平成16(行ウ)30 退去強制令書発付処分取消請求事件

裁判年月日・裁判所
平成16年8月26日 名古屋地方裁判所 警察関係
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判決文本文7,589 文字)

主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 原告の請求被告名古屋入国管理局主任審査官が,平成16年2月16日付けでした原告に対する退去強制令書発付処分を取り消す。 第2 事案の概要本件は,被告が,イラン・イスラム共和国(以下「イラン」と略記する。)国籍を有する原告に対し,同国を送還先とする退去強制令書の発付処分(以下「本件処分」という。)を行ったところ,原告が,同処分は難民の地位に関する条約(以下「難民条約」といい,難民の地位に関する議定書を併せて「難民条約等」という。)33条1項のノン・ルフルマン原則に反する違法なものであると主張して,その取消しを求めた抗告訴訟である。 1 前提事実(当事者間に争いのない事実,証拠により明らかな事実等)(1) 原告は,昭和38(1963)年4月12日,イランで出生し,同国国籍を有する外国人である(甲1,乙1)。 (2) 原告は,平成3年12月18日,「短期滞在(90日)」の資格で本邦に初入国し,在留期間を経過した平成5年12月11日,イランへ帰国した。 その後,原告は,平成12年3月9日,妻子3名と共に再来日し,寄港地上陸許可(72時間)を得て上陸した後,許可期限を超えて本邦に残留した(乙2)。 (3) 原告は,平成15年11月18日,出入国管理及び難民認定法(以下「入管難民法」というが,条文を示すときは「法」ともいう。)違反の容疑で現行犯逮捕された上,法70条1項7号違反の事実で公判請求された結果,平成16年1月30日,名古屋地方裁判所において,禁錮1年2月,執行猶予3年の有罪判決を受けた(甲1,乙2)。 (4) 原告は,平成16年1月30日,法24条6号(不法残留)違反の容疑で名古屋入国管理局(以下「名古屋入管」という。)に収容され,同入 錮1年2月,執行猶予3年の有罪判決を受けた(甲1,乙2)。 (4) 原告は,平成16年1月30日,法24条6号(不法残留)違反の容疑で名古屋入国管理局(以下「名古屋入管」という。)に収容され,同入管入国警備官及び入国審査官の違反調査を受けた結果,同入管入国審査官は,同年2月13日,原告が法24条6号に当たると認定したところ,原告は,口頭審理放棄書に署名指印した(乙2ないし4,6ないし10)。 そこで,その通知を受けた被告は,同月16日,本件処分を行った(乙11)。 (5) なお,原告は,平成16年3月22日,名古屋入管において難民認定申請を行った(乙16)。 (6) 原告は,平成16年5月14日,本件処分の取消しを求める本件訴えを提起した。 2 本件の争点及びこれに関する当事者の主張原告が難民条約上の難民に該当することを理由に,本件処分が違法となるか(退去強制令書の発付処分における被告の裁量権の有無)。 (1) 原告の主張ア我が国は,難民条約を批准していることから,それは国内においても効力を有しているところ,その効力は国内法に優位し,退去強制令書の発付処分は国内法である入管難民法に基づくものであるから,当該処分は難民条約によって拘束される関係にある。 ところで,難民条約33条1項は,難民条約の締約国が難民を迫害国に送還等してはならない旨定めている(ノン・ルフルマン原則)ので,迫害国に難民を送還することを内容とする退去強制令書の発付処分は,難民条約に反する違法なものとなる。 しかして,原告は,難民条約上の難民に該当するので,迫害国であるイランに送還することを内容とする本件処分は違法として取り消されるべきである。 イこの点につき,被告は,法24条各号所定の退去強制事由が存する外国人が,法47条2項に基づく入国審査官の認定に服したときは, 送還することを内容とする本件処分は違法として取り消されるべきである。 イこの点につき,被告は,法24条各号所定の退去強制事由が存する外国人が,法47条2項に基づく入国審査官の認定に服したときは,主任審査官は,法48条1項の定める口頭審理の請求をしない旨を記載した文書に署名させた上で,すみやかに法51条の退去強制令書を発付しなければならない旨規定した法47条4項を根拠に,主任審査官には発付するか否かの裁量権がなく,したがってその取消しを行う余地はない旨主張する。 しかしながら,そもそも,法24条は,「次の各号のいずれかに該当する外国人については,……退去を強制することができる。」と規定し,主任審査官に対して退去強制令書の発付処分に関する一定の裁量権を認める表現となっている。そして,法47条4項が退去強制令書の発付処分に関する手続規定であるのに対し,法24条は実体要件であることから,入管難民法は,主任審査官に対し,手続面においては裁量権を認めないものの,実体面においては効果裁量を認めたものと解される。 したがって,主任審査官は,法47条4項の場面では,その効果裁量の範囲内で,認定に服して口頭審理を放棄した容疑者に対して退去強制令書の発付処分をすべきでない事情があるか否かを考慮し,あれば同処分をしないことができるというべきであり,法47条4項の「すみやかに」は,時期的表現以外の意味を認めるべきでない。 ウ仮に主任審査官による退去強制令書の発付処分が羈束行為であるとしても,同処分が難民条約等に違反する違法なものであるならば,主任審査官の裁量権の有無にかかわらず,取り消されるべきことは当然である。なぜならば,口頭審理の請求を放棄することと難民条約上の保護を受けることを放棄することは別の問題であり,前者の事実が存在するからといって,後者の利 無にかかわらず,取り消されるべきことは当然である。なぜならば,口頭審理の請求を放棄することと難民条約上の保護を受けることを放棄することは別の問題であり,前者の事実が存在するからといって,後者の利益を奪うことは相当でないし,主任審査官が入管難民法は裁量権を認めていないとの見解に従ったとしても,難民条約は入管難民法に優位するから,違法ではないとの考えは取り得ない。 しかも,退去強制令書の発付は,送還先の指定を不可分一体に伴うところ,法53条3項に基づき,送還先には,難民条約33条1項に規定する「人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見のためにその生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域」の属する国を含まないものとされており,かつ,同項の保護は,我が国で難民認定を受けていると否とを問わず,退去強制されようとする者が等しく享受する利益であるから,主任審査官が退去強制令書を発付する際には,同項違反があるか否かを判断することを要する。したがって,退去強制令書発付処分が羈束行為であったとしても,送還先の指定を誤った場合は,法53条3項に反するものとして違法というべきである。 エ実質的に考察しても,行政法の分野においては,憲法13条に照らし,国家権力の発動が国民の権利利益を侵害する場合,その侵害の程度は,発動の目的を達成するために必要最小限度にとどめるべきであるとの警察比例の原則が妥当するところ,難民を国籍国に送還することは,日本国にいかに利益をもたらすものであるとしても,正当化し得るものではない。 また,実務上も,法24条各号の事由は,抽象的に類型化されており,その該当性のみによって退去強制令書の発付の当否を判断していたのであれば,他の法律や条約との関係で種々の不都合が生じかねないところ,難民条約上の難民に 24条各号の事由は,抽象的に類型化されており,その該当性のみによって退去強制令書の発付の当否を判断していたのであれば,他の法律や条約との関係で種々の不都合が生じかねないところ,難民条約上の難民に当たるか否かを退去強制令書の発付の当否を判断するに当たって考慮できると解することにより具体的妥当性が確保できる。 (2) 被告の主張ア難民条約等は,難民に対して自分の希望する国に入国又は在留する権利を認めておらず,難民として受け入れ,難民条約上の保護を与えるか否かは,締約国が主権的判断に基づいて決定すべき事項である。 また,難民条約33条1項は,「締約国は,難民を,いかなる方法によっても,人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見のためにその生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放し又は送還してはならない」と規定しているが,同項は,難民に対して退去強制手続を行うことそのものを禁じているわけではない。 イ法24条は,「……退去を強制することができる」と定めるが,これは,特別の条約がない限り,外国人を受け入れるか否か,受け入れる場合にいかなる条件を付すか等は,国家が自由に決定できるという国際慣習上の基本原則を受けて,同条各号に該当する外国人に対し,本邦からの退去を強制する行政庁の権能を確認し宣言する趣旨の規定であり,同条は,退去強制の具体的実施は「次章に規定する手続によ」るとしているところ,入管難民法は,その第5章において,退去強制手続を詳細かつ具体的に定めていることからすると,同条を根拠に,原告の主張するように主任審査官に実体面における効果裁量を認めることはできない。 具体的には,入国警備官は,同条各号の一に該当する疑いがある外国人があれば,これについて調査した上で,当該容疑者を入国審査官に引き るように主任審査官に実体面における効果裁量を認めることはできない。 具体的には,入国警備官は,同条各号の一に該当する疑いがある外国人があれば,これについて調査した上で,当該容疑者を入国審査官に引き渡さなければならず(法27条,39条1項,44条),入国審査官は,当該容疑者が法24条各号の一に該当するか否かについて,すみやかに審査した上で認定しなければならず(法45条1項,47条2項),上記の退去強制手続において,容疑者が法24条各号の一に該当するとの入国審査官の認定(若しくは特別審理官の判定)に服したとき等の場合には,主任審査官は,当該容疑者に対し,すみやかに退去強制令書を発付しなければならない(法47条4項,48条8項,49条5項)とされているから,主任審査官には,上記裁量権を認める余地はない。 ウしかるところ,原告は,前記前提事実(2)及び(4)記載のとおり,許可期限を超えて本邦に残留している者であるから,法24条6号の要件を満たすことは明らかであり,原告自身,その旨の名古屋入管入国審査官の認定に服し,口頭審理を放棄したのであるから,被告としては,すみやかに退去強制令書を発付しなければならない。したがって,被告は,羈束行為としての本件処分を行ったにすぎず,その違法性を論ずる余地はない。 第3 当裁判所の判断 1 我が国は,難民条約等を批准し,昭和57年1月1日から発効させたことにより,これらが定義する難民に対し,一定の庇護義務を負うに至っている。もっとも,国家が難民を庇護するといっても,その論理的前提として,当該外国人が難民に該当するか否かを認定・判断する必要があるところ,難民条約等は,その手続について特に規定するところがないから,その趣旨,目的を基本的に損なわない限り,締約国がその国情に応じた認定手続を定めることを許容するもの 否かを認定・判断する必要があるところ,難民条約等は,その手続について特に規定するところがないから,その趣旨,目的を基本的に損なわない限り,締約国がその国情に応じた認定手続を定めることを許容するものと解される。 しかるところ,入管難民法は,難民を定義した上で(法2条3号の2),その第7章の2(61条の2から61条の2の8まで)において,難民認定手続について定め,その認定を受けた者に対し,一定の利益(法61条の2の5,61条の2の6,61条の2の8)を付与することとしている。 他方,入管難民法は,その第5章(27条から55条まで)において,法24条各号所定の事由がある外国人についての退去強制手続を定めているところ,この手続に難民認定手続の進行状況又は結果を反映し,あるいはそれとの関連を直接的に示す規定は存在しない(法24条各号に該当する外国人が難民認定を受けた場合,法務大臣の在留特別許可を受け得ることを規定した法61条の2の8が唯一の例外である。)ことに照らすと,基本的に両者は別個の手続体系であると考えざるを得ない。 しかしながら,両者を全く切り離し,その関連を完全に否定するならば,例えば,実体上は難民に該当しながら,難民認定申請に必要とされている手続上の要件(法61条の2第2項のいわゆる60日ルール)を満たさない者は,その認定を受ける実質的機会を与えられないまま,迫害国へ強制送還されかねないが,このような結論は,今日の我が国における通信,交通手段の整備状況を考慮しても,なお難民条約の趣旨を大きく損なうといわざるを得ず,したがって,入管難民法が難民条約に反するものでないというためには,退去強制手続のある段階で,実体上の難民該当性の有無を判断し,その結果を退去強制手続に反映させることが可能となる解釈を採らざるを得ないというべきである(本来,外 約に反するものでないというためには,退去強制手続のある段階で,実体上の難民該当性の有無を判断し,その結果を退去強制手続に反映させることが可能となる解釈を採らざるを得ないというべきである(本来,外国人を受け入れるか否か,受け入れる場合にいかなる条件を付すか等は,国家がその主権に基づいて自由に決定できる事項であるが,自らその権能に制約を課す条約を締約することも,主権の行使の一態様であることはいうまでもない。)。退去強制令書の発付も難民条約の拘束を受けるべきであるとの原告の主張(ア)は,このような意味においては,正当であると考えられる。 ところで,難民に該当性するか否かの判断は,一般に,迫害国と主張された国の歴史,文化,政情等の背景を十分に把握した上で,難民認定申請者が主張する迫害状況を子細に検討し,最後に難民条約等の趣旨をそんたくしつつ,その当てはめを行うという過程が必要となるところ,このような作業は,高度な専門的知見を要すると考えられることから,入管難民法は,その認定主体を法務大臣と定めている(法61条の2第1項)。そうすると,退去強制手続の過程で実体上の難民該当性の有無を考慮する主体としても,法務大臣(あるいは法務大臣から権限の委任を受けた者)以外には考え難く,したがって,その判断は,法49条3項に定める特別審理官の判定に対する異議手続において,法務大臣(あるいは法69条の2,法施行規則61条の2第10号に基づいて権限の委任を受けた地方入国管理局長)が法50条1項3号の在留特別許可を与えるか否かを検討する中でなされるべきものと考えられる。 この点につき,原告は,難民条約は入管難民法に優位することなどを理由に,主任審査権の裁量権の有無にかかわらず,難民条約に反する退去強制令書の発付は取り消されるべきである旨主張するが,入管難民法は,容 この点につき,原告は,難民条約は入管難民法に優位することなどを理由に,主任審査権の裁量権の有無にかかわらず,難民条約に反する退去強制令書の発付は取り消されるべきである旨主張するが,入管難民法は,容疑者が法24条各号の一に該当するとの入国審査官の認定(若しくは特別審理官の判定)に服したとき等の場合,主任審査官は,当該容疑者に対し,すみやかに退去強制令書を発付しなければならないと規定し(法47条4項,48条8項,49条5項),主任審査官が発付の可否について何らかの実質的判断権限を有することをうかがわせる文言は存在しない(法53条3項も,難民条約等にいう難民に該当するものの,なお退去強制が相当と判断された外国人についての規定であると解される。)。そうすると,主任審査官の権限は,せいぜい,手続が入管難民法に従って履践されたことを確認する形式的審査権を有するに過ぎず,これが満たされている場合に,その発付を拒否することは許されないと解すべきであるし,このように解しても,前記のとおり,難民条約等は,それが目的とする基本的価値を損なわない限り,締約国がその国情に応じた認定手続を定めることを許容するものと考えられるところ,上記のとおり,法務大臣(あるいは地方入国管理局長)が退去強制手続の一過程である在留特別許可の付与を検討する中で,実体上の難民該当性の有無を判断すべきものと解する以上,入管難民法が定める退去強制手続全体として難民条約等に違反するものではないというべきである。 本件においては,前記前提事実(4)記載のとおり,原告は,原告が入管難民法24条6号に当たるとの入国管理官の認定に服し,口頭審理放棄書に署名指印しているから,自らの意思で退去強制手続の中で実体上の難民の該当性について判断を受ける機会を放棄したといわざるを得ず,したがって,もはや,原告 たるとの入国管理官の認定に服し,口頭審理放棄書に署名指印しているから,自らの意思で退去強制手続の中で実体上の難民の該当性について判断を受ける機会を放棄したといわざるを得ず,したがって,もはや,原告が実体上の難民に該当することを理由に,本件処分の取消しを求めることはできないと判断するのが相当である。 2 なお,付言すれば,前記のとおり,被告には実体上の難民該当性についての判断権限がなく,本件処分の適法性が否定されないとしても,それをいつ,どのように執行するのが行政目的を達成する上で相当かを判断することは,当該行政処分の主体である被告にゆだねられているというべきである(このことは,後に執行行為を予定している行政処分一般について妥当するものである。)ところ,前記前提事実(5)のとおり,原告は難民認定の申請を行っており,かつ,その主張に沿う証拠(甲1,乙4,6,7)もないではないから,被告としては,その内容や進行状況を慎重に検討した上で,送還部分の執行の可否等を判断するのが望ましいというべきである。 3 以上の次第で,原告の本訴請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第9部裁判長裁判官加藤幸雄裁判官舟橋恭子裁判官尾河吉久

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