主文 1 被告は,原告らそれぞれに対し,2866万6526円及びこれに対する平成7年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用はこれを10分し,その3を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。 4 この判決の1,3項は仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求金額を3712万6435円とするほかは主文1項と同じ。 第2 事案の概要本件は,Eが,被告の経営する医院において,同院医師Dの診察のもと出産したところ,出産後,Eが死亡したことから,Eの遺族である原告らが,被告に対し,不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償を請求する事案であり,原告らが主張する損害の内訳は次のとおりである。 逸失利益 4330万2870円葬儀費用 120万円慰謝料 2300万円(原告ら固有の慰謝料を含む)弁護士費用 675万円 1 争いのない事実等(1) 原告AはEの夫であり,原告BはEの子である。 (2) 被告は,大阪府寝屋川市において,産婦人科医院C医院を経営する医療法人であり,被告の理事長であるD医師は,Eの診察,治療を担当した医師である。 (3) E(昭和43年3月29日生)は,平成7年2月8日,C医院を初めて受診した。D医師は,同日の検査の結果,Eが妊娠7週間で,出産予定日は同年9月25日であると診断した。Eは,これが初めての妊娠であった(乙1,被告代表者)。 (4) Eは,以後,C医院を定期的に受診し,D医師の診察を受けた。 (5) Eは,同年9月21日昼ころ,C医院を受診し,超音波検査を受けたが,その結果,Eの胎児の体重は3720グラムと推定された(乙1)。 そこで,D医師は,Eに ,D医師の診察を受けた。 (5) Eは,同年9月21日昼ころ,C医院を受診し,超音波検査を受けたが,その結果,Eの胎児の体重は3720グラムと推定された(乙1)。 そこで,D医師は,Eに対し,陣痛誘発・促進剤であるプロスタルモン(プロスタグランディンを安定化した物質を含む製剤)を投与し,自宅で服用するように指示した。 (6) Eは,その後,自宅で陣痛が発来し,同日午後6時ころ,再度C医院に来院し,准看護婦Fの内診,D医師の診察を受けた。 (7) Eは,同日午後6時15分ころ,分娩室へ向かい,Eの出産には,D医師,F及び看護助手Gが立ち会った。 (8) D医師は,Eの分娩に際し,分娩監視装置を装着した。 (9) D医師は,Eの胎児心拍数が低下したことから,酸素吸入及び吸引分娩,クリステレル圧出による急速遂娩を行った。 (10) Eは,同日午後6時50分,原告B(体重3860グラム)を出産した。Eの分娩直後の時点での出血は約500グラムであった(乙1,被告代表者)。 (11) Eは,同日午後7時15分ころ,「しんどい。」と訴え,プレショック状態が発現し,ショック状態へ移行した。 (12) D医師は,Eの産後出血について,視診による確認はしたが,陰部の内診及び膣鏡診は行わなかった。 (13) D医師は,EをH病院に搬送することになり,救急車による搬送依頼をした上,自らも同行してH病院へ搬送した。 (14) Eは,H病院到着後,同院医師I医師らによる治療を受けたが,間もなく,心停止状態となった。これに対し,I医師らは,心マッサージ等を行い,心拍動は再開した。しかし,Eの状態は改善しなかった(乙3,証人I)。 (15) Eは,同日午後9時10分ころ,外来処置室から集中治療室(ICU)へ移された。 (16) 心マッサージ等を行い,心拍動は再開した。しかし,Eの状態は改善しなかった(乙3,証人I)。 (15) Eは,同日午後9時10分ころ,外来処置室から集中治療室(ICU)へ移された。 (16) Eは,同日午後10時2分,死亡した。 (17) Eの死亡後,同月22日,大阪医科大学法医学教室J医師による司法解剖が行われた。その結果,Eの膣から外子宮口にかけて,12時,3時,5時,9時の部に裂傷が,子宮頚管部右側に約5センチメートルの裂傷が認められた。 2 争点(1) D医師の注意義務違反(1)-子宮収縮剤の使用方法に関する過失の有無(原告らの主張)Eには,分娩誘発の医学的適応及び社会的適応のいずれもなく,子宮収縮剤の投与による分娩誘発は不要であったのに,D医師は,胎児の発育成熟度を十分に検討することなく,子宮収縮剤を投与した。 ア分娩誘発の医学的適応は,母体又は胎児あるいは双方において,そのまま妊娠を継続した場合のリスクの方が,分娩誘発を行った場合のリスクに比べて大きいと判断された場合に認められるが,本件では,そもそもEの妊娠継続に何らの具体的リスクはなかったのであるから,分娩誘発の医学的適応を欠いていたことは明らかである。 イまた,分娩誘発の社会的適応に関する判断基準は,①分娩予定日の経過などの妊婦や家族の精神的焦りや不安の解消,②職場復帰の期日との関係,③不便な交通状況,④墜落分娩を経験している場合,産科異常既往のある妊婦,前回待期主義をとって既に何らかの影響があり,不安を感じている場合等のその他の事情であるが,本件ではこれらに該当する事情は存在せず,Eの分娩誘発については社会的適応も欠いている。 ウ仮に,Eについて,これらの適応を満たしていたとしても,分娩誘発実施に当たっては,①胎児 情であるが,本件ではこれらに該当する事情は存在せず,Eの分娩誘発については社会的適応も欠いている。 ウ仮に,Eについて,これらの適応を満たしていたとしても,分娩誘発実施に当たっては,①胎児が完全に成熟していること,②経膣分娩が可能であること,③母体が分娩に耐えられること,④母体が分娩準備状態にあること,⑤十分な分娩監視ができること,⑥妊婦及び家族の強い希望と同意があることの要件が満たされることが条件であるが,本件では,⑤⑥を明らかに欠いている。 (2) D医師の注意義務違反(2)-分娩等監視に関する過失の有無(原告らの主張)ア D医師は,Eに対し,子宮収縮剤であるプロスタグランディンを経口投与しているが,同剤は,副作用として,子宮に対する過強陣痛,子宮破裂,頚管裂傷等が,胎児に対しては胎児仮死が起こることが指摘されている薬剤であり,点滴と異なり,微妙な投与量の調整もできないことから,投与開始時から,入院させ,医師の監視下に投与し,母体及び胎児の状態を観察しながら使用することが重要である。 したがって,D医師は,Eを入院させ,連続して状況を分娩監視をすべきであったのに,Eに対し,自宅での服用を指示したのみで,以後,EがC医院に再度来院するまでの間,全く監視を行わなかった。 その結果,D医師が分娩監視を開始する以前から,Eに強い陣痛が起こり,分娩監視装置を装着した時点では,既に胎児心拍数が低下しており,酸素吸入,クリステレル圧出,吸引を強引に行う事態になっており,分娩監視が行われていない間に,胎児に対する危機的状態が生じるような過度の陣痛が起きていた。 イまた,D医師は,Eの出産について,重要な分娩経過である子宮口開大,破水,児頭位置等の観察を十分に行わなかった。 (3) D医師の注意義務違反( 態が生じるような過度の陣痛が起きていた。 イまた,D医師は,Eの出産について,重要な分娩経過である子宮口開大,破水,児頭位置等の観察を十分に行わなかった。 (3) D医師の注意義務違反(3)-急速遂娩術に関する過失の有無(原告らの主張)児頭が高位置にある段階で,胎児が低酸素状態に陥るほどの過強な陣痛が生じた場合の急速遂娩術としては,子宮収縮抑制剤である塩酸リトドリン(商品名ウテメリン)を投与して,陣痛を抑制した後,緊急帝王切開を行うべきである。特に,本件のように,子宮頚管が全開大する以前に,過強陣痛がある場合,頚管は容易に損傷を受けやすく,頚管裂傷が生じやすい。それにもかかわらず,D医師は,Eに対し,吸引分娩,クリステレル圧出を行い,これによりますます過度の娩出力が加わり,頚管裂傷が生じた。 むしろ,D医師は,Eに対し,緊急帝王切開を行うべきであったのであり,仮に,C医院では緊急帝王切開の実施が困難であったのなら,そのような施設でありながら,陣痛促進剤を経口投与することで,児頭が高位にある状態で緊急帝王切開が必要な事態を招いたこと自体に過失がある。 (4) D医師の注意義務違反(4)-頚管裂傷の対処法に関する過失の有無(原告らの主張)分娩後の多量出血は出血性ショックから母体死亡を来すことがあるため,適切な止血処置が必要とされ,児娩出後に鮮紅色の出血があれば,医師は頚管裂傷を疑い,直ちに胎盤を娩出させるべきである。 しかし,D医師は,Eに産後出血があり,血圧の低下等が認められたにもかかわらず,産科出血の診断の基本的手技である内診及び膣鏡診を行わず,Eの頚管裂傷による出血を見逃し,これに対する適切な対処処置である輸液療法等を採らなかった。 (被告の主張)D医師は,Eの産後出 らず,産科出血の診断の基本的手技である内診及び膣鏡診を行わず,Eの頚管裂傷による出血を見逃し,これに対する適切な対処処置である輸液療法等を採らなかった。 (被告の主張)D医師は,Eの産後出血を疑い,触診及び子宮底の圧迫を行ったが,Eの出血状態に異常は認められなかった。D医師は,内診等を行わなかったために生じたEの頚管部右側裂傷に気付いていなかったが,同裂傷には急激な多量出血を来すような血管断裂はなく,仮に内診等を行ったとしても,Eの出血を発見することは困難であった。 また,D医師は,Eにプレショック状態が生じたことから,直ちに副腎皮質ホルモンを投与し,酸素吸入等を行っており,輸液投与も救急車での搬送直前にEが点滴を引き抜くまでは継続していた。したがって,D医師の出産後のEに対する処置に過失はない。 (5) Eの死亡とD医師の過失との因果関係の有無(原告らの主張)Eの直接死因は出血性ショックであり,その原因は頚管裂傷であるから,D医師による不適切な子宮緊縮剤の投与や分娩処置及び産後処置によりEが死亡したことは明らかである。 (被告の主張)Eの死因は頚管裂傷による出血とは無関係で,非定型の羊水塞栓によるショックが先行し,多量出血をもたらす播種性血管内凝固症候群(DIC)が発生した不可抗力的な事態であった。 第3 争点に対する判断 1 前記争いのない事実等及び証拠(甲2ないし4,6,24,検甲1の1ないし17,乙1,2の1ないし3,3,7,証人I,同J,同F,被告代表者,調査嘱託の結果)により認められる事実を総合すれば,本件の事実経過は,次のとおりであると認められる。 (1) C医院では,D医師が診察を担当しており,Eの診察,治療も担当した。C医院では,突発的に高次医療機関による治療が必要と 実を総合すれば,本件の事実経過は,次のとおりであると認められる。 (1) C医院では,D医師が診察を担当しており,Eの診察,治療も担当した。C医院では,突発的に高次医療機関による治療が必要となった場合には主に関西医科大学(関西医大)香里病院に治療を依頼し,帝王切開が必要となる場合には寝屋川市の藤本病院に処置を依頼していた。 (2) Eは,平成7年2月8日,C医院を初めて受診した。D医師は,同日の検査の結果,Eが妊娠7週間で,出産予定日は同年9月25日であると診断した。 (3) Eは,以後,C医院を定期的に受診し,D医師の診断を受けた。 (4) D医師は,同年7月10日,Eの血液検査を実施したところ,ヘモグロビン量9.1(単位g/dl。以下,同じ),ヘマトクリット値29.9(単位パーセント。以下,同じ),血小板数25.1(単位万/ul。以下,同じ)であった。D医師は,同検査結果から,Eを鉄欠乏性貧血症状と診断し,ブルタール(鉄剤)注射及びフェロミア(鉄剤)投与を行った。その結果,同年9月8日の血液検査では,ヘモグロビン量11.5,ヘマトクリット値36.7,血小板数18.6であり,いずれも妊婦の血液値として正常範囲内であり,貧血症状は改善していた。 (5) Eには,妊娠経過中,前記貧血症状以外の異常は認められなかった。 (6) Eは,同年9月8日,C医院を受診した。同日の超音波検査の結果,胎児の推定体重は3109グラムであった。また,内診では,児頭はやや下降していたが,頚管は閉鎖しており,E及び胎児に特段異常は認められなかった。 (7) Eは,同月14日,C医院を受診した。同日の超音波検査の結果,胎児の推定体重は3247グラムであった。同日の内診では,児頭が骨盤内に固定され,子宮口は固く,頚管は一横指穿通であった。E及 (7) Eは,同月14日,C医院を受診した。同日の超音波検査の結果,胎児の推定体重は3247グラムであった。同日の内診では,児頭が骨盤内に固定され,子宮口は固く,頚管は一横指穿通であった。E及び胎児に異常は認められなかった。 (8) Eは,同月21日昼ころ,C医院を受診した。その際の内診では,子宮頚管二指穿通の状態であり,子宮口も少し開いていた。また,超音波検査の結果,胎児の推定体重は3720グラムであった。そこで,D医師は,Eに対し「胎児が3600グラムくらいになっている。これ以上おいておくと赤ちゃんが大きくなりすぎる。」と言って,Eに対し,陣痛促進剤を投与することを説明し,Eはこれを了承した。 Eは,同日昼間,時間をおいて再度C医院を受診し,内診で子宮口二横指開大の状態と認められた。 D医師は,陣痛促進剤であるプロスタルモン3錠をEに渡し,「帰宅後1錠をまず飲み,それから1時間して1錠飲んでください。陣痛が来れば,飲むのを中止して,すぐC医院に連絡してください。陣痛が来なければもう1錠飲んで様子を見てください。」と指示した。 (9) Eは,同日午後零時30分ころ,帰宅した。その後,Eは,プロスタルモンを服用した。 (10) Eは,同日午後3時ころ,陣痛を発来した。そして,同日午後5時20分ころ,Eの母親であるKが帰宅したところ,Eには5分間隔で強い陣痛があったことから,KはC医院に連絡し,C医院に来院することになった。 (11) EとKは,同日午後5時55分ころ,C医院へ到着した。 C医院において,Eは,Fの内診を受けた。Fは,Eに対し,「うまいこと陣痛が来ている。帝王切開しなくて済む。出産は午後9時ころになる。」等と話した。 Eの内診所見では,子宮口二横指半開大(約3.5センチメートル)で Fの内診を受けた。Fは,Eに対し,「うまいこと陣痛が来ている。帝王切開しなくて済む。出産は午後9時ころになる。」等と話した。 Eの内診所見では,子宮口二横指半開大(約3.5センチメートル)で,少量の出血があり,5秒間に11回程度の児心音があり,児心音は正常であった。また,破水は認められなかった。Fは,Eの腹壁を触診したが,異常は認められなかった。 (12) D医師は,同日午後6時10分ころ,Eを診察したところ,Eの子宮口は四指開大(4センチメートル強)で頚管は伸展し柔らかくなってきており,児頭下降も良好であった。Eの陣痛は強かったが,陣痛の様子も良好なものであった。 D医師は,Eの子宮口の開き具合は良好で,分娩経過は早いと判断したことから,Eに分娩室に入るよう指示した。 (13) Eは,同日午後6時15分ころ,分娩室へ向かった。Eの出産には,D医師,F及びGが立ち会った。Eの分娩室入室時の児頭ステーションはプラス1(指を入れるとすぐそこにある状態)であった。 (14) D医師は,同日午後6時18分ころ,Eに対し,分娩監視装置を付け,モニタリングを開始した。同分娩監視装置の記録は,1分間につき1センチメートル表示のものであった。 (15) Eは,同日午後6時19分ころから,胎児心拍数が60(単位bpm。以下,同じ)となり,急激な低下が認められた。D医師は,Eの臍帯からの循環血液量不足による酸素不足と判断し,直ちに,Eに対する経母体酸素投与を開始し,Eの体位変換を行った。その結果,胎児心拍数は100,120,140と改善し,D医師は,以後,Eの出産まで,酸素吸入を継続した。 (16) Eは,同日午後6時22分ころ及び25分ころにも,40ないし60秒にわたって,胎児心拍数の急激な低下が認められた。 (17) D医師は,以後,Eの出産まで,酸素吸入を継続した。 (16) Eは,同日午後6時22分ころ及び25分ころにも,40ないし60秒にわたって,胎児心拍数の急激な低下が認められた。 (17) Eは,同日午後6時25分ころ,自然破水した。 (18) 同日午後6時30分ころまでのEの陣痛は,約2分間隔で,陣痛持続は5秒程度から長くて30秒程度であった。 (19) Eは,同日午後6時35分ころ,子宮口全開大となり,排臨状態となった。Eの陣痛は,このころから,1分半間隔程度となり,陣痛自体もかなり強くなった。 (20) Eは,同日午後6時35分ころから,胎児心拍数が再び80程度に低下し,低下状態が5分間程度持続した。そのため,D医師は,Eに対し,急速遂娩を行うこととし,午後6時38分ころ及び40分ころに,Eの陣痛に合わせ吸引を行い,間欠時には中断するという方法で,40水銀圧での吸引娩出術を2回実施するとともに,Fにクリステレル圧出を同時に行わせた。 その結果,同日午後6時40分ころには,胎児は発露の状態となり,胎児心拍数も回復傾向になった。 (21) D医師は,同日午後6時45分ころ,Eの胎児が大きく,肩甲難産の可能性もあったため,二方向に約4センチメートルの会陰切開を行った。 (22) Eは,同日午後6時50分,原告Bを出産した。原告Bは,体重3860グラム,アプガー指数10点で,順調な状態であった。また,Eの胎盤排出も順調であった。 (23) D医師は,分娩後,Eに対し,会陰切開を行った部位を縫合した上,会陰切開部位をクレンメで止め,外陰部にカット綿を3枚当て,その上から抗菌オサンパットを当てた。 (24) Eの分娩直後の時点における出血量は,濃盆による測定で約440グラムであり,合計で約500グラムと推定され ンメで止め,外陰部にカット綿を3枚当て,その上から抗菌オサンパットを当てた。 (24) Eの分娩直後の時点における出血量は,濃盆による測定で約440グラムであり,合計で約500グラムと推定された。D医師は,Eの分娩時出血について異常はないと判断した。 (25) Eは,分娩後,自ら分娩台からストレッチャーへ移り,同日午後7時15分ころ,ストレッチャーでC医院2階病室へ運ばれた。 (26) D医師は,同日午後7時15分ころ,Eの病室へ行ったところ,Eから「しんどい。」との訴えがあり,Eの脈を確認したところ,非常に弱い状態であった。そこで,D医師は,外陰部のカット綿に染みている血液量を確認したが,約40グラムと推定される量であったため,さらに,Eの出血状況を確認するため,Eの腹部を押したが,外陰部から染み出る程度の出血しか認められなかった。また,鮮紅色の動脈性の出血はなく,子宮底は臍下二指と子宮収縮は良好であった。そのため,D医師は,Eの産後出血については問題ないと判断し,陰部の内診及び膣鏡診は実施しなかった。 (27) D医師は,Eの脈が非常に弱くかつ速い状態であったこと等から,プレショック状態と判断し,Eに対し,副腎皮質ホルモンを点滴した。 (28) しかし,その後もEの症状は改善せず,Eは,顔面蒼白となり,収縮時血圧70ないし80のショック状態になった。D医師は,Eに対し,ブルタール,ソルコーテフを投与し,ノルアドレナリン注射を実施するとともに,酸素吸入を実施したが,Eの症状の改善はみられなかった。なお,この時点でEには更に80ないし100グラムの出血が認められた。 (29) Eは,ショック状態になって後,装着された酸素マスクを「しんどい。」と言って外そうとし,また,体を大きく動かしたため,Eに挿入していた点滴針が外 ないし100グラムの出血が認められた。 (29) Eは,ショック状態になって後,装着された酸素マスクを「しんどい。」と言って外そうとし,また,体を大きく動かしたため,Eに挿入していた点滴針が外れ,Fがこれを刺し替えた。 (30) D医師は,Eを出血によらない分娩後ショックと判断し,関西医大救急救命センターに電話で緊急搬送依頼した。しかし,関西医大からは「急なショック状態では関西医大まで間に合わない。そんな状態なら,H病院まで搬送するように。」と勧められた。 そこで,D医師は,H病院に電話し「患者が出産直後にショック状態となった。アナフィラキシーショックではないか。今からH病院へ送ろうと思う。」等と話し,EをH病院へ搬送することになった。 (31) D医師は,同日午後7時37分ころ,寝屋川消防署へ,Eの転院のため,救急車による搬送依頼をした。 (32) Eは,救急車を待っている間もショック状態が続き,その際には輸液を注入していた点滴が外れた。しかし,D医師らはEを救急車に搬入するため,再度の点滴挿入は行わなかった。 (33) 救急隊員は,同日午後7時44分ころ,C医院に到着した。その際,Eは,顔面蒼白で,痛みに反応しない意識状態であった。また,呼吸は浅く,脈拍は弱く,瞳孔も不整状態であり,外陰部から出血が認められた。午後7時45分ころ,Eに酸素マスクが装着されたが,Eは「呼吸できない。苦しい。」と訴えた。Eは,午後7時55分ころ,C医院を出発し,D医師とKも同行した。 (34) H病院への緊急搬送中,救急隊員は,D医師の指示に従い,6リットル/分の酸素投与を行い,患者監視モニターによる観察を継続した。Eの車内での状態は,血圧測定不能で,呼吸は浅く,脈拍も弱く,顔面蒼白で,呼びかけても返事のない状態であっ D医師の指示に従い,6リットル/分の酸素投与を行い,患者監視モニターによる観察を継続した。Eの車内での状態は,血圧測定不能で,呼吸は浅く,脈拍も弱く,顔面蒼白で,呼びかけても返事のない状態であった。 (35) Eは,同日午後8時ころ,H病院へ到着した。 Eの到着時の状態は,脈拍120で,収縮既決圧60mmHg,瞳孔が散大しており,自発呼吸はしっかりしていたが,半昏睡状態で,顔面蒼白,四肢も冷たかった。また,Eは,外陰部から出血があり,その中には凝血塊が認められたが,出血量はそれほど多くなかった。 Eの治療は,I医師が担当し,Eに対し,すぐに気道挿管が行われた。外来処置室での処置中,Eは,陰部から持続的な出血があり,凝血塊も認められた。 (36) その後,I医師は,Eについて,胸部レントゲン撮影,左手及び右そけい部の血道確保を行い,ラクテック500ミリリットル,デキストラン250ミリリットルの輸液を開始した。また,Eの血液検査も行われた。搬入直後の血液検査結果によれば,赤血球219万/ul,ヘモグロビン7.3,ヘマトクリット22.1,血小板7.8であり,貧血状態を呈していたが重度ではなかった。 (37) Eに同行していたD医師は,I医師に対し「Eは特に問題のない出産であった。産後しばらくして気分が悪いと言い出した。特に出血異常はない。」と話した。 (38) Eは,同日午後8時10分ころ,心停止状態となり,その状態が5ないし6分間続いた。その後,I医師らは,ボスミン心臓内投与,心マッサージ等を行い,それにより心拍動は再開し,瞳孔はやや小さくなったが,血圧も測定不可の状態で,状態は改善しなかった。 (39) 同日午後9時ころのEの血液ガス分析では,Eの肺胞のガス交換機能は良好であったが,アシドーシス状態が は再開し,瞳孔はやや小さくなったが,血圧も測定不可の状態で,状態は改善しなかった。 (39) 同日午後9時ころのEの血液ガス分析では,Eの肺胞のガス交換機能は良好であったが,アシドーシス状態が著明であった。また,同日午後9時ころ,Eの腹壁はほぼ平坦であったが,下腹部では,子宮が児頭大に腫脹していて,陰部からは,持続的に出血が認められたが,新鮮血が出ている状態ではなかった。 (40) Eは,同日午後9時10分ころ,外来処置室からICUへ移された。Eの脈拍は52/26で,脈拍は142であった。ICUでは,Eに対し,心臓マッサージ,カウンターショック等の処置が実施されたが,Eの血圧は測定不可能となり,脈拍も少なくなっていき,I医師は,Eに対し,輸血を開始した。 (41) Eは,同日午後10時2分,死亡した。H病院搬送後のEの体外への出血量の合計は400ないし600ミリリットルであった。 (42) Eの死亡直後,Eの腫大した子宮は,外来時よりさらに大きくなっており,子宮底を圧迫すると,外陰部からの出血が多くなることが認められ,出血にはさらっとした血液とゼリー状の凝血が混在していた。 (43) Eの死亡後,同月22日,J医師によるEの司法解剖が行われ,その所見,診断は次のとおりであった。 ア Eは,膣から外子宮口にかけて,12時,3時,5時,9時の部位に裂傷が認められ,頚管部右側に約5センチメートルの裂傷が認められた。 イ解剖時に採取した諸臓器について顕微鏡組織標本を作製し,肺については通常のHE染色の他に5種類の特殊染色を施し,羊水由来物質の検索を図ったが,HE染色では,肺その他の臓器の血管中に羊水由来の物質,上皮細胞等は見られず,肺,腎の毛細血管にフィブリン等DICの発症を窺わせる所見も得られなかった。 ウ ,羊水由来物質の検索を図ったが,HE染色では,肺その他の臓器の血管中に羊水由来の物質,上皮細胞等は見られず,肺,腎の毛細血管にフィブリン等DICの発症を窺わせる所見も得られなかった。 ウ Eの死亡機序については,H病院での処置中に約2500ccの出血があったという伝聞情報等や,解剖時に明らかになった頚管部の裂傷の存在,死斑及び血の気がなく,蒼白な諸臓器の状態から,分娩後,裂傷部から出血が持続し,胎児を娩出して空になった子宮内に血液が滞留していたと推測される。 エ Eの死因を外子宮口周辺の多発裂傷等の産道裂傷を原因とする出血性ショックと推定される。 2 Eの出血量について(1) 証拠(甲3,6,検甲1の1ないし17,証人J)によれば,J医師によるEの解剖時の所見は次のとおりであると認められる。 ア頚管右側に約5センチメートルの裂傷があった。 イ同裂傷は,子宮頚管壁の厚みのほとんどに達していたが,全層(子宮外膜に当たる漿膜)には及んでいなかった。 ウ膣から外子宮中にかけて12時,3時,5時,9時の方向に裂傷があった。 エ子宮と腹膜の間に血液が侵潤していたが,腹腔内への侵潤はなく,傍膣又は傍子宮組織への出血の侵潤はほとんど認められなかった。 オ Eの諸臓器は蒼白であった。 カ Eは,死斑の出現が弱かった。 キ Eの結膜は真っ白であった。 (2) そして,証拠(甲6,証人J,証人Lの供述書,鑑定人Lによる鑑定の結果(L鑑定))によれば,Eの前記解剖所見を前提として,ア J医師は,(ア) 前記所見は,Eには多量の出血があったことを示すものである,(イ) 死斑,諸臓器の所見,結膜の状態から出血量は2000ミリリットル以上であると推定されると判断し, (ア) 前記所見は,Eには多量の出血があったことを示すものである,(イ) 死斑,諸臓器の所見,結膜の状態から出血量は2000ミリリットル以上であると推定されると判断し,イ鑑定人Lは,(ア) Eの出血量は2000ミリリットル以上である,(イ) 部検時の出血量は,裂傷内膣付着の凝血を含め,300ミリリットル前後である,(ウ) 主たる出血部位は,右頚管裂傷で,外子宮口付近の裂傷は出血の原因になっているとは考えられない,(エ) 頚管裂傷からの出血による血液の流出は,主として頚管内壁から膣へと向かったと判断している。 (3) さらに,証拠(甲6,乙1,2の1ないし3,3,7,証人I,証人Lの供述書,被告代表者,L鑑定)によれば,ア Eの産後,午後6時50分ころまでの出血量は,約500グラムであったこと,イ午後6時50分ころから午後7時15分ころまでの出血量は,約40グラムであったこと,ウ午後8時から死亡時までの出血量は,400ないし600ミリリットルであったこと,エ Eの司法解剖による出血量は,300ミリリットル程度であったことが認められる。 (4) 以上の(1)ないし(3)の事実を併せ考えれば,Eの出血経過は,ア分娩時から本件当日午後6時50分ころまでに約500グラム,イ本件当日午後6時50分ころから同日午後7時15分ころまでに約40ミリグラム,ウ本件当日午後7時15分ころから同日午後8時までに約600ないし800ミリリットル,エ本件当日午後8時から死亡時までに約400ないし600ミリリットル,オ死亡後の解剖時に約300ミリリットルであったと認められる。 (5) この点,Eの本件当 リットル,エ本件当日午後8時から死亡時までに約400ないし600ミリリットル,オ死亡後の解剖時に約300ミリリットルであったと認められる。 (5) この点,Eの本件当日午後7時15分から同日午後8時までの出血については,D医師らにより観察されておらず,Eの治療に関する記録上は明らかでない。 しかし,前期認定及び証拠(甲6,24,乙3,証人I,同J,証人Lの供述書,被告代表者,L鑑定の結果)によれば,次の事実が認められる。 ア Eには産後,死亡時までに2000ミリリットル以上の出血があったと推認される。 イ H病院転院時に実施された血液検査の結果によれば,同時点で,Eには1200ないし1500ミリリットルの出血があったと認められる。 ウ H病院搬送時においても,Eの外陰部からの出血状態は継続していた。 エ Eの産後出血は,動脈性出血ではなく出血スピードが遅かったため,出血が見落とされたり,膣内に凝血塊として貯溜したり,出血が臀部から背中に回ったりして,D医師らが認識できなかった可能性がある。 オ特に,D医師は,Eにプレショック状態が起こった時点で,子宮底圧迫によっても著明な出血が認められなかったことから,Eに頚管出血はないと判断し,触診及び膣鏡診は行わず,以後はショック状態に対する対処治療のみを行っていたことからすると,Eの患部からの出血に十分な注意が払われていなかった可能性が否定できない。 上記の事実に照らせば,D医師らにより同時間帯でのEの出血が確認されていないからといって,Eに出血がなかったということはできない。 (6) したがって,Eの出血経過は前記認定のとおりと認めるのが相当である。 3 Eの死因について(1) Eの死因について,原告らは,頚管裂傷を原因 に出血がなかったということはできない。 (6) したがって,Eの出血経過は前記認定のとおりと認めるのが相当である。 3 Eの死因について(1) Eの死因について,原告らは,頚管裂傷を原因とする出血性ショックによる失血死であると主張し,被告は,非定型の羊水塞栓症を原因とするDICによるショック死であると主張する。 (2) 証拠(甲5の1・2・4ないし6,7,9の2,13ないし16,19,21,22,乙4ないし6,10,11の1・2,12,13)によれば,本件の医学的所見に関して,次の事実が認められる。 ア分娩時出血(ア) 分娩時出血とは,分娩開始から児娩出後2時間までの出血をいう。 通常の分娩に際してもある程度の出血があるが,日本産婦人科学会の見解では分娩時出血が500ミリリットル以上であった場合を異常出血と定義している。 また,一般に300ミリリットルを超えてなお出血が持続する場合,監視を厳重にする必要がある。止血処置を行ってもなお出血するときには,血道を確保するとともに,輸液を開始し,輸液実施と並行して出血部位及び病態の確認と止血操作を行う。そして,800ないし1000ミリリットルを超えてなお出血が多めに持続する場合,輸血の注文を行い,出血が1000ミリリットルを超えれば,輸血実施を検討する。 (イ) 児娩出後の出血については,原因として,①分娩による産道損傷(会陰裂傷,頚管裂傷を含む),②子宮収縮不全によるもの,③胎児附属物の異常に由来するもの,④血液凝固障害によるもの(羊水塞栓症,DICを含む)が考えられる。 (ウ) 分娩時出血に対する鑑別判断については,一般に①全身状態の把握,②腹部の触診,③膣鏡診,④超音波画像診断,⑤内診の順で診断を進めるべきであるとされている。 イ 考えられる。 (ウ) 分娩時出血に対する鑑別判断については,一般に①全身状態の把握,②腹部の触診,③膣鏡診,④超音波画像診断,⑤内診の順で診断を進めるべきであるとされている。 イ子宮頚管裂傷(ア) 子宮頚管裂傷とは,分娩時に外子宮口から子宮下部の下瑞に及んで生じた裂傷をいう。 同裂傷は,頚管の急速開大時(頚管全開大前の牽出術等),過度の頚管伸展(巨大児等),頚管の伸展力不十分,陣痛促進剤の乱用を原因として生ずる。 同裂傷の症状は,胎児娩出直後から,子宮収縮良好にもかかわらず,持続的に鮮紅色の出血を認めるのが典型的症状である。 (イ) そして,胎児娩出後,子宮収縮が良好で外陰,膣に大きな損傷がないにもかかわらず,持続性出血がある場合,頚管裂傷の疑診をおき,その診断のためには,①内診法(示指及び中指の間に頚管壁を挾み,頚管組織を両指の間に確認しながら,子宮口を一周させ,裂傷の有無を調べる。同方法により,2センチメートル以上の裂傷の診断が可能となる)及び②膣鏡診(大きな膣鏡で子宮膣部を十分露出し,出血している頚管の裂傷を直視下で確認する。裂傷部の確認が困難な場合には2つの頚管把持鉗子を子宮口前唇,後唇に別々に把持し牽引する)が有効であるとされている。 (ウ) 治療については,小裂傷に対しては縫合を行い,裂傷が大きく出血多量のものでは,子宮膣部を頚リス鉗子などで固定して十分に露出し,裂傷部に対する処置を行うこととされている。 ウ出血性ショック出血性ショックとは,短時間に多量の出血,血漿成分の急激な喪失,脱水等により循環血液量が減少することによって起こるショック状態をいう。 産婦や分娩直後の褥婦の場合,約750ミリリットルまでの出血ではやや血圧が下降する程度で,出血量が1000ミリリットル前 失,脱水等により循環血液量が減少することによって起こるショック状態をいう。 産婦や分娩直後の褥婦の場合,約750ミリリットルまでの出血ではやや血圧が下降する程度で,出血量が1000ミリリットル前後でプレショック状態(血圧90ないし100)になり,出血量が1000ミリリットルを越えるとショック状態(血圧90以下)を発現し,出血量1500ミリリットル以上で重症のショック症状(血圧70以下)を呈するといわれている。 出血性ショックの臨床症状としては,①蒼白,②虚脱,③冷汗,④脈拍触知不能,⑤呼吸不全が典型的徴候とされている。 エ DIC(播種性血管内凝固症候群)DICとは,何らかの原因によって,血液の凝固性が異常に亢進して,主に微小循環系の血管内で血液が凝固し,微小血栓が多発することによって引き起こされる症候群をいう。 臨床症状としては,微小血栓多発のため,消費性凝固障害と線溶亢進による出血状態,及び諸種の臓器の循環障害による臓器症状を呈する。 オ羊水塞栓症羊水塞栓症は,その病態生理が十分に解明されていないが,羊水成分(起因物質については必ずしも特定できない)が何らかの原因(過強陣痛や羊水過多による子宮内圧亢進など)により母体血中に入り,肺血管に塞栓を起こす疾患をいう。 破水後突発する胸内苦悶,チアノーゼ,呼吸困難が定型的臨床症状とされ,原因不明の後産期出血には,非定型的な本症が含まれているとされている。また,羊水塞栓症については,迅速簡便に行える診断法は確立されていない。死後の部検により,肺の細動脈や毛細血管内に胎児由来の微生物が認められる症例が多く,これにより確定診断が可能となることが多い。 羊水塞栓症は,産科領域において,DICを発症する代表的疾患の一つとされている。 カアナフィラキシーショ 胎児由来の微生物が認められる症例が多く,これにより確定診断が可能となることが多い。 羊水塞栓症は,産科領域において,DICを発症する代表的疾患の一つとされている。 カアナフィラキシーショックアナフィラキシーショックとは,抗原によって感作された個体に再度同一抗原が投与された場合にみられる即時型反応のうち,激しい全身症状を伴うものをいい,末梢循環不全,低血圧,気道収縮等が主たる症状として認められる。 (3) ところで,Eの臨床経過については,前記認定及び証拠(乙1,3)によれば,次の事実が認められる。 ア Eは,産後,膣部からの出血が継続しており,死亡時までに2000ミリリットル以上の出血があったと考えられる。 イ Eは,本件当日午後7時15分ころ,脈拍が弱くなり,プレショック状態になっているが,Eにこの時点で750ミリリットルの産後出血があり,これは産後出血による出血性ショックのプレショック状態であると考えられる。 ウ D医師は,プレショック状態のEに対して,副腎皮質ホルモン,昇圧剤及びブルタールを投与したものの,これによりEの症状に改善は認められなかったが,これはEに多量出血があり,その結果として,循環血液量が減少し,末梢神経が収縮していたためであると考えられる。 エ Eは,救急車での緊急搬送中,血圧(80ないし60)及び意識レベルからしてショック状態であったが,これは,Eにその時点で,産後1200ないし1500ミリリットルの出血があったためであると考えられる。 オ H病院到着時,Eの状態はショック状態で,半昏睡,脈拍120,洞性調律,自発呼吸はしっかりしているものの顔面蒼白で四肢は冷たい等の症状があった。 そして,上記医学所見に照らせば上記経過は出血性ショックの典型的臨床所見に合致すると認 態で,半昏睡,脈拍120,洞性調律,自発呼吸はしっかりしているものの顔面蒼白で四肢は冷たい等の症状があった。 そして,上記医学所見に照らせば上記経過は出血性ショックの典型的臨床所見に合致すると認められるから,Eの産後死亡に至る経過は,Eに産後出血が継続し,その結果として,出血性ショックが発現し,死亡するに至ったと認めるのが合理的である。 (4) また,L鑑定は,Eの死因を,出血性ショックによる呼吸循環器不全と推測し,出血性ショックに至った原因としては,頚管裂傷からの出血量と補充すべき輸液量との相対的不均衡であるとし,Eの司法解剖を担当したJ医師は,Eの死因について,分娩時の産道裂傷を原因とする出血性ショックであるとしており,これらは上記認定に合致する。 (5) なお,Eに認められた産科ショックについては,その臨床経過及び部検所見等から,出血性ショック以外に,①アナフィラキシーショック,②心原性ショック,③薬物性ショックの可能性が考えられる。 アしかし,証拠(甲6,21)によれば,(ア) アナフィラキシーショックの特徴は,末梢神経の虚脱と気道内浮腫であること,(イ) アナフィラキシーショックの臨床症状として,呼吸困難,咽が締め付けられる感じ,肺水腫様症状,末梢血管拡張による熱感等が特徴的であること,が認められる。これらの事実に照らせば,Eのショック状態はアナフィラキシーショックによるものではないと認められる。 イそして,Eについて,心原性ショックや薬物ショックが発現したことを窺わせる事情を認めるに足りる証拠はない。 ウしたがって,Eに認められた産科ショックが,アナフィラキシーショック,心原性ショック及び薬物性ショックのいずれかであった可能性は認められない。 (6) 以上によ る事情を認めるに足りる証拠はない。 ウしたがって,Eに認められた産科ショックが,アナフィラキシーショック,心原性ショック及び薬物性ショックのいずれかであった可能性は認められない。 (6) 以上によれば,Eに産後発生したショック状態は,産後出血による出血性ショックであると認めるのが相当である。 (7) 被告は,Eの死因は,羊水塞栓症によるDICであると主張する。 この点について,証拠(証人Mの供述書,鑑定人Mによる鑑定の結果)によれば,N大学学長Mは,Eの死因につき,ア米国での羊水塞栓症登録基準は,① 急激な血圧下降または心停止② 急激な低酸素(呼吸困難,チアノーゼ,呼吸停止など)③ 他に説明のできない凝固障害,すなわち血管内凝固や線溶亢進などを検査で説明,または重篤な出血症状の出現④ 上記症状が分娩中,帝王切開時,子宮内容除去術時,分娩後30分以内に起きたとき⑤ 観察された所見や症状が他の疾患で説明できない場合であるところ,Eの分娩から血圧下降に至るまでの臨床症状及び臨床経過は,上記登録基準に一致する,イ Eの肺組織にアルシャン・ブルー染色,TKH-2抗体染色,MLS-132抗体染色を施し,羊水由来成分の検索を行ったところ,羊水由来成分であるムチンが検出された,から,Eは羊水塞栓症に罹患し,その結果呼吸循環不全に陥り死亡したものであり,Eが,死亡に至るまでの経過で,DICを発症していた可能性は否定できないと判断している。 (8) しかし,証拠(甲6,乙2の1,3,5,10,証人J,証人Lの供述書,L鑑定)によれば,次の事実が認められる。 ア Eの臨床経過においては,「しんどい」という訴えと,顔面蒼白という低血圧による症状のみで,呼吸困難・チ の1,3,5,10,証人J,証人Lの供述書,L鑑定)によれば,次の事実が認められる。 ア Eの臨床経過においては,「しんどい」という訴えと,顔面蒼白という低血圧による症状のみで,呼吸困難・チアノーゼ・呼吸停止などの呼吸不全の症状を欠き,むしろ,自発呼吸はH病院到着時においてもしっかりしていた。 イ Eの臨床経過には,血管内凝固においてみられる高度の貧血はなく,また,頚管裂傷で説明不可能な重篤な出血症状は出現していない。 ウ Eの臨床経過に現れた症状は,頚管裂傷による出血性ショックによるものと説明しうる。 エ羊水塞栓症は胎児成分の母体血中流入によって発症するが,胎児成分の母体血中流入が認められる場合でも,羊水塞栓症に罹患しない場合がある。 オ Eの解剖後,Eの肺を中心とした諸臓器の組織学的検索が実施されたが,その時には,肺その他の臓器の血管中に羊水由来の物質,上皮細胞等は認められなかった。 カ Eの肺,腎の毛細血管に,羊水塞栓症によるDICに特徴的な毛細血管のフィブリンの沈着は認められなかった。 キ Eの外陰部全体にわたって,DIC発症時にみられるOozingと呼ばれる出血の痕跡は認められなかった。 これらの事実に照らすと,Eが羊水塞栓症,それを原因とする呼吸循環障害及びDICを発症していたと認めるのは相当ではない。 (9) 以上によれば,Eの死因は,頚管裂傷を原因とする出血性ショックによる呼吸循環器不全と認めるのが相当である。 4 以上の事実を前提として,争点について判断する。 5 争点(1)(子宮収縮剤の使用方法に関する過失の有無)について(1) 原告らは,D医師が妊娠中のEに対し,分娩誘発の適応がないのに不要な子宮収縮剤を投与したと主張するところ,Eが,本件当日昼間に,C医院を受診した際,D医師が,Eに,子宮収 有無)について(1) 原告らは,D医師が妊娠中のEに対し,分娩誘発の適応がないのに不要な子宮収縮剤を投与したと主張するところ,Eが,本件当日昼間に,C医院を受診した際,D医師が,Eに,子宮収縮剤であるプロスタルモンを投与したことは前記認定のとおりである。 (2) しかし,前記認定及び証拠(甲2,5の3,16ないし18,乙1,2の1,6,被告代表者)によれば,次の事実が認められる。 アエコー検査によるEの胎児の推定体重は,平成7年9月8日に3109グラム,同月14日に3247グラム,本件当日昼間で3720グラムであり,胎児の体重は急増していた。 イ胎児の体重が4000グラムを越えた場合,巨大児とされ,経膣分娩が困難となり,帝王切開が必要となる。 ウ C医院では,帝王切開術を実施していなかったため,胎児が巨大児となると,Eについて転院処置を採る必要があった。 エ D医師は,Eの出産予定日を9月25日と診断していたところ,Eの出産が1週間遅れたら,胎児は巨大児になると予測された。 オエコー検査等からは胎児について,肩甲難産となることが予想され,肩甲難産になった場合,胎児に死亡,神経損傷あるいは麻痺等が発生する危険性があった。 カ本件当日昼間時点でのEの状態は,頚管2センチメートル開大であり,頚管熟化が十分に認められず,陣痛が始まるような状態ではなかった。 キ子宮収縮剤には,陣痛誘発とともに頚管熟化の作用が認められるところ,D医師は,頚管熟化目的で子宮収縮剤を投与するのが適当と判断した。 ク Eは,子宮収縮剤であるプロスタルモン投与に関して,骨盤狭窄,児頭骨盤不適合及び骨盤位等の胎児異常並びに胎児に危険を及ぼすと考えられるような産科的合併症を有していた事情がなく,また,緑内障,眼圧亢進 Eは,子宮収縮剤であるプロスタルモン投与に関して,骨盤狭窄,児頭骨盤不適合及び骨盤位等の胎児異常並びに胎児に危険を及ぼすと考えられるような産科的合併症を有していた事情がなく,また,緑内障,眼圧亢進,喘息の既往歴及び帝王切開の既往歴のいずれもないことから,プロスタルモンの投与禁忌及び慎重投与のいずれの場合にも該当しない。 これらの事実を総合して判断すれば,D医師が,Eの胎児が巨大児となって帝王切開術が必要となる前に,子宮収縮剤投与により頚管を熟化し,C医院での経膣分娩を行うのが相当であるとの判断のもと,Eに子宮緊縮剤を投与したことは,医師の裁量の範囲を逸脱し,不相当なものであったとは認められない。 (3) L鑑定においても,Eに対して投与された陣痛誘発剤は,必ずしも医学的適応性を欠くものでないと判断されている。 (4) よって,D医師のEに対する子宮収縮剤投与が,不相当なものであったとは認められない。 (5) この点,原告らは,不要な子宮収縮剤投与により,Eに頚管裂傷が生じたと主張する。 なるほど,証拠(甲9の2)によれば,子宮収縮剤の過量投与により過強陣痛があると,頚管は容易に損傷を受けやすく頚管裂傷を生ずる場合があることが認められる。 しかし,Eに対する子宮収縮剤の投与により,Eに頚管出血が発生したことを認めるに足りる証拠はなく,逆に,証拠(証人Lの供述書,L鑑定の結果)によれば,頚管出血は正常出産でも生ずるものであることが認められ,後記認定のとおり,Eに過強陣痛があったとは認められない。 よって,原告らの前記主張は理由がない。 6 争点(2)(分娩等監視に関する過失の有無)について(1) 原告らは,D医師は,Eに対し子宮収縮剤を投与するに際し,入院させ,監視下で投与するべきであったのに自宅での服用を は理由がない。 6 争点(2)(分娩等監視に関する過失の有無)について(1) 原告らは,D医師は,Eに対し子宮収縮剤を投与するに際し,入院させ,監視下で投与するべきであったのに自宅での服用を指示したのみであり,入院後も充分な分娩監視を行わなかった結果,E及び胎児に危機的状況が生じたと主張する。 (2) しかし,前記認定及び証拠(甲5の3,証人Lの供述書,被告代表者,L鑑定)によれば,次の事実が認められる。 ア子宮収縮剤の投与は,入院の上,監視下での投与が原則とされ,妊婦の自宅での服用はできるだけ避けるべきであるが,投与時の状況や条件によっては,自宅での服用が常に不可とはいえない。 イ子宮収縮剤の投与当時,Eには,陣痛が発来しておらず,頚管熟化も十分認められない状態であって,陣痛がすぐには始まりそうにはない状態であった。 ウ D医師は,Eに対し,子宮収縮剤であるプロスタグランディンを投与することを説明し,了承を得た上,服用方法についても説明している。 エ D医師が指示した子宮収縮剤の服用量,服用方法に問題はなく,投与量は,プロスタグランディンの投与量は,一般の投与量以下であった。 オ D医師は,Eに対し,子宮収縮剤服用後,陣痛が開始した場合には,服用を中止し,直ちにC医院に入院するよう指示している。 カ C医院とEの自宅との間の距離は近い。 以上の事実によれば,D医師がEに自宅で子宮収縮剤の服用をさせたことに過失があったとは認められない。 この点,L鑑定においても,D医師の陣痛誘発剤投与について,投与時期,投与量,投与方法等に問題はなかったとされている。 なお,証拠(甲18)によれば,プロスタルモン投与の一般的注意事項として,原則として母体,胎児の状態を分娩監視装置等により,常時監視できる条件下 ,投与量,投与方法等に問題はなかったとされている。 なお,証拠(甲18)によれば,プロスタルモン投与の一般的注意事項として,原則として母体,胎児の状態を分娩監視装置等により,常時監視できる条件下で使用することとされていることが認められるが,証拠(証人Lの供述書)によれば,使用上の注意事項をもって直ちに禁止事項とはいえず,それなりの注意が払われれば絶対に不可とはいえないことが認められ,したがって,前記一般的注意事項の存在をもって,本件におけるプロスタルモンの使用方法が不相当であったとまではいえない。 (3) また,証拠(乙1,証人Lの供述書,L鑑定の結果)によれば,次の事実が認められる。 ア Eの陣痛が開始した本件当日午後3時ころからC医院で内診が行われた午後6時ころまでの3時間の陣痛により,Eの子宮口は,同日昼の診察時の頚管2センチメートル開大から子宮口2.5センチメートル開大へ変化しており,同経過は極めて順調な分娩経過であった。 イ Eの本件当日午後5時55分ころの所見では,特段の異常は認められず,C医院のFは,Eには陣痛が良好に発来していて,帝王切開は不要であると判断した。 ウ本件当日午後6時10分ころのD医師による所見でも,Eの分娩経過は順調であった。 以上の事実からすると,C医院受診前に,E又は胎児に危機的状態は生じていなかったと認められる。 (4) さらに,前記認定及び証拠(乙2の1,6,被告代表者)によれば,次の事実が認められる。 ア D医師は,Eに対し,その後も,分娩監視装置により,陣痛の発作時間,間欠時間,母体のいきみの有無等の観察を行った。 イ D医師は,適宜,視触診によりEの子宮口の開大状況及び児頭位置を確認した。 ウ D医師は,Eの破水状況についても確認した。 作時間,間欠時間,母体のいきみの有無等の観察を行った。 イ D医師は,適宜,視触診によりEの子宮口の開大状況及び児頭位置を確認した。 ウ D医師は,Eの破水状況についても確認した。 エ本件当日午後6時19分ころには,Eに急激な胎児心拍数低下が起こっているが,D医師は,経母体酸素投与を直ちに行い,それにより胎児心拍数は改善した。 これらの事実に照らせば,Eの入院後,D医師が分娩監視を怠ったとは認められない。 この点,証拠(乙1,2の1,6,被告代表者)によれば,D医師によるEの分娩監視については,母体血圧値,子宮開大や破水等の臨床症状等についてカルテに記載がされていないことが認められるから,C医院では監視状況に関する記録についての配慮が十分なものでなかったことは否定できない。しかし,記録の不備をもって直ちに分娩監視義務を怠ったとまでは認められない。 また,原告らは,C医院の分娩監視装置について,1分間3センチメートルの標準速度による記録がされるべきであったと主張するが,同主張を認めるに足りる証拠はない。逆に,証拠(L鑑定)によれば,異常パターンの有無のチェック及び大まかな診断には,1分間1センチメートルの速度による記録で問題なく,実地臨床上も,1分間1センチメートルの速度による記録法を用いている施設が多いことが認められるから,D医師の用いた記録法に問題はなかったと認められる。 (5) 以上によれば,原告らの前記主張は理由がない。 7 争点(3)(急速遂娩術に関する過失の有無)について(1) 原告は,Eは児頭が高位置にある段階で,過強な陣痛が生じており,D医師としては,子宮収縮抑制剤の塩酸リトドリンを投与の上,緊急帝王切開を行うべきであったにもかかわらず,吸引分娩及びクリステレル圧出を行い,その結果頚管裂傷を にある段階で,過強な陣痛が生じており,D医師としては,子宮収縮抑制剤の塩酸リトドリンを投与の上,緊急帝王切開を行うべきであったにもかかわらず,吸引分娩及びクリステレル圧出を行い,その結果頚管裂傷を生じさせたと主張する。 (2) しかし,前記認定のとおり,Eの陣痛開始からC医院来院時までの分娩経過は,順調であり,この間に過強陣痛が生じていたとは認められない。 なお,C医院入院後の経過については,前記認定のとおり,子宮口2.5センチメートル開大から全開大まで約35分しか経過していないことが認められる。 しかし,証拠(乙1,2の1,6,証人Lの供述書,被告代表者,L鑑定)によれば,次の事実も認められる。 ア分娩の際のEの子宮の状態は,過強陣痛に特有な非常に固い状態ではなかった。 イ子宮口の開大の速度は,娩出力(陣痛の強さ)と軟産道(この場合子宮口)の堅さの相対的関係による。 ウ Eの本件当日午後6時30分ころまでの陣痛は発作40秒から50秒,間欠は約1分30秒程度であり,開口期陣痛としては正常範囲であり,娩出力に問題はなかった。 エ Eの分娩時の分娩監視装置によるモニター推移から窺われる分娩経過も,Eに過強陣痛があったことを裏付けるものではない。 これらの事実に照らすと,上記事実からEに過強陣痛が生じていたとは認められず,他に,これを認めるに足りる証拠はない。 (3) したがって,Eに過強陣痛が生じていたことを前提として,緊急帝王切開を行うべきであったとする原告らの主張は理由がない。 (4) また,D医師が実施した吸引分娩,クリステレル圧出の選択又は実施方法に問題があったと認めるに足りる証拠はない。 逆に,前記認定及び証拠(甲22,乙1,2の1,6,8,証人F,被告代表者)によれば,次 医師が実施した吸引分娩,クリステレル圧出の選択又は実施方法に問題があったと認めるに足りる証拠はない。 逆に,前記認定及び証拠(甲22,乙1,2の1,6,8,証人F,被告代表者)によれば,次の事実が認められる。 ア分娩時胎児仮死が疑われる場合,酸素吸入などを行った上で,状態が改善しなければ急速遂娩することとされている。 イ本件当日午後6時34分ころ,胎児に2回目の変動一過性徐脈が出現し,胎児心拍数低下が5分間にわたって継続した。 ウ吸引遂娩術実施時のEの状態は,子宮口全開大で,児頭は発露直前の状況にあった。 エ D医師による吸引分娩は,Eの陣痛に合わせて,1回目は約90秒間,2回目は約40秒間,40水銀圧で吸引するものであったが,同方法は相当な方法である。 オ Fによるクリステレル圧出は,特に過度の力を入れて行ったものではなく,吸引分娩を補助する程度であった。 カ吸引分娩等の実施により,胎児の徐脈は消失し,胎児心拍数は自然回復した。 キ D医師は,以後,Eについて自然分娩に委ね,Eは,その後速やかに出産している。 ク原告Bのアプガースコアは良好で,胎児仮死の徴候も見られなかった。 これらの事実によれば,D医師らによる吸引分娩及びクリステレル圧出の実施はいずれも適当なものであったと認められる。 (5) さらに,証拠(甲9の2)によれば,吸引分娩,クリステレル圧出等の過度の娩出力によって頚管裂傷を生ずる場合があることが認められるけれども,D医師が実施した吸引分娩及びクリステレル圧出により,Eに頚管裂傷が発生したことを認めるに足りる証拠はなく,逆に,証拠(証人Lの供述書,L鑑定)によれば,頚管裂傷は正常出産でも生ずるものであることが認められる。 (6) 以上によれば,原告らの前記 り,Eに頚管裂傷が発生したことを認めるに足りる証拠はなく,逆に,証拠(証人Lの供述書,L鑑定)によれば,頚管裂傷は正常出産でも生ずるものであることが認められる。 (6) 以上によれば,原告らの前記主張は理由がない。 8 争点(4)(頚管裂傷の対処法における過失)について(1) 原告らは,Eに産後出血があったのであるから,D医師は,直ちに適切な止血処置を採るべきであったのに,産科出血の基本的手技である内診及び膣鏡診を行わなかった結果,Eの頚管裂傷による出血を見逃したと主張する。 (2) この点,産後出血について,前記認定のとおり,ア日本産婦人科学会では,産後500ミリリットル以上の出血を異常出血としていること,イ一般には300ミリリットルを超えてなお出血が持続する場合,厳重な監視が必要となること,ウ止血処置を行っても,なお出血するときは輸液を開始し,出血量が800ないし1000ミリリットルを超えても出血が多めに持続するときは,血液を発注するとされていることが認められる。 これらの事実によれば,産後出血量が500ミリリットルを超えた場合には,分娩時の異常出血として,医師は,出血部位,出血量の観察等,出血状況を管理すべき義務があるというべきである。 (3) これを本件についてみると,前記認定のとおり,Eは,C医院での出産経過中,出産直後までに500グラムの出血があり,以後,本件当日午後7時15分までに40グラム,以後,同日午後8時までに600ないし800ミリリットルの出血が継続的にあったこと,Eの産後出血は,典型的な頚管裂傷の場合と異なり,1時間当たり約800から1000ミリリットル程度の緩やかな出血であったことが認められる。 (4) とすると,本件当日午後7時15分ころ,Eに,多量ではない 出血は,典型的な頚管裂傷の場合と異なり,1時間当たり約800から1000ミリリットル程度の緩やかな出血であったことが認められる。 (4) とすると,本件当日午後7時15分ころ,Eに,多量ではないものの出血状態が存在し,血圧低下,頻脈等があり,プレショック状態が認められた時点では,その原因の解明は必須であり,特に,Eの分娩時出血が約440グラムと比較的多量であったこと,出血性ショックはショック状態発現の原因として最も頻度が高いと一般的に認識されていること(甲21)からすれば,D医師は,出血性ショックの可能性を疑い,Eの出血状態について確認するとともに,出血性ショックの可能性につき慎重に判断すべき義務があったというべきである。 (5) そして,証拠(甲5の1・2・4ないし6,9の2,14,21)によれば,膣部の触診及び膣鏡診による出血の確認は,一般の産婦人科医師として,容易かつ基本的な手技であること及びスピードの遅い出血の発見には膣鏡診が不可欠であることが認められ,産科医師としては,産後の出血状態の確認手段として,膣部の触診及び膣鏡診を当然実施すべきであると解される。 (6) これに対し,前記認定のとおり,D医師は,ア Eの子宮底の圧迫と外陰部の視診を実施し,その結果,産後出血量はそれほどでないと判断したこと,イ産後出血量判断のための内診及び膣鏡診は行わなかったこと,ウ Eの出血に対して,輸液等の処置は講じていないこと,エショック状態に対する処置として,ソルコーテフ,ブルタールの投与を行ったことが認められる。 (7) とすると,Eには産後,正常値の範囲内ではあったものの比較的多量の出血が認められ,その後にはプレショック状態が発現し,ショック状態へ移行していたのに,出血状況の確認として,一般の れる。 (7) とすると,Eには産後,正常値の範囲内ではあったものの比較的多量の出血が認められ,その後にはプレショック状態が発現し,ショック状態へ移行していたのに,出血状況の確認として,一般の産婦人科医師として容易かつ基本的な手技である内診及び膣鏡診を行うことなく,子宮底の圧迫と外陰部の視診のみでEの産後出血量はそれほどではないとしたD医師の判断は,Eが既にプレショック状態に陥っており,ショックの原因及びその対処方法の判断に必ずしも十分な時間的余裕がなかったこと,Eの頚管裂傷には急激な多量出血を来すような血管断裂がなく,Eに目立った外部的出血が認められないなど,Eの頚管裂傷からの出血状態は非定型であったこと,Eが出産後早い段階でプレショック状態に陥っていることなどを考慮しても,D医師の実施した子宮部の圧迫及び外陰部の視診による産後の出血管理は十分なものとはいえず,産科医師として当然尽くすべき産後の出血管理義務を怠ったものと認めざるを得ない。 (8) また,本件で,D医師がEの出血確認措置として,内診及び膣鏡診を実施することについて,当時の状況に照らし,それが困難を伴うものであったことを認めるに足りる証拠もない。 (9) 以上の事実によれば,D医師は,Eの産後出血を認識し,Eがその後プレショック状態に陥ったのであるから,出血継続の有無,出血量,出血部位を確認すべきであり,そのために,出血管理の基本的手技である膣部の内診及び膣鏡診を行うべきであった。したがって,D医師が,子宮底の圧迫及び視診のみでEの産後出血はそれほどではないと考え,産後出血がショック状態の原因ではないと判断したことは,産科医師として尽くすべき出血管理義務を怠った治療上の過失といわなければならない。 この点,L鑑定においても,D医師は,Eの分娩後ショックの段階 後出血がショック状態の原因ではないと判断したことは,産科医師として尽くすべき出血管理義務を怠った治療上の過失といわなければならない。 この点,L鑑定においても,D医師は,Eの分娩後ショックの段階で,内診及び膣鏡診を行うとともに,分娩時の出血量と合わせて,出血量の厳密なチェックを行い,とりあえずショックに見合う補液を実施すべきであったとされている。 (10) もっとも,D医師は,Eのプレショック状態に気付き,重篤と判断し,他院へ緊急搬送しており,ショック状態発現に対する対応それ自体は迅速なものと認められるが,D医師は,Eのショック状態の原因について最低限の診断である出血確認手技を実施せず,Eのショックの原因を非出血性ショックと判断して搬送処置を採っており,その結果,H病院到着までEの出血に対して輸液措置が行われなかったことからすれば,D医師が迅速に搬送処置を採っていることをもって,D医師が尽くすべき義務を果たしたということはできない。 (11) よって,D医師には,Eの産後出血に対する処置について過失が認められる。 9 争点(5)(死亡との因果関係)について(1) D医師の前記過失とEの死亡との間に因果関係があるというためには,①D医師が医師として尽くすべき出血管理処置を行っていたならば,Eの出血を把握することが可能であり,②その時点で,Eの出血に対する治療を開始していれば,Eがその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が認められることが必要であるというべきである。 (2) 前記認定のとおり,D医師が内診及び膣鏡診を実施していれば,Eの頚管裂傷自体を発見することは困難であったとしても,証拠(証人Lの供述書,L鑑定)によれば,頚管裂傷からの出血による血液の流出は主として頚管内腔から膣へと向かっ が内診及び膣鏡診を実施していれば,Eの頚管裂傷自体を発見することは困難であったとしても,証拠(証人Lの供述書,L鑑定)によれば,頚管裂傷からの出血による血液の流出は主として頚管内腔から膣へと向かったことが認められることからすれば,少なくとも,Eに相当な出血が継続していることを発見することは可能であったと推認される。 (3) 次に,その時点においてD医師が課されていた注意義務を尽くしていれば,Eがその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が認められるか,具体的には,①前記時期に発見し得た場合,当時の医療水準に照らし,適切な治療法を選択し,効果的な処置を採ることが可能であったか,②そのような治療処置が採られた場合,Eがその死亡の時点において生存していたであろう高度の蓋然性が認められるかが問題となる。 (4) 前記認定及び証拠(証人Lの供述書,L鑑定)によれば,D医師が,Eの膣部に出血を認め,Eのショック状態について,出血性ショックの可能性を疑ったならば,Eに対し,タンポナーゼ等による暫定的な止血処置を講じた上,出血量の管理を行い,20ないし30分間で500ないし1000ミリリットル程度の補液を実施することで,出血に対する処置を採り,産科救急が可能な専門医に搬送すべきであったことになる。 証拠(甲16,21,証人Lの供述書,L鑑定の結果)によれば,持続的産科出血が認められた場合,それに対する暫定的な止血処置を講ずることは,産科治療の基本とされていること,開業産科医にとって,プレショックからショック状態に至る過程で必要とされる輸液実施は容易であること,20ないし30分間で500ないし1000ミリリットル程度の輸液は開業産科医が行う暫定的処置として必須の処置であることが認められ,かかる処置を採ることは容易で で必要とされる輸液実施は容易であること,20ないし30分間で500ないし1000ミリリットル程度の輸液は開業産科医が行う暫定的処置として必須の処置であることが認められ,かかる処置を採ることは容易であったと認められるから,D医師としても同処置を講ずることが特段の困難を伴うものでなかったことは明らかである。 (5) このような処置が採られた場合,C医院において,暫定的止血処置及び補液が実施された上,高次医療機関において,血道を確保し,輸液の多量急速投与を行った上,輸血の実施及び出血部位の特定,止血処置が講じられることになると考えられる。 この場合,前記認定のとおり,アプレショック段階でのEの出血量は500グラム程度であったと認められ,その時点での出血量はそれほど多量ではなく,また出血スピードも速くなかったことからすれば,Eの出血性ショックは必ずしも不可逆的なものであったとは考えられないこと,イ暫定的止血処置により,H病院搬送までに認められた600ないし800ミリリットルの出血は相当減少したと考えられること,ウ Eに対して,C医院で出血量に応じた補液がなされることにより,出血によるショック状態の発現,悪化も相当程度くい止められたと考えられること,エ C医院で暫定的処置を講じた上,高次医療機関に搬送されれば,適切な補液及び輸血の実施により,ショック症状は改善されたと考えられること,オ高次医療機関では,Eの頚管裂傷を発見することは可能であり,出血巣に対する処置もなし得たと考えられることが認められることからすれば,Eについて,プレショック発現時点から,適切な出血管理が行われていれば,Eが死亡の機序をたどらなかった可能性は高く,Eの死亡時においてもなお生存していた高度の蓋然性があるものと認める ことからすれば,Eについて,プレショック発現時点から,適切な出血管理が行われていれば,Eが死亡の機序をたどらなかった可能性は高く,Eの死亡時においてもなお生存していた高度の蓋然性があるものと認めるのが相当である。 (6) この点,L鑑定においても,D医師が採った処置がEの予後に少なからず影響を与えた,D医師により出血性ショックに対して適切な処置が講じられれば,Eはこれほど早く心停止に至ることはなかったと判断されている。 (7) なお,L鑑定においては,Eの分娩後,H病院で初回の心停止状態に至るまでの間に推定される出血量では,通常失血死に至ることは考え難い,Eの死亡については他の要因の存在も否定できないとされており,Eの出血性ショックは,その出血状態,出血量等からして,典型的な頚管裂傷による出血性ショックの機序にそのまま合致するとはいえない。 しかし,Eが失血死に至る機序が全面的に解明されていないとしても,前記認定のとおり,Eに相当量の産後出血が継続して出血性ショックが発生し,D医師の治療上の過誤により,出血性ショックに対し相当時間適切な処置がとられず,最終的に,Eが出血性ショックによる呼吸循環不全により死亡するに至ったことが認められる以上,D医師により適切な出血管理が実施されていれば,Eがその死亡時においてなお生存し得た可能性は高いというべきであって,Eの死亡について他の要因が介在した可能性があることを理由に,D医師により採られるべきであった処置とEの死亡時における生存の蓋然性との間の因果関係を否定することはできない。 (8) したがって,D医師の前記過失とEの死亡との間には相当因果関係が認められる。 10 争点(6)(損害)について(1) 逸失利益ア前記認定のとおり,D医師により産後出血に対して採るべき処置が がって,D医師の前記過失とEの死亡との間には相当因果関係が認められる。 10 争点(6)(損害)について(1) 逸失利益ア前記認定のとおり,D医師により産後出血に対して採るべき処置が講じられていれば,Eの出血性ショック状態は改善され,予後は良好なものとなった可能性が高いのであるから,D医師の治療上の過失による逸失利益は,Eの救命を前提として算定するのが相当である。 イこの点,L鑑定においては,適切な処置が採られた場合でも,最終的にEが救命可能であったか否かの判断は難しいとされているが,他方で,同鑑定においては,D医師が採るべき処置を講じていれば,Eに心停止状態がこれほど急激に生ずることはなかったとされているのであり,Eがショック状態に陥った主たる原因は産後出血であったことからすれば,産後出血に対する適切な処置が講じられれば,Eの産後ショック状態が急激に進むことはなく,逆に,ショック状態が改善され,Eが異なる予後をたどった可能性は高いといえる。したがって,同鑑定を前提としても,Eに対して適切な治療処置が講じられていれば,Eは救命されていた蓋然性は高いと認めるのが相当である。 ウ Eは,本件当時,27歳の主婦であり,本件がなければ,67歳までの40年間家事労働に従事し,その間,家事労働の評価額として平成7年度の賃金センサス第1巻第1表産業計企業規模計学歴計女子労働者全年齢平均給与額を下回らない額の収入を毎年得ることができたと推認するのが相当であり,同年収から生活費として4割を控除し,以上を基礎にライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除して算定すると,Eの逸失利益は3513万3052円となる。 (2) 葬儀費用本件の葬儀費用としては,120万円が相当である。 (3) 慰謝料ア Eは,第一子 分の割合による中間利息を控除して算定すると,Eの逸失利益は3513万3052円となる。 (2) 葬儀費用本件の葬儀費用としては,120万円が相当である。 (3) 慰謝料ア Eは,第一子を出産した直後に死亡しており,本件により精神的苦痛を被ったことは明らかであるが,他方,D医師には,前記過失が認められるものの,Eの頚管裂傷からの出血状態は非定型であり,Eに頚管裂傷が生じているとの診断は困難であったと推測されること,Eが出産後早い段階でプレショック状態に至っており,かつ本件では急激な多量出血を来すような血管断裂がなく,Eに目立った出血が認められなかったことからすれば,Eがプレショック状態に陥った時点で,D医師が,Eのショックの原因につき出血性ショック以外の産科ショックの可能性を考慮したこと自体は著しく不合理なものとまではいえないこと及びD医師がEを救命するための懸命な治療行為を行ったこと等の事情も認められ,これら本件における諸般の事情を考慮すれば,Eの精神的苦痛に対する慰謝料は1000万円が相当である。 イまた,原告らが,Eの死亡により固有の精神的苦痛を被ったことは明らかであるが,Eの慰謝料算定の際の前記諸般の事情も考慮すると,その精神的苦痛に対する慰謝料は各300万円とするのが相当である。 (4) 弁護士費用原告らが,本訴の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは証拠上明らかであり,本件事案の性質,審理の経過及び認容額等諸般の事情を考慮すると,本件の弁護士費用としては500万円が相当である。 (5) そして,原告らは,Eの相続人であるから,法定相続分(各2分の1)に従い,Eの損害賠償請求権を相続した。 したがって,原告らは,被告に対し,それぞれ2866万6526円の損害賠償請求権を有している。 て,原告らは,Eの相続人であるから,法定相続分(各2分の1)に従い,Eの損害賠償請求権を相続した。 したがって,原告らは,被告に対し,それぞれ2866万6526円の損害賠償請求権を有している。 第4 結論よって,原告らの請求は,被告に対し,それぞれ2866万6526円及びこれに対する不法行為の日である平成7年9月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第23民事部裁判長裁判官吉川愼一裁判官倉地真寿美裁判官俣木泰治
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