主文 被告人は無罪。 理由 第1 本件公訴事実本件公訴事実は,「被告人は,平成16年6月11日午前10時10分ころから同日午前11時ころまでの間,前後3回にわたり,東京都世田谷区・・・・所在の被告人方から長野県南佐久郡・・・・所在のA方に電話をかけ,同人及びBに対し,「C君を早く熱海に連れてきなさい。C君を学校から連れ出せばいい。今日しかない。学校には親戚の一大事だからとか言えば出してくれる。とにかく早く移動させた方がいい。」などと申し向け,A及びBをしてC(当時8年)を誘拐する決意をさせ,よって,A及びBが,同日午後零時10分ころ,・・・・所在のD小学校において,Cが未成年者であり,その母親が承諾していないことを知りながら,同児の担任である同校講師E及び同校教頭Fに対し,「親戚の一大事なのでCを早帰りさせたいんですが。」,「Cの血のつながっている伯父さんが危篤なので,すぐに連れて行きたい。Cに会いたがっている。一刻を争う。」などと虚偽の事実を申し向けて同児の引渡しを求め,同人らをしてその旨誤信させて同児の引渡しを受け,同所から同児を普通乗用自動車に乗せて連れ去ってA及びBの支配下に置き,もって未成年者である同児の誘拐を教唆したものである。」というものである。 第2 本件の争点検察官は,A及びその妻Bが,平成16年6月11日午後零時10分ころ,Aの亡弟Gとその妻Hとの間の子であるCが通学するD小学校において,Cが未成年者であり,Hの許諾がないことを知りながら,Cの担任らに対し,虚構の事実を申し向けて同児の引渡しを求め,担任らをしてその旨誤信させ,同児の通う学校から連れ出した未成年者誘拐の事案(以下「本件誘拐」という。)に関し,被告人が,同日午前10時10分ころ に対し,虚構の事実を申し向けて同児の引渡しを求め,担任らをしてその旨誤信させ,同児の通う学校から連れ出した未成年者誘拐の事案(以下「本件誘拐」という。)に関し,被告人が,同日午前10時10分ころから同日午前11時ころまでの間,B及びAと電話で3回にわたり会話をし,同人らに対し,「C君を早く熱海に連れてきなさい。C君を学校から連れ出せばいい。今日しかない。学校には親戚の一大事だからとか言えば出してくれる。 とにかく早く移動させた方がいい。」などと申し向けることによって,Bらをして本件誘拐を決意をさせる教唆行為をしたもので,また,Bらの本件誘拐の決意を継続させ補強するという意味で幇助行為に当たると主張する。 これに対し,弁護人は,被告人がBらに対し誘拐を教唆したり,違法行為を犯してまで,Cを連れてこいなどと言ったり指示したことはないと主張し,被告人も当公判廷において,Bらに対し電話をかけたこともCの誘拐を指示したこともなく,Bからかかった電話で,Bらが・・・に来ると言うので,「熱海に来たら。」と言い,どうやってCを早退させられるか尋ねられたので,「親戚に大事があると言ってみたら。」などと言っただけであると供述している。 本件においては,B及びAがCを学校から連れ出して誘拐した事実及び被告人から電話をかけたことがない事実は証拠上明白であり,① Bらが被告人にかけた平成16年6月11日午前中の3回の電話(以下「本件通話」という。)で,被告人がBらに対してどのような助言ないし指示をしたか,② 被告人の助言ないし指示が未成年者誘拐罪の教唆行為又は幇助行為に当たるかが争点となる。 そして,上記各争点について検察官の主張を裏付ける直接証拠は,本件通話で,被告人から公訴事実記載の指示を直接受けたとするBの捜査段階及び本件第1回公判期日における供述並びにAの たるかが争点となる。 そして,上記各争点について検察官の主張を裏付ける直接証拠は,本件通話で,被告人から公訴事実記載の指示を直接受けたとするBの捜査段階及び本件第1回公判期日における供述並びにAの捜査段階での供述であり,その信用性について検討を要することになる。 第3 当裁判所の結論 1 本件で特徴的なことは,被告人の犯行動機について,明瞭でないことである。 検察官は,冒頭陳述において被告人の犯行動機について必ずしも明示した主張をせず,被告人が主催する先祖供養,因縁解決などを目的とする人生講座(以下「法座」という。)において,参加者から問題解決などの御礼として現金等が交付されていたこと,被告人がAの亡弟Gの労災保険の請求やCの養子縁組に関して,Aらの相談に乗り,助言していたことなどを指摘するに止まり,論告においても動機について明示した主張をせず,被告人の犯行動機はCを法座に参加させることであり,その後CとAらとの養子縁組を進め,Cの神奈川県大和市・・・への転校,転居を進めることであると釈明している。 しかしながら,教唆とは,犯罪実行の意思のない者に対して,特定の犯罪の実行を決意させることをいうが,この意義及び教唆犯には正犯の刑を科する(刑法61条1項)ことに鑑みれば,教唆犯の成否の認定に際し,正犯と同程度の利害関係又は犯行動機を有するか否か等の解明が求められるというべきである。検察官が主張する被告人の犯行動機は,被告人がBらに対し,あえて違法行為に及んでまでCを連れ出すことを教唆又は幇助する動機としては十分とはいい難い。 2 本件において,被告人の指示があった旨の供述をする者は,B以外にも多数あるが,詳細に検討すると,それらは全てBから聞いたとする伝聞供述であり,結局Bの供述の信用性にかかっている。 そして,本件通話はいずれもBらが 人の指示があった旨の供述をする者は,B以外にも多数あるが,詳細に検討すると,それらは全てBから聞いたとする伝聞供述であり,結局Bの供述の信用性にかかっている。 そして,本件通話はいずれもBらが被告人に対してかけたものであり,本件誘拐はこの後になされているが,被告人が本件通話で本件誘拐を教唆したとするにはそもそも不自然である上,BはCの荷物を根こそぎ持ち出し,Cの転校や転居の手続を試みるなど積極的に犯行を敢行しているが,検察官主張の訴因では,この点について被告人が指示した文言の指摘がなく,証拠上もこれを認めることができない。本件では,被告人の言葉を聞いたBが,勝手な思い込みから本件誘拐を敢行したと見るのが自然である。 3 このような点を踏まえ,B及びAの上記各供述を検討すると,その信用性には重大な疑義を差し挟む余地があり,その他関係証拠を精査しても,本件通話の際に被告人がBらに述べた内容として確定できるのは,「C君も来れたらいいね。」,「今日なのよね。」,「普通は早退なのよね。だけど,学校がいいって言ったらね。」,「普通は親戚の大事とかいうんじゃない。」などというものにすぎないのであって,その状況等に照らすと,被告人が本件誘拐を教唆又は幇助したと考えるにはなお合理的疑いが残るといわざるを得ず,結局,当裁判所は無罪の結論に達したものである。 以下,詳細に検討する。 第4 当裁判所の判断 1 関係各証拠によれば,以下の各事実が認められる。 ① 被告人(本件当時57歳)は,自らを「天導師」と名乗り,東京都世田谷区内の自宅や神奈川県大和市・・・及び静岡県熱海市内の合計3か所の被告人又は被告人経営の会社の所有する施設などにおいて,両家先祖供養,因縁解決などを説く法座を主催していた。また,後記Iにおいても法座を開いていた。 被告人は,法座におい 県熱海市内の合計3か所の被告人又は被告人経営の会社の所有する施設などにおいて,両家先祖供養,因縁解決などを説く法座を主催していた。また,後記Iにおいても法座を開いていた。 被告人は,法座において,参加者に対し上記の教えを説き,参加者の相談に対して,助言を与えるなどし,参加者からは問題解決の御礼などとして,現金等を受領していた。 本件当時,大和市・・・の施設には「出家」と称する法座の参加者が生活し,熱海の施設には,被告人の母親が生活していた。 ② B(本件当時57歳)は,神奈川県内の・・・で整体師をしていたが,平成13年ころ,被告人と出会い,その教えに感銘を受け,これ以降法座に通うようになった。 Bは,かつて前夫とそば屋を営み,その間に4人の子供をもうけていたが,宗教団体に入信してその信仰に没頭し,その宗教団体からの商品購入のために借入れを繰り返し,約500万円程度の借金を抱えた末,前夫と協議離婚するに至った経験がある。 Bは被告人と知り合った後,被告人に紹介された知人の手助けを得て自己破産手続をとって借金から逃れることができたこともあり,何事も被告人の指示どおりにすれば良いと考えるようになっていた。 ③ A(本件当時56歳)は,長野県南佐久郡・・・・で先々代から続く旅館であるIの経営者であり,前妻との間にJ(本件当時14歳)をもうけている。 Aは,大学卒業後Iで働き,Aの弟のG及び妹のKもIで共に働いていた。 ④ Gは,平成7年に婚姻した妻のHとその間の子であるC(平成8年2月2日生,本件当時D小学校3学年在学中)とともに,Iの敷地内に隣接する離れで生活していた。 ⑤ 平成13年ころ,被告人はIに宿泊し,その後も同館に宿泊したことからA及びKと知り合い,平成15年10月ころから,Aは法座に参加して被告人の話を聞くようになり,同年11月ころ で生活していた。 ⑤ 平成13年ころ,被告人はIに宿泊し,その後も同館に宿泊したことからA及びKと知り合い,平成15年10月ころから,Aは法座に参加して被告人の話を聞くようになり,同年11月ころ,Iの一室を法座を開く場所として,被告人に提供するようになった。 他方,Gは,法座に参加することを嫌い,Cが法座に参加してお経を唱えることにも反対していたが,Cは,Hの許可を取ったKに連れられて被告人の主催する法座や静岡県三島市で開催された子供たちも加わった集まりに参加したことが幾度かあり,Hも一緒に餅つきなどに参加したことがあった。 ⑥ 平成15年12月,AとBは,被告人の勧めで婚姻し,Bは同月15日ころからIでAと生活を共にして働くようになったが,同人らは,法座に参加した際,被告人に対し,家庭内の問題やIの経営について,しばしば相談をしていた。 ⑦ 平成16年3月21日,Gは仕事中に脳内出血で倒れ,同月30日,上部消化管出血を原因とする出血性ショックにより死亡したが,Bらは,Gが入院中も法座に通い,Hを大和市・・・の法座に同伴し,被告人に対し御礼として10万円を支払わせたこともあった。(以下「平成16年」の記載を省略する。)⑧ 同月29日,AはBと相談の上,小諸労働基準監督署に電話をかけ,担当者に対し,Gが勤務時間中に倒れたとして労災保険の請求について相談をし,4月7日,担当者がIを訪れて事情聴取をし,Aらに対し,労災保険の適用を受けるのは難しい旨を伝えた。 4月中旬ころ,Aらは,電話で,被告人の夫であるLに対しGの労災保険の請求について相談して助言を受け,同月19日ころ,Aは小諸労働基準監督署を訪れ,労災保険の請求に必要な書類の交付を受けた。 5月17日,小諸労働基準監督署の担当者がIを再度訪れて事情聴取をし,次回の調査期日を6月14日とし を受け,同月19日ころ,Aは小諸労働基準監督署を訪れ,労災保険の請求に必要な書類の交付を受けた。 5月17日,小諸労働基準監督署の担当者がIを再度訪れて事情聴取をし,次回の調査期日を6月14日とした。 ⑨ 4月ころ,Kは,中学生である二女Mを大和市・・・の施設に転居させ,Mを・・・の中学校から転校させたところ,登校拒否状態であったMは元気に学校に通うようになった。 ⑩ Gの死亡後,Bは,Cが食べ物をしばしば吐き出すことから,Cが過食症ではないかと考え,Mと同様に大和市・・・に転校させたいと考えるようになった。また,Bは,HがCを残してフィリピンに帰ってしまうのではないかと考え,Aと相談の上,Cと養子縁組をすることを考えるようになり,法座に参加した際,被告人にも相談をした。Aらは,Hにも養子縁組の話を持ちかけたが,Hはこれに消極的であった。 ⑪ 6月10日午前中,AがH宅を訪れ,Hに対し,生命保険会社のアリコに書類を出すとして,Bがあらかじめ書いたメモを手渡し,Gの診断書とHの外国人登録証の写しを用意するように言ったが,Hはこれに応じなかった。HはこのことをKの長女であるNに相談した。 同日晩は,大和市・・・で法座があり,これに参加したBとAが,被告人に対し,Cとの養子縁組の話がうまく進んでいないことを相談した。被告人は,Bらに対し,被告人がHと話をする旨提案したが,Aはこれを断り,その日はIに戻った。 ⑫ 事件当日である6月11日(以下「本件当日」という。)午前8時15分ころ,Aがアリコの保険の書類を持ってH宅を訪れたが,Hから前記書類を受け取ることができず,Iに戻った。同日午前8時45分ころ,Hはパート先の温泉施設に出勤した。 ⑬ 本件通話状況を見ると,いずれも,Iの固定電話から被告人の自宅の固定電話に対し発信されたものであり,1回目の とができず,Iに戻った。同日午前8時45分ころ,Hはパート先の温泉施設に出勤した。 ⑬ 本件通話状況を見ると,いずれも,Iの固定電話から被告人の自宅の固定電話に対し発信されたものであり,1回目の通話は同日午前10時10分ころに発信され,通話時間は14分11秒,2回目の通話は同日午前10時39分ころに発信され,通話時間は2分9秒,3回目の通話は同日11時ころに発信され,通話時間は1分32秒である(このときのBらと被告人との通話内容については,後述する。)。 当時,Iには,B,A及びJのほか,法座の参加者であり被告人の勧めによりIで住み込みで働いていたO及びPがいた。 ⑭ 本件当日午前10時46分ころ,上記2回目の通話と3回目の通話の間に,Bは,Iの固定電話から,大和市・・・の施設にいた義妹のKの携帯電話に電話をかけて,4分54秒間会話をし,「C君を転校させるんだけれど,どうしたらできるのか。」などと転校手続について相談し,Kは,親権者であるHの承諾が必要である旨答えた。 ⑮ 同日午前10時50分ころ,B,J及びPは,留守中のH宅へ赴き,Cの衣類等やGの遺影を洗濯かごや段ボールを用いて根こそぎ持ち出し,これをワンボックスカーに積み込んだ。 ⑯ 同日午前11時15分ころ,B,A及びJは,ワンボックスカーでCの通うD小学校に赴き,当時畑で授業をしていたCの担任に対し,Bにおいて,「親戚の一大事なのでCを早帰りさせたいんですが。」などと虚偽の事実を申し向け,「C,早く車に乗って。」,「先生よろしいですよね。よろしいですよね。」と一方的に話をし,同人らが一旦小学校に戻る途中,ワンボックスカーに同乗したCの担任に対し,「先生,あの,Cを転校させたいんですけど。」,「転校に必要な書類をいただきたいんですが。」などと述べた。 Bは,対応に当たった教 一旦小学校に戻る途中,ワンボックスカーに同乗したCの担任に対し,「先生,あの,Cを転校させたいんですけど。」,「転校に必要な書類をいただきたいんですが。」などと述べた。 Bは,対応に当たった教頭に対しても,「Cの血がつながっている親戚が危篤になっているので,連れて行きたい。」などと一方的に話し,「Cの過食症を治すため,転地療養をさせたい。神奈川県の大和市にCのいとこが行っている学校がある。そこにCを転校させたい。そしていい医者にかからせたい。」などと言い,Cの引越先の住所についても神奈川県大和市内の具体的な地名や番地などを話すなどした。 Bは,教頭からHが午後2時ころ迎えに来るので,それまで待ってほしい旨説得されたが,「もう時間がない。一刻を争う。もう時間がないから行きます。」などと申し向け,同日午後零時10分ころ,Hの承諾がないことを知りながら,Cをワンボックスカーに乗せ,D小学校を立ち去り,B,A及びJの合計4人で,熱海の施設に向かった。 ⑰ Bは,途中・・・役場に立ち寄り,Cの住民票や転出証明書を請求し,Cの転出手続をとろうとしたが,Hの承諾がないことからできなかった。 Bらは,・・・からワンボックスカーで高速道路等を経由し,同日午後5時30分ころ熱海の施設に到着したが,この間Bら,Kと被告人は,複数回連絡を取り合った。 ⑱ 他方,Bらにより,Cが小学校から連れ出され,Cの荷物やGの遺影まで盗み出されたことを知ったHとNは,警察に通報し,自動車で大和市・・・の施設に赴いたが,Cを発見することはできず,・・・に戻った。 ⑲ 本件当日の被告人の行動を見ると,被告人は,同日午後,自宅からQ運転の自動車で静岡県三島市のリフォーム現場に行き,担当者と会い,夕食をとった後,同日午後9時過ぎころ,熱海の施設に立ち寄って10分程度滞在し,A 被告人の行動を見ると,被告人は,同日午後,自宅からQ運転の自動車で静岡県三島市のリフォーム現場に行き,担当者と会い,夕食をとった後,同日午後9時過ぎころ,熱海の施設に立ち寄って10分程度滞在し,Aに対し,「C君をお風呂に入れてあげたら。」と言い,その後,神奈川県・・・にある被告人の別荘に移動し,夫Lと同所に宿泊した。 6月12日は,熱海の施設で法座が開かれる予定であり,翌13日には大和市・・・で法座が開かれる予定であった。 ⑳ 6月12日午前8時過ぎころ,被告人は,BとAを・・・の別荘に朝食に誘い,同日午前8時30分ころ,BとAは熱海の施設を出たところを警察官の職務質問を受け,間もなくCは警察に保護された。 以上のとおり認められる。 2 被告人の犯行動機について(1) 被告人の犯行動機について,検察官は冒頭陳述において必ずしも明示せず,被告人主催の先祖供養,因縁解決などを目的とする法座において,被告人が参加者から問題解決などの御礼として現金等を受領していたこと,Gの労災保険の請求やCの養子縁組に関して,Aらの相談に乗り,助言していたことなどを指摘するに止まっている。 (2) 検察官指摘にかかるGについての労災保険の請求について検討すると,検察官は,冒頭陳述において,「被告人が,GがIで倒れたことを聞くと,労災保険を請求するため,旅館の荷物を運搬中に頭を打ち付けて傷害を負ったなどという虚偽の理由で労災保険を請求したらどうかというアドバイスをBらにしていた。」と主張する。 そして,Bは,検察官に対する供述調書において,「被告人が,「それなら労災保険の請求ができるんじゃない。旅館で重い物を運んでいて頭を打ち付けた。それまでは病院に行ったことはなかったと言えば出るんじゃないの。」などとおっしゃいました。」と供述し,Kの検察官に対する供 労災保険の請求ができるんじゃない。旅館で重い物を運んでいて頭を打ち付けた。それまでは病院に行ったことはなかったと言えば出るんじゃないの。」などとおっしゃいました。」と供述し,Kの検察官に対する供述調書にも,「直接先生から説明を受けていませんが」としながら,同様の供述記載がある。 また,Bが記載したノートには,3月25日のところに,Gについての話合いのことが記載され,「証明書,約束をしてたという書類を作っておく,保険は霊界ごとをしてるからもどってくること,旅館業で重いものをもっていて壁にぶつかったとかで労災かける」との記載がある。Bに対する尋問中,検察官は,このノートは,Bが法座での被告人の話を記載したものとしているが,ノート全体の記載内容を詳細に検討すると,抽象論が多い上,「Gさん今日倒れました。左脳出血くもまっか出血(一部)右半身不随,言語障害目もまだあいてない。意識は少しあるが意味が解ってない状態」という記述のように,被告人の話とは関係がないと認められる私的な記載も混在しているのであり,上記ノートがBが法座での被告人の話を忠実に記載したものと考えることはできない。 さらに被告人の夫である証人Lの当公判廷における供述を見ると,同人は,東京大学法学部を卒業し,かつて年商約100億円の会社の経営をしていた者であり,従業員の労災保険の請求について十分な知識を有するものであることが認められるところ,同証人は,「Gさんがくも膜下出血で3月末に亡くなられた後,いつだったかちょっと分からないんですが,家内からこういうケースで労災保険というのは出ることがあるかという質問を受けたんですね。それで,病気ですから出るケースもあれば出ないケースもあると,ただ職場で倒れたわけですから可能性はないとは言えないということで,これはちょっといろいろ難しい問 ことがあるかという質問を受けたんですね。それで,病気ですから出るケースもあれば出ないケースもあると,ただ職場で倒れたわけですから可能性はないとは言えないということで,これはちょっといろいろ難しい問題があるから,詳しく更に調べたりしないとちょっと何とも言えないという話をした。家内は自分は労災そのもの自体に詳しくないから,A,B夫婦にいろいろ教えてあげてくれということで私が受けた。」と供述しているのであって(Lの捜査段階の供述も同旨。),被告人が,警察官に対し,(Gの死後)Bさんから電話で「Gさんの保険金をもらいたいけどどうしたらいいか。」と聞かれ,「無理だと思うけど労災保険かけてあったんなら,保険会社に聞いてみてもいいんじゃないの。私もよくわかんないから,主人に相談して。」と言った旨の供述は,これと符合しており,信用できる。 これらの供述やAの当公判廷における供述と対比しても,Bの供述する被告人の助言内容はあまりにも不自然,不合理であり,到底信用できるものでない。 また,Kの検察官に対する供述調書における供述は,Bからの伝聞にすぎず,Kは,当公判廷においてはこれを明確に否定しており(第5回公判),同人の検察官に対する供述は採用できない。 (3) この点について,捜査段階の供述状況を立証趣旨として取り調べたAの検察官に対する供述調書には,「L先生からは,Cの養子縁組と共にGの労災保険の請求をするようにという話をいただいていました。そして,その請求にあたっては,Gが旅館の中で重い荷物を運んでいて,頭を打って倒れたなどという理由を作って請求した方がいいというアドバイスを受けていたので,そのとおり進めていました。また,L先生からは「養子縁組はGの四十九日前にしておいた方がいい,労災申請前にしておいた方がいい。」などと言われていました。」という供述 というアドバイスを受けていたので,そのとおり進めていました。また,L先生からは「養子縁組はGの四十九日前にしておいた方がいい,労災申請前にしておいた方がいい。」などと言われていました。」という供述記載がある。 しかしながら,AがBと相談して,小諸労働基準監督署に電話をかけ,Gの労災保険の請求について相談したのは,Gの死亡前である3月29日であり,上記検察官に対する供述はAの行動と符合していない。そして,Aは,当公判廷において,「捜査の段階で,当初私たち2人でやっていたということで捜査が進んでましたけど。途中から,どうしてもL先生とつなげてくるような捜査の方法になりました。そういうことで,そんな供述調書みたいになったことはあります。」と述べ,捜査官の誘導があったことからそのような供述になった旨を明言している。 (4) したがって,Gについての労災保険の請求が,被告人の犯行動機となっているとは到底認められない。 (5) また,関係証拠によれば,被告人の主催する法座は,参加することも,御礼として金員を交付することも参加者の任意であり,御礼の額も1000円程度でもよいとされている上,Cの養子縁組が解決すること自体は,被告人に直接的な利益はないことが認められる。そして,Bらから被告人に対し,御礼として将来金銭が交付される可能性があるとしても,被告人がこれを強く期待し,Bらに対し金員を要求する言動をとったことは,関係証拠からはうかがわれない。 (6) 以上によれば,検察官が冒頭陳述において指摘する被告人の犯行動機は,認め難い部分が多い上,認定できる部分をもって被告人が違法行為に及んでまでCを連れ出すことを教唆する動機として考えることは困難である。 (7) 検察官は,論告においても動機について明示した主張をせず,被告人の犯行動機はCを法座に参加させ もって被告人が違法行為に及んでまでCを連れ出すことを教唆する動機として考えることは困難である。 (7) 検察官は,論告においても動機について明示した主張をせず,被告人の犯行動機はCを法座に参加させることであり,その後CとAらとの養子縁組を進め,Cの大和市・・・への転校,転居を進めることであると釈明している。 しかし,検察官の主張する被告人の犯行動機が,被告人が違法行為に及んでまでCを連れ出すことを教唆する動機とは考えられないことは,従前述べたとおりである。 (8) 結局,検察官が主張する被告人の犯行動機は,被告人がBらに対し,あえて違法行為に及んでまで本件誘拐を教唆する動機としては十分ではなく,関係証拠を精査しても,被告人には,本件誘拐を教唆する確たる動機があるということはできない。 3 Bの供述について関係証拠(特にB記載のノート等)によれば,Bは精神的な安定を欠き,自らの行動について,その正当性を被告人の言葉に求める傾向が認められる。そして,Bの供述は何度も変遷し,容易に信用することはできない。 (1) まず,本件公訴事実である本件通話内容に関するBの供述状況を見ると,Bは同人の刑事被告事件の判決言渡前である本件第1回公判期日において証人として出廷した際には,捜査段階と同旨の供述をしているところ,同人は検察官に対する供述調書において,以下のように供述している。 6月11日(本件当日)の朝,AからHが必要書類を役場からもらってきておらず,養子縁組に反対していることを聞いた。私(B)は困って被告人に電話をかけて,「先生(被告人),私忘れていてC君の養子縁組の手続をやっていませんでした。HさんはC君の養子縁組に反対しています。」などと話した。被告人は,「ああ大変。C君を早く熱海に連れてきなさい。今日しかないのよね。」などと言った。 金曜日 君の養子縁組の手続をやっていませんでした。HさんはC君の養子縁組に反対しています。」などと話した。被告人は,「ああ大変。C君を早く熱海に連れてきなさい。今日しかないのよね。」などと言った。 金曜日でCは学校に行っているので,どうやって被告人のところに連れて行けばいいのだろうかと困った。被告人からCを熱海に連れてくるようにと言われたことはその場にいたAやO,Pに相談した。 そこで,(2回目の)電話をかけた。私が被告人に対し,「C君は学校です。」などと言ったところ,被告人は,「学校には親戚の一大事だからとか何とか言えば出してくれるんじゃない。とにかく早く移動させた方がいいわよ。住所も移動させなくちゃ。C君の荷物も持ってきて。」などと言った。Cを学校から連れ出すための口実であることは被告人も私たちもよく分かっていたが,Cを連れ出すためにはそのような親戚の一大事だなどという嘘の話でもしなければ,母親のHが迎えに来たわけではないのに小学校の先生がCを引き渡してくれないだろうということは分かっていた。だから,被告人が言うように親戚の一大事だなどと学校の先生に話すことにした。被告人が「C君を移動させるように。」と言ったのは,それまでのいきさつから考えて,Cを・・・に引っ越しさせ,転校させなければいけないと被告人が指示してきたのだと考えた。被告人がCを連れ出すように指示してきたのは,CをHの元においておけば,いつまで経っても養子縁組手続が進まないので,まずはCを被告人のところへ引っ越しさせ,転校させてしまい,その後でHから養子縁組の承諾を貰えば話がスムーズに進むと考えたからではないかと思った。私は被告人に言われた内容をメモした。 その後,私はP及びJと一緒に無断でHの家に入ってCの洋服などや仏壇の上に置いてあったGの写真を持ち出し,ワゴン車に積んだ。 むと考えたからではないかと思った。私は被告人に言われた内容をメモした。 その後,私はP及びJと一緒に無断でHの家に入ってCの洋服などや仏壇の上に置いてあったGの写真を持ち出し,ワゴン車に積んだ。 3回目の電話をかけたとき,被告人に荷物を持ち出したことを報告し,私一人が学校に行ってCを連れ出してくるのかどうか相談した。私は被告人に対し,「Aさんと2人で行った方がいいんですか。」などと尋ねると,被告人は,その日の朝の電話で,Jが家にいることを知っていたので,「Jちゃんも連れて行ったら。」などと言った。 (2) ところが,Bは同人の刑事被告事件の判決言渡後である本件第2回公判期日において,それまでの供述を変遷させ,被告人と電話で会話をし,被告人から「親戚の一大事」という言葉を言われたので,本件誘拐を決意したが,これは自分の勘違いであり,被告人はそんなことを言う人ではないなどと供述している。 Bの上記供述は,被告人から「親戚の一大事」という言葉を言われたことに関して,数分後にはこれは自分が言ったことであるなどと供述を翻すなど不自然極まりない上,検察官の尋問に対して端的に答えられず,尋問の趣旨を誤解したかのごとき返答をしているのに対し,弁護人の被告人に有利な尋問に対してはよどみなく返答するなど,明らかに被告人をかばう供述をしており,その信用性は低い。 (3) そこで,捜査段階及び本件第1回公判期日におけるBの供述の信用性を検討するに,一般に共犯者は,自己の刑事責任を逃れたり,軽減しようと考えて,他者を引き込んだり,あるいは,責任を他者に転嫁するための供述をする危険性があり,その信用性は慎重に吟味されなければならないところ,本件においてもBの上記供述は,同人がAと共に本件誘拐の実行者として捜査機関の取調べを受け,自己の刑事責任を追及されていた状況に する危険性があり,その信用性は慎重に吟味されなければならないところ,本件においてもBの上記供述は,同人がAと共に本件誘拐の実行者として捜査機関の取調べを受け,自己の刑事責任を追及されていた状況においてなされたものであり,この理が当てはまる。 このような観点を加味して,Bの上記供述を検討すると,確かに,被告人を信奉しているBが,あえて被告人に不利な供述をし,その内容も捜査段階から本件第1回公判期日に至るまで大筋で一貫しており,その供述する被告人の指示内容も,J,K,O及びPの検察官に対する各供述調書の供述記載と一致しており,一見すると相互によく符合しているようにも見える。 しかし,Cを連れ出すという被告人の指示は,Jら関係人が被告人から直接に聞いたものではなく,いずれもBからの伝聞にすぎず,直ちにBの供述の裏付けになっているとはいい難い。 Bは,周囲の評価によれば思い込みの激しい突進型の性格であり,被告人の話を取り違え,間違って解釈することが多い上,関係証拠によれば,Bは宗教団体に入信してその信仰に没頭し,商品購入のために借入れを繰り返し,約500万円程度の借金を抱えた末,前夫と協議離婚するに至った経験があり,自己の言動を正当化するために被告人の権威を利用する姿勢が認められ,B自身に対する刑事被告事件の公判廷においても,Cを連れて来るという話からCの命に危ないことがあるのではないかと思い込み,その内容を周囲の人に相談せず全部勝手に判断して,「大変だから連れて来なさい。」ということだけをAらに伝えた旨供述し,思い込みの激しいことを自認する程であることに照らせば,Bは被告人の言葉を自分の思い込みを多分に含ませて被告人からの指示であるかのごとく他者に対し伝えたといえるのである。 本件第1回公判期日までのBの供述は,B自身も自己の刑事責任を追及 ことに照らせば,Bは被告人の言葉を自分の思い込みを多分に含ませて被告人からの指示であるかのごとく他者に対し伝えたといえるのである。 本件第1回公判期日までのBの供述は,B自身も自己の刑事責任を追及されており,被告人の指示を否定する供述をしにくい状況にあったことは否定できず,前述のとおりのBの性格からすれば,捜査官に迎合する供述をした疑いも否定できない。 (4) Bの供述調書は,Cを連れて行く先についての被告人の指示につき,当初「こちらに」となっていたものが,検察官に対する6月30日付け供述調書以降は,「熱海に」と具体的な場所に変遷している。しかし,記憶が比較的明確であるはずの当初の調書よりも後に作成された調書の方が具体的になるのは不自然である。 本件通話は,いずれもBらが被告人に対して電話をかけたものであるが,被告人がCの誘拐を教唆したとするには不自然である上,そもそも,Bが考えたのと同じように被告人がCを転校,転居させることを考えたのであれば,被告人の母親が住む熱海の施設ではなく,Kらが住む大和市・・・の施設に連れて来るように指示しなければならないはずである。被告人がCを熱海に連れてくるようにと言っているのに,それがCを転校,転居させることを考えてした指示と理解するのは,曲解も甚だしく,到底被告人の述べたことを正確に理解したものとはいえない。 そして,Bの客観的な行動を見ると,関係証拠によれば,Bは,本件の時期が6月であったにもかかわらず,冬物を含めたCの荷物を洗濯かごや段ボールを用いてH宅から根こそぎ持ち出し,本件当日午前10時46分ころ,Iの固定電話から,大和市・・・の施設にいたKの携帯電話に電話をかけて,「C君を転校させるんだけれど,どうしたらできるのか。」などと転校手続について相談し,同日午前11時15分ころ,A及びJと共 ,Iの固定電話から,大和市・・・の施設にいたKの携帯電話に電話をかけて,「C君を転校させるんだけれど,どうしたらできるのか。」などと転校手続について相談し,同日午前11時15分ころ,A及びJと共に,ワンボックスカーでCの通うD小学校に赴き,Cの担任に対し,「先生,あの,Cを転校させたいんですけど。」,「転校に必要な書類をいただきたいんですが。」などと申し向け,対応に当たった教頭に対しても,「Cの血がつながっている親戚が危篤になっているので,連れて行きたい。」などと一方的に話し,「Cの過食症を治すため,転地療養をさせたい。神奈川県の大和市にCのいとこが行っている学校がある。そこにCを転校させたい。そしていい医者にかからせたい。」などと言い,Cの引越先の住所についても神奈川県大和市内の具体的な地名や番地などを話すことまでし,その後・・・役場に立ち寄り,Cの住民票や転出証明書を請求し,Cの転出手続をとろうとしたことが認められるところ,被告人とBとの会話の中で,Cを大和市・・・の施設に転居させる話は一切出ていない。被告人の検察官に対する供述調書に「被告人が電話でBに対し,「住所変更とか,学校のこともするの。」などと逆説的に言った。」という部分があるが,このような疑問を投げかけるような言葉から,本件の行動に出ることはあまりにも唐突な行動であり,熱海に来るように言っている被告人の言葉の真意を全く理解しない行動である。 現にAは,2,3日分の荷物を持って行くつもりでいた旨述べており,Aは,Cの転居や転校については事前の準備なしに即日できるものではないことは分かっており,養子縁組が整ってから,徐々に解決して行くつもりであり,小学校において,BがCの担任らに対し,転校の話をしたので驚いた旨,当公判廷において供述しているのである。 Bの上記行動からすれ 分かっており,養子縁組が整ってから,徐々に解決して行くつもりであり,小学校において,BがCの担任らに対し,転校の話をしたので驚いた旨,当公判廷において供述しているのである。 Bの上記行動からすれば,B自身が,被告人の指示にかかわらず,自分の思いからCを大和市・・・に転校,転居させることを企図し,被告人の電話による指示がない事項について,主体的に行動していることが認められるのである。そうすると,被告人の方から,Bに対し,Cを連れて来るように指示したとは考え難い。 (5) 以上のような事情を考慮すると,Bの捜査段階及び本件第1回公判期日における供述は極めて信用性が低いといわざるを得ない。 4 Aの供述について(1) 本件通話内容に関するAの供述状況を見ると,Aは捜査段階において,概要以下のように供述している。 6月11日(本件当日)の朝,私(A)がIに戻り,Hが頼んでおいた書類を用意していなかったことや養子縁組に反対していることをBに伝えた。Bは,被告人に相談するため,電話をかけた。私も電話の内容を近くで聞いていた。Bが先生に,私とHとの話の内容を伝えたところ,「Cを学校から連れ出すのよ。」という話が被告人の方から出たことが分かった。電話を切ったBからも,「先生が「Cを学校から連れ出してきなさい。」と言った。」と聞いた。私は学校からCを連れ出してくるなんて普通の話ではないと思い,被告人に詳しい事情を聞こうと思い,被告人に電話をかけたところ,被告人は「Cを学校から連れ出せばいいんですよ。」と言った。Bが電話を替わり,被告人に言われた内容をメモしていた。その内容は,「親戚の一大事だとか会わせたい人がいるなどという口実で学校から連れ出してくる。転校の手続もしてくる。Cの荷物をまとめて持ってくる。役場に寄って住所移動の手続をしてくる。」という いた。その内容は,「親戚の一大事だとか会わせたい人がいるなどという口実で学校から連れ出してくる。転校の手続もしてくる。Cの荷物をまとめて持ってくる。役場に寄って住所移動の手続をしてくる。」というものであった。被告人が言うように,学校にいるCを親戚の一大事だとか会わせたい人がいるという嘘をついてでも連れ出し,転校の手続もし,先生がいる熱海に連れて行かなければならないと考えた。Hの承諾を得られないことは分かっていた。だから被告人は嘘をついてまでCを学校から連れ出してくるように言ったのだと考えた。私たちは被告人を信じていたので,母親に無断で,学校から嘘をついて連れ出すことは常識的にいけないことと分かっていたが,被告人の言うことには何か深い意味があるのだろうと考え,Cを学校から連れ出すことにした。 (2) Aは本件第3回公判期日において,供述を変遷させ,以下のとおり供述する。 6月11日(本件当日)10時過ぎに,Bが被告人に電話をかけた。Jの学校が休みであることやお客さんがIの宿泊をキャンセルしたことなどをまず話した。Bの言葉から,Cを連れてきたらというような話が出たのが分かった。被告人の言葉は強制的なものではなく,「・・・したらいいわね。」という感じのものだ。電話を切ったBから,Cを連れてきたらということを聞いた。取調べ段階では,Bから,Cを学校から連れ出してきなさいと聞いたと話したが,調書の言葉は厳密に選んだということはなく,正確ではない気がする。言葉のニュアンスがすごく違うと思う。 2回目の電話はBがかけた。Bから電話を替わり,被告人に「Cを連れて行った方がいいですか。」というようなことを聞いた。被告人は,来れたら来た方がいいですねという答えであり,今考えると,強制的な言い方ではなかった。捜査の途中から被告人と事件を関連させるような取調べ 行った方がいいですか。」というようなことを聞いた。被告人は,来れたら来た方がいいですねという答えであり,今考えると,強制的な言い方ではなかった。捜査の途中から被告人と事件を関連させるような取調べになったと思う。私が逮捕されてから6月25日まで,被告人と話をしたことを話さなかった。被告人は関係ないと思っていた。被告人が学校と言ったかどうかは,今ははっきりと覚えていない。 私の後でBが電話に出たが,何を話していたか覚えていない。転校の手続ということは出なかったがCの荷物のことはBから聞いた。「親戚の一大事」という言葉や,会わせたい人がいるという話が出たかはよく覚えていない。検察官の前ではそのような話をしていたかもしれない。 というのである。 (3) A自身の刑事責任を問われた公判において,Aがした供述は,捜査段階の供述について虚偽供述をしたとは述べておらず,これを是認しているように見える。しかしながら,その供述を詳細に検討すると,本件第3回公判期日における供述と明確に矛盾する供述をしたとまでいうのは困難である。例えば,検察官から,「被告人に,引っ越しとか転校とか荷物を持ってくるとか,そういうことも言われたんですか。」と問われたのに対し,「私が直接聞いたのは,学校から連れ出すということは電話で聞きました。後の行動については,Bが聞いています。」と明言し,「転校手続はできないことが分かっていた。13日中にCを連れて帰すつもりであった。Aの検察官に対する供述調書に「Cのことは少なくとも土日の間は私達が連れて回り」とあるのは,その意味である。」と述べているのである。そして,Aは,本件第3回公判期日において,「Cの荷物は1泊くらいだから下着を一式くらいでいいなという私の認識だったんですね。それが,私が熱海に着いて開けてみたら,びっくりしたというよう のである。そして,Aは,本件第3回公判期日において,「Cの荷物は1泊くらいだから下着を一式くらいでいいなという私の認識だったんですね。それが,私が熱海に着いて開けてみたら,びっくりしたというような荷物だったんです。」と述べ,BがCの着替え等を根こそぎ持って来たことに驚愕した旨を供述しているが,この供述は自然であり,十分信用できるのである。 (4) Aの捜査段階における供述の信用性を検討するに,この供述も同人がBと共に本件誘拐の実行者として捜査機関の取調べを受け,自己の刑事責任を追及されていた状況においてなされたものであり,前述のとおり,その信用性については慎重な吟味が必要である。 そもそも,捜査段階の供述状況を立証趣旨として取り調べたAの検察官に対する供述調書には,Gについての労災保険の請求に関し,Bの検察官に対する供述調書と同様の記載があるが,ここで記載されている被告人の助言内容はあまりにも不自然,不合理であり,到底信用できないことは前述のとおりである。 そして,Aの捜査段階での供述のうち,被告人の犯行動機に関わる部分に前述のとおりの不自然,不合理な供述が含まれていること自体,被告人の犯行を肯定する旨のAの捜査段階での供述の信用性についても重大な影響を及ぼすと考えざるを得ない。 また,被告人の教えに忠実に従っていたAが,あえて被告人に不利益な供述をし,その内容はBの捜査段階及び本件第1回公判期日における供述とも一致しているが,前述のとおり,Bの捜査段階及び本件第1回公判期日における供述の信用性は極めて低いところ,そのBの供述と表現方法においても一致していること自体が,かえってAの上記供述の信用性に重大な疑問を生じさせるものである。Aが当公判廷において供述したように,捜査の方針が本件誘拐と被告人とを結びつける方向に転換して行き,取調官 も一致していること自体が,かえってAの上記供述の信用性に重大な疑問を生じさせるものである。Aが当公判廷において供述したように,捜査の方針が本件誘拐と被告人とを結びつける方向に転換して行き,取調官による誘導がなされた疑いが払拭できない。 このことに照らせば,Aの検察官に対する供述調書中にある「・・・連れ出せばいいんですよ。」という被告人の言葉は,Aが当公判廷において供述したように正確なものではなく,語感が異なる可能性も否定できないのであり,本件通話において,Aが捜査段階で供述するように,被告人の発言が,「C君を学校から連れ出せばいいんですよ。」といった,本件誘拐を教唆するような内容,語感であったかは疑問が残る。 これに対し,Aの当公判廷における供述は,被告人の具体的言葉や語調について触れておらず,捜査段階よりも被告人に有利な内容であるが,Aの当公判廷における供述やその供述態度には特段不自然な点はなく,Aは,被告人との関係について,お世話になったが,今後の付き合いをしない考えである旨述べており,ことさらに事実を曲げて被告人に有利な供述をしているとまではいい難い。 以上のような事情を考慮すると,Aの捜査段階における供述は信用性が極めて低いといわざるを得ない。 5 被告人の言い分について被告人は,当公判廷において,捜査段階の被告人の供述調書は,被告人が述べることを書いてもらえず,捜査官のストーリーに合わせる形で作成され,被告人の思ってもいないことも事実を認めますみたいに書かれた旨供述している。しかしながら,捜査段階の被告人の供述が捜査官の組み立てた筋書に沿うものであったとしても,現実にあった事実として認めた事柄自体は,被告人の認めるところであったものとうかがわれるのである。 (1) 被告人は,当公判廷において,本件通話内容について,概略 てた筋書に沿うものであったとしても,現実にあった事実として認めた事柄自体は,被告人の認めるところであったものとうかがわれるのである。 (1) 被告人は,当公判廷において,本件通話内容について,概略以下のように供述している。 1回目の電話はAからで,「Hさんのところ(かどこか)行ってきます。」と言った。私は「ああそうですか,お気を付けて。」と言った。(週末の土日の熱海での法座に)Bが行ける,Aも行けると言うので,良かったねということを言った。Jも今日学校行かなくていいから行けるという話を聞いた。Oと電話を替わり話をした。1回目の電話でCのことが話題に上がったことは全くない。 2回目の電話はBからで,Jが法座に行けるということを聞いた。私は,Bに対し,「みんなで来れたらいいですね。」と言った。Bが「あの子も行けたらいいのよ,連れて行きたいのよ,どうしよう。」と言うので,私が「どうしようって誰のこと,C君。」と言ったら,Bは「そうなの。」と答えた。Bは,私に対し,「今日学校行ってるけど,どうやって連れて行こうかしら。」と聞いた。私は「それはあなたが考えてよ。」と言った。Bは,私に対し,「どうしようどうしよう。連れて行きたいんだけどどうしよう。」と言うので,私は「だったら早引きかしらね。」と言った。Bは,私に対し,「学校に何と言おう,何と言おう。」と言うので,私は「自分で考えたら。」と言い(第4回公判),「じゃ,親戚に大事があってと言ってみたら。それで帰れるかもしれないし。学校がいいって言ったらね。」と言った。(同)Hのことについては話題に上がらなかった。私は,Cの着替え,おもちゃを持ってきたらという話はした。 Bからは,学校での状況等について何の報告もなく,住所移動のことも転校のことも全く知らない。 (2) また,被告人は,捜査段階において,概 た。私は,Cの着替え,おもちゃを持ってきたらという話はした。 Bからは,学校での状況等について何の報告もなく,住所移動のことも転校のことも全く知らない。 (2) また,被告人は,捜査段階において,概略以下のように供述している。 6月11日(本件当日),大きく分けて3回位電話があったと思う。1回目はBからで,週末の土日に開かれる熱海での法座にJも来ることができるという話であった。 次にAから電話があった。Aは私に対し,「今から裁判所に行って来ます。」と話したので,私は「そう,気を付けてね。C君,来れたらいいですね。」などと言った。その後Bが電話を替わった。BからJが学校が休みなので熱海に一緒に連れて行くと聞き,Bに対し,「C君も来れればいいのにね。」と言った。Bは「本当にそうね。」と言った。Bが私に対し,「Cは学校なんですけど,どうやって連れて行けばいいかしら。」と聞いてきたので,私はBに対し,「普通は早退なのよね。だけど,学校に聞いていいって言ったらね。」と言った。さらにBが,「学校へ行ってどうやって言えばいいかしら。」と聞いてきた。私はBはどうやって連れ出してきたらいいかその答えを私に聞いてきていると思い,「普通は親戚の大事とか言うんじゃない。」などと言った。そのように言えば小学校の先生方もCを早退させることを許可するだろうと思っていた。私は,BがCを熱海に連れてきて泊まると思ったので,Bに対し,「C君の着替えやおもちゃを持ってきたら。」と言った。その日Cの親戚に病気の人はいないし危篤の人もおらず,親戚が集まって会食する予定もない。Bは,この日急に私からCを熱海に連れて来るといいと言われたり,そのために親戚の大事だなどという嘘の理由を話して早退させることなどを言われ,そのとおり実行しなければ,Cやその周りの人たちの命に関わるような大変な 急に私からCを熱海に連れて来るといいと言われたり,そのために親戚の大事だなどという嘘の理由を話して早退させることなどを言われ,そのとおり実行しなければ,Cやその周りの人たちの命に関わるような大変なことが起こるかもしれないと思っていたとしてもおかしくないと思う。 というのである。 (3) 被告人の供述は,本件通話で,被告人がBらと電話で会話をし,被告人がBないしAに対し,「C君も来れたらいいね。」,「普通は早退なのよね。だけど,学校がいいって言ったらね。」,「普通は親戚の大事とかいうんじゃない。」などと話したとする核心部分については,概ね一貫しており,Cの転校,転居のことが話題に上がらなかったことも関係証拠と矛盾しない。 そして,被告人の上記供述内容について見ると,本件通話は,いずれもBらが被告人に対して電話をかけたものであるという経緯等に照らせば,被告人が,AとBがJと共に土日の法座に参加できると聞き,「C君,来れるといいですね。」と答えたこと,どうしたらいいか尋ねてくるBに対し,被告人が,「普通は早退なのよね。」,「普通は親戚の大事とかいうんじゃない。」などと答えることも普通にあり得る会話であり,被告人の供述するBらとの会話の流れは,自然かつ合理的であり,明確な不自然さや内容の矛盾は認められない。 確かに,被告人の供述は,その通話回数,通話相手,通話内容については,しばしば合理的な理由を述べることなく変遷し,ことに当公判廷においては場当たり的な供述に終始していると思われる点もあるが,そもそもこのような通話内容を詳細に供述することは一般人において困難な事柄であり,供述の変遷をとがめるのは相当でない。また,被告人は捜査段階において,3回目の電話は,Bが学校からかけているような雰囲気であり,被告人は,Bに対し,「連れて来たいなら連れて来れば 困難な事柄であり,供述の変遷をとがめるのは相当でない。また,被告人は捜査段階において,3回目の電話は,Bが学校からかけているような雰囲気であり,被告人は,Bに対し,「連れて来たいなら連れて来ればいいじゃない。」と言った旨供述しているが,これに対応するBの供述はなく,このような通話がなされていたとする通話履歴もないのであり,これらの点に照らせば,このような会話がなされたと認めるのは困難である。 以上のように,被告人の供述の全部をそのまま信用することはできないものの,被告人の言い分が虚偽であると断定することもできない。 (4) さらに,本件当日の被告人の行動を見ると,被告人は本件通話後,前述のとおり,午後から自動車で静岡県三島市のリフォーム現場に行き,同日午後9時過ぎころ,熱海の施設に立ち寄って10分程度滞在し,Aに対し,「C君をお風呂に入れてあげたら。」などと言うなどした後,神奈川県・・・・にある被告人の別荘に移動し,夫Lと同所に宿泊している。 関係証拠によれば,同日午後,被告人,B及びKは多数回にわたり,携帯電話等で互いに連絡を取り合い,同日午後3時27分ころ,被告人の携帯電話からKの携帯電話に対し発信があり,25秒間の通話がされていることが認められるところ,Kは当公判廷において,同人が,この通話で,被告人に対し,HとNがCを捜していると伝えた旨供述し,Pの司法警察員に対する供述調書によれば,同日午後5時31分ころ,PがIの固定電話から被告人の携帯電話に電話をかけて,Iに警察官が来た旨伝えたところ,被告人は既にそのことを知っている様子であったことが認められることに照らせば,被告人が当公判廷において供述するよりも相当早い段階で,Bらの行動が警察沙汰になっていることを被告人が認識していた可能性を否定できない。しかし,被告人が熱海の施設に滞在 とが認められることに照らせば,被告人が当公判廷において供述するよりも相当早い段階で,Bらの行動が警察沙汰になっていることを被告人が認識していた可能性を否定できない。しかし,被告人が熱海の施設に滞在した時間は10分間程度であり,被告人が,BにおいてCの荷物をH宅から根こそぎ持ち出し,ワンボックスカーに積んできたことについても報告を受けた形跡がなく,伯父であるAやBらが,一時的にCを連れて来たにすぎないと考えていたとうかがわれることに照らせば,被告人が,本件当日の時点で,Bらの行動が未成年者誘拐という犯罪行為に当たることを認識したとは認められない。 また,Gは,被告人の主催する法座に参加することを嫌い,Gの死後,Cの親権者であるHが,CとAらとの養子縁組に反対しており,被告人が,Bらから相談を受ける中で,これら事情を認識していたことが認められ,被告人の検察官に対する8月4日付け供述調書にも,「今回,AさんとBさんがC君を小学校から連れだして熱海のRに連れてきていますが,そのことをHさんが承諾するわけがありませんでした。」との記載もある。しかし,この記載は,被告人が検察官の取調べの中で本件誘拐を回顧して供述したものにすぎず,CがA及びBの甥であり,以前にもKらが,法座にCを伴って参加したことがあることに照らせば,上記事実をもって,BらがCをHの意思に反して熱海に連れて来たものであると被告人が認識していたと推認することはできない。 そして,捜査段階の被告人の供述調書には,本件通話の際,BらにおいてCを熱海に連れて行くことについて,Hが明確に反対していることを被告人が認識していたと認めた供述はなく,捜査官から,これを問われた旨の記載もない。 検察官は,この認識の点について論告において,「このとき,母親のHの承諾が無く,また,承諾するはずがないこと ことを被告人が認識していたと認めた供述はなく,捜査官から,これを問われた旨の記載もない。 検察官は,この認識の点について論告において,「このとき,母親のHの承諾が無く,また,承諾するはずがないことも,被告人は十分認識していたはずである。」と主張する。 しかしながら,従前Cが被告人の主催する会合に参加していたことなどの経緯に照らすと,Aらが,甥のCを被告人の主催する会合に連れてくることが未成年者誘拐という犯罪行為に当たるものと被告人が認識していたと断ずることは困難であり,「Hさんのことは何も話出てません。だから,来れたということは,私としたらHさんがオーケーしたから連れてきてるとしか思わないですよ。」との被告人の当公判廷における供述を虚偽供述ということもできない。 (5) 以上のように,被告人が捜査段階でしたBとの会話内容は,不自然さがなく,合理的であって,これを虚偽供述と断ずることはできない。 6 小括以上検討したように,本件では,被告人には本件誘拐を教唆する確たる動機が見受けられない上,直接証拠であるBの捜査段階及び本件第1回公判期日における供述並びにAの捜査段階における供述はいずれも信用性が低く,本件はBが勝手な思い込みから本件誘拐を敢行したものとうかがわれるのであって,被告人の供述が虚偽であるとしてこれを排斥することはできないのであり,本件通話の際,検察官が訴因として主張するような指示が被告人からBらに対しなされたと認めることにも,被告人において,未成年者誘拐という犯罪行為を認識していたと認めることにも,なお合理的な疑いが残るといわざるを得ない。 7 幇助犯の成否について(本件は,教唆犯の訴因を前提とする裁判所の訴訟指揮の下で弁護人が多くの書証に同意し,証拠調べを終了した後の論告において,検察官が唐突に幇助の主張をしたもの ざるを得ない。 7 幇助犯の成否について(本件は,教唆犯の訴因を前提とする裁判所の訴訟指揮の下で弁護人が多くの書証に同意し,証拠調べを終了した後の論告において,検察官が唐突に幇助の主張をしたものである。)検察官は,被告人がBらに対し,本件通話で公訴事実記載の文言を申し向けたことが,Bらの本件誘拐の決意を継続させ補強するという意味で幇助行為に当たると主張するが,被告人の述べた内容について認定できるのは,前述のとおりであって,被告人の述べた内容が幇助行為に該当すると認めることにも,未成年者誘拐という犯罪行為を認識していたと認めることにも,なお合理的な疑いが残るといわざるを得ない。 第5 結論以上の次第で,本件は犯罪事実の証明が無いから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言い渡しをする。 よって,主文のとおり判決する。 平成17年3月16日長野地方裁判所刑事部裁判長裁判官青木正良裁判官桂木正樹裁判官吉川健治
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