令和1(ワ)29483 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
令和4年11月1日 東京地方裁判所
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判決文本文7,222 文字)

- 1 -令和4年11月1日判決言渡し同日原本領収裁判所書記官令和元年(ワ)第29483号損害賠償請求事件口頭弁論終結日令和4年8月23日判決 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求の趣旨 1 被告は、原告らに対し、それぞれ330万円及びこれに対する令和元年11月 20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 仮執行宣言第2 事案の概要 1 本件は、訪問介護員である原告らが、厚生労働大臣及び労働基準監督機関等に おいて、規制権限を行使して、原告らが勤務する事業場(以下「本件各事業場」という。)による労働基準関係法令違反の状態を是正すべきであったにもかかわらず、これを怠ったことにより、原告らが介護労働者としての尊厳を傷つけられる働き方を余儀なくされて精神的苦痛を被ったと主張して、被告に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき、それぞれ損害賠償金330万 円(慰謝料300万円及び弁護士費用30万円の合計)及びこれに対する令和元年11月20日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実(証拠等を掲記したもの以外、当事者間に争いがない。) ⑴ 当事者 - 2 -ア原告Aは、平成28年7月13日、特定非営利活動法人Dとの間で有期雇用契約を締結し、同契約の更新を繰り返して、同日以降、訪問介護員として訪問介護に従事する者である。(甲1、弁論の全趣 2 -ア原告Aは、平成28年7月13日、特定非営利活動法人Dとの間で有期雇用契約を締結し、同契約の更新を繰り返して、同日以降、訪問介護員として訪問介護に従事する者である。(甲1、弁論の全趣旨[訴状・6頁])イ原告Bは、平成23年7月27日、株式会社Eとの間で有期雇用契約を締結し、同契約の更新を繰り返して、同年8月2日以降、訪問介護員として訪 問介護に従事する者である。 (甲2の1~15、弁論の全趣旨[訴状・7頁])ウ原告Cは、平成30年6月1日、特定非営利活動法人Fとの間で期間の定めのない雇用契約を締結し、同年以降、訪問介護員(非常勤)として訪問介護に従事する者である。(甲3の2、弁論の全趣旨[訴状・8頁])⑵ 厚生労働省による通達 ア厚生労働省は、訪問介護事業において、介護保険法の施行以来、訪問介護労働者の多くが通常単独で利用者宅を訪問し介護に従事するために、使用者が労働者を直接に指揮しその勤務状況を把握する機会が限られるなどの勤務実態があることや、訪問介護事業が開始されて間もないために、労働基準法(以下「労基法」という。)等関係法令に関する理解が必ずしも十分ではない 事業場が少なくないことなどから、賃金、労働時間等に係る法定労働条件が適正に確保されていない状況がみられることを踏まえ、訪問介護労働者に係る労基法等関係法令の適用について取りまとめを行ったとして、平成16年8月27日、都道府県労働局長に対し、上記取りまとめの内容を徹底するよう求める旨の通達(甲5。以下「平成16年通達」という。)を発した。 平成16年通達は、訪問介護労働者の法定労働条件の確保上の問題点等につき、①事業場、集合場所、利用者宅の相互を移動する時間(以下「移動時間」という。)、業務報告書 。)を発した。 平成16年通達は、訪問介護労働者の法定労働条件の確保上の問題点等につき、①事業場、集合場所、利用者宅の相互を移動する時間(以下「移動時間」という。)、業務報告書等を作成する時間、急な需要等に対応するために事業場等で待機した時間(以下「待機時間」という。)及び研修時間が、労働時間に該当する場合には、適正にこれを把握する必要があること、②利用者 からの利用申込みの撤回(以下「キャンセル」という。)、利用時間帯の変更 - 3 -を理由として労働者を休業させる場合には、例えば、他の利用者宅での勤務の可能性について然るべき検討を十分に行ったかどうか等当該労働者に代替業務を行わせる可能性等を含めて判断し、使用者として行うべき最善の努力を尽くしたと認められない場合には、使用者の責に帰すべき事由があるものとして休業手当(以下、キャンセルを理由に労働者に対して支払われるべき 休業手当を「キャンセル休業手当」という。)の支払が必要となること、③訪問介護の業務に直接従事する時間のみならず、前記①の労働時間を通算した時間数に応じた賃金の算定を行い、訪問介護の業務に直接従事する時間と、それ以外の業務に従事する時間の賃金水準については、最低賃金額を下回らない範囲で、労使の話合いにより決定されるべきものであることなどを挙げ ている。(甲5)イ厚生労働省は、介護保険法の施行以来、事業開始後間もないために、労働基準関係法令や労務管理に関する理解が十分でない事業場も少なくなく、平成16年通達を発して、介護労働者の労働条件の確保・改善に努めてきたが、労働局における監督指導結果等をみると、依然として、労働時間、割増賃金、 就業規則等に係る法違反が多く認められるほか、衛生管理体制が未整備であるなど、 者の労働条件の確保・改善に努めてきたが、労働局における監督指導結果等をみると、依然として、労働時間、割増賃金、 就業規則等に係る法違反が多く認められるほか、衛生管理体制が未整備であるなど、労働条件の基本的な枠組みが確立していない事業場が多い状況にある一方、介護労働者の離職率が高く、人材確保が困難であることに鑑み、介護労働者の処遇を改善して人材確保に資するものとなるよう平成21年度介護報酬改定がされたところであるから、介護労働者の労働条件の確保・改善 対策の一層の効果的な推進を図るため、特に問題が多く認められる事項等の取りまとめを行ったとして、平成21年4月1日、都道府県労働局長に対し、上記取りまとめの内容を徹底するよう求める旨の通達(甲4。以下「平成21年通達」という。)を発した。(甲4) 3 原告らの主張 ⑴ 国賠法上の違法性について - 4 -ア国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国賠法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である。 イ原告らはいずれも、本件各事業場から、移動時間及び待機時間に係る賃金並びにキャンセル休業手当の各支払を十分に受けていないから、本件各事業場による労働基準関係法令違反が存在する。 上記法令違反は、介護報酬(基本部分)の引下げ及び効率性を重視して短時間での訪問介護の提供を評価することなどを内容とする近年の介護報酬の 改定や、介護報酬が介護報酬点数により判断される事業場の収益によって決定されること等の介護報酬制度に び効率性を重視して短時間での訪問介護の提供を評価することなどを内容とする近年の介護報酬の 改定や、介護報酬が介護報酬点数により判断される事業場の収益によって決定されること等の介護報酬制度によって生じたものというべきであるから、本件各事業場の努力によって解消することができない。 ウそして、被告は、訪問介護員が、日常的、継続的に労働基準関係法令違反の状態での勤務を余儀なくされているという事実を、労働基準監督行政のみ ならず、他の厚生労働省関係の調査・研究によって認識していた。また、被告は、小規模な訪問介護事業場の経営実態などから、現行の介護報酬制度等によっては労基法を遵守するために必要な収入が事業者に保障されていない事実も十分に把握していた。 エ厚生労働大臣は、介護労働者の雇用管理の改善・適正化のため広範な規制 権限を行使して前記イの状況を是正すべきであったにもかかわらず、上記規制権限を行使しなかった。このことは、国賠法上の違法と評価されるべきである。 また、労働基準監督機関を含むがそれだけにとどまらない厚生労働行政が、規制権限を行使して前記イの状況を是正すべきであったにもかかわらず、上 記規制権限を行使しなかったことも、国賠法上の違法と評価されるべきであ - 5 -る。 ⑵ 損害額被告が介護労働者の雇用管理の改善・適正化のために規制権限を行使しなかったことにより、原告らは、以下のとおり、合計330万円の損害をそれぞれ被った。 ア慰謝料 300万円原告らは、介護労働者としての尊厳を傷つけられる働き方を余儀なくされ、精神的苦痛を被った。これを金銭評価すると300万円を下らない。 イ弁護士費用 30万円 4 被告の主張 ⑴ 国賠法上の違法性について の尊厳を傷つけられる働き方を余儀なくされ、精神的苦痛を被った。これを金銭評価すると300万円を下らない。 イ弁護士費用 30万円 4 被告の主張 ⑴ 国賠法上の違法性についてア原告らの国賠法1条1項の違法性に係る主張は、結局、厚生労働大臣と労働基準監督機関を一体のものとした上で、厚生労働行政が、本件各事業場に対し、労働基準関係法令に基づく規制権限を行使しなかったことを問題とするものと解されるから、被告は、これを前提に、以下のとおり主張する。 イ厚生労働行政による規制権限の不行使について原告らは、労働基準関係法令に基づく使用者に対する規制権限のほかに、厚生労働行政が行使すべき広範な規制権限の根拠法令や具体的内容を一切主張せず、上記広範な規制権限の内容が明らかではないから、厚生労働行政による規制権限の不行使が国賠法上の違法性を有するかどうかを判断すること ができず、したがって、原告らの主張は失当といわざるを得ない。 ウ労働基準監督機関による規制権限の不行使について労基法に定める労働条件の確保等は、第一次的かつ最終的には使用者の義務であり、また、労働基準監督機関がその規制権限を行使するか否か、行使するとしていかなる措置を講じるかは、必然に専門技術的判断を伴う から、労働基準監督機関は、法令違反の事実が存在する場合に必ず特定の - 6 -措置を採らなければならないという法的拘束を受けず、また、規制権限を行使するとしてもいかなる措置を講じるかにつき、広範な裁量を有しているというべきである。 しかし、原告らは、全国の事業場の状況や厚生労働省から発出された通知等の一般的な状況を主張するのみであって、本件各事業場を所轄する労 働基準監督署(以下「労基署」という。)の うべきである。 しかし、原告らは、全国の事業場の状況や厚生労働省から発出された通知等の一般的な状況を主張するのみであって、本件各事業場を所轄する労 働基準監督署(以下「労基署」という。)の労働基準監督官に対し、本件各事業場による労働基準関係法令違反の事実を申告した事実や、労働基準監督機関が本件各事業場に対して規制権限を行使すべきことを基礎付ける具体的な事実を主張していない。 したがって、労働基準監督機関が、本件各事業場に対し、労働基準関係 法令違反を是正するために規制権限を行使しなかったことが違法であるとの原告らの主張は、その前提を欠き、失当である。 そもそも、労働基準監督機関は、平成16年通達及び平成21年通達に基づき、社会福祉施設事業場に対する監督指導を重点的に行ったり、介護労働者の労働条件の確保に向けた説明会の開催や自主点検表の送付等を随 時行ったりしてきた。労働基準監督機関が、規制権限を適切に行使していることは明らかである。 ⑵ 損害額について争う。 第3 当裁判所の判断 1 国賠法上の違法性について⑴ 原告らは、本件各事業場から、移動時間及び待機時間に係る賃金並びにキャンセル休業手当の各支払を十分に受けておらず、上記労働基準関係法令違反は、本件各事業場の努力によって解消することができないものであり、かつ、被告は上記法令違反を認識していたのであるから、①厚生労働大臣が、厚生労働行 政全般において、介護労働者の雇用管理の改善・適正化のため広範な規制権限 - 7 -を行使して上記法令違反の状況を是正すべきであったにもかかわらず、規制権限を行使しなかったこと及び②労働基準監督機関を含むがそれだけにとどまらない厚生労働行政が、規制権限を行使して上記法令違 -を行使して上記法令違反の状況を是正すべきであったにもかかわらず、規制権限を行使しなかったこと及び②労働基準監督機関を含むがそれだけにとどまらない厚生労働行政が、規制権限を行使して上記法令違反の状況を是正すべきであったにもかかわらず、規制権限を行使しなかったことは、いずれも国賠法上の違法と評価されるべきであると主張する。 ⑵ 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国賠法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁判決・平成元年11月24日・ 民集43巻10号1169頁、最高裁判決・平成7年6月23日・民集49巻6号1600頁参照)。 アそして、厚生労働大臣が、事業場による個々の労働基準関係法令違反に対して監督指導等を行うことができるとする旨の規定は、労働基準関係法令及び介護保険法上存在せず、仮に本件各事業場において原告らに対する未払賃 金等が存在するとしても、そもそも厚生労働大臣においては当該労働基準関係法令違反を是正することにつき規制権限がなかったのであるから、その権限の不行使につき国賠法1条1項の違法と評価される余地はないというべきである。 イ次に、労働基準監督機関による規制権限の不行使について検討すると、労 基署は、労基法等の労働関係法規の実施に関する事項をつかさどり、各事業場を監督することを職務として被告国が設置した監督機関であるところ、労基法は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たす最低の労働条件の基準を定め(同法1条)、その確保を使用者 どり、各事業場を監督することを職務として被告国が設置した監督機関であるところ、労基法は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たす最低の労働条件の基準を定め(同法1条)、その確保を使用者に義務付けてこれを民事上実現する(同法13条)とともに、罰則を設けてこれに違反する使用者に 刑事罰を科することとし、その実効を確保していることからすれば、労基法 - 8 -の定める基準に沿った労働条件の確保等は、第一次的には使用者の義務とされ、国は、後見的立場からその義務履行を監視し、場合によっては罰則の圧力によって違反行為の発生を未然に防止し、又は違反状態を是正させるべく行政的監督を行うものというべきであって、この行政的監督指導を効果的に遂行させることを目的として置かれているのが、労基署等の監督機関である というべきである。 そして、原告らが主張するとおり、仮に本件各事業場において原告らに対する未払賃金等が存在するとしても、本件各事業場による労働基準関係法令違反は、いずれも労基法の定める基準に沿った労働条件の確保等に関するものであるから、第一次的には本件各事業場において是正すべきものと考える のが相当であり、したがって、労働基準監督機関においては、後見的な立場から行政的監督や規制権限の行使を適切に行うことが要請されるものというべきである。 本件においては、原告らが、本件各事業場を所轄する労基署の労働基準監督官に対し、本件各事業場による労働基準関係法令違反の事実を申告したこ とを認めるに足りる証拠はなく、また、本件全証拠によっても労働基準監督機関に対して上記法令違反を疑わせるような情報がもたらされていたとも認めることはできないから、労働基準監督機関がその規制権限を行使しなかったことが、許容される限度を逸脱して 拠によっても労働基準監督機関に対して上記法令違反を疑わせるような情報がもたらされていたとも認めることはできないから、労働基準監督機関がその規制権限を行使しなかったことが、許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認めることはできない。 ⑶ なお、原告らは、前記のとおり、原告らに対する本件各事業場における法令違反は本件各事業場の努力によって解消することができないものであると主張するが、仮にそうだとしても、厚生労働大臣や労働基準監督機関がいかなる規制権限を行使すべきか具体的な主張はなく、国賠法1条1項の違法があるとは認められない。 ⑷ 以上検討のとおり、厚生労働大臣及び労働基準監督機関を含む厚生労働行政 - 9 -による権限の不行使につき、国賠法上の違法が認められないから、原告らの前記⑴の主張は、採用することができない。 第4 結論よって、その余の点を判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第12部 裁判長裁判官髙木勝己 裁判官 神吉康二 裁判官町田翼

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