令和6(う)428 現住建造物等放火、殺人

裁判年月日・裁判所
令和7年3月14日 大阪高等裁判所 棄却
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判決文本文18,779 文字)

令和7年3月14日宣告裁判所書記官令和6年(う)第428号現住建造物等放火、殺人被告事件判決 主文 本件控訴を棄却する。 理由 第1 本件控訴の趣意等本件控訴の趣意は検察官福居幸一作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は主任弁護人髙山巌及び弁護人宇野裕明共同作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりである。検察官の論旨は、被告人を懲役30年に処した原判決の量刑は軽すぎて不当であり、被告人を死刑に処すべきであるというのである。 第2 原判決が認定した事実関係等 1 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨被告人は、兵庫県加古郡a町所在の木造瓦葺2階建家屋(床面積合計206.1㎡。以下「本件家屋」という。)に実妹であるA、その夫であるB、両名の実子であるC及びDと居住していたものであるが、Aらが現に住居に使用し、かつ、C及びDが現にいる本件家屋に放火してC及びDを殺害しようと考え、令和3年11月19日午後11時36分頃から同日午後11時42分頃までの間に、本件家屋1階和室において、殺意をもって、同室押入れ内の布団に混合ガソリンをまいた上、新聞紙にライターで火をつけてこれを同布団上に投げ入れて火を放ち、その火を同布団、同押入れ、同室内の壁、柱等に燃え移らせ、よって、本件家屋を焼損(焼損面積合計178.5㎡)するとともに、その頃、同所において、C(当時12歳)及びD(当時7歳)をいずれも急性一酸化炭素中毒により死亡させて殺害した。 2 原判決が認定した本件に関連する事実経過の概要⑴ア本件家屋は、昭和59年頃に被告人の祖父(以下、被告人の親族につい て被告人から見た続柄のみで標記することが により死亡させて殺害した。 2 原判決が認定した本件に関連する事実経過の概要⑴ア本件家屋は、昭和59年頃に被告人の祖父(以下、被告人の親族につい て被告人から見た続柄のみで標記することがある。)が建てたものであり、その後、被告人は、父、母、姉、妹(A)及び弟と本件家屋に居住していた。 Aは、前夫との交際を機に、平成4年頃から本件家屋を出ていたが、平成18年9月に父が死亡して被告人が本件家屋やX家の田を相続し、その頃にX家の田の一部が売却されていたのを知ったことなどから、平成20年3月頃、当時交際していたB、前夫との子であるEと共に、本件家屋の2階に、被告人や母への事前の相談なしに移り住んだ。 イ被告人は、Bらが相談もなく実家に移り住んだことについて疑問を抱いていたところ、平成21年12月頃、母に食事がまずいと文句を言ったことについて、Bから、家に食費を入れていないのに文句を言うのはおかしい旨言われてとがめられたことを契機に、B及びAとの同居に嫌気がさし、本件家屋を出て大阪で生活するようになった。以後、被告人は、更生保護施設に入所して生活保護を受給したり、兵庫県伊丹市内等の飯場に住み、建築現場で稼働したりして生活していた。本件家屋では、母、姉、弟、B、A及びEが生活していたところ、平成21年10月にCが誕生し、Bは平成22年7月に婚姻後の姓を「X」としてAと入籍し、平成26年7月にはDが誕生した。他方、姉と弟は、いずれも知的障害があり、本件家屋から仕事に行っていたが、平成25年5月、姉とAとの間で姉の退職金受領をめぐるトラブルがあったことなどを契機に、二人とも本件家屋を出て施設に入所した。 ウ被告人は、胃と背中の痛みがあったことから、治療に専念するため、平成27年8月頃までに仕事をやめ、再度生活保護を受給 るトラブルがあったことなどを契機に、二人とも本件家屋を出て施設に入所した。 ウ被告人は、胃と背中の痛みがあったことから、治療に専念するため、平成27年8月頃までに仕事をやめ、再度生活保護を受給して生活していたが、平成30年12月頃に、被告人が本件家屋を含む父から相続した不動産を所有していることが担当ケースワーカーに知れ、生活保護が廃止されることになった。被告人は、本件家屋に帰りたくないなどと考えて多量の 服薬により自殺を図るなどし、精神科病院に入院もしたが、平成31年1月27日にB、A、E、C、D及び母の住む本件家屋に戻ることになった。 ⑵ア被告人の帰宅直後である平成31年1月28日、被告人は、BとA(以下「妹夫婦」という。)の求めに応じて、父から相続した不動産の権利を放棄する旨の書面をAに交付した。この書面の作成に際し、妹夫婦は、被告人が上記不動産を第三者に売却することを防ぐ意図があり、被告人は、自分名義の不動産がなくなり再び生活保護を受給しながら更生保護施設で暮らすことを期待したが、その後、妹夫婦が不動産の名義を変更することはなかった。 イ本件家屋に戻った被告人には、1階に居室が割り当てられ、被告人は、当初、B一家(B、A、C及びD。以下同じ。)が銭湯や外食に行く際に誘われて同行したり、子供たち(C及びD。以下同じ。)と野球の話や将棋をしたりして交流していた。しかし、令和元年5月頃を境に、Bと被告人、次いでAと被告人との間で、言葉を交わすことが全くなくなった。子供たちは、その後もしばらくは被告人と上記のような交流をしていたが、一緒にテレビを見ていた際に被告人が「うるさい」と注意をしたことがきっかけで、疎遠になっていった(なお、Eは、令和元年10月頃には、独立して本件家屋を出ていた。また、母は、被告人が本件家屋に戻 が、一緒にテレビを見ていた際に被告人が「うるさい」と注意をしたことがきっかけで、疎遠になっていった(なお、Eは、令和元年10月頃には、独立して本件家屋を出ていた。また、母は、被告人が本件家屋に戻った当時から家の中で孤立しており、令和3年7月までに本件家屋を飛び出して養護老人ホームで生活するようになった。)。 ⑶ア時期は不明であるが、B一家がキャンプに出かけるなどして不在にするときに、Bが2階にあるテレビアンテナの増幅部に電源を供給するコンセントを抜くようになっていたため、テレビを見ることができない被告人はこれを嫌がらせと感じつつ、2階に上がってコンセントを入れて自室のテレビを見て、B一家が帰ってくる前にコンセントを抜くようにしていた。 すると妹夫婦は、2階の部屋の扉が開けられたらそのことが分かるよう扉 に紙を挟んだり、2階の各部屋の扉に「立入厳禁」の貼り紙をしたりした。 被告人はそれまで2階に上がらないよう言われたことはなかったところ、上記貼り紙を見て、なぜ口で言えないのだと感じたものの、以後、テレビを見るのをやめてラジオを聴くにとどめていた。その後の令和3年3月頃、Bは2階の廊下に防犯カメラ(Bが自身のスマートフォンを使って映像を確認できるもの)を設置した(ただし、被告人はこのカメラに気付いていなかった。)。 イ令和3年9月、Bは、2階の上記防犯カメラを、本件家屋1階台所の、冷蔵庫や流し、コンロが映る位置に移設した。同カメラに気付いた被告人が、妹夫婦の様子を見るため茶葉をわざと冷蔵庫の方に捨てたところ、同カメラ越しに、「そんなところに捨てるな」と言うCの声と、その横で笑うBの声が聞こえた。 被告人は、この出来事に強い衝撃を受け、「そこまでやるか。子供をダシにするな。言いたいことがあるなら口で言え。」などと感じ ころに捨てるな」と言うCの声と、その横で笑うBの声が聞こえた。 被告人は、この出来事に強い衝撃を受け、「そこまでやるか。子供をダシにするな。言いたいことがあるなら口で言え。」などと感じて強い怒りや悲しみを募らせ、「このままでは自分が窃盗や傷害に及ぶかもしれないが、母の気持ちや周りの目を考えるとできない。BとAが喜ぶだけなので自殺もできない。『あいつら』(妹夫婦)を苦しめる方法はないか。」と考えるようになった。 ウそして、被告人は、同年11月6日か7日頃には、「あいつらの大切なものを奪えば俺の苦しみが分かるんじゃないか。」との思いから、子供たちの殺害を考え始めた。 被告人は、殺害の方法に関して、絞殺は首を絞めた感触が残るのが嫌、刺殺は返り血を浴びるとシャワーが必要になって逃走が遅くなる、火をつける方法なら子供たちが死ぬ可能性が一番あるし二人同時に殺すことができるなどと考え、本件の数日前、火をつける方法で殺害しようと決めた。 ⑷ア本件当日、被告人は、妹夫婦の日中の行動パターンから、午後11時過ぎからの30分程度は妹夫婦が不在となり、犯行が可能であると知っていた。そうしたところ、夕方頃、被告人は、一度捨てておいたカップ麺の容器がポットの上に置かれ、その中に、容器を洗えという趣旨の紙が貼り付けられているのを見て、それまで同様の指摘を受けたことがなかったことから、何で今さら、と感じ、今日犯行を実行しようと決意した。 イ被告人は、本件当日午後11時30分過ぎ、Bが車で外出したのを確認すると、「これで全て終わらす。あいつら(妹夫婦)の人生も俺の人生もこれで終わり。俺が娑婆に出ることはもうない。」という気持ちで、犯行計画どおりの方法で本件家屋に放火した後、逃走した。 第3 原判決の量刑判断の概要 1 本件 あいつら(妹夫婦)の人生も俺の人生もこれで終わり。俺が娑婆に出ることはもうない。」という気持ちで、犯行計画どおりの方法で本件家屋に放火した後、逃走した。 第3 原判決の量刑判断の概要 1 本件は、被告人が、同居中の妹夫婦に対し、無視や嫌がらせをされたなどとして深い恨みや憎しみを抱き、大切にしている存在を奪うことで自分の苦しみを分からせたいなどと考えて、妹夫婦の不在中、子供2名が就寝しているところを狙って自宅に放火し、ほぼ全焼させて子供2名を殺害した事案である。 被告人は、子供たちを恨む気持ちはなかったのに、妹夫婦への恨みを晴らすためだけに二つの尊い命を奪った。被害結果は極めて重大であり、妹夫婦が極刑を求める心情は理解できる。犯行態様も、妹夫婦が不在であり、子供たちが眠っているタイミングで、混合ガソリンを使って、階段が燃え上がり子供たちが逃げ遅れるであろう場所に火を放ったのであって、子供たちの遺体は炎に焼かれて、いずれも両親との対面がかなわないほど痛ましく損傷した。犯行態様は残酷との評価を免れない。被告人の放火により本件家屋はほぼ全焼し、近隣住民にも多大な影響を及ぼしたもので、この点も強い非難を免れない。 死刑は、他の刑罰とは異なり被告人の生命そのものを永遠に奪い去るという点で、あらゆる刑罰のうちで最も冷厳で誠にやむを得ない場合に行われる究極の刑罰であるから、その適用は慎重に行われなければならず、また、その適用 に当たっては公平性の確保にも十分に意を払わなければならない。裁判員裁判において死刑が求刑された事件のうち、殺人による死亡被害者が1名から3名の事案を中心に従前の裁判例の概要を参照し、また、死刑が求刑されたかつての裁判例の大まかな傾向や、量刑検索システム上で「殺人」「単独犯」「処断罪の同一又は同種の罪の件数2 る死亡被害者が1名から3名の事案を中心に従前の裁判例の概要を参照し、また、死刑が求刑されたかつての裁判例の大まかな傾向や、量刑検索システム上で「殺人」「単独犯」「処断罪の同一又は同種の罪の件数2~4件」という条件で検索した結果等も参照し、死刑の選択上考慮されるべき要素及び各要素に与えられた重みの程度・根拠の検討結果を裁判体の共通認識とした上で、それを出発点として、本件において、死刑を選択することが誠にやむを得ないと認められるかにつき、死刑を求刑する検察官の主張に沿って検討した。 2 本件の罪質について本件は、被告人が、妹夫婦に対する恨みや憎しみから、恨みや憎しみの対象ではないその子供2名を殺害した事案であり、そのことは被告人も自認しており、生命軽視の度合いが著しいとの検察官の主張に首肯し得る面がある。 しかし、被告人の妹夫婦に対する恨みや憎しみは、妹夫婦に無視された、言いたいことがあるなら口で言えばいいのに貼り紙でしか伝えられない、挙句の果てに行動が監視されるようなカメラを設置された、ということに由来するのであって、本件は同居の親族間のトラブルに起因する犯行である。また、子供らは恨み等の対象ではないものの、恨み等の対象である妹夫婦の子であり、被告人は子供らを奪うことによって妹夫婦への恨みを晴らそうと本件に及んだのであるから、恨み等とはおよそ関係のない人物を殺害した事案とは異なる。 そうすると、本件の罪質を考えるに当たり、同居の親族間のトラブルに起因する犯罪であるとの視点を抜きにすることは相当でない。犯情評価に際しては、被告人が妹夫婦への強い恨み等を抱くに至ったトラブルの背景、経過がどのようなものであったかに留意しつつ、犯行動機の検討をしなければならない。このような検討をまたずに、本件の罪質が2名を殺害した事件 被告人が妹夫婦への強い恨み等を抱くに至ったトラブルの背景、経過がどのようなものであったかに留意しつつ、犯行動機の検討をしなければならない。このような検討をまたずに、本件の罪質が2名を殺害した事件の中でも特に重い部類に属するとの検察官の指摘は、本件被害者が周囲に見守られてしかるべき 若年者である点を踏まえても、拙速に過ぎる。 3 動機、経緯について本件犯行動機は、「大切にしている存在を奪うことで自分の苦しみを分からせたい」という身勝手で、悪質なものである。もっとも、被告人は、死刑になることを覚悟の上で、それでもやるしかないと考えて犯行に及んでいるのであって、相当に追い込まれた精神状態にあったことも認められるのであり、そこまで追い込まれた精神状態にはなかった場合と同列の非難が妥当するとはいえない。また、本件犯行の意思決定に至った背景には、被告人の問題解決能力の低さがあり、知的障害の影響が否定できないことは一定の斟酌を要する。 なお、検察官は、「動機は極めて非人道的」と評価し、その前提として、子供たちを焼死させ、その無残な遺体を妹夫婦に見せつけることを意図して犯行に及んだと主張するが、本件犯行態様が遺体の激しい損傷を伴い得ると容易に予想できるものであることを踏まえても、本件証拠上、被告人が無残な遺体を見せつけようとして犯行に及んだとまでは認められない。 犯行に至る経緯について、被告人の妹夫婦に対する深い恨みや憎しみは、被告人が、自分の所有する実家に戻ってきたはずなのに、家の中で完全に孤立し、自分の家であれば通常許されると思われる行為を、貼り紙や防犯カメラといった、およそ対話を拒否する態度で殊更とがめられ、相談する相手もなく精神的に追い詰められたことに起因している。 この点、B一家は、当初、約10年ぶりに実家に と思われる行為を、貼り紙や防犯カメラといった、およそ対話を拒否する態度で殊更とがめられ、相談する相手もなく精神的に追い詰められたことに起因している。 この点、B一家は、当初、約10年ぶりに実家に戻ってきた被告人を家族として迎え入れ、三度の食事を用意し、外出にも誘ってくれていたのに、被告人は、これに感謝の意を示すことなく、Aに繰り返し促されても仕事を探す姿勢を見せず、Bに一度無視されたと感じるや、二度と口をきこうとしなくなったというのであり、B一家との会話がなくなり孤立感を深めたことについては、このような被告人自身の在り方も少なからず影響していた。その意味では、被告人がB一家から無視されたなどと感じるに至った点には、被告人自身にもそ のような事態を招いた原因があった。しかし、その後の、2階に立ち入ったことが分かるようにドアに紙を挟んだり、台所の冷蔵庫前に防犯カメラを設置したりした妹夫婦の行動は、同居の親族に対する行為として明らかに行き過ぎであって、被告人が人として扱われていないと受け止めたのは、誠に無理からぬことである。検察官は、そのような妹夫婦の行動が不満というのなら被告人はそのことを直接妹夫婦に伝えればよかったと主張する。しかし、BやAが供述するように、2階居室のドアに紙を挟むなどした目的が、2階の部屋に入ってきているのか確かめることであれば、まずはBの側が被告人に尋ねればよく、部屋に入られていると分かったのなら、立入厳禁の貼り紙をする前に、何のために部屋に入るのか、そのようなことはやめてほしいと被告人に直接言えばよく、冷蔵庫の物を勝手に食べられると困ると思うのであれば、勝手に食べないよう被告人に直接言えばよかった。そのようなことをせず、明らかに行き過ぎた行動を続ける妹夫婦に対して、被告人が不満を伝える気にならないのは不思 勝手に食べられると困ると思うのであれば、勝手に食べないよう被告人に直接言えばよかった。そのようなことをせず、明らかに行き過ぎた行動を続ける妹夫婦に対して、被告人が不満を伝える気にならないのは不思議でなく、不満を伝えなかった被告人に非があるかのようにいう検察官の主張には賛同できない。しかも、妹夫婦が、上記の行き過ぎた行為に疑問を抱いておらず、被告人のことを陰で「なまはげ」「あほにつける薬がない」などと言い合っていたこと等も踏まえると、被告人が妹夫婦に不満を口にしたところで、悪化していた関係の改善は、客観的に見て期待し難かった。 このように、犯行に至る経緯について、被告人への非難の程度を考える上で相応に斟酌すべき事情があり、被告人が妹夫婦に対して極めて強い恨みを抱いたことには、軽度知的障害(IQ66)の影響を考慮するまでもなく、無理からぬ面があった。そうである以上、被告人が妹夫婦の子らを殺害するとの意思決定は、子供たち自体は恨みの対象でなかった点を考慮しても、これを「最大限の非難に値する」とする検察官の評価は重きに失する。 4 犯行の計画性について本件犯行の計画は、夫婦が不在の夜に行う、逃げ遅れるよう階段下に火をつ けるなど、子供たちの殺害を遂げるのに十分な具体性・危険性を有しており、被告人はこのような計画を考え、手順を頭の中で事前にシミュレートして、本件当日、その考えたとおりに行動して子供たちの殺害という目的を達している。 しかし、計画性の存在が犯情を重く評価する要因になるのは、犯行実現の危険性の高まりにつながったり、生命軽視の度合いの大きさをうかがわせる事情になったりするからである。このような観点からみると、被告人は、本件前日までに頭の中では犯行手順をシミュレートするなどしているものの、その手順の中で重要 、生命軽視の度合いの大きさをうかがわせる事情になったりするからである。このような観点からみると、被告人は、本件前日までに頭の中では犯行手順をシミュレートするなどしているものの、その手順の中で重要になる混合ガソリンの缶が庭先にあることはかねてから気付いていながら、本件当日まで、その缶に混合ガソリンが入っているかどうかを確かめるなどの行動をしていない。つまり、本件前日までは、被告人は、頭の中で犯行を考えるにとどまり、容易にできる準備行為に着手していなかった。考えた犯行計画の内容にも、混合ガソリンを燃やした経験がないのに燃え方を事前に確認していない、子供たちの就寝を直接には確認していないなど、ややずさんな面がある。被告人が犯行の実行を決めたのは犯行当日で、それまでは、「そんなに簡単に幼い子供の命を奪ってはいけない」と犯行をためらい、子供たちが死ぬことを考えないようにしていた点も踏まえれば、犯行実現の危険性の高まりや生命軽視の度合いの大きさという観点からみた計画性は、殺害被害者2名の事案の中で特に高いとはいえない。 5 犯行態様について犯行態様は、保護者が不在の間に、逃げ道をふさぐ形で混合ガソリンをまき放火するというもので、まだ小学生の子供たちが、もし目覚めれば、逃げられず、助けも来ない状況で火事にまかれ、絶望と苦痛の中で死亡することを余儀なくさせるもので、極めて残虐である。子供たちが目覚め、炎に焼かれるなどして苦しむことまで被告人が意図したとは解されないが、そのような事態が生じる危険が十分ある態様であって、被告人が子供たちに起こり得る悲劇的な状況を意図しなかったことは、犯行態様の客観的な悪質性を減じる理由にならな い。 他方、これまで死刑が言い渡された他の殺人と比較すると、被害者が目の前にいるわけでも、自ら凶器を 劇的な状況を意図しなかったことは、犯行態様の客観的な悪質性を減じる理由にならな い。 他方、これまで死刑が言い渡された他の殺人と比較すると、被害者が目の前にいるわけでも、自ら凶器を使用して攻撃を加えるわけでもない本件は、刃物での攻撃を執拗に繰り返したような事案とは異なり、実行行為それ自体の残虐性や、実行行為に至る規範のハードルが極めて高い部類に属するとはいえない。 6 結果の重大性について二人の子供たちの命を奪った本件犯行の結果は極めて重大である。最も安全で安心できる場所であるはずの自宅において、何の罪もないのに、就寝中に命を奪われたC、Dの苦痛や無念は察するに余りある。生命軽視の度合いがはなはだしく大きいとの検察官の評価は正当である。妹夫婦は、いかに自分たちに被告人への行き過ぎた対応があったとしても、日々愛情をもって育み、楽しい思い出を積み重ねて幸せな子供時代を送れるよう慈しんできた子供たちを、その思い出の詰まった自宅と共に奪われるまでのいわれは全くなく、このような妹夫婦の精神的苦痛や峻烈な処罰感情は、犯行の結果として斟酌すべきである。 7 犯行後の情状について検察官は、被告人が犯行後に逃走し犯行の結果を新聞社前に掲示された新聞で確認していた、事件から2年以上が経過した今でも自分のしたことに心から向き合えておらず、後悔や悔悟の念が皆無であるとして、犯行後の情状が芳しくないと主張している。確かに、被告人は、公判廷で、妹夫婦に「今は謝ることができない」などと述べているが、公訴事実は争わず、死刑を覚悟しているとし、子供たちに対しては一貫して申し訳ないと述べている。また、その理由についても、公判当初は「(妹夫婦が悲しんでいる様子がないので)犬死にさせて申し訳ない」旨述べるにとどまっていたのが、公判終盤では し、子供たちに対しては一貫して申し訳ないと述べている。また、その理由についても、公判当初は「(妹夫婦が悲しんでいる様子がないので)犬死にさせて申し訳ない」旨述べるにとどまっていたのが、公判終盤では、妹夫婦を悲しませる手段として子供たちを殺害したこと自体、間違っていたのではないかと問われ、これを肯定するようになっている。被告人の内省は、なお不十分であるが、検察官がいうように後悔や悔悟の念が皆無とまではいえない。 8 以上からすると、本件の犯情は誠に悪いが、死刑選択の観点から検討すると、本件は、利欲目的や自己保身目的とは異なる、同居親族間のトラブルを背景とした事案であるところ、前記の各要素の中には、意思決定への非難の程度等を中心に、検察官がいうほど悪質と評価できないものがある。社会的影響の大きさ等死刑選択を検討する上で考慮すべき他の要素を加えても、本件は、死刑の選択がやむを得ない事案ではない。 検察官が死刑を求刑しなかったものも含め、殺人既遂2件を中心とする同種事案の量刑動向を検討しつつ本件をみると、恨み等の直接の対象でない小学生の子供らを殺害した点は悪質で、無期懲役刑を選択することも十分考慮される。 しかし、本件は、単に利欲目的等による犯行でないというだけでなく、妹夫婦を苦しめて恨みを晴らそうとしたという動機の形成に関して、そのような恨みを抱くのにも無理からぬ面がある以上、被告人の意思決定を理不尽あるいは身勝手と非難するにも限度がある。捜査段階で精神鑑定を行った医師らの供述等によれば、本件の背景にある被告人の問題解決能力や社会性・欲求不満耐性の低さは、軽度知的障害や家庭環境の影響を受けていると認められ、被告人の軽度知的障害が軽微とはいえ本件に影響を与えたことは否定できない。このことも一定程度は被告人に有利に斟酌すべきであ 欲求不満耐性の低さは、軽度知的障害や家庭環境の影響を受けていると認められ、被告人の軽度知的障害が軽微とはいえ本件に影響を与えたことは否定できない。このことも一定程度は被告人に有利に斟酌すべきである。以上に加えて、被告人に後悔や反省が生じてきている点も踏まえれば、無期懲役とするのは躊躇される。そうすると、有期懲役刑の中では最長の懲役30年に処するのが相当である。 第4 当裁判所の判断 1 量刑判断を含めて、刑事裁判に国民の視点、感覚、健全な社会常識などを反映させようという裁判員裁判制度の趣旨に照らせば、相当に不合理であることが明らかな場合において控訴審が事後的にその不合理な部分を正すことは当然であるが、そのような場合でないのであれば、直接、法廷で証拠に接した裁判員及び裁判官が慎重かつ適切に判断した量刑は尊重されなければならない。原判決が第3のとおり説示するところは、一部に適切とはいえない点があるもの の、死刑を選択しなかった点については相当として是認できる上、無期懲役でなく有期懲役刑とした点についても、事案相応の域を出るものとはいえず、その量刑が軽すぎて不当とまではいえない。 すなわち、原判決は、本件が何の落ち度もない二人の子供の生命を奪うなどの重大な結果をもたらした犯罪であり、被告人が恨みや憎しみを抱いた妹夫婦ではなくその子供を殺害したことや、犯行に至る経緯において、被告人がB一家との会話がなくなり孤立感を深めたことにつき被告人自身の在り方も少なからず影響していたことなどを踏まえた上で、妹夫婦の被告人に対する行動や態度に行き過ぎたところがあって、妹夫婦を苦しめて恨みを晴らそうという動機が形成されたことに関しては無理からぬ面があったことに加え、相当に追い込まれた精神状態での犯行であり、被告人の意思決定を理不尽あるいは身勝手 たところがあって、妹夫婦を苦しめて恨みを晴らそうという動機が形成されたことに関しては無理からぬ面があったことに加え、相当に追い込まれた精神状態での犯行であり、被告人の意思決定を理不尽あるいは身勝手と非難するにも限度があるとし、被告人の軽度知的障害も軽微ながら本件に影響を与えており、反省の態度も皆無ではないことも併せ考慮して、被告人を懲役30年に処した。その量刑事情の認定や死刑を選択すべきでないとした評価に不合理といえるものは見当たらない上、無期懲役でなく有期懲役刑を選択したことについても、その量刑を軽すぎて不当とみるほどの事情は認められない。 以下、所論に鑑み、更に具体的に検討する。 2 罪質に関する所論について所論は、原判決が本件を同居親族間のトラブルに起因する犯行の類型ととらえたことは、本件の罪質を見誤ったものである旨主張する。しかし、犯行に至る経緯及び動機からみて、本件を上記のような類型ととらえたことに誤りはない。 所論は、原判決には、被告人が、自己の恨みを晴らすための手段として、恨みの直接の対象者とは別の2名を標的として殺害した、という無差別殺人の犯罪類型にも通じる悪質さがあるという視点を欠き、同居の親族間のトラブルに起因する犯行である点や恨み等の対象である妹夫婦の子が被害者である点を不 当に重視した誤りがある旨主張する。しかし、本件に無差別殺人の類型に通じるものがあるかはともかくとして、原判決は、その説示からみて、被害者である子供たちが被告人の恨みの対象ではなく、もとより何らの落ち度もないことを十分踏まえた上で、本件が同居親族間のトラブルに起因する犯行であるという罪質の理解を示しているもので、そこに所論のいうような不当な点はない。 所論は、原判決が、恨み等の対象である妹夫婦の子が被害者である点を犯 た上で、本件が同居親族間のトラブルに起因する犯行であるという罪質の理解を示しているもので、そこに所論のいうような不当な点はない。 所論は、原判決が、恨み等の対象である妹夫婦の子が被害者である点を犯情を軽くする量刑要素として考慮しているところ、これは、親の落ち度や問題行動の責任を子供に負わせることを是認するに等しく、不当であるとも主張する。 しかし、原判決が親の問題行動の責任を子に負わせるものではないことは、その説示から明らかである。そもそも、被告人は、妹夫婦の問題行動を直接の原因として同人らを恨み、犯行を決意しているが、仮に同人らを殺害したのであれば、このような経緯は意思決定の非難の程度を減じる事情として考慮され得るものである。本件では、妹夫婦ではなく、その子供らを殺害しており、子供らには落ち度がない以上、経緯に酌むべき点はないという見方もあり得るが、殺害の対象が子供らになった場合に、妹夫婦に問題行動があろうがなかろうが被告人に対する非難の程度に差異がなくなるといってよいかは検討の余地がある。殊に本件では子供らを殺害すれば妹夫婦に大きな精神的苦痛を与えられる状況にあったがゆえに被告人が子供らの殺害を決意したものであり、被告人の主観面においては、本件にも妹夫婦に対する犯行という側面があったことを直ちに否定できないことからすればなおさらである。もっとも、直接の被害者が問題行動のあった妹夫婦とは別の人物であるその子供らであるのであるから、その殺害動機に身勝手な面があることは明らかであり、妹夫婦の問題行動を酌むにしても、妹夫婦を殺害する場合と比べれば、控えめなものにとどめるべきである。原判決(第3の2、3及び8)は、以上のような理解を前提としているものと解されるところ、その判断が直ちに不当とはいえない。所論は、原判決の説示を正解しないもので 、控えめなものにとどめるべきである。原判決(第3の2、3及び8)は、以上のような理解を前提としているものと解されるところ、その判断が直ちに不当とはいえない。所論は、原判決の説示を正解しないものであって、当を得ない。 また、所論は、評議では、同居親族間のトラブルに起因する犯行の量刑傾向を把握するため、裁判員量刑検索システムにおいて、検索条件を、処断罪につき殺人、共犯関係等につき単独犯、動機につきその他の家族関係、処断罪と同一又は同種の罪の件数につき2~4件として検索したものを用いたものと想定され、その検索結果から、殺人の被害者2名の事案で死刑の選択はあり得ず、8割は有期懲役であるという誤った量刑傾向の認識の下で不当に軽い量刑がされた可能性がある旨主張する。しかし、原判決の説示(第3の1第3段落)をみても、原裁判所は、評議において、死刑とされたものを含む多数の裁判例等を参照した上で量刑傾向を把握したものと認められるから、所論の主張は前提を欠く。 3 動機に関する所論について所論は、本件犯行の主たる動機は、怨恨等の直接の対象である妹夫婦から最も大切にしている存在を奪うことで、妹夫婦をアルコール中毒等に陥らせ、裁判に出廷できない状態になった姿を見てみたいという嗜虐的な点にあったといえるところ、原判決は、そのような嗜虐的な点のみならず「妹夫婦を苦しめたい」との点にすら言及していないことからすれば、犯行動機に関する認定評価を誤ったものである旨主張する。しかし、関係証拠によれば、本件犯行の主たる動機は、妹夫婦を苦しめることで被告人の苦しみを分からせることであったと認められる。原判決は「大切にしている存在を奪うことで自分の苦しみを分からせたい」と説示しているが、これが妹夫婦を苦しめることを前提としたものであることは明らかであ 苦しみを分からせることであったと認められる。原判決は「大切にしている存在を奪うことで自分の苦しみを分からせたい」と説示しているが、これが妹夫婦を苦しめることを前提としたものであることは明らかである。また、妹夫婦が出廷できない状態になった姿を見てみたいと被告人が述べる点は、被告人の苦しみを分からせたことを確認する趣旨とみることもできるのであって、それを主たる動機と主張する所論は当を得ない。 所論は、原判決は、犯行に至る経緯として妹夫婦の被告人に対する行動の問題点を過大に評価して被告人の責任非難を不当に減じている旨主張する。しか し、原判決が認定した犯行に至る経緯等(第2)に事実誤認はみられず、その事実関係によれば、妹夫婦の被告人に対する行動や態度に問題があったことは否定できない。その問題の性質や程度をどのように評価するかついては様々な考え方があり得るが、原判決は、犯行動機が身勝手で悪質であること、犯行に至る経緯において被告人自身の在り方にも一定の問題があったことを認めた上で、妹夫婦の被告人に対する行動や態度に明らかに行き過ぎた面があった旨説示しているのであり、所論が種々主張する点を踏まえても、原判決の評価を不当と断ずることはできない。 所論は、被告人の軽度知的障害は一般情状に関することであるのに、原判決は、行為責任の原則に反してそのことを過大に評価し、被告人の責任非難を不当に減じたものである旨主張する。しかし、原判決は、被告人の軽度知的障害が本件犯行に与えた影響が軽微ながらあったことを犯情としてとらえたものと考えられるところ、そのことに誤りはなく、所論の主張は前提を欠く。また、原判決の説示をみると、被告人を死刑や無期懲役でなく懲役30年とした最も大きな理由は、動機の形成に関して被告人が妹夫婦に対して恨みを抱いたの ころ、そのことに誤りはなく、所論の主張は前提を欠く。また、原判決の説示をみると、被告人を死刑や無期懲役でなく懲役30年とした最も大きな理由は、動機の形成に関して被告人が妹夫婦に対して恨みを抱いたのにも無理からぬ面があったことにあって、被告人の知的障害を過大に評価して刑を定めたものとみることもできない。 4 計画性に関する所論について所論は、原判決は、計画性の高さに関する消極事情として、被告人が本件当日まで庭先にあった混合ガソリンの缶に混合ガソリンが入っているかどうかを確かめていないという事実を指摘しているところ、①この混合ガソリン缶が真新しいものであったため、中身を確かめなくても十分な量の混合ガソリンが入っていることは当然分かる状態であったこと、②仮に十分な量の混合ガソリンがなかったのであれば、実行の日を先に延ばせば足りるだけのことであることなどからすると、上記の指摘は不合理である旨主張する。しかし、①について、当該混合ガソリン缶が真新しいものであったからといって、当然にその中に本 件犯行の実行に十分な混合ガソリンが入っているとは限らない。②について、その缶に十分な量の混合ガソリンがなかったのであれば、単に実行の日を先に延ばせば足りるというだけでなく、被告人においてガソリンを調達するなどの作業を要すると考えられる。そうであるのに、被告人は、本件当日まで混合ガソリンの量を確認していなかったことからすれば、そのことを計画性の高さに関する消極事情と評価した原判決に不合理なところはない。 所論は、原判決は、被告人が混合ガソリンを燃やした経験がないのに事前に燃え方を確認していなかったという点を計画性の高さに関する消極事情としているところ、①混合ガソリンが燃えることは誰にも分かること、②事前に燃え方を確認するとすれば、か を燃やした経験がないのに事前に燃え方を確認していなかったという点を計画性の高さに関する消極事情としているところ、①混合ガソリンが燃えることは誰にも分かること、②事前に燃え方を確認するとすれば、かえって人目について犯行の障害になりかねず、被告人自身が火傷を負うなどの危険もあることからすると、原判決の上記評価は不当である旨主張する。しかし、①について、混合ガソリンが燃えること自体は自明のことであるにしても、実際の燃え方については、事前の確認なしに自明のことであるとは一概にいえない。②について、人目につかず、かつ、自らが火傷を負わないように混合ガソリンの燃え方を確認することは十分可能と考えられる。以上の点からすると、原判決の上記評価が不当であるとはいえない。 所論は、原判決が、子供たちの就寝を被告人が直接には確認していないことをもって、ややずさんな面があると評価していることについて、①被告人は、2階が子供たちだけになる状況で犯行に及ぶことを計画していたこと、②2階からの唯一の避難経路となる階段の下にガソリンをまいて放火し、直ちに激しい炎を生じさせているから、仮に子供たちが就寝していなかったとしても、2階から避難するのは困難であったこと、③犯行時刻は12歳と7歳の子供たちが通常は就寝している遅い時刻で、2階は静かであったから寝ていると判断できたこと、④確認のために2階に上がれば、かえって子供たちが目を覚ましたり不審がられたりするおそれもあったこと、⑤現に子供たちは2階から避難できず死亡したことからすると、原判決の上記評価は不当である旨主張する。し かし、①及び⑤については、原判決も前提としていると解されるから、批判は当を得ない。②については、本件家屋の構造からすると、子供たちが仮に起きていたとすれば、窓や屋根を伝うなどして避難 。し かし、①及び⑤については、原判決も前提としていると解されるから、批判は当を得ない。②については、本件家屋の構造からすると、子供たちが仮に起きていたとすれば、窓や屋根を伝うなどして避難することが不可能であったとはいえない。また、③の指摘を踏まえても、直接確認することなく、被告人が子供たちの就寝を確実に把握できるとまではいえない。④についても、気付かれることをおそれて、子供たちの様子を直接確認することを避けたとうかがわせる証拠はない。以上からすると、原判決の上記評価が不当なものとはいえない。 所論は、原判決は、被告人が当日まで犯行をためらっていたことを踏まえて、犯行実現の危険性の高まりや生命軽視の度合いの大きさという観点からみた計画性は、殺害被害者2名の事案の中で特に高いとはいえないと説示しているところ、被告人が犯行前に抱くこともあった「ためらい」という心情は、実際には、本件犯行の遂行に当たってほとんど何の障害にもなっていないことからすると、上記説示は不合理である旨主張する。しかし、原判決は、計画性の存在が犯情を重く評価する要因になるのは、犯行実現の危険性の高まりにつながったり、生命軽視の度合いの大きさをうかがわせる事情になったりすることにあるという前提に立った上で、犯行を思い立ってから当日まで着手可能な準備行為をせず、ためらいもあったことを踏まえ、犯行実現の危険性の高まりや生命軽視の度合いの大きさは、同種事案の中で特筆するものではないとして、そのことを量刑上考慮したものとみられるのであり、そこに格別不合理なところがあるとはいえない。 5 犯行態様に関する所論について所論は、次のとおり主張する。すなわち、本件は、被告人において、二人の子供たちが火事に気が付いて逃げようとしても逃げることができずに焼け死ぬ いえない。 5 犯行態様に関する所論について所論は、次のとおり主張する。すなわち、本件は、被告人において、二人の子供たちが火事に気が付いて逃げようとしても逃げることができずに焼け死ぬという極めて残虐な場面を想定した上で、確実に殺害するため、AとBが不在の間に、逃げ道をふさぐ形で混合ガソリンをまいて放火するという犯行態様を選択したことからすると、本件犯行態様の残虐さや実行行為に至る規範のハー ドルの高さが極めて高い部類に属することは明らかである。そうであるのに、原判決は、本件犯行態様を極めて残虐と評価しながら、これまで死刑が言い渡された他の殺人の事案との比較でみると、被害者が目の前にいるわけでも、自ら凶器を使用して攻撃を加えるわけでもない本件は、刃物での攻撃を執拗に繰り返したような事案とは異なり、実行行為それ自体の残虐性や、実行行為に至る規範のハードルの高さが極めて高い部類に属するとはいえない、と説示している。焼殺と刺殺では犯行態様が大きく異なり、残虐性の程度や規範の高さなどにつき単純に比較できないことからみても、原判決の上記説示は不合理である。 確かに、犯行態様を極めて残虐と評価したにもかかわらず、死刑が選択された他の事案との比較では実行行為それ自体の残虐性等が極めて高い部類に属するとはいえないとしている点について、原判決は十分な説明をしているとはいえない。もっとも、所論の指摘を踏まえても、被害者らの直接の死因が一酸化炭素中毒であって、燃焼そのものによって殺害されたものとはいえないことなども併せて考えれば、あくまでも死刑が選択された他の事案との比較において、実行行為それ自体の残虐性等が極めて高い部類に属するとはいえないとの原判決の評価が、一概に不合理ということはできない。 所論は、子供たちの遺体が黒焦げに が選択された他の事案との比較において、実行行為それ自体の残虐性等が極めて高い部類に属するとはいえないとの原判決の評価が、一概に不合理ということはできない。 所論は、子供たちの遺体が黒焦げになるなどの無残な状況からみても、本件犯行態様が残虐であったことが明らかであるのに、原判決がそのような遺体の状況について何ら指摘していないのは、犯行態様の残虐性について誤った評価をしたものである旨主張する。しかし、原判決は、子供たちの遺体は炎に焼かれて、いずれも両親との対面がかなわないほど痛ましく損傷したことを指摘した上、犯行態様が残虐であった旨説示しており(第3の1第2段落、原判決6頁下から6行目以下)、所論は失当である。 所論は、司法研修所編集の平成15年度研究における調査結果では、6つの殺害方法のうち、焼殺が最も刑を重くすべき方法であるという点で、一般国民 と裁判官の評価がほぼ一致していることからすると、原判決の犯行態様の評価は、一般国民の量刑に関する意識や感覚に反しており、不当である旨主張する。 しかし、焼殺や他の殺害方法それぞれについて様々な具体的態様が考えられることなどからすると、上記の司法研究における調査結果から直ちに、原判決の犯行態様の評価が不当であるとみることはできない。 6 一般情状(犯行後の情状)に関する所論について所論は、被告人には、妹夫婦に対する恨みを晴らすための単なる手段として子供二人の生命を奪ったという自己の行為の悪質性を真に理解して反省しているとは認められないのに、原判決は、不十分ながら反省や謝罪の気持ちがあるなどと説示しており、極めて不当である旨主張する。しかし、原判決は、被告人の反省の態度に所論が指摘するような不十分さがあることを踏まえた上で、少なくとも犯行を認め、謝罪や反省の言葉を述 気持ちがあるなどと説示しており、極めて不当である旨主張する。しかし、原判決は、被告人の反省の態度に所論が指摘するような不十分さがあることを踏まえた上で、少なくとも犯行を認め、謝罪や反省の言葉を述べていることなどからみて、後悔や悔悟の念が皆無とまではいえないとして、そのことを量刑上相応に評価したものと認められ、そこに格別不当なところはない。 7 他の裁判例との比較に関する所論について所論は、本件は、他の裁判例と比較すると、死刑の選択が相当な事案であって、懲役30年に処した原判決の量刑は、著しく軽きに失する旨主張する。しかし、所論が指摘する裁判員裁判例35件をみても、死刑が選択された事案は4件にとどまり、無期懲役とされた事案が21件で、本件と同じく懲役30年とされた事案も10件ある。ここから一定の量刑傾向を見て取るとしても、被告人が妹夫婦に恨みを抱くのに無理からぬ面があるという原判決が重視した事情のほか、当時被告人が精神的に相当追い込まれた状況にあったこと等からすれば、死刑の選択は相当でないとした原判断に不当なところはない。また、本件は、被告人が何の落ち度もない二人の子供たちを殺害した事案であり、その殺害方法として現住建造物等放火という重罪にも及んでいることなどからすると、被告人を無期懲役に処することも十分考えられるが、他方、懲役30年と された事案の中には、原判決が重視した上記事情に類する経緯等が認められないもの、殺人既遂2件以外に殺人未遂等にも及んでいるものがあることなどからすれば、被告人を懲役30年に処した原判決の量刑が軽すぎて不当とまでいうことはできない。 8 その他所論が種々主張する点を踏まえて検討しても、被告人を懲役30年に処した原判決の量刑が軽すぎて不当とまではいえない。 第5 結論 1 論旨は 軽すぎて不当とまでいうことはできない。 8 その他所論が種々主張する点を踏まえて検討しても、被告人を懲役30年に処した原判決の量刑が軽すぎて不当とまではいえない。 第5 結論 1 論旨は理由がない。 2 なお、当審における妹夫婦の心情等に関する意見陳述の結果によれば、原判決後も同人らが被告人に対し峻烈な処罰感情を抱いていることが認められ、当裁判所もそのことは至極当然のことと理解するが、この点を考慮しても、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反するとはいえない。 3 よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却し、同法181条3項本文により当審における訴訟費用を被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。 令和7年3月14日大阪高等裁判所第1刑事部 裁判長裁判官伊藤寿 裁判官坂口裕俊 裁判官松井修

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