主文 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人が,平成14年3月13日付けで控訴人に対してした,平成13年11月5日から平成14年2月8日までのAのカルテその他一式の公文書についての不開示決定を取り消す。 3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人主文と同旨 2 被控訴人(1) 本件控訴を棄却する。 (2) 控訴費用は控訴人の負担とする。 第2 事案の概要等 1 本件は,控訴人が,富山県新湊市(以下,単に「新湊市」又は「市」という。)制定に係る新湊市情報公開条例(平成12年市条例第1号。以下「本条例」という。)に基づき,被控訴人に対し,控訴人の亡母Aの新湊市民病院(以下「市民病院」という。)におけるカルテその他一式の開示を請求したところ(以下,この開示請求を「本件開示請求」という。),被控訴人が,本条例7条2号(個人に関する情報)に該当し,かつ,同15条1項(本人情報の開示)の「本人」に該当しないことを理由として,上記カルテ等を開示しない旨の公文書不開示決定(以下「本件不開示決定」という。)をしたため,これを不服として本件不開示決定の取消しを求めた事案である。 原審が控訴人の請求を棄却したため,これを不服とする控訴人が本件控訴を提起した。 2 本条例の定め(乙1)の概要第1条(目的) この条例は,市民の知る権利を尊重し,情報の開示を請求する権利を明らかにするとともに,情報公開の推進に関し必要な事項を定めることにより,市政に関し市民に説明する責務を全うするよう努め,公正で透明な行政運営を図り,市政への市民参加の推進に資することを目的とする。 第2条(定義) この条例にお に関し必要な事項を定めることにより,市政に関し市民に説明する責務を全うするよう努め,公正で透明な行政運営を図り,市政への市民参加の推進に資することを目的とする。 第2条(定義) この条例において「実施機関」とは,市長,教育委員会,選挙管理委員会,監査委員,公平委員会,農業委員会,固定資産評価審査委員会,消防長及び議会をいう。 2 この条例において「公文書」とは,実施機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書,図画及び電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。)であって,当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして,当該実施機関が保有しているものをいう。(後略) 3 この条例において「公文書の開示」とは,実施機関がこの条例の定めるところにより,公文書を閲覧若しくは視聴に供し,又は写しを交付することをいう。 第3条(解釈及び運用) 実施機関は,この条例の解釈及び運用に当たっては,この条例の目的にのっとり公文書の開示を請求する権利を尊重するとともに,個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう配慮をしなければならない。 第5条(開示請求者) 何人も,この条例の定めるところにより,実施機関に対し,当該実施機関の保有する公文書の開示を請求することができる。 第7条(公文書の開示義務) 実施機関は,開示請求があったときは,開示請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報(以下「不開示情報」という。)が記録されている場合を除き,開示請求者に対し,当該公文書を開示しなければならない。 (1) (略)(2) 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,特定の個人が識別され,又は識別され得る情 当該公文書を開示しなければならない。 (1) (略)(2) 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,特定の個人が識別され,又は識別され得る情報。ただし,次に掲げる情報を除く。 ア法令等の規定により又は慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報イ人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報ウ当該個人が公務員(国家公務員及び地方公務員をいう。)である場合において,当該情報がその職務の遂行に係る情報であるときは,当該情報のうち,当該公務員の職及び当該職務遂行に係る部分(3)ないし(6) (略)第8条(部分開示) 実施機関は,開示請求に係る公文書に不開示情報とそれ以外の情報が併せて記載されている場合において,不開示情報とそれ以外の情報を容易に,かつ,開示請求の趣旨が損なわれない程度に分離できるときは,公開しないことができる情報に係る部分を除いて公文書の公開をしなければならない。 第12条(第三者保護に関する手続) 開示請求に係る公文書に実施機関及び開示請求者以外の者(以下「第三者」という。)に関する情報が記録されているときは,実施機関は,開示決定等をするに当たって,当該情報に係る第三者に対し,開示請求に係る公文書の表示その他実施機関が定める事項を通知して,意見書を提出する機会を与えることができる。 2 実施機関は,次の各号のいずれかに該当するときは,開示決定に先立ち,当該第三者に対し,開示請求に係る公文書の表示その他実施機関が定める事項を書面により通知して,意見書を提出する機会を与えなければならない。ただし,当該第三者の所在が判明しない場合は,この限りはない。 当該第三者に対し,開示請求に係る公文書の表示その他実施機関が定める事項を書面により通知して,意見書を提出する機会を与えなければならない。ただし,当該第三者の所在が判明しない場合は,この限りはない。 (1) 第三者に関する情報が記録されている公文書を開示しようとする場合であって,当該情報が第7条第2号イ又は同条第3号アに規定する情報に該当すると認められるとき。 (2) (略) 3 (略)第15条(本人情報の開示) 実施機関は,第7条の規定にかかわらず,同条2号本文に該当する情報については,当該情報により識別され得る個人(以下「本人」という。)から開示請求があった場合は,本人に情報の公開をしなければならない。ただし,次に掲げるものを除く。 (1) 第7条第1号及び同条第3号から第6号までに規定する情報(2) 本人の指導,診断,評価,選考等に関する情報であって,本人に開示することにより支障が生ずるおそれがあるもの 2 前項の規定により,開示請求をしようとするものは,本人であることを明らかにしなければならない。 3 前提事実次のとおり補正するほかは,原判決の事実及び理由の第2の2及び3に記載のとおりであるから,これを引用する。 (原判決の補正)(1) 原判決3頁23,24行目の「以下「原告の亡母」という。」を「以下「A」又は「控訴人の亡母」という。」と改める。 (2) 原判決4頁7行目の「市民病院」を「新湊市が開設した市民病院」と改める。 (3) 原判決4頁11,12行目の「カルテその他一式」の次に「(以下「カルテ等」又は「診療記録」という。)」を加える。 (4) 原判決4頁25行目と26行目の間に次のとおり加える。 「(6) 個人情報保護条 11,12行目の「カルテその他一式」の次に「(以下「カルテ等」又は「診療記録」という。)」を加える。 (4) 原判決4頁25行目と26行目の間に次のとおり加える。 「(6) 個人情報保護条例の未制定(乙3,弁論の全趣旨)市においては,本件開示請求当時はもとより,現在においても,個人情報の保護を内容とする条例は制定されていない。」 4 争点及び当事者の主張次のとおり補正し,付加するほかは,原判決の事実及び理由の第2の4に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決の補正ア原判決7頁4行目の「カルテ」を「カルテ等」と改める。 イ原判決8頁5行目の末尾に「なお,被控訴人は,ことぶき苑に対する直接の監督は富山県が行っており,市はことぶき苑の運営管理について責任を負う立場ではない旨主張するが,ことぶき苑は新湊市内に存在し,実態としては,市がことぶき苑の運営に関与している。」と付加する。 ウ原判決8頁12行目の「ことぶき苑の運営管理に責任を負う立場になく」を「ことぶき苑に対する直接の監督は富山県が行っており,市はことぶき苑の運営管理に責任を負う立場にはなく」と改める。 (2) 当審における補充主張(控訴人の主張)ア市民病院における診療は,医療関係者の診療行為に関する部分について,公務員の公務に関する情報であり,そのプライバシーには当たらない。控訴人が開示を求めたカルテ等の中には,Aのプライバシーとして保護が必要であり,不開示とすることが必要な部分があるとしても,控訴人が開示を求めた文書全部についてプライバシー保護の必要があるとは到底いえない。 したがって,Aのカルテ等につき,Aのプライバシーとして保護が必要でない部分の開示が認められるべきである。 示を求めた文書全部についてプライバシー保護の必要があるとは到底いえない。 したがって,Aのカルテ等につき,Aのプライバシーとして保護が必要でない部分の開示が認められるべきである。 イ市民病院の医師は,遺族である控訴人及びその兄に対し,Aの死亡診断書を交付しているが,Aのプライバシーを根拠にして,死因等が記載されているAのカルテ等を開示しないとの主張は,上記の扱いとも矛盾しており,一般常識に反する。なお,控訴人がAのカルテ等の開示を受けて知りたい事柄は,Aの死因(これは死亡診断書に記載されている。)に限らず,死亡に至る経過全体である。 ウ東京都では,平成14年12月からは,カルテの開示対象を患者の遺族(配偶者,子及び父母)又はそれに準じる者に対象を拡大し,兵庫県においても,平成12年1月に,条例に基づき患者の遺族にカルテの開示を行うことが審査会の答申を受けて決定され,その後,多数の事例で遺族に対するカルテの開示が行われている。その他の地方自治体でも,遺族に対するカルテの開示が多数行われている。このように他の地方自治体では,患者の遺族にカルテの開示が行われているが,これらの地方自治体では,住民の信頼を得られるこそすれ,何の問題も生じていない。 また,日本医師会においても,平成15年1月から,遺族に対してカルテを開示することに方針を変更した。 したがって,遺族に対してカルテを開示したとしても,医療機関側には何の支障も生じないか,仮に生じるとしても,開示の利益の方が大きいと考えられているものといえる。 (被控訴人の反論)ア公立病院におけるカルテ等の医療行為に関する文書は,公務員である医師等が診療等に当たり作成するものであるが,それは,医療行為により得られた患者個人の心身の状態に関する極 (被控訴人の反論)ア公立病院におけるカルテ等の医療行為に関する文書は,公務員である医師等が診療等に当たり作成するものであるが,それは,医療行為により得られた患者個人の心身の状態に関する極めて私的な情報である。医師に守秘義務が課されていること(刑法134条1項)との兼ね合いから考えても,医療情報においては,医師ではなく,患者個人のプライバシー(患者が死亡した場合でも,そのプライバシー)が保護されるべきである。したがって,市民病院におけるAのカルテ等は,地方公務員である医師が作成したものではあるが,本条例7条2号本文の不開示情報に該当し,かつ,同号ただし書ウの「当該公務員の職及び当該職務遂行に係る部分」には該当しないから,本条例15条が定める場合でない限りは,開示対象とはならない。 イ本条例8条は,控訴人主張のとおり,部分開示を定めている。 しかし,市民病院におけるAのカルテ等は,Aが市民病院に入院してから死亡するまでの症状・容態の経過,投薬その他の治療行為の内容等が記録されたものであるから,そこに記録された情報はA個人の心身に関する情報と密接不可分に結びつき,全体として不開示情報を構成しているのである。したがって,上記カルテ等について,不開示情報とそれ以外の情報が併せて記載されている場合には当たらず,本条例8条の適用はない。 ウ死者の個人情報について,情報公開条例又は個人情報保護条例に基づき開示請求を認める地方自治体が増加しつつあることは,控訴人主張のとおりであるが,その開示請求を認める地方自治体にあっても,開示請求権を有する遺族の範囲,開示の対象となる死者の個人情報の範囲及び開示請求権者が複数存在する場合の取扱い等,開示要件などの具体的運用は,不統一であって,各地方自治体個々の判断に委ねられている。こ 請求権を有する遺族の範囲,開示の対象となる死者の個人情報の範囲及び開示請求権者が複数存在する場合の取扱い等,開示要件などの具体的運用は,不統一であって,各地方自治体個々の判断に委ねられている。これは,情報公開条例又は個人情報保護条例に基づく開示請求権が当該条例によって創設された権利であることからの帰結である。 そして,原判決が指摘するとおり,死者の個人情報の開示を認める場合には,取扱いの公平を担保し,かつ,窓口での混乱を回避するために,開示の対象,開示請求権者の範囲,開示請求権者が複数存在する場合の取扱い,開示請求する者の資格の確認手続等の種々の事項についての準則を定めるなどの手当てが必要であるが,本条例において,そのような手当ては何らなされていないから,結局,本条例は,遺族に対し,死者の個人情報の開示請求権を認めていないというべきである。 第3 当裁判所の判断 1 Aのカルテ等の本条例7条2号本文該当性等(1) 本件開示請求に係るAの市民病院における平成13年11月5日から平成14年2月8日までの期間のカルテ等(以下「本件診療記録」という。)は,その性質上,Aの氏名,病名,病状,診療内容等のA個人に関する情報が記録されているものと認められ,その記録によりAが識別され,又は識別され得るものと認めることができるから,本条例7条2号本文の「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,特定の個人が識別され,又は識別され得る情報」(以下「個人識別情報」という。)に該当することは明らかである。 (2) 控訴人は,本件診療記録について,市民病院に勤務する地方公務員である医師等が職務上作成する文書であるから,本条例7条2号ただし書ウに該当する旨主張する。 しかし,本件診療記録は,上記(1)のと 訴人は,本件診療記録について,市民病院に勤務する地方公務員である医師等が職務上作成する文書であるから,本条例7条2号ただし書ウに該当する旨主張する。 しかし,本件診療記録は,上記(1)のとおり,Aの個人識別情報に該当する文書であるから,仮に本件診療記録が,市民病院に勤務する地方公務員である医師等がその職務の遂行に関して作成した文書であって,当該医師についての個人識別情報である場合であるため,本条例7条2号ただし書ウの「当該情報がその職務の遂行に係る情報」に該当するものであっても,それが同時に,公務員以外の者であるAの個人識別情報である場合には,Aとの関係で同ウには該当しないため,同条2号ただし書ウに該当しないというべきである(このような場合には,同ウの「当該情報がその職務の遂行に係る情報」に該当するが,「当該公務員の職及び当該職務遂行に係る部分」には該当しないと解することもできる。)。このように解するのでなければ,本条例3条が,実施機関に対し,公文書公開請求権の尊重とともに,個人に関する情報がみだりに公にならないように配慮すべき旨を求め,本条例7条が,個人のプライバシー保護のために個人識別情報を開示義務から除外することとした趣旨に沿わない結果となることは明らかである。 (3) そして,本件診療記録について本条例7条2号ただし書ア,イに該当する事由があることの主張及び立証はない。 したがって,本件診療記録は,本条例7条2号本文所定の不開示文書に該当する。 2 本条例15条1項の適用の有無等(1) 本条例15条1項は,個人識別情報(本条例7条2号本文に該当する情報)であっても,当該情報により識別され得る個人(以下「本人」という。)から開示請求があった場合には,15条1号及び2号の場合を除き,その個人に対して,これ 識別情報(本条例7条2号本文に該当する情報)であっても,当該情報により識別され得る個人(以下「本人」という。)から開示請求があった場合には,15条1号及び2号の場合を除き,その個人に対して,これを開示すべき旨定めている。 (2) 控訴人は,Aの相続人として,Aの本条例上の公文書開示請求権を相続により取得したから,本条例15条1項の「本人」に当たる旨主張する。 しかしながら,本条例は,地方自治の場において,市政情報を公開することにより公正な行政運営を図り,市政への市民参加を推進することを目的として,新湊市の有する行政情報に対する開示請求権を具体化し制度化したものである(本条例1条)。そうすると,本条例に基づく公文書開示請求権は,各個人の地方自治に対する参政権ともいうべき権利であって,請求者個人に固有のものであるから,相続の対象とはならない(最高裁判所平成11年(行ツ)第251号・同年(行ヒ)第194号,平成16年2月24日第三小法廷判決参照)。 したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。 (3) 控訴人は,相続人である控訴人に対する亡母の本件診療記録の開示は,同人のプライバシー侵害等何ら不利益が生じるおそれがないから,本条例15条1項の本人からの請求としてこれを開示すべきである旨主張する。 ア地方公共団体が定める公文書公開に関する条例に基づく開示請求権は,同条例によって創設された権利であるから,地方公共団体に対して開示請求権を有する者の範囲や開示請求することができる文書の範囲等の如何は,専ら当該条例の規定及びその解釈により定まることであり,したがって,A死亡後において,その相続人である控訴人が,本件診療記録について,本条例15条1項の「本人」として開示請求権を有するか否かも,本条例の解釈により定まる びその解釈により定まることであり,したがって,A死亡後において,その相続人である控訴人が,本件診療記録について,本条例15条1項の「本人」として開示請求権を有するか否かも,本条例の解釈により定まるものというべきである。 イ本条例15条1項は,同項による開示請求権者について,「当該情報により識別され得る個人(以下「本人」という。)」と定める。そして,本件診療記録は,Aの診療に関する記録であり,これにより識別され得る個人がAであることは明らかであるから,同人が生存しておれば,同人が本件診療記録について「本人」として同項に基づく開示請求権を有する者に該当することになる。しかし,同人は既に死亡しているから,同項の「本人」をAに限定して解するときには,本件診療記録について開示請求権を有する者は存在しないことになる。 ところで,本条例15条1項は,同項にいう「本人」について,「7条2号本文に該当する情報(すなわち,個人識別情報)については,当該情報により識別され得る個人」と定義するのみで,他に何の限定も付していないから,「当該情報」により直接に識別され得る個人に該当する者が死亡した場合において,「当該情報」が同時にその死亡した者の相続人にとっての個人識別情報に該当する場合には(例えば,ある者の財産に関する情報がその者の個人識別情報である場合において,その者の死亡により,上記財産に関する情報は,死亡した者の個人識別情報であるとともに,死亡した者を相続して当該財産を取得した相続人の個人識別情報でもあることがある。),その相続人も本条例15条1項にいう「本人」に該当し,当該情報について,同項に基づき開示請求をすることができるものというべきである。そして,当裁判所は,Aの診療に関する記録である本件診療記録は,次の理由で,同人死亡により, 項にいう「本人」に該当し,当該情報について,同項に基づき開示請求をすることができるものというべきである。そして,当裁判所は,Aの診療に関する記録である本件診療記録は,次の理由で,同人死亡により,その子として同人を相続した控訴人自身の個人識別情報でもあるため,控訴人が,本件診療記録の「本人」として,同項により開示請求権を有するものと認めるのが相当であると考える。すなわち,(ア) 本条例は,実施機関の保有する公文書について,その原則公開を基本理念とするものと解されるのであるが(本条例1条参照),個人識別情報については,その7条2号で原則としてこれを開示対象文書から除外しながら,15条1項においては,個人識別情報に係る「本人」に対して開示請求権を認めて,原則としてこれを開示すべきものとしている。これは,ひとえに,個人識別情報は,それが個人識別情報に係る「本人」以外の者に開示される場合には,当該本人のプライバシーを侵害し,あるいは,これを侵害するおそれがあるものの,当該「本人」に開示する分には,そのような侵害やそのおそれは存在しないからにほかならない(本条例3条参照)。 (イ) 死者はプライバシーの権利又は法的利益を享受する法的地位を有しないため,個人識別情報に係る「本人」が死亡した場合には,死亡した当該「本人」についてプライバシーの保護を配慮する必要はない。 被控訴人は,刑法230条2項が死者の名誉毀損を処罰していることなどを根拠に,死者についてもプライバシー保護の必要がある旨主張する。しかし,死者は法的主体足り得ないのであるから,プライバシーの権利又は法的利益を有するものと解することはできない。刑法が死者の名誉毀損行為をも処罰の対象とする趣旨については,その保護法益をどのように理解すべきかに関して諸種の見解が であるから,プライバシーの権利又は法的利益を有するものと解することはできない。刑法が死者の名誉毀損行為をも処罰の対象とする趣旨については,その保護法益をどのように理解すべきかに関して諸種の見解が対立している状況にあるが,死者の名誉毀損行為を処罰することにより,死者に対する遺族の敬慕の感情等を保護法益としてこれを保護することを通じて,公の秩序を維持しようとすることにあるのであって,必ずしも死者について死後の法的人格を認め,死者の有する名誉をそのものとして保護しようとするものと理解しなければならないわけではないから,刑事法以外の法的な紛争に関して上記のように解する妨げとはならない。したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない(なお,刑法134条1項は,医師に対して,診療等の業務上知った人の秘密を漏らすことを禁止しているが,同項の「人」には死亡した患者は含まれない。)。 もっとも,死亡した者についてのプライバシーは,その者の死後においても,死亡した者の配偶者や子,さらには両親などの一定の身分関係にあった者にとっては,親族間の扶助義務や相続制度等を介して,社会通念上,自らの個人識別情報の一部とも観念される関係にある場合があるため,個人識別情報に係る「本人」が死亡した場合であっても,本条例7条2号本文にいう個人識別情報として,なお,プライバシー保護の対象となり得るのであり,本条例が,個人識別情報を「生存する個人」に関するものに限定すること(個人情報の保護に関する法律2条1項参照)なく,原則として不開示文書とする趣旨も,上記の点を考慮してのことと解される。 そうすると,ある者についての個人識別情報が,その者の死亡により,死亡した者の個人識別情報であると同時に,その者と一定の身分関係等にある者にとっても個人識別情報 してのことと解される。 そうすると,ある者についての個人識別情報が,その者の死亡により,死亡した者の個人識別情報であると同時に,その者と一定の身分関係等にある者にとっても個人識別情報でもある場合において,当該個人識別情報を当該身分関係等にある者に開示したからといって,その者のプライバシーを侵害し,又はそのおそれがあるものということはできない。 (ウ) ところで,証拠(甲1,2)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,Aの子であり,同人の相続人として,同人の権利義務を包括的に承継する者であるが,Aの死因(死亡診断書に記載された死因のみではなく,死亡の経緯を含む広い意味での死因。以下,この意味の死因を「広義の死因」という。)に不審があるとの思いから,これを知りたいとの理由で,本件開示請求を行ったものであることが認められる。そして,Aは,前記のとおり,ことぶき苑における本件事故により負傷し,その直後に市民病院に入院したものであるところ,仮に本件事故の発生についてことぶき苑に過失があり,本件事故とAの死亡との間に因果関係がある場合には,控訴人は,Aの子として,同人の社会福祉法人喜寿会(ことぶき苑を経営する法人)に対する債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権を相続することになり,これとは別に,民法711条に基づく固有の慰謝料請求権(不法行為が成立する場合)を当然に取得することになるのである。 他方,本件診療記録は,前記のとおり,Aが本件事故直後に入院し,死亡するまでの間の市民病院におけるAに対する診療等を記録したAのカルテ等であるから,そこには,本件事故によるAの負傷の程度を含むAの広義の死因に関する情報,それも密接な関連を有する情報が記録されていることが容易に推認される。 そうすると,本件診療記録 テ等であるから,そこには,本件事故によるAの負傷の程度を含むAの広義の死因に関する情報,それも密接な関連を有する情報が記録されていることが容易に推認される。 そうすると,本件診療記録は,Aの個人識別情報を記録した文書であるとともに,控訴人の損害賠償請求権又は慰謝料請求権の存否に密接な関連を有する情報を記録した文書として,控訴人自身の個人識別情報でもあるということができる(もとより,本件訴訟において,上記の控訴人の損害賠償請求権又は慰謝料請求権の存在についての証明がなされているわけではないが,公文書の原則公開を基本理念とする本条例の精神の下では,本件診療記録が控訴人自身の個人情報でもあるというためには,その存否に関して密接に関連する情報が記録されているものであることをもって足りると解するのが相当である。)。 (エ) もっとも,本件診療記録は,控訴人についての情報ではあっても,控訴人についての個人識別情報(本条例7条2号本文の「特定の個人が識別され,又は識別され得る情報の個人識別情報」)であるか否かについては疑問がないわけではない。しかし,本件診療記録はAの診療に関する情報が記録されたものであるため,Aの死亡後においては,本件診療記録が控訴人の亡母であるAの診療記録として控訴人についての情報となるものであるところ,控訴人がAの子であり,その相続人であることは,仮に本件診療記録にそのことについての記録がなくとも,他の情報と照合することにより容易に判明する事柄であるから,本件診療記録は,控訴人についての個人識別情報でもあるというべきである。 (オ) 以上のとおりであるから,本件診療記録はその主たるものが医師法に基づき作成と保存が義務づけられている,診療に関する重要な文書であって,その患者や遺族に対する開示が社会的な きである。 (オ) 以上のとおりであるから,本件診療記録はその主たるものが医師法に基づき作成と保存が義務づけられている,診療に関する重要な文書であって,その患者や遺族に対する開示が社会的な要請となりつつある状況も考慮すると,Aの広義の死因に密接に関連する情報が記録されていると認められる本件診療記録は,Aの子として,その権利義務を含む法的地位を包括的に承継した相続人である控訴人との関係で,社会通念上,その個人識別情報にも該当するため,控訴人は,本件診療記録について,本条例15条1項所定の「本人」に該当するものと解するのが相当である。 ウそして,本条例15条2項は,同条1項により開示請求するものは「本人」であることを明らかにしなければならない旨定めるが,Aの死亡,控訴人がAの子であること,Aが本件事故で負傷し,その後市民病院に入院して死亡まで治療を受けたことは当事者間に争いがないところ,これらの事実によれば,控訴人が,本件診療記録について,本条例15条1項所定の「本人」であることも明らかとなっているものというべきである。 したがって,控訴人は,本件診療記録について,本条例15条1項本文が定める「本人」として,被控訴人に対し,その開示を請求することができるものである。 (4) 被控訴人の主張について被控訴人は,控訴人が本条例15条1項所定の「本人」に該当しない旨種々主張するのであるが,前記説示及び次に説示するところに照らして,採用できない。 ア上記(3)ウのとおり,本条例15条2項は,同条1項により開示請求するものは本人であることを明らかにしなければならない旨定めるが,証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本条例にも,本条例施行規則及び市情報公開事務取扱要領にも,本人確認手続に関する定めがないこ 求するものは本人であることを明らかにしなければならない旨定めるが,証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本条例にも,本条例施行規則及び市情報公開事務取扱要領にも,本人確認手続に関する定めがないことが認められる。しかし,実施機関は,本条例15条1項にいう「本人」であるとして個人識別情報の開示請求を受けた場合には,同開示請求者に対して,上記判断に必要な資料の提供を求めるなどして,同開示請求者が同項の「本人」に該当するか否かを個別に判断すべきものであるから,本条例等にその点に関する手続等に関する定めがなく,その判断には相応の困難が伴う場合があるからといって,本条例15条1項の「本人」には,個人識別情報により直接特定される個人しか含まれないと解さなければならないものではなく(なお,本条例15条1項の「本人」について,本判決のような立場を採ったからといって,その該当性の判断に困難を来す事例が多数生じて,本条例の運用に困難を来すような事態が生じるものとも解されない。),本件診療記録との関係で,Aの子として同人を相続した控訴人を含めることを否定する理由とはならない。 イまた,前記のとおり,新湊市において,本条例に先行して実施されていた国民健康保険及び老人医療に係る診療報酬明細等の開示に係る取扱要領では,開示依頼できる者の範囲を遺族等や被保険者等とし,その確認手続について,遺族等であることが分かる書類の提出又は提示を求める規定が定められ,本条例で本人開示制度が設けられた後も,上記取扱要領は廃止されることなく,存続しているが,本条例15条1項の「本人」の範囲と上記取扱要領が定める開示依頼できる者の範囲とは必ずしも一致するものではないし,また,本条例7条2号の個人識別情報と上記取扱要領が定める開示文書の範囲も一致しないから,上記取扱要領の存続は 」の範囲と上記取扱要領が定める開示依頼できる者の範囲とは必ずしも一致するものではないし,また,本条例7条2号の個人識別情報と上記取扱要領が定める開示文書の範囲も一致しないから,上記取扱要領の存続は,本条例15条1項の「本人」にAの子として同人を相続した控訴人を含めることを否定するだけの理由とはならないというべきである。 ウそして,本条例は,その12条において,開示請求された公文書に実施機関及び開示請求者以外の者(以下「第三者」という。)に関する情報が記録されているときは,実施機関が開示決定等をするに当たって,当該情報に係る第三者に対して,意見書を提出する機会を与えることができる旨等を定めて,第三者保護に関する手続に関する規定をしているから,同規定を適切に運用することにより,本条例15条1項の本人にAの子として同人を相続した控訴人を含めることによって生じるかもしれない,複数の開示請求者の存在の場合にも適切に対処することができるものと解される。 3 そして,本件診療記録を控訴人に開示することに関して,本条例15条1項ただし書に該当する事由があることについての主張立証はない。 第4 結論以上によれば,控訴人の本件開示請求に係る本件診療記録について,本条例7条2号本文に該当し,控訴人が本条例15条1項の「本人」に該当しないとしてした本件不開示決定は違法であるから,これを取り消すべきである。 よって,控訴人の請求を棄却した原判決を取消し,本件不開示決定の取消しを求める控訴人の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。 名古屋高等裁判所金沢支部第1部 裁判長裁判官長門栄吉裁判官渡邉和義裁判官 名古屋高等裁判所金沢支部第1部 裁判長裁判官長門栄吉 裁判官渡邉和義 裁判官源孝治は転勤のため署名押印することができない。 裁判長裁判官長門栄吉
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