令和7年3月13日宣告令和6年(わ)第145号傷害致死被告事件判決 主文 被告人を懲役9年に処する。 未決勾留日数中200日をその刑に算入する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、令和5年12月31日午後9時30分頃から同日午後9時55分頃までの間に、北九州市(住所省略)Aビル(以下「本件建物」という。)内において、実妹のB(当時55歳。以下「被害者」という。)に対し、その頭部及び顔面等に複数回鈍体を作用させる暴行を加え、よって、同人に硬膜下腔出血、くも膜下腔出血及び左前頭蓋窩骨折等の傷害を負わせ、令和6年1月1日午前5時52分頃、同市(住所省略)社会医療法人財団C会D病院において、同人を前記傷害に基づく外傷性脳障害により死亡させた。 (事実認定の補足説明) 1 弁護人は、被告人が被害者に対して判示の暴行(以下「本件暴行」という。)を加えたことは特に争わないが、被告人は本件暴行当時酩酊により心神耗弱の状態にあった旨主張する。当裁判所は、被告人には完全責任能力が認められると判断したので、その理由を補足して説明する。 2 被告人と被害者の共通の知人であるE、被害者の夫であるF及び被害者の子であるGの各供述によれば、被告人、被害者及びEは、事件当日の午後9時過ぎ頃までスナックで酒を飲んだ後、被告人及び被害者の実家である本件建物まで歩いて帰ったこと、その間に被告人が「もう一軒行こう」などと言い、被害者とEが これを止めるというやり取りが何度かあったこと、このようなやり取りは被告人と被害者がEと別れて本件建物内に入った後も続いていたこと、被告人は本件建物に入る前から屋内にいるGの名を呼び、同人を連れて更に酒を飲みに行こうとしていたことが認められる。被告人は、 り取りは被告人と被害者がEと別れて本件建物内に入った後も続いていたこと、被告人は本件建物に入る前から屋内にいるGの名を呼び、同人を連れて更に酒を飲みに行こうとしていたことが認められる。被告人は、被害者に暴行を加えた記憶はなく、暴行に及ぶ理由にも思い当たらない旨述べているところ、関係者も、被告人と被害者の仲は良かった旨を異口同音に述べているし、事件当日の酒の席で両者が揉めていた様子もない。しかし、被告人及びその元妻の供述によれば、いずれも十数年前の出来事ではあるが、酒を飲んだ被告人が、元妻との口論の末に元妻の顔面を繰り返し殴打したり、元妻の弟の態度に立腹してその顔面を繰り返し殴打したりしたことがあった上、Gの供述によれば、令和5年夏頃にも、酒を飲んだ被告人が、なおも酒を飲みに行こうとするのを親族に止められて立腹していたことがあったと認められる。こうした事情にも鑑みれば、被告人は、更に酒を飲みに行こうとするのを被害者に止められたこと、あるいはその際の被害者の何らかの言動に怒りを覚え、酩酊の影響も受けて本件暴行に及んだと考えられ、これは暴行に及ぶ心理として理解可能なものである。精神科医のH医師も、本件暴行を生成した機序の本質は酒を飲みに行かせない被害者に腹を立てた攻撃行動であるとの見方を示している。 この点について、同じく精神科医のI医師は、本件暴行後の被告人が結局酒を飲みに行かなかったことや暴行の対象が仲の良い妹であったこと、本件暴行が苛烈なものであったことを捉えて、動機と本件暴行に著しい乖離があるとの見方を示し、弁護人も、同様の視点及び過去に被告人が被害者と同様のやり取りをした際に暴力を振るっていなかったことを捉えて、本件暴行は、被告人の平素の人格からかけ離れた著しく不合理なものである旨主張する。 しかし、そもそも前述した被告 去に被告人が被害者と同様のやり取りをした際に暴力を振るっていなかったことを捉えて、本件暴行は、被告人の平素の人格からかけ離れた著しく不合理なものである旨主張する。 しかし、そもそも前述した被告人の元妻やその弟に対する暴行も決して軽いものではない(元妻の弟に対しては眼窩内側壁の骨折を負わせている。)し、これらの暴行については第三者が入って収まったという事情がある。また、被告人は、 その供述によっても、愛情をもって養育していたはずの実子に対しても、しつけという認識の下で暴力を振るうことがあったもので、相手が自分の大切な身内であるとの関係性は必ずしも被告人の暴力の歯止めとはなっていなかった。これらの事情も考慮すると、本件は、前述の動機に酩酊による短慮が加わって引き起こされ、短慮かつ第三者が入らない状況であったために被告人の暴行が継続し激化したにすぎないということができ、弁護人の上記指摘を踏まえても、本件暴行が被告人の平素の人格とは異なる行動とは評価されない。 3 次に、本件暴行前後の被告人の言動についてみると、E、F及びGの各供述によれば、本件暴行前の被告人は、前記スナックでカラオケに興じ、自分で会計を済ませたこと、帰路の被告人の歩き方に問題はなく、むしろ被告人はEと共に被害者を支えたりもしていたこと、本件建物に着いた際も、連れ出せるのはGしかいないと分かって同人の名を呼んでいたことが認められる。また、F、J警察官及び被告人の各供述によれば、本件暴行後の被告人は、帰省した際にいつも寝床にしていた部屋まで自力でたどり着き、布団に入って横になっていたこと、本件暴行からそれほどの間もない午後10時35分頃には、本件建物に臨場したJ警察官からの質問に対して自分の氏名及び警察官IDらしい番号をすぐに答え、任意同行を求められた際には本件建 なっていたこと、本件暴行からそれほどの間もない午後10時35分頃には、本件建物に臨場したJ警察官からの質問に対して自分の氏名及び警察官IDらしい番号をすぐに答え、任意同行を求められた際には本件建物内の血痕を踏まないように歩いていたことが認められる。このように、本件犯行前後の被告人は周囲の状況を認識したうえでその認識に従った行動に出ており、その間である本件犯行時に限って酩酊によりそのような認識及びその認識に従った行動ができない状態であったとは考え難い。 弁護人は、本件暴行後の被告人による言動、すなわち、①被告人が被害者を本件建物前の路上に運び出し、性的衝動に駆られてズボンと下着を脱がせて放置したこと、②血痕をそのままにして布団に入って横になったこと、③J警察官から所属を問われたことに対して事実と異なる回答をしたことはいずれも明らかに不合理であり、本件暴行当時においても被告人の事理弁識能力及び行動制御能力が著しく減退していたと疑われる旨主張する。 しかし、被告人の元妻によれば、酒に酔った被告人の性欲が特に高まったことはないというのであり、被告人が性的衝動から上記①の行為に及んだとは考え難く、かえって、酩酊による短絡的な考えから、ずさんながらも性犯罪を装い、その場しのぎではあるが捜査をかく乱させようとしたものとみることができる。また、H医師の意見も踏まえれば、上記②については酩酊により注意が散漫になった被告人が血痕に気付かなかっただけであり、上記③については短慮ゆえの稚拙な応答にすぎないといえる。したがって、これらの事情から直ちに、本件暴行当時、被告人の事理弁識能力及び行動制御能力が著しく減退していたとは疑われない。 4 以上によれば、24時間の勤務を終えて睡眠不足で疲労状態にあった被告人が長時間にわたり普段よりも多量の 本件暴行当時、被告人の事理弁識能力及び行動制御能力が著しく減退していたとは疑われない。 4 以上によれば、24時間の勤務を終えて睡眠不足で疲労状態にあった被告人が長時間にわたり普段よりも多量の酒を飲み、ところどころ記憶を無くすほどの酩酊状態にあったとみられることを踏まえてもなお、被告人は、本件暴行当時、事理弁識能力及び行動制御能力を著しく減退させるほどの酩酊状態にはなく、完全責任能力を有していたと認められる。 (量刑の理由) 1 被告人は、前記のとおり、酒を飲みに行くのを止められたこと、あるいはその際の被害者の何らかの言動に立腹して本件暴行に及んだものと考えられ、その動機は身勝手で経緯にも酌むべき点はない。本件暴行の具体的態様は不詳であるものの、被害者が前頭蓋窩骨折等の傷害を負っていたことや、発見当時被害者の顔面が腫れあがり、瞳孔の確認ができないほどであったこと、事件直後の被告人に目立った外傷がなかったことからすれば、被告人は、無抵抗の被害者に対して一方的に極めて強度の暴行を加えたものと認められ、直後に被害者を本件建物前の路上に放置したことも併せ考えれば、残虐で悪質な犯行というべきである。本件暴行によって、何らの落ち度もない被害者の命が理不尽に失われたことはもとより、その遺族が被った精神的・財産的損害は大きく、被害者の夫や子らが当公判廷で峻烈な処罰感情を述べるのも当然である。 なお、本件暴行当時、被告人は酩酊状態にあり、そのことによって暴行の程度が激化したことは否めない。しかし、被告人は過去にも酒を飲んだ際に元妻やその弟に暴行を加えて傷害を負わせたことがあるというのであって、自らの飲酒時における粗暴性を認識し、自制するなどしていれば、本件のような事態には至らなかったというべきであり、酩酊状態にあったことを被告人に特 暴行を加えて傷害を負わせたことがあるというのであって、自らの飲酒時における粗暴性を認識し、自制するなどしていれば、本件のような事態には至らなかったというべきであり、酩酊状態にあったことを被告人に特段有利に斟酌することはできない。 2 以上によれば、犯情は重いというべきところ、被告人は、当公判に至っても、自分がなぜ被害者を死なせてしまったのか、自分のどこが悪くて本件犯行を招いたのかといった点に十分に思いを致すことができておらず、逃避的・他責的な弁解に終始している。また、警察官として犯罪被害への対応経験があることを考えると、遺族に対する謝罪や被害弁償への対応も不誠実というべきである。事件から1年以上が経った今なお、自分が実妹である被害者を死なせたことに正面から向き合っていない被告人にその刑事責任を自覚させるためには、同種事案(単独犯、凶器等なし、処断罪と同一又は同種の罪の件数:1件、被害者:その他親族、前科なし)の量刑傾向を踏まえても、主文の刑を科すことが相当であると判断した。 (検察官の求刑懲役10年)(弁護人の科刑意見心神耗弱であることを前提に懲役5年)令和7年3月13日福岡地方裁判所小倉支部第2刑事部 裁判長裁判官武林仁美 裁判官松浦佑樹 裁判官町田哲哉
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