- 1 - 主文 1 控訴人らの控訴及び被控訴人の附帯控訴に基づき,原判決主文第1項及び第2項を次のとおり変更する。 控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して7389万5386円及びうち5714万0547円に対する平成23年6月8日から,うち664万円に対する平成24年4月27日から,うち37万5000円に対する同年7月20日から,うち650万円に対する同年11月28日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被控訴人のその余の請求を棄却する。 2 被控訴人が当審において拡張した請求に基づき,控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して79万4468円を支払え。 3 被控訴人が当審において拡張したその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は,第一,二審を通じてこれを3分し,その2を被控訴人の負担とし,その余を控訴人らの負担とする。 5 この判決の主文第1項及び第2項は,仮に執行することができる。 6 控訴人国が5000万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。 事実及び理由 (略称(略語)は原判決の例による。なお,駅名は,特に記載のない限り,国鉄(当時)の駅名をいう。)第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人ら 原判決中,控訴人らの敗訴部分を取り消す。 上記取消しに係る部分の被控訴人の請求を棄却する。 被控訴人が当審において拡張した請求を棄却する。 2 被控訴人- 2 - 原判決を次のとおり変更する。 控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して7609万0774円及びうち5921万5935円に対する平成23年6月8日から,うち664万円に対する平成24 - 原判決を次のとおり変更する。 控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して7609万0774円及びうち5921万5935円に対する平成23年6月8日から,うち664万円に対する平成24年4月27日から,うち37万5000円に対する同年7月20日から,うち662万円に対する同年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (当審において拡張した請求)控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して80万3313円を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨被控訴人は,昭和42年8月に発生した強盗殺人事件(本件強盗殺人事件)に関連して,別件で逮捕勾留(別件窃盗事件逮捕,勾留)されるなど,身柄を拘束された後,本件強盗殺人事件で起訴(本件起訴)され,有罪判決が確定し,服役したが,その後,再審開始の決定を経て,無罪判決の宣告を受け,これが確定した。 被控訴人は,茨城県警の警察官及び検察官に種々の違法行為があったと主張して,控訴人らに対し,国家賠償法(国賠法)1条1項,4条,民法719条1項前段に基づき,連帯して次の金員の支払を求めた。 ア逸失利益,慰謝料,刑事事件の弁護士費用及び本件訴訟の弁護士費用の損害総額2億9637万0045円の一部である1億9044万0415円イ上記損害総額に対する平成28年4月14日までの確定遅延損害金1億5134万9203円ウ上記損害総額に対する同月15日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。利率につき,以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金原審は,被控訴人の請求を次の金員の連帯支払を求める限度で認容した。 ア昭和48年12月21日(確定審第二審判決の宣告の日の翌日)から平成8- 3 -年11月14日(仮釈放の日)までの 金原審は,被控訴人の請求を次の金員の連帯支払を求める限度で認容した。 ア昭和48年12月21日(確定審第二審判決の宣告の日の翌日)から平成8- 3 -年11月14日(仮釈放の日)までの逸失利益4491万1620円と慰謝料3000万円との合計7491万1620円に対する平成23年6月8日(再審判決が確定した日)から平成24年4月10日(刑事補償金が支払われた日)までの確定遅延損害金315万7822円イ仮釈放後の逸失利益5526万5935円ウ仮釈放後の慰謝料300万円エ第二次再審請求審の弁護士費用95万円オ刑事事件の弁護士報酬664万円カ刑事事件の弁護士に支払った実費37万5000円キ本件訴訟の弁護士費用662万円(アからキまでの合計は7600万8757円)クイからエまでの合計5921万5935円に対する平成23年6月8日(再審判決が確定した日)から,オに対する平成24年4月27日(支払をした日)から,カに対する同年7月20日(支払をした日)から,キに対する平成24年11月28日(訴状送達の日)から各支払済みまでの遅延損害金これに対し,控訴人らは,請求全部の棄却を求めて控訴した。 他方,被控訴人は,附帯控訴し,原判決において認容されたもののほか,昭和42年10月10日(別件窃盗事件逮捕の日)から昭和48年12月20日(確定審第二審判決の宣告の日)までの逸失利益に対する平成23年6月8日(再審判決が確定した日)から平成24年4月10日(刑事補償金が支払われた日)までの確定遅延損害金8万2017円の請求の認容を求めるとともに,当審において請求を拡張し,上記オからキまでの各金員に対する平成23年6月8日(再審判決が確定した日)から,オの664万円については平成24年4月26日まで,カの37 の請求の認容を求めるとともに,当審において請求を拡張し,上記オからキまでの各金員に対する平成23年6月8日(再審判決が確定した日)から,オの664万円については平成24年4月26日まで,カの37万5000円については同年7月19日まで,キの662万円については同年11月27日までの各遅延損害金の合計80万3313円の支払を求めた。 2 争いのない事実等- 4 -次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の1に記載のとおりであるから,これを引用する。なお,日付は,以下,特に断らない限り,昭和42年を指す。 9頁2行目の末尾に「被控訴人は,本件強盗殺人事件が発生した茨城県北相馬郡s町に実家があり,実家から東京方面に出掛ける際には,栄橋までバスで向かい,そこから徒歩で,常磐線我孫子駅から分岐して成田駅に通じる成田線の布佐駅(千葉県東葛飾郡我孫子町布佐(当時)所在)に行き,布佐駅から列車を利用していた。また,本件強盗殺人事件の共犯者とされたBも,同じs町で育ち,親の遺した自宅があることから,よく布佐駅付近で見かけられていた。(甲B51,乙276,459,546)」を加える。 9頁6行目の末尾に改行して「被害者方は,布佐駅が最寄りの駅であり,同駅から利根川の方向に駅前通りを600mほど進み,利根川の土堤に出ると石段(後記石段の一件があった場所である。)を上がり,利根川に架設された長さ200mほどの栄橋を渡り,土堤を東方向に降り,交差点を300mほど東進して丁字路を左折し,そこから190mほど北進すると,道路(県道)の右側にある。」を加える。 9頁11行目の「251」の次に「,276」を加える。 9頁14行目の「被害者方室内は,」を「被害者方室内の状況は,別紙「現場見取図」のとおりであ と,道路(県道)の右側にある。」を加える。 9頁11行目の「251」の次に「,276」を加える。 9頁14行目の「被害者方室内は,」を「被害者方室内の状況は,別紙「現場見取図」のとおりであって,」に,15行目の「箇所の床下」を「箇所(8畳間の東側にある押入れの前)の床」に,15行目から16行目にかけての「床が落ちくぼみ」を「床がV字に落ちくぼみ,床の上に敷かれた畳も1枚は中央が地面に接するほどに大きくくぼみ(地面から床までの高さは約40㎝である。)」にそれぞれ改める。 9頁20行目の末尾に改行して以下を加える。 「上記のガラス戸は,死体のあった8畳間とその南側の4畳間との境の敷居にはめ込まれていたものであり,枚数は2枚である。ガラス戸には,縦に2列,横- 5 -に4列の合計8枚のガラスが組み込まれていた。検証時の状況は次のとおりであった。1枚は,4畳間中央に倒れている扇風機の上に倒れていた。最上段のガラス2枚と上から3段目のガラス1枚が割れ,4畳間の8畳間に近い部分に敷かれたベニヤ板の上と扇風機付近にガラスの破片が散乱していた。もう1枚は,4畳間の玄関側(西南隅)に置かれていたミシン(高さ約80㎝)に横向きに立てかけられていた。最上段のガラス1枚が割れてミシンの付近に散乱していた。取調官がガラス戸を敷居にはめ込んでみたところ,扇風機の上に倒れていたガラス戸が4畳間側(南側)の敷居にはめ込まれていたガラス戸(以下「4畳間側ガラス戸」という。)であり,ミシンに立てかけられていたガラス戸が8畳間側(北側)の敷居にはめ込まれていたガラス戸(以下「8畳間側ガラス戸」という。)であると認められた。(乙232,423)」12頁23行目及び24行目を「昭和46年10月13日に作成された「ポリグラフ検査鑑定書」には,昭和42年10 ス戸(以下「8畳間側ガラス戸」という。)であると認められた。(乙232,423)」12頁23行目及び24行目を「昭和46年10月13日に作成された「ポリグラフ検査鑑定書」には,昭和42年10月15日に着手し,同月17日に終了したポリグラフ検査の結果として,下記のとおり記載されている。(乙446)」に改める。 13頁15行目の「希薄」を「稀薄」に改める。 13頁24行目の「知人ら」を「知人のg(左眼に眼帯)」に,26行目の「知人」を「g」にそれぞれ改める。 14頁4行目の「午後9時頃」を「午後8時過ぎ頃」に改める。 14頁7行目から8行目にかけての「被害者の顔面を殴るなどの暴力を振るって被害者方に上がり込み」を「被害者方の奥(建物北側)の8畳間にまで上がり込んで被害者の顔面を殴り」に改める。 14頁20行目の「乙」の次に「285,336,」を加える。 14頁22行目の「C」を「D」に改める。 14頁25行目の「8月30日」を「9月23日頃」に改め,26行目の末尾に「(乙165,453)」を加える。 - 6 - 15頁12行目の「Eのアパートである光明荘」を「Eの居住するアパートである東京都中野区野方所在の光明荘(以下「光明荘」という。)」に改める。 15頁15行目の「我孫子駅では原告」及び16行目の「原告」の次にそれぞれ「,g」を加える。 15頁18行目の「他の友人ら」及び19行目の「他の友人」をいずれも「g」に改める。 17頁15行目の「313」の次に「,464」を加える。 17頁20行目の「と言った」の次に「(石段の一件)」を加える。 18頁18行目の「乙」の次に「384,」を加える。 18頁19行目の「恐喝事件」の次に「(以下「余罪暴行等各事件」と 17頁20行目の「と言った」の次に「(石段の一件)」を加える。 18頁18行目の「乙」の次に「384,」を加える。 18頁19行目の「恐喝事件」の次に「(以下「余罪暴行等各事件」という。)」を加える。 19頁9行目の「12月13日」を「12月12日」に改め,11行目の「376」の次に「,455」を加える。 20頁17行目の「2本は被害者の頭毛」を「1本は被害者の頭毛,1本は被害者の陰毛」に改め,18行目の「他の5本」の次に「の頭毛」を加え,19行目の「類似する性質を有するも判定し得えない旨」を「「類似するものと判定し得られなかった」と」に改める。 21頁10行目から11行目にかけての「供述し,その内容が調書に録取された」を「供述したとする供述録取書が作成された」に改め,11行目の「乙」の次に「247,」を加える。 21頁19行目から20行目にかけての「供述し,その内容を記した捜査報告書が作成された」を「供述したとする捜査報告書が作成された」に改める。 21頁26行目の「F検察官」を「G検察官」に,22頁2行目の「供述し,その内容がそれぞれ調書に録取された」を「供述したとする供述録取書がそれぞれ作成された」にそれぞれ改め,3行目の「乙」の次に「245,」を加え- 7 -る。 22頁14行目から15行目にかけての「供述し,その内容が調書に録取された」を「供述したとする供述録取書が作成された」に改める。 22頁22行目の「一連の出来事」の次に「(石段の一件)」を加える。 23頁4行目の「旨供述し」の次に「(石段の一件)」,「乙」の次に「248,」をそれぞれ加える。 23頁10行目から11行目にかけての「供述し,その内容が調書に録取されたが,10月22日,再度,警察官 目の「旨供述し」の次に「(石段の一件)」,「乙」の次に「248,」をそれぞれ加える。 23頁10行目から11行目にかけての「供述し,その内容が調書に録取されたが,10月22日,再度,警察官から事情聴取を受けた際には,」を「供述したとする供述録取書が作成され,10月22日の警察官による事情聴取において,」に,13行目から14行目にかけての「供述し,その内容が調書に録取された」を「供述したとする供述録取書が作成された」にそれぞれ改める。 23頁22行目の「供述し,その内容が調書に録取された」を「供述したとする供述録取書が作成された」に改め,「乙」の次に「272,」を加える。 24頁23行目から24行目にかけての「供述し,その内容が調書に録取された」を「供述したとする供述録取書が作成された」に改め,24行目の「乙」の次に「249,」を加える。 24頁26行目の「8月30日の警察官による聞き込みにおいて」を「8月30日,交番に出向き,警察官に対し」に改める。 25頁10行目の「二十七」を「二十才」に改める。 25頁20行目の「供述し,その内容が調書に録取された」を「供述したとする供述録取書が作成された」に改める。 25頁26行目の「乙」の次に「265,」を加える。 26頁5行目の「8月31日」を「8月30日」に,8行目から9行目にかけての「供述し,その内容を記した」を「供述したとする」にそれぞれ改める。 26頁16行目から17行目にかけて及び24行目から25行目にかけて- 8 -の各「供述し,その内容が調書に録取された」をいずれも「供述したとする供述録取書が作成された」に改める。 27頁5行目及び10行目の各「供述し,その内容が調書に録取された」をいずれも「供述したとする供 し,その内容が調書に録取された」をいずれも「供述したとする供述録取書が作成された」に改める。 27頁5行目及び10行目の各「供述し,その内容が調書に録取された」をいずれも「供述したとする供述録取書が作成された」に改め,11行目の「626」の次に「,630」を加える。 27頁17行目から18行目にかけての「供述し,その内容が調書に録取された」を「供述したとする供述録取書が作成された」に,20行目の「供述をし,その内容が調書に録取された」を「供述をしたとする供述録取書が作成された」にそれぞれ改め,24行目の「乙」の次に「266,」を加える。 27頁24行目の「供述し,その内容が調書に録取された」を「供述したとする供述録取書が作成された」に改める。 28頁13行目の「乙」の次に「282,」を加える。 28頁19行目の「陳述した。」の次に「被控訴人及びBは,本件強盗殺人事件についても勾留された。」を加える。 29頁14行目の「供述し,その内容が調書に録取された」を「供述したとする供述録取書が作成された」に改める。 30頁22行目の「原告が」を「Hは」に改める。 32頁20行目の「二人で話をしている様子であった旨,」を削除する。 33頁24行目から25行目にかけての「Bは分かったが,原告は名前が思い出せなかった旨」を「一寸見たにすぎなかったことから,誰だか分からなかったが,印象に残った(それ故に本件強盗殺人事件から約半年後に警察官に対し被害者方前で原告とBを目撃したと述べることができた)旨」に改める。 36頁4行目の「土浦支部に対し,」の次に「刑事訴訟法188条の3,同条の2に基づき,」を加える。 3 争点及び当事者の主張の要旨次のとおり補正するほかは,原判決の「事実 改める。 36頁4行目の「土浦支部に対し,」の次に「刑事訴訟法188条の3,同条の2に基づき,」を加える。 3 争点及び当事者の主張の要旨次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概- 9 -要」の2及び3に記載のとおりであるから,これを引用する。 140頁14行目の「事件であるから,」の次に「取調べ受忍義務がないこと及び途中退去できることを告知しないまま,」を加える。 140頁18行目の「10月13日以降は,」の次に「別件窃盗事件の取調べは全くなく,余罪窃盗各事件の取調べもわずかに行われたのみで,その余は」を加える。 140頁26行目の末尾に「また,既に別件窃盗事件の勾留としての実体を喪失した違法な身柄拘束が継続していたことは上記ウのとおりである。」を加える。 143頁21行目の「別件暴力行為等事件の」の次に「逮捕及び」を加える。 169頁23行目の「上記のとおり,」を削除する。 175頁3行目の末尾に「このとおり,取調官は,本件強盗殺人事件の取調べのため,別件暴力行為等事件の勾留期間を利用している。」を加える。 176頁7行目の「上記のとおり,」を削除する。 179頁14行目の「ゆえに」を「故に」に改める。 185頁22行目の末尾に「これは,F検察官が任意の取調べといえない取調べをしていたことを裏付ける。」を加える。 185頁24行目の「記載のものと同様の理由で」を「記載のとおり,被控訴人は,長期間の身柄拘束を受けていた上,精神的肉体的苦痛を伴った本件強盗殺人事件の取調べがG検察官の取調べで終わったと思っていたにもかかわらず,取調べが再開されたことから,その精神的ショックは大きく,その状態において,F検察官が12月 精神的肉体的苦痛を伴った本件強盗殺人事件の取調べがG検察官の取調べで終わったと思っていたにもかかわらず,取調べが再開されたことから,その精神的ショックは大きく,その状態において,F検察官が12月15日から連続5日間の取調べをするなどしているから」に改める。 186頁3行目の「第2の2」を「争いのない事実等」に改める。 187頁14行目の「前提事実第1の5のとおり」を「争いのない事実等- 10 -ウ及びオのとおり,」に,17行目の「8月31日」を「8月28日」にそれぞれ改める。 193頁3行目の冒頭に「被控訴人は,起訴後の勾留が被告人の公判への出頭を確保し,公判を迅速に行うことを目的とするものであるのに,検察官がこれを逸脱し,しかも,起訴された余罪窃盗各事件(争いのない事実等カの事件を除く。)の第1回公判期日を先の期日に変更するよう申請して,本件強盗殺人事件の取調べを行ったと主張する。しかし,」を加える。 195頁10行目の「12月13日」を「11月13日」に改める。 210頁22行目の「行われたが,」の次に「被控訴人及びBが強取後に川に投げ捨てたと供述した」を加える。 210頁25行目の「毛髪」を「人毛」に改め,26行目の「のものと」の次に「同一又は」を加え,211頁1行目の「毛髪」を「もの」に改める。 211頁19行目の「8畳間の」を「8畳間と4畳間との境にある2枚のガラス戸のうち」に改める。 212頁17行目の「蹴った」の次に「8畳間と4畳間との境の」を加える。 215頁20行目の「F検察官は,」の次に「8畳間と4畳間との境の」を,21行目の「「東西型」」の次に「(ガラス戸のはめ込まれていた敷居の西側部分に被控訴人が,東側部分にBがそれぞれ立ち,2枚あるガラス戸のうちの4畳間側ガラス ,」の次に「8畳間と4畳間との境の」を,21行目の「「東西型」」の次に「(ガラス戸のはめ込まれていた敷居の西側部分に被控訴人が,東側部分にBがそれぞれ立ち,2枚あるガラス戸のうちの4畳間側ガラス戸だけを二人で一緒に両側から持ち上げるなどをした旨の供述)」を,「「南北型」」の次に「(2枚あるガラス戸のうちの4畳間側ガラス戸をBが,8畳間側ガラス戸を被控訴人がそれぞれ別々に外したとの供述)」をそれぞれ加える。 217頁2行目の「録音テープ」の次に「(以下「10.30B録音テープ」という。)」を加え,9行目の「10月30日前後のBの取調べに係る録音テープ」を「10.30B録音テープ」に改める。 - 11 -219頁1行目の2か所の「毛髪等」並びに2行目及び3行目の各「毛髪」をいずれも「人毛」に改める。 219頁17行目から18行目にかけての「犯行前に開けた被害者方の勝手口に関する原告の供述の変遷については」を「被控訴人は,本件犯行前に被害者方勝手口のガラス戸を開けたことについて,F検察官が実況見分を行う前には,左側(西側)のガラス戸を右側(東側)に開けたと供述していたところ,実況見分後は,右側(東側)を左側(西側)に開けたと供述を変えている。しかし,これについては」に改める。 219頁22行目の「被害者の死体解剖鑑定書」を「本件鑑定書」に改める。 220頁17行目の冒頭に「被控訴人は,整然と本件犯行を自白するところが録音された11.2被控訴人録音テープ及び11.3B録音テープに先立ち,警察官が誘導しながら被控訴人及びBに本件犯行の状況を供述させているところが録音された10.17被控訴人録音テープ及び10.30B録音テープが存在すること,したがって,被控訴人及びBの自白が信用できないことをF検察官が本件起訴前か に本件犯行の状況を供述させているところが録音された10.17被控訴人録音テープ及び10.30B録音テープが存在すること,したがって,被控訴人及びBの自白が信用できないことをF検察官が本件起訴前から知っていたと主張する。しかし,」を加える。 222頁24行目の冒頭に「前記イのとおり,被害者方勝手口の」を加える。 226頁26行目の「uの」の次に「親方の」を加える。 229頁23行目及び26行目並びに230頁2行目の各「栄橋石段」をいずれも「栄橋の石段」に改める。 230頁18行目の「I供述」を「Iの供述」に改める。 232頁2行目の「J供述」を「Jの供述」に改める。 239頁16行目の「最高裁昭和44年決定」の次に「(最高裁昭和44年4月25日第二小法廷決定・刑集23巻4号248頁)」を加える。 242頁15行目の冒頭に「確定審第二審当時,刑訴法及び刑訴規則に- 12 -は,検察官による目録の提出に関する規定はなく,目録を提出しなくても違法とはならない。それを措くとしても,被控訴人は,目録の提出がなかったことから,被控訴人の証拠開示の申出に対し,東京高裁がKの捜査報告書を同文書の不存在を理由に却下する誤った判断をしたと主張するが,東京高裁から意見を求められた」を加える。 249頁1行目の「釈放」を「仮釈放」に改める。 253頁23行目の「強盗殺人の事実」を「本件強盗殺人事件」に改める。 259頁13行目の「(被告県の主張)」を「(控訴人らの主張)」に改め,18行目の「証言行為等)」の次に「及び検察官による別件窃盗事件勾留等の各職務行為」を加え,20行目の「被告県」を「控訴人ら」に改める。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実争いのない事実等及び掲記の証拠を総合すれば,以下の事実が認めら による別件窃盗事件勾留等の各職務行為」を加え,20行目の「被告県」を「控訴人ら」に改める。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実争いのない事実等及び掲記の証拠を総合すれば,以下の事実が認められる。 本件強盗殺人事件の発生ア 8月30日早朝,一人暮らしの被害者方において,被害者の死体が発見された。茨城県警は,約80名の警察官を集めて捜査本部を設置し,強盗殺人事件(本件強盗殺人事件)として,被害者の身辺捜査,近隣住民等からの聞き込み,前科者及び素行不良者の捜査等を始めた。また,同日,司法解剖が行われ,本件犯行は同月28日午後8時前後と推測された。(乙453)イ同月30日夜,捜査本部は,同月28日午後7時30分頃から8時頃までの間に被害者方前で20歳代の二人の男性をnが見かけたとの情報を得た。当該情報によれば,二人とも髪を伸ばしており,また,一人はやせていたとのことであった(なお,被控訴人は身長約1.6mで小太り,Bは身長約1.8mでがっちりした体型である。髪型は,二人とも角刈りで,Bは特に短い。)。捜査本部は,現場の状況も踏まえ,本件犯行は男性二人によるものと判断した。(乙320,328,4- 13 -51,453,627)犯人捜査ア 8月29日,B,L及びNが通行人に暴力を振るう別件暴力行為等事件が発生した。捜査本部は,後にその情報を得た。 イ同月30日,本件強盗殺人事件を捜査していた警察官が,被害者方に近い布佐駅の駅員で同月28日夜に改札を担当していたOから,同日午後7時10分着の列車から素行不良者であるBが仲間3名くらいと降りてきた旨聞き取った。また,同月31日,栄橋で通行人から聞込み捜査を行っていたS警察官が,通りかかったoから,同月28日午後7時30分頃,被害者方の前を通った際,被害者方の玄関前 間3名くらいと降りてきた旨聞き取った。また,同月31日,栄橋で通行人から聞込み捜査を行っていたS警察官が,通りかかったoから,同月28日午後7時30分頃,被害者方の前を通った際,被害者方の玄関前にいた二人の男性を見たこと,一人は20歳くらいで身長1.64mくらいのやせ型であったこと,もう一人はその奥にいて被害者と話していたこと,前者の男性は布川在住の者ではなく,後者の男性の人相,特徴は不明である旨を聞き取った。 (乙544,626)ウ 9月2日,本件強盗殺人事件の捜査のため,栄橋のバス停において,バスの乗客等に対し,8月28日の通勤状況の聞取りが行われ,担当した警察官は,居合わせた被控訴人からも聞取りを行った。被控訴人は,「親方はuのkという人で,毎日その人のところに電話して,その人の指示で仕事をしている。」などと述べ,布佐駅から上野駅までの通勤定期券を見せた。そこに自動車に乗ったBが現れ,被控訴人は,Bと合流するため,一緒にいたLとその場から離れた。(乙608)。 エまた,被害者方周辺の住宅で聞取りを行っていた警察官が被控訴人の自宅を訪れ,8月28日のアリバイを尋ねた。被控訴人は,東京都内の三菱銀行(当時)の支店で清掃作業に従事し,その夜は親方のところで泊まったと述べた。(乙453)オ 9月3日,被控訴人は,千葉県柏市内の商店の従業員寝室において,知人である b のズボン1本及びワニ皮バンド1本を盗んだ(別件窃盗事件)。捜査本部は,後に別件窃盗事件の発生の情報を得た。(乙453)- 14 -カ同月11日までに,捜査本部は,被害者方と県道を挟んで向かいに住む住民が,8月28日午後8時40分か50分頃に被害者方からガラスが割れるような大きな音が聞えてきたと述べていることを確認した。(乙477,478)キ捜査本部は, 害者方と県道を挟んで向かいに住む住民が,8月28日午後8時40分か50分頃に被害者方からガラスが割れるような大きな音が聞えてきたと述べていることを確認した。(乙477,478)キ捜査本部は,本件強盗殺人事件の発生後の捜査により,捜査の対象となる前科者及び素行不良者として170人から180人を選び出した。その中には,別件暴力行為等事件の共犯者であるL,N及びBが含まれ,また,被控訴人も含まれていた。捜査本部は,これらの捜査対象者についてアリバイを捜査し,アリバイが確認された者は捜査対象から外して,捜査対象を絞っていった。被控訴人については,同人が東京都内の三菱銀行の支店で清掃作業に従事していたと述べたことにつき,9月12日,同支店の支店長代理及び同支店の清掃を請け負っていたk組のk某から聞取りをし,その結果,被控訴人は8月下旬には同支店の清掃作業を行っていないことが判明した。(乙453,562)ク 9月18日,取手署の警察官は,争いのない事実等ウの恐喝事件について,被害者からBの犯罪行為等を聴取した。竜ヶ崎署の警察官も,同日以前に争いのない事実等イの事件について捜査を行い,Bを被疑者として把握していた。(乙196~212,216,297)ケその後,本件強盗殺人事件の捜査の進展により,前科者及び素行不良者で捜査の対象となっていた者のうち,裏付け捜査でアリバイが判明した者や,長期間にわたって所在不明となっている者を除くと,残るのは被控訴人,B,L,N,P及びQとなった。捜査本部は,P及びQを別件で逮捕し,本件強盗殺人事件のアリバイ捜査を行うこととした。また,B,L及びNについても,9月23日頃,別件暴力行為等事件で逮捕状を請求し,10月1日頃にL及びNを逮捕した。しかし,逮捕した4名は,アリバイ捜査等により,本件強盗殺人事 捜査を行うこととした。また,B,L及びNについても,9月23日頃,別件暴力行為等事件で逮捕状を請求し,10月1日頃にL及びNを逮捕した。しかし,逮捕した4名は,アリバイ捜査等により,本件強盗殺人事件とは関係のないことが判明した。L及びNは,別件暴力行為等事件について罰金刑の宣告を受け,釈放された。(乙274,451,453)被控訴人の身柄拘束と取調べ- 15 -ア捜査本部は,被控訴人についても,最近所在が分からないこと,別件窃盗事件が確認されていること,別件窃盗事件の余罪である窃盗事件の情報もあったことから,別件窃盗事件で逮捕して8月28日のアリバイを調べることとし,10月5日,別件窃盗事件を被疑事実とする逮捕状を請求し,同日発付を受けた。なお,Bは,逮捕状が発付された後も,所在が分からずに逮捕できない状況が続き,9月30日,逮捕状が更新された。(乙164,165,172,189,453)イ 10月10日夜,被控訴人は,上記逮捕状により逮捕された(別件窃盗事件逮捕)。(乙164,378)ウ同月11日,本件強盗殺人事件の捜査を命じられていたR警察官及びS警察官は,被控訴人の取調べを担当することになり,8月10日頃から同月末日頃までの被控訴人の行動,生活状況を聞き取った。被控訴人は,8月28日の夜の行動について,知人のM方か東京都内の光明荘のいずれかに泊まったと供述した。(甲B18,乙451)エ10月12日午前,R警察官及びS警察官は,被控訴人を取り調べ,身上,経歴等のほか,昭和39年頃から別件窃盗事件に至るまでの生活状況,別件窃盗事件の犯行状況及び余罪窃盗各事件の一部について聞き取り,員面調書(甲B51)を作成した。(甲B51)同日午後,被控訴人は,別件窃盗事件に係る被疑事実で取手署の留置場に勾留され 状況,別件窃盗事件の犯行状況及び余罪窃盗各事件の一部について聞き取り,員面調書(甲B51)を作成した。(甲B51)同日午後,被控訴人は,別件窃盗事件に係る被疑事実で取手署の留置場に勾留された(別件窃盗事件勾留)。(乙164)同日,争いのない事実等ウの被害者であるlが最寄りの警察署に被害届を提出し,員面調書の作成に応じた。余罪窃盗各事件の被害届や答申書等は,その後も,同オの被害者であるaが同月13日,同エの被害者であるbが10月19日,同ケの被害者であるcが同月20日,同イの被害者であるd及びその被害について事情を知るeが10月21日,同キの被害者であるfが同月23日にそれぞれ提出した。(乙175~179,185~188,191,192)オ10月13日,R警察官及びS警察官は,取手署の留置場内にある看守の- 16 -仮眠にも使う部屋に机を持ち込み,被控訴人を取り調べた。取調べをした時間は,午後零時10分頃から午後6時頃までと,1時間の休憩を挟んで,午後7時5分頃から午後10時15分頃までの延べ約9時間であった(以降,取手署での取調べは同室で行われた。)。この日の取調べでは,被控訴人は,8月25日から9月2日までの間における生活状況について,親を騙して受け取った現金を持って毎日競輪場に行っていたと話し,8月28日の行動については,夕方以降のことは忘れて記憶にないと供述した。また,本件強盗殺人事件の嫌疑がかけられていることについて,自分はその日は布川に出掛けていないと述べて,本件犯行を否認した。R警察官は,被控訴人が8月28日夕方以降の行動を思い出せないと供述したことについて,①それは何か理由があって隠しているとしか思えない,何か間違いでも起こしているのなら話してみろ,②被害者方の前で被控訴人とBを見た目撃 が8月28日夕方以降の行動を思い出せないと供述したことについて,①それは何か理由があって隠しているとしか思えない,何か間違いでも起こしているのなら話してみろ,②被害者方の前で被控訴人とBを見た目撃者がおり,被害者方の前を通る際,被控訴人が被害者方の勝手口の石台に上がって被害者と話していたと言っている,③天網恢恢疎にして漏らさずといって,誰も見ていないと思ってもどこかで見ている人がいる,④悪事千里を走るといって,悪いことをしてもばれないということはない,⑤勇気を出して話してみろ,などと発言した。(乙379,416,452,464,466,565)R警察官が同日の取調べで8月28日の宿泊先を聞き取った際,被控訴人は,Bと一緒に光明荘に宿泊したかもしれないと供述した。これに対し,R警察官は,Eに確認をしていないにもかかわらず,Eはその日は泊まっていないと言っている旨を述べた。結局,R警察官とS警察官は,被控訴人から,8月28日は自宅かM方で寝たと聞き取った。そして,上記の8月25日から同月28日頃までの行動について捜査報告書(乙565)を作成した。(甲B9,44の2,乙379,452,552,565)カ 10月14日,R警察官及びS警察官は,午前9時頃から午後零時過ぎまで,午後1時5分頃から午後6時45分頃まで及び午後7時頃から午後10時10分頃までの延べ約11時間50分にわたって取調べを行い,8月24日頃から同月30- 17 -日頃までの被控訴人の行動や,同月28日のアリバイについて聞いた。 その際,R警察官は,被控訴人が8月28日のことを思い出せないと述べたことについて,前日と同様に被控訴人を問い質した。(乙379,401,452,464,466)キ10月15日,R警察官及びS警察官は,午前9時20分 日のことを思い出せないと述べたことについて,前日と同様に被控訴人を問い質した。(乙379,401,452,464,466)キ10月15日,R警察官及びS警察官は,午前9時20分頃から午前11時55分頃まで,前日に続き,本件犯行時のアリバイ等について被控訴人を取り調べた。(乙379,452,464) 同日の午後は,午後4時頃まで本件ポリグラフ検査が行われ,その後,午後4時20分頃から午後6時20分頃まで及び午後7時頃から午後10時50分頃まで取調べが行われた。(乙446,452,566) R警察官は,本件ポリグラフ検査後の取調べでも,8月28日の夕方以降のアリバイを追及した。そして,R警察官は,被控訴人の母親から聴取していないにもかかわらず,「貴公の母ちゃんも,やっちゃったことは仕方ないから一日も早く素直に話せと言っている。」と母親の話を持ち出し,また,本件ポリグラフ検査の結果が出て,被控訴人の供述は全て嘘であると判明した旨を告げて,自供させようとした。被控訴人は,R警察官に対し,世間に知られたくないから新聞には載せないで欲しいと述べ,これに応じてもらえるのなら自供を始めるとの態度を示した。これに対し,R警察官は,新聞には掲載されない旨を告げた。また,この頃,R警察官は,留置施設から提供される食事では量が足りない被控訴人に対し,早く自白調書を書き終わればいくらでも食べさせる旨を言い,実際にまんじゅうを買い与えた。 このような経緯を経て,被控訴人は,取調べが始まって1時間ほど経った午後5時30分頃,本件犯行の自白を始めた。本件犯行の具体的な内容については,小学生の頃に被害者方を訪れた際の記憶,本件強盗殺人事件後に周囲から得ていた情報(被害者の副業(金貸し),本件犯行時刻),別の日に体験し 頃,本件犯行の自白を始めた。本件犯行の具体的な内容については,小学生の頃に被害者方を訪れた際の記憶,本件強盗殺人事件後に周囲から得ていた情報(被害者の副業(金貸し),本件犯行時刻),別の日に体験していた出来事をもとに,R警察官の話に合わせて答えた。これを受けて,R警察官及びS警察官は,被控訴人が本件犯行を自白する内容(争いのない事実等ウ)の員面調書(乙328)を作- 18 -成した。また,被控訴人が自白に至るまでの様子について記載した捜査報告書(乙566)も作成した。なお,捜査本部は,本件ポリグラフ検査から2,3日後に検査結果の連絡を受けたが,R警察官にはその結果を知らせなかった。本件ポリグラフ検査の結果は,争いのない事実等イのとおりであり,茨城県警の担当者が作成したポリグラフ検査鑑定書にその内容が正確に記載されていると仮定したとしても,被控訴人を犯人と認定する根拠にはできないものであった。(甲B8,9,36,44の2,乙328,346,379,389,394,452,466,566)ク同月16日も,R警察官及びS警察官は,午前10時25分頃から2回の休憩を挟んで午後10時頃まで取調べを行い,窃盗の余罪(争いのない事実等ア,イ,エ~ケ,余罪窃盗各事件以外の窃盗事件)の概要のほか,本件犯行状況の概要を含む8月26日から同月31日までの生活や行動の状況を記載した上申書(甲B11)を被控訴人に作成させた。また,7月末から8月27日までの行動及び生活状況として,被控訴人が全く働かず,知人から現金を借りるなどして毎日競輪場に通っていた状況を聞き取り,聞き取った内容の員面調書(乙329)を作成した。 その冒頭部分には,本件強盗殺人事件を取り調べたと記載されている。さらに,上記上申書を被控訴人に作成させた経緯や,被控訴人が同 っていた状況を聞き取り,聞き取った内容の員面調書(乙329)を作成した。 その冒頭部分には,本件強盗殺人事件を取り調べたと記載されている。さらに,上記上申書を被控訴人に作成させた経緯や,被控訴人が同日の取調べで本件犯行について供述した内容を報告する捜査報告書(乙567)を作成した。(甲B11,乙329,464,567)ケ同月17日も,R警察官及びS警察官は,午前10時10分頃から休憩を2度挟んで午後10時40分頃まで,被控訴人の身上経歴,余罪窃盗各事件の一部,本件犯行及び本件犯行前後の状況について取調べを行った。そのうち,午後3時18分頃から午後7時6分頃までは,取調べの内容をテープ(10.17被控訴人録音テープ)に録音した。同録音は,中断,編集が13か所に及び,しかも,例えば,午後4時44分頃に中断した前後を比べると,中断前は,被控訴人自身は殺害の実行行為をしていないとの内容であったのに,中断後は,自ら被害者の頸部を扼して殺害行為に及んだとの供述になるなど,警察官の想定するとおりの内容を被控訴人- 19 -に供述させ,その供述を録音した痕跡が残るものであった。(甲B3,4,乙464,585)コ同月18日も,R警察官及びS警察官は,昼休憩を挟んで午前10時頃から午後5時30分頃まで取調べを行い,8月28日の本件犯行前後の行動及び本件犯行の状況について聞き取り,聞き取った内容の員面調書(乙330,331)を作成した。その冒頭部分には,本件強盗殺人事件を取り調べたと記載されている。(乙330,331,464)サ同月19日午後,検察官は,1時間程度の取調べを行った。そして,被控訴人には他に窃盗10件の余罪(余罪窃盗各事件)があるため,その取調べを行い,起訴,不起訴の決定をしなければならな サ同月19日午後,検察官は,1時間程度の取調べを行った。そして,被控訴人には他に窃盗10件の余罪(余罪窃盗各事件)があるため,その取調べを行い,起訴,不起訴の決定をしなければならないことを理由として,勾留延長の請求をし,同月20日,勾留期間が同月31日まで延長された。他方,捜査本部は,同月19日,本件強盗殺人事件を被疑事実とする逮捕状を請求し,逮捕状(以下「本件逮捕状」という。)が発付された。同逮捕状の被疑事実は,被控訴人の自白が録取された上記員面調書等に基づくものであり,その概要は,①被控訴人は,競輪等の資金に困り,Bと相談して,金貸しをしている被害者から借りようと被害者方に向かい,②8月28日午後7時30分頃,被害者方を訪れ,同人に借用を申し入れたが断られ,③利根川堤防付近まで戻ったところで,Bと相談して再度借用の申入れをするため被害者方に引き返し,④同日午後8時30分頃,被害者方を再度訪れて借用を申し入れたが再度断られ,⑤そのため,被控訴人は,被害者を殺害してでも金員を奪取しようと決意し,⑥Bと共同して被害者方に押し入り,同人の腹部を足で蹴って転倒させ,顔面を殴打し,助けを求める同人の身体を押さえつけながら口中に木綿パンツを押し込み,両足を緊縛して頸部を締めつけるなどして,同人を窒息により死亡させて殺害し,⑦同居室内を物色の上,被害者所有の現金十数万円を強取した,というものであった。(乙164,166,464)シ同月20日,R警察官及びS警察官は,午前8時30分頃から午後零時頃まで,午後1時10分頃から午後5時40分頃まで及び午後8時10分頃から午後1- 20 -0時25分頃まで取調べを行った。午前中は,8月28日の本件犯行の状況や犯行後の行動,翌29日の行動を聞き取り,聞き取った内容の員面調書(乙332 頃まで及び午後8時10分頃から午後1- 20 -0時25分頃まで取調べを行った。午前中は,8月28日の本件犯行の状況や犯行後の行動,翌29日の行動を聞き取り,聞き取った内容の員面調書(乙332)を作成した。その冒頭部分には,本件強盗殺人事件を取り調べたと記載されている。 また,被控訴人が本件犯行の状況等を供述したことを内容とする捜査報告書(乙568)も作成した。ところが,午後8時10分頃からの取調べにおいて,被控訴人は,本件犯行を否認する供述を行い,8月28日夜のアリバイを主張した。その内容は,午後7時半から8時過ぎまでは東京の高田馬場にある居酒屋で飲食をし,午後9時過ぎに光明荘を訪れ,Eが勤務するバー「ジュン」に顔を出し,その夜は光明荘に泊まったというものであった。R警察官及びS警察官と交代したU警察官は,その内容を記載した2通の捜査報告書(甲B30,乙569)を作成した。(甲B30,乙332,464,568,569)ス同月21日,R警察官及びU警察官は,昼休憩を挟んで午前10時15分頃から午後5時15分頃まで取り調べ,被控訴人から,8月31日から9月2日(別件窃盗事件の前日)までの行動について聞き取り,聞き取った内容の員面調書(乙333)を作成した。その冒頭部分には,本件強盗殺人事件を取り調べたと記載されている。同調書には,被控訴人は,9月2日の夜に栄橋のたもとで警察官から本件犯行当日の行動を尋ねられた際,本件犯行を行ったことが発覚しないよう,その日は三菱銀行の仕事をした社長の所に泊まったと虚偽の事実を述べたとして,本件犯行を自供する内容の供述も録取された。(乙333,464)セ同月22日,R警察官及びU警察官は,昼休憩を挟んで午前11時15分頃から午後6時10分頃まで取調べを行い,被控訴人から 犯行を自供する内容の供述も録取された。(乙333,464)セ同月22日,R警察官及びU警察官は,昼休憩を挟んで午前11時15分頃から午後6時10分頃まで取調べを行い,被控訴人から,本件犯行を自供する内容(本件犯行の状況及びその前後の行動状況)の供述を聞き取り,捜査報告書(乙570)を作成した。(乙463,464,570)ソ同月23日,R警察官及びU警察官は,休憩を挟んで午前9時10分頃から午後5時15分頃まで取調べを行い,8月28日夕方からの行動,本件犯行の状況,本件犯行後の逃走,盗品の分配,同日の宿泊先,翌日の行動等について聞き取- 21 -り,同内容の捜査報告書2通(甲B26,乙571)を作成した。 同月23日午後3時過ぎ,捜査本部は,同月19日に発付された本件逮捕状を執行し(本件逮捕),別件窃盗事件勾留については被控訴人を釈放した。そして,被控訴人は,同月25日,本件強盗殺人事件を被疑事実(逮捕状記載の被疑事実とほぼ同一)として勾留された(本件勾留)。なお,同月24日,R警察官は,被控訴人から,本件犯行前後の行動や本件犯行状況等を聞き取って員面調書(乙334)を作成した。また,同月25日,G検察官は,本件勾留に先立って,被控訴人から本件犯行を認める供述を聞き取り,弁解録取書(乙306)を作成した。(甲B48,乙164,166,571)本件勾留後の取調べア同月26日から31日にかけて,R警察官及びU警察官は,被控訴人から,本件犯行の状況,本件犯行後の逃走の状況,その日の宿泊先,翌日以降の行動(強取した現金の使途)等について聞き取り,合計9通の員面調書(乙335~343)を作成した。また,被控訴人の供述態度,取調べ状況,これまで虚偽の供述をして供述内容を変えてきた理由 ,翌日以降の行動(強取した現金の使途)等について聞き取り,合計9通の員面調書(乙335~343)を作成した。また,被控訴人の供述態度,取調べ状況,これまで虚偽の供述をして供述内容を変えてきた理由並びに本件犯行(隠ぺい工作)の状況及びその後の行動についての被控訴人の供述内容を報告する合計8通の捜査捜報告書(乙572~579)を作成した。 イ 11月1日,G検察官は,被控訴人から,本件犯行を認める供述を聞き取って供述録取書(乙307)を作成した。同日,R警察官及びU警察官も,本件犯行を自白するに至った経緯等を聞き取って員面調書(乙344)を作成し,供述の状況を記載した捜査報告書(乙580)を作成した。 ウ 11月2日,R警察官及びU警察官は,午後からの取調べで,本件犯行の詳細な状況を自白する被控訴人の供述等をテープ(11.2被控訴人録音テープ)に録音した。(甲B1,31)エ 11月3日,R警察官及びU警察官は,被控訴人から,被害者方の状況を供述した内容を聞き取って員面調書(乙345)を作成し,供述内容等を記載した捜- 22 -査報告書(乙581)を作成した。なお,翌日以降は,余罪窃盗各事件についての取調べが行われた。(乙294~296)オ 11月8日,被控訴人は,土浦拘置支所に移監され,その後,G検察官の取調べを受けると,同月13日までに本件犯行を否認し,同日には,前記シ記載と同様のアリバイを主張し,G検察官により,同内容の検面調書(乙383)が作成された。なお,同日,余罪窃盗各事件(争いのない事実等カを除く。)が起訴され,検察官が勾留請求したため,被控訴人は,起訴された事件により勾留されることになった。他方,本件勾留は満期となり,同事件では釈放された。 カ 12月1日,被控 実等カを除く。)が起訴され,検察官が勾留請求したため,被控訴人は,起訴された事件により勾留されることになった。他方,本件勾留は満期となり,同事件では釈放された。 カ 12月1日,被控訴人は,争いのない事実等カの取調べのため,土浦拘置支所から取手署に再度移監され(逆送),同日から同月8日まで,R警察官及びU警察官によって,連日,午前午後と,本件強盗殺人事件について,それまで自白していたにもかかわらず否認に転じた理由等に関する取調べが行われた。同月4日には,一日で約9時間30分に及ぶ取調べを受けた。そして,同日,被控訴人は,本件犯行を再び自白した。R警察官は,同日,被控訴人から,本件犯行を否認した理由及び本件犯行を認めることを聞き取って員面調書(乙346)を作成し,同月8日にも,本件犯行に至るまでの生活状況及び本件犯行を聞き取って員面調書(乙347)を作成した。(甲B33~38,乙416,452,463)キ同月15日頃,F検察官が被控訴人の取調べを始めたところ,被控訴人は,本件犯行を否認して,光明荘にいたなどと8月28日のアリバイを主張し,その日の夜の出来事として,光明荘の2階のEの部屋から向かいのアパートの2階に窓から入り,缶詰を盗んだと述べた。F検察官は,取調べに先立って,警察官が作成した自白調書を読み,自白調書は真実が記載されたものであって信用できるとの心証を持っていたことから,否認する被控訴人に対し,自白調書を見たが,犯人でなければ供述できないことが録取されている,被控訴人の言うことは信じられない,警察の詳細な調書がある以上,被控訴人が犯人としか思えないと述べた。そして,取調べが始まって2,3日後,F検察官は,残念ながら被控訴人の言ったアリ- 23 -バイが出てこないと言った。また,被控訴人が光 細な調書がある以上,被控訴人が犯人としか思えないと述べた。そして,取調べが始まって2,3日後,F検察官は,残念ながら被控訴人の言ったアリ- 23 -バイが出てこないと言った。また,被控訴人が光明荘の向かいのアパートに2階の窓から入って缶詰を盗んだと述べたことについては,F検察官は実際には警察官の作成した実況見分調書を見ただけであり,自分で光明荘の現場に行って状況を確認したわけではなかったにもかかわらず,自分も東京から通っており,光明荘と向かいのアパートを見てきたが,とても2階から向かいのアパートに渡ることはできないと言い,被控訴人が渡れると言っても,その旨の調書を作成しなかった。 しかし,後日,確定審第一審裁判所が光明荘と向かいのアパートの状況について検証を行った際,Eが光明荘の2階の窓から向かいのアパートの2階の窓まで渡ってみせ(光明荘の窓の手摺と向かいのアパートの窓の手摺との間には約1.5m の距離があったが,手摺に足をかけ,庇を手で持って体を支えるなどして移動した。),被控訴人の主張するとおり渡れることが証明されている。(乙115,376,382,416,466)12月18日頃,F検察官は,取調べ中,君の言葉は真実と思えない,否認しても裁判官は信じないだろう,本当のことを言わなければ救いようがない,救われないと言った。その後,被控訴人は,本件犯行を自白した。 ク 12月28日,被控訴人は,Bとともに本件強盗殺人事件で起訴された。そして,検察官が勾留を求めたことから,同日,同事件でも勾留されることになった。 勾留質問は,被控訴人を護送してきた警察官がそのまま被控訴人の背後にいる状態で行われ,被控訴人は,裁判官に対し,本件犯行を認める陳述をした。(乙168,361,407,416) Bの身柄拘束と取調 控訴人を護送してきた警察官がそのまま被控訴人の背後にいる状態で行われ,被控訴人は,裁判官に対し,本件犯行を認める陳述をした。(乙168,361,407,416) Bの身柄拘束と取調べア10月16日午前1時30分頃,Bは,別件暴力行為等事件の被疑事実で逮捕された(別件暴力行為等逮捕)。(乙165)同日,本件強盗殺人事件の捜査を担当していたV警察官は,W警察官とともにBの取調べを行った。既に被控訴人が本件強盗殺人事件について自白したことを聞いており,Bをその共犯者として取り調べる方針であった。(乙374,375,- 24 -449,458)取調べは,午後2時頃から2回の休憩(合計約1時間10分)を挟んで午後10時40分頃まで行われた。V警察官及びW警察官は,Bから,住所不定であること,高校を中退し,現在無職であって,酒やギャンブルが好きであることなど,身上,経歴,嗜好及び生活状況並びに別件暴力行為等事件に至るまでの行動,同事件の犯行状況,余罪の存在等を聞き取り,員面調書(乙459)を作成した。そして,その取調べを終えた後(午後9時頃),「お前,他に何かやっているだろう。」,「布川の殺しだ。」,「(本件強盗殺人事件を)お前とやったと言っていて,もう十日も前につかまっているお前の友達がいる。」と述べ,本件強盗殺人事件に関するアリバイを質した。Bは,本件強盗殺人事件の犯行を否認し,8月28日の昼は東京都内の光明荘でEが知人のZに入墨を施しているのを見ていた,それが終わると皆で銭湯に出掛け,その後一人で映画を見たなどと答えた。(乙348,374,375,391,449,458,459,465)イ10月17日,Bは,昼頃,検察官による別件暴力行為等事件の取調べを受け,午後3時頃,同事件を被疑事実として勾 と答えた。(乙348,374,375,391,449,458,459,465)イ10月17日,Bは,昼頃,検察官による別件暴力行為等事件の取調べを受け,午後3時頃,同事件を被疑事実として勾留された(別件暴力行為等勾留)。 (乙165,405)同日,V警察官及びW警察官は,午後3時45分頃から午後6時35分頃までと,健康診断及び休憩を挟んだ後の午後7時30分頃から翌日午前零時頃まで,Bを取り調べた。この取調べにおいて,Bは,当初,上記のとおり東京都内にいたのであり,アリバイがあると主張して,本件犯行を否認した。これに対し,V警察官は,入墨直後に入浴できるわけがないから,入墨後に入浴した旨の前日のアリバイ供述は虚偽であると述べた。そして,取調べをする机の上に被控訴人の員面調書を置き,同調書の署名押印部分を表にしてBに見せるようにしながら,Bがいくら本件犯行を否認しても,被控訴人がBと本件犯行に及んだことを認めている,本件強盗殺人事件が発生した日にBが被害者方近くを歩くのを見た人物もいると述べ,自白するよう求めた。W警察官も,鹿島方面で郵便局員が殺人の罪で捕まった際に- 25 -は否認していて死刑になったが,同じ殺人の罪を犯した者がどのような裁きも受けると申し述べて謝罪したら懲役5年の刑で済んだと述べ,自白することを求めた。 V警察官及びW警察官とのこのようなやり取りの後,Bは,本件犯行を自白した。 (乙391,405,449,582)上記自白を受け,V警察官は,Bから,8月28日の朝から本件犯行に至るまでの行動及び本件犯行の状況を聞き取り(自白の内容は,争いのない事実等エ),聞き取った内容を記載した員面調書(乙348)を作成した。その冒頭部分には,本件強盗殺人事件を取り調べたと記載されている。同員面調書の作成に当たって, 聞き取り(自白の内容は,争いのない事実等エ),聞き取った内容を記載した員面調書(乙348)を作成した。その冒頭部分には,本件強盗殺人事件を取り調べたと記載されている。同員面調書の作成に当たって,V警察官及びW警察官は,Bに現場の図面を見せ,調書に添付する図面を書かせ,被控訴人から録取した内容に従い,Bにも同様の供述をさせた。また,Bは,V警察官の指示により,本件強盗殺人事件の犯行を認める内容の上申書(甲B19)を作成した。V警察官は,同日,Bが本件犯行を自白した状況を報告する内容の捜査報告書(乙582)も作成している。(乙405,449,465)ウ 10月19日,V警察官は,Bから,被控訴人やEらとの交友関係,8月上旬から同月27日までの行動及び生活状況について聞き取り,聞き取った内容の員面調書(甲B41)を作成した。その冒頭部分には,本件強盗殺人事件を取り調べたと記載されている。 エ 10月21日,V警察官と交代したX警察官は,Bから,生活歴や,8月上旬から同月26日までの間,親の遺産を使ってEらと飲酒や競輪に興じた毎日の状況について聞き取り,聞き取った内容の員面調書(乙349)を作成した。その冒頭部分には,本件強盗殺人事件を取り調べたと記載されている。 オ 10月22日,X警察官は,Bから,8月26日夜から28日にかけて自宅に戻らず知人に飲食代をたかるなどしていた生活状況及び本件犯行に至るまでの行動,被害者方の近くでH,I及びJと出会ったことなどを聞き取り,聞き取った内容の員面調書(乙350)を作成した。その冒頭部分には,本件強盗殺人事件を取り調べたと記載されている。 - 26 -カ同月23日,本件強盗殺人事件を被疑事実(被控訴人の逮捕状記載の被疑事実と同じ)とする逮捕状が執行され 冒頭部分には,本件強盗殺人事件を取り調べたと記載されている。 - 26 -カ同月23日,本件強盗殺人事件を被疑事実(被控訴人の逮捕状記載の被疑事実と同じ)とする逮捕状が執行されて,Bは逮捕され(本件逮捕),同月25日には,被控訴人の勾留状記載の被疑事実と同じ被疑事実で勾留された(本件勾留)。 なお,G検察官は,本件勾留に先立って,Bから,本件犯行を認める供述を聞き取り,弁解録取書(乙314)を作成した。(乙167)キ本件逮捕後の同月23日から11月3日頃まで,X警察官及びW警察官は,Bを本件強盗殺人事件について取り調べ,本件犯行前後の行動,本件犯行の態様,被害者方に出向いた経緯等について聞き取り,合計9通の員面調書(乙352~360)を作成し,取調べ状況をテープに2回録音した。(甲B2,乙167,359)ク 11月6日,Bは,土浦拘置支所に移監され,G検察官の取調べを受けると,同月13日までに本件犯行を否認するに至った。G検察官は,同日,Bから,上記アのアリバイ主張と概ね同じ内容の主張を聞き取り,検面調書(乙384)を作成した。なお,同日,余罪暴行等各事件が起訴され,検察官が勾留を求めたため,Bは,起訴された事件により勾留されることになり,他方,本件勾留は満期となり,同事件では釈放された。 ケ 12月1日,Bは,余罪暴行等各事件以外の余罪事件の取調べのため,土浦拘置支所から土浦署に再度移監され(逆送),X警察官及びW警察官によって,同日から同月2日午前中までは上記余罪事件の取調べが行われ,同日午後から,否認に転じた本件強盗殺人事件に関する取調べが行われた。(甲B39)コ同月3日及び4日も,引き続き本件強盗殺人事件について午前午後(同月3日は午後10時頃まで)と取調べが行われた。X 午後から,否認に転じた本件強盗殺人事件に関する取調べが行われた。(甲B39)コ同月3日及び4日も,引き続き本件強盗殺人事件について午前午後(同月3日は午後10時頃まで)と取調べが行われた。X警察官は,Bに対し,これまでの取調べで話してきたことは本当のことではなかったのかなどと質し,Bから,本件犯行を否認する旨を取調べ関係者に伝えたことは取り消したいとの供述を聞き取り,同内容の員面調書(甲B40)を作成した。X警察官及びW警察官は,その後も,同月11日まで毎日Bを取り調べたが,Bは取調べに非協力的であり,その間に調- 27 -書が作成されることはなかった。(甲B39,40,乙377,455,465)サ同月12日,F検察官は,前記キのとおり,警察官が作成した自白調書を読んで,自白調書は真実が記載されたものであって被控訴人とBが本件強盗殺人事件の犯人であるとの心証を持ってBの取調べを始めた。Bは,当初,8月28日の夜は映画を見ていたとアリバイを主張して本件犯行を否認したが,F検察官は,世間の人は信じない,本件犯行を行っていないことを説明してみろ,(有罪になって)助からないぞと述べて取り合わなかった。また,F検察官は,光明荘の向かいのアパートから缶詰を窃盗した一件について,Bが,被控訴人が向かいのアパートに渡り缶詰を盗むのをその場にいて見ていたとアリバイを主張したのに対し,前記キのとおり渡ることが可能であるにもかかわらず,光明荘から向かいのアパートへは渡れないことが明らかであると問い詰め,アリバイを認めなかった(乙376,403)。取調べ開始から数時間後,Bは自白した。その後,同月13日,14日,21日,23日及び25日の各日,F検察官の取調べが行われ,本件犯行の状況等を自供する合計10通の検面調書(乙316~321,32 。取調べ開始から数時間後,Bは自白した。その後,同月13日,14日,21日,23日及び25日の各日,F検察官の取調べが行われ,本件犯行の状況等を自供する合計10通の検面調書(乙316~321,323~325)が作成された。また,同月14日,Bは,別件暴力行為等勾留中に改心して本件犯行を認めたにもかかわらず否認に転じたことを反省し,自白する旨の上申書(乙322)を作成した。(乙376,405,417,455,465) 本件強盗殺人事件の起訴12月28日,F検察官は,自ら及びG検察官が作成した検面調書(乙307~313,315~321,322~325),弁解録取書(乙306,314,351),Bから提出を受けた上申書(乙322),茨城県警の警察官から送致された員面調書(乙328~350,352~360),10.17被控訴人録音テープ,11.2被控訴人録音テープ,10.30B録音テープ及び11.3B録音テープ(以上は,被控訴人及びBが本件犯行を自白する内容のもの),被控訴人及びBの取調べに係る捜査報告書(甲B18,20~39,乙565~582),F検察官自身及びG検察官,V警察官らが作成した目撃者の供述録取書及び捜査報告書(争- 28 -いのない事実等)等を踏まえ,本件強盗殺人事件につき,被控訴人及びBを起訴した(本件起訴)。被控訴人及びBの犯人性についての証拠は,上記のとおり,客観的な直接証拠はなく,被控訴人の自白及びBの自白が直接証拠(相互に各人の自白の補強証拠にもなる。)となり,主な状況証拠として,本件犯行時間帯に近接した時刻に被害者方の方向に移動する被控訴人及びBを目撃したという目撃者5名の供述(これらの供述は,被控訴人及びBのアリバイ主張を否定するものでもある。)であった。起訴状に記載された公訴事 帯に近接した時刻に被害者方の方向に移動する被控訴人及びBを目撃したという目撃者5名の供述(これらの供述は,被控訴人及びBのアリバイ主張を否定するものでもある。)であった。起訴状に記載された公訴事実の概要は,以下のとおりであった。(甲A3,弁論の全趣旨)①被控訴人とBは,8月28日午後7時20分頃,栄橋のたもとで出会い,競輪の資金を被害者から借りることになり,被害者方を訪れた,②しかし,被控訴人が被害者に借金を申し入れたものの,断られた,③二人は,一旦栄橋付近まで引き返したが,再度借金を申し入れることを決意し,被害者方に戻り,被控訴人が被害者方の勝手口から屋内に上がり込み,被害者に借金を申し入れたが,相手にもされず,口論となった,④それを見ていたBは,被害者の態度に憤慨して被害方の屋内に上がり込み,借金の申入れに応ずるように求めたが,拒否された,⑤そこで,被控訴人及びBは,被害者を殺害してでも現金を奪おうと決意し,共謀の上,同日午後9時頃,被害者方8畳間で被害者を仰向けに押し倒し,馬乗りになって押さえつけ,タオル及びワイシャツで両足を緊縛し,口に布を押し込んで閉塞し,頸部に布を巻き両手で扼し,被害者を気管閉鎖により窒息死させ,8畳間の押入れ等から現金合計約10万7000円を強取した。 公判での証拠調べ及び判決ア被控訴人及びBは,確定審の公判期日において,いずれも本件強盗殺人事件の犯人であることを争った。そして,犯人性(自白調書の任意性を含む。)の証拠として,検察官の請求により,上記記載の検面調書,弁解録取書,上申書,員面調書,11.2被控訴人録音テープ及び11.3B録音テープ,加えて,被控訴人の本件起訴による勾留の際の勾留質問調書(乙361)(いずれも,被控- 29 -訴人及びBが本件犯行を 書,上申書,員面調書,11.2被控訴人録音テープ及び11.3B録音テープ,加えて,被控訴人の本件起訴による勾留の際の勾留質問調書(乙361)(いずれも,被控- 29 -訴人及びBが本件犯行を自白するもの)が取り調べられた。また,争いのない事実等ア及びのとおり,証人尋問及び被告人質問が行われるなどした。 (乙112,124~126)イ確定審第一審裁判所は,被控訴人及びBの捜査段階での自白は信用でき,アリバイ主張は認められないなどとして,争いのない事実等イのとおり,上記記載の公訴事実とほぼ同一の事実を認定し,本件強盗殺人事件について被控訴人及びBをいずれも有罪とした。同判決の証拠の標目には,目撃者の公判供述及び検面調書等とともに,被控訴人及びBの弁解録取書及び検面調書も掲記されている。(甲A6)ウ確定審第二審裁判所は,争いのない事実等のとおり審理を行い,目撃者らの供述の信用性並びに被控訴人及びBの自白の任意性,信用性を争うなどの弁護人の主張を認めず,確定審第一審の有罪判決を維持した。(甲A7)エ確定審上告審裁判所も,上記ウの判断を支持し,被控訴人及びBの上告をいずれも棄却した。(甲A8) 事実認定の補足説明ア被控訴人が10月15日に自白するまでの取調べ 控訴人県は,10月13日の取調べにおいて,被控訴人及びBを被害者方付近で目撃した者がいるとR警察官が述べた事実はないと主張する。しかし,被控訴人がR警察官及びS警察官に宛てた11月14日付けの手紙(甲B8)には,被控訴人がR警察官から「殺さなかったらあの日に(被控訴人が)rさん(被害者)と話をしたの見たと言う人も居ないだろう」と告げられた旨の記載があり,被控訴人の手記(乙389)の同月23日及び24日の部分にも同内容の記 官から「殺さなかったらあの日に(被控訴人が)rさん(被害者)と話をしたの見たと言う人も居ないだろう」と告げられた旨の記載があり,被控訴人の手記(乙389)の同月23日及び24日の部分にも同内容の記載がある。これらは,上記取調べの日の約1か月後という比較的近接した時期に作成されたものであって,その間に記憶が変容していた可能性が大きいとは考え難い。加えて,被控訴人は,R警察官から上記のとおり言われたと供述し(乙416),確定審第一審第24回公判期日のR警察官に対する証人尋問においても,R警察官に対し,被害- 30 -者方で被控訴人を目撃した人物がいると言われたと問い質していること(乙379)を考慮すると,R警察官がこれを否定する供述をしていることを踏まえても,R警察官は上記発言をしたと認められる。なお,控訴人県は,取調べの際に虚偽の目撃者の存在を伝えても,虚偽であることはすぐに分かってしまうから,虚偽の目撃者の存在を伝えることはあり得ないと主張するが,虚偽であることがすぐに分かってしまうとは当然にはいえないから,上記主張は採用できない。そして,上記証人尋問において,R警察官が上記発言をした事実を否定する証言をしていることからすると,被害者方で被控訴人を目撃した旨の供述をした者はいなかった事実が認められるから,上記発言は,虚偽の事実を述べたものというほかない。 控訴人県は,10月13日の取調べにおいて,被控訴人とBは8月28日には光明荘に泊まっていないとEが言っているとR警察官が話した事実はないと主張する。しかし,被控訴人がR警察官に宛てた11月18日付けの手紙には,「(R警察官に)兄の家(光明荘)へ泊まっていないと頭から決められ」たとの記載があり(甲B9),被控訴人の手記(甲B44の2)の昭和43年1月31日の部分にも,R警察官が 1月18日付けの手紙には,「(R警察官に)兄の家(光明荘)へ泊まっていないと頭から決められ」たとの記載があり(甲B9),被控訴人の手記(甲B44の2)の昭和43年1月31日の部分にも,R警察官がEのところには泊まっていないと言ったため,8月28日のことが思い出せなかったとの記載がある。 と同様,これらは,上記取調べの日に比較的近接した時期に作成されたものであって,その間に記憶が変容していた可能性が大きいとは考え難い。加えて,被控訴人は,確定審第一審第24回公判期日のR警察官に対する証人尋問において,R警察官に対し,10月13日の取調べの際に光明荘には泊まっていないと言われたと問い質していることからすれば(乙379),R警察官は上記発言をしたと認められる。そして,上記証人尋問において,R警察官が上記発言をした事実を否定する証言をしていることからすると,8月28日に被控訴人は光明荘に泊まっていないとEが話しているとの情報を入手していた事実はなかったと認められるから,上記発言は,虚偽の事実を述べたものというほかない。 この点について,R警察官は,確定審第一審第24回公判期日の証人尋問におい- 31 -て,8月28日に光明荘に泊まったのか違うのか,自分でよく考えてみろと発言したにすぎないと供述する。また,控訴人県は,被控訴人が作成した上記の各書面を見ても,8月28日には被控訴人が泊まっていないとEが言っているとR警察官が話した旨の記載はないとも主張する。しかし,R警察官は,10月17日と11月2日の2回,被控訴人の取調べを録音したにもかかわらず(認定事実ケ,ウ),録音したのは11月2日の1回のみであるとの虚偽の供述を2回もしているから(乙378,379),同人の供述をたやすく信用することはできない。また,8月28日に被控訴人が光明 (認定事実ケ,ウ),録音したのは11月2日の1回のみであるとの虚偽の供述を2回もしているから(乙378,379),同人の供述をたやすく信用することはできない。また,8月28日に被控訴人が光明荘に泊まったか否かを確認するためには,Eから事情を聴くしかないから,Eから話を聞いたと言わないまま被控訴人のアリバイについて追及することは事実上不可能である。したがって,10月13日の取調べにおいて,被控訴人とBは8月28日には光明荘に泊まっていないとEが言っているとR警察官が話した事実を推認することができる。 控訴人県は,10月15日の取調べにおいて,本件強盗殺人事件を犯してしまったことは仕方ないから早く自白するようにと母親が言っているとR警察官が述べた事実はないと主張する。しかし,被控訴人の手記(乙389)の11月24日の部分には,「お前のお袋もやって仕舞った事は仕方がない。こんな事も世間にない事でないし,今度も今度もと続けられては困るから」,「本当に母が言ったかとデカに聞いたら“当たり前だ”」との記載がある。加えて,被控訴人が,確定審第一審第24回公判期日のR警察官の証人尋問において,R警察官に対し,被控訴人の母親が「やっちゃったことは仕方ないから早く話せ」と言っているとR警察官から言われたとして,同人の記憶を確認する質問をしていることからすれば(乙379),R警察官は上記発言をしたと認められる。そして,同証人尋問において,R警察官が上記発言をした事実を否定する証言をしていることからすると,被控訴人の母親が早く自白するようにと言っていた事実はないと認められるから,上記発言は,虚偽の事実を述べたものというほかない。 この点について,R警察官は,一般論として,子供を持つ母親としては警察に子- 32 -供がいるというのは心配で た事実はないと認められるから,上記発言は,虚偽の事実を述べたものというほかない。 この点について,R警察官は,一般論として,子供を持つ母親としては警察に子- 32 -供がいるというのは心配である旨の発言をしたにとどまる旨供述するが(乙379),上記において説示したとおり,この点に関するR警察官の供述を採用することはできない。 控訴人県は,本件ポリグラフ検査の直後,同検査結果について,被控訴人の供述は全て嘘であると判明したとR警察官が述べたことを否認し,R警察官も,確定審第一審第24回公判期日における証人尋問の際,上記発言を否定する供述をする。しかし,被控訴人の手記(甲B44の2)の昭和43年1月12日の部分に「公判で,一つ聞いてみよう。“嘘発見器”のことを。Rさんは,俺が嘘を言ってると出たと言ったが」と記載されていること,上記証人尋問の際,被控訴人は,本件ポリグラフ検査が終わり,R警察官の取調べが再開されたときの出来事として,「そのときあんたは何と言ったか分かりますか。A,お前の言ってることはすべて嘘であるぞ,お前の言ってることは嘘と出たと言ったんじゃないですか」と質問していること(乙379),被控訴人は,本件強盗殺人事件について,それまでの3日にわたる取調べの間,否認していたのに,本件ポリグラフ検査後の取調べ再開からわずか約1時間後に自白するに至ったことからすれば,R警察官は上記発言をしたと認められる。被控訴人の手記に昭和43年1月12日までこの点に関する記載がないこと,被控訴人がR警察官及びS警察官に宛てた11月14日付け及び同月18日付けの手紙にもこの点に関する記載がないこと及びR警察官は他にも自白を引き出すための発言をしていることは,上記判断を左右しない。そして,R警察官の上記発言が虚偽の事実を述べた 4日付け及び同月18日付けの手紙にもこの点に関する記載がないこと及びR警察官は他にも自白を引き出すための発言をしていることは,上記判断を左右しない。そして,R警察官の上記発言が虚偽の事実を述べたものであったことは,前記と同様である。 控訴人県は,本件強盗殺人事件についての記事は新聞に掲載されない旨をR警察官が述べた事実はないと主張する。しかし,被控訴人がR警察官及びS警察官に宛てた11月14日付けの手紙には,「私は新聞には出さないでと頼んだと思います」,「その時の私の気持は新聞にさへ出なかったら自分一人さえ我慢すれば,必ず犯人が捕まる人があるんだから堪えろ堪えろと心に呟き掛けて今日まで来ました」とあること(甲B8),被控訴人の同月18日付けの手紙には,「なぜ新聞に- 33 -など発表してしまったのですか。私はRさんが発表せぬと云うので嘘の供述をしました」とあること(甲B9),被控訴人の手記(乙389)のうち同月24日の部分にも「デカはこの時に絶対新聞に出さぬと約束した」とあること,被控訴人は,12月4日の取調べにおいても「新聞にだけは世間様をはじるから出さないでくれと頼んだのに新聞に出した」と供述し,R警察官はそれをそのまま聞き取って報告書に記載していること(甲B36)を考えれば,R警察官は上記発言をしたと認められる。 この点について,R警察官は,悪いことをすれば新聞には掲載される旨答えた,少年ならば名前等が制限されるが成人の場合には新聞に掲載されると言ったと供述する(乙378,379)。しかし,上記において説示した事情に加え,上記各手紙,手記及び被控訴人の取調べにおける供述や,R警察官も被控訴人が自白する前に新聞に掲載されることが心配である旨の発言をしたこと自体は認める供述をしていることを踏まえると,被控訴人は,本件強盗 各手紙,手記及び被控訴人の取調べにおける供述や,R警察官も被控訴人が自白する前に新聞に掲載されることが心配である旨の発言をしたこと自体は認める供述をしていることを踏まえると,被控訴人は,本件強盗殺人事件について被控訴人が自白したとの新聞記事が掲載されることに強い抵抗感があったことがうかがわれるから,新聞には掲載されるであろうとR警察官から言われた直後に本件強盗殺人事件について自白するとは到底考えられない。したがって,R警察官の供述を採用することはできない。控訴人県は,被控訴人が少年事件の場合と誤解し,有利に解釈したとも主張するが,被控訴人がそのような誤解をしたことをうかがわせる事情は見当たらないから,この主張も採用できない。 そして,本件強盗殺人事件について被控訴人が自白した旨の新聞記事が掲載されないというべき根拠は全く存在せず,現にその旨の記事が掲載されたのであるから(甲B5),上記発言は,虚偽の事実を述べたものというほかない。 控訴人県は,空腹の被控訴人に対し,自白調書の作成を終えれば食べ物を食べさせるとR警察官が述べ,実際にまんじゅうを買い与えた事実はないと主張する。 しかし,当時,被控訴人は20歳であったから,食欲旺盛であったことは容易に推測できる上,被控訴人が土浦拘置支所に移監されてすぐの11月8日の手記(乙3- 34 -89)に,同支所の食事は腹一杯になるとして喜んでいる記載があることからすれば,被控訴人が取手警察署の留置施設で提供される食事では足りずに空腹を感じていた事実を認めることができる。そして,11月23日及び24日の被控訴人の手記(乙389)には,被控訴人が食べ物を食べたいと言ったところ,本件犯行を認める旨の調書が出来れば与える旨をR警察官から告げられ,それに応じてしまった旨の記載がある上,確定審第一審第 の被控訴人の手記(乙389)には,被控訴人が食べ物を食べたいと言ったところ,本件犯行を認める旨の調書が出来れば与える旨をR警察官から告げられ,それに応じてしまった旨の記載がある上,確定審第一審第24回公判期日の証人尋問において,R警察官は,まんじゅうを買ってくれて何度も食べさせてくれたでしょうと被控訴人から質問されて,「仮に与えてもこれは何も他意はないのだ。」,「くわしたからってそれは何も他意はないよ。我々は自由な社会にいてなんでも物を食べてる。とりこの身になっている人は気の毒だと思うから・・・」などと,被控訴人に食べ物を食べさせたことを暗に認めるものと受け取ることのできる供述をしていること,そして,実際に10月15日に自白調書が作成されていることからすれば(認定事実キ),R警察官は,空腹を訴える被控訴人にまんじゅうを買い与え,これによって自白調書の作成を誘導したか,少なくともこれが自白を導く一因になったものと認められる。なお,被控訴人が,上記証人尋問において,「食べ物を食わしてもらったからあの調書作りに協力したということはないからどうでもいいんですよ。だけどあんた嘘をつくから。」などと質問していることから,R警察官の誘導によって虚偽の自白が誘発されたとはいえないのではないかとの指摘もあるが,上記手記の記載内容に照らし,上記証人尋問における被控訴人の発言をそのまま受け取ることはできない。 イ Bが10月17日に自白するまでの取調べ控訴人県は,10月17日の取調べにおいて,V警察官及びW警察官が,被控訴人はBと本件犯行に及んだことを認めているとか,被害者方近くを歩くBが目撃されていると述べ,殺人事件でも自白すれば軽い刑で済むが否認すると死刑になるとして自白を求めた事実はないと主張する。そして,V警察官は,被控訴人がBと本件強 めているとか,被害者方近くを歩くBが目撃されていると述べ,殺人事件でも自白すれば軽い刑で済むが否認すると死刑になるとして自白を求めた事実はないと主張する。そして,V警察官は,被控訴人がBと本件強盗殺人事件を行ったと言っているなどとBに話したことはないと供述し(乙3- 35 -74,449),W警察官も,殺人事件でも自白して謝罪すれば軽い刑で済むといった話はしていないと供述する(乙375)。 しかし,W警察官は,二つの殺人事件について,どちらの事件も知らないと供述するが,V警察官は,少なくとも鹿島方面で起きた郵便局員による殺人事件は新聞に掲載されていたと認めており(乙374),W警察官が職業上その事件を知らなかったとは考え難い。そして,Bの手記(乙391)の11月17日の欄には,警察官から,被控訴人がBと本件強盗殺人事件を行ったと言っており,また,被害者方付近を歩くBを目撃した者がいると告げられたこと,鹿島方面で郵便局員が人を殺したが否認していたら死刑になり,他方,殺人事件で逮捕された者が自白をしてどのような裁きも受けると言って謝罪したら懲役5年の刑で済んだと言われたことが記載されている。しかも,Bは,確定審第一審第19回公判期日の本人尋問においても,上記手記の記載に沿う供述をし(乙405),同第22回公判期日の証人尋問において,V警察官に対し,被控訴人が本件犯行を認めておりBも自白するようにと同警察官から言われたと述べて問い質し(乙120,374),W警察官に対しても,二つの殺人事件について上記の手記に記載したように同警察官から言われたと述べて問い質し(乙375),確定審第二審第10回公判期日の証人尋問においても,V警察官に対し,被控訴人が本件犯行を認めておりBも自白するようにと言われ,また,被害者方付近でBを見た人が20人も3 と述べて問い質し(乙375),確定審第二審第10回公判期日の証人尋問においても,V警察官に対し,被控訴人が本件犯行を認めておりBも自白するようにと言われ,また,被害者方付近でBを見た人が20人も30人もいる,鹿島方面で殺人事件を起こした犯人は否認していて死刑になったなどと同警察官から言われたと述べて問い質している(乙141,449)。このような事情に照らすと,Bの上記手記に沿う事実があったと認めることができる。 ウ F検察官の被控訴人に対する取調べ控訴人国は,F検察官が,取調べにおいて,裁判官も被控訴人の言うことは信じないとは言っていないと主張する。 しかし,F検察官は,確定審第一審第14回公判期日において,被控訴人に対する被告人質問を行った際,自分が取調べ中に「君の言うことは納得できない,納得- 36 -の出来る説明が出来なければ君の言うことは信じて貰えぬ。」と言ったと認めた。 また,証人として出頭した確定審第一審第22回公判期日において,取調べ中に裁判官は被控訴人の言うことを信じないだろうと言ったのかと問われたのに対し,明確な答えを避けながらも,自分に話すときは裁判官と変わらない気持ちで,あるいは裁判官に調べを受けているのと同じ気持ちで話してもらいたいと言った記憶はあると述べ,少なくとも,裁判官という言葉を出して,被控訴人の説明が説得的でないと述べたことは認めている。他方,被控訴人は,確定審第一審,確定審第二審及び再審公判期日の被告人質問でも,裁判官に信じてもらえないとF検察官から言われたと一貫して供述していること(乙399,416,466,631)からすれば,F検察官は,被控訴人を取り調べる際に,被控訴人の主張するアリバイについて,裁判官に信じてもらえないと言ったと認められる。 2 被控訴人及びBの自白の検討 ,466,631)からすれば,F検察官は,被控訴人を取り調べる際に,被控訴人の主張するアリバイについて,裁判官に信じてもらえないと言ったと認められる。 2 被控訴人及びBの自白の検討 供述の変遷等ア 8月28日夕方から本件犯行に至る経緯我孫子駅での出来事被控訴人は,10月15日の取調べにおいて,8月28日午後6時過ぎ頃,我孫子駅のホームに行くと,Bとgが一緒にいた,gは左眼に眼帯をしていたと供述し(争いのない事実等ウ),Bも,10月17日の取調べにおいて,8月28日午後6時頃,上記ホームでg及び被控訴人に会ったと供述した(争いのない事実等エ)(しかも,Bの調書(乙348)には,同調書の後半で訂正されているものの,gの目は怪我していたとの記載がある。)。ところが,gが8月28日には東京にいたことが10月17日に確認されると(乙561),被控訴人は,10月18日の取調べにおいて,上記ホームのベンチに座っていたらBは来たけれども,gがいたというのは記憶違いであって,gはその日はいなかったと供述し(乙331),Bも,10月22日の取調べにおいて,上記ホームでは知人のq と会い,また,列車内に被控訴人がいるのを見つけた,そこにHが通ったと供述し(乙35- 37 -0),gと会ったことについては言及のない供述に変わった。 このことから,8月28日夕方に被控訴人及びBがgと出会ったというのは虚偽であり,取調べに当たった警察官は,そのような被控訴人の誤った供述を鵜呑みにしてそれをBに告げ,誤った誘導をしたと考えられる。そうすると,被控訴人及びBに対する取調べは,警察官が,客観的な情報を提供して彼らの記憶を喚起するというものではなく,彼らの記憶いかんに関わらず,警察官が得た情報をそのまま供述させるものであったというべき と,被控訴人及びBに対する取調べは,警察官が,客観的な情報を提供して彼らの記憶を喚起するというものではなく,彼らの記憶いかんに関わらず,警察官が得た情報をそのまま供述させるものであったというべきである。 そして,被控訴人は,上記10月15日及び18日の取調べの際も,本件逮捕後の同月24日の取調べの際も,我孫子駅でBと会ったと供述しているにもかかわらず(乙334。もっとも,同月24日の取調べにおいては,ホーム上ではなく,列車内で着座していた際にホームを歩いてきたBと車窓越しに会ったと供述している。),本件逮捕・勾留後の12月21日のF検察官の取調べにおいては,我孫子駅に行ったことは覚えているが,布佐方面行きの列車に乗車した経緯については,Bと会ったことも含めて思い出せないと供述し,Bと会ったことさえもはっきりしない内容に変わっている(乙309)。被控訴人の供述のこのような変遷は,記憶違いや勘違いで説明できるものではないから,被控訴人がBと我孫子駅で会ったと供述したのは,記憶に基づくものではなく,取調べにおいて求められるがままに供述していた可能性が高いと考えられる。 布佐駅から栄橋のバス停に至るまでの出来事被控訴人は,10月15日の取調べにおいて,B,gと共に布佐駅で降り,駅前通りを栄橋まで行ったと供述し(乙328),Bも,同月17日の取調べにおいて,同様の供述をしている(乙348)。ところが,被控訴人は,上記のとおり,gが8月28日には東京にいたことが判明した後の10月18日の取調べにおいて,Bとは別々に列車に乗り,布佐駅で降りると一人で駅前通りを歩き,栄橋を渡って一旦バスに乗ったところ,Bに声を掛けられたとの供述に変わり(乙331),Bも,本件逮捕状が発付された後の同月22日の取調べにおいて,ホームを- 38 -歩 と一人で駅前通りを歩き,栄橋を渡って一旦バスに乗ったところ,Bに声を掛けられたとの供述に変わり(乙331),Bも,本件逮捕状が発付された後の同月22日の取調べにおいて,ホームを- 38 -歩いていて列車内に着座する被控訴人を見つけて話しかけた後,被控訴人とはそこで一旦別れ,列車内で会ったI,Jと一緒に3人で布佐駅から栄橋のバス停まで向かい,栄橋を渡る手前で被控訴人と再び会ったとの供述に変わった(乙350)。 さらに,本件逮捕後の10月24日の取調べにおいては,被控訴人は,我孫子駅でBと会い,その後一旦別々に行動し,一人で栄橋のバス停に向かう途中,石段の一件があったこと,バス停付近でBと再び会ったことを供述し(乙334),12月19日及び21日のF検察官の取調べにおいて,8月28日には我孫子駅から列車に乗って布佐駅で降りたこと,歩いて栄橋を渡ったこと,栄橋を渡ったたもとでBと会ったことは覚えているが,Bと我孫子駅であったのかも含め,Bのことは他に覚えていないと供述を変えた(乙308,309)。他方,Bは,12月21日のF検察官の取調べにおいて,I及びJと一緒に布佐駅から栄橋に向かい,途中で彼らより先を歩いた,石段の一件については気付かなかった,栄橋を渡った橋のたもとのところで被控訴人と一緒になったと供述した(乙323)。 このように,被控訴人及びBの供述内容は,布佐駅から栄橋のバス停に至る経緯について,被控訴人とBが一緒であったのか,それとも別行動をした後に会ったのか,どこで再会したのか,他に誰が一緒にいたのか,どこまで一緒であったのかについて変遷しており,変遷した理由についての合理的な説明もないから,被控訴人及びBが記憶のとおり真実を供述しているとは考えられない。 イ本件犯行殺害状況a 被控訴人は,10月15日の取調べ いて変遷しており,変遷した理由についての合理的な説明もないから,被控訴人及びBが記憶のとおり真実を供述しているとは考えられない。 イ本件犯行殺害状況a 被控訴人は,10月15日の取調べにおいて,Bが仰向けになった被害者の上に馬乗りとなり,身体を押さえつけ,被害者の口の中に白っぽいものを入れた,被害者は苦しそうに身体を動かしていた,Bが被害者の顔を殴り,被害者は仰向けの状態で畳か床が落ちたように低くなった箇所で死亡したと供述した(乙328)。他方,Bは,同月17日の取調べにおいて,自分が被害者の上に馬乗りになって身体を押さえつけると,被害者が声を上げたため,手で口を塞ぎ,被控訴人か- 39 -ら受け取った布を被害者の口中に押し込んで声を出せないようにした,その際,被害者がなかなか口を開けないため,被控訴人が被害者の頭を押さえたが,それでも手間取った,Bが馬乗りの状態で被害者の足を押さえ,被控訴人が被害者の喉の辺りを両手で5分くらい押さえつけて,被害者を殺害したと供述した(争いのない事実等エ,乙348)。10.17被控訴人録音テープに録音された被控訴人に対する取調べにおいては,被控訴人は,取調べの当初,Bが被害者を殴って死亡させた,その際,被害者の頭の辺りの床が落ちたみたいに窪んだと,10月15日の取調べの際と同様の内容を供述するのが録音されたが,録音中断後は,Bの上記供述と同様に,自分が被害者の首を両手で身体をのしかかるようにして締めたところ,被害者が動かなくなり,死亡させた,その際,床が抜けたので,身体が前のめりになったなどと供述するのが録音された(甲B3)。その後,被控訴人は,本件逮捕後の10月24日の取調べにおいて,首の右側のほうにパンツを押し付けて首を締めようとしたら,回らないので,パンツを首のところに当てた どと供述するのが録音された(甲B3)。その後,被控訴人は,本件逮捕後の10月24日の取調べにおいて,首の右側のほうにパンツを押し付けて首を締めようとしたら,回らないので,パンツを首のところに当てたまま,両手の掌を首に当て,身体をのしかかるようにして首を押さえつけた,その際,床板が約10㎝落ち,頭や膝が下がったと供述し(乙334),11月3日の取調べにおいても,パンツを首の右側に当ててから,パンツで首を締め付けて,被害者が苦しみ,動かなくなるまでの経緯を詳細に供述し(乙345),12月19日のF検察官の取調べにおいて,両手で上から喉を押さえつけたが,パンツを使ったのかははっきりしないと供述した(乙308)。 Bは,本件逮捕後の10月24日の取調べにおいて,被害者を仰向けにし,馬乗りになって押さえ,被控訴人が被害者の頭を押さえたところで,傍らにパンツのようなもの(首を締めようとした際に使われた上記のパンツとは別のもの)があることに気付き,左手で被害者の顎の両側から押さえつけるようにして口を開かせ,パンツのようなものを口腔内に押し込み,声を出せないようにした,その時に被控訴人の方は見えなかったが,被害者の胸の辺りにまたがり,首を締めていたようである,被害者の抵抗がなくなった後に被控訴人を見たら,まだ被害者の首を両手で締- 40 -めていたので止めさせた,首のところには白い布のようなものがあった気がする,被害者死亡後,畳が約13㎝落ちていることに気付いた,その原因について,被控訴人が被害者の頭を押さえつけたとき,ドスーンと音がしており,その時,畳の下の木が折れて落ちたものであると思い至ったなどと供述し(乙353),12月13日のF検察官の取調べにおいては,被控訴人が被害者の頭を押さえ,二人で被害者の顎を押さえるようにしてその口を開けさせ の下の木が折れて落ちたものであると思い至ったなどと供述し(乙353),12月13日のF検察官の取調べにおいては,被控訴人が被害者の頭を押さえ,二人で被害者の顎を押さえるようにしてその口を開けさせ,脇にあった白っぽい下着のようなものをBが被害者の口の中に押し込んだなどとして,被控訴人と協力して被害者の口の中に白い下着のようなものを押し込んだとの供述に変わった(乙316)。 b 上記のとおり,被控訴人は,当初,Bが被害者を殴って殺害したと供述し,10月17日の取調べにおいても,録音中断前までは,同様の供述をしていたが,Bが,同日の取調べにおいて,被控訴人が首を締めて死亡させたと供述すると,被控訴人も,録音中断後の取調べにおいて,これを認める供述を始めたことが認められる。これは,取調べをしている警察官が録音中断中にBの供述についての情報を受け,それに基づいて被控訴人を問い質し,供述を訂正させたものと容易に推認できる。また,被控訴人は,10月24日の取調べにおいて,絞殺しようとパンツを首に回したが長さが足りなかったことなど,パンツを使った殺害状況についての具体的で詳細な供述をしたにもかかわらず,12月19日のF検察官の取調べにおいては,両手で上から喉を押さえつけたが,パンツを使ったのかどうかはっきりしないと供述した。しかし,パンツを用いた殺害について,一旦,上記のとおり具体的で詳細な供述をしながら,その後,パンツを使ったのかはっきりしないと供述するに至ったのは,極めて不可解である。10.17被控訴人録音テープにおける録音中断の前後で被控訴人の供述が上記のとおり変遷したことも併せて考えれば,被控訴人のこのような供述の変遷は,取調官が被害者方や死体の状況及びBの供述状況に整合するよう被控訴人を誘導したためであると考えられるから,一連の自白の内 上記のとおり変遷したことも併せて考えれば,被控訴人のこのような供述の変遷は,取調官が被害者方や死体の状況及びBの供述状況に整合するよう被控訴人を誘導したためであると考えられるから,一連の自白の内容は虚偽である可能性が十分にある。また,Bの供述も,被害者の口に押し込んだ布について,被控訴人から渡されたという供述から,脇にあったものを自分で取っ- 41 -て使ったという供述に変わり,また,自分が被害者の口を開けさせて布を押し込んだという供述から,被控訴人と協力して口を開けさせたという供述に変わっている。これらの供述の変遷も,取調官の取調べに迎合したことによるものである可能性が高い。 c 上記aの殺害行為に関する被控訴人及びBの供述については,次の点において客観的状況と矛盾するものであり,彼らの自白は虚偽であったと考えられる。 上記aの被控訴人及びBの自白した犯行状況によれば,Bが,声を上げるなどして抵抗する被害者の口腔内にパンツを押し込んだことになる。しかし,以下の医学的所見に基づけば,被害者の口腔内にパンツが挿入されたのは,被害者に対する頚部圧迫行為後であり,既に被害者の意識が消失した死戦期又は死後であって(乙488),被控訴人及びBの頚部圧迫行為に至る経緯についての供述は虚偽というほかない。 すなわち,本件鑑定書によれば,被害者は,口腔内全体にパンツが強圧挿入されているにもかかわらず,口部周辺や口腔内に特段の損傷はうかがわれない。これについて,第二次再審請求審の抗告審の鑑定人hによれば,被害者に意識があり,抵抗可能な状態で,パンツを被害者の口腔内に挿入しようとすれば,被害者は当然抵抗するであろうから,口腔粘膜下に出血,粘膜剥離又は粘膜下及び筋層に達する挫創が惹起されても不思議ではない上,そもそもパンツを口腔内に挿入するのは難 被害者の口腔内に挿入しようとすれば,被害者は当然抵抗するであろうから,口腔粘膜下に出血,粘膜剥離又は粘膜下及び筋層に達する挫創が惹起されても不思議ではない上,そもそもパンツを口腔内に挿入するのは難しく,本件のように口腔内全体に強圧挿入された場合,粘膜下出血が分からないということはないということである(乙487,488)。また,司法解剖を含め3500体以上の解剖経験を有するj医師によれば,被害者に意識があって抵抗されながら無理にパンツを半分以上挿入した場合,歯牙の損傷,口唇及び口腔内に相当な傷が生じるし,本件鑑定書によれば,被害者は舌尖が口腔の奥まで向かい舌根沈下の状態であったことがうかがわれるから,ますます被害者の抵抗は強く,腐敗のことを考えても十分に識別できる創傷が残ったはずであるとのことである(乙488,489)。そうすると,上記のとおり,被害者の口腔内に特段の損傷がうかが- 42 -われない以上,被害者は,パンツが挿入された際,少なくとも意識を消失した状況であったと考えられる。 これに対し,i東京都観察医務院院長は,①布等の柔らかいものが口腔内に挿入された場合には,口部周囲の表皮剥脱や口部内粘膜の剥脱,出血は必ず形成されるものではない,②口腔粘膜下出血を伴わない口腔内粘膜の剥離は観察困難であり,腐敗等の死後変化の強さ等からそうした損傷が確認されなかった可能性がある,③呼吸が阻害されるなどして被害者が口を開けた瞬間に口腔内に布を挿入された可能性もあるなどとして,頚部圧迫行為に先行してパンツが挿入された可能性を指摘する(乙480,481)。しかし,①については,上記のとおり,被害者の舌尖は挿入されたパンツの後方に位し,舌根沈下がうかがわれるのであり,このようなパンツの挿入状況を考慮すれば,被害者が抵抗する中で,その口部周辺や口 1)。しかし,①については,上記のとおり,被害者の舌尖は挿入されたパンツの後方に位し,舌根沈下がうかがわれるのであり,このようなパンツの挿入状況を考慮すれば,被害者が抵抗する中で,その口部周辺や口腔内に何らかの損傷を負わせることなく,舌根が沈下するような状態にまで強圧的にパンツを挿入することができるとは考え難い(乙488)。また,②についても,腐敗の影響により被害者の口腔内等の損傷がそれ相応に判別し難い状態にあっても,上記のとおり,本件のように口腔内全体に強圧挿入された場合,粘膜下出血が分からないということはないと考えられる。③については,鑑定人hによれば,一瞬の機会を捉えてパンツを一回で口腔内全体に挿入するということは,おそらく無理であり,舌で押し返されたり,口腔内に入った手を歯で噛まれるなどの強い抵抗を受けることになるため(乙488),より粘膜下出血や筋層まで達する傷ができるものと考えられる。したがって,i東京都観察医務院院長の指摘はいずれも採用できない。 次に,死体が横たわっていた箇所の状況と被控訴人及びBの供述との間には,次のとおり,矛盾がある。 すなわち,争いのない事実等によれば,死体の横たわっていた箇所は,床の木材が破損して畳1枚がV字状に40㎝ほども落ち,中央の部分が地面に接するほどになっていたことが認められる。本件犯行中にこのような状態となったのであれ- 43 -ば,激しい衝撃で身体が下に落ち,動作の続行も困難になるなど,混乱状態になるのは必至であって,そのような状況が強く印象に残らないはずはない。ところが,上記のとおり,被控訴人は,10月15日及び同月24日の取調べにおいて,被害者の首を押さえ込んでいた際,床が抜けて身体が前のめりになった,首を押さえつけた際に床板が約10㎝落ち,頭や膝が下がったと供述し のとおり,被控訴人は,10月15日及び同月24日の取調べにおいて,被害者の首を押さえ込んでいた際,床が抜けて身体が前のめりになった,首を押さえつけた際に床板が約10㎝落ち,頭や膝が下がったと供述しているにすぎない。また,Bも,10月17日の取調べにおいて,殺害行為後に金品を物色したことと関連して,死体の枕許辺りの畳が多少動いていたことから,畳を持ち上げたところ,床板1枚分が約4㎝下がっていたと供述したにすぎず(乙348),本件逮捕後の10月24日の取調べにおいても,上記のとおり,被害者死亡後,畳の仕切りから約13㎝落ちていることに気づき,被控訴人が被害者の頭を押さえつけたときに音がしたことを思い出したと供述したにすぎない。このような供述内容からすると,被控訴人もBも,実際に約40㎝も畳や床が落ちたことを体験したとは到底考えられないから,この点からしても,被控訴人及びBの殺害行為についての一連の供述は虚偽であったというべきである。 金品の物色,奪取の状況a 被控訴人は,自らの金品物色,奪取について,10月15日の取調べにおいて,殺害後は何も探さないで急いで勝手口から逃走したと供述しており(乙328),これによると,物色行為は一切行っていないことになる。しかし,同月18日の取調べにおいては,8畳間の南側のロッカーは,鍵がかけられておらず,ハンドルを回すと扉が開いたため,その中を物色し,6万円を奪取したと供述し(乙331),本件逮捕後の同月24日の取調べにおいては,上記ロッカーには鍵が差し込まれており,ハンドルを回すと開いたので,千円札7枚を奪ったと供述し(乙334),同月31日の取調べにおいては,上記ロッカーの鍵について,8畳間の机の引出しから鍵の束を見つけ,その中の鍵を上記ロッカーの鍵穴に差し込み,2番目に試した鍵で扉を開くこ を奪ったと供述し(乙334),同月31日の取調べにおいては,上記ロッカーの鍵について,8畳間の机の引出しから鍵の束を見つけ,その中の鍵を上記ロッカーの鍵穴に差し込み,2番目に試した鍵で扉を開くことができたと供述し(乙343。なお,後記のとおり,同日は,被害者のズボンのポケットから白い布製の財布を奪取したとの供述もして- 44 -いる。),11月3日の取調べにおいては,警察官から鍵を示され,上記ロッカーの鍵は154番と刻印された鍵であると供述し(乙345),12月22日のF検察官の取調べにおいては,上記ロッカーの鍵は154番と刻印された鍵である,ロッカー側の鍵穴のところにも番号が付いており,それでその鍵がロッカーの鍵だと分かった,鍵に刻印された番号と鍵穴の番号が一致することは,以前にガラス拭きの仕事に就いたことがあり,その際に得た知識であると供述した(乙312)。 このように,被控訴人の供述は,物色の有無,物色の対象となったとされるロッカーの鍵の有無,開扉の方法等について激しく変遷している。しかも,鍵と鍵穴の番号についての知識を唐突に披露し,説明しているところ,このような印象的で明解な知識が何度も取調べが行われた後に突如説明されたのは,不可解というほかない。 また,被控訴人は,Bの金品物色,奪取について,10月15日の取調べにおいては,自分が先に逃走し,Bはしばらく被害者方にとどまっていたが,途中で自分に追いついた,栄橋の手前の土堤に上がる途中,手に持っていた三つ折りの白い布製の財布及び在中の千円札2枚を見せられ,その他に財布の中に小銭で約900円と百円札2枚くらいが入っていたのが見えたなどと供述し(乙328),同月18日の取調べにおいては,Bが押入れの下に取り付けてある箱の中から白っぽい紙の包みを取り出し,自分のポケットに入れ 約900円と百円札2枚くらいが入っていたのが見えたなどと供述し(乙328),同月18日の取調べにおいては,Bが押入れの下に取り付けてある箱の中から白っぽい紙の包みを取り出し,自分のポケットに入れた,その包みの中には一万円札10枚くらいがあった,他にも三つ折りの白い布製の財布があり,中に千円札2枚と百円札2,3枚,百円銀貨7,8枚があったと供述し(乙331),本件逮捕・勾留後の同月31日の取調べにおいては,被害者殺害後,被害者のズボンの左側尻ポケットの中から上記の白い布製の財布の一部が出ていることに気付いて抜き取った,財布の中には千円札2枚,百円札2枚と100円銀貨7,8枚が入っていたと供述し(乙343),12月19日のF検察官の取調べにおいては,これまで自分は被害者のズボンから白い財布を抜き取ったと供述していたが,これは間違いであって,自分は被害者のズボンのポケットを探っていないし,財布を抜き取ってもいない,- 45 -Bについても,彼が逃げる途中で財布を捨てたかどうかは知らない,Bから見せられた盗品は現金入りの紙包みであると供述した(乙308)。 このように,被控訴人の供述は,共犯者の物色行為の目撃状況,奪取した金額及び金種,白い布製の財布の奪取者について激しく変遷している。後記のとおり,Bは,10月24日の取調べにおいて,被控訴人が被害者のズボンのポケットの辺りを探っていた旨供述していることを踏まえると,取調官は,同月31日,Bのこの供述をもとに被控訴人を誘導し,被害者のズボンのポケットから財布を抜き取ったと供述させたことが容易に推認できるのであり,被控訴人の供述は,警察官に求められるまま答えた虚偽のものである可能性が高い。なお,被控訴人は,10月31日の取調べにおいて,上記の白い財布を奪取したのがBから被控訴人に変わった理 認できるのであり,被控訴人の供述は,警察官に求められるまま答えた虚偽のものである可能性が高い。なお,被控訴人は,10月31日の取調べにおいて,上記の白い財布を奪取したのがBから被控訴人に変わった理由について,Bの話とくい違う嘘を言っていたが,細かい話をしてBとくい違う状況を作っておけば裁判でも言い逃れができるという気持ちがあったと供述した旨が供述証書に記載されているが,他方,同じ供述調書に,細かい話をしなければ言い逃れができると思ったとの供述も記載されており,この矛盾を説明できる合理的な理由は見当たらない(乙343)。 bBは,自らの金品物色,奪取について,10月17日の取調べにおいては,畳の下から箱に入った黒い財布を見つけて奪った,同財布には一万円札と千円札で合計10万円ほどが入っていたと供述し(乙348),本件逮捕後の同月24日の取調べにおいては,押入れの布団を引っ張り出して探しているときに,新聞紙に包まれた黒い財布を見つけて奪った,同財布には一万円札3枚と千円札10枚の束が7束の合計10万円が入っていたと供述し(乙353),12月13日のF検察官の取調べにおいては,押入れの件について,布団は押入れから引っ張り出さず,布団をめくって物色し,黒い財布を見つけた,同財布には一万円札3枚くらいと千円札70枚くらいの合計10万円くらいが入っていたと供述した(乙316)。 また,Bは,被控訴人の金品物色,奪取について,10月17日の取調べにおいては,被控訴人はタンス等を物色し,千円札で2万円くらいを奪取して持っている- 46 -のを見たと供述し(乙348),本件逮捕後の同月24日の取調べにおいては,被控訴人が被害者のズボンのポケットを探り,また,タンスを開けて物色していたと供述し(乙353),本件勾留に先立つ同月25日の弁解録取にお 述し(乙348),本件逮捕後の同月24日の取調べにおいては,被控訴人が被害者のズボンのポケットを探り,また,タンスを開けて物色していたと供述し(乙353),本件勾留に先立つ同月25日の弁解録取においては,自分が10万円くらい,被控訴人が1万円くらいを奪取したと供述した(乙314)。 このとおり,Bの供述も,物色した箇所,物色の方法,金種及び共犯者の奪取した金額,箇所に変遷があり,特に,物色した箇所について,畳の下の箱と押入れの中という全く違う箇所を述べている上,押入れの前の畳は,上記cのとおり大きく落ちくぼんでいたから,押入れの前の畳の上に立って布団を引っ張り出せるとは到底考えられず,Bの供述も虚偽のものであった可能性が高い。 ウ本件犯行後現金の分配,逃走a 被控訴人は,10月15日の取調べにおいては,逃走の途中,追いついてきたBから,上記イaのとおり白い布製の財布を見せられた,一緒に布佐駅まで歩き,同駅から列車に乗った,我孫子駅から柏駅に向かう列車内で千円札1枚を渡された,Bと別れて柏駅で下車し,その夜は柏駅近くの旅館に泊まり,その際,上記の千円札を使って宿泊代を支払ったと供述し(乙328),同月18日の取調べにおいては,被害者方から栄橋に向かう途中の寿司屋の付近で,Bから,白い紙に包まれた一万円札10枚くらいを見せられ,自分も一万円札6枚くらいを取りだしてBに見せ,さらに,Bから,利根川の土堤に上がる途中で白い布製の財布に入った千円札2枚と百円札2,3枚等を見せられたと供述し(乙331),本件逮捕後の同月24日の取調べにおいては,寿司屋の付近でBから見せられた現金は10万円くらいであり,自分が見せたのは7000円であった,栄橋付近の利根川の土堤でBから一万円札3枚を渡され,列車内でも千円札1枚を受け取った,Bと別 おいては,寿司屋の付近でBから見せられた現金は10万円くらいであり,自分が見せたのは7000円であった,栄橋付近の利根川の土堤でBから一万円札3枚を渡され,列車内でも千円札1枚を受け取った,Bと別れて柏駅付近の旅館で泊まったと供述し(乙334),同月27日の取調べにおいては,8月28日の夜は,柏駅付近の宿ではなく,Bと一緒に光明荘に行き,そこで泊まった,光明荘までの経路は,日暮里駅,高田馬場駅を経由し,西武新宿線野方駅で- 47 -下車するというものであり,午後11時30分頃に同駅を降りて約200m 歩き,光明荘に着いたが,Eが勤務先のジュンから戻っておらず,喉もかわいていたことから,午後11時40分頃,一人でジュンを訪ねた,これまで自分は被害者方から6万円を奪ってきたと述べていたが,本当は7000円であった,Bから現金を受け取ったのは栄橋付近の1回だけであり,その金額は一万円札3枚と千円札1枚であったと供述し(乙336),同月30日の取調べにおいては,栄橋付近でBから現金を受け取った事実はない,成田線湖北駅辺りの列車内で千円札10枚の束が3束と一万円札1枚の合計4万円を受け取ったと供述し(乙341),12月19日のF検察官の取調べにおいては,列車内でBから一万円札3枚と千円札10枚を渡された,光明荘の部屋に着いたのは午後11時40分頃であったと思うと供述し,同月21日のF検察官の取調べにおいては,高田馬場の飲食店「養老の瀧」で飲んでからジュンに行き,光明荘に泊まったことがあり,その日が8月28日と思い込んでいたが,それは別の日であり,上記の8月28日にジュンに行ったというのも間違いであるとの供述をした(乙308,310)。 bBは,10月17日の取調べにおいては,被害者殺害後,被害者宅を被控訴人より先に出て,利根川の土堤に向 記の8月28日にジュンに行ったというのも間違いであるとの供述をした(乙308,310)。 bBは,10月17日の取調べにおいては,被害者殺害後,被害者宅を被控訴人より先に出て,利根川の土堤に向かう途中で被控訴人を待っていた,5分程度で被控訴人が来た,利根川の土堤で自分が奪取した現金約10万円の約半分を被控訴人に渡した,被控訴人は千円札で2万円くらい持っていた,布佐駅から列車に乗り,被控訴人とは我孫子駅か千住駅で別れ,自分は光明荘に行って泊まったと供述し(乙348),本件勾留後の同月26日の取調べにおいては,湖北駅辺りの列車内で,自分は10万円くらい,被控訴人は千円札で2万円くらいをそれぞれ取り出して見せ合った,自分は被控訴人に一万円札1枚と千円札10枚の束で3束の合計4万円を渡した,二人は光明荘に行き,その日は二人とも光明荘で泊まった,最寄りの西武新宿線野方駅には午後11時30分頃に着き,光明荘に行ったところ,Eはジュンから戻っていなかったと供述し(乙354),同月31日の取調べにおいては,利根川の土堤で,現金が入っていた黒い財布を投げ捨て,財布から抜いて手- 48 -に持っていた現金を被控訴人に見せたように思うなどと供述し(乙358),12月13日のF検察官の取調べにおいては,被害者方を出てから布佐駅に向かい,その途中,栄橋のたもとの利根川の土堤で一人になり,奪取した財布から現金を抜いて財布だけを土堤から投げ捨てたことなど,布佐駅にたどり着くまでの状況を詳細に説明する一方,財布の中にあった現金を被控訴人に見せたことについては言及のない供述をし,また,二人は布佐駅から高田馬場駅,西武新宿線野方駅を経由して光明荘に向かい,光明荘に着いたのは午前零時頃となり,光明荘に着くと30分程話をして寝た,その日に被控訴人が光明荘から外出して い供述をし,また,二人は布佐駅から高田馬場駅,西武新宿線野方駅を経由して光明荘に向かい,光明荘に着いたのは午前零時頃となり,光明荘に着くと30分程話をして寝た,その日に被控訴人が光明荘から外出して風呂屋とジュンに出掛けたというのは嘘であり,それは別の日のことを8月28日のアリバイとして言ってしまったのであると供述した(乙316,320)。 c 上記のとおり,被控訴人及びBの供述は,見せ合った金額,見せ合った場所,Bが被控訴人に分配した金額,分配した場所,その夜の宿泊場所,到着時間等について変遷し,特に,見せ合った金額,見せ合った場所,分配した場所及び金額に関する被控訴人の供述は激しく変遷している。また,どちらが先に被害者方から逃走したかという点や,見せ合った金額の点で,被控訴人の供述とBの供述は一致していない。 偽装工作(8畳間と4畳間との境のガラス戸を敷居から外して倒しておく工作等)被控訴人及びBは,本件犯行を最初に自白した時点では供述の内容となっていなかったものの,本件逮捕後,被害者方の8畳間と4畳間との境のガラス戸を倒し,侵入者と被害者が揉めた形跡をわざと残したなどと工作(偽装工作)を図ったとの供述をするようになっているが,それについても,以下のとおり変遷を繰り返した。 a 被控訴人は,10月15日の取調べにおいては,被害者を殺害後,急いで勝手口から逃走した,逃走のため庭先に出たところで部屋内から音がした,逃走の途中で後ろからBが駆けてきて追いついたとして,自分は直ちに逃走した一- 49 -方,Bが室内に残って何かをしたとの印象を与える供述をし(乙328),本件逮捕後の同月24日の取調べにおいても,Bが誰か他人がやったように見せかけなければならないと言い,自分が表の様子を見るため庭先に出たところ,部屋内から何か割 の印象を与える供述をし(乙328),本件逮捕後の同月24日の取調べにおいても,Bが誰か他人がやったように見せかけなければならないと言い,自分が表の様子を見るため庭先に出たところ,部屋内から何か割れるかひっくり返るような音がしたので,自分はそのまま逃走し,Bは後ろから駆けてきて合流したと供述するにとどまっていたが(乙334),同月26日の取調べにおいては,被害者方の表ではなく裏から犯人が侵入したよう偽装するため,裏の便所に行き,窓の桟を外して同所から外に出た,地面に着地すると,靴下を履いただけの足で勝手口まで歩き,そこに脱いでおいた靴を履いた,部屋内のBに声を掛けて玄関前にいたところで,部屋の方から何か割れるような音がしたと供述し(乙335),同月28日の取調べにおいては,便所に行って桟を外していると,部屋の方からガラスが割れた音がした,便所の扉を開けると近くの板間にBがおり,自分の靴を便所の外に置いておくよう依頼した,Bが靴を置いたので,自分は便所の窓から外に出て靴を履いたと供述し(乙339),翌29日の取調べにおいては,8畳間と4畳間との境のガラス戸について,自分がガラス戸の西側に立って4畳間側ガラス戸を両手で持っていたところ,8畳間の東側(押入れの前)に立っていたBがガラス戸の東側に移動し,8畳間側からガラス戸の下の方を蹴飛ばした,そこで8畳間側ガラス戸の上の方のガラスが何枚か割れて8畳間に落ちた,それから二人で4畳間側ガラス戸を外して横に倒し,自分が4畳間にあった何かに立てかけた,8畳間側ガラス戸は立った状態のままにして,便所に行き,桟を外していると,部屋の方からガラスの割れるような音がした,その後,便所近くの板間にいたBに靴を便所の外に持ってくるよう依頼し,窓から外に出て靴を履いて逃走したと供述した(乙340)。 また,12 桟を外していると,部屋の方からガラスの割れるような音がした,その後,便所近くの板間にいたBに靴を便所の外に持ってくるよう依頼し,窓から外に出て靴を履いて逃走したと供述した(乙340)。 また,12月19日のF検察官の取調べにおいては,Bが8畳間と4畳間との境のガラス戸を敷居から外し始め,自分もガラス戸を1枚外し,そのガラス戸を柱に立てかけた,Bがガラス戸をガタガタと外しているのを聞きながら,便所に入って窓の桟を外すことを始め,Bに便所の窓の下に靴を回してくれるよう依頼し- 50 -た気がすると供述し(乙308),同月22日のF検察官の取調べにおいては,自分が8畳間側ガラス戸を外している時に,Bは4畳間側ガラス戸を外し始め,下の方を蹴って大きな音をさせていた,その音の大きさからいって,4畳間側ガラス戸のガラスが割れたと思うがはっきりしない,Bがガラス戸を外し終えたところは見ていない,自分が外したガラス戸は玄関側の柱に立てかけ,それから便所に入り,窓の桟を外している途中にガラス戸を外していた辺りで大きな音がした,部屋の方を見て,Bに靴を持ってくるように依頼したと供述を変遷させた(乙312)。 bBは,10月17日の取調べにおいては,金品物色後,外に出て逃走をしようとしたところ,被控訴人が裏の窓から出てきて,犯人が裏の窓から入ったように偽装すると言ったことから,被控訴人の靴を持って外に出て裏に回り,窓の下に靴を置いて先に逃走し,途中で被控訴人と合流したと供述し(乙348),本件逮捕後の同月24日の取調べにおいては,金品物色後,逃走しようとしたところ,被控訴人から裏の窓のところに被控訴人の靴を置くように言われ,言われたとおり裏庭に回ると,被控訴人から指示された場所に靴を置いて先に逃走したと供述し(乙353),本件勾留後の同月26日の取 ところ,被控訴人から裏の窓のところに被控訴人の靴を置くように言われ,言われたとおり裏庭に回ると,被控訴人から指示された場所に靴を置いて先に逃走したと供述し(乙353),本件勾留後の同月26日の取調べにおいては,逃走しようとしたところ,被控訴人から依頼されたため,靴を持って裏に回り,被控訴人が窓から指示する辺りに靴を投げ,表の道路に出たところ,ガターンなどと音がしたと供述したが,ガラス戸の工作についての言及はなく(乙354),同月29日の取調べにおいては,早く逃走しようとすると,被控訴人が誰かが入ったようにしておくと言って,8畳間と4畳間との境のガラス戸を外そうとしたため,自分も手伝って,重なった状態の2枚のガラス戸の西側に被控訴人,東側に自分が立ち,二人で4畳間側ガラス戸を両側から持ち上げ,自分がそのガラス戸の下の方を蹴飛ばした,その際に上段のガラス2枚が割れて畳に上に落ちた,外した4畳間側ガラス戸は4畳間に倒した,その後は被控訴人に任せた,被控訴人がどのようにガラス戸を寄せたのかは不明である,被控訴人から同人の靴を裏に回し- 51 -ておくよう依頼されて裏に行き,被控訴人の指示に従って靴を投げ,急いで道路に出て逃走したが,その際に部屋内からガタンと大きい音がしたと供述し(乙357),同月31日の取調べにおいては,4畳間側ガラス戸は二人で外して倒したが,もう1枚は立てた状態のままにして被控訴人より先に逃げ出してきたと供述した(乙358)。12月13日のF検察官の取調べにおいては,被控訴人が8畳間と4畳間との境のガラス戸を外し始めたが,なかなか外れなかったため,二人とも4畳間に立ち,被控訴人がガラス戸の東側から,自分が西側から2枚重なった状態のガラス戸の4畳間側ガラス戸(南側)を持ち上げて外そうとしたが外せなかった,そこで,自分 かなか外れなかったため,二人とも4畳間に立ち,被控訴人がガラス戸の東側から,自分が西側から2枚重なった状態のガラス戸の4畳間側ガラス戸(南側)を持ち上げて外そうとしたが外せなかった,そこで,自分が一人で4畳間側ガラス戸の両端を持って持ち上げ,それでも外れないことから,ガラス戸の下の方を8畳間側から4畳間側に向かって蹴ったところ,上のガラス2枚が割れて落ちた,その後,外すことができ,ガラス戸を寝かせようとした時,被控訴人が,後は自分がやる,外に出て靴を裏に持って行くようにと言ったので,ガラス戸から手を放して裏に回り,被控訴人が窓から指示するとおり靴を投げ,それから庭を通って逃走した,その際,部屋内からバリン,ガチャンと音がしたのを聞いたと供述し(乙316,317),同月23日のF検察官の取調べにおいては,8畳間と4畳間との境のガラス戸2枚を押入れ側(東側)で重ねた上,被控訴人が8畳間側,自分が4畳間側に立ってそれぞれ1枚ずつ外そうとした,ところがなかなか外れないのでガラス戸を蹴ったら,ガラス2枚が割れ,さらに自分が4畳間側のガラス戸を外した際に手を放したことからガラス戸が倒れ,大きな音がしてガラスが割れた,G検察官の取調べの際,現場の図面を見せられ,倒れた位置には扇風機が記載されていたことから,扇風機に当たって割れたと気付き,当時の状況を思い出した,被控訴人は自分より先に8畳間側のガラス戸を外し,4畳間に持ち込み,横にして立てかけていた,それから勝手口の辺りで,便所にいた被控訴人から,靴を裏に持っていくよう頼まれて靴を運び,被控訴人に指示されて靴を置き,道路に出て逃走したと供述し(乙324),同月25日のF検察官の取調べにおいては,靴を- 52 -置いて逃走する際,勝手口の前辺りで何か音がしたとそれまで言っていたが,曖昧ではっき て靴を置き,道路に出て逃走したと供述し(乙324),同月25日のF検察官の取調べにおいては,靴を- 52 -置いて逃走する際,勝手口の前辺りで何か音がしたとそれまで言っていたが,曖昧ではっきりしないと供述した(乙325)。 c 上記aによれば,被控訴人は,殺害,物色行為を詳しく自白するようになっても,Bが逃走前に何か工作をしたことを暗示する程度の供述をするにとどまっていたが,やがて便所の工作について供述を始め,ガラス戸の工作についても,少しずつ小出しに供述している。供述内容が真に自ら体験したことなのであれば,これほどまでに少しずつ事実を付け足していくことは考え難い。しかも,被控訴人の供述は,ガラス戸を外す工作について,被控訴人とBの立ち位置,外すガラス戸,外し方,ガラスが割れたことの認識,便所の工作と大きな音が聞こえた時点の関係などが著しく変遷し,被控訴人とBとの間でも供述内容が異なる。 本件強盗殺人事件の発覚直後,被害者方で検証が行われ(争いのない事実等),倒れたガラス戸や割れたガラス等の犯行現場の状況について取調官が情報を得ていたことからすると,その情報やBの供述と整合するよう取調官からあれこれ質問される過程で,不自然な変遷が生じた可能性が大きく,被控訴人が自らの意思で自ら体験したことを記憶に基づいて供述したとは考え難い。 また,Bの供述も,便所の工作は早い段階から話に出ていたものの,その内容は小出しにされているし,ガラス戸の工作は,被控訴人と同様に取調べが数回行われた後に言及されるようになったが,ガラス戸を外す際の立ち位置や外す動作について著しく変遷し,例えば,10月29日の取調べでは,2枚のガラス戸を重ね,その西側に被控訴人,東側にBが立って4畳間側ガラス戸だけを外して4畳間に倒したと供述していたのに,12月13日のF検 について著しく変遷し,例えば,10月29日の取調べでは,2枚のガラス戸を重ね,その西側に被控訴人,東側にBが立って4畳間側ガラス戸だけを外して4畳間に倒したと供述していたのに,12月13日のF検察官の取調べでは,2枚重ねたガラス戸の西側にB,東側に被控訴人が立ち,4畳間側ガラス戸を両脇から持ち上げたと供述し,しかもガラス戸を外す動きも含めて詳細な供述をしていたにもかかわらず,同月23日の取調べでは,被控訴人が8畳間側,自分が4畳間側に立ってそれぞれ1枚ずつ外したと供述しており,著しく供述が変遷していることからすれば,Bも,被控訴人と同様に,自らの意思で自ら体験したことを- 53 -記憶に基づいて供述したとは考えられない。 警察官の取調べにおける被控訴人及びBの当初自白上記ア,イ及びウのとおり,本件犯行に至る経緯,本件犯行の状況及びその後の事情についての被控訴人及びBの各供述は,不自然,不可解な変遷を重ね,また,本件犯行の核となる供述部分に客観的事実と整合しない内容を含んでいるなど,自己の体験を記憶のとおり供述したとは到底考え難いものである。そうすると,本件犯行に及んだとの被控訴人及びBの供述は,事実に沿うものではなく,虚偽のものであったと認められるから,10月15日付け員面調書(乙328),同月18日付け員面調書(乙331)及び本件犯行を認める被控訴人自筆の上申書(甲B11)に記載された被控訴人の自白は,虚偽であったというほかないことになる。 F検察官の取調べにおける被控訴人及びBの自白ア 8月28日夕方から本件犯行に至る経緯我孫子駅での出来事,布佐駅から栄橋のバス停に至る経緯aアのとおり,被控訴人は,我孫子駅でBと会ったことをそれまで何度も認め,栄橋に行くまでの状況を具体的に供述していた。それにも る経緯我孫子駅での出来事,布佐駅から栄橋のバス停に至る経緯aアのとおり,被控訴人は,我孫子駅でBと会ったことをそれまで何度も認め,栄橋に行くまでの状況を具体的に供述していた。それにもかかわらず,F検察官の取調べにおいては,我孫子駅に行ったことは覚えているが,Bと会ったことも含め,布佐方面行きの列車に乗車した経緯を思い出せない,栄橋を渡った橋のたもとのところでBと会ったことは確かであるが,それ以外のことは覚えていないと供述した。 Bも,当初,被控訴人及びgとともに布佐駅で降り,駅前通りを栄橋まで行ったと供述し,その後の取調べでは,列車内で会ったI,Jと一緒に3人で布佐駅から栄橋を渡ってバス停まで行き,栄橋を渡る手前で被控訴人と会ったと供述していた。ところが,F検察官の取調べにおいては,I及びJと一緒に布佐駅から栄橋に向かったが,途中で彼らより先を歩き,栄橋を渡った橋のたもとのところで被控訴人と一緒になったと供述するに至った。この供述によれば,石段の一件があったと- 54 -される場所(栄橋を渡る前の橋のたもと付近)ではBの周りに誰もいなかったことになる。 以上のとおり,被控訴人及びBの供述は,いずれもF検察官の取調べにおいて,唐突に変わっており,しかも,変わった後の供述内容は,それまで具体的に説明していたことをよく覚えていないとしたり(被控訴人),I及びJと一緒に布佐駅から栄橋に向かったにもかかわらず,なぜか途中で彼らより先を歩いたとする(B)など,不自然,不可解なものである。 b 被控訴人,I,J及びTは,石段の一件について供述しているところ(争いのない事実等ウ,エ及びオ,前記2ア),Bの従前の供述によれば,Bは,被控訴人及びI,Jと栄橋に至るまで一緒にいたか,又は栄橋の手前で合流していたことになるから( いて供述しているところ(争いのない事実等ウ,エ及びオ,前記2ア),Bの従前の供述によれば,Bは,被控訴人及びI,Jと栄橋に至るまで一緒にいたか,又は栄橋の手前で合流していたことになるから(なお,Tについては,一緒にいたのかいなかったのか,はっきりしないと供述する。),一緒にいたはずのBも石段の一件を目撃していたのでなければ辻褄が合わない。ところが,Bは,当初から,石段の一件を目撃した旨の供述をしていない(乙315~317,348,350)。しかし,Bが石段の一件の際に石段の付近にいなかったと供述し,被控訴人が石段の一件があった後にBと会ったように供述すれば,この矛盾は解消される。そして,F検察官の取調べにおいて,被控訴人及びBは,上記aのとおり,そのような供述をした。供述の変遷が上記のとおり唐突かつ不自然,不可解なものであることを考えると,これは,F検察官が自らの意図する経緯を供述させるための働きかけをし,被控訴人及びBがこれに応じて言われるがままに供述したことを強く推認させる。 勝手口の出来事被控訴人は,10月15日の取調べにおいて,被害者方を訪れた2回とも,勝手口で西側のガラス戸を右(東)方向に開け,声を掛けると,被害者は返事をして板の間まで出てきたと供述し(乙328),同月18日の取調べにおいて,1回目に訪れた際は,勝手口の西側のガラス戸を開けて被害者を板の間まで呼び出し,自分は西側の柱によりかかって東方向を向いて板の間に腰を掛けて話をした,2回目に- 55 -訪れた際は,1回目と同じガラス戸を開けて声を掛けて室内を覗くと,被害者が8畳間と4畳間との境の西側ガラス戸を開けて顔を覗かせたので,靴を脱いで上がり,話を始めたと供述した(乙331)。10月24日及び同月31日の取調べにおいても,勝手口の西側のガラス戸を と,被害者が8畳間と4畳間との境の西側ガラス戸を開けて顔を覗かせたので,靴を脱いで上がり,話を始めたと供述した(乙331)。10月24日及び同月31日の取調べにおいても,勝手口の西側のガラス戸を開け,踏み石の上に立って声を掛けると,被害者が8畳間と4畳間との境の西側ガラス戸を50㎝ほど開け,そこから身体の上半身と顔を出したと供述していた(乙334,343)。12月19日のF検察官の取調べにおいても,勝手口の西側のガラス戸を開けて声を掛けると,被害者が出てきたか,又は左側から上半身を出したと供述していた(乙308)。 ところが,同月22日のF検察官の取調べにおいては,向かって左側(すなわち,西側)のガラス戸を右方向に開けて出入りしたように思っていたが,8畳間と4畳間との境のガラス戸の方から覗いた被害者の姿を見ており,東側のガラス戸を開けたのを思い出したと供述を変えた(乙312)。 このように,被控訴人は,被害者方を2回訪れ,2回とも勝手口の西側のガラス戸を開けたと何度も繰り返し供述し,ガラス戸を開けた後の被害者の見え方も含め具体的に供述していた。それにもかかわらず,被控訴人は,F検察官の2回目の取調べの際,突然,供述を変え,2回とも東側のガラス戸を開けたと供述するに至った。これは,勝手口の西側のガラス戸を開けても,被害者が8畳間と4畳間との境の西側ガラス戸を開けて上半身を出す姿を見ることができないこと(乙232)に気付いたF検察官が被控訴人に働き掛けて,上記のとおり供述を変えさせたものと推認される。 イ本件犯行殺害状況上記イaのとおり,被控訴人は,従前,パンツを使用した状況を含む殺害行為について,具体的かつ詳細な供述をしていたが,F検察官の取調べにおいて,両手で上から喉を押さえつけたが,パンツを使ったのかははっきりし aのとおり,被控訴人は,従前,パンツを使用した状況を含む殺害行為について,具体的かつ詳細な供述をしていたが,F検察官の取調べにおいて,両手で上から喉を押さえつけたが,パンツを使ったのかははっきりしないと供述するに至った。しかし,一旦,具体的かつ詳細にパンツを用いた殺害方法を供述しなが- 56 -ら,その後,パンツを使ったのかはっきりしないとの供述に変わるのは,不可解な変遷というほかない。これについては,争いのない事実等のとおり,事件発生直後に作成された本件死体検案書には,死因に関して絞殺(推定)による窒息死,絞殺及び衣類を口の中につめて窒息せしめた(推定)と記載され,他方で,当初より,被害者の死体には,首にパンツが巻かれていたこと(争いのない事実等),そのパンツを軽く伸ばした長さは67㎝であり,被害者の死体の首周りは57㎝であることが情報としてあったことから(乙14,236),パンツが被害者の首に巻かれていたが,そのパンツを紐のようにして絞殺の道具に使用することはパンツの長さに照らして疑問が残るため,警察官は,被害者を窒息死させた行為について,本件死体検案書に「絞殺」との記載があるものの,パンツを使用しつつ首を手で圧迫したもの(扼殺)と考え(認定事実サの逮捕状の被疑事実の概要⑥),被控訴人にそのような供述をさせていたものと考えられる(乙334,345)。その後,F検察官が取調べを担当する直前の12月1日に作成された本件鑑定書では,死因について,頚部における絞頚を思考させる創傷と口腔内への布様物の圧迫挿入のいずれか一つをもってしても死因である窒息死を惹起させることのできる死因創であるが,あえて極言するならば,口腔内に圧迫挿入された異物により惹起された気管閉鎖による窒息死が「重たる」死因と推定されるとされたことから,パンツを使 因である窒息死を惹起させることのできる死因創であるが,あえて極言するならば,口腔内に圧迫挿入された異物により惹起された気管閉鎖による窒息死が「重たる」死因と推定されるとされたことから,パンツを使った絞殺である可能性が一層小さくなるとともに,首に巻かれたパンツが被害者の死亡の原因となったというよりも,口腔内に圧迫挿入された別のパンツが原因となった可能性が高い記載となっており,F検察官が,本件鑑定書の記載を踏まえ,首に巻かれたパンツが被害者の殺害に関わっていると判断できなかったことから,それまでパンツを当てながら被害者の首を締めつけたと殺害行為を詳細に供述していた被控訴人に上記のとおり曖昧な供述をさせたものと推認される。 Bも,警察官の取調べでは,自分が被害者の口を開けさせ,被控訴人から渡された布を被害者の口に押し込んだと供述していたが,F検察官の取調べにおいては,自分が脇にあった布を取って,被控訴人と協力して口を開けさせ,被害者の口に押- 57 -し込んだと供述しており,控訴人とBが協力して被害者を殺害したように印象付ける供述にF検察官が変えさせたと考えられる。 金品の物色(ロッカーの鍵)上記イaのとおり,被控訴人は,11月3日の警察官の取調べにおいて,ロッカーの鍵は154番と刻印された鍵であると供述し,10本の鍵の束の中からその鍵を特定した理由について,ロッカーの鍵と表示した荷札を警察官がその鍵に付けていたので,その鍵の番号を記憶して言ったと供述した(乙345,376,466)。しかし,これでは,犯行現場においてその鍵を特定することができた理由は全く説明できていない。ところで,F検察官の取調べにおいて,被控訴人は,ロッカーの鍵穴にも番号が付いており,それで同じ番号の鍵がロッカーの鍵だと分かった,鍵に刻印された番号と鍵穴 ことができた理由は全く説明できていない。ところで,F検察官の取調べにおいて,被控訴人は,ロッカーの鍵穴にも番号が付いており,それで同じ番号の鍵がロッカーの鍵だと分かった,鍵に刻印された番号と鍵穴の番号とが一致することは,以前にガラス拭きの仕事をした際に知ったと供述しているところ,F検察官は,被控訴人にビル清掃の経験があるとの情報を得ていた(乙343,376)。また,自ら被害者方に出向き,鍵番号と同じ番号が鍵穴の上に刻印されていることに気付いていた(乙376)。そうすると,被控訴人の上記供述は,F検察官がこのような情報に基づいて被控訴人にその意図するとおりの供述をさせたものと考えられる。 金品の物色(押入れの布団)上記イbとおり,Bは,10月24日の取調べにおいて,押入れの布団を畳の上に引っ張り出し,1枚1枚めくって物色して,黒い財布を見つけたと供述し,11月2日の取調べでも同様の供述をしていた(乙353,359)。ところが,F検察官の取調べにおいては,押入れの中の布団をめくって物色し,黒い財布を見つけたとの供述に変わった。押入れの前の畳が大きく落ちくぼんでいた(争いのない事実等)ことからすると,押入れの前に立って押入れから布団を引っ張り出し,畳の上で広げることは困難であり,従前の供述は不合理というほかない。F検察官はこのことに気付き,Bに供述を訂正させたものと考えられる。 金品の物色(白い財布の奪取)- 58 -a 上記イaとおり,被控訴人は,警察官の取調べにおいて,最初は,白い財布はBが奪取したと供述し,その後,自分が白い財布を被害者のズボンの左側尻ポケットから抜き取ったと供述していた。ところが,12月19日のF検察官の取調べにおいて,自分は被害者の物を奪うた は,白い財布はBが奪取したと供述し,その後,自分が白い財布を被害者のズボンの左側尻ポケットから抜き取ったと供述していた。ところが,12月19日のF検察官の取調べにおいて,自分は被害者の物を奪うためズボンのポケットを探ることはしておらず,白い財布を抜き取っていない,Bが逃げる途中で財布を捨てたかどうか知らない,Bから見せられたのは現金入りの紙包みであると供述を変えた。同月25日のF検察官の取調べにおいては,Bが白い財布を盗ったと当初は供述していたのに,その後,自分が盗ったと供述を変えた理由について,「(被害者の)ズボンのポケットから盗ったなんて一旦喋ってしまったので,自分が言い出した事だから,あとであれはBが盗ったとか,ちがう事を言い出したりしましたが,Bは知らない事なので答えられないだろうと思ったから自分が盗ったと言いました」と趣旨不明の供述をしている(乙313)。このように,被控訴人が,F検察官の取調べにおいて,白い財布の強取についての供述を曖昧なものに変えると,Bも,警察官の取調べでは,被控訴人が被害者のズボンを物色していたと供述していたのに(白い財布を奪ったのが被控訴人である可能性を示唆するものとみることができる。),12月13日のF検察官の取調べにおいて,被控訴人による物色行為自体が今ははっきりしないと供述した。 b 被害者は,身体の左側を下にして横向きに倒れ,ゆで小豆の缶詰が天井に向いた右側ポケットに入っていた(乙232)。ところが,被控訴人は,被害者のズボンの左ポケットから白い財布を取り出したと供述しておきながら,このような印象的なことについて全く言及しておらず,これは不自然というほかない(乙343)。また,白い財布は,被控訴人が投棄したと述べた場所を捜索しても発見されなかった(乙343,607)。さらに,そもそも被害 象的なことについて全く言及しておらず,これは不自然というほかない(乙343)。また,白い財布は,被控訴人が投棄したと述べた場所を捜索しても発見されなかった(乙343,607)。さらに,そもそも被害者が白い財布を持っていたことを裏付ける客観的証拠もない。これらの事情を踏まえると,F検察官の取調べにおいて,被控訴人及びBが警察官に対する供述を上記のとおり不可解に大きく変えているのは,F検察官が,警察官の取調べにおける被控訴人及びBの供述を曖昧- 59 -なものにし,白い財布の強取の有無が犯人性の判断の障害とならないよう操作したものと考えられる。 ウ本件犯行後偽装工作a 上記ウaのとおり,被控訴人は,警察官の取調べにおいて,二人の立ち位置について,自分はガラス戸の西側の敷居の上に立ち,4畳間側ガラス戸を両手で持ち,Bは8畳間の東側(押入れの前)からガラス戸の東側に移動し,ガラス戸の下のほうを蹴った,そこで8畳間側ガラス戸の上の方のガラスが何枚か割れて8畳間に落ちた,それから二人で一緒に4畳間側ガラス戸を外した,8畳間側ガラス戸はそのまま立っていた,その後,便所に行って工作中,部屋の方からガラスの割れるような音が聞こえたと供述していた。ところが,F検察官の取調べにおいては,二人が外す対象としたガラス戸について,自分が8畳間側ガラス戸,Bが4畳間側ガラス戸であるとし,自分はそのガラス戸を外し終えて玄関側の柱に立てかけた,Bが外し終えたところは見ていない,Bはガラス戸の下の方を蹴って大きな音をさせていた,その際にガラス戸のガラスが割れたと思うがはっきりしない,自分が便所に行って工作中,ガラス戸を外していたあたりから大きな音を聞いたと供述し,供述を変えた。 また,上記ウbのとおり,Bは,警察官の取調べにおいて,2枚が重なっ たと思うがはっきりしない,自分が便所に行って工作中,ガラス戸を外していたあたりから大きな音を聞いたと供述し,供述を変えた。 また,上記ウbのとおり,Bは,警察官の取調べにおいて,2枚が重なった状態のガラス戸の西側に被控訴人,東側に自分が立ち,二人で4畳間側のガラス戸を両側から持って持ち上げた,自分が下の方を蹴飛ばしたところ,上段のガラス2枚が割れた,その後は被控訴人に任せた,逃走する際に部屋の中からガタンと大きな音がした,4畳間側のガラス戸は二人で外して倒したが,残りの1枚は立てた状態のままにしたと供述していた。ところが,12月13日のF検察官の取調べにおいては,2枚が重なった状態のガラス戸の東側に被控訴人,西側に自分が立ち,4畳間側ガラス戸を二人で両側から持ち上げるなどして外したと供述した。また,同月23日のF検察官の取調べにおいては,被控訴人が8畳間- 60 -側,自分が4畳間側に立ってそれぞれ1枚ずつ外そうとしたが,外れないのでガラス戸を蹴ったら,ガラス2枚が割れ,さらに,自分が4畳間側ガラス戸を外した際に手を放したことからガラス戸が倒れ,大きな音がしてガラスが割れた,G検察官の取調べの際に図面を見せられて,ガラスが割れたのは,ガラス戸が扇風機に当たったためであることに気付いた,被控訴人は自分より先に8畳間側ガラス戸を外し,4畳間に持ち込んで,横にして立てかけていたと供述した。さらに,同月25日のF検察官の取調べにおいては,便所の窓の下に被控訴人の靴を置いて逃走する際,勝手口の前の辺りで何か音がしたとそれまで言っていたが,曖昧ではっきりしないと供述した。 b 以上のとおり,被控訴人とBの警察官の取調べにおける供述は,8畳間と4畳間との境のガラス戸2枚について,4畳間側ガラス戸を二人で一緒に外したとの点は一致するもの 昧ではっきりしないと供述した。 b 以上のとおり,被控訴人とBの警察官の取調べにおける供述は,8畳間と4畳間との境のガラス戸2枚について,4畳間側ガラス戸を二人で一緒に外したとの点は一致するものの,Bの取った行動について,被控訴人の供述は,8畳間からガラス戸の東側に移動し,ガラス戸を蹴って8畳間側ガラス戸のガラスを何枚か割り,それから二人で4畳間側ガラス戸を持って外し始めたというものであるのに対し,Bの供述は,重なった状態の2枚のガラス戸のうち4畳間側ガラス戸を二人で持ち上げ,それからBが足でガラス戸を蹴って,同ガラス戸のガラス2枚を割ったというものであり,ガラス戸を二人で外そうとした行為とガラス戸を蹴った行為のどちらが先であったか,どのガラス戸を蹴ったのか,どのガラス戸のガラスが割れたのかの各点で一致しない。また,8畳間側ガラス戸については,二人とも,立てた状態のままになっていたと供述していたところ,これは現場の状況と明らかに矛盾するし,被控訴人が同ガラス戸のガラスが何枚か割れて8畳間側に落ちたと供述するのも現場の状況と矛盾する(争いのない事実等)。 これに対し,F検察官の取調べでは,Bが当初,被控訴人が2枚を重ねたガラス戸の東側,自分が西側に立ち,4畳間側ガラス戸を二人で両側から持ち上げるなどして外したと供述していたのが修正され,被控訴人の供述とBの供述との間に矛盾がなくなる。すなわち,立ち位置の供述は,被控訴人もBも,警察官の取- 61 -調べでは,ガラス戸を外す際,被控訴人がガラス戸の西側,Bが東側とされていたところ,F検察官の取調べでは,Bについては上記の修正を経て,二人とも,被控訴人が重ねたガラス戸の8畳間側,Bが4畳間側に立っていたとの同じ供述に変わっており,二人とも大きく供述を変遷させ,しかも,供述内容を一致さ の取調べでは,Bについては上記の修正を経て,二人とも,被控訴人が重ねたガラス戸の8畳間側,Bが4畳間側に立っていたとの同じ供述に変わっており,二人とも大きく供述を変遷させ,しかも,供述内容を一致させているから,同検察官が意図して二人に同内容の供述をさせたことがうかがえる。また,二人の供述によれば,被控訴人が8畳間側ガラス戸,Bが4畳間側ガラス戸をそれぞれ外し,4畳間側のガラス戸は扇風機の上に倒され,8畳間側のガラス戸も4畳間で横に立てかけられていたことになり,他方で,各ガラス戸のどのガラスがいつ,どのようにして割られたのかが判然としないところが残され,検証により明らかな本件犯行の現場の状況との矛盾がなくなった(争いのない事実等)。ガラス戸の一部のガラスがいつ,どのようにして割れたのかについての供述が曖昧になり,不可解に変わっているのは,二人のどちらが最後まで部屋に残ってガラスを割るような音をさせたのかについての被控訴人及びBの供述が矛盾し,これについて調整,解決することができなかったためであったと考えられる。 そうすると,上記ウのとおり,被控訴人とBの供述は次々と大きく変わり,F検察官の取調べでも変遷しているところ,これによって,犯行現場の状況と二人の供述との間に矛盾がないよう調整され,最終的に,F検察官の意図するとおり,犯行現場の状況と矛盾しない調書が作成されたものと推認される。 逃走a 上記ウのとおり,被控訴人は,10月27日の取調べにおいて,8月28日は午後11時30分頃に西武新宿線野方駅に着き,一旦光明荘に行き,その後一人で外出して,午後11時40分頃,ジュンを訪ねたと供述していた。ところが,12月19日のF検察官の取調べにおいては,8月28日は午後11時40分頃に光明荘に着いたと供述し,12月21日のF検 後一人で外出して,午後11時40分頃,ジュンを訪ねたと供述していた。ところが,12月19日のF検察官の取調べにおいては,8月28日は午後11時40分頃に光明荘に着いたと供述し,12月21日のF検察官の取調べにおいては,8月28日はジュンに行っていないと供述する。 - 62 -また,Bも,10月26日の取調べで,西武新宿線野方駅に午後11時30分頃に着いて光明荘に向かい,光明荘に着くと,被控訴人は一人で風呂屋とジュンに出掛け,酔っぱらって帰ってきたと供述していた。ところが,12月13日のF検察官の取調べにおいては,光明荘に着いたのは午前零時頃である,二人ともそのまま30分後には寝ており,被控訴人はジュンに出掛けていないと供述する。 b 被控訴人及びBは,上記のとおり,F検察官の取調べによって,光明荘への到着時間が午後11時40分頃又は午前零時頃と遅くなり,しかも,被控訴人はその後ジュンを訪れていないと供述を変えたことになる。しかし,Eは,捜査段階及び確定審第一審の公判において,一貫して,8月28日午後11時30分頃又はそれまでには,被控訴人が来店してビールを飲んだと思うと供述し(乙281,364,553),ジュンのママであるYも,11月1日の警察官の取調べにおいて,常連客に確認して記憶を喚起して整理したところによれば,8月28日の午後11時を過ぎて午前零時に近い頃に被控訴人が来店し,ビールを飲んでいた可能性があると供述し(乙550),11月17日のG検察官の取調べにおいて,上記の取調べ以降,他の常連客にも確認して記憶を整理したところ,被控訴人は8月28日午後11時30分頃に来店したと言ってよいと供述していることからすれば(乙551),被控訴人は,8月28日午後11時30分過ぎには光明荘に着き,その後,ジュンを訪れたものと認められ 訴人は8月28日午後11時30分頃に来店したと言ってよいと供述していることからすれば(乙551),被控訴人は,8月28日午後11時30分過ぎには光明荘に着き,その後,ジュンを訪れたものと認められる。 c これを踏まえ,被控訴人及びBの供述が変わった理由を考えると,被控訴人及びBの従前の供述によれば,午後8時30分過ぎに被害者方を再度訪れ,本件犯行後,偽装工作を行うなどして布佐駅に到達し,午後9時40分頃又は9時55分頃の布佐駅発の上り列車に乗車したことになるところ(乙345,354),その頃の時間帯に布佐駅を出発する列車は午後9時51分発のみであって(乙261),鉄道の所要時間及び乗継ぎの状況を踏まえると,被控訴人及びBは,本件犯行後,同時刻発の列車に乗り,午後11時47分に西武新宿線野方駅で下車し,午後11時52分頃に光明荘に着くことになり,それからジュンに向かうと,同店に- 63 -到着するのは午前零時頃になる(乙261)。しかし,ジュンの終了時間は午前零時頃である(乙550)。 以上の事実からすれば,F検察官は,それまでの警察官の取調べの際の被控訴人及びBの供述がこれらの客観的事実と整合しないことに気付き,自らの意図に沿った内容の供述をさせるべく誘導したものと推認される。 エ以上のとおり,F検察官は,その取調べにおいて,被控訴人及びBのそれまでの供述を自らの意図に沿ったものにさせるよう働きかけ,変えさせたものである。 3 争点1(①別件窃盗事件逮捕及び別件窃盗事件勾留が令状主義を潜脱するものとして違法であり,これらを利用した取調べが違法であるか否か,②本件逮捕及び本件勾留が違法であるか否か)について上記①については,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の1及びに記 取調べが違法であるか否か,②本件逮捕及び本件勾留が違法であるか否か)について上記①については,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の1及びに記載のとおりであるから,これを引用する。上記②については,争点2において検討する。 45頁14行目から21行目までを次のとおり改める。 「認定事実及びアによれば,本件強盗殺人事件の捜査本部は,本件強盗殺人事件の発生後,被害者方周辺の聞込み捜査等により,前科者や素行不良者からアリバイの不明な者を洗い出し,本件強盗殺人事件の捜査対象としていたところ,10月上旬には被控訴人及びBに捜査対象が絞られる状況にあったこと,その頃被控訴人の所在が分からなかったことから,捜査本部は,同月5日,別件窃盗事件の被疑者であった被控訴人を別件窃盗事件で逮捕することを決め,逮捕状の請求をしたことが認められ,以上の事実によれば,同逮捕状を請求した際,捜査本部が本件強盗殺人事件の取調べをする目的を有していたことが認定できる。」46頁2行目の「犯していたものであり」を「犯し,別件窃盗事件について逮捕状を請求した際,捜査本部も窃盗事件の余罪について情報を得ていたもの- 64 -であり(認定事実ア)」に改める。 46頁4行目の「といえる。」の次に「被控訴人は,別件窃盗事件について,結局起訴されていないのであるから,軽微な事件であると主張するが,必ずしも軽微とはいえない事件でも不起訴になることはあり得るから,上記主張は採用できない。」を加える。 46頁7行目の「前記アないしウにおいて認定した事実」を「認定事実イからエまでの事実」に改める。 47頁1行目の「前記エ,キ,コ,サ,シ及びセ」を「認定事実エ」に改める。 頁7行目の「前記アないしウにおいて認定した事実」を「認定事実イからエまでの事実」に改める。 47頁1行目の「前記エ,キ,コ,サ,シ及びセ」を「認定事実エ」に改める。 47頁12行目から13行目にかけての「余罪の概要」の次に「及び本件犯行状況の概要を含んだ8月26日から同月31日までの生活や行動の状況」を加え,13行目の「上申書が作成され(前記キ参照)」を「上申書を作成させ,それを受け取って被控訴人の意思を確認する調べをしており(認定事実ク)」に,15行目の「(前記ク参照),別件窃盗事件の同種余罪に関する」を「(認定事実ケ),別件窃盗事件の動機,同種余罪及び生活状況に関する」にそれぞれ改める。 47頁18行目の末尾に改行して以下を加える。 「また,被控訴人は,強盗殺人罪と窃盗罪とでは前者が後者に比べてはるかに重罪であり,強盗殺人事件と窃盗事件とでは社会的事実として一連の密接な関連性はないし,別件窃盗事件の管轄は本来は茨城県警にないから,本件強盗殺人事件の捜査に主眼があったことは明らかであって,別件窃盗事件勾留に係る勾留請求は令状主義を潜脱するものであると主張する。しかし,強盗殺人事件も窃盗事件も財産罪(盗犯)であることは共通であり,しかも,本件強盗殺人事件と別件窃盗事件は,犯行時期(前者が8月28日,後者が9月3日)が近接しており,両事件は一連の密接な関連性を有しているということができるから,別件窃盗事件の管轄が本来は茨城県警になかったとしても,別件窃盗事件の勾留中に本件強- 65 -盗殺人事件を取り調べることが令状主義を潜脱するものとはいえない。」 47頁22行目の「前記エないしセ」を「認定事実オからソまで」に改める。 48頁7行目の「別件窃盗事 -盗殺人事件を取り調べることが令状主義を潜脱するものとはいえない。」 47頁22行目の「前記エないしセ」を「認定事実オからソまで」に改める。 48頁7行目の「別件窃盗事件の」の次に「動機,」を加え,9行目から10行目にかけての「(前記エ,オ,カ及びシ参照)」を「(認定事実オ,カ,キ,ク,ケ,コ,ス),本件強盗殺人事件も,上記のとおり,事件の同種性及び時期の接近性に照らし,一連の密接な関連性を有するものといってよいこと」に改める。 48頁12行目の「(前記カ及びケ参照)」を「(認定事実キ,コ)」に改め,13行目の「併せ考えると,」の次に「認定事実オ,キ,ク,シ,セ及びソの捜査報告書に記載し,テープに録音するなどした本件強盗殺人に関する捜査状況及び」を加え,15行目から16行目にかけての「R警察官の主観としては」を「R警察官が」に改める。 49頁3行目の「(前記コ,サ,シ及びセ参照)」を「(認定 事実 エ)」に改める。 49頁5行目の末尾に「被控訴人は,10月19日から23日までの間は余罪窃盗各事件の取調べが行われなかったと主張するが,警察官は,上記のとおり,その間も余罪窃盗各事件の捜査を続けており,被控訴人の取調べを行っていないからといって勾留の必要性が失われたとはいえない。」を加える。 49頁16行目から51頁19行目までを削除する。 51頁26行目から53頁16行目までを削除する。 53頁17行目の「」を「ア」に改める。 53頁18行目から19行目にかけての「午後7時から午後8時30分まで及び同日午後8時40分」までを「午後9時頃」に,20行目の「(前記ア③参照)」を「(認定事実ア)」にそれぞれ改める。 53頁 行目から19行目にかけての「午後7時から午後8時30分まで及び同日午後8時40分」までを「午後9時頃」に,20行目の「(前記ア③参照)」を「(認定事実ア)」にそれぞれ改める。 53頁25行目の末尾に「被控訴人は,別件暴力行為等逮捕の時点で,共- 66 -犯者のL及びNは別件暴力行為等事件について罰金刑という比較的軽い刑を受けて釈放されており,被控訴人を同事件で逮捕する必要はなかったと主張する。しかし,Bは,認定事実クのとおり,別件暴力行為等事件と同種の粗暴事犯を繰り返していた嫌疑があり,別件暴力行為等事件の処分を判断するためにはこれらを併せて取り調べる必要があったと考えられるから,被控訴人の上記主張は採用できない。」を加える。 53頁26行目の「前記ア②」を「認定事実ア」に改める。 54頁8行目の「」を「イ」に改める。 54頁9行目の「」を「ア」に改める。 54頁15行目の「(前記ア②,,①,①参照)」を「(認定事実イ,ウ,エ及びオ)」に改める。 54頁20行目の「のみならず,」の次に「同事件と同種の事犯である」を加える。 55頁2行目の「」を「ウ」に,5行目の「」を「イ」に,7行目の「」を「エ」に,10行目の「ないし」を「アからウまで」にそれぞれ改める。 55頁16行目から21行目までを削除する。 4 争点2(警察官による取調べに違法があるか否か)について警察官による被控訴人の取調べア認定事実ケ,アないしキによれば,被控訴人が警察官の取調べを受けて10月15日に本件犯行を自白するに至った経緯は,次のとおりである。 R警察官は,同月13日から3日間,長時間にわたって本件強盗殺人事件に関わる取調べを行い,8月2 被控訴人が警察官の取調べを受けて10月15日に本件犯行を自白するに至った経緯は,次のとおりである。 R警察官は,同月13日から3日間,長時間にわたって本件強盗殺人事件に関わる取調べを行い,8月28日の記憶が曖昧であると被控訴人が供述するのに対し,繰り返しアリバイを厳しく追及した。10月13日には,被控訴人及びBを被害者方付近で目撃した者がいるとの虚偽の事実を告げ,また,8月28日にはBと一緒に光明荘に宿泊したかもしれないと被控訴人が供述したのに対し,Eに確認してい- 67 -ないにもかかわらず,Eがその日は泊まっていないと言っている旨を述べた。また,同月15日には,やったことは仕方がないから早く素直に話せと母親が言っている旨のねつ造した話をし,本件ポリグラフ検査の結果,被控訴人の供述は全て嘘であると判明したとの虚偽の内容を伝え,手だてもないのに被控訴人の意向に従って新聞報道されないようにすると述べ,留置施設の食事が足りず空腹状態にある被控訴人にまんじゅうを買い与えると言って,実際に買い与えた。このような経緯を経て,本件ポリグラフ検査後の取調べ再開からわずか約1時間後,被控訴人は,本件犯行を自白した。 イ以上の経緯に加え,被控訴人の自白は,前記2及びに説示したとおり虚偽の事実を述べるものであったことを踏まえると,R警察官による取調べは,被控訴人に自白をさせるため,虚偽の事実を述べて強い心理的動揺を与えるものであり,被控訴人は,心理的動揺の下,虚偽の自白をしたものと推認される。特に,ポリグラフ検査については,一般的に,これが科学的な検査方法であって,その検査結果には極めて高度の信頼性があるかのごとき印象を与えがちなものであることに加え,被控訴人の当時の年齢や成育歴等を考慮すると,本件ポリグラフ検査の結果,被控訴人の供述は全て 査方法であって,その検査結果には極めて高度の信頼性があるかのごとき印象を与えがちなものであることに加え,被控訴人の当時の年齢や成育歴等を考慮すると,本件ポリグラフ検査の結果,被控訴人の供述は全て嘘であると判明したと告げられた被控訴人が受けた心理的動揺は,非常に強いものであったと推認される。 そうすると,このような警察官の取調べが社会的相当性を逸脱して自白を強要する違法な行為であることは明らかであり,国賠法上の不法行為を構成する。 因果関係控訴人県は,警察官の違法行為があっても,被控訴人の主張する身柄拘束及び有罪判決による損害との間に因果関係はないと主張するので,この点について検討する。 被控訴人は,自白をしては否認に転じるということを繰り返していたこと(争いのない事実等ア並びに認定事実シ,オ及びキ),R警察官やF検察官は,被控訴人が否認に転じると,それまで自白していたのになぜ否認するのかと追及し- 68 -て否認を自白に転じさせたことからすると(認定事実カ及びキ),上記の違法な自白の強要がなかったとすれば,被控訴人は否認を続けていたはずであり,自白調書等が作成されることはなかったと考えられる。 そこで,被控訴人の自白に基づく資料以外の資料により,本件逮捕・勾留をすることが可能であったか検討する。 ア本件逮捕状を請求した際の疎明資料は,司法警察員捜査報告書6通,参考人供述調書6通,本件死体検案書1通,被控訴人の自白調書2通,上申書2通である(乙166)。このうち,犯人性についての疎明資料としては,争いのない事実等イ及び認定事実キ,ク及びコによれば,被控訴人から録取された10月15日付けの自白調書(乙328)及び同月18日付けの自白調書(乙331),本件犯行を認める旨の被控訴人自筆の上申書1通(甲B11), び認定事実キ,ク及びコによれば,被控訴人から録取された10月15日付けの自白調書(乙328)及び同月18日付けの自白調書(乙331),本件犯行を認める旨の被控訴人自筆の上申書1通(甲B11),被控訴人が自白に至った経緯等が記載された捜査報告書2通(乙566,567),Oが8月28日午後7時過ぎに布佐駅でBを目撃した旨供述したと記載された捜査報告書(乙544)であったと考えられる。なお,10月19日以前に作成された書類としては,他に,nの目撃情報を記載した捜査報告書(乙627)及び員面調書(乙628),oの目撃情報を記載した捜査報告書2通(乙617,626)及び員面調書(乙623)もあるが,争いのない事実等カ,キ及び認定事実イ,イによれば,二人が目撃した人物は,身長,体型及び髪型において被控訴人及びBと整合せず,これらは疎明資料とはされなかったと考えられる。また,争いのない事実等ケのとおり,付近の通行人を捜査した警察官がKから「Bの仲間を捜査してみたら」と聞き取ったとする捜査報告書(乙503)を作成していたが,Kの上記発言の趣旨は不明であり,捜査本部も,争いのない事実等のとおり,本件起訴後,mから,Kが被害者方で被控訴人及びBを目撃したと言っていると聞き取るまで上記報告書の存在を無視していたことがうかがわれるから,上記報告書も疎明資料とはされなかったと考えられる(他にBに関する書類の存在が考えられるが,これについては後記イで検討する。)。 - 69 -そうすると,被控訴人の自白がなければ,Oから聴取した内容を記載した捜査報告書以外に犯人性についての疎明資料はなかったことになる。そして,同捜査報告書は,被害者方から少し離れた場所(布佐駅)でBを目撃したというものであるところ(争いのない事実等),Bは布佐駅をよく利用し 書以外に犯人性についての疎明資料はなかったことになる。そして,同捜査報告書は,被害者方から少し離れた場所(布佐駅)でBを目撃したというものであるところ(争いのない事実等),Bは布佐駅をよく利用し,Bにとって同駅は日常の行動圏内にあったから(争いのない事実等),布佐駅でBが目撃されたことは,それほど大きな意味を持つものではない。したがって,上記の捜査報告書は,Bや被控訴人が本件強盗殺人事件の犯人であったことの証拠としての力はほとんど有しないというべきである(なお,争いのない事実等イによれば,取調官は,本件逮捕状の請求後もOから事情を聞き取っているが,Oの目撃供述には,いずれにも同じ問題がある。)。 イ次に,Bの自白調書等について検討する。 Bは,認定事実イのとおり,10月17日に本件犯行を自白し,同日付けの自白調書(乙348)が作成され,自筆による上申書(甲B19)も作成された。 また,V警察官は,自白に至った状況を報告する捜査報告書(乙582)も作成しており,これらの書類が疎明資料として使用された可能性がある。 しかし,Bが本件犯行を自白するに至った経緯は,争いのない事実等ウ,認定 事実 ア,イ並びに前記2及びで説示したところによれば,被控訴人が本件犯行を自白したことを知る警察官が,Bを被控訴人の共犯者として取り調べる方針の下で,当初否認していたBに対し,自白をして謝罪しないと重罪になると告げるとともに,目撃者がいるとか,被控訴人は既に自白していると告げ,否認しても重罪からは逃れられないとの印象を与え,虚偽でも自白するしかないとの強い心理的動揺を与えて,自白を誘導したものと認められる。そうすると,Bが自白したのは,謝罪をしないと重罪になるとの警察官の発言とともに,被控訴人が先に自白していたことが大きな影響を与えていた との強い心理的動揺を与えて,自白を誘導したものと認められる。そうすると,Bが自白したのは,謝罪をしないと重罪になるとの警察官の発言とともに,被控訴人が先に自白していたことが大きな影響を与えていたものと考えられるから,被控訴人の自白がなければ,Bも自白することなく,Bの上記自白調書等が作成されることはなかったはずである。 - 70 -結局,Oから聴取した捜査報告書以外には被控訴人が本件強盗殺人事件の犯人であることを示す資料はなかったことになり,それだけで本件逮捕が許可されることになった可能性はほとんど考えられない。 ウ 10月19日以降に作成された資料によって逮捕状を請求することができた可能性があるかについても検討する。 n及びoについては,争いのない事実等カ及びキのとおり,本件逮捕後の取調べにおいても,被控訴人及びBと身長,体型の特徴が整合する人物を目撃したとの供述を得られていない。 Kについては,争いのない事実等のとおり,本件起訴後に捜査報告書(乙504)及び検面調書(乙447)が作成されている。これは,クリーニング店を経営するKが,昭和43年2月中旬,顧客のm方を訪れた際,被控訴人及びBが本件強盗殺人事件の確定審第一審の第1回公判期日に否認したことが話題となり,自分は被害者方で被控訴人及びBを目撃したと発言したことから,mが警察署でその話をしたため,警察官がKから事情を聴取し,上記各書面が作成されることになったものである(乙505,506)。そうすると,被控訴人及びBが本件強盗殺人事件について違法な取調べによって虚偽の自白をすることなく,本件逮捕・勾留がされることもなかったとすれば,確定審第一審の第1回公判期日が開かれること自体がなかったはずであるから,上記各書面が作成されることもなかったことになる。 H,I,J することなく,本件逮捕・勾留がされることもなかったとすれば,確定審第一審の第1回公判期日が開かれること自体がなかったはずであるから,上記各書面が作成されることもなかったことになる。 H,I,J及びTについては,争いのない事実等ア,ウ,エ及びオのとおり,それぞれ捜査報告書(乙528,531,534,536,540),員面調書(乙529,532,533,535,537,541)及び検面調書(乙273,275,530,538,539,542,543)が作成されている。しかし,上記の4名は,上記のOの目撃供述と同様に,いずれも被害者方からある程度離れた場所における目撃供述をしているにすぎない上(争いのない事実等,ア,ウ,エ及びオ),目撃された場所は,被控訴人及びBにとって日- 71 -常の行動圏内にあるから(争いのない事実等),被控訴人及びBが目撃されたことは,それほど大きな意味を持つものではない。 pについては,取調官により,捜査報告書(乙518),員面調書(乙519,520)及び検面調書(乙521)が作成されている。しかし,いずれの書面をみても,pが被控訴人やBを被害者方の前で目撃したとか,被控訴人やBと特徴が似ている人物を目撃したとの記載はなく(争いのない事実等ク),被控訴人やBが本件強盗殺人事件の犯人であることを指し示すものではない。 エ以上によれば,被控訴人及びBの自白がなかったとすれば,それ以外の捜査報告書等に基づいて本件逮捕状を請求することはできず,したがって,被控訴人が本件逮捕・勾留,本件起訴をされることはなく,有罪判決を宣告されて刑の執行を受けることもなかったということができる。 そうすると,その余の警察官の取調べ等並びに証拠の改ざん及び偽証の違法について判断するまでもなく(争点5及び7),上記のとお 罪判決を宣告されて刑の執行を受けることもなかったということができる。 そうすると,その余の警察官の取調べ等並びに証拠の改ざん及び偽証の違法について判断するまでもなく(争点5及び7),上記のとおり被控訴人を取り調べた警察官には不法行為が成立し,これにより,被控訴人が本件逮捕以後,本件強盗殺人事件で身柄拘束され,同事件で有罪判決を受けたというべきである。 5 争点3(検察官による取調べに違法があるか否か)についてア認定事実キ,オ,カ,キ及び前記4によれば,被控訴人は,R警察官の取調べにおいて,本件ポリグラフ検査の結果,被控訴人の供述は全て嘘であると判明したなどの虚偽の事実を告げられるなどして,虚偽の自白をしたが,G検察官の取調べにおいて,犯行を否認し,アリバイを主張したところ,再びR警察官らの取調べを受けて,再度自白した後,G検察官と交替したF検察官の取調べを受けることとなったことから,G検察官の場合と同様に無実を訴えて理解してもらおうとして,本件犯行を否認したものと考えられる。ところが,光明荘の2階のEの部屋から向かいのアパートの2階に窓から入り,缶詰を盗んだと被控訴人が説明したのに対し,F検察官は,実際には光明荘に行っておらず,現地の状況を確認していないにもかかわらず,被控訴人に対し,自分も東京から通っており,光明荘と向- 72 -かいのアパートを見てきたが,とても2階から向かいのアパートに渡ることはできないと虚偽の事実を述べ(実際には,渡ることが可能であった。),被控訴人の言うことは信じられないと告げ,被控訴人の主張するアリバイを調書に記載することもせず,否認しても裁判官は信じないだろうとも述べた。 また,F検察官は,後述のとおり,Bに対し,公開の法廷で裁判官及び弁護人等の同席する場所においてさえ,高圧的な態 アリバイを調書に記載することもせず,否認しても裁判官は信じないだろうとも述べた。 また,F検察官は,後述のとおり,Bに対し,公開の法廷で裁判官及び弁護人等の同席する場所においてさえ,高圧的な態度を示していたこと等に照らすと,被控訴人に対する取調べにおいても,相当に高圧的であったものと推認できる。 以上によれば,F検察官は,本件犯行を否認する被控訴人の供述を認めず,アリバイ主張を調書に記載することもしなかったというだけではなく,アリバイに関して被控訴人が主張する出来事は不可能であることを自分が現地で確認したという虚偽の事実まで述べ,控訴人の言うことは信じられない,否認しても裁判官は信じないだろうと述べるなどして,高圧的な態度で自白を迫ったものというべきである。 このような経緯に加え,当時の被控訴人は社会経験の浅い20歳の若者であったこと,それまで逮捕されたこともなかったこと(甲B51),にもかかわらず別件窃盗事件の逮捕から2か月も身柄を拘束され続けていたことに照らすと,被控訴人は,本件犯行をしていないとどれほど言ったとしても決して信じてもらえることはないとの絶望的な心理状態になり,その結果,本件犯行を自白するに至ったものと推認することができる。そして,そのような経緯によって自白してしまった以上,その後は,F検察官に言われるがまま本件犯行の経緯を供述するほかない状況に追い込まれていたと考えられる。F検察官は,これを利用して,自己の意図するまま,前記2のとおり,警察官が録取した調書の内容では客観的事実と整合しない部分について供述を変えさせ,被控訴人がそれまで詳細に供述していた調書を曖昧な内容に変えさせて,被控訴人の自白供述を客観的事実と矛盾が生じないようにしたものである。 イ以上からすれば,被控訴人を自白させたF検察官の取調べは,社 訴人がそれまで詳細に供述していた調書を曖昧な内容に変えさせて,被控訴人の自白供述を客観的事実と矛盾が生じないようにしたものである。 イ以上からすれば,被控訴人を自白させたF検察官の取調べは,社会的相当性を逸脱して自白を強要する違法な行為であったというべきであり,国賠法上の不法- 73 -行為を構成する。 次に,F検察官の被控訴人に対する取調べが違法であったとしても,Bに対する取調べが適法であれば,本件起訴及びこれに伴う身柄拘束が適法となる余地があることから,Bの取調べについても検討する。 これについて,認定事実サによれば,F検察官は,Bがアリバイを主張して本件犯行を否認しても,世間の人は信じない,本件犯行を行っていないことを説明してみろなどと述べて取り合わなかった。また,F検察官は,確定審第一審の第17回公判期日での被告人質問において,Bに対し,訴訟になって本件犯行を否認しているが,自分はやっていないという理由を述べてもらいたい,納得できる説明をしてもらいたいと問い質し,Bが,それに答えて,8月28日は東京で映画を見ていた,その後光明荘に行き漫画本を読んだなどと一つずつ経緯,状況を述べると,F検察官は,さらに畳みかけるように次から次へと問い質した上,そのような説明で他人を納得させることができるのか,Bの説明は自分の記憶で話しているにすぎない,8月28日のアリバイの根拠は何もないことになるとの発言をしており(乙403),公開の法廷で裁判官及び弁護人等の同席する場所においてさえ,立証責任が検察官にあることを無視するかのごとき高圧的な態度を示していること(認定事実サのとおり,F検察官は,Bの取調べをした際も,本件犯行を行っていないことを説明してみろなどと,立証責任が検察官にあることを無視するかのごとき発言をしていた。),他 態度を示していること(認定事実サのとおり,F検察官は,Bの取調べをした際も,本件犯行を行っていないことを説明してみろなどと,立証責任が検察官にあることを無視するかのごとき発言をしていた。),他方,Bは,確定審第一審から再審公判に至るまで一貫して,F検察官の取調べを受けた際,自分の言うことを信用してもらえない,怒られ,悔しくて涙を流したとか,このままではどうしようもないと精神的に参ってしまい,認めればすぐ裁判にしてもらえると思い,本件犯行を認めたと供述していること(乙402,417,465,469,632)からすれば,F検察官は,取調べにおいて,客観的な根拠を示せないまま本件犯行を否認してアリバイを主張するBに対し,自白を求めて厳しく追及したものと考えられる。さらに,F検察官がBから録取した供述は,前記2のとおり,幾- 74 -つもの点で警察段階での供述から変わっていること,そもそもBが被控訴人と8月28日夜に被害者方で本件犯行に及んだという自白は虚偽の事実を供述するものであったことを総合すれば,BがF検察官の取調べが始まって数時間足らずで自白したことを踏まえても,Bが自白を始めたのは,F検察官が自己の意図に従った調書を作成するため,Bに対し否認を許さない強い態度で取調べを行い,自白を強要したからであると考えられる。そうすると,F検察官の取調べは,社会的相当性を逸脱して自白を強要する違法な行為であるから,本来,F検察官はBの自白調書を作成することはできなかったというべきである。 したがって,その余の検察官の取調べ等,本件起訴及び訴訟活動等について判断するまでもなく(争点4から8まで),被控訴人を取り調べたF検察官には不法行為が成立し,これにより,被控訴人が本件起訴以後,本件強盗殺人事件によって身柄を拘束され,同事件で有罪判 活動等について判断するまでもなく(争点4から8まで),被控訴人を取り調べたF検察官には不法行為が成立し,これにより,被控訴人が本件起訴以後,本件強盗殺人事件によって身柄を拘束され,同事件で有罪判決を受けたということになる。そして,この検察官の不法行為は,被控訴人が本件起訴並びにそれ以降の身柄拘束及び有罪判決を受けたことについて,警察官の不法行為(前記4)と共同の不法行為の関係にあることから,その限度で共同不法行為(国賠法4条,民法719条1項前段)が成立する。 6 争点9(被控訴人に生じた損害の有無及び金額)について⑴ 身柄拘束期間中の損害ア逸失利益期間被控訴人は,別件窃盗逮捕の日から本件強盗殺人事件の刑の執行による身柄拘束から仮釈放された日までの逸失利益を主張する。 前記3から5までの説示によれば,別件窃盗逮捕,別件窃盗勾留が国賠法上違法であるとは認められないものの,警察官(控訴人県)との関係においては本件逮捕以降の身柄拘束が,検察官(控訴人国)との関係においては本件起訴以降の身柄拘束がそれぞれ違法なものとなるから,別件窃盗事件勾留から釈放されて本件逮捕が- 75 -された日の翌日である昭和42年10月24日(控訴人県との関係)又は本件起訴の日の翌日である同年12月29日(控訴人国との関係)から刑の執行を受けて仮釈放された日である平成8年11月14日までが違法な身柄拘束を受けた期間となる。もっとも,争いのない事実等のとおり,本件勾留の期間が満了して釈放され,余罪窃盗各事件の起訴後の勾留により身柄拘束されていた期間があり,その期間(本件起訴後の二重勾留の時期を含む。)は除く必要がある。そして,争いのない事実等,及びア並びに認定事実によれば,被控訴人は,確定審第一審の第1回公判 身柄拘束されていた期間があり,その期間(本件起訴後の二重勾留の時期を含む。)は除く必要がある。そして,争いのない事実等,及びア並びに認定事実によれば,被控訴人は,確定審第一審の第1回公判期日で余罪窃盗各事件に係る公訴事実をいずれも認めていること,再審判決において,余罪窃盗各事件は懲役2年(執行猶予3年)の判決が宣告され,同判決は確定していること,余罪窃盗各事件の起訴後の勾留を利用して本件強盗殺人事件の取調べに多くの時間が使われていること,他方で,余罪窃盗各事件(争いない事実等カの事件を除く。)は9件もの犯罪事実が審理の対象となり,追起訴もされていることを総合すると,遅くとも昭和43年2月13日には,余罪窃盗各事件について,懲役2年(執行猶予3年)の判決が宣告され,同日に被控訴人は釈放された可能性が高いと認められる。したがって,余罪窃盗各事件の起訴後の勾留の日である昭和42年11月13日から上記判決の日である昭和43年2月13日までの期間を除くこととする。そうすると,控訴人らによる違法行為によって身柄拘束された期間は,昭和42年10月24日から同年11月12日まで(ただし,控訴人県のみ)及び昭和43年2月14日から平成8年11月14日まで(以下「本件逸失利益認容期間」という。)となる。 算定の基準とすべき額被控訴人は,各年の賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・男子計による該当年齢の平均賃金を得られていた蓋然性が高く,仮に学歴計による平均賃金が認められないとしても,中学卒による該当年齢の平均賃金は得られていたはずであると主張する。他方,控訴人らは,被控訴人には勤労意欲がなく,中学卒の平均賃金も得られた蓋然性があったといえないと主張する。 - 76 -この点について,証拠(被控訴人本人)によ ていたはずであると主張する。他方,控訴人らは,被控訴人には勤労意欲がなく,中学卒の平均賃金も得られた蓋然性があったといえないと主張する。 - 76 -この点について,証拠(被控訴人本人)によれば,被控訴人は,入学して半年で高等学校を中退し,その後,別件窃盗事件で逮捕されるまで職業を転々としていたこと及び同逮捕前に仕事を辞めてからは働く意欲がなく,次の勤務先も決まっていなかったことが認められる一方,被控訴人は当時20歳と若く,可塑性があったと考えられる。そこで,これらの事情を総合し,各年の賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・中学卒・男子労働者による該当年齢の平均賃金を得られた蓋然性を認め(ただし,昭和48年については後記のとおりとする。),別紙「裁判所の認定額」の「①身柄拘束期間中の逸失利益」の「証拠」欄記載の証拠により,同「平均賃金」欄に各記載の金額を算定の基準とすべき額とする。 なお,被控訴人は,昭和42年,昭和45年,昭和46年及び昭和48年の賃金に関し,賃金センサス(抄)として,それぞれ甲C3,6,7,9を提出するが,このうち,甲C7(昭和46年)は鉱業に従事する労働者の賃金が記載されたものであり,その余は中学卒の金額が不明であるから,いずれも用いることができない。 そこで,昭和42年については,同年の賃金センサス第1巻(昭和47年までは「賃金構造基本統計調査報告」と表記されていたが,便宜上,これについても「賃金センサス」と表記することとする。)第1表の産業計,企業規模10人以上,男子労働者,小学・新中卒の20~24才の「平均月間定期給与額」3万1900円の12か月分に「平均年間賞与その他の特別給与額」5万6600円を加算した43万9400円をもって平均賃金とする。 昭和45年については,同年の賃金センサス第1 「平均月間定期給与額」3万1900円の12か月分に「平均年間賞与その他の特別給与額」5万6600円を加算した43万9400円をもって平均賃金とする。 昭和45年については,同年の賃金センサス第1巻第1表の産業計,企業規模計,男子労働者,小学・新中卒の20~24才の「きまって支給する現金給与額」5万1300円の12か月分に「年間賞与その他の特別給与額」10万4400円を加算した72万円をもって平均賃金とする。 昭和46年については,同年の賃金センサス第1巻第1表の産業計,企業規模計,男子労働者,小学・新中卒の20~24才の「きまって支給する現金給与額」5万7800円の12か月分に「年間賞与その他の特別給与額」12万8600円を加- 77 -算した82万2200円をもって平均賃金とする。 昭和48年については,同年の賃金センサス第1巻第1表の産業計,企業規模計,男子労働者の25~29才の「きまって支給する現金給与額」9万3700円の12か月分に「年間賞与その他特別給与額」27万9100円を加算すると140万3500円となるが,この額は,小学・新中卒ではなく学歴計の額であることから,次のとおり修正をする。別紙「裁判所の認定額」の「①身柄拘束期間中の逸失利益」の昭和47年の平均賃金欄記載の115万4800円は,証拠(甲C8)及び弁論の全趣旨によれば,同年の賃金センサス第1巻第1表の産業計,企業規模計,男子労働者,小学・新中卒,25~29才の平均賃金である。他方,同年の学歴計(その他の事項は同じ。)の平均賃金は,「きまって支給する現金給与額」7万9200円の12か月分に「年間賞与その他の特別給与額」25万2900円を加算した120万3300円である。これらを比較すると,小学・新中卒の平均賃金は,学歴計の平均賃金の95.97%となる。そこ 9200円の12か月分に「年間賞与その他の特別給与額」25万2900円を加算した120万3300円である。これらを比較すると,小学・新中卒の平均賃金は,学歴計の平均賃金の95.97%となる。そこで,これを上記の140万3500円に乗じた額である134万6938円(1円未満切捨て。以下,同じ。)をもって昭和48年の平均賃金とする。 生活費控除生活費として5割を控除する。 以上を前提に本件逸失利益認容期間中の逸失利益を算定すると,その額は,別紙「裁判所の認定額」の「①身柄拘束期間中の逸失利益」の「元金」の「小計」欄記載の金額となる。 イ慰謝料被控訴人が本件逸失利益認容期間に身柄拘束を受けたことによる慰謝料の額は,控訴人らのいずれについても,別紙「裁判所の認定額」の「②身柄拘束期間中の慰謝料」欄記載のとおり,3300万円とする(前記のとおり,控訴人県と控訴人国との間には違法な身柄拘束期間に差があるが,その差は,身柄拘束期間全体と対比すると,それほど大きなものとはいえないから,慰謝料の額に違いは設けないこと- 78 -とする。)。 ウ刑事補償給付の控除被控訴人が受給した補償金は(争いのない事実等ア),遅延損害金に充当することができず,本件逸失利益認容期間の逸失利益及び慰謝料に充当される。その理由は,原判決124頁に説示のとおりであるから,これを引用する(ただし,13行目の「前記ア及びイ」から14行目の「までの間の」までを「本件逸失利益認容期間の」に改める。)。 そうすると,被控訴人が受給した補償金が1日当たりの金額1万2500円に身柄拘束日数1万0629日を乗じた額であること(争いのない事実等ア)から,控訴人県については本件逸失利益認容期間である1万0522日(1万0629日 した補償金が1日当たりの金額1万2500円に身柄拘束日数1万0629日を乗じた額であること(争いのない事実等ア)から,控訴人県については本件逸失利益認容期間である1万0522日(1万0629日-(14日+93日))に相当する補償金の額1億3152万5000円(1万2500円×1万0522日)が,控訴人国については本件逸失利益認容期間から20日(10月24日から11月12日までの日数)少ない1万0502日に相当する補償金の額1億3127万5000円(1万2500円×1万0502日)が,それぞれ上記期間に相当する逸失利益及び慰謝料の額から控除されることになる。 その結果は,別紙「裁判所の認定額」の「⑤刑事補償給付の控除」の「控除後の元金」欄記載のとおりであり,元本は0円となる。 エ身柄拘束期間中の損害についての認容額以上によれば,身柄拘束期間中の損害のうち補填されていないのは,逸失利益と慰謝料との合計額に対する平成23年6月8日から平成24年4月10日までの遅延損害金相当額であり,その額は,別紙「裁判所の認定額」の「④身柄拘束期間中の逸失利益及び慰謝料に対する遅延損害金(ただし,慰謝料については3000万円の遅延損害金)」の金額欄の額となる。もっとも,被控訴人の不服の範囲はこの額よりも少なく,同別紙の「⑥身柄拘束期間中の損害(控除後)」の金額欄の額(315万7822円+8万2017円)であるから,これが認容額となる。 ⑵ 仮釈放後の損害- 79 -ア逸失利益 期間証拠(甲C74,被控訴人本人)によれば,被控訴人は,仮釈放後,本件強盗殺人事件の犯人として偏見を受け,就労の機会が制限されたものと認められるから,被控訴人が仮釈放された日の翌日である平成8年11月15日から再審判決が確定した日の前日である平成23 仮釈放後,本件強盗殺人事件の犯人として偏見を受け,就労の機会が制限されたものと認められるから,被控訴人が仮釈放された日の翌日である平成8年11月15日から再審判決が確定した日の前日である平成23年6月7日までの間に被控訴人が十分な収入を得られなかったことについて逸失利益を認めることとする。 控訴人県は,仮釈放後,被控訴人が工務店で1か月に20日以上働き,1日1万円の収入を得ていた実績があること,他の工務店からも誘われていたこと,その後の収入の減少は第二次再審請求の準備のためであることから,就労の機会が制限されていたとはいえないと主張する。しかし,1日1万円の収入で20日働いても年収は240万円であり(しかも,このような収入が何年続いたのかは不明である。),賃金センサスで計算される額より明らかに少ないこと(甲C32~47),第二次再審請求に関する活動をしていたことによる減収があったことはうかがえるものの(被控訴人本人),自らの無罪を訴えて再審請求をする者が,弁護士に再審請求の法的手続を依頼するだけにとどめず,多くの市民から支援を受けるための活動をすることはしばしば見られることであり,そのために就労の機会が制限されることも,控訴人らの違法行為によるものと扱って差し支えないと考えられることから,控訴人県の主張は採用できない。 算定の基準とすべき額前記⑴アのとおり,各年の賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・中学卒・男子計による該当年齢の平均賃金をもって算定し,別紙「裁判所の認定額」の「⑦仮釈放後の逸失利益」の「平均賃金」欄に各記載の金額が基準となる(甲C32ないし47)。 得られた収入の控除被控訴人が平成8年11月15日から平成23年6月7日までの間に現実に得た- 80 -収入は,逸失利益から控除する 記載の金額が基準となる(甲C32ないし47)。 得られた収入の控除被控訴人が平成8年11月15日から平成23年6月7日までの間に現実に得た- 80 -収入は,逸失利益から控除する必要がある。 証拠(甲C49~53,55)によれば,平成17年から平成23年までの間の各年の被控訴人の収入額は,別紙「裁判所の認定額」の「⑦仮釈放後の逸失利益」の「現実の収入(控除相当額)」の平成17年から平成23年までの各欄に記載されたとおりであると認められる。なお,所得証明書(甲C54)によれば,平成22年分の収入はゼロとなっているが,同年の収入が皆無であったとは考え難く,被控訴人が確定申告をしなかったことがその原因であると考えられることから,同年分の収入は,前後の年の収入(甲C53,55)の平均額((76万1200円+115万9383円)÷2)である96万0291円とする。平成23年については,平均賃金(322万3800円)と現実の収入(115万9383円)との差額をもとに日割計算をする((322万3800円-115万9383円)×158日÷365日)。また,平成8年から平成16年までの間の現実の収入額は不明であるが,その期間中は,平成17年から平成23年までの間の各年の収入額の平均額に相当する収入が得られたものと認める((100万5500円+98万9100円+192万4100円+125万3200円+76万1200円+96万0291円+115万9383円)÷7)。その額は,別紙「裁判所の認定額」の「⑦仮釈放後の逸失利益」の「現実の収入(控除相当額)」の平成8年から平成16年までの各欄に記載のとおりである(平成8年については,平成23年と同様の方法で日割計算((555万8500円-115万0396円)×47日÷366日)。 仮釈放 額)」の平成8年から平成16年までの各欄に記載のとおりである(平成8年については,平成23年と同様の方法で日割計算((555万8500円-115万0396円)×47日÷366日)。 仮釈放後の逸失利益についての認容額以上によれば,仮釈放後の逸失利益に係る損害賠償債務の額は,別紙「裁判所の認定額」の「⑦仮釈放後の逸失利益」の「元金」の「小計」欄記載の金額となる。 イ慰謝料平成8年11月15日から平成23年6月7日までの間の慰謝料の額は,300万円とする。 ウ年金- 81 -被控訴人が所定期間にわたって国民年金保険料を納付した蓋然性は低いと考えられるから,これについては逸失利益として認めない。 エ再審判決確定までの弁護士費用等次のとおり補正するほかは,原判決128頁25行目から130頁14行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。 129頁16行目の「に係る金員の相当額について」から18行目の「すべきである」までを「の合計額から同③を控除した1593万円が損害である」に改める。 130頁10行目の「あるものといわざるを得ない」を「あるものの,他方で,第一次再審請求審及び第二次再審請求審の費用及び報酬については相当な額が補填されていない可能性がある(刑事訴訟法188条の6参照)」に改める。 オ本件訴訟の弁護士費用本件に顕れた一切の事情を斟酌し,別紙「裁判所の認定額」の「⑩まとめ」の「番号」欄の2から5までに対応する各「認容額」欄記載の額の合計額の約1割に相当する額(同6に対応する「認容額」欄記載の金額)を認める。 ⑶ まとめ以上によれば,被控訴人の損害額は,別紙「裁判所の認定額」の「⑩まとめ」の「合計額」欄に記載のとおりとなる。 7 争点10(除斥期間が経過したか否か) 欄記載の金額)を認める。 ⑶ まとめ以上によれば,被控訴人の損害額は,別紙「裁判所の認定額」の「⑩まとめ」の「合計額」欄に記載のとおりとなる。 7 争点10(除斥期間が経過したか否か)について本件は,被害者の死体が発見されて犯罪の発生が判明し,控訴人らの違法行為によって被控訴人が犯人とされ,本件逮捕,本件勾留,本件起訴,公判を経て,確定した有罪判決による刑の執行を受けたものであり,被控訴人に対して国家刑罰権を実行するための一連一体の手続が行われた結果,居住,移転の自由及び名誉等の権利,利益が侵害され続けたものである。そうであれば,本件において除斥期間の起算点である「不法行為の時」(国賠法4条,民法724条後段(平成29年法律第44号による改正前のもの))とは,確定した刑の執行の根拠である有罪判決の効- 82 -力が覆された時,すなわち,再審による無罪判決が確定した時であり,その時点をもって除斥期間の起算点とすべきである。したがって,被控訴人の損害賠償請求権の除斥期間の起算点は,再審判決が確定した時である平成23年6月8日であるから,除斥期間が経過したとはいえない。 第4 結論以上によれば,被控訴人の請求は,控訴人らに対し,連帯して別紙「裁判所の認定額」の「⑩まとめ」の「合計額」欄の7389万5386円並びに同「⑩まとめ」の「番号」欄の2,3及び5の「細目」欄の「第二次再審請求審の弁護士費用」の各「認容額」欄の合計額5714万0547円に対する平成23年6月8日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し,その余の請求は理由がないから棄却すべきところ,これと異なる原判決は一部失当であって,本件控訴及び附帯控訴はそれぞれ一部理由があるから,原判決を上記のとおり変更 度で理由があるからその限度で認容し,その余の請求は理由がないから棄却すべきところ,これと異なる原判決は一部失当であって,本件控訴及び附帯控訴はそれぞれ一部理由があるから,原判決を上記のとおり変更する。また,被控訴人の拡張した請求は,別紙「裁判所の認定額」の「⑩まとめ」の「番号」欄5のうちの「細目」欄の「弁護士報酬」及び「実費」欄の各「認容額」欄の664万円及び37万5000円並びに「番号」欄6の「認容額」欄の650万円に対する平成23年6月8日(再審判決が確定した日)から,「弁護士報酬」欄の「認容額」欄の664万円については平成24年4月26日まで,「実費」欄の「認容額」欄の37万5000円については同年7月19日まで,「番号」欄6の「認容額」欄の650万円については同年11月27日までの各遅延損害金の合計79万4468円の限度で理由があるから,その限度で認容する。 東京高等裁判所第20民事部 裁判長裁判官村上正敏- 83 - 裁判官遠 藤 浩太郎 裁判官板野俊哉
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