平成12(ワ)42 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成15年3月19日 新潟地方裁判所 長岡支部
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判決文本文15,046 文字)

平成15年3月19日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成12年(ワ)第42号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成14年11月13日判決 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,2752万6305円及びこれに対する平成12年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等本件は,被告が経営するA病院(以下「被告病院」という)の精神科開放病棟に入院中に,自ら病院外に出て,B大学(以下「B大」という。)構内で遺体で発見されたC(以下「C」という)の妻である原告が,Cの死亡の原因は自殺であるとし,被告病院のD医師(以下「D医師」という。)がうつ病患者であるCの自殺を防止するために閉鎖病棟に入院させなかった過失,あるいは,そうでないとしても開放病棟においてD医師ないし看護職員が絶えずCの動向を監視して未然に自殺を防止しなかった過失によりCが死亡したとして,さらに,仮に自殺が認められないとしても,同医師らにおいて絶えずCの動向を監視して未然に事故などによる死亡を防止し得なかった過失によりCが死亡したとして,被告に対し,民法715条に基づいて2752万6305万円の損害賠償を請求した事案である。 1 争いのない事実及び証拠(後掲のかっこ内の証拠により認定)により容易に認められる事実等(1) 当事者原告は,平成10年11月17日,B大構内において死体で発見されたCの妻であり(平成4年9月に結婚),中華人民共和国の法律に基づきCの有する債権債務につきその3分の1の割合で相続したものである(法例26条,中華人民共和 1月17日,B大構内において死体で発見されたCの妻であり(平成4年9月に結婚),中華人民共和国の法律に基づきCの有する債権債務につきその3分の1の割合で相続したものである(法例26条,中華人民共和国承継法10条,13条)。 Cは,1965年(昭和40年)3月15日,中華人民共和国において出生し,同国内の大学卒業後,a研究所修士課程を終了し,同研究所研究員,b大学助手を経て,平成8年1月に日本国費留学生として来日し,同年4月からB大大学院博士課程に在籍していた。原告も,同月ころ来日してB大に入学し,Cと二人で生活していた(甲B7)。 被告は,被告病院を設置経営している医療法人で,D医師及び同病院の看護職員の使用者である。D医師は,被告病院に勤務する精神科医であり,かつ,B大の学校医でもある(証人D)。 (2) 診療ないし死亡に至る経過ア平成10年6月,Cは,学会のために中華人民共和国へ帰国した際,実兄が自殺して死亡していたこと,実弟が糖尿病のために失明したことを知り,精神的に大きな衝撃を受けて,日本に戻ってきた。Cは,同年7月ころ被害的な訴えや原告への暴行があったため,同月16日被告病院に初めて来院し,D医師の診察を受けた。その際,D医師はCの病名を心因反応と診断し,本人の希望により,Cを同日から同月28日まで,被告病院に入院させた(乙A1)。 イ Cは,退院後の同年8月6日から9月5日の間,原告と共に中華人民共和国へ帰国した。 再来日後の同年10月19日及び同年11月2日,Cは,具合が良くないと訴えて,原告と共に被告病院に来院し,D医師の診察を受けた。同医師は,Cの病名につき抑うつ状態と診断し,抗うつ剤を投与した(乙A1)。 ウ同月12日,D医師は,B大保健相談室の保健婦から,Cの具合が ,原告と共に被告病院に来院し,D医師の診察を受けた。同医師は,Cの病名につき抑うつ状態と診断し,抗うつ剤を投与した(乙A1)。 ウ同月12日,D医師は,B大保健相談室の保健婦から,Cの具合が悪いとの連絡を受けて,同相談室に赴いた。同相談室の診察には,Cの指導教官であるE教授から連絡を受けた原告も同席していた。その際,同月10日及び11日の2回Cに自殺行動があったことが話され,D医師は,抗うつ剤を増量して処方して,翌13日に被告病院での診察を受けるように申し向けた(証人D,乙A1)。 エ同月13日,原告は,Cを連れて被告病院を訪れ,D医師の診察を受けたが,当日も自殺行動があったことを訴えて入院を希望した。D医師は,Cの病名をうつ病と診断して,同日午前10時ころ,Cを被告病院精神科の開放病棟(第8病棟)に入院させた(乙A1)。 オ同月15日正午ころ,Cは昼食を摂取したが,午後1時40分ころ看護職員が検温のため病室を赴いた際,Cの姿がなく,その後Cの所在については確認できなくなった。被告病院は,同日午後4時過ぎころ,その旨を原告に連絡した。 原告は,同日午後7時ころ,被告病院の看護職員とともに,所轄警察署に保護願いを提出した(証人D,乙A1)。 カ被告病院は,同日夜及び翌16日に捜索を行ったが,発見できず,同月17日午後1時30分ころ,B大構内の林の中で,仰向けに横たわって死亡しているCの遺体が,B大職員により発見された。 Cは,衣服及び靴を着用したまま仰向けに足を伸ばし,左手を左胸,右手を右胸の上に乗せた姿勢で死んでおり,着衣には乱れはなく,頭から30センチ位の位置の枯れ草の上にメガネが置かれ,現場に争った跡はなく,死体に外傷はなく,身体全体が鮮紅色になっていた。所持品は,腕時計,財布,車のエンジンキ 死んでおり,着衣には乱れはなく,頭から30センチ位の位置の枯れ草の上にメガネが置かれ,現場に争った跡はなく,死体に外傷はなく,身体全体が鮮紅色になっていた。所持品は,腕時計,財布,車のエンジンキー及び現金1235円であった。また,Cの周囲には,睡眠薬などの薬物,凶器や遺書などの自殺を窺わせるような物品は何ら存在しなかった(甲B5,弁論の全趣旨)。 キ Cは直接的な死因は凍死である(争いがない)。 本件について,D医師の立会いの下に死体検案が行われたが,検死時の警察官の判断により,事件性がないことを理由に解剖は実施されなかった。D医師は,Cの死亡について,死因を凍死,死亡推定時刻を11月15日午後6時ころと死体検案書に記載した(証人D)。 3 なお,診療経過の詳細並びに双方主張の相違点の細部は,別紙「診療経過一覧表」記載のとおりである。 4 争点(1) Cは自殺により死亡したのか(争点1)(原告の主張)ア Cは,衣服及び靴を着用したまま仰向けに足をのばし,左手を左胸,右手を右胸に乗せた姿勢で死んでおり,着衣には乱れがなく,頭から30センチ位の位置の枯れ草の上にメガネが置かれ,現場に争った跡はなく,死体に外傷はなく,身体全体が鮮紅色になっていた。このような死体の状況から,他殺は考えられず,Cが薬物を大量に所持していた形跡もないので薬物による死亡も考えられず,条件がそろえばさほど寒くない所でも凍死する例があることに照らせば,Cは,凍死の方法により自殺したものと推定される。ただし,平成10年11月15日の気温などに照らすと,同日午後外出したCが検視調書及び死体検案書に記載された死亡推定時刻である同日午後6時に凍死することはありえず,Cが死亡したのは同月16日又は17日である。 イ ①Cが,同年11月 に照らすと,同日午後外出したCが検視調書及び死体検案書に記載された死亡推定時刻である同日午後6時に凍死することはありえず,Cが死亡したのは同月16日又は17日である。 イ ①Cが,同年11月10日,11日,13日の3回にわたって自殺しようとして原告に制止されて自殺を遂げられなかったこと,②Cは,自らの意思で被告病院の外に出て,被告病院及び原告らがCを監視して自殺行動を制止できない状態となって連絡を絶ち,夜間屋外に自らの意思で留まったと推定されること,③Cがあえて被告病院にも自宅にも戻らずに屋外に留まることは,これによって自らの生命が絶たれることも承知の上であったと推定されることによれば,Cは,夜間屋外において低温環境下に故意に留まることにより体温が低下するという自殺行動を選択して自殺したものといえる。Cが外出したということは,自殺行為を制止する者がいない状況に自らを置くことになり,外出によりCの自殺の危険は極めて切迫したものになるのであるから,外出行為をもって自殺行為の一部といえる。 (被告の主張)Cが自殺したことは否認ないし争う。Cの直接的な死因は凍死であるが,Cの死体の状況から,自殺,他殺,薬物による死亡はいずれも考えられず,疾病による可能性は不明である。また,Cが病院外へ外出する行為自体をもって自殺行為ということは到底いえない。 (2) D医師は,自殺を防止するためCを閉鎖病棟に入院させるべきであったか否か(主位的主張)(争点2)(原告の主張)ア(ア) Cは,平成10年11月10日及び11日,ベランダに渡してある棒に紐を掛けて首つり自殺を図ろうとして,原告がこれを阻止した。 原告は,同月12日,Cの指導教官であるB大のE教授から,Cが「死にたい」と言ったために連絡を受け,B ベランダに渡してある棒に紐を掛けて首つり自殺を図ろうとして,原告がこれを阻止した。 原告は,同月12日,Cの指導教官であるB大のE教授から,Cが「死にたい」と言ったために連絡を受け,B大保健相談室へ赴き,D医師に対し,Cの同月10日,11日の自殺行動を説明してCの入院を要請した。その際,D医師は,翌日診察に来るように指示した。なお,D医師は,E教授から,Cが「死にたい」と言ったために保健相談室に連れて来られたことを聞いている。また,Cは,同年10月19日の診察において,D医師よりうつ病との診断を受けた際,D医師に対して「自殺したい」と述べている。したがって,同月12日の時点で,D医師は,Cに強い自殺念慮があり,しかもうつ病の病初期であることから,これが自殺行動になって顕れており,自殺の危険性が高いことを認識していた。 (イ) Cは,同月13日午前6時ころ,同様に首つり自殺を図ろうとし,原告がこれを阻止した。原告は,Cを連れて同日被告病院を受診し,同日朝の自殺行動を説明してCを入院させるよう要請し,D医師は,Cの入院を決定した。D医師は,原告らに対し,被告が主張するように,開放病棟と閉鎖病棟があることの説明はしておらず,Cが閉鎖病棟を拒否したという事実もないから,Cが開放病棟に入院したのは原告及びCの意思によるものではなく,D医師の判断によるものである。 イうつ病における自殺は,抑制が強くなる病初期に多く,Cはまさに病初期において実際に自殺行動を繰り返していたものであるから,医学的見地から,Cはこの時点で自殺の現実的かつ差し迫った危険が認められ,今後も自殺行動を取る可能性が極めて高いことは,専門医であるD医師にとって容易に予見できたものである。仮に,D医師が,Cに自殺の現実的かつ差し迫った危険が認められない かつ差し迫った危険が認められ,今後も自殺行動を取る可能性が極めて高いことは,専門医であるD医師にとって容易に予見できたものである。仮に,D医師が,Cに自殺の現実的かつ差し迫った危険が認められないと判断していたものであるとすれば,当時のCの状態と医学的一般常識から考えて,その判断自体が医学的な見地から不合理なものであったと評価せざるを得ず,D医師は自殺の現実的かつ差し迫った危険を認識すべきであった。 ウ以上のように,D医師は,入院当日である同月13日の時点で,Cが当日朝を含めて近接した時期に3回,実際に自殺行動をとったことを把握していたのであるから,Cの入院治療においては,Cのうつ病の改善をはかるとともに,同人の自殺を防止するために必要な処置を講ずるべきであり,Cの自殺を防止することが容易で,かつ治療を確実に受けさせることができる閉鎖病棟に入院させた上,①病棟施設内において自殺ができるような器具等(刃物,タオルなど)を除去する,②病棟施設から脱出することを防止する,③定期的にCの動向を監視して,自殺行動が認められる場合には,これを制止するなどの自殺防止のために必要な措置を取るべき注意義務があった。しかるに,D医師はCの従前の自殺行動を重視することなく,漫然と開放病棟に入院させた。また,かかるD医師の判断は,裁量に合理性を欠くものである。 エよって,D医師がCを閉鎖病棟に入院させるべき注意義務を怠った結果,Cは自殺を図り死亡したものである。 (被告の主張)ア(ア) 平成10年11月12日,D医師は,Cが「死にたい」と言ったからB大保健相談室に連れてこられたという事実を聞いていないし,原告から入院を要請された事実もない。D医師は,11月12日の時点で,Cに自殺念慮があることは認識していたが,自殺の現実的かつ らB大保健相談室に連れてこられたという事実を聞いていないし,原告から入院を要請された事実もない。D医師は,11月12日の時点で,Cに自殺念慮があることは認識していたが,自殺の現実的かつ差し迫った危険があるとは認識していない。 (イ) 同月13日,Cは,前の入院時と同じ6病棟と呼ばれる開放病棟への入院を希望し,閉鎖病棟は拒否した。6病棟は満床であったため,D医師が8病棟と呼ばれる開放病棟への入院を勧めたところ,Cと原告が承諾した。Cは,以前の入院の際,無断で外出・外泊を繰り返すという勝手気ままな行動をとっていたことがあるから,閉鎖病棟と開放病棟の違いを十分理解した上で,自らの明確な判断により閉鎖病棟を拒否したのである。D医師は,Cに対し自殺しない約束をさせて上記病棟に入院させた。 (ウ) 入院時のCのうつ病の程度は,DSM-IVの分類に従うと中等症から軽症に分類され,希死念慮は認められたが,自殺に対する差し迫った危険性が認められるような状態ではなかった。入院後Cに自殺行動がなかったことは,入院後抑うつ症状が軽快し,希死念慮が薄らいでいることを実証するものであり,11月15日の午前までCに自殺の兆候は認められなかった。 イ以上のCの状況や入院に至る経緯などに照らすと,本件においては,D医師が,Cを診察して自殺しないことを約束させ,本人の希望に従って開放病棟に入院させ,薬物治療等の医療行為を行うことによってCのうつ状態を改善することが相当と判断したことは,精神科医に認められた裁量を適切に行使したことにほかならない。Cが開放病棟を希望し,閉鎖病棟を拒否しているのに,無理矢理閉鎖病棟に入院させたとすれば,治療的見地からはマイナス面が多く,Cが家族に見捨てられたと感じて自らの病気に対して一層悲観的になり,希死念 Cが開放病棟を希望し,閉鎖病棟を拒否しているのに,無理矢理閉鎖病棟に入院させたとすれば,治療的見地からはマイナス面が多く,Cが家族に見捨てられたと感じて自らの病気に対して一層悲観的になり,希死念慮が増強して自殺を助長する蓋然性も高くなる可能性があった。 原告は,閉鎖病棟に入院させた上で,①病院施設内において自殺ができるような器具を除去することを主張するが,自殺の方法には,本来的な凶器(刃物類)を利用する方法の外に,用法上の凶器としての日常生活道具(箸,布団,衣類,洗剤,白髪染め等)を用いる場合もあり,入院患者からこれらの道具を全て除去することは不可能であり,非現実的である。また,②病棟施設から脱出することを防止すること,③定期的に動向を監視して自殺行動が認められる場合にはこれを制止することを主張するが,Cには無断外出して自殺を遂げる具体的兆候が全く認められていなかったのであるから,安易にそのような措置をとることは患者の自由に対する不当な制限となり,治療上もマイナスである。 ウそもそも,精神医療は,患者の内因性の病的な障害,不安定性を,種々の療法によって取り除くことを目的としており,なおかつ,患者の自由,人権,自主性,意思を尊重し,可能な限り自由,被抑圧的,開放的雰囲気の中で治療することにより,患者の社会復帰を目指すものである。患者の自殺予防の必要があるからといって,患者を完全に拘束したり,常時監視下に置くことは,精神疾患の治療という観点からは有害と考えられている。精神疾患を有する患者には自殺念慮が強い場合があり,患者が自殺をすれば医療目的も達成不可能になるのであるから,自殺を防止する措置をとることも重要な医療行為の一つであるが,患者の自殺防止のためにどのような措置を講ずべきかという問題は,患者の自殺の危険性が高いか すれば医療目的も達成不可能になるのであるから,自殺を防止する措置をとることも重要な医療行為の一つであるが,患者の自殺防止のためにどのような措置を講ずべきかという問題は,患者の自殺の危険性が高いか否か,早期に治療の効果が期待できるか否かなど医学的な判断に依拠している。 したがって,医師及びその医療スタッフを含めた病院が,その診療当時の医学水準上要求される医学的知識と経験に基づいて判断すべき事柄であって,医師の合理的な裁量判断に委ねられているというべきである。医師の当該患者に対する自殺の危険性を含めた治療計画の判断が,結果として自殺防止措置の観点から有効でなかったとしても,そのことから直ちに医師に注意義務違反があったとすることはできず,医師がそのような判断をしたことが医学的見地から不合理なものであったと評価される場合に初めて注意義務違反があったと認めるべきである。 (3) D医師あるいは看護職員は,自殺を防止するため開放病棟においてCの行動を絶えず監視すべきであったか(予備的主張1)(争点3)(原告の主張)ア仮に,上記閉鎖病棟に入院させるべき注意義務が認められないとしても,上記(2)原告の主張ア,イのとおり,Cに自殺の現実的かつ差し迫った危険性があったのであるから,D医師は,開放病棟の看護職員に対して,Cに自殺傾向があることを周知させた上で,同職員らをして自殺行動の有無を絶えず監視させる等して自殺行動を防止し,行動把握ができないこととなる離院を防止すべき義務があった。しかるに,D医師は,入院指示簿に「自殺企図に対する一般的注意」と記載したのみで,Cの具体的状況を踏まえた上で看護職員に対して自殺防止のための具体的な看護体制の指示をすることなく漫然と放置した。 イまた,被告病院の看護職員らは,D医師の医療記録や 的注意」と記載したのみで,Cの具体的状況を踏まえた上で看護職員に対して自殺防止のための具体的な看護体制の指示をすることなく漫然と放置した。 イまた,被告病院の看護職員らは,D医師の医療記録や入院時の事情聴取から,Cが入院直前まで自殺行動をとっていたことを知り,D医師の指示とは関わりなく1時間置きの所在確認をするという看護計画を立てていたのであるから,専門職たる看護職員として,少なくとも同計画に従って所在確認をすべき注意義務があった。ところが,看護職員らは,D医師の具体的指示がなかったこともあって,Cの監視にあたるべき看護職員らの間で所在確認の体制ができておらず,実際には,1時間置きの所在確認が行われることはなかった。 (被告の主張)上記被告の主張(2)のとおり,Cは自殺について現実的かつ差し迫った危険性のある状況にはなかった。したがって,開放病棟においてCに自殺傾向があることを病棟職員に周知徹底させた上で絶えず監視しなければならない注意義務を被告病院医師に課すことは不当であり、看護職員にそのような義務を課すことも不当である。自殺を遂げるような現実的で具体的な兆候がないのに,原告主張のように常時の監視や脱出防止の措置をとることは,患者の自由に対する不当な制限となり,治療上もマイナスである。 (4) Cが自殺でないとしても,D医師あるいは看護職員は,Cが事故死などで死亡に至らないようにCの行動を絶えず監視等すべきであったか(予備的主張2)(争点4)(原告の主張)Cは,被告病院に入院した当時において,無断離院した場合には,事故に巻き込まれたりして,自殺以外の原因で事故死などにより死亡する危険性が高い状況にあった。したがって,D医師あるいは看護職員は,Cが事故等による死亡に至らないように,閉鎖病棟に入院さ 場合には,事故に巻き込まれたりして,自殺以外の原因で事故死などにより死亡する危険性が高い状況にあった。したがって,D医師あるいは看護職員は,Cが事故等による死亡に至らないように,閉鎖病棟に入院させるか,そうでないとしてもCの行動を絶えず監視すべきであったところ,D医師らはそれらの義務を怠った過失がある。 (被告の主張)ア本件において,Cが無断離院したからといって,直ちにCの事故死などによる死亡に結びつくものではなく,また,本件において,患者が死亡に至ることを予見させる具体的事情は存在しなかった。 イ時機に遅れた攻撃防御方法原告は,Cが無断離院して凍死を手段とする自殺を遂げたと終始一貫して主張していたから,被告もこれに対する反論反証を行ってきたものであるのに,証拠調べが終了し,和解も不調となって弁論終結に至ろうとする段階になって,突然,原告は,従前からの主張に加え,予備的主張2を提出するに至った。原告の新たな主張は,著しい訴訟遅延をもたらし,証拠の適時提出主義が採用された新民事訴訟法の「迅速な訴訟の実現」という立法趣旨に相反する訴訟活動である。したがって,上記主張が弁論終結間際になされたことは,原告の故意又は重大な過失によるものであり,民事訴訟法157条1項により却下されるべきである。 また,原告の新主張については,具体的な事実主張が欠如している。 (5) D医師らの過失とCの自殺あるいは死亡との間に,相当因果関係が認められるか(争点5)(原告の主張)D医師及び看護職員の注意義務違反と病院外におけるCの自殺あるいは事故死との間には,D医師らの注意義務違反がなければ,Cの自殺あるいは死亡を回避することができたのであるから相当因果関係が認められる。 (被告の主張)仮に,D医師らに過失が 殺あるいは事故死との間には,D医師らの注意義務違反がなければ,Cの自殺あるいは死亡を回避することができたのであるから相当因果関係が認められる。 (被告の主張)仮に,D医師らに過失が認められるとしても,凍死の方法による自殺は奇異なものであること,また,無断離院したからといって直ちに事故死に結びつくものではないことから,Cの自殺あるいは死亡との間に,相当因果関係が認められない。 (6) 損害(原告の主張)ア慰謝料 2500万円イ葬儀費用 120万円ウ逸失利益 4887万8916円Cは,死亡当時33歳で,B大博士課程に在籍していたものであるが,平成12年3月には博士号を取得して就職する予定であったから,中国人であるがその学歴及び能力からして日本国内において今後も稼働する見込みがあったもので,その逸失利益は日本人と同等と計算される。 503万0900円(男子労働者平均賃金)×16.1929(ライプニッツ係数)×0. 6(生活費控除)=4887万8916円エよって,合計損害額は7507万8916円になるところ,中華人民共和国承継法により,Cの相続人は,妻である原告,子F(中国在住),Cの母Gの3人で,各相続人はそれぞれ均分に相続することから,原告が承継した損害は上記金額の3分の1である2502万6305円である。これに弁護士費用250万円を加えた2752万6305円が総損害額となる。加えて,訴状送達日の翌日である平成12年2月26日からの遅延損害金の支払を求める。 第3 争点に対する判断 1 証拠(証人D及び同Hの各証言,乙A1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,Cの入院前後の状況及び診療経過について,次の事実が認められる。 (1) 平成10年11月12日,Cは, 争点に対する判断 1 証拠(証人D及び同Hの各証言,乙A1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,Cの入院前後の状況及び診療経過について,次の事実が認められる。 (1) 平成10年11月12日,Cは,B大保健相談室でD医師の診察を受けたが,その際,これに立ち会った原告は,D医師に対し,同月10日及び11日の2回Cに自殺行動があったことを説明した。Cについては,卒業できるかどうかを心配し,ゼミでの発表や博士号取得のための中間発表の度に気分が落ち込むことが話された。 (2) 同月13日,Cは被告病院においてD医師の診察を受けた。その際,同席した原告は,朝にCがヒモで首を絞めようとした,薬を増やしたら具合は良いなどと説明し,原告及びCは入院を希望した。D医師は,Cの抑うつ状態が改善したように見えないため,入院治療をすることが適切であると判断した。D医師は,日本語で,Cに対し,鍵のかかる病棟と普通に出入りできる病棟があるなどと,閉鎖病棟と開放病棟のいずれに入院したいかという趣旨で希望を聞いたところ,Cは以前入院していた病室がいいと述べた。しかし,Cが以前入院していた開放病棟(6病棟)は満床であったため,別の開放病棟である8病棟に入院することになった。 (なお,この点につき,被告は,Cが,閉鎖病棟と開放病棟の違いを十分に理解した上で,自らの判断により閉鎖病棟を拒否して前回の入院時と同じ開放病棟への入院を希望した旨主張し,他方,原告は,入院時,閉鎖病棟と開放病棟のいずれにするか聞かれた覚えはないし,そのような言葉自体知らなかった旨主張する。証人Hの証言や,診療録等に日本語での意思疎通が十分とはいえない旨の記載が散見されることからすると,Cの日本語の能力は,日常会話ができる程度で込み入った会話を理解できる程ではなかったと認められる上,証人Dも,Cが以 療録等に日本語での意思疎通が十分とはいえない旨の記載が散見されることからすると,Cの日本語の能力は,日常会話ができる程度で込み入った会話を理解できる程ではなかったと認められる上,証人Dも,Cが以前入院していた病室を希望したと証言しているにとどまり,C及び原告が開放病棟と閉鎖病棟の違いを理解していたかどうかはわからない旨述べていることから,Cが開放病棟と閉鎖病棟の違いを十分理解した上で開放病棟を希望したものとはいえず,単に以前入院していた病室に入院したいと述べたにすぎないと認められる。)(3) 同日,D医師は,入院指示簿の「特に注意する点」欄に「自殺企図に対する一般的注意」と記載した(乙A1・21頁)が,Cの自殺企図の予防のために看護職員に対して特別に看護体制を組むよう指示をするなどはしなかった。看護職員らは,看護計画を記載する用紙の「情報・分析・問題」欄に「10/15頃より調子が悪い。ここ2~3日,希死念慮が強く,自殺未すいあり。」などと,「看護目標・対策」欄に「希死念慮があるため,行動,言動の把握。(しばらくは1hおき所在の確認をする。)」などと記載した。 Cは,同日午前10時被告病院に入院し,正午ころには昼食を全量摂取し,午後0時30分ころ,点滴内静脈注射を促がされたが,「点滴はいやです。のみ薬がいいです。病院はいやです。帰りたい。」などと述べて,点滴を拒否した。しかし,同日,病院内において,自殺行動や病院を出るなどの特異な行動はみられなかった。 (4) 同月14日,Cは,朝のうちは「寂しい」「家に帰りたい」などの発言があったものの,日中からは穏やかで笑顔も見られ,ホールでテレビを見たり,自床で過ごしたりしていた。夜も良眠をしており,自殺に繋がるような行動は見られなかった。 なお,同日午後1時ころには,原告がCと面 ったものの,日中からは穏やかで笑顔も見られ,ホールでテレビを見たり,自床で過ごしたりしていた。夜も良眠をしており,自殺に繋がるような行動は見られなかった。 なお,同日午後1時ころには,原告がCと面会を行っている。 (5) 同月15日,午前7時ころ,Cは,巡回に来た看護職員に対し,「日中は気分がいい。」あるいは「4ないし5時間位しか眠れない。論文を書く必要があるので,2,3か月も入院できない。1か月位ならいい。」などと述べて,笑顔を見せていた。 同日午前9時ころ,D医師からの面接依頼により,妻である原告が被告病院にやって来て,D医師と面会した。D医師は,原告とCに対し,Cに肝障害の疑いがあることを告げ,内科と精神科の両方の治療ができる別の病院へ転院することを勧めた。原告は,経済的に大変である,二人で相談するなどと答えた。原告の面会中,Cは,にこにこして具合は悪くない様子であり,自殺や特に病院を出たいとの態度や行動は見受けられなかった。 同日午前11時30分前ころ,看護職員であったHは,病棟内を巡回した際,ホールにいたCに対して食事の時間であることを告げた。Cは昼食を摂り,同日午後0時30分前後ころ,Hから薬を貰って昼食後の服薬をした。 同日午後1時40分ころ,Hが病室へCの様子を見に行くと,Cの姿は確認できなかった。 以上の事実を認めることができ,この認定に反する原告本人の供述の一部は,前掲各証拠に照らして,にわかに信用することができない。 2 争点1について(1) 証人Dの証言によれば,同人が死体検案書(甲A1)に死亡推定時刻を平成10年11月15日午後6時と記載したのは,医学的根拠があるものではなく,同人の証言及び弁論の全趣旨によれば, (1) 証人Dの証言によれば,同人が死体検案書(甲A1)に死亡推定時刻を平成10年11月15日午後6時と記載したのは,医学的根拠があるものではなく,同人の証言及び弁論の全趣旨によれば,Cが死亡した時刻は同日午後6時より後であると認めるのが相当である。 (2) Cの直接的な死因は凍死である(争いのない事実である)ところ,原告は,Cは凍死を手段とする自殺を図った旨を主張し,自殺を前提として,主位的主張及び予備的主張1の各注意義務を主張する。そこで,Cが自殺により死亡したものであるかについて,検討する。 前記第2の1(2)で認定のとおり,Cが死亡していたときの状況は,衣服及び靴を着用したまま仰向けに足を伸ばし,左手を左胸,右手を右胸の上に乗せた姿勢で死んでおり,着衣には乱れはなく,頭から30センチ位の位置の枯れ草の上にメガネが置かれ,現場に争った跡はなく,死体に外傷はなく,身体全体が鮮紅色になっていたこと,所持品は,腕時計,財布,車のエンジンキー及び現金1235円であり,Cの周囲や所持品には,睡眠薬などの薬物,凶器や遺書などの自殺を窺わせるような物品は何ら存在しなかったというのである。また,前記第3の1によれば,Cには,死亡日時に近接した同月10日,11日及び13日に自殺行動があったものの,被告病院に入院して間もなくしてからは,穏やかな表情や笑顔も見られ,ホールでテレビを見たり,自床で過ごしたりするなど,自殺に繋がるような行動や病院を敢えて出ようとする態度や行動は見られなかったこと,原告も前日の14日及び直前の15日午前中にCと面接をしており,その際,Cが自殺を試みるような差し迫った状況を妻である原告に示していないこと(弁論の全趣旨)が認められる。さらに,屋外に留まることにより凍死を手段として自殺するということが,あ と面接をしており,その際,Cが自殺を試みるような差し迫った状況を妻である原告に示していないこと(弁論の全趣旨)が認められる。さらに,屋外に留まることにより凍死を手段として自殺するということが,あり得ないこととは言えないものの,11月15日ないし17日当時の外気温や,自殺の方法としては奇異な方法であるとともに,首をひもで絞めあるいは吊るという入院前になされたというCの自殺企図の方法とも異なるものである。 以上のように,本件において,Cの死亡時の状況,睡眠薬などの薬物,凶器や遺書などの自殺を窺わせるような物品は何ら存在しなかったこと,被告病院に入院した後のCの様子等に照らすと,Cが凍死を手段とする自殺を図ったものということはできず,結局,この点について原告の主張を認めるに足る証拠はないといわざるを得ない。 3 争点2及び3について上記のとおり,本件において,原告の主張するCが凍死を手段として自殺したことについて,結局,これを認めることはできない。 したがって,これを前提とする原告の主位的主張及び予備的主張1については,いずれも,その余の点を検討するまでもなく,失当であって,理由がない。 4 争点4について原告は,Cが自殺でないとしても,Cが無断離院した場合には,事故に巻き込まれたりして,自殺以外の原因で事故死する危険性が高い状況にあったから,D医師あるいは看護職員は,Cが事故死などによる死亡に至らないように,閉鎖病棟に入院させるか,そうでないとしてもCの行動を絶えず監視すべきであった旨を主張する。 (1) 被告は,原告の上記主張について,時機に遅れた攻撃防御方法として却下すべきものと主張する。 しかしながら,原告は,最後の弁論期日において,従来疑義があった自殺の主張が認められない場合の死亡原因を予備的に追加したもの について,時機に遅れた攻撃防御方法として却下すべきものと主張する。 しかしながら,原告は,最後の弁論期日において,従来疑義があった自殺の主張が認められない場合の死亡原因を予備的に追加したものであるが,この点については実質的に審理の範囲に含まれていたもので,これによる主張整理や立証のため期日を重ねることはなかったものであり,上記主張により訴訟の完結を遅延させることとなるとは認められないから,被告の同主張は採用しない。 (2) 前記第2の1(争いのない事実等)及び第3(争点に対する判断)の1並びに弁論の全趣旨によれば,確かに,入院当時Cは自殺が多いとされるうつ病の病初期にあったこと,Cには希死念慮が認められ,被告病院に入院する数日前から3回の自殺行動があったこと,D医師及び被告病院の看護職員はこれらの事情を知っていたことが認められ,これによれば,D医師及び看護職員は,Cを入院させ,診察,看護に当たっては,自殺を含む不慮の事故に備えて,Cの所在や行動等に注意を払うべきものということができる。 しかしながら,他方,前記第2の1及び第3の1並びに弁論の全趣旨によれば,本件においては,当時Cについて閉鎖病棟に入院させる必要があるほど切迫した症状になかったこと,入院に当たり以前入院した病室に入院したいというCの希望が考慮され開放病棟に入院したこと,開放病棟では当然のことながら患者に対しある程度の行動の自由が容認されていること,Cは被告病院に入院後,抑うつ状態が軽快する様子が見られ,穏やかな表情や笑顔も見られたこと,入院中には自殺に繋がるような兆候や病院を出ようとする特異な行動等は全く見られなかったこと,原告は行方不明の前日及び当日午前中にCと面会をしており,その際もCに異常な様子を認めていないこと,被告病院の看護計画では,Cについて入院 候や病院を出ようとする特異な行動等は全く見られなかったこと,原告は行方不明の前日及び当日午前中にCと面会をしており,その際もCに異常な様子を認めていないこと,被告病院の看護計画では,Cについて入院後しばらくの間1時間置きに所在を確認する方針であったところ,当日午前11時30分前ころ看護職員Hは病棟内を巡回を行い,ホールにいたCに対して食事の時間を告げ,正午ころCは昼食を摂り,同日午後0時30分前後ころHから薬を貰って昼食後の服薬をし,その1時間余り後の午後1時40分ころCの姿が確認できなくなったものであり,ほぼ看護計画に則った所在確認等が行われていたことが認められる。 以上によれば,Cが被告病院に入院後に無断離院して,事故に巻き込まれたりするなど自殺以外の原因で死亡する危険性が高い状況にあったとはいえないことが認められる上,被告病院でとられていた看護計画以上に,被告病院において,Cの行動を絶えず監視して事故死に至らないようにすべき注意義務があるとは到底認めることはできない。 (3) よって,原告の予備的主張2についても,理由がない。 5 以上のとおりであるから,原告の請求は,その余の点を判断するまでもなく,理由がないからこれを棄却することとする。 よって,主文のとおり判決する。 新潟地方裁判所長岡支部裁判長裁判官永田誠一裁判官樋口隆明裁判官關紅亜礼(別紙省略) 紅亜礼(別紙省略)

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