令和6年5月30日宣告令和6年(わ)第25号判決 主文 被告人を懲役3年に処する。 未決勾留日数中70日をその刑に算入する。 この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。 福岡地方検察庁で保管中の充電器コード1本(令和6年領第399号符号1)を没収する。 理由 (犯行に至る経緯)被告人は、20歳頃から不安症や不眠症と診断されて、心療内科への通院を続けていた。平成26年には、長男を出産して、両親を含め4人で同居して生活し、シングルマザーとして軽度の知的障害をもつ長男の養育をしながら、仕事や家事をしていたが、脳梗塞の後遺症が残る父親の要介護度が進み、また重度の統合失調症を患う母親の体調が悪化してからは、その介護も負担するようになった。その後、父親が令和4年8月に老健施設に入所し、母親が同年12月に入院し、その後そのまま老健施設に入所したため、被告人は、長男と2人で生活するようになったが、日頃から相談相手となり心の拠りどころとなっていた両親が身近にいなくなったことで、不安や孤独感を深めるようになった。また、職場の人間関係がうまくいかなくなり、令和5年8月、被告人は勤務先を退職した。この頃から、被告人は、不安症や不眠症の症状が悪化し、食事の量が減って体重が激減したり、睡眠薬を飲んでも数時間しか眠れず、パニック障害や適応障害の症状もみられるようになり、死んでしまいたいという気持ち(希死念慮)が高まっていった。被告人は入院をしたいと 考えたが、長男から「僕がんばるから入院しないで」と言われて、長男を一人で置いて入院できないと考えるようになった。障害児の養育を支援する複数の関係機関に相談したものの、期待するような回答を得られず、こころの110番に電話 がんばるから入院しないで」と言われて、長男を一人で置いて入院できないと考えるようになった。障害児の養育を支援する複数の関係機関に相談したものの、期待するような回答を得られず、こころの110番に電話をかけてみたものの、希死念慮の高まりは止まらなかった。 被告人は、同年10月29日、被告人の腕枕で眠ってしまった長男を見て、愛おしさを感じると同時に、疲れた、燃え尽きた、休みたい、死んでしまいたいという気持ちが抑えきれなくなり、自殺を決意したが、長男を1人残しておけないと考え、とっさに付近にあった充電器コードで長男の首を絞めて殺害することとした。 (罪となるべき事実)被告人は、同日午後零時20分頃から同日午後零時52分頃までの間に、福岡県糟屋郡a町bc丁目d番e号fh号の被告人方において、長男(当時9歳)に対し、殺意をもって、その頸部に携帯電話機用充電器コード(福岡地方検察庁令和6年領第399号符号1)を巻き付けて絞めたが、自己の意思により犯行を中止したため、同人に全治まで約1か月間を要する頸部圧迫による頭部・顔面うっ血等の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかった。 (証拠の標目)省略(法令の適用)省略(量刑の理由)本件は、母親である被告人が、無理心中をするために子供を殺害しようとしたが自己の意思により犯行を中止した事案である。 被告人は、寝ていて抵抗できない被害者に対し、両手に持った充電器コードで首を絞め、被害者が目を覚まして抵抗し、ベッドから落ちてもなお首を絞め続けた。 犯行態様は相応に執拗で、生命に対する危険性も低いものではなかった。また、被告人が途中で首を絞めるのをやめたのは、被害者が意識を失い呼吸が浅くなったこ とからそのまま被害者が死に至ると考えたからにすぎない。被告人は、被害者を残 危険性も低いものではなかった。また、被告人が途中で首を絞めるのをやめたのは、被害者が意識を失い呼吸が浅くなったこ とからそのまま被害者が死に至ると考えたからにすぎない。被告人は、被害者を残してはおけないという思いからとっさに無理心中しようとしており、被告人の一方的な考えで子の命を奪おうとすることはやはり許されるものではない。もっとも、被告人がそのような判断をするに至ったのは、両親の介護や被害者の養育等を1人で負担するなかで精神的に疲弊していたところ、更に両親の施設入所を機に不安や孤独感を深め、職場の人間関係も悪化して退職することとなったことで、更にストレスを抱えて精神状態を悪化させたことによるものであり、被害者を残しておけないなどと思い詰めた経緯をみると、被告人だけにその責任を負わせることはできない。加えて、被告人は、パン切り包丁で自らの頸部を切り付けて自殺を図ったが、被害者が意識を取り戻して「ママ、ママ」と呼ぶ声を聞いて、われに返り、再び被害者の殺害を遂げようとはせずに自らの意思により犯行を中止している。また、本件により、被害者は全治約1か月間を要する頸部圧迫による頭部・顔面うっ血等の傷害を負ったものの、幸いにも点滴治療のみで足りる程度のものであり、後遺症も残らなかった。 以上によれば、本件の行為責任は軽いものとはいえないものの、同種の心中を目的とする子に対する殺人未遂事案の中で、実刑が想定されるような特に重い部類に属する事案ではない。 その上で一般情状を検討すると、被告人は公判廷で犯行に至る経緯等を真摯に供述して反省の情を示し、同じ過ちを繰り返さないよう、今後は更生保護施設に入所して生活を立て直し、医療機関に入通院したり、就労するなどして、周囲から孤立しないよう努めると述べて、更生への意欲を示している。また、被告人 示し、同じ過ちを繰り返さないよう、今後は更生保護施設に入所して生活を立て直し、医療機関に入通院したり、就労するなどして、周囲から孤立しないよう努めると述べて、更生への意欲を示している。また、被告人に前科前歴はなく、被害者も被告人の処罰を望んでいない。 そうすると、被告人については、主文の刑に処してその刑事責任を明らかにした上で、今回に限り社会内での更生の機会を与えるのが相当である。その上で、被告人には今後も人と接する機会や心理面での支援が必要であるとともに、本格的な更生環境の構築がこれから行われていくことを考慮すると、今後の生活等について公 的機関による指導監督を付け加えることが適切であり、執行猶予の期間中、被告人を保護観察に付することとした。 (検察官の求刑懲役3年・保護観察付執行猶予及び主文同旨の没収、弁護人の科刑意見刑の執行猶予)令和6年5月30日福岡地方裁判所第2刑事部裁判長裁判官冨田敦史裁判官加々美希裁判官林翔平
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