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昭和41(ネ)2734 損害賠償請求控訴および同附帯控訴事件

裁判所

昭和44年5月30日 東京高等裁判所

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12,920 文字

主文 一控訴人(附帯被控訴人)の本件控訴を棄却する。二原判決中附帯控訴人(被控訴人)敗訴の部分を取消す。附帯被控訴人(控訴人)は附帯控訴人(被控訴人)に対し全一〇〇万円およびこれに対する昭和三七年九月二〇日以降支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。三訴訟費用は第一、二審を通じすべて控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。事実 控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)指定代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)訴訟代理人は、控訴につき主文第一項同旨の判決および附帯控訴として主文第二、三項同旨の判決を求めた。当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、次に附加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。(控訴人の主張)一原判決は「A医師の使用した手術器具が、直接視束(視神経)に物理的な力を加えたものであるか否かはともかくとして、同人の用いた手術器具が篩骨洞から紙状板を越えて眼窩内に侵入し、手術器具操作による物理的な外力が原告の右眼視束のうち、眼球後部から視束管入口までの部分に加えられて、これに衝撃を与え、これによつて原告の右眼視力の喪失の結果を招いたもの」と推認している。しかし被控訴人の紙状板が破損したということは現実に確認されていないのみならず、A医師が手術器具を紙状板を越えて眼窩内に侵入させたとは考え難いし、ましてその器具が深く侵入して視束に直接衝撃を加え、または眼窩内の組織を介してこれに衝撃を加えたということは到底考え得ないことである。医師が手術器具を紙状板を越えて眼窩内に侵入させたとは考え難いし、ましてその器具が深く侵入して視束に直接衝撃を加え、または眼窩内の組織を介してこれに衝撃を加えたということは到底考え得ないことである。 らず、A医師が手術器具を紙状板を越えて眼窩内に侵入させたとは考え難いし、ましてその器具が深く侵入して視束に直接衝撃を加え、または眼窩内の組織を介してこれに衝撃を加えたということは到底考え得ないことである。医師が手術器具を紙状板を越えて眼窩内に侵入させたとは考え難いし、ましてその器具が深く侵入して視束に直接衝撃を加え、または眼窩内の組織を介してこれに衝撃を加えたということは到底考え得ないことである。その理由は、第一に、A医師は本件手術の際被控訴人の篩骨洞の後部が既に別途解放済みであるため、篩骨洞の深部の開放はこれを意図していなかつたし、また、中鼻洞を開く手術とともに少なからぬ出血があることを認めるや深部の手術はことさら避ける方針で臨んでいたのであるから、そのような場合に経験豊富にして沈着な同医師としてその用いた器具を紙状板を越えてさらに深く侵入させるということは考え難いことであり、現に同医師はこの事実を認めていない。第二に、仮に同医師の用いた器具が紙状板より深く入つたとしても、それによつて視束はもちろん視束の近辺にその先が達するということは、物理的におよそあり得ないことである。なんとなれば、紙状板は鼻孔から篩骨洞へ進入する器具の方向に対してほぼ平行に位置しており、これを貫いて器具を進入させたとしても、紙状板を直角またはそれに近い角度で貫くことは鼻孔の制限上不可能であり、平行に近い極く僅かの角度でこれを貫き得るに過ぎないところ、紙状板につながるすぐ奥側の骨は相当に部厚く、それが視束を死角においており、器具が視束に到達し、ないしこれに接近するためには、進入角度の制限上その骨を破壊しなければ不可能な関係にある。しかしそのような強力な力で器具が篩骨洞深部へ押入れられるということは、手術の常識上全くあり得ないところである。二また、原判決は、「A医師において手術の施行に危険を感じ、困難を覚える状態に立ち至つていたにもかかわらず、手術の施行を直ちに中止せずに続行し、その結果手術器具が紙状板を越えて眼窩内に侵入し、器具操作による物理的な外力が原 において手術の施行に危険を感じ、困難を覚える状態に立ち至つていたにもかかわらず、手術の施行を直ちに中止せずに続行し、その結果手術器具が紙状板を越えて眼窩内に侵入し、器具操作による物理的な外力が原告の右眼視束に対して衝撃を加える事態を惹起し、これによつて原告の右眼視力の喪失の結果を招いた以上、過失がある。 止せずに続行し、その結果手術器具が紙状板を越えて眼窩内に侵入し、器具操作による物理的な外力が原 において手術の施行に危険を感じ、困難を覚える状態に立ち至つていたにもかかわらず、手術の施行を直ちに中止せずに続行し、その結果手術器具が紙状板を越えて眼窩内に侵入し、器具操作による物理的な外力が原告の右眼視束に対して衝撃を加える事態を惹起し、これによつて原告の右眼視力の喪失の結果を招いた以上、過失がある。」と判示している。しかし、右は大きな誤解であり、A医師は決して判示のごとき無暴、危険な手術を続行したものではない。本件手術にあたつて被控訴人の鼻から出血したのは、篩骨洞を見透しすることができるように中鼻洞の粘膜をそいだときであつて、その出血は手術中続いたものである。そしてその出血の量は確かに多い方ではあつたが、それは被控訴人に出血性の因子があつたためではなく、一にその強い要請により本件手術を全身麻酔で行つたためであつて(全身麻酔の場合は局部麻酔の場合よりもしばしば出血が多い)局部麻酔の場合に比すれば出血は多量といえるが、全身麻酔の例自体としては中等量の範囲を出ず、なんら特に多い出血ではなく、その程度の出血は局部麻酔の場合にも往々見られるものであつて、未だそれによつて手術を著しく困難にするほどのものではなかつた。そこでA医師は、篩骨洞開放手術の普通の方法に従い、ガーゼで出血を吸取り、内部を透視しつつ静かに器具を挿入してその先を篩骨洞の蜂・に接せしめ、次いで篩骨洞を挾んで手応えてその蜂・たることを確認したうえ、これを手元に引くことによりその挾んだ蜂・を掻きとり、それが一回終ればまたガーゼで出血を吸取り、内部を透視確認して同じ操作を繰返したものであつて、決してガーゼで吸取つても出血多量のため直ぐ視界が遮られ、内部を確認して所望の部位に器具を挿入することができないような状態の下で手術を行つたものではなく、また手術の途中から出血が増加したとい あつて、決してガーゼで吸取つても出血多量のため直ぐ視界が遮られ、内部を確認して所望の部位に器具を挿入することができないような状態の下で手術を行つたものではなく、また手術の途中から出血が増加したということもなかつたのである。もとより出血が多い場合には篩骨洞内部の視認が時間的に制約される等手術に因難が伴うが、ガーゼで吸取つても出血によりまたたちまち視界が遮られるような異常出血の場合でない限り、篩骨洞開放手術が適応する患者について同手術を遂行することは、患者の疾病による苦痛を救治すべき医師の責務とするところであり、また、A医師はこの程度の出血の下における手術につき既に十分な経験を有していたのであるから、同医師が本件の場合は右手術を遂行したことは極めて当然であつて、これを不当視し、そのため同医師に過失ありとして、それが本件不幸な結果の原因であると考えるのは、全く理由のないことである。 限り、篩骨洞開放手術が適応する患者について同手術を遂行することは、患者の疾病による苦痛を救治すべき医師の責務とするところであり、また、A医師はこの程度の出血の下における手術につき既に十分な経験を有していたのであるから、同医師が本件の場合は右手術を遂行したことは極めて当然であつて、これを不当視し、そのため同医師に過失ありとして、それが本件不幸な結果の原因であると考えるのは、全く理由のないことである。三次におよそ失明の原因には、麻酔薬、出血、浮腫その他既知未知の種々のものがあることを考えなければならないが、被控訴人の場合はその一因として球後の浮腫ということが考えられる。鼻部の手術の際眼球辺に浮腫を生ずることは珍らしくなく、被控訴人は従前の鼻部手術において眼瞼に相当の浮腫を示しており、したがつて本件手術の際眼球後部の視束管寄りの辺にも浮腫を生じ、それが失明の原因になつたということが考えられる。なお、仮に本件失明が本件器具の操作の物理的影響によるものとしても、既に一、二に述べたところによつて明らかなように、直接の衝撃ないしそれに近いものによつてではなく、たまたま蜂・を掻きとる際挾み出した骨以外のものが欠けてまたはひび割れて内在し、器具挿入の際それが押入れられてその一端が視束管に近接した等なんらか異常な因子が加わつたためであつて、A医師の過失によるものでは ・を掻きとる際挾み出した骨以外のものが欠けてまたはひび割れて内在し、器具挿入の際それが押入れられてその一端が視束管に近接した等なんらか異常な因子が加わつたためであつて、A医師の過失によるものではないと考えられる。四なお、原判決は本件慰謝料として金二〇〇万円を相当と認めているが、右認定は、精神的損害は加害行為の態様、事情によつて大きく左右されるものであることについての考慮を欠いたものであつて、失当である。被控訴人の一眼失明の結果は十分に同情されるべきものではあるが、仮にそれがA医師のなんらかの過失によるものであるとしても、慰謝料の認定にあたつては、他方A医師が本件手続を行つた事情やその仕方が十分に斟酌されなければならない。A医師は一に被控訴人のために医師としての使命上本件手術を行つたものであつて、なんら自己ないし病院の利益のためにこれをしたものではない。被控訴人の病症は生命に関するというがごとき意味において重大な病症でこそないが、日常継続する堪えがたい病苦を伴う厄介な病症であり、医師はその治療のため本件のごとき手術を求められれば、その手術が治療の方法として有効適切である以上、手術不能の事情のない限りこれを行うべき当然の責務を有しており、A医師はまさにそのような責務を果すためにこれを行つたものである。 ないし病院の利益のためにこれをしたものではない。被控訴人の病症は生命に関するというがごとき意味において重大な病症でこそないが、日常継続する堪えがたい病苦を伴う厄介な病症であり、医師はその治療のため本件のごとき手術を求められれば、その手術が治療の方法として有効適切である以上、手術不能の事情のない限りこれを行うべき当然の責務を有しており、A医師はまさにそのような責務を果すためにこれを行つたものである。したがつて医師が困難な手術をしたことにより事故が生じたからといつて、遡つて医師があえて困難な手術を遂行したということを責むべきものではなく、そのような手術をせざるを得ない医師の立場こそ十分に理解せられるべきものである。しかもA医師の本件手術はその豊富な経験の上に立ち、慎重を旨として行われたものであり、したがつて仮になんらかの過失で被控訴人に本件のごとき結果を生じさせたものとしても、それは実際問題として同人の力の限りを尽してなお避け得 その豊富な経験の上に立ち、慎重を旨として行われたものであり、したがつて仮になんらかの過失で被控訴人に本件のごとき結果を生じさせたものとしても、それは実際問題として同人の力の限りを尽してなお避け得られなかつたものであるから、十分酌量されるべきものといわなければならない。しかるに、原判決はこの医師と患者との間にある人間関係を無視し、片面的に患者たる被控訴人の受けた不利益のみを重く評価したものであつて、その結論は甚だ不当てある。(被控訴人の主張)一原判決は、被控訴人の慰謝料金三〇〇万円の請求中金一〇〇万円の部分を失当として棄却したが、不服であるから、附帯控訴により右金一〇〇万円およびこれに対する損害発生の日の翌日である昭和三七年九月二〇日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。すなわち、原判決は、「本件失明によつて現に進行中であつた縁談が破棄され、将来の結婚の成否、日常生活における苦痛に思をめぐらせば、若き女性である被控訴人にとつて多大の精神的苦悩が課せられたものである。」と認定しながら、その精神的苦痛に対する慰謝料として金二〇〇万円を認めたにとどまつたが、右のような事情の下にあつては慰謝料額は被控訴人主張のとおり金三〇〇万円とするのが相当である。二なお、被控訴人は昭和四一年一月頃から、母校の縁故により和光大学事務局の事務員として勤務していたが、失明後のいろいろな心労が重なつて昭和四二年三月神経性胃炎にかかり、同年九月まで入院治療を余儀なくされ、同年一二月同大学事務局を退職するのやむなきに至つた。 対する慰謝料として金二〇〇万円を認めたにとどまつたが、右のような事情の下にあつては慰謝料額は被控訴人主張のとおり金三〇〇万円とするのが相当である。二なお、被控訴人は昭和四一年一月頃から、母校の縁故により和光大学事務局の事務員として勤務していたが、失明後のいろいろな心労が重なつて昭和四二年三月神経性胃炎にかかり、同年九月まで入院治療を余儀なくされ、同年一二月同大学事務局を退職するのやむなきに至つた。その後いくつかあつた縁談も最後には被控訴人の本件失明が原因となつて未だにまとまらず、被控訴人の妹B(昭和一九年五月生)、C(昭和二一年二月生)、D(昭和二二年一一月生)も適齢期にあり、現在の状態では、こ くつかあつた縁談も最後には被控訴人の本件失明が原因となつて未だにまとまらず、被控訴人の妹B(昭和一九年五月生)、C(昭和二一年二月生)、D(昭和二二年一一月生)も適齢期にあり、現在の状態では、これらの妹が先に結婚することになり、被控訴人の精神的苦痛は、はかり知れないものがある。(証拠関係)(省略) 理由 一被控訴人が昭和三五年二月八日(当時高校一年在学中)東京大学医学部附属病院分院耳鼻科において、同病院所属医員A医師の診断を受け、両側慢性副鼻腔炎(いわゆる蓄膿症、鼻腔内分泌物過多・中鼻甲介腫張・中鼻道閉塞等の所見あり)と診断され、それ以来同医師を受持医として昭和三七年九月末頃に至るまで同分院において同医師からその治療を受けたこと、その間A医師は、被控訴人に対し薬物治療を施すかたわら、昭和三六年四月一七日両側粘膜下下甲介切除手術、同年一二月二一日再度両下甲介切除手術を行い、さらに昭和三七年三月二日右側慢性副鼻腔炎の根治手術、つづいて同月一四日左側慢性副鼻腔炎の根治手術ならびに病巣感染を防ぐための扁桃線摘出手術をしたが、なお被控訴人の病状は軽快するに至らず、昭和三七年八月一八日の診療の際には、中鼻甲介に浮腫性腫張が認められ、篩骨洞に病変の残存することが推測されたこと、ここにおいて被控訴人に対しさらに鼻腔の浮腫性粘膜を切除し、前部篩骨洞を開放して膿を排出するため鼻内篩骨洞開放手術を、まず右側ついで左側の順序で行うこととなり、被控訴人は昭和三七年九月一八日東京大学医学部附属病院分院に入院し、翌一九日A医師の執刀による右側鼻内篩骨洞開放手術(以下本件手術という。)を受けたこと、本件手術前は、被控訴人の視力は左右両眼とも一・二で正常であつたこと、本件手術は全身麻酔をかけて行われ、約一時間足らずで終了したが、手術終 を切除し、前部篩骨洞を開放して膿を排出するため鼻内篩骨洞開放手術を、まず右側ついで左側の順序で行うこととなり、被控訴人は昭和三七年九月一八日東京大学医学部附属病院分院に入院し、翌一九日A医師の執刀による右側鼻内篩骨洞開放手術(以下本件手術という。)を受けたこと、本件手術前は、被控訴人の視力は左右両眼とも一・二で正常であつたこと、本件手術は全身麻酔をかけて行われ、約一時間足らずで終了したが、手術終 側鼻内篩骨洞開放手術(以下本件手術という。)を受けたこと、本件手術前は、被控訴人の視力は左右両眼とも一・二で正常であつたこと、本件手術は全身麻酔をかけて行われ、約一時間足らずで終了したが、手術終了後被控訴人が麻酔から覚めたときには、すでに右眼の視力が零となつており、被控訴人の右眼失明は、A医師による本件手術の過程において生じたものであることおよび本件手術の日の翌々日である同月二一日同分院眼科医による診察がなされた結果、被控訴人の視力障害は本件手術時の損傷による右眼球後部障害と診断され、それ以来昭和三八年一月一四日に至るまで同分院眼科医によつて薬物投与による保存的療法が行われたが、被控訴人の視力は遂に回復しなかつたことは、いずれも当事者間に争がない。二ところで、原審ならびに当審証人Aの証言によれば、A医師が被控訴人に対して昭和三七年三月二日にした右側慢性副鼻腔炎の根治手術および同月一四日にした左側慢性副鼻腔炎根治手術は、唇の裏と歯齦の間を切開し、上顎洞の病的粘膜を除去したうえ、鼻の側壁を除いて洞内から鼻腔に膿が自然に流出する孔を作り、さらに上顎洞を経由して篩骨洞内の蜂・の病変部分を掻爬して除去する手術であり、同医師はこれと同一の手術を、これより先昭和三六年三月二〇口過ぎにも被控訴人に対し行つていること、右手術は、上顎洞を経由する関係上、これによつて篩骨洞の後部の病変組織を除去することは容易であるが、篩骨洞前部は死角になりやすいためその病変組織を除去することは比較的に困難であること、A医師が被控訴人に対して昭和三七年九月一九日にした右側鼻内篩骨洞開放手術(本件手術)は、鼻腔を経由し、下甲介と中甲介の間にある中鼻道の粘膜を切りとり、篩骨洞の前壁を露出させ、この前壁を鋭匙鉗子および鋭匙を用いて破り、篩骨洞内が見えるようにし、洞内の蜂・ 篩骨洞開放手術(本件手術)は、鼻腔を経由し、下甲介と中甲介の間にある中鼻道の粘膜を切りとり、篩骨洞の前壁を露出させ、この前壁を鋭匙鉗子および鋭匙を用いて破り、篩骨洞内が見えるようにし、洞内の蜂・の病変部分を掻きとつて除去するものであつたことを認めることができる。 の間にある中鼻道の粘膜を切りとり、篩骨洞の前壁を露出させ、この前壁を鋭匙鉗子および鋭匙を用いて破り、篩骨洞内が見えるようにし、洞内の蜂・ 篩骨洞開放手術(本件手術)は、鼻腔を経由し、下甲介と中甲介の間にある中鼻道の粘膜を切りとり、篩骨洞の前壁を露出させ、この前壁を鋭匙鉗子および鋭匙を用いて破り、篩骨洞内が見えるようにし、洞内の蜂・の病変部分を掻きとつて除去するものであつたことを認めることができる。<要旨>三そこで進んで本件手術にあたつて、A医師に過失があつたかどうかの点について考えてみるに、耳鼻咽</要旨>喉科の医師が副鼻腔炎治療のため鼻内篩骨洞開放手術をなすにあたつては、手術の過程において失明の結果を生ぜしめるがごとき行為をしないよう万全の注意を払うべき業務上の注意義務があることはもちろんであつて、いやしくも手術の過程において失明の結果が生じた以上、それが不可抗力によるものであるか、少くとも現在の医学智識をもつては予測し得ない特異体質等その他これに類する原因に起因することの立証がない限り、当該手術にあたつた医師に過失があつたものと推定すべきである。いま本件についてこれをみるに、被控訴人の失明の結果がA医師による本件手術の過程において生じたものであることは、当事者間に争なく、右失明の結果が不可抗力その他前掲のような原因によるものであることを認めるに足る証拠はないのみならず、かえつて、いずれも成立に争のない甲第一号証、乙第一ないし第三号証、同第四、五号証の各一、二、同第一〇号証、同第一一号証の一ないし一二、同第一二号証、原審ならびに当審証人A、原審証人E、同F、当審証人Gの各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果および当審における鑑定人Hの鑑定の結果を総合すれば、「鼻内飾骨洞開放手術とは、一般に慢性篩骨蜂巣炎に対し鼻腔を経由して篩骨蜂巣を削開し、その内部の病巣を剔除する手術をいうのであり、この手術による失明は非常にしばしば遭遇するものではないが決して絶無ではな 内飾骨洞開放手術とは、一般に慢性篩骨蜂巣炎に対し鼻腔を経由して篩骨蜂巣を削開し、その内部の病巣を剔除する手術をいうのであり、この手術による失明は非常にしばしば遭遇するものではないが決して絶無ではなく、その原因としては手術器具による視神経の損傷、網膜中心動脈の栓塞、眼窩内出血あるいは出血に起因する視器全般の浮腫または炎症等があげられており、A医師は、相当経験ある耳鼻咽喉科専門の医師として、鼻内篩骨洞開放手術に際し措置を誤れば、右のような原因から失明の合併症を生ぜしめる危険があることを知つていたが、本件手術時被控訴人の出血が多量であつて手術部位の視野の確保に困難を来し、かつ、被控訴人が前に同一患部を手術をしたことがあるため瘢痕組織が生じ患部が硬質化していたので掻きとりにくくなつていたこと等の悪条件が重なつたため、篩骨洞内の病巣を掻爬するに際し、手術器具の操作を誤り、篩骨洞と眼窩との隔壁をなしている紙状板(紙様板ともいい、薄い骨の壁)を破り、これを越えて器具を眼窩内に挿入し、直接に、ないしは骨片その他なんらかの介在物を通じて間接に、右眼球後部の視神経もしくは血管に衝撃を加えてこれを損傷し、もつて被控訴人の右眼失明の結果を来さしめた。 部が硬質化していたので掻きとりにくくなつていたこと等の悪条件が重なつたため、篩骨洞内の病巣を掻爬するに際し、手術器具の操作を誤り、篩骨洞と眼窩との隔壁をなしている紙状板(紙様板ともいい、薄い骨の壁)を破り、これを越えて器具を眼窩内に挿入し、直接に、ないしは骨片その他なんらかの介在物を通じて間接に、右眼球後部の視神経もしくは血管に衝撃を加えてこれを損傷し、もつて被控訴人の右眼失明の結果を来さしめた。」ものと推認するのを相当とし、原審ならびに当審証人Aの証言中右認定に反する供述部分はにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はないから、A医師は過失の責を免れないものといわなければならない。四右に対し控訴人は、A医師が手術器具を紙状板を越えて眼窩内に侵入させたということは考え難い旨主張するが、前記乙第一〇号証、同第一二号証および当審証人Gの証言によれば、「被控訴人は失明した右眼の治療のため昭和三八年三月一一日東京慈恵会医科大学附属病院において同大学教授Gより視神経管開放手術を受けたのであるが、その 証、同第一二号証および当審証人Gの証言によれば、「被控訴人は失明した右眼の治療のため昭和三八年三月一一日東京慈恵会医科大学附属病院において同大学教授Gより視神経管開放手術を受けたのであるが、その際被控訴人の眼窩紙状板に真中から前後にかけて略々栂指頭大の欠損が存し、その部分は骨膜を含む骨壁そのものがなくなつていたことが確認されたことおよび紙状板には先天的に欠損の存することがあるが、その大きさは米粒大からせいぜい大豆大までであつて栂指頭大のものはないこと」が認められるので、右被控訴人の紙状板の欠損は後天的に手術によつて生じたものであると考えられ、ただ、それが本件手術の際に生じたものであるか以前の手術の際に生じたものであるかについては、疑問の余地なしとしないが、前記乙第一号証(診療録)中には、本件手術の所見として、「鼻内から中鼻道を開くべく、浮腫性の粘膜を切除し、主として前篩骨洞を清掃する、中甲介の付着部から出血つよく大ガーゼ三本ガーゼタンポンし、手術を終る」旨記載されていること、前記紙状板の欠損部位および被控訴人について以前の手術の際には視力障害が発生せず本件手術の際にはじめて発生するに至つた点等よりすれば、右欠損は、前記の如く本件手術の際にA医師が器具の操作を誤り、紙状板を越えてこれを眼窩内に挿入したため惹起されたものと推認するのを相当とし、したがつて控訴人の右主張は採用し得ない。 甲介の付着部から出血つよく大ガーゼ三本ガーゼタンポンし、手術を終る」旨記載されていること、前記紙状板の欠損部位および被控訴人について以前の手術の際には視力障害が発生せず本件手術の際にはじめて発生するに至つた点等よりすれば、右欠損は、前記の如く本件手術の際にA医師が器具の操作を誤り、紙状板を越えてこれを眼窩内に挿入したため惹起されたものと推認するのを相当とし、したがつて控訴人の右主張は採用し得ない。また、控訴人は、仮にA医師の使用器具が紙状板より深く入つたとしても、それによつて視束(視神経)はもちろん視束の近辺にその先が達するということは物理的におよそあり得ないことである旨主張するが、被控訴人の紙状板の欠損は、紙状板の真中から前後にかけて略々拇指頭大の大きさであることは前に認定したとおりであり、この事実と、控訴人が原審において提出した昭和四〇年三月二 ないことである旨主張するが、被控訴人の紙状板の欠損は、紙状板の真中から前後にかけて略々拇指頭大の大きさであることは前に認定したとおりであり、この事実と、控訴人が原審において提出した昭和四〇年三月二九日付準備書面に添付されている本件手術部位を示す水平断面図ならびに垂直図合計六葉、前記乙第一二号証および当審証人Gの証言とを総合すれば、鼻孔より挿入した器具が前記紙状板の欠損部位を貫いて進入し、右眼球後部の視神経または血管に到達することが物理的に可能であると認められるから、右控訴人の主張も採用し得ない。なお、A医師による視神経ないし眼窩内血管の損傷が手術器具の直接の衝撃によるものではなく、骨片その他なんらかの介在物を通じてなされたものであつたとしても、右損傷は結局同医師の器具の操作上の誤りによつて生じたものというを妨げないから、不可抗力等と目される特段の事情のない限り、同医師は過失の責を免れ得ない。さらに、控訴人は、被控訴人の失明がA医師の手術器具の操作に原因するとしても、被控訴人の篩骨洞内の蜂・は過去の手術による瘢痕組織のため、その掻きとりが初めて篩骨洞内に手術を加える場合に比し困難な状況にあり、そのためA医師が最善の注意義務を尽して手術器具を操作したにもかかわらず、蜂・掻きとりの際はからずも器具の先端が瞬間的に紙状板を通過して視神経に一過性の衝撃を与えるのやむなきに至つたものと考えられるところ、被控訴人の視神経は通常人に比して虚弱であつたためたまたま右衝撃によつてたやすくその機能を失うに至つたものであるからA医師に過失はない旨主張するが、瘢痕組織のため初めての手術の場合に比し掻きとりが困難であつたことは認められるとしても、そのために紙状板を通過して視神経に一過性にせよ衝撃を与えることは、やはり専門医として当然払うべき注意義務を怠つ の衝撃を与えるのやむなきに至つたものと考えられるところ、被控訴人の視神経は通常人に比して虚弱であつたためたまたま右衝撃によつてたやすくその機能を失うに至つたものであるからA医師に過失はない旨主張するが、瘢痕組織のため初めての手術の場合に比し掻きとりが困難であつたことは認められるとしても、そのために紙状板を通過して視神経に一過性にせよ衝撃を与えることは、やはり専門医として当然払うべき注意義務を怠つ 痕組織のため初めての手術の場合に比し掻きとりが困難であつたことは認められるとしても、そのために紙状板を通過して視神経に一過性にせよ衝撃を与えることは、やはり専門医として当然払うべき注意義務を怠つたものというに妨げないから、過失たるを免れない。五如上説示のとおりとすれば控訴人国はその公務員たる医師Aの職務執行上の過失により被控訴人が蒙つた右眼失明による損害を賠償すべき責あるものというべきであるから、次にその慰謝料の数額について按ずるに、前記甲第一号証、原審証人米内美稲の証言、原審ならびに当審における被控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合参酌すれば、「被控訴人は、昭和一七年五月四日生れの未婚の女性で、昭和三七年三月高等学校を卒業し、タイピストとして商事会社に勤務したが、本件手術の結果、右眼を失明したため、昭和三八年五月頃右商社を退職し、転じて他の会社の就職試験を受けたが、右眼が見えないことが原因で不合格となり、昭和四一年一月から母校の縁故でようやく和光大学の受付として勤めるようになつたものの昭和四二年三月以降失明からくる心労に原因する神経性胃炎にかかり、その治療のため同年八月中入院し、同年一二月には結局和光大学も退職する仕儀となり、昭和四三年七月以降現在に至るまでコーヒーショップに勤めていること、ところで被控訴人は右眼が見えないため距離感が薄く、通路の通行、階段の登り降りに際して危険を覚え、狭い店内で他人と衝突しないように気をつかわなければならず、そのため見える方の左眼もとかく疲労しやすいこと、またかつて職場において互に好意を持つようになつていた男性は、本件失明を契機として疎遠になり、その後被控訴人の右眼失明を知りつつ被控訴人に好意を持ち、当人同志では結婚の約束までした男性との縁談も、結局被控訴人の右失明を理由に反対する周囲の者 なつていた男性は、本件失明を契機として疎遠になり、その後被控訴人の右眼失明を知りつつ被控訴人に好意を持ち、当人同志では結婚の約束までした男性との縁談も、結局被控訴人の右失明を理由に反対する周囲の者の意見に抗し切れず破棄されるに至つたこと。 て疎遠になり、その後被控訴人の右眼失明を知りつつ被控訴人に好意を持ち、当人同志では結婚の約束までした男性との縁談も、結局被控訴人の右失明を理由に反対する周囲の者 なつていた男性は、本件失明を契機として疎遠になり、その後被控訴人の右眼失明を知りつつ被控訴人に好意を持ち、当人同志では結婚の約束までした男性との縁談も、結局被控訴人の右失明を理由に反対する周囲の者の意見に抗し切れず破棄されるに至つたこと。」を認めることができ、右認定の事実によれば被控訴人は若い未婚の女性として、将来の結婚の成否、日常生活における不自由さ等に関し本件失明によつて多大の精神的苦痛を受けているものということができる。外貌上被控訴人の右眼失明の欠陥は識別し難く、普通人と相違のみられないことはせめても、不幸中の幸ということができるが、被控訴人の内心的苦痛に思いを致せば、なお救い難いものがあるといわねばならない。その他諸般の事情を勘案すれば被控訴人に対する慰謝料額は被控訴人主張のとおり金三〇〇万円をもつて相当と思料する。六しからば、被控訴人が控訴人に対し慰謝料金三〇〇万円およびこれに対する損害発生の日の翌日である昭和三七年九月二〇日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求はすべて正当としてこれを認容すべきであり、右請求の一部を棄却した原判決はその限度において失当であるが、他の請求を認容した部分は相当であるから、控訴人の控訴は理由なしとしてこれを棄却し、原判決中被控訴人敗訴の部分を取消して、被控訴人の附帯控訴にかかる請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官古山宏裁判官川添万夫裁判官右田尭雄)

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