平成15年6月27日判決言渡平成13年(ワ)第8783号損害賠償請求事件 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は,原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告Aに対し,金3860万4609円及びこれに対する平成11年7月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告B及び同Cに対し,それぞれ金1870万2305円及びこれに対する平成11年7月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告が開設する被告病院に胸痛等の治療のために入院して冠動脈造影検査(以下「CAG」という。)等を受けた後に死亡した亡Dの相続人である原告らが,被告に対し,亡Dの損害を相続したとする分については,主位的に不法行為に基づき,予備的に診療契約の債務不履行に基づき,原告ら固有の損害については不法行為に基づき,それぞれ損害賠償を請求している事案である。 1 争いのない事実等(1)ア原告Aは,亡D(昭和18年11月29日生,平成11年7月28日死亡)の妻であり,原告Bは,亡Dの長男であり,原告Cは,亡Dの次男である(甲A14ないし16,甲C3)。 イ被告は,東京都目黒区東が丘2丁目5番1号において被告病院を開設しており,E及びFは,平成11年7月当時,被告病院に勤務し,亡Dの診断,検査及び治療に当たった者である(争いのない事実,乙A1)。 (2) 亡Dは,平成11年7月11日,急性心不全のため被告病院を訪れて診療を求め,被告との間で,被告が亡Dの急性心不全等を治療することを内容とする診療契約を締結した(争いのない事実)。 (3) 本件の診療経過は,別紙診療経過一覧表記載のとおりであり,その要旨は,以下のとおりである(別紙診療経過一覧表のうち,診療経過欄及び検査・処 を内容とする診療契約を締結した(争いのない事実)。 (3) 本件の診療経過は,別紙診療経過一覧表記載のとおりであり,その要旨は,以下のとおりである(別紙診療経過一覧表のうち,診療経過欄及び検査・処置欄記載の事実は,当事者間に争いがなく,被告の主張欄及び原告の主張欄記載の事実のうち,斜体字でない部分は,裁判所が証拠により認定した事実である。なお,被告の主張欄記載の事実のうち,下線を付している部分は,カルテに記載のない部分で,カルテの趣旨として被告が加筆した部分である。)。 亡Dは,平成11年7月11日,呼吸困難等を主訴として被告病院救急外来を受診し,急性心筋梗塞による心不全の疑いがあるなどと診断され,緊急入院となった(以下「本件入院」という。)。その後,被告病院において,経過を観察していたところ,亡Dは,病棟内を自由に歩行できる程度までは症状が安定したが,一方で,亡Dには著しい心機能の低下等が認められていたことから,今後の治療方針策定のため,右心カテーテル検査及びCAGを行うこととし,同月27日にこれらの検査(以下「本件検査」という。)を実施した。本件検査の結果,亡Dには,右冠動脈90パーセント狭窄,左前下行枝100パーセント閉塞,左回旋枝99パーセント狭窄が認められた。しかしながら,本件検査後,亡Dは,ショック状態になり,Eらは,亡Dに対し,経皮経管的冠動脈形成術(以下「PTCA」という。)を実施するなどの救命措置及び蘇生措置を採ったが,結局翌28日午前8時03分に亡Dは死亡した。 2 争点(1) 本件検査についての説明義務違反の有無(2) 亡Dにおける本件検査の適応の有無(3) 本件検査の過失の有無及び本件検査と容態悪化との因果関係の有無(4) 本件検査後のショック状態後の措置における過失の有無(5) 損害額(判断の必要がな 2) 亡Dにおける本件検査の適応の有無(3) 本件検査の過失の有無及び本件検査と容態悪化との因果関係の有無(4) 本件検査後のショック状態後の措置における過失の有無(5) 損害額(判断の必要がなかった争点) 3 争点に関する当事者の主張争点に関する当事者の主張は,別紙争点整理表記載のとおりである。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)について原告らは,本件検査について,被告病院医師らからは,致死的な危険性があることにつき全く説明がなく,これは説明義務違反であると主張する。 (1) まず,証拠によれば,以下の事実が認められる。 ア(ア) CAGは,放射線非透過性の造影剤を投与した後に,冠動脈血管をX 線により視覚化する方法で行われる検査であり,通常,心臓カテーテル検査の一部として行われる。CAGの目的は,冠動脈の解剖と内腔の狭窄度を明らかにすることであり,最もよく実施されるのは,閉塞性冠動脈疾患の有無とその程度を把握し,経皮的インターベンション又は外科的インターベンションによる血行再建術等の各種治療法の実施の可能性と適性を評価する場合である(乙B2)。 (イ) CAGの主要な合併症リスクは,2パーセント未満であるが,死亡事故の確率は,通常の場合,0.1パーセント前後あるいはそれ未満で,一般には0.05パーセント程度であるともいわれている。ただし,腎不全や糖尿病の患者の場合には,重篤な合併症の起こる可能性は高くなる(甲B3,乙B2,11,証人E)。 イ亡Dが入院した平成11年7月11日,Fは,亡D,原告A及び同Bに対し,亡Dの病状及び今後の治療方針等について説明した。そして,Eが,同月18日には,亡D及び原告Aに対し,同月26日には,亡D及び原告らに対し,亡Dに対するCAGの必要性及び本件検査の内容に Bに対し,亡Dの病状及び今後の治療方針等について説明した。そして,Eが,同月18日には,亡D及び原告Aに対し,同月26日には,亡D及び原告らに対し,亡Dに対するCAGの必要性及び本件検査の内容について説明を行い,亡D及び原告Aは,被告病院に対し,同日,本件検査を実施することについての承諾書に署名をして提出した(甲A14,15,乙A1,4,証人E,原告A)。 (2)ア原告らは,E及びFの亡D及び原告らに対する説明内容について,以下のとおりの陳述(甲A14ないし16)ないし供述している。 (ア) 亡D,原告A及び同Bは,Fから,本件入院当日,10日ぐらい前から急性心筋梗塞を起こして心不全になったこと,悪くなれば心停止及び呼吸停止が起こること,心不全のため肺に水がたまって,それで苦しい,心臓は今は3分の1ぐらいしか機能していない,入院期間は3週間から4週間であることの説明を受けた。 (イ) 亡D及び原告Aは,Eから,平成11年7月18日,良くなってきたので,心臓カテーテル検査をしたいとの申入れを受けたが,亡Dは,糖尿病の治療を受けていた総合内科のG医師に相談してからにしてくださいと言って,検査を受けることを承諾しなかった。亡Dは,同月24日,G医師から単にここが悪いというだけで終わる検査であり,検査をしても改善しないと聞いて本件検査を受ける気がなくなり,原告Aに対しても,本件検査を受けたくないと言っていた。 (ウ) 亡D及び原告らは,Eから,同月26日,本件検査について,亡Dの今後の治療方針を立てるために必要な検査であることの説明を受けた。原告Aは,本件検査に対して消極的な気持ちを抱いていたことから「この検査はやめるわけにはいかないのですか」と質問したが,Eから今後の治療に必要な検査である,このまま退院してもま ことの説明を受けた。原告Aは,本件検査に対して消極的な気持ちを抱いていたことから「この検査はやめるわけにはいかないのですか」と質問したが,Eから今後の治療に必要な検査である,このまま退院してもまた悪くなるなどと説得されて,承諾書に署名した。 (エ) Eから,本件検査の危険性については,最悪の場合,腎臓がだめになり人工透析が必要になるかもしれないということは聞かされていたが,その他の危険性については説明を受けていないし,生命に危険を及ぼす可能性があること,検査の結果によってPTCAあるいは冠動脈バイパス手術(以下「CABG」という。)を行うことの説明は全くなかった。 イ一方,証人Eは,F及びEにおいて,亡D及び原告らに対し,以下のとおり説明したと陳述(乙A4)ないし証言している。 (ア) Fは,本件入院当日,亡D,原告A及び同Bに対し,重症心不全により入院となったこと,レントゲン上も肺に水がたまって呼吸困難の原因となっていること,心臓超音波を施行したが,心臓の機能がかなり低下しており正常人の3分の1程度であること,心臓が悪くなった原因としては,心臓に栄養を与えている血管が閉塞して心筋梗塞を起こしたか,起こしている可能性があること,糖尿病の持病があり,長期罹患によって腎不全も生じており,同様に全身の動脈硬化が強く,血管がぼろぼろに細くなって一部閉塞していることが考えられること,治療に反応しなければ,不整脈又は心不全の悪化等の合併症で呼吸停止,心停止等の生命の危機が生じることも考えられること,治療に反応したら落ち着いた時期にCAGを施行し,今後の治療方針を決定すること,最低3ないし4週間の入院が必要となることなどを説明した。 (イ) Eは,亡D及び原告Aに対し,平成11年7月18日,心不全の原因が狭心症, CAGを施行し,今後の治療方針を決定すること,最低3ないし4週間の入院が必要となることなどを説明した。 (イ) Eは,亡D及び原告Aに対し,平成11年7月18日,心不全の原因が狭心症,心筋梗塞等の虚血性によるものか,心筋症等それ以外の原因によるものかを調べるため,また,虚血性によるものであれば,閉塞箇所を調べるために,冠動脈に造影剤を流し込む方法での心臓カテーテル検査が必要である旨を説明したところ,亡Dは,考えてみますと返事をした。 (ウ) Eは,亡D及び原告らに対し,同月26日,これまでの治療で心不全の症状は改善したが,動脈血液ガスの結果,酸素分圧の異常な低下があり,胸部X線検査においては著明な心臓の心陰影の拡大と肺血管陰影の増強が認められ,心エコーや右心カテーテルの検査データでは極めて重大な心不全の状態であることが認められることから,CAGを実施して,冠動脈疾患の有無を判断した上で,積極的加療を行う必要があること,もし原疾患に対して根本的な積極的加療を行わなかった場合には,今回と同様の急性心不全や急性肺水腫,あるいは心筋梗塞を再発する可能性が高く,そうなった場合,救命できるかどうかは疑問であることなどを説明した。 また,本件検査の必要性については,亡Dが心不全を呈した原因が不明であること,虚血性心疾患の可能性が最も考えられるものの,心筋症や弁膜症の存在の可能性が否定できないこと,それらの可能性を否定しないと次の治療戦略を講ずることができないこと,もし冠動脈疾患であることが証明されれば,PTCAやCABGを実施することで,生命予後を改善できる可能性があることなどを説明し,そのような積極的加療を希望するのであれば,本件検査が必要であると述べた。 さらに,本件検査の危険性については,通常の患者よりもリスク ,生命予後を改善できる可能性があることなどを説明し,そのような積極的加療を希望するのであれば,本件検査が必要であると述べた。 さらに,本件検査の危険性については,通常の患者よりもリスクが高いこと,すなわち,通常の患者の場合,脳梗塞,心筋梗塞及び解離性大動脈瘤等の合併症のリスクが存するところ,亡Dは,低心機能及び糖尿病性腎機能障害が存在していたことから考えて,既存の心不全が検査により再増悪して急性心不全を再発したり,糖尿病性腎機能障害が急性増悪を起こし,人工透析を導入しなければならなくなったり,詰まりかかっている血管が完全に詰まって急性心筋梗塞を呈したりすることもあり得るし,さらに危険な状況になる可能性もあるなどと説明した。 (エ) 上記の説明に対し,原告Aから,この検査をやめるわけにはいかないのかとの質問があったが,Eとしては,この検査を実施しないで亡Dの生命予後を改善させる方法はないのかという質問だと理解し,上記の説明を繰り返したところ,亡D及び原告Aは,本件検査を受けることに同意し承諾書を提出した。 (3) そこで,原告らの各陳述及び供述内容とEの陳述及び証言内容の信用性につき検討する。 ア証拠(甲A17,乙A1)によれば,カルテ中の平成11年7月11日付け入院診療計画書には,Fが亡D及び原告Aに対し説明した内容について,10日間の急性心筋梗塞により重症の心不全になったこと,肺に水がたまっていること,3分の1の心臓機能であること,25年来の糖尿病があり,目,心臓及び腎不全に影響を及ぼしていること,呼吸停止,心停止が生じること,3ないし4週間の入院が必要となることなどがメモ書きで記載されていることが認められ,これらの記載は,上記(2)イ(ア)記載の Eの陳述及び証言内容とおおむね一致している。 イ証拠 停止が生じること,3ないし4週間の入院が必要となることなどがメモ書きで記載されていることが認められ,これらの記載は,上記(2)イ(ア)記載の Eの陳述及び証言内容とおおむね一致している。 イ証拠(甲A1,乙A1)によれば,カルテには,Eが,亡D及び原告らに対し説明した内容について,「これまでの加療で心不全は改善した。しかし,心不全の原因は現段階では不明であり,診断をつける必要がある。現時点では,虚血性心疾患,心筋症のいずれかが疑われる。前者の場合,バイパス術又はカテーテルによる治療により,予後を改善する可能性がある。従って今後の戦略を決めるために冠動脈造影の検査が必要と。低心機能,腎機能障害があるため,カテーテルに伴う合併症のリスクは普通の場合より高いと思われる。以上口頭説明し,了解納得された」との記載があることが認められ,これらの記載は,Eが亡D及び原告らに対し本件検査について説明したとする上記(2)イ(ウ)の内容の要旨を記載したものと認められる。 ウ原告らの前記各陳述及び供述も,亡D及び原告AがFから説明を受けた内容,Eから,同月18日,心臓カテーテル検査をしたいとの話があった点,同月26日,本件検査について,亡Dの今後の治療方針を立てるために必要な検査であることの説明を受けた点,原告Aは,「この検査はやめるわけにはいかないのですか」と質問したが,Eから今後の治療に必要な検査である,このまま退院してもまた悪くなるなどと説明されて,承諾書に署名した点,人工透析になる可能性もあると説明された点については,Eの陳述及び証言内容と一致をしている。 エ一方,原告らの前記各陳述及び供述のうち,本件検査の結果によってPTCAあるいはCABGを行うことの説明は全くなかったという点は,前記イに認定したカルテの記載から採用できないし,また,Eから 。 エ一方,原告らの前記各陳述及び供述のうち,本件検査の結果によってPTCAあるいはCABGを行うことの説明は全くなかったという点は,前記イに認定したカルテの記載から採用できないし,また,Eから,本件検査の危険性については,人工透析が必要になる危険性だけを説明され,その他の危険性については説明を受けていないとする点も,前記イのとおり,カルテには,カテーテルに伴う合併症のリスクは普通の場合より高いとの記載があり,証拠(甲B3)によれば,心臓カテーテル検査による合併症としては,心筋梗塞,脳血管障害,心穿孔,局所血管障害,迷走神経反射等が挙げられていることが認められ,証人Eが,脳梗塞,心筋梗塞及び解離性大動脈瘤等の合併症のリスクが存することを説明したとの供述内容は十分信用することができることに照らして,採用することができない。 さらに,亡Dは,G医師から,心臓カテーテル検査について単にここが悪いというだけで終わる検査であり,検査をしても改善しないと聞いており,G医師の説明を聴いて,亡Dは,本件検査を受ける気がなくなっていたという点については,前記(1)ア(ア)の事実及び証拠(乙A1,証人E)によれば,CAGの目的は,冠動脈の解剖と内腔の狭窄度を明らかにすることであり,経皮的インターベンション又は外科的インターベンションによる血行再建術等の各種治療法の実施の可能性と適性を評価するために有効であり,本件検査によって,亡Dの心不全の原因が冠動脈疾患であることが証明されれば,PTCAやCABGを実施することが考えられていたことが認められ,これらによれば,まず,医学についての専門的知識を有するG医師が心臓カテーテル検査について単にここが悪いというだけで終わる検査であり,検査をしても改善しないとの発言を行ったとは到底考えられない。また,G医師の発言 まず,医学についての専門的知識を有するG医師が心臓カテーテル検査について単にここが悪いというだけで終わる検査であり,検査をしても改善しないとの発言を行ったとは到底考えられない。また,G医師の発言内容自体認定できないことに加えて,原告Aは,亡Dが本件検査をやめられないかと言ったことはないこと,原告らは,亡Dが本件検査を受けるか否かは,最終的に亡Dの意向を尊重するしかないと考えていたことを供述しており,亡Dは,G医師の発言を聴いて,本件検査を受ける気がなくなっていたという前記供述部分も採用できない。 オ以上の検討によれば,前記(2)イ記載のEの本件検査の説明についての陳述及び証言は,カルテの客観的記載とも一致しており,また,原告らの陳述及び供述とも一致する部分があり,十分信用に値すると認められるのに対し,原告らの前記(2)ア記載の陳述及び証言のうち,Eの陳述及び証言と一致しない部分については,信用することができないといわなければならない。 そうすると,証拠(乙A1,4,証人E)によれば,Eは,亡D及び原告らに対し,本件検査について,前記(2)イ(イ)(ウ)記載のとおり,説明したことが認められる。 (4) そこで,Eの説明が,説明義務に違反するものであるかについて検討する。 ア Eは,前記(3)オ,(2)イのとおり,平成11年7月18日及び同月26日の説明において,CAGの具体的手技,亡Dが重大な心不全の状態であるという亡Dの病状,亡Dの病状にとっての本件検査の必要性,本件検査によって冠動脈疾患であることが判明すればPTCAやCABG等の積極的加療により生命予後が改善する可能性があることなど本件検査によって判明すると見込まれる結果や今後の治療方針,本件検査に伴う合併症等の危険性,本件検査を実施しなかった場合に生ずる やCABG等の積極的加療により生命予後が改善する可能性があることなど本件検査によって判明すると見込まれる結果や今後の治療方針,本件検査に伴う合併症等の危険性,本件検査を実施しなかった場合に生ずると見込まれる結果等,亡Dが本件検査を受けることを決定するに当たって必要な事柄を説明していると認められるのであり,Eに説明義務違反があるとは認められない。 しかも,前記(1)イに認定したとおり,亡Dは,同月18日に本件検査の実施について説明を受けた後,約1週間の考慮期間もあり,加えて上記の説明を受けた上で,納得して本件検査の承諾書に署名したものと認めることができるのであり,亡Dの本件検査の承諾に錯誤があったということもできない。 イ原告らは,Eは本件検査に死の危険を伴うことを一切説明しなかったのであり,これは説明義務違反であると主張する。 この点,Eもその証言で死という表現は使用していないことを自認しているが,一方,前記(3)オ,(2)イのとおり,Eは,亡D及び原告らに対し,本件検査には合併症のリスクが伴い,亡Dの場合通常よりリスクが高いこと,本件検査の合併症は脳梗塞,心筋梗塞等であることなどを説明しているのであり,Eが死という表現を直接用いなかったとしても,合併症としての脳梗塞及び心筋梗塞の病名を説明していることに加えて,亡D及び原告らは,Fからも,亡Dが重症心不全により入院したのであり,症状が悪化すれば呼吸停止や心停止に至るおそれもあることなどを説明されていたことを考え併せると,亡D及び原告らにおいて,Eから本件検査の危険性について直接死という表現で説明を受けなかったとしても,その危険性が死亡の危険性をも含むものであることは理解可能であったと考えられる。 ところで,死亡の危険性につき,より明確に説明をしてほ について直接死という表現で説明を受けなかったとしても,その危険性が死亡の危険性をも含むものであることは理解可能であったと考えられる。 ところで,死亡の危険性につき,より明確に説明をしてほしかったという原告らの心情は,現実に亡Dが本件検査後死亡するという結果が生じていることからすれば,全く理解できないものではないが,しかしながら一方,証人Eも証言するように,医師が軽はずみに「死」という言葉を口に出すことは,患者に重大な心理的影響を与えかねないのであり,しかも,前記(1)ア(イ)に認定したとおり,CAGにおける通常の死亡の危険性はせいぜい0.1パーセント程度であること,前記(3)オ,(2)イのとおり,原告Aは本件検査について消極的な姿勢であったことに照らせば,Eが,亡D及び原告らに対し,死という直截な表現までは用いずに本件検査の危険性について説明したことを,不当として批判することは到底できないというべきである。 よって,原告らの上記主張は認められない。 ウなお,原告ら訴訟代理人が匿名の医師の意見を聴取した書面(甲B13)には,本件検査の説明に関して,「あなたの身体は,長年の糖尿病で痛めつけられてボロボロといってよいです。それは病気のせいであなたのせいではありません。現在,眼も腎臓も神経も侵され,その上心臓まで具合が悪くなっていて,誠にお気の毒です。弟さんが心筋梗塞で亡くなられたのも同じ糖尿病が原因です。ですから,あなたもいつ弟さんのようにならないとも限りませんが,残念ながらもう既に心臓はかなり悪い状態ですので,このまま内科治療を続けるか,思い切って精密検査をするか判断に迷うところです。よくよく考えてみたのですが結論がでません。今後の事はあなた自身に決めてもらいたいと思います。つまり,このまま薬の治療を続けるとまた同じ苦しさに ,思い切って精密検査をするか判断に迷うところです。よくよく考えてみたのですが結論がでません。今後の事はあなた自身に決めてもらいたいと思います。つまり,このまま薬の治療を続けるとまた同じ苦しさに見舞われるのはほぼ確実で,その時は救命できないかもしれません。そうならないように,手だてを講じうるかというと,心臓のバイパス手術を行なえたらそうするのが良いでしょう。しかし,その前提として,心カテを行いますが,トラブルの可能性が高く,もしかしたら検査中に生命の危険性があります。また,無事に検査が終わっても,結局手術ができなかったり,しても無駄な程心臓がボロボロということもあり,仮に手術できたとしても,腎臓が悪いので,外科医が手術したがらないかもしれません。さらに,手術に成功しても,バイパスした血管がちゃんと開いて血液を送ってくれるようになっていてくれるかと更に保証はできません。治療するチャンスは今しかない(後回しにすればするほど難しい検査,難しい治療になる)のですが,最終的に成功を得る確率は10分の1程度ではないかと思います。放っておけば,本人も家族も思ってみないような突然死という結末になることもあります。今回は一旦退院としますので,ご家族も交えてゆっくりご自宅で考えてみてください。今は一見楽で何ともないかもしれませんが,そのままずっとやっていけると考えるのは甘すぎます。だからといって,検査・手術と進むのも大変なことでありますが・・・。 私自身も大変悩んでいることを率直に申し上げたいと思います。」と説明すべきであったとの記載がある。 上記のとおり,患者に対し,患者の状態をすべて説明して,本件検査を実施するか否かをすべて患者自身の決定に委ねてしまうというのも,一つの考え方であることは否定しないが,一方で,有用性と危険性が併存する医療行為につき 患者に対し,患者の状態をすべて説明して,本件検査を実施するか否かをすべて患者自身の決定に委ねてしまうというのも,一つの考え方であることは否定しないが,一方で,有用性と危険性が併存する医療行為につき,自己の経験や知見を活かして,当該医療行為を実施することが患者の利益になるか否かを大局的な見地から検討した上で決断し,医学についての素人である患者に対し,採るべき方策について助言をするということも,専門家としての医師の重大な責任の一つであると考えられるところ,上記の見解はかかる責任からの逃避につながりかねないのではないかとの疑問を払拭することができず,当裁判所としては,そのような見解に従うことはできない。しかし,いずれにせよ,上記のように説明をするか否かは,専門家としての医師の価値判断に基づく裁量の問題であり,上記のとおり説明をしなかったことをもって,説明義務違反となるとは考えられないところである。 (5) 以上によれば,Eは,亡D及び原告らに対し,本件検査について必要な説明を行い,その説明を受けた上で亡D及び原告Aは本件検査を承諾したものと認められるから,説明義務違反があったとする原告らの主張は採用できない。 2 争点(2)について原告らは,被告病院には,亡DにCAGの適応がなかったのに,これを実施した過失があると主張する。 (1) 別紙診療経過一覧表において認定した事実に加えて,以下の証拠によれば,平成11年7月26日までの亡Dの診療経過につき,以下の事実が認められる。 ア亡Dは,遅くとも昭和48年ころから糖尿病を患っていたものの,食事療法以外には積極的な治療をしていなかったが,平成5年9月28日に糖尿病及び糖尿病網膜症等により,被告病院総合内科に入院した。 亡Dは,同年10月13日の退院後,おおよそ年数回 ものの,食事療法以外には積極的な治療をしていなかったが,平成5年9月28日に糖尿病及び糖尿病網膜症等により,被告病院総合内科に入院した。 亡Dは,同年10月13日の退院後,おおよそ年数回の割合で被告病院を受診していたが,インシュリンを必要とする糖尿病に加え,糖尿病性腎症も指摘されていた。さらに,平成8年1月には,心電図上陳旧性心筋梗塞が認められるとの診断がされており,平成9年末ころからは時々胸痛が起こり,狭心症と診断されてニトログリセリンが処方されていた。平成10年10月には心電図において虚血性変化が認められ,胸痛や階段の昇降時の胸の苦しさは継続していたが,ニトログリセリンにより症状は軽快していた(乙A1,2,4,証人E)。 イ(ア) 平成11年7月11日,亡Dは,その1週間程度前から風邪のような症状があり,4ないし5日前から起座呼吸(仰臥位での呼吸困難)が現れ,次第に症状が増強して,ニトログリセリンによっても症状は回復しなかったため,被告病院の救急外来を受診した(乙A1)。 (イ) 同日の検査において,トロポニンTは陽性であり,一方クレアチニンホスホキナーゼ(以下「CK」という。)は183であった(乙A1)。 (ウ) 被告病院医師は,亡Dの心機能が大幅に低下し,心不全の症状を呈していると診断し,その原因は,発症時期を特定できない急性心筋梗塞が原因である疑いがあるとし,亡DはCCUに緊急入院となった。(乙A1)。 ウ同月12日の検査において,CKは148であった(乙A1)。 エ同月13日,F及びEは,腎臓内科のH医師に対し,亡Dについて糖尿病性腎症による心不全が考えられるとして,利尿剤の使用等につき指導を依頼したところ,同日,Hは,利尿剤としての具体的な薬剤名を指示するとともに,食事制限を行 腎臓内科のH医師に対し,亡Dについて糖尿病性腎症による心不全が考えられるとして,利尿剤の使用等につき指導を依頼したところ,同日,Hは,利尿剤としての具体的な薬剤名を指示するとともに,食事制限を行うように返答した(乙A1)。 オ同月14日の心エコー検査の結果,左室駆出率40.2パーセントで,前壁,中隔,心尖部にかけて重度の運動低下,その他の部分は中等度低下,重症僧帽弁閉鎖不全,下大静脈の拡張及び呼吸性変動の消失等の所見が認められた(乙A1)。 カ同月17日,心不全の状態の改善がみられたので,右心カテーテルを抜去した。同日の検査において,CKは71であった(乙A1)。 キ同月21日,F及びI医師(研修医)は,Hに対し,来週中に心臓カテーテル検査を行いたい旨の診療依頼をし,これに対し,Hは,①慢性腎不全に急性腎不全を重畳する可能性が高い,②同月27日に心臓カテーテル検査を実施してもらい,同月28日に透析をするという段取りにしたい,との返答をした(乙A1,4,証人E)。 ク同月22日,核医学検査を行ったところ,左心室駆出率40.2パーセント(通常60ないし65パーセント以上),最大充満率1.3(通常1.9以上),充満分画18.1パーセント(通常25パーセント以上)であり,左室拡大と左室壁運動の重度低下が認められた(乙A1,4)。 ケ亡Dの本件入院中の問題点リストとしては,うっ血性心不全,冠動脈疾患の疑い,糖尿病性腎障害及び糖尿病性網膜症が挙げられていた(乙A1)。 コ亡Dの心電図上の特徴については,以下のとおりである。 (ア) 平成9年12月9日の心電図においては,V1からV4におけるST 上昇が認められた(乙A1,4,証人E)。 (イ) 平成11年7月11日の心電図においては,V1から りである。 (ア) 平成9年12月9日の心電図においては,V1からV4におけるST 上昇が認められた(乙A1,4,証人E)。 (イ) 平成11年7月11日の心電図においては,V1からV5におけるST上昇,V5におけるQSパターンの出現,V5,V6における異常Q波の出現,Ⅱ,Ⅲ,avfにおけるQ波,V1からV5にかけてR波が減高している各所見がそれぞれ認められた。その際の亡Dの心拍数は,同日午前5時には118,同日午前10時には126であった(乙A1,4,証人E)。 (ウ) 同月21日の心電図においては,ST上昇の消失,V4におけるQ波出現,V5におけるR波の大きな増高がそれぞれ認められた。また,同日の心電図には「最近(?)の前側壁心筋梗塞,下壁心筋梗塞の疑い(時期不明)」などのコメントが付されていた。その際の亡Dの心拍数は77であった(乙A1,4,証人E)。 (2) 証拠(乙A1,4,証人E)によれば,Eは,亡Dが本件入院時に急性肺水腫という重篤な病状を呈していたことから重大な心疾患が存在している可能性が高く,その生命予後も悪いと予測され,さらに糖尿病を有していることから,将来的に冠動脈心疾患を併発することにより死亡する危険も高いので,虚血性心疾患に対してPTCAやCABG等の積極的加療を施す必要があること,一方,亡Dの心不全の原因については,心電図検査,動脈血液ガス検査,胸部レントゲン検査,心エコー検査,右心カテーテル検査等各種検査結果から糖尿病に併発した狭心症,不安定狭心症,急性心筋梗塞等の虚血性心疾患の存在が強く疑われ,本件入院時に急性肺水腫を呈し,トロポニンTがプラスであったことから,虚血性心疾患のうちの発症時期が特定できない急性心筋梗塞が相当な範囲で生じていたことも疑われ,また,心臓の壁運動が低下 疑われ,本件入院時に急性肺水腫を呈し,トロポニンTがプラスであったことから,虚血性心疾患のうちの発症時期が特定できない急性心筋梗塞が相当な範囲で生じていたことも疑われ,また,心臓の壁運動が低下していることから糖尿病性心筋症及び特発性心筋症の可能性もあり,さらに,心エコー検査からは僧帽弁閉鎖不全症の可能性も否定できず,これらの血液検査や心電図の分析等の非観血的診断法によるのみでは,亡Dの急性心不全の診断を確定できないため,鑑別のためにCAGを実施する必要があること,CAGの結果,冠動脈疾患であることが判明すれば,その狭窄及び閉塞部位の特定を行い,上記の積極的加療を行うことにより,亡Dの生命予後を改善できる可能性があるなどと考え,本件検査を実施したことが認められる。 (3) さらに,証拠によれば以下の事実が認められる。 ア(ア) 急性心筋梗塞発症後,心電図上,数時間でST上昇及びR波減高がみられ,数日の間に異常Q波及びST上昇がみられる。診断に際しては以前の心電図との比較が有用である(甲B7)。 (イ) CKは,筋肉と神経に多量に含まれる酵素で,急性心筋梗塞の診断に広く利用されている。血中CKの活性は,心筋梗塞発症後4ないし6時間で上昇し,3ないし5日後に正常化する。正常値は200以下である(甲B10,乙A4,証人E)。 (ウ) トロポニンTは,心臓の筋肉の収縮蛋白であり,心臓の筋肉にダメージが与えられると,トロポニンTが血中に出現する。トロポニンTは,心筋梗塞後3ないし5時間で高値となり,その後は二峰性の変動を認める。最初のピークは,細胞質可溶性分画からの流出を反映し,発症後12ないし18時間で達する。 2番目のピークは,筋原線維の傷害壊死を反映して,発症後3ないし5日で出現する。正常化するのは7ないし14日後 最初のピークは,細胞質可溶性分画からの流出を反映し,発症後12ないし18時間で達する。 2番目のピークは,筋原線維の傷害壊死を反映して,発症後3ないし5日で出現する。正常化するのは7ないし14日後である。 トロポニンTは,心臓の筋肉のダメージが非常に小さくとも陽性を示し,微細な心筋細胞障害をも同定できる指標ではあるが,一方で心筋梗塞や冠動脈疾患が存在しない場合でも,心臓にダメージを与える疾患が存在すれば容易に陽性を示すことがある(甲B10,乙A4,B8,証人E)。 イ狭心症や心筋梗塞等の虚血性心疾患と鑑別を要する心血管系の疾患群として,弁疾患,心筋症,心膜炎,解離性大動脈瘤,肺動脈疾患等があり,これらの鑑別は,虚血性心疾患の治療を開始する前に実施する必要があり,また,虚血性心疾患であると診断された場合においても,冠動脈の狭窄度及び閉塞部位の特定を行い,その後の治療方針を確定する必要がある(甲B11,12,乙B2,3,証人E)。 ウ(ア) 糖尿病の存在は,冠動脈疾患を既に有している患者における心事故危険率,心臓死亡率を増加させ,糖尿病患者における心臓死亡率,新たなうっ血性心不全の発生率,再心筋梗塞率及び脳梗塞率は,いずれも著しく悪いものである。糖尿病患者には,より高度の狭窄病変が多いとされ,糖尿病患者における冠動脈疾患の罹患可能性及び死亡率は,非糖尿病患者の2倍以上であるとの報告もあり,様々な危険因子の相違を統計学的に補正してもなお,糖尿病は,あらゆる疾患事故発生の独立した予見因子であるとされる。それゆえ,心血管系疾患を併発した糖尿病患者は,徹底的に評価し治療されなければならず,そのためには,重複音波診断,核医学検査,エコー,CAG等の特別手技が使用され,心筋に対する血行再建術は常に考慮されるべきであるとの指 併発した糖尿病患者は,徹底的に評価し治療されなければならず,そのためには,重複音波診断,核医学検査,エコー,CAG等の特別手技が使用され,心筋に対する血行再建術は常に考慮されるべきであるとの指摘をする文献も存在する(乙B9ないし11)。 (イ) また,患者が男性であることも,死亡率の増加に関連するとされる(乙B1)。 エ CAGは,冠動脈の解剖と内腔の狭窄度を明らかにすることを目的とし,冠動脈疾患の確定診断に加え,狭窄病変の解剖学的病態生理学的評価,重症度の診断,治療方針の決定,予後の評価等の拠り所となる不可欠な検査であり,その必要性及び有用性は多くの文献が指摘している。最もよく実施されるのは,閉塞性冠動脈疾患の有無とその程度を把握し,経皮的インターベンション又は外科的インターベンションによる血行再建術等の各種治療法の実施の可能性と適性を評価する場合である。 CAGには,特に絶対的禁忌といえるものはなく,急性心筋梗塞や不安定狭心症の患者は,基本的に禁忌がない限り,全例がCAGの適応となり,また,心筋虚血の証明された冠動脈疾患以外の心疾患の手術前検査としても,CAGの適応は認められる(甲B1,11,12,乙A4,B2,3,10,証人E)。 (4) 亡DにおけるCAGの必要性について原告らは,亡Dの心不全の原因は,CAGを行わなくとも,被告病院においてそれまでに行った検査等によって急性心筋梗塞であると診断できるものであったから,CAGを実施する必要性はなかったと主張し,被告は,亡Dの心不全の原因については急性心筋梗塞も含めその診断を確定できず,また,不安定狭心症である可能性もあったから,CAGを行い,冠動脈の形態的変化を評価し,心不全の原因を確定する必要があったと主張するので,これらの点について検討する 筋梗塞も含めその診断を確定できず,また,不安定狭心症である可能性もあったから,CAGを行い,冠動脈の形態的変化を評価し,心不全の原因を確定する必要があったと主張するので,これらの点について検討する。 アまず,非観血的検査等により,亡Dの心不全の原因が急性心筋梗塞であると確定的に診断できたか否かについて検討する。 (ア) 亡Dの心電図について検討すると,前記(1)コ(イ)に認定したとおり,平成11年7月11日においては,V1からV5におけるST上昇やV5,V6における異常Q波の出現が認められており,前記(3)ア(ア)に認定したとおり,急性心筋梗塞発症後,心電図上,数時間でST上昇がみられ,数日の間に異常Q波及びST上昇がみられるのであるから,上記心電図だけからすると,亡Dが,同日以前の何日かの間に急性心筋梗塞を発症したと理解されないわけではない。 しかしながら,前記(3)ア(ア)においても指摘するとおり,心電図による診断に際しては以前の心電図との比較が有用であるところ,前記(1)ア,コ(ア)(ウ)に認定したとおり,平成9年12月9日の時点で亡Dには既にV 1からV4においてST上昇が認められており,なおかつ亡Dには陳旧性心筋梗塞が認められており,かかる事実と証拠(乙A4,証人E)によれば,平成11年7月11日の心電図におけるV1からV4のST上昇は,平成9年12月9日の心電図にもみられたST上昇が入院時の亡Dの頻脈によって強調された結果にすぎず,亡Dの前壁及び下壁の陳旧性心筋梗塞が否定できない,左室側壁の心筋虚血が否定できない,左房負荷があるといえるにとどまり,上記ST上昇をもって,平成11年7月11日の時点に急性心筋梗塞が起こっていると確定することはできないと認められる。 また,証拠(乙A4,証人E)によ 定できない,左房負荷があるといえるにとどまり,上記ST上昇をもって,平成11年7月11日の時点に急性心筋梗塞が起こっていると確定することはできないと認められる。 また,証拠(乙A4,証人E)によれば,同日の心電図におけるV5のST上昇は,同時にQSパターンを呈しているから,陳旧性心筋梗塞部の壁運動異常を反映している可能性があり,これをもって急性心筋梗塞の所見とすることができないこと,同心電図におけるV5,V6の異常Q波の出現については,Ⅱ,Ⅲ,avfにおけるQ波,V1からV5にかけてのR波減高と併せて,前壁及び下壁に陳旧性の梗塞が存在する可能性が認められるにすぎず,急性心筋梗塞を診断できるものではないことが認められ,これらの事実を覆すに足りる証拠はない。 以上によれば,同日の心電図によって,その時点で亡Dに急性心筋梗塞が生じていたということはできない。 (イ) CK値については,前記(1)イ(イ)ウ,(3)ア(イ)に認定したとおり,急性心筋梗塞の診断に広く利用されているところ,本件入院時及び入院の翌日における亡DのCKの値は正常値であったから,亡DのCK値によれば,本件入院時に急性心筋梗塞を起こしていたと診断することはできない。また,CKは心筋梗塞発症後4ないし6時間で上昇し,3ないし5日後に正常化するのであるから,仮に,亡Dが急性心筋梗塞を発症していたとするならば,それは本件入院の3ないし5日以上前のことであったと認められる。 (ウ) トロポニンTについては,前記(1)イ(イ)に認定したとおり,亡Dは,本件入院時,トロポニンTが陽性を示していた。しかし,前記(3)ア(ウ)で認定したように,そもそもトロポニンTは,心筋梗塞等の虚血性心疾患ではなくても陽性を示すことがあるし,心筋梗塞後7ないし14日後までは陽性 トロポニンTが陽性を示していた。しかし,前記(3)ア(ウ)で認定したように,そもそもトロポニンTは,心筋梗塞等の虚血性心疾患ではなくても陽性を示すことがあるし,心筋梗塞後7ないし14日後までは陽性を示すのであるから,トロポニンTが陽性を示していることをもって亡Dが心筋梗塞を発症したとはいい切れない。また,仮に心筋梗塞を発症していたとしても,その時期は,本件入院の直前から本件入院の7ないし14日前までの間のいずれかの時点であると推測されることになる。 (エ) 心エコー検査については,前記(1)オに認定した事実及び証拠(乙A4,証人E)によれば,左前下行枝の灌流範囲の血流が不十分であり,それ以外の冠動脈の灌流範囲の心筋にも異常を起こしている可能性がある所見が存在し,これは冠動脈の閉塞や左室前壁の陳旧性心筋梗塞によって発生すること,僧帽弁閉鎖不全等が存在し器質的心疾患も考えられることが認められる。 (オ) 前記(1)イ(ウ)に認定したとおり,被告病院医師は,亡Dの入院時において,亡Dは,心不全の症状を呈していると診断し,その原因は,発症時期を特定できない急性心筋梗塞が原因である疑いがあるとしていた。 (カ) 前記(2)のとおり,Eは,亡Dの心不全の原因について,狭心症,不安定狭心症,糖尿病性心筋症,特発性心筋症及び僧帽弁閉鎖不全症の可能性もあるとしていたが,入院時に急性肺水腫を呈し,トロポニンTがプラスであったことから,虚血性心疾患のうちの発症時期が特定できない急性心筋梗塞が相当な範囲で生じていたことも疑っていた。 (キ) 原告ら提出にかかる医師の意見録取書(甲B13)においても,亡Dの症状を無症候性虚血性心疾患とするが,急性心筋梗塞であるとはしていない。 (ク) 以上によれば,亡Dに対する上記(ア)ないし(エ)記載の各検査の結 師の意見録取書(甲B13)においても,亡Dの症状を無症候性虚血性心疾患とするが,急性心筋梗塞であるとはしていない。 (ク) 以上によれば,亡Dに対する上記(ア)ないし(エ)記載の各検査の結果を総合しても,亡Dが平成11年7月11日の時点で急性心筋梗塞であったと診断することはできないし,また,同時点の亡Dの心不全が急性心筋梗塞が原因で発症しているものと確定的に診断することはできず,各検査の結果や上記(オ)(カ)に記載の事実によれば,亡Dは,本件入院以前にその発症時期を明確には特定できないものの,おおむね本件入院の3ないし5日前から7ないし14日前までの間に急性心筋梗塞を発症した可能性が高く,また,亡Dの本件入院時の心不全の原因は急性心筋梗塞であるとの疑いがあるということにとどまっていたものであったと認められる。 そして,上記(ア)ないし(エ)記載の各検査結果及び亡Dが長年糖尿病を患っていたことからすると,前記(2)に記載したとおり,Eが,亡Dの心不全の原因について,急性心筋梗塞のみならず,急性心筋梗塞ではない虚血性心疾患,糖尿病性心筋症,特発性心筋症及び僧帽弁閉鎖不全症の可能性も考えて亡Dの治療に当たったことには合理性が認められ,これを批判することはできない。 イ上記アに判示したように,本件入院時の亡Dは,非観血的検査によっては,その心不全症状の原因を急性心筋梗塞であるとは断定できず,急性心筋梗塞ではない虚血性心疾患の可能性,糖尿病性心筋症,特発性心筋症及び僧帽弁閉鎖不全症の可能性もあったのであり,前記(3)イウエに認定したとおり,虚血性心疾患と鑑別を要する心血管系の疾患群として,弁膜症や心筋症等があり,それらを鑑別することが必要であり,さらに,虚血性心疾患に対する治療を実施するためにもその病変の状態を調査することが必 り,虚血性心疾患と鑑別を要する心血管系の疾患群として,弁膜症や心筋症等があり,それらを鑑別することが必要であり,さらに,虚血性心疾患に対する治療を実施するためにもその病変の状態を調査することが必要であったのであるから,亡Dに対しCAGを実施する必要性は,これを十分に認めることができる。 原告らの主張は,結局のところ,亡Dが本件入院前に急性心筋梗塞を発症していたと考えられることから,本件入院時における亡Dの心不全症状の原因も急性心筋梗塞にあると確実に判断でき,そうであれば本件検査は不要であったとするものであるが,既に説示したとおり,亡Dが本件入院前の近い時期に急性心筋梗塞を発症していたことと本件入院時の亡Dの心不全の症状の原因が急性心筋梗塞であることとは別の問題であり,さらに,心筋梗塞等の冠動脈疾患の患者に対しても,その疾患を把握し治療方針を立てる上でCAGを実施することが必要,有益であることは前記(3)エで認定したとおりなのであるから,原告らの上記主張は,いずれの推論にも根拠を欠き,失当であるといわなければならない。 ウところで,亡Dが不安定狭心症であったか否かについて,当事者間に争いがあるところ,亡Dが不安定狭心症であった可能性の有無の点は,上記認定を左右するものではないが,その点についても一応以下検討することとする。 (ア) 証拠(甲B11)によれば,狭心症とは,心筋壊死を伴わない心筋の虚血と,その機能異常により胸部及びその隣接領域の不快感を生じる症候群と定義される。狭心症は,その一部が心筋梗塞に移行することが知られており,そのような患者を治療するために不安定狭心症と称して,狭心発作頻度や発作閾値が安定している安定狭心症と区別されているが,不安定狭心症の特異的な検査所見は存在せず,診断は病歴によって行われ れており,そのような患者を治療するために不安定狭心症と称して,狭心発作頻度や発作閾値が安定している安定狭心症と区別されているが,不安定狭心症の特異的な検査所見は存在せず,診断は病歴によって行われるところ,アメリカ心臓学会は,不安定狭心症を,発作が3週間以内に始まり,最後の発作は1週間以内に起こり,しかも急性心筋梗塞を示す心電図変化や血清酵素の上昇がなく,①初発労作狭心症:労作が初発か,6箇月以上無症状の後,再発したもの,②増悪型:もともと安定労作狭心症があって,発作が頻度,持続,強度,易誘発性,放散及びニトログリセリンに対する反応に関して,増悪してきたもの,③初発安静狭心症:新規発症の安静狭心症,発作が15分以上持続したりニトログリセリンにより寛解されないこともある,という3つの基準の1つを満たすものである,と定義していることが認められる。 (イ) 原告らは,亡Dは,アメリカ心臓学会の定義に当てはまらないから,不安定狭心症ではなかったと主張し,一方,被告は,梗塞後心不全が遷延している状況下では,心筋酸素消費量の増加に伴う二次的な心筋虚血の存在が疑われ,この病態を梗塞後狭心症といい,梗塞後狭心症は不安定狭心症に分類されるところ,亡Dの症状は不安定狭心症であった可能性もあり,心不全の原因が不明であったから,その原因究明のためにもCAGは必要であったと主張し,証人Eはこれに沿う証言をする。 (ウ) 証拠(甲B4,11)によれば,不安定狭心症とは,狭心症の中でも心筋梗塞へ移行しやすいものを分類し,治療に役立てるために提唱された概念であり,アメリカ心臓学会の基準が比較的広く用いられているが,画一的な定義があるわけではなく,必ずしも上記の基準が妥当しない局面があることも指摘されていることが認められるところ,亡Dの場合,前記(1) あり,アメリカ心臓学会の基準が比較的広く用いられているが,画一的な定義があるわけではなく,必ずしも上記の基準が妥当しない局面があることも指摘されていることが認められるところ,亡Dの場合,前記(1)アイに認定したとおり,もともとニトログリセリンで軽快する狭心症の既往を有していたところ,本件入院の1週間程度前から呼吸困難が出現,増悪するなどして本件入院に至り,心不全の症状を呈していると診断されたものであり,また,亡Dの心電図所見からは,必ずしも急性心筋梗塞であると判断できないことは前記ア(ア)に認定したとおりであるから,上記のアメリカ心臓学会の定義の②増悪型に該当すると考えられる。また,証人Eは,冠動脈に血栓が詰まり急性心筋梗塞を起こし,その後血栓の一部が崩れて血流が再開された後も血栓が詰まったり崩れたりして狭心症を繰り返している状態を梗塞後狭心症として不安定狭心症と分類すること,亡Dはそのような梗塞後狭心症の可能性もあったと証言しており,証人Eの証言を裏付ける文献(甲B1)も存在している一方,この証言を排斥するに足りる証拠はないから,亡Dは不安定狭心症ではなかったとする原告らの主張は採用できない。 いずれにせよ,前記アに判示したとおり,亡Dにおける心不全の症状の原因は,不安定狭心症を含め確定できなかったことは事実であるし,さらに,心筋梗塞発症後,間歇的な心筋虚血が起こる梗塞後狭心症にはCAGの適応があり,CAGを行って積極的な血行再建法を考慮する必要があることが多いとの指摘(甲B1)も存在しており,この点からも,亡Dに対するCAGの必要性を肯定することができる。 (5) 亡DにおけるCAGの適応について原告らは,亡DにはCAGの適応がなく,CAGを実施するべきではなかったとも主張する。 ア前記(3)エ の必要性を肯定することができる。 (5) 亡DにおけるCAGの適応について原告らは,亡DにはCAGの適応がなく,CAGを実施するべきではなかったとも主張する。 ア前記(3)エで認定したように,CAGは,冠動脈疾患の確定診断,狭窄病変の評価,重症度の診断等には欠かせない検査であり,治療方針の決定及び予後の評価の拠り所となる有用な検査であることは広く支持されており,また,CAGには特に絶対的禁忌といえるものはなく,急性心筋梗塞や不安定狭心症の患者は,基本的に禁忌がない限り,全例がCAGの適応となるとされている。 加えて,亡Dは,糖尿病の既往症を有していた男性であったところ,前記(3)ウで認定したように,糖尿病の存在は,冠動脈疾患による死亡率等を大幅に上昇させる要因であり,したがって,心血管系疾患を併発した糖尿病患者は徹底的な評価及び治療が必要で,そのためにはCAGの実施も考慮すべきであるとされており,また,患者が男性であることも,死亡率の増加に関連するとされている。 さらに,前記(1)エキに認定したとおり,E,F及びIは,腎臓内科のHに対し,2度にわたり治療方針につき意見を聴き,H医師も,亡Dに対しCAGを行う旨のEらの治療方針について,これを了承していたことが認められる。 したがって,前記(1)(2)に認定したとおり,被告病院医師らが,亡Dにおいて重大な心疾患が存在している可能性が高く,生命予後が極めて厳しいと判断し,複数の科で連携を取るなど慎重な検討も行い,虚血性心疾患であることを明らかにした上で,PTCAやCABG等の積極的加療により亡Dの生命予後を改善しようと考えてCAGを実施したのは,妥当であったということができる。 イ(ア) ところで,原告らは,亡Dは,インシュリンを必要とする ,PTCAやCABG等の積極的加療により亡Dの生命予後を改善しようと考えてCAGを実施したのは,妥当であったということができる。 イ(ア) ところで,原告らは,亡Dは,インシュリンを必要とする糖尿病患者であり,また,糖尿病性腎症による腎不全にも罹患していたところ,インシュリンを必要とする糖尿病や腎不全は,CAGによる死亡率が高い危険因子であり,また,糖尿病性腎症による腎不全はCAGの比較的禁忌に該当し,比較的禁忌とは,絶対的禁忌ではないが,原則的には禁忌であり,それをしないと生命にかかわる例外的な場合にのみ許されるものであるから,検査に伴う危険性よりも検査を実施することによる救命の必要性の方が高い場合でなければ,CAGを実施するべきではなく,また,亡Dは本件入院後症状が回復しており,PTCAやCABGを拒絶し,左室機能の低下もなかったから,あえて危険性のあるCAGを実施したことは妥当ではなかったと主張する。 (イ) 確かに,前記(1)アに認定したとおり,亡Dは,インシュリンを必要とする糖尿病や糖尿病に起因する腎不全を患っており,また,インシュリンを必要とする糖尿病や腎不全はCAGによる死亡率を高める要因であること(甲B3)や,糖尿病性腎症による慢性腎不全はCAGの比較的禁忌であること(甲B12)を指摘する文献が存在する。 しかしながら,甲B3は,そのような要因が存在する患者の場合,慎重な準備が必要である旨は指摘しているが,検査を行うべきではないとか検査を行う場合を制限するべきであるなどと述べているわけではなく,また,甲B12は,狭心症,心筋虚血が薬物で十分コントロールできるような場合であれば,腎不全のようなリスクの高い事例においては,CAGの実施に慎重であるべきである旨を述べるにとどまっており,全体の論調と 甲B12は,狭心症,心筋虚血が薬物で十分コントロールできるような場合であれば,腎不全のようなリスクの高い事例においては,CAGの実施に慎重であるべきである旨を述べるにとどまっており,全体の論調としてはむしろ,CAGは有用であり,適応も広いことを述べているものである。 また,本件全証拠によるも,甲B12のいう「比較的禁忌」を,原告らの主張するように,絶対的禁忌ではないが,原則的には禁忌であり,それをしないと生命にかかわる例外的な場合にのみ許されるという意味に解するべき根拠も存在しない。 さらに,前記(3)ウ(ア)に認定したとおり,亡Dが糖尿病患者であったという事実は,亡Dにおける心事故の危険性を飛躍的に増大させ,生命予後を非常に厳しいものとする要因でもあり,その生命予後を改善するためには積極的な加療が必要であり,その前提としてはCAGが必要,有益であった。 したがって,亡Dがインシュリンを必要とする糖尿病患者であったことや糖尿病性腎症による腎不全に罹患していたことをもって,CAGの適応がなかったということはできない。 (ウ) また,亡Dは本件入院後症状が回復していたという点についても,前記ア及び(1)アエキケに認定したとおり,亡Dは,糖尿病や腎不全を有する患者であり,その生命予後は悪いと考えられ,実際に心機能も相当に低下していたのであるから,亡Dが本件入院後,自由に病棟を歩き回り,特に苦痛の訴えがなかったとしても,それは被告が主張するように,被告病院の治療によって症状の一時的な安定化に成功しただけのことであって,原因疾患に対する治療はほとんど行われていなかったのであるから,本件入院後の亡Dの症状が安定していたことをもって,CAGの必要性を否定することもできない。現に,原告ら提出にかかる医師の意 とであって,原因疾患に対する治療はほとんど行われていなかったのであるから,本件入院後の亡Dの症状が安定していたことをもって,CAGの必要性を否定することもできない。現に,原告ら提出にかかる医師の意見録取書(甲B13)においても,亡Dの身体状態が非常に悪いものであり,生命予後も極めて厳しいものであったと考えられる旨が記載されている。 (エ) さらに,原告らは,亡DはPTCAやCABGを拒絶していたからこれはCAGの比較的禁忌であるとも主張するが,そもそも亡DがPTCAやCABGを拒絶していたことを示す証拠はなく,また,CAGを行う際にPTCAやCABGを行うことについても承諾を得ておかなければならないと解すべき根拠もない。加えて,前記1(4)で認定したように,亡Dは,本件検査を行う前に,今後PTCAやCABG等の積極的加療を行う可能性があることの説明も受けた上で本件検査を行うことに同意したのであるから,この点にかかる原告らの主張は失当であるというほかはない。 (オ) 加えて,原告らは,CAGの適応は,非侵襲的検査により予測した冠動脈疾患ハイリスク群(年間死亡率3パーセント超)に分類される患者に認められるのであり,その内容は,安静時左室機能の高度低下例(左室駆出率35パーセント未満)であるところ,亡Dの場合,心エコー検査の結果,左室駆出率は40. 2パーセントであったから,これに該当せず,亡Dには適応が認められない旨主張する。 しかしながら,原告らがその主張の根拠とする甲B12は,証人Eが証言し,また,その記載からも明らかなように,安静時左室機能の高度低下例(左室駆出率35パーセント未満)は,非侵襲的検査により予測した冠動脈疾患ハイリスク群(年間死亡率3パーセント超)に入るということを述べているにすぎず,その らかなように,安静時左室機能の高度低下例(左室駆出率35パーセント未満)は,非侵襲的検査により予測した冠動脈疾患ハイリスク群(年間死亡率3パーセント超)に入るということを述べているにすぎず,そのハイリスク群に分類される患者にのみCAGが適応であるなどと述べているものではないから,この点にかかる原告らの主張は,上記文献を正解しないものであって,やはり失当であるといわざるを得ない。 (カ) 以上のとおり,亡DにはCAGの適応がなかったとする原告らの上記主張はいずれも認められない。 ウさらに,原告らは,アメリカ心臓学会のCAGの適応基準に照らすと,亡Dには適応が認められなかった旨主張する。 (ア) 証拠によれば以下の事実が認められる。 aCAGの適応については,アメリカ心臓学会においては,クラス1ないし3に分類され,クラス1とは,CAGが妥当であると一般的に認められている状態,クラス2とは,しばしば行われるが,CAGの妥当性及び適切さについて意見の一致をみていない状態で,その中でも,クラス2aは有用,有効である可能性が高いもの,クラス2bは有用性,有効性がそれほど確立されていない状態,クラス3とは,CAGが妥当でないと一般的に認められている状態をそれぞれ指すとされている(甲B1,乙B2)。 b そして,心筋梗塞急性期にプライマリーPTCAを受けていない患者の早期CAGの適応については,クラス1に該当するものはなく,クラス2aは,心原性ショック又は血行動態の破綻の存在するもの,クラス2bは,①血栓溶解療法後に進行する広汎あるいは前壁の塞栓で,再灌流が得られていないと考えられ,レスキューPTCAが計画されるもの,②明らかな心原性ショックではないが,通常の治療で血行動態がぎりぎりの状態から改善しないもの, 進行する広汎あるいは前壁の塞栓で,再灌流が得られていないと考えられ,レスキューPTCAが計画されるもの,②明らかな心原性ショックではないが,通常の治療で血行動態がぎりぎりの状態から改善しないもの,クラス3は,①血栓溶解療法を受けた患者で,虚血症状を有さないもの,②血栓融解薬投与後24時間以内のルーチンとしてのCAG及びPTCAであるとされている(甲B12,乙B2)。 c うっ血性心不全患者のCAGに関しては,クラス1は,狭心症又は局所壁運動異常,シンチグラム上の可逆性心筋虚血所見を伴う収縮機能不全によるうっ血性心不全で,血行再建術を考慮している場合等,クラス2aは,①非侵襲的検査を実施しても,原因が不明の収縮機能不全,②収縮機能は正常であるが,エピソード的に心不全が起きるため,虚血による左室機能不全が疑われる場合,クラス3は,以前のCAGにより正常な冠動脈所見が得られており,虚血性心疾患を示唆する新たな所見の見られないうっ血性心不全であるとされている(乙B2)。 (イ) そこで,亡Dについて,上記の基準の妥当性について検討するに,前記(ア)bの基準については,証人Eが証言するように,これは,急性心筋梗塞だけが存在する場合の基準であって,亡Dのように急性心筋梗塞後にそれに付随してさまざまの合併症が起こっている可能性がある場合には,この基準をそのまま適用してよいかには疑問がある上に,仮にこれを適用したとしても,亡Dがクラス2bやクラス3に該当するものとは認められない。また,前記(ア)cの基準については,亡Dは,前記(1)ケに認定したとおり,うっ血性心不全と診断されていたところ,この基準を適用すれば,クラス3には明らかに該当せず,クラス1に該当すると考えられる。 (ウ) したがって,亡Dにつき,上記のCAGの適応 定したとおり,うっ血性心不全と診断されていたところ,この基準を適用すれば,クラス3には明らかに該当せず,クラス1に該当すると考えられる。 (ウ) したがって,亡Dにつき,上記のCAGの適応基準に照らしても,適応がなかったということはできない。 エ以上説示したように,亡Dには,CAGが不適応であるという事由は存在しておらず,亡DにはCAGの適応が認められたというべきである。 (6) よって,亡Dには,CAGの必要性も適応も認められ,これを実施した被告病院医師らに過失を認めることはできないから,この点に関する原告らの主張は採用できない。 3 争点(3)について原告らは,被告には本件検査の際,冠動脈の内膜を損傷し,右冠動脈の血管が閉塞し,その結果,右冠動脈から出ていた側副血行路にも血液が流れなくなり,急性心筋梗塞を引き起こした過失があり,本件検査と亡Dの死亡との間には因果関係があると主張する。 (1) 別紙診療経過一覧表において認定した事実に加えて,下記の証拠によれば,平成11年7月27日から同月28日に至るまでの亡Dの診療経過につき,以下の事実が認められる。 ア同月27日午前10時15分ころに,F及びEは,亡Dに対する本件検査を開始した(乙A1)。 イ同日午前10時40分ころ,冠動脈の造影を開始した。造影中,亡Dに嘔気が出現したため,制吐剤であるプリンペラン及び利尿剤の持続静脈注射を開始したところ,まもなく嘔気症状は消失した(乙A1,4,証人E)。 ウ本件検査の結果,亡Dには,右冠動脈90パーセント狭窄,左前下行枝100パーセント閉塞及び左回旋枝99パーセント狭窄が認められた(乙A1)。 エ同日午前11時15分ころ,本件検査は終了した。検査直後の血圧は保たれており,患者の臨床症状に ト狭窄,左前下行枝100パーセント閉塞及び左回旋枝99パーセント狭窄が認められた(乙A1)。 エ同日午前11時15分ころ,本件検査は終了した。検査直後の血圧は保たれており,患者の臨床症状に変化はなかった(乙A1,4,証人E)。 オ同日午前11時40分,亡Dが病棟に帰室した際,全身に発汗があり,嘔気と末梢冷感が認められ,血圧は90/60と低下し,その後,呼名や刺激に反応しなくなり,血圧は測定不能になった(乙A1)。 カそこで,同日午前11時50分ころ,亡DはCCUへ移された。その時点での亡Dの心拍数は30台であり,著明な低血圧,徐脈,意識レベルの低下が認められた。J医師(被告病院医長)らは,それ以降,亡Dに対し,酸素投与,迷走神経反射に対して作用し徐脈防止の効果がある硫酸アトロピン,昇圧作用を有するノルアドレナリン及びボスミンの経静脈投与,心臓マッサージ,ドーパミン及びドブタミンの経静脈投与等の措置を実施した。同日午前11時55分には,心拍数は130から140台へと回復し,呼名に対して返答がある状態になり,同日正午には,亡Dから「気持ち悪くないです」との応答があった(乙A1,4)。 キ同日午前11時56分,Jらは,12誘導心電図上,右冠動脈を責任病変とした,左前下行枝領域の急性心筋虚血を認めた(乙A1)。 ク同日午後0時20分,再度亡Dの意識レベルが低下したため,Jらは,ノルアドレナリンの経静脈投与を行うとともに,ドーパミン及びドブタミンの投与量を増量した。その結果,心拍数は130台へと回復した(乙A1)。 ケ同日午後0時30分,亡Dは自発呼吸停止状態になったため,Jらは,心臓マッサージを再開し,気管内挿管を実施した。心電図モニターに心室頻拍が出現したため,電気的除細動を施行した(乙A1)。 ケ同日午後0時30分,亡Dは自発呼吸停止状態になったため,Jらは,心臓マッサージを再開し,気管内挿管を実施した。心電図モニターに心室頻拍が出現したため,電気的除細動を施行した(乙A1)。 コ同日午後1時23分,Jらは,亡Dに体外式ペースメーカーを挿入するとともに,緊急CAGを実施したが,その結果右冠動脈病変の閉塞は認められなかったものの,左前下行枝病変については,慢性完全閉塞病変と考えられたので,責任病変と考えられる右冠動脈に対してPTCAを実施することとした(乙A1,4,証人E)。 サ同日午後1時38分以降,亡Dには心室頻拍及び心室細動が繰り返し出現し,Jらは,それらに対し,電気的除細動等の措置を実施した(乙A1)。 シ同日午後2時06分,Jらは,心臓マッサージを継続しながら,揚医師が術者となり,右冠動脈に対してPTCAバルーン拡張を開始し,同日午後2時44分,Jらは,右冠動脈に対してマルチリンクステントを挿入した。その結果,狭窄は90パーセントから0パーセントにまで改善した(乙A1,4,証人E)。 スしかしながら,それ以降も亡Dには,心室頻拍及び心室細動が繰り返し出現し,Jらは,それらに対し,電気的除細動等の措置を実施したものの,同日午後3時20分には,亡Dは,自己心拍停止,自己血圧も認められないという状態となり,同日午後4時50分には,意識レベルはJCS(日本昏睡スケール)で300(痛覚刺激に対しても反応がない状態),四肢チアノーゼが認められ,瞳孔も散大し,対光反射も認められない状態であった(乙A1)。 セ翌28日午前8時03分,亡Dは死亡した(甲A18,C3,乙A1)。 (2) さらに,証拠によれば,以下の事実が認められる。 ア CAGを実施する際,カテーテルにより冠動脈の内膜を損 セ翌28日午前8時03分,亡Dは死亡した(甲A18,C3,乙A1)。 (2) さらに,証拠によれば,以下の事実が認められる。 ア CAGを実施する際,カテーテルにより冠動脈の内膜を損傷することがあり得る。近年のカテーテル素材等の改善により,内膜損傷自体は減少したとされているが,皆無になったわけではない。内膜を損傷することにより,その部分に血栓ができて血流が閉塞したり,内膜損傷部に亀裂が入ることにより,その裂け目に向かって血液が流入し(冠動脈解離),血流が遮断されたりして,冠動脈狭窄を来すことがあり得る。ただし,一般的にそのような危険が致死的であって配慮すべきであるとされているのは,専ら左主幹部に対してである(甲B6,9,証人E)。 イ CAGを実施する際,患者に迷走神経反射がみられることがある。これは通常,緊張してかつ不安状態にある患者に,疼痛等が誘因となって,嘔気,低血圧,徐脈等が起こる現象である。軽度の迷走神経反射は,1.4パーセントの事例に見られ,一方中等度及び重度の迷走神経反射は,0.1パーセント程度にとどまることを指摘する文献もある(甲B3,証人E)。 (3)ア前記(1)に認定した事実によれば,亡Dは,本件検査が終了してまもなく全身状態が悪化し,CCUへ移されて,硫酸アトロピン,ノルアドレナリン,ボスミン等の投与や心臓マッサージが行われ,同日午後1時23分には,緊急CAGを実施されたが,その後も心室頻拍及び心室細動を繰り返し,自己心拍停止,自己血圧も認められないという一連の経過をたどり,本件検査が終了した約20時間後に死亡したものであり,一方,本件全証拠によるも,本件検査と亡Dの死亡との因果関係を遮断させる事由を認めることができないから,本件検査と亡Dの死亡との間には,因果関係が認められる。 イ原告 時間後に死亡したものであり,一方,本件全証拠によるも,本件検査と亡Dの死亡との因果関係を遮断させる事由を認めることができないから,本件検査と亡Dの死亡との間には,因果関係が認められる。 イ原告らは,被告病院医師らは,本件検査の際,カテーテルによって,冠動脈の内膜を損傷した疑いがあると主張する。 しかしながら,本件全証拠によるも,亡Dの冠動脈の内膜がカテーテルによって損傷されたことを推認させる事実は認められず,かえって,証拠(乙A3,証人E)によれば,血栓による血流閉塞や冠動脈解離は生じていないことが認められる。 (4) 以上によれば,被告病院医師らが,本件検査において,冠動脈の内膜を損傷させたと認めることは到底できないから,被告病院医師らの本件検査手技に過失を認めることはできず,原告らの主張は認められない。 4 争点(4)について原告らは,本件検査後容態が悪化した亡Dに対しては,PTCAではなく,CABGを実施するべきであったと主張する。 (1) 証拠(甲B4,6,9,乙A4,証人E)によれば,PTCAとは,手や足の血管からバルーン付きのカテーテルを心臓の冠動脈狭窄部へ挿入し,バルーンを拡張することによって冠動脈狭窄を解除して治療する方法であり,CABGとは,開胸手術を行い,人工心肺を付け,心外膜を切開して冠動脈を露出し,冠動脈に吻合するための血管を大伏在静脈又は内胸動脈から取り出し,冠動脈の狭窄部や閉塞部を取り出した血管によりバイパスを作りバイパスを通して末梢に動脈血を送り,心筋虚血を治療するという方法であり,この手術には少なくとも2ないし3時間を要する。 (2)ア前記3(1)オないしサに認定したとおり,亡Dは,本件検査後である平成11年7月27日午前11時50分ころ,著明な低血圧,徐脈,意識レベルの 手術には少なくとも2ないし3時間を要する。 (2)ア前記3(1)オないしサに認定したとおり,亡Dは,本件検査後である平成11年7月27日午前11時50分ころ,著明な低血圧,徐脈,意識レベルの低下が認められ,硫酸アトロピン,ノルアドレナリン,ボスミン,ドーパミン,ドブタミン等の投与や心臓マッサージの措置によって,心拍数は130から140台に回復し,呼名に対しても応答がある状態に一度は回復したが,同日午後0時30分,自発呼吸停止状態になったため,Jらは,心臓マッサージを再開し,気管内挿管を実施し,心電図モニターに心室頻拍が出現したため,電気的除細動を施行した。亡Dは,体外式ペースメーカーが挿入された後も,心室頻拍及び心室細動を繰り返し,電気的除細動等の措置を施行するという危険な状態であった。 イ前記3(1)キコシに認定したとおり,Jらは,亡Dに対する12誘導心電図検査により,右冠動脈を責任病変とした,左前下行枝領域の急性心筋虚血を認め,緊急CAGを実施した結果,右冠動脈病変の閉塞は認められなかったものの,左前下行枝病変については,慢性完全閉塞病変と考えられたので,責任病変と考えられる右冠動脈に対してPTCAを実施することとし,右冠動脈に対してPTCAバルーン拡張を行って,右冠動脈に対してマルチリンクステントを挿入し,右冠動脈の狭窄を90パーセントから0パーセントにまで改善させた。 ウ上記アのとおり,本件検査後の亡Dは,自発呼吸を停止し心室頻拍及び心室細動を繰り返すという,ショック状態にあったのであり,亡Dに対してはこのような状態を改善させるための一刻も早い措置が必要であったことは明らかである。また,証拠(乙A4,証人E)によれば,ショック状態,心室細動等に対し,心肺蘇生術を継続し,気管内挿管や対外式ペースメーカーを施行 態を改善させるための一刻も早い措置が必要であったことは明らかである。また,証拠(乙A4,証人E)によれば,ショック状態,心室細動等に対し,心肺蘇生術を継続し,気管内挿管や対外式ペースメーカーを施行し,昇圧剤を投与している状態にある亡Dに対し,開胸手術であるCABGを行った場合の生命に対する危険性は,PTCAを行った場合より高いことが認められる。さらに,前記イ,3(1)ウの各事実及び証拠(証人E)によれば,Jらが,亡Dの右冠動脈に対するPTCAを実施したのは,亡Dに対する12誘導心電図検査により,左前下行枝領域の急性心筋虚血を認め,これは,左前下行枝病変については従前から100パーセント閉塞の状態で慢性完全閉塞病変であり,右冠動脈の90パーセント狭窄部位に本件検査後生じた迷走神経反射を原因として攣縮が惹起されて生じたものであると考え,右冠動脈の攣縮部位の解除するために右冠動脈のPTCAが必要であると判断したものであることが認められ,Jらの判断には合理性があったと認められる。 以上に判示した亡Dの状態を改善させるための一刻も早い措置が必要であったこと,CABGを行った場合の生命に対する危険性,PTCAの選択には合理性が認められることからすると,被告病院医師らがPTCAを選択して実施し,時間もかかり生命に対する危険性も高いCABGを行わなかったことに,何ら過失は認められないというべきである。 (3)ア原告らは,左前下行枝が完全閉塞で,右冠動脈からの側副血行路によって左前下行枝領域が灌流されており,供給血管である右冠動脈の高度の狭窄のあるような症例では,左前下行枝の完全閉塞のPTCAが成功して初めて右冠動脈のPTCAが可能となるもので,これが不成功の場合はCABGが適応になるとの甲B4の記載を根拠に,亡Dに対し,CABGを実施 るような症例では,左前下行枝の完全閉塞のPTCAが成功して初めて右冠動脈のPTCAが可能となるもので,これが不成功の場合はCABGが適応になるとの甲B4の記載を根拠に,亡Dに対し,CABGを実施すべきであったと主張する。 しかしながら,上記の文献は,患者が通常の状態にあるときのPTCAとCABGの適応を述べたものであって,本件検査直後にショック状態に陥り,その状態を改善させるため一刻も早い措置が必要である場合を想定したものではないから,本件における亡Dに直ちに適用することはできないと考えられる。 前記3(1)ウの事実及び証拠(乙A1,4,証人E)によれば,被告病院医師らにおいても,本件検査の結果,亡Dには,右冠動脈90パーセント狭窄,左前下行枝100パーセント閉塞及び右回旋枝99パーセント狭窄が認められたため,当初は,CABGが適応になると考え,本件検査終了後,検査室において,亡Dに対し,その旨を伝えていることが認められる。ところが,前記のとおり,その後,亡Dがショック状態に陥ったことにより,Jらは,亡Dの状態を改善させるため一刻も早い措置が必要であると判断してPTCAを施行したのであり,この判断は,前記のとおり合理性が認められる。 また,甲B6には,CAGを実施中に致死的合併症が生じた場合に,CABGによって救命できた事例の紹介が記載されているが,上記の文献は,CAG中に,左主幹部動脈に解離を生じた場合について報告をしているものであって本件とは異なる症例のものであるし,どのような場合でも,CAGを実施した際に致死的合併症が生じた場合にはPTCAの適用はなく,CABGを行うべきであるとするものではない。 以上によれば,甲B4,6の文献の記載も,前記被告病院医師らに過失がないとの認定を覆すものではない。 イさら 生じた場合にはPTCAの適用はなく,CABGを行うべきであるとするものではない。 以上によれば,甲B4,6の文献の記載も,前記被告病院医師らに過失がないとの認定を覆すものではない。 イさらに,原告らは,CAGを実施する際,カテーテル検査と外科とのスケジュールを調整を行っておらず,また,患者に対し,緊急手術の可能性について言及せず,事故後亡Dが死亡するまで外科手術を考慮した形跡はないと主張するが,これらは,亡Dに対し,CABGが必要であることを前提とする主張であるから,いずれも採用の限りではない。 (4) 以上の判示のとおり,容態が悪化した亡Dに対し,被告病院医師らがCABGではなく,PTCAを選択し実施したことは適切,妥当な措置であって,何らの過失も認めることができないから,この点に関する原告らの主張も失当である。 5 結論よって,被告及び被告病院医師らに過失があったとする原告らの主張は,すべて理由がないから,その余の争点について判断するまでもなく,原告らの請求は,いずれも理由がなく,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部裁判長裁判官前田順司裁判官浅井憲裁判官熊代雅音・争点整理表 1 本件検査についての説明義務違反の有無(原告らの主張)(1) 説明内容亡D及び原告らは,被告病院医師らから本件検査の危険性について説明を受けたが,その際,「検査の後,腎臓が悪くなって,最悪の場合には人工透析になる可能性がある」との内容の説明を受けたものの,CAGの致死的危険性についての説明は全くなかった。 (2) 説明すべき内容亡Dは,インシュリンを必要とする糖尿病患者であり,糖尿病性腎症であった。亡Dのような患者は,CAGによる致死的危険性が高いことは統計上明らかで ついての説明は全くなかった。 (2) 説明すべき内容亡Dは,インシュリンを必要とする糖尿病患者であり,糖尿病性腎症であった。亡Dのような患者は,CAGによる致死的危険性が高いことは統計上明らかであったのであるから,そのような患者にCAGを実施するに当たっては,被告病院医師において,本件検査が死の危険性もある検査である旨を説明する義務があった。 また,本件検査中に致死的合併症が起き,緊急手術となる場合があることをあらかじめ亡D及び原告らに説明し,承諾を得ておく必要があった。 (3) 結論被告病院は,亡Dの危険因子は,あくまでも糖尿病性腎機能障害のみであったとし,「検査によって死ぬ危険性」を全く配慮しなかった。これは,被告病院医師らが,CAGによる危険性について,そもそも腎臓に対する危険性しか念頭になかったことにも現れている。 亡D及び原告Aは,本件検査に強い不安を感じ,ずっと躊躇していた。原告Aは,本件検査前日の夜に呼び出され,明日検査をすると言われ,承諾を急がされるような状況の中で,被告病院医師に対し,「この検査を止めるわけにはいかないのですか」と聞いた。 しかし,亡Dは,被告病院医師から「最悪でも透析」という説明で促され,本件検査の承諾書に署名した。このような形で承諾書に署名させれば済むと考えるところが,検査の結果を甘く考えていたことの証左であり,本人の自己決定権を軽視する現れであって,被告には,本件検査についての説明義務違反がある。 (被告の主張)(1) 説明内容亡D及び原告Aに対し,Fは,平成11年7月11日,亡Dの病態及びCAGの施行の可能性等今後の治療方針を説明し,Eは,同月18日,「今後の治療方針を決めるために,心不全の原因が狭心症,心筋梗塞等の虚血性によるものか,心筋症等それ以外の原因によるのかを調べるため,また,虚血 行の可能性等今後の治療方針を説明し,Eは,同月18日,「今後の治療方針を決めるために,心不全の原因が狭心症,心筋梗塞等の虚血性によるものか,心筋症等それ以外の原因によるのかを調べるため,また,虚血性によるものであれば閉塞箇所を調べるために,冠動脈に造影剤を流し込む方法での心カテーテル検査が必要である」旨を説明し,また,同月26日には,「これまでの加療で,心不全症状は改善したが, 入院時心不全の状態は, 動脈血ガスの著明な低下, 胸部X線上, 著明な心拡大と肺血管陰影の増強を認め, 心エコー上及び右心カテーテルデータ上からも非常に重篤な状態であった。今後積極的な治療をしなければ,急性心不全,急性心筋梗塞等を起こす可能性がある。次に心不全になれば心機能は漸次低下し,次に同じように救命できるかわからない。心不全の原因が現段階では不明であり,現時点では,虚血性心疾患と心筋症のいずれかが疑われる。前者の場合,CABG(冠動脈バイパス術)やPTCA(経皮経管的冠動脈形成術)による治療により,予後を改善する可能性がある。したがって,原因を究明し,治療方針を決めるために,CAGを行う必要があるが,亡Dは,低心機能及び腎機能障害があるため,カテーテルに伴う合併症から危険性は通常の場合より高く,危険な状態になることもある」などと説明している。 (2) 説明すべき内容亡DのCAGに対する危険因子は,あくまでも,糖尿病性腎機能障害のみであり,被告病院医師らは,亡D及び原告Aに対し,亡Dについては,亡Dの腎機能増悪後の対処までを念頭に置きながら,通常症例に比して検査に伴う合併症のリスクが高い点を説明し,危険な状態になることがある旨を説明している。危険な状態という表現が,一般常識的に考えても生命を脅かす状態を指すものであることはいうまでもない。 (3) 結論 に伴う合併症のリスクが高い点を説明し,危険な状態になることがある旨を説明している。危険な状態という表現が,一般常識的に考えても生命を脅かす状態を指すものであることはいうまでもない。 (3) 結論被告病院医師らは,本件検査の必要性及び危険性について,亡D及び原告Aに対し,十分に説明し,亡D及び原告Aが最終的に了承したことから,本件検査を行うに至ったものであり,医師として十分な説明義務を果たしたものであり,何ら違法のそしりを受けるものではない。 2 亡Dにおける本件検査の適応の有無(原告らの主張)(1) 心臓カテーテル検査の必要性本件検査は,心臓カテーテル検査一般の問題ではなく,心臓カテーテル検査のうち,CAGについての適応である。 ア急性心筋梗塞であったこと原告らは,亡Dが緊急入院するに際し,Fから約10日程前に心筋梗塞を起こしていたとの説明を受けている。また,亡Dが死亡により退院した後の病歴要約において,入院中の亡Dが心不全,急性心筋梗塞,腎機能障害,糖尿病であったことが記載されている。 亡Dが救急で受診した心不全の原因は,心電図等の検査記録から,急性心筋梗塞と診断できるものであった。その根拠は,次のとおりである。 (ア) 心電図平成11年7月11日の心電図では,V1からV5までのSTが上昇し,V5とV6のqがあるが,一方で同月21日の心電図では,ST上昇は,ほぼ消失しており,これは,典型的な急性心筋梗塞の所見である。 被告は,平成9年12月9日の亡Dの心電図から,亡Dは平常的にV1からV4のSTはもともと上昇しているのであり,平成11年7月11日の入院時の心電図は心筋梗塞とはいえないと主張する。 しかし,平成9年12月9日と平成11年7月11日とでは,心電図が明らかに異なっている。①後者ではV5のSTが著明に上昇しているが, 1年7月11日の入院時の心電図は心筋梗塞とはいえないと主張する。 しかし,平成9年12月9日と平成11年7月11日とでは,心電図が明らかに異なっている。①後者ではV5のSTが著明に上昇しているが,前者では全く上昇していない。②前者のV5,V6では,異常Q波に属さない幅の狭い0.1mVのq波をみるのみであるが,後者の心電図のV5,V6では,幅の広い0.6mVの異常Q波が出現している。これは心筋梗塞が起きている心電図である。 さらに,同月21日の心電図では,ST上昇はほぼ消失し,V5,V6に加えてV4においても幅の広い深い異常Q波が出現している。発症後の時間がより経過した同月21日になってから異常Q波が出現しているのは,異常Q波は遅れて出現するからである。 これは,典型的な急性心筋梗塞の心電図経過である。 (イ) CK(又はCPK)値の解釈被告は,CK(又はCPK)について,急性心筋梗塞の診断として心筋逸脱酵素の中で最も信頼できるものの1つであり,正常値は200IU/l 以下であるが,亡Dは,同月11日において183IU/l,7月12日において48IU/lであり,CKの上昇は認められていないとする。 しかし,CKは,急性心筋梗塞発症後の経時的推移で判断すべきものである。1日目にピークがあり,以後減少して,4日目にはほぼ正常値になる。亡Dは,入院の際,Fより約10日ほど前に心筋梗塞を起こしていた,との説明を受けており,発症後10日も経過していれば,CKが正常値であるのは当然である。 (ウ) トロポニンTの解釈心筋梗塞が起きた場合にプラスになるトロポニンTが陽性である。これは,心筋梗塞が起きたか否かを判断する典型的な指標の一つである。 (エ) 心エコー検査の結果同月14日の心エコーで,心筋梗塞の所見である心臓の前壁,中隔,心尖部の動き るトロポニンTが陽性である。これは,心筋梗塞が起きたか否かを判断する典型的な指標の一つである。 (エ) 心エコー検査の結果同月14日の心エコーで,心筋梗塞の所見である心臓の前壁,中隔,心尖部の動きの低下がある。 イ不安定狭心症ではなかったこと不安定狭心症については,緊急入院時から死亡退院時まで,亡D及び原告らは,一度もその病名を告げられておらず,カルテ等医療記録にも記載されていない。亡Dは,不安定狭心症ではない。 急性心筋梗塞が発症すると,閉塞した先の心筋へは血液が流れなくなることから,心筋は酸素不足となり,収縮能力は低下して心不全の症状となり,肺水腫の状態も発生する。被告が主張するように,梗塞後狭心症という不安定狭心症だということはできない。 アメリカ心臓学会による不安定狭心症の定義は次のようになっている。 発作が3週間以内に始まり,最後の発作は1週間以内に起こり,しかも急性心筋梗塞を示す心電図変化や血清酵素の上昇がなく,次の3つの基準のうち1つを満たすもの① 初期労作狭心症発作が初発か,6箇月以上無症状の後,再発したもの② 増悪型もともと安定労作性狭心症があって,発作が頻度,持続,強度,易誘発性,放散及びニトログリセリンに対する反応に関して増悪してきたもの③ 初発安静狭心症新規発症の安静狭心症,発作が15分以上持続したり,ニトログリセリンにより寛解されないこともある亡Dは,「発作が3週間以内に始まり,最後の発作は1週間以内に起こり」という条件に当たらず,かつ,典型的な急性心筋梗塞を示す心電図変化があった。したがって,亡Dは,不安定狭心症ではない。 ウ小括本件検査の必要性について,カルテに記載された患者への説明内容によれば,緊急入院時の心不全の原因を明らかにして診断するためにCAGが必要となっている。 しかし,心不全の原 定狭心症ではない。 ウ小括本件検査の必要性について,カルテに記載された患者への説明内容によれば,緊急入院時の心不全の原因を明らかにして診断するためにCAGが必要となっている。 しかし,心不全の原因は急性心筋梗塞であったのであり,その診断は,それまでの検査結果で判断がつくものであった。したがって,心不全の原因の診断をつけるためにCAGをする必要はない。 (2) 心臓カテーテル検査の適応本件検査は,CAGであるから,心臓カテーテル検査のうち,直接冠動脈にカテーテルを挿入する検査に絞られた適応である。 ア糖尿病は,CAGの危険因子とされていること医学文献によれば,インシュリンを必要とする糖尿病及び腎不全は,CAGによる死亡率が高い危険因子となっている。 亡Dは,インシュリンを必要とする糖尿病患者であり,糖尿病からくる合併症である糖尿病性腎症,糖尿病性末梢神経障害,網膜剥離,増殖性網膜症に罹患していた。したがって,亡Dは,CAGによる危険因子が重複した症状にあった。 イ入院後の症状の回復亡Dは,平成11年7月11日に入院し,同月16日には集中治療室から個室に移った。同月18日には室内フリーとなり,同月19日に4人部屋に移った。同月20日にはトイレまでの歩行が許され,棟内フリーとなり,同月23日には院内フリーとなっている。原告Aが見た限りでは,車椅子等を使わず,自分の足で自由に病棟内を動き,特に苦痛の訴えもなかった。同月27日には,本件検査のため,検査室まで歩いて行っている。 亡Dは,同月11日の発作後,約半月,投薬だけで症状は治まっていた。一方で,原則的には禁忌である糖尿病性腎症による慢性腎不全であった。 このように,原則禁忌である亡Dにあえて実施する理由,緊急的にそれをしなければ生命にかかわる事態となっているという理由は存在しない。 ウ 原則的には禁忌である糖尿病性腎症による慢性腎不全であった。 このように,原則禁忌である亡Dにあえて実施する理由,緊急的にそれをしなければ生命にかかわる事態となっているという理由は存在しない。 ウ PTCAやCABGを拒絶していたことCAGを実施するには,検査自体の承諾では足らず,検査中に緊急手術となる場合があり得るから,PTCAやCABGを受けることまでもあらかじめ承諾しているのでなければ,CAGをすることはできない。 亡Dは,検査の必要性を説得され,本件検査について承諾書に署名したが,本件検査の前に,PTCAやCABGという侵襲的治療を承諾するかどうかを聞かれてもいないし,承諾していない。亡Dがそれまで本件検査を嫌がっていたことからも,PTCAやCABGを拒絶していた場合の比較的禁忌に該当する。 エ左室機能が低下していなかったことACC/AHAによれば,CAGの適応は,非侵襲的検査より予測した冠動脈疾患ハイリスク群(年間死亡率3パーセント超)である。その内容は,安静時左室機能の高度低下例(LVEF(左室駆出率)35パーセント未満)となっている。これは,LVEFが35パーセント未満の場合には,予後が非常に悪く,PTCAやCABG等の侵襲的治療によって,予後を改善できるので(検査の禁忌でなければ)CAGの適応になるということである。 しかし,亡Dの場合,いまだ集中治療室にいた同月14日の心エコー検査でもLVEFは40.2パーセントであったし,その後は順調に回復しており,同基準にいうLVEF35パーセント未満に該当しない。 オ生命予後が不良と考えられることと検査適応の関連(ア) 心不全患者の生存率等について被告は,心不全患者一般の生存率を述べている。しかし,心不全には,弁膜疾患,心臓移植の対象になるような拡張型心筋症などの心筋障害,その られることと検査適応の関連(ア) 心不全患者の生存率等について被告は,心不全患者一般の生存率を述べている。しかし,心不全には,弁膜疾患,心臓移植の対象になるような拡張型心筋症などの心筋障害,その他様々な原因がある。本件では,心筋梗塞が原因の心不全が問題なのである。ACC/AHAのCAGの基準によれば,左室機能の低下が,LVEFで35パーセント未満の場合には年間死亡率が3パーセント超のハイリスクになり,CAGの適応になるが,亡Dは,それに該当しなかった。 (イ) 生命予後と検査適応の関連医学文献によれば,日本人の虚血性心疾患に対する内科治療による予後の成績は,手術適応群と手術不要群とで全く変わらない,となっている。手術適応となる症例でも,内科治療をきちんとすれば,生活活動の制限はあるものの,生存率で見る限り,予後は良いという結果となっている。 亡Dの内科の主治医であったG医師も,心臓カテーテル検査は心臓に負担がかかるから,内科治療で自然に任せたほうが長生きできる,と言っていた。 カうっ血性心不全患者のCAG適応基準に該当しなかったこと(ア) うっ血性心不全についての分類基準に該当しないこと亡Dは,本件検査時には,血圧も正常であり,棟内フリーで,検査室にも歩いて行った。亡Dのうっ血性心不全は既に改善されていたのであり,適応の分類基準には該当しない。 (イ) 急性心筋梗塞の患者としてCAGの適応がなかったことACC/AHAによれば,亡Dは,急性心筋梗塞の患者であり,急性期にPTCAを受けておらず,甲B12の表2Dに該当するところ,同表によれば,心筋梗塞の急性期にPTCAを受けていない患者の早期CAGの適応について,適応基準クラス1に該当するものはなく,適応とはならない。 急性心筋梗塞でCAGが許される緊急の場合の条 ところ,同表によれば,心筋梗塞の急性期にPTCAを受けていない患者の早期CAGの適応について,適応基準クラス1に該当するものはなく,適応とはならない。 急性心筋梗塞でCAGが許される緊急の場合の条件は,心筋梗塞の発作後,6時間以降から退院時評価までに,繰り返し虚血性胸痛発作が起きる場合及び僧帽弁逆流や心室中隔穿孔が疑われ,心不全又はショックとなっている時などである。 ガイドラインによる緊急時CAGが有用であると一般に認められているクラス1の条件は,「1.発症後12時間以内または12時間以降も狭心症状が持続している患者で,血栓溶解療法の代わりに責任冠動脈病変に対するPTCAが行える場合。 2.急性のST上昇Q波または左脚ブロックの出現から36時間以内の患者で,心原性ショックに陥った,75歳未満で,ショックの発症から18時間以内に血行再建が可能な場合」である。 亡Dには,狭心痛は全くなく,いずれの条件にも該当しない。亡Dは,本件検査前,自分の足で自由に病棟内を動き,特に苦痛の訴えもなかった。亡Dは,投薬だけで症状は治まっていた。 キ小活以上のように,糖尿病が進み,様々な合併症を有して,CAGに対する危険因子が重複していた亡Dのような患者に対しては,緊急の必要性がない限り,診断的CAGはやるべきではなかった。 (被告の主張)(1) 心臓カテーテル検査の必要性ア急性心筋梗塞の確定診断ができなかったこと(急性心筋梗塞と確定診断できるものではなかったこと)(ア) 心電図平成11年7月11日の心電図では,V1からV4で,STの上昇が認められるようにみえるが,平成9年12月9日の亡Dの心電図から明らかなとおり,亡DのV1からV4のSTはもともと上昇しているのであり,救急外来受診時頻脈であったこともあり,平成11年7月11日の心電図では,STの上 えるが,平成9年12月9日の亡Dの心電図から明らかなとおり,亡DのV1からV4のSTはもともと上昇しているのであり,救急外来受診時頻脈であったこともあり,平成11年7月11日の心電図では,STの上昇が強調されているようにみえるにすぎない。同日の心電図からは,亡Dの前壁及び下壁の陳旧性心筋梗塞が否定できない,左室側壁の心筋虚血が否定できない,左房負荷があるということがいえるにすぎず,これにより,確定診断できるものではない。 同日の心電図においてV5のSTが上昇しているとしても,同誘導はQSパターンを呈しており,同パターンを呈する誘導でのST上昇は,陳旧性心筋梗塞部の壁運動異常を反映している可能性があるため,同所見を,急性心筋梗塞を示唆する所見とすることはできない。 また,同日の心電図においてV5,V6に異常Q波が出現しているとしても,これも急性心筋梗塞を,直ちに示唆する所見ではなく,II,III,avfのQ波,V1からV4までのR波減高所見と併せ,平成9年から平成11年7月11日までの間のいずれかの時点で,前壁及び下壁の梗塞が生じた可能性があることを示唆するにすぎず,Q波の存在だけでは陳旧性の心筋梗塞の存在を疑えても,急性心筋梗塞を診断する根拠にはならない。 さらに,原告らは,同月21日の心電図でST上昇がほぼ消失したことを挙げるが,同時に心拍数が減少しており,心拍数の増加がST部分の上昇を引き起こし,心筋梗塞が存在しないのに頻拍の存在だけでST上昇所見が認められることになる。また,V4においても同月21日の心電図でQ波が出現したことは,被告も当然に認識しているところであるが,同日の心電図上のV5ではR波の大きな増高が認められており,これは同部の虚血を示唆することはできても,梗塞の診断を,むしろ否定する所見となる。すなわち,亡Dの心電図変 然に認識しているところであるが,同日の心電図上のV5ではR波の大きな増高が認められており,これは同部の虚血を示唆することはできても,梗塞の診断を,むしろ否定する所見となる。すなわち,亡Dの心電図変化は,同月11日発症の急性心筋梗塞として非典型的な変化をしており,確定診断を下せる根拠には到底なり得ない。 (イ) CK(又はCPK)値の解釈CK(又はCPK)は,急性心筋梗塞の診断として心筋逸脱酵素の中で最も信頼できるものの1つであり,同値が正常上限の2倍以上の値を示したとき,急性心筋梗塞の診断根拠の1つとなるところ,亡Dについては,同日において,183IU/1,同月12日において,148IU/1(なお,正常値は,200IU/1以下である)であり,CKの上昇は認められていない。亡Dの心筋梗塞は,同月11日に発症していたものではなく,発症から相当の時間が経過しているにもかかわらず,なぜ心不全症状を呈しているのか,との理由を明らかにすることこそが,亡Dの治療上必要不可欠であった。 (ウ) トロポニンTの解釈亡Dについては,救急外来受診時のトロポニンT(心臓の筋肉が壊れた時に出てくる特異的蛋白)を用いた検査で陽性反応が認められるが,トロポニンT陽性反応のみで,心筋梗塞の確定診断を下すことはできない。なぜなら,トロポニンTは,軽微な心筋障害においても陽性化する所見であり,不安定狭心症,心筋症,肺塞栓症等においても陽性化するからである。また,トロポニンTが,急性心筋梗塞の発症後6時間から10日間ほど上昇していることは,世界中の循環器医の認識である。 (エ) 心エコー検査の結果心エコーについても,同日に実施された心エコー検査所見によっては,びまん性の左室壁運動の高度な低下が認められ, 急性心筋梗塞に特異的な局所壁運動の低下所見は認められていない。 そ 心エコー検査の結果心エコーについても,同日に実施された心エコー検査所見によっては,びまん性の左室壁運動の高度な低下が認められ, 急性心筋梗塞に特異的な局所壁運動の低下所見は認められていない。 そして,同月14日の心エコー検査報告は,左室前壁及び前壁中隔,同心尖部の壁運動が著しく低下しているということを示すにすぎず,左室前壁の陳旧性心筋梗塞が存在するなら,これは当然の所見であり,この所見が急性心筋梗塞の存在を示唆するものではない。むしろ,同エコー所見からは,僧帽弁閉鎖不全等の器質的心疾患によるものなどの可能性も認められた。 イ不安定狭心症であった可能性があること(心不全の原因について不明であり,その原因究明のため,心臓カテーテル検査が必要不可欠であったこと)心不全の原因は特定できないが, 検査所見から,糖尿病に併発した多枝冠動脈疾患あるいは糖尿病性心筋症, 特発性心筋症の可能性及び入院時の心エコー所見から僧帽弁閉鎖不全症による急性心不全,心電図所見から心筋梗塞の疑いがあったため,心不全から脱却後の心機能及び心負荷を評価するための右心カテーテルの再検査と冠動脈疾患の有無を評価し, 冠動脈疾患であるならばその狭窄, 閉塞部位の特定をするためのCAGが必要であった。 なお,梗塞後心不全が遷延している状況下では,心筋酸素消費量の増加に伴う2次的な心筋虚血の存在が疑われ,この病態を梗塞後狭心症といい,梗塞後狭心症は不安定狭心症に分類される。また,安静状態で虚血発作を呈しており,梗塞発症後2週間以内の梗塞後心筋症であることから,AHAによる不安定狭心症の定義からも不安定狭心症と診断することは妥当である。 ウ小括亡Dについては, 非観血的診断法を用いても診断を確定できない場合であったから,CAGを行い, 冠動脈の形態的変化を評価し, 心不全の原 義からも不安定狭心症と診断することは妥当である。 ウ小括亡Dについては, 非観血的診断法を用いても診断を確定できない場合であったから,CAGを行い, 冠動脈の形態的変化を評価し, 心不全の原因を確定することが必要不可欠であった。 (2) 心臓カテーテル検査の適応ア糖尿病は,心臓カテーテル検査の危険因子ではあるが,それ以上に虚血性心疾患の予後増悪因子であるため,検査の必要性が高いこと糖尿病及び糖尿病性腎機能障害の存在は,CAGに対する危険因子の1つであることは確かだが, それ以上に虚血性心疾患による心事故, 死亡率を有意に上昇させる予後増悪因子であることから, CAGにより積極的加療(PTCA,CABG)の可能性を評価し, 予後の改善を図ることは, 今日の循環器医, 心臓外科医, 糖尿病医としては当然の義務である。 イ入院後の症状亡Dは,既存の腎機能障害及び心機能の低下のため,被告病院の各種薬剤の緻密な投与によって改善していたものであり,回復が順調であった状態とはいえない。症状は投薬により治まっていたが,疾病自体は回復していない。 原告らは,亡Dが病院内で自由に動いていたという理由で,亡Dの疾患が治癒したような表現をするが,これは,症状の安定化に成功しただけのことであって,疾患原因そのものに対する加療は,いまだ何もされていない状態であった。病棟内を自力で歩行することに要する心仕事量は,一般社会での日常生活に要する心仕事量に比較してはるかに少ないことは明らかであって,病棟内を自力で歩行していたことのみを根拠として,点滴離脱後の亡Dが,そのまま日常生活に復帰し,まだまだ生きられた状態にあったとする原告らの主張は,理由がない。 ウ PTCA及びCABGについて説明していたこと被告病院の医師は,本件検査の説明を行った際,なぜこの検査が のまま日常生活に復帰し,まだまだ生きられた状態にあったとする原告らの主張は,理由がない。 ウ PTCA及びCABGについて説明していたこと被告病院の医師は,本件検査の説明を行った際,なぜこの検査が必要なのか,検査結果から冠動脈疾患の存在が明らかになった場合,今後の治療戦略としてどのような方法が考えられるのかを亡D及び家族に説明し,1週間以上の考慮期間の中で,本件検査に対して否定的な情報を複数有しながらも最終的に亡Dは同意した。 エ左室機能の低下の有無は,心臓カテーテル検査適応の基準でないこと甲B12表2に記載されている「非侵襲的検査によるハイリスク群」は,あくまでハイリスクの基準を記載したものであって,これだけでCAGの適応を判断し得るものではない。また,心エコーにせよ,心プールにせよ5パーセントほどの誤差を評価できる検査でなく,特に心エコーによる左室駆出率の同定は,肉眼的評価に頼ること,3次元構造を2次元で評価していることなどから大きな限界があり,5パーセントほどの左室駆出率の相違をもって,非侵襲的検査によるハイリスク群に該当するか否かについて論議することはできない。 オ生命予後が不良と考えられたこと(ア) 心不全患者の生存率等心不全患者の生存率は減少し,それが全心血管疾患による死亡のかなりの比率を占めている。すべての心不全患者のうち,5年以内に死亡する者が約50パーセント,重度の心不全患者のうち,1年以内に死亡する者は35ないし40パーセントに達する。そして,うっ血性心不全患者の死亡のうち,90パーセント以上が心血管系の疾患によるものであり,そのうち最も多いのは,心不全の進行や突然死によるものである。 (イ) 糖尿病に罹患していたこと糖尿病の存在は,冠動脈疾患による将来の心事故の有力な危険因子であるばかりでなく,糖尿病と冠動 であり,そのうち最も多いのは,心不全の進行や突然死によるものである。 (イ) 糖尿病に罹患していたこと糖尿病の存在は,冠動脈疾患による将来の心事故の有力な危険因子であるばかりでなく,糖尿病と冠動脈疾患を併発した場合, その後の生存率に対して極めて重大な影響を与える。両疾患罹患患者の半数以上は, 冠動脈疾患による急性, 慢性の合併症に伴い急死する。その比率は, 非糖尿病患者の少なくとも2倍に達する。さらに,亡Dに認められたような陳旧性心筋梗塞の既往, 20年以上の長期にわたる糖尿病の罹患, 糖尿病性網膜症の併発, 糖尿病性腎機能障害による蛋白尿の出現等はすべて心事故による死亡, あるいは急性心筋梗塞の発生率を有意に上昇させるものである。さらに, 糖尿病に併発した冠動脈疾患は, 複雑病変, 主要冠動脈のびまん性狭小化, 多枝疾患等を呈していることが多く, 保存的加療により予後の改善を図ることは極めて困難である。 また,亡Dの本件検査に対する致死的危険因子は,インシュリンが導入されている糖尿病性腎症であり,被告病院医師らは,この危険因子による致死的合併症の発症に備え,心臓,腎臓,糖尿病の観点から慎重に検討し,最善の危険回避措置を十分に講じていた。 (ウ) その他亡Dについては,男性であること,冠動脈疾患の可能性があること,日常生活で心不全を生じたことから,ニューヨーク・ハート・アソシエーション(NYHA)の機能分類によって,高いグレードにあると判断されたこと,右房圧が高値RA平均13mmHg(通常5mmHg以下)であったことなどから,生命予後は極めて不良と予想された。また,入院時,急性肺水腫という非常に重篤な病状を呈していたことから,基礎に重大な心疾患が存在している可能性は極めて高かった。 カうっ血性心不全患者として,心臓カテーテル検査 めて不良と予想された。また,入院時,急性肺水腫という非常に重篤な病状を呈していたことから,基礎に重大な心疾患が存在している可能性は極めて高かった。 カうっ血性心不全患者として,心臓カテーテル検査適応が認められたこと平成11年のAHAのガイドラインによれば,うっ血病心不全の患者のうち,亡Dのように,左室収縮機能不全患者で,非侵襲的検査から冬眠心筋(hibernatingmyocardium)が強く疑われる場合は,CAGを強く考慮すべきであり,狭心症又は局所壁運動異常が認められ,血行再建術が考慮されている場合のCAGに対する施行基準はクラス1であり,CAGは不可欠な検査である。 キ小括亡Dについて,本件検査を施行し,内科的,保存的加療以外の積極的加療が必要か否かを判断しなければ,生命にかかわる事態となる可能性が高く,本件検査により積極的加療の可能性を評価し, 予後の改善を図ることは, 今日の循環器医, 心臓外科医, 糖尿病医としては当然の義務である。 (3) 結論亡Dについては, 非観血的診断法を用いても診断を確定できない場合であったから,CAGを行い, 冠動脈の形態的変化を評価し, 心不全の原因を確定することが必要不可欠であり,CAGにより積極的加療(PTCA,CABG)の可能性を評価し,予後の改善を図ることは, 今日の循環器医, 心臓外科医, 糖尿病医としては当然の義務である。 3 本件検査の過失の有無及び本件検査と容態悪化との因果関係の有無(原告らの主張)(1) 本件検査を原因としてショック状態に陥ったことア本件検査中に異常が発生したこと(心電図の解釈等)亡Dは,本件検査当日の平成11年7月27日午前10時に歩いて検査室に入った。 本件検査直前の同日午前10時5分の亡Dの血圧は,最高120,最低70と正常である。同日 発生したこと(心電図の解釈等)亡Dは,本件検査当日の平成11年7月27日午前10時に歩いて検査室に入った。 本件検査直前の同日午前10時5分の亡Dの血圧は,最高120,最低70と正常である。同日午前10時40分に冠動脈の造影を開始する。検査途中で測定した動脈圧は,最高140,最低70とやはり正常である。 同日午前11時40分に,亡Dは,病棟に帰室する。この時,血圧は,最高92,最低50とショック状態であった。同日午前11時56分の心電図では,V2とV3の著明なST上昇があり,急性心筋梗塞を発症していた。 STは,心筋梗塞発症後すぐに上昇するわけではない。心筋梗塞発症後,心電図にST上昇が現れるのは時間が経過してからであり,この時点でSTが上昇していたことは,本件検査中に異常が発生したことを示している。 その後は,心臓マッサージ,PTCA等の処置が行われたが,亡Dは,翌28日午前8時3分に死亡した。 イカテーテルによる冠動脈の内膜損傷の可能性亡Dの冠動脈は,糖尿病が起因して狭窄し,かつ内膜が傷つきやすい状態であったこともあり,CAGの実施では,内膜損傷を引き起こさないよう,慎重に実施すべき状況にあった。内膜を損傷すると,もともと狭くなっている冠動脈の血管が閉塞してしまい,心筋梗塞を引き起こす危険性がある。 亡Dの心臓は,本件検査の前は,左冠動脈前下行枝が詰まっていた。しかし,細いバイパスの側副血行路が,右冠動脈から自然にできていた。また,右冠動脈は,90パーセントの狭窄ながらも通じていた。そのことにより,亡Dの心臓は,それなりに安定していた。 本件検査直前の同月27日午前10時5分の亡Dの血圧は正常であったにもかかわらず,本件検査終了後,同日午前11時56分の心電図では,V2とV3の著明なST上昇がある。同月21日の心電図では,ST上昇が 件検査直前の同月27日午前10時5分の亡Dの血圧は正常であったにもかかわらず,本件検査終了後,同日午前11時56分の心電図では,V2とV3の著明なST上昇がある。同月21日の心電図では,ST上昇が一旦ほぼ消失したにもかかわらず,本件検査直後に再び上昇したのである。これは,通じていた右冠動脈の血管が,本件検査により閉塞し,再び心筋梗塞が起きたことを示している。その結果,右冠動脈から出ていた側副血行路にも血液は流れなくなり,亡Dはショック状態に陥った。 心筋梗塞発症後,心電図にSTが上昇するには時間がかかる。検査終了直後はたとえ正常に見えたとしても,検査室から帰室した時点で亡Dがショック状態にあったということは,本件検査により,冠動脈の内膜損傷を引き起こした可能性が最も高いといえる。 被告は,画像上閉塞所見が認められないという。しかし,何らかの力の作用などで,閉塞後の再開通もあり得る。閉塞後の状況と時間経過によっては,再開通しても,心筋は仮死状態から回復しない。また,急性心筋梗塞の閉塞部をバルーンで拡張した後,冠動脈の造影ではスムーズな造影剤の流れが見え狭窄部は認められない場合であっても,内視鏡で観察すると血栓が多量に内腔に存在し,内腔は全くみえない場合もある。造影剤が血栓の間をぬって進むために造影では狭窄が分からないのである。 亡Dは,たとえ画像上は閉塞が認められなくとも,CAGの合併症で,心筋梗塞を引き起こしていた。 (2) 迷走神経反射が原因とは考えられないこと被告は,迷走神経反射が原因と主張しながら,心電図施行後の所見について,「右冠動脈を責任病変とした,下壁及び側副血行路の供給先の前壁,前壁中隔の急性心筋虚血を示唆する所見が認められ」と述べているが,これは,原告らが主張する「右冠動脈を詰まらせたことにより右冠動脈からの供給先(下 を責任病変とした,下壁及び側副血行路の供給先の前壁,前壁中隔の急性心筋虚血を示唆する所見が認められ」と述べているが,これは,原告らが主張する「右冠動脈を詰まらせたことにより右冠動脈からの供給先(下壁)及び側副血行路にも血液が流れなくなり,ショックを引き起こした」にほぼ合致する。 また,被告は,亡Dのショックが迷走神経反射によるとしながら,一方で「右冠動脈が責任病変で供給先の心筋が虚血となった」とも主張するが,「迷走神経反射」と「責任病変」は矛盾する。迷走神経反射で死亡するほどの重篤な症状を引き起こすことも考えにくい。更に言えば,血管が詰まっているのであればバルーンで拡張するのは分かるが,「迷走神経反射」では理解し難い。 (3) 狭心症による右冠動脈攣縮が原因とは考えられないこと本件検査前,心不全は改善し,投薬により,亡Dの症状は安定していた。にもかかわらず,本件検査とは無関係に,たまたま亡Dに狭心症の発作がこの時点で起きたとするのは不自然である。心電図は,亡Dが,本件検査開始後に新たに心筋梗塞を起こしたことを示しているのである。 被告は,一方で迷走神経反射が原因とも主張しており,それは,狭心症が原因であることと矛盾する主張である。これは,この時の亡Dのショックが狭心症が原因であることの具体的根拠を何ら有していないことを示している。 (4) 結論亡Dは,本件検査直前は正常な血圧で自由に歩き回っていたのが,本件検査終了直後にショック状態に陥って死亡したのであるから,本件検査がなければこの時点で亡Dが死亡することはなかった。すなわち,この時点での亡Dの死亡と本件検査の実施とは因果関係を有する。 冠動脈へのカテーテル挿入における冠動脈の内膜損傷は,致死的合併症を誘発する典型的な原因の1つである。それを予防するためには,カテーテルの操作を丁寧に施 死亡と本件検査の実施とは因果関係を有する。 冠動脈へのカテーテル挿入における冠動脈の内膜損傷は,致死的合併症を誘発する典型的な原因の1つである。それを予防するためには,カテーテルの操作を丁寧に施行し,十分な習熟をすることが最も大切なことである。 亡Dの冠動脈は,糖尿病が起因して狭窄していたこともあり,CAGを実施する医師は,内膜損傷を引き起こさないよう,最大限注意を尽くす義務があった。にもかかわらず,本件検査を実施した被告病院医師は,その注意義務を怠り,冠動脈の内膜を損傷し,通じていた右冠動脈の血管が閉塞した。その結果,右冠動脈から出ていた側副血行路にも血液が流れなくなり,急性心筋梗塞を引き起こした。 (被告の主張)(1) 心臓カテーテル検査を原因としてショック状態に陥ったのではないことア検査中に異常が発生したのではないこと(心電図の解釈等)亡Dの検査中の血圧は140/70であり,本件検査中,ショックに陥ったことは認められない。本件検査終了後,約15分間,穿刺部の用手圧迫止血を検査室内でFが施行しているが,この間も亡Dの容態に変化は認められなかった。亡Dが急変し,CCUに搬入されたときの心電図からは,Ⅱ,Ⅲ,aVf,V1からV4のST上昇,Ⅰ,aVL,V5からV6のST低下が認められ,右冠動脈を責任病変とした,下壁及び側副血行路の供給先の前壁,前壁中隔の急性心筋虚血を示唆する所見が認められる。 心筋虚血発症後の心電図変化は,症例によってその出現時間が異なるのであって,責任血管の狭窄程度,あるいは閉塞時間,病変部位,還流範囲,血行動態等の影響を強く受けるものであり,ショック状態に陥り,生存心筋の大部分を灌流していた右冠動脈の血流が低下すれば,数分で心電図のST変化が生じても何ら矛盾はない。したがって,心電図のST変化では,本件検査中に を強く受けるものであり,ショック状態に陥り,生存心筋の大部分を灌流していた右冠動脈の血流が低下すれば,数分で心電図のST変化が生じても何ら矛盾はない。したがって,心電図のST変化では,本件検査中に心筋梗塞が起きたとの原告らの主張の根拠とはならない。 イカテーテルによる冠動脈の内膜損傷の可能性本件検査中及び急変後の再造影においても,内膜を損傷したと認め得る造影所見はない。血栓の移動が生じた場合においては,冠動脈血流に対する影響,末梢栓塞所見等が出現するはずであるのに,再造影においても,これらの所見は全く存在しない(2) 迷走神経反射が原因である可能性があること亡Dの急変の原因としては,病室に戻った後の嘔気により生じた迷走神経反射による血圧低下,徐脈,血管攣縮により右冠動脈流の一時的な低下が生じたため心筋虚血が生じた結果,更なる冠動脈流の低下が惹起され,悪循環に陥った可能性が考えられる。迷走神経反射により,冠攣縮が生じた場合,最も影響を受けやすいのは既存の高度狭窄部位であり,亡Dの場合は左回旋枝及び右冠動脈であったが,亡Dの左回旋枝病変は既に造影遅延を呈しており,このため,心筋への血液還流を右冠動脈からの側副血行路に依存していたことから,同部が閉塞しても血行動態に大きな変化が生じるとは考えられない。したがって,責任病変は右冠動脈狭窄部位ということになることから,同部に対してステントを留置し,同部の攣縮を抑止するのは当然の帰結である。 被告病院医師らは,本件検査中に制吐作用を有するプリンペランの静脈注射及び持続投与の双方を施行して対処し,その結果,本件検査中に生じた嘔気は,検査中には消失し,この際,迷走神経反射は生じていない。さらに本件検査終了後,Fによる検査室内での用手圧迫止血中(約15分間)も,亡Dの症状,血行動態の変動は認められ 果,本件検査中に生じた嘔気は,検査中には消失し,この際,迷走神経反射は生じていない。さらに本件検査終了後,Fによる検査室内での用手圧迫止血中(約15分間)も,亡Dの症状,血行動態の変動は認められておらず,プリンペランが有効に働いていたと認められる。したがって,プリンペランを投与継続中に,本件検査後相当の時間をおいて生じた血行動態の急変を伴う迷走神経反射を予測することは,被告病院医師らにとって,極めて困難であり,予見可能性はなく,死亡の結果について責任を問われるものではない。 (3) 狭心症による右冠動脈攣縮が原因である可能性があること亡Dの病変の原因としては,病室に戻った後,入院時と同様に狭心症が生じ,右冠動脈が攣縮し,一時的な血圧低下が生じたため心筋虚血が生じ,その結果さらに冠動脈流の低下が惹起され,冠動脈多枝疾患の存在による悪循環に陥った可能性が考えられる。 しかし,これは不安定狭心症の自然経過のひとつであり,被告病院医師らにとって,本件検査直後の発症について予測することは不可能であり,予見可能性はなく,死亡の結果について責任を問われるものではない。 (4) 結論亡Dの急変の原因は,本件検査によるものではなく,病室に戻った後に生じた迷走神経反射又は狭心症により,右冠動脈の一時的な血流の低下が生じたため,心筋虚血が生じ,さらに冠動脈流の低下が惹起され悪循環になった可能性が推測されるが,いずれも被告病院医師らにとって予見不可能なものであった。なお,亡Dの急変の原因については,あくまでも推測の域を出ないのであって,推測である限り,原因を複数,かつ,相反するものをも含めて述べざるを得ないことは,至極当然のことである。 4 本件検査後のショック状態後の措置における過失の有無(原告らの主張)(1) PTCAを行うべきではなく,CABGを行う つ,相反するものをも含めて述べざるを得ないことは,至極当然のことである。 4 本件検査後のショック状態後の措置における過失の有無(原告らの主張)(1) PTCAを行うべきではなく,CABGを行うべきであったこと事故前の亡Dの心臓は,左前下行枝の完全閉塞で右冠動脈からの側副血行路で左前下行枝領域が灌流されており,供給血管である右冠動脈に高度の狭窄があった。このような場合,左前下行枝の完全閉塞のPTCAが成功して初めて右冠動脈のPTCAが可能となるもので,これが不成功の場合は,CABGの適応となる。 したがって,亡Dの場合,ショックに陥った時点でCABGを行うべきであった。 にもかかわらず,CABGをせず,PTCAを実施したことにより時間を浪費し,回復の機会を逃した。 (2) 心臓カテーテル検査を行う場合に,事前にしておくべき説明や準備致命的な危険因子が1つ以上存在する患者では,心臓カテーテルの検査室から直接手術室に送れるよう,カテーテル検査と外科とのスケジュールを調整しておく必要がある。しかし,被告は,亡D及び原告らに対する説明でも緊急手術の可能性には言及せず,事故後死亡するまでの間にも外科手術を考慮した形跡はない。 PTCAは,バルーンを付けるが,実際の施術方法はCAGと同様であって,カテーテル検査室で冠動脈内にカテーテルを挿入して行う。したがって,危険性,実施に当たっての注意義務はほぼ同様である。 臨床医向けの医学雑誌において,危険因子がある患者に対してPTCAを実施する場合,内科医と外科医の緊密な信頼関係の重要性を強調している。緊急CABGは時間との闘いであり,特にPTCA時からの異常発生時の手術について,「術前に内科側がPTCA施行の際に緊急手術となる場合がありうることを患者及び家族に説明し,必ず了承を得ておかなくてはならない。梗塞 時間との闘いであり,特にPTCA時からの異常発生時の手術について,「術前に内科側がPTCA施行の際に緊急手術となる場合がありうることを患者及び家族に説明し,必ず了承を得ておかなくてはならない。梗塞に陥ってから家族にそのような危険性があったことを話し,手術についての説明を始めるのでは手遅れである。 これらが円滑に行われるためには内科医と外科医の日常の対話の中でこれらの問題について討論し,心を一つにしておくことが重要である。」「PTCA施行の予定を事前に通知し,異常発生のさいには速やかに手術準備にとりかかれるよう連絡を密にしておくことが必要である。」と報告されている。 致死的危険因子が重複していた亡DにCAGを実施するに当たり,被告病院においてあらかじめ外科医と打ち合わせをしたり,手術を準備していた形跡は全くない。 (3) 結論被告病院は,亡Dが外科手術が必要となる可能性を全く認識していなかったため,本件検査で致死的合併症が発生した時,どの段階であれ,CABGを施行することは不可能であった。被告病院医師らのPTCA実施は,ベストな選択として選んだものではなく,それ以外に行う術がなかったために行ったものである。 (被告の主張)(1) CABGを行うべきであるとはいえず,PTCAを行ったことは妥当であったこと亡Dの血行動態は,ショック状態であり,一刻を争ったものであるところ,人工心肺にのせ(観血的に静脈及び動脈を露出させ, 前者に対して脱血のためのチューブを, 後者に対して送血のためのチューブを挿入する。これらを人工心肺に接続し,循環血液を心臓及び肺を経由させずに人工的に体外循環させる。),バイパスを冠動脈に吻合し再灌流させるまでに最低でも2ないし3時間必要とすることを考慮すると,到底間に合うものではない。被告病院医師らが選択したPTCA び肺を経由させずに人工的に体外循環させる。),バイパスを冠動脈に吻合し再灌流させるまでに最低でも2ないし3時間必要とすることを考慮すると,到底間に合うものではない。被告病院医師らが選択したPTCAは,心臓蘇生を施行しながらも約54分後には, 最初の拡張が施行されており, この段階で狭窄はほぼ解除された。本件のようにショック発生の患者に対し,第一に選択されるべき手術である。 反対に,亡Dのように,心室細動を繰り返しているために心肺蘇生術を継続し,気管内挿管をされ,IABPを導入し,カテコラミンを使用している症例や,術前にショック状態にある症例における緊急CABGに伴う危険性は,明らかに高い。 (2) 心臓カテーテル検査を行う場合に,事前にしておくべき説明や準備原告が,検査室から直接手術室に送れるよう,カテーテル検査と外科とのスケジュールの調整をしておく必要があるとして引用する甲B3の記載部分は,改訂版である乙B4の該当箇所には記載されていない。実際に,被告は,亡Dと同様の重症例において,診断的CAGを施行するに当たり,手術室を調整し,心臓外科チームを準備させている施設は,大学病院,循環器センター等,国内最高水準の医療施設も含めて,少なくとも国内において承知していない。 PTCAは,動脈硬化巣の亀裂に伴う血栓形成,血管解離,末梢塞栓,血管破裂の可能性,拡張後の血管の弾性収縮による急性冠閉塞等,多くの特異的な合併症の危険があるため,本件検査に比べ,致命的心事故を惹起する可能性が高い。したがって,原告らのPTCA時の心臓外科チームとの連携を強調する主張は,本件とは何ら関係が認められない。 なお,被告病院において,CABGを施行できるだけの血行動態の安定化が得られれば,CABGを施行することはどの段階でも可能であった。 (3) 結論原告の主張は, ,本件とは何ら関係が認められない。 なお,被告病院において,CABGを施行できるだけの血行動態の安定化が得られれば,CABGを施行することはどの段階でも可能であった。 (3) 結論原告の主張は,理論的,実際的にも根拠を持たず,失当である。 5 損害額(原告らの主張)(1) 亡D固有の損害ア逸失利益 3290万9219円亡Dの就労可能年数は,死亡時である55歳から67歳までの12年間である。 618万8363円×(1-0.4)×8.8632(12年のライプニッツ係数)=3290万9219円イ慰謝料 2700万円ウ相続前記ア及びイの損害は,亡Dの死亡によって,原告Aが2分の1,同B及び同Cがそれぞれ4分の1ずつ相続した。 (2) 原告Aの損害ア葬儀費用120万円喪主である原告Aの損害である。 イ固有の慰謝料400万円(3) 原告B及び同Cの固有の慰謝料各200万円(合計400万円)(4) 弁護士費用690万円(5) 合計原告Aにつき,3860万4609円同B及び同Cにつき,各1870万2305円(被告の主張)争う。 診療経過一覧表省略
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