昭和54(ネ)744 損害賠償請求控訴並びに同附帯控訴事件

裁判年月日・裁判所
昭和57年5月19日 東京高等裁判所
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【DRY-RUN】主    文      一 原判決中、被控訴人(附帯控訴人)の控訴人(附帯被控訴人)らに 対する請求を、金一〇万円及びこれに対する昭和四七年三月二九日から支払ずみに いたるまで年五分の割合による金員の

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主文 一原判決中、被控訴人(附帯控訴人)の控訴人(附帯被控訴人)らに対する請求を、金一〇万円及びこれに対する昭和四七年三月二九日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員の限度を超えて認容した部分を取消す。 二前項の取消にかかる被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。 三控訴人(附帯被控訴人)らのその余の控訴並びに被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴をいずれも棄却する。 四訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。 事実 第一当事者の求めた裁判一控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)ら 1 原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。 2 被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。 3 本件附帯控訴を棄却する。 4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。 との判決二被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。) 1 本件控訴をいずれも棄却する。 2 原判決被控訴人敗訴の部分を取消す。 3 控訴人らは被控訴人に対し、更に各自一〇〇万円及びこれに対する昭和四七年三月二九日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。 4 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。 との判決並びに仮執行の宣言第二当事者双方の主張並びに証拠関係次のとおり附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。なお、以下において使用する略語は、すべて原判決のそれにならう。 一控訴人らの主張 1 本件調査書の作成提出行為と被控訴人に対する本件各高等学校入学不許可との因果関係(一) 被控訴人は、被控訴人が本件各高等学校の入学を許可されなかつたのは、本件調査書の作成提出にその原因がある旨主 本件調査書の作成提出行為と被控訴人に対する本件各高等学校入学不許可との因果関係(一) 被控訴人は、被控訴人が本件各高等学校の入学を許可されなかつたのは、本件調査書の作成提出にその原因がある旨主張するのであるが、高等学校の入学の許否は、高等学校長が主体的に決定すべき事柄であつて、調査書は右決定に当つての一資料にすぎず(学校教育法施行規則五九条一項)、高等学校長が調査書の記載のみによつて志願者の入学の許否を決定することなど、およそあり得ないことである。のみならず、(二) 被控訴人は、都立第二六群においては、本件調査書の「学習の記録」欄記載の各教科の評定と選抜のための学力検査の成績との総合評価段階が同年度の合格水準に達しなかつた結果不合格とされたものであり、その他の私立高等学校においては、右の各校が実施した入学者選抜のための面接の結果によつて不合格とされたものであつて、これら不合格と本件調査書の作成提出行為との間には因果関係がない。 2 本件調査書作成提出行為の適法性(一) 被控訴人は、本件調査書の記載は教師の教育評価権限を逸脱又は濫用したものとして違法である旨主張する。しかしながら、被控訴人の本件中学校在学中における異常な行動の概略はすでに主張したとおり(原判決三四枚目表五行目から同三六枚目裏三行目まで)であり、これらの行動が生徒の指導上特に留意されるべきものであることは、いうまでもないところであるし、本件実施要綱によつて、調査書の「行動及び性格の記録」欄につき「特に指導を要するもの」についての記載が要求されている以上、教師がこれに従い事実を記載することは、むしろ教師の義務であつて、この記載自体をもつて教育評価権限の逸脱又は濫用とされるべきいわれはない。 (二) また被控訴人は、被控訴人の前記一連の行動は、思想、信条及びこれ い事実を記載することは、むしろ教師の義務であつて、この記載自体をもつて教育評価権限の逸脱又は濫用とされるべきいわれはない。 (二) また被控訴人は、被控訴人の前記一連の行動は、思想、信条及びこれにかかわる言論、表現の自由に関する事項であつて、かかる事項に関する記載を含む本件調査書の作成提出行為は憲法に違反する旨主張するが、教師がこれらの行為を教育評価の対象としてはならないとすれば、教師又は学校は、生徒のこれらの行為につき教育的にかかわりを持つてはならないということにならざるを得ないのであつて、それが人格の完成をめざす教育目的の達成(教基法一条)にとつて不適切であることはいうまでもないところであるし、身心未熟な子どもに対する教育は、本来的にある種の強制にわたらざるを得ないのであつて、学校は、教育目的達成に必要な限りにおいては生徒の基本的人権といえども制約し得るものというべきであるから、被控訴人の前記一連の行動が、その主張のように思想、信条等に関するものであつたとしても、これを指導を要するものと評価し、調査書に記載したことが違法となるわけのものではない。 (三) 更に被控訴人は、本件調査書の作成提出行為は、教育を受ける権利ないし学習権の内容をなす進学権を侵害するものであつて、憲法二六条、教基法三条一項の各規定に違反する旨主張するが、憲法二六条所定の教育を受ける権利は、いわゆる社会権的基本権の一種であり、同条は、実定法の規定を超えて高等学校へ進学する具体的権利を容認したものではない。現行制度下においては、中学校卒業生は進学を希望する高等学校が実施する入学者選抜試験に合格してはじめて進学し得るものであるのみならず、私立高等学校への入学は、当該私立高等学校設置者と入学志願者又はその保護者との私法上の契約関係の設定であり、入学志願者は、右の学 施する入学者選抜試験に合格してはじめて進学し得るものであるのみならず、私立高等学校への入学は、当該私立高等学校設置者と入学志願者又はその保護者との私法上の契約関係の設定であり、入学志願者は、右の学校設置者に対し入学の申込をする以上に具体的な権利があるわけではないし、また公立高等学校の入学についても、入学志願者が高等学校教育を受ける適格者であるとする当該学校長の確認行為によつてはじめて在学関係が設定されるのであつて、入学志願者は、当該高等学校に対する入学志願の範囲を超えて進学についての具体的権利を有するものではない。 二被控訴人の主張 1 本件調査書の作成提出行為と被控訴人に対する本件各高等学校入学不許可の因果関係(一) 高等学校側において中学校長から送付された入学志願者の調査書の記載内容をそのまま信用し、これを資料として重視し、これによつて入学の許否を決定していることは、調査書制度の採用されるにいたつた経緯、その後における運用の実態から見ても紛れのない事実である。 (二) 控訴人は、被控訴人が本件各高等学校の入学者選抜試験において不合格とされたのは、被控訴人の学力検査の成績又は面接の結果によるものであるとして被控訴人の主張を争うのであるが、被控訴人の和光高等学校及び日本学園高等学校の入学者選抜試験における学力検査の成績が優に合格基準に達していたものであることは、すでに明らかであり、これと被控訴人の本件中学校在学中の学習成績並びに受験準備の程度を考え合わせれば、右二校以外の本件各高等学校の入学者選抜試験における学力検査においても、被控訴人の成績がその合格水準に達していたことは、十分にうなづけるところであつて、不合格の原因が学力検査の成績にあつたとはいえないのであるし、また面接の結果について見ても、日本学園高等学校の場合、被控 訴人の成績がその合格水準に達していたことは、十分にうなづけるところであつて、不合格の原因が学力検査の成績にあつたとはいえないのであるし、また面接の結果について見ても、日本学園高等学校の場合、被控訴人が本件調査書の記載内容によつて不合格と判定されたことは、すでに明らかであり、同校及び都立第二六群をのぞく本件各高等学校の入学者選抜試験における面接においても、面接担当者の被控訴人に対する質問は、もつぱら本件調査書の記載内容に基づいてなされているのであつて、これらの事実からすれば、被控訴人が右の各高等学校の入学を不許可とされた原因は、被控訴人の該面接における応答態度にあつたのではなく、本件調査書の記載内容そのものにあつたというべぎであつて、本件調査書の作成提出行為と被控訴人の本件各高等学校入学不許可との間に相当困果関係があることは明らかである。 2 本件調査書作成提出行為の違法性(一) 控訴人らは、被控訴人の本件中学校在学中の行動の異常性を云々するのであるが、被控訴人の本件中学校内におけるビラの配布は、被控訴人が当時中学生として抱いていた時代や政治的状況に対する危機感、それも真摯に人生や社会を考えようとするものであれば等しく抱く問題を具体例をあげ率直に書き、これを右内容を理解し意見を寄せてくれること等が期待できる友人に配布したにすぎないのであつて、それが他の生徒の学習活動に影響を及ぼしたということはなかつたし、また文化祭闘争、ビラ貼り、落書等も、本来クラブ活動の成果の発表の場とされている文化祭において、被控訴人ら社会科クラブの意見発表を教師によつて禁止され、生徒総会における所定の手続に従つた被控訴人の発言を禁止されたのみでなく全校生徒の前で被控訴人の態度を非難されたことがあつたため、これらに対して抗議したまでであつて、そのことによつて本 て禁止され、生徒総会における所定の手続に従つた被控訴人の発言を禁止されたのみでなく全校生徒の前で被控訴人の態度を非難されたことがあつたため、これらに対して抗議したまでであつて、そのことによつて本件中学校の正常な運営が阻害されたこともなかつたし、教育環境が破壊されるおそれもなかつたものであつて、これら被控訴人の一連の行動は、鋭く深くあつたにしても、感受性の強い一四歳の少年の心奥から突出した行動にすぎず、控訴人らが主張するように異常な行動でもないし、特に指導を要する行為でもなかつたのである。 (二) 控訴人らは、学校は教育目的達成上必要な限りにおいて生徒の基本的人権を制約し得る旨主張するけれども、かかる議論は、すでに過去のものとなつた特別権力関係論のむし返し以上のものではない。教育は、生徒を中心に親と教師が役割を分担する共同作業としての側面を有するのであつて、学校教育をつかさどる専門家としての教師には、それに相応した教育上の裁量権限が認められるのは当然であるけれども、教育が生徒の学習権充足のための営みである以上、教師の教育権限の内容をなす教育評価権限は、常に学習権保障のため制約されるのであつて、ここに教師のもつ教育評価権限にも本質的な限界があるというべきであるが、憲法によつて保障される思想、信条及びこれにかかわる言論、表現の自由に関する事項についての評価は、まさに教師の教育評価権限を越える事柄であるのみならず、教師がその立場上知り得た生徒の右事項についての情報は、生徒と教師との直接的教育関係において用いられることはともかく、いまだそのような教育関係の存在しない生徒の進学志望校にこれを通知することは、教師の教育権限を著しく逸脱するものとして違法といわざるを得ないし、現行の調査書制度も右の通知を法律的に許容していないのである。 (三) 関係の存在しない生徒の進学志望校にこれを通知することは、教師の教育権限を著しく逸脱するものとして違法といわざるを得ないし、現行の調査書制度も右の通知を法律的に許容していないのである。 (三) 控訴人らは、憲法二六条所定の教育を受ける権利ないし学習権は法律の定めるところにより認められるにすぎない旨主張するが、「国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること」及びこの権利が憲法二六条の規定する権利であることは、すでに最高裁判所大法廷判決(昭和五一年五月二一日判決、刑集三〇巻五号六三三頁)の宣明するところであつて、この権利は、人間である以上当然に認められる基本的人権であるから、この権利の一内容をなす公正手続による進学の機会を保障される権利(進学権)を姿意的に侵すことは許されないのである。 (四) 以上のほか、本件調査書の作成提出行為は、次の点から見ても教育評価権限の逸脱又は濫用として違法である。即ち、調査書は、中学校における平常評価を活かすしくみであるから、平常評価と調査書における評価は、もともと一貫性を有するものでなければならないところ、被控訴人の本件中学校第一学年次の家庭通信表中の「行動の記録と所見」欄(調査書中の「行動及び性格の記録」欄に相当する。)によれば「(一学期)係りとして積極的によくその任を果す。もう少し毎日の勉強に確実性が身についてくるとよいと思う。(二学期)二学期は学力の充実が目立つた。発言力・積極性もあり学級活動にも協調的でよい。(三学期)学力が増々充実してきて非常によい。この調子でいけば心配はない。今後は人をまとめていく力がついてくるとよいと思う。」(甲第八号証の二)という記載がなされ、同じく第二学年次の右同欄によれば「(一学 )学力が増々充実してきて非常によい。この調子でいけば心配はない。今後は人をまとめていく力がついてくるとよいと思う。」(甲第八号証の二)という記載がなされ、同じく第二学年次の右同欄によれば「(一学期)学活の議長としてじつによくがんばつた。学級委員としても終始誠実に努力した。温厚な人がらで立派である。(二学期)興味と関心のあるものには実にまく力を発揮するが、反面わかりきつていると心をゆるめる場合がないか反省する要があろう。授業中はもつとすなおに落ち着き、よく聞くという姿勢が肝要。スポーツ、ピアノ等広い豊かな心を養うよう心がけられたい。(三学期)精神面で飛躍した感のある二年生時代であつた。人の立場になつても考えられる寛容さをも身につけ、あまり心を散らさず学業に専念することが望ましい。」(甲第九号証の二)という記載がなされ、更に第三学年次の右同欄には、一学期のみであるが「現在の学習は人間成長期の大切な土台をなすもの。 いろいろの見方考え方も学び摂取して、はばのある包容ゆたかな成長を期待する。 学習の努力も中学の試練の一つ。感受性強い。身のまわり物事の処理にき帳面さ足りない。」(甲第一〇号証の二)という記載がなされているのであつて、これを本件調査中の「備考」欄ないし「特記事項」欄(以下「『備考』欄等」という。)の記載内容と対比すれば、被控訴人に対する本件中学校の平常評価が全く無視されているだけでなく、平常評価に存在しない被控訴人の思想、信条等に関する行為を殊更に記載していることが明らかであり、本件調査書の作成が被控訴人の進学を妨害する目的、意図のもとに、極めて姿意的になされたものであるから、本件調査書の作成提出行為は教育評価権限を逸脱又は濫用したものというほかない。 三証拠関係(省略) 理由 第一高等学校進学妨害関 極めて姿意的になされたものであるから、本件調査書の作成提出行為は教育評価権限を逸脱又は濫用したものというほかない。 三証拠関係(省略) 理由 第一高等学校進学妨害関係の請求について一被控訴人の地位等被控訴人が昭和四三年四月に本件中学校に入学し、昭和四六年三月に同校を卒業したものであること、被控訴人は、右卒業に当り同年二月一五日私立和光高等学校、同月一七日私立成城高等学校、同月二三日に都立第二六群、同年三月六日に私立日本学園高等学校、同月二〇日に私立向上高等学校の各入学者選抜、試験(以上がいずれも「高等学校全日制普通科」の入学者選抜試験であつたことは、弁論の全趣旨によつて明らかである。)を受験していずれも不合格となつたこと及びその後同年四月八日に都立新宿高等学校定時制の入学者選抜試験を受験して、同校に入学を許可されたこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。 二本件調査書の作成提出とその記載内容 1 本件各調査書が被控訴人主張のとおり作成され(ただし記載内容の点を除く。)、各高等学校に提出されたことは当事者間に争いがない。 2 学校教育法施行規則五四条の三は、中学校長は「中学校卒業後、高等学校、高等専門学校その他の学校に進学しようとする生徒のある場合には、調査書その他必要な書類をその生徒の進学しようとする学校の校長あてに送付しなければならない。」旨定めており、その成立に争いがない乙第一ないし第三号証、原審証人A1、同B1の各証言と弁論の全趣旨を総合すれば、(一) 都教委は東京都公立学校の管理運営に関する規則(昭和三五年都教委規則八号)二〇条の規定に基づいて、昭和四六年度における東京都立高等学校等の入学者選抜の方法等を定めた本件実施要綱(乙第一号証)中において、被控訴人を含む昭和三七 運営に関する規則(昭和三五年都教委規則八号)二〇条の規定に基づいて、昭和四六年度における東京都立高等学校等の入学者選抜の方法等を定めた本件実施要綱(乙第一号証)中において、被控訴人を含む昭和三七年度以降の中学校卒業生に関する調査書の様式を原判決別紙(一)のとおりとしたうえ、その作成要領を本判決別紙(1)のとおり定めたこと、及びその第三Ⅰ(Ⅱ)2において調査書中行動及び性格の記録につき項目ごとの評定は「生徒指導要録の記入要領」により中学校在学期間を通してなされるものとされていること、また右記入要領は、都教委が昭和三七年二月に学校教育法施行規則一二条の三に基づき定めた「児童等の指導要録」の作成要領として定めた本件指導要録取扱い(乙第二号証)中そのⅡ9行動及び性格の記載の項において「この欄には、各教科、道徳、特別教育活動、学校行事等その他学校生活全体にわたつて認められる生徒の行動及び性格について記録すること。」とされたうえ、本判決別紙(2)のとおり定められていたこと、(二) 生徒の進学志望校が私立高等学校の場合にあつては、本件実施要綱の適用がなく、昭和四一年七月一三日都教委議決「東京都立高等学校入学者選抜制度の改善に関する基本方針」(乙第三号証)が「国立、私立高等学校の志願や就職にさいして提出する学習の記録は、都立高等学校志願のさいに提出するものと同じものとするよう要請する。」としていたほかには、調査書の作成要領等を定めたものは当時存在せず、当該高等学校において独自の調査書様式、作成要領を定めている場合には、それによるが、それ以外の場合にあつては、本件実施要綱に準拠して作成提出されるのが通常であつたこと、(三) 被控訴人の本件各高等学校の入学者選抜試験の受験に当つては、被控訴人の本件中学校第三学年次における学級担任教諭のB1が、被控 は、本件実施要綱に準拠して作成提出されるのが通常であつたこと、(三) 被控訴人の本件各高等学校の入学者選抜試験の受験に当つては、被控訴人の本件中学校第三学年次における学級担任教諭のB1が、被控訴人に関する調査書の原案を作成し、これに基づき本件中学校長A1が同人作成名義の調査書を完成させたうえ、これを所定の期日までに本件各高等学校長あてに持参又は送付して提出されたのである(この点は当事者間に争いがない。)ところ、都立第二六群に提出された調査書は(一)において認定した定めに従い作成されたことは当然であるが、本件の各私立高等学校に提出されたその他の調査書も、それらの学校がそれぞれ独自の調査書様式等を定めていなかつたため、都立第二六群に提出された調査書と同一様式同一内容のものが用いられたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を妨げる証拠はない。 3 本件調査書の「行動及び性格の記録」欄中「基本的な生活習慣」「自省心」及び「公共心」の三項目がCと評定記載されていたことは当事者間に争いがなく、前記A1、B1両証人並びに原審証人C1の各証言と弁論の全趣旨を総合すれば、(一) 本件調査書の「行動及び性格の記録」欄中前記の三項目をのぞく他一〇項目は、すべてBと評定記載されていたこと及びその「備考」欄等には、控訴人らが自認するように、概ね「校内において、a町中全共闘を名乗り、機関紙『砦』を発行した。学校文化祭の際、文化祭粉砕を叫んで他校生徒とともに校内に乱入しビラまきを行つた。大学生ML派の集会に参加している。学校側の指導説得をきかないでビラを配つたり、落書をした。」旨記載され、またその「出欠の記録」欄中の「欠席の主な理由」欄には、表現の詳細は明らかではないが「風邪、発熱、集会又はデモに参加して疲労のため」という趣旨の記載がなされていたこと、 、落書をした。」旨記載され、またその「出欠の記録」欄中の「欠席の主な理由」欄には、表現の詳細は明らかではないが「風邪、発熱、集会又はデモに参加して疲労のため」という趣旨の記載がなされていたこと、(二) 右「備考」欄等の記載内容は、[備考」欄からこれに接続する上欄の「特記事項」欄にかけて記載されたあであつて、右記載内容のいずれ部分が「特記事項」欄に記載されたかはこれを確定することはできないものの、この「特記事項」欄に及んだ記載内容が本来同欄に記載されるべき事柄に属しないものであることは、前記認定の本件施要綱の定め(別紙(2)中(Ⅱ)「5特記事項」の項参照)によつて明らかであるというべきところ、右の記載内容が「特記事項」欄に及んだのは、前記認定の記載内容のすべてを「備考」欄に記入するに、その余白部分が不十分であつたためであり、それ以外には他意がなかつたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を妨げる証拠はないし、他の本件全証拠を検討して見ても「備考」欄等に右以外に被控訴人が主張する事項が記載されていたことを肯認し得る資料はない。そこで以下右の記載あるいは事実を「備考欄等の記載」あるいは「備考欄等記載の事実」ということとする。 三本件調査書の作成提出行為の違法性の有無被控訴人はA1校長の右各調査書作成提出の行為が違法であるというが、中学校長が高等学校進学志望の生徒について担任教師の意見を聞き、調査書を作成して当該高等学校に提出する行為が外形的に見る限り正当な権限の行使とされることは前説示に照らしていうまでもないから、違法性の有無が問題となりうるのが調査書の記載内容に関してだけであることは当然であるところ、被控訴人は種々の理由を挙げて本件調査書の記載が校長としての教育評価権限を逸脱しもしくは濫用してなされたものであつて違法であると主 うるのが調査書の記載内容に関してだけであることは当然であるところ、被控訴人は種々の理由を挙げて本件調査書の記載が校長としての教育評価権限を逸脱しもしくは濫用してなされたものであつて違法であると主張するので、以下順次判断する。 1 本件調査書の記載が事実に反するとの主張についてその成立に争いがない乙第五号証、乙第六号証の一ないし八、乙第一四号証、原審証人D1の証言、前記被控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によつて控訴人ら主張の写真と認める乙第七号証の一、二(いずれも昭和四五年九月一三日本件中学校において撮影)、乙第七号証の三(昭和四五年一〇月二〇日前同)、同号証の一二(昭和四六年一月前同)、乙第七号証の一三の一、二(いずれも昭和四七年一二月一九日前同)、前記証人D1、同A1、同B1、同E1の各証言並びに前記被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、(1) 被控訴人は、すでに本件中学校の第二学年在学当時から、その頃社会問題化していたベトナム戦争反対、日米安保条約の存続をめぐる諸問題その他の政治問題に深い関心を持つと同時に本件中学校の受験本位と見られる教育方針に強い疑問を抱くようになつていたが、第三学年に進級する前後においては、更にこれらの政治ないし社会情勢の推移につき危機感を抱くにいたり、被控訴人自身が右の諸問題に対処するため何らかの具体的な行動に出るべきではないかと考える一方において、高等学校へ進学するためには、そのような行動を断念し、もつぱら受験勉強に励むべきではないかとも考え、その相克状態に深刻に悩んだが、そのような気持を表現する場所として被控訴人が第二学年当時級友七、八名とともに当時の担任教諭の承認を得て発行した文集「砦の囚人」が、ベトナム反戦問題を取扱つたことを理由として担任教諭によつて、三号以後の続刊を事実上禁止された結 として被控訴人が第二学年当時級友七、八名とともに当時の担任教諭の承認を得て発行した文集「砦の囚人」が、ベトナム反戦問題を取扱つたことを理由として担任教諭によつて、三号以後の続刊を事実上禁止された結果被控訴人の意見を級友らの前に発表する方法がなくなつてしまい、また被控訴人がその頃友人とともに渋谷駅前で行われていた他の中学校の生徒によるベトナム反戦運動のための資金カンパ活動の手伝をしたことが学校当局の知るところとなり、その際学校当局が被控訴人らの右の行動に対して一片の理解をも示そうとしなかつたばかりでなく、かえつて、いわゆる越境通学生である被控訴人に対し、被控訴人が再度右のような行動をとるならば、被控訴人をその住所地の中学校に転校させる旨警告するにいたつたため、被控訴人は、学校当局の許可を受けないで校内においてビラを配布することは、当時本件中学校の生徒会規則によつて禁止されていることを知りながら、やむにやまれず昭和四五年四月頃「中学生総反乱」と題し、被控訴人が当時抱いていた政治情勢に対する危機感並びに反戦平和を訴える文章をわら半紙にガリ版印刷したビラ約二〇枚を不特定の級友らに配布するにいたつたこと、これに対し、本件中学校第三学年の学年主任であつたF1教諭及び前記B1教諭は、すぐさま被控訴人を呼出し、右ビラの執筆者、印刷者又はその配布方法などを問いただすと同時に学校内の規則に違反する右のようなビラの配布を以後行わないように被控訴人を説諭し、またA1校長は、同年四月八日に被控訴人の父E1の来校を求め、被控訴人が右のようなビラの配布をしないよう家庭においても指導するよう協力を求め、E1も、このA1校長の要請に従うことを約束したこと、また被控訴人は、本件中学校の第三学年次のクラブ活動においては、社会クラブに所属したが、新学期早々同クラブの中にマ いても指導するよう協力を求め、E1も、このA1校長の要請に従うことを約束したこと、また被控訴人は、本件中学校の第三学年次のクラブ活動においては、社会クラブに所属したが、新学期早々同クラブの中にマルクス・レーニン主義の研究等を目的とする政治経済社会研究班を設けることを企画し、クラブ顧問の教師からの所定の許可を得ないままて、他の同クラブ所属の生徒とともに「マルクス・レーニン主義を学ぼう」と記載した入会勧誘ポスターを校内に掲出するなどのことがあつたため、前記研究班を設けること自体を学校によつて禁止されたことがあつたこと、(2) 次いで被控訴人は、昭和四五年四月二八日は「砦」と題し、沖縄解放、ベトナム戦争反対などについての被控訴人のかねてからの所信をわら半紙一枚半面にがリ版印刷したビラ約五〇枚、同年五月一一日には、「砦」第二号として、被控訴人の手になる中学解体小論などを同様印刷したビラ約五〇枚をひそかに級友に配布するにいたつため、本件中学校の生活指導主事のD1教諭及び前記F1教諭は、被控訴人に対し、右のようなビラを印刷、配布することを中止するよう説諭し、またA1校長は、同年五月二九日に再び父E1の来校を求め、被控訴人が右のようなビラを印刷、配布しないよう家庭においても指導されたい旨重ねて要請すると同時に右ビラの執筆者、印刷場所、配布方法、外部とのつながりの有無、家庭での指導経過についての報告を求め、これを諒承したE1からは同年六月五日頃、右ビラの執筆、印刷者は被控訴人であり、印刷場所は法政大学である、配布方法は、被控訴人はいえないとしている、外部とのつながりについては、被控訴人は、いいたがらないが、外部の影響を受けずに自主的に行動したと述べている旨並びに家庭での指導経過等についての報告が本件中学校に寄せられたこと、(3) その後被控訴 とのつながりについては、被控訴人は、いいたがらないが、外部の影響を受けずに自主的に行動したと述べている旨並びに家庭での指導経過等についての報告が本件中学校に寄せられたこと、(3) その後被控訴人は、昭和四五年六月一四日市民団体主催の日米安保条約自動延長反対のデモが行われた際いわゆるべ平連のデモ隊の隊列に加わつたことがあり、その後も数回にわたつて同種のデモに参加し、ときには、父E1の切なる反対を押切つて参加したこともあつたこと、また被控訴人は、同年七月頃からは「a町中学校マルクス主義研究会(略称として「KMM」を使用)」を名乗りはじめ、次いで「a町中学校全学共闘会議(略称として「a町中学全共闘」又は「全共闘」を使用)」を名乗つたが、更に同年八月頃には被控訴人が中心になつて他の中学校の生徒をも含む約二〇名の中学生とともに「全関東中学校全共闘会議(略称として「全中共闘」を使用)」を結成したうえ、全中共闘の運動として、べ平連の定例デモに参加し又は街頭で反戦運動のための資金カンパ活動を行つたことがあり、また被控訴人ほ、当時本件中学校内において、みずからML派(ML派が当時存在した新左翼過激派の学生団体であることは公知の事実である。)と関係があることを公然と表明したことがあつたこと、(4) 被控訴人は、前記のように文集「砦の囚人」の第三号以下の続刊を事実上禁止されたこと及びクラブ活動としての政治経済社会研究班の設置が学校によつて禁止されたことにつきいたく不満を抱いていただけでなく、かねてから、前記のように受験本位の本件中学校の教育方針は為政者がとつている海外侵略政策に奉仕するものであつて、本来クラブ活動の成果の発表の場であるはずの文化祭は、右の本件学校の教育方針ないしその意図を隠蔽する手段にすぎないと確信し、かかる本件中学校の態度に抗議す ている海外侵略政策に奉仕するものであつて、本来クラブ活動の成果の発表の場であるはずの文化祭は、右の本件学校の教育方針ないしその意図を隠蔽する手段にすぎないと確信し、かかる本件中学校の態度に抗議すべきことを考えていたが、昭和四五年九月一三日の本件中学校の文化祭当日の昼頃、本件中学校の他の生徒一名及び他の中学校の生徒九名とともに、各自ヘルメツトをかぶり覆面をしたうえ竹竿を持ち、当時閉鎖されていた本件中学校の裏側通用門を乗越えて校内に立入り、校舎の屋上にかけ上り、そこから、校庭をめがけて「文化祭粉砕」「管理された文化祭を粉砕せよ」「文化祭を我らの手に」「文化祭粉砕闘争に起て」等印刷した多数のビラをまき、更にシユプレヒコールをしながら校庭一周のデモ行進をしたうえ正門から退去したこと、そのため、被控訴人は同日中に所轄警察署員により補導され、家庭裁判所に送致されるにいたつたこと(のち家庭裁判所で不処分の審判を受けた。)、(5) 右のような事態が発生したため、、A1校長は、同年九月一七日に三たび父E1の来校を求め、被控訴人が自発的にしばらく休校するよう配慮を求め、E1もA1校長の右要請を被控訴人に伝えたが、被控訴人は、これに従わず登校を続け、同月二〇日頃には、九・一三文化祭闘争特集と銘打つた「砦」第四号を、同年一〇月初頃には「義務教育管理体制粉砕」「生徒会自治権を」「ビラまき、掲示の自由を」「制服制帽廃止」「定期学カテスト廃止」「検定教科書をつかうな」等のスローガンを掲げた「砦」第五号を発行し、前同様配布するにいたつたこと、(6) またその頃から被控訴人は、本件中学校校舎の壁面に「全共闘」と、校舎の窓枠に「教育の帝国主義的再編粉砕」「中学生の政治活動を」と、自分の個人用ロツカーの扉に「解放戦線」「全共闘は斗うぞ」「卒斗勝利」とマジツク・イン 訴人は、本件中学校校舎の壁面に「全共闘」と、校舎の窓枠に「教育の帝国主義的再編粉砕」「中学生の政治活動を」と、自分の個人用ロツカーの扉に「解放戦線」「全共闘は斗うぞ」「卒斗勝利」とマジツク・インキで落書し、また右のロツカーの扉に「a町中闘争勝利、全共闘」「(冒頭の一字不明)闘を実力で闘い抜け、ビラまきの自由を、言論思想統制粉砕、a町中全共闘」と記載したビラを貼付したこと、(7) 以上のような被控訴人の行動に対し、本件中学校の教諭らが被控訴人に対し直接説諭指導に当つたこと及びA1校長が被控訴人の父E1に対し、家庭における被控訴人の指導を要請したことは前記のとおりであるが、そのほか、担任のB1教諭は、第三学年の一、二学期中においては、平均週一、二回の割合をもつて授業の休憩時間又は放課後の時間を利用して校内において被控訴人と面接し、更に昭和四五年の秋には、被控訴人を自宅に招いて宿泊させたうえ被控訴人と話合い、被控訴人が現に強い関心を持ち危倶を抱いている社会ないし政治情勢に関する事柄は今直ちに解決し得る問題ではなく将来にわたつて熟考すべき問題であり、現在は中学生として人生の基礎を固める時期であるから、そのためには与えられた教科の学習に専念すべきであつて、叙上のような行動は中止すべきである旨重ねて熱心な説諭と指導を試みたが、被控訴人は、ついに納得せず、依然として前記のような行動を繰返したため、第三学期に入る頃からのちは、同教諭において被控訴人を個人的に指導する機会も次第にすくなくなつていつたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を妨げる証拠はない。 2 以上の事実関係によれば、前記認定の本件調査書の「備考」欄の記載内容のうち、被控訴人が「大学生ML派の集会に参加している。」旨の記載部分をのぞけば、それが、すべて被控訴人の本件中学校におけ 。 2 以上の事実関係によれば、前記認定の本件調査書の「備考」欄の記載内容のうち、被控訴人が「大学生ML派の集会に参加している。」旨の記載部分をのぞけば、それが、すべて被控訴人の本件中学校における行動と一致し、事実をありのままに要約記載したものであつて、これらの記載内容が被控訴人の本件中学校中における極めて些末な行動を取上げ、これを殊更に針小棒大に表現したとは到底認められない。また前記「備考」欄等の記載のうち、被控訴人が「大学生ML派の集会に参加している」旨の記載部分については、本件全証拠を検討して見ても、直接にこれを裏づける資料を見出すことはできないが、被控訴人が本件中学校において、自ら大学生ML派に関係がある旨表明した事実は前述したとおりであり、これと前記認定の被控訴人の本件中学校在学中における一連の行動並びに前記乙第五号証、第六号証の一ないし八、第一四号証及び前記D1証言によつて認められる被控訴人が前記のように本件中学校において配布したビラには、当時新左翼過激派に属する大学生らがビラその他の情宣文書において慣用していた中華人民共和国政府採用の略漢字が多用され、また右のビラのうちには、法政大学構内において印刷されたものも含まれていた事実、更に当時法政大学の中にもML派の拠点が存在したという公知の事実を総合すれば、控訴人がML派と関係を持ち、その集会に一度ならず参加したことのある事実を推認するに十分であつて、とくにこの推認に反する証拠はなく、結局備考欄等の記載の全部が事実に即していたというべきであるし、また前認定の事実関係からすれば、出欠の記載中欠席の主な理由として「デモに参加して疲労のため」とする記載が事実に反するともいゝえないことが明らかである。 なお、本件調査書中各C評定の記載は、価値判断の結果の記載であつて、事実の有無と の記載中欠席の主な理由として「デモに参加して疲労のため」とする記載が事実に反するともいゝえないことが明らかである。 なお、本件調査書中各C評定の記載は、価値判断の結果の記載であつて、事実の有無とは直接かかわる問題でないこともちろんである。 それ故本件調査書の記載が事実に反するとの被控訴人の主張は理由がない。 3 本件各C評価があやまりであるとする主張について<要旨>本件実施要綱及び指導要録取扱いによれば、本件調査書においてC評定のなされた各項目すなわち「基</要旨>本的な生活習慣」、「自省心」、「公共心」がそれぞれ「生命の尊重・健康・安全の習慣が身についているかどうか、正しいことばづかいや能率的な動作ができるかどうか、身のまわりの整理整とんができているかどうか、時間や金銭をだいじにし、合理的に活用するかどうかなど」、「自分の特性や長短を知つているかどうか、自分のあやまちを卒直に認めるかどうか、わがままな行動をしないで節度を守るかどうか、謙虚に他人の意見に耳を傾けるかどうか、など」、「きまりや規則を理解して守るかどうか、公共物をたいせつにするかどうか、公共の福祉のためにつくそうとするかどうか、など」を意味するものとされ、右各項目に対するA、B、Cの各評価がそれぞれ「特にすぐれたもの」、「普通」、「特に指導を要するもの」を意味するものとされ、備考欄にはC評定の項目に対する具体的な理由や指導方針を項目ごとに記入することが望ましく、場合によつては数項目をまとめて全体的に記入してもよいとされていたことは前認定のとおりであるところ、前記のように備考欄の記載がすべて事実である以上、これらの事実関係を前提としてA1校長が右三つの項目について、被控訴人に対し、特に指導を要するものと考えてC評定をなしたことが不当であるということはできない。なんとな の記載がすべて事実である以上、これらの事実関係を前提としてA1校長が右三つの項目について、被控訴人に対し、特に指導を要するものと考えてC評定をなしたことが不当であるということはできない。なんとなれば、A、B、Cの三段階による評価は、本来相対的な価値判断(A、B、C各評点の学級内あるいは学年内での配分率が定められていないことから、これを絶対評価と称する向もあるが、A、B、C相互の間に、AはBよりすぐれ、BはCよりすぐれているという相対的な関係があることは否定できない。)であつて、前記実施要綱及び指導要録取扱いに従うほかは、中学校長の自由裁量に委ねられており、例えば判断の前提となつた事実の認識に誤りがあつたり、前提となつた事実関係から導き出された判断結果が一見明白に不合理なものであつたり、あるいは内心的判断と外部に表現された判断結果とがそごしているなど特段の事情のない限り、右裁量権の行使が違法とされる理由はないと解すべきところ、本件各C評価の前提となつた事実関係の全体についてはこれを知るよしもないが、少なくとも備考欄等に記載された前記の事実関係にあやまりのないことは前示のとおりであり、右事実関係からすれば、A1校長が各C評定の項目について「特に指導を要する」とした判断が、唯一無二のものであるといえないにしても、一見明白に不合理であるとは到底いえないし、その他A1校長の右各項目の評定についての裁量権の行使を違法ならしめる特段の事情を認めることはできない。 それ故、右の点についての被控訴人の主張もまた採用の限りでない。 4 備考欄等の記載及び欠席の主な理由欄の記載が不当であるとの主張について前出要綱及び取扱いによれば調査書の行動及び性格の記録中C評定がなされた場合には、備考欄にその理由及びその他指導上の問題点について具体的に記入すること 主な理由欄の記載が不当であるとの主張について前出要綱及び取扱いによれば調査書の行動及び性格の記録中C評定がなされた場合には、備考欄にその理由及びその他指導上の問題点について具体的に記入することが要求され、右記入は項目ごとになされるのが望ましいが、場合によつては数項目をまとめて全体的に記入してもよいとされているから、中学校長は右に従う限り、如何なる事項を如何なる程度において記載するかについて、広汎な裁量権限を有していることはいうまでもなく、それが事実に反しているなど特段の事情がない限り、違法とされる理由はない。そうして右各記載が赤裸々に過ぎ、偏狭の感あるを免れないものであるとしても、それが事実に反していることは既に見たとおりであり、要綱及び取扱いの定めに反していないことも明らかであるから、A1校長が右各記載をなしたことが右裁量権限を逸脱したということはできず、この点に関する被控訴人の主張も理由がない。 因みに、原審証人管野昭二郎の証言によれば、被控訴人が最後に入学を許可された都立新宿高等学校定時制の第二次募集の受験に際し、A1校長が同高等学校に提出した調査書は、前記各調査書と異なり、備考欄の記載がずつと簡略化され、抽象的な表現にとどまり、具体的事実に及んでいなかつたことが認められる。この点は、都立高等学校定時制第二次募集は、一般に定員に余裕があり、形式的資格を具備した受験者である限り、通常実質的な選抜なしに入学を許可されることは公知の事実であつて、中学校から提出される調査書も実質的な選抜資料としての意味が薄いことから、本件各調査書と異なつた内容の調査書が作成されるものと推測されるが、都立の定時制高等学校の場合であつても、調査書の作成については全日制高等学校の場合と同様になされるべきことは成立に争いのない乙第一号証によつて明らかであ 内容の調査書が作成されるものと推測されるが、都立の定時制高等学校の場合であつても、調査書の作成については全日制高等学校の場合と同様になされるべきことは成立に争いのない乙第一号証によつて明らかであるから、A1校長が本件各調査書における備考欄等の記載を必要なそれと判断していたのにかかわらず、新宿高等学校定時制に提出した調査書にこれを記載しなかつたことは、むしろ裁量権の恣意的な行使であるといわれてもやむをえないであろう。 5 各C評定の項目について被控訴人に対する中学校側の教育指導がなされていなかつたとの主張について前認定によれば、A1校長、B1教諭らは被控訴人に対し、各C評定のなされた項目について種々個別的な教育指導を試み、努力したと評価することができるから、これと異なる前提に立つ被控訴人の主張は失当というべきである。なお、被控訴人が、右の教育指導がもつぱら学校管理もしくは進学指導の立場からなされたもので、真の教育的立場からなされたものでないと考えていることは原審における被控訴人本人尋問の結果によつて明らかである。そうして学校教師の中に、教師と個々の生徒との人間的接触にもつぱら重点をおく考え方と、学校管理や進学問題を比較的に重視する考え方があることは当然であるが、教師である以上前者の考え方を完全に放擲することが安易にできるはずもなく、本件の当時(昭和四五、六年ころ)を含め、現今の教育情勢のなかで、多くの学校教師が理想と現実の板ばさみとなつて苦しんでいるのであつて(A1校長、B1教師らがそんなに憎めない普通の教師であつたことは、前出本人尋問の際被控訴人自身も認めているところである。)、A1校長、B1教諭らのなした被控訴人に対する個別的教育指導が、すべて学校管理、進学指導の立場を出るものでなかつたというならばそれは明らかに言い過ぎであ 際被控訴人自身も認めているところである。)、A1校長、B1教諭らのなした被控訴人に対する個別的教育指導が、すべて学校管理、進学指導の立場を出るものでなかつたというならばそれは明らかに言い過ぎであろう。 6 調査書の記載と中学校における平常評価とが異なつているとの主張について前記乙第二号証とその成立に争いがない甲第八ないし第一〇号証の各一、二によれば、本件中学校における「家庭通信表」の「行動の記録と所見」欄が指導要録の「行動及び性格の記録」欄にほぼ相当するものであることを認めるに十分であり、調査書における「行動及び性格の記録」欄と指導要録における右欄の関係は、前記認定のとおりである。そして右甲第八ないし第一〇号証の各二によれば、被控訴人の本件中学校の第一学年次から第三学年次までの家庭通信表の「行動の記録と所見」欄に被控訴人が当審において主張したところ(第二、二、2、(四))に副う記録があることは明らかである。ところで一般に中学校が、各学期末又は学年末に生徒の保護者に対し、生徒に関する通信簿又は成績通知表等(以下「通信簿」という。)を送付し、保護者の中学校教育に対する理解と生徒の教育指導についての協力を求める資料として活用していることは公知の事実であり、前記の家庭通信表が右の通信簿に相当するものであることは、弁論の全趣旨によつて、これを認めるのに十分であるが、通信簿の作成送付自体が法律上に根拠のある制度ではないし、前記乙第二号証によれば、本件指導要録取扱いが「指導要録の記載事項に基づいて家庭への通信を作成する場合、その記載事項をそのまま転記すると誤解を生ずる場合もあるから、これらの作成に当つては、特に注意すること。」としていることが認められるが、右以外に都教委が通信簿の送付、その記載事項及び記載要領等について特別の規制又は指導をして ると誤解を生ずる場合もあるから、これらの作成に当つては、特に注意すること。」としていることが認められるが、右以外に都教委が通信簿の送付、その記載事項及び記載要領等について特別の規制又は指導をしていることは、本件記録上もこれを見出すことができない。従つて、通信簿を保護者に送付するかどうか、送付するにしてもいかなる名称を付し、いかなる事項をいかなる表現を用いて通知するかは、挙げて学校教育法四〇条、二八条並びに東京都公立学校の管理運営に関する規則三五条、七条の各規定によつて中学校教育の管理権限を付与されている校長の教育的裁量に委ねられているものと解するほかはない。これを要するに、通信簿と調査書は、明らかにその作成目的を異にするから、両者がいずれも指導要録に基づいて作成されるものであるにせよ、その記載事項ないし記載内容を合致させなければならないとする合理的な根拠を見出しがたい。のみならず前認定のようにA1校長及びB1教諭らは、備考欄等記載の事実に関し、被控訴人の父親を学校に呼び寄せ、右事実を告げたうえ、学校側の指導に対する父兄側の協力を要請しているのであつて、これによりその限りにおいてこれと異なる従前の通信簿の記載は修正せられたものと見るべきは当然であるから、両者の不一致を云々すること自体が不合理であるもいえる。それ故いずれにしてもこの主張もまた採用の限りでない。 7 本件調査書の記載が被控訴人の高等学校進学を妨害する意図をもつてなされたとの主張について本件調査書のうち、備考欄等の記載は、率直に云つてこの調査書の送付を受けた高等学校側で被控訴人を入学させることをためらわせる感のあるものであることは否定できない。しかしながら、中学校長が調査書を作成するに当つては、情実を排し、公正を旨とすべく、公正に作成された調査書の記載によつて当該生徒が を入学させることをためらわせる感のあるものであることは否定できない。しかしながら、中学校長が調査書を作成するに当つては、情実を排し、公正を旨とすべく、公正に作成された調査書の記載によつて当該生徒が進学試験に不合格となる虞れがあるとしても場合によりやむをえないことはいうまでもない。そして本件調査書の各C評定並びに備考欄等の記載は、前認定の事実関係及び調査書制度の目的に照らして、公正に作成されたものということができる一方、本件においてA1校長らが、本件調査書を作成するに当り、その記載によつて被控訴人が本件各高等学校に入学を許可せられないこととなる可能性を認識していたかどうかはともかくとして、被控訴人が各高等学校から入学不許可とされることを積極的に意図して、その目的のための手段として本件調査書を作成したとの事実は、本件全証拠を以てしてもこれを認めることができない。それ故被控訴人の右主張もまた採用することができない。 8 本件備考欄等の記載が憲法一九条、教基法三条一項に違反するとの主張について右備考欄等の記載が、被控訴人の思想信条そのものを問題とし、これにマイナスの評価を加えたものでなく、被控訴人の中学生としては明らかに異常な行動面を問題としたものであることはその記載自体に照して明らかであるところ、特定の思想信条が思想信条にとどまる限り、これを理由として教育上の差別取扱いをなしえないことはもちろんであるが、仮りにそれが一定の思想信条から発したものであるとしても(前認定の事実関係から被控訴人がそのころマルクス・レーニン主義を信奉していたとにわかに断定できず、またその他思想信条と呼びうるような具体的な内容をもつた一定の考え方を有していたかどうか必ずしも明らかであるとはいえないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。)、被控訴人が前認定のよう 断定できず、またその他思想信条と呼びうるような具体的な内容をもつた一定の考え方を有していたかどうか必ずしも明らかであるとはいえないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。)、被控訴人が前認定のように生徒会規則に反し、校内の秩序に害のあるような行動にまで及んで来た場合において、中学校長が高等学校に対し、学校の指導を要するものとして、その事実を知らしめ、もつて入学選抜判定の資料とさせることは、思想信条の自由の侵害でもなければ、思想信条による教育上の差別でもない。被控訴人のこの点に関する主張も理由がない。 9 本件調査書中各C評定及び備考欄等の記載が憲法二六条、教基法三条一項に違反するとの主張について右主張は、右各規定が生徒に学習権及びその具体的一内容たる進学権を保障している以上、この保障は学校長の教育評価権に優先するものであり、中学校長は進学のための調査書に、おおよそ受験者の進学を妨げるような事項を記載してはならないとの見解を前提とするものであるが、被控訴人のいう学習権あるいは進学権が万人に保障されたものであるにしても、各人の能力に応じた分量的制約を伴うものであることは、右各規定に照らして明らかで、進学に際し、上級学校によつてなされる能力による選抜が当然視されるのもその故である。そうして右選抜の資料とするために受験者の属する中学校からその志望高等学校に対し調査書を提出することが法律上または事実上の制度として行われていることは既に見たとおりであり、右調査書制度自体政策的に見た場合いろいろな問題点があるにもせよ、憲法上あるいは法律上の問題の生ずる余地はない。そして調査書が本人にとつて有利に働くこともあれば、不利に働くこともある(広い視野で見れば、本人にとつて有利な場合はライバルに不利に、本人にとつて不利な場合はライバルに有利に働く。)の る余地はない。そして調査書が本人にとつて有利に働くこともあれば、不利に働くこともある(広い視野で見れば、本人にとつて有利な場合はライバルに不利に、本人にとつて不利な場合はライバルに有利に働く。)のは事柄の性質上当然のことであり、本人にとつて有利にしか働かない調査書制度なるものを想定することは不可能である。それ故、学校長は進学のための調査書に本人に不利なことを記載してはならないとの被控訴人の見解は、合理的な基礎を欠く独自の見解といわざるをえず、これを前提とする被控訴人の右主張は到底採用しえない。 以上のとおり、A1校長が本件調査書を作成し、各高等学校に提出した行為は、すべて権限に基づく正当な行為であつて、これを違法とする余地はないといわねばならない。 四因果関係の有無本件調査書の記載と被控訴人の不合格との間の因果関係の有無も、本件において重要な争点とされているので、これについても判断しておく。 1 都立高等学校の場合前出乙第一号証によれば、都立高等学校全日制普通科の選抜については、審査委員会が、その群の募集定員に達するまで志願者のうちから、調査書中の学習の記録等と学力検査との総合成績のよい者の順に群の入学候補者(最終的にはこのうちから各都立高校に設けられた選考委員会がその学校の入学許可予定者を決定する。)を決定するものとされていること及び調査書と学力検査の成績との取り扱い等については教育長が別に定めることとされていることが認められるが、右総合成績の出し方については、右教育長の定めが証拠として提出されていないので正確には知ることができないが、成立に争いのない甲第一二号証によれば、右総合成績は学力試験の成績と調査書中中学三年時の学習の記録とを総合した数値をもつて表され、これによつて群の受験者全員に順位が附せられるものであること、 ないが、成立に争いのない甲第一二号証によれば、右総合成績は学力試験の成績と調査書中中学三年時の学習の記録とを総合した数値をもつて表され、これによつて群の受験者全員に順位が附せられるものであること、行動及び性格の記録の各項目中Cの評定があるために総合成績が合格圏内にあるのにかかわらず不合格となつた例は群に属する都立高等学校の場合に昭和四八年以前にはなかつたことを認めることができる。原審証人G1の証言中右認定に反する部分は措信できない。、してみれば、本件調査書を作成するに当り、C評定があるために総合成績とかかわりなく被控訴人が入試不合格となると予測することはできない訳であるし、又備考欄等及び欠席の主な理由欄の前記記載についても、特にそのような予測が可能であつたとする資料はない。そして、相当因果関係とは、現実に継起した因果の系列そのものではなく、通常こういう原因があればこういう結果があると客観的に予測される因果関係をいうのであるから、右各記載と被控訴人の都立高等学校入試不合格との間に相当因果関係があるということはできない。 2 私立高等学校の場合本件各私立高等学校の場合、都立高等学校と同じようにあらかじめ選抜方法が定められていたのかどうか、定められていたとすればどのようなものか、事前に定められていなかつたとすれば実際の選抜はどのように行われたかは、日本学園高等学校関係でC1証言があるほかには、まつたく証拠がなく、不明である。しかしながら、いずれの場合においても、学力試験及び面接が行われたことは当事者間に争いがないので、右学力試験及び面接の各結果、調査書の記載の三者が選抜資料とされたことは疑いがない。そうして私立学校の場合は公立学校と異なり、国民一般あるいは地域住民一般に対する教育機関としての責を負う訳ではないから、独自の方針あるいは校 、調査書の記載の三者が選抜資料とされたことは疑いがない。そうして私立学校の場合は公立学校と異なり、国民一般あるいは地域住民一般に対する教育機関としての責を負う訳ではないから、独自の方針あるいは校風をもち、これに同調する者のみを受容れる自由があつて(私立学校法一条参照)、入学者選抜に際しても、学校教育法施行規則五九条一、二項に従う限り、必ずしも数字化した総合成績順位によらなければならないことはない。従つて本件調査書のC評定、備考欄等、あるいは欠席理由などのような記載があつた場合にそれだけでその他の要素を斟酌することなく不合格とする私立高等学校がないとはもちろん云い切れない。しかしながら一方において、問題があるとされる生徒を全人格的な接触により啓発、善導することこそが教育の本義であつて、もともと素質がよく問題のない生徒を無難に育てることだけが、学校の使命ではないとする考え方は教育思想としては極めて一般的なもので、実際にそのような考え方で運営されている高等学校が存在することも稀ではないから、すべての学校が本件のような調査書の記載に拒否反応を示すと断定することは到底できない。そして本件において、被控訴人の受験したすべての私立高等学校はともかく被控訴人に対する面接を行つているのであり、もし被控訴人が各校における面接の際に良好な成績をおさめていたとしたら(例えば中学時代のような過激な行動をする意思のないことや当該高等学校において真剣に学習する意欲を有していることを面接者に十分に感得させることができるなどしていたら)、あるいは合格を許されていたかも知れないことは、日本学園高等学校の面接において、「君はこの学校に入つても、それ(全共闘運動の意)をやる気か。」と聞かれ、学校側で原因をつくらなければやらないと取られる応答をしたにもかわらず、同校における ことは、日本学園高等学校の面接において、「君はこの学校に入つても、それ(全共闘運動の意)をやる気か。」と聞かれ、学校側で原因をつくらなければやらないと取られる応答をしたにもかわらず、同校における被控訴人の合否決定の評決において、合格を否とする意見一二名に対し、可とする意見が九名もあつた事実(この点は前出C1証言によつて認められる。)から、窺い知ることができよう。もつとも前認定の経緯からすると、被控訴人が右各面接の際にかなり鬱屈した心境にあつたであろうこと、また面接の際被控訴人なりに真剣な応答をしたであろうことは想像に難くないのであるが、被控訴人が現に受験している高等学校にどうしても合格したいのなら、できる限り面接結果良好と判断されるような応答をすべきであり、そうではなくて、たとえそれが被控訴人の信念にもとづくものであるとしてもみずから不合格を招くような面接応答をしたとするなら、不合格の原因を調査書の記載のみに帰することはできないであろう。そうして更に前出本人尋問の結果によれば、被控訴人は向上高等学校における面接の際、「それだけ教育に対して批判を持ち、今の学校に対して疑問を持つているなら、君がこの高等学校を受けること自身も一つの矛盾ではないのかね。」と聞かれ、「より大きな妥協をしないために小さな妥協をすることはやむを得ない。」と答えた事実が認められ、右の応答はその前後にどのようなやりとりがあつたにもせよ、面接者側から見れば『被控訴人が高等学校生活に無条件で真正面から取り組む姿勢をもつていないとせざるをえず、積極的な面接評価を与えることができなかつたであろうと考えられる底のものであり、またその他の高等学校の面接においても、被控訴人が本質的に右各面接におけると同様な態度をとり、同様な評価を得たであろうと推認させるのである。ともあれ、本件 かつたであろうと考えられる底のものであり、またその他の高等学校の面接においても、被控訴人が本質的に右各面接におけると同様な態度をとり、同様な評価を得たであろうと推認させるのである。ともあれ、本件調査書の記載は、未だ、あらゆる私立高等学校において面接の結果如何にかかわらず入試不合格の結果をもたらすようなものとまではいえず、当該高等学校の方針如何により、あるいは面接及び学力試験の結果如何によつては合格もありえたと考えられるのであつて、畢竟するところ、本件調査書の記載と本件各私立高等学校における被控訴人の入試不合格との間に相当因果関係があるとまではいえない。なお、原審証人G1は、調査書にC評定があれば、公私立を問わず高等学校はその子を入試に合格させない旨を証言しているが、措信できない。 五以上に見てきたとおり、A1校長が本件各調査書を作成し各高等学校に提出した行為になんらの違法はなく、また右の行為と被控訴人の各高等学校入試不合格との間に相当因果関係の存在を認めることもできないから、高等学校進学妨害を理由とする被控訴人の請求はその余の点を案ずるまでてもなく失当というほかはない。 第二分離卒業式関係の請求について一請求の原因3項(一)の事実(原判決一六枚目表九行目から同一七枚目表九行目まで)は当事者間に争いがなく、被控訴人は、A1校長が右のように被控訴人の本件卒業式への出席を拒否したことが違法である旨主張するところ、右のように被控訴人を本件卒業式に参加させず、被控訴人のために分離卒業式を行うにいたつた経過についての当裁判所の認定は、次のとおり訂正するほかは、原判決理由説示(原判決九七枚目表五行目から同一〇二枚目裏二行目まで)と同じであるから、これを引用する。 1 原判決九七枚目表五行目から次行にかけての「甲第一一号証、」「第六号証 り訂正するほかは、原判決理由説示(原判決九七枚目表五行目から同一〇二枚目裏二行目まで)と同じであるから、これを引用する。 1 原判決九七枚目表五行目から次行にかけての「甲第一一号証、」「第六号証の九の一、二、第八号証の一〇」を削り、同七行目の「甲第三号証」の次に「甲第一一号証、乙第六号証の九の一、二、第八号証の一及び四ないし一〇、第九号証の一、三」を加える。 2 同九七枚目裏四行目から次行にかけての「前記二4(三)認定のとおり」及び同九八枚目裏六行目に「前記二4(三)(8)認定のとおり」とあるのを、いずれも「前記認定のとおり」と改める。 3 同九九枚目裏二行目から次行にかけて「前記二3(五)認定のとおり多数の高等学校が学園紛争に巻き込まれ、かつ」とあるのを「日米安全保障条約の自動延長及びベトナム戦争反対等を標する反日共糸の左翼過激派学生等による集団的な暴力事件が各地において頻発したが、一部においては、中学校の生徒がこれら学生らのデモに参加するなどの事実が報道されていたし、また当初は、大学に限られていたいわゆる学園紛争が高等学校にまで波及し、当該の高等学校当局はもとより都教委等もこれらの対策に腐心していたにかかわらず」と改める。 二以上の事実関係によればA1校長が被控訴人を本件卒業式に出席させれば、卒業式に混乱を生じさせる虞れがあり、かかる混乱を回避するためには、被控訴人に対し本件卒業式に出席することを禁止し、被控訴人のためには別に卒業式を行うほかないとしたことはやむを得ない措置として是認することができる。 これに対し被控訴人は、被控訴人の意図した卒業式闘争とは、卒業式を混乱させ壊滅しようというものではなく、従来受動的で儀式化している卒業式に卒業式としての真の意味があるかどうかを正面から問い、それを通じて卒業式とは何か、教育と 人の意図した卒業式闘争とは、卒業式を混乱させ壊滅しようというものではなく、従来受動的で儀式化している卒業式に卒業式としての真の意味があるかどうかを正面から問い、それを通じて卒業式とは何か、教育とは何かを教師を交えて討論しようとするものであつた旨主張するが、被控訴人の内心の意図がどのようなものであつたにせよ、そのような闘争が卒業式の場に混乱を惹き起すものであることは疑問の余地がないから、A1校長の前記の判断にあやまりがあつたとはいえない。また被控訴人は中学校を卒業しようとする者は、学習権の一内容として卒業式に出席する権利を有し、この権利は中学校長の学校管理運営権限をもつてしても制限しえないものであると主張するが、そのような具体的な学習権を実定法上認めるべき根拠はないし、仮りにそのような考え方を是認するとしても、およそ学校教育は教育を施す側とこれを受ける側の協調なくしては成立しえないものであるから、中学校生徒の学校に対する学習権とは本質的に受動的な学校側あるいは教師側に協調しつつ教育を受け取る権利(憲法二六条も「教育を受ける権利」という表現を用いている。)であつて、学校側、教師側と対立し、これと闘う権利ではないと考えるべきところ、前認定の事実関係からすると、被控訴人は本件卒業式の段階においてかかる意味での学習権を行使する意思は既になかつたとするほかはないのであつて、A1校長の前記の措置が被控訴人の学習権を侵害するものとは到底いうことができない。 三従つて、本件における分離卒業式の違法を前提とする被控訴人の請求は、その他の点について判断するまでもなく認容の限りではない。 第三卒業式当日における不法拘束に関する請求について一本件卒業式当日本件中学校の教諭らが被控訴人に対してとつた処置についての当裁判所の認定は、次のとおり附加、訂正 もなく認容の限りではない。 第三卒業式当日における不法拘束に関する請求について一本件卒業式当日本件中学校の教諭らが被控訴人に対してとつた処置についての当裁判所の認定は、次のとおり附加、訂正するほかは、原判決理由説示(原判決一〇五枚目表四行目から同一〇八枚目表九行目まで)のとおりであるから、これを引用する。 (一) 原判決一〇五枚目表末行の「同A1(前に同じ)」の次に「当審証人H1、同I1の各証言」を加える。 (二) 同一〇六枚目表七行目の「原告の本件卒業式への出席を制止し、」以下同末行の「場合に備えたが」までの全文を削り、その代りに「校門に係の教諭を配置して被控訴人に対し、被控訴人の卒業式は午後一時に行うから、そのときになつて登校するよう説得することや、被控訴人が右説得に応じないときは、卒業式が終るまで被控訴人を本件教室において待機させること及びその場合における係の教諭を決定し、被控訴人が本件卒業式に出席すべく登校した場合に備えていたが」を加える。 (三) 同一〇七枚目裏四行目の「J1教諭ら数名が右の出入口附近において」以下同七行目の「出ることはできないと観念し」までを削り、その代りに「本件教室内においては、J1教諭及びH1教諭が被控訴人と向い合うように椅子に坐り、被控訴人が本件教室外に出られないように見張つていたが、その間被控訴人は、何回となく「卒業式に出せ。」といいながら椅子から立つて、前記の出入口に向つて突進し、その都度右の教諭らによつて、もとの椅子に引き戻され、そのうちの一回については、被控訴人が本件教室から出ようとするのを、右二教諭及びその場に来合わせたK1教諭が取押えようとしたところ、被控訴人がその場に転倒し、勢の余つた右の三教諭が被控訴人の上に折重なるように倒れかかつたこともあつた。その後被控訴人は」を加え を、右二教諭及びその場に来合わせたK1教諭が取押えようとしたところ、被控訴人がその場に転倒し、勢の余つた右の三教諭が被控訴人の上に折重なるように倒れかかつたこともあつた。その後被控訴人は」を加える。 (四) 同一〇八枚目表七行目の「付近にいた教員から、」の次に「少年時代の体験談を聞かされたり、話しかけられたりしたが、被控訴人は、殆ど無言で答えようとせず、従つて、教員から、」を加える。 二控訴人らは、J1教諭らの右行為は、被控訴人に対する教育作用の一環として許容される範囲内の行為である旨主張するが、右認定の事実関係に照らし、その理由のないことは多言を要しない。なお控訴人らは、右行為は被控訴人が本件卒業式を混乱に陥れ、一般生徒らの安全を脅かすことを防ぐためのやむをえない行為であつたとも主張しているが、前認定の事実関係によれば、当日被控訴人が学校側の事前の制止を聞かずあえて登校して来たものであるとはいえ、被控訴人に対し物理力の行使をはじめる段階においてもまたその後の段階においても、学校側が教育者として期待される平和的説得的な態度に欠けるものがあつたといわざるをえず(学校側がそのような態度をとつていたとしても、必ずしも被控訴人がこれに従つたであろうといえないことももちろんであるが、後にやむをえず正当防衛的に物理力を用いざるをえないことが考えられるからといって、先に手を出してよいというものではない。)、その意味で、J1教諭らの行為がやむをえないものとして許容される行為であるということはできず、控訴人らの主張は失当である。 三してみれば、前記K1教諭らの被控訴人に対する暴力による拘束が不法行為とされることは明らかであるから、次いで控訴人らの責任について検討する。控訴人区が地方自治法二八一条二項一号により本件中学校を設置管理しこれに関する教 教諭らの被控訴人に対する暴力による拘束が不法行為とされることは明らかであるから、次いで控訴人らの責任について検討する。控訴人区が地方自治法二八一条二項一号により本件中学校を設置管理しこれに関する教育事務を行う地方公共団体であり、J1教諭らがいずれも控訴人区の地方公務員たる本件中学校の教諭であることは当事者間に争いがなく、J1教諭らによる被控訴人に対する前記加害行為がその目的、場所、態様などからしてその職務を行うについてなされたものであるということは明らかであるし、一方控訴人都は市町村立学校職員給与負担法一条により区立中学校である本件中学校の校長教諭らの給料を負担する者であることは制度上明らかであるから、控訴人区は国賠法一条一項により、控訴人都は同法三条一項により、J1教諭らの前記加害行為により被控訴人の受けた損害を賠償する責任があるといわねばならない。 四そこで損害賠償額について見るに、前記認定の事実関係によれば、被控訴人が暴力によつて本件教室内に拘束されたことにより多大な精神的苦痛を蒙つたであろうことは推認するに難くないところであるが、被控訴人が本件教室内に拘束されるにいたつたことについては、前記認定のように、被控訴人が早くから卒業式闘争を呼号したり、本件中学校からあらかじめ与えられた指示を無視してビラを携行するなどして登校し本件卒業式に出席しようとしたことも、その一因となつていることは明らかであり、その他本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すれば、被控訴人が蒙つた前記精神的苦痛は、控訴人らから金一〇万円の支払を受けることによつて慰藉されるものとするのが相当である。 五以上のとおりであるから被控訴人の右請求は被控訴人が控訴人らに対し、各自一〇万円及びこれに対する右不法行為後であることが明らかな昭和四七年三月二九日から支払ずみにい ものとするのが相当である。 五以上のとおりであるから被控訴人の右請求は被控訴人が控訴人らに対し、各自一〇万円及びこれに対する右不法行為後であることが明らかな昭和四七年三月二九日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべきものであり、その余の部分は失当として棄却すべきものである。 第四結論以上の判断と一部その趣旨を異にする原判決はその限りにおいて不当であるから、右の不当の限度において原判決主文第一項を変更し、控訴人らのその余の控訴並びに被控訴人の附帯控訴を棄却することとし、民訴法九六条、九二条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官石川義夫裁判官寺沢光子裁判官原島克己)別紙 (1)<記載内容は末尾1添付>別紙 (2)<記載内容は末尾2添付>

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