主文 被告人を懲役5年に処する。 未決勾留日数中90日をその刑に算入する。 理由 (犯罪事実)被告人は,軽四貨物自動車を運転中,平成17年7月12日午前6時30分ころ,助手席に座っていた同棲相手のA(当時28歳。以下「被害者」という。)が果物ナイフ(平成17年領第697号符号2)でいきなり被告人の頚部付近を切り付けるなどしたことから,山梨県山梨市ab番地先路上で,直ちに同車を急停止させ,そのころ,同車内において,被害者から果物ナイフを奪い取ったものの,なおも被害者が果物ナイフを取り戻そうとして被告人の手に掴みかかり果物ナイフの奪い合いとなったため,自己の生命,身体を防衛する目的とともに先に切り付けるなどしてきた被害者に対する怒りの気持ちから,被害者が死亡するかもしれないことを認識しながら,あえて,果物ナイフで被害者の右前胸部を1回突き刺し,よって,同日午後3時33分ころ,甲府市cd丁目e番f号B病院において,被害者を肝刺創による出血性ショックのため死亡させて殺害したものであるが,被告人の上記行為は急迫不正の侵害に対し自己の権利を防衛するために行ったもので,防衛の程度を超えたものである。 (証拠)省略(事実認定の補足説明) 本件は,被告人が,車内で,同棲相手の被害者から果物ナイフでいきなり頚部付近を切りつけるなどされたことから,果物ナイフを奪い取った上,被害者の右前胸部を1回突き刺して殺害したとして起訴された事案であるところ,弁護人は,(1)果物ナイフの奪い合いに伴う弾みや威嚇のために向けたところ刃が刺さってしまったという過失致死罪や,傷害致死罪である可能性が高い旨述べて,犯行態様 や殺意の存在について疑問を呈するほか,(2)過剰防衛の側面も否定できない旨主張している。そこで,以下,(1)犯行の具体的態様と殺意があったか 罪や,傷害致死罪である可能性が高い旨述べて,犯行態様 や殺意の存在について疑問を呈するほか,(2)過剰防衛の側面も否定できない旨主張している。そこで,以下,(1)犯行の具体的態様と殺意があったかどうか,(2)過剰防衛が成立するかどうかの2点について検討する。 犯行の具体的態様と殺意について(1)被害者の創傷や死因等に関する鑑定書によれば,被害者の右前胸部の創傷は,右肋軟骨弓を切断し,肝臓内にまで達するものであって,刺入口からの深さは約14センチメートルにも及んでいる。本件凶器である果物ナイフの刃体の長さ約10.6センチメートルと対比すれば,果物ナイフの刃体ばかりでなく柄の部分の一部まで被害者の体内に刺し込まれたものと認められる。このことに,凶器の果物ナイフは刃の付け根部分から若干折れ曲がっているところ,これは,被害者の右前胸部の傷が形成された際に生じたようにうかがえることや,右前胸部の傷はデニム製の衣類をも貫通した上で生じた傷であること,本件犯行現場が軽四貨物自動車の車内という非常に狭い場所であったこと,本件直後に現場に到着した救急隊員が,被告人から「ナイフを取りあげて,女を刺した。」などと聞いた旨供述していること,被告人自身,当公判廷において,被害者の左腹部付近を狙って意図的に果物ナイフを突き刺したこと自体を認める供述をし,捜査段階でも「背もたれを倒した助手席に座っていた被害者に覆い被さるようにして,被害者の左腹部付近を目掛けて果物ナイフを突き出した。被害者も刺されまいとして体を左側によじったことから右胸のあたりに刺さった。」旨供述していることなどをあわせみれば,被告人が被害者に覆い被さるようにして相当強い力で右前胸部を果物ナイフで突き刺した事実を優に認定できる。 (2)以上認定した被告人の犯行態様に,本件凶器が鋭利な果物 述していることなどをあわせみれば,被告人が被害者に覆い被さるようにして相当強い力で右前胸部を果物ナイフで突き刺した事実を優に認定できる。 (2)以上認定した被告人の犯行態様に,本件凶器が鋭利な果物ナイフであったことや,この果物ナイフは被告人が被害者に買い与えたものであったこと,被告人自身,果物ナイフを突き刺した際の心境について捜査段階から「被害者が死んでしまうかもしれないが,それでも構わないと思い,被害者を刺してしまった。」旨供述しているところ,後記のとおり証拠上認められる犯行に至るまで の経過からしても被告人がそのような意図を持ったとして特段不自然とは思われないことなどをあわせみれば,本件犯行当時,被告人に,被告人が述べるとおりの殺意があったことは優に認定できる。 過剰防衛について(1)急迫不正の侵害についてア関係各証拠によれば,被告人が本件犯行に至る経緯は,以下のようなものであったと認められる。 ①被告人は,軽四貨物自動車を運転中,助手席に座っていた被害者と口論となり,立腹して被害者の顔面を手拳で数回殴打した。 ②殴られた被害者は,1分ほど黙り込んでいたが,その後,本件凶器である果物ナイフで運転中であった被告人の頚部付近をいきなり切り付け,被告人は左後頭部から左頚部付近にかけて長さ約20センチメートルの切り傷を負い,相当程度出血した。 ③被告人は,車両を急停止させ,被害者に対し,果物ナイフを渡すように伝えたが,被害者は,果物ナイフを振り回して抵抗した。そこで,被告人は,果物ナイフの刃を掴むなどして被害者から果物ナイフを取り上げたが,なおも被害者が果物ナイフを取り戻そうと果物ナイフを持った被告人の手に掴みかかってきたことから,両者の間で果物ナイフの奪い合いになった。 ④そのような状況下で,被告人は,2で認定したとお 上げたが,なおも被害者が果物ナイフを取り戻そうと果物ナイフを持った被告人の手に掴みかかってきたことから,両者の間で果物ナイフの奪い合いになった。 ④そのような状況下で,被告人は,2で認定したとおり,被害者に覆い被さるようにして相当強い力で被害者の右前胸部を果物ナイフで突き刺した。 イ以上のとおり,被害者が果物ナイフで被告人の頚部付近をいきなり切り付けてきたことや,被害者が被告人によって果物ナイフを取り上げられた後も,なおも果物ナイフを取り戻そうとしてきたこと,被告人と被害者は狭い車内の至近距離で果物ナイフの奪い合いをしていたこと,被告人に対する攻撃を終了するような言動は被害者には一切見られなかったことなどからすると,被告人が自分よりも体力的に劣る被害者からいったんは果物ナイフを奪い取 ったことを考慮に入れても,被告人による本件犯行当時,被害者が被告人から果物ナイフを奪い返してさらに反撃に出る可能性が未だ残された状況にあったと評価でき,被害者による被告人の生命,身体に対する急迫不正の侵害はなおも継続していたものと認めるのが相当である。 ウこの点,検察官は,被告人と被害者とが以前から口げんかを繰り返していたことなどを根拠に,被告人は,本件犯行当時,殴打されたことに立腹した被害者が果物ナイフで切り付けてくるという事態を予期し得たはずであるなどと主張している。しかし,運転中の被告人の頚部付近を果物ナイフでいきなり切り付けるという被害者の行為自体尋常なものではない上,前記認定したとおりのこれに対する被告人の応対ぶりなどに照らすと,被告人が当初から被害者のこのような行動を想定していたとするには,なおも疑問が残るところである。 (2)防衛の意思について被告人は,被害者の右前胸部を突き刺した際の心境について,当公判廷で,「自分が刺されると ら被害者のこのような行動を想定していたとするには,なおも疑問が残るところである。 (2)防衛の意思について被告人は,被害者の右前胸部を突き刺した際の心境について,当公判廷で,「自分が刺されると思ったことと,自分がかっとしたためである。」旨供述し,捜査段階でも概ね同旨の供述をしているところ,この供述は,前記認定の経過からして特段不自然な点はなく,基本的に信用できるものと考えられる。そこで,本件犯行当時,被告人は,被害者に対する怒りの気持ちとともに被害者の突然の攻撃から自己の生命,身体を守る意図,すなわち,防衛の意思を有していたと認めるのが相当である。 なお,前記のとおり,被告人は,被害者に覆い被さるようにして相当強い力で被害者の右前胸部を果物ナイフで突き刺したものであるところ,このような危険かつ強度の攻撃態様からすると,被告人において,被害者の攻撃に乗じて積極的に被害者に対して危害を加える意図までを有していたのではないかと見る余地もないではない。しかしながら,被害者の当初の攻撃から被告人が被害者の右前胸部を果物ナイフで突き刺すまでの一連の経過はごく短時間の出来事 であったことや,本件犯行現場が狭い車内であったことなどを踏まえると,本件犯行当時,被告人は身体的にも精神的にも緊迫した状況下にあったようにうかがえるし,これまで度々口論や暴力があったにせよ,本件当時まで2年近くも同棲生活を続けていたという被告人と被害者との関係や,本件も両名で帰宅する途中に発生した事件であると認められること,被告人が本件犯行直後も被害者を気遣う言動をしていたこと,被告人が被害者に対して強い憎しみや恨みを抱いていたような事情はうかがえないことなどに照らすと,被告人が被害者に対する積極的加害意図まで有していたとみることはできない。 (3)防衛行為の相当性につ 被告人が被害者に対して強い憎しみや恨みを抱いていたような事情はうかがえないことなどに照らすと,被告人が被害者に対する積極的加害意図まで有していたとみることはできない。 (3)防衛行為の相当性についてそこで,以上を前提に防衛行為の相当性について検討すると,検察官は,犯行当時,被告人車両の運転席横の窓が全開だったのであるから,被告人は容易に窓から果物ナイフを投棄し得たはずであるなどと主張している。 しかし,前記認定事実のとおり被告人が被害者にいきなり頚部付近を切り付けられたことや,被害者は果物ナイフを被告人によって取り上げられた後になおも果物ナイフを取り戻そうとしてきたこと,前記のとおり,本件犯行当時,被告人は身体的にも精神的にも緊迫した状況下にあったようにうかがえることなどからすると,開いていた車の窓から果物ナイフを投棄するというような冷静な行動を要求することは酷にすぎるように思われる。 もっとも,このような緊迫した状況下にあったことを踏まえても,素手の被害者に対して,覆い被さるようにして相当強い力でその右前胸部を果物ナイフで突き刺したという被告人の本件犯行は,被害者が被告人よりも体力的に相当劣るようにうかがえる女性であったことをも考慮すれば,社会通念上容認される限度を逸脱した行為であり,相当性の要件に欠けるものといわざるを得ず,この点に関する被告人の認識にも欠けるところはないと認められる。 (4)よって,被告人の本件行為は,殺人罪に該当するものの,過剰防衛が成立するものと認められる。 (法令の適用)被告人の判示所為は刑法199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役5年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中90日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して るところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役5年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中90日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由)本件は,被告人が,自動車を運転中同棲相手の被害者から果物ナイフでいきなり頚部付近を切り付けられるなどしたことから,被害者に対する怒りの念とともに自己の生命,身体を防衛するため,奪い取った果物ナイフで被害者の右前胸部を1回突き刺して被害者を死亡させたという殺人の事案である。 被告人の本件犯行の直接的なきっかけは,被害者が果物ナイフでいきなり被告人の頚部付近を切りつけるなどしてきたことにはあるものの,被告人は,それに先立つ車内での口論の際,被害者の顔面を手拳で殴打しており,それが被害者の切り付け行為の呼び水になっていたものであって,本件犯行に至る経緯には被告人自身にも責任の一端があることは否定できない。 犯行態様を見ても,被告人は,被害者から奪い取った鋭利な果物ナイフを用いて,覆い被さるようにして相当強い力で被害者の右前胸部を突き刺し,被害者に対し肝臓まで突き刺さる約14センチメートルに及ぶ深い傷を負わせているのであって,防衛行為としてなされたとはいえ,正当防衛として許容される限度を相当程度超えた危険かつ悪質な行為と言わざるを得ない。 また,当然のことながら人1人を死亡させたという結果はまことに重大である。 にもかかわらず,被告人は,現在に至るまで具体的な慰藉の措置を講じていない。 したがって,被告人の刑事責任は重い。 しかしながら,他方,被害者が果物ナイフで被告人の頚部付近をいきなり切り付けるなどしたことが本件の直接の契機となっており,その意味で被害者が本件犯行を誘発した面が大きいのみならず,被告人の行為 い。 しかしながら,他方,被害者が果物ナイフで被告人の頚部付近をいきなり切り付けるなどしたことが本件の直接の契機となっており,その意味で被害者が本件犯行を誘発した面が大きいのみならず,被告人の行為には前記のとおり過剰防衛が成立 すること,被害者を果物ナイフで突き刺した際の殺意も偶発的で未必的な殺意にとどまる上,刺突行為も1度だけに止まること,被告人は,本件犯行後,自分も負傷していながら現場に駆けつけた救急隊員らによる事情聴取等に素直に応じるとともに被害者の容態を気遣う言動をしていたこと,被告人は捜査段階から本件犯行について深い後悔の念と真摯な反省の情を示し,「本当に申し訳ないことをした。」,「被害者は全く悪くない。」などと被害者やその遺族に対する謝罪の気持ちを繰り返し述べていること,被告人には10年以上前の罰金前科以外に前科はないことなど,被告人にとって酌むべき事情も認められる。 そこで,当裁判所は,これらの被告人にとって有利,不利な一切の諸事情を総合考慮し,主文のとおりの刑を量定した次第である。 (検察官折原崇文,国選弁護人清水毅各出席)(求刑懲役12年)平成17年12月14日甲府地方裁判所刑事部裁判長裁判官川島利夫裁判官矢野直邦裁判官肥田薫
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