平成一四年三月二五日宣告裁判所書記官中川修平平成七年合(わ)第二〇三号、刑(わ)第七四九号、刑(わ)第一四四六号殺人、公務執行妨害、脅迫被告事件判決被告人年齢昭和四〇年一月二〇日生本籍千葉市住居不定職業無職検察官吉浦邦彦山口聡也野原一郎弁護人藤井眞人(国選)(主任)長谷川直彦(国選)松江仁美(国選) 主文 被告人を懲役一〇年に処する。 未決勾留日数中一二〇〇日を右刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、宗教法人オウム真理教(以下「教団」ともいう。)に所属していたいわゆる出家信者であり、教団内部において、幹部の地位にあったものであるが、第一平成六年一月三〇日未明、山梨県西八代郡上九一色村所在の「第二サティアン」と称する教団施設三階にある「尊師の部屋」と呼ばれる一室において、教団内部で尊師と称する地位にあったAことA1が、元教団信者であったB及びC(当時二九歳)において、「第六サティアン」と称する教団施設において治療を受けていたDを救出するとして第六サティアンに入り込み、教団信者らに催涙ガスを噴射するなどしたことを教団に対する敵対行為とし、Cらを殺害するしかないと述べた上、その場にいた教団幹部らの意見を求めた際、同所に集まっていたE、F、G、Hなどの教団幹部とともにこれに賛同し、さらに、A1が、Bをし ことを教団に対する敵対行為とし、Cらを殺害するしかないと述べた上、その場にいた教団幹部らの意見を求めた際、同所に集まっていたE、F、G、Hなどの教団幹部とともにこれに賛同し、さらに、A1が、BをしてCを殺害させることもありうるとした際にも、他の教団幹部同様これに反対することなく、その後、BがA1からCを殺害するように命じられ、これを了承したので、ここにおいて、A1、教団幹部のI、E、F、G、H、J及びK並びにBらとCを殺害する旨共謀の上、そのころ、前記の「尊師の部屋」と呼ばれる一室において、Bが、Cの頸部にロープを巻いて絞めつけ、被告人らにおいて、抵抗するCを押さえつけるなどし、よって、そのころ同所でCを窒息死させて殺害し、第二教団を脱会した元信者L(当時七〇歳)が他の教団信者に勧めて脱会させていると考え、他の教団信者を脱会させるのを止めさせるため、当時教団の高知支部長であったMと、A1の超能力などを信じているLを脅迫することを共謀の上、平成七年一月二七日午後一〇時ころ、徳島県麻植郡所在の同人方に赴き、同人方二階の部屋において、同人に対し、被告人が、「今日は、A尊師のメッセージを伝えに来ました。」「Lさんは、オウムに対して脱会届を出していますが、オウムでは脱会は認めない、破門する。」「オウムの信者で、クンダリニーが上がった信者は、脱会したりすると、尊師のエネルギーが送られなくなるので、発狂したり、あるいは場合によっては死ぬかもしれない。」「教団の分派活動をしたり、尊師の悪口を言ったり、教団の悪口を言ったりする人はこういう目にあいますよ。」「これ以上信者を脱会させるとこちらにも考えがありますよ。」などと言って同人の生命、身体及び自由に危害を加えるかもしれないことを暗示して脅迫し、第三平成七年四月六日午前一〇時二〇分ころから四三 」「これ以上信者を脱会させるとこちらにも考えがありますよ。」などと言って同人の生命、身体及び自由に危害を加えるかもしれないことを暗示して脅迫し、第三平成七年四月六日午前一〇時二〇分ころから四三分ころにかけて、東京都北区陸上自衛隊十条駐屯地正門脇道路上に駐車した普通乗用自動車助手席に乗車中、警察官の制服制帽を着用した警視庁王子警察署勤務のN巡査から、挙動不審者として職務質問を受けた際、同巡査の説得に応じていったんは降車したが、警察署に同行されるのではないかと思って再び右自動車助手席に乗り込もうとしたところ、同巡査に左腕を軽く叩かれて引き留められたため、同巡査に対し、振り向きざまに、左手を斜めに振り上げるようにして手刀でその胸部を一回殴打し、さらに、右自動車助手席に乗り込み、助手席ドアを引いてそのドアと右自動車との間に入り込んでいた同巡査をそのドアと右自動車車体の間に挟む暴行を加え、もって、同巡査の職務の執行を妨害したものである。 (事実認定の補足説明)第一判示第一の殺人被告事件について一弁護人は、被告人は、A1らとC殺害の共謀をしたことはないし、C殺害の実行行為に関与したこともないから、殺人罪の責任を負わないと主張し、被告人もこれに沿う供述をするとともに同様の主張もするので、以下検討する。 二特に争いがないか容易に認定できる事実判示の事実のうち、Bが、第二サティアンの「尊師の部屋」において、Cの頸部にロープを巻きつけて絞めつけ、Cを窒息死させて殺害したこと、その場に被告人がいたことについては、前記の関係各証拠により明らかであるが、BがC殺害に及んだ経緯、C殺害の状況、被告人がC殺害の現場にいた経緯などについて、前記の関係各証拠によれば、被告人が自認している点なども含め、以下の各事実も、容易に認定すること り明らかであるが、BがC殺害に及んだ経緯、C殺害の状況、被告人がC殺害の現場にいた経緯などについて、前記の関係各証拠によれば、被告人が自認している点なども含め、以下の各事実も、容易に認定することができる。 1 被告人は、昭和六一年の暮れか昭和六二年の初めころ、オウム真理教の前身であったオウム神仙の会に入会し、昭和六三年一月ころ、出家した。 2 教団では、尊師たるA1を頂点として、信者の修行の段階に応じて、正大師、正悟師、師などのステージと呼ばれる階級が付与されており、本件当時、C殺害の現場にいた者は、全員師以上の教団幹部であり、Iは正大師の地位に、F及びEは正悟師の地位にあった。他の者は、師の地位にあったが、師の中にも序列があり、地位の高い方からH、G、O、J、被告人、Kの順になっていた。 3 Bは、昭和六二年五月ころオウム神仙の会に入信し、同年一一月ころには教団の出家信者になったが、A1が教えとして説く内容に疑念を抱いたことから、教団からの脱会、入信等を繰り返し、平成四年春ころ、教団を脱会した。Bは、教団の信者であった際、パーキンソン病を患っていた母Dを入信させて、教団付属病院に入院させることを被告人から勧められたため、その旨Dに勧め、Dは、教団に入信した上、平成三年一一月ころから、教団付属病院に入院し、平成六年一月ころには、山梨県西八代郡上九一色村所在の「第六サティアン」と呼ばれる教団施設(以下「第六サティアン」という。)に移り、引き続きパーキンソン病の治療を受けていた。 4 Cは、オウム真理教元信者で、信者であった際、教団付属病院の薬剤師を勤め、Dの面倒も見ていた者であるが、平成六年一月二四日ころ、Dに対する治療方法が適切ではなく、このままではDが危険であり、Dも帰りたがっているから、教団施設から病 あった際、教団付属病院の薬剤師を勤め、Dの面倒も見ていた者であるが、平成六年一月二四日ころ、Dに対する治療方法が適切ではなく、このままではDが危険であり、Dも帰りたがっているから、教団施設から病弱で自力で帰れないDを助け出そうとBに持ちかけ、Bもこれを了承したため、CとBは、深夜教団施設に赴いてDを連れ出すことになった。また、Cが働きかけて、Bの父Pも運転手として同行することになった。 5 CとBは、Pの運転する栃木ナンバーのクラウンで、第六サティアンのある教団施設へと向かい、平成六年一月三〇日午前二時ころ、その教団施設付近に着いた。CとBは、警備が手薄になる午前三時ころまで待ってから、それぞれ、出家信者が着る白い服を着て、催涙スプレー、火炎瓶、サバイバルナイフ等を分けて携帯し、第六サティアンに入り込んだ。Pは、その教団施設に接する路上にクラウンを停車させ、その中で待機していた。 6 CとBは、第六サティアンの三階医務室でぐったりとした状態のDを見つけ、二人で同女を担いで連れ出そうとしたが、信者らに発見され、Cが催涙スプレーを噴射するなどして抵抗したものの、結局二人ともFのほか数名の信者に捕まり、両手に前手錠をかけられた。その後、Fの指示で、CとBは、第六サティアンからワゴン車に乗せられ、第二サティアン三階に連行された。 7 被告人は、第六サティアン三階のシールドルームと称する個室でパーフェクト・サーベーション・イニシエーション(以下「PSI」という。)と称する修行をしていたが、女性の悲鳴が聞こえたことから、Cらが第六サティアンに入り込んで騒ぎになっていることを知り、Cを捕まえるのに協力し、Cらを連れて前記ワゴン車で第二サティアンに行った。 8 Gも、第六サティアン三階のシールドルームでPSIの修行中であっ ィアンに入り込んで騒ぎになっていることを知り、Cを捕まえるのに協力し、Cらを連れて前記ワゴン車で第二サティアンに行った。 8 Gも、第六サティアン三階のシールドルームでPSIの修行中であったが、やはり女性の悲鳴が聞こえたことから、BとCが数人の信者に取り押さえられそうになっている現場に行った。Gは、CらがDを連れ出すために第六サティアンに入り込んだことを知ったため、第六サティアン一階にあるA1の居室へ向かい、その旨報告したが、A1は既にFから報告を受けていると答えた。その後、Gは、Kに運転を依頼して、Kとともに、乗用車で第二サティアンへ行った。 9 Cらの行動の報告を受けたA1は、Iに連絡をとり、同女に誘導させて、A1専用車のベンツに乗車し、当時A1の運転手をしていたHに右ベンツを運転させて、第二サティアンに向かった。 Hは、第六サティアン三階のシールドルームでPSIの修行中、騒がしかったために同室から出て階段の方に行くと、Cらが信者に取り押さえられて運ばれていくところであり、「尊師に報告しろ。」などとの声もあったことから、A1が移動するかもしれないと思い、自分のシールドルームで連絡を待っていたところ、車を用意するようにとの指示があり、右ベンツに乗って待機していたものである。 10 第二サティアンに到着したA1とIは、三階にある「尊師の部屋」(幅七・一二メートル、奥行き一一・八五メートル)に入った。その後、E、F、H、被告人、K、Gらも「尊師の部屋」に入室した。他方、第二サティアン三階に連行されていたBとCは、北側階段付近で一〇分間ほど待たされた後、Fに促され、Bだけが「尊師の部屋」に入れられた。 11 Bが入室した際、「尊師の部屋」には、A1のほか、I、E、F、G、被告人、H、Kらがいた。 は、北側階段付近で一〇分間ほど待たされた後、Fに促され、Bだけが「尊師の部屋」に入れられた。 11 Bが入室した際、「尊師の部屋」には、A1のほか、I、E、F、G、被告人、H、Kらがいた。東側壁際のソファに座っていたA1は、Bを自分の前に正座させ、Bに対し、その行動の理由を尋ねた上、「Cは、教団内にいるとき、イニシエーションと偽って、Dに自分の精液を飲ませたり、肉体関係を持ったりした。 そのことに教団が気づいたので二人を引き離したら、それを不服に思って、こういうことをした。Cは、Dを連れ戻すことができた場合にはDと結婚するつもりであり、それをBやPが邪魔した場合にはBらを殺すつもりだった。」旨などと話した。 12 A1とBが話をしている途中で、その場にいた教団幹部らが「尊師の部屋」に青色ビニールシートを敷き、その後、Cが呼ばれた。Cは、前手錠をかけられたまま、そのビニールシート上に座らされた。Bは、その場にいた者から渡されたガムテープでCに目隠しをした上、Cの頭部にビニール袋を被せ、その中に催涙スプレーを噴射した。すると、Cが暴れ出し、ビニール袋が破れてしまったため、催涙ガスが漏れ、Jが窓を開けて換気しようとしたが、周囲の者から注意され、あわてて閉めた。 13 その後、Bは、Fから二つ折りにされたロープを受け取り、これをCの頸部に巻きつけて絞めつけたが、手錠をしていたことなどから、力が入りにくかったため、Fの指示で、ロープの片方の端にできた輪の中に右足を入れ、もう片方の端を両手で引っ張るようにして、さらにCの頸部を絞め続けた。その結果、Cは、窒息によって死亡した。Cが首を絞められている間、周囲にいたF、E、G、Jらが、Cの体を押さえつけていた。 14 Jが、Cの死亡を確認して、A1にその旨報告した。その後、 た。その結果、Cは、窒息によって死亡した。Cが首を絞められている間、周囲にいたF、E、G、Jらが、Cの体を押さえつけていた。 14 Jが、Cの死亡を確認して、A1にその旨報告した。その後、Fは、「Bを帰して大丈夫ですか。」旨A1に尋ねたが、結局、GとFがBを車でPの待つ前記クラウンまで送っていって解放した。他方、QとRが「尊師の部屋」に呼び入れられ、Cの死体をビニールシートにくるみ、第二サティアンの地下室へ運んだ。 三 C殺害の実行行為への被告人の関与とその直前のA1とBのやり取りを中心とする共謀について 1 前記のとおり、被告人は、C殺害の現場にいながら、C殺害を共謀したこともないし、C殺害に直接・間接いずれの形にせよ、手を貸したことはないとして、犯行への関与を否定しているところ、これらの点について、事実認定上重要な証拠となるのは、実行行為者であるBの公判供述であり、さらに犯行に加わったH、Gの公判供述である。そこで、まず、C殺害の実行行為への被告人の関与とその直前のA1とBとのやり取りを中心とする共謀の状況に関し、Bの公判供述の内容とその信用性について、HやGの公判供述の内容とその信用性にも触れながら検討することとする。 2 B、H、Gの公判供述の内容とその信用性(一) B、H、Gの公判供述要旨(1) Bの公判供述要旨Bは、①BがCにビニール袋を被せたり、Cの頸部にロープを巻きつけたりするのに苦労していたところ、被告人が手を貸してくれた、②BがCの頸部を絞めていた際、被告人は、Cの背後から同人を押さえ込んでいたなどとして、要旨、以下のとおり供述する。 「尊師の部屋」に連れて行かれ、A1と正対するような位置に一メートル前後の距離で正座 た際、被告人は、Cの背後から同人を押さえ込んでいたなどとして、要旨、以下のとおり供述する。 「尊師の部屋」に連れて行かれ、A1と正対するような位置に一メートル前後の距離で正座した。手錠は掛けられたままだった。そのとき、自分が今からどうなるのか心配で、気持ちに余裕はなかった。 A1から行動の理由を尋ねられたため、「Cさんに母親のことを聞いて心配になった。」と答えた。A1が、「Cがこういうことをした理由はわかるか。」と聞いてきたので、「分かりません。」と答えると、A1は、「Cは、教団内にいるとき、イニシエーションと偽って、母親に自分の精液を飲ませたり、関係を持ったりした。そのことに教団が気づいたので二人を引き離したら、それをCが不服に思って、こういうことをした。Cは、母親を連れ戻すことができた場合には結婚するつもりだった。おまえやおまえの父親が邪魔をしたら、おまえやおまえの父親を殺すつもりだった。」などと言った。また、A1は、「Cに騙されて教団に対して破壊という危害を加える行為に出たことは地獄に落ちることで、取り返しのつかない大罪である。」などと言った上で、「帰してやる。それには条件がある。何だか分かるか。」と言った。それで、「また入信して修行することですか。」と答えると、A1は、「それもある。」と言った後、一瞬の沈黙を置いて、「それはおまえがCを殺すことだ。できなければおまえもここで殺す。」と言った。教団の教えでは、教団に対して攻撃を加えることは悪業とされ、修行をしている者を修行から引き離すことも大罪とされていた。そして、悪業を犯した者を成就者が殺してもっと高い世界に転生させるという殺人を肯定する教義が教団にあること、教団幹部はA1の指示通りに動くことを知っていたので、A1は本気でそのようなこ とされていた。そして、悪業を犯した者を成就者が殺してもっと高い世界に転生させるという殺人を肯定する教義が教団にあること、教団幹部はA1の指示通りに動くことを知っていたので、A1は本気でそのようなことを言っていると思い、余りのことでショックを受け、答えられずに黙っていた。A1は、Cが母親と戒律を破ったとか、母親を連れ戻そうとしたとか、おまえを騙して悪業を積ませたとかいう理由を述べた上でCをポアしなければならないという趣旨の話をした。納得できずに、「どういうことなんですか。」と聞くと、A1は、「ナイフで心臓を一突きにしろ。」と言った。 時間を稼いで、A1の気を変えさせたいと思い、「どうしてもやらなきゃだめなんですか。」とか「やれば本当に帰してくれるんですか。」とか、「考える時間をください。」などと言ってみたり、父親が車を運転して来たことを話したりした。しかし、A1が決断を迫ってきたので、Cを殺さなければ自分が殺されると思い、最後に「本当に家に帰してもらえるんですか。」と聞き、A1が「それは約束する。」と答えたため、やむなくC殺害を了承した。「尊師の部屋」に入ってからそれまでに、二、三十分くらいあり、その部屋にいた者は皆、私とA1の会話に注目していた。 Cがいつ「尊師の部屋」に連れてこられたかわからないが、A1とのやり取りがあった後、ぼう然としていたところ、何かのきっかけで振り返ったら、Cが、ビニールシートの中央辺りにあぐらをかいて座っていた。ビニールシートがいつ敷かれたかわからないが、ナイフの話が出たあとだと思う。Cに後ろめたい気持ちがあり、Cの目を見るとCを殺せないと思い、A1に「目を見ていたらできないんで、目隠ししてくれませんか。」と言った。A1は、「自分でやれ。」と言い、ガムテープを用意させた。ガムテープを受け い気持ちがあり、Cの目を見るとCを殺せないと思い、A1に「目を見ていたらできないんで、目隠ししてくれませんか。」と言った。A1は、「自分でやれ。」と言い、ガムテープを用意させた。ガムテープを受け取り、Cに近づいてから、「ごめんね。」と謝ると、Cは、すごく恐怖を感じている様子でありながら、強がって「いいんだ、それより巻き込んじゃってごめんな。」と言っていた。それからガムテープで目隠しをした。いつの間にか誰かがロープを用意していて、Fがそれを受け取って、A1に見せ、「これなんかどうですか。」というようなことを言い、A1も「それでいいだろう。」というようなことを言った。私がそのロープを受け取るか受け取らないかのうちに、A1が、「Cは催涙ガスを使ったんだったな、それならCにもやらないとまずいな。」というようなことを言うと、Fが「周りのみんなにもかかってしまいますよ。」と言ったが、Eが「ビニール袋を被せてそこにガスを発射すればいい。」ということを言い出した。それで、黒いビニール袋を渡されたので、Cの頭に被せようとした。しかし、両手錠をされていたので、そのビニール袋が広がらずに悪戦苦闘していたところ、被告人がビニールの片端を持ち、Cの頭に被せるのを手伝った。その際、Eは、被告人に「Bにやらせないとだめだから手を出すな。」と言っていたが、被告人の手を借りてビニール袋をCの頭に被せることができ、それから、ビニール袋の端から手を入れて催涙スプレーのガスを発射した。Cは、咳き込んで暴れたので、自分の手がビニール袋から抜けた。周りの幹部が「まだだ、まだだ、もっと発射しろ。」と指示したので、またビニール袋に手を突っ込もうとしたら、被告人が私の右腕を持って、そのビニール袋から外れないように押さえていた。それで一〇秒くらい催涙スプレーを発射したが、Cは暴れ と発射しろ。」と指示したので、またビニール袋に手を突っ込もうとしたら、被告人が私の右腕を持って、そのビニール袋から外れないように押さえていた。それで一〇秒くらい催涙スプレーを発射したが、Cは暴れてビニール袋を破ってしまい、ガスが漏れた。 誰かが窓を開けて換気しようとしたところ、Cが、「人殺し、助けてくれ。」と叫んだ。二人ぐらいの者が、窓を開けた者に対し、「何やってるんだ。周りに聞こえるじゃないか。」などと怒鳴り、窓は閉められた。被告人が、新たにビニール袋を二重にした状態でCの頭に被せた。誰かが被せたビニール袋のすそをガムテープで留めた。おそらくFからだったと思うが、二つ折りのロープを渡された。Cの右後ろから、Cの首にロープを巻こうとしたが、手錠をされているので、うまくいかなかった。悪戦苦闘しているときに、被告人がロープの片端を持って、回してくれ、首に巻きつけることができた。ロープを巻いている途中だった気がするが、Eが被告人に対して、手を出すなと制止した。ロープを左右の手に巻きつけるようにして持ち、両手を左右に開くようにして絞めた。Cは、立ち上がろうとしたり、そのロープに手をかけて引っ張って緩めようとしたりして、激しく抵抗し、「もうしないから助けてくれ。」などということを大声で叫んでいた。その途中で、一旦Cの手錠が外れたため、Cは後ろ手錠に変えられた。私の両手は手錠以上は開かないし、たくさんの人がCを押さえつけている隙間から手を伸ばして絞めている状態なので、力が入らず、なかなかCを殺すことができなかった。それで、A1は、「Cを殺すことができなければ、それはおまえのカルマだから諦めろ。」と言った。その後、Fから二つ折りのロープの片方の輪になっているほうに右足を入れて、もう片方の端を両手で引っ張れという指示があり、そのとおりにした。その ければ、それはおまえのカルマだから諦めろ。」と言った。その後、Fから二つ折りのロープの片方の輪になっているほうに右足を入れて、もう片方の端を両手で引っ張れという指示があり、そのとおりにした。そのとき、Cは、あぐらで前に若干斜めになっている状態であった。被告人は、Cの右肩の裏にいた私の隣でCの左肩の裏ぐらいのポジションで、Cの右肩の上から右手を入れて、Cの左手の脇の方から被告人の左手を入れて、そこで手をつなぐようにして、Cを押さえ込んでいた。被告人は、当時から頭を剃っていて、がっちりした体つきで、かなり特徴的な風貌である上、積極的に一番動き回っており、その動き自体が目立っていたので、印象が強い。被告人が、途中までCを後ろから押さえていたが、ある時期にJに変わり、Jは、Cを羽交い締めのような形で後ろから取り押さえ、そのままの状態で体重をかけるようにして前屈のような姿勢にさせた。Jに押されて、Cの頭が下がってきたので、私の態勢も低くなって、最終的には尻餅をついた形で絞めた。Cはだんだん動きが鈍くなり、最終的に動かなくなった。A1がJに確認するよう求めたため、Jは、Cの脈を取り、「不整脈が出ている。」旨など答えていた。それで、A1は、その場にいた教団幹部を集めたが、そのとき、Fが「Bはどうしますか。」と聞いたところ、A1が、「蘇生するかもしれないからもう少し絞め続けさせろ。」と指示したため、二人くらいが私の見張りに残り、他の教団幹部がA1の近くに集まった。Fらは私の処置について話していたが、Fが、A1に「帰して大丈夫ですか。」などと聞いたところ、A1が、「あいつが殺したんだから警察には行けないだろう。大丈夫だ。」と言っていた。それから数人の男が部屋に入ってきた。覚えているのはRで、Qもいたかもしれない。A1は、Rらに、「Cは教団に対して A1が、「あいつが殺したんだから警察には行けないだろう。大丈夫だ。」と言っていた。それから数人の男が部屋に入ってきた。覚えているのはRで、Qもいたかもしれない。A1は、Rらに、「Cは教団に対して攻撃的なことをしたし、Bを騙して教団に対する破壊行為に加わらせたのでポアした。BはCに利用されただけだから今回は帰す。」という趣旨のことを言い、Cの死体を地下室に運んでおいてくれと指示した。私は、Fが呼びに来るまで、Cの首を絞めていた。それから、A1の前に座らされ、A1から、「おまえが犯した悪業はぬぐうことができない大悪業であり、ちょっとやそっとではぬぐうことはできないから、また入信して週一回は道場に来い。」などと言われた。最後に、A1は、「おまえはこのことは知らない。」と言っていたが、C殺害のことは他言無用だぞという意味に受け取った。その後、手錠は「尊師の部屋」を出るときに外され、GとFに車で父の車のところまで送ってもらい、解放された。 (2) Hの公判供述要旨Hは、催涙ガスのにおいがしてCが暴れた際、Kが左右の足のいずれかを押さえ、Oがもう片方を押さえていたが、被告人も腹あたりに覆い被さるような形で押さえ込んでいたとか、被告人はCがばたばたしなくなるころまで押さえていたという記憶があるなどとして、要旨、以下のとおり供述する。 A1の指示で、Bが「尊師の部屋」に呼び入れられ、A1の前に座らされた。A1は、Bに、「Cとお母さんの関係は知っているか。Cとお母さんがセックスをしたことを知っているのか。イニシエーションと称してCが自分の精液をお母さんに飲ませたことを知っているか。」と質問し、Bは「知りません。」と答えた。それから、A1は、「Cと二人で来たのか。何で来たのか。」と質問し、Bは か。イニシエーションと称してCが自分の精液をお母さんに飲ませたことを知っているか。」と質問し、Bは「知りません。」と答えた。それから、A1は、「Cと二人で来たのか。何で来たのか。」と質問し、Bは、「お父さんと車で来ました。お父さんは車の中で待っています。」と答えた。 私は、栃木ナンバーの車のことだと思い、A1にそのことを報告した。Bが、A1に、「ここから帰して欲しい。」ということを言ったのに対し、A1は、「それじゃあ、おまえがCを殺せ。」と言った。A1から説明はなかったが、BとCを殺してしまえば、Bの父親が警察に通報して殺害したことがばれてしまうから、C殺害の口封じをするためにBにCを殺させようとしたのかなと自分なりに思った。Bは、「私がやらなければいけないんでしょうか。本当にそれだけでいいんでしょうか。やった後ここから帰してもらえるんでしょうか。」と言っていたが、A1が、「私が嘘をついたことがあるか。」と言うと、Bは、「わかりました。」と答えて、C殺害を了承した。このときのA1とBの会話を聞いていて、第六サティアンで治療を受けているBのお母さんをCとBが連れ戻すために第六サティアンに侵入し、見付かって捕まったことなどがわかった。Cは、教団破壊の大罪などを行ったことで、A1の怒りに触れ、A1は、Cが更に大きな罪を積み重ねるのを防ぐために、Cを殺すことによって高い世界に転生させるポアをするのだろうと思った。殺害方法については、誰かからロープで首を絞めて殺させるとか、Cの頭にビニール袋を被せてその中に催涙スプレーを吹きかけて窒息死させるという話が出た。ナイフを使った殺害方法が話題にのぼった記憶はない。 その部屋の中に青色ビニールシートが敷かれた後、私とあと一人か二人がCを呼びに行き、TらにCを入れてくれという指示を が出た。ナイフを使った殺害方法が話題にのぼった記憶はない。 その部屋の中に青色ビニールシートが敷かれた後、私とあと一人か二人がCを呼びに行き、TらにCを入れてくれという指示を出した。Cは、手錠を掛けられており、青色ビニールシートの上に座らされた。Cがその部屋に入れられた後、私がその部屋の外に出て、警備以外の信者を帰したことがあった。BはCの方に連れて行かれた。Cは、ガムテープで目隠しされ、その後黒色のビニール袋を頭から被せられた。誰の指示で、誰がそうしたかわからない。催涙ガスのにおいを嗅いだのでビニール袋の中に催涙ガスが吹きかけられたのではないかと思うが、吹きかける場面は見ていない。換気のために窓が開けられたと思う。Cが激しく暴れたので、周りにいた人が押さえつけた。Kが左右の足のいずれかを押さえ、Oがもう片方を押さえ、被告人がお腹あたりに覆い被さるような形で押さえ込んでいた。三人以外に、一人か二人くらいCを押さえていたと思う。Cは、大声で、「悪いことはしないよう。」などと叫んでいた。その後、誰かが、「ロープを掛けろ。」というふうに言った。Cは、激しく暴れていたが、その後動かなくなった。「失禁しました。」という声が誰かから上がったとき、Cを押さえつけていた人たちが離れていったので、Bがロープで絞めているのがわかり、Cがロープで絞められて、動かなくなったことがわかった。このとき、JだけすぐにCから離れなかったという記憶がある。被告人は、Cがばたばたしなくなるころまで押さえていたという記憶がある。「失禁しました。」という声の後、A1が報告を求め、JがA1にCの状態を報告し、最後に死亡の報告をした。 A1は、Eに死体の処理を任せた後、QとRを部屋に呼び入れさせ、二人に対し、Cをポアしたこととその理 後、A1が報告を求め、JがA1にCの状態を報告し、最後に死亡の報告をした。 A1は、Eに死体の処理を任せた後、QとRを部屋に呼び入れさせ、二人に対し、Cをポアしたこととその理由を説明し、Eの指示に従って死体を処理するように命じた。Rらは、Cの死体を青色ビニールシートに包んで部屋から運び出した。その後、A1は、Bを呼び寄せ、Bに「道場に通えるか。」と尋ねた後、Gに「面倒みてやれ。」と言った上、父親のところに連れていくようにと指示し、Bは部屋から出ていった。 (3) Gの公判供述要旨Gは、BがロープでCの頸部を絞めた際、Cが暴れたので、F、E、被告人が一気に押さえようとしたなどとして、要旨、以下のとおり供述する。 BがFに「尊師の部屋」に連れられてきて、A1の前に座らされた。 A1が、Bに、「なんでこんなことをしたんだ。」と問いかけると、Bは、「Cさんから話を聞かされて、お母さんが心配になった。」と答えた。A1が、「おまえはCとお母さんの関係を知っているか。」と聞くと、Bは、「知りません。」と答えていた。A1は、Bに、「性欲の破戒をして、精液を飲ましたりしている。」「おまえは帰してやるから心配するな。そのためには条件がある。」と言い、その条件について、「おまえがCをポアすることだ。」と言った。それに対して、Bは、「少し考えさせてください。」と言ったが、考える時間は与えられなかった。 それで、Bは、「本当に帰してもらえるんでしょうか。」と尋ねたのに対し、A1は、「私がこれまで嘘をついたことがあるか。」と言った。これを聞いて、BはC殺害を了解した。殺害方法について、A1が、「ナイフで心臓を一突きしろ。」と言っていた。 Cが部屋に呼ばれ、Cが れまで嘘をついたことがあるか。」と言った。これを聞いて、BはC殺害を了解した。殺害方法について、A1が、「ナイフで心臓を一突きしろ。」と言っていた。 Cが部屋に呼ばれ、Cがその部屋に入ってくる前後ころに敷かれた青っぽいビニールシートの上に座らされた。Bは、A1に「目隠ししてもいいでしょうか。」と尋ねたのに対し、A1から「おまえがやれ。」と言われ、Cにガムテープで目隠ししようとした。その際、被告人がBと同じようにCに近づいて行って、何か手伝っていたという記憶があるが、実際に手伝ったかどうかわからない。A1は、「Bにやらせろ。」と言っていた。その後、突然、A1が、「サマナは催涙スプレーでやられたな。催涙スプレーを使わないとまずいな。」と言い出し、Jに「催涙スプレーでポアできるか。」と聞いた。Jは、「窒息死なら可能じゃないでしょうか。」と答えた。その後、Cの顔に黒いビニール袋が被せられた。Bが初め被せて、被告人がまた手伝おうとしていたが、実際に手伝ったかはわからない。Eは、「だめじゃないか、Bにやらせないと。」と言っていた。Bが催涙スプレーをビニール袋内に噴射すると、Cが息を吸おうとして、口のところに指をあてて、ビニール袋をかきむしったため、袋に穴が開いた。催涙ガスが漏れ、Jと一緒にほんの少し窓を開けたが、A1とEに注意されてあわてて閉めた。Bは、Fから渡されたロープでCの首を絞めた。Cは暴れ、F、被告人、Eが一気に押さえようとした。しばらく暴れていて、A1が、「できないならおれがやる。」と叫んだように聞こえ、全員がCを押さえに行った感じになったので、自分だけ何もしないわけにはいかないと思い、最後は足の方を押さえた。Jは、Cの体を、その背後から羽交い締めで、しっかり押さえ込んでいた。途中からFがBに何か指示してい えに行った感じになったので、自分だけ何もしないわけにはいかないと思い、最後は足の方を押さえた。Jは、Cの体を、その背後から羽交い締めで、しっかり押さえ込んでいた。途中からFがBに何か指示していたみたいで、Bは、最後の方は、尻餅を付くような感じで、どちらかの足を伸ばし、伸ばした足にロープを引っかけて両手で引っ張っていた。Cは、「助けてくれ。もうしないよ。」などと言っていた。Jが、Cの脈を取り、A1に細かく報告し、Cの脈がなくなったことを確認したが、A1は、「蘇生するかもしれないから、もっと絞め続けろ。」と言って、BにCの首を絞め続けさせた。A1は、この間、Fと話をし、Fが「Bを帰して大丈夫でしょうか。」と言ったのに対し、「大丈夫だろう。」と言っていた。 その後、A1は、Eに死体の処理を頼んだ後、QとRを呼び入れ、「Cは悪業を積んだからポアした。」と言い、死体の処理をするようにと指示した。QとRは、遺体をビニールシートで丸めて地下に持っていった。A1は、Bを呼び寄せ、「一週間に一度道場に来るように。」と言った上、「父親には、Cはお母さんの事情で残った。お母さんの症状は少しずつ良くなっている。」と言うようにと指示した。Bと話しているときに、父親が来ているという会話があったが時期ははっきりしない。私とFがBをお父さんのところまで送った。 (二) Bらの公判供述の信用性の検討(H、Gの公判供述の信用性については、なお後記四の2の(二)参照)(1) Bの公判供述は、次の諸点に照らし、基本的にこれを信用することができる。 ア Bの公判供述は、体験した事柄や状況、月日の経過などによって記憶の程度に相違があるものの、その記憶の程度に応じて、具体的になされており、自己の内心などと関 ることができる。 ア Bの公判供述は、体験した事柄や状況、月日の経過などによって記憶の程度に相違があるものの、その記憶の程度に応じて、具体的になされており、自己の内心などと関連させながら詳細な供述もしている。そして、その供述内容も、全体に自然で合理的なものとなっている。特に、前記二認定のとおり、Bは、Cとともに協力してDを連れ出すために、教団施設に入り込んだのであるから、教団施設に入り込んだ後に何らかの差し迫った事情が生じない限り、Cを殺害するはずはなく、こうした観点からみれば、A1から、Cを殺害しなければおまえを殺すなどとC殺害を迫られ、やむなくCを殺害することを決意したというBの公判供述は、BがCを殺害するに至った理由として十分納得できる自然なものであるし、その後、Bが、A1に対して、「目を見ていたらできないんで、目隠ししてくれませんか。」と求めたなどと供述していることとも整合している。 イしかも、HやGの前記公判供述についても、その内容は、具体的詳細で、全体として自然で合理的であるなどほぼ同様のことがいえ(さらに後記四の2の(二)参照)、これら両名の公判供述も、細部については後記のような問題があるものの、大筋については十分信用できるところ、Bの前記公判供述は、C入室前のA1とBの会話内容、Cの殺害状況、殺害後の状況等について、細部において相違はあるものの、大筋においてHやGの前記公判供述と符合している。 ウまた、Bの供述は、捜査段階からほぼ一貫していることが窺われ、詳細な反対尋問にも揺らいでいない。 エ Bは、前記の経緯と状況でCの首をロープで絞めて殺害した旨供述し、直接手を下したのは自分であることを認めているのであるから、その際に、被告人が他の 対尋問にも揺らいでいない。 エ Bは、前記の経緯と状況でCの首をロープで絞めて殺害した旨供述し、直接手を下したのは自分であることを認めているのであるから、その際に、被告人が他の教団幹部らとともにCの体を押さえつけるなどしてC殺害に関与したと供述してみても、B自身の刑事責任を軽減する方向に働くものではない。また、Bは、前記認定のとおり、既に教団を脱会し、その教義に疑念を抱いていたとはいえ、そのことから、本件に関係したとされる教団幹部の中で比較的下位にあった被告人を罪に陥れようとするとも考えにくい。これらのことからすると、Bがあえて虚偽の供述をするべき理由も見当たらない。 この点、弁護人及び被告人は、Bは、何とか重罰を免れようとして、検察官の主張に迎合するような供述をしていると主張する。しかしながら、被告人がC殺害の実行行為に直接関与したかどうかは、B自身の刑事責任の程度を左右するものでないことは前記のとおりである上、Bが「尊師の部屋」に入室する以前にC殺害について教団の幹部間で共謀が行われたとする検察官の主張からすれば、B入室時に被告人がいたことは、被告人が右共謀に加わったことの前提となる重要な事実であるにもかかわらず、Bは、入室した際にA1、I、E、Fがいたほか、何人か名前が確認できない人がいたと供述するのみで、被告人がいたとは明確に供述していないのであって、このようなBの供述内容からすれば、Bが殊更に検察官の主張に迎合した供述をしているものとはいえない。 (2) 被告人がC殺害の実行行為に関与したとする部分については、後記のとおり被告人がこれを否定する供述をしていることから、さらに、この点について、Bの公判供述とHやGの公判供述との整合性やBらの供述内容の自然さ・合理性 実行行為に関与したとする部分については、後記のとおり被告人がこれを否定する供述をしていることから、さらに、この点について、Bの公判供述とHやGの公判供述との整合性やBらの供述内容の自然さ・合理性を詳しく検討してみると、次のとおりであり、Bの公判供述を中心とするこれらの公判供述は十分信用することができる。 アまず、Bが、Cにビニール袋を被せたり、Cの首にロープを巻きつけたりするのに苦労していたところ、被告人が手を貸してくれたとする点については、前記二で認定したとおり、Bは、両手に前手錠をかけられて両手の自由が利かない状態にあったのであるから、Cにビニール袋を被せたり、その首にロープを巻きつけたりするのに苦労し、その場にいた被告人にそれらの作業を手伝ってもらったというのはごく自然な流れである。しかも、Gは、BがCにビニール袋を被せる際に、被告人が実際に手伝ったかどうかはわからないものの、手伝おうとしていたと供述していることも併せ考えると、この点に関するBの公判供述は十分信用できるものといえる(その経緯や場面設定についての供述内容は異なるが、被告人自身、Bがビニール袋の口を開こうとして手こずり、絡まったロープをほどこうとしていた際、Bを手伝おうとした旨供述)。 イ次に、BがCの首を絞めている際、被告人がCの体を押さえつけようとしていたとする点については、前記のとおり、Bは、そのときの被告人の位置や被告人がCを押さえ込む態様をその様子を思い浮かべることができるほど事細かに供述している。しかも、Gも、被告人が、ロープで首を絞められて暴れるCを他の教団幹部とともに、押さえつけようとしていた旨供述し、Hも、Cがロープで首を絞められて動かなくなるころまで、被告人がCを押さえていたという記憶がある旨供述し、 、ロープで首を絞められて暴れるCを他の教団幹部とともに、押さえつけようとしていた旨供述し、Hも、Cがロープで首を絞められて動かなくなるころまで、被告人がCを押さえていたという記憶がある旨供述し、Bの右公判供述を裏付ける内容となっている。なお、被告人がCを押さえつけていた体勢等につき、Bの公判供述とHやGの公判供述の間に若干のくい違いがみられるものの、被告人がCを押さえつけていた(あるいは押さえつけようとしていた)こと自体については、大筋で符合しているし、一方、BがCの首にロープを巻きつけて絞めつけ、Cの必死の抵抗の中で絞め続けて死亡するに至らせるまでには相応の時間を要したと認められるところ、こうした時間の中で、Cを押さえていた者らの位置や体勢が相応動いて変化しても不自然ではなく、Bの公判供述とHやGの公判供述の間に若干のくい違いがあるからといって、Bらの公判供述が信用できないということにはならない。 ウさらに、被告人自身、平成七年七月六日付け警察官調書(乙二二)において、暴れるCの上半身等を押さえてC殺害に関与したことなど自己の刑事責任を認める供述をしており、このこともBの右公判供述を裏付けるものといえる。 エところで、弁護人及び被告人は、被告人の右警察官調書は、取調べを担当した警察官Sから、黙秘しているならIを逮捕するぞなどと脅され、さらに、Iが逮捕された後は、自分がやったことは認めた上で、Iは関係ないと供述しろなどと強要されて作成された調書であり、しかも、被告人は、供述調書の署名指印について、その記載内容が被告人の供述したとおり正確に記載されているという意味でするものとは知らず、被告人の調書であるという意味でするものにすぎないとの説明を受けていたので、その旨誤解していたのであるから、右警 の記載内容が被告人の供述したとおり正確に記載されているという意味でするものとは知らず、被告人の調書であるという意味でするものにすぎないとの説明を受けていたので、その旨誤解していたのであるから、右警察官調書には、任意性も信用性もないと主張する。 しかしながら、右警察官調書の作成経過について、Sは、平成七年六月二〇日以降、黙秘を続けていた被告人に対し、裁判制度の話などをして説得していたところ、被告人は、同月二九日ころ、態度を軟化させ始め、同年七月二日ころ、A1の本件での起訴を待って一日考えてから話をすると言い出し、同月五日、A1が起訴されたことを伝えられると、本件について具体的に供述を始め、当日は調書の作成は勘弁して欲しいとのことだったので、翌六日に調書を作成した旨供述している。Sの右供述は、具体的かつ詳細である上、被告人がA1に強く帰依していたことから、被告人が供述するに当たってA1に対する処分の帰すうが障害になるのは当然のことといえ、A1の起訴によって一応A1に対する本件に対する処分が決まり、被告人が供述するに至ったという供述経過は自然であり、信用できるものといえる。 これに対して、被告人は、前記のように弁解しているが、いずれも不合理なものといえ、信用することはできない。まず、被告人は、平成七年四月に公務執行妨害の罪で現行犯逮捕されて以来、公務執行妨害や脅迫の事実について多くの供述調書の作成に応じ、訂正申立もしてきているし、また、被告人は、署名指印の意味について誤解していたとしながら、多くの調書で訂正申立てをしたとしており、調書の内容が正確であるか否かについて相当執着していた様子が窺えること、被告人が、警察や検察に対して強い不信感を抱いていたにもかかわらず、常識的に考えても不合理 の調書で訂正申立てをしたとしており、調書の内容が正確であるか否かについて相当執着していた様子が窺えること、被告人が、警察や検察に対して強い不信感を抱いていたにもかかわらず、常識的に考えても不合理と思われる前述のような署名指印の意味に関する説明をたやすく信じたというのも考えにくいし、その後、弁護人と接見しているのに、署名指印の意味について確認していないというのも不自然であること、さらに、被告人の調書には、署名指印がないものもあること等を考え併せると、被告人が署名指印の意味について誤解していたとの弁解は信用できない。 また、Sから、黙秘しているなら、Iを逮捕するぞなどと脅され、Iが逮捕された後は、自分がやったことは認めた上で、Iは関係ないと供述しろなどと強要されたため、虚偽の供述調書作成に応じたとする弁解についても、Iの教団における地位や被告人との関係などからすれば、警察官がIの捜査に影響することを取引材料に出して被告人の自白を引き出そうとするということは不自然なところがある上、被告人は、Iの逮捕を知ってからすぐに供述するに至ったわけではなく、なお供述するまでに相応の時間が経過していること、右警察官調書は、概括的に事実関係を記載した調書であり、IがC殺害に関与していなかったことを証明する証拠としては、はなはだ不十分であるにもかかわらず、その後、より具体的に被告人が自己のC殺害への関与を認めた上でIは関与していなかった旨述べた調書が作成されていないことなどを考慮すると、被告人のこの点に関する弁解も信用することはできない。 これらのことからすると、被告人が自らがC殺害に関与したことを一部認めた右警察官調書(乙二二)の内容は、その任意性を肯定することができるばかりか、自己に不利益な供述を 。 これらのことからすると、被告人が自らがC殺害に関与したことを一部認めた右警察官調書(乙二二)の内容は、その任意性を肯定することができるばかりか、自己に不利益な供述をあえてしたものでその信用性も高いと評価できる。 オ弁護人及び被告人は、Bは、被告人の行為を記憶している理由として、被告人が頭を剃っていて、眼鏡をかけ、がっちりした体格をしており、かなり特徴的な風貌だったことや被告人が積極的に行動していたことを挙げているところ、被告人は、本件当日、PSIの修行を中断して、「尊師の部屋」へ行くことになったもので、頭全体を覆うPSI専用の帽子を被ったままであったのであり、また、その帽子が耳付近まで覆う形状になっており、眼鏡をかけることができなかったため、被告人は眼鏡をかけていなかったのであるから、Bが被告人の行為を記憶している理由のうち二つが失われることとなり、Bの供述は信用できないと主張する。 しかしながら、被告人の裸眼視力は〇・一以下なのであるから、女性の悲鳴を聞いて異常事態を察知していながら、被告人が眼鏡をかけないまま、第六サティアン三階のシールドルームの外に出たとは考えにくいし、PSIの作業を中断してシールドルームの外に出たとしても、そのときから「尊師の部屋」に入るまでの間にPSI専用の帽子を脱ぐ機会は十分あったのであるから、Bが「尊師の部屋」で被告人を見た際、被告人がPSI専用の帽子を被っておらず、眼鏡をかけていた可能性も多分にあると考えられる。 また、被告人が供述するとおり、被告人がPSI専用の帽子を被っていたにもかかわらず、月日の経過によりBの記憶が変化し、Bが「尊師の部屋」で被告人を見た際の被告人の風貌が他の機会に見慣れてい また、被告人が供述するとおり、被告人がPSI専用の帽子を被っていたにもかかわらず、月日の経過によりBの記憶が変化し、Bが「尊師の部屋」で被告人を見た際の被告人の風貌が他の機会に見慣れていたものになってしまった可能性もないわけではないが、そうだとしても、前記認定のとおり、被告人がDの教団付属病院への入院等をBに勧めたなど、Bと被告人とは互いによく知っている間柄であること、Bの公判供述によれば、ビニール袋をCの頭部に被せたり、ロープをその頸部にかける際、それに手を貸してくれた被告人を近くで見ていることになるし、頸部をロープで絞めている間も、Cの背後からCを押さえつける被告人を相応の時間目にしていること、さらに、被告人の供述によっても、PSI専用の帽子は、着用者の顔まで覆い隠してしまうような形状にはなっていないことなどに鑑みれば、Bが被告人以外の者を被告人と見誤ったとは考えられない。 カ弁護人及び被告人は、Bは、公判では、ロープをCの首に巻きつける際、被告人が手伝ってくれたと供述しているのに対し、平成七年七月三日付けのBの検察官調書(弁九八)には、その旨の記載がなく、自分一人でCの首にロープを巻きつけたものとされているのであるから、Bの公判供述は変遷しているなどと主張する。しかしながら、右検察官調書は、その記載内容や前日に事実関係について詳細に聴取された検察官調書が作成されていることからすると、C殺害の場にいた者とその位置関係について補充的に聴取して作成され、そのため、Cの首にロープを巻きつけた状況については、Bの供述の概要を記載したものと推認されるのであって、Bの公判供述が変遷したと見ることはできない。もっとも、同月二日付けのBの検察官調書(弁一〇〇)には、BがCの首にロープを巻こうとした際、誰かに手伝っ 述の概要を記載したものと推認されるのであって、Bの公判供述が変遷したと見ることはできない。もっとも、同月二日付けのBの検察官調書(弁一〇〇)には、BがCの首にロープを巻こうとした際、誰かに手伝ってもらった旨の記載はあるものの、それが被告人であるとは特定していないのであるから、人物の特定が明確な供述に変ったという点で、Bの公判供述には変遷が認められることになる。しかしながら、こうした供述の変遷のみから、その者を特定する後の供述が直ちに信用できないとはいえないばかりか、Bの公判供述の信用性についてこれまで検討してきたことに照らせば、右変遷を考慮してもなお、被告人がCの背後から同人を押さえ込むなどしてC殺害に関与した旨のBの公判供述は十分に信用できるものといえる。 3 被告人の公判供述の内容とその信用性(一) 被告人の公判供述要旨Bらの前記各公判供述に対し、被告人は、Cの体を押さえつけるなどして、C殺害に関与したことはなかったし、Bらとの間でC殺害の共謀をしたこともないとして、要旨、以下のとおり供述する。 尊師がBを呼んでくれと言ったので、私がBを呼びに行った。私が「尊師の部屋」までBを先導し、その後、FとGが尊師の前までBを先導した。FとGは、Bの両脇に座った。 尊師は、にこにこしながら、「おまえどうしてこんなことをしたんだ。」とBに尋ねた。Bは、尊師に「Cから母親の病気が治らないとか、母親が死にそうだという趣旨のことを聞いたので、心配になって来ましたけれども、先ほど会ったら母親は元気だったので、自分はC君に騙されました。」などと答えた。尊師は、Bに対して「Cとおまえのお母さんがどういう関係だったのか知っているか。Cはおまえのお母さんに対して、イニシエーショ 会ったら母親は元気だったので、自分はC君に騙されました。」などと答えた。尊師は、Bに対して「Cとおまえのお母さんがどういう関係だったのか知っているか。Cはおまえのお母さんに対して、イニシエーションだと言って精液を飲ませたりしていたんだけれども知っているか。Cは、エネルギー移入をして君の病気は必ず僕が治してあげるからということを言って、おまえのお母さんとセックスをしたりしていたんだけれども、そういうことを知っているか。」「おまえのお母さんは一度は病気が回復する方向にいったんだけれども、そういう性欲の破戒をしているから悪くなってしまったんだよ。」などと話していた。Bは、全然知らない様子で驚いていた。尊師は、「性欲の破戒が発覚した後には、おまえのお母さんとCをポアして更生させるために、物理的に引き離して導こうとしたんだけれども、結局Cは私のことを逆恨みして、それで教団から出ていったんだよ。だからCが今回おまえを誘ったのは、お母さんの病気が治らなかったりとか、お母さんが死にそうになってるからとか、そういうことではなく、Cとお母さんのそういう事情があったからなんだ。」とBの誤解を解くような形で丁寧に説明していた。尊師は、「さっきCの手帳を見たんだけれども、Cの手帳には、おまえのお母さんを教団から連れだした後に、おまえのお母さんとお父さんを離婚させて、C自身が結婚しようとしていたと、そういう計画がCの手帳にも書いてあったし、そういうことがうまくいかないときにはすべて殺すと、邪魔するやつはみんな殺すということも書いてあったんだけれども、だからおまえは結局Cに騙されたんだよ。」「Cはおまえのお父さんも殺すつもりだったんだぞ。そういうことを知ってたのか。」と言った。Bは驚いていたが、その話を信じている様子だった。尊師は、「おまえ道場にはどうして来 局Cに騙されたんだよ。」「Cはおまえのお父さんも殺すつもりだったんだぞ。そういうことを知ってたのか。」と言った。Bは驚いていたが、その話を信じている様子だった。尊師は、「おまえ道場にはどうして来なかったんだ。おまえはCに騙されて大きな悪業を積んでしまったんだから、この悪業を浄化するためにも、もう一度教団に戻って修行しなさい。」と言ったところ、Bは「わかりました。」と答えた。Bが教団に戻って修行することになったという段階以降の話は、いろいろな事情があって集中できなかったりとかして、全部は聞いていなかった。自分は、次はCという意識があったので、Eに近寄って、「次は尊師とC君が話すことになりますよね。」と言ったところ、Eがそうだろうなと言ったので、「今、C君はいつ暴れてもおかしくない状態ですから、できたらもう少しC君が落ち着いてから尊師と話をするようにしたほうがいいと思います。」と進言した。Eは、「そしたら、縛ればいいじゃないか。」と言った。私は、なるほどと思って、安心して、Cの次に、仕事上のことについて尊師と話そうと思ったので、どういう順番で話すか考え始めた。その途中で、誰かが青色ビニールシートを敷き始めたので、理由もわからないまま手伝った。そのころ、尊師は、「心配しなくてもちゃんと家には帰すよ。その代わり条件があるんだけど何だと思うか。」と言って、Bが「修行ですか。」と答えると、尊師は、「そうだ。まずおまえがしっかり自分で修行することによって、Cを更生させろ。」と言った。私が聞いている限り、尊師がBに対してCを殺すように指示していたことはなかった。 ビニールシートを敷き終わるころ、Cが誰かに連れられて部屋に入ってきた。OもCの後ろから入ってきた。私は、Cが暴れたときに備えて、Cの方に近づいていった。Cは、ビニール かった。 ビニールシートを敷き終わるころ、Cが誰かに連れられて部屋に入ってきた。OもCの後ろから入ってきた。私は、Cが暴れたときに備えて、Cの方に近づいていった。Cは、ビニールシートの方に向かって歩き、尊師の方を見て、ぼそっとぶっ殺してやると言いながら尊師の方向に行くそぶりを見せたが、Cのそばにいた人間に連れられて、ビニールシート上に座らされた。Cがビニールシートに座った後も、尊師とBの会話は続いていた。尊師は、Bに、「とにかくおまえが一生懸命修行することでCは引き上がるんだから、まずはおまえが修行しなさい。できるか。」と言っていた。 Bは、ビニールシートの方に歩いてきて、尊師が、「ヴァジラティッサ、おまえBについてやってくれ。」と大きな声で言った。Bは、「目を見たらやりにくい。ごめんね。」と言っていたが、Cは、「いいんだ、気にしなくて。おれが巻き込んだんだから。」と言っていた。私は、Bが、Cの目を見ていると、ガムテープで縛りにくいと言っているのだと思い、Cは、BがCに目隠しをしたりとか、あるいはガムテープで縛ったりすることについて、いいんだ気にしなくてというふうに言って了承しているんだと思った。教団の中ではガムテープやロープや手錠で自分の手足を縛ってもらって、蓮華座を組んで修行したり、目や耳や口をふさいで瞑想を行うということはよくあった。Bは最初にガムテープでCの目隠しをしていたが、このときCは暴れたり抵抗したりしていなかった。私は、Cに目隠ししたりするのを手伝ったことはなかった。そのときにCの体を押さえている人はだれもいなかった。BはCの目隠しを終えた後、黒いビニール袋を持って、その口を広げようとしていたが、手こずっていた。私は、Bの方に歩み寄って、そのビニール袋の口を広げられるように、ビ さえている人はだれもいなかった。BはCの目隠しを終えた後、黒いビニール袋を持って、その口を広げようとしていたが、手こずっていた。私は、Bの方に歩み寄って、そのビニール袋の口を広げられるように、ビニール袋に触った。すると、Eが、「手を出すな。君は関係ないんだから。 これはBにやらせるんだから。」と言ったので、私はビニールシート上から下りて、尊師とビニールシートが敷いてあった間くらいのところに尊師の方向を向いて座った。BがCに目隠しをした後、尊師がBに対して、Cに催涙スプレーをかけるように指示を出したことはないし、Jに対して、催涙スプレーでポアできるか確認したことはない。Cが暴れ出したりはもうしなくなるだろうと思い、安心して、尊師に対して何をどのように聞くか頭を整理し始めた。すると、後ろのほうでいきなりドスンバタンと音がし始めた。私が振り返ると、Cが暴れており、そのときFが手錠を外したと言った。 Cの周りにいる者やEとかがCを必死になって押さえようとしていたが、Cの左腕あたりをつかんでいたEはCに振り回されていた。Cが尊師の方向に一歩二歩と近づいていったので、尊師に危害を加えられてはいけないと思って、Cの左腕を押さえて、Cを座らせるようにして押さえ込んだ。私は、Cの左腕を放して、Cからいったん離れた。誰かが、Cに後ろ手錠をかけていた。そのとき、Eが何で窓を開けるんだと言って、Jが窓を閉めているのを見た。BがCに催涙スプレーをかけるのも見ていなかったし、そのにおいもしなかった。誰かが、Cのおしりを少し浮かせるようにしながらその足首をロープで縛っていた。Cを蓮華座の形で縛ろうとしているんだと思った。 Bにもロープが渡されており、Bは、ロープがこんがらかった状態で、ぎこちない手つきでまごついている状態だったので、その先端を探すのを手伝おうとして、 た。Cを蓮華座の形で縛ろうとしているんだと思った。 Bにもロープが渡されており、Bは、ロープがこんがらかった状態で、ぎこちない手つきでまごついている状態だったので、その先端を探すのを手伝おうとして、こんがらかっているのをほぐそうと思ってロープに触れたところ、Eは、「君は手を出すなと言っているだろう。」などと言ってきた。それで、私は、ビニールシートと尊師の間くらいに座って、再び何をどういう順番で尊師に話すか、頭を整理し始めた。私は、Cの頭にビニール袋を二重にして被せたり、Cの首にロープを巻きつけたりそれを手伝ったりはしていない。頭を整理し終わった後、尊師の前まで行って、座ろうとしたところ、Cが暴れていたが、先ほどよりその暴れ方は激しくなく、Cの周りにいた者がCを押さえていたものの、必死の様子ではなかった。ただ、人影が邪魔になってよく見えなかったこともある。Eの指揮で、BがCをロープで縛ろうとしていると思った。私は、その後尊師の方に向き直って、尊師の前に座り、質問を始めた。私と尊師の会話の時間は、二、三分程度だった。Hは、尊師の横に立ってはいなかったし、尊師に何やら報告しているということもなかった。尊師は、「どうなったか。」と大きな声でビニールシートの方に声をかけていた。人影で完全には見えなかったが、JがCの背後から押さえているような状況が見えた。Eがビニールシート上から尊師の前までやって来て、Jがついていますという報告をしていた。その後、Jが、尊師の前まで来て、「失禁しました。」という報告をした。すると、尊師は、「何やっているんだ。すぐ蘇生させろ。」と言った。Cのところに戻ったJは、Cの心臓当たりに手を置いて、「不整脈です。」とか「もうだめです。」とか言っていた。尊師は、Eに、「おまえが付いていて何やっているんだ。生き返せ。」と言って せろ。」と言った。Cのところに戻ったJは、Cの心臓当たりに手を置いて、「不整脈です。」とか「もうだめです。」とか言っていた。尊師は、Eに、「おまえが付いていて何やっているんだ。生き返せ。」と言っていた。Cが死んでしまったと思い、パニックになった。 Jは、「すいません。首の骨が折れてます。自分の責任です。」と尊師に謝っていた。Eは、尊師に「尊師、こうなったら、Bをこのまま帰すのはまずいと思います。Bも殺してしまいましょう。」と進言していた。他の誰かも、「あいつは警察に行くと言っていました。」と言っていた。尊師は、「ばかなことを言うな。Bは帰す。」と答えていた。Cは、結局はビニールシートにくるまれて、第二サティアンの地下に運ばれていき、ドラム缶の中に入れられるところまで見た。 (二) 被告人の公判供述の信用性の検討さらに、前記のとおり、被告人自身捜査段階においては、Cの体を押さえつけたことを認める供述をしているところ、公判廷ではこれを否認しているのであるから、自己の刑責を軽減する方向で供述が大きく変遷しているものといえる。 これらのことからすると、被告人の前記公判供述はとうていこれを信用することができない。 4 小括以上の検討によれば、Bの前記公判供述は十分に信用できるものといえ、後述の検討をも踏まえると、これに大筋で符合するH及びGの前記公判供述も概ね信用できる。したがって、B、H及びGの前記公判供述によって、①A1が、まずBを「尊師の部屋」に入室させ、Bに対し、BがCとDの関係を承知していないことなどを確かめた上、B自身の助命と引換にC殺害を迫り、BがC殺害を了承したこと、②その際、その場にいた教団幹部らは、誰も異議を唱えなかったこと、③Bが Bに対し、BがCとDの関係を承知していないことなどを確かめた上、B自身の助命と引換にC殺害を迫り、BがC殺害を了承したこと、②その際、その場にいた教団幹部らは、誰も異議を唱えなかったこと、③BがCの頭部にビニール袋を被せたり、頸部にロープを巻きつけたりした際、被告人がビニール袋の片端を持ったり、ロープの片端を持ってCの首に回したりして、Bに手を貸したこと、④BがCの頸部を絞めつける間、ある程度の時間、被告人がCの体をその背後から押さえつけていたことなどの事実を認めることができる。 四 Bが「尊師の部屋」に入室する前の状況について 1 H及びGは、第二サティアンの「尊師の部屋」に入室した後、A1が、その部屋にいた教団幹部にBとCを殺害することについての意見を求め、自分らのほか、I、E、Fが殺害に賛成する意見を述べ、K、被告人も賛成した旨などを供述しているところ、被告人は、A1がその場にいた教団幹部に意見を求めたのは、教団内で魔境と呼ばれる状態(精神的に不安定になってしまう状態)に陥ったCとBを再び修行ができるように導くべきかどうかという点についてであって、Cらの殺害についてではないと主張しているので、以下、それぞれの供述の信用性を検討する。 2 H、Gの公判供述の内容とその信用性(一) H、Gの公判供述要旨(1) Hの公判供述要旨Hは、第二サティアンの「尊師の部屋」において、Bを入室させる前に、A1がその場にいた教団幹部にBとCを殺害することについて意見を求めた際、はっきりした記憶ではないが、被告人も仕方がないですねくらいのことを言って、これに賛成する意見を述べたとして、要旨、以下のとおり供述する。 A1及びIをベンツに乗せて、A1の指示で、第二 した記憶ではないが、被告人も仕方がないですねくらいのことを言って、これに賛成する意見を述べたとして、要旨、以下のとおり供述する。 A1及びIをベンツに乗せて、A1の指示で、第二サティアンに行った。その途中で、A1が険しい顔をして「これから処刑を行う。」と言ったので、CとBを殺すのかなと思った。A1は、Iに先導されて第二サティアン三階の「尊師の部屋」に入った。A1から「一緒に来てくれ。」と言われたので、私もA1らの後に付いて入室した。A1は、ソファに座り、Iは、その左右いずれかに座った。私や他の者は、A1の前にA1の方を向いて座った。EかFから、Cたちの持ち物について報告があった。その後、A1から、「これからポアを行うがどうだ。」という話があった。このときA1が使った「ポア」というのは、人を殺すという意味にとらえた。E、そしてFが、「尊師のおっしゃるとおりです。」とか「ポアしかないと思います。」と言って賛成する意見を出した。Gは、「泣いて馬謖を斬る。」ということを言って、賛成する意見を出した。私も、反対意見を出せるような雰囲気でなかったので、「仕方がないですね。」という言い方で賛成した。Iは、「仕方がないですね、自分のまいた種ですからね。」と言った。このとき、その部屋にはK、被告人もいた。この二人も、仕方がないですねくらいのことを言って賛成したんではないかという記憶であるが、はっきりしない。ポアの対象は、C、Bの二人と理解していた。 (2) Gの公判供述要旨Gは、Hと同様に、第二サティアンの「尊師の部屋」において、Bを入室させる前に、A1がCら殺害について意見を求めたのに対して、被告人も賛成する意見を述べたとして、要旨、以下のとおり供述する。 第二サテ ィアンの「尊師の部屋」において、Bを入室させる前に、A1がCら殺害について意見を求めたのに対して、被告人も賛成する意見を述べたとして、要旨、以下のとおり供述する。 第二サティアンに入って、三階の「尊師の部屋」に行った。部屋の中には、A1、I、E、F、H、被告人、Kがいた。A1はソファに座っており、Iは左右どちらかに座り、あとの弟子は、ソファの前側にソファを囲むように座っていた。Fから、CとBが第六サティアンに侵入して催涙スプレーをまき散らした事実経過について話があった。「CとDは性欲の破戒の関係にある。CがDに精液を飲ませた。それが発覚してCは下向した。」などという話があったが、誰が話したか断言できるだけの記憶はない。主にFがCらの持ってきた荷物等について説明した後、A1が、「法則から行くならば、彼らは狂人にして帰すか、ポアするしかない。」と言った。このときA1が使った「ポア」というのは、殺害の意味と理解した。Eが、「ポアするしかないですね。」ということを言った。Fは「二人をたとえ帰したとしても被害者の会に入って何を言うかわからないし、マスコミに何を訴えるかわからない。教団にもマイナスなので、彼らに悪業を積ませないためにもポアしたほうがいいんじゃないでしょうか。」と言い、H、被告人、Kらも「ポアするしかないですね。」という内容のことを言っていた。私は、「泣いて馬謖を斬るという諺もありますが、どうせポアするんでしたら様々なものの人体実験をした方がいいんじゃないでしょうか。」と言った。当時、教団で製造していた炭疽菌やボツリヌス菌が頭にあり、それが兵器としての効果があるか人体実験をするなら、私の前で殺害されるのは避けられるし、時間を稼げるだろうなどと思った。私の立場ではポアしない方がいいとは言えなかった。 最後にI ヌス菌が頭にあり、それが兵器としての効果があるか人体実験をするなら、私の前で殺害されるのは避けられるし、時間を稼げるだろうなどと思った。私の立場ではポアしない方がいいとは言えなかった。 最後にIは、「自分のまいた種だから仕方がないんじゃないでしょうか。」と言っていた。A1は、「BがCとDの関係を知らないなら、BもCに騙された被害者である。カルマからいってBがCをポアすべきである。」と言った。 (二) H、Gの公判供述の信用性の検討(1) Hの公判供述の信用性の検討ア Hは、Cにガムテープで目隠ししたり、ビニール袋を被せたのが誰かはわからない旨供述しているなど、その公判供述には細部についてあいまいなところもかなりみられるが、犯行から一年四か月ほど経過した後に初めて捜査機関に供述し、公判供述については犯行から三年余りが経過した後のことであることからすれば、その間に記憶の風化や変化がある程度起こったとしても不自然ではないこと、Hは、C殺害事件の他にも殺人事件に関与しており、ガムテープを巻いた部分について記憶がだぶっている可能性は否定できないと述べるなど記憶があいまいになった理由について説明しているところ、人間の記憶の性質上、Hの右説明はある程度理解できることなどからすると、Hの公判供述の信用性を検討するに当たって、その供述にあいまいな部分がかなりみられることを過度に重視するのは相当ではない。むしろ、Hは、月日の経過などによって記憶があいまいになっているところはそのように供述した上、その記憶の程度に応じて、具体的に供述し、詳細な供述をしているところもあり、供述時の記憶に従って誠実に供述しているものと評価できる。 イしかも、Hは、Bが入室する前に「尊師の部屋」において、A1が じて、具体的に供述し、詳細な供述をしているところもあり、供述時の記憶に従って誠実に供述しているものと評価できる。 イしかも、Hは、Bが入室する前に「尊師の部屋」において、A1がその場にいた教団幹部らに対しCらを殺害することについての意見を求めた際、被告人がこれに賛成したことのみでなく、その前に自らも殺害に賛成したことなど、自己に不利益な事実も述べている上、C殺害に当たり、被告人がBに手を貸して関与し、事前にCら殺害に賛成する意見を述べたと供述してみても、H自身の刑事責任を軽減することにはならず、この点について、Hがあえて虚偽の供述をしなければならない理由も見当たらない(なお、C殺害の実行行為に当たって、被告人がBに積極的に手を貸したことを前提にすると、事前にCら殺害について賛成意見を述べたことは、被告人の刑事責任についても、それほど大きな影響を及ぼす事柄でもないと考えられる。)。 この点、弁護人及び被告人は、Hは、いわゆる地下鉄サリン事件により起訴され、死刑判決が予想されることから、それを何としてでも免れようとして、検察官に迎合し、被告人が不利になるような虚偽供述をしたおそれがあると主張するが、Hの公判供述を見ると、後記のとおり、BがCを殺害することになった経緯について、冒頭陳述などから窺われる検察官の主張と異なる供述をしている部分も認められるのであるから、Hが検察官の主張に迎合して虚偽の供述をしたものとは認められない。 ウそもそも、前記認定のとおり、A1は、第六サティアンに入り込んだCとBに対する何らかの処置を行うため、未明に、第二サティアンの「尊師の部屋」に赴き、そうした状況の中でEら教団幹部が「尊師の部屋」に集まったこと、第二サティアンに連行されたBとCは三 に入り込んだCとBに対する何らかの処置を行うため、未明に、第二サティアンの「尊師の部屋」に赴き、そうした状況の中でEら教団幹部が「尊師の部屋」に集まったこと、第二サティアンに連行されたBとCは三階階段付近で一〇分間ほど待たされた後、まずBのみが「尊師の部屋」に入れられたこと、A1がBに対しC殺害を迫った際、その場にいた教団幹部らは誰も異議を唱えなかったこと、A1とBが話している途中であるのに、教団幹部らが「尊師の部屋」に青色ビニールシートを敷いたこと、さらには、BがロープでCの頸部を絞めつける間、複数の教団幹部らが暴れるCの体を押さえつけていることなどからすると、Bが「尊師の部屋」に入室する以前に、A1とその場にいた教団幹部らはCら殺害について何らかの話をし、C殺害について共謀を遂げていたものと推認でき、このことからすると、A1がその場にいた教団幹部らに対しCら殺害について意見を求め、教団幹部らもこれに賛成したとするHの公判供述は、事実の流れとしてごく自然である。 エその上、FらからCらの所持品について説明があった後、A1がその場にいた教団幹部に「ポア」という言葉を使ってCらの殺害についての意見を求めたこと、EとFが殺害に賛成する意見を述べた後、Gが「泣いて馬謖を斬る」ということを言って同じく殺害に賛成したこと、被告人も殺害に賛意を表したことについては、Gの公判供述とも符合している。 もっとも、Hの公判供述は、BがCを殺害することになった経緯について、Gの公判供述と若干相違する内容になっている。すなわち、Hは、Bが「尊師の部屋」に入室する前は、CとB双方を殺害することになっていたが、Bが入室後、A1と話す中で、Pが来ていることが判明したため、BとCを殺害してしまえば、Pが警察に通報し 。すなわち、Hは、Bが「尊師の部屋」に入室する前は、CとB双方を殺害することになっていたが、Bが入室後、A1と話す中で、Pが来ていることが判明したため、BとCを殺害してしまえば、Pが警察に通報して殺害の事実がばれてしまうから、C殺害の口封じをするためにBにCを殺害させようとしたと思うと供述するのに対し、Gは、A1からCら殺害について意見を求められた教団幹部が、それぞれこれに賛成する意見を述べた後、A1が、「BがCとDの関係を知らないなら、BもCに騙された被害者である。カルマからいってBがCをポアすべきである。」と言って、その意向を変え、Cのみを殺害することもありうるとの考えを示したという内容の供述をしている。 右のような供述の相違は、そのこと自体から、「尊師の部屋」でのA1らの会話の内容や流れについて大筋で符合するHとGの供述全体の信用性に影響を与えるものではないと考えられるが、念のために検討すると、BとCは、ともに第二サティアン三階の階段付近で待機させられた後、A1の指示によって、まず、Bのみが「尊師の部屋」に入室させられていること、A1は、Bに対しC殺害を命じる前に、CとDの関係について説明して、BがCとDの関係を知っているかどうかについて確認していることなどの前記認定事実に照らすと、Gの公判供述がこれらの事実と整合するのに対し、Hの公判供述はこれらの事実と整合せず、結局、Gの公判供述の方がより自然で合理的であるということができるものの、Gの公判供述によっても、当初は、CとB双方を殺害することになっていたのであり、Hは、BにCを殺害させることもありうるというA1の発言を何らかの事情で聞き漏らすなどしたため、前記のごとく誤解して記憶して供述したと考えて不自然ではないのであるから、結局、こうした検討を経 あり、Hは、BにCを殺害させることもありうるというA1の発言を何らかの事情で聞き漏らすなどしたため、前記のごとく誤解して記憶して供述したと考えて不自然ではないのであるから、結局、こうした検討を経ても、この点の相違がH供述の信用性に大きく影響を与えるものとはいえない。 オさらに、弁護人及び被告人は、Hは、主尋問においては、A1から殺害について意見を求められた際、自分は、仕方がないですねという言い方で賛成し、被告人も同様に仕方がないですねくらいのことを言って賛成したと供述していたものの、反対尋問において、H自身が仕方がないですねと言葉に出してまで賛成しなかった可能性について確認されると、その可能性はあると思いますとこれを認め、被告人が仕方がないですねと意見を言ったとの点についても、はっきり見たり聞いたりとまで言えないと思いますがと供述しており、その供述は揺らいでいるのであるから、Hの証言は信用できないと主張する。 しかし、弁護人らがHの供述が揺らいでいると指摘する部分は、被告人の執拗かつ強引な反対尋問によって引き出されたものであって、Hの公判供述全体を眺めれば、自分が賛成する意見を述べた点については、ある程度明確な記憶があるものの、そのときCとBを殺害するのが誰になるのかという気持ちがあったため、確実な記憶であると断言できないという趣旨と理解でき、また、被告人が賛成した場面については、そもそも明確で具体的な記憶があるのではなく、その場にいた教団幹部全員が賛意を表したとの記憶があるという趣旨であると理解でき、この点に関するHの公判供述は、基本的には一貫しているものといえる。 カ以上検討したところによれば、Hの前記公判供述は、先にみたGの公判供述とくい違う部分を除いて十分信 解でき、この点に関するHの公判供述は、基本的には一貫しているものといえる。 カ以上検討したところによれば、Hの前記公判供述は、先にみたGの公判供述とくい違う部分を除いて十分信用できるものといえる。 (2) Gの公判供述の信用性の検討ア Bが「尊師の部屋」に入室する前に、A1やその場にいた教団幹部らの間でC殺害を共謀したとするGの公判供述も、Hの公判供述と同様の理由からごく自然であり、その信用性は高いというべきである。 イまた、この点について、Gがあえて虚偽の供述をしなければならない理由が見当たらないことも、Hと同様である。しかも、Gの公判供述は、捜査段階から一貫していることが推認され、詳細な反対尋問にもかかわらず、揺らいでもいない。 ウもっとも、Gの公判供述には、BがCに対してガムテープで目隠しをしようとした際、被告人がそれを手伝おうとしたが、A1がBにやらせろと言って制止したとか、Eらが、ロープで首を絞められ、暴れるCを押さえつけようとしていたところ、A1ができないならおれがやるなどと言ったと供述するなど、他の証人の供述と異なる部分もある。 しかしながら、Gは、A1が、「尊師の部屋」において、その場にいた教団幹部の意見を聞いた後、Bを入室させ、BにC殺害を命じたことを供述しているのであるから、前記の供述をしたからといって、特にA1の関与が積極的であったとする方向に働くものでもないし、G自身の刑事責任を軽減することにもつながらないのであるから、Gがあえて虚偽の供述をしたとは認められない。また、犯行から三年半余りを経過した後の供述であり、記憶の変化が生じたとしても必ずしも不自然ではないところもある。したがって、前 ながらないのであるから、Gがあえて虚偽の供述をしたとは認められない。また、犯行から三年半余りを経過した後の供述であり、記憶の変化が生じたとしても必ずしも不自然ではないところもある。したがって、前記の供述部分があるからといって、Gの公判供述全体の信用性に大きく影響を与えるものとまでいうことはできない。 エ以上検討したところによれば、Gの前記公判供述についても、少なくともHの公判供述と符合する限度においては十分信用できるものといえる。 3 被告人の公判供述の内容とその信用性(一) 被告人の公判供述要旨これに対し、被告人は、第二サティアンの「尊師の部屋」にBが入室する前に、A1から、Cらを殺害することについて意見を求められたこともなければ、それに賛成したこともないとして、要旨、以下のとおり供述する。 当日、第六サティアン三階のシールドルームにいたところ、女性の悲鳴が聞こえてきたので、PSI専用の帽子を被ったまま、部屋の外に出て、南側の階段の方に向かうと、Cがナイフを振り回すなどして、暴れていた。もみ合いの末、Cを取り押さえた。その後、Fの指示で、Cに手錠をかけ、一階の出入口の前まで行って待機していると、取り押さえられて手錠をかけられているBが入ってきた。 BとCは、「おれたちが帰らなかったら警察が来ることになっているからな。」と言っていた。Bらは、Bの父親の運転する車で来たとのことだった。私は、CやBが尊師と話して、魔境から抜け出してほしいと思い、それができなければ、警察に突き出すのも仕方ないと考えていた。そこで、Fに、Fから尊師に頼んでもらってBやCが尊師と話をすることができるように依頼したところ、Fはうなずいていた。Fは尊師の部屋に報告に行き、自分は、Fの に突き出すのも仕方ないと考えていた。そこで、Fに、Fから尊師に頼んでもらってBやCが尊師と話をすることができるように依頼したところ、Fはうなずいていた。Fは尊師の部屋に報告に行き、自分は、Fの指示でCらを見張っていた。その後、Fの指示でガムテープをCとBの口に張り、二人をワゴン車に乗せ、私、F、O、T、Vらが同乗して第二サティアンに向かった。 第二サティアン入口付近でしばらく待機した後、Fの指示で第二サティアンに入ったが、その途中、後ろから来たCが自分を蹴ってきて、「この手錠を外したら、いいか、まずおまえを必ずぶっ殺してやる。その後、Aだ。邪魔するやつは必ずみんな殺してやる。」などと言ってきた。自分がCを先導して第二サティアンの入口に入っていく際には、尊師のベンツには、Hだけが乗っていた。第二サティアンの三階まで上っていき、三階に着いた際には、Bらもいた。 Fの指示で、三階の白いドアの前で、V、O、Tらとともに、CとBを見張って待機していた。Cがひどく興奮していて、尊師に対して危害を加えるかもしれないと思ったので、何か対処をしてほしいということを尊師か高弟に伝えたかったし、弟子として尊師に会いたいという気持ちや教団関連会社の関係などで尊師に至急指示を仰ぎ決裁してほしいことがあったことから、「尊師の部屋」に続く白いドアの向こうにどうしても入りたかった。 G、Jが階段を上ってきて、白いドアの中に入った。KはGと一緒ではなかった。Jが白いドアを開けて出てきて、Cを呼び入れ、白いドアを閉めて中に入った。その後、私が白いドアを開けて入ると、台所みたいなところにJとCがいた。「尊師の部屋」には、I、E、F、Gがおり、尊師はソファに座っていた。Fが、CとBが第六サティアンで行ったことについ に入った。その後、私が白いドアを開けて入ると、台所みたいなところにJとCがいた。「尊師の部屋」には、I、E、F、Gがおり、尊師はソファに座っていた。Fが、CとBが第六サティアンで行ったことについて報告すると、Eは、反逆行為だなどと言いながら、すごく憤慨している様子だったが、尊師は、憤慨もせず、むしろ、もう一度Cが出家修行者として戻ってくるように期待している様子であった。 Fから、信徒への被害、Cの所持品やシステム手帳の内容についての報告があった。その後、尊師は、Eに「CとBは、今少し魔境に入っておかしくなっているけれども、また、ちゃんと、もう一度修行できるように導いてあげたいと思うけど、どうか。」などと尋ねた。Eは、「そうですね。ポアするしかないと思います。しかし、目的を遂げるまでは、再び侵入してきて尊師を殺そうとするかもしれませんよ。危ないですよ。」と答えていた。この場合のポアとは、意識を宗教的に引き上げることによって魔境から抜け出させて更生させるという意味である。尊師は、Eに対し、「今度、またCが暴れたら、そのときには、柔道の技でもかけて懲らしめたら、そんなことは二度としなくなるだろう。」と言った。Fについては、「尊師のおっしゃるとおりです。」と言っていたんじゃないかという不明確な記憶があるが、明確ではない。尊師が、その場にいたEやF以外の人間に対して、CとBの処分について意見を聞いてくることはなかった。尊師が一人一人意見を聞かない限り、Gや被告人らが自分から積極的に意見を言える立場ではなかった。その場にいたEやF以外の人間が、尊師に対して、CとBをポアするしかないとか、仕方ないですねというような意見を言ったことはなかった。私が聞いていた限り、CやBを殺害する相談は出ていなかった。 (二) 被告人の公判供述の信用性の して、CとBをポアするしかないとか、仕方ないですねというような意見を言ったことはなかった。私が聞いていた限り、CやBを殺害する相談は出ていなかった。 (二) 被告人の公判供述の信用性の検討まず、前記のとおり、A1や教団幹部らが「尊師の部屋」に集まった経緯や目的、Bのみが「尊師の部屋」に入れられたことやその際にA1がBにC殺害を迫った状況、青色ビニールシートが敷かれた状況、BがロープでCの頸部を絞めつけた際の状況などから、Bが「尊師の部屋」に入室する前に、A1とその場にいた教団幹部らがCら殺害について何らかの話をし、C殺害について共謀を遂げていたものと推認できるが、被告人の前記公判供述は、こうした事実関係と符合しないし、その供述自体、A1や教団幹部が未明に集まった経緯や目的に照らして不自然不合理であり、とうてい信用することができない。 そして、被告人の公判供述の不自然不合理なところは、被告人が、A1とその場にいた教団幹部らの間でC殺害についての共謀がなく、A1がBに対しC殺害を命じたこともないというのに、Jから、「失禁しました。」との報告を受けた後、A1は、「何やっているんだ。すぐ蘇生させろ。」と言った旨供述している点にも表れている。すなわち、C殺害の共謀がなく、A1にC殺害についての認識がなかったのであれば、目が不自由だとして状況把握もままならないというA1としては、Jから、「失禁しました。」との報告を受けただけでは、なぜ失禁したのか即座には理解できず、その理由を尋ねるはずであるにもかかわらず、A1は、Jの右のような報告を受けただけで、Cが死亡したことを認識して、Jを叱りつけ、「蘇生させろ。」と言ったことになり、明らかに不合理な供述になっている。 さらにいえば、被 、A1は、Jの右のような報告を受けただけで、Cが死亡したことを認識して、Jを叱りつけ、「蘇生させろ。」と言ったことになり、明らかに不合理な供述になっている。 さらにいえば、被告人は、C殺害を指示したのは、A1ではなくEであるとも供述するが、EがC殺害を指示した点については、何ら具体的な事実が述べられておらず、単なる推測の域を出ていないものであるし、被告人の供述するとおり、EがたとえCらの行動を教団に対する敵対行為と捉えて憤慨していたとしても、教団内において絶対的存在であるA1が、Cらを許し、宗教的に更生させようと話していたとすれば、A1がいるその場において、あえてその指示に逆らってまで、Cを殺害する特段の理由は認められないのであるから、被告人の右供述は、極めて不自然である。 このように、A1が教団幹部らとの間でCら殺害について共謀をしたことはないとする被告人の供述自体、不自然不合理であり、その前後の状況から推認される前記の各事実と符合していないし、また、前記の各事実と符合しないことは、KやIの公判供述にもいえるのであるから、これらの公判供述もそのまま信用することはできず、A1や教団幹部らとの間でCら殺害の共謀をしたことはないとの点について、これらの公判供述が被告人の公判供述と符合するところがあるといってみても、被告人の公判供述の信用性を高めるものとはいえない。 したがって、この点に関する被告人の公判供述も信用することはできない。 4 小括以上の検討によれば、H及びGの公判供述により、①Bが「尊師の部屋」に入室する前に、A1がCらを殺害するしかないと述べた上、そのことについてその場にいた教団幹部らに意見を求め、E、F、G、Hらがこれに賛成する意見を述べ 及びGの公判供述により、①Bが「尊師の部屋」に入室する前に、A1がCらを殺害するしかないと述べた上、そのことについてその場にいた教団幹部らに意見を求め、E、F、G、Hらがこれに賛成する意見を述べ、被告人やKらも、これに追従して賛意を表したこと、②その後、A1が、「BがCとDの関係を知らないなら、BもCに騙された被害者である。カルマからいってBがCをポアすべきである。」などと、BにCを殺害させることもありうるという趣旨の発言をした際にも、その場にいた教団幹部らは誰も反対の意見を述べなかったことが認められる(なお、ここでいう「ポア」の意味については、前記三の4の小括として認定した事実などからみてBがCを「殺害する」という趣旨と理解するのが合理的であり、HやGもそのように理解したと供述しており(前記三の4の小括で認定した場面で、Bも「ポア」の意味を殺害と理解した旨供述している。)、被告人を含む教団幹部もそのように理解していたと推認することができる。)。 五被告人の共謀及び実行行為の認定前記三の4及び四の4で認定した各事実によれば、被告人が、①A1や、その場にいた他の教団幹部及びA1の指示を受けC殺害を承諾したBとC殺害を共謀した事実も、②BがCの頸部にロープを巻いて絞めつけ、Cを窒息死させて殺害した際に、被告人も他の教団幹部とともにCの体を押さえつけるなどし、C殺害の実行行為にも関与した事実も認定することができるのであるから、被告人は殺人罪の共同正犯としての罪責を負うものというべきである。 第二判示第二の脅迫被告事件について一弁護人は、被告人が、Mと共謀して、Lを脅迫した事実はなく、被告人は無罪であると主張し、被告人もこれに沿う供述をするとともに同様の主張をしているので、以下検討する。 二特に争いがないか容 一弁護人は、被告人が、Mと共謀して、Lを脅迫した事実はなく、被告人は無罪であると主張し、被告人もこれに沿う供述をするとともに同様の主張をしているので、以下検討する。 二特に争いがないか容易に認定できる事実判示第二に関する関係各証拠によれば、判示の事実のうち、被告人がMとともに、本件当日である平成七年一月二七日午後一〇時ころ、L方を訪れたことは明らかであるが、被告人らがL方を訪れた経緯について、以下の各事実も、特に争いがないか、容易にこれを認定することができる。 1 Lは、長男が自分に対する反抗を繰り返していることが理不尽に思われ、背後に霊的なものがあるのではないかと考え、霊的なものを探求しようとして、キリスト教、白光真宏会に入信したり、神智学教会などについて研究したりした後、平成四年八月、教団で真理に従って修行すれば超能力が得られるなどと信じて、教団に入信した。 2 ところが、Lは、A1が衆議院議員選挙に立候補したことなどから、教団に対して不信感を抱いていたところ、インドの宗教家であるサイババを知って信仰するようになったため、平成六年六月、教団の高知支部長Vと徳島県のブロック長Wに会って、脱会の意思とその理由を伝え、さらに、同年七月、内容証明郵便で脱会届を教団の富士山総本部に送った。 3 Lは、教団を脱会し、サイババを信仰するようになったものの、教団は超能力を開発する能力を持った集団であると考え続けていた。そのため、娘の知人が教団で死後の体験ができるイニシエーションを受けたと聞き、Wと当時Vに代わって高知支部長を務めていたMに連絡して、同年一二月中旬か下旬ころ、そのイニシエーションを受けるために教団に再入信した。 Lは、同年一二月中旬ころ、被告人から、そのイニシエーションに参加 て高知支部長を務めていたMに連絡して、同年一二月中旬か下旬ころ、そのイニシエーションを受けるために教団に再入信した。 Lは、同年一二月中旬ころ、被告人から、そのイニシエーションに参加しないかと電話で誘われたこともあったが、その際、被告人に自分がサイババを信仰していることを話した。 4 Lは、同年一二月二四日、第六サティアン三階でイニシエーションを受け始め、強烈なエネルギーが体全体を覆うなどクンダリニーの上昇と思われる体験をしたものの、他方で、A1が超能力を持った悪魔であるとの確信も持つようになったことなどから、翌二五日、イニシエーションの途中で教団施設を抜けだし、帰宅してしまった。 5 Lは、同年一二月二七日ころ、高知支部に内容証明郵便で脱会届を提出した。平成七年一月中旬ころ、Lが、前記のイニシエーションの際に知り合ったXとYに自分が教団を脱会したことやその理由を話し、同人らにサイババについて詳しい知人を紹介するなどしたところ、XとYは、高知支部に内容証明郵便で脱会届を提出した。 6 Mは、Xがサイババの話をしていること、XとYの脱会届がLの脱会届に続いて提出され、その形式もLの脱会届と同じであったことなどから、Lが、XやYを唆して脱会させたりしているのではないかとの疑いを抱き、被告人にその旨報告し、対応について相談したところ、被告人が、直接、Lに面談することになった。被告人は、当時「師」と称する教団幹部の地位にあり、個々の信者に対して修行上のアドバイスをしたり教団につなぎ止めたりする信徒対応と称する活動に携わり、各地を回っていた。 7 被告人は、平成七年一月二六日、徳島県麻植郡所在のLの自宅に行ったが、Lは留守で同人と会うことはできなかった。その後、被告人は、教団の高知支部に行き、そこか 携わり、各地を回っていた。 7 被告人は、平成七年一月二六日、徳島県麻植郡所在のLの自宅に行ったが、Lは留守で同人と会うことはできなかった。その後、被告人は、教団の高知支部に行き、そこから、Mとともに、Yの自宅に行って同人と会うなどした。 8 翌二七日、被告人は、Mとともに、Xの経営する会社事務所を訪れて同人と会い、同人に対して教団からの破門を告げ、その後、Mが、Lに電話し、面談することの了承を取りつけ、前記L方に行き、Lと会った。Lは、被告人とMを二階の部屋に上げ、被告人とMが長いすソファに座り、Lはその向かいのいすに座った。 三本件に関するLの公判供述とその信用性 1 Lの公判供述の要旨以上のような経緯で、平成七年一月二七日L方で被告人及びMとLが話をしたが、その内容等について、Lは、公判廷で次のとおり供述している。 被告人とMがソファに座った後、被告人らの知らないことを言って機先を制しようと思い、「この宇宙を造った神、それからヴィシュヌ神を知っていますか。」と口火を切って聞くと、被告人が、「ヴィシュヌ神のことは聞いたことがあります。」と口ごもるように答えた。私が、更に、ヴィシュヌ神の話をしようとすると、被告人がソファの上に座禅を組んで、背筋を伸ばし、「今日は、A尊師のメッセージを伝えに来ました。」「Lさんは、オウムに対して脱会届を出していますが、オウムでは脱会を認めない、破門する。」などと言ってきた。私が、脱会した信者を破門するというのは全くナンセンスだと思ったので笑うと、被告人はむっとした表情になって、「オウムの信者で、クンダリニーが上がった信者は、脱会したりすると、尊師のエネルギーが送られなくなり、クンダリニーのエネルギーが非常に強烈なのでコントロールできなくなり はむっとした表情になって、「オウムの信者で、クンダリニーが上がった信者は、脱会したりすると、尊師のエネルギーが送られなくなり、クンダリニーのエネルギーが非常に強烈なのでコントロールできなくなり、発狂したり、あるいは場合によっては死ぬかもしれない。」などと言った。私は、クンダリニーが上がったのは、ほとんどがサイババのおかげであると思っていたものの、教団のノウハウの結果、クンダリニーが上がった部分もあると認識したので、被告人の話を聞いてそういうこともありうるかなと思って、怖くなった。被告人は、「教団の分派活動をしたり、尊師の悪口を言ったり、教団の悪口を言ったりする人はこういう目にあいますよ。」と言い、引き続いて、「これ以上信者を脱会させるとこちらにも考えがありますよ。」と言った。自分を殺したり、自分に暴力を振るったりするのではないかと思い、「考えがありますよというのは、私を殺しに来るんですか。」と聞いたところ、被告人は、「それは答えられない。」と言って、私の言ったことを否定しなかった。それで、非常に怖いことだなと思った。Mは、被告人の言うことに一々うなずいていて、最後に、「Lさん、昨年と比べたら大分お悪いんではないですか。」と言った。クンダリニーが上がったのに尊師のエネルギーが送られなくなったので、その影響が出たのではないかという一種の脅しの言葉と思った。 2 Lの公判供述の信用性(一) このような本件に関するLの公判供述は、次の諸点に照らし、十分信用することができる。 (1) Lは、月日の経過により、正確な言葉やニュアンスの相違はありうるものの、右に見たとおり、そのときの自己の内心にも言及しながら、被告人らの言動等を具体的に供述し、その供述内容は、被告人からの詳細な反対尋問にも揺らぐことはなく、 な言葉やニュアンスの相違はありうるものの、右に見たとおり、そのときの自己の内心にも言及しながら、被告人らの言動等を具体的に供述し、その供述内容は、被告人からの詳細な反対尋問にも揺らぐことはなく、一貫している。 (2) しかも、被告人は、後記のとおり、被告人がLに対し、脱会届を出していても破門になると告げたこと、破門になる理由として、A1の悪口を他の信徒に言ったり、他の信徒を脱会させたことを問題にしたこと、破門になるとA1からのエネルギーが送られず、クンダリニーが覚せいしたばかりのLが肉体的に病気になったり、精神的に気が狂ってしまったりする可能性があるとも告げていること、被告人の言ったことを聞いたLが被告人に対し自分を殺すつもりかと尋ねたこと、MがLに対し体の具合を心配するような言葉をかけたことを自認しており、これらの被告人の公判供述は、被告人らから脅迫されたとするLの前記公判供述を裏付けているということができる。特に、Lが被告人に対して自分を殺すつもりかと尋ねたことからすると、その直前の被告人の発言はそのようにLが受け取ってしまうような内容であったものであったとして不自然ではない。このことからすると、その発言内容について、被告人が「これ以上信者を脱会させるとこちらにも考えがありますよ。」と言ったとのLの公判供述も自然なものである。また、信者を唆して脱会させることは、教団において、無間地獄に落ちる悪業とされ、教団にとって見逃せない行為であったのであるから、信者の確保なども含めた教団の信徒対応を担っていた被告人が、Lにそのような行為をさせないため、信者を脱会させるような行為に対して制裁を加えることを匂わせる言動を取ったという点でも、Lの前記公判供述は自然である。このように、Lの前記公判供述は、前記二で認定した各事実と被告 行為をさせないため、信者を脱会させるような行為に対して制裁を加えることを匂わせる言動を取ったという点でも、Lの前記公判供述は自然である。このように、Lの前記公判供述は、前記二で認定した各事実と被告人が自認していることを踏まえてみると、その供述内容自体自然で合理的なものであり、被告人らがL方を訪れた前記経緯に照らしても自然であるし、被告人の公判供述で裏付けられてもいる。 (3) さらに、Lの前記公判供述は、Lと被告人との会話の流れ、それぞれの発言内容等について、Mの検察官調書とも概ね符合している。 この点、弁護人及び被告人は、Mの検察官調書の作成過程には違法があり、その内容についても事実に反する点が多いなどとして、Mの検察官調書の任意性・信用性を否定し、Mも公判廷においてこれに沿う供述をしている。 しかしながら、弁護人らが主張するように、捜査機関が脅迫の事実を勝手に書いて調書を作成し、Mに署名指印するように押しつけてきたとすれば、右脅迫の事実は、被告人、M、Lの三人しか知りえず、しかも、被告人は脅迫の事実を否認していたのであるから、捜査機関としては、Lの供述に合わせた調書を作成すると考えるのが合理的であるが、Mの検察官調書の内容は、捜査段階からほぼ一貫していると窺われるLの公判供述と完全に符合しているわけではなく、被告人がLに対し、「こちらにも考えがあります。」などと言った際のやり取りなど被告人やMの刑事責任を判断するに当たって相応の重要性を持つ事実について、食い違う部分もある。また、Mの平成七年五月一七日付け検察官調書(甲四三)には、MがLらのことを被告人に相談した際の気持ちについて、訂正を申し立てたことが記載されているところ、この点はMや被告人の脅迫の犯意に絡む内容である Mの平成七年五月一七日付け検察官調書(甲四三)には、MがLらのことを被告人に相談した際の気持ちについて、訂正を申し立てたことが記載されているところ、この点はMや被告人の脅迫の犯意に絡む内容であることに鑑みると、再三訂正を申し立てたにもかかわらず、取調べ検察官が訂正に応じてくれなかったとするMの公判供述もそのまま信用することはできない。 以上からすると、Mの取調べにおいて、検察官から任意性を損なうほどの強引な誘導等があったものとは認められず、Mの検察官調書については、その任意性を肯定することができるばかりか、L方での会話内容についても、他の部分と同様に具体的に述べられていること、その内容も、前記二で認定した各事実の流れと整合性を有しているなど自然であることなどからすると、概ね信用できると認められ、Lの公判供述の信用性を担保するに足りるものといえる。なお、Mの公判供述は、右の検察官調書の内容と異なるところがあって、むしろ後記の被告人の公判供述に沿うところがあるが、検察官調書の内容や前記二で認定した各事実の流れとの対比、Mの立場、被告人のMに対する尋問方法などを考えると、そのままこれを信用することはできない。 (4) 弁護人及び被告人は、Lが直ちに被害申告していないことを理由に、Lの脅迫被害を受けた旨の公判供述は信用できないと主張する。 しかしながら、本件当時、あるいはその後の教団をとりまく状況に鑑みれば、被害申告が遅れた理由について、Lが、教団に入っていることが知られると世間体が悪かったと述べていることも首肯できるし、脅迫の内容が宗教的なものであるので、警察がまじめに取り上げてくれる可能性が少ないと思ったことも直ちに被害申告しなかったことの理由となっていると述べる点についても ったと述べていることも首肯できるし、脅迫の内容が宗教的なものであるので、警察がまじめに取り上げてくれる可能性が少ないと思ったことも直ちに被害申告しなかったことの理由となっていると述べる点についても、脅迫の内容が、前記のとおり、超能力に関する宗教的確信を持たない人間にとっては理解しにくいものであることからすれば、合理的であり、納得のいくものであるといえる。 したがって、弁護人及び被告人の主張に与することはできない。 四本件に関する被告人の公判供述とその信用性 1 被告人の公判供述の要旨ところで、被告人は、MとともにL方を訪れた際の会話内容などについて、大要、以下のとおり、供述する。 Lの自宅の二階の部屋に案内されて、テーブルを挟んでソファみたいなところにLと向かい合って座った。Lは、怖がったりおびえたりする様子はなく、いすに踏ん反り返って胸を張って、私たちを見下げるような態度で座っていた。大きく飾ってあるサイババの写真を手で示しながら、「宇宙を造った神を知っていますか。」と言っていた。ヴィシュヌ神の話は出てこなかった。Lは、「サイババこそシヴァ神の化身である。Aは神ではない。」などと言っていた。この話を聞いてLの尊師に対する信仰心は残っていないから再入信の話をしても無理だろうと思ったが、希望を捨てずに話してみようという思いもあって、イニシエーションの話をしたところ、Lはイニシエーションはいい体験をしたよと言った。Lに、そのクンダリニーの覚せいは、尊師のエネルギーによって起きたんですよと言ったが、Lは、サイババのおかげだと言っていた。これを聞いて、Lにオウムの教義に対する信仰心が全くない状態であると判断したので、「Lさん、あなたは脱会届を出していますけれども、あなたは脱会ではなく破門になります。 イババのおかげだと言っていた。これを聞いて、Lにオウムの教義に対する信仰心が全くない状態であると判断したので、「Lさん、あなたは脱会届を出していますけれども、あなたは脱会ではなく破門になります。」と告げた。Lは、「サイババを信仰しているから全然構わない。」旨言って、笑った。私は、これまでLが脱会を勧めたということをL本人や、X、Y、岩崎らから聞いたことがなかったので、かまをかけるつもりで、「尊師の悪口を言いながらサイババを勧めて、他の信徒を脱会させたらそれは無間地獄に落ちる悪業にあたるということは知っていますよね。だから、Lさんは破門になります。」などと破門の理由も告げたが、Lは反論しなかった。また、私は、「破門の場合というのは、Lさんに信仰心が残っていたとしても、尊師からエネルギーが送られることはなくなってしまいます。そういう状態だとクンダリニーを今覚せいしたばっかりですから、非常に心配です。エネルギー状態が悪くなってしまって、肉体的に病気になってしまったり、あるいは精神的に気が狂ってしまったりする可能性があります。もしそういう兆候が出てきたら、すぐ私に連絡してください。破門になっていても対処できますから。」などと言った。これに対して、Lは、「いや、自分にはもうサイババがついているから大丈夫だ。クンダリニーも別に尊師の力によって覚せいさせてもらったものじゃない。」などと言った。私が、「今後Lさんは、破門になったわけですから、もう他の在家信徒と連絡をとったりしないでくださいね。」と頼んだところ、Lは、怒ったような目つきになって、「いや、こっちから連絡せんでも向こうから連絡したらどうするんだ。」と言ってきた。私は、教団には破門にされた人間と連絡をとってはいけないとの規定があるので、「向こうから連絡を取ってくることはまずないと思いま っちから連絡せんでも向こうから連絡したらどうするんだ。」と言ってきた。私は、教団には破門にされた人間と連絡をとってはいけないとの規定があるので、「向こうから連絡を取ってくることはまずないと思いますよ。」と答えた。Lがまだ怒っており、連絡を取るぞという雰囲気を感じたので、「もしLさんがどうしても連絡取られると言うんでしたら、こちらも対策を考えなくちゃいけないですね。」と自分に言い聞かせるよう言ったところ、Lはさらに怒り、突然、語気鋭く「殺すんか。」と言ってきた。私が、えっと聞き返すと、Lは、「わしを殺すんか。たたき殺すぞ。」と言ってきたので、私は理解できずに、「殺したってしょうがないでしょう。」と話した。Lの怒りが絶頂に達していたのがわかったので、話を切り上げたが、Mも最後の方で、「Lさん、もしそういうお体の具合が悪くなったりとかしたらちゃんと言ってきてくださいね。」と言っていた。 2 被告人の公判供述の信用性確かに、被告人の右弁解は、具体的で、捜査段階から概ね一貫しており、Lの前記公判供述と趣旨が符合している部分もあるので、被告人の右弁解を信用しうるかどうかが問題となる。 しかしながら、被告人は、Lに対し、教団の他の在家信徒と連絡をとらないよう頼んだところ、それまで笑うなどしていたLが怒り出し、「いや、こっちから連絡せんでも向こうから連絡したらどうするんだ。」などと言ったと述べているが、Lは、既に教団やA1への信仰心を失って、教団を脱会し、サイババ信仰に傾倒していたのであるし、XやYに、サイババに詳しい知人を紹介するなどしたとはいえ、彼らとも一か月ほど前に知り合ったばかりで、それほど親しい関係にあったわけではなく、教団の他の在家信徒との連絡を禁じられたからといって、Lにとって、特段不都合な点 い知人を紹介するなどしたとはいえ、彼らとも一か月ほど前に知り合ったばかりで、それほど親しい関係にあったわけではなく、教団の他の在家信徒との連絡を禁じられたからといって、Lにとって、特段不都合な点があるわけではないのであるから、被告人の右供述は、被告人の発言とLの言動がちぐはぐで不自然な感が否めない。 しかも、被告人は、平成七年六月七日付け検察官調書(乙二七)において、Xに対して破門を言い渡した際にも、他の信徒と接触しないように頼んだ被告人に対して、Xが、「こちらから連絡とらなくても向こうから来たらどうするんですか。」と尋ねたと供述しているが、LとXが全く同じ反応をとることが全くないとはいえないとしても、この符合も不自然なものといえる。 さらに、被告人は、公判廷において、「こちらも対策を考えなくちゃいけないですね。」との被告人の発言に対するLの反応について、前記のとおり、Lが「殺すんか。」と言ってきた旨供述しており、被告人の供述するLの言葉は、被告人の供述する会話の流れの中で述べられた言葉にしては、相当不自然である。 このように重要な部分で不自然な内容となっている被告人の前記弁解は、それ自体信用性に疑問があるし、信用性の認められるLの公判供述と対比すると、とうてい信用することができない。なお、Mの公判供述には、被告人の弁解に沿う部分があるが、検察官調書の内容から変遷しているなど、そのまま信用することができないことは前述のとおりである。 五脅迫罪の成否についての判断これまで検討してきたところによれば、前記二で認定した事実に加えて、平成七年一月二七日のL方における被告人及びMとLとの会話内容等については、Lの公判供述どおりの事実を認定することができ、被告人が「これ以上信者を脱会さ ところによれば、前記二で認定した事実に加えて、平成七年一月二七日のL方における被告人及びMとLとの会話内容等については、Lの公判供述どおりの事実を認定することができ、被告人が「これ以上信者を脱会させるとこちらにも考えがありますよ。」などと言ったりしたことは、教団信者らを使ってLを拉致したり、あるいは危害を加えたりすることを暗示したものと認められるが、弁護人は、被告人がLに対して、破門になったことでA1のエネルギーが送られなくなるため、精神異常になったり死んだりすると告げたのは、単なる吉凶禍福の告知にすぎないから、右行為は、脅迫罪における害悪の告知とはいえないとして、公訴棄却すべきであるとも主張しているので、以下、この点について検討する。 確かに、Lは、当時、A1への信仰心を失っていたものであるが、他方で、教団脱会後も、サイババを信仰するなど、依然として宗教に傾倒し、超自然的な現象を信じており、A1が超能力を有していること自体についてもこれを信じていたものである。このことからすると、被告人の右行為は、教団の教義に従い、あるいは教義を説くものであったとしても、Lを畏怖させるに足りる害悪の告知に当たるものといえる。また、被告人及びMは、Lのこれまでの行動や言動等から、Lが宗教に傾倒し、A1の超能力や教団の相応の宗教的な力も信じていることなどを認識していたのであるから、脅迫の故意に欠けるところもない。被告人は、A1の意向を受けた伝達者として、Lに破門を言い渡していることからすると、告知した害悪を直接加えるのはA1であると解されるが、教団幹部である被告人がその害悪を間接的に左右しうる立場にあるものとして告知しているものと認められるから、吉凶禍福を告げたものともいえない。したがって、弁護人主張の被告人の前記発言も脅迫罪における害悪の 幹部である被告人がその害悪を間接的に左右しうる立場にあるものとして告知しているものと認められるから、吉凶禍福を告げたものともいえない。したがって、弁護人主張の被告人の前記発言も脅迫罪における害悪の告知といえ、弁護人の公訴棄却の主張はその前提を欠き、失当である。 以上によれば、被告人が判示認定のとおりの脅迫をしたものと認定できるが、Mとの共謀についても、信用できるLの公判供述及びMの前記の検察官調書によれば、①Lが他の信者に脱会を唆しているとの疑いを抱いたMが、被告人に相談した結果、被告人が徳島などを訪れることになったこと、②平成七年一月二六日、高知支部において、Mが、被告人に対して、Lが他の信者に脱会を勧めている旨報告した際、被告人がLの破門はやむを得ない旨述べると、Mもこれに賛同し、さらに、相談の結果、被告人が破門を言い渡すことになったこと、③Mは、その場にいたにもかかわらず、被告人の脅迫を制止することなく、「昨年と比べたら大分お悪いんではないですか。」などと言って、A1からエネルギーが送られなくなった影響を指摘すると解される発言をしていることなどの事実が認められ、これらの事実関係に鑑みると、遅くとも本件犯行時においては、被告人とMとの間でLを脅迫する意思を相通じていたものと認められる。 第三判示第三の公務執行妨害被告事件について一弁護人は、N巡査の被告人に対する職務質問は、既に他の警察官によって職務質問、所持品検査が行われ、それが終了していた以上、許されるものではないばかりか、Nは、被告人を強制連行しようとしていたのであるから、結局、Nの職務行為は、その適法性を欠いていたものであるし、被告人がNに暴行を加えた事実もないから、被告人は無罪であると主張し、被告人もこれに沿う供述をするとともに、同様の主張もしている あるから、結局、Nの職務行為は、その適法性を欠いていたものであるし、被告人がNに暴行を加えた事実もないから、被告人は無罪であると主張し、被告人もこれに沿う供述をするとともに、同様の主張もしているので、以下検討する。 二特に争いがないか容易に認定できる事実前記の関係各証拠によれば、本件公務執行妨害に関して、以下の各事実は、特に争いがないか、容易にこれを認定することができる。 1 本件当時、Z巡査、B1巡査部長、Nは、いずれも、警視庁王子警察署地域課に勤務する警察官であった。 2 ZとB1は、平成七年四月六日午前九時四〇分ころから、制服着用の上、パトカー王子二号(以下「王子二号」という。)に乗り、警ら活動に当たっていたが、同日午前一〇時二〇分ころ、東京都北区陸上自衛隊十条駐屯地正門脇道路上に山梨ナンバーの赤いブルーバード(以下「本件車両」という。)が駐車しているのを発見し、すれ違う際に、本件車両内でC1と被告人がシートを倒して横になっているのを認めた。 3 このように駐車中の本件車両内に被告人らがいる様子や本件車両が見慣れない山梨ナンバーの車両であったことなどから、ZとB1は、不審と考え、C1らに対し職務質問を実施するとともに、本件車両が駐車禁止場所である消火栓の上に駐車されていることを注意するため、王子二号を停車させ、王子二号から降車して本件車両付近まで行った。 4 B1は、運転席にいたC1に運転免許証の提示を求めるとともに、その場所で何をしているのかを尋ねた。C1は、運転免許証をB1に提示し、「遠くから来て疲れて休んでいる。」などと言った。また、B1は、C1に対し、消火栓の上に駐車するのは、駐車違反であることを告げたり、車内やトランク内を見せてくれるよう求めた。C1は、これに応じて、本件 くから来て疲れて休んでいる。」などと言った。また、B1は、C1に対し、消火栓の上に駐車するのは、駐車違反であることを告げたり、車内やトランク内を見せてくれるよう求めた。C1は、これに応じて、本件車両から降車し、同車の後部トランクを開け、トランク内の物を見せたものの、その中にはイニシエーションに関連するものがあったため、B1に対して、トランク内の物には触ってほしくない旨言った。他方、Zは、B1からC1の運転免許証を受け取って王子二号へ戻り、指名手配や本件車両の所有者などの照会をしたところ、本件車両の所有者が教団であることが判明した。当時、地下鉄サリン事件などの事件が発生していて、同年三月二二日には教団に関する強制捜査が行われた状況であったことやC1の対応状況などから、Zは、本件車両内に危険物、銃器類、薬物などを隠し持っているおそれがあると考え、警視庁本部に応援要請をし、その後、C1がB1に本件車両のトランク内を見せているところへ行った。C1は、B1やZにトランク内の物を触らせないまま、トランクを閉め、本件車両の運転席に戻った。 5 B1とZは、本件車両のトランク内のものについてすべて確認できたわけではなかったことから、本件車両の運転席に行き、C1に再度トランクの中を見せてくれるよう説得したところ、C1は、降車し、トランクを開けたので、B1がトランク内の物について質問を始めた。B1が質問をしている間に、パトカー王子三号(以下「王子三号」という。)及び警備用車両、さらに王子警察署のD1地域課長、E1警部補、Nらの乗るパトカー王子一号(以下「王子一号」という。)も到着し、Zは、Nに対して、本件車両が教団の車であることを話した。 6 B1がトランク内にあった複数のドリンク瓶について尋ねたところ、C1は、被告人のものなのでよくわ 「王子一号」という。)も到着し、Zは、Nに対して、本件車両が教団の車であることを話した。 6 B1がトランク内にあった複数のドリンク瓶について尋ねたところ、C1は、被告人のものなのでよくわからないなどと言って、被告人を呼びに行った。その後、助手席にいた被告人が降車し、トランクのところに来たが、B1がドリンク瓶に関して質問すると、被告人は、トランク内からドリンク瓶を一本取り出して、一気に飲み干し、その後、本件車両の助手席に戻った。 7 ドリンクを一気に飲み干した被告人の姿を見たNは、被告人の行動を不審に思い、職務質問するため、本件車両の助手席側付近に赴いた。そして、Nは、本件車両助手席のそばから、窓をノックし、本件車両助手席に座っていた被告人に対し、車外に出て職務質問に応じるよう求めた。被告人は、話ならそこでしてほしいなどと言って渋っていたが、Nが説得を続けた結果、本件車両から降車した。しかし、被告人は、Nから言われたことが契機となって、再び本件車両助手席へ戻ろうとした。 8 その後、Nは、本件車両の車体と助手席ドアの間で、「痛い。」と声を上げ、E1が「公妨だ。」と言った。 9 被告人は、その直後である同日午前一〇時四四分、Nに対する公務執行妨害の現行犯人として逮捕された。 三関係者の公判供述の信用性弁護人及び被告人の主張する点について、事実認定上重要な証拠となるのは、N及びZの公判供述であるので、まず、その信用性を検討し、その上で、これに反する被告人の公判供述の信用性について検討する。 1 Nの公判供述の信用性(一) Nの公判供述要旨Nは、公判廷において、前記認定の暴行を加えられたとして、その際の状況について次のとおり、供述している。 Nの公判供述の信用性(一) Nの公判供述要旨Nは、公判廷において、前記認定の暴行を加えられたとして、その際の状況について次のとおり、供述している。 現場到着後、一般車両の交通整理をしながら、時折本件車両のトランクの方を見ていたところ、被告人がドリンクを取り出して一気に飲み干し、ブルーバードの助手席に戻って座るのを見た。その行動を不審に思ったので、ドリンクの中身を確認するため、職務質問しなければならないと思った。E1警部補から「あの男を頼む。」と被告人に対する職務質問を頼まれた。自分が、ブルーバードの助手席の所に行くと、被告人は、シートを倒して横になっていた。助手席側のドアは閉まっていたので、自分がトントンと窓をノックすると、被告人は、三分の一くらい窓を開けた。しかし、被告人が起き上がりもせず、まともに話を聞いてくれないだろうと思ったので、「話を聞きたい。」「ちょっと外に出てください。」と言った。被告人は、「何で外に出なきゃならないんだ。」「ここで話せばいいじゃないか。」旨言っていたが、同じことを繰り返し説得し、被告人も、めんどくさそうに車両から降りてきて、自分の方に近づき、「じゃあ誰に話せばいいんだ。」と興奮した口調で言った。自分は、「ちょっとそこまで来てください。」と言った。トランクの方に来てほしいという趣旨であるが、被告人は、「ここで話せばいいじゃないか。」というようなことを言ってかなり興奮していた。その後、被告人は、自分に背を向け、自動車に乗り込もうとした。自分は、職務質問を継続しないといけないと思い、被告人の左腕の上腕部をトントンと軽く叩き、「ちょっと待ってください。」と言った。このとき、被告人は、ちょうど助手席に乗り込もうとしており、腰を落とした体勢で、右足は助手席の ないといけないと思い、被告人の左腕の上腕部をトントンと軽く叩き、「ちょっと待ってください。」と言った。このとき、被告人は、ちょうど助手席に乗り込もうとしており、腰を落とした体勢で、右足は助手席のマットに掛かり、左足は車両から出ているような状態であった。被告人は、自分が左腕をトントンと叩いた際、振り向きざまに下から上にすくい上げるように空手チョップのような感じで左手でパーの状態で一発自分の胸、心臓の辺りを殴ってきた。被告人は、興奮した口調で「何もしていない。」「何も話すことはない。」と言っていた。自分は、一瞬息が詰まるような感じがし、後ろにのけぞるような感じになった。被告人は、その後助手席に座り、自分は追いかけるように一歩踏みだしたような感じで中腰になったが、被告人は、ドアの取っ手を持って勢いよくドアを閉め始め、自分は、挟まれそうになり、危ないと思った。その瞬間、左腕にドアがぶつかり、それに押されるようにして、車体に右腰と右肩がぶつかり、ドアと車体に挟まれた状態になった。自分は、「痛い。」と声を上げ、その後、被告人に公務執行妨害で逮捕すると告げて被告人を逮捕した。助手席ドアの外側にいたE1警部補も「公妨だ。」と言っていた。自分は、被告人の腕を捕まえようとしたが、被告人は手をばたばたするような感じで抵抗し、「おれは何もしていない。」「なんだこの野郎。」と言っていた。 F1巡査が応援に来て、協力してブルーバードから外に出し、王子三号に乗せようとしたが、被告人が、ドアに足を突っ張るなどして抵抗したために乗せられず、ドアの間口の広い警備用車両に乗せた。 (二) Nの公判供述の信用性の検討(1) Nの右公判供述は、次の諸点に照らし十分に信用することができる。 ア Nの公判供述は、具体的かつ詳細である 。 (二) Nの公判供述の信用性の検討(1) Nの右公判供述は、次の諸点に照らし十分に信用することができる。 ア Nの公判供述は、具体的かつ詳細である上、その供述内容に特に不自然なところも見当たらない。また、Nの供述は、捜査段階からほぼ一貫しており、Nが暴行を受けた前後の状況など基本的な部分については、被告人からの詳細な反対尋問にも揺らいでいない。 イ前記二で認定したとおり、被告人らは、本件車両内で休んでいた際にB1らから職務質問を受けたものであるが、被告人の公判供述によれば、平成七年三月二二日の教団に対する強制捜査以降、警察官からたびたび職務質問、所持品検査を受け、相当時間がかかることもあったことが認められ、これらのことに照らすと、被告人が職務質問に応じるのを煩わしいと感じていたとしても不自然ではない。しかも、B1からドリンクについて質問されても、ドリンクを飲んですぐに本件車両助手席に戻っていることからすると、被告人は相当苛立っていたものと推認される。また、前記二で認定したとおり、被告人が公務執行妨害の現行犯人として逮捕される直前、本件車両の車体と助手席ドアの間にいたNが「痛い。」と声を上げ、E1が「公妨だ。 」と言ったことが認められるが、このような発語がNやE1からあったこと、特にNの発語は、何らかの痛みがあったときに反射的に発せられるものであることからすると、これに対応する何らかの出来事があったものと推認しても不合理ではない。これらのことからすると、被告人が、Nから職務質問に応じるよう求められるうちに興奮して、暴行に及んだというNの公判供述は、自然である。 ウ Nが、「被告人は、本件車両から降車した際、興奮していた。」と供述する点は、B1が、被 問に応じるよう求められるうちに興奮して、暴行に及んだというNの公判供述は、自然である。 ウ Nが、「被告人は、本件車両から降車した際、興奮していた。」と供述する点は、B1が、被告人がドリンクを飲み干す前後の状況について、「被告人は、警察官は不浄な手で荷物を触るな、絶対に触るんじゃないなどと怒鳴るような口調で言っていた。」と供述していることや、C1も、Nから求められて本件車両を降車した際の被告人の様子について、「ちょっと怒っているような素振りがあったかもしれない。」と供述していることとも、整合しており、これらの供述からも裏付けられている。 (2) 弁護人及び被告人は、Nの公判供述に基づく再現実験を行った結果、被告人が、Nに対して暴行を加えるのは不可能であり、このような不可能な事実を供述しているNの公判供述は、とうてい信用できないと主張する。 そこで、弁護人が実施した再現実験の信用性について、検討する必要があるが、右再現実験は、本件車両と塀が概ね並行であり、本件車両の助手席のドアの付け根と塀の間は約五五センチメートルであったとのNの公判供述に基づいて行われている。しかし、右Nの公判供述のうち、助手席のドアの付け根と塀との間が約五五センチメートルであったというのは、捜査段階で作成された実況見分調書の数値を被告人が示して誘導したものであるものの、本件車両の後部と塀との間の距離については、右実況見分調書の数値を示さないまま被告人の執拗な反対尋問によって、本件車両と塀が概ね並行であったとの供述部分が引き出されたもので、むしろ、Nの公判供述を全体として眺めれば、Nは、本件車両と塀は並行というよりは、本件車両が若干左向き、すなわちその後部が前部より塀から離れる形で斜めに停車していた旨供述して 引き出されたもので、むしろ、Nの公判供述を全体として眺めれば、Nは、本件車両と塀は並行というよりは、本件車両が若干左向き、すなわちその後部が前部より塀から離れる形で斜めに停車していた旨供述していると解するのが相当であるし、本件車両の後部と塀との間の距離が約五五センチメートルである旨の誘導尋問についてこれを肯定しているNの公判供述も、その供述の引き出される経緯などからして正確性が担保されているものとはいえないこと(なお、Nは、検察官の主尋問に対しては、ブルーバードと塀の間は大体一メートルくらいだったと思うと供述)から、これらの点で弁護人の再現実験はその前提がNの公判供述の内容と異なっているところがあるなど、本件当時の状況を正確に再現して行われたものとはいえない。 また、弁護人は、Nが公判廷で供述するような位置に、Nが立っていた場合、被告人がNに対して、左手で下から上にすくい上げるように空手チョップを打つことができるか再現実験したところ、被告人役の人間の左手が助手席ドアに接触するなどしてしまい、右のような暴行を加えることは不可能であったとしている。しかしながら、弁一〇四号証写真一八、一九、五三、五四を見ると、N役の人間が助手席ドアと本件車両との間にほぼ完全に入るような位置に立った上で再現実験が行われていると認められるところ、被告人から暴行を受ける直前に被告人の左腕を手で軽くたたいた際のNと被告人との位置関係については、Nが作成した図面(第三〇回N速記録末尾添付の図面三)の記載やこの部分に関するNの公判供述全体の趣旨からは、そのとき、Nは助手席ドアと本件車両との間に完全に入るような位置には立っていなかった旨Nは供述していると捉えるのが相当である。そうすると、この点に関する弁護人の再現実験も、Nの公判供述と異なった 、そのとき、Nは助手席ドアと本件車両との間に完全に入るような位置には立っていなかった旨Nは供述していると捉えるのが相当である。そうすると、この点に関する弁護人の再現実験も、Nの公判供述と異なった前提に基づいて行われたものといえる。 さらに、弁護人は、Nが暴行を受けた時点から、Nが供述するとおり、一歩(約三〇センチメートル)踏み出したとした場合、被告人が、Nを助手席ドアと本件車両との間に挟むような暴行を加えることができるか再現実験したところ、これも不可能であったとしている。しかしながら、先に検討したとおり、弁護人の再現実験は、Nが一歩踏み出す前の位置についてNの公判供述と異なった前提の下に行われている以上、Nが一歩踏み出した後の位置についても正確に再現されていないことは明らかであるし、Nが踏み出した具体的な距離についても、Nは、当初概ね何十センチというのは忘れてしまったと供述し、続いて大体被告人に近づけるようなくらいですと答え、具体的な数値の答を求める被告人の執拗な反対尋問を経て、「三〇センチくらい」という被告人の誘導尋問に対して「はい」と答えているのであるから、三〇センチメートルという具体的な数値をそのまま正確なものとして確定することはできず、それを再現の前提にすることが相当でないことも明らかである。 以上の検討によれば、弁護人の再現実験は、結局、これらのN供述とは異なる前提や正確性に問題がある距離などに基づいて行われたものといえ、その再現実験の結果、被告人役の者がN役の者に暴行を加えることが不可能であったとしても、そのことから、本件当時被告人がNに対して暴行を加えることが不可能であったということはできないし、Nの公判供述の信用性を減殺するものではない。 2 Zの公判供述の信用性 能であったとしても、そのことから、本件当時被告人がNに対して暴行を加えることが不可能であったということはできないし、Nの公判供述の信用性を減殺するものではない。 2 Zの公判供述の信用性(一) Zの公判供述要旨Zは、公判廷において、職務質問や所持品検査の状況について、次のとおり、供述している。 B1が、ブルーバードの運転席の窓ガラスをノックすると、運転席のC1が、窓ガラスを開け、B1が運転免許証の提示を求め、ここで何をしているのかと質問すると、C1は、運転免許証を提示し、遠くから来て疲れて休んでいると言っていた。B1は、さらにその場所が消火栓の上にかかっていて道路交通法違反になるとか車の中やトランクの中を見せてくれと言っていた。B1は、受け取った運転免許証を自分に渡した。自分は、王子二号に戻り、無線機を使って、指名手配等や車の所有者の照会をやった。この間、C1は、ブルーバードから降り、トランクを開けて中を見せていたが、B1に、絶対に触るな、これは神聖なものだからと言っていた。自動車の照会の結果、所有者はオウム真理教と判明した。その後、無線で警視庁本部に応援要請をした。ブルーバードのトランクのところに行き、中をみると、段ボール箱に入ったビデオテープや薬のような白い錠剤が見えた。トランクの下の方も見せてくれと言ったが、C1は、同じようなものだから必要ないと言ってトランクを閉め、運転席に戻った。こうしたC1の態度を不審に思った。薬物、危険物、見せられないものでも隠している可能性があると思った。そこで、B1と運転席に行き、C1にトランクの中を見せるように言った。C1は、渋々車から降り、またトランクを開けた。B1がC1に質問をし、自分は王子二号に戻り、無線で報告をしたり、パトカーか った。そこで、B1と運転席に行き、C1にトランクの中を見せるように言った。C1は、渋々車から降り、またトランクを開けた。B1がC1に質問をし、自分は王子二号に戻り、無線で報告をしたり、パトカーから降りて状況を見たりしていた。この間、パトカーの王子三号と警備用車両が到着し、続いて、王子一号が到着した。王子二号の運転席にいたとき、Nに、この車はオウム真理教の車だと話した。その後、自分はブルーバードのトランクのところに行ったが、B1がC1にトランクの中身について質問していた。C1は、トランクの中身のほとんどは助手席の人のものなのでよく分からないと言い、運転席に行き、被告人に何か言っているように思えた。その後、被告人が降り、トランクのところに来た。B1が、被告人に、トランクの中身、具体的にはドリンク瓶についてどのようなものが入っているか質問した。被告人は、いきなりトランク内からドリンク瓶一本を取り出し、一気に飲み干した。被告人は、おれが飲めるんだから毒でも何でもないだろうと言い、助手席に戻った。 (二) Zの公判供述の信用性の検討Zの右公判供述は、具体的かつ詳細であり、供述内容自体に不自然なところもない上、被告人からの詳細な反対尋問にも揺らぐことなく、ほぼ一貫している。また、職務質問や所持品検査時の状況や、その際の被告人らの対応などについて、B1の公判供述とも符合している。 さらに、前記のとおり、C1が職務質問に応じるのを煩わしいと思ったとしても不自然ではない上、被告人とC1の公判供述によれば、トランク内にはドリンクのほか、信徒名簿など教団にとって相当の重要性を持ち、特に警察官の目には触れさせたくないと思われるものが入っていたと認められ、これらのことに照らすと、C1が最初のトランク検査の際 ンク内にはドリンクのほか、信徒名簿など教団にとって相当の重要性を持ち、特に警察官の目には触れさせたくないと思われるものが入っていたと認められ、これらのことに照らすと、C1が最初のトランク検査の際に、非協力的態度をとったとするZの公判供述は自然である。 以上のことからすると、Zの公判供述も十分信用できるものといえる。 もっとも、Zが、本件車両が自衛隊駐屯地の横に駐車されており、被告人らが、自衛隊に対する攻撃の下見をしているのではないかなどと考えたことも、被告人らに対して不審感を抱き、職務質問を実施した理由の一つとなっている旨供述する点については、Zの検察官調書(弁九二、九五)に、この点に関する記載が欠けているが、この点が、Zの供述全体の信用性に影響を及ぼすものとはいえない。 また、Zの公判供述には、捜査段階の調書と対比すると異なっている部分もあるが、これらはいずれもそれほど大きな違いではないし、本件後、公判供述まで四年以上を経過しているのであって、人間の記憶の性質上、若干の記憶の風化が起きるのは仕方がない面があり、瑣末な差異を過度に重視すべきではないから、結局、これらの違いは、Zの公判供述の信用性に影響を与えるものではないといえる。 3 被告人の公判供述の信用性(一) 被告人の公判供述要旨被告人は、公判廷において、本件の状況について、次のとおり供述する。 本件現場で、車を停めて眠っていたところ、B1が窓をノックしてきたが、そのときZはそばにはおらず、王子二号に乗っていた。B1は、「何をしているんですか、ここは駐車違反ですよ。」という趣旨のことを言い、免許証の提示を求めたので、C1は、これに応じ、免許証をB1に渡した。B ときZはそばにはおらず、王子二号に乗っていた。B1は、「何をしているんですか、ここは駐車違反ですよ。」という趣旨のことを言い、免許証の提示を求めたので、C1は、これに応じ、免許証をB1に渡した。B1は、ブルーバードの対向車線上の王子二号にいたZに合図を送り、そばに来たZに免許証を渡し、Zは、これを受け取って王子二号に戻った。B1は、職務質問を続行した。オウム真理教の車と最初から答えていて、自分は、B1に車検証も見せて渡した。B1は、C1に続いて、自分にも、名前、住所などを聞いてきたので、これにも答え、オウム真理教の施設からやってきたとも答えた。自分が、B1に名前を教えて欲しいと言うと、B1は、警察手帳を開き、写真と名前の書いてあるページを見せた。その後、駐車違反を理由に警察署への任意同行を求められ、これを断ると、トランク検査が始まった。ブルーバードの停まった横は、鹿島建設株式会社の建物であり、自衛隊の正門は見えなかった。車の通りもほとんどなく静かな場所であった。任意同行を断った後、王子二号はUターンし、ブルーバードの後方数メートルのところに停まった。その後、トランク検査を求められたので、C1が降りていき、B1に、「トランクの中身を直接触らないようにしてください。指示通り全部お見せします。」などと言っていた。C1が、トランク内の段ボールを開ける音や、これの中身を見せてくれなどとB1が指示し、それに応じてC1がトランク内の荷物を動かしたりして見せている状態の音などが聞こえた。教団のカセットテープや教団製のラジオなどの説明をしているのも聞こえた。 五分程度で、C1は、「これでもう終わりでいいですね。」という趣旨のことを言って、トランクをバンと閉めた。B1は、閉める前に、「そうだね。」と言って了承していた。この間、自分は助手席におり、こうし 五分程度で、C1は、「これでもう終わりでいいですね。」という趣旨のことを言って、トランクをバンと閉めた。B1は、閉める前に、「そうだね。」と言って了承していた。この間、自分は助手席におり、こうした状況は、音と声の状況からの推測であるが、バンと音がしたときに後方を振り返ると、Zはトランクのところにはおらず、パトカーに乗っている様子であった。さらにZが来てトランクの下の方を見せて欲しいと言ってきて二回目のトランク検査があり、その後王子三号がブルーバードの斜め前に停まった。王子二号は、ブルーバードの後方約一・五メートルまできて停まり、その直後に王子一号が到着し、何人かが降り、うち一人が、王子二号の運転手となにやら話をし、王子二号を誘導し、王子二号はブルーバードの後方約一メートルのところに停まった。D1地域課長と私服刑事による三回目のトランク検査が始まり、五分位した後、C1がドリンクが欲しいと言われたことを伝えに来たので、自分が降りて、ドリンクはあげるわけにはいかないが、指示されたものを飲んでみせると言い、指示されたと思ったドリンクを飲み、私服刑事らは納得してくれた状態だったので、トランクを閉めた。その後、任意同行を求められたが、これを断わって助手席に戻ると、Nが窓をノックしてきた。自分は、横になって寝ていたが、起きあがって窓を三分の一開け、「何ですか。」と聞いたところ、Nが、「話を聞かせてよ。」と答えたので、「話があるならそこでしてください。」と言いながら窓を全開にした。自分は興奮していなかった。任意同行ではなく、その辺で話すのならいいかと思って外に出た。ブルーバードのドアは閉め、Nの後についてブルーバードの後方に歩き始め、Nに、「じゃあ、誰に話したらいいですか。」と聞いた。Nは、「じゃあ、署に行こうか。」と言いながら自分の右腕を掴ん て外に出た。ブルーバードのドアは閉め、Nの後についてブルーバードの後方に歩き始め、Nに、「じゃあ、誰に話したらいいですか。」と聞いた。Nは、「じゃあ、署に行こうか。」と言いながら自分の右腕を掴んで強制連行しようとした。自分は、「何でですか、話が違うじゃないですか。」と言って、右腕を引き抜き、ブルーバードに乗ろうとした。Nが、自分の左上腕部をポンポンと叩いて、ちょっと待ってくださいと言ったことはなかった。自分が、ドアを開けて助手席に乗り込もうとしているときに、Nが追い付いてきて近づき、自分の左腕を掴んだ。自分は、Nの身体にひじとか手とか当たらないように引き抜くような形で助手席に乗り込んだ。私の体の位置と向き、Nの体の位置と向きといった位置関係から、結果的にNの手を振り払う形になったが、「何もしていない、何も話すことはない。」と言って、Nの胸を殴ったということはない。ブルーバードと塀の間は五〇センチ弱くらいであり、Nが言うように、Nがドアと車体の間にいて、自分の頭や肩が出た状態では、水平打ちはできないし、下からすくい上げるような空手チョップもできない。助手席に乗り込んだ後、Nが自分の左腕をつかんだので、「やめてください。放してください。ドアを閉めます。」と言い、Nに左腕を放させて、左手でドアを閉めようと思った。Nの位置を目で確認していたわけではないが、自分の左腕が左斜め後ろのほうにほぼまっすぐ車外に出ていて、その方向にNが私の左腕を引っ張っていたので、Nは、ドアを閉めたとしてもドアが当たらないような位置にいると思った。Nにつかまれていた左腕に力を入れてドアの取っ手に手をかける動作をしたが、Nが車体とドアの間に体を割り込ませてきたので、ドアを閉め始める前にドアを閉める動作を止めた。私は、ドアをそれ以上閉まらないように、左腕にぐっと力を 力を入れてドアの取っ手に手をかける動作をしたが、Nが車体とドアの間に体を割り込ませてきたので、ドアを閉め始める前にドアを閉める動作を止めた。私は、ドアをそれ以上閉まらないように、左腕にぐっと力を入れて、ドアがNの体に触れるか触れないかの状態で止めていた。Nがそこから一歩踏み出すと、Nの左腕辺りは、既にドアに触れている状態になっていたので、ドアを勢いよく閉めてドアと車体との間にNを挟むということはできない。Nがドアと車体の間により深く入ってきて私の左腕を引っ張ったりしたのでNの体にドアが当たった。Nは、わざとらしく「痛い。」と言った。最初にE1が公務執行妨害だと言って、その後、Nがはっとして同じことを繰り返した。逮捕される際に、「おれは何もしていない。」などと言ったことはない。 (二) 被告人の公判供述の信用性の検討被告人の公判供述も具体的かつ詳細になされ、Nに対して暴行を加えたことはないとする点では、捜査段階から一貫している。 しかし、被告人は、B1から職務質問された際、自分の名前や住所などのほか、教団の施設から来たことについても、素直に答えていたにもかかわらず、B1から駐車違反を理由に警察署への任意同行を求められ、これを断ったところ、最初のトランク検査が始まった旨供述しているが、本件の二週間ほど前の平成七年三月二二日に、教団本部が捜索を受けており、それ以降教団本部周辺では、警察による職務質問や所持品検査が行われるなどしていたのであるから、被告人らにおいては、教団関係者であることがわかれば、職務質問や所持品検査などを受けなければならなくなると認識していたと推認されるところ、被告人らが先を急いでいなかったにしても、特に外見からは教団に関係のあることがわかっていなかった段階で、自ら、積 職務質問や所持品検査などを受けなければならなくなると認識していたと推認されるところ、被告人らが先を急いでいなかったにしても、特に外見からは教団に関係のあることがわかっていなかった段階で、自ら、積極的に教団に関係していることを警察官に対して明らかにすることは考えにくいところがあり、被告人の供述は不自然の感を否めない。 また、被告人は、最初のトランク検査の際、声と音からの推測ではあるものの、C1がトランク内の荷物を動かすなどして、警察官に十分に荷物を見せていることがわかった、C1は教団のカセットテープや教団製のラジオについて説明していたなどと供述しているが、そのころ、被告人が本件車両内の助手席にいたことを考えると、いくら窓を開けているとはいえ、このような細かなやりとりまで聞こえたとは考えにくいし、また、被告人は、トランク検査の状況について、当初は、声と音からの推測であるとし、その内容もある程度の具体性をもったものにとどまる供述をしていたのに対して、その後の公判期日では、前記のとおり、トランク検査の際のC1の言動について、より詳細に供述するに至っており、こうした供述経過を考えても、被告人の供述はそのまま信用しがたいところがある。 さらに、被告人は、Nが話を聞きたいというので降車したところ、Nが約束に反して、自分の右腕をつかんで強制連行しようとしたため、それから逃れようとして本件車両の助手席に戻っただけで、Nを殴ったことはないし、Nを本件車両の助手席ドアと本件車両の間に挟んだこともないと供述する。しかし、Nが「痛い。」と大声で言ったこと自体は争いのない事実として認められるのに対し、他方で、被告人の供述する状況では、Nが痛みを感じることはなかったことになるが、このような反射的な発語がそのような状況がない 痛い。」と大声で言ったこと自体は争いのない事実として認められるのに対し、他方で、被告人の供述する状況では、Nが痛みを感じることはなかったことになるが、このような反射的な発語がそのような状況がないにもかかわらず、突然発せられることは不合理であり、この点に関する被告人の供述は不自然である。また、Nから強制連行されそうになったという点については、被告人は、捜査段階においては、そもそも右腕をNにつかまれた事実について供述していなかったり、あるいは、再び本件車両に乗り込もうとした際、右腕をNにつかまれたと供述している(なお、被告人は、捜査段階において作成された調書につき、その任意性を争うものの、右調書は、いずれも犯行を否認している調書であり、その内容も、被告人の言い分を録取したものと認められるのであるから、その任意性を肯定することができる。)のであって、その供述は時間の経過につれて、被告人の主張に沿うよう有利になる方向に変遷していっている上、それまで粘り強く説得を続けていたNが、降車してきたばかりの被告人の右腕をつかんでいきなり強制連行しようとしたというのは、いささか突飛であり、やや不自然である。 次に、助手席ドアと本件車両の間にNを挟んだことはないとする点については、捜査段階においては、助手席ドアに手をかけるまでNの位置は認識していなかった旨供述しているのに対し、公判廷では、自分の左腕が伸びている方向からすれば、助手席ドアを閉めたとしても、Nに当たらないような位置にNがいると思っていたと供述しているのであって、やはり、被告人に有利になる方向に変遷している。さらに、被告人の供述によれば、Nが一歩足を踏み出した瞬間、それに気付いて助手席ドアを閉めるのをやめたことになるが、Nは、一歩足を踏み出しただけで、時間とすればほんの一 利になる方向に変遷している。さらに、被告人の供述によれば、Nが一歩足を踏み出した瞬間、それに気付いて助手席ドアを閉めるのをやめたことになるが、Nは、一歩足を踏み出しただけで、時間とすればほんの一瞬の間の出来事といえるのであるから、それまでNの位置を正確に認識していなかった被告人が、これに即座に反応することができたとは、考えにくく、この点でも被告人の供述は不自然なものといえる。 以上によれば、被告人の公判供述は、それ自体不自然で不合理なところがあり、信用性の認められるNらの公判供述との対比においても、信用することができない。 4 公務執行妨害罪の成否についての判断以上のとおりであるから、信用できるNの公判供述などの前掲各証拠によると、被告人がNに対し判示第三のとおりの暴行を加えたものと認定することができる。 また、B1らによる職務質問及び所持品検査の状況については、前記二で認定した事実のほか、Nは、本件車両から降車した被告人に対して、場所を移動するように求めたもので、被告人が主張するように被告人を強制連行しようとはしていないことが認められ、これらの事実をもとに、Nの職務行為の前提となるB1らの職務質問等の適法性について検討する。 まず、被告人らは、本件当時、本件車両を消火栓の上に駐車して、本件車両内でシートを倒して横になっており、それを認識したB1らは、被告人らが道路交通法に違反していると考えたほか、B1においては、本件車両が山梨ナンバーであったことから盗難車である可能性もあるなどと考え、他方、Zにおいては、薬物を使用している可能性もあるなどと考えたことから、被告人らを不審であると認めて、職務質問に及び、引き続いて所持品検査も行ったもので、被告人らも任意にこれ 性もあるなどと考え、他方、Zにおいては、薬物を使用している可能性もあるなどと考えたことから、被告人らを不審であると認めて、職務質問に及び、引き続いて所持品検査も行ったもので、被告人らも任意にこれに応じていたのであるから、B1らが、被告人らに対して行った職務質問や所持品検査について違法なところはない。さらに詳しくその状況についてみると、トランク内の検査については、B1においては窃盗の可能性などを念頭に置いていたのであるから、本件車両自体が盗品かどうか、あるいは他の盗品や犯行に使用した道具等がトランク内に隠匿されていないか確認するため、またZにおいては薬物使用の可能性などを念頭に置いていたのであるから、トランク内に薬物等が隠匿されていないか等について確認するため、トランク内を検査する必要があると考えるのはもっともなことであり、その必要性を肯定することができる。また、B1は、被告人らに対してトランクの中を見せてくれるように頼んでいるのであって、トランク内の検査は、職務質問に付随して行われたものと認められるし、被告人らは、任意にトランク内の検査に応じている。そうすると、最初のトランク内の検査についても何ら違法な点は認められない。さらに、その際のC1の対応からすれば、未だ不審事由は解明されておらず、不審事由を増大させることとなったところがあるのであるから、弁護人が主張するように、この時点でB1らの職務質問及び所持品検査が終了していたと認めることはできず、B1らが、二回目のトランク検査を行ったことについても違法な点は認められない。 そうすると、結局、B1らの職務質問等は適法であるということができる。 次に、Nの職務行為の適法性について検討するに、Nらの供述する経過の中で、本件車両から降車してきた後、トランク内からドリンクを取り出し 1らの職務質問等は適法であるということができる。 次に、Nの職務行為の適法性について検討するに、Nらの供述する経過の中で、本件車両から降車してきた後、トランク内からドリンクを取り出して一気に飲み干した被告人の行動は、不審なものと認められ、職務質問の必要性を肯定できるし、Nが被告人を強制連行しようとした事実は認められないのであるから、やはり、Nの職務行為も適法なものということができる。 以上の検討によれば、被告人には、公務執行妨害罪が成立するものというべきであり、弁護人及び被告人の主張は採用できない。 なお、弁護人は、Nは、被告人による暴行の事実をでっち上げて、被告人を公務執行妨害罪で逮捕したものであるし、かかる違法な逮捕の事実を看過し、かつ教団幹部ということだけで、不当な身柄拘束を続けるため、被告人を起訴した検察官の処分は、著しく訴追裁量権を逸脱したものであるから、公訴棄却されるべきであると主張するが、前記のとおり、被告人がNに対して暴行を加えた事実を認めることができ、被告人について公務執行妨害罪が成立するのであるから、弁護人の右主張は、その前提を欠くものといえ、採用することができない。 (訴訟関係人の主張に対する判断)被告人は、判示第三の公務執行妨害について、予備的に、自分は、Nからの急迫不正の侵害に対して、自己の権利を守るためにやむを得ず暴行を加えたものであるから、正当防衛が成立し違法性が阻却されると主張する。しかし、前記(事実認定の補足説明)の第三において検討したとおり、Nからの被告人に対する違法な有形力の行使は認められないのであるから、急迫不正の侵害はなく、正当防衛が成立する余地がない。 (量刑の理由)一本件は、オウム真理教幹部であった被告人が、教祖であるA1や他の教団幹部と る違法な有形力の行使は認められないのであるから、急迫不正の侵害はなく、正当防衛が成立する余地がない。 (量刑の理由)一本件は、オウム真理教幹部であった被告人が、教祖であるA1や他の教団幹部と共謀の上、元信者を殺害した事案(判示第一の事実)、信者と共謀の上、元信者を脅迫した事案(判示第二の事実)及び職務質問中の警察官に対して暴行を加えた公務執行妨害の事案(判示第三の事実)である。 二1 殺人事件についてまず、量刑上最も重視されるべき殺人事件について見るに、その犯行は、被害者の頭部にビニール袋を被せてその中に催涙ガスを噴射し苦痛を与えた上、もがき苦しみながら、助けを求める被害者を押さえつけ、Bにおいて、被害者の頸部に巻きつけたロープを絞めつけて、被害者を窒息死させたというものであって、その態様は、情け容赦のない残忍なものであり、被害者を死亡させたという結果は極めて重大である。しかも、その犯行に際し、教団施設から自分の母親を連れ出そうとしていたBに対して、一緒に行動していた被害者を殺害しなければおまえも殺すと告げて、被害者の殺害を迫り、Bに被害者の殺害を承諾させ、その実行行為の主要な部分を行わせているのであって、卑劣極まりないものであり、その犯情は悪い。 被害者は、手錠をかけられた上、教団施設内の一室に連れ込まれ、教団幹部に周囲を取り囲まれて逃げ場もない中で、頸部を絞められて窒息死するに至ったものであり、その間に被害者が味わった肉体的苦痛や恐怖感は誠に大きなものであったと推察されるし、妻子を残したまま、二九歳という若さで命を絶たれることになった被害者の無念さはもとより、突然被害者を失った遺族の悲しみの深さも、察するに余りあるものがある。そして、被告人らは、被害者らの行為を教団に対する敵対行為と捉えたA1の提案により、教義の ことになった被害者の無念さはもとより、突然被害者を失った遺族の悲しみの深さも、察するに余りあるものがある。そして、被告人らは、被害者らの行為を教団に対する敵対行為と捉えたA1の提案により、教義の名の下、被害者に対する私的制裁としてその殺害に及んだものであり、その動機は、極めて独善的かつ反社会的であり、酌量の余地は全くない。 しかも、被告人らは、Bが、教団への恐怖からその身を隠すと、その行方を追及し、Bを拉致しようともしており、犯行後の情状もよくない。 被告人は、本件犯行において、Bが、被害者の頭部にビニール袋を被せたり、その頸部にロープを巻きつける際に、進んで手を貸したほか、必死に抵抗する被害者の体を押さえつけるなどしているのであって、被害者殺害に積極的に関与したものといえ、その果たした役割も重要である。 2 脅迫事件と公務執行妨害事件について次に、脅迫事件について見るに、被告人らは、教団を脱会した被害者が他の信者に教団からの脱会を勧めるのを阻止しようとしてその犯行に及んだもので、教団防衛がその動機となっており、酌量の余地はなく、その犯情は悪い。しかも、被告人は、脅迫文言のほとんどを自ら被害者に対して申し向けているのであって、犯行における中心的役割を果たしたものといえる。 また、公務執行妨害事件について見ても、被告人は、警察官による職務質問の際、興奮して、警察官の胸部を左手で一回殴打し、駐車車両の助手席ドアと車体との間に挟む暴行を加えたものであって、その暴行の程度は決して軽いものではない。 3 それにもかかわらず、被告人は、本件各犯行を全て否認して、不合理な弁解や供述を行った上、これを正当化するため、審理の中で執拗な尋問や理由のない異議を重ねるなどしているのであって、反省の情は全く認 3 それにもかかわらず、被告人は、本件各犯行を全て否認して、不合理な弁解や供述を行った上、これを正当化するため、審理の中で執拗な尋問や理由のない異議を重ねるなどしているのであって、反省の情は全く認められない。被害者(C)の遺族に対しては、慰藉の措置はもとより、何らの謝罪の措置も執っておらず、他の被害者への対応も同様である。さらに、被告人が、公然とA1への帰依を口にし、未だその教義に深く傾倒していると認められることも看過することができない。 以上によれば、被告人の刑事責任は、重大である。 三そうすると、被告人の殺人への関与は、A1らとの関係では従属的な側面を有していること、脅迫については、一回だけのものであったこと、公務執行妨害については、職務質問等がある程度の時間続くなどして被告人が興奮するに至ったことが一つの原因になっていること、被告人は、昭和六二年に道路交通法違反の罪で懲役三月執行猶予二年の判決を受けたことがあるが、これ以外に懲役刑の前科はないことなど、被告人にとって酌むべき事情も認められるが、先にみた諸事情からすると、右に見た酌むべき事情を考慮しても、被告人に対しては、主文の刑を科すのが相当であると考えられる。 なお、未決勾留日数算入については、本件の事案の内容、事実や書証に対する被告人側の認否の状況、開廷間隔短縮に対する被告人の強い拒否の態度、被告人による私選弁護人選任の経過とその活動状況、被告人の訴訟活動を含む訴訟態度等を勘案し、本件においては、一二〇〇日をその刑に算入するのが相当と判断した。 よって、主文のとおり判決する。 (求刑懲役一二年)平成一四年四月一五日東京地方裁判所刑事第九部裁判長裁判官安井久治 のとおり判決する。 (求刑懲役一二年)平成一四年四月一五日東京地方裁判所刑事第九部裁判長裁判官安井久治裁判官鎌倉正和裁判官秋葉康弘は転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官安井久治
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