主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,被告の暖簾,看板,ディスプレイ,店内表示,ホームページ,商品の包装,商品説明書,その他営業表示物件に別紙被告表示目録⑴ないし⑷記載の表示をしてはならない。 2 被告は,その占有する別紙被告表示目録⑴ないし⑷記載の表示を付した暖簾,看板,ディスプレイ,店内表示,ホームページ,商品の包装,商品説明書及びこ れに関する宣伝用のカタログ,パンフレットを廃棄せよ。 3 被告は,原告に対し,600万円及びこれに対する平成30年7月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の骨子 原告及び被告は,いずれも,京銘菓である後記2⑵の八ッ橋(以下単に「八ッ橋」という。)を製造販売する。被告は,店舗の暖簾や看板,ディスプレイなどに別紙被告表示目録⑴及び⑵記載の各表示を付し,商品説明書等に別紙被告表示目録⑶及び⑷記載の表示を付した商品を製造,販売している(以下,上記各表示を併せて「被告各表示」といい,それぞれを「被告表示⑴」などという。)。 本件は,原告が,被告各表示は,被告の創業又は八ッ橋の製造開始が元禄2(1689)年である等,正当な根拠に基づかず,被告が製造,販売する商品及び役務の品質等を誤認させる表示であるから,被告各表示を表示する行為が,平成30年法律第33号による改正前の不正競争防止法2条1項14号(現行法20号。 以下「20号」という。)の不正競争(品質等誤認表示)に該当すると主張して, 次の請求をする事案である。 ⑴ 同法3条1項に基づく,被 不正競争防止法2条1項14号(現行法20号。 以下「20号」という。)の不正競争(品質等誤認表示)に該当すると主張して, 次の請求をする事案である。 ⑴ 同法3条1項に基づく,被告の暖簾,看板及びディスプレイ等並びに被告が製造,販売する商品の商品説明書等に被告各表示を付することの差止請求⑵ 同法3条2項に基づく,被告各表示を付した暖簾,看板,ディスプレイ等並びに商品説明書等の廃棄請求 ⑶ 主位的に同法4条,予備的に民法709条に基づく損害賠償金600万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求 2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実。なお,特記のない限り,枝番号のある書証は全ての枝番号 を含む。以下同じ。)⑴ 当事者等ア原告は,京都市a’区内に本店を置き,京銘菓である八ッ橋等の菓子製品を製造,販売する株式会社である。 イ被告は,京都市b’区内に本店を置き,京銘菓である八ッ橋等の菓子製品 を製造,販売する株式会社である。 ウ原告及び被告は,いずれも,京銘菓である八ッ橋を,京都府だけでなく全国に販売し,競業関係にある。 (争いのない事実,甲1,乙11)⑵ 八ッ橋の内容等 ア八ッ橋の内容及び現況八ッ橋は,縦7ないし8センチメートル,横3ないし4センチメートルの大きさの,米粉に砂糖と桂皮(ニッキ)の粉末等を加えて練り上げた薄い生地を焼いた堅焼きせんべいで,短辺の中央部分を膨らませてアーチ状の丸みをつけた京菓子である。 八ッ橋は,現在,原告及び被告を含め,約10の事業者により販売され, 全国的に広く知られている。 八 ,短辺の中央部分を膨らませてアーチ状の丸みをつけた京菓子である。 八ッ橋は,現在,原告及び被告を含め,約10の事業者により販売され, 全国的に広く知られている。 八ッ橋の,京都府下の菓子生産高におけるシェアは,明治7年頃には約0. 6パーセントであったが,昭和11年頃には約10パーセントとなった。八ッ橋の売上げは,昭和53年には,約57億円となって,京都市内菓子製造出荷額の約17.6パーセントを占めるに至った。 イ八ッ橋の発祥に関する諸説八ッ橋の発祥については,複数の説があるが,特に,江戸時代については,確実な文献がない。おおまかには,1600年代の筝曲家八橋検校に関係するもの,かつての三河国(愛知県)にあったという橋に関係するもの(以下「三河説」という。)がある。被告が現在唱えているのは,被告表示⑶のと おり,八橋検校が,没後,c’の常光院(京都市b’区c’町にある金戒光明寺の中にある。)に葬られ,墓参に訪れる人が絶えず,元禄2(1689)年から,現在の被告の本店所在地(c’参道)において,琴に似せた干菓子を八ッ橋と名付けて売り出した,というものである(以下「被告検校説」という。) (争いのない事実,甲21,22,24,25,27,38,乙10)被告の表示行為被告は,後記4⑵(原告の主張)アのとおり,被告表示⑴及び⑵を,同イのとおり,被告表示⑶を,同ウのとおり,被告表示⑷を,それぞれ表示して営業する。 (争いのない事実) 3 争点⑴ 不正競争行為の有無ア規制対象の範囲(争点1)イ被告各表示の品質等誤認表示該当性(争点2) ⑵ 営業上の利益の侵害の有無並びに原告に生じた損害の有無及び額(争点3) 4 争点に関す の有無ア規制対象の範囲(争点1)イ被告各表示の品質等誤認表示該当性(争点2) ⑵ 営業上の利益の侵害の有無並びに原告に生じた損害の有無及び額(争点3) 4 争点に関する当事者の主張⑴ 争点1(規制対象の範囲)(原告の主張)20号の立法経緯などを踏まえると,その規制対象は20号に列挙された品質や内容などの表示事項に限定されず,来歴や製造者の歴史など需要者が商品 の選択において考慮する商品の属性等の表示も含むもので,20号に列挙された上記表示事項はいわゆる例示列挙されたものと解するのが相当である。 また,仮に,上記表示事項が限定列挙されたものであるとしても,20号の商品の「品質」及び「内容」に関する表示には,品質,内容を直接的に示している表示のみならず,これらを示唆する間接的な表示も含まれる。 (被告の主張)原告が,20号を例示列挙と解する根拠としている証拠(甲4ないし6)の各記載は,いずれも改正前の当時の問題意識が述べられた部分に過ぎず,同号に記載されている表示事項が例示列挙であると解する根拠とはならない。むしろ,平成3年度「知的財産政策に関する調査研究」委託調査結果報告書(不正 競争防止法に関する調査研究)には,企業の歴史や取引先などの事項に関する誤認惹起行為については,内容などに関するものと同様に不正競争防止法上の不正競争行為と位置づけ,差止請求による民事的規制の対象とする社会的コンセンサスは形成されていないと記載されている。 これらを踏まえると,20号の表示事項は限定的な列挙事由と解するのが相 当である。 ⑵ 争点2(被告各表示の品質等誤認表示該当性)(原告の主張)ア被告表示⑴及び同⑵による品質,内容の誤認被告は,別紙被告表示使用態様1ないし3及び 由と解するのが相 当である。 ⑵ 争点2(被告各表示の品質等誤認表示該当性)(原告の主張)ア被告表示⑴及び同⑵による品質,内容の誤認被告は,別紙被告表示使用態様1ないし3及び5のとおり,被告が製造 する八ッ橋(以下「被告菓子」という。)を販売する店舗の内外にある暖 簾,店舗看板及びディスプレイに,被告表示⑴を付している。また,被告は,別紙被告表示使用態様2⑴,⑵及び⑷,3⑴及び⑵並びに4のとおり,被告菓子を販売する店舗の内外にある暖簾,看板及びディスプレイに,被告表示⑵を付している。さらに,被告は,別紙被告表示使用態様2⑵,3⑷,4及び5⑵のとおり,被告表示⑴及び⑵を,被告菓子の商品名ととも に,被告菓子のパッケージや被告菓子の写真と並べて表示している。 「元禄2年(1689年)に創業」したとの事実や被告菓子が「元禄2年(1689年)に創業」以来作り続けられているとの事実が存在すると認識する可能性がある。 しかしながら,被告は,甲A(以下「甲A」という。)から大正15年 に営業譲渡を受けたと主張し,甲Aの祖先が創業した年月日は不詳であることを認めている。また,被告菓子の来歴に関する主張についても,何ら明確な根拠は存在しない。甲家の主張と異なる話は,現在の被告経営者の創作である。 乙教授の鑑定意見書(甲12,13,18,以下「乙意見書」という。) からも明らかなとおり,八ッ橋のような京銘菓等の伝統的な菓子や食品では,需要者には,その味や価格のみならず,その製造販売者の創業年や伝統などを重視して,商品を選別する傾向がある。特に,古くから続く伝統的な菓子や食品では,製造販売者の創業時期,当該商品の製造開始時期又は当該商品が長い期間にわたって製造,販売されていることなどの事実が などを重視して,商品を選別する傾向がある。特に,古くから続く伝統的な菓子や食品では,製造販売者の創業時期,当該商品の製造開始時期又は当該商品が長い期間にわたって製造,販売されていることなどの事実が, 需要者に,「当該商品の味や品質が過去から現在に至るまで,消費者にとって支持されてきたことの証であることを意味する」とか,「その背後に独自の製法や味があるのではないか」という期待を抱かせ,需要者が当該商品を選択することは,乙意見書からも明らかである。 イ被告表示⑶による品質,内容の誤認 被告は,別紙被告表示使用態様6のとおり,被告菓子に同封する「丙」 と題する商品説明書に,被告表示⑶を付している。 菓子が,①「八橋検校の没後4年後の元禄2年(1689年)に創業し」,②「『琴に似せた干菓子』として製造されたこと」,③「これを『八ッ橋』と名付けたこと」,④「c’参道の当地(現在の被告店舗の所在地)で売り出されたこと」,⑤「それから 320年あまり,悠久の時を超えて現在も愛され続けていること」などの事実が存在するものと認識する可能性がある。 しかしながら,被告は,前記のとおり,甲Aの個人事業の現物出資を受けたと主張し,その事業につき甲Aの祖先が創業した「年月日」は不詳と,何の根 拠もない。また,被告は,以前は,甲Aのように「八ッ橋」が,愛知県e’市に存在する八橋山無量寿寺という寺院に伝わる杜若と板橋の図柄に基づいてその形状が創られ,八橋山無量寿寺の名称から「八ッ橋」との名称が付けられたと説明していたことなどから,「被告菓子(丙)が八橋検校の名に関連して『八ッ橋』と名付けたこと」や「その形状が琴に似せて創 られたこと」などの被告商品の来歴に関する主張にも,何ら明確な根拠は存在せず,現在の被告 どから,「被告菓子(丙)が八橋検校の名に関連して『八ッ橋』と名付けたこと」や「その形状が琴に似せて創 られたこと」などの被告商品の来歴に関する主張にも,何ら明確な根拠は存在せず,現在の被告経営者の創作である。 被告表示⑶が商品の品質及び内容に影響を及ぼすことは,明らかである。 ウ被告表示⑷による品質,内容の誤認 被告は,別紙被告表示使用態様7記載のとおり,被告店舗内の商品陳列棚に被告菓子の前に並べて被告菓子の前の説明書きとして,被告表示⑷を付している。 菓子が,①「被告菓子である八ッ橋を,被告は『1689年から作り続けている』こと」という事実及び② 「被告は,『元禄2年(1689年)に創業』した」という事実が存在す るものと認識する可能性がある。 しかしながら,前記アのとおり,被告は,甲Aの祖先が創業した年月日は不詳であることを認めているから,創業時期に関する記述及び創業時期とする1689年以来被告が被告菓子を作り続けているという表示に何の根拠もないことは,明白である。 のとおり,被告表示⑷が商品の品質及び内容に影響を及ぼすことは,明らかである。 エ役務に関する不正競争被告は,「創業元禄2年味は伝統」と広告し,その伝統,歴史及び由来を強調する以上,原告と同様に「八ッ橋」の普及活動を行っているものと推 認できる。また,被告は,昭和24年から,原告と同様に,八橋検校の命日である6月12日に,現在でも毎年,被告の社員全員で,八橋検校の法要である八橋忌を営んで,八ッ橋の由来や歴史に関心をもってもらい,伝統の継承を図ることを目的とした普及活動を行っている。これらの行為は,いずれも,それ自体が,独立した役務といえる。 被告の「役務」である上記の各普及活 橋の由来や歴史に関心をもってもらい,伝統の継承を図ることを目的とした普及活動を行っている。これらの行為は,いずれも,それ自体が,独立した役務といえる。 被告の「役務」である上記の各普及活動について,これらに対する顧客の評価には,その役務を提供する事業者の創業時期やその製造する商品の来歴等の事実が影響しているから,被告による創業年や被告菓子の来歴等に関する商品の説明が,被告が提供する役務の内容や質に関する誤認表示に当たることは,明らかである。 (被告の主張)ア被告各表示による品質,内容の誤認被告は,原告が主張するとおり,被告各表示を行っているが,需要者としては,創業年が具体的にいつであるかという点に関心はない。仮に,需要者が八ッ橋を販売するメーカーの来歴等に何らかの関心を有すると想 定したとしても,当該八ッ橋が相当程度古くから営まれている事業による 商品であるか否かという程度に過ぎないから,創業年の表示から需要者が受ける印象も,その限度に過ぎない。 被告は,現在から約95年前の大正15年(1926年)4月1日,甲Aが個人事業として営んでいた八ッ橋製造販売事業の全部を現物出資することで設立された。また,被告の経営は,被告の設立後,甲Aから現在 の代表取締役の家系に承継された。上記甲Aの個人事業に関して,甲Aの家系では,文政7年(1824年)に熊野神社に奉納された絵馬に「八ッ橋屋甲A’」との記載が残されていることを来歴の一つとして掲げている。 そうすると,被告各表示とこれらに接した需要者の認識との間にくいちがいはない。 甲Aの事業の創業に関する説明は,被告の経営が甲家から丁家に継承された当時には,三河説によっていた。被告は,現在,被告検校説に依拠している。これは,八橋検校の死後 にくいちがいはない。 甲Aの事業の創業に関する説明は,被告の経営が甲家から丁家に継承された当時には,三河説によっていた。被告は,現在,被告検校説に依拠している。これは,八橋検校の死後,f’通に茶屋ができ,そこで琴に似せた菓子を販売したところ繁盛したという伝承と,現在の被告の本店がf’通にあるという事実とを,状況証拠から歴史的に結び付けたものである。 被告は,甲Aの祖先による事業の開始年月日が,正確にはわからないと述べたことがあるが,事業の開始時期の説明は,一貫している。 加えて,原告が主張の根拠としているアンケート調査については,質問文のワードの不適切さや回答形式,文脈効果などの誘導等があるため,信用性がないだけでなく,質問の回答結果がかえって被告の主張の裏付けと なっている。 イ役務に関する不正競争20号の「役務」とは,他人のために行う労務又は便益であって,独立して取引の目的たり得べきものを指すと解される。原告が主張する八ッ橋の製造販売業務がこれに該当するという理由は,不明である。また,京銘菓八ッ 橋の伝統の普及活動が役務に該当するという主張も,根拠を欠くものである。 ⑶ 争点3(営業上の利益の侵害の有無並びに原告に生じた損害の有無及び額)(原告の主張)ア原告及び被告は,競業関係にある。また,原告は,京銘菓八ッ橋工業協同組合及び京都八ッ橋商工業協同組合の有力メンバーであるなど,京銘菓である八ッ橋のブランドの維持発展にも尽力していた。さらに,原告は,昭和2 4年から,八ッ橋の名称の由来となった八橋検校の遺徳を偲び,同人の命日である6月12日には「c’常光院」で毎年八橋祭の法要を行っている。 これらに鑑みれば,原告は,被告の不正競争行為によって営業上の利益を侵害され, 名称の由来となった八橋検校の遺徳を偲び,同人の命日である6月12日には「c’常光院」で毎年八橋祭の法要を行っている。 これらに鑑みれば,原告は,被告の不正競争行為によって営業上の利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者といえるから,前記1⑴の差止請求権及び同⑵の廃棄請求権を有する。 イ被告の不正競争行為は,上記アのとおり,故意又は過失により原告の法的利益を違法に侵害する。原告は,これによって,下記のとおり,600万円の損害を被ったから,前記1⑶の損害賠償請求権を有する。 原告の信用損害(500万円)被告の不正競争行為によって,被告が八ッ橋の製造者として創業元禄2 年(1689年)の老舗であるかのような誤認が生じた結果,原告は,京銘菓の製造,販売業者としての営業上の信用を害された。 上記信用損害の填補に必要な額としては,500万円が相当である。 弁護士費用(100万円)本件訴訟に関する弁護士費用のうち少なくとも100万円は,被告の不 正競争行為と因果関係のある損害である。 合計(600万円)(被告の主張)原告は,被告各表示が,どのような理由で原告の営業上の利益の侵害又はそのおそれを生じさせるかを,全く明らかにしていない。そもそも,需要者 が,八ッ橋の購入に際して,創業年を重視していないから,原告が営業上の 利益を侵害され又はそのおそれがあるとはいえず,原告が上記信用損害を被ったともいえない。 第3 争点に対する判断 1 争点1(規制対象の範囲)について⑴ 20号の規制対象の範囲に関する立法経緯として,証拠(甲9,乙2)及 び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 ア平成4年3月付けの財団法人知的財産研究所による平成3年度「知的財産政策に 0号の規制対象の範囲に関する立法経緯として,証拠(甲9,乙2)及 び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 ア平成4年3月付けの財団法人知的財産研究所による平成3年度「知的財産政策に関する調査研究」委託調査結果報告書(不正競争防止法に関する調査研究)には,不正競争防止法上新たに追加すべき規制対象を検討する場合に踏まえる点として,当時の不正競争防止法上,疑義のある「価格」,「在庫量」 及び「表彰等の有無」なども読み込み得る形での明確な規定が望ましいと考えられる旨が記載されている(甲9)。 イ平成5年に改正された不正競争防止法の基礎となった,平成4年12月14日付け産業構造審議会知的財産政策部会の不正競争防止法の見直し方向の審議では,判例の中には,当時の不正競争防止法上明記されていない「価 格」及び「規格・格付」を「品質,内容」に含まれると解したものがあるところ,「価格」及び「規格・格付」のうち解釈上「品質,内容」に含まれないものについて規制する必要があるかどうかについては,我が国の経済取引社会の実態を踏まえれば,少なくとも現段階において,内容等に係るものと同様に不正競争防止法上の不正競争行為として位置付け,差止請求による民 事的規制の対象とする社会的コンセンサスは形成されていないものと考えざるを得ず,今後の我が国経済取引社会の実態の推移を慎重に見守りつつ検討することが適当である旨の結論が出された。また,同審議会では,当時の誤認惹起行為規制の対象とすることを検討すべき事項として挙げられるものは,供給可能量,販売量の多寡,業界における地位,企業の歴史,取引先, 提携先等極めて多岐にわたるところ,これらの事項に係る誤認惹起行為につ いても,我が国の経済取引社会の実態を踏まえれば,少なくとも現 量の多寡,業界における地位,企業の歴史,取引先, 提携先等極めて多岐にわたるところ,これらの事項に係る誤認惹起行為につ いても,我が国の経済取引社会の実態を踏まえれば,少なくとも現段階において,内容等に関するものと同様に不正競争防止法の不正競争行為として位置付け,差止請求による民事的規制の対象とする社会的コンセンサスは形成されていないものと考えざるをえず,今後の我が国経済取引社会の実態の推移を慎重に見守りつつ,検討することが適当であるとの結論が出された(乙 2)。 ⑵ 以上の立法経緯に加えて,不正競争防止法では,20号の不正競争行為に対し,事業者間の公正な競争の確保という観点から,民事上の措置として事業者による差止め及び損害賠償の請求を認めるだけでなく,不正の目的又は虚偽のものに限って刑事罰を設けているなどの強力な規制を設けているため(同法2 1条2項1号,5号),不正競争行為となる対象についての安易な拡張解釈ないし類推解釈は避けるべきであるといえることも併せ考えると,20号の規制対象となる事項は,同号に列挙された事項に限定されると解される。原告の,例示列挙との主張は,採用できない。 もっとも,20号に列挙された事項を直接的に示す表示ではないものも,表 示の内容が商品の優位性と結びつくことで需要者の商品選定に影響するような表示については,品質,内容等を誤認させるような表示という余地が残ると解するのが相当である。それは,取引の実情等,個別の事案を前提とした判断といえる。原告の主張は,この限度では,採用することができる。 2 争点2(被告各表示の品質等誤認表示該当性) ⑴ 被告各表示による品質,内容の誤認についてア被告各表示の性質,意味及び商品の品質,内容との関係被告各表示の性 ことができる。 2 争点2(被告各表示の品質等誤認表示該当性) ⑴ 被告各表示による品質,内容の誤認についてア被告各表示の性質,意味及び商品の品質,内容との関係被告各表示の性質被告各表示は,いずれも創業時期や被告又は被告が製造販売する八ッ橋の成り立ちに関するもので,これ自体は,被告菓子の品質,内容を直接表 すとはいえない。 原告は,八ッ橋の創業年あるいは販売開始年と来歴が,八ッ橋の品質,内容を推認させ,需要者の選択行動に影響すると主張し,被告自身において,創業元禄2年(被告表示⑴),味は伝統などと表示することを指摘するほか,平成31年1月10日から同月17日までの間に,株式会社インテージの全国登録調査モニター「マイティモニター」1007万人を対象 に行ったインターネット調査の結果及びこれについての乙意見書(甲12,13,18)を提出する。 これに対し,被告は,原告のアンケート調査には,質問内容の不適切さだけでなく,回答形式による誘導などがあるため,信用できない上に,被告のアンケート調査及びこれについての戊教授の鑑定意見書(乙6,19) の信用性を排斥できないなどと主張する。 以下,被告各表示が,需要者にどのように理解されるか,本件の事案を前提として,商品の優位性と結びつくことで需要者の商品選定に影響するか,品質,内容等の誤認を招くかを検討する。 被告各表示の意味 被告表示⑴には,「創業元禄二年」との表示がされ,また,被告表示⑵には,「since1689」との表示がされている。 創業とは,一般的に,事業を新しく始めることを意味すると解されるから,需要者が,被告表示⑴を素直に読んだ場合には,被告の事業は,被告が当該事業を甲Aからの営業譲渡な 689」との表示がされている。 創業とは,一般的に,事業を新しく始めることを意味すると解されるから,需要者が,被告表示⑴を素直に読んだ場合には,被告の事業は,被告が当該事業を甲Aからの営業譲渡ないし現物出資により引き継いだとし ても,そうした経緯を含めてそもそもの起源にまで立ち戻れば,少なくともその事業自体は元禄2年(1689年)から始まったと認識する可能性がある。また,需要者が,被告表示⑵を素直に読んだ場合には,同様に,被告の事業自体は西暦1689年,すなわち元禄2年から始まったと認識する可能性がある。 したがって,被告表示 業自体が前記のような意味で元禄2年(西暦1689年)から始まったことを表示するもので,需要者にそのように認識される可能性がある。 被告表示⑶は,その内容からみて,被告の事業及び八ッ橋の製造販売が元禄2年に始まることを含め,被告検校説を表示するものといえる。 また,被告表示⑷も,その内容からみて,被告の事業による八ッ橋が元 禄2年から製造販売されていることを表示するものといえる。 被告表示⑶及び⑷とも,需要者が上記表示のように理解する可能性があるといえる。 なお,被告各表示からは,誰が創業時の事業主であるかが明らかとはいえない。本件全証拠によっても,被告各表示が,創業者を被告の現経営者 の祖先であると表示したものとは認められない。 八ッ橋の来歴,需要者の行動等に関する認定事実八ッ橋の来歴,需要者の行動等に関し,各項末尾等に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 a 原告は,原告が製造する八ッ橋の起源について,次のように説明する (以下「原告検校説」という。)。なお,g’と被告本店との距離は,2km弱である。また,八ッ橋の が認められる。 a 原告は,原告が製造する八ッ橋の起源について,次のように説明する (以下「原告検校説」という。)。なお,g’と被告本店との距離は,2km弱である。また,八ッ橋の製造開始が江戸時代というのであれば,それは,法人化前の個人事業であると推認できる。 八橋検校は,g’にあった己茶店の主人が飯びつを洗っている際に残った米を捨ててしまうのはもったいないと諭し,残った米などに蜜と桂 皮末を加えて堅焼きせんべいを作るとよいと教えた。八橋検校の死後,同人をしのんで,己茶店を含めたg’の茶店中で,琴の形に仕上げた堅焼きせんべいを「八ッ橋」と名づけて売り出したところ,大流行した。 初代庚は,文化2(1805)年,己茶店とのかかわりをもち,「己」を創業し,茶菓子の販売等を行い,その頃から原告による八ッ橋の製造 販売が始まった。この八ッ橋は,唯一,八橋検校の由来をもつものであ る。(甲38,乙10,11)b 三河説は,明治33年11月に発行された菓子業者向けの書物(甲21)に,詳しく記載されている。 京都府内務部は,大正15年,「京の華」という書籍を発行した。ここには,甲Aが,辛の屋号を用い,d’町h’を住所として,八ッ橋を 年間約35万円(八ッ橋全体では年間約70万円)生産している旨,沿革としては,三河説により,元禄2年に製造販売を開始した旨,京都市内にさまざまな名称をもって八ッ橋を製造する者が多数ある旨の記載がある。 三河説は,昭和11年に京都府女子師範学校が出版した「郷土研究」 第3号にも記載される。この文献には,八ッ橋の多くは京都市に来る遊覧客(約8割)に買われるなどの記載もある。 甲Aの子が,3名(うち1名は壬 女子師範学校が出版した「郷土研究」 第3号にも記載される。この文献には,八ッ橋の多くは京都市に来る遊覧客(約8割)に買われるなどの記載もある。 甲Aの子が,3名(うち1名は壬家の養子となる),八ッ橋の製造業を行い,少なくとも2つの事業が法人化され,現在も続いている。これら2社は,三河説を用い,創業及び八ッ橋の販売開始は元禄2年(3月 とまでいう会社もある。)という。 うち1社は,八ッ橋が現在のように短辺を湾曲させたのは,明治時代だという。また,複数社が,八ッ橋が明治中期以後に,海外を含む博覧会に出品され,受賞したという。甲Aの家系で,文政7年に熊野神社に奉納された絵馬に,「八ッ橋屋甲A’’」の名が残っていることを紹介す るものもある。 なお,三河説には,文献等の間にかなり異なる部分がある。 (甲21,22,27,30ないし32,乙7,12ないし16)c 穂積重遠「判例百話」は,昭和7年3月に発行され,八ッ橋に関する大審院大正11年12月18日第二民事部判決(民集1巻765頁)の 評釈もある。その中に,有名な京都の名物八ッ橋に関し,商標をめぐる 訴訟があった旨,菓子の八ッ橋が,伊勢物語にある在原業平にちなみ,三河の八橋の橋板をかたどったものであることは周知の事実である旨,上記評釈の初出後,読者から,八ッ橋は在原業平とは関係がなく,八橋検校の墓が京都c’寺にあり,常時参詣者が多かったため,その門前に琴をかたどって作られた菓子が八ッ橋であると聞く,との投書があった 旨,それぞれ記載される。 もっとも,八橋検校の墓は,長く無縁仏であったが,昭和9年に発見され,八ッ橋を製造する業者が,住職に協力して現在のような立派な墓 く,との投書があった 旨,それぞれ記載される。 もっとも,八橋検校の墓は,長く無縁仏であったが,昭和9年に発見され,八ッ橋を製造する業者が,住職に協力して現在のような立派な墓とし,毎年6月12日の命日には盛大な供養を営むようになった,との新聞記事もある。これは,昭和29年の記事であり,取材に応じたのは, 当時の常光院の住職夫人である。 (甲39,乙8)d 八ッ橋の製造販売業者以外の者には,八ッ橋は,前記i’村から京都に来た菓子職人から聞いた製法を基に,京都において,明治時代の中頃から大々的に売り出されたもので,明治以前に八ッ橋という名物は京都 にはなかったという者(甲26)や,江戸時代後期にd’村の庄屋の分家の息子の一人が平たい焼き菓子を売っていたのが始まり(もっとも,八ッ橋という名称の由来には諸説ある)という者(甲27)もいる。 八ッ橋が京都の名物の菓子として全国的に広まったのは,明治時代以降の日清戦争及び日露戦争の際に,日持ちのする八ッ橋が慰問品として 盛んに戦地に送られてからであると指摘する複数の文献(甲22,25)がある。 うち1つ(京都市中小企業指導所「京都八ッ橋業界診断報告書」[甲25])は,昭和55年ころの八ッ橋(生八ッ橋を含み得る。)の製造販売業者が14あり,その創業時期は,明治以前2,明治1,大正1,昭 和戦前1,昭和戦後7,調査書類への未記入2であるという。八ッ橋の 製造業者は,戦前にはもっと多かったが,戦時中,砂糖などの入手が困難になり,相当数の業者が廃業した。 (甲22,25,26,27,38)e 被告は,大正15年,甲Aの事業の現物出資を受けた。甲Aは,その製造する八ッ橋の来 糖などの入手が困難になり,相当数の業者が廃業した。 (甲22,25,26,27,38)e 被告は,大正15年,甲Aの事業の現物出資を受けた。甲Aは,その製造する八ッ橋の来歴につき,三河説を唱えていた。被告の経営は,当 初,甲Aがしていたが,後に,現在の代表者の家系に引き継がれ,被告は,その後,遅くとも昭和32年ころ(甲26)には,被告検校説を唱えていた。被告は,被告検校説を採る際,京都の歴史等に造詣が深い学者から意見を聞いた。 被告は,新聞広告,ホームページや店舗の入り口などに,「創業元禄 二年」の表示とともに,「味は伝統」という表示もすることがある。ホームページには,「長年続いてきた味には,やはりそれなりの美味しさの理由があります」とも記載する。被告の八ッ橋の製造過程は,現在,原告ともども,機械化されているが,被告の現代表者は,雑誌の取材に答え,ほとんど変わらない味を守ってきたという。 (甲1,3,14,16,17,26,乙9)f 本件でいう八ッ橋とは別に,生八ッ橋と呼ばれる菓子もある。これは,生地を焼かずにあんなどを包んだ菓子で,本件でいう八ッ橋とは異なる。 生八ッ橋は,おおむね,太平洋戦争後に製造されるようになった。これも,原告及び被告を含む複数の業者により,かなり多様なものが製造さ れ,京都の土産物等として,よく売れている。生八ッ橋は,平成14年ころ,関西2府4県に在住する和菓子に関心がある者に対するアンケートで,もらってうれしい菓子のトップになった。原告及び被告など,八ッ橋の製造業者は,おおむね,ほかにも,さまざまな商品を製造販売している。本店のほか,京都駅など,被告が経営する各所の店舗でも,八 ッ橋のほか,生八ッ橋など,さまざま た。原告及び被告など,八ッ橋の製造業者は,おおむね,ほかにも,さまざまな商品を製造販売している。本店のほか,京都駅など,被告が経営する各所の店舗でも,八 ッ橋のほか,生八ッ橋など,さまざまな商品が陳列,販売されている。 なお,京都駅などでは,原告及び被告を含む複数の製造業者の店が,近いところに配置されている。 (甲1,2,14,27,30ないし32,乙10ないし16) 本件各表示の需要者への影響確かに,被告自身,味は伝統という表示も用いているほか,被告各表示, とりわけ被告表示⑷は,八ッ橋が元禄2年から作られていると明言しているから,300年以上にわたる長い伝統を有することが商品の優位性を推認させる事情であるようにもみえる。 しかし,そもそも,江戸時代におけることがらが,特段の資料なしに,正確にはわからないことは,全国の一般消費者である需要者にとっても, 経験則上,推測できるといえる。 八ッ橋の起源につき,江戸時代にさかのぼるという説があるが,三河説の中にも複数の説があり,原告検校説もあるほか,昭和五十年代の調査では,明治時代以前の創業とされるのは,2社であるが,現在,江戸時代に創業したという八ッ橋の製造販売業者は,少なくとも4社(原告,被告,甲Aの子 が興した会社2社)あることになる。そもそも,これまで認めた事実(前提事実を含む。)によれば,八ッ橋が,明治時代中期に博覧会等で受賞するなどして社会的に認知され,昭和11年ころには,京都府下の菓子生産額の10%を占めるに至ったが,明治初期以前の生産量は少なく,江戸時代における八ッ橋の製造販売状況を客観的に明らかにする的確な証拠は ない。このように,創業時期や来歴に関する説も様々で, 生産額の10%を占めるに至ったが,明治初期以前の生産量は少なく,江戸時代における八ッ橋の製造販売状況を客観的に明らかにする的確な証拠は ない。このように,創業時期や来歴に関する説も様々で,創業元禄2年3月と特定する業者もあるが,八ッ橋の来歴や創業時期に関し,需要者から虚偽の表示として苦情が述べられたことがあるという証拠はない。 そして,これまで認めた事実からは,需要者は,複数の事業者の店舗が並ぶのを見て,あるいはインターネットのホームページを見て,八ッ橋の 発祥年や来歴につき,複数の業者により異なった説明がされていること, どれが正しいかの決め手もないことを簡単に知ることができると推認できる。前記のとおり,京都において,生八ッ橋など,八ッ橋よりも歴史が新しい菓子もまた,よく売れている。このことも,京都の老舗であるからといって,長い伝統が,需要者にとって当然に大きな意味を持つわけではないことを,推認させるといえる。 そうすると,被告各表示も,需要者にとっては,被告が江戸時代に創業し,被告菓子の製造販売を始めたようであるとの認識をもたらす程度のものにすぎないと推認できる。 本件で提出されたアンケート及び乙意見書乙意見書や原告が提出したアンケート調査(甲12)の中には,原告の 主張に沿う部分がある。 しかし,上記アンケート調査の結果には,菓子を自分・自宅用又は観光地などで友人,知人へのお土産,贈答品として購入する場合に,どのようなことを考慮するか,価格(値段),味や香りなど,容器,包装の美しさ,商品の賞味期限,商品の材料,製造方法,製造者の知名度,評判,製造者 の創業時期や製造開始時期及びその他などの選択肢の中から当てはまるものを全て選択してくださいという質問に対 ,包装の美しさ,商品の賞味期限,商品の材料,製造方法,製造者の知名度,評判,製造者 の創業時期や製造開始時期及びその他などの選択肢の中から当てはまるものを全て選択してくださいという質問に対し,創業時期を選択した者は,自宅用に購入する場合は5.0パーセント,贈答用に購入する場合7.0パーセントであった。分母となる回答者総数は,1108名である。同じ質問の中で,価格(値段)を選択した者は,自宅用で74.9パーセント, 贈答用で67.1パーセント,味・香り・見た目を選択した者は,自宅用で79.8パーセント,贈答用で75.4パーセントであった。創業時期に関する数値は,かなり小さく,このことは,無視できない。 また,上記アンケート調査の結果においては,値段,味及び量などがほぼ同じA社とB社の八ッ橋のいずれかを購入しないといけない場合に,A 社が1689年に創業して八ッ橋を売り出し,B社が1805年に創業し て八ッ橋を売り出したと宣伝しているときに,どちらの八ッ橋を購入するかという質問に対し,A社の八ッ橋を選ぶ又はどちらかといえばA社の八ッ橋を選ぶと回答したのが全回答者の29.5パーセントで,B社を選ぶ又はどちらかといえば選ぶと回答した2.5パーセントよりも上回るものとなっている。しかし,これはあくまで値段,味及び量がほぼ同じである ことが前提となっている。実際には,本件全証拠によっても,被告菓子と原告の製品につき,味など,上記の各要素がほぼ同じとは認められない。 また,上記質問に対し,どちらともいえないと回答した者が62.8パーセントとなっていることも認められる。 そうすると,これらの回答内容を踏まえると,製造者の創業時期や創業 開始時期などの事情が,八ッ橋において商品の品質及び内容に関連するとは考え 2.8パーセントとなっていることも認められる。 そうすると,これらの回答内容を踏まえると,製造者の創業時期や創業 開始時期などの事情が,八ッ橋において商品の品質及び内容に関連するとは考えにくい。そして,創業年の古いA社の八ッ橋を選ぶ理由についての質問をみても,その質問は,同様に上記のような前提に立ったものであると解される上に,信頼性や独自性に加えて,ネームバリューがあるからなどと回答しているものもあり,その回答と商品の品質等との関連性も明ら かとはいえない。 なお,被告が提出する証拠,とりわけ意見書(乙19)の内容が,明確に不当ともいえない。 以上によれば,原告の前記アンケート調査及び乙意見書によっても,被告各表示は,商品の優位性に結び付いて消費者の行動を左右するとまでは 認めがたい。 イ小括上記のような需要者の認識を踏まえれば,被告各表示に接した需要者が,歴史の古さが被告菓子の品質及び内容の優位性を推認させると受け取ることがあるとしても,それが,必ずしも需要者の行動を左右する事情であると はいえない。被告各表示は,いずれも商品の品質及び内容の優位性と結びつ き,需要者の商品選択を左右するとはいえないから,品質等誤認表示とはいえない。需要者の認識を考えれば,被告各表示は,もともと,創業が320年前のようであるという程度の受け止められ方になると推認され,これが実際と大きく異なるともいえず,誤認を招くとはいえない。 ウその他の主張について 原告の主張には,被告が,甲Aの事業を承継したと主張しながら,甲Aの三河説とは異なり,被告検校説を唱えることに関して,正当な根拠がないという部分がある。原告が,創業年や来歴について,伝承に基づく一貫した説明をしていることと対比し,確実な したと主張しながら,甲Aの三河説とは異なり,被告検校説を唱えることに関して,正当な根拠がないという部分がある。原告が,創業年や来歴について,伝承に基づく一貫した説明をしていることと対比し,確実な根拠もなく伝承と異なる来歴を唱えることを問題視する主張とも解される。また,原告の主張には,被告検校説によ り,八ッ橋自体が古くからの伝承に基づかない根拠薄弱な説明をされる菓子であると誤解され,八ッ橋又はその製造業者全体の信用性を損なう,という趣旨に解される部分もある。 確かに,被告検校説には,八橋検校の墓が長らく放置されていたという新聞記事など,一致しない資料があるともいえる。被告が聞いた有識者の意見 の詳細を認めるに足りる的確な証拠はない。また,被告が,昭和44年ころ,創業年を不詳としていたとの証拠(甲3)があり,被告がその都度説明を変えているという余地もある。 しかし,被告検校説がすべてにわたり誤りであるという確実な証拠はない。 前記ア穂積重遠教授の著書をも考慮すると,被告検校説にも,裏付け がないとはいえない。原告が指摘する昭和44年の文書(甲3)には,本文に,「今を去る二百数十年前の創案になる」との文言もあり,甲Aの子やその経営する会社ではなく,被告こそが,甲Aの事業を正当に承継したという趣旨の記述があるから,元禄2(1689)年又はその前後の創業を主張していると解される。また,年月日不詳という文字の上には「正確な」という 文字があるから,正確な月日までは特定できないという趣旨であった可能性 を否定できず,創業元禄2年としていることと,上記文書とが,矛盾するとまではいえない。被告検校説を唱えることが,正当な根拠に基づかないとか,誤った説明で八ッ橋全体の信用性を失わせるとまで認めることは を否定できず,創業元禄2年としていることと,上記文書とが,矛盾するとまではいえない。被告検校説を唱えることが,正当な根拠に基づかないとか,誤った説明で八ッ橋全体の信用性を失わせるとまで認めることはできない。 甲Aの伝承と異なる来歴を説くことが,ただちに品質等の誤認や違法な権利侵害につながるとの根拠は,見出しがたい。 原告の上記各主張は,いずれも,不正競争防止法や民法709条による請求権を生じさせるとはいえない。 ⑵ 役務に関する不正競争原告は,被告の役務についても不正競争に該当する旨主張する。しかし,20号にいう役務は,他人のために行う労務又は便益であって,独立の取引の目 的たり得べきものを指すと解される。製造販売業務や八ッ橋の伝統の普及活動が上記のような意味での役務に該当するとはいえない。原告の主張は,採用できない。 第4 結論以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は,いず れも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 京都地方裁判所第2民事部 裁判長裁判官久留島群一 裁判官鳥飼晃嗣 裁判官秦卓義は,転補のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官久留島群一
▼ クリックして全文を表示