【DRY-RUN】令和元年12月26日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成26年(ワ)第92号 損害賠償請求事件 平成29年(ワ)第81号 損害賠償債務不存在確認請求反訴事件 口頭弁論終結日 令和元年9月2
令和元年12月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成26年(ワ)第92号損害賠償請求事件平成29年(ワ)第81号損害賠償債務不存在確認請求反訴事件口頭弁論終結日令和元年9月27日判決 主文 1 原告の本訴請求を棄却する。 2 本件債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく被告の原告に対する損害賠償債務が本訴請求額を超えて存在しないことを確認する。 3 被告のその余の反訴請求に係る訴えを却下する。 4 訴訟費用は本訴反訴とも全部原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求の趣旨 1 本訴(1) 被告は,原告に対し,1910万8250円及びこれに対する平成26年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 反訴(1) 本件債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく被告の原告に対する損害賠償債務が存在しないことを確認する。 (2) 訴訟費用は原告の負担とする。 第2 事案の概要 1 訴訟の概要本訴は,岩手大学内において被告が経営する工学部食堂内の洗浄室(以下,それぞれ「本件食堂」,「本件洗浄室」という。)に勤務していた原告が,被告に対し,被告が安全配慮義務を怠ったために原告が水酸化ナトリウムへの曝露を原因 とする化学物質過敏症及びバセドウ病を発症したと主張して,安全配慮義務違反(債務不履行)に基づき,損害賠償金の一部1910万8250円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成26年5月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 反訴は,被告が,原告に対し,上記安全配慮義務違反はない,仮に同義務違反があったとしても同義務違反に基づく損害賠償債務 支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 反訴は,被告が,原告に対し,上記安全配慮義務違反はない,仮に同義務違反があったとしても同義務違反に基づく損害賠償債務は弁済により消滅していると主張して,被告の債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく被告の原告に対する損害賠償債務が存在しないことの確認を求める事案である。 2 前提事実争いがない事実と括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実は,次のとおりである。 (1) 当事者などについてア原告は,昭和24年▲月▲日生まれの女性であり,昭和59年に被告に雇用された後,平成14年9月6日頃から平成15年1月頃まで本件食堂に配置され,本件洗浄室などにおいて業務を行っていた。原告は,平成16年3月19日から休職となり,平成26年5月31日に被告を定年退職した。 (争いのない事実,甲40,49,弁論の全趣旨)原告は,被告での就業と並行して,平成9年10月1日から,契約期間を2年とする当時の郵政省郵政短時間職員として,盛岡市内の郵便局において勤務を開始し,自動車を用いた配達業務などを行っていたが,平成16年5月17日から休職し,平成17年9月末日の契約期間満了をもって退職した。 (争いのない事実,甲6,40,49,原告本人)イ被告は,岩手大学の職域を組合の区域とし,組合員の生活に有用な協同施設を設置し,組合員に利用させることなどを目的とする,消費生活協同組合である。(争いのない事実,甲1)ウ Aは,昭和56年に被告に雇用された者で,平成4年から平成27年8月 に被告を定年退職するまでの間,本件食堂の店長を務めていた(平成14年4月からは,被告が運営する他の2つの食堂においても店長を務めていた。)。 (争いのない 平成4年から平成27年8月 に被告を定年退職するまでの間,本件食堂の店長を務めていた(平成14年4月からは,被告が運営する他の2つの食堂においても店長を務めていた。)。 (争いのない事実,乙14)(2) 原告に対する診断及び労災認定について原告は,平成15年3月頃,盛岡労働基準監督署長に対し,労災保険給付の支給を求め,同署長は,同年6月頃,支給決定をした。(争いのない事実,甲19の1~4,甲49) 3 争点(1) 本件洗浄室における勤務と化学物質過敏症及びバセドウ病の発症との因果関係(2) 安全配慮義務違反の有無(3) 損害 4 争点に関する当事者の主張(1) 争点(1)(本件洗浄室における勤務と化学物質過敏症及びバセドウ病の発症との因果関係)について(原告の主張)原告は,本件洗浄室にて勤務している間,次のとおり,高濃度の水酸化ナトリウムを含む蒸気に曝露した結果,化学物質過敏症を発症し,その後さらにバセドウ病を発症した。 ア原告の担当業務及び水酸化ナトリウムへの曝露状況(ア) 食器洗浄作業における曝露原告は,本件食堂において,本件洗浄室に設置されていた食洗機(以下,本件食堂で使用されていた食洗機を「本件食洗機」という。)を用いて,食器などの洗浄作業に従事していたところ,本件食洗機には,洗剤として,水酸化ナトリウム(40%)を含む業務用食器洗浄機用洗浄剤(1本あたり1.5kg。以下「本件洗剤」という。)が1日1本投入されるなど,高 濃度で使用されていた。 本件食洗機の作動中,本件食洗機からは溶けた本件洗剤を含む蒸気が大量に上がり,排気ダクトの故障によりこの蒸気が本件洗浄室内に充満したため,原告は,この蒸気を吸引し,又は,蒸気が眼などに触れ,水酸化ナトリ 洗機の作動中,本件食洗機からは溶けた本件洗剤を含む蒸気が大量に上がり,排気ダクトの故障によりこの蒸気が本件洗浄室内に充満したため,原告は,この蒸気を吸引し,又は,蒸気が眼などに触れ,水酸化ナトリウムに曝露した。 また,本件食洗機によって洗浄された食器などのすすぎが不十分であったため,これら食器などには本件洗剤を含むぬめりが付着していた。原告は,このような食器などに触れることで水酸化ナトリウムに曝露した。 (イ) 布巾の漂白作業による曝露本件洗浄室においては,午前9時30分から午後1時30分までの原告の勤務時間中,水酸化ナトリウム(99%)を含む苛性ソーダ(フレーク)(以下「本件製品」という。)を湯に溶かして布巾の漂白作業を行っていた。そして,排気ダクトの故障により,当該作業中,本件洗浄室内には水酸化ナトリウムを含む水蒸気が充満していたため,原告は,この蒸気を吸引し,又は,蒸気が眼などに触れ,水酸化ナトリウムに曝露した。 イ化学物質過敏症発症の事実及び当該発症と水酸化ナトリウムへの曝露との因果関係(ア) 原告は,本件食堂に配置されて本件洗浄室における作業をするようになった頃,手荒れや指先の痛みを覚えるようになり,その後,平成14年12月5日頃には口腔内が荒れ,のどの痛み・違和感を覚え,平成15年2月6日頃にはのどの渇き,疲労感,舌の痛み・違和感を覚え,同年7月11日頃には眼球の痛みや視界のかすみを覚え,同年9月から12月頃には改装した店舗や寝具売り場において気分が悪くなる,新聞や古紙の臭いを嗅ぐと具合が悪くなるといった状態になり,平成16年1月頃からは後頭部の違和感を継続的に覚えるようになり,同年5月頃には光をみると後頭部が重苦しくなるなどの症状を覚え,平成18年4月28日 頃には新聞を読んだ際に舌にピリ ,平成16年1月頃からは後頭部の違和感を継続的に覚えるようになり,同年5月頃には光をみると後頭部が重苦しくなるなどの症状を覚え,平成18年4月28日 頃には新聞を読んだ際に舌にピリピリとした痛みを覚え,平成20年2月15日頃には肩や下肢の痛み,下肢の震えや下痢といった症状が生じるようになった。一方で,原告の上記各症状は,外出などの行動をとらずに最も原告にとって刺激の少ない環境である自宅にいる際には改善する状態にある。 化学物質過敏症の診断は,①再現性をもって現れる症状を有すること,②慢性疾患であること,③微量な物質への曝露に反応を示すこと,④原因物質の除去で改善又は治癒すること,⑤関連性のない多種類の化学物質に反応を示すこと,⑥症状が多くの器官・臓器にわたっていること,という要素に基づき行われるところ,原告の上記各症状はこれらの要素を満たしている。また,化学物質過敏症の診断にはQEESI(後記第3,1(9)キ参照)が用いられるが,原告は,平成16年2月,症状につき39点であり「患者である可能性がある」に分類されたが,症状につき40点であれば「患者である確率が非常に高い」になる状態だった。 以上によると,原告は,遅くとも平成16年2月までに化学物質過敏症を発症したといえる。 (イ) 平成14年9月に本件食堂に配置された頃,原告には皮膚や呼吸器に関する既往症はなかったにもかかわらず,上記(ア)のとおり,本件食堂に配置された直後から化学物質過敏症の症状が生じた。そうすると,化学物質過敏症の原因は,上記アのとおり本件洗浄室における作業によって水酸化ナトリウムに曝露したことにあるといえる。 ウバセドウ病発症の事実及び当該発症と水酸化ナトリウムへの曝露との因果関係原告は平成20年3月頃にバセドウ病を発症したところ, る作業によって水酸化ナトリウムに曝露したことにあるといえる。 ウバセドウ病発症の事実及び当該発症と水酸化ナトリウムへの曝露との因果関係原告は平成20年3月頃にバセドウ病を発症したところ,このバセドウ病は,化学物質過敏症が引き起こす内分泌異常により甲状腺に異常が生じたため発症したものであるから,上記イ記載の化学物質過敏症の病態の1つであ る。このように,原告は,上記アのとおり本件洗浄室における作業によって水酸化ナトリウムに曝露した結果,バセドウ病を発症した。 (被告の主張)ア原告の担当業務及び水酸化ナトリウムへの曝露状況に対して(ア) 食器洗浄作業における曝露に対して本件食洗機において本件洗剤が高濃度で使用されていたとする点,本件食洗機から水酸化ナトリウムを含む蒸気が出ていたとする点及び本件食洗機によって洗浄された食器に本件洗剤を含むぬめりが付着していたとする点は否認する。 本件食洗機内では,洗浄液などをすすぐためのすすぎ液は約70~80度で放出されていたものの,本件洗剤を溶解させた洗浄液は約40~50度で放出されていたにすぎない。したがって,本件食洗機から放出された蒸気は,すすぎ液に由来するもので水酸化ナトリウム(洗浄液)を含むものではなかった。また,本件食洗機のうち蒸気が出る箇所は食器の排出口のみであるが,そこにはゴム製の仕切りカーテンが下がっているため,蒸気が大量に上がることはなかった。 (イ) 布巾の漂白作業による曝露に対して本件洗浄室における水酸化ナトリウムを用いた布巾の漂白作業により,原告が水酸化ナトリウムに曝露したとする点は否認する。当該作業は,毎日午前9時頃から午前10時頃の間に行われており,午前11時から午後3時までであった原告の勤務時間が始まる前には終了していた。また 原告が水酸化ナトリウムに曝露したとする点は否認する。当該作業は,毎日午前9時頃から午前10時頃の間に行われており,午前11時から午後3時までであった原告の勤務時間が始まる前には終了していた。また,本件製品は,湯飲み茶碗半分程度の量(約163g)を一斗缶8割程度の湯(約14リットル)で溶かして使用しており,煮沸時の濃度は約1.15%にすぎない。 イ化学物質過敏症発症の事実及び当該発症と水酸化ナトリウムへの曝露との因果関係に対して 原告の主張は争う。原告が化学物質過敏症と診断されたのは,原告が本件洗浄室において水酸化ナトリウムに曝露したと主張する時期から1年以上が経過した頃であること,水酸化ナトリウムは無機化合物である一方で,ほとんどの発症例において化学物質過敏症の原因は有機化合物への曝露であることからすると,仮に,原告が本件洗浄室にて勤務している間に水酸化ナトリウムに曝露したとしても,原告に発症した化学物質過敏症の原因が水酸化ナトリウムであるとは考え難い。 ウバセドウ病発症の事実及び当該発症と水酸化ナトリウムへの曝露との因果関係に対して原告の主張は争う。 (2) 争点(2)(安全配慮義務違反の有無)について(原告の主張)ア(ア) 原告は,平成14年10月頃から,手荒れや眼,口腔内及び気管の違和感などの症状を覚えたところ,同年11月頃,本件製品の容器に記載されていた使用上の注意が本件洗浄室において守られていないことに気が付いたため,Aに対し,本件製品の使用中止を求めた。また,原告は,本件食洗機を点検した業者から,被告に対して本件洗剤ではなく無害な洗剤を使うよう勧めているという話を聞き,同年11月20日頃には当時被告の専務理事を務めていたBに対し,平成15年1月上旬頃にはAに対し,本件洗剤を別の 業者から,被告に対して本件洗剤ではなく無害な洗剤を使うよう勧めているという話を聞き,同年11月20日頃には当時被告の専務理事を務めていたBに対し,平成15年1月上旬頃にはAに対し,本件洗剤を別の洗剤に変更するよう求めた。 (イ) 平成8年3月に厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー研究班が「化学物質過敏症思いのほか身近な環境問題」と題するパンフレット(甲29)を発行したことや平成6年頃には化学物質過敏症が裁判(平成6年7月6日東京高裁判決)において争われていることからすると,遅くとも原告が水酸化ナトリウムに曝露し始めた平成14年9月頃には,化学物質により健康被害が生じる可能性は広く認識されていた。 (ウ) 水酸化ナトリウムが強アルカリ性であり人体にとって有害であることは自明のことであり,本件製品の製品安全データシートやラベルには,急性毒性物質,腐食性物質に分類されていることや皮膚や粘膜に接触した際の危険性などが記載され,本件洗剤のラベルにも,医薬用外劇物であり,使用の際にはメガネ・ゴム手袋などの保護具を着用する必要があることが記載されていた。 (エ) これらの事実からすると,被告は,平成14年9月頃,本件洗浄室における本件洗剤及び本件製品の使用方法の危険性を認識したか,少なくとも,その危険性を予見することができた。 以上によると,被告は,原告に対し,雇用契約に基づく安全配慮義務として,本件洗剤及び本件製品の使用方法の変更,洗剤や製品の変更,保護メガネなどの保護具の支給や配置転換などの措置をとり,労働環境を改善する義務を負っていたが,被告は,上記のような措置を一切とらず,上記安全配慮義務に違反した。 (オ) 以上のことは,被告が,原告に対し,「〔原告〕に対して与えた損害に対する責任を認め」た示談提案書( る義務を負っていたが,被告は,上記のような措置を一切とらず,上記安全配慮義務に違反した。 (オ) 以上のことは,被告が,原告に対し,「〔原告〕に対して与えた損害に対する責任を認め」た示談提案書(甲5)に沿った金銭の支払いを行なっていることからも明らかである。 イ上記安全配慮義務が発生するためには,化学物質によって健康被害が生じることにつき,認識していた,又は,予見することができれば足り,水酸化ナトリウムへの曝露により化学物質過敏症が発症することに対する認識又は予見可能性は不要である。 (被告の主張)ア原告がB又はAに対して本件洗剤や本件製品の使用中止又は変更を求めたという点は否認する。 イ(ア) 被告において本件洗剤による健康被害を訴えた者は1人もいない。また,本件洗剤は被告だけでなく被告の所属する大学生協東北事業連合に所属 する他の消費生活協同組合においても使用されていたが,これら消費生活協同組合や本件洗剤の販売元から,本件洗剤によって原告の主張するような健康被害が発生するなどと報告を受けたことはない。そして,本件洗剤のラベルに本件洗剤を吸入した際の注意事項の記載がないことや,本件食洗機の構造上本件洗剤を含む蒸気が出ることが考えられないことからすると,本件洗剤を本件食洗機に投入する時を除いて,本件洗剤が人体に害を与えることは予見できなかった。 (イ) 原告は本件製品を使用した業務に従事していなかったところ,本件製品の製品安全データシートには,目に入った場合など本件製品が人体に直接接触した場合の危険性及び対処法や使用中の注意事項が記載されているにすぎない。また,被告は平成14年12月16日付けで労働基準監督署から本件製品の使用などに関して是正勧告を受けたが,そこでも,本件製品を直接扱う者に対する保護措置 使用中の注意事項が記載されているにすぎない。また,被告は平成14年12月16日付けで労働基準監督署から本件製品の使用などに関して是正勧告を受けたが,そこでも,本件製品を直接扱う者に対する保護措置の欠如が指摘されただけであった。さらに,本件製品の販売元も,本件製品によって原告の主張するような健康被害が生じるとの知見を有していなかった。 (ウ) 以上によれば,被告は,本件洗剤又は本件製品の使用により,原告の主張するような健康被害を与えると認識することはできなかったから,被告は,原告に対し,本件洗剤及び本件製品の使用方法の変更などの措置をとり,労働環境を改善する義務を負わない。 (エ) 示談提案書に沿った金銭の支払は,暫定的な給付にすぎず,被告は,原告に対し,法的責任を認めた上で支払ったのではない。 (3) 争点(3)(損害)について(原告の主張)ア本訴請求原因に係る損害原告は,本訴において,被告の安全配慮義務違反により生じた損害の一部である,下記(ア)及び(イ)の合計1910万8250円について請求する。なお, 原告が受給した休業補償給付は,以下での給与を算定の基礎に加えていない。 (ア) 平成17年10月1日以降の郵便局における稼働に関する休業損害原告は,郵便局において,平成9年10月1日から期間を2年間として稼働を始め,月額13万6300円の給与及び少なくとも年間1.5か月分の賞与を得ていたが,被告の安全配慮義務違反により,体調が著しく悪化し,平成16年5月17日から勤務を継続することができなくなり休職するに至った。一方で,休職する前に契約更新の打診を受けていたこと,稼働開始後に3回の契約更新を経ており実質的に期間の定めのない労働契約と異ならない状態であったことからすると,原告は,上記安全配慮義務 に至った。一方で,休職する前に契約更新の打診を受けていたこと,稼働開始後に3回の契約更新を経ており実質的に期間の定めのない労働契約と異ならない状態であったことからすると,原告は,上記安全配慮義務違反により休職することがなければ,更新が継続して65歳に達した日以後の最初の3月31日である平成27年3月31日に定年を迎えるまで郵便局における勤務を継続できた。原告は,このような郵便局における稼働に関する休業損害のうち,平成17年10月1日から平成27年3月までの9年6か月(114か月)のものを本訴において請求するところ,これは,以下の計算式のとおり,合計1737万8250円である。 (計算式)13万6300円×114月+13万6300円×1.5×9月=1737万8250円(イ) 弁護士費用 173万円イ反訴に係る損害に対して原告の化学物質過敏症は,平成19年2月に「対症的に加療することで軽快することが見込まれる」と,平成28年10月に「今後の治療継続により症状の回復がなお期待されます」とされているように,現在も症状固定に至っていない。したがって,症状固定に至っていないのに総損害を算出することはできないから,その余の点を検討するまでもなく,被告の反訴請求は理由がない。 ウ反訴抗弁に係る損害仮に,平成16年9月までに原告が症状固定の状態になったとしても,原告に生じた損害のうちてん補未了のものとしては下記(ア)〜(オ)のとおり合計2093万3472円の損害があり,同額の債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく被告の原告に対する損害賠償債務が存在する。 (ア) 休業損害 110万2708円a 被告における稼動に関する休業損害について原告は,被告において日額3588円の収入を得ていたところ,平成 告の原告に対する損害賠償債務が存在する。 (ア) 休業損害 110万2708円a 被告における稼動に関する休業損害について原告は,被告において日額3588円の収入を得ていたところ,平成16年5月17日から同年9月末日までの原告の被告における稼動に関する休業損害は,以下の計算式のとおり,49万1556円である。 (計算式)3588円×137日=49万1556円b 郵便局における稼動に関する休業損害について平成16年5月17日から同年9月末日までの上記休業損害は,以下の計算式のとおり,61万1152円である。 (計算式)13万6300円×4+13万6300円÷31日×15日=61万1152円(1円未満四捨五入)(イ) 逸失利益 977万0764円原告は,めまい,耳鳴りや視野異常などが頻発し,集中力や思考力の低下などの症状も現れ,自動車の運転はおろか立っていることすら困難になり,現実の就労が困難な状態である。このような原告の状態は,神経系の異常に起因するもので,「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」と評価される。したがって,原告には後遺障害等級9級相当の後遺障害が残存し,その労働能力喪失率は35%である。 原告は,症状固定時(平成16年9月)55歳であり,被告と郵便局から合計314万9670円の基礎年収を得ており,労働能力喪失期間は12年(ライプニッツ係数8.8633)であるから,これらを前提とすると,被告における稼動に関する逸失利益は,以下の計算式のとおり977万0764円である。 (計算式)314万9670円×0.35×8.8633=977万0764円(1円未満切り捨て)(ウ) 傷害慰謝料 200万円原告は,平 下の計算式のとおり977万0764円である。 (計算式)314万9670円×0.35×8.8633=977万0764円(1円未満切り捨て)(ウ) 傷害慰謝料 200万円原告は,平成14年11月頃から平成16年9月頃までという長期間にわたって,多数の医療機関を受診する必要があった。これにより原告に生じた心身の負担に鑑みれば,傷害慰謝料は200万円を下らない。 (エ) 後遺障害慰謝料 616万円上記のとおり原告には後遺障害等級9級相当の後遺障害が残存するから,後遺障害慰謝料は616万円を下らない。 (オ) 弁護士費用 190万円エ弁済の主張(本訴抗弁及び反訴再抗弁)に対して後記(被告の主張)ウ記載の各支払がされたことは認める。しかしながら,平成22年12月27日及び平成25年9月30日に支払われた合計356万4562円は,通院のための交通費・宿泊費や化学物質への曝露を避けるための酸素ボンベ,マスクや浄水器購入費用を補填するために支払われたものであるから,上記ア又はウ(ア)〜(オ)の各損害を填補するものではない。 (被告の主張)ア反訴に係る損害について原告は遅くとも平成16年3月には化学物質過敏症と診断されているところ,原告の症状について平成16年5月28日に「今後の改善は非常に困 難であると考える。」との診断がされたことやその後の原告に対する治療内容は漢方薬を含む処方薬や日常生活指導による対症療法が続いていることからすると,遅くとも平成16年9月までには原告の症状は固定した。したがって,症状固定を前提とした損害を算定できる。 イ本訴請求原因に係る損害について上記アのとおり,遅くとも平成16年9月までには原告の症状は固定しているから,同月以降の休業損害は発生していない。 症状固定を前提とした損害を算定できる。 イ本訴請求原因に係る損害について上記アのとおり,遅くとも平成16年9月までには原告の症状は固定しているから,同月以降の休業損害は発生していない。 ウ反訴抗弁に係る損害に対して原告の主張はすべて争う。仮に被告が原告に対して原告の化学物質過敏症発症に関する債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償義務を負っていたとしても,原告に生じた損害は下記(ア)~(オ)のとおり合計459万8532円を超えるものではない。 (ア) 休業損害に対して 110万2708円上記(原告の主張)ウ(ア)はいずれも認める。 (イ) 逸失利益について 139万5824円a 被告における稼動に関する逸失利益について原告の被告における基礎収入額は1日当たり3588円であったところ,原告には後遺障害等級14級相当の後遺障害が残存するのみで,その労働能力喪失率は5%を超えない。また,原告は,症状固定時(平成16年9月)55歳であり,労働能力喪失期間は12年(ライプニッツ係数8.8633)であるから,これらを前提とすると,被告における稼動に関する逸失利益は,以下の計算式のとおり58万0378円である。 (計算式)3588円×365×0.05×8.8633=58万0378円(1円未満四捨五入) b 郵便局における稼動に関する逸失利益について原告に郵便局における稼働に関する逸失利益が発生していたとしても原告の郵便局における基礎収入額は年184万0050円(月当たり13万6300円に賞与1.5か月分)であったところ,上記aと同様の前提からすると,これに係る逸失利益は,以下の計算式のとおり81万5446円にすぎない。 (計算式)184万0050円×0.05×8.8633=8 1.5か月分)であったところ,上記aと同様の前提からすると,これに係る逸失利益は,以下の計算式のとおり81万5446円にすぎない。 (計算式)184万0050円×0.05×8.8633=81万5446円(1円未満四捨五入)(ウ) 傷害慰謝料について 100万円(エ) 後遺障害慰謝料について 110万円原告の後遺障害は後遺障害等級14級相当である。 (オ) 弁護士費用について 0円争う。 エ弁済の主張(本訴抗弁及び反訴再抗弁)仮に,被告が,原告に対し,原告の化学物質過敏症発症に関する債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償義務を負っていたとしても,原告に生じた損害は上記ウのとおり459万8532円を超えないところ,被告は,原告に対し,下記(ア)~(オ)の金銭合計505万9644円を債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償債務について支払っているから,当該債務は消滅した。 (ア) 平成15年7月11日から同年12月5日の間 17万8050円(イ) 平成19年1月16日 104万9560円(ウ) 同年9月12日 26万7472円(エ) 平成22年12月27日 191万7303円(オ) 平成25年9月30日 164万7259円 第3 当裁判所の判断 1 認定事実前記前提事実と後掲括弧内に記載した証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実は,次のとおりである。 (1) 化学物質過敏症についてア概要化学物質過敏症は,1950年代にアメリカにおいて提唱された病態であり,過去に大量の化学物質に曝露した後又は長期的・慢性的に化学物質に曝露した後,次の機会に通常では何ら影響のないごく低濃度の同種あるいは多種類の化学物質に曝露されたときに様々な不快な症状を呈する疾患 り,過去に大量の化学物質に曝露した後又は長期的・慢性的に化学物質に曝露した後,次の機会に通常では何ら影響のないごく低濃度の同種あるいは多種類の化学物質に曝露されたときに様々な不快な症状を呈する疾患とされることがある。その診断基準は,平成11年(1999年)にアメリカの専門医・研究者34名によって発表された「コンセンサス1999」によると,①化学物質への曝露により再現性をもって現れる症状を有する,②慢性疾患である,③微量な物質への曝露に反応を示す,④原因物質の除去で改善又は治癒する,⑤関連性のない多種類の化学物質に反応を示す,⑥症状が複数の器官・臓器にわたっている,というものであったが,その病態をめぐっては否定的見解と肯定的見解の双方が示されており,いまだに病態の定義は確立されていない。また,発生機序については,遺伝的要因,環境的要因や心理的要因が挙げられているが,正確なものは現在も不明である。(甲17,25,弁論の全趣旨)イ症状及び診断化学物質過敏症の症状は非常に多様であり,粘膜刺激症状(結膜炎,鼻炎,咽頭炎),皮膚炎,気管支炎,喘息,循環器症状(動悸,不整脈),消化器症状(胃腸症状),自律神経障害(異常発汗),精神症状(不眠,不安,うつ状態,記憶困難,集中困難,価値観や認識の変化),中枢神経障害(けいれん),頭痛,発熱,疲労感などが同時に又は交互に出現するとされる。厚生省長期 慢性疾患総合研究事業アレルギー研究班が平成9年8月に発表した「化学物質過敏症」(甲29)において示された診断基準では,下記の主症状2項目及び副症状4項目が認められる場合又は主症状1項目,副症状6項目及び検査所見2項目が認められる場合に化学物質過敏症と診断できるとしている。 (甲17,25,29)(ア) 主症状①持続あるいは反復 び副症状4項目が認められる場合又は主症状1項目,副症状6項目及び検査所見2項目が認められる場合に化学物質過敏症と診断できるとしている。 (甲17,25,29)(ア) 主症状①持続あるいは反復する頭痛,②筋肉痛あるいは筋肉の不快感,③持続する倦怠感・疲労感,④関節痛(イ) 副症状①咽頭痛,②微熱,③下痢・腹痛,便秘,④羞明,一過性の暗点,⑤集中力・思考力の低下,健忘,⑥興奮,精神不安定,不眠,⑦皮膚のかゆみ,感覚異常,⑧月経過多などの異常(ウ) 検査所見①副交感神経刺激型の瞳孔異常,②視覚空間周波数特性の明らかな閾値低下,③眼球運動の典型的な異常,④SPECT(singlephotonemissioncomputertomography,画像による脳血流量検査)による大脳皮質の明らかな機能低下,⑤誘発試験の陽性反応(2) バセドウ病についてバセドウ病は,自己免疫が甲状腺を刺激することなどによって,甲状腺ホルモンが過剰に産生されることにより,甲状腺機能亢進症をきたす疾患である。 動悸,不整脈,大量発汗,体のほてり,手の震え,神経過敏,不安・焦燥感,睡眠障害,体重減少,疲労感,排便回数の増加,眼球突出,複視,甲状腺の腫れなどの症状が生じる。発生機序については,遺伝的要因や環境的要因が考えられているが,いまだ解明されていない。(甲12の4,甲31,43,弁論の全趣旨)(3) 本件洗剤について 本件洗剤は,製品名を「ウオッシュメイトBK」といい,水酸化ナトリウムを40%含有する業務用食器洗浄器用洗浄剤である。そのラベルには,標準使用量が0.1〜0.15%である旨,医薬用外劇物である旨のほか,作業時は必ず保護メガネ及び炊事用ゴム手袋を着用するなどの使用上の注意や,洗剤が眼に入った場合や皮膚 浄剤である。そのラベルには,標準使用量が0.1〜0.15%である旨,医薬用外劇物である旨のほか,作業時は必ず保護メガネ及び炊事用ゴム手袋を着用するなどの使用上の注意や,洗剤が眼に入った場合や皮膚についた場合に水で洗い流すなどの応急措置が記載されている。(甲3)(4) 本件製品について本件製品は苛性ソーダであり,水酸化ナトリウム(NaOH)を99%含有する。容器ラベルには,注意事項として,要旨,製品安全データシートを読む,本件製品を取り扱う際には保護手袋,保護メガネや呼吸保護具などを着用するなどが記載されていた。そして,その製品安全データシートには,要旨,以下のような記載がある。(甲2,乙3)ア危険性,有害性の分類(ア) 分類の名称急性毒性物質,腐食性物質(イ) 有害性非常に強いアルカリ性で生体のタンパク質を分解し,脂肪を酸化する。皮膚や粘膜に接すると,その部分の深部に達する薬傷を起こす。 特に眼は危険であり結膜や角膜が激しく侵され,視力低下や失明することがある。粉塵やミストを吸収すると気道に重症の薬傷を起こ…す。 イ救急措置(ア) 眼に入った場合炎症を起こし痛みを生じる。 (イ) 皮膚に触れた場合皮膚に付いたところがつるつるし,すぐに薬傷を起こし痛みを生じる。できるだけ早く医師の治療を受ける。 (ウ) 吸入した場合気道,声門水腫による呼吸困難,ショック症状を示すので被害者をまず新鮮な空気の場所に移し,安静にさせ,窮屈な衣服部分があれば緩める。顔面,口腔内,鼻腔内など水洗いできるところは水洗いを丁寧に行う。 ウ取扱い及び保管上の注意取扱い漏洩の防止,接触,吸入防止のための個人保護具の着用エ許容濃度2mg/m3オ物理化学的性質(ア) 外観等白色片状の ウ取扱い及び保管上の注意取扱い漏洩の防止,接触,吸入防止のための個人保護具の着用エ許容濃度2mg/m3オ物理化学的性質(ア) 外観等白色片状の固体(イ) 溶解度水,アルコールに易溶(5) 本件食堂について本件食堂の概要は,別紙のとおりである(なお,原告が勤務していた平成14年10月頃から平成15年1月頃,カフェテリアゾーンと表示されている部分は,単なる廊下であった。)。すなわち,本件食堂の1階部分は,玄関ホール,売店,食堂部分,厨房部分や本件洗浄室(別紙中,配膳コーナー及び食器洗浄コーナーと表示されている部分)などから成り立つところ,2か所ある玄関口から入ると共通の玄関ホールにつながり,各玄関口の先にそれぞれ食堂口と廊下口がある。本件洗浄室は,上記食堂及び上記廊下の間に位置し,それぞれに面した入口があるが,外と接する窓はなかった。また,本件洗浄室から上記廊下を挟んだところに厨房が位置していた。(乙5,原告本人)(6) 本件食洗機について本件食洗機は,大きくは,洗浄部,すすぎ洗浄部及び仕上げすすぎ部の3つの部分に分かれており,食器投入口から投入された食器は,コンベアで運ばれながら,①洗浄部において本件洗剤を溶かした洗浄液(その濃度は,メーカーがあらかじめ設定した一定のものである。)を吹き付けられた後,②すすぎ洗浄部において湯によるすすぎが,③仕上げすすぎ部において水によるすすぎが行われ,食器排出口から排出される。(甲3,乙4,7,弁論の全趣旨) (7) 本件食堂における,原告の稼働状況及びその際の様子ア概要原告は,平成14年9月6日,勤務時間を午前9時30分から午後1時30分として,本件食堂に配置された。その後,原告は,同月は数日のみ 本件食堂における,原告の稼働状況及びその際の様子ア概要原告は,平成14年9月6日,勤務時間を午前9時30分から午後1時30分として,本件食堂に配置された。その後,原告は,同月は数日のみ勤務し,同年10月から本格的に勤務を開始して,平成15年1月頃に被告農学部食堂に異動になるまで本件食堂で勤務を続けた。(甲40,48,原告本人)本件食堂における原告の担当業務は,食材の仕込み作業及び食器洗浄作業であり,原告は,午前9時30分頃に出勤し,本件洗浄室からエプロンを取るなどした後,厨房において食材の仕込み作業を行い,午前11時30分頃から,本件洗浄室において食器洗浄作業に従事していた。原告は,食器洗浄作業を行う際,エプロンを着用していたほかに,保護手袋や保護眼鏡などの保護具は着用していなかった。(甲40,原告本人)イ食器洗浄作業について原告は,午前11時30分頃から本件洗浄室において本件食洗機を用いて食器の洗浄作業を行っていたが,その作業内容は,①水を張ったシンクから食器を取り出し,本件食洗機の食器投入口に入れる,②本件食洗機の食器排出口から食器を取り出し,かごに入れて水切りをした後,保管場所に運ぶ,③洗剤が不足した場合,本件食洗機に本件洗剤を投入する,というものだった(以下,この作業を単に「食器洗浄作業」ということがある。)。食器洗浄作業中,本件食洗機の食器投入口及び食器排出口からは,蒸気が上がっていた。(乙7,弁論の全趣旨)ウ布巾漂白作業について本件食堂では,午前9時頃から午前10時頃の間に,本件洗浄室において,布巾の漂白作業が行われていた。その手順は,①ステンレス製容器に熱湯を沸かして本件製品を溶解させたところに,②布巾を入れて30~40分間煮 沸し,③その後,布巾を洗濯機で洗濯・脱 て,布巾の漂白作業が行われていた。その手順は,①ステンレス製容器に熱湯を沸かして本件製品を溶解させたところに,②布巾を入れて30~40分間煮 沸し,③その後,布巾を洗濯機で洗濯・脱水するというものであった(以下,この作業を単に「布巾漂白作業」ということがある。)。(乙14,証人A)原告が,食器洗浄作業のために本件洗浄室に来る頃には,容器は冷めた状態であり,布巾漂白作業のうち煮沸工程(上記②)は終了していた。(原告本人)(8) 労働基準監督署による是正勧告原告は,平成14年12月頃までに2度,盛岡労働基準監督署に対して,本件食堂での勤務を開始した後に具合が悪くなったと訴えた。(甲40)盛岡労働基準監督署は,原告の上記訴えを受けて本件食堂の調査を行い,平成14年12月16日,被告に対し,①皮膚に障害を与える物を取り扱う業務において,その業務に従事する労働者のために保護手袋などを備えていないこと及び②有害物を取り扱う業務において,その業務に従事する労働者のために保護眼鏡,呼吸用保護具などを備えていないことが,労働安全衛生法22条に違反するとして,是正勧告を行うとともに,③洗浄剤,漂白剤,苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)などを使用する際は,使用上の注意を守るよう指導した。被告は,①に対し,保護手袋などを導入すること,②に対し,保護眼鏡,呼吸用保護具が必要な有害物を使用しないことを決め,③に対し,職員に通知し,これら是正・改善を行ったと報告した。(乙1,2)(9) 原告の症状及び入通院状況などについてア平成14年6月11日,原告は,健康診断を受診したが,高脂血症について専門医による定期的な管理を受けるよう指導されたほか,異常は指摘されなかった。(甲12の57)イ平成14年10月2日頃から,原告は,眼のピ 11日,原告は,健康診断を受診したが,高脂血症について専門医による定期的な管理を受けるよう指導されたほか,異常は指摘されなかった。(甲12の57)イ平成14年10月2日頃から,原告は,眼のピントが合わなくなるという症状を覚えるようになり,その後,口内炎,舌の痛み,喉の痛み,手荒れ,食欲不振や指先の痛みが生じた。そこで,同年11月26日,原告は,上田病院を受診したところ,両手に発疹及び疼痛が認められ,亀裂性湿疹と診断 された。また,同年12月5日,小田島耳鼻咽喉科医院を受診したところ,咽頭痛や咳が認められ,アレルギー性鼻炎及び急性咽喉炎と診断された。 (甲12の5,甲19の1・3,甲40,49,原告本人)ウ平成15年1月,原告は,被告農学部食堂に異動し,食器洗浄作業などを担当するようになった。(甲40,49)エ平成15年2月6日から,原告は,舌に苦味を感じる,口の中が乾いているなどと訴え,岩手県立中央病院耳鼻咽喉科を受診したところ,味覚障害と診断された。(甲15の1・3)オ上記イ記載の原告の症状のうち,平成14年11月26日頃からみられた亀裂性湿疹は,平成15年1月16日頃までに治癒し,また,平成14年12月頃に見られた咽頭痛や咳は約1カ月で軽快し,平成15年2月28日頃には炎症性所見は見られなくなっていた。(甲19の1・3)カ原告は,その後も,喉の渇きや舌の違和感,眼の奥の違和感などを訴え,岩手県立中央病院耳鼻咽喉科や同眼科を受診するなどしていたが,平成15年7月11日から被告を休職した。他方,郵便局における稼動は継続していた。(前記第2,2(1)ア,甲15の1~3,甲49)キ平成15年7月25日から,原告は,独立行政法人国立病院機構盛岡病院(以下「盛岡病院」という。)アレルギー科・呼吸器 おける稼動は継続していた。(前記第2,2(1)ア,甲15の1~3,甲49)キ平成15年7月25日から,原告は,独立行政法人国立病院機構盛岡病院(以下「盛岡病院」という。)アレルギー科・呼吸器科化学物質過敏症外来を受診してC医師の診察を受け,疲労感,口腔内の乾きや粘膜のはがれ,息をすることが重たい感じ,風邪のひきやすさ,唇の荒れ,舌の痛みや改装した店舗や寝具売り場で気分が悪くなることを訴えた。この頃,原告は,QEESI(QuickEnvironmentExposureandSensitivityInventory)を受けたところ,患者でない可能性が高いという結果になった。なお,QEESIとは,平成10年〔1998年〕頃,アメリカにおいて開発された化学物質過敏症の診断及びスクリーニングに役立つとされる問診票で,化学物質曝露による反応,症状などの項目についての問診結果により,患者である確率が非常に 高い,患者である可能性がある,患者である疑いがある及び患者でない可能性が高い,の4つに分類するものである。(甲12の11・71,甲18,27)ク原告は,平成15年9月や11月頃に盛岡病院化学物質過敏症外来を受診した際,紙の臭いが気になって具合が悪い,古紙に接する・近づくと喉にツーンとした刺激がくるなどと訴えた。C医師は,同年10月28日,盛岡労働基準監督署に対し,苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)による皮膚,呼吸器障害,化学物質過敏症とする意見書を提出した。(甲12の2・71,甲27)ケ平成15年12月5日,原告は,盛岡病院化学物質過敏症外来を受診した際,舌の痛みや味に敏感であると訴えたほか,昨年冬は手先のしびれなどがあったが今年は良いなどと述べた。(甲12の71,甲27)コ平成15年12月6日,原告は被 岡病院化学物質過敏症外来を受診した際,舌の痛みや味に敏感であると訴えたほか,昨年冬は手先のしびれなどがあったが今年は良いなどと述べた。(甲12の71,甲27)コ平成15年12月6日,原告は被告に復職したが,原告は,被告農学部食堂から購買部中央店に異動し,レジを担当するようになった。(甲40,49)サ原告は,平成16年1月頃に盛岡病院化学物質過敏症外来を受診した際には,被告に出勤するとめまいがするが郵便局ではないと述べたが,同年2月や3月頃には,被告における症状のほか,郵便局の更衣室に行くと具合が悪くなる,郵便局で仕事をしていると頭がおかしくなると述べた。同年2月頃,QEESIを受けたところ,患者である可能性があるという結果になった。 平成16年3月19日,C医師は,原告を化学物質過敏症と診断し,原告は,同日から被告を再度休職した。(甲4,12の11・71,甲27,49)シ平成16年4月2日,原告は,岩手県立中央病院眼科を受診したが,両近視性乱視のほかに,調節検査での高度な障害,コントラスト検査において全周波数領域での感覚低下が認められたものの,器質的な異常は認められなかった。(甲12の9)ス平成16年5月17日,原告は,同日付けの原告を化学物質過敏症とする C医師の診断書を郵便局に提出し,同日から郵便局も休職した。(甲12の10,甲40,49)セ平成16年5月頃から,原告は,光や車のライトを見ると後頭部が重苦しくなるなどと訴えるようになった。(甲12の71,甲27)ソ平成16年7月21日,原告は,北里研究所病院アレルギー科化学物質過敏症外来を受診したところ,同病院のD医師は,眼球追従運動障害,自律神経失調,視覚感度低下及びバランス機能障害が認められたことから,原告を化学物質過敏症と診断した 里研究所病院アレルギー科化学物質過敏症外来を受診したところ,同病院のD医師は,眼球追従運動障害,自律神経失調,視覚感度低下及びバランス機能障害が認められたことから,原告を化学物質過敏症と診断した。(甲12の12・13)タ原告は,その後も引き続いて盛岡病院化学物質過敏症外来を受診していたが,平成18年2月1日,トルエン(C7H8)を用いた化学物質負荷試験を受けたところ,陽性と判定された。(甲12の18・20・24・71,甲27)チ平成18年5月18日頃,原告は,北里研究所病院アレルギー科化学物質過敏症外来を受診したが,平成16年7月21日の受診時(上記ソ参照)に比べて眼球追従運動障害がやや改善していること及び視覚感度(コントラスト感度)は依然やや不良であるが大幅に改善していることが確認された。また,D医師は,太陽光に対して弱いという原告の症状について,白内障の影響及び五感の過剰覚醒状態が影響していると判断した。(甲12の23)ツ平成19年6月19日頃,原告は,岩手県立中央病院眼科を受診したが,近視性乱視のほかに,平成16年4月2日の受診時(上記シ参照)と同程度の調節障害が認められた一方で,コントラスト感度に異常は認められず,上記受診時より改善していることが確認された。また,加齢による白内障のほかに器質的な病変は認められず,担当医は,白内障による光の散乱がまぶしさの一因であると判断した。(甲12の27)テ平成19年10月22日頃,原告は,こんの神経内科脳神経外科クリニックを受診し,頭部MRI検査を受けたが,脳内に器質的な病変は認められな かった。(甲12の29)ト平成20年2月15日頃より,原告は,肩や下肢の痛み,下肢が震える感じがある,頭の中でシューシューと音がする,軟便などの症状を訴えるよう は認められな かった。(甲12の29)ト平成20年2月15日頃より,原告は,肩や下肢の痛み,下肢が震える感じがある,頭の中でシューシューと音がする,軟便などの症状を訴えるようになり,血液検査を実施した結果,甲状腺ホルモン値の上昇,甲状腺刺激ホルモンの低値,総コレステロール値の低下が認められ,甲状腺機能亢進症が疑われた。(甲12の4・33・35)ナ平成20年3月17日,原告は,岩手県立中央病院総合内科を受診したところ,高血圧,頻脈,TSHレセプター抗体値の上昇が認められ,甲状腺シンチ検査の結果,バセドウ病と診断され,同月31日から同年4月20日まで入院した。(甲12の4・32・33・35,甲16の3・4・6)ニ原告は,眼球突出が気になるなどと訴え,平成20年8月21日に栗原甲状腺クリニックを,同月22日に小笠原眼科クリニックを受診したが,グレーフェ兆候(下方視の時,上眼けん運動が眼球運動より遅れ,角膜の上に白目部分が残る。)が認められるなどとして,バセドウ病及びバセドウ眼症などと診断された。(甲12の40・41,甲13の6,14の2・3・5)ヌ原告は,その後も,眼球突出,眼球追従運動障害,複視,視野障害,耳鳴り,後頭部の痛み・しびれ,舌の痛み,口腔内の違和感,味覚障害,手足のしびれを訴え,盛岡病院,栗原甲状腺クリニック,東京都内のオリンピア眼科病院などに定期的に通院した。(甲12の44・50・53・54・59・60・62,甲13の11,甲28の10・12・14・16・18・20~22・24~26・28~30,甲44) 2 争点(1)(本件洗浄室における勤務と化学物質過敏症及びバセドウ病の発症との因果関係)について(1) 上記1(1)によると,化学物質過敏症は,少なくとも発症に関しては,ある特定の 甲44) 2 争点(1)(本件洗浄室における勤務と化学物質過敏症及びバセドウ病の発症との因果関係)について(1) 上記1(1)によると,化学物質過敏症は,少なくとも発症に関しては,ある特定の化学物質が原因物質として想定されているものであって,いかなるものであれ化学物質に分類されるものに接すればそれによって生じる,とされている ものではないと認められる。さらに,ここで想定されている化学物質が日常生活上ありふれたものも含むところ,日常生活中に存する化学物質の種類は著しく多数に及び,かつ,接する場面も多彩であるから,ある化学物質には接していないことの証明はおよそ困難というほかない。そうしてみると,ただ単にある化学物質に接したことがあり,その後に化学物質過敏症が生じたからといって,直ちに当該化学物質が化学物質過敏症の原因であるといえる余地はない。 化学物質過敏症発症の責めをある特定の化学物質を放出した者に帰せたいのであれば,その者が当該化学物質を放出したことを立証するのみならず,当該化学物質が化学物質過敏症の原因物質であることを高度の蓋然性をもって立証する必要がある。 原告は,本件において,化学物質過敏症発症の原因物質が水酸化ナトリウム(NaOH)であると特定したので,当裁判所も,これを前提に検討を加えることとする。 (2)ア原告は,「高濃度の水酸化ナトリウムを含む蒸気」に曝露したとし,その理由として,①本件食洗機から排出された食器に本件洗剤を含むぬめりが付着していた,②本件食洗機から大量の蒸気が上がっていた,③換気設備が故障しており,本件食洗機からの蒸気や布巾漂白作業による蒸気が充満する環境だったと主張し,原告本人も同旨の供述又は陳述をする。 イまず,当時共に食器洗浄作業に従事していたEは,平成29年4月24日付 しており,本件食洗機からの蒸気や布巾漂白作業による蒸気が充満する環境だったと主張し,原告本人も同旨の供述又は陳述をする。 イまず,当時共に食器洗浄作業に従事していたEは,平成29年4月24日付け陳述書(乙15)において,①や③のような状況はなかった,②につき,食器投入口及び食器搬出口からそれぞれわずかに蒸気が出ていただけであると陳述しているが,これは当時から15年近く経過した後の陳述にすぎず,直ちに採用することができない。この点,平成15年3月頃作成の労災保険給付に関する費用請求書(甲19の1~4)及びその添付書類(甲19の5)に,①及び②に関し,洗浄機が正常に作動していなかった,③に関し,換気は効かず空気が流れないところがある,霧が立ち込めているなどと記載され ているほか,同年5月作成の被告職員会議録には,「工学部食堂の厨房・洗浄室のダクトを大学予算で修繕」との記載がある(甲46)。しかしながら,そうであれば,蒸気の充満を問題視していた原告の訴えがきっかけとなってされた労働基準監督署の立入調査に基づく平成14年12月16日付けの是正勧告において,呼吸用保護具等の不備(労働安全衛生規則〔昭和47年9月30日労働省令第32号〕593条)及び皮膚障害防止用の保護具の不備(同規則594条。ただし,平成28年11月30日号外厚生労働省令第172号による改正前のもの。)のみが是正勧告の対象となり,換気設備の不備が指摘されなかったのは不自然である(上記1(8)。労働安全衛生規則601条1項は「事業者は,労働者を常時就業させる屋内作業場においては,窓その他の開口部の直接外気に向って開放することができる部分の面積が,常時床面積の20分の1以上になるようにしなければならない。ただし,換気が十分行なわれる性能を有する設備を設けたときは おいては,窓その他の開口部の直接外気に向って開放することができる部分の面積が,常時床面積の20分の1以上になるようにしなければならない。ただし,換気が十分行なわれる性能を有する設備を設けたときは,この限りでない。」と規定する。)。少なくとも,換気について問題が生じているような状況であったとは考えにくいのである。 また,本件食洗機の洗浄液の濃度はメーカーがあらかじめ設定した一定のものであるところ(上記1(6)),これは当然に健康被害を及ぼし得ない値として設定されていたはずであるし,健康被害を恐れた原告が,本件洗剤の標準使用量を守らなかったとも考え難い。そうすると,本件食洗機の食器投入口及び食器排出口から上がっていた蒸気や食器に残ったすすぎ液に水酸化ナトリウム水溶液が混じっていた可能性があることは否定できないものの,その濃度は,相当に低いものであったと考えられる。 さらに,本件洗浄室における布巾漂白作業は午前9時頃から午前10時頃の間に行われていたところ(上記1(7)ウ),この間,原告は,午前9時30分頃に出勤しエプロンを取るために本件洗浄室に立ち入っていたのみであり(上記1(7)ア),原告は,それ以外は上記布巾漂白作業中に本件洗浄室に おらず,厨房において食材の仕込み作業を行っていたにすぎない(上記1(7)ア)。そして,食器洗浄作業のために本件洗浄室に来る頃には,容器は冷めた状態であり,布巾漂白作業のうち煮沸工程は終了していたというのである(上記1(7)ウ)。そうすると,エプロンを取りに入室するごく短時間の間に水酸化ナトリウム水溶液が混じった蒸気に触れたことは否定し難いが,その曝露の程度は,相当に低いものといえる。 結局,原告が亀裂性湿疹などにり患したことや被告が盛岡労働基準監督署から保護具の不備等につき是正勧告を ム水溶液が混じった蒸気に触れたことは否定し難いが,その曝露の程度は,相当に低いものといえる。 結局,原告が亀裂性湿疹などにり患したことや被告が盛岡労働基準監督署から保護具の不備等につき是正勧告を受けたことからみて,原告が水酸化ナトリウムに接することによる障害を負ったこと自体は明らかであるとしても,高濃度の水酸化ナトリウム水溶液の混じった蒸気に継続的に曝露していたとは認め難い。 (3)アところで,化学物質過敏症を発症するのは,必ずしも原因物質に大量に曝露した場合には限られないとうかがわれ(上記1(1),北里研究所病院臨床環境医学センター〔当時〕D医師の意見書〔甲31〕参照),上記(2)のとおり,原告が水酸化ナトリウムに接したことは明らかである。そこで,水酸化ナトリウムが化学物質過敏症の原因物質となり得るかにつき,更に進んで検討するも,水酸化ナトリウムが化学物質過敏症発症の原因物質となるとの知見の存在を全く見出し難い。すなわち,原因物質として一般に報告されている物質はトルエン(C7H8)やホルムアルデヒド(CH2O)などの有機化合物であり(甲25,弁論の全趣旨),そもそも,現時点では,水酸化ナトリウムにより化学物質過敏症になるとの学界の報告例すら存在しているとは認められず(C医師の論文〔甲18〕に挙げられた例は,本件そのものである。),C医師も,大西病院院長のF医師も,水酸化ナトリウムに曝露することによって化学物質過敏症を発症する例を把握していない。水酸化ナトリウムに曝露することによって化学物質過敏症を発症することを基礎付ける的確な証拠は本件記録中に存在しない。 これに対し,D医師の報告書(甲12の23)は,歯科医療で用いられた亜ヒ酸(H3AsO3)による化学物質過敏症の症例を指摘し,F医師の意見書(甲45)は, 本件記録中に存在しない。 これに対し,D医師の報告書(甲12の23)は,歯科医療で用いられた亜ヒ酸(H3AsO3)による化学物質過敏症の症例を指摘し,F医師の意見書(甲45)は,塩素(Cl)やアンモニア(NH3)により化学物質過敏症を発症した症例の経験があると指摘する。しかしながら,いずれも,本件で問題になっている水酸化ナトリウムとは異なる無機化合物による発症例であるだけでなく,具体的にどのような症例であったか明らかではないから,これらの証拠を持って,直ちに無機化合物である水酸化ナトリウムもが化学物質過敏症の原因になるとの知見を認めることは困難である。 イまた,原告には,平成14年10月2日頃から,眼,口腔内,喉,手などに種々の症状が生じていたものの(上記1(9)イ),これらの症状は,味覚障害を除き,平成15年2月末頃までに治癒し(上記1(9)エ及びオ),平成15年7月25日頃のQEESIでは化学物質過敏症でない可能性が高いと判断され(上記(9)キ),この間,原告は,同年1月頃には本件食堂から異動し,同年7月11日から被告を休職している一方で,郵便局での稼動は続けていた(上記1(9)ウ及びカ)。このように,原告は,一度は症状が軽快に向かった後,化学物質過敏症ではない可能性が高いと判断され,水酸化ナトリウムを含む洗剤を使った被告における業務からも離れた後になって初めて化学物質過敏症と診断された。一方で,化学物質負荷試験では有機化合物たるトルエン(印刷用インクなどにも用いられる。)に陽性であり(上記1(9)タ),現に,被告における業務と並行して行っていた郵便局における業務において印刷物に接し,紙の臭いが気になって具合が悪いなどと訴えている(上記(9)ク)。これらの事情を考慮すると,化学物質過敏症の原因物質を水酸化ナ おける業務と並行して行っていた郵便局における業務において印刷物に接し,紙の臭いが気になって具合が悪いなどと訴えている(上記(9)ク)。これらの事情を考慮すると,化学物質過敏症の原因物質を水酸化ナトリウムとすることには疑念がある。 ウ以上からすると,原告が本件洗浄室で勤務した際に水酸化ナトリウムに曝露したことと化学物質過敏症発症との間の因果関係を認めることはできないというべきである。 (4)アつづいて,水酸化ナトリウムへの曝露とバセドウ病発症との間の因果関係について検討する。 イ上記(2)のとおり,原告が本件洗浄室において勤務した際に水酸化ナトリウムに曝露したことは認められるが,水酸化ナトリウムへ曝露したこととバセドウ病発症との因果関係を認めるに足る的確な証拠はない。むしろ,バセドウ病の発症については,遺伝的要因も指摘されているところ(上記1(2)),原告には,バセドウ病を発症した兄がいるというのであるから(甲12の71,甲27),原告のバセドウ病発症については,水酸化ナトリウムへの曝露ではない他の原因も疑われる。 ウ原告は,水酸化ナトリウムへの曝露を原因とする化学物質過敏症がバセドウ病発症を招いたとして,水酸化ナトリウムへの曝露とバセドウ病発症との因果関係も認められると主張するが,上記(3)のとおり,本件洗浄室における水酸化ナトリウムへの曝露と化学物質過敏症との因果関係が認められない以上,原告の主張する上記因果関係を認めることはできない。 加えて,化学物質過敏症がバセドウ病発症を招くという点についてみても,C医師の意見書(甲12の4・33)は「…甲状腺機能亢進も化学物質過敏症に因るものと判断して矛盾はない」,F医師の意見書(甲45)は「完全には否定出来ない」などとするだけであり,発症する積極的根拠が述べ 師の意見書(甲12の4・33)は「…甲状腺機能亢進も化学物質過敏症に因るものと判断して矛盾はない」,F医師の意見書(甲45)は「完全には否定出来ない」などとするだけであり,発症する積極的根拠が述べられているわけではなく,また,D医師の意見書(甲31)には,「甲状腺機能亢進の発生機序はいまだによく分かりません。しかし,ストレスが関与していることは間違いないと思います。」と述べるにとどまり,化学物質過敏症がバセドウ病発症を招くことを裏付ける的確な証拠とはいえない。 3 争点(3)(損害)について原告は,本件洗浄室に配置された以降の被告の安全配慮義務違反の責任を追及しており,原告が水酸化ナトリウムに曝露したことは,ここまでに認定したとおりであるが,事案に鑑み,争点(2)の判断を留保し,仮に,被告に安全配慮義務違 反が認められたとして,原告にてん補未了の損害があるか否かを検討する。 (1) 本訴損害賠償請求について被告の行為により,原告が化学物質過敏症を発症したとは認められないのであるから,原告が化学物質過敏症であることを前提とする損害を被告がてん補する責任はないこととなる。原告が本訴請求において主張する損害は,原告が化学物質過敏症であることを前提として平成17年10月1日以降に生じたとする休業損害であるから,これらの損害を被告がてん補する責任はない。 したがって,争点(2)について検討するまでもなく,本訴請求には理由がない。 (2) 反訴債務不存在確認請求についてア原告は,いまだ原告の化学物質過敏症に係る症状が固定していない以上,総債務を確定させることはできないと主張するが,被告の行為により原告が化学物質過敏症を発症したとは認められないのであるから,原告の化学物質過敏症の症状が固定しているか否かにかかわらず,被告 い以上,総債務を確定させることはできないと主張するが,被告の行為により原告が化学物質過敏症を発症したとは認められないのであるから,原告の化学物質過敏症の症状が固定しているか否かにかかわらず,被告の原告に対する債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償債務の総額を確定することができる。原告の上記主張は,採用することができない。 イ原告が反訴抗弁として主張する損害のうち,休業損害は,原告が化学物質過敏症であることを前提として平成16年5月17日以降に生じたとする損害であり,逸失利益及び後遺障害慰謝料は,化学物質過敏症により生じた後遺障害に係るものであるから(原告にそれ以外の理由によりこれら後遺障害が生じたことを認めるに足りる証拠はない。),これらの損害を被告がてん補する責任はない。 したがって,原告が水酸化ナトリウムに曝露して,亀裂性湿疹などの症状の治療を受け,その一応の回復をみた平成15年2月までの間(上記1(9)オ参照)の傷害慰謝料のみが,仮に被告に安全配慮義務違反が認められた場合に相当因果関係のある損害として,被告がてん補すべき損害である。 そして,原告の症状,治療内容などに鑑みると,その場合の原告の傷害慰 謝料は,100万円が相当と算定される。 ウ被告が原告に対して合計505万9644円を債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償金として支払ったことは当事者間に争いがない。 このうち,平成22年12月27日に支払われた191万7303円のうち,105万5483円は,化学物質過敏症に関する費用として計上されたことが明らかであって(甲23),仮に被告の安全配慮義務違反が認められた場合に被告が賠償すべき損害を充当するためのものでなかったと認められる。したがって,上記金員は本来上記慰謝料に充当される されたことが明らかであって(甲23),仮に被告の安全配慮義務違反が認められた場合に被告が賠償すべき損害を充当するためのものでなかったと認められる。したがって,上記金員は本来上記慰謝料に充当されるべきものであり,そうすると,上記金員により,上記慰謝料は既にてん補されたといえる。 これに対して,原告は,上記支払は化学物質過敏症に対応するための諸機器の購入費用に充てるために行われたと主張する。しかしながら,原告と被告との間に損害賠償債務に関する終局的な合意が成立したことを認めるに足りる事実はなく,被告の支払はあくまで暫定的なものであったと認められ,充当先が確定していたとは認められない。原告の上記主張は採用することができない。 第4 結論よって,原告の本訴請求を棄却することとし,被告の反訴請求のうち原告の本訴請求に係る債務の不存在確認を求める部分は,本訴請求が提起されている以上,確認の利益を認めることはできず不適法であるから,これを却下することとし,被告の反訴請求のうち原告の本訴請求額を超える債務の不存在確認を求める部分は,理由があるから,これを認容することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,62条を適用して,主文のとおり判決する。 盛岡地方裁判所第2民事部 裁判長裁判官 中村恭 裁判官 吉田晃一 裁判官 吉田晃一 裁判官 三富彰太郎 別紙(省略)
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