主文 被告人を懲役4年に処する。 未決勾留日数中240日をその刑に算入する。 理由 (犯行に至る経緯)被告人は,大韓民国で出生し,同国国籍を有する者であるところ,同国で幼稚園教師として働いていた昭和63年春ころ,大学の講師をしていた日本人のAと知り合って,まもなく婚姻し,約10年間同国で結婚生活を送ったが,子供に恵まれず,養子を取ることを望んだものの,Aが外国人であることから,希望が叶わなかった。平成10年8月,Aが実家の家業の手伝いをすることとなり,被告人も,日本に移り住むこととなったが,無口で内向的な性格のため,ストレスを溜め易い性質であった上,来日後は,Aやその親族以外の知り合いもできず,日本語も余り上達しなかったことから,生活に十分適応できなかった。また,被告人は,Aの帰宅時間が仕事で遅く,日中も殆ど一人で家の中に籠もりっきりの生活を送っていたが,寂しさなどからくる精神的ストレスで,十分睡眠を取れない状態が続き,病院で胃潰瘍等との診断を受けた。 被告人夫婦は,日本に来てからも,子供を持ちたいとの思いを持ち続けており,平成11年夏ころ,福祉事務所に里親になるための申請をし,審査の結果,平成12年2月に里親として登録されるに至り,一時外泊として子供を預かるなどするうち,平成13年9月に,Bの里親にならないかとの打診を受けた。これに対し,被告人夫婦は,当初こそ,被告人の希望もあり,里子としては女児を望んでいたが,女児を希望する里親が多かった上,登録後長期間里子委託話がない状態が続いていたこともあり,既に女児に固執することは止めており,取り敢えずBに面会することとした。実際に面会して見ると,Bは,素直で,優しい性格で,自宅での宿泊等を通じて交流を深めた結果,平成13年12 続いていたこともあり,既に女児に固執することは止めており,取り敢えずBに面会することとした。実際に面会して見ると,Bは,素直で,優しい性格で,自宅での宿泊等を通じて交流を深めた結果,平成13年12月,被告人夫婦は,正式にBを里子として養育するようになった。Bの養育は,概ね順調に推移し,被告人自身,Bと生活を共にするようになって以後は,従前のような寂しい思いを感じることはなくなった。しかし,被告人は,過去子育ての経験がなかった上,仕事で帰宅時間の遅いAへの気遣いや家事はすべて妻である被告人がすべきとの考えから,養育の殆どを1人でこなしていたため,体力的に負担を感じることもあり,体調が思わしくない時には,Aの両親に一時Bを預かって貰っていた。 被告人夫婦は,Bの里子話が進むなかで,児童相談所係員から,BにはCという実妹がおり,Bと同じ乳児院に預けられているが,将来的には,2人が一緒の里親に養育されるのが好ましいと考えていることを知らされていた。被告人は,乳児院でCを見た際,可愛らしい様子に好意を抱き,BとCの兄妹を離れ離れにしておくのは可哀想との思いもあり,行く行くはCもBと一緒に養育したいと考えない訳ではなかった。そのような中,平成14年3月,児童相談所から,被告人夫婦に対し,Cの里親委託の意向確認がなされたところ,Aは,Cに少し発達の遅れがあったことや,被告人がBの養育に精一杯で,余裕があるようにも思えなかったため,当初は乗り気ではなかった。しかし,CとBを兄妹一緒に養育したいという被告人の熱意や,Aの実父の助言もあり,Cとの面会や自宅への長短の一時外泊を何度か繰り返す一方,夫婦間での話し合いを続けた結果,最終的にはAもCを里子とすることに賛同し,同年7月中旬に,Cを正式に里子として養育することになった。 ただ,Cは,もともと,同居 短の一時外泊を何度か繰り返す一方,夫婦間での話し合いを続けた結果,最終的にはAもCを里子とすることに賛同し,同年7月中旬に,Cを正式に里子として養育することになった。 ただ,Cは,もともと,同居する前の段階で,被告人やAが自宅に一時外泊のため連れ出そうとした時にも,頻繁に泣いて嫌がったりしていたが,同居後も,寝起きやトイレ等の際に,突然泣き出して,被告人が,理由を問い糺してもただ泣き続けていることがしばしばあった。被告人は,最初こそ,辛抱強くCをあやすなどしていたが,次第に,Cが泣き出す度に,Bと異なり,思いどおりにならないCの言動に苛立ちを覚えるようになり,養育の負担がBとCの2人に増え,Aは仕事で忙しく,姑も腰痛のため,どちらも頼りにする訳には行かないことも重なって,疲労が蓄積するとともに,胃の痛みも覚え,精神的ストレスも徐々に募り,睡眠不足の状態にも陥っていた。かくするうち,同年8月下旬ころ,被告人は,ついに,Cを泣き止ませるため,初めてCの尻を平手で数回叩いたことを切っ掛けに,以後同様の体罰を何度か繰り返したが,Cが必ずしも泣き止まないため,苛立ちを募らせ,自宅トイレの壁を拳骨で叩くなどして,その解消を図ることもあった。しかし,同年9月以降,被告人は,胃の痛みが続いていたこともあって,相変わらず,聞き分けがなく,泣くことを繰り返すCに対し,一層の苛立ちを覚えるようになり,次第に怒りや憎しみの感情も加わり,Cが泣き出す度に,大声で怒鳴り付け,棒や孫の手で足の裏を叩いたり,あるいは,足を蹴ったり,ないしは,Cの腕や太股をつねったり,尻の辺りを平手で強く叩いたりするまでになっていったが,逆効果となる場合が少なくなく,ひいては,苛立ちを増幅する結果になった。さすがに,被告人も,Cが大人しく抱かれている際には,体罰を繰り返さないように心 を平手で強く叩いたりするまでになっていったが,逆効果となる場合が少なくなく,ひいては,苛立ちを増幅する結果になった。さすがに,被告人も,Cが大人しく抱かれている際には,体罰を繰り返さないように心に誓うものの,いざ,Cが泣き始めると,平常心を保つことができず,また,Cに痣ができても,世間に体罰が露見することを懸念し,医師にも見せることをしなかった。一方,夫であるAは,被告人から,Cがしばしば泣くばかりか,なかなか泣き止まないなどとの相談を度々受けたが,子供には良くありがちなこととして問題視するほどではないと考え,受け流しており,また,託児所に預けようかとの相談もされたが,被告人の心身面を楽観視していた上,話し合いにより里親と里子がスキンシップを取ることが大切との考えで一致したこともあり,他には頼らないことに落ち着く結論となった。Aとしては,被告人が,Cに躾の域を超えない程度の体罰を加えていることは知っており,なるべく,手を挙げないようにするよう助言はしていたが,被告人が全貌を告げていなかったこともあり,深刻な状態にあるとまでは認識できなかった。そして,児童相談所係員からは,月に2回位ずつ,Cの様子等を尋ねる電話連絡が入ったものの,主に応対したAはもとより,被告人においても,Aを介するなどして,Cの養育上の悩み等の相談を持ち掛けることを行わなかった。 このようななか,同年11月1日には,Aの仕事の都合を理由に延期されていた児童相談所係員の家庭訪問が予定されていたが,同日午後早々,被告人は,Cに昼食を摂らせ,排尿排便を促したところ,Cがトイレに行きたがったため,連れて行こうとすると,Cが突然激しく泣き出し,訳を尋ねても,更に大声で泣くばかりで,あやしても機嫌が直らなかったことから,Cに対する苛立ちと憎しみから,体罰を加えたが,児童相談所係員 たがったため,連れて行こうとすると,Cが突然激しく泣き出し,訳を尋ねても,更に大声で泣くばかりで,あやしても機嫌が直らなかったことから,Cに対する苛立ちと憎しみから,体罰を加えたが,児童相談所係員に露見することを危惧し,痕が残る顔等は意識的に除外した。そして,同日午後8時前ころ,予定どおり,児童相談所係員が,被告人宅を訪問し,BやCの様子を観察したり,Aや被告人から,養育状況等を聴取した際,被告人は,代わりに面倒を見てくれる者がいないので養育が大変であることや,Cが突然泣いて困ることなどを訴え,同係員から,無理をしないように言われるとともに,Cが泣くことに関しては,試しの行動であり,安心感を与えて欲しいなどとの助言を受けたが,Cが連れ戻されることを恐れ,Cに度重なる体罰を加える状態に陥っていることまでは打ち明けられなかった。同日午後9時ころには,児童相談所係員が帰り,暫くして,Aも先に就寝したが,被告人は,同係員の訪問中,Cに対する度重なる体罰が同係員に察知露見するのではないかと終始緊張していたことなどもあり,疲れ切っていたところ,同日午後11時ころになり,Cが泣きながら起き出してきたため,トイレに連れて行こうとしたが,更に大声で泣き始め,訳を聞いてもただ泣き続けるばかりで,トイレ内でも変わらなかったことから,早く休みたいと思っていたにも拘わらず,言うことを聞かず,自分を疲れさせるばかりのCに対する苛立ちと憎しみを感じ,その感情を押さえきれない状態となった。 (罪となるべき事実)被告人は,同居中の里子であるCが,しばしば,突然泣き出し,なかなか泣き止まない上,その原因も分からないことへの苛立ちや憎しみを,その都度覚えていたものであるが,平成14年11月1日午後11時30分ころから同月3日午前1時ころまでの間,栃木県宇都宮市ab丁目c か泣き止まない上,その原因も分からないことへの苛立ちや憎しみを,その都度覚えていたものであるが,平成14年11月1日午後11時30分ころから同月3日午前1時ころまでの間,栃木県宇都宮市ab丁目c番d号所在のeハイツ号f室の被告人方において,C(当時3歳)に対し,4度にわたり,Cが泣き出す度に,Cに対する苛立ちや憎しみを覚え,その感情を押さえ切れず,Cの頬を平手で力任せに殴打して頭部をトイレの壁等に打ち付けさせ,あるいは,胸部を手で強く突き飛ばして転倒させて後頭部を床等に打ち付けさせ,ないしは,孫の手で頭部を強打し,若しくは,頬を平手で手加減することなく殴打して頭部を壁や床に打ち付けさせるなどの暴行を繰り返し加え,よって,Cに急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ,同日午前2時2分ころ,同市g町h番地i所在のj病院において,Cを前記傷害により死亡させたものである。 (弁護人の主張に対する判断)弁護人は,被告人は,本件犯行当時,日本に友人等もなく孤立し,育児ノイローゼや胃炎に悩まされ,神経衰弱ないし心身症に陥っていたのであるから,心神耗弱の状態にあった旨主張する。 確かに,関係各証拠によれば,被告人が,生来の内向的な性格に加え,日本語能力が十分でなく,夫や親族以外の話し相手もおらず,孤独感や育児疲れ等により,精神的ストレスを感じ,胃痛や不眠等にも苛まれていたことは認められる。 しかしながら,本件犯行の動機は,既に説示したとおり,従前と同様,被害児が泣き出す度に,被害児に対する苛立ちや憎しみを覚えたからというにあり,十分了解可能なものである。また,被告人は,本件犯行当時,早朝,夫を送り出し,被害児らの世話をするなど,普段と変わらない生活をしていただけでなく,本件犯行直前の被害児に対する体罰の際には,児童相談所係員への露見を防ぐため,顔に跡が残ら 人は,本件犯行当時,早朝,夫を送り出し,被害児らの世話をするなど,普段と変わらない生活をしていただけでなく,本件犯行直前の被害児に対する体罰の際には,児童相談所係員への露見を防ぐため,顔に跡が残らないよう殊更配慮して体罰を加え,同係員に対しても,体罰の事実は秘しつつ,育児の悩みを相談するなど,合目的対応をしており,相対した同係員はもとより,普段接している夫すら,被告人の精神状態に特段の問題性を感じ取った形跡は窺われない。加えて,本件犯行は,以前からの体罰の延長線上にあるのみならず,被告人は,本件犯行における断続的な暴行の際,被害児の様子を見て,被害児に悪いことをした旨,その都度反省しては,以後の暴行を止めるとの一定の分別ある対応もしている上,最後の時点では,意識を失った被害児を覚醒させるための措置を講じ,1人では手に負えないと判断するや,夫に助けを求めるなど,やはり合目的な行動に出ているのである。更に,被告人は,前後の経緯を含めた本件犯行状況について,具体的かつ詳細な一貫した供述をしており,記憶を十分保持していることが明らかであって,本件犯行当時,清明な意識状態下にあったことも窺うに足りるところである。 以上の諸事情を総合すれば,被告人は,本件犯行当時,是非善悪を弁識し,これに従って行動する能力が著しく減退した心神耗弱状態になかったと認められるので,弁護人の主張は採用できない。 (量刑の理由)本件は,日本人と婚姻し,専業主婦をしていた大韓民国国籍の被告人が,里子として預かった日本人女児に対し,苛烈な暴行を加えて,急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ,死亡させたという傷害致死の事案である。 被告人は,既に被害児の実兄を里子として迎え入れていたばかりでなく,被害児は聞き分けを期待するのが土台無理な僅か3歳の幼子に過ぎず,しかも,発達の遅れが せ,死亡させたという傷害致死の事案である。 被告人は,既に被害児の実兄を里子として迎え入れていたばかりでなく,被害児は聞き分けを期待するのが土台無理な僅か3歳の幼子に過ぎず,しかも,発達の遅れがあり,出生以来3年余も乳児院等生活を送っている一方,被告人夫婦との関係は約4か月の間における断続的な面会や一時外泊に止まり,その際の言動からは必ずしも十分懐いていたとまでは断定できないなど,養育上障害となる事情が少なからず横たわっていることを覚悟しながら,敢えて被害児を里子として引き受けたからには,忍耐心と寛容の精神をもって養育に努め,適切な養育に不安や疑問を感じた場合には,夫ないしはその親族はもちろんのこと,特に委託を受けた児童相談所に包み隠さず相談を持ち掛けて解決策を探り,打開困難と判断した場合は,速やかに児童相談所に連絡し,被害児を戻す対応を含め,指示を仰いでそれに従うことが,里親としての責任ある対応として求められていたといわなければならない。ところが,被告人は,被害児を里子とした僅か約1か月半経過のころから,被害児が泣き出す度に,軽度ながらも体罰をもって臨むようになり,苛立ちや怒りの感情も募らせた末,徐々にエスカレートさせ,被害児の養育に限界を感じるに至り,夫にこそ相談したとはいうものの,真相を有りのままに告げないこともあって,深刻な事態とまでは認識しなかった夫からは,思うような返答が得られず,被告人夫婦だけでは解決困難な閉塞状況に直面した以上,速やかに児童相談所に連絡相談して助言を受け,適切な対応を取るべきであったことが明らかである。にも拘わらず,被告人は,被害児への度重なる体罰が児童相談所に知れるところになって,非難を受けたり,ひいては,被害児を連れ戻されることを危惧し,児童相談所係員からの電話連絡や自宅訪問という折角の機会にも, らず,被告人は,被害児への度重なる体罰が児童相談所に知れるところになって,非難を受けたり,ひいては,被害児を連れ戻されることを危惧し,児童相談所係員からの電話連絡や自宅訪問という折角の機会にも,被害児が訳も分からず泣き出す時には体罰をもって臨まざるを得ない程に,養育に対する精神的ストレスを抱える状態にまで陥っていることを正直に打ち明けることのないまま,こともあろうに,養育上の助言を受けたまさに直後から1日余の間にかけ,従前と同様,被害児が突然泣き出し,なかなか泣き止まないことに,苛立ちと憎しみの感情を押さえきれず,断続的に苛烈な暴行を加え,被害児を死亡させる悲惨な結果を招くに至っているのである。したがって,被告人は,本件を回避する方策を有しながら,自己保身や利己的な考えを優先させた挙げ句,分別も付かない被害児の言動に,苛立ちや憎しみを剥き出しにし,押さえきれない感情の矛先を,庇護すべき里子である被害児に向けたものにほかならず,身勝手かつ理不尽な動機に酌量の余地は認め難いばかりでなく,自制心の欠如にも看過できないものがあり,偶発的な犯行といえないことも明らかである。 犯行態様も,最初,児童相談所係員による家庭訪問の数時間後となる深夜に,泣き続ける被害児の左右の頬を力任せにいわゆる往復びんたをしては,頭部をトイレの壁等に打ち付けさせ,被害児が床に倒れ込んでも,なおも立ち上がらせては頬を殴打し,鼻や口から血を流し立ち上がった際にはふらふらする状態になるまで続けた上,翌日午後には,またも泣き出した被害児の胸を強く突き飛ばして転倒させ,呼び寄せては再び突き飛ばすことを繰り返して,被害児の後頭部を数度床に強く打ち付けさせるなどし,最後のころには被害児が立ち上がった際ふらふらの状態に陥らせ,更には,日が変わる前後の深夜にも,孫の手を用いて被害児の 突き飛ばすことを繰り返して,被害児の後頭部を数度床に強く打ち付けさせるなどし,最後のころには被害児が立ち上がった際ふらふらの状態に陥らせ,更には,日が変わる前後の深夜にも,孫の手を用いて被害児の頭部を数回強打し,あるいは,被害児の頬を何度も強く殴打しては頭部をトイレの壁や床に打ち付けるなどし,被害児が鼻血を出して結局は意識を失うに至るまで,歯止めを失ったかの如くの苛烈な暴行を加えているものであり,幼くひ弱で,抵抗はおろか,身を守る術も知らない被害児にとって,情け容赦のない執拗かつ危険な虐待と評さざるを得ない。 被害児は,出生直後から,実の親の愛情に触れる機会を持つこともできないまま,乳児院等で生育しているうち,縁あって,実兄ともども,里親の許で暮らすこととなり,幼子ながらに,平穏で幸福な生活を送ることを夢見ていたと思われるのに,同居後僅か約4か月にして,こともあろうに,里親の手に掛かって,短すぎる生涯を永遠に閉じざるを得なかったものであって,余りにも哀れというほかはなく,結果は重大である。 以上からすると,被告人の刑事責任はかなり重いといわなければならない。 他方,被告人は,日頃は,被害児に対し,愛情を持って接し,被害児の実兄を含め,孤軍奮闘的に,養育に努力していたことも間違いなく,本件犯行当時,責任能力には直結しないものながら,心身ともに疲労していたことも否定し難い。また,被告人は,本件犯行までにおいても,夫や児童相談所係員に対し,度重ねての体罰の事実こそ隠していたにせよ,背景にある被害児の養育上の問題性は訴えており,それなりに打開策を模索していた面もないではない。そして,少なからぬ養育上の障害を覚悟の上で,被害児を里子として引き受けたからには,養育の第一次的責任が被告人夫婦にあることはいうまでもなく,しかも,先に里子となった被害 していた面もないではない。そして,少なからぬ養育上の障害を覚悟の上で,被害児を里子として引き受けたからには,養育の第一次的責任が被告人夫婦にあることはいうまでもなく,しかも,先に里子となった被害児の実兄との関係は順調に推移しており,兄妹一緒の暮らしが望ましいとして,途中からは被告人夫婦自体が早期の里子委託を望んでいたなどの事情も存することから,専門的見地に基づく被害児の委託決定等の当否をあげつらうことには慎重でなければならないものの,乳児院の記録等から見る限りは,被告人夫婦との交流を図る一時外泊等の際,被害児は本件犯行の直接的原因と同様の行動様式である泣くなどの拒否的反応を頻繁に示していたことが歴然としており,結果論的には,被害児の委託時期はもとより,弁護人が指摘するように,少なくとも委託後の児童相談所の対応が適切であったかどうか,疑問が残らないではない。これらに加えて,被告人は,被害児の容体の急変に気付き,1人では手に負えないと判断すると,夫に知らせて,夫ともども,被害児の意識を回復させるためのマッサージなどをし,功を奏さないと見るや直ぐさま,夫が救急車を呼ぶなど,夫婦で救命のため一定の努力をしたこと,被告人は,捜査公判を通じ,事実関係を認め,真摯な反省の態度や後悔の念を示していること,本邦及び母国とも前科前歴は見当たらず,夫も更生に助力する旨証言していることのほか,弁護人指摘の酌むべき一切の事情を最大限考慮しても,本件は刑の執行を猶予するのが相当な事案とは到底考えられず,主文の刑をもって臨むのが相当である。 (求刑懲役6年) 平成15年10月7日宇都宮地方裁判所刑事部裁判長裁判官飯渕進裁判官有賀貞博裁判官伊藤容子 平成15年10月7日宇都宮地方裁判所刑事部裁判長裁判官飯渕進裁判官有賀貞博裁判官伊藤容子
▼ クリックして全文を表示