平成9(ワ)1016 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成14年3月29日 千葉地方裁判所 松戸支部
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判決文本文17,970 文字)

平成14年3月29日判決言渡平成9年(ワ)第1016号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成14年1月25日判決 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,金2254万2656円及びこれに対する平成8年7月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は,被告の設置する病院において右眼の白内障手術を受けた原告が,術後眼内炎を発症し,硝子体手術を受けたものの,右眼を失明するに至ったが,同病院の医師らには,原告の白内障手術後に適切な経過観察をせず,より早期に硝子体手術を実施しなかった過失があるとして,被告に対し,債務不履行又は不法行為に基づき,損害賠償を請求している事案である。 2 前提となる事実(特に証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いがない。)・当事者等(甲6,乙1,2)原告は,昭和15年3月10日生の女性であり,住所地において夫のAと生活している。 被告は,千葉県松戸市ab番地において国保松戸市立病院(以下「被告病院」という。)を設置,経営する地方公共団体である。 ・診療経過の概要(乙1ないし3,9,証人B,原告本人,検証(証拠保全。以下同。))ア原告は,昭和62年4月23日に被告病院の内科を初めて受診し,同年6月16日には同病院の眼科を受診し,以後,同病院において糖尿病等の治療を受けていた。 平成5年ころから原告には白内障の症状が見られ,被告病院において治療を受けていたが,その後,両眼の白内障手術を実施することとなり,同手術のため,平成8年7月10日被告病院の眼科に入院し,そのころまでに,原告と被告は,被告が原告の症状を医学的に解明し,その症状に応 を受けていたが,その後,両眼の白内障手術を実施することとなり,同手術のため,平成8年7月10日被告病院の眼科に入院し,そのころまでに,原告と被告は,被告が原告の症状を医学的に解明し,その症状に応じた適切な診療行為を行うことを内容とする診療契約を締結した。 イ翌11日,主治医である被告病院の医師Bの執刀により,原告の右眼の白内障手術(右超音波水晶体乳化吸引術及び人工眼内レンズ挿入術)が実施された。 ウ同月13日朝,被告病院眼科部長のCが原告を診察した際,右前眼部に炎症所見が見られたため,その日の朝までで中止する予定であった抗生剤の点滴を以後も継続するとともに,新たな抗生剤を追加して投与した。同日午後ころ,原告は,右眼の痛みや,もやがかかったようでよく見えないことなどを訴え,翌14日午前10時ころ,被告病院の医師Dが診察した時には,右眼に前房蓄膿(前房内の炎症性物質が下方に淀んだ状態),硝子体混濁などの炎症症状が見られた。このため,原告に対し,抗生剤等がさらに追加投与された。 また,翌15日午前零時ころ,主治医のB医師が被告病院に駆け付け,抗生剤の種類を変更してさらに追加投与した。 エところが,抗菌薬治療によっても炎症所見は改善しなかったため,同日午後4時ころから,B医師及び順天堂大学医局の講師であるEの執刀により,右眼の硝子体手術(右眼内レンズ摘出術及び硝子体切除術)が実施された。 オ同年8月24日,原告は被告病院を退院したが,右眼を失明した。 その後,原告は左眼白内障の治療のため東京都文京区所在の順天堂大学医学部付属順天堂医院(以下「順天堂医院」という。)に入院し,同年10月31日手術を受け,同年11月21日ころ退院した。 3 争点・原告に対する硝子体手術の実施時期は適切であったか。 ・原告に対する白内障手術後の経過観察 「順天堂医院」という。)に入院し,同年10月31日手術を受け,同年11月21日ころ退院した。 3 争点・原告に対する硝子体手術の実施時期は適切であったか。 ・原告に対する白内障手術後の経過観察は適切にされていたか。 4 争点に関する当事者の主張・争点・について(原告)ア細菌性眼内炎は極めて重篤な事態を招来するものであり,その悪化のスピードは速く,放置すればそのまま失明に至る恐れがある。原告は細菌性眼内炎が疑われ,かつ,抗生剤の効果がなく悪化し続けていたから,硝子体手術をするほかなく,少しでも早くやらなければ病気の進行により手遅れになる状態であった。仮に,被告病院において,高度の判断と技術を要する硝子体手術ができなくとも,他の病院の専門医師の助力を求めたり,実施可能な病院に転院させたりすることはできた。 イ原告は,平成8年7月14日午前10時ころの医師の診察時には,右眼に膿がたまり,眼底透見不能の状態だったのであるから,このような状態に至る前の遅くとも同日未明には硝子体手術を開始すべきであった。同月13日朝のC医師の診察の際,すでに炎症症状が見られたから,それ以降医師の診察回数を増やし,看護婦にも患者の容態を逐一医師に報告させていれば,原告の眼内炎の進行が極めて早いものであることが認識できたはずである。 ウ仮に上記イの時期に手術を開始すべきではなかったとしても,同月14日午前10時ころの医師の診察時には硝子体手術を準備し,直ちに開始すべきであった。 同月13日午後から原告が眼の異常を訴えていたのに,翌14日朝まで被告病院の医師は誰も原告を診察しなかったが,その間に眼内炎と疑うべき状況に至った可能性がある。同月13日午後に医師が診察していれば,翌14日には硝子体手術が可能であったはずである。 エ被告病院の医師は,抗生剤の点滴 原告を診察しなかったが,その間に眼内炎と疑うべき状況に至った可能性がある。同月13日午後に医師が診察していれば,翌14日には硝子体手術が可能であったはずである。 エ被告病院の医師は,抗生剤の点滴を漫然と継続し,硝子体手術をすることなど全く考えておらず,結局は順天堂医院の手術用の器械と医師の手配に手間取り,同月15日の午後5時まで手術開始が遅れた。原告の硝子体手術が不成功に終わった原因は,既に細菌性眼内炎が悪化し,手遅れとなったからである可能性が大きい。 (被告)ア硝子体手術は,網膜にまで直接に影響が及び,網膜剥離等の合併症が懸念され,視力予後不良例が多いとされる。このように硝子体手術は大きなリスクを伴うものであるから,眼内炎の発症から36ないし72時間は抗生剤療法の奏効を期待して,保存的に治療すべきものであり,抗生剤を追加,変更してもなお奏効しない場合に初めて,手術適応が認められるものである。 イ平成8年7月13日の原告の右眼の所見は,角膜後面に豚脂様沈着物が見られ,前眼部(前房内)の炎症所見はあったが,眼底出血もなく,眼球全体に炎症が及んだ状態ではなかった。疼痛もなく,充血も角膜輪部上方の手術の創傷部分のみの軽いもので,結膜浮腫も認められなかった。この段階で,炎症は前眼部に限局しており,人工物である眼内レンズを挿入した後の炎症反応の範囲内であって,眼内炎ではなく,眼内炎を疑うべき状況でもなかったのであるから,硝子体手術等に踏み切ることはあり得ない。 ウ同月14日朝の診察では,原告の右眼に角膜浮腫,少量の前房蓄膿が生じており,眼底は透見できるもののぼんやりしてきていた。これはいずれも前眼部の炎症の増強を示す所見である。この時点で,増強した前眼部の炎症が眼内炎に発展するリスクはあったが,硝子体手術自体のリスクを考慮すれば,強力な抗 できるもののぼんやりしてきていた。これはいずれも前眼部の炎症の増強を示す所見である。この時点で,増強した前眼部の炎症が眼内炎に発展するリスクはあったが,硝子体手術自体のリスクを考慮すれば,強力な抗生剤を更に追加して,従前の治療とあわせて抗菌,消炎療法を行うことで治癒できることがより望ましい。被告病院の医師らはこのような判断に基づき,多種類の抗菌剤,抗生剤等を併用することで,可能な限りの細菌感染症対策を尽くしていた。 エ同月14日深夜,B医師は被告病院に赴いて原告の診察を行い,抗生剤を変更,追加して点滴を継続するとともに,テノン嚢内への注射を行い,翌日午前まで経過観察とした。そして,これ以上悪化するようであれば硝子体手術を行うことを念頭に置き,大学病院に手配するなどの準備を行い,原告にも硝子体手術の説明を行った。しかし,B医師は,なお,抗生剤療法が奏効することを期待していたので,翌朝まで待って,臨床所見,エコー等の検査をした上で硝子体手術に踏み切ったものである。 被告病院にも硝子体手術の器械はあるが,大学病院には最新式の器械があり,B医師よりも硝子体手術の経験が豊富な医師の関与も望めるため,硝子体手術の危険性を考慮し,硝子体手術に踏み切る場合には万全の態勢をとるべく,大学病院での手術を準備したものである。B医師は硝子体手術の経験も有しており,必要であれば被告病院の他の医師に緊急の応援依頼も可能であったし,被告病院には硝子体手術の器械も存在したのであるから,器械や医師の手配に手間取ったために手術開始が遅延したということはない。 オ B医師らが最終的に硝子体手術の施行を決定したのは,同月15日午前中であるが,それまで強力な抗生剤療法を持続したにもかかわらず臨床所見が好転していないことを確認し,さらに超音波検査(エコー),網膜電位図(レチ 最終的に硝子体手術の施行を決定したのは,同月15日午前中であるが,それまで強力な抗生剤療法を持続したにもかかわらず臨床所見が好転していないことを確認し,さらに超音波検査(エコー),網膜電位図(レチノグラム)の検査を行い,炎症が眼球の後部にまで波及し始めていることを確認した結果であり,その判断に誤りはない。 本件において,術後眼内炎に至る可能性がある所見が得られたのは同月14日朝であるから,この時点から手術まで24時間余である。仮に,原告が眼が曇ったと言い始めた同月13日昼ころからでも48時間余である。臨床的所見から,むしろ早期に抗生剤治療のみによる回復を断念して硝子体手術の決断をしたものであり,手遅れということはない。 ・争点・について(原告)手術後2日目である平成8年7月13日朝の医師の回診時には,手術した原告の右眼に眼内炎を疑うべき強い炎症が認められていたから,被告病院の医師は,この時点で直ちに細菌検査をし,かつ,医師による診察の回数を増やすべきであった。細菌検査をしていれば,その段階で細菌性眼内炎であること及びその起因菌を認知しえた可能性が高く,それに沿った治療もなしえたはずである。また,医師が細菌検査を指示することによって,看護婦が,原告の主訴を意味ある訴えと認識し,医師にこれを伝達し,より早期に適切な措置がなされ得たと考えられる。そして,医師による診療の回数を増やせば,細菌性眼内炎の進行を的確に把握しえたのである。 ところが,被告病院の医師はこれをせず,漫然と炎症を抑えるために抗生物質の点滴を継続し,追加したのみであった。同日午後からは,原告が再三,目が曇ってきたとか,医師に診察してほしいなどと訴えたにもかかわらず,被告病院の看護婦らは原告の要求を真摯に受け止めず,医師の診察を受けさせることをしなかった。翌 った。同日午後からは,原告が再三,目が曇ってきたとか,医師に診察してほしいなどと訴えたにもかかわらず,被告病院の看護婦らは原告の要求を真摯に受け止めず,医師の診察を受けさせることをしなかった。翌14日朝,D医師は原告を診察し,眼内炎であること,膿がたまっていることを認識しながら,やはり抗生物質の点滴を継続し,追加しただけであった。 (被告)ア白内障手術は,眼球を切開し人工物である眼内レンズを挿入するものであり,術後,細菌等の侵入ないし感染を完全に防止することは,現在の医療水準では不可能である。したがって,医師らは常に感染症の可能性を念頭に置いている。 眼内レンズ挿入後には,全ての症例で炎症反応が現れるが,これは異常なものではなく,手術という外傷に対する生体防御反応であり,直ちに感染を意味しない。最終的に感染かどうかを確定するのは細菌検査であるが,これは培養に少なくとも72時間を要するため,その結果を待ってから抗生剤を選択して投与するのでは,仮に細菌感染があった場合に手遅れになる。したがって,眼内レンズ挿入後の患者には,感染の有無を確定することなく,一般的に考えられる細菌等に対して効力を有する抗生剤を処方し,炎症が長引くようであれば,抗生剤を追加し,多種類の抗生剤の組み合わせで滅多にない細菌等の感染に対しても防御できるようにしている。 なお,本件においては,抗生剤投与にもかかわらず炎症症状が改善されなかったため,確認のために同月15日細菌検査が行われたが,培養の結果は陰性であった。したがって,医学的に厳密な意味での「細菌性」との診断はつけることができない(当初から細菌感染が生じていなかったか,または,適切な抗生剤療法が奏効していたと考えられる。)。ただし,術後眼内炎との診断が確定したのは,同月15日午前中の超音波検査(エコー) けることができない(当初から細菌感染が生じていなかったか,または,適切な抗生剤療法が奏効していたと考えられる。)。ただし,術後眼内炎との診断が確定したのは,同月15日午前中の超音波検査(エコー),網膜電位図(レチノグラム)の検査結果によるものである。 イ上記アのとおり,眼内レンズ挿入後の患者については,感染の有無を確定することなく,予め抗生剤を投与し,患者の病状に応じてその追加,変更が行われるのであり,炎症所見があったからといって細菌検査をすべきであったとはいえないし,72時間以上経過後に結果が判明するような検査を行っても,診断的な意味は何もない。 本件においては,仮に同月13日細菌検査を行ったとしても,結果判明は同月16日以降となる。また,手術前日の同月10日,手術後の同月13日,同月14日の各追加分の抗生剤,抗炎症剤等は,あらゆる感染に対処できるよう適切に追加,変更されている。したがって,原告に関しては細菌検査は全く無関係であり,被告が細菌検査を怠ったということはできない。 なお,眼内炎の場合に細菌性かどうかを細菌検査によって確定しようとすれば,手術室の滅菌状態で角膜と強膜に注射針で穴をあけ,前房中と硝子体中から眼内液を採取することになるが,このような侵襲の大きい検査は,「常識的,基礎的な細菌検査」といえるものではない。 ウ抗生剤は直ちに奏効するものではなく,新たな抗生剤を追加した際には,1日程度,奏効するかどうかを観察することが通常である。 被告病院の医師は毎日原告を診察し,適切な処置を行っている。同月13日以降に原告を診察したとしても,医師の対応としては,追加した抗生剤が奏効するかどうかの経過観察以外にあり得ない。したがって,医師の診察回数を増やさなかったことが過失となるものではない。 エ被告病院の医師らは,看 察したとしても,医師の対応としては,追加した抗生剤が奏効するかどうかの経過観察以外にあり得ない。したがって,医師の診察回数を増やさなかったことが過失となるものではない。 エ被告病院の医師らは,看護婦に詳細な経過の観察と記載をさせており,看護婦らは,医師らの指示に従って経過観察を適切に行い,その結果を看護記録に逐一記載している。看護婦が原告の主張を無視したり,意味ある訴えと認識しなかったりしたことはない。本件においては,看護婦の所見に加え,医師の定期的な診察と詳細な検査の結果,最終的に硝子体手術の施行が決定されたものである。 ・原告の損害について(原告)ア逸失利益 1231万3324円イ後遺症慰謝料 770万0000円ウ入通院慰謝料 48万0000円エ弁護士費用 204万9332円オ合計 2254万2656円第3 当裁判所の判断 1 争いのない事実,証拠(甲6,7,乙2,3,9,証人B,原告本人及び括弧内記載の証拠)及び弁論の全趣旨によれば,本件の診療経過について,次の事実が認められる。 ・原告は,昭和62年4月23日,被告病院を初めて受診して以来,同病院の内科で糖尿病の治療を受けていた。なお,被告病院の眼科の初診は同年6月16日であるが,その当時,眼底はきれいで,糖尿病網膜症の徴候も認められなかった。 (乙1,検証)・平成5年ころから,原告は白内障を指摘され,被告病院の眼科を外来で定期的に受診するようになった。平成7年5月ころ,白内障手術の適応があると判断されたため,B医師が原告に白内障手術を勧め,平成8年5月10日の診察時にB医師が白内障手術について説明し,同年6月21日に手術日程が決められ,同年7月10日に入院した。そして,同月11日右眼の,同月18日左眼の白内障手術 に白内障手術を勧め,平成8年5月10日の診察時にB医師が白内障手術について説明し,同年6月21日に手術日程が決められ,同年7月10日に入院した。そして,同月11日右眼の,同月18日左眼の白内障手術がそれぞれ実施される予定となった。入院当日,手術に伴う感染予防のため,RA(ステロイド点眼と抗生物質点眼の合剤)点眼,SP(抗生物質)点眼,ジクロード(消炎剤)点眼等が処方された。(乙1)・同月11日,B医師の執刀により,右眼に対し,白内障手術(右超音波水晶体乳化吸引術及び眼内レンズ挿入術)が行われた。この乳化吸引中,後嚢が破れたため,シュリンゲという手術器具で白内障を摘出し,その後,人工レンズが入れられた。手術経過は順調であり,原告が眼痛,ごろつき感,気分不快を訴えることはなかった。 ・翌12日午前9時ころ,B医師が原告を診察したところ,右眼の角膜のデスメ膜と呼ばれる部分のしわと前房内の浮遊細胞が観察された。これらは人工レンズ挿入術後,通常みられる炎症反応であり,経過は良好と判断された。原告自身,診察に際して眼帯を外したところ,周囲がよく見え,良くなったことを実感できる状態であった。 ・同月13日(土曜日)午前9時ころ,同日の当番医であったC医師が原告を診察したところ,右眼の炎症所見を示す角膜後面の豚脂様沈着物が3プラス(中程度),前房内微塵様物質が2プラスと認められたが,角膜は透明性を維持しており,眼底は直像眼底鏡で透見可能であり,眼底出血もなかった。炎症が前眼部に限局していたことから,C医師は,眼内炎を疑うべき状況ではないと判断したが,感染症に対処するため,同日朝で中止する予定であった抗生物質の点滴投与を継続することとした。また,D医師が自分の担当する患者の診察のため翌日来院する予定であったことから,看護婦に対し,同医師に原告の 染症に対処するため,同日朝で中止する予定であった抗生物質の点滴投与を継続することとした。また,D医師が自分の担当する患者の診察のため翌日来院する予定であったことから,看護婦に対し,同医師に原告の診察をするように伝えることを指示した。(乙7,証人C)同日午後3時ころから,原告は,看護婦に対し,自制内であるが眼の軽い痛みやごろつき感があること,もやがかかったようでよく見えないことなどを訴え,軽い充血も認められた。午後5時には,だんだん右眼が見えなくなっていると訴えたが,眼痛の増強はなく,午後7時にも右眼のごろつき感を訴え,流涙,充血も認められたが,眼痛は自制内であった。この間,原告は,医師に診てほしいと再三訴えた。 ・翌14日(日曜日)午前10時ころ,D医師は,C医師の指示に従い原告を診察したところ,角膜浮腫,角膜後面沈着物,前房蓄膿が認められ,眼圧は正常であったが,倒像眼底鏡による所見では,角膜浮腫のため眼底がぼんやりしていたことから,前眼部の炎症の増強を示す所見であると判断した。 D医師は,診察後,原告の症状をC医師に電話で伝えたところ,C医師から,抗生物質の点滴を続行し,さらに点眼を追加すること,主治医であるB医師に連絡することの指示を受けた。そこで,D医師は,タリビット(抗菌剤)点眼,コリマイC(抗生物質)点眼を追加処方した上,B医師に連絡をとろうとしたが,結局,同日深夜まで同医師とは連絡が取れなかった。原告は,同日午後,看護婦に対し,前日から見えにくくなっているとか,涙が出るとか,心配になってしまって食べ物が喉を通らないなどと訴えたが,眼痛やごろつき感は軽減したと述べていた。 B医師は,同日は当番医ではなかったことから外出しており,午後10時過ぎに帰宅し,D医師から原告の診察を依頼する旨の留守番電話のメッセージを聞 と訴えたが,眼痛やごろつき感は軽減したと述べていた。 B医師は,同日は当番医ではなかったことから外出しており,午後10時過ぎに帰宅し,D医師から原告の診察を依頼する旨の留守番電話のメッセージを聞き,すぐに被告病院へ向かった。 (乙7,8,証人C,同D)・同月15日午前零時ころ,B医師が原告を診察したところ,前房蓄膿,硝子体混濁,角膜上皮浮腫などが認められたため,セファメジン(抗生剤)の結膜下注射をして経過をみることとし,原告に対し,同日手術になる可能性があると述べた。 このとき,原告は同医師に対し,同月13日から再三医師の診察を依頼したのに診察してもらえなかったとか,不安等で眠れなかったなどと感情的に強い口調で述べたため,同医師は,携帯電話を充電していたなどと適当な弁解をしたが,原告が,もうこんな病院には入院していられないなどと言ったため,それなら大学病院へ移しますかなどと述べた。 診察後,B医師は,E医師に電話をかけ,その日に手術になるかもしれないとして来院を要請し,以前,E医師がB医師とともに硝子体手術をした際に使用した器械を順天堂大学から借りることについても了解を得た。また,B医師はD医師にも電話をかけ,「オペ(手術)になるかもしれない。」などと話した。(乙8,証人D)・同月15日午前7時半ころ,B医師は順天堂大学に赴き,E医師に面談し,再度被告病院への来院を依頼し,その了解を得た。同日午前9時ころ,B医師が原告を診察し,細隙灯(スリットランプ)で前房を,倒像鏡で眼底をそれぞれ検査したが,抗生物質等の投与にもかかわらず前房蓄膿は変わらない状態であり,同医師は,チエナム(抗生物質)の点滴を看護婦に指示した。点滴終了後の午前10時ころ,硝子体の状態を調べるための超音波検査(エコー)と,網膜の機能を調べる網膜電位図(レチ 膿は変わらない状態であり,同医師は,チエナム(抗生物質)の点滴を看護婦に指示した。点滴終了後の午前10時ころ,硝子体の状態を調べるための超音波検査(エコー)と,網膜の機能を調べる網膜電位図(レチノグラム)の検査を行ったところ,硝子体の混濁が見られ,網膜の反応は低下している状態であった。(乙1)同日午前11時半ころ,再度B医師が原告を診察したが,前房蓄膿があり,炎症症状は改善していなかった。同医師は,これまでの診療経過及び上記検査の結果から,硝子体手術の実施を決断した。硝子体手術の器械は同日午前中,被告病院に到着していた。 ・その後,手術のための点滴などがなされ,午後2時半ころにはE医師が被告病院に到着し,午後3時半に原告が手術室へ入室し,午後4時ころ,B医師及びE医師の執刀により,手術を開始した。右眼内レンズを摘出した後,硝子体切除を開始したところ,網膜上に,炎症に伴ってできたと考えられる膜状の強い堆積物があり,出血も認められ,網膜剥離の危険があった(下方の網膜は一部剥離していた。)ことから,硝子体を完全に除去することはできずに,手術を終了した。 手術後の午後7時ころ,B医師は原告及びAに対し,視力回復が困難であることを伝えた。 なお,硝子体手術の際の眼洗浄液(硝子体液)を細菌検査に付し,同月18日結果が判明したが,その検査結果は陰性であった。その後も同月末にかけて前房水の細菌検査が実施されたが,いずれも陰性であった。(証人C)・術後も抗生剤の投与は続けられ,しばらくは光覚弁(光を感じる程度の視力)と考えられたが,同月23日ころ炎症が再発し,同日から同月25日まで抗生剤の硝子体腔内注射が行われたものの,光覚はマイナス(光を感じない状態)となり,原告は右眼失明に至った。その後,同年8月1日ころから,右眼に続発性緑内障( ろ炎症が再発し,同日から同月25日まで抗生剤の硝子体腔内注射が行われたものの,光覚はマイナス(光を感じない状態)となり,原告は右眼失明に至った。その後,同年8月1日ころから,右眼に続発性緑内障(血管新生)の所見が認められた。 原告の糖尿病のコントロールが不良であったことから,引き続き被告病院に入院して糖尿病のコントロールがなされていたが,その後,糖尿病症状が落ち着いてきたため,同年8月24日に退院した。 ・なお,左眼の白内障については,B医師の紹介により順天堂医院において治療が行われることとなり,同年10月21日ころ同医院に入院し,同月31日手術が行われた。術後の炎症が強く入院は長引いたが,その後の経過は良好であり,同年11月21日ころ退院した。(乙1) 2 証拠(甲1ないし3,11,乙5,鑑定)によれば,いわゆる術後眼内炎とその治療方法等について,次のとおり認められる。 ・白内障等の眼内手術後に術後炎症を生じる頻度は低いとされており,術後6週以内の急性発症の眼内炎は全内眼手術例の0.093パーセントの頻度であるとの報告があるが,術後眼内炎の原因としては,感染のほか,眼内レンズ等の異物によるもの,薬剤等の化学・物理的刺激によるものなど様々である。ただし,手術症例全てにおいて,手術による外傷が原因で炎症が生じ,かつ,その程度に個体差が大きいことから,その所見に手術以外の因子がどのように関与しているかを判断することは難しいことが多いといわれている。 なお,「眼内炎」と「眼内炎症」は区別して考えるべきとの考えもあるが,程度の差として理解されていることが多い。 ・糖尿病症例では,前眼部の虹彩と呼ばれる部分の色素が眼内レンズ表面に沈着したり,虹彩と眼内レンズとの癒着を生じる傾向が強く,また,血液中の糖分が高いため病原微生物にとって繁殖 ていることが多い。 ・糖尿病症例では,前眼部の虹彩と呼ばれる部分の色素が眼内レンズ表面に沈着したり,虹彩と眼内レンズとの癒着を生じる傾向が強く,また,血液中の糖分が高いため病原微生物にとって繁殖しやすいと理解されており,感染性眼内炎発症のリスク因子でもあるといわれている。 ・白内障手術後の感染性眼内炎は重篤な障害を起こし得る術後合併症である。術後眼内感染症は,発症時期により早期(急性)と晩期(晩発性)に分別される。急性は術後1ないし2週以内(ただし,近年は術後6週以内を目安にする傾向がある。)に発症する例であり,比較的毒性の強い細菌によって生じる。他方,晩発性はそれ以降(術後数か月のものも含む。)に発症するもので,弱毒性の細菌や真菌が原因となることが多い。起因菌の同定は必ずしも容易ではなく,その分離培養にも時間を要するが,細菌性眼内炎が疑われ,細菌培養が行われても,菌が検出されない例の報告は多い。 急性発症例では,進行が早く,視力の急激な悪化,充血,眼痛(ただし,眼痛を伴わないこともある。),結膜浮腫,前房蓄膿などが見られる。眼底は強い硝子体混濁により透見不能となり,網膜機能の低下(網膜血管の白線化や小出血)をもたらす。晩発性症例では,持続する視力低下,充血や眼痛の持続,前房や硝子体の強い炎症症状,前房蓄膿などがみられる。また,近時注目されている弱毒菌による眼内炎は,術後1週ないし数か月してから豚脂様の角膜後面沈着物や前房蓄膿を伴った慢性虹彩炎として発症するが,結膜充血や眼痛は軽度であることが特徴である。 ただし,上記前眼部所見の多くは,非感染性眼内炎の所見と類似しており,感染性,非感染性の鑑別は難しいのが実情といわれている。 ・術後眼内感染症では,原則は予防に重点が置かれるべきであるが,治療としては,まずは広範囲の菌に効 くは,非感染性眼内炎の所見と類似しており,感染性,非感染性の鑑別は難しいのが実情といわれている。 ・術後眼内感染症では,原則は予防に重点が置かれるべきであるが,治療としては,まずは広範囲の菌に効果を有する抗菌薬の投与である。診断が発症早期になされ,適切かつ有効な抗菌薬の全身及び局所療法が施行された場合には治癒することもある。 しかし,薬物投与によっても眼内炎の症状が増悪する場合には,硝子体切除術の適応となる。硝子体手術は,起炎菌の検出,感染巣の除去,同時に行う硝子体内への抗菌薬の投与を効果的にすることなどの意義を持つものであるが,網膜剥離の合併症の危険があり,視力予後不良例も多いといわれている。 3 争点・についてそこで,本件における硝子体手術の実施時期が適切であったか否かについて検討する。 ・右眼白内障手術後の原告の症状については,前示1の・ないし・のとおりであり,手術翌日の平成8年7月12日は術後通常みられる炎症反応が観察されるにとどまったが,同月13日午前9時の診察時には,角膜後面の豚脂様沈着物,前房内微塵様物質が認められ,中程度の炎症と判断されたものの,角膜は透明性を維持し,眼底は透見可能で,眼底出血もない状態で,炎症は前眼部にとどまっていた。 同日午後になると,原告が看護婦に対し軽度の眼痛,視力の低下,流涙等を訴えたが,これは炎症の増強を判断させる症状と考えられる。同月14日午前10時の診察時は,角膜浮腫,角膜後面沈着物,前房蓄膿が観察され,眼底がぼんやりしていたことが認められ,通常の術後炎症とは異なる強い炎症に発展していたことがうかがわれる。翌15日午前零時の診察時には,前房蓄膿,硝子体混濁,角膜上皮浮腫などが認められ,同日午前の診察時も前房蓄膿は変わらず,超音波検査では硝子体の混濁が,網膜電位図の検査では後眼 ことがうかがわれる。翌15日午前零時の診察時には,前房蓄膿,硝子体混濁,角膜上皮浮腫などが認められ,同日午前の診察時も前房蓄膿は変わらず,超音波検査では硝子体の混濁が,網膜電位図の検査では後眼部の網膜の反応の低下がそれぞれ認められていたのであるから,そのころには,炎症が後眼部に波及していることをうかがわせる状態であったということができる。 なお,細菌培養検査の結果,菌が検出されていないため,感染性眼内炎であるとの確定診断はできないが,前房蓄膿や眼底透見度の低下が見られたことは,感染性眼内炎の所見と矛盾するものではない(鑑定)。 ・ところで,一般に術後眼内炎に対する治療としては,前示2の・のとおり,第1次的には抗菌薬の全身及び局所療法であり,それによっても症状が増悪する場合に硝子体手術の適応となるとされているが,その硝子体手術の具体的な実施時期については,一義的に定まっているとはいい難い。 すなわち,診断がつき次第24時間以内に行うことが望ましいが,視力が0. 05以下で眼底透見不能な場合に直ちに行うこととするとの報告や,網膜へ炎症が波及しないうちに,すなわち,網膜血管の白線化や小出血が認められたら直ちに硝子体手術に踏み切るべきであるとの報告がある(甲2)一方で,硝子体手術には網膜剥離の合併症や視力予後不良例が多いことから,適応の時期にはなお議論があり,菌体外毒素の強い病原菌による劇症型の眼内炎では,発症から36ないし72時間で施行するのがよいとの報告もある(乙5)。 また,鑑定結果によれば,硝子体手術は眼内炎診断後早期に行うことといわれているものの,臨床報告例においては様々な期間に実施されており,臨床経過(炎症の強弱,検出菌の状態,陰性,陽性など)に応じて硝子体手術の実施時期を決めざるを得ないのが実情であること,平成8年当 われているものの,臨床報告例においては様々な期間に実施されており,臨床経過(炎症の強弱,検出菌の状態,陰性,陽性など)に応じて硝子体手術の実施時期を決めざるを得ないのが実情であること,平成8年当時までの我が国における眼内炎の報告は臨床経過の記述が主体であり,かつ,数例と限られた症例数での報告であるため,一般的に適応できる手術時期の基準をくみ上げることはできないと考えられることなどが認められる。すなわち,我が国における眼内炎診断後硝子体手術までの期間については,症例が,6例の報告として3日ないし6日,36日及び55日のもの,3例の報告として35日,6か月,1年のもののほか,いずれも1例の報告であるが,眼痛出現後7日間薬物療法を行った後の前房蓄膿出現日のもの,前房蓄膿の発症翌日のもの,同7日目のもの,同18日目のもの,白内障手術後に炎症が遷延して術後5か月となったものなどの報告がある。また,これらの報告と一部重複するが,薬物療法についての報告として,急性発症例では眼内レンズ手術1日目に角膜上部浮腫及び前房内中等度炎症,同日深夜に眼痛増強,2日目に角膜浮腫,前房炎症増強及び前房蓄膿,硝子体等の培養は陽性で,硝子体内抗菌剤注入のみで硝子体手術は実施せず,良好な視力回復が得られ,晩発性の症例では抗菌薬の全身及び局所療法のみで硝子体手術を実施せず失明に至ったとするもの,眼内レンズ術4日目に眼痛出現,5日目に前房内炎症増強,抗菌薬の全身及び局所療法により炎症が改善したが,11日目に前房蓄膿と眼圧上昇が見られ,硝子体手術を実施し(菌培養は陰性),一定の視力回復が得られたとするもの,白内障手術後12日目に前房蓄膿が出現し,この時点でまず眼内レンズ摘出し,前房洗浄を行ったが前房所見が改善しないため,19日目に硝子体手術を行ったとするもの,白内障手術 力回復が得られたとするもの,白内障手術後12日目に前房蓄膿が出現し,この時点でまず眼内レンズ摘出し,前房洗浄を行ったが前房所見が改善しないため,19日目に硝子体手術を行ったとするもの,白内障手術3日目に前房蓄膿が出現し,1週後に抗生物質療法で前房蓄膿が消失したが硝子体混濁が出現し,抗菌剤,ステロイドの全身及び局所療法を行った後,3週目に眼内レンズ摘出,硝子体手術を行った(硝子体培養でMRSA陽性)とするものなどがある。 さらに,鑑定結果によれば,当時の我が国における硝子体手術の実施時期と視力障害ないし失明等との関連について,具体的な根拠を示す報告はないことが認められる。すなわち,硝子体手術を行った場合でも,術後視力が光覚弁(光を感じる程度の視力)であるものは6例中2例(ただし,急性と晩期性を含む。)とする報告があり,海外での報告によっても,眼内炎36例のうち,薬物療法13例中5例(38.5パーセント),硝子体手術22例中10例(45パーセント)が失明し,この硝子体手術例のうち,眼内炎診断後24時間以内の硝子体手術例12例中3例,24時間以後の硝子体手術例10例中7例が失明したとの報告をはじめとして,硝子体手術によっても視力予後不良例が存在することが指摘されている。ただし,これらの結果は,眼内炎診断の時期(急性又は晩期性),手術術式,菌培養結果,治療法,患者の年齢,全身状態等の条件がまちまちであって,一般的な失明率と認められるものではないことがうかがわれる。 ・以上の点からすると,原告の場合,同月13日午後から炎症の増悪が見られ,同月14日午前には前房蓄膿が観察され,眼底がぼんやりしていたのであるから,この時点で眼内炎を疑い,かつ,炎症が眼底へ波及していることを疑う余地はあったと考えられる(ただし,鑑定結果によれば,角膜浮腫,前 4日午前には前房蓄膿が観察され,眼底がぼんやりしていたのであるから,この時点で眼内炎を疑い,かつ,炎症が眼底へ波及していることを疑う余地はあったと考えられる(ただし,鑑定結果によれば,角膜浮腫,前房蓄膿を伴う強い炎症がある場合,眼底の詳細は捉え難いことが指摘できる。)。そうすると,この時点で硝子体手術選択の可能性を検討することもできたのであり,また,翌15日未明及び同日午前9時の診察時にも,前房蓄膿等の所見は改善が見られなかったのであるから,この時点で直ちに硝子体手術に踏み切る余地があったと考えられないこともない。 しかしながら,前示・のとおり,術後眼内炎の治療としてはまず抗菌薬を投与し,その効果を見るのが相当というべきであること,当時の我が国において,硝子体手術の実施時期に関する明確な一般的基準があったとは認め難く,「前房蓄膿」や「眼底透見不能」といった所見が硝子体手術適応の一つの因子となることはあっても,それが一般的な手術適応基準であったとまでは認められないこと,症状その他によっては発症から3日目で実施しても遅いとはいえないこと,臨床報告例によっても様々な時期に実施されていること,硝子体手術を実施した場合の失明等のリスクは決して低いものではないこと,原告に対しては,硝子体手術の実施まで広範囲に有効な抗菌薬の投与が継続されていたこと(乙6),眼内炎診断後,より早期に硝子体手術を実施した方が失明の危険性がより低いことをうかがわせる報告はあるものの(前示・),炎症の強弱,菌検出の有無,手術術式,患者の年齢,全身状態その他の条件を考慮すると,硝子体手術の実施時期と術後の視力との関連については未だ確立された知見は認められないというべきであることなどを総合すると,原告に対する硝子体手術が同月15日午後実施されたことが医師の対応として不適 ,硝子体手術の実施時期と術後の視力との関連については未だ確立された知見は認められないというべきであることなどを総合すると,原告に対する硝子体手術が同月15日午後実施されたことが医師の対応として不適切であり,もっと早い時点でこれを実施すべきであったとはいえないというべきである。 4 争点・について次に,右眼白内障手術が実施された平成8年7月11日以降,硝子体手術直前までの間の被告病院の医師らの対応(診察,検査)が適切であったか否かについて判断する。 ・細菌検査について細菌検査は,その結果から起炎菌が確定されれば,適切かつ有効な抗菌薬の投与がなされ得ることになり,その点で,重要な診断的意味があるというべきであり,術後眼内感染症が疑われた場合には間をおかずに実施すべきであると指摘する文献(乙5)もある。しかしながら,眼内感染症が疑われる場合の細菌検査は,前房水,硝子体水を採取して行われ,これらは侵襲を伴うものであること(甲2,鑑定),細菌検査は結果が判明するまでに時間がかかり(培養検査),あるいは,詳細な菌種の同定ができないことも多い(塗沫検査)ことなどから,直ちに治療に結びつくとは限らないこと(鑑定),臨床現場においては,眼内レンズ摘出術や硝子体切除術の際に採取する例も多くみられ,特に検体採取が侵襲を伴う場合は,細菌検査を行わずに抗菌薬を投与することが臨床の場で容認されていると考えられること(鑑定),細菌性眼内炎が疑われる症例であっても,菌が検出されない例の報告も多くみられ(前示2の・),実際,原告の場合も,細菌性眼内炎が疑われる症例であるものの,硝子体手術後に行った細菌培養検査によっても菌は検出されなかったこと(乙2,鑑定)などに照らすと,原告について,硝子体手術を実施する前の段階で細菌検査を行っていないことが,医師の対応 であるものの,硝子体手術後に行った細菌培養検査によっても菌は検出されなかったこと(乙2,鑑定)などに照らすと,原告について,硝子体手術を実施する前の段階で細菌検査を行っていないことが,医師の対応として不適切であったとはいえないというべきである。 なお,細菌検査を実施しなかったために,医師ないし看護婦の診察や看護上不適切な事態を招来したことを認めるに足りる事実の証明はないから,このことを前提とする原告の主張は採用できない。 ・同月13日の診療について前示1の・のとおり,同月13日午前の医師の診断の際,中程度の炎症所見が認められたが,眼痛や視力低下などの訴えもなく,角膜は透明性を維持しており,眼底は透見可能であったから,前示2の・及び3の・の知見に照らすと,C医師が抗生物質の追加処方をし,翌朝D医師に診察を指示して経過観察としたことは適切であったというべきである。 もっとも,同月13日午後,原告は軽度の眼痛やごろつき感,視力の低下を再三看護婦に訴えており,仮にこの時点で医師による診察がなされた場合には,同日午前とは異なる所見が得られた可能性がないとはいえない。しかし,同日午前にC医師が抗生物質を追加処方したのであるから,その効果を見ないままに硝子体手術に直ちに踏み切ることはあり得ないと考えられ(前示3),翌14日午前の診察を指示して経過観察としたことが不適切であったとはいい難く,翌14日午前のD医師の診察時の所見でも,直ちに硝子体手術に踏み切るべきであったとまではいえないこと(前示3)などを考慮すると,同月13日午後に医師が診察しなかったことが不適切であったということはできないというべきである。 ・同月14日以降の診療についてその後,同月14日午前10時ころ,翌15日午前零時ころ,同日午前9時ころとそれぞれ医師の診察 かったことが不適切であったということはできないというべきである。 ・同月14日以降の診療についてその後,同月14日午前10時ころ,翌15日午前零時ころ,同日午前9時ころとそれぞれ医師の診察が行われ,同月14日及び翌15日午前零時の診察時に抗菌剤,抗生物質が追加処方され,その効果を見ながら経過観察としたものであるから,前示2の・及び3の・の知見に照らして,このような対応が不適切であったとはいえないというべきであること,同月14日午後には,原告が眼痛やごろつき感は軽減したと述べていることからすると,抗生物質等が有効に機能した可能性も否定できないこと,前示3のとおり,同月15日午後,抗菌薬投与による治療に加え,硝子体手術に踏み切った判断が時期的に見ても不適切とはいえないことに照らすと,その間,被告病院の医師において,より診察回数を増やすべき義務があったとは認められないというべきである。このことは,同月14日の診察後,D医師らがB医師と連絡をとろうとしたものの,連絡がつかなかったことによって影響を受けるものではない。 ・そうすると,原告が,右眼失明という不幸な結果に至ったことは誠に気の毒なことではあるけれども,原告の右眼白内障手術後,硝子体手術直前までの間に被告病院の医師らが細菌検査を実施しなかったこと及び診察回数をより多くしなかったことが,不適切であったということはできない。 なお,原告に処方,投与された抗菌薬の選択,用法はいずれも適切であったと認められ(乙2,3,6,鑑定),この点においても,被告病院の医師の処置が不適切であったということはできない。 第4 結論以上の次第で,原告に対する診療に関し,被告病院の医師に債務不履行又は不法行為上の過失があったものということはできず,原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却 ことはできない。 第4 結論以上の次第で,原告に対する診療に関し,被告病院の医師に債務不履行又は不法行為上の過失があったものということはできず,原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。 千葉地方裁判所松戸支部民事部裁判長裁判官村田長生裁判官佐藤洋幸裁判官浅岡千香子

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