調査検討をしたうえで決定されるものでなく、往々にして行動が先行することは、H買収の事例やこのB1の鉄骨受注の失敗の事例をみても明らかである。Bの建設事業についても、Cは、被告人に対する請託だけではなく、これと並行して、Bの建設予定地が決まった場合の買収資金の融資方も既にDに頼んでいるし、このBの鉄骨受注をあてこんで、昭和六三年一二月に始まっていたS1新工場の建設計画を一層具体化させ、平成二年六月には、同市との間に工場進出に関する協定書まで取り交しているのである。したがって、弁護人らの「計画するはずがない」という論法では、Cが実際に計画し、行動を起こしているという事実をそう簡単に否定しきれるものではない。 2 所論は、Bの実現可能性を判断するうえで最も重要な視点は事業の採算性であるが、第三セクター方式を取ること自体、公的資金の導入を必要としていたことを示しており、B予算が容易に札幌市議会を通過すると考えるのは楽観的に過ぎるものである、加えて、収益面でも、Cは、実現可能性の判断に必要な情報をなんら持っていなかったのであるから、同人が土地買収や鉄骨受注を「計画した」と認定するのはあまりにも飛躍があり過ぎるも 的に過ぎるものである、加えて、収益面でも、Cは、実現可能性の判断に必要な情報をなんら持っていなかったのであるから、同人が土地買収や鉄骨受注を「計画した」と認定するのはあまりにも飛躍があり過ぎるもので、「ズサンな、合理性を欠く事実認定である」としかいいようがない旨主張する。 確かに、B建設計画は、ムード的には盛り上がっていたものの、現実問題としては、財政面、採算面で多くの問題を抱えていたことも事実であつて、実現までにはまだまだ相当の紆余曲折が予想されるところであった。しかし、前回の北海道庁の建設計画は、財政面の難点から凍結を余儀なくされたにしても、今回の計画は、札幌市が中心となって第三セクター方式でその点をカバーしようとするものであったし、北海道においては冬季を厳寒多雪の中に過ごすだけに、全天候型スポーツ施設の建設を求める声は、もともと北海道民、札幌市民の多年の願いともいうべきものであった。これに応えるためには、多少の運営上の赤字や市の持ち出しは最初から覚悟のうえでの計画と認められ(被告人自身、北海道の冬は長いので、採算上少しは無理しても、公共事業体の持ち出しになっても、道民のために、東京や福岡とまた別な考えで造らなければならない方針があると思う旨供述する。原審第四二回公判三三七五丁)、当時はまだバブルの絶頂期であって、札幌市の財政にも余裕があったこと(昭和六三年一一月にまとめられた市の内部的検討においても、財政局長は、計画にブレーキをかけるどころか、「一つの町を作るぐらいの意気込みでやらなければ」と逆にハッパをかけていたようである。)、X2市長が熱心な積極論者であったこと、Q3の無利子融資が長期借入金として期待できたこと、札幌市議会でも、議員の一部に将来の市の財政負担を懸念する慎重派や建設場所如何によっては反対に回りかねない者がい 市長が熱心な積極論者であったこと、Q3の無利子融資が長期借入金として期待できたこと、札幌市議会でも、議員の一部に将来の市の財政負担を懸念する慎重派や建設場所如何によっては反対に回りかねない者がいたとしても、全体的なムードとしては建設に賛成で、絶対反対の意見はほとんどなかったこと等の事情からすれば、採算性の問題は、B建設計画の決定的障害となるものではなかったといってよい。もちろん、Cとしても、採算性の点が最も問題となることは十分承知していたが、この点は、資金力豊かなDが数年の間の赤字覚悟で第三セクターに参加するということでクリアできると考えていたのであるから、仮にCの見通しが楽観的にすぎたとしても、同人がかかる見通しのもとに建設予定地周辺の買収や鉄骨工事の受注を計画したことをあり得ないとか、不自然であるということはできない。所論は、前述のように、原判決の認定を「ズサンな、合理性を欠く事実認定である」と厳しく論難するが、もし杜撰というなら、「ズサン」なのは、Cの事業計画自体であって、原判決の事実認定ではなく、所論は、この点を取り違えているといってよい。 3 所論は、「平成元年九月のC6の情報では、時期、建設場所は決まっていないという話だったが、九月、一〇月と日を追ってB計画は湧きあがってきた。」、「被告人の話を聞いたときは、もう一、二か月で第三セクターができるという感じがした。」旨のC証言(原審第一二回公判八三九~八四〇丁)を不自然であるとするが、このC証言の信用性を特に疑うべき理由はないといってよい。すなわち、推進会議を中心としたおもてに現れた動きを見る限り、平成元年九月から一〇月ころまでは、推進会議も、年内提出予定の最終報告書の提出期限を更に繰り上げようとするまでの意気込みを示しており、少なくとも、最終報告書の年内提出は確実視され た動きを見る限り、平成元年九月から一〇月ころまでは、推進会議も、年内提出予定の最終報告書の提出期限を更に繰り上げようとするまでの意気込みを示しており、少なくとも、最終報告書の年内提出は確実視されていたのである。そして、その報告書では、建設予定地が一か所に絞り込まれることが事実上の既定方針として予定されていたうえ、最終報告書が提出されれば、すぐに第三セクター設立の準備に入っていくことが手順として考えられていたのであるから(昭和六三年一一月の市の内部検討の結果によっても、昭和六四年一二月に研究報告書が提出されるのに引き続いて、翌六五年一月には事業主体の設立が予定されている。)、C6がX2市長の積極方針や札幌商工会議所等を中心としたこういった現地の盛上がりを探知して右のような報告をしたとしても、なんら不思議はないのである。また、関係証拠によれば、被告人は、平成元年一〇月初旬に「M3」で開かれたC1とDとの会合で、DにB計画の事業主体となる第三セクターへの参加を勧め、北海道開発庁がインフラ整備等の面でこのB建設事業を全面的にバックアップすることなどを話していることが認められるのであって、北海道開発庁長官からこのような話があれば、Cばかりではなく、関係者誰しも、B建設計画の実現可能性、しかも、比較的早い時期の計画の本決まりを信じたとしても、なんの不思議もなく、むしろ、当然のことといってよい(DのD4社長にしても、最初はすぐにでも、数か月ぐらいで第三セクター設立まで行くんじゃないかという感じを受けた旨証言する。)。したがって、所論指摘のC証言は、当時の客観的事情とも合致するものといってよく(札幌市内部の水面下の動きは、おもてに現れたところと逆であったが、このような事情は、C1やDの関係者らの知るすべもないことである。)、被告人の話によると、年数 観的事情とも合致するものといってよく(札幌市内部の水面下の動きは、おもてに現れたところと逆であったが、このような事情は、C1やDの関係者らの知るすべもないことである。)、被告人の話によると、年数をかけて盛り上げてきてなお決まらないのは、地元財界の力不足にあるということなので、力のあるところが出てくれば、即、決まると思ったというCの状況判断にしても、別段不自然、不合理な点はない。 4 この点に関連して、所論は、C6から具体的にどのような情報がもたらされたのか確たる証拠はなく、第三セクターがBの建設母体になることを調査確認するのにさえ一か月もかかったと証言するほど悠長な調査をしていた同人がCに右のような報告をしたとは考えられない旨主張する。しかし、C6の情報は、B建設の機運が高まりを見せていた当時の客観的情勢にも符合しているうえ、Cは、数日後の報告を含め、C6から数回報告を受けたと述べ、C6も、指示を受けて直ちに新聞や雑誌を調べ、数日後にB建設の概要を伝え、その後も引き続き札幌商工会議所の「開発プロジェクト要綱」や地元のマスコミ関係者にあたるなどの調査をして報告したというのであって(なお、C6証言やCの当審証言によれば、C6は、札幌市議会内部や新聞記者等に独自の情報源を持っており、CもC6のこの種情報をかなり信用していたことが認められる。)、両名の証言内容は合致しており、格別不自然なところはなく、これらの資料が検察官から証拠として提出されていないからといって、その信用性が否定されるものではない。 5 また、所論は、「C8においても、Cから平成元年一〇月から一~二か月で第三セクターができると聞いたことはなく、第三セクターの設立は、平成二年早々よりはずっと遅くなると受けとめていたし、Cも平成三年位という認識だったと証言している」として、 元年一〇月から一~二か月で第三セクターができると聞いたことはなく、第三セクターの設立は、平成二年早々よりはずっと遅くなると受けとめていたし、Cも平成三年位という認識だったと証言している」として、C証言を弾劾するが、Cも、被告人の話をそういうムードで聞いたと供述するにとどまり、一~二か月で第三セクターができると信じたとまで証言しているわけではないし、Cの認識についてのC8証言は、正しくは「遅くても、平成三年くらいというような認識だったんじゃないでしょうか。」というものであり、所論は、この「遅くても」を落として引用している点で不正確であるばかりか、C8証言によれば、同人は、この点についてCと話をしたこともなく、単なる自分の推測で右のようなことを述べているにすぎないと認められるので、これによって、前記C証言の信用性が左右されるものではない。所論は失当というほかない。 6 所論は、被告人としては、市議会にも反対はあるし、採算面でも大変なことは分かっていたので、すぐにということは考えなかったのであるから、「一~二か月で第三セクターができる」と思わせるような話をするわけがない旨主張し、被告人も、第三セクターがあと一、二か月あるいは数か月で設立されるといった話をした記憶は全くない旨供述する(原審第四二回公判三三九一丁)。しかし、被告人にしても、市が積極的にやっているので実現することはすると思っていたというのであるし(原審第四二回公判三三七六丁)、採算面での問題点もB建設事業の絶対的な支障になると考えていなかったことは、被告人の前記供述から明らかである。そして、右に述べたとおり、被告人は、前記「M3」での宴席で、DのD4社長にB建設事業への参加を誘っているのであるから(被告人はこの事実を否定するが、C、C8、D1、D2らの証言からみて、明らかな事 して、右に述べたとおり、被告人は、前記「M3」での宴席で、DのD4社長にB建設事業への参加を誘っているのであるから(被告人はこの事実を否定するが、C、C8、D1、D2らの証言からみて、明らかな事実といわざるをえない。)、当然、現実日程にのぼった計画として話をしていることは明らかである(D4の前記証言参照)。しかも、同年九月二一日には被告人のE6事務所のE7が上京して被告人に同事務所の資金不足を訴えており、被告人としても、工面のつかないところは、Cに援助を求めるしかないと考えていたのであるから(原審第四二回公判被告人供述三三一七~三三二二丁)、B建設計画についても景気のいい話をして北海道開発庁長官の権限を誇示し、Cの気を引こうとすることは十分に考えられることである。したがって、仮に、被告人が内心ではいつ決まるのか分からない話だと思っていたとしても、Cに「一~二か月で第三セクターができる」と思わせるような話をすることもあり得ないことではない。所論は、被告人の供述するところをそのまま援用するだけで説得力に乏しく、採用の限りでない。 7 所論は、Bの建設計画は、平成元年九~一〇月の時点においては、単なる私的機関である推進会議において検討中であったにすぎず、果たしてそれが実現できるか否かは全く不確実であった旨主張するが、推進会議は、前記1の「3」、「4」に述べたとおり、札幌市が会議の運営に必要な費用を分担し、顧問、理事を出し、委員を送り込んで主体的、主導的に参加し、そのほかにも、北海道庁、北海道開発局からも委員等が出ているなど、かなり公的参加の色彩の強い団体であって、決して所論のいうような単なる私的機関ではないのである。そのうえ、推進会議の各専門委員会に参加した市側の各委員、推進会議の事務局との連携に当たっていたX6B構想主幹、更には、X8 強い団体であって、決して所論のいうような単なる私的機関ではないのである。そのうえ、推進会議の各専門委員会に参加した市側の各委員、推進会議の事務局との連携に当たっていたX6B構想主幹、更には、X8企画調整局長とX専務理事との政治的なパイプ等によって、同会議は直接、間接に同市の意向から外れないようにコントロールされていたのであって、推進会議の最終提案書が提出されると、形式的には、市がこれを受けて検討を開始する建前になっていたものの、実質的には、この提案書には、既に市の意向が相当程度盛り込まれているので、市がその提案をゼロから、しかも、全くのフリーハンドで検討するようなものでなかったことは明らかである(X6の証言によると、推進会議の提案書の発表があり、それを受けて札幌市の検討が本格的に始まるというのは、表向きの話であって、実質的には、札幌市内部で決めてそれを推進会議の提案書に盛り込むことになるというのである。)。したがって、この推進会議が間もなく最終提案書を提出するという状況にあり、しかも、その提案書でBの建設候補地が一か所に絞られると予測され、用地が決まれば、第三セクター設立の準備に入るという段取りであったのであるから、右の当時、B建設計画の本決まりも間近いと世人に思わせるものがあったといって過言でない。以上の点を考えると、所論のように、推進会議で検討中であったにすぎないから、実現できるかどうかは全く不確実であったという断定の仕方は当を得たものではなく、ましてや、この不確実性を前提にして請託の事実まで否定する所論は、失当というほかない。 8 以上の検討を踏まえつつ、弁護人らの基本的な所論である「被告人の長官在任中にBの建設の事業主体となる第三セクターが設立されたり、建設場所が決定される見込みはなかったから、CがB建設計画について被告人 以上の検討を踏まえつつ、弁護人らの基本的な所論である「被告人の長官在任中にBの建設の事業主体となる第三セクターが設立されたり、建設場所が決定される見込みはなかったから、CがB建設計画について被告人に起訴状記載のような情報提供を請託することはあり得ない」旨の主張について検討する。 まず、この所論の疑問点は、所論が、被告人の長官在任中に第三セクターが設立されたり、Bの建設場所が決定される見込みがなかったのであるから、Cが原判示のような請託をすることはあり得ない、としている点である。第三セクターの設立やBの建設場所が正式に決定するまでには、推進会議の最終提案書が提出され、それを市当局で検討し、その後に市長の承認をとり、更に、市長が出資金や用地費等を計上した予算案を市議会に上程し、その議決を経なければならないので、長期間を要するのは当然であり、被告人の長官在任中にそこまで実現することははなはだ困難であるといってよいが、Cが求めていた建設場所に関する情報は、札幌市等の内部において内定したものの、外部には発表されていない段階のものであって、正式に決定されたものではないのである。むしろ、市当局が建設予定地を外部に発表したり、予算案を市議会に上程した段階では、建設場所は既に周知の事実になっており、このような情報ではもはや遅きに失し、買占めの役に立たないことは明らかである。推進会議の当初の予定のとおり、最終提案書で建設候補地を一か所に絞り込み、しかも、それについて市の内部的了解が得られていれば、そのような情報こそまさにCの求める情報であったといえるのであり、提供される時期も、外部に発表される前のできるだけ早い時期が望ましかったのである。Cの当審証言によれば、同人は、平成元年一〇月当時はまだ推進会議の存在を知らず、これを知ったのは同年末ころというのであ 供される時期も、外部に発表される前のできるだけ早い時期が望ましかったのである。Cの当審証言によれば、同人は、平成元年一〇月当時はまだ推進会議の存在を知らず、これを知ったのは同年末ころというのであるから、請託時には、同人が求めていた情報をこのような具体的な形で特定していたわけではないが、まさにこの種の情報を求めていたことは、当審公判ではっきり供述するところである。再三述べるように、平成元年一〇月当時は、年内にも推進会議の最終提案書が発表され、しかも、その中で建設候補地を一か所に絞った形で提案することが考えられていたのであるし、同年一〇月か一一月ころに、X8企画調整局長がX専務理事に働きかけて最終提案書の発表を平成二年春に延期させたことを前提にしても、同年二月ころには、市内部で、その最終提案書に記載すべき建設候補地について内部決定をする段取りになっていたのであるから、被告人の長官在任中に被告人がその情報を入手し、Cに内報することは可能であったということができる。 弁護人らは、「原審も、建設場所が事実上内定した段階とは、B推進会議の内部において建設場所が決定された段階を指すとは、よもや考えていないと思料する。」旨主張するが、その根拠とするところは、「これだけの情報で多額の資金を投入して土地の買い占めにとりかかることは危険すぎる」ということにある。しかし、Cとしても、B建設予定地やその周辺の土地の買占めを企てる以上、ある程度の危険が伴うことはもちろん覚悟のうえと思われるし、バブル期のさなかにある当時の地価高騰の傾向からすれば、土地を買って損をするということはあまり考えられていなかったといってよい(ちなみに、昭和六三年一一月当時の市の内部検討の際には、Y駅跡地を前提に、用地費として、九ヘクタールで四〇億円を見込んでいたが、平成二年一一月の市 いうことはあまり考えられていなかったといってよい(ちなみに、昭和六三年一一月当時の市の内部検討の際には、Y駅跡地を前提に、用地費として、九ヘクタールで四〇億円を見込んでいたが、平成二年一一月の市の内部検討の際には、一二・五ヘクタールで約一六〇億円と三倍に値上がりしているのである。もっとも、前者は路線価格、後者は公示価格によるという違いはある。)。所論は、バブル期の当時の状況や開発業者であるCの投機心を看過しているきらいがあるといわなければならない。 また、Dが第三セクターに参入できるよう札幌市や札幌商工会議所等に働きかけることも、第三セクターが設立され、正式に発足してからでは遅いのであって、それ以前の参加企業を募集し、選定するという準備段階でこそ行わなければならない事柄である。したがって、所論が被告人の長官在任中に第三セクターが設立される見込みがなければならないことを前提とすること自体問題である。そして、平成元年一二月に建設候補地を一か所に絞り込んだ最終提案書が推進会議から発表され、それが市当局の承認を得られたならば、平成二年早々から第三セクター設立の準備に入ることが予定されていたのであるから、被告人の長官在任中に第三セクター設立の準備に入る可能性は十分にあったということができる。 これらの点からすると、原判決が、「Cとしては、札幌市等の内部においてBの建設場所が事実上内定した段階においてその情報の提供を受け、また、同市や札幌商工会議所等が第三セクターの出資企業を選定する以前の段階においてDを出資企業とするあっ旋紹介を受けることがそのねらいであるから、たとえ、被告人の北海道開発庁長官在任中に第三セクターが設立されたり、あるいは建設場所の正式決定がなされる見込みがないとしても、そのためにC証言が信用できないとはいえない」と判示 らいであるから、たとえ、被告人の北海道開発庁長官在任中に第三セクターが設立されたり、あるいは建設場所の正式決定がなされる見込みがないとしても、そのためにC証言が信用できないとはいえない」と判示しているのはまさに相当であって、弁護人らが「右判示事実を何度読み返しても、原審が言いたかったことが理解できず、弁護人らの主張に対する反論になっていない」と論難するのは、いささか妥当を欠くものというほかない。 9 なお、所論は、Cにおいて、「第三セクターが一~二か月以内に設立される」と認識して請託していたとすれば、同人としては、何の躊躇もなく被告人に約束した六〇〇〇万円の金員を提供すると考えるのが自然である、Cが「被告人が落選するとの予測がなされたので、函館市長の動向がはっきりするまで金を渡すわけにはいかなかった。」と証言しているのは、Cが次期衆議院議員選挙までにB構想が具体化されるとは思っていなかったことを露呈するものである旨主張する。 しかし、C証言によれば、この六〇〇〇万円の金員は、被告人の方から要求してきたものであって、当初は事務所経費や借金の面倒をみてくれということで総額も定かでなかったことが明らかである。しかも、事務所経費といったあとを引く話だけに、Cとしても二の足を踏んだが、被告人に泣きつかれ、やむなく、これまでに依頼していること全部についてきちんとやってくれることを条件に承諾したというのである。したがって、Cにしてみれば、Bだけではなく、高規格道路やA公庫のこともあり、それらのすべてが必ずしもスケジュールどおりに進むとは限らないことを懸念してのことであるから、Cのかかる態度に所論がいうような矛盾は全くないといってよい。 もとより、被告人に対する請託事項が北海道開発庁長官としての権限に関するものである以上、Cとしても、請託に当た 念してのことであるから、Cのかかる態度に所論がいうような矛盾は全くないといってよい。 もとより、被告人に対する請託事項が北海道開発庁長官としての権限に関するものである以上、Cとしても、請託に当たっては、被告人の長官としての任期を念頭においていたことは当然である。Bに関する請託についても、前述のとおり、一応長官在任中に実現可能と考えていたことが認められるが(なお、C1の鉄骨受注の点については、第四の3参照)、何分にも短い在任期間であるので、在任中に実現できなかった場合のことを慮ったとしてもなんら不思議はなく、まずは被告人が重任されると言っていたのでそれに期待し、それが駄目でも、北海道選出の前長官である代議士としての政治力、影響力で引き続き請託事項の実現に向けて努力してもらうということで、資金の提供に応じたものと認めることができる。しかし、いずれにせよ、次の選挙で被告人が当選することが前提となるのは当然であり、Cが函館市長の立候補の有無を見極めるまで、一時資金の提供を止めていたこともなんら不自然ではないのである(なお、函館市長が次の衆議院議員選挙に出るかも知れないという情報は、被告人サイドから出ていた話のようである。Cの当審証言のほか、被告人の平成四年一月二七日付及び同月二九日付検察官調書参照)。この点について、Cが、「G長官が私のお願いしていることのすべてを、北海道開発庁長官として在職中に実行してくれれば何も問題はないんですけども、北海道開発庁長官在職中に実行してくれなかったとしたら、次の選挙で当選してもらって、北海道開発庁長官に重任してもらって、北海道開発庁長官としての権限で実行してもらうか、そうでなければ、前北海道開発庁長官なる代議士として私のお願いしておりますことと同じことを実行に向けて全力投球させなければならない。」旨 もらって、北海道開発庁長官としての権限で実行してもらうか、そうでなければ、前北海道開発庁長官なる代議士として私のお願いしておりますことと同じことを実行に向けて全力投球させなければならない。」旨供述しているのは、まさにこの当時の同人の意向を示すものとして、十分信用することができる。 大臣重任の点について、所論は、「大臣を待望している議員が多くいる自民党政権時代には内閣改造の際に北海道開発庁長官のポストを重任したケースが皆無であったことは周知の事実であった。」旨主張するが、北海道開発庁長官重任の例が過去に何度かあったことは、当審における検察官立証のとおりであって、この点は弁護人らの誤りというほかない。したがって、所論のように、重任の例がないということから大臣重任に関するC証言を虚偽と断ずるのは相当でなく、C証言に沿うE2、C6証言のほか、「北海道開発庁の予算を自分の手でやりたかったし、そういうことをほかの人に話したこともある。」、「Cにも、もう一回おれ大臣になりたいと話したかも分からない。」という被告人の供述(原審第四三回公判三五四七丁)をも考え合わせると、この点に関するC証言の信用性も十分に認められるところである。 (B建設予定場所の買占めの可能性について)所論は、買占めを開始するには、「公表前の内密の確実な情報」が必要であるが、推進会議段階での情報は確実な情報とはいいがたいし、推進会議での審議内容は秘密でなく、候補地が内定すれば、それは直ちに周知の事実になる、相当確実な情報になるのは、札幌市の予算案に組み込まれたときであるが、この時期は予算案提出時期と近接していて、予算案を提出すれば秘密性はなくなるのであるから、買占めの可能性は現実にはない、というのである。 しかし、推進会議の規約等に守秘義務が定められてなくとも、委員等が審 は予算案提出時期と近接していて、予算案を提出すれば秘密性はなくなるのであるから、買占めの可能性は現実にはない、というのである。 しかし、推進会議の規約等に守秘義務が定められてなくとも、委員等が審議の内容や秘密事項をみだりに他に漏らしてならないことは当然であり、委員等にもそれなりの地位にある人物が選ばれているので、秘密が保たれることは期待してよく、所論が「推進会議で候補地が内定すれば、それは直ちに周知の事実になる」というのは失当である。特に、候補地の選定は、建設用地を提供する市がまず内部的に決定し、それを最終提案書に盛り込むことになるが、買占めを防止するためにも、その内部情報はぎりぎりの段階まで厳秘とされ、市の幹部、担当者や推進会議の事務局首脳等、ごく一部の者しか知り得ない秘密情報であったということができる。Cが欲していた情報は、まさにこのような情報であって、Cはこのような情報を被告人の北海道開発庁長官としての職務権限の行使によって入手し、建設予定地あるいはその周辺の土地の買占めに走ろうとしていたのであるから、公表までの間にどれだけの買収ができるのかはともかくとして、ある程度の買占めは十分可能であり、所論のいうように買占めが事実上不可能であったということはできない。 また、「最終提案書が出たことが直ちにBの実現につながるものでないこと」は、所論指摘のとおりであるにしても、当時の情勢としては、最終提案書が提出されれば、市がこれを受けてBの実現に向けて早速動き出すと考えられていたのであるから、Cが市の内部で決定し最終提案書に盛り込まれることになる建設場所の情報を事前に受けて買占めに走ろうとしたことになんら不自然な点はなく、所論のように、「推進会議での『内定』がCの必要とした情報でないことは明らかである」とするわけにはいかない。所論は理由 建設場所の情報を事前に受けて買占めに走ろうとしたことになんら不自然な点はなく、所論のように、「推進会議での『内定』がCの必要とした情報でないことは明らかである」とするわけにはいかない。所論は理由がない。 (結論)以上のとおりであるから、Bに関する請託の事実を認定した原判決には、なんら事実誤認はなく、論旨は理由がない。 五弁護人らの主張する本件金員授受の趣旨について 1 判示第一の一の冒頭にも述べたとおり、被告人が原判示の日時、場所において、Cから原判示の金員の供与を受けた事実は、被告人も認めるところである。そして、供与金額が九〇〇〇万円という多額にのぼること、もとより政治資金規正法に基づく報告がなされているわけでもないこと、当時被告人は北海道開発庁長官であり、これを提供したCが北海道で開発を手がけていた業者であったことなどからすれば、被告人において、その賄賂性を否定する以上、いかなる趣旨のものとしてその供与を受けたのかを積極的に明らかにすべきである。それは、政治家としての道義的責任であるばかりでなく、訴訟上も反証としてその必要に迫られているといってよい。 弁護人らは、「被告人は、本件各金員の授受は争っておらず、被告人の政治活動の資金としてC1から提供され、そう信じてその趣旨で受領し、それに充当してきたものである」旨主張するが、単に政治活動の資金として提供されたというだけでは、実質的な説明にはなっておらず、被告人がC1なりCからどうしてこれだけ多額の政治資金をもらえるのか、また、もらってよいのか、その理由を明らかにしない限り、被告人の弁解としては、十分ではないと思われる。 2 被告人とCとは、平成元年二月に株式会社J5の社長J6の紹介によって知り合うようになり、その後幾度か宴席を重ね、話を交わすうちに交際が深まり、Cも、同 の弁解としては、十分ではないと思われる。 2 被告人とCとは、平成元年二月に株式会社J5の社長J6の紹介によって知り合うようになり、その後幾度か宴席を重ね、話を交わすうちに交際が深まり、Cも、同年五月被告人の要請に基づいてE2を被告人の私設秘書として出向させ、また、同年六月には、L問題の解決のために、被告人からF1衆議院議員を紹介してもらい、同年七月同議員のあっ旋により、この問題が刑事事件にならずに円満に解決したことから、被告人にその謝礼として三〇〇〇万円を贈るといった間柄にまでなった。 しかし、そうはいっても、親戚、旧知の関係にはなく、選挙区の従前からの支援者であるとか、出身地や学校を同じくする関係での密接な個人的つながりがあるわけでもない。同年八月当時、被告人とCとは、知り合ってからまだ数か月しか経っていないうえ、Cの被告人に対する人物評価からみても、Cが被告人の人格に心酔し、あるいは、その政治的信条に共鳴して、純粋な気持ちから政治家としての被告人の支援を考えたとは認めがたい。先に述べた交際の経緯からも明らかなように、二人の関係は、所詮、政治資金の援助を求める政治家と政治家とのパイプを太くして事業に役立てようとする企業家とのギブアンドテークの関係にあったと認められる。そうである以上、Cから受け取った金員の見返りに、被告人において与えるべきものが何であったのかが問題とされてくるのである。 3 この点に関する弁護人らの主張は、控訴趣意第三点四「本件判示事実における各金員授受の趣旨について」をみる限りにおいては、「被告人の政治活動の資金としてC1から提供され、そう信じてその趣旨で受領し、」というだけで、Cからかかる高額の政治資金が提供された動機、原因が必ずしも明らかにされてない。 しかし、第五点「量刑不当」によると、Cは、C1の広告 てC1から提供され、そう信じてその趣旨で受領し、」というだけで、Cからかかる高額の政治資金が提供された動機、原因が必ずしも明らかにされてない。 しかし、第五点「量刑不当」によると、Cは、C1の広告塔として被告人を利用し、その見返りとして政治献金をしていた旨の主張がみられるので、便宜、この主張を右の点を内容的に補充する主張として扱い、これについて判断することとする。すなわち、「Cは、C1の広告塔として政治家を利用しようとし、その道具として使われたのが被告人である。Cは被告人を仲介者として、多数の政治家と近づき、之を利用してL問題を解決してもらい、Dその他の金融機関から融資を受け、更には麹町クラブという会員組織をつくって巨額の資金を集めることを計画していたものである。その為には、被告人に対する政治献金(投資)は、安いものであったに相違ないのである。」というのである。 しかし、L問題を解決してもらった謝礼としては、本件金員とは別個に被告人に三〇〇〇万円とF1議員に二〇〇〇万円がそれぞれ供与されているのであるから、本件金員がこれとなんら対価関係に立つものでないことは明らかである。 また、被告人を金融機関からの融資に利用したという点も、いささか認めがたいところである。被告人がC1の種々の行事や会合に出席していかにC1をほめようと、また、CがC1のバックに被告人がいることをいかに吹聴しようと、金融機関から融資を受ける際に、それがC1の信用を高めることにそれほど役立っているとは思われない。この点は、既に、第一の四中の(弁護人らが主張するCの被告人利用の意図)の項において述べているので、ごく簡単に触れるが、Dの関係者らの証言によっても、同社のようなノンバンクの場合は、銀行などと違って融資は案件第一で行われ、融資先の実績、信用もさることながら 用の意図)の項において述べているので、ごく簡単に触れるが、Dの関係者らの証言によっても、同社のようなノンバンクの場合は、銀行などと違って融資は案件第一で行われ、融資先の実績、信用もさることながら、しっかりした担保があれば、基本的には融資を行うという担保第一主義がとられており、その営業方針は、同社の取引先もみな知っていたと思うというのである。C1が融資を受けている金融機関は、主としてノンバンクであって、これらの金融機関と取引を続けてきたCがC1のバックに被告人がいることを誇示すればノンバンクから融資を受けやすくなると考えていたとは思われない。D以外のノンバンクとの関係でも、被告人がC1の融資のために役立ったという事情もみあたらない(なお、弁護人らは、当審弁論において、「Dヘは、(被告人が)C1を売り込んだりしている」旨主張するが、被告人は、「M3」での宴席に出席するまで、D4社長以下のDの幹部とは面識がなかったのであり、その初対面の被告人が既に同社と一〇〇億円を超える取引実績を有していた「C1を売り込んだりした」というのもおかしな話である。)。結局、この点は、被告人の信用を過大に評価した弁護人らの一方的な見解にとどまるものというほかない。 最後のC3の点であるが、この計画は、C1が麹町に所有していた土地の有効利用を図るという観点から生まれた構想であり、この土地にメディカルクラブ(アスレテック機能も含む。)を建て、これと開発中のR2、R4、R5の各ゴルフ場とをセットにした会員制の高級クラブを作り、最終的には一〇〇〇億円以上の売上を期待するという大型プロジェクトであった。Cも、この計画に期待するところが大きく、被告人を介してF元総理にC3及びR6(R2がこの構想の中ではこう呼ばれていた。)の理事長に就任してもらうほか、Zの人たちにも一肌 う大型プロジェクトであった。Cも、この計画に期待するところが大きく、被告人を介してF元総理にC3及びR6(R2がこの構想の中ではこう呼ばれていた。)の理事長に就任してもらうほか、Zの人たちにも一肌脱いでもらうことを依頼していたので、確かに、この関係では、Cも、被告人の利用価値を認めていたといってよい。しかし、これに対しては、Cの原審及び当審証言から認められるように、総額として一〇億円という報酬が別途約束され、一部前金も支払われていたのであるから、本件金員がC3の関係で被告人に動いてもらうことの対価として、供与されたものでないことは明らかである。 その他、被告人がC1の各種行事に出席し、C1を引き立てるような挨拶をしているとは事実であるが(もっとも、上磯町での被告人の長官就任祝賀会やC1のC12分室の披露パーティーなどは、被告人のための会、あるいは、被告人の選挙区での行事であって、その時期も選挙前であるので、被告人としても、C1のためだけに出席しているわけではない。)、この程度の利用価値で、Cが九〇〇〇万円もの金員を被告人に供与したとは認められない。 したがって、これらの説明では、Cが被告人に九〇〇〇万円もの金員を供与した理由が解明されているとはいいがたい。 4 所論は、Cからの金員の提供は、「北海道開発庁長官としての職務行為とは関係なく、被告人が自由にその政治活動のために使用してよい政治資金として提供されたものであり、それ故に、被告人が同長官に就任する前から、その退任後も、C1の破産まで右金員の提供があったのである」旨主張する。 しかし、被告人の長官就任前に供与された金員のうち、L関係の三〇〇〇万円は、政治資金とは別個の謝礼であり、所論の趣旨で提供されたものでないことは明らかである。また、その後の二〇〇〇万円は、関係証拠によれば、 被告人の長官就任前に供与された金員のうち、L関係の三〇〇〇万円は、政治資金とは別個の謝礼であり、所論の趣旨で提供されたものでないことは明らかである。また、その後の二〇〇〇万円は、関係証拠によれば、大臣取りに必要な根回し資金として、被告人の要請に基づいてCから供与されたものと認められ、更に、C証言によれば、同人は、この際、被告人に根回し資金を用立てて恩を売っておけば、この先被告人が大臣になったときにC1の事業上の利益のために働いてくれるだろうと判断したというのであり、被告人も、平成元年八月三日ころ、二度目の一〇〇〇万円の援助を申し込んだ際、「大臣になったら、政治生命をかけてC1のために尽くすからな。」と言ったというのである。この二〇〇〇万円が被告人の念願であった大臣取りの根回し資金であり、前記E5秘書も、被告人から「C1のお蔭で大臣になれた」と聞いているだけに、被告人の言に関するC証言は十分に信用できるものである。老練の政治家である被告人としても、知り合ってまだ日も浅いCが、なんらの見返りも期待しないで、被告人のために大臣取りの根回し資金を用立ててくれると考えるほど甘くはないと思われる。 更に、C証言によれば、同人が被告人の北海道開発庁長官退任後にも、事務所経費の面倒をみるという形で資金援助を行ったのは、在任中に実現しなかった請託事項を引き続き前長官であり、北海道三区選出の有力代議士である被告人の政治力を行使して実現してもらうためであったと認められる(原審第一〇回公判六三九~六四〇丁)。このように、被告人の長官就任前の金員供与にも将来大臣となってC1のために働いてもらうための先行投資としての性格があり、また、退任後の金員供与にも、右C証言によれば、被告人から「これまで頼まれていることは全力で精一杯やる」という言質をとったうえで実行され てC1のために働いてもらうための先行投資としての性格があり、また、退任後の金員供与にも、右C証言によれば、被告人から「これまで頼まれていることは全力で精一杯やる」という言質をとったうえで実行されているのであるから、し残した請託事項を実行してもらうための対価的意味合いが強いといってよい。したがって、Cの被告人に対する金員供与が被告人の長官在任中のみならず、長官就任前にも、退任後にも行われているからといって、長官在任中の本件金員供与が賄賂であることをなんら否定するものではない。この点に関する弁護人らの所論も採用の限りでない。 六弁護人らのその他所論を子細に検討しても、原判決に事実誤認は認められない。論旨は理由がない。 第二訴訟手続の法令違反の論旨について論旨は、要するに、原判決には、必要的共犯者の自白のみによって被告人の有罪を認定した訴訟手続の法令違反がある、というのである。 そして、所論は、その理論付けとして、共犯者の自白に関する最高裁判所判決の少数意見等を援用し、かつ、この共犯者にはいわゆる対向犯等の必要的共犯も含まれるとするのである。 しかし、共犯者は、被告人本人との関係においては、被告人以外の者にあたるのであって、かかる共犯者の犯罪事実に関する供述が独立、完全な証明力を有することは、累次の最高裁判所判例の判示するところであり(昭和三三年五月二八日大法廷判決・最高裁判所刑事判例集一二巻八号一七一八頁、同三五年五月二六日第一小法廷判決・同一四巻七号八九八頁、同四五年四月七日第三小法廷判決・同二四巻四号一二六頁等参照)、本件においても、これと異なる判断をすべき理由はないのである。論旨は、まず、この点において既に失当というほかない。 また、本件各金員の供与を受けたことは、被告人自身が認めるところであって、C証言は、被告人の ても、これと異なる判断をすべき理由はないのである。論旨は、まず、この点において既に失当というほかない。 また、本件各金員の供与を受けたことは、被告人自身が認めるところであって、C証言は、被告人のこの自認を補強するとともに、請託の事実及び右金員の賄賂性を明らかにするものであるが、かかる請託の事実や供与された金員の賄賂性を贈賄者の供述のみによって認定することもなんら差し支えないものというべきである。 所論は、対向犯の場合についても、いわゆる「引っ張り込み」の危険性があることを主張するが、対向犯の場合には、先に判示したとおり、通常の共犯者間にみられるような「引っ張り込み」の危険性は、一般的には認められないのであって、証人の被告人に対する個人的反感、憎悪からくる虚偽供述の危険性は通常の証人の場合にも考えられるところであり、かかる供述の信用性及び証明力に関する判断は、すべて裁判官の自由心証に委ねられているものと解される(なお、本件におけるC証言に「引っ張り込み」の危険性がないことは、第一の一において、具体的に指摘したとおりである。)。 加えて、原判示第一、第二の各事実については、C証言のほか、原判決が(証拠)の欄に掲げる数多くの証拠が存し、原判決は、C証言ばかりでなく、これらの証拠全体を総合判断して原判示事実を認定しているのであるから(なお、C証言が十分信用に値するものであり、また、その他の証拠もそれぞれに信用性、証明力を有することは、第一の事実誤認の主張に対する判断において詳細に判示したところである。)、その点でも、所論は失当というべきである。 したがって、原判決には、弁護人らの主張するような訴訟手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。 第三理由不備の論旨について論旨は、要するに、原判決には、信用性、証明力のない必要的共犯者の供述のみ たがって、原判決には、弁護人らの主張するような訴訟手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。 第三理由不備の論旨について論旨は、要するに、原判決には、信用性、証明力のない必要的共犯者の供述のみによって、被告人の有罪を認定した理由不備の違法がある、というのである。 右の主張は、第二の主張とほぼ同旨であり、これに加えてC証言に信用性、証明力がないことを指摘するにとどまり、その実質は、つまるところ、事実誤認の主張に尽きるといってよい。 しかし、本件請託に関するC証言が、請託に至る経緯及び動機の点を含めて十分信用できるものであり、かつ、これが関係者らの証言等関係証拠や被告人の請託の趣旨に沿うと認められる数多くの行為によって裏付けられていることは、これまでに判示したところからも明らかである。したがって、原判決に所論のような採証法則の違反や理由不備の違法はなく、この点に関する論旨も理由がない。 第四法令適用の誤りの論旨について一北海道開発庁長官の一般的職務権限について 1 原判決は、北海道開発庁長官としての被告人の職務権限について、被告人は、平成元年八月一〇日から平成二年二月二八日までの間、国務大臣北海道開発庁長官として、「1」 北海道総合開発計画(以下、開発計画という。)についての調査、立案「2」 同計画に基づく事業(以下、開発事業という。)の実施に関する事務の調整、推進「3」 北海道開発予算の一括要求「4」 A公庫に対する指導、監督等の事務を所掌する北海道開発庁の事務を統括するなどの職務に従事していた旨を判示する。 2 右に判示した北海道開発庁の所掌事務のうち、「1」、「2」及び「4」は、それぞれ北海道開発法五条一項一号及び二号に規定されており、また、「3」は、右の「2」の権限を実効あらしめるために、昭和二五年 右に判示した北海道開発庁の所掌事務のうち、「1」、「2」及び「4」は、それぞれ北海道開発法五条一項一号及び二号に規定されており、また、「3」は、右の「2」の権限を実効あらしめるために、昭和二五年二月一〇日及び同年七月二一日の各閣議決定で認められ、また、北海道開発庁長官が同庁の事務を統括することは、国家行政組織法一〇条の規定するところである(なお、A公庫の監督に関する内閣総理大臣の権限に属する事項のうち、東北地方に関する業務を除いたものについては、内閣総理大臣の委任により、原則として、北海道開発庁長官が専決処理するものとされている《昭和四八年七月七日付総理府通知》。)。 このように、原判決が北海道開発庁長官の一般的な職務権限として判示したところは、法律、閣議決定等に根拠を持つものであって、もとより相当であり、弁護人らもこの点を争うものではない(なお、北海道開発庁のA公庫に対する監督権限が個別融資におよぶかどうかについては後に検討する。)。 3 もっとも、原判決は、北海道開発庁の所掌事務中、「2」の「開発計画に基づく事業の実施に関する事務の調整、推進」の点について、原判示(犯罪事実)においては、条文に規定されたとおりに判示しているものの、(主な争点に対する判断)「第一北海道開発庁長官の職務権限について」の項において、「(B建設は、)開発計画に基づく事業であり、その推進は、北海道開発庁の所掌事務の範囲内にあると認めるのが相当である。」(原判決書一一丁)とし、更に、「B建設事業を推進する権限に基づき、…」(同一四丁)などとしている点は、「開発事業の推進」そのものを北海道開発庁の所掌事務とする趣旨に解されかねないので、やや正確性を欠くといわなければならない。厳密にいえば、開発事業そのものの推進は、建設省、農林水産省、運輸省等の現業官庁・実施 推進」そのものを北海道開発庁の所掌事務とする趣旨に解されかねないので、やや正確性を欠くといわなければならない。厳密にいえば、開発事業そのものの推進は、建設省、農林水産省、運輸省等の現業官庁・実施官庁の所掌するところであり、企画官庁・調整官庁たる北海道開発庁は、いわば開発事業推進のブレイン役あるいは取りまとめ役として、「開発計画についての調査、立案」及び「開発事業の実施に関する事務の調整推進」を直接の所掌事務とし、それを通して「開発事業の推進」を図るべきものとされているのである。その意味では、北海道開発法は、「事業の推進」と「事業の実施に関する事務の推進」とを区別したうえで、「事業の実施に関する事務の調整及び推進」を北海道開発庁の所掌事務としていると解されるので、当審としては、北海道開発庁の所掌事務のうち、右「2」の点については、条文に規定されたとおり、「事業の実施に関する事務の推進」と解し(ただし、「事業に関する推進権限」といった表現を用いることもある。)、そのうえで、請託事項が被告人の職務権限の範囲内にあるかどうかを判断することとする(もっとも、沖縄開発庁設置法四条二号、三号は、沖縄開発庁の所掌事務について、「振興開発計画に基づく事業の実施に関する事務の調整、推進」という表現を用いず、「振興開発計画の実施に関する事務の調整、推進」という表現を用いている。この沖縄開発庁設置法の制定に当たっては、既に発足していた同じ地域開発官庁である北海道開発庁の調整推進事務の実態が参考にされ、かつ、そのありようが是認されて、右の規定となったものと思われる。これからすれば、逆に、北海道開発法五条一項一号に規定する「開発計画に基づく事業の実施に関する調整及び推進」も、沖縄開発庁設置法四条二号、三号に規定するところと同様に、「開発計画の実施に関する事務 これからすれば、逆に、北海道開発法五条一項一号に規定する「開発計画に基づく事業の実施に関する調整及び推進」も、沖縄開発庁設置法四条二号、三号に規定するところと同様に、「開発計画の実施に関する事務の調整及び推進」の意味に解してよいと思われる。)。 二北海道開発法五条一項一号の解釈について所論は、北海道開発法二条の「これ(開発計画)に基づく事業」の実施主体は「国」であり、同法五条一項一号後段の「これに基づく事業」の実施主体も「国」である、したがって、B建設事業が「開発計画」に載っているからといって、国が実施主体ではないのであるから、北海道開発庁の「調整、推進」の対象とはならない、というのである。 <要旨第一>そもそも北海道総合開発計画は、原判決も判示するように、北海道の資源を総合的に開発することによっ</要旨第一>て、今次大戦で大きな痛手を受けた我が国経済の復興を図ろうという国家的見地から始まったものであるが、当初、民間企業の疲弊や北海道における民間資本の立ち遅れもあったため、開発計画に基づく事業の実施も、国の実施する公共事業中心に考えられ、いきおい、北海道開発庁の所掌する開発事業の実施に関する事務の調整及び推進も、行政機関相互の調整と公共事業の推進に重点を置くものと解されてきたということができる。 しかし、北海道総合開発計画は、その発足の当初から民間事業を対象から除外するものではないし、次第に産業基盤が整備され、民間企業等も国と共に北海道の開発を支えるだけの実力を身につけるようになるにつれ、計画自体も、民間プロジェクトの果たすべき役割を評価し、その支援や推進をこの計画の中に大きく取り込むようになってきたのである。 このような経過も加味して北海道開発法二条と同法五条の関係をみるに、まず、同法二条は、国に開発計画を樹立する責務を課 評価し、その支援や推進をこの計画の中に大きく取り込むようになってきたのである。 このような経過も加味して北海道開発法二条と同法五条の関係をみるに、まず、同法二条は、国に開発計画を樹立する責務を課するとともに、国を開発事業の第一次的実施主体として位置付けたものということができる。しかし、同法二条も、開発事業をすべて国が行うという建前をとるわけではなく、弁護人らも認めるように、民間等の事業を含めて開発計画を樹立することをなんら否定するものでない。 そして、同法二条は、民間等の事業も含む開発事業のうち、国の行うべき事業について、更に、事業の開始年度を昭和二六年度と定め、また、開発事業をそれぞれの事業に関する法律の規定に従って実施する旨を定めているところに実定法的意義を有するのであって、その余の民間等の事業の実施については、なんら触れるものではないのである。したがって、同法二条の「これに基づく事業」の実施主体が「国」であるということから、北海道開発庁の所掌事務に関する同法五条一項一号後段の「これに基づく事業」の実施主体も「国」であるという解釈が直ちに導き出されるものではないといってよい。同法五条は、その一項一号において、同庁に開発計画に関する調査、立案権限を認めるとともに、開発事業に関する調整推進権限をも認めるものであるが、このうち、調査、立案権限についてみると、北海道開発庁が民間等の事業をも対象に含めて開発計画を立案することができることは当然であり、この点は弁護人らも争うものではない(控訴趣意書一六七頁)。そして、北海道開発庁は、開発計画を立案するにとどまるものではなく、立案され、樹立された開発計画の実現を図ることもその責務としていると解され、そのために調整推進権限を有するのであるから、開発計画に載せられた事業については、国の事業と民間等 にとどまるものではなく、立案され、樹立された開発計画の実現を図ることもその責務としていると解され、そのために調整推進権限を有するのであるから、開発計画に載せられた事業については、国の事業と民間等の事業とを区別することなく、そのすべてについて推進権限を及ぼしうると解するのが同条の最も合理的な解釈といってよい(もっとも、調整は国の機関相互の問題と解するのが一般であるが、これも五条一項一号後段の「これに基づく事業」の実施主体が国であることを裏付けるものではなく、国と地方公共団体、あるいは、民間企業相互間の調整などは、推進権限の中に含まれるというにすぎない。)。条文の文理的な解釈としても、五条一項一号後段の「これに基づく事業」とは、同号前段を受けて、「これ」すなわち「開発計画」に基づく事業を指し、これらの開発事業のうち、特に国を実施主体とする事業に限定する趣旨ではないと解するのが自然である。重ねて述べると、民間等の事業を開発計画に載せるのは、国や地方公共団体等がこれを北海道開発にふさわしいものと認めて助成支援し、その推進を図るためであるが(第五期北海道総合開発計画V計画の推進方策1「地域開発のプロジェクトの推進」においても、新千歳空港建設等第三セクターの事業について、「その推進を図る」とし、また、「民間において発想されるプロジェクトについては、適切な支援体制を整備し、その推進を図る。」とする。)、それにもかかわらず、肝心の北海道開発庁がその民間等の事業の推進を図ることができないというのでは、なんのために開発計画に載せたのかもはっきりせず、施策として甚だ不徹底なものになってしまうというほかない。以上の点を総合すれば、同条一項一号後段の「これに基づく事業」を国が実施主体になる事業に限定する所論は当を得たものではなく、到底採用することができない。 だ不徹底なものになってしまうというほかない。以上の点を総合すれば、同条一項一号後段の「これに基づく事業」を国が実施主体になる事業に限定する所論は当を得たものではなく、到底採用することができない。 三 Bの建設予定場所に関する情報の入手、出資企業と関連工事施工業者の紹介について 1 そこで、次に、Bに関する本件請託事項、つまり、Bの建設予定場所等に関する情報を内報することや第三セクターに出資する企業として適当な企業を札幌市や札幌商工会議所等に紹介したり、Bの建設工事やその関連工事にふさわしい施工業者を札幌市や第三セクターにあっ旋紹介することが、「開発計画についての調査、立案」や「開発事業の実施に関する事務の調整及び推進」という北海道開発庁の所掌事務に含まれるかどうかを検討する。 <要旨第二・四>先にも述べたとおり、北海道開発庁は、基本的には企画官庁であり、調整官庁であるので、実施官庁の事業</要旨第二・四>執行権限や許認可権限等、その専権に属する事項に介入することが許されないことは当然であるし(ちなみに、北海道開発庁総務課長の経験を有するN4証人も、同庁の権限として、道路事業をやるに際し、建設省に対して業者の紹介やあっ旋をする権限はない旨証言する。)、国の機関以外との関係においても、その調整進権限の行使が民間等の事業主体の自主性や自己決定権を損なうものであってはならないことはいうまでもない。しかし、同庁は、各省庁別個に行われてきた北海道開発に関する施策の一体化を図り、これを効率的に推進するために設置されたものであるから、開発事業に関する同庁の推進権限も、この目的達成のために積極的に行使されることが期待されているのであって、右に述べたような推進権限の内在的な制約に触れない限り、その及ぶ範囲も広く認められてよいと解される。例えば、同庁 庁の推進権限も、この目的達成のために積極的に行使されることが期待されているのであって、右に述べたような推進権限の内在的な制約に触れない限り、その及ぶ範囲も広く認められてよいと解される。例えば、同庁が、開発計画に載った事業を支援するための施策を検討するという観点から、他官庁や地方公共団体あるいは民間企業等に必要な情報の提供を求めることも、同庁の調査あるいは推進事務の一環として行いうるところである(北海道開発庁の調査権限は、開発計画作成のためだけではなく、開発計画に載せられたそれぞれの事業をフォローするためにも認められていると解されている。)。また、開発事業推進のために必要ないし有効と判断される事柄について、地方公共団体や民間企業等に対して働きかけをすることも、事実上の強制にわたらぬ限り、推進権限に基づく行政指導として許されるところというべきである。特に、開発事業に関する専門的な知識や経験を生かして、助言し、相談にのり、指導を行うことは、北海道開発庁に期待されているところと思われる。 2 このような観点から、Bに関する本件請託事項が被告人の職務権限内にあるかどうかについてみるに、原判決の判示するところは、「B建設事業については、B周辺の道路交通基盤等の整備が不可欠であり、同事業を推進するためには、B建設予定場所を構想段階からいち早く知る必要があることは明らかである。したがって、北海道開発庁は、札幌市、札幌商工会議所、推進会議等から、建設予定場所、時期等に関する情報を入手する権限を持つと解される。また、同様にB建設事業を推進する権限に基づき、実施主体として予定された第三セクターに出資する企業の募集に関して、適当な企業を札幌市等に紹介するなどの指導、助言を行ったり、特殊な専門知識、技術を要するBやその関連工事に関して、その工事にふさわし 施主体として予定された第三セクターに出資する企業の募集に関して、適当な企業を札幌市等に紹介するなどの指導、助言を行ったり、特殊な専門知識、技術を要するBやその関連工事に関して、その工事にふさわしい施工業者をあっ旋紹介することも、北海道開発庁の一般的な権限の範囲内にあるものと認めるのが相当である。」というのであって、いずれも相当であり、当裁判所としても、この判断を是認することができる。 3 所論は、第三セクターによる事業は、非公共のプロジェクトであるから、北海道開発庁の行う調査も、おのずとその内容範囲等について限界を有するもので、「未公開」の秘密情報を要求できる法的権限はない旨主張するが、B建設事業を非公共の民間プロジェクトとみることができないことは、後述するとおりであるし、北海道開発庁が提供を求めることのできる情報を公開情報に限るべき理由はなく、事業の支援助成等のために必要と判断されるような場合には、未公開の秘密情報であっても、その提供を求めうると解されるので、所論は失当というほかない(もっとも、北海道開発庁の調査権限といえども、相手方を義務付けるものではないから、これに応ずるか否かは相手方の任意であって、秘密の程度やその情報を提供することによって得られる助成や援助の面での利益等を衡量して応ずるか否かを決すれば足りることである。)。 4 所論は、北海道開発庁が民間プロジェクトを開発計画に載せるについては、民間企業の承諾を得る手続もない、それにもかかわらず、これに載せた以上は北海道開発庁の推進権限の対象となるというのは、「所掌事務のお手盛り」を容認するもので、許されるものではない、原判決が民間の実施する事業に推進権限が及ぶと解しても、民間企業等に対して特段の制約を課するわけではないから、民間の事業に対する不当な干渉というには当た り」を容認するもので、許されるものではない、原判決が民間の実施する事業に推進権限が及ぶと解しても、民間企業等に対して特段の制約を課するわけではないから、民間の事業に対する不当な干渉というには当たらないとするのは本末転倒である、所掌事務に関係のない行政指導はありえず、「特段の制約を課するわけではない」から「所掌事務と考えていい」というのは論理の展開が逆である旨主張する。 しかし、北海道総合開発計画は、閣議決定に基づくものであって、北海道開発庁の「お手盛り」という非難は当たらないばかりか、前述のように、北海道開発庁は、北海道の開発を図るために総合的な計画を樹立し、その計画の実現のために取りまとめ役、推進役を果たすことが期待されているのであるから、その調整推進権限も、他の省庁の専権事項を侵さず、また、事実上の強制となって民間企業等の自主性や自己決定権を損なうことのない限りは、広くこれを認めてよいと思われる。 弁護人らは、「特段の制約を課するわけではない」から「所掌事務と考えていい」というのは、論理の展開が逆である旨主張するが、原判決は、「民間企業等に対して特段の制約を課するわけではないから、民間の事業に対する不当な干渉というには当たらない。」というにとどまるし、右に述べたところからすれば、「特段の制約を課し、不当な干渉とならない限り、推進権限を及ぼしうる」と解することになんら不当はないのである。 5 また、所論は、「これまでの裁判例は、各省大臣の職務権限について判断するにあたっては、各省の設置法やそれに関する法律、政省令、通達、内部基準等の内容を具体的に検討しているが、原判決は、北海道開発法五条の「推進」の規定以外の具体的な根拠なしに、無限定に北海道開発庁長官の職務権限の行使を許容する点において法令の適用を誤っている」というのである。 具体的に検討しているが、原判決は、北海道開発法五条の「推進」の規定以外の具体的な根拠なしに、無限定に北海道開発庁長官の職務権限の行使を許容する点において法令の適用を誤っている」というのである。 しかし、原判決も、政省令、通達等があるのに、それらを無視して前記の見解を示しているわけではなく、かかる政省令、通達等がないというにすぎず、かかる政省令、通達等を設けなければ行政指導を行いえないというものでもないから、主張自体失当というほかない。一般に、行政機関は、その所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることができ、このような行政指導が公務員の職務権限に基づく職務行為と認められることは、最高裁判例(平成七年二月二二日大法廷判決・最高裁刑事判例集四九巻二号四五七頁参照)の判示するところである。そして、企画官庁・調整官庁の場合には、事業に対する許認可権限や監督命令権限を有する実施官庁とは異なり、権限規定や権限行使に関する内部基準等が比較的少ないのも当然であって、原判決が北海道開発法五条を根拠に、札幌市、札幌商工会議所等に働きかけることを北海道開発庁の所掌事務の範囲内にあると解したことには、なんらの違法もないというべきである。 6 所論は、原判決は、「開発計画」の基本的性格を正しく理解せず、そのため、北海道開発庁の所掌事務の範囲を誤った旨主張する。すなわち、第五期北海道総合開発計画は、計画の性格について、「この計画は、政府公共部門における事業実施の基本となる。また、財政投融資等による民間活動の誘導助成はこの計画に沿って行われる。さらに、民間部門の諸活動に対しては、この計画が指針となることが期待される。」旨記載しているのであって、第三セクターによる非公共のプロジェクトで による民間活動の誘導助成はこの計画に沿って行われる。さらに、民間部門の諸活動に対しては、この計画が指針となることが期待される。」旨記載しているのであって、第三セクターによる非公共のプロジェクトであるB建設事業については、この計画は「民間諸活動の指針」にとどまるものである、したがって、この「民間諸活動の指針」という立場を厳守する限りにおいて、北海道開発庁がその独自の判断で北海道の開発にふさわしいものとして、開発計画に記載することが許されるのであり、それを超えて勝手に開発計画に記載したことにより北海道開発庁が無限定にその調整推進権限を有することになるものではない、というのである。 しかし、先にも述べたとおり、開発計画は、閣議決定に基づくものであって、所論がいうように、北海道開発庁が「独自の判断」で策定するものではないし、特定の民間事業を同庁が「勝手に」この計画に記載できるものでもない。更に、Bの構想は、冬季厳寒多雪の北海道において、札幌市民、北海道民が通年利用できる全天候型多目的施設を札幌市が中心となって整備しようという多分に公共的な構想であり、用地も市が提供し、事業主体となる第三セクターに対する出資についても、市等においてその過半を拠出することが考えられていたのであるから、この計画を単なる非公共の民間プロジェクトとみることは相当ではないというべきである。したがって、所論は、その前提の大半を欠くうえ、国がB建設計画を北海道の開発にふさわしいものとして、この開発計画に載せる以上、北海道開発庁がその推進を図りうることは当然であって、札幌市や札幌商工会議所等においても、この開発計画を指針として、Bの実現に向けて努力することが期待されているのである。また、このように開発計画に載せられたことによって、北海道開発庁の所掌事務の範囲内に入り、事業推 会議所等においても、この開発計画を指針として、Bの実現に向けて努力することが期待されているのである。また、このように開発計画に載せられたことによって、北海道開発庁の所掌事務の範囲内に入り、事業推進の観点から同庁の行政指導等を受けることがあるといっても、その行政指導が無限定のものでないことは、前記の開発計画の性格からみても、もとより当然である(例えば、Bの建設計画が進み、国が周辺のインフラ整備を検討するような段階になった場合には、北海道開発庁の札幌市や第三セクター等に対する助言指導等も、双方の事業の有機的連携を図るために相当の範囲程度に及びうるものと思われるが、まだB計画が構想の段階にとどまるような場合においては、札幌市や札幌商工会議所等に対する助言指導も、民間部門の諸活動に対すると同様に、謙抑的に行使され、不当な干渉にわたらない程度にとどめられるべきであろう。その点では、監督権限、許認可権限を背景にした行政指導と、助成支援を通じてその推進を図るという観点からの行政指導とでは自ずから働きかけの許される程度に差があることも否定できない。しかし、第三セクターの核となる有力企業の不足が第三セクター設立のネックとなっているような場合に、北海道開発庁が札幌市や札幌商工会議所等に一定の企業を紹介し、第三セクターへの参をあっ旋することは、それが紹介あっ旋にとどまる限り、行政指導とはいっても、むしろ、支援の一方策にも近いものであって、札幌市や札幌商工会議所の自主性、自己決定権を損なうことになるとは思われない。)。 したがって、開発計画に載せたことにより、北海道開発庁が無限定に調整推進権限を有することになるのは不当だとする弁護人らの非難も当たらないと思われる。 所論は、理由がない。 7 なお、収賄罪において当該行為が職務行為といえるかどうかは、その公務 道開発庁が無限定に調整推進権限を有することになるのは不当だとする弁護人らの非難も当たらないと思われる。 所論は、理由がない。 7 なお、収賄罪において当該行為が職務行為といえるかどうかは、その公務員の一般的な職務権限内にあるか否かによって決せられるのであって、一般的な職務権限内にある限り、仮に具体的な権限行使がその裁量権の範囲を逸脱したとしても、それが収賄罪の成否に影響を及ぼさないことは、原判決の判示するとおりである。 四衆議院議員選挙と職務執行の可能性について 1 所論は、仮に被告人が原判決の認定するような請託を受けたとしても、被告人の北海道開発庁長官としての任期は、遅くとも平成二年二月に実施されると考えられていた次期衆議院議員選挙までの期間であり、その間にBの建設が決まるかどうかは未確定で、仮にそれが実現に向けて具体化していくとしても、被告人の長官在任中に具体化することはありえなかった、したがって、被告人が請託を受けた職務を実行することがありえず、受託収賄罪の成立を認めることはできない旨主張する。 しかし、第一の四において述べたとおり、請託のあった平成元年一〇月当時は、推進会議の中間報告書も既に発表されており、年内には最終提案書が発表され、Bの建設候補地も、その中で、一か所に絞り込まれることが予定されていたのである。そして、この推進会議には、札幌市も、主体的、主導的に参加しており、推進会議によって提案される最終提案書には、札幌市の意向が十分に反映され、特に建設候補地については、その用地を提供する市の内部的決定に沿ったものとなると考えられていたのであるから、一般には、その後の市の検討によって、提案された建設場所が変わることはまずないと考えられていたのである。Cは請託当時推進会議の存在を知らなかったにしても、同人が被告人に内報 えられていたのであるから、一般には、その後の市の検討によって、提案された建設場所が変わることはまずないと考えられていたのである。Cは請託当時推進会議の存在を知らなかったにしても、同人が被告人に内報を求めていた情報は、その実質において、市が内部的に決定したうえ、推進会議が最終提案書に盛り込むこととなる建設場所等に関する情報であり、しかも、それを推進会議が外部に公表する前にできる限り早く内報してもらうことであったのである。そして、前記X6の証言によると、最終提案書の発表が平成元年一二月ということであれば、同年九月ころには建設場所も内部的には決定されているし、提案書の発表が平成二年春にずれたにしても、建設場所の内定は、同年一月ないし二月の初旬ころをめどとしていたというのである(現に、同年四月の最終提案書の発表を前に、同年二月上旬には、市の助役を交えた検討の結果としても、Y駅跡地が建設予定地として最適という結論が出されていたのであり、ただ、各種の政治的判断から、これを外部に公表せず、最終提案書でも、Y駅跡地とY1学園地区の二か所を両論並記とすることにした。)。したがって、請託当時としては、被告人が、長官在任中に、Cの求める情報を内報することは可能であったということができる。 2 また、第三セクターにDが参加できるよう札幌市や札幌商工会議所等に働きかけるということも、第三セクターが設立される以前の参加企業を選定する準備段階でやらなければならないことであり、平成元年一〇月の時点で考えれば、被告人の長官在任中に札幌市や札幌商工会議所等が選定作業の準備に入る可能性は十分にあったということができる。また、この第三セクターに参加する企業の選定等は、右に述べたとおり、札幌市や札幌商工会議所が中心となって行うものであるから、第三セクターの設立が本決まりにな 可能性は十分にあったということができる。また、この第三セクターに参加する企業の選定等は、右に述べたとおり、札幌市や札幌商工会議所が中心となって行うものであるから、第三セクターの設立が本決まりになる以前であっても、被告人が、これらに働きかけを行うことは十分可能であり、札幌商工会議所の専務理事であり、B建設計画の推進に携わってきたXにDを紹介し、第三セクターへの参加をあっ旋したことは、既にCの請託に沿う行為であったと評価しうるのである。 3 C1が鉄骨工事を受注できるように札幌市等に働きかけるという点については、確かに、これを最終的に決めるのは、Bの建設を請け負った工事主体のゼネコンであって、被告人の長官在任中に決まるような事柄でないことはいうまでもない。しかし、そのゼネコンにしても、発注者である第三セクターの意向を無視するわけにはいかないところがあり、だからこそ、Cも、C1が鉄骨工事等を受注できるよう設立予定の第三セクターにDを送り込もうとし、また、第三セクターに強い影響力を持つであろう札幌市や札幌商工会議所等に働きかけることを被告人に請託したのである。かかる働きかけは、何もBの建設が正式に決定されたり、第三セクターが設立されるのを待つ必要はなく、Bの建設が実現に向けて具体化していく中で、被告人が長官在任中にその権限を行使して行えばよいことであり、十分に実行可能のことであったといってよい。 これらの点からすれば、請託事項について職務執行の可能性がなかったとする弁護人らの主張は理由がないといわなければならない。 4 もっとも、このように、被告人が札幌市や札幌商工会議所等に働きかけること自体は、長官在任中に十分可能であったとしても、Dの第三セクターへの参加が正式に認められたり、C1が現実にB関連の鉄骨工事の発注を受けることまで被告人の 人が札幌市や札幌商工会議所等に働きかけること自体は、長官在任中に十分可能であったとしても、Dの第三セクターへの参加が正式に認められたり、C1が現実にB関連の鉄骨工事の発注を受けることまで被告人の長官在任中に可能であったかとなると、なんともいいがたいところがあり、特に後者の実現はきわめて困難であったということができる。その意味では、請託の時点に立っても、被告人の長官在任中に請託の最終目標を達成できないことは考えられることであったといってよい。しかし、Cとしては、前述したとおり、被告人が長官在任中に請託事項のすべてを実行してくれればなにも問題はないし、実行できなかった場合においても、し残したことは、次の選挙で当選して北海道開発庁長官に重任してもらって、再び長官としての権限で実行してもらうか、そうでなければ、前北海道開発庁長官たる有力代議士として、その実現に努力してもらうことを考えていたのであって(原審第九回公判五八五丁)、被告人が長官在任中にその職務権限を行使して実行することの可能な建設予定地の内報や札幌市、札幌商工会議所等への働きかけを請託している以上、被告人の長官在任中に請託の最終目標を達成できない可能性があり、し残したことは、長官に重任されるという機会に恵まれるか、前長官たる代議士という職務権限を離れた事実上の影響力によらなければ実現できないとしても、その職務に関して請託したものと認めてなんら差し支えないのである。 所論は、被告人の北海道開発庁長官重任の可能性との関連において、本件のような将来の職務の執行について受託収賄が認められるためには、「1」対象となる具体的職務が将来発生する蓋然性があること、「2」将来その具体的な職務を担当することが相当確実であることの二要件を必要とすべきである旨主張する。しかし、Cの請託の趣旨は、被告人 は、「1」対象となる具体的職務が将来発生する蓋然性があること、「2」将来その具体的な職務を担当することが相当確実であることの二要件を必要とすべきである旨主張する。しかし、Cの請託の趣旨は、被告人が北海道開発庁長官に重任されたら、そのときは一定のことをしてほしいというものではなく、現に長官としてなしうる事項を請託しているのであって、在任中にできるだけのことをしてもらい、し残したことについては、被告人に長官に重任してもらうか、あるいは、前長官たる代議士としてその政治力を行使して実現してほしいというのであり、単なる将来の職務執行に関する請託とは全く趣旨を異にするのである。したがって、本件を将来の職務についての受託収賄とみる所論は、立論の基礎において既に間違っているといわざるをえず、もとより採用の限りでない。 五 A公庫の融資に関する北海道開発庁長官の職務権限について 1 A公庫の融資に関する北海道開発庁長官の職務権限について、原判決が判示するところを引用すると、やや長文にわたるが、次のとおりである。 「この監督権限は、A公庫の融資等の業務が一般的な準則に沿って適切に行われているかについて行使されるものであり、特段の必要性もないのに個別の融資についてまで行使されるものではないが、前記N4証言がいうように、A公庫の融資が反社会的なものである疑いがあるとか、関係法規に違反する疑いがあるような場合には、その監督権限は個別の融資にも及ぶものと考えられる。また、北海道開発庁が開発計画に含まれる民間の事業を推進する権限を持つことは前記のとおりであり、このような事業に関し、北海道開発庁がその監督権限を背景として、A公庫に対して融資するよう指導することは、民間の諸活動に対する推進の有力な方策の一つとして、北海道開発庁の一般的な権限の範囲内に属するというこ な事業に関し、北海道開発庁がその監督権限を背景として、A公庫に対して融資するよう指導することは、民間の諸活動に対する推進の有力な方策の一つとして、北海道開発庁の一般的な権限の範囲内に属するということができる。」 2 所論は、この原判示につき、反社会的あるいは違法な融資に対する消極的指導は、A公庫に対する一般的な監督権限の延長あるいはこれを担保するものとして是認しうるが、開発計画に含まれる民間の事業に融資をするよう指導することは、北海道開発庁長官には民間事業に対する推進権限がないことからして肯定されるものではない、また、その権限に基づく指導は、あくまで一般的監督権限の行使によって行われるべきものであり、個別の融資に対する監督権限を認める根拠とはなりえない旨主張する。 これらの所論のうち、まず、北海道開発庁長官に民間の事業に対する推進権限がないことを根拠とするものは、これまでに判示してきたところからも、理由のないことが明らかであり、到底採用できるものではない。 そこで、北海道開発庁長官のA公庫に対する監督権限も個別の融資にまで及ぶものではないとする後段の所論について検討する。 <要旨第三・四>3 まず、A公庫法三三条は、その一項において、「公庫は、主務</要旨第三・四>大臣が監督する。」とし、その二項において、「主務大臣は、…公庫に対して業務に関し監督上必要な命令をすることができる。」として、主務大臣の監督権限を明らかにする。そして、同法三六条に定める主務大臣は、内閣総理大臣と大蔵大臣であるが、前述したように、内閣総理大臣の権限に属する事項については、北海道開発庁長官が原則として専決処理することとされたため、北海道開発庁長官は、大蔵大臣と並んで、同法に定める各種の監督権限を行使しうることになる。しかし、A公庫は、北海道及び東北地方にお いては、北海道開発庁長官が原則として専決処理することとされたため、北海道開発庁長官は、大蔵大臣と並んで、同法に定める各種の監督権限を行使しうることになる。しかし、A公庫は、北海道及び東北地方における産業の振興開発を促進し、国民経済の発展に寄与するべく、長期の資金を供給すること等をその業務として設立された国とは別個の法人であるので、公庫の出融資あるいは債務保証等に関する日常業務は、原則としてその自主的運営に委ねられているとみるべきである。したがって、前記の主務大臣の監督権限も、公庫の業務運営がこの法律及びそれに基づく命令等の一般的準則に従って行われているかどうかを監督することにその主眼があるといってよい。 4 もっとも、A公庫法二三条によれば、公庫は、四半期ごとに事業計画及び資金計画を作成し、主務大臣の認可を受けなければならないこととされ、また、同法三三条二項に基づく主務大臣の命令書五条の定めによって、公庫は月例報告として、毎月の新規の出資等の内訳表や出資等の申込の受理及び決定表を提出すべきものとされているのである。そして、A公庫本店総務部財務課長をしていたA4の証言によれば、この四半期ごとの事業計画及び資金計画の認可を受ける際には、北海道開発庁にも個々の出資について事前に説明しその了解を得ているし、融資についても、大規模な融資や新規の融資に関する限り、融資内容について説明することがあるというのである。また、このA4証言によれば、月例報告書を北海道開発庁に提出するときにも、新規貸付内訳表等の内容を補足する資料を同庁に持参し、これを渡して説明していることも明らかである。このような法律・命令の定めやその運用の実情に即すると、北海道開発庁としても、A公庫の個々の融資に関して全く指導監督権限が及ばないわけではなく、少なくとも、N4証人が供述 していることも明らかである。このような法律・命令の定めやその運用の実情に即すると、北海道開発庁としても、A公庫の個々の融資に関して全く指導監督権限が及ばないわけではなく、少なくとも、N4証人が供述するように(原審第三回公判四〇丁参照)、出融資が反社会的なものである場合にこれをやめるように指導するとか、北海道開発の推進上特に重要なプロジェクトについて緊急の必要がある場合に、A公庫に出融資の紹介を行うことなどは、許されるところと解してよいと思われる。この前者の点は、弁護人らも一般的監督権限の延長ないしこれを担保するものとして是認するところであるが、後段の点も、これまで再三にわたって述べてきた北海道開発庁の開発事業に関する推進権限からすれば、A公庫に対する監督権の行使として認められるべきものと解される。そもそも、A公庫法一九条は、A公庫の融資等の対象となる事業の指定を主務大臣の権限としているのであるし、同法二〇条に基づき公庫が作成した業務方法書第五条も、「本公庫は、その業務を行うに当っては、政府の北海道又は東北地方の開発政策に順応し、関係行政庁及び政府関係機関との連絡を密にする」旨を規定しているのである。A公庫の低金利による長期の融資は、民間事業等に対する最も有力な支援策の一つであるだけに、北海道開発の推進を図るべき北海道開発庁において、A公庫の資金がどのような地域でどのような事業にどれだけ使われ、また、それが北海道開発の動向とも合致しているかどうかなどに関心を持ち、必要に応じて指導監督に及ぶのは当然であり、前記の事業計画や資金計画の認可及び月例報告の運用実態も、これらの点を掌握するための必要性から生じたものとして肯定されるところである。例えば、地域の開発、発展に大きく影響すると思われる大規模案件等に関しては、個別の融資についても北海道開 告の運用実態も、これらの点を掌握するための必要性から生じたものとして肯定されるところである。例えば、地域の開発、発展に大きく影響すると思われる大規模案件等に関しては、個別の融資についても北海道開発庁の監督権限が及ぶのでなければならないと考えられるし、N4証人が設例として挙げる後者のような場合にも、監督権限に基づく行政指導の一環として、北海道開発庁において融資のあっ旋、紹介などをなしうるものと解される(上磯町リゾート総合開発事業へ融資するようA公庫に働きかけることがN4証人のいう「北海道開発の推進上特に重要で、しかも緊急を要する場合」に当たるかどうかは問題であるが、これに当たらないとしても、それは、裁量権の逸脱の問題であり、働きかけ自体は、北海道開発庁長官の一般的職務権限内の行為と認められる。)。したがって、この点に関する原判決の前記判示は相当であり、所論は失当である。 六以上のとおりであるから、北海道開発庁長官の職務権限に関する原判決の判断には、判決に影響を及ぼすような誤りは全くなく、法令の適用の誤りをいう論旨は理由がないというべきである。 第五量刑不当の論旨について論旨は、要するに、仮に、Cから供与された本件金員が賄賂性を有するものとされ、有罪と認定されるにしても、被告人を懲役三年の実刑に処した原判決は、量刑不当であり、被告人に対しては刑の執行猶予の判決があってしかるべきである、というのである。 そこで、検討するに、原判決も判示するように、本件は、北海道開発庁長官であった被告人が、その在任中に、鉄骨製造業等を営むとともに、北海道での開発事業に乗り出したC1の取締役副社長のCから、同庁の未公開情報を提供することなど職務に関する具体的な請託を受けて、合計九〇〇〇万円にのぼる賄賂を収受したという事案である。 収賄金額が多額 での開発事業に乗り出したC1の取締役副社長のCから、同庁の未公開情報を提供することなど職務に関する具体的な請託を受けて、合計九〇〇〇万円にのぼる賄賂を収受したという事案である。 収賄金額が多額にのぼること、うち七〇〇〇万円までが被告人の要求によるものであること、北海道で開発事業を営むC1との露骨な癒着ぶり等を考えると、犯情悪質といわざるをえない。また、被告人は、国務大臣をもって充てるべき国政枢要のポストである北海道開発庁長官の地位にありながら、政治資金、選挙資金に事欠く状況から判示の犯行に走り、北海道開発行政の公正さに対する国民の信頼を大きく傷つけ、多くの政治不信を引き起こしたのであって、その行為が社会一般に与えた影響も大きく、被告人の責任は重大であるといわなければならない。 これらの点にかんがみると、被告人がこれまでその政治活動等を通じて、多くの社会貢献を果たしていること、本件で収受した金員は、政治資金に充てられ、これにより私財を蓄えた様子は窺われないこと、C1の破産管財人に本件金員のほか、他の供与を受けた金員をも含めて、合計一億六〇〇〇万円余を返済していること、被告人の年齢その他所論指摘の諸事情を十分斟酌しても、被告人に対して刑の執行を猶予するのは相当でなく、原判決の量刑は、刑期の点を含めて重すぎて不当であるとはいえない。この点に関する論旨も理由がない。 よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用につき同法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。 検察官桐生哲雄公判出席(裁判長裁判官早川義郎裁判官八束和廣裁判官門野博) 判官 早川義郎 裁判官 八束和廣 裁判官 門野博

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