平成14(う)533 常習累犯窃盗,道路交通法違反,業務上過失傷害,有印私文書偽造,同行使被告

裁判年月日・裁判所
平成15年2月13日 福岡高等裁判所
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判決文本文6,712 文字)

○警察官作成の捜査報告書中の被疑者署名印欄等に他人の氏名を署名して指印し提出した行為につき,私文書偽造・同行使の罪は成立せず,私印偽造・同不正使用の罪が成立するにとどまるとした事例 主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役3年2月に処する。 原審における未決勾留日数中60日をその刑に算入する。 押収してある飲酒検知保管袋(当庁平成14年押第42号の1)及び道路交通法違反(酒気帯び酒酔い)事件捜査報告書(同押号の3)の各偽造部分を没収する。 理由 本件控訴の趣意は,弁護人川副正敏提出の控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用する。 論旨は,要するに,被告人を懲役3年2月に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。 所論に対する判断に先立ち,職権により原判決の事実認定及び法令適用の当否につき検討するに,原判決は,原判示第4の事実中,被告人が「運転免許を有している実弟のAの氏名を詐称して…,同巡査が作成した道路交通法違反(酒気帯び酒酔い)事件捜査報告書(当庁平成14年押第42号の3)の被疑者署名印欄及び飲酒検知保管袋(同押号の1)に,行使の目的をもってほしいままに「A」と各冒書して指印し,もってA名義の私文書2通を偽造した」という有印私文書偽造の点につき刑法159条1項を,「即時同所において,上記B巡査に対し,これらをあたかも真正に成立したもののように装い,提出して行使した」という偽造有印私文書行使の点につき同法161条1項,159条1項をそれぞれ適用処断していることが明らかである。そこで,上記のように捜査報告書及び保管袋にA名義の署名をし,指印を押したことが,私文書偽造を構成するか否かについて考察する。 (一) まず,上記保管袋は,飲酒検知保管袋の ていることが明らかである。そこで,上記のように捜査報告書及び保管袋にA名義の署名をし,指印を押したことが,私文書偽造を構成するか否かについて考察する。 (一) まず,上記保管袋は,飲酒検知保管袋の表題のもとに,交通事件原票(番号№ ),採取年月日,温度,採取場,被疑者氏名年令,検知管示度,温度補正,採取者職氏名の各欄(各欄全体が枠で囲まれている。)が印刷してある紙袋であるが,上記各欄は採取者である警察官が作成すべき公文書であるところ,上記保管袋への被疑者の署名・指印は,その書式には予定されておらず,上記枠外の適当な箇所になされたにすぎないものである。もとより,被疑者が署名・指印をする以上は,何らかの意味があることは推測に難くないが(上記各欄の記載を自ら確認したことあるいは飲酒検知場面に臨場していたことを担保することなどが考えられる。),それがいかなる観念の表示かを一義的に特定することはできない。 (二) また,上記捜査報告書についてみれば,酒気帯び・酒酔い運転者を検挙した警察官がその違反を報告するために作成すべき公文書であって,「違反現認時の状況」,「酔いの程度の状況」の各欄からなり,後者の欄は,「(1) 別添鑑識カード記載の通り (2) SD型検知管によるアルコール濃度の測定は下記の通り」としてその下部には,中枠で囲まれた,測定法の不動文字による説明と,測定線として赤実線の記入が予定されている検知管略図のほか,「(1) 検知管のアルコールによる着色層の先端に測定線標示(マークシール)を貼付し測定線標示(マークシール)の位置を被疑者に確認させた。(2) なお,検知管にマークシールを貼付した位置は,上記検知管略図の赤実線の位置である。」との不動文字による説明が印刷されている(以下,中枠で囲まれた部分を「アルコール濃度測定欄」という。)。 。(2) なお,検知管にマークシールを貼付した位置は,上記検知管略図の赤実線の位置である。」との不動文字による説明が印刷されている(以下,中枠で囲まれた部分を「アルコール濃度測定欄」という。)。 そして,上記捜査報告書全体は外枠で囲まれ,その外枠で囲まれた最下部(アルコール濃度測定欄の外)に,被疑者署名印の不動文字が印刷されて,そこに署名をなすべきことが予定されている(この点,交通事件原票の下欄には,道路交通法違反現認・認知報告書又は捜査報告書との表題のある欄が置かれ,その下部に,「違反者は,上記違反事実について,平成年月日次のとおり供述書を作成した。」と司法警察職員が記載すべき欄がもうけられ,その下方に,供述書(甲)又は供述書と題し,「私が上記違反をしたことは相違ありません。事情は次のとおりであります。」という不動文字が印刷され,その最下部に署名欄があるのとは体裁を異にする。)。 もとより,被疑者が署名・指印をする以上は,前記(一)におけると同様に何らかの意味があることは想像できるが,それがいかなる観念の表示かを一義的に特定することはできない。 (三) そこで考えるに,刑法159条各項にいう私文書とは,権利,義務若しくは事実証明に関する事項を証明するに足りる文書である。 確かに,本件捜査報告書及び保管袋の各署名・指印は,前記のように何らかの事項の証明・認証というような一定の観念を表示していると解されるが,私文書偽造罪(3月以上5年以下の懲役)とは別に私印偽造罪(3年以下の懲役)という罪が設けられている趣旨を考えれば,署名,押印が上記のような観念を表示している(本件各文書において,表示される観念が一義的に特定されていない点は一応別論とする。)と解されるだけでは,直ちに署名,印章の偽造が,私印偽造罪とは別に定められ,より重い有 のような観念を表示している(本件各文書において,表示される観念が一義的に特定されていない点は一応別論とする。)と解されるだけでは,直ちに署名,印章の偽造が,私印偽造罪とは別に定められ,より重い有印私文書偽造罪に当たるということはできない。特に,上記捜査報告書については,公文書である捜査報告書中に存する被疑者の署名,押印が,刑法上の私文書を構成するというために,その外形上公文書から独立性を有する一個の文書(例えば,上記交通事件原票における供述書欄)であることを要すると解するのが相当である(なお,木藤繁夫「調書末尾の署名の偽造と文書偽造罪の成否」研修456号69頁参照)。本件においては,上記捜査報告書の末尾に設けられた被疑者署名印欄の署名・指印をもって,その外形上捜査報告書から独立性のある文書ということはできないから,文書性を否定するほかはない。 (四) ところで,アルコール濃度測定欄内の最下部に「うがいをした。」という被告人の字体と思われるボールペンによる書き込みがある(その右に2本線で抹消された「A」の署名と指印がある。)。そこで,被疑者署名印欄の署名・指印が,「うがいをした。」旨の書き込みと一体となって独立した有印私文書を構成するといえるかが問題となるが,本件公訴事実はそのようなものとして私文書をとらえて,私文書偽造を起訴しているものではなく,原判決も同様である。 そもそも,被疑者署名印欄は,書式の体裁上,上記捜査報告書全体に対応する署名印欄であり,アルコール濃度測定欄のみに対応する署名印欄ではないから,本件偽造署名・指印が,アルコール濃度測定欄の「うがいをした。」旨の書き込みと一体となって捜査報告書から独立性のある私文書を構成するものと認めることはできない。 なお,検察官提出の意見書において引用する下級審裁判例は,本件と事案を異 測定欄の「うがいをした。」旨の書き込みと一体となって捜査報告書から独立性のある私文書を構成するものと認めることはできない。 なお,検察官提出の意見書において引用する下級審裁判例は,本件と事案を異にし,適当ではない。 以上のとおり,上記捜査報告書及び保管袋に実弟の署名・指印を偽造し,提出した行為は,刑法159条1項にいう事実証明に関する私文書の偽造と同行使の罪ではなく,私印偽造(本件においては,署名・指印の偽造を指す。以下同じ。)と同不正使用の罪に該当するというべきである(しかも,原判示第4に対応する平成14年7月22日付け起訴状記載の公訴事実第4の訴因中には,被告人が署名・指印を偽造し,これらを不正に使用した点も含まれる(大小関係)ものと解され,これらの点について訴因の変更を要せずして審判可能であると認められる。)。してみると,原審が上記所為につき私文書偽造,同行使の事実を認定して,刑法159条1項に問擬したことは,事実を誤認し,同条項の解釈適用を誤ったものというほかなく,上記誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,原判決は,この点において破棄を免れない。 よって,量刑不当の論旨に対する判断を省略し,刑訴法397条1項,382条,380条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,被告事件について更に次のとおり判決する。 (罪となるべき事実)第1ないし第3,第5の各事実については,原判示第1ないし第3,第5の各事実(但し,原判決2頁6行目中,「約8日間」とあるのを「約1週間」と改める。)を引用する。 第4は,次のとおりである。 被告人は,平成14年3月31日午後10時10分ころ,佐賀市高木瀬町大字東高木234番地1佐賀県佐賀警察署内において,同署勤務司法巡査Bから業務上過失傷害事件及び道路交通法違反(救護・報 である。 被告人は,平成14年3月31日午後10時10分ころ,佐賀市高木瀬町大字東高木234番地1佐賀県佐賀警察署内において,同署勤務司法巡査Bから業務上過失傷害事件及び道路交通法違反(救護・報告義務違反)について取調べを受けた際,運転免許を有している実弟のAの氏名を詐称して,同巡査が作成した飲酒検知保管袋(同押号の1)の欄外に,また,同様に同巡査が作成した道路交通法違反(酒気帯び酒酔い)事件捜査報告書(同押号の3)の被疑者署名印欄に署名,指印を求められるや,行使の目的をもってほしいままに「A」と各冒書して指印を押し,もってそれぞれAの署名・指印を偽造した上,即時同所において,上記B巡査に対し,偽造にかかる上記各署名・指印をあたかも真正に成立したもののように装い,上記警察官に提出してこれらを使用した。 (証拠の標目)各事実につき原判決が挙示した各証拠を引用する。 (累犯前科)原判決記載のとおりであるから,これを引用する。 (法令の適用)被告人の判示第1の所為は,平成13年法律第51号附則9条により,同法による改正前の道路交通法118条1項1号,64条に,判示第2の所為は刑法211条1項前段に,判示第3の所為のうち,救護義務違反の点は前記改正前の道路交通法117条,72条1項前段に,報告義務違反の点は道路交通法119条1項10号,72条1項後段に,判示第4の所為のうち,各私印偽造の点は各刑法167条1項に,その不正使用の点は各同条2項に,判示第5の所為は盗犯等の防止及び処分に関する法律3条,2条前段(刑法235条)にそれぞれ該当し,判示第3の各罪は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い救護義務違反罪の刑で処断し,判示第4の各私印偽造とその不正使用との間には手段結果の関係があ 第3の各罪は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い救護義務違反罪の刑で処断し,判示第4の各私印偽造とその不正使用との間には手段結果の関係があり,かつ,2個の偽造私印不正使用は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるので,同法54条1項前段後段,10条により,1罪として最も犯情の重い道路交通法違反(酒気帯び酒酔い)事件捜査報告書末尾の偽造私印不正使用罪の刑で処断することとし,判示第1ないし第3の各罪について各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,前記前科があるので刑法56条1項,57条により判示第1ないし第5の各罪の刑についてそれぞれ再犯の加重(判示第5の罪の刑については同法14条の制限に従う。)をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第5の罪の刑に同法14条の制限の範囲内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年2月に処し,同法21条を適用して,原審における未決勾留日数中60日をその刑に算入し,押収してある飲酒検知保管袋(同押号の1)及び上記捜査報告書(同押号の3)の各偽造部分は,いずれも判示第4の偽造私印不正使用の犯罪行為を組成した物で,何人の所有をも許さないものであるから,同法19条1項1号,2項本文を適用してこれらを没収し,原審及び当審における訴訟費用については刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由)本件は,被告人が,平成14年3月,普通乗用自動車を無免許運転して(原判示第1),業務上過失傷害(同第2)と救護・報告義務違反を行い(同第3),同日その救護・報告義務違反で検挙され,その際,取り調べに当たった警察官に対し,捜査報告書等に実弟の名を署名,指印したという私印偽造・同不正使用(同 害(同第2)と救護・報告義務違反を行い(同第3),同日その救護・報告義務違反で検挙され,その際,取り調べに当たった警察官に対し,捜査報告書等に実弟の名を署名,指印したという私印偽造・同不正使用(同第4),その半月後に犯した常習累犯窃盗(同第5)からなる事案である。被告人は,本件犯行前から日常的に無免許運転を繰り返し,本件犯行当日は元仕事仲間らと朝から花見で飲酒をし,その後は麻雀をしながら飲酒をしての帰途において,無免許運転をし,同乗者との会話に気をとられて前方不注視により前方停止車両に追突し,その運転者に傷害を負わせたというものであって,交通法規無視の態度は顕著で,その経緯に酌むべきものはない。そして,本件事故の過失の程度も大きいことに照らせば,本件事故及び違反の態様は,相当危険かつ悪質といえ,被害者らから追跡されて何度も停止を求められながら,山道に入り脱輪して動けなくなるまで平然と逃走を続けていることなどからみても,被害者が被告人の厳重処罰を求めるのも当然である。加えて,被告人は,無免許運転等の罪責を免れようとして,実弟の名をかたり,私印偽造・同不正使用を敢行している。のみならず,被告人は,窃盗の罪により,昭和53年5月に懲役10月,3年間執行猶予に,平成7年1月に懲役8月,3年間執行猶予(平成8年3月執行猶予取消。原判示累犯前科1),平成8年2月に懲役1年2月,同年7月に懲役10月(同前科2)にそれぞれ処せられて3回服役したのに(最終刑につき,平成10年8月刑執行終了),被告人の前記運転車両が会社の同僚の車両であったことから,本件事故により仕事に出られず,当時の住居である会社の寮にも帰れなくなり,深夜営業の銭湯や飲食店で夜を過ごすうち,実家のある大分に行くなどのために,さらに常習として,自動車窃盗を犯したのであって,被告人の規範 り仕事に出られず,当時の住居である会社の寮にも帰れなくなり,深夜営業の銭湯や飲食店で夜を過ごすうち,実家のある大分に行くなどのために,さらに常習として,自動車窃盗を犯したのであって,被告人の規範意識は鈍麻しているというほかない。もとより,その動機に酌むべきものはない。その態様・手口は手慣れている上,財産的被害だけをみても小さいものではなく,被害者の処罰感情が厳しいことも容易に推察されるところである。以上の諸事情によると,本件の犯情は到底良いものではなく,被告人の刑事責任は重い。 そうすると,窃盗にかかる被害車両はその被害者に還付されていること,本件事故の被害者の受傷程度は比較的軽かったこと,同被害者にはその運転車両にかけられた保険から治療費等が立替払いされていること,本件事故により玉突き追突された物損被害者に対しては被告人の実母から弁償金20万円が支払われていること,被告人の反省状況など被告人のために酌むべき事情をできる限り有利に考慮しても,主文掲記の量刑はやむを得ないところである。 よって,主文のとおり判決する。 平成15年2月13日福岡高等裁判所第一刑事部裁判長裁判官虎井寧夫裁判官向野剛裁判官大崎良信

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