平成16(う)347 出入国管理及び難民認定法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
平成16年6月24日 東京高等裁判所 棄却 東京地方裁判所
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判決文本文14,002 文字)

主文 本件控訴を棄却する。 理由 本件控訴の趣意は,弁護人久保木亮介作成の控訴趣意書,同(補充書)及び同(第2補充書)に記載されたとおりであり(弁護人は,逮捕手続の違法に関する主張は,手続法上の主張をするものではなく,故意の存否等に関する事実誤認を主張するものである,と釈明した。),これに対する答弁は,検察官清水徹作成の答弁書に記載されたとおりであるから,これらを引用する。 第1 訴訟手続の法令違反の主張について論旨は,要するに,原判決が証拠として採用した被告人の捜査段階の供述調書のうち乙第1ないし第5号証は,いずれも正しく通訳されておらず,任意性を欠くものであるから,これらの証拠に基づいて犯罪事実を認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである(所論の趣旨はやや不明瞭であるが,通訳の正確性が,任意性の問題に準じて自白調書の証拠能力の要件になるということを前提とする主張と解される。)。 そこで検討すると,弁護人の指摘する乙第1号証(平成14年5月27日付け検察官事務取扱検察事務官作成の供述調書)は,被告人の氏名と生年月日を特定する意味で,その点だけの供述を録取した調書であり,乙第2号証(同月8日付け警察官調書)は,被告人の身上関係について録取された調書であり,乙第3号証(同月18日付け警察官調書)は,被告人が本邦に入国して平成8年8月7日に在留期間更新の許可申請をするに至った経緯,その不許可決定通知を受け取っていないこと,現在の住居や職業についての供述を録取したものであって,これらの内容については,被告人の原審公判供述と格別異なるところもなく,被告人の供述を正確に録取したものと認められるものであって,通訳の正確性を疑わせるような事情は全く窺われない( したものであって,これらの内容については,被告人の原審公判供述と格別異なるところもなく,被告人の供述を正確に録取したものと認められるものであって,通訳の正確性を疑わせるような事情は全く窺われない(なお,乙第1及び第2号証は,原判決には証拠として掲げられていない。)。次に,乙第4号証(平成14年5月8日付け警察官による弁解録取書)は,2枚のみの弁解録取書であって,「不法残留していたことに間違いないが,在留期間の延長申請を入管当局が許可してくれないのだ」という趣旨の簡単な内容であり,乙第5号証(同月9日付け検察官事務取扱検察事務官作成の供述調書)は,被告人が本邦に入国した経緯やXとの関係,在留期間更新の許可申請やその後の状況等についての供述と,在留期間が経過しても出国しないと日本の法律に触れることは知っていた旨及び約5年9か月間にわたり不法に残留していた旨の供述が録取されているところ,不法残留をしていたことを認める趣旨の部分を除けば,被告人の原審公判供述と特段に異なるところもなく,通訳の正確性を疑わせるような事情は窺われない。また,不法残留を認める部分についても,原審で問題になっているような,不許可決定が発出されていることを知っていたかどうかといった具体的な事実を認めている趣旨とは解されず,被告人の原審公判供述をも参酌すると,在留期限を超えてかつ更新許可なく在留していたことを認めるという趣旨(英語で言えば,字義通りに「オーバーステイ」を認める趣旨)であると解されるのであって,この部分についても,通訳の正確性について,供述調書の証拠能力に影響するほどの問題があるとは,到底いえない。 原判決には,所論のような訴訟手続の違反があるとはいえず,論旨は理由がない。 第2 事実誤認の主張について論旨は,要するに,原判決は,罪となるべき事実として,「 の問題があるとは,到底いえない。 原判決には,所論のような訴訟手続の違反があるとはいえず,論旨は理由がない。 第2 事実誤認の主張について論旨は,要するに,原判決は,罪となるべき事実として,「被告人は,パキスタン・イスラム共和国の国籍を有する外国人であるところ,平成2年(1990年)5月26日,同国政府発行の旅券を所持し,千葉県成田市所在の新東京国際空港に上陸して本邦に入った者であるが,在留期間は平成8年(1996年)8月7日までであり,同日付けでその在留期間の更新を申請したのに対し,平成11年(1999年)5月31日法務大臣がこれを許可しない旨決定し,同年6月3日その旨の通知を被告人に発送したにもかかわらず,同日ころ以降も本邦から出国せず,平成14年(2002年)5月7日まで東京都内等に居住し,もって,在留期間を経過して不法に本邦に残留したものである」と認定したが,原判決は,被告人の在留期間更新許可申請に対する不許可決定が存在し,被告人の在留期間経過後の在留に実質的違法性があり,被告人が不法残留を未必的に認識・認容していたと認定した点で,事実を誤認しており,これが判決に影響を及ぼすことが明らかである,というのである。 1 そこで検討すると,まず,原判決挙示の証拠及び当審で取り調べた在留期間更新許可申請書1通(平成16年押第193号の1,以下「本件許可申請書」という。原審で取り調べた弁11はその写しである。)によれば,被告人の本邦での在留資格に関わる事実経過は,おおよそ以下のとおりである。 ①平成 2年5月26日本邦に入国短期在留資格(在留期限同年8月24日)②同年7月30日日本人Xと婚姻③同年8月 7日  在留資格を日本人配偶者に変更(在留期限平成3年2月7日)④ (在留期限同年8月24日)②同年7月30日日本人Xと婚姻③同年8月 7日  在留資格を日本人配偶者に変更(在留期限平成3年2月7日)④平成 3年2月 7日在留期間の更新(在留期限同年8月7日)⑤同年11月15日在留期間の更新(在留期限平成4年2月7日)⑥平成 4年2月 7日在留期間の更新(在留期限同年8月7日)⑦同年12月18日在留期間の更新(在留期限平成5年8月7日)⑧平成5年10月15日在留期間の更新(在留期限平成8年8月7日)⑨平成8年 8月7日更新された在留期限同日引き続き日本人配偶者の資格で在留期間更新の許可申請申請書に希望する在留期間を3年と記載(本件許可申請)⑩平成11年5月31日在留期間更新不許可決定(本件不許可決定)⑪同年6月 3日上記決定通知の被告人宛て発送⑫同年8月 7日本件許可申請で希望した在留期限⑬平成14年5月 8日被告人の本件での現行犯逮捕 2 原判決が被告人に出入国管理及び難民認定法70条1項5号の罪(以下「本罪」という。)が成立すると認めたのは,⑪の在留期間更新不許可決定が被告人宛てに発送された平成11年6月3日ころ(原判決は,「通常その通知が到達すべき時点」としているから,正確には,その翌日ころということになる。)から⑬の前日である平成14年5月7日までの在留についてである。 そのうち,⑫の翌日である平成11年8月8日から⑬の前日までの約2年9か月間(以下「A期間」という。)については,既に被告人の希望した3年の在留期間更新の期間をも経過しているのであるから,被告人が本邦に正当に在留できる資 る平成11年8月8日から⑬の前日までの約2年9か月間(以下「A期間」という。)については,既に被告人の希望した3年の在留期間更新の期間をも経過しているのであるから,被告人が本邦に正当に在留できる資格や理由がないことは明白であって,当然に本罪が成立するものと認められる。 問題は,⑪の日ころ(その意味は前記のとおり)から⑫の平成11年8月7日までの約2か月間(以下「B期間」という。)についても,本罪が成立するか否かであるが,B期間は,A期間と比較すると極めて短いから(A期間は,ABを合計した期間の約94%を占める。),B期間についての本罪の成否は,一罪のごく一部についての問題であり,本件の量刑にもほとんど影響しないものなのである。 しかし,原判決はB期間についても,本罪の成立を認めており,上記の事実誤認の主張は,このB期間に関しては検討に値するものを含んでいるので,以下,これに対する判断を示すこととする。なお,この判断は,A期間につき,本罪が成立することに全く疑問の余地がないことを駄目押し的に説明することにもなるものである。 なお,⑨の翌日である平成8年8月8日から⑪の日ころまでの約2年10か月間(以下「C期間」という。)については,起訴及び原判決の有罪認定の対象とはされていないので深入りは避けるが,B期間についての本罪の成否の判断に必要と思われる限度で検討することとする。 3 所論に対する判断を示すに先立ち,前記証拠により,被告人の本邦における居住状況,本件在留期間更新の許可申請の状況,その後の被告人の東京入国管理局とのやりとり,上記申請に対する不許可決定の発出,その後の被告人の動静,現行犯逮捕の状況等に関して認められる事実を,前記1に補足して記しておく。 (1) 被告人は,前記①ないし⑧のとおり,平成2年5月26日,パキスタン・イス する不許可決定の発出,その後の被告人の動静,現行犯逮捕の状況等に関して認められる事実を,前記1に補足して記しておく。 (1) 被告人は,前記①ないし⑧のとおり,平成2年5月26日,パキスタン・イスラム共和国から,短期在留資格により在留期限を同年8月24日までとして本邦に入国し,同年7月30日に日本人女性であるXと婚姻して在留資格を日本人配偶者に変更し,その後5回,在留期間の更新を重ねて,最終的な在留期限は,平成8年8月7日となった。なお,被告人は,当初,わが国の民間企業での研修目的で来日したものであり,その後,上記のように在留資格を変更し,在留期間の更新を重ねているが,この間,特段の問題は起こしておらず,洋品販売業などに従事していた。 (2) 被告人は,本邦に入国後,東京都杉並区ab丁目c番d号甲e号室(以下「甲」という。)でXと同棲し,結婚後,平成2年8月14日に甲の所在地を居住地として外国人登録を行った。その後,被告人とXとは夫婦関係が悪化し,Xは平成6年秋以降,甲を出て所在不明となった。被告人は,Xの実家に連絡するなどして同人の所在を探したが,見つからず,平成8年6月ころには,東京都港区fg丁目h番i号乙j号室(以下「乙」という。)に転居した。被告人は,この際,外国人登録の居住地の変更をしなかった。 (3) 被告人は,前記⑨のとおり,平成8年8月7日,日本人の配偶者としての在留期間更新の許可申請(以下「本件許可申請」という。)をし,本件許可申請書に,希望する在留期間として3年,在日家族として妻であるX,同人との同居の事実はある旨,居住地として甲,在日身元保証人としてYなどと記載して,東京入国管理局に提出した。また,その際,被告人は,東京入国管理局から被告人に対する連絡用の葉書として,甲を宛て先として記載したものと,乙を宛て先とし として甲,在日身元保証人としてYなどと記載して,東京入国管理局に提出した。また,その際,被告人は,東京入国管理局から被告人に対する連絡用の葉書として,甲を宛て先として記載したものと,乙を宛て先として記載したものとの2枚を提出した。 (4) 東京入国管理局においては,身元保証人が配偶者と異なっていたことから,本件許可申請は慎重審査案件とされた。そこで,東京入国管理局は,同年8月30日,被告人に対し,Xと一緒に9月11日に出頭するよう記載した出頭通知書を甲宛てに郵送したが,転居先不明で返送され,次いで同年9月上旬,9月18日に出頭するよう記載した同様の出頭通知書を乙宛てに郵送した。被告人は,9月18日には出頭はしなかったが,同日,東京入国管理局に電話をして,出頭できなかった理由としては,「具合が悪かったのと,あといろいろありまして」と説明し,現在は甲には住んでおらず,乙に住んでいること,妻は今はどこにいるか分からないことを告げ,係官から,今日出頭しなかった理由とXの状況を書面に記載して送付すること,及び次回出頭通知が届いたら必ず出頭することを指示されてこれを了承した。なお,同日の電話でのやり取りは,電話記録書に記載されて東京入国管理局に保存されている。 (5) その後,東京入国管理局は,平成9年1月8日と同年2月4日に,被告人に対する出頭通知書を甲宛てに郵送したが,いずれも転居先不明で返送された。 その後,被告人は,同年4月25日,東京入国管理局に電話し,係官に対して,出頭通知を受け取ったが出頭できない,妻は現在も所在不明で,離婚については妻と話合いをしないと分からない,妻を探す努力をする,それでも見つからない時は相談に乗ってもらいたい,と告げた。係官は,被告人に対して,事情は了解したが,配偶者が所在不明であると,在留期間更新の許可は難し いをしないと分からない,妻を探す努力をする,それでも見つからない時は相談に乗ってもらいたい,と告げた。係官は,被告人に対して,事情は了解したが,配偶者が所在不明であると,在留期間更新の許可は難しいと告げた(なお,この被告人からの電話の前に,東京入国管理局は,乙宛てに出頭通知を送付したものと推認される。)。 また,東京入国管理局は,平成9年にXの兄に電話してXの所在を確認しようとしたが,兄もXの所在をつかめないとのことであった。 その後,被告人が東京入国管理局へ連絡したことはない。 (6) 東京入国管理局は,平成11年5月20日に,同年6月3日に出頭するよう記載した被告人宛ての出頭通知書を甲宛てに郵送したが,宛て先不明で,5月25日に返送された。 (7) 前記⑩及び⑪のとおり,法務大臣は,同年5月31日,本件許可申請を不許可とする決定をし(以下「本件不許可決定」という。),東京入国管理局は,「在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるとは認められない」との理由を付記した同日付けの不許可通知書(以下「本件不許可通知書」という。)を,同年6月3日,甲に宛てて簡易書留で郵送したが,宛て先不明で返送された。 (8) 被告人は,平成12年6月末ころ,乙を退去し,千葉県柏市kl番地m丙n号室(以下「丙」という。)に転居し,さらに,平成13年12月29日ころには,東京都港区op丁目q番r号丁s号室に転居したが,いずれの際も,外国人登録の居住地の変更をしていない。 (9) なお,Xは,平成11年4月ころ,東京地方裁判所に対して,被告人との離婚を求める訴訟を提起し,当時,Xは被告人の所在を把握できなかったので,公示送達によって裁判手続が進行し,同年5月26日,離婚を認める判決がなされ,同年6月10日これが確定して,同日付けで離婚の届出がなさ める訴訟を提起し,当時,Xは被告人の所在を把握できなかったので,公示送達によって裁判手続が進行し,同年5月26日,離婚を認める判決がなされ,同年6月10日これが確定して,同日付けで離婚の届出がなされた。 (10) 被告人は,前記⑬のとおり,平成14年5月8日,本罪で現行犯逮捕され,本件公訴が提起されるに至った。 4 所論は,本件許可申請書の「官用欄」に,日本人配偶者として1年間の在留期間の更新を認めることを窺わせる記載があり,不許可の場合に記載すべき欄に,修正液でいったん抹消された上に「1」と記載されていること,警察署長からの在留審査関係事項照会に対する東京入国管理局長作成の回答書(甲11)に添付された本件許可申請書の写しは,「官用欄」の上に処分内容等を記載した用紙をかぶせて作成されていて,「官用欄」が隠されていること等の事実を指摘して,本件不許可決定は存在しなかった,すなわち,本件不許可通知書は,被告人の逮捕後に作出された疑いがある,と主張する。 しかしながら,この点については,原判決が,「争点及び判断」の項の第3で説示するところを,おおむね正当として肯認することができる。 すなわち,本件許可申請書の「官用欄」の「資格・期間コード」欄には「T61」という記載があるが,これは日本人の配偶者を意味するコードであり,その右に鉛筆書きで「6」と記載してあるのは期間1年を意味するコードであること(原判決は,この点について,「T61」の記載が,日本人配偶者としての1年間の在留資格を意味すると判示しているが,正確には上記のとおりと認められる。),「不許可の場合」という欄の「1.」という予め印字されている字の上,いったん「×」印が記載された後,これが修正液で塗抹されて,その上に更に「1」と記載がなされ,これを丸で囲んであること,上記回答書には,本件 の場合」という欄の「1.」という予め印字されている字の上,いったん「×」印が記載された後,これが修正液で塗抹されて,その上に更に「1」と記載がなされ,これを丸で囲んであること,上記回答書には,本件許可申請書の「官用欄」を除いた部分の写しが添付されていることは,所論指摘のとおりである。しかしながら,原審証人Z(東京入国管理局入国審査官)は,以上の点について,(a)「官用欄」の記載は内部文書であり,修正液による訂正もよくあることである,(b)上記のような記載については,審査担当者が,被告人について,いったんは日本人の配偶者として1年の在留期間の更新を認めてもいいのではないかと判断して「資格・期間コード」欄に上記のような記載をしたことも考えられる,(c)本件許可申請についての決裁の過程で,不許可であるということを明らかにするために,「不許可の場合」という欄の「1.」という記載の上に「×」印を記載したが,電算コード化に当たっては,不許可の場合は,「1.」の記載に丸印をすることになっているから,その点を上記のように修正したものと考えられる,(d)外部に対して回答する場合には,「官用欄」は内部的な記載だから,これを消して回答するのが通例である,というのである。 本件許可申請書の「官用欄」が内部文書であり,審査担当者が決裁前の意見を記載して,決裁権者が最終判断をし,これに従って最終的な判断事項が記載されるという性質の記載欄であることは,その様式や「官用欄」という用語からも明らかであるところ,これに沿う原審証人Zの上記供述には,格別不自然なところはなく,信用するに十分であるし,本件許可申請書の記載内容からしても,本件許可申請に対しては最終的に不許可の判断がなされたものと認められ,かつ,被告人に対する法務大臣名の不許可通知書が作成・発送されていることか るに十分であるし,本件許可申請書の記載内容からしても,本件許可申請に対しては最終的に不許可の判断がなされたものと認められ,かつ,被告人に対する法務大臣名の不許可通知書が作成・発送されていることからすれば,本件不許可決定がなされたことは明らかというべきである。 なお,本件不許可通知書には,「在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるとは認められない」との理由が付記されていて,在留期間更新許可申請に対する不許可決定の理由としてはそごしているが,本件不許可通知書には被告人の在留期間更新許可申請に対する不許可決定であることは明記されていることからして,これが誤記であることは明らかであるし,本件不許可通知書は決定書そのものでもないから,上記のような理由の付記があるからといって,これが本件不許可決定の存在を疑わせる事情とはいえない。 5 次に,在留期間更新許可申請をした場合の在留期間経過後の在留と本罪の成否について検討すると,【要旨】本罪の構成要件は,「在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して本邦に残留する」ことであり,在留期間の更新を受けないで在留期間を経過して本邦に在留すれば,本罪の構成要件に該当すると解すべきである。 もっとも,在留期間経過後の在留も,その目的や動機,態様等のいかんによっては,実質的違法性を欠く場合があると解される。ことに,在留期間更新許可申請を行っている者については,従前の経過等からしてその許可を期待することに相当の理由があり,許可申請に対する出入国管理当局(以下「入管当局」という。)の審査に誠実に対応していると認められる場合には,不許可決定がなされたとしてもその通知を受けるまでの在留は実質的な違法性を欠くものと解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷昭和45年10月2日決定・刑集24巻11号14 ると認められる場合には,不許可決定がなされたとしてもその通知を受けるまでの在留は実質的な違法性を欠くものと解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷昭和45年10月2日決定・刑集24巻11号1457頁参照)。 これに対し,在留期間更新の許可申請を行っている外国人であっても,その許可申請書に虚偽の記載をしているとか,在留資格に関わる事情の変動があって許可を期待することに無理があると認められるとか,入管当局による出頭要請等に不誠実な対応を続けているというような場合には,許可申請に対する不許可決定以前の在留も実質的違法性を具備していると解されるのである。もっとも,入管当局が事実関係を十分調べないまま,法務大臣による在留期間更新許可がなされることもあり得ないわけではないし,許可があれば,遡って本罪の構成要件には該当しないことになるので,検察官としては,不許可決定を待った上,通常は,不許可決定以後の在留につき本罪による起訴をするという実務運用となっているのである。とはいえ,上記のとおり,不許可決定以前の在留についても,本罪の構成要件に該当することはもちろん,実質的違法性をも具備し,本罪が成立すると解される場合も存するのである(このような場合においても,不許可決定がなされたという事実及びその当該外国人への通知ないし到達の事実は,その後の在留の実質的違法性を強めるものである。)。 原判決は,在留期間満了前に在留期間更新許可申請をした場合の在留期間経過後の在留について,在留期間更新許可申請に対する不許可決定が被告人に到達しなかった場合には,その理由について勘案し,被告人側に責めるべき事情が存すると評価できるときには,通常その通知が到達すべき時点をもって,不許可処分の効力が生じるとともに,本罪の実質的違法性を具備するものと解すべきであると説示しており 勘案し,被告人側に責めるべき事情が存すると評価できるときには,通常その通知が到達すべき時点をもって,不許可処分の効力が生じるとともに,本罪の実質的違法性を具備するものと解すべきであると説示しており,所論も,これを前提とする主張をしているのであるが,上記のとおりに解するのが相当であって,不許可決定の通知ないし到達は,その前後の在留の実質的違法性の判断にとって常に決定的な要素となるものではないのである。この点で,原判決の判断は相当でないというべきである。 6 【要旨】以上のような解釈を前提として,被告人のB期間及びA期間について,本罪の成否を検討すると,まず,被告人は,当初,研修目的で来日し,Xと結婚して日本人の配偶者としての資格で在留期間の更新を得ていたもので,本件許可申請までに本邦で特段の問題を起こしてはいなかった。しかしながら,被告人は,平成8年8月7日の本件許可申請時に,申請書に,当時居住していなかった甲を居住地として記載し,Xの所在不明の状態が1年以上継続していたのに,同女との同居事実がある旨虚偽の記載をしている。確かに,被告人は,本件許可申請時に,乙を宛て先とした葉書も提出しているし,同年9月18日には東京入国管理局に電話して,係官に対して,乙に住んでいることやXがどこにいるか分からないことを告げてはいるが,被告人としては,外国人登録上の居住地を乙に変更した上で本件許可申請をすべきであったし,その後においても外国人登録上の居住地を乙に変更して入管当局に連絡すべきであったといえる。また,被告人は,上記電話の際に,東京入国管理局の係官から,出頭しなかった理由とXの状況を書面に記載して提出することを指示されたのに,これを提出していないし,出頭通知書が届いた際にも東京入国管理局に出頭していない。さらに,被告人は,平成9年4月25日に ,出頭しなかった理由とXの状況を書面に記載して提出することを指示されたのに,これを提出していないし,出頭通知書が届いた際にも東京入国管理局に出頭していない。さらに,被告人は,平成9年4月25日に,東京入国管理局に電話してXが依然として所在不明であること等を告げた際,係官から,配偶者が所在不明であると在留期間更新の許可は難しいとの説明を受けたにもかかわらず,その後,本件不許可決定がなされた平成11年5月31日までの2年余りの間,入管当局に一切連絡を取っていない。 以上によれば,被告人の本件許可申請については,申請書において内容虚偽の記載をしており,また,その後の被告人の対応をみても,在留期間の更新許可申請をしている外国人として,到底誠実なものとはいえない。入国審査官である原審証人Zの証言によれば,入管当局が本件許可申請を不許可にすべきものとした理由は,申請人である被告人から事情聴取が行えなかったことと配偶者が行方不明であったことの2点であるというのであるが,上記のように被告人の対応が誠実なものとはいえないことや,妻であるXの所在不明という状態が本件許可申請時点からいっても2年9か月余に及んでいることからすれば,日本人の配偶者としての在留期間の更新許可申請を不許可とした判断は,当然であり,被告人の在留は,遅くとも,C期間の途中である,入管当局との連絡を絶った平成9年5月以降は,実質的違法性を十分に具備するに至っていたものと認められ,本件不許可決定及びその被告人宛ての発送は,その実質的違法性をより強度にしたに過ぎないものといえ,本件不許可通知が被告人に到達したか否かは,本罪の成否には関係しないというべきである。したがって,A期間についてはもとより,B期間についても,被告人に本罪が成立することは明らかというべきである。 原判決には,前記のと 人に到達したか否かは,本罪の成否には関係しないというべきである。したがって,A期間についてはもとより,B期間についても,被告人に本罪が成立することは明らかというべきである。 原判決には,前記のとおり一部法令の解釈を誤っている点があるが,その結論は上記判断と同旨であるから,この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえない。 7 所論は,原判決の前記のような解釈を前提として,①原判決は,被告人が乙に居住していながら外国人登録の居住地を変更しなかった点等を強調して,これを本件不許可通知不到達についての被告人の側の帰責性の重要なファクターとして考慮しているが,これは不当であるし,東京入国管理局が乙に宛てて出頭通知を郵送しなかったのは行政の怠慢であって,むしろこれが入国管理局側の帰責性のファクターとして考慮されるべきである,②原判決は,被告人が,平成9年4月に東京入国管理局の係員に連絡を取った後,2年余りの間,同局との接触を一切断っているとして,その期間の経過を被告人に帰責しているが,東京入国管理局が,あくまで配偶者とともに出頭することを求めていたことや,被告人が,この間も,妻であるXの所在を懸命に探していたこと,平成12年に丙に転居した際にも東京入国管理局に連絡していること等を考慮するならば,そのような期間経過の責任が被告人にあるとはいえない,というのである。 しかしながら,①については,前述のように,本件においては,本件不許可通知が被告人に到達しなかった理由が被告人側にあると評価できるかどうかによって,その前後の在留についての実質的違法性の有無が左右されるものとは解されないから,所論は前提を異にし,採用の限りではない。 なお,本件不許可通知書が被告人に到達しなかった原因としては,入管当局が,被告人が現実に居住していた乙に宛てて 性の有無が左右されるものとは解されないから,所論は前提を異にし,採用の限りではない。 なお,本件不許可通知書が被告人に到達しなかった原因としては,入管当局が,被告人が現実に居住していた乙に宛てて通知や連絡をしなかったという事情もあるけれども,その原因の大半は,前記のように,被告人が本件許可申請に当たって,外国人登録上の居住地を現実に居住している乙に変更せず,本件許可申請書にも現実には居住していない甲を居住地として記載していたこと及びその後も外国人登録上の居住地の変更をせず,入管当局に対して書面等で居住地の変更を正式に告知しなかったことにある。 ②については,上記期間中も被告人がXの所在を探していたといった事情があるとしても,前記のとおり,被告人は東京入国管理局からXの状況等を書面で提出するように求められていながらこれを提出していないのであって,加えて,2年余という期間,入管当局に連絡を取らないということは,在留期間の更新申請をしている外国人の対応としては,あまりに不誠実であるというほかなく,この点に関する所論も失当である。 なお,所論は,被告人が,平成12年に丙に転居した際に東京入国管理局にその旨連絡していると主張し,被告人も原審公判において同旨の供述をしているが,東京入国管理局では,被告人からの連絡についてはいずれもその内容を書面に作成しているところ,そのような連絡があったことは記録に残されていないことや,その時点では被告人の本件許可申請について既に不許可決定がなされているのであるから,そのような連絡があれば,係官が被告人に対して不許可決定のあったことを告げるなり,退去強制等に向けての手続が採られるなりするのが通常であると考えられるところ,そのような事実を窺わせる証拠はないし,被告人自身,捜査段階では,平成9年夏か秋以降は入管当 定のあったことを告げるなり,退去強制等に向けての手続が採られるなりするのが通常であると考えられるところ,そのような事実を窺わせる証拠はないし,被告人自身,捜査段階では,平成9年夏か秋以降は入管当局と連絡を取っていないことを自認していたこと(乙8)からすると,そのような連絡をしたとの被告人の原審公判供述は信用することができない。 8 【要旨】被告人の本罪の故意等について補足すると,前記のように,本罪の構成要件は,「在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して本邦に残留する」ことであり,本件証拠上,被告人がそのような構成要件に該当する事実を認識・認容していたことは疑いない。また,本件について在留期間更新許可申請に対する不許可決定がなされる以前から,被告人の在留が実質的違法性を具備するに至っていたことは前述のとおりであるところ,前記のような違法性を基礎付ける事実関係(ただし,本件不許可決定がなされたことは,ここでは除く。)を被告人が認識していたことも証拠上疑いなく認められるところであって,被告人に本罪が成立することは明らかというべきである。 なお,原判決は,在留期間更新許可申請をしている者に対し,不許可決定が到達していない場合において,申請者に本罪の故意を認めるためには,申請者が単に在留期間を経過して本邦に残留するという事実を認識・認容するだけでは足らず,自己に対する在留期間更新不許可決定が出された事実を認識・認容する必要がある,というのであるが,被告人のように,許可申請自体やその後の入管当局との対応に問題があり,不許可決定以前の在留も実質的違法性を具備していると判断される者については,不許可決定が出された事実は,実質的違法性を強めるものであるに過ぎず,これが別個の客観的構成要件要素となるものではないから,本罪の成立についてその点に 的違法性を具備していると判断される者については,不許可決定が出された事実は,実質的違法性を強めるものであるに過ぎず,これが別個の客観的構成要件要素となるものではないから,本罪の成立についてその点についての認識・認容は不要と解すべきである。もっとも,原判決も結論において被告人が本罪の故意を有していたと認めており,この点の法令解釈の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえない。 所論は,原判決と同様の見解に立った上で,被告人には,本件不許可決定についての未必的認識も認容もない,といい,また,被告人の逮捕手続についても種々の主張をするのであるが,その趣旨は,被告人の逮捕当時の言動は,本件不許可決定がなされていることの未必的な認識もなかったことを示している,というものと解される。しかし,既に述べたとおり,本件において,本罪の成立を認めるために,不許可決定がなされていることの認識・認容は不要であるから,これらの所論は,その前提を欠き失当である。 なお,被告人が本件許可申請に対し,許可がなされたものと誤信するような事情は全く存在しないから,被告人としても,入管当局との連絡を絶った平成9年4月以降のいずれかの時点で不許可決定が出されるであろうとの認識はあったはずであり,それにもかかわらず,許可を得ることに向けた何らの努力をすることもなく本邦に在留していたのであるから,原判決が本件不許可決定が出された事実について被告人に未必的認識・認容を認めたことは,誤りであるとはいえない。 以上の次第で,原判決には,所論のような事実の誤認はない。 論旨は理由がない。 第3 結論よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における訴訟費用の処理につき同法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官安廣文夫裁判官小西秀宣裁 第3 結論よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における訴訟費用の処理につき同法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官安廣文夫裁判官小西秀宣裁判官平塚浩司)

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