平成15(う)94 殺人被告事件

裁判年月日・裁判所
平成15年10月15日 名古屋高等裁判所 名古屋地方裁判所 平成12(わ)2912
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判決文本文7,862 文字)

主文 本件各控訴を棄却する。 被告人両名に対し,当審における未決勾留日数中各240日を原判決のそれぞれの刑に算入する。 理由 本件各控訴の趣意は,被告人Aの主任弁護人石塚徹,弁護人多田元,同浅賀哲,同小野晶子,同桐井弘司,被告人Bの主任弁護人高橋直紹,弁護人村上玄純,同福谷朋子連名作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書各記載のとおりであり,これに対する答弁は,検察官大橋弘文作成の答弁書及び答弁書の補充書各記載のとおりであるから,これらを引用する。被告人両名の各論旨は,いずれも(1)訴訟手続の法令違反,(2)事実誤認,(3)量刑不当の各主張である。 そこで,原審記録及び証拠物を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討する。 1 訴訟手続の法令違反の主張について各所論は,被告人Aの検察官調書のうち原審乙2,10,12,14ないし16は,その取調べ過程で,検察官が被害児の顔の絵を描かせるなどして心理的な虐待を加えたり,強引な誘導をするなどして作成したものであり,被告人Bの検察官調書のうち原審乙21(1項ないし4項を除く。),乙27ないし29(乙29については8項を除く。)は,検察官が予断に基づく理詰め,あるいは強引な誘導により作成したもので,いずれも任意性のない違法な自白調書であって証拠能力がないのに,これらを採用して,事実認定に用いた原審には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,という。 しかしながら,被告人両名の上記各供述調書に任意性が認められることは,原判決が(補足説明)第2当裁判所の判断の2の(2)「被告人両名の自白の任意性及び信用性」の項で詳細かつ適切に説示するとおりである。 すなわち,本件全証拠を精査しても,被告人両名に対する取調べ過程に被告人両名の各供述の任意性を疑わせるに足り の(2)「被告人両名の自白の任意性及び信用性」の項で詳細かつ適切に説示するとおりである。 すなわち,本件全証拠を精査しても,被告人両名に対する取調べ過程に被告人両名の各供述の任意性を疑わせるに足りるような事情があったことは全くうかがえない。まず,被告人Aが,原審公判廷において,捜査段階での取調べについて述べるところをみると,「取調べはつらかったが,それは検事があまり好きなタイプではなかったことと,自分の思っていることがうまく表現できなかったので嫌だった。」と述べるにとどまり,検察官が所論のような心理的な虐待を加えたり,強引な誘導をしたことをうかがわせるものは見当たらない(なお所論は,検察官が被告人Aに被害児の顔の絵を描かせたことをもって心理的な虐待を加えた旨主張する。確かに,被告人Aは,検察官の取調べを受けた際,その求めに応じて,被害児の顔の絵4枚を描いていることが認められる。しかし,関係証拠によると,被告人Aは,被害児がやせていった状況について,それを見て感じた不安や考えたことなどを含めて,詳細かつ具体的に述べた上でこれらの絵を描いていること,また,被告人Aにこれらの絵を描くよう求めた際に,検察官は,描きたくなければ描かなくてもよい旨告げていることが認められる。被告人Aが被害児の顔を描くに至ったこうした経緯や状況等にかんがみると,検察官が被告人Aに被害児の顔の絵を描かせたことをもって,所論のような「心理的な虐待」を加えたなどとはいえないことは明らかである。)。また,被告人Bが,原審公判廷において,検察官の取調べ状況について述べるところを子細に検討しても,取調べに当たった検察官が,所論の主張するような理詰めの誘導尋問や強引な誘導尋問をしたことを疑わせるような点は全く見出すことができない。さらに,被告人両名は,いずれも各供述調書を読 細に検討しても,取調べに当たった検察官が,所論の主張するような理詰めの誘導尋問や強引な誘導尋問をしたことを疑わせるような点は全く見出すことができない。さらに,被告人両名は,いずれも各供述調書を読み聞かされた上でこれらに署名指印していること(被告人Bは乙27及び29について閲読もした。),被告人両名は,捜査段階においては,取調べの当初から一貫して殺意及び共謀の点を含めて事実を認めていたこと,被告人両名の上記各供述調書の内容は,いずれも詳細かつ具体的で,被告人両名がそれぞれの場面で感じたことなども含めて,自ら現実に体験した者でなければ語ることができない内容が豊富に含まれていることが明らかである。これらを総合考慮すれば,被告人両名の上記各供述調書の任意性を優に認めることができる。したがって,これらの各供述調書を証拠として採用し,これらを事実認定に用いた原審には,所論がいうような訴訟手続の法令違反はない。 2 事実誤認の主張について各所論は,被告人両名には,被害児に対する未必的な殺意も,被害児殺害の共謀もないのに,これらを認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,という。 しかしながら,被告人両名について,被害児に対する未必的な殺意及び被害児殺害の共謀を優に認定できることは,原判決が(補足説明)第2当裁判所の判断の1ないし5で詳細かつ適切に説示するとおりである。これを補足的に説明すると,以下のとおりである。 すなわち,前項において,被告人両名の上記各供述調書の任意性について述べたところに加えて,その供述する内容に不自然・不合理な点はなく,他の関係証拠によって認められる事実とも良く符合していることにかんがみると,被告人両名の各供述調書の信用性は十分に認めることができる。そして,これらを含む関係証拠によれば,被害児に 合理な点はなく,他の関係証拠によって認められる事実とも良く符合していることにかんがみると,被告人両名の各供述調書の信用性は十分に認めることができる。そして,これらを含む関係証拠によれば,被害児に対する監護意欲を失いつつあった被告人Bは,平成12年11月上旬ころから,被害児に朝食を与えなくなり,昼食も1日おきに,夕食はご飯にみそ汁などをかけたものを与える程度であった上,被害児は,いたずらをするからなどとして,台所脇の3畳間に閉じこめられ,食事の時以外は両手両足をひもで縛られた状態で放置されていたこと,同月18日ころからは,底にタオルケットを敷いた段ボール箱(縦33.8センチメートル,横50.5センチメートル,高さ21.5センチメートルのもの)に入れられて,更に上から別の段ボール箱で蓋をされ,身動きすらできない状態に置かれていたこと,同月23日ころ,被告人Bは,風呂場で被害児の体を洗ったが,その際に,被害児が極度にやせ細り,自分では上半身すらも支えられない状態に陥っているのを見て,被告人Aと「こんなにやせちゃったよ」「そろそろやばいんじゃない」などのやりとりをし,被告人らは,このままでは被害児は死んでしまうかもしれないが,被害児を病院に連れて行けば医者や自分たちの親らから被害児の両親としての責任を追及され,叱られるだろうなどと考え,病院に連れて行こうともしなかったこと,その後は,被害児を風呂に入れることも,紙おむつや着衣を取り替えることもせず,糞尿にまみれた状態で放置したばかりか,食事も朝食と昼食を与えず,夕食も1日おきくらいに,しかも,スティックパン2本(1本の重量約41グラム。約129キロカロリー)とミルク約200㏄を与えるのみとなったこと,同月28日ころ,被告人Bが残業で遅くなった被告人Aを車で迎えに行き,帰宅する際の車内で,被 ィックパン2本(1本の重量約41グラム。約129キロカロリー)とミルク約200㏄を与えるのみとなったこと,同月28日ころ,被告人Bが残業で遅くなった被告人Aを車で迎えに行き,帰宅する際の車内で,被害児について,被告人Bが「よう保つね」と問いかけたところ,被告人Aも「結構保っているね」と答えるなど,被害児に餓死の危険が迫っていると考えざるを得ないような状態であることを確認し合う会話を交わしていること,その後,同年12月に入ると,被害児が夜間に時折泣き声をあげるようになったが,被告人らは,段ボール箱を蹴って泣きやませようとしたり,泣き声が聞こえないようにするため,耳栓をして寝るなどしたこと,平成12年12月10日,被害児は餓死するに至ったこと,死亡後の被害児の体重は同年齢の標準体重の約3分の1の約5キログラムしかなかったことなどの各事実が認められる。 このような,被害児が餓死するに至る経緯,更には原判決が正当に認定した本件犯行に至る経緯などにかんがみると,被告人両名には,被害児をそのまま放置すれば餓死するに至るかもしれないが,死んでもやむを得ないとの,いわゆる「未必の殺意」があったこと,そして,被告人両名が互いにその認識を共有し,暗黙のうちに了解しあっていたことが優に認められる。 ところで,所論は,被告人両名は,犯行当時,「思考停止の状態」,すなわち,完全な刑事責任能力はあるものの,ある事柄については,生活環境や心理的ストレス等を原因として自力で事実を適正に認知したり,適切な解決策を考えることができない心理状態にあったから,被害児に対する殺意などは持ち得なかった,という。 しかしながら,関係証拠によると,被告人両名は,被害児より約1年7か月後に産まれた長男に対しては,食事を与え,買い物に連れて行くなどし,長男が被害児のいる3畳間へ向かって 持ち得なかった,という。 しかしながら,関係証拠によると,被告人両名は,被害児より約1年7か月後に産まれた長男に対しては,食事を与え,買い物に連れて行くなどし,長男が被害児のいる3畳間へ向かって行こうとすると,やせ細った被害児の姿を見せまいとして行くのを止めていたこと,自宅の風呂が壊れた際には,長男と3人で被告人Bの父宅へもらい湯に行くなどしていたが,その際,被告人Bの父親から,被害児はどうしたかと聞かれたのに対し,まだ被告人Aの母親のところにいる旨嘘を言ってその場を取り繕っていたこと,前記のとおり,被告人両名の間で「よう保つね」などとの会話が交わされた車内で,被告人Bが,その日老人の手助けをしたことから,「良いことをしたのでくじを買ったら当たるだろうか」と言ったのに対し,被告人Aは,「ちゃんと食べさせないと当たらないよ」と述べたことなどの各事実が認められる。 これらの各事実に加えて,既に認定した被害児が餓死するに至る経緯・事情等を総合して考察すると,被告人両名は,そのまま放置し続ければ,被害児が餓死するに至る現実的・具体的危険のある状態に陥っていることを十分に認識していたとともに,被害児の餓死を避けるためにはいかなる措置をとるべきかもこれまた十分に承知していたことが明らかである。のみならず,被告人両名は,ごく普通に日常生活を送りながら,周囲の者に嘘を言って取り繕うなどまでして,被害児が餓死の危険に直面した状態に陥っていることを隠し,叱責されたり,自らの責任を追及されたりするのを防ごうとするなど,自分たちの置かれた立場にそれなりに即した対応をとっていたということができる。 こうした事情に照らせば,本件犯行当時,被告人両名は,迫り来る被害児の死の危険を前にしながら,あえてそれから目を逸らし,現実から逃避しようとしていたに過ぎないという をとっていたということができる。 こうした事情に照らせば,本件犯行当時,被告人両名は,迫り来る被害児の死の危険を前にしながら,あえてそれから目を逸らし,現実から逃避しようとしていたに過ぎないというべきであって,被告人両名が事実を適正に認知したり,適切な解決策を考えることができないような,所論のいう「思考停止の状態」にはなかったことが明らかである。 所論は,また,被告人両名が,被害児に対して不十分ながらも飲食物を与えていたのは,被害児の死を望んでいなかったことの現れである,という。 しかしながら,被告人両名が被害児に与えていた食事の内容は,上記認定のとおりであって,当時の被害児の年齢や身体的状況等にかんがみると,質及び量ともに著しく不十分であって,被害児の健全な生育はもとより,その生命を維持すらできない程度のものであったことが明白である。そして,被告人B自身も,被害児にスティックパンなどを与えていたのは,被害児が食事を摂ることができる状態にあるかどうかを確認するためであった旨供述しているが,この供述に照らしても,真に被害児の生存を願い,その生存を図るためにスティックパンなどを与えていたわけではないことが明らかである。被害児に上記認定程度の飲食物を与えていたことは,被告人両名の殺意の存在をなんら否定するものではないことは多言を要しないところである。 さらに所論は,被告人両名には被害児を殺す動機がない,ともいう。しかしながら,関係証拠によれば,被害児は頭部を手術(穿頭血腫洗浄術)したことなどもあって,同年齢の幼児に比べて発育が遅れており,被告人両名が不安を抱いていた上,被害児が思うように懐かず,かえって反抗するかのような態度をとることも重なって,被害児に対する愛情を次第に失い,ついには被害児が疎ましい存在と化していったことが認められるのであっ 安を抱いていた上,被害児が思うように懐かず,かえって反抗するかのような態度をとることも重なって,被害児に対する愛情を次第に失い,ついには被害児が疎ましい存在と化していったことが認められるのであって,そうした被害児への否定的感情が未必的な殺意へと結びついていったことが優に推認できる。 加えて,所論は,被告人両名は,相互の心理的な交流がほぼ完全に断絶した状態であったから,殺意について共謀することは不可能であった,ともいう。しかしながら,被害児の両親である被告人両名は,夫婦として共同生活をし,しかも,既に認定したとおり,被害児が死の危険に直面していることを十分に認識していたにもかかわらず,被害児に適切な食事を与えたり,あるいは医療的な措置をとる等といった被害児の死を防止するための行動には全く出ることなく,あえて放置し続けたのであるから,被告人両名の間に,被害児殺害についての黙示的な共謀が成立していたこともこれまた明らかである。 各所論は,その他るる主張するが,その主張するところは,いずれも関係証拠に照らして採用できず,原判決には各所論のような事実誤認はない。 3 量刑不当の主張について各所論は,被告人両名をいずれも懲役7年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であり,被告人両名に対して,刑の執行を猶予するのが相当である,という。 本件は,被害児の実の両親である被告人両名が,適切な食事を与えなかったため,被害児が極度のるい痩状態に陥り,医師等の治療を受けさせなければ死亡するであろうことを知りながら,死んでもかまわないとの意思を相通じて,放置して餓死させた,という殺人の事案である。 被告人両名は,被害児に満足な食事も与えなかったばかりか,入浴や着替えすらせず,糞尿まみれの状態で,放置して餓死するに至らせたものであり,その犯行態様はまことに無慈悲か た,という殺人の事案である。 被告人両名は,被害児に満足な食事も与えなかったばかりか,入浴や着替えすらせず,糞尿まみれの状態で,放置して餓死するに至らせたものであり,その犯行態様はまことに無慈悲かつ残忍というべきである。被害児は死亡時3歳であって,自らの力ではその生命を維持することはおろか,他に救いを求めることもできない発育段階にあり,両親の温かい愛情と手厚い保護が必要不可欠な立場にあったにもかかわらず,同じ屋根の下で生活をしながら,家族から隔離されるように,3畳間に置かれた段ボール箱の中にひとり放置され,極度にやせ細り,糞尿にまみれた姿のまま,ほかならぬ両親によってその幼い命を奪われたもので,あまりにも悲惨というほかはない。また,死亡する前ころには,泣き声をあげるや,被告人らから段ボール箱ごと蹴飛ばされるなどしているが,いかにも不憫であり,悲痛な思いを禁じ得ない。 ところで,所論は,児童相談所等の公的機関の被告人らへの対応が十分でなかったことが本件の背景的要因となっている点を考慮すべきである,という。本件で,医師や保健所職員らのとった措置が必要にして十分なものであったかについて検討の余地があり得るとしても,原判決が正当に指摘するとおり,被告人らは,被害児の様子を心配する親族らあるいは保健婦の問い合わせに対してすら,あえて嘘の回答をしてまで,外から介入されることをかたくなに拒否し続けていたのであるから,その非の多くは被告人ら自身にあるといわざるを得ず,この点をことさら被告人両名のために酌むべき事情として量刑上考慮することはできないというべきである。 被告人両名の刑事責任は重いといわざるを得ない。 そうすると,被害児は被告人両名がいまだ18歳の時に誕生した子であり,被告人Aについては,結婚後も,家事育児に振り回されている被告人Bに協力も ある。 被告人両名の刑事責任は重いといわざるを得ない。 そうすると,被害児は被告人両名がいまだ18歳の時に誕生した子であり,被告人Aについては,結婚後も,家事育児に振り回されている被告人Bに協力もせず,自己の欲望を優先し,夫や父親として最低限なすべきことからさえも逃避するなど,精神的・人格的にあまりにも未熟な面があったこと,被告人Bについても,他者にうまく依存して協力を求めることが苦手な面があったことなど,それぞれがもつ資質や性格等が相まって悲惨というほかない本件犯行に至ってしまったことは否定できず,結局のところ,本件は精神的・人格的に未熟なまま人の親となり,その後も成長することなく推移した結果発生した事件と考えざるを得ないが,そこには被告人両名の不遇な生育環境が少なからず影響を及ぼしているものと考えられること,被告人両名ともに,被害児の死を積極的に望んでいたわけではなかったこと,被告人両名が自首していること,被害児の墓前で謝りたいなどと反省の態度を示していること,養育すべき幼い2名の子がいること,その他所論指摘の諸事情を最大限に考慮しても,本件が刑の執行を猶予するのが相当な事案であるとは到底認められない。そして,これらの情状に,本件が社会に与えた衝撃の大きさ等をも併せ考慮すると,被告人両名をそれぞれ懲役7年に処した原判決の量刑は,まことにやむを得ないところであって,これが重過ぎて不当であるとはいえない。 論旨はいずれも理由がない。 よって,刑訴法396条により本件各控訴を棄却し,刑法21条を適用して被告人両名に対し,当審における未決勾留日数中各240日を原判決のそれぞれの刑に算入し,主文のとおり判決する。 平成15年10月15日名古屋高等裁判所刑事第2部裁判長裁判官川原誠裁判官村田健二裁判官 各240日を原判決のそれぞれの刑に算入し,主文のとおり判決する。 平成15年10月15日名古屋高等裁判所刑事第2部裁判長裁判官川原誠裁判官村田健二裁判官堀内満

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