平成18(ワ)29005 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成21年2月23日 東京地方裁判所 棄却
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判決文本文46,002 文字)

平成21年2月23日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成18年(ワ)第29005号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成20年12月1日判決主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実 及び理由第1請求 被告は,原告Aに対し,4983万8048円及びこれに対する平成17年3月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告Bに対し,2519万4024円及びこれに対する平成17年3月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告Cに対し,2519万4024円及びこれに対する平成17年3月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,D(昭和40年10月31日生まれ,男性。)が,被告の開設するE病院(以下「被告病院」という。)において,造影CT検査の際に投与された造影剤によりアナフィラキシー(様)ショック(以下単に「アナフィラキシーショック」ともいう。)を発症して死亡したことについて,Dの相続人である原告らが,被告病院の担当医師には,①不必要な造影CT検査を実施した注意義務違反,②造影剤使用後の診断,治療義務違反,③造影剤を使用する場合の救命準備義務違反があると主張して,被告に対し,不法行為(民法709条,715条)又は診療契約の債務不履行に基づき,損害賠償を請求する事案である。 前提事実(証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いがない。) (1)当事者ア原告ら原告AはDの妻であり,原告B及び原告CはいずれもDと原告Aとの間の子である。 イ被告被告は,被告病院を開設する消費生活協同組合である。 なお,被告病院は,第二次救急病院であり,臨床研修指定病院であった(甲A5)。 (2 B及び原告CはいずれもDと原告Aとの間の子である。 イ被告被告は,被告病院を開設する消費生活協同組合である。 なお,被告病院は,第二次救急病院であり,臨床研修指定病院であった(甲A5)。 (2)診療経過アDは,平成17年3月13日午前2時31分ころ,アイナメの刺身,ピザを食べた後にじんま疹,腹痛等が出現したことを主訴に(嘔吐,下痢の主訴があったかについては争いがある。),被告病院を夜間救急受診した(以下,特に年月日を記載しない限り,すべて平成17年3月13日のことである。)。 イ午前2時50分ころ,内科のF医師が救急外来処置室にてDを診察し,著明なじんま疹,軽度の腹痛を認めた。その際,Dから,以前,鯖で同様の症状が出た旨の訴えがあった。F医師は,腹部立位レントゲン撮影及び採血を指示した。 ウ午前3時8分,Dに対し,腹部立位レントゲン検査が施行された。同画像上,軽度の小腸ガスが認められた。 エ午前4時50分ころ,DはCT撮影室に移動し,午前4時52分56秒から午前4時53分33秒まで,腹部単純CT検査が行われた。 続いて,午前5時7分すぎころから,造影CT検査が開始された。検査中,Dの体動が確認され,F医師が異常を感じてCT撮影室に入室したところ,Dは胸をかきむしりながら胸が熱いと訴えていた。F医師は,造影剤アレルギーを疑って上記検査を中止し,救命処置が必要になる可能性を 考えて,外科のG医師及び救急外来のH看護師に応援を要請した。 オその後さらに,小児科医師及び婦人科医師にも応援を要請し,気管内挿管を開始し,午前5時25分ころ,挿管がされ,ボスミン投与,心臓マッサージなどの救命処置も実施されたが,午後2時52分,Dの死亡が確認された。Dの死亡原因は,造影CT検査において投与された造影剤によるアナフィラキシー(様)ショ ,挿管がされ,ボスミン投与,心臓マッサージなどの救命処置も実施されたが,午後2時52分,Dの死亡が確認された。Dの死亡原因は,造影CT検査において投与された造影剤によるアナフィラキシー(様)ショックである。 カ被告病院におけるその余の診療経過は,別紙診療経過一覧表記載のとおりである(ただし,当事者の主張に争いがある部分を除く。)。 争点 (1)注意義務違反の有無ア不必要な造影CT検査を実施した注意義務違反(原告らの主張)以下のとおり,Dは,造影剤の投与により重篤な副作用を発症する危険性が高く,他方,造影CT検査を施行する必要性はなかったものであるから,被告病院の担当医師には,Dに対し,不必要な造影CT検査を実施しない注意義務があった。 にもかかわらず,被告病院の担当医師は,上記注意義務に違反し,Dに対し,ルーチンで造影CT検査を実施した。 (ア)造影CT検査の危険性が高かったことDは,食物アレルギーの既往があり,非アレルギー患者に比して,造影剤の投与により重篤な副作用を発症するリスクが3倍高かった(甲B7・1420頁,甲B8・48頁,甲B9・96頁)。 また,非イオン製剤イオパーク300シリンジの添付文書(甲B1)には,「慎重投与(次の患者には慎重に投与すること)(1)本人または両親,兄弟に気管支喘息,発疹,じん麻疹等のアレルギーを起こしやすい体質を有する患者」との記載があり,食物アレルギーの既往があるD は,上記造影剤について「慎重投与」に該当する患者であった。文献上,「原則禁忌,慎重投与などに該当する場合には検査の必要性を再検討し,他に代替できる画像検査があるか検討する必要がある」とされている(甲B6・94頁)。 (イ)造影CT検査の必要性がなかったこと以下の点に照らせば,Dに対して造影CT検査を実施する必要は 再検討し,他に代替できる画像検査があるか検討する必要がある」とされている(甲B6・94頁)。 (イ)造影CT検査の必要性がなかったこと以下の点に照らせば,Dに対して造影CT検査を実施する必要はなかった。 a急性腹症ではなかったこと①強い腹痛や腹膜刺激症状がなかったこと,②腹部レントゲン画像上,軽度の小腸ガスが認められるものの,極めて少量であり,擬陽性ともいえる程度であったこと,③腹部単純CT画像上,少量の腹水が認められるものの,腸管壁の著明な肥厚及び腸間膜の浮腫は認められず,小腸の腸管壁の浮腫様所見はあるが,その程度は軽度であること,④被告病院の診療録には,午前2時31分以降のバイタルサインの変化が記載されておらず,Dのバイタルサインは安定していたと考えられることからすれば,Dは,急性腹症ではなく,緊急の外科的治療が必要な疾患が疑われる状態ではなかった。 b造影CT検査によって鑑別すべき疾患の疑いはなかったこと被告は,鑑別疾患として,腸間膜動脈血栓症,大動脈解離,腸管壊死の可能性があった旨主張する。 しかし,本件では食物アレルギーが最も疑われたところであり,被告病院の診療録には,腸間膜動脈血栓症,大動脈解離等の可能性を指摘する記載はない。 また,Dには,腸間膜動脈血栓症,大動脈解離,腸管壊死等に特徴的な所見や経過が認められず,造影CT検査によって鑑別すべき疾患の疑いはなかった。 (ウ)診療録の記載について被告病院の外来診療録には,左腹部に「圧痛↑,反跳痛(+),筋性防御(+)」,右下腹部に「強い疼痛(+++),車イス移動」との記載があり(甲A1・2頁),また,入院診療録には,「腸音↓,圧痛(+++),独歩困難,(車イス移動)」との記載がある(甲A1・6頁)。 しかしながら,①文献的には,圧痛は,限局している場合に診 の記載があり(甲A1・2頁),また,入院診療録には,「腸音↓,圧痛(+++),独歩困難,(車イス移動)」との記載がある(甲A1・6頁)。 しかしながら,①文献的には,圧痛は,限局している場合に診断価値があるとされていること(甲B4・205頁),②「反跳痛(+),筋性防御(+)」は,外来診療録のみに記載されており,入院診療録には記載されていないこと,③外来診療録では,右腹部に強い痛みがあったことになっているが,入院診療録では,右腹部の所見は記載されていないこと,④入院診療録の「圧痛(+++)」については,「+/-」を消して「+++」と書き改めていること,⑤午前3時8分ころの腹部レントゲン検査及び午前4時33分ころの胸部レントゲン検査とも立位で撮影されており,立位が取れないほどの疼痛はなかったと考えられること,⑥単純CT写真にはぶれがないため,Dは腹痛を我慢できていたと考えられることなどからすれば,前記の外来診療録や入院診療録の記載の信用性は疑わしく,後から書き換えられたものであると考えられる。 (被告の主張)以下のとおり,Dに腹痛の増強や腹膜刺激症状が存在していたこと,画像所見においても造影CT検査が必要と判断される状態であったこと,造影剤の使用によるリスクよりも,緊急に外科的治療を要する急性腹症の可能性の方がはるかに高かったことなどからすれば,造影CT検査を実施したことに注意義務違反はない。 (ア)造影CT検査の危険性について造影剤副作用の大規模調査結果によれば,非イオン性造影剤は,イオ ン性造影剤に比して格段に安全性を有するものであったことが報告されている(甲B7・1419頁)。 また,アレルギーの種類ごとに見た副作用発現率は,以下のとおりであり,アトピー,喘息,薬剤等の各アレルギー患者と比較すれば,食物アレルギー患者の あったことが報告されている(甲B7・1419頁)。 また,アレルギーの種類ごとに見た副作用発現率は,以下のとおりであり,アトピー,喘息,薬剤等の各アレルギー患者と比較すれば,食物アレルギー患者の副作用発症率が殊更高いものとはいえない(甲B7・1420頁)。 全症例0.04%アレルギーがない場合0.03%食物アレルギーがある場合0.06%アトピーがある場合0.11%喘息がある場合0.23%薬剤アレルギーがある場合0.13%さらに,非イオン性造影剤投与例16万8363例のうち,死亡に至るような症例は1例しか報告されておらず(しかも,造影剤によるものかどうかの因果関係は不明とされている。甲B7・1419頁),「非イオン性ヨード造影剤の重度副作用頻度は,2.5万例に1例,死亡例は40万例に1例」として厚生労働省に報告されている(乙B1)。 以上によれば,Dについて,造影CT検査の施行により,死亡に至るような重篤な副作用発現の可能性が高かったとはいえない。 (イ)造影CT検査の必要性についてa急性腹症が疑われたことについてDは,自宅では嘔吐,下痢及び腹痛を認めなかったにもかかわらず,来院後に救急外来処置室で嘔吐があり,単純レントゲン写真で小腸ガスが認められていたこと,嘔吐,下痢による水分喪失に対し補液を行っているにもかかわらず腹痛が増強していることからすれば,自宅を出てからCT撮影までの間に腹痛が急激に増悪したことが示唆される。 また,画像所見においても,レントゲンで小腸ガスが認められたほか,単純CT写真で「仰臥位で骨盤内だけでなく肝脾周囲にも腹水の貯留」「腸管壁浮腫」を認めたことが,強い腹痛の存在を証明している。 「急激に進行し腹水を伴う腹痛」が外科手術などの緊急治療を必要とする急性腹症である確率は,非イオン性造 けでなく肝脾周囲にも腹水の貯留」「腸管壁浮腫」を認めたことが,強い腹痛の存在を証明している。 「急激に進行し腹水を伴う腹痛」が外科手術などの緊急治療を必要とする急性腹症である確率は,非イオン性造影剤によりアナフィラキシー(様)ショックを発症する確率(特に死亡に至るような重篤な副作用発現の確率)を大きく上回ることは明らかであり,本件で臨床経過や画像所見から急性腹症を念頭に置いて造影CT検査が必要と判断したことは妥当であった。 b除外診断のための検査の必要性についてDは,単純CT写真において,回腸を主体に比較的広範な腸管壁の浮腫(乙A3・下写真の直矢印)が認められ,これに近接する腸間膜の浮腫と,肝脾周囲及び骨盤内に少量の腹水(乙A3・上写真の直矢印)を伴っていた。経過からはアレルギー性腸炎が第一に考えられたが,腹膜炎所見を伴った比較的重症の小腸浮腫であり,腸間膜動脈血栓症,大動脈解離等の血管性病変の否定と浮腫性腸管の造影が保たれていること(病変部に腸管壊死がないこと)の確認が必要と判断される状態であった。これらの血管性病変や腸管壊死が存在する場合には,緊急の外科的治療が必要であり,いずれも治療時期を失すると死に至りかねない重篤なものであることから,この時点でそれらを否定するために造影CT検査が必要であった。 原告らは,食物アレルギーが最も疑われたことを指摘するが,食物アレルギーとしても矛盾しないか否かが問題なのではなく,それ以外の重篤な疾患の可能性を否定する必要があったのか否かが問題なのであって,本件事実経過からすれば造影CT検査による除外診断が不可 欠であった。 (ウ)診療録の記載について診療録の記載を書き換えた事実はない。本件の診療録は,D死亡当日,警察により押収されており,記載を書き換える余裕など全くなかった。 なお, 外診断が不可 欠であった。 (ウ)診療録の記載について診療録の記載を書き換えた事実はない。本件の診療録は,D死亡当日,警察により押収されており,記載を書き換える余裕など全くなかった。 なお,入院診療録の「圧痛(+++)」との記載につき,「+/-」を消して「+++」と書き改めているのは,入院診療録の初回記入時以降,時間の経過とともに腹痛が増強したため,書き改めたにすぎず,その他原告らが主張する事情も記載の信用性を疑わせるようなものではない。 イ造影剤使用後の診断,治療義務違反(原告らの主張)造影撮影時にアナフィラキシーが発現した場合には,①ショックの前駆症状である初期症状の段階で的確にアナフィラキシーの診断をし,②バイタルサインの確認を行い,③救命措置を実施する(気道を確保して酸素を供給する,循環不全ならボスミン投与や心臓マッサージを行う)べき注意義務がある。 特に,気道確保,酸素供給については,造影剤アレルギーによるアナフィラキシーショックにおいては急激に喉頭浮腫が生じて気道閉塞することが多いため,迅速に気管挿管を試みることが必要であり,気管挿管が困難になった場合は輪状甲状靱帯穿刺もしくは切開をしなければならない。 にもかかわらず,本件では,以下のとおり,アナフィラキシーの診断が遅れ,また診断後も適切な処置がされず,アナフィラキシーの発症から気道確保まで約17分を要することとなった。 (ア)診断の遅れについて診療録には,午前5時5分ころ,造影CT撮影中に,Dの身体にほてりが出現し,撮影が中止された旨の記載がある。しかし,CT写真の表 示時刻によれば,午前5時8分20秒まで撮影は中止されておらず,この点からすれば,アナフィラキシーの診断は,午前5時8分20秒以降の午前5時8分台までされなかったと推認される。 よって,午前 表 示時刻によれば,午前5時8分20秒まで撮影は中止されておらず,この点からすれば,アナフィラキシーの診断は,午前5時8分20秒以降の午前5時8分台までされなかったと推認される。 よって,午前5時5分に前駆症状が発症したことを前提とすれば,前駆症状発症から約3分間,アナフィラキシーの診断が遅れたことになる。 また,F医師は,造影剤を50ml注入した時点で,Dの側を離れてCTの操作室へ移動したため,アナフィラキシーの初期症状である顔面紅潮などに気づかず,I技師にDの足が動いていることを指摘されてアナフィラキシーの発症を把握したから,この点でも診断に遅れがあったことになる。 (イ)バイタルサインの確認について被告病院の担当医師は,アナフィラキシーの診断後も,Dの血圧,脈拍,心拍,SpO,呼吸数などの各バイタルサインを確認しておらず, バイタルサインの測定結果は午前5時25分ころのSpO以外,診療 録に記載がない。 (ウ)救命措置についてaボスミン投与についてアナフィラキシーショックによる死亡原因は,気道閉塞による窒息と循環不全であるが,ボスミンは,これらに対する即効薬であり,アナフィラキシーの初期治療かつ第一治療薬であることは確立された知見である。 したがって,本件では,アナフィラキシーショックの診断がされた時点でボスミンが速やかに投与されるべきであり,遅くとも,F医師がG医師,H看護師に対し応援を要請した後,直ちにボスミンを投与すべきであった。 にもかかわらず,ボスミンの投与は適切な時期に行われなかった。 b気管挿管について本件においては,①Dはアナフィラキシーショックと診断された後,直ちにボスミンの投与を受けていなかった,②CT室,救急カートには,輪状甲状靱帯穿刺,切開に必要なキットがなかったという事情があ いて本件においては,①Dはアナフィラキシーショックと診断された後,直ちにボスミンの投与を受けていなかった,②CT室,救急カートには,輪状甲状靱帯穿刺,切開に必要なキットがなかったという事情があり,気管挿管はより早期に行われるべきであった。 したがって,遅くとも,Dが口から泡を吹いた時点で気管挿管の手技の着手がされるべきであり,チアノーゼが生じる前に気管挿管の手技に着手されるべきであった。 なお,この時点では,F医師,G医師,I技師の手はいずれも空いており,気管挿管に着手することは可能である。 しかし,診療録(乙A1・3頁)の記載によれば,F医師が気管挿管の手技に着手したのは,造影CT撮影を中止してから7分以上が経過し,小児科医師,婦人科医師がCT室に到着した時点か,早くとも,F医師が小児科医師,婦人科医師に追加の応援要請を行った時点であり,しかも挿管に着手した際にはチアノーゼが既に出現していた。 よって,気管挿管の手技の着手には遅れがあったといえる。 (エ)輪状甲状靱帯穿刺ないし切開についてさらに,遅くとも,F医師,G医師,小児科医師,婦人科医師らが気管挿管を試みて失敗した時点において,輪状甲状靱帯穿刺ないし切開により気道確保し,酸素供給をすべきであった。 にもかかわらず,被告病院の担当医師は,アンビューバッグによるマスク酸素投与を継続し,午前5時20分の心停止後再び気管挿管に失敗し,午前5時25分ころまで気管挿管をすることができなかった。 (被告の主張)以下のとおり,Dの急変後,迅速かつ適切な処置が採られており,アナフィラキシーの診断,治療について,注意義務違反はない。 (ア)アナフィラキシー(様)ショックの診断時点についてCT写真の表示時刻等をもとに事実経過を後日検証したところによれば,午前5時8分4秒のCT写真で体動が 療について,注意義務違反はない。 (ア)アナフィラキシー(様)ショックの診断時点についてCT写真の表示時刻等をもとに事実経過を後日検証したところによれば,午前5時8分4秒のCT写真で体動が確認された時点で,I技師が「動いた!」と発語し,異常発生と判断して直ちにF医師がCT撮影室に入室し,Dの「胸が熱い」との訴えを聞いて,造影剤アレルギーを疑って,造影CT検査を中止したというのが実際の経過である(乙A5)。 このように,午前5時8分4秒ころに体動が確認された時点で直ちに処置を行っており,診断が遅れたとの主張はあたらない。 (イ)バイタルサインの確認についてF医師は,Dの急変後,聴診で頻脈の存在及び気道狭窄音のないことを確認したほか,造影剤のラインをロックし,輸液を全開にして,D自身の動きにより外れた酸素マスクを再装着し,再度脈拍を触知して,頻脈を確認した。また,これらと並行して,救急カートを持ってくるように指示を出し,カート到着時に直ちに装着して心停止を確認するなどしている(乙A5)。以上の一連の処置は,迅速かつ適切に行われたものである。 (ウ)救命措置についてDが急変した後,迅速に造影CT検査を中止し,頻脈の存在や気道狭窄のないことを確認の上,造影剤のラインをロックして輸液を全開にし,CT台から落ちそうになるDを押さえつつ酸素マスクを再装着し,外科のG医師及び救急外来看護師に応援要請して,救急カートの持参を指示し,その後もG医師が,Dが口から泡を吹くのを確認した時点で,アンビューマスクで強制換気を開始し,ハイドロコートンを静注して対処しつつ,準備ができた段階で直ちに気管内挿管を開始している(乙A5)。 短時間のうちにこれらの処置が採られており,その対応に注意義務違反はない。 (エ)輪状甲状靱帯穿刺ないし切開につい て対処しつつ,準備ができた段階で直ちに気管内挿管を開始している(乙A5)。 短時間のうちにこれらの処置が採られており,その対応に注意義務違反はない。 (エ)輪状甲状靱帯穿刺ないし切開について以下の点に照らせば,本件において輪状甲状靱帯穿刺ないし切開による気道確保を試みるべきであったとはいえない。 a気管切開は,文献上,「緊急時に行えば出血や周囲組織の損傷の可能性が高く,経口経鼻気管挿管が可能な限り気管切開は緊急処置としては行わないのを原則とする」,「緊急気道確保としての気管切開は,合併症が多く時間もかかり,低酸素血症から心停止に至る場合もあり,避けるべきである」といわれており(乙B2・106頁,乙B3・1449頁),「緊急時の気道確保」には「不可」とされている(乙B3・1174頁)。 気管内挿管の不可能な緊急事態では,輪状甲状靱帯切開が迅速かつ確実に気道を確保する方法とする意見もあるが,その適応は「①上気道異物,損傷などで挿管できない。②頸髄損傷の危険性があるために頸部を伸展できない」場合であり(乙B2・107頁),本件はこれにあてはまらない。 したがって,G医師が挿管を試みた時点において,気管切開を行うのは適切でなく,吐物を除去して喉頭展開ができれば挿管は可能であると判断したことに誤りはない。 bその後に婦人科医師及びF医師が挿管を試みた時点においても,①浮腫により声帯は確認しにくい状態であったが,喉頭展開は可能であり,気管内挿管が成功することが十分に考えられたこと,②アンビューマスクによる換気で胸郭は挙上し,換気は行われており,窒息を来すまでの喉頭浮腫はなく,気管切開が必須の状況ではなかったこと,③輪状甲状靱帯穿刺は,あくまで一時的な気道確保であり,速やかに他の方法で確実な気道確保を実施する必要があるとされているこ り,窒息を来すまでの喉頭浮腫はなく,気管切開が必須の状況ではなかったこと,③輪状甲状靱帯穿刺は,あくまで一時的な気道確保であり,速やかに他の方法で確実な気道確保を実施する必要があるとされていること,④輪状甲状靱帯切開は,腫脹がひどく,体表の目安が不鮮明になるた めに困難あるいは不可能な場合があるところ(乙B5),本件ではDの体格が良かったことに加え,急激に頸部の浮腫が進行し,頸部がパンパンに腫脹して甲状軟骨を確認することが困難であって,気管切開を安全に行うことはできなかったこと,⑤気管切開には相当程度の時間を要することなどからすれば,当時の判断として,直ちに気管切開に踏み切るべきであったとはいえない。 cそして,輪状甲状靱帯穿刺ないし切開は,すべての医師が行える手技ではなく,本件当時の医療水準に照らして,被告病院の担当医師においてこれらを施行することが法的な義務であったとはいえない。 ウ造影剤を使用する場合の救命準備義務違反(原告らの主張)アナフィラキシーは,急速に発現する致死性の病態であり,緊急対応の適否により予後が異なることから,造影剤を使用する場合には,万全な救命準備をしておかなければならない。具体的には,救命準備として,以下の点について救急体制の整備や医療従事者に対する研修・訓練を行うべき注意義務があるところ,被告病院においては,それを怠った注意義務違反があった。 (ア)院内救急体制の整備義務違反a連絡体制の整備義務違反救急時には,人手が多く必要となることから,迅速に人や物を集める体制を構築することが重要である。 したがって,被告病院においては,院内放送や電話交換を通じて,救急対応できる医師を一斉に呼び出す体制を採るべき注意義務があった。 にもかかわらず,被告病院においては医師を一斉に呼び出す体制が採られ したがって,被告病院においては,院内放送や電話交換を通じて,救急対応できる医師を一斉に呼び出す体制を採るべき注意義務があった。 にもかかわらず,被告病院においては医師を一斉に呼び出す体制が採られておらず,人を集めることに余分な時間が掛かることとなった。 b研修・訓練の実施義務違反(a)救急医薬品,備品の研修義務違反被告病院において,医療従事者は,CT室内に置かれた薬品,気管確保器具等の備品についてあらかじめ研修,訓練し,救急時にこれらを速やかに使用できるようにすべき注意義務があった。 にもかかわらず,上記の研修が十分に行われなかったため,F医師は,気管挿管器具,アレルギー治療薬(ボスミン,ステロイド)がCT室内にあることを認識せずに,救急カートの持参を指示し,薬品や備品を迅速に使用することができなかった。 (b)救命措置のシミュレーション,訓練義務違反救命措置においては,医療従事者が迅速かつ組織的に適切に対応することが求められるから,救急事態を想定して,定期的に救命措置のシミュレーションや訓練を行うことが必要になる。 したがって,被告病院においては,複数の医療従事者が無駄な動きをすることなく各種の救命措置を並行して行えるように,あらかじめシミュレーション・訓練を行うべき注意義務があった。 にもかかわらず,被告病院において,訓練は十分に行われず,救命措置に無駄な動きが多く,迅速な対応が採られなかった。 (イ)アナフィラキシーショック対応に関する体制の整備義務違反アナフィラキシーの治療において,ボスミンが第一選択薬であることは多くの医学文献から明らかであるから,被告病院には,アナフィラキシーショック対応について,以下の体制を整備する注意義務があった。 a被告病院の担当医師らにおいて,アナフィラキシーショックの治療にはボスミ 医学文献から明らかであるから,被告病院には,アナフィラキシーショック対応について,以下の体制を整備する注意義務があった。 a被告病院の担当医師らにおいて,アナフィラキシーショックの治療にはボスミンが第一選択薬であることを徹底すべきであった。 bまた,F医師は,食物アレルギーのあるDにアナフィラキシーが生じる可能性が高いことを認識していたのであるから,検査直前までに ボスミンが第一選択薬であることを確認すべきであった。 cそして,食物アレルギーのあるDに対し,造影剤を投与するのであるから,F医師は,ボスミンの所在をあらかじめ確認すべきであった。 にもかかわらず,ボスミンが第一選択薬であることが徹底されておらず,F医師は,ボスミンが第一選択薬であることを確認せず,ボスミンの所在もあらかじめ確認していなかったため,Dに対するボスミンの投与が遅れることとなった。 (ウ)挿管困難時の気道確保に関する体制の整備義務違反被告病院は,第二次救急病院かつ臨床研修指定病院であり,入院を要する中・重症患者に対する医療を行い,臨床医に対して外科的気道確保の研修を行うから,外科的気道確保や輪状甲状靱帯穿刺,切開に習熟した医師を確保することが求められる。 したがって,被告病院においては,気管挿管が困難な患者に対し,輪状甲状靱帯穿刺,切開を実施できる医師を確保して同手技を実施できる体制を整え,CT室,救急カートには,同手技に必要な器具であるメスやペアン鉗子,同手技を容易に行える簡易キットを整備すべき注意義務があった。 にもかかわらず,被告病院では,上記の体制が整えられておらず,必要な器具も備えられていなかったため,救命措置を担当した医師は,輪状甲状靱帯穿刺,切開を行うことができなかった。 (被告の主張)以下のとおり,造影剤を使用する場合の準備について,注 られておらず,必要な器具も備えられていなかったため,救命措置を担当した医師は,輪状甲状靱帯穿刺,切開を行うことができなかった。 (被告の主張)以下のとおり,造影剤を使用する場合の準備について,注意義務違反はない。 (ア)被告病院のCT撮影室内には,気管内挿管器具,アレルギー治療薬(ボスミン,ステロイド剤等)が常備されており,また,補液用の点滴チューブとは別に,造影剤注入用の点滴チューブをあらかじめ確保し, 万が一の合併症の際には造影剤用の点滴チューブを使用せず,造影剤を止めたままでアレルギー治療薬を投与できる体制になっていた。 (イ)また,夜間であったとはいえ,当直医等の人員は,外来診療や手術によって医師が対応できない日勤時間帯に劣らないほどのものであり,しかもDの腹痛が急激に増悪していて緊急に造影検査を行う必要があった。 原告らは,F医師が単独で気管挿管を試みていない旨主張するが,F医師は,小児科,婦人科当直医の到着以前から,単独で挿管を試みている。単独で挿管を行えるF医師が立ち会っており,さらに緊急時には外科医師等の応援を直ちに要請できる体制にあったことに加え,前記ア(被告の主張)のとおり造影剤による副作用発現頻度が極めて低いことからしても,それ以上の人的準備を整えるべきであったとはいえない。 (ウ)そして,輪状甲状靱帯穿刺,切開については,すべての医師が行える手技ではないから,本件当時の医療水準に照らして,被告病院の担当医師においてこれらを行うことが法的な義務であったとはいえず,同手技の準備を整えることも法的な義務であったとはいえない。 (2)因果関係の有無(原告らの主張)アナフィラキシー,アナフィラキシーショックは,早期の診断と治療をすることにより重篤な結果が回避できる病態であること,Dは,39歳と若く,格別 はいえない。 (2)因果関係の有無(原告らの主張)アナフィラキシー,アナフィラキシーショックは,早期の診断と治療をすることにより重篤な結果が回避できる病態であること,Dは,39歳と若く,格別の基礎疾患もなかったことなどからすれば,前記各注意義務が尽くされていれば,Dは,心停止,不可逆的な低酸素脳症,死亡を回避できた。 よって,前記各注意義務違反と死亡結果との間には因果関係が認められる。 (被告の主張)アナフィラキシーには,軽症例と重症例が存在し,発症が急激なものほど重症かつ救命が困難であるとされている。 Dは,アンビューバッグによる換気を行っている状態で,急激に心停止に至り,これに対して心臓マッサージやボスミン投与等の蘇生措置が行われても有効な心拍が得られなかったことからして,Dに生じた心停止は低酸素の結果ではなく,アナフィラキシーの結果であると考えられる。 したがって,Dは,より早期に気道確保ができていたとしても救命し得ないような極めて重篤なアナフィラキシーショックにより死亡したものであり,原告らの主張する注意義務違反と死亡結果との間に因果関係は認められない。 (3)損害(原告らの主張)アDに生じた損害(ア)死亡慰謝料2800万円(イ)逸失利益5561万6097円平成15年度賃金センサス男子全労働者計年収533万3000円を基礎に,就労可能年数を28年,生活費控除割合を30%とし,ライプニッツ方式(ライプニッツ係数14.8981)により中間利息を控除すれば,Dの逸失利益は,次のとおり5561万6097円である。 〔計算式〕533万3000円×(1-0.3)×14.8981=5561万6097円(ウ)原告らの相続原告Aは,Dの前記損害賠償請求権の2分の1(4180万8048円)を,原告B及び原告Cは,その 算式〕533万3000円×(1-0.3)×14.8981=5561万6097円(ウ)原告らの相続原告Aは,Dの前記損害賠償請求権の2分の1(4180万8048円)を,原告B及び原告Cは,その各4分の1(各2090万4024円)をそれぞれ相続した。 イ原告Aに生じた損害(ア)近親者慰謝料200万円(イ)葬儀関係費用150万円(ウ)弁護士費用453万円 ウ原告Bに生じた損害(ア)近親者慰謝料200万円(イ)弁護士費用229万円エ原告Cに生じた損害(ア)近親者慰謝料200万円(イ)弁護士費用229万円オ請求のまとめよって,原告らは,被告に対し,不法行為(民法709条,715条)又は診療契約の債務不履行に基づき,原告Aにつき損害賠償金4983万8048円,原告Bにつき損害賠償金2519万4024円,原告Cにつき損害賠償金2519万4024円及びこれに対する不法行為の日である平成17年3月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 (4)損益相殺(被告の主張)本件では,独立行政法人医薬品医療機器総合機構が,原告Aに対し,Dが造影剤アレルギーに基づく「アナフィラキシー様ショックに続発した心肺停止」により死亡したことについて,副作用救済給付の支給を決定しており(甲C4の1ないし甲C4の3,乙C1),これについて損益相殺がされるべきである。 (原告らの主張)被告の主張は争う。 第3当裁判所の判断 診療経過について 前記前提事実に加え,証拠(各認定事実の後に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,Dの診療経過について,以下の事実を認めることができる。 (1)CT検査に至る経過ア第1回目の診察Dは,アイナ 前記前提事実に加え,証拠(各認定事実の後に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,Dの診療経過について,以下の事実を認めることができる。 (1)CT検査に至る経過ア第1回目の診察Dは,アイナメの刺身,ピザを食べた後にじんま疹,腹痛,嘔吐及び下痢が出現したことを主訴として,午前2時31分ころ,被告病院を夜間救急受診した(甲C2,乙A1・2頁)。 午前2時50分ころ,F医師が,救急外来診察室にてDを診察したところ,著明なじんま疹,軽度の圧痛,腸雑音の低下が認められた。その際,Dから,以前,鯖を食べた際に同様の症状が出た旨の訴えがあった。F医師は,Dに薬物アレルギーがないことを確認し,腹部立位レントゲン検査,血液検査及びアレルギー薬の注射を指示した(乙A1・2頁,乙A4,証人F・2,4頁)。 午前3時8分,Dに対し,腹部立位レントゲン検査が施行された(乙A1・5頁,乙A6)。 イ第2回目の診察午前3時15分ころ,F医師が,Dを再度診察したところ,Dは診察室で嘔吐し,腹痛の増強,嘔気の増強が認められた。F医師は,Dに対し,入院を指示し,腹痛が強いため,Dの移動は車椅子によって行うこととした。Dに対し,右前腕に確保された点滴チューブから,ラクテック500mlの点滴が開始され,また,アレルギー薬である強力ネオミノファーゲンC20mlの投与が点滴側管から行われたところ,じんま疹は著明に改善した(乙A1・2頁,乙A2・14頁,乙A4,証人F・3,7頁)。 F医師は,腹部立位レントゲン画像に軽度の小腸ガスを認めたことから,麻痺性の腸閉塞の可能性を考慮しつつ,アレルギー性の好酸球性胃腸炎が最も疑われると判断した(乙A2・2,14頁,乙A6,証人F・6,9, 10頁)。 そして,F医師は,腹部疾患の鑑別のため,血液検査の結果を待って単純CT検 つつ,アレルギー性の好酸球性胃腸炎が最も疑われると判断した(乙A2・2,14頁,乙A6,証人F・6,9, 10頁)。 そして,F医師は,腹部疾患の鑑別のため,血液検査の結果を待って単純CT検査を行うこととした(乙A2・2,14頁,乙A4,証人F・3,4,6頁)。 ウCT室への入室午前4時33分,Dに対し,胸部レントゲン検査が行われた(乙A5,乙A7の1,乙A7の2)。 午前4時50分ころ,F医師は,血液検査の結果を確認し,Dは,CT検査のため,CT室に入室した(乙A4)。 エCT室等の設備CT室には,挿管チューブ,喉頭鏡ハンドル,喉頭鏡ブレード等の気管挿管器具,ハイドロコートン,ボスミン等の薬剤が備えられていた。また,救急外来に置かれた救急カートにも同様の器具,薬品が準備されていた(乙A12の2,証人F・14頁)。 (2)CT検査ア単純CT検査の施行及び第3回目の診察午前4時53分ころ,F医師,I技師の立会いの下,Dに対し,単純CT検査が行われた。単純CT画像には,腸管壁の浮腫,軽度の腸間膜浮腫及び肝臓,脾臓の周囲に少量の腹水が認められた(乙A1・3頁,乙A3,乙A8の1ないし乙A8の3,証人F・10ないし12頁)。 F医師は,DをCT検査寝台上で診察し,腹痛の増強と腹膜刺激症状(反跳痛,筋性防御)を認めた(乙A1・2頁,乙A4,乙A5,証人F・13,27頁)。 そこで,F医師は,単純CT画像の所見と腹部の症状から,上腸間膜動脈血栓症,大動脈解離等の血管性病変を除外診断する必要があると判断し,造影CT検査を行うこととした。その際,F医師は,Dに対し,診断のた めに造影CT検査の必要があること,造影剤には,かゆみや体のほてりなどの副作用があり,頻度は非常にまれではあるが,血圧低下や呼吸困難など命にかかわる副作用も生 際,F医師は,Dに対し,診断のた めに造影CT検査の必要があること,造影剤には,かゆみや体のほてりなどの副作用があり,頻度は非常にまれではあるが,血圧低下や呼吸困難など命にかかわる副作用も生じ得ることを説明し,Dから造影剤の使用について同意を得た。また,造影剤アレルギーの有無について確認したところ,Dから,造影剤を使用したことは恐らくない旨の返答があった(乙A1・3頁,乙A4,証人F・10ないし14,32ないし41頁)。 イ造影CT検査の施行F医師は,第2回目の診察にて確保した右前腕の補液用の点滴チューブとは別に,造影剤を注入するための点滴チューブを左手背に確保した。F医師は,Dに対し,造影剤を注入した際に体が熱くなること,苦しくなった場合など異変を感じた場合には検査を中止することを説明した。この時点で,I技師により,マスクで酸素投与が開始された(乙A4,証人F・12ないし15頁)。 午前5時7分ころ,F医師は,Dの頭側に立ち会い,自動注入器により非イオン性造影剤イオパーク300シリンジの急速注入を開始した。造影剤を注入したところ,Dから,注入部である左手背の痛み,体のほてり,気分不快の訴えはなかった。F医師は,造影剤の急速注入に問題がないと判断し,造影剤を50ml注入した時点(投与開始から約15秒後)で,CT室からCT操作室へと移動して造影CT撮影を開始した(乙A1・3頁,乙A2・14頁,乙A4,乙A9の1,証人F・48頁)。 なお,CT室とCT操作室は隣り合っており,間にガラス窓が設置され,CT室の様子が操作室から確認できるようになっていた(甲A12)。 (3)午前5時8分ころから午前5時25分ころまでの処置(なお,この項目に記載された各処置については,そのころ,記載の各診療行為が行われたことが認定できるにとどまり,その なっていた(甲A12)。 (3)午前5時8分ころから午前5時25分ころまでの処置(なお,この項目に記載された各処置については,そのころ,記載の各診療行為が行われたことが認定できるにとどまり,その正確な前後関係は明らかではない。)ア午前5時8分4秒ころ,CT画像にて,Dの体動が見られた。I技師は, Dの両足が動いた旨述べ,F医師も,Dの下肢が動いていることを確認し,異常が発生したと判断して,CT室に入室した(乙A4,乙A5,乙A9の2,証人F・15,16,48,49頁)。 F医師がCT室に入ると,Dは胸をかきむしっており,「胸が熱い。」との訴えがあった。F医師は,「中止,中止」と述べて,I技師にCT検査終了を指示し,5時8分23秒の早期相の撮影終了をもって撮影が中止された。I技師が,Dが横たわっていた検査台をガントリー(CTのドーム)から引き出すと,Dは,自ら上半身を起こして胸をかきむしる仕草をした。F医師は,Dに重篤な造影剤アレルギーが生じたと判断し,造影剤の注入を止め,右前腕の補液用チューブから輸液(ラクテック500ml)の速度を全開にして点滴を行った。このとき,Dは激しい体動で検査台から落ちそうになっていたため,I技師がDを抑える状態であった。F医師は,マスクによる酸素投与の流量を最大(10リットル/分以上)に上げた。触診すると,Dの脈拍は触知が可能であり,頻脈であった(乙A4,乙A5)。 F医師は,Dの造影剤アレルギーは重篤なものであるため,他の医療従事者の応援と救命処置が必要であると判断し,外科のG医師,救急外来のH看護師に対し,院内PHSにより「造影剤アレルギーです。すぐ来てください。」などと連絡して応援を要請した(乙A4,証人F・53頁)。 H看護師は,救急外来の当直事務員に対し,当直医・仮眠中の看護師を呼ぶよう 対し,院内PHSにより「造影剤アレルギーです。すぐ来てください。」などと連絡して応援を要請した(乙A4,証人F・53頁)。 H看護師は,救急外来の当直事務員に対し,当直医・仮眠中の看護師を呼ぶように依頼し,事務当直員により,小児科のJ医師,婦人科のK医師に対し連絡がされた(乙A5)。 G医師が連絡を受けてCT室に到着すると,Dには意識があり,「熱い。」との訴えがあって,全身は硬直していた。F医師は,救急外来に向けて聞こえるように「救急カート,今すぐ来て。」と怒鳴った(乙A4,証人F・50頁)。 イ午前5時11分ころ,L看護師が心電図モニタを持参してCT室に到着した(乙A4,証人F・50,81ないし84頁)。 Dの体動はなお著明であって,I技師が抑えている状態であった(乙A4)。 F医師は,L看護師に対し,CT室に常備されているハイドロコートン300mgを準備するよう指示した(乙A5,証人F・84ないし86頁)。 また,F医師は,L看護師に対し,気管挿管の準備を指示した。H看護師が応援のため,救急カートを持参してCT室に到着した(乙A4,乙A5,証人F74,75,85頁)。 G医師により,Dが口から泡を吹いていることが確認された(乙A4)。 F医師は,アンビューマスクによる換気を開始し,ボスミン1Aを準備するよう指示した(乙A5)。 F医師の指示に基づき,L看護師は,Dに対し,ハイドロコートン300mgを静注した(乙A4,証人F・51,52頁)。 F医師により,気管挿管が試みられた。この時点では,Dの体動は治まっていた。Dは,喉頭を展開することは可能であったが,浮腫が見られ,声帯は観察しにくい状態であった。このころより,Dの血色は急激に悪化し,皮膚は紫色になり始めた(乙A4,証人F・16,72ないし76,85頁)。 F医師の指示によ とは可能であったが,浮腫が見られ,声帯は観察しにくい状態であった。このころより,Dの血色は急激に悪化し,皮膚は紫色になり始めた(乙A4,証人F・16,72ないし76,85頁)。 F医師の指示により,Dに対し,ボスミン1Aが静注され,ハイドロコートン500mgの静注が追加された(乙A4,証人F・51,52頁)。 なお,L看護師到着後,ここまでの診療行為は,同時並行的に,時間を置かずに行われた(証人F・51,85,86頁)。 F医師は,婦人科当直医のK医師,小児科当直医のJ医師にも応援を求めるように指示した(乙A4)。 F医師が挿管を行い,挿管チューブにアンビューバッグを接続し,空気を吹き込んで聴診したところ,食道に挿管したことを確認したため,チューブをすぐに抜去し,アンビューマスクによる酸素化を図った。F医師は,再び喉頭展開するも,チューブの挿入は試みず,G医師に挿管の担当を交代した。その際,Dの内頸動脈の拍動が触知された。また,気管挿管を試みる間に,Dは,胃内の残渣を嘔吐したため,嘔吐物の吸引がされた(乙A4,乙A5,証人F・16,64頁)。 F医師の指示により,ハイドロコートン500mgの静注が追加された。 Dに対し,アンビューマスクで酸素化を図りながら,気管挿管が試みられ続けた。Dの末梢血酸素飽和度は低下し,四肢の紫色への変色が次第に強くなった(乙A4)。 当直医であるK医師,J医師がCT室に到着し,救急措置を行う医師は,F医師,G医師と合わせて4名となった。K医師は,挿管の担当をG医師と交代して,気管挿管を試みた。J医師は,左手背の造影剤注入用の点滴チューブを抜去し,点滴路の確保を試みたが,末梢血管が収縮しており,点滴路の確保は困難な状態であった(乙A4,証人F・64頁)。 K医師は,ハイドロコートン500mgの静注の追加を指 影剤注入用の点滴チューブを抜去し,点滴路の確保を試みたが,末梢血管が収縮しており,点滴路の確保は困難な状態であった(乙A4,証人F・64頁)。 K医師は,ハイドロコートン500mgの静注の追加を指示した(乙A4)。 Dは,筋弛緩し,四肢の末梢が紫色に変色した状態となった。聴診の結果,Dは心停止しており,大腿動脈は触知されず,末梢血酸素飽和度の測定は不能であった。Dは閉眼した状態であって,開眼させても対光反射はなく,眼球は正中に固定したままであった(乙A4)。 Dの顔面,首には浮腫が見られ,舌の浮腫も認められた(乙A4,証人F・18,19頁)。 Dに対し,心マッサージが開始され,アンビューマスクを用いながら,気管挿管が試みられ続けた(乙A4)。 F医師の指示により,ボスミン1Aが静脈注射された(乙A4)。 Dに対し,心電図モニタが装着されたが,心波形は認められず,蘇生板を差入れて心マッサージが続けられた。心室頻拍,心室細動などの波形は見られず,除細動を行う機会は得られなかった(乙A4)。 Dの四肢の末梢血管は著明に収縮し,点滴の滴下速度が明らかに低下したため,新たに末梢の点滴路の確保が試みられた。点滴路の確保は困難であったが,最終的に時刻は不明であるものの,J医師がDの手背に点滴針を刺し,ラクテック500mlの輸液が開始された(乙A4)。 ウ午前5時25分ころ,F医師は,K医師と挿管の担当を交代して,Dに対し,気管挿管を試みた。Dの喉頭を展開すると,以前より観察しやすくなっており,両側声帯は白色で,開いた状態であった。F医師は,気管挿管を行い,挿管チューブをアンビューマスクに接続して空気を吹き込み,聴診で両肺に空気が入ることを確認して人工呼吸器を接続した(乙A2・7頁,乙A4)。 G医師は,ボスミン1Aを挿管チューブから気管内に散布 い,挿管チューブをアンビューマスクに接続して空気を吹き込み,聴診で両肺に空気が入ることを確認して人工呼吸器を接続した(乙A2・7頁,乙A4)。 G医師は,ボスミン1Aを挿管チューブから気管内に散布した(乙A2・7頁,乙A4)。 気管挿管がされた時点でも,Dに対光反射はなく,眼球は正中に固定した状態であった。酸素化がなされたが,心マッサージをいったん止めると心電図モニタ上,心波形はなかった。胸壁を叩打しても心波形は現れず,時折,幅広の心波形が見られるのみであった。以後,医師・看護師が交代でDに対し,心マッサージを継続した(乙A4)。 (4)午前5時30分ころ以降の処置ア午前5時30分ころ,Dに対し,ボスミン1Aの静注が追加され,硫酸アトロピン1Aが投与された(乙A4,乙A12の2)。 F医師は,Dの右鼠径部より,中心静脈カテーテルを25センチメートルほど挿入し,点滴路を接続した。Dの四肢末梢の血色は次第に改善し, 皮膚の色が戻っていった(乙A4)。 イ午前5時40分ころ,Dに対し,ボスミン1A静注,硫酸アトロピン1A静注が追加された(乙A2・7頁,乙A4)。 右大腿カテーテルの挿入部から,鮮赤色の逆流血があり,カテーテルを抜去して圧迫止血がなされ,数分後,完全に止血した(乙A4)。 ウ午前5時45分ころ,Dに対し,ボスミン1A静注,硫酸アトロピン1A静注が追加された(乙A4)。 エ午前5時50分ころ,Dに対し,ボスミン1Aが静注された。K医師が,Dの右大腿部から中心静脈カテーテル挿入を試みた。J医師は,Dの血液ガスを採取した(乙A4)。 オ午前5時58分ころ,J医師の指示により,血液ガス検査の結果を待たず,メイロン20mlの静注,メイロン250mlの点滴静注が開始された。なお,血液ガス検査の結果は,午前6時4分付けで出された 。 オ午前5時58分ころ,J医師の指示により,血液ガス検査の結果を待たず,メイロン20mlの静注,メイロン250mlの点滴静注が開始された。なお,血液ガス検査の結果は,午前6時4分付けで出された(乙A2・7頁,乙A4)。 カ午前6時15分ころから,Dに対し,ボスミン1A,硫酸アトロピン1Aが二回にわたって静注された(乙A2・7頁,乙A4)。 キ午前7時ころ,Dは,心マッサージを受けながら,CT室よりストレッチャーで救急外来診察室に移動した(乙A4)。 ク午前7時40分ころ,Dは,心マッサージを受けながら,7病棟に移動して入院した。以後,Dに対する救命処置,家族に対する病状説明は7病棟で行われた。医師が交代してDに対し,心マッサージを続け,心臓ぺーシング,人工呼吸を行ったが,これらの蘇生処置に反応はなく,午後2時52分,Dの死亡が確認された。死因は,造影剤によるアナフィラキシー様ショックであった(甲A3,甲A4,甲A11,乙A2・8ないし12頁,乙A4)。 (5)事実認定の補足説明 ア診療録等の証拠評価について本件の診療経過に関する主要な書証としては,本件当日である平成17年3月13日に作成された診療録(乙A1,乙A2,以下「本件診療録」という。)のほか,平成17年4月7日付けF医師作成の診療経過に関する報告書(乙A4),平成19年3月5日付けF医師作成の診療経過に関する報告書(乙A5)があるところ,これらに記載された事実経過には互いに食い違う点も見られることから,本件の診療経過をどのように認定するかが問題となる。 診療録は,医師が診療中又は診療の直後に記載したものであるから,一般的には,その証拠価値は高い。しかしながら,本件診療録中,午前5時8分にDが急変した後の救命措置については,複数の医療従事者の関与のもと,同 医師が診療中又は診療の直後に記載したものであるから,一般的には,その証拠価値は高い。しかしながら,本件診療録中,午前5時8分にDが急変した後の救命措置については,複数の医療従事者の関与のもと,同時並行的に行われた治療行為について,F医師が,同日救命措置が終了した後,午後6時35分に警察から提出を求められるまでの短時間に,自らの記憶の範囲でのみ,応急的に記載したものであるから,不正確な部分が混じり,詳細な経過が記載されていないという問題点がある(証人F・56頁,弁論の全趣旨)。例えば,急変によりCT撮影を中止した時刻が,CTフィルム上は午前5時8分ころであるにも関わらず,本件診療録には午前5時5分ころと記載されているし,本件では,ボスミンの投与がハイドロコートンの投与より後であったことが証拠調べによって明らかにされているが,本件診療録では,ボスミンがハイドロコートンより先に記載されている(乙A1・3頁)。 これに対し,平成17年4月7日付け報告書は,F医師が,本件診療にかかわった他の医師や看護師に事実関係の確認を取った上,本件から約1か月後に作成したものである。特に,上記報告書では,F医師が,ボスミンよりハイドロコートンを先に投与したことなど,被告に不利な事柄も正確に記載されており,信用性は高いものといえる。 なお,平成19年3月5日付け報告書は,本件の事故発生から2年が経過した後,本件訴訟の提起を踏まえて作成されたものであり,平成17年4月7日付け報告書と比較して相対的に信用性は低いものといわざるを得ない。しかし,同報告書は,平成17年4月7日付け報告書を作成したときよりも関係者に対して詳細な事実の確認を行って作成されたものであるから(証人F・57,60頁),事実経過に合理性の認められる限り,なお信用性を有するといえる。例え 年4月7日付け報告書を作成したときよりも関係者に対して詳細な事実の確認を行って作成されたものであるから(証人F・57,60頁),事実経過に合理性の認められる限り,なお信用性を有するといえる。例えば,医師が投与する薬剤の準備を看護師に指示したことや気管挿管に着手する前にアンビューバッグによる換気が行われたことは,平成19年3月5日付け報告書にのみ記載があるが,薬剤投与に先立ち,医師が看護師に対しその薬剤の準備を指示することや,気管挿管に先立ち,アンビューバッグによる酸素化が図られることは,当然に想定されるところである。 したがって,本件の診療経過は,平成17年4月7日付け報告書を基礎として,本件診療録,平成19年3月5日付け報告書の信用性がある部分を加えて認定することが相当である。 イ本件診療録の作成についてこれに対し,原告らは,外来診療録(乙A1),入院診療録(乙A2)の圧痛,反跳痛,筋性防御等の記載は,後から書き換えられて偽造された疑いがある旨主張し,①「反跳痛(+),筋性防御(+)」は,外来診療録のみに記載されており,入院診療録には記載されていないこと,②外来診療録では,右腹部に強い痛みがあったことになっているが,入院診療録では,右腹部の所見は記載されていないこと,③入院診療録の「圧痛(+++)」については,「+/-」を消して「+++」と書き改めていること,④午前3時8分ころの腹部レントゲン検査及び午前4時33分ころの胸部レントゲン検査とも立位で撮影されており,立位が取れないほどの疼痛はなかったと考えられること,⑤単純CT写真にはぶれがないため,D は腹痛を我慢できていたと考えられることなどを指摘する。 しかしながら,入院診療録は,F医師が,Dの入院を決定した前後ころ,外来診療の合間に,外来診療とは別に,その要点を適宜記 れがないため,D は腹痛を我慢できていたと考えられることなどを指摘する。 しかしながら,入院診療録は,F医師が,Dの入院を決定した前後ころ,外来診療の合間に,外来診療とは別に,その要点を適宜記載していったものであることからすると(証人F・8頁),外来診療録に記載された所見中,入院診療録に記載されていない所見があるからといって,直ちに本件診療録が後から書き換えられたものと推認することはできない。 また,F医師は,入院診療録の圧痛につき「+/-」との記載を消して「+++」に書き改めたのは,腹部を診察してカルテを記載した後に,圧痛が増強したために書き改めたものである旨証言する(証人F・8,88ないし90頁)。そして,入院診療録の記載が,入院時までの診療の要点を記載する趣旨で記載されていることからすれば,かかる訂正方法が不自然とまではいえず,本件診療録が書き換えられたものであると推認することはできない。 そして,午前3時8分ころの腹部レントゲン検査及び午前4時33分ころの胸部レントゲン検査とも立位で撮影されていること,単純CT写真にはぶれがないことは原告ら指摘のとおりであるけれども,そのことから直ちに,Dに腹痛の増強や腹膜刺激症状がなかったということもできず,本件診療録が書き換えられたものであると推認することはできない。 その他,診療録の記載や証人Fの証言を総合しても,診療録の記載が後に書き換えられたと認めるに足りる証拠はない。 したがって,外来診療録及び入院診療録が書き換えられたとする原告らの主張を直ちに採用することはできない。 ウDの腹膜刺激症状について原告らは,Dに強い腹痛や腹膜刺激症状が存在しなかった旨主張する。 しかしながら,証拠(乙A1・2頁,乙A4)によれば,Dには,CT検査室での第3回目の診察時,腹痛の増強と腹膜刺激症状( 症状について原告らは,Dに強い腹痛や腹膜刺激症状が存在しなかった旨主張する。 しかしながら,証拠(乙A1・2頁,乙A4)によれば,Dには,CT検査室での第3回目の診察時,腹痛の増強と腹膜刺激症状(反跳痛,筋性 防御)があったと認めるのが相当である。 この点については,M鑑定人も,腹水があり,車椅子で移動していたことを考えると,腹膜刺激症状があったと考えて良い旨述べているところである(鑑定・12ないし13頁)。 エF医師による気管挿管の着手時期について原告らは,F医師が気管挿管に着手したのは,造影CT撮影を中止してから7分は経過した時点であり,Dにチアノーゼが出現し,SpOの低下 が見られた後であると主張する。 そして,外来診療録(乙A1・3頁)には,5時5分ころ「CT撮影中に体のほてり出現」「2相目を中止」,5時12分ころ「呼吸音出現し小児科,婦人科コール」,「チアノーゼ出現し,SpO低下」との記載の後 に,「挿管を試みるも,喉頭の浮腫著明」との記載があることが認められる。 しかしながら,前記のとおり,本件診療録の急変後の記載部分は,F医師が,自身の記憶に基づき,応急的に記載したもので,正確性に疑問があること,急変後の診療経過に関しては,後日,本件診療にかかわった他の医師や看護師に事実関係の確認を取った上で記載された平成17年4月7日付け報告書(乙A4)の方がより信用性が高いと考えられることからすれば,外来診療録の上記記載は採用できず,F医師は,前記認定のとおり,午前5時8分ころに造影CT撮影を中止し,午前5時11分ころ,G医師がDが口から泡を吹くのを確認した後,間もなくの時点で気管挿管に着手したものと解するのが相当である。 オL看護師到着後の診療行為の時間経過について前記のとおり,造影検査中止時刻が5時8分であったこと Dが口から泡を吹くのを確認した後,間もなくの時点で気管挿管に着手したものと解するのが相当である。 オL看護師到着後の診療行為の時間経過について前記のとおり,造影検査中止時刻が5時8分であったこと,F医師が,L看護師の到着は,造影検査中止時から2,3分くらい後であったと述べていること(証人F・83,84頁)からすれば,L看護師が到着したの は,5時10ないし11分ころであったと認めるのが相当である。 そして,その後,被告病院の医療従事者らにより,ハイドロコートンの静注,気管挿管着手,ボスミン静注などが行われているが,F医師の証言によれば,これらは,同時並行的に,時間を置かず行われたものと認められ(証人F・51,85,86頁),これを覆すに足りる証拠はない。 本件に関する医学的知見について証拠(各認定事実の後に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,本件に関して以下の医学的知見を認めることができる。 (1)上腸管膜動脈血栓症(甲B50ないし甲B54,乙B7,乙B8)ア上腸間膜動脈血栓症では,臨床所見として,強い腹痛,下痢,嘔吐が見られ,症状が進行すると,筋性防御,反跳痛,圧痛などの腹膜刺激症状が見られる(甲B51・699頁,甲B53・20頁,甲B54・29頁,乙B7・739頁,乙B8)。 イ腹部レントゲン画像には小腸ガス像が見られ,CT画像には腸管壁の肥厚(浮腫),腹水の貯留,腸間膜の肥厚といった所見が見られる。そして,上腸間膜動脈血栓症の鑑別には,造影検査が有用とされている(甲B50ないし52,甲B54,乙B7,乙B8)。 ウ上腸間膜動脈血栓症の死亡率は高く,50~60%とされている(乙B7・740頁,乙B8・1372頁)。 (2)アナフィラキシーショック(甲B2,甲B3,甲B13,甲B64,甲B67)アアナフィラキ 間膜動脈血栓症の死亡率は高く,50~60%とされている(乙B7・740頁,乙B8・1372頁)。 (2)アナフィラキシーショック(甲B2,甲B3,甲B13,甲B64,甲B67)アアナフィラキシーとは,抗生物質,麻酔薬,造影剤などの外来物質の侵入が原因となり,それに対する急激な生体反応の結果,循環器系,消化器系,呼吸器系,皮膚などの広範な臓器が障害を受ける状態をいう(甲B2)。 アナフィラキシーが重篤になり,循環・呼吸不全に陥る場合をアナフィ ラキシーショックという(甲B2)。 イアナフィラキシーの初期症状としては,皮膚のかゆみ,口唇や手足のしびれ感,四肢の冷感,心悸亢進,喉頭違和感,悪心,腹痛などを認め,症状が進展すると,顔面蒼白,喘鳴,呼吸困難,意識消失,血圧低下などを来してショック状態となる(甲B2,甲B13)。 ウアナフィラキシーによる死因の多くは,気道浮腫による窒息とショックである(甲B64・845頁,甲B67)。 エアナフィラキシーショックに対する処置造影剤によるアナフィラキシーショックについては,以下のような対応が必要となる(甲B3,甲B6,甲B7,甲B9,甲B13,甲B15,甲B16,甲B17,甲B27,甲B30,甲B36,甲B42,甲B45,甲B49,甲B59,甲B63,甲B64,甲B82,甲B83,乙B5)。 (ア)アナフィラキシーの発症に備え,造影剤の投与を開始してから5分以内は患者の状態を観察して,異常が認められた場合は,直ちに造影剤投与を中止して,処置を開始する(甲B9・97頁,甲B16・90頁,甲B42・64頁,甲B45・17頁,甲B59・163頁)。 (イ)患者の脈拍,呼吸などバイタルサインを調べ,重篤な副作用と思われた場合は,他の医師,看護師に連絡した上,必要な薬品,器具を集めて救命処 42・64頁,甲B45・17頁,甲B59・163頁)。 (イ)患者の脈拍,呼吸などバイタルサインを調べ,重篤な副作用と思われた場合は,他の医師,看護師に連絡した上,必要な薬品,器具を集めて救命処置を行う(甲B3・689,690頁,甲B16・90頁)。 (ウ)a薬剤治療としては,昇圧・強心作用のほか,気管支拡張作用,ヒスタミン放出抑制作用を持つボスミン(エピネフリン)が第一選択薬であり,できるだけ早期に投与すべきとされる(甲B7・1420頁,甲B13,甲B15・52頁,甲B17・251頁,甲B36,甲B49・280頁)。 bハイドロコートンなどのステロイド剤も薬剤治療に用いられる(甲 B63・769頁,甲B82・663頁,甲B83・452頁)。 ステロイド剤は,即効性はないが,喉頭浮腫等の症状の軽減,症状の遷延・再発の防止の目的で使用される(甲B13,甲B42・67頁,甲B63・769頁)。 (エ)循環血液量を確保するため,急速に輸液を行う(甲B7・1420頁)。 (オ)呼吸管理としては,気道を確保して,酸素投与を行う。上気道閉塞の有無を確認し,上気道閉塞の所見があれば,気管挿管を施行する(甲B3・689頁)。 また,アナフィラキシーショックにおいては,気道狭窄が進行すると気管挿管が困難になるため,気道狭窄が悪化する前に気管挿管を考慮すべきであり,チアノーゼが現れる前に緊急気管内挿管が必要であるとされている(甲B7・1420頁,甲B16・92頁,甲B30・150頁,甲B49・281頁,乙B5)。 (カ)喉頭浮腫,声門浮腫が高度で,気管挿管が困難な場合は,輪状甲状靱帯穿刺,輪状甲状靱帯切開を行うものとされる(甲B7・1420頁,甲B16・92頁,甲B64・847,848頁)。 (キ)患者の心肺が停止している場合は,心臓マッサ 管挿管が困難な場合は,輪状甲状靱帯穿刺,輪状甲状靱帯切開を行うものとされる(甲B7・1420頁,甲B16・92頁,甲B64・847,848頁)。 (キ)患者の心肺が停止している場合は,心臓マッサージと換気を行う(甲B3・689頁)。 (3)気管挿管が困難な場合の気道確保の方法上気道閉塞症状により気管挿管が困難となる場合において,気道確保の手段としては,以下のような方法がある(甲B30,甲B64,甲B70,甲B74,甲B84の1,乙B13)。 ア輪状甲状靱帯穿刺(ア)輪状甲状靱帯穿刺は,血管針,注射器等の器具を用いて,輪状甲状靱帯を穿刺し,気道を確保する方法である(甲B30・150頁,甲B6 4・847頁,甲B70・583頁,甲B74・1153頁)。 (イ)簡便な穿刺の手段として,小気管切開キット,経皮的穿刺針(トラヘルパー)を用いた方法がある(甲B74・1155,1156頁,甲B84の1)。 (ウ)輪状甲状靱帯穿刺の合併症には,穿刺部からの出血,感染,食道損傷,気管及び喉頭の後壁損傷,皮下気腫,縦隔気腫,心嚢気腫,気胸,空気塞栓症などがある(甲B74・1153頁)。 イ輪状甲状靱帯切開(ア)輪状甲状靱帯切開は,輪状甲状靱帯を切開し,気管内にチューブを留置して気道を確保する方法であり,メス,曲ペアン鉗子,気管チューブ等の器具が必要となる(甲B64・847頁,甲B74・1157頁)。 (イ)輪状甲状靱帯切開の合併症には,出血,血液誤嚥,皮下気腫,縦隔気腫,心嚢気腫,気胸,空気塞栓症などがある(甲B74・1157頁)。 ウ輪状甲状靱帯穿刺,切開は,比較的安全に行える手技であるが,上記の合併症があるため,同手技を安全に行うには,事前にトレーニングをする必要があるとされている(乙B13・43,46頁)。 争点(1)ア( 甲状靱帯穿刺,切開は,比較的安全に行える手技であるが,上記の合併症があるため,同手技を安全に行うには,事前にトレーニングをする必要があるとされている(乙B13・43,46頁)。 争点(1)ア(不必要な造影CT検査を実施した注意義務違反の有無)について(1)原告らは,被告病院の担当医師には,Dに対し,不必要な造影CT検査を実施しない注意義務があるところ,造影CT検査の危険性,必要性を検討せず,ルーチンで同検査を施行した注意義務違反があると主張する。 (2)そこで検討すると,原告らの主張に沿う事情として,以下の事実を認めることができる。 ア造影CT検査の危険性についてDは,鯖を食べてじんま疹が出たことがあり,食物アレルギーを有していたところ,食物アレルギーを有する患者については,アレルギーを有しない患者と比較して,造影剤の重篤な副作用が発生するリスクが3倍高い とされている(前記1(1)ア,甲B7・1420頁,甲B8・48頁,甲B9・96頁,乙B1・47頁)。 また,Dに対し使用された非イオン性造影剤イオパーク300シリンジの添付文書には,患者本人がじんま疹等のアレルギーを有する場合は,上記造影剤を慎重に投与するものとの記載がある(甲B1)。 イ造影CT検査の必要性について患者が慎重投与に該当する場合には,造影検査の必要性を再検討し,他に代替できる画像検査があるか検討する必要があるとの文献がある(甲B6・94頁)。 アレルギー性の好酸球性胃腸炎には,じんま疹と嘔吐,下痢,腹痛等の消化器症状が見られるところ,Dは,以前に鯖を食べてじんま疹が出たことがあったこと,今回もアイナメの刺身を食べた後にじんま疹と嘔吐,下痢,腹痛といった消化器症状を訴えたこと(甲B10,前記1(1)ア,イ)から,F医師も,Dの疾患として,上腸間膜動脈血 ま疹が出たことがあったこと,今回もアイナメの刺身を食べた後にじんま疹と嘔吐,下痢,腹痛といった消化器症状を訴えたこと(甲B10,前記1(1)ア,イ)から,F医師も,Dの疾患として,上腸間膜動脈血栓症,大動脈解離等の血管性病変の可能性を考慮しつつも,好酸球性胃腸炎を最も疑っていた(前記1(1)イ)。 (3)しかしながら,これについては,以下の点を指摘することができる。 ア造影CT検査の危険性について造影剤の副作用に関する大規模調査によれば,アレルギーの種類ごとに見た副作用発現率は,①全症例0.04%,②アレルギーがない場合0.03%,③食物アレルギーがある場合0.06%,④アトピーがある場合0.11%,⑤喘息がある場合0.23%,⑥薬剤アレルギーがある場合0.13%とされている(甲B7・1420頁,乙B1・47頁)。 また,非イオン性造影剤投与例16万8363例のうち,副作用の発現率は,総副作用3.13%,重篤なもの0.04%,極めて重篤なも の0.004%であって,死亡に至った症例は1例との文献がある(甲B7・1419頁)。 そして,非イオン性ヨード造影剤の副作用については,重篤副作用の頻度は,2.5万例に1例,死亡例は40万例に1例との報告がされている(乙B1)。 したがって,造影CT検査により副作用を発症する可能性は,Dが食物アレルギーを有していることを考慮しても0.06%であって,必ずしも高いものとはいえない。 イ造影CT検査の必要性について(ア)鑑別すべき疾患に関する医学的知見前記2(1)に認定のとおり,上腸間膜動脈血栓症では,臨床所見として,強い腹痛,下痢,嘔吐があり,症状が進行すると腹膜刺激症状が見られる。また,腹部レントゲン画像には,小腸ガス像が見られ,CT画像には腸管壁の肥厚(浮腫), ,上腸間膜動脈血栓症では,臨床所見として,強い腹痛,下痢,嘔吐があり,症状が進行すると腹膜刺激症状が見られる。また,腹部レントゲン画像には,小腸ガス像が見られ,CT画像には腸管壁の肥厚(浮腫),腹水の貯留,腸間膜の肥厚といった所見が見られる。そして,上腸間膜動脈血栓症の鑑別には,造影検査が有用とされている。 なお,上腸間膜動脈血栓症の死亡率は高く,50~60%とされている。 (イ)Dの画像所見及び臨床所見の評価Dの腹部立位レントゲン画像には,軽度の小腸ガスが認められ,単純CTにおいては,小腸の腸管壁の肥厚(浮腫),腸間膜肥厚及び肝臓,脾臓の周囲に少量の腹水が認められた(前記1(1)イ,(2)ア,N鑑定人,O鑑定人,M鑑定人,鑑定・2ないし4頁)。 そして,単純CTの所見によれば,Dには,上腸間膜動脈血栓症,腸間壊死等の血管性病変の疑いがあり,腹膜刺激症状の有無にかかわらず,造影CT検査を施行して,Dの疾患を鑑別する必要性があった(N鑑定 人,O鑑定人,M鑑定人,鑑定・2ないし8頁)。 これに加え,Dは,被告病院を受診したときから腹痛,嘔吐,下痢を訴えており,アレルギー薬の投与を受けてじんま疹が改善したにもかかわらず,むしろ腹痛の増強と腹膜刺激症状が認められたこと(前記1(1)ア,イ,(2)ア)からすれば,臨床症状に照らしてもDの疾患を鑑別する必要性があった。 (ウ)そして,仮に上腸間膜動脈血栓症であるとすれば,生命の危険があることからすれば,造影CT検査を行って疾患を鑑別する必要性は高かったものといえる。 ウ以上によれば,Dには,上腸間膜動脈血栓症等の血管性病変の疑いがあり,造影CT検査を施行して疾患を鑑別する必要性と,同検査による副作用のリスクを避ける必要性を比較考量しても,疾患の鑑別のために造影CT検査を施行する必要 上腸間膜動脈血栓症等の血管性病変の疑いがあり,造影CT検査を施行して疾患を鑑別する必要性と,同検査による副作用のリスクを避ける必要性を比較考量しても,疾患の鑑別のために造影CT検査を施行する必要性が高かったといえ,造影CT検査をすべきでなかったということはできない(N鑑定人,O鑑定人,M鑑定人,鑑定・2ないし6頁)。 (4)なお,原告らは,造影CT検査を実施しない注意義務があったことを基礎付ける事情として,Dには腹膜刺激症状がなかったと主張するが,前記1で認定したとおり,Dには反跳痛等の腹膜刺激症状があったと認められる上,前記(3)イ(イ)のとおり,本件では,単純CTの所見に照らし,腹膜刺激症状の有無にかかわらず造影CT検査を行う必要性があったものと認められるから,原告らの主張は理由がない。 (5)したがって,造影CT検査を実施しない注意義務は認められないから,被告病院の担当医師に,上記注意義務違反があるとは認められない。 争点(1)イ(造影剤使用後の診断,治療義務違反の有無)について(1)原告らは,被告病院の担当医師には,Dに対し,①初期症状の段階で的確にアナフィラキシーの診断をし,②バイタルサインの確認を行い,③救命措 置を実施する(気道を確保して酸素を供給する,循環不全ならボスミン投与や心臓マッサージを行う)べき注意義務があるところ,被告病院の担当医師は,速やかにアナフィラキシーショックの診断を行わず,迅速,適切に救命措置をしなかった注意義務違反があると主張する。 そこで,原告らが主張する点について検討する。 (2)アナフィラキシーの診断の遅れについてア診療録とCT写真の時刻のずれについて原告らは,診療録では,午前5時5分にDにアナフィラキシーの前駆症状が生じたとされているのに,最後に撮影されたCT写真の表示時 ィラキシーの診断の遅れについてア診療録とCT写真の時刻のずれについて原告らは,診療録では,午前5時5分にDにアナフィラキシーの前駆症状が生じたとされているのに,最後に撮影されたCT写真の表示時刻は午前5時8分であり,アナフィラキシーの診断が約3分間遅れたと主張する。 確かに,原告らの主張のとおり,診療録(乙A1・3頁)には,午前5時5分ころ,Dに体のほてりが出現し,造影CT撮影が中止された旨の記載があり,造影CT写真(乙A9の2)の表示時刻は午前5時8分であることが認められる。 しかし,診療録は,F医師が,CT機械室の時計などに基づく記憶を頼りに,そのころ行われたと考えられる診療経過についての大まかな時刻を記載したものであると認められ(乙A4,乙A10,証人F・15,16頁),実際には,造影CT写真の表示時刻である午前5時8分ころにDの体動が確認されたものと認めるのが相当である(前記1(3)ア)。そして,診療録上も,体のほてりの出現と撮影中止が続けて記載されていることからすれば,上記時刻の不一致から,アナフィラキシーの診断が遅れたと推認することはできず,この点の原告らの主張は採用することができない。 イDの体動によりアナフィラキシーを把握したことについてまた,原告らは,F医師は,造影剤を50ml注入した時点で,Dの側を離れてCTの操作室へ移動し,アナフィラキシーの前駆症状である顔面紅潮などに気づかず,Dの体動により初めてアナフィラキシーの発症を把 握したから,診断に遅れがあったと主張する。 確かに,前記認定のとおり,アナフィラキシーの発症に備え,造影剤の投与開始時から5分以内は患者の状態を観察するものとされている(前記2(2)エ(ア))。 しかしながら,F医師は,造影剤を50ml注入するまでDの頭側に立ち会い,異常がないか確 発症に備え,造影剤の投与開始時から5分以内は患者の状態を観察するものとされている(前記2(2)エ(ア))。 しかしながら,F医師は,造影剤を50ml注入するまでDの頭側に立ち会い,異常がないか確認して,CT操作室に移動し造影CT撮影を行っていること(前記1(2)イ),F医師は,造影CT撮影中,CT室の隣にある操作室におり,CTドームに隠れた患者の表情を直接は確認できない状況にはあったものの(証人F・49頁),操作室とCT室の間のガラス窓を通じて,CT室内の様子を確認することは可能であったこと(前記1(2)イ),そして,F医師は,操作室からDの体動を確認すると,直ちにCT室に入室し,撮影を中止して,重篤な造影剤アレルギーが発生したと判断していること(前記1(3)ア)が認められる。 そうすると,F医師のアナフィラキシーの診断に遅れがあったということはできない。 エしたがって,アナフィラキシーの診断をより早期に行うべき注意義務違反は認められない。 (3)バイタルサインの確認についてア原告らは,被告病院の担当医師は,アナフィラキシーの診断後も,Dの血圧,脈拍,心拍,SpO,呼吸数などの各バイタルサインを確認すべき 注意義務があるところ,これを怠った注意義務違反があると主張する。 イ確かに,診療録には,5時25分ころ以降のSpOの数値を除いて,各 バイタルサインの記載がないことが認められる(乙A1・3頁)。 しかしながら,前記認定のとおり,本件では,急変時に,被告病院の医療担当従事者は,Dの救命処置に追われていた状況であったと認められ,診療録にバイタルサインの記載がないことから,確認自体が行われなかっ たと推認することはできない。また,F医師は,触診でDの脈拍を触知するなどしており,また,Dに対し,気管挿管,ハイドロコートン,ボ 録にバイタルサインの記載がないことから,確認自体が行われなかっ たと推認することはできない。また,F医師は,触診でDの脈拍を触知するなどしており,また,Dに対し,気管挿管,ハイドロコートン,ボスミン投与などの処置が行われた経過(前記1(3)イ)に照らしても,各バイタルサインの確認に不適切な点があったと認めることはできない。 したがって,バイタルサインの確認を怠った注意義務違反があったとは認められない。 (4)ボスミンの投与の遅れについてア原告らは,被告病院の担当医師は,アナフィラキシーショックを診断した時点で,ボスミンを速やかに投与すべきであり,遅くとも,F医師がG医師,H看護師に応援を要請した時点で,直ちにボスミンを投与すべき注意義務があるところ,これを怠った注意義務違反があると主張する。 イボスミン投与までの経過F医師がボスミンを投与するまでに行った処置の経過については,前記1(3)ア,イに認定のとおりである。これによれば,F医師は,Dの急変後,直ちにCT室に入室し,検査終了を指示し,重篤な造影剤アレルギーと診断して,その後,造影剤の注入を止め,輸液用の点滴の速度を全開にして,マスクによる酸素投与の流量を最大に上げ,触診で脈拍を触知し,外科のG医師,救急外来のH看護師に対し,院内PHSにより連絡して応援を要請し,救急カートを依頼して,午前5時11分ころ,G医師,L看護師が到着した後,ハイドロコートン,気管挿管,ボスミンの準備を指示して,これらを順次行ったことが認められる。また,I技師は,検査台をガントリーから引き出した後,午前5時11分ころまでの間,Dが体動により,検査台から落ちそうになっていたため,Dの身体を押さえていたことが認められる。 そして,証人Fの証言によれば,①Dの体動を確認してからG医師,H看護師に応援 5時11分ころまでの間,Dが体動により,検査台から落ちそうになっていたため,Dの身体を押さえていたことが認められる。 そして,証人Fの証言によれば,①Dの体動を確認してからG医師,H看護師に応援を要請するまでに掛かった時間は,F医師の感覚で2分弱く らいであったこと,②Dに体動が見られてからL看護師がCT室に到着するまでに要した時間は,F医師の感覚で2分から3分くらいであったこと,③L看護師が到着した時点で,同看護師に対し,ハイドロコートン投与,気管挿管,ボスミン投与等を準備するように次々と指示を出したのは,時間を置かず,ほぼ同時であったことが認められる(証人F・51,52,80,81,84ないし86頁)。 なお,G医師は,F医師から電話を受けた時点で,6階の外科当直医の仮眠室にて仮眠中であり,電話を受けてから1階のCT室に移動したことが認められる(乙A12の1,乙A12の2,証人F・50頁)けれども,G医師は,「造影剤アレルギーです。すぐ来てください。」との要請に応じたものであり,仮眠室からCT室まで速やかに移動したものとうかがわれるから,アナフィラキシーショックの発症から,G医師,L看護師がCT室に到着するまでに掛かった実際の時間が,F医師の感覚による3分間と大きく相違するものとは認められない。 ウ医学的知見また,前記2(2)エに認定のとおり,造影剤によりアナフィラキシーショックが生じた場合に必要とされる処置は,①直ちに造影剤投与を中止する,②患者の脈拍,呼吸などバイタルサインを調べ,重篤な副作用と思われた場合は,他の医師,看護師に連絡した上,必要な薬品,器具を集める,③薬剤治療としては,ボスミンが第一選択薬であり,できるだけ早期に投与する,④循環血液量を確保するため,急速に輸液を行う,⑤気道を確保して酸素投与を行い, 師に連絡した上,必要な薬品,器具を集める,③薬剤治療としては,ボスミンが第一選択薬であり,できるだけ早期に投与する,④循環血液量を確保するため,急速に輸液を行う,⑤気道を確保して酸素投与を行い,上気道閉塞の所見があれば,気管挿管を施行するといった処置であることが認められ,薬剤治療としてステロイド剤であるハイドロコートンも用いられるが,即効性はないものとされている。 そして,文献(甲B27・23頁)によれば,多くのアナフィラキシーショック症例では,分単位で症状の悪化が見られるため,ボスミンの投与 を含む救命措置を数分以内に行わなければ,患者の状態は急激に悪化し,命の危険に陥るとされる。 エ以上を前提に,注意義務違反の有無について検討する。 (ア)前記イのとおり,F医師は,Dが急変した後,約2,3分の間に,CT室に入室して,重篤な造影剤アレルギーであると診断した後,造影剤投与を中止し,輸液の点滴速度を上げ,酸素投与,触診を行った上,G医師,H看護師に応援を求めているが,前記ウの医学的知見及び鑑定の結果によれば,救急現場においては,人手を集めることが優先して行うべき措置であるから,F医師が,まず,造影剤の投与を中止し,重篤なアナフィラキシーと判断して他の医師,看護師を呼んだ措置は適切であったものといえる(N鑑定人,O鑑定人,M鑑定人,鑑定・21,24,25頁)。 (イ)aその後,F医師は,L看護師が到着した時点で,時間を置かず,ハイドロコートン,気管挿管,ボスミンの投与を指示しているが,ハイドロコートンを投与した後に,ボスミンを投与したことが認められる。 そこで,これがボスミン投与の遅れといえるかについて検討する。 bアナフィラキシーショックに対して,一般的にボスミンが第一選択薬であることについて,N鑑定人,M鑑定人,O鑑定人の意 とが認められる。 そこで,これがボスミン投与の遅れといえるかについて検討する。 bアナフィラキシーショックに対して,一般的にボスミンが第一選択薬であることについて,N鑑定人,M鑑定人,O鑑定人の意見は一致している(鑑定・15,16頁)。 この点に関し,O鑑定人は,「途中まで脈は触れており,血圧があることを考えると,喉頭浮腫の治療のために,ステロイドを先に使っても間違いとはいえない。」旨述べる(鑑定・14頁)。しかしながら,前記のとおり,ステロイド剤は即効性がないことを考えれば,本件でも第一選択薬は,やはりボスミンであったと考えられる。 cそこで,本件で,F医師が,ステロイド剤であるハイドロコートンより後にボスミンを投与したことが,義務に違反する行為といえるか につき検討する。 この点に関し,N鑑定人は,「実際の現場では,かなり緊急事態で混乱していることが多いので,色々な薬をいっぺんにやっていくので,そういう過程で少し色々な薬が前後するということは良くある。教科書的には,ボスミンを第一選択にやっているのは間違いないが,実際の現場は,もちろん余り間隔が空くといけないけれども,多少の順番を入れ替えながらどんどん薬を打つことは日常は良くある。余り間隔が空くようであれば,投与が遅れたということはあるかもしれないが,色々なことを同時にやっているという過程であれば,大きな問題はない。」旨述べる(鑑定・20,21頁)。また,O鑑定人も,「3分か4分の間に人を呼び,ハイドロコートンを入れ,ボスミンを入れるという行為が行われていれば,どちらが早かったらいいとかいう問題ではないのではないか。」と述べる(鑑定・25頁)。 そして,アナフィラキシーショックが発症した時点から,どの程度の時間内にボスミンの投与が行われなければ,一般的な医療行為を逸脱して いとかいう問題ではないのではないか。」と述べる(鑑定・25頁)。 そして,アナフィラキシーショックが発症した時点から,どの程度の時間内にボスミンの投与が行われなければ,一般的な医療行為を逸脱していると見るべきかについて,O鑑定人は,「救命措置のために人手を集めるなどの措置を同時並行で行いつつ,ボスミンの投与が行われ,アナフィラキシーショックが発症した時点から5分ないし10分以内に救命措置が行われていれば,いわゆる普通の診療行為であって,大きく逸脱するような治療ではない。」旨述べ(鑑定・25頁),N鑑定人は,「アナフィラキシーショックが発症してからすぐにボスミンを投与するのが鉄則であるが,呼吸の確保等の措置も含め,ボスミンの投与が数分から10分以内に行われていれば,治療としてそれほど大きく逸脱していない。」旨述べ(鑑定・27頁),M鑑定人も,「ボスミンの投与は5分から10分以内に行われる必要がある。」旨の意見を述べる(鑑定・26頁)。 以上の鑑定人の意見によれば,ボスミンの投与は,その他の救命措置と多少前後しつつも,アナフィラキシーショックの発症から,よどみない治療行為の中で,遅滞なく行われていれば,一般的な医療行為を逸脱したものとはいえないと解するのが相当である。 そして,本件では,前記イのとおり,F医師は,アナフィラキシーショックが発症してから2,3分のうちに,検査を中止して,人を呼び集め,その後,ハイドロコートン投与,気管挿管,ボスミン投与の準備をほぼ同時に,時間を置かずに指示して実行していると認められるから,ボスミンの投与が,ハイドロコートンの投与の後に行われたからといって,ボスミンの早期投与義務に違反した行為があったと認めることはできない。 dこの点につき,N鑑定人,M鑑定人は,結論として,本件ではボスミンをより ハイドロコートンの投与の後に行われたからといって,ボスミンの早期投与義務に違反した行為があったと認めることはできない。 dこの点につき,N鑑定人,M鑑定人は,結論として,本件ではボスミンをより早期に投与すべきであり,アナフィラキシーショックを診断した時点で人手を集めつつ直ちに投与すべきであったと述べる(鑑定・27,28,32頁)。 しかしながら,前記認定のとおり,F医師は,急変後,検査中止と人を集める行為を行った後,直ちに,ハイドロコートン,気管挿管,ボスミンの準備に同時並行的に着手しており,その間特に空白の時間があったとも認められないこと,ボスミンの投与が,アナフィラキシーショックの発症から数分の範囲内で行われたと推認されることからすれば,ボスミンの投与時期が,人手を集めつつ,直ちに投与するという状況と大きく異なるものとは認められず,一般的医療を逸脱する遅れがあったと評価することはできない。 オしたがって,ボスミンの投与をより早期にすべきであった注意義務違反は認められない。 (5)気管挿管の遅れについて ア原告らは,被告病院の担当医師には,遅くとも,Dが口から泡を吹いた時点で気管挿管に着手すべきであり,チアノーゼが生じる前に気管挿管の手技に着手する注意義務があるところ,これを怠った注意義務違反があると主張する。 イそこで,注意義務違反を判断する前提として,本件においてF医師が気管挿管に着手した時点に関する事実関係をまず検討する。 原告らは,診療録の記載(乙A1・3頁)から,F医師が気管挿管に着手したのは,造影CT撮影を中止してから7分以上が経過し,小児科のJ医師,婦人科のK医師がCT室に到着した時点か,早くとも,F医師が小児科医師,婦人科医師に追加の応援要請を行った時点であると主張する。 しかしながら,既に述べたとお てから7分以上が経過し,小児科のJ医師,婦人科のK医師がCT室に到着した時点か,早くとも,F医師が小児科医師,婦人科医師に追加の応援要請を行った時点であると主張する。 しかしながら,既に述べたとおり,診療録は,F医師がCT機械室の時計や記憶に基づいて大まかな時刻を記載したものであって,他の医師から間違いを指摘された点もあり(証人F・57頁),実際の診療の時間経過とは異なる部分があるものと認められ,この点に関しては,むしろ平成17年4月7日付け報告書(乙A4)の記載の方がより信用性が高いものといえる。そして,気管挿管やボスミン投与を行う以上,その前にアンビューマスクによる換気を行い,器材や薬剤の準備を指示する行為が当然想定されるから,その範囲で,平成19年3月5日付け報告書(乙A5)の記載も信用性があるといえる。 そうすると,前記1(5)エ認定のとおり,G医師によってDが口から泡を吹いていることが確認された時点で,F医師は,直ちにアンビューマスクによる換気を開始して気管挿管の準備を行い,ボスミンの準備を指示し,ハイドロコートンの静注を指示し,気管挿管の手技に着手をしたものと認められ,このころから,Dの血色が急激に悪化し,チアノーゼが出現したものと認めるのが相当である。 ウ以上の認定事実をもとに,気管挿管の手技に着手すべき時期について検 討する。 本件において,気管挿管の手技に着手すべき時期については,Dが口から泡を吹いた時点で,上気道閉塞症状を呈しており,気道確保の必要性があるものと考えられるから,この時点で気管挿管を行うことを決定し,挿管の準備をした上,挿管手技に着手すべきものと解するのが相当である(M鑑定人,N鑑定人,N鑑定人意見書,鑑定・35ないし38頁)。 この点に関し,O鑑定人は,口から泡を吹いた時点では,自発呼吸があ 管の準備をした上,挿管手技に着手すべきものと解するのが相当である(M鑑定人,N鑑定人,N鑑定人意見書,鑑定・35ないし38頁)。 この点に関し,O鑑定人は,口から泡を吹いた時点では,自発呼吸があった可能性も考えられる上,患者に体動があって挿管が困難であったから,下顎を挙げて吐物,唾液等の吸引を行うなどの気道確保を行い,酸素吸入をし,アンビューバッグにより加圧をすることがまず優先され,泡を吹いた時点で直ちに挿管を行うべきとは必ずしもいえないとの意見を述べる(O鑑定人意見書,鑑定・38ないし40頁)。 しかし,前記認定のとおり,F医師が挿管手技に着手した時点では,Dに体動は見られなかったこと,O鑑定人も,口から泡を吹いたことにより上気道閉塞が考えられるから気道確保の必要性はあると述べていることからすれば,体動がなく挿管が可能な状況において,気管挿管に着手することを否定する趣旨とは解されない(鑑定・40頁)。 エそこで,F医師の挿管手技の着手に遅延があったかについて検討する。 前記イのとおり,Dが口から泡を吹いたころ,F医師は,ハイドロコートン静注の指示を行って気管挿管の手技に着手したものと認められ,これに加え,証人Fの証言によれば,挿管準備,ハイドロコートン静注の準備は,ほぼ同時に,並行して行われていたことが認められるから(証人F・51,80,81,84ないし86頁),Dが口から泡を吹いた時点と気管挿管の手技に着手がされた時点との間には,気管挿管の器具を準備する時間のほか,間隔はほとんどなかったものと推認するのが相当である。 そうすると,F医師は,Dが口から泡を吹いた時点で,直ちに気管挿管 を行うことを決定し,挿管の準備をした上,挿管手技に着手したものといえるから,挿管の手技の着手に遅れはなかったものということができる(M鑑定人,O ,Dが口から泡を吹いた時点で,直ちに気管挿管 を行うことを決定し,挿管の準備をした上,挿管手技に着手したものといえるから,挿管の手技の着手に遅れはなかったものということができる(M鑑定人,O鑑定人,鑑定・40,43頁)。 この点につき,N鑑定人は,より早期に気管挿管の手技に着手すべきであり,ハイドロコートンを静注する前に気管挿管を行うべきであった旨の意見を述べる(鑑定・45ないし47頁)。 確かに,平成17年4月7日付け報告書(乙A4)には,ハイドロコートンを静注したとの記載の下に気管挿管を行った旨記載されており,ハイドロコートンの静注の後に気管挿管が行われたようにも読める。しかしながら,前記1(3)のとおり,本件の診療経過において,各救命措置の正確な前後関係は明らかではなく,また,ハイドロコートンの準備と挿管の準備は,同時並行的に行われていたと認められること,Dが口から泡を吹いた後,気管挿管の手技に着手されるまでの間には,気管挿管の器具を準備する時間の外,時間の間隔はほとんどなかったと認められることからすれば,平成17年4月7日付け報告書(乙A4)の記載から,気管挿管に遅れがあったと認めることはできない。この点に関し,N鑑定人も,泡を吹いた時点から気管挿管まで,余り時間の経過がなければ,必ずしも遅いとはいえない旨述べているところである(鑑定・37,38,41,45,46頁)。 そうすると,N鑑定人の意見を踏まえても,挿管の着手が遅れた注意義務違反があったと認めることはできない。 オなお,本件では,気管挿管が試みられたころには,Dの血色は急激に悪化しており,チアノーゼが発症しているところ,チアノーゼが現れる前に緊急気管内挿管を行うことが必要であるとの医学的知見があることは原告指摘のとおりである(前記2(2)エ(オ))。 しかし は急激に悪化しており,チアノーゼが発症しているところ,チアノーゼが現れる前に緊急気管内挿管を行うことが必要であるとの医学的知見があることは原告指摘のとおりである(前記2(2)エ(オ))。 しかしながら,気管挿管への着手が遅れた義務違反があるか否かは,診 療の具体的な経過に照らして判断されるべきであり,結果として着手したころにチアノーゼが発症したからといって,直ちに注意義務違反があるということはできない。 カしたがって,気管挿管に,より早期に着手すべきであった注意義務違反は認められない。 (6)輪状甲状靱帯穿刺ないし切開についてア原告らは,遅くとも,F医師,G医師,小児科医師,婦人科医師らが気管挿管を試みて失敗した時点において,被告病院の担当医師は,輪状甲状靱帯穿刺ないし切開により気道確保し,酸素供給をすべき注意義務があるところ,これを怠った注意義務違反があると主張する。 イそこで検討すると,かかる注意義務違反があったことを基礎付ける事情として,以下の点を認めることができる。 (ア)被告病院が第二次救急病院かつ臨床研修指定病院であること前記前提事実1(1)イのとおり,被告病院は,本件当時,第二次救急病院であったところ,第二次救急病院には,入院を要する中・重症患者に対する医療を確保することが求められている(甲B78)。 そして,前記前提事実1(1)イのとおり,被告病院は,研修医に対して臨床研修を行う立場にある臨床研修指定病院であったところ,平成17年度に作成された新医師臨床研修制度における指導ガイドラインの試行版(甲B28)では,研修医の指導の到達目標として,気道確保につき「外科的気道確保の種類を述べることができる」「輪状甲状靱帯穿刺術の適応を述べることができる」,アナフィラキシーの治療につき,「酸素を投与し,上気道狭窄症 修医の指導の到達目標として,気道確保につき「外科的気道確保の種類を述べることができる」「輪状甲状靱帯穿刺術の適応を述べることができる」,アナフィラキシーの治療につき,「酸素を投与し,上気道狭窄症例では確実な気道の確保ができる」とされている。 (イ)被告病院は救急患者の受入数及び造影CT検査の実施数が多い病院であること 被告病院は,平成16年(本件の前年)には,救急患者を2000~3000例受け入れ,造影CT検査を4550件実施しており(甲A6・21,23頁),アナフィラキシーショックをもたらす可能性のある薬剤を使用する機会が多い病院であった。 (ウ)被告病院では,平成9年ころ,輪状甲状靱帯穿刺の簡易キットを使用した例があること被告病院では,平成9年ころ,外科医師,耳鼻科医師が,誤嚥による窒息が生じた患者に対し,経皮的気管穿刺針(トラヘルパー)を用いて,輪状甲状靱帯穿刺を試みた例があった(甲B77の1,甲B77の2,甲B84の1・959頁)。 エしかしながら,これに対しては,以下の点を指摘することができる。 (ア)輪状甲状靱帯穿刺ないし切開の臨床現場における実施状況等輪状甲状靱帯穿刺ないし切開は,教科書に常に登場する手技ではあるが,一般臨床医にとって,輪状甲状靱帯切開を経験する機会はほとんどないとされる(甲B72)。 また,経験年数10年以下の麻酔医の約80%以上が輪状甲状靱帯穿刺,切開を行ったことがないとの報告がある(乙B11,乙B13,M鑑定人意見書添付参考文献6)。 そして,P医師は,輪状甲状靱帯穿刺ないし切開は,現実には専門医でさえ実施機会が多くなく,一般医にとっては,自分自身はもちろん他の医師が実施している場面を見ることさえまれであるとの意見を述べる(乙B10,同添付参考資料6・115頁)。 この点に関し,救急 門医でさえ実施機会が多くなく,一般医にとっては,自分自身はもちろん他の医師が実施している場面を見ることさえまれであるとの意見を述べる(乙B10,同添付参考資料6・115頁)。 この点に関し,救急医であるO鑑定人,M鑑定人は,共に,輪状甲状靱帯穿刺,切開は実施する機会がほとんどない手技であるとの意見を述べるところである(鑑定・51,55頁)。 (イ)輪状甲状靱帯穿刺ないし切開の手技の困難度 証拠(乙A11,乙A12の1,乙A12の2,証人F・18,67,68頁)によれば,F医師,G医師,J医師,K医師には,本件当時,輪状甲状靱帯穿刺ないし切開を行った経験はなく,また,同手技に必要な簡易キットなどの器具は,CT室,救急カートになかったと認められる。そして,前記2(3)ウ及び鑑定の結果(O鑑定人,M鑑定人,N鑑定人,鑑定・51,59頁)によれば,輪状甲状靱帯穿刺ないし切開は,これを経験したことのない医師において施行することは困難な手技であると認められる。 特に,Dは,体格が良かったと認められるところ(甲A11,甲C1),輪状甲状靱帯穿刺ないし切開は,体格の良い患者の場合には,穿刺,切開部の特定が難しいことが指摘されている(M鑑定人,鑑定・52,53頁)。 (ウ)輪状甲状靱帯穿刺ないし切開の手技に関する研修の状況麻酔科医による文献では,輪状甲状靱帯穿刺ないし切開は,必ず習得しなければならない手技であるが,臨床で麻酔科医が同手技を実施する機会はまれであり,今まで実技のトレーニングはほとんど行われていなかったとされている(乙B11)。 この点に関し,N鑑定人の勤務する大学病院においては,平成17年前後から,研修医全員に対し,簡便なキットによる穿刺の講習を行っており,麻酔科医,救急医も講習を受けているが,内科医全員が講習を受けている状 に関し,N鑑定人の勤務する大学病院においては,平成17年前後から,研修医全員に対し,簡便なキットによる穿刺の講習を行っており,麻酔科医,救急医も講習を受けているが,内科医全員が講習を受けている状況ではないとされている(鑑定・53,73,74,84頁)。 そして,M鑑定人,O鑑定人がそれぞれ勤務する大学病院において,簡易キットによる穿刺の講習は,救命救急医に対しては行われているが,研修医に対しては十分な研修がされていない状況にあるとされる(鑑定・85頁)。 以上によれば,輪状甲状靱帯穿刺ないし切開は,文献において習得すべき手技とされているものの,内科医等の一般臨床医にとって同手技を実施する機会はほとんどなく,鑑定人らの勤務する大学病院においてすら,外科的気道確保の技術が特に求められる救急医,麻酔医等を除き,同手技を施行できる医師は少ない状況にあるものと解される。 そうすると,前記イのとおり,被告病院が第二次救急病院かつ臨床研修指定病院であること,被告病院が救急患者の受入数,造影CTの実施数が多いこと,被告病院において,過去,簡易キットを使用して輪状甲状靱帯穿刺を試みた事例があったことなどを踏まえても,輪状甲状靱帯穿刺,切開の手技の経験を有しない被告病院の担当医師らが,より習熟した気管挿管を試み続けたことにもやむを得ない面があり,本件当時,被告病院の夜間救急の当直担当医において,輪状甲状靱帯穿刺ないし切開を施行しなければならない法的義務を負っていたとまでいうことはできない(P医師,乙B10・8ないし10頁,M鑑定人,O鑑定人,鑑定・55,60,74頁)。 この点については,鑑定人らも,被告病院の担当医師らが,より習熟した手技である気管挿管を試み続けていたことが,不適切であったということもできないと述べているところである(M鑑定人 60,74頁)。 この点については,鑑定人らも,被告病院の担当医師らが,より習熟した手技である気管挿管を試み続けていたことが,不適切であったということもできないと述べているところである(M鑑定人,O鑑定人,鑑定・58ないし60,68頁)。 オなお,N鑑定人,O鑑定人は,第二次救急病院,臨床研修指定病院には輪状甲状靱帯穿刺,切開の技術が要求される旨の意見を述べる(鑑定・53,54頁)。しかしながら,両鑑定人は,他方で,「人員や体制でそういう方向で努力していくのが方向性だと思う。」(鑑定・54,65頁),「方向性として,これから輪状甲状靱帯穿刺,切開の技術を医師が習得していく必要はあると考えるが,本件当時において同手技の習得をしておくべきであったとはいえない」(鑑定・60頁)とも述べており,輪状甲状 靱帯穿刺,切開を施行できる医師が少ない現状を踏まえ,今後,多くの医師が同手技を施行できるように研修を充実させていく努力をすべきであるとの趣旨で述べられたものとも解されるから,上記の意見から,本件当時,被告病院の夜間救急の当直担当医において,輪状甲状靱帯穿刺,切開を施行することが法的に義務づけられていたとまで認めることはできない(鑑定・53,54,65頁)。 また,原告らは,被告が,前記イ(ウ)の事例において,輪状甲状靱帯穿刺を試みたものの気管切開をしなかったことに過失があるとの判決を受けた経緯があることを指摘して,被告病院の担当医師には,輪状甲状靱帯穿刺,切開を行う義務があった旨主張する。しかしながら,かかる事情が,本件における被告病院の担当医師の注意義務違反の有無を直ちに左右するものともいえない。 カしたがって,被告病院の担当医師らに輪状甲状靱帯穿刺,切開を行うべき注意義務があったとはいえないから,同手技を行うべき注意義務違反が 当医師の注意義務違反の有無を直ちに左右するものともいえない。 カしたがって,被告病院の担当医師らに輪状甲状靱帯穿刺,切開を行うべき注意義務があったとはいえないから,同手技を行うべき注意義務違反があったということはできない。 (7)以上によれば,本件において,被告病院の担当医師らに,造影剤投与後の診断,治療義務違反があったとは認められない。 争点(1)ウ(造影剤を使用する場合の救命準備義務違反の有無)について(1)原告らは,被告病院の担当医師には,造影剤を投与する前の段階で,バイタルサインを把握するとともに,気道確保器具,ボスミンなどの治療薬を手元に確保し,また,循環確保ができる医師自身が造影検査を行うか,そのような医師が造影剤投与に立ち会うべき注意義務があるところ,急変時への対応が手薄な深夜帯に,これらの救命準備を行わないまま,Dに対して,造影剤を投与した注意義務違反があると主張する。 そこで,原告らの主張について,以下検討する。 (2)院内救急体制の整備義務違反 ア連絡体制の整備義務違反原告らは,被告病院においては,院内放送や電話交換を通じて,救急対応ができる医師を一斉に呼び出し,医師が救急現場に急行する体制を整える注意義務があるところ,これを怠った注意義務違反があると主張する。 確かに,文献(甲B6・10頁,甲B16・90頁)上,医療施設においては,造影剤事故に備えて速やかな緊急連絡体制を整えるべきであるとされているし,本件において,F医師は,Dがアナフィラキシー様ショックを発症した後,院内PHSにより,G医師とH看護師のそれぞれに電話を掛けて応援を要請し,K医師とJ医師は,救急外来事務員の呼び出しの後,F医師から再度呼出しを受けてCT室に到着するなど,被告病院において,本件当時,緊急時において院内の医師を一斉に それぞれに電話を掛けて応援を要請し,K医師とJ医師は,救急外来事務員の呼び出しの後,F医師から再度呼出しを受けてCT室に到着するなど,被告病院において,本件当時,緊急時において院内の医師を一斉に呼び出す体制とまではなっていなかったことは前記認定のとおりである(前記1(3)ア,イ)。 しかしながら,上記文献(甲B16・90頁)においても,緊急時の連絡方法としては,院内放送や,PHSを利用したシステム等から,医療施設の実情に合った方法を選択すべき旨が記載されているにとどまり,院内放送等で一斉に医師を呼び出せる体制を整えることが一律に求められているものとまではいえない。 また,K医師とJ医師が再度の呼出しを受けてCT室に到着したことについても,Dにアナフィラキシー様ショックが発生したのは元々人手の少ない夜間であったこと,G医師とH看護師は連絡を受けて速やかに救命措置に加わっていたことに照らせば,この点をもって,救急時の連絡体制が整備されていなかったということはできない。 したがって,被告病院において,救急時の連絡体制の整備を怠った注意義務違反があったとは認められない。 イ研修・訓練の実施義務違反(ア)救急医薬品,備品の研修義務違反 原告らは,被告病院において,医療従事者は,CT室内に置かれた薬品,気管確保器具等の備品についてあらかじめ研修し,救急時に速やかに使用できるようにする注意義務があるところ,これを怠った注意義務違反があると主張する。 確かに,本件では,CT室に救急カートと同様の気管確保器具,薬品が整備されているにもかかわらず,F医師が救急カートを呼んだことは前記認定のとおりである。 しかしながら,アナフィラキシーショック発生といった緊急時において,医療現場にある程度混乱が見られることは鑑定人らも指摘するところであり,その 師が救急カートを呼んだことは前記認定のとおりである。 しかしながら,アナフィラキシーショック発生といった緊急時において,医療現場にある程度混乱が見られることは鑑定人らも指摘するところであり,その中で,F医師がとっさに救急カートを呼んだのも,十分にあり得る対応であって,不適切な行動ともいえない。また,既に述べたとおり,F医師らは,Dに対し,アナフィラキシーショックの発生後,数分内に遅滞なくボスミンを投与しているほか,Dが口から泡を吹いた後,ほとんど時間の経過なく気管操管の手技に着手したものと認められるところである。 以上によれば,被告病院において,医療従事者に対する救急時の薬品,備品の使用訓練を行うべき注意義務に違反したとはいえず,ほかにこれを認めるに足りる証拠もない。 (イ)救命措置のシミュレーション,訓練義務違反原告らは,被告病院において,複数の医療従事者が必要な救命措置を並行して速やかに行えるように研修・訓練を行うべき注意義務があるところ,これを怠って研修が行われなかった注意義務違反があり,その結果,迅速な救命措置がされなかったと主張する。 しかしながら,前記(ア)と同様,F医師らによるボスミン投与や気管挿管の手技への着手は特段の遅れなく実施されていると認められることなどからすると,被告病院において救命措置に係る研修・訓練を実施すべ き注意義務に違反したとはいえないし,ほかにこれを認めるに足りる証拠もない。 ウアナフィラキシーショック対応に関する体制の整備義務違反原告らは,①被告病院は,担当医師に,アナフィラキシーショックの治療にはボスミンが第一選択薬であることを徹底すべきであり,②F医師は,食物アレルギーのあるDに対し,造影剤を投与するのであるから,ボスミンが第一選択薬であることを検査前に確認し,③ボスミンの所在をあ 療にはボスミンが第一選択薬であることを徹底すべきであり,②F医師は,食物アレルギーのあるDに対し,造影剤を投与するのであるから,ボスミンが第一選択薬であることを検査前に確認し,③ボスミンの所在をあらかじめ確認すべき注意義務があるところ,これを怠り,ボスミンの投与の判断が遅れた上,CT室にボスミンがあるにもかかわらず救急カートが呼ばれており,ボスミンの所在の確認もされていなかった注意義務違反があると主張する。 しかしながら,前記イ(ア),(イ)で述べたとおり,F医師らによるボスミン投与は特段の遅れなく実施されていると認められることなどからすると,被告病院あるいはF医師がボスミンが第一選択薬であることの徹底や所在の確認等に関する注意義務に違反したとはいえないし,ほかにこれを認めるに足りる証拠もない。 エ挿管困難時の気道確保に関する体制の整備義務違反原告らは,被告病院においては,医師に対し,気管挿管ができない患者に対して,輪状甲状靱帯穿刺ないし切開を施行できるように研修を行い,これに必要なメス,ペアン鉗子,簡易キットをCT室,救急カート内に備え付けるべき注意義務があるところ,これを怠った注意義務違反があると主張する。 本件において,F医師,G医師,K医師,J医師が気管挿管を試み,輪状甲状靱帯穿刺ないし切開を行わなかったことは前記認定のとおりである(前記1(3))。 しかしながら,既に述べたとおり,被告病院が第二次救急病院かつ臨床 研修指定病院であること等を踏まえても,担当医師において,輪状甲状靱帯穿刺ないし切開を行う注意義務を負っていたとはいえないし,そうである以上,F医師らが輪状甲状靱帯穿刺ないし切開を行わなかったからといって,被告病院において,医師に対する輪状甲状靱帯穿刺ないし切開に係る研修等を行うべき注意義務に違反したとは直 いえないし,そうである以上,F医師らが輪状甲状靱帯穿刺ないし切開を行わなかったからといって,被告病院において,医師に対する輪状甲状靱帯穿刺ないし切開に係る研修等を行うべき注意義務に違反したとは直ちにはいえず,ほかにこれを認めるに足りる証拠もない。 (3)以上によれば,被告病院において,造影剤使用時の救命準備義務違反があったと認めることはできない。 以上によれば,原告らの請求は,その余の点につき判断するまでもなく,理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第30部裁判長裁判官秋吉仁美裁判官大嶺崇裁判官黒田吉人

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