平成14(ネ)257 養子縁組離縁等請求控訴,同反訴請求事件

裁判年月日・裁判所
平成15年3月25日 広島高等裁判所 広島地方裁判所 平成13(タ)76
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判決文本文7,878 文字)

主文 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人(反訴被告)A及び被控訴人Bの請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人(反訴原告。以下「控訴人」という。)(1) 主文第1,2項と同旨(2) (予備的反訴)被控訴人A(反訴被告。以下「被控訴人A」という。)は,控訴人に対し,金6000万円及びこれに対する平成14年8月15日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被控訴人ら主文同旨第2 事案の概要 1 本件のうち被控訴人らから控訴人に対して提起された本訴は,被控訴人らが,養子の控訴人が養子縁組時にした約束(広島に戻って被控訴人Aの跡を継ぐことなど)を果たさないなどとして,民法814条1項3号に基づき,控訴人に対して離縁を求めたものであり,当審において控訴人から被控訴人Aに対して提起された反訴は,控訴人が,仮に養親子関係が破綻しているとしても,その原因は専ら被控訴人Aにあるなどとして,離縁が認められる場合には不法行為に基づく損害賠償(慰謝料6000万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金)の支払を求めた事案である。 2 前提事実(弁論の全趣旨及び掲記証拠によって容易に認定できる事実)(1) 被控訴人Aは大正11年4月30日生まれであり,昭和23年3月東京帝国大学法学部政治学科を卒業し,同年4月現在の新日本製鐵株式会社に入社し,昭和56年6月同社を退職した後,山陽特殊製鋼株式会社代表取締役副社長,顧問等を経て,昭和61年以降肩書住所地に居住し,平成2年6月以降は無職 学科を卒業し,同年4月現在の新日本製鐵株式会社に入社し,昭和56年6月同社を退職した後,山陽特殊製鋼株式会社代表取締役副社長,顧問等を経て,昭和61年以降肩書住所地に居住し,平成2年6月以降は無職である。 (2) 被控訴人Aは,昭和26年3月8日被控訴人Bと婚姻したが,その間に実子はない。 (3) 控訴人は,昭和21年10月13日,被控訴人Aの実姉Cの二男として生まれ,昭和48年3月慶應義塾大学を卒業し,同年4月五洋建設株式会社に入社し,以来同社の東京本社に勤務している。 (4) 被控訴人らと控訴人は,昭和56年6月11日,被控訴人らを養親,控訴人を養子として養子縁組の届出をした(以下「本件養子縁組」という。)が,当時,控訴人は,既に妻Dと結婚しており,被控訴人らは,同時にDとも養子縁組の届出をしたが,平成11年1月26日,被控訴人らとDは養子縁組を離縁した(甲1,弁論の全趣旨)。 (5) 控訴人と妻Dとの間には,長女E(昭和51年3月19日生まれ)及び長男F(昭和57年3月2日生まれ)の2人の子がいる(甲1,弁論の全趣旨)。 (6) 控訴人は,昭和59年ころ,被控訴人の所有地上に自宅を建築し,以来同所(肩書住所地)に居住している(甲13の2,弁論の全趣旨)。 (7) 被控訴人らは,平成13年7月30日,控訴人を相手方として,広島家庭裁判所に本件養子縁組離縁の調停申立てをした(同庁平成13年(家イ)第791号事件)が,同年9月5日の第1回調停期日に控訴人が出頭せず,調停が不成立となったため,同年9月17日,被控訴人らから本訴が提起された(甲9,弁論の全趣旨)。 3 その余の事案の概要は,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄記載のとおりである。 4 原審は,控訴人と被控訴人らとの間には本件養子縁組を継続し難 提起された(甲9,弁論の全趣旨)。 3 その余の事案の概要は,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄記載のとおりである。 4 原審は,控訴人と被控訴人らとの間には本件養子縁組を継続し難い重大な事由があるとして,被控訴人らの離縁の請求を認めた。 そこで,原判決を不服として控訴人から提起されたのが本件控訴事件であり,控訴人は,当審において,反訴として,離縁が認められた場合の慰謝料の支払を求めた。 5 当審における争点は,原審と同様の①離縁が認められるかに加え,②仮に離縁が認められる場合に,控訴人の慰謝料請求が認められるか(当審での新たな争点)である。 控訴人は,当審において,①につき,養親子関係が破綻しているとしても,その原因は,専ら被控訴人Aの非寛容にあるから,被控訴人らの控訴人に対する離縁の請求は許されない旨主張する。 第3 当裁判所の判断 1 争点①(離縁)について(1) 前提事実,証拠(甲1ないし12〔枝番号を含む。〕,甲13の1,甲14の1,甲15ないし22〔枝番号を含む。〕,乙1ないし9〔枝番号を含む。〕,原審における被控訴人A及び控訴人各本人)並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。 ア被控訴人らは,実子がなかったことから,G家の跡継ぎとして,祭祀を承継し,家系を守ってゆくことを期待して,昭和56年6月11日,甥である控訴人と本件養子縁組をすると同時に,既に控訴人がDと結婚していたことから,控訴人の妻Dとも養子縁組をした。G家は,被控訴人Aの祖父,父の代には造り酒屋を営なんでいた資産家であり,町長を出すなど地元ではいわゆる名士であった。 イ控訴人としても,本件養子縁組の際,被控訴人らから,被控訴人Aの跡を継いでG家を守って欲しいと言われ,これを了承し,また,いずれは広島に戻 あり,町長を出すなど地元ではいわゆる名士であった。 イ控訴人としても,本件養子縁組の際,被控訴人らから,被控訴人Aの跡を継いでG家を守って欲しいと言われ,これを了承し,また,いずれは広島に戻らなければならないと考えてもいた。 ウ被控訴人Aは,控訴人に対し,昭和59年以降自己所有地を自宅敷地として無償で使用させたり,控訴人が自宅新築の際組んだローン契約のために,同土地を担保に提供したりし,さらに,平成元年にはローンの返済やFの学資のために1000万円,平成5年には控訴人の自宅の増築費用に500万円を出捐するなど,控訴人を援助していた。 エ控訴人は,東京で勤務し,居住していたが,年に1,2回は広島に帰省していた。また,控訴人の実家は造り酒屋を営んでおり,平成元年に控訴人の実父が死亡したが,控訴人は,被控訴人らと本件養子縁組をしたということから,実父の遺産(約1億5000万円)の相続権を放棄した。 オしかし,被控訴人AとDとは,昭和63年被控訴人AがEのいたずらを頭を叩いて叱責したことにDが強く反発したことをきっかけに次第に不仲となり,また,被控訴人Aは,Dに対し,わがままで自己中心的な性格であり,子どもの躾も不十分で,被控訴人らの親戚との交際もしないなどとして不満を抱くようになり,平成11年1月26日被控訴人らとDは養子縁組を離縁するに至った。 カ被控訴人Aは,そのころから,経済的安定を理由に将来公務員になりたいなどと口にしたFに対し,志がなく,G家の跡継ぎとしてふさわしくないとして失望したこと,控訴人が勤務の関係ですぐには広島には戻れないと言うようになって,控訴人には広島に戻る気はないのではないかとの危惧感を抱いたこと,そこで,Eを広島に戻らせて婿養子を取って跡継ぎにしようと考えたが,Eがこれを拒否し 係ですぐには広島には戻れないと言うようになって,控訴人には広島に戻る気はないのではないかとの危惧感を抱いたこと,そこで,Eを広島に戻らせて婿養子を取って跡継ぎにしようと考えたが,Eがこれを拒否したことなどから,控訴人に対しても,本件養子縁組以来の被控訴人らからの援助に対する感謝の気持ちがない,Fの養育について被控訴人Aの助言を聞き入れず,Fを跡継ぎとして認めたくない人間に育てた,DはG家の嫁としての資格に欠けるのに嫁の指導をしなかったなどとして不満を募らせるようになった。 キ平成12年元日,被控訴人ら宅に,被控訴人ら,控訴人家族が集まり,今後本件養子縁組を継続していくかどうかなどを含めた話し合いがもたれたが,その際の控訴人家族とのやり取りから,この先本件養子縁組を継続していくことに不安を感じた被控訴人Aは,控訴人に対し,離縁を申し出た。これに対し,控訴人は,Aとの夫婦関係が必ずしも円満とは言い難い状況にあったことや,G家の跡継ぎとしての立場を全うしなければならないとの想いから,被控訴人Aに対し,Dとの離婚も考えていることを告げて,離縁を思いとどまってもらうよう頼んだ。 ク控訴人のこの言葉を受けた被控訴人Aは,Dに対する不満が強かったことや,控訴人が離婚後再婚して子ができれば,Fではなく新たに生まれてくる子をG家の跡継ぎにできるとの考えもあって,控訴人に対し,Dと離婚するなら控訴人との離縁の話は進めないこと,ただし,養子離縁届を送付するので必要事項を記載の上被控訴人らのもとに返送すること,Dとの離婚が成立しなかった場合にはこの養子離縁届を区役所に提出するので,離婚についての控訴人の結論を平成13年3月までに出すことなどを要求した。 ケ控訴人は,被控訴人らとの養子縁組の離縁を受け入れるか,Dと離婚するかを選択しなけれ 離縁届を区役所に提出するので,離婚についての控訴人の結論を平成13年3月までに出すことなどを要求した。 ケ控訴人は,被控訴人らとの養子縁組の離縁を受け入れるか,Dと離婚するかを選択しなければならないとの追い詰められた気持ちの中で,知人に相談したり,また,Fの大学受験が終わり法政大学への入学も決まり,家族とも話し合える状況になって話し合ったりした結果,平成13年5月ころ,結局,Dとは離婚しないとの結論に達した。 コ被控訴人Aは,これを聞き,平成13年6月5日,前記養子離縁届(甲7)を広島市安佐南区役所に提出したが,これに先立つ同月4日,控訴人が離縁届不受理申請書を町田市役所に提出していたため,上記離縁届は受理されなかった。 サこのようなことから,被控訴人らは,平成13年7月30日,広島家庭裁判所に養子離縁の調停申立てをしたが,同年9月5日の第1回調停期日に控訴人が出頭しなかったため,同日,調停不成立に終わり,被控訴人らは,同月17日,本件訴えを提起するに至った。また,被控訴人Aは,控訴人に対し,同年6月29日,平成元年に控訴人に援助した1000万円について税務対策上の理由で形式的に借用証(甲2)を作成していたことから,これに基づいて同年7月30日までに1000万円を返済するよう求め,控訴人が同日までに1000万円を支払わなかったので,控訴人の自宅について不動産仮差押命令の申立てをし,同年8月20日仮差押決定を得て(甲16。広島地方裁判所平成13年(ヨ)第347号事件),1000万円の返還を求める訴えを提起した(同(ワ)第1395事件)が,請求棄却の判決が言い渡されたため,これを不服として控訴している(当庁平成14年(ネ)第256号事件)。 シ被控訴人らの離縁意思は強固であり,一方,控訴人としても,ここまでこ 95事件)が,請求棄却の判決が言い渡されたため,これを不服として控訴している(当庁平成14年(ネ)第256号事件)。 シ被控訴人らの離縁意思は強固であり,一方,控訴人としても,ここまでこじれてしまうと,今後被控訴人らと養親子関係を継続していくことは困難であると感じているものの,被控訴人らがDと養子縁組の離縁をしたころ,被控訴人Aが控訴人には内密に他の養子を探していたことを後日知るに至り被控訴人Aに憤りを感じ,また,被控訴人Aが控訴人のみならず妻や子に対してもあまりにも非寛容であるとの想いもあり,離縁には納得し難いという気持ちである。 スなお,被控訴人Aの妻である被控訴人Bは,夫の控訴人及びその家族に対する前記一連の言動等については,これに異を唱えることは全くなく,終始これに同調し続けてきた。 (2) 前記(1)コの平成13年6月5日に養子離縁届を出して以降の被控訴人Aの控訴人に対して採った行動(前記サ),被控訴人Aが控訴人のみならずその妻や子に対して相当な不満を募らせていること(同オ,カ),被控訴人Aの離縁意思は強固であり,一方控訴人も離縁の継続に困難を感じていること(前記シ)からすると,被控訴人らと控訴人との養親子関係は容易には修復し難い状況に至っているものと判断せざるを得ない。 被控訴人らは,控訴人に対して養子縁組の離縁を求める主たる理由として,控訴人が広島に戻ってきてきちんとG家を守るという本件養子縁組時の約束を履行しないことを主張する。 しかし,控訴人は,本件養子縁組時の広島に戻るとの合意を否認している上,当時,既に東京でサラリーマンとして勤務しており,本件養子縁組後早期に広島に戻ることができないことは明らかであったことからすると,本件養子縁組後広島に戻るとの約束があったものとは認めることがで 上,当時,既に東京でサラリーマンとして勤務しており,本件養子縁組後早期に広島に戻ることができないことは明らかであったことからすると,本件養子縁組後広島に戻るとの約束があったものとは認めることができない。そして,この点,被控訴人Aも,定年後広島へ戻ってくれればいいという気持ちであった旨供述しており(原審における被控訴人春吾本人),Aの期待がこのようなものであったとすれば,控訴人は未だ定年前ではあるが,やがては広島に戻らねばならないとも考えており,定年後広島に戻ることを拒否した事実も認められない(むしろ,甲1によれば,控訴人は,平成5年ころ,被控訴人Aに対し,いずれ広島に帰ると述べたことが認められる。)以上,控訴人がこの点に関して被控訴人Aの期待を裏切ったということもできない。被控訴人Aとしては,控訴人が定年を迎える前に広島に転勤して定年後の就職先を広島に求めるのが望ましいとも考えている(甲21)ようであるが,このようなことは,控訴人が全国規模の企業にサラリーマンとして勤務している以上,希望どおり異動できないとしてもやむをえないのであって,かつて大企業に勤務し,こうした事情も熟知しているはずである被控訴人Aの控訴人に対する無理な要求であるというほかない。そして,前記(1)オないしクによれば,被控訴人Aが本件養子縁組の離縁を望むようになったのは,むしろ,DがG家の嫁としての資格に欠けること,FがG家の跡継ぎとして認めたくない人間であること,EにG家の跡を継ぐことを拒否されたこと,こうしたDや子ども達をたしなめるでもない控訴人に不満が募ったことなどが理由であると認められる。しかし,子どもの躾や親戚とのつきあいに関してDに至らない点があったとしても,Eは結婚を控え,Fも大学在学中であるなど順調に成長してきたことや,親戚と紛争が生じたような形 が理由であると認められる。しかし,子どもの躾や親戚とのつきあいに関してDに至らない点があったとしても,Eは結婚を控え,Fも大学在学中であるなど順調に成長してきたことや,親戚と紛争が生じたような形跡もないことに照らせば,一般的な観点からみた落ち度ないし非があったものと認めることはできない。また,被控訴人Aは,FをG家の跡継ぎとして認めたくない人間であることの理由として経済的に安定した公務員を希望するなど志がないといったことを主張するが,これも極めて主観的な価値観に基づくものにすぎず,Fに落ち度ないし非があるとはいえない。さらに,被控訴人AがEをG家の跡継ぎにしようと考えたことに至っては,Eの意思や人格を全く無視したものであり,Eがこれを拒否したとしてもなんら落ち度があったとはいえない。また,被控訴人Aは,前記(1)クのとおり,控訴人の子ども達に失望したことから,控訴人にDとの離婚を迫り,再婚後できた子どもをG家の跡継ぎにしようとさえ考えるなど,被控訴人Aは,専ら自らの都合でG家の跡継ぎを決めることしか念頭になかったことがうかがえる。一方,控訴人は,本件養子縁組をした昭和56年以降,東京勤務という制約から,十分とはいえないにしろ,年に1,2回は広島に帰省し,やがては広島に戻らねばならないとも考え,また,実父の遺産の相続を放棄するなど,本件養子縁組によりG家を承継していくとの自覚のもとに生活してきたものであり,被控訴人らに対して暴力をふるったり,暴言を吐いたりすることはもとより,特段被控訴人らを蔑ろにするような言動や態度等の落ち度ないし非があったことも認められない。 これらの事情を総合すると,結局,本件養子縁組が破綻するに至ったのは,被控訴人Aが,「G家を守る」ということを金科玉条にして,極めて自己本位な考え方や理想を,控訴人及びそ とも認められない。 これらの事情を総合すると,結局,本件養子縁組が破綻するに至ったのは,被控訴人Aが,「G家を守る」ということを金科玉条にして,極めて自己本位な考え方や理想を,控訴人及びその家族に対し,その意思や人格を無視して一方的に押しつけ,控訴人及びその家族がその無理な要求に応えられず,自分の意に沿わないとみるや,G家の跡継ぎとしてふさわしくないとして控訴人との離縁を望むようになったためであるというべきであり,被控訴人Aには地元の名家であるG家を守ってきたとの自負があり,控訴人に対して経済的援助をしてきたなどの事情を斟酌しても,本件養子縁組が容易に修復し難い状況に至った原因は専らないし主として被控訴人A及びこれに終始同調してきたともいえる被控訴人Bにあるといわざるを得ない。 そして,控訴人は本件に至って,被控訴人らとの間で円満な養親子関係を回復することには困難を感じつつも,離縁は受け入れ難いとの意思であること(前記(1)シ)も併せ考えれば,専らないし主として前記修復困難な状況についての責任を有する被控訴人らから無責ないしさしたる非のない控訴人に対して離縁を求めることは許されないものと解するのが相当であって,本件においては民法814条1項3号の「縁組を継続し難い重大な事由」があるものといはいえない(最高裁昭和37年(オ)第392号,同39年8月4日第三小法廷判決。民集18巻7号1309頁参照)。 2 争点②(慰謝料)について反訴請求は,本訴請求が認容されることを前提としたもの(予備的反訴)であると解されるところ,前記1のとおり,本訴請求はこれを認容することができないものであるから,反訴請求は,その前提を欠き,審判の必要性がないから,判断しない。 3 以上の次第であるから,被控訴人らの本訴請求は理由がない。 主文 1のとおり,本訴請求はこれを認容することができないものであるから,反訴請求は,その前提を欠き,審判の必要性がないから,判断しない。 理由 3 以上の次第であるから,被控訴人らの本訴請求は理由がない。 したがって,本訴請求についてのこれと異なる原判決を取り消した上,同請求を棄却することとする。 よって,主文のとおり判決する。 広島高等裁判所第2部裁判長裁判官鈴木敏之 裁判官松井千鶴子 裁判官工藤涼二

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