昭和46(う)2580 わいせつ物販売被告事件

裁判年月日・裁判所
昭和46年12月23日 東京高等裁判所
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判決文本文4,696 文字)

主文 本件控訴を棄却する。理由 本件控訴の趣意は、弁護人馬屋原成男提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。控訴の趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について。所論は、原裁判所は、昭和四三年一一月一三日熊本地方検察庁玉名支部検察官から熊本地方裁判所玉名支部に対して公訴の提起がなされた事実(原判示第三の事実)(同事件は昭和四五年一二月一九日右裁判所から東京地方裁判所に移送となる。)について、昭和四六年四月三日刑事訴訟法第三三八条三号所定の「公訴の提起があつた事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたとき」に該当するとして公訴棄却の判決をしながら、昭和四六年四月一九日原審検察官が訴因の追加変更に名を籍りて再び実質的な二重起訴をなしたと認められる訴因の追加変更を許可し、同一事実について判示第三の犯罪事実として審理判決をした。しかしながら、右については原裁判所としては、再び刑事訴訟法第三三八条三号によつて公訴棄却の判決をするか、または同法第三三七条第一号に則り免訴の言渡しをしなければならなかつたのである。(しからざれば、憲法第三九条の一事不再理の原則に反する。)原判決は、前記公訴棄却の判決について、弁護人の主張に対する判断として、「検察官の審判を求める方途に関する形式的裁判であつて、裁判の外部的効力である既判力を生じない」旨説示しているが、右公訴棄却の判決は、例えば訴訟条件欠如(親告罪の告訴取消や告訴のなかつた場合等)の場合のように純然たる形式裁判でなく、その理由は前の起訴事実の中に後の起訴事実が包含されるところの包括一罪を理由とするものであるから実体法上無罪に近い実質的意義のある公訴棄却である。従つて、実質的既判力なしとする原裁判所 裁判でなく、その理由は前の起訴事実の中に後の起訴事実が包含されるところの包括一罪を理由とするものであるから実体法上無罪に近い実質的意義のある公訴棄却である。 告訴のなかつた場合等)の場合のように純然たる形式裁判でなく、その理由は前の起訴事実の中に後の起訴事実が包含されるところの包括一罪を理由とするものであるから実体法上無罪に近い実質的意義のある公訴棄却である。従つて、実質的既判力なしとする原裁判所 裁判でなく、その理由は前の起訴事実の中に後の起訴事実が包含されるところの包括一罪を理由とするものであるから実体法上無罪に近い実質的意義のある公訴棄却である。従つて、実質的既判力なしとする原裁判所の判断は誤りである。原裁判所の訴訟手続には法令違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないというに帰する。しかしながら、原裁判所がなした所論の公訴棄却の判決があるに拘らず、所論訴因変更の許可手続やその後の審理判決手続は違法ではなく、原判決のこの点に関する結論はこれを肯認すべきである。結局所論は独自の見解であつて、採用することができない。なお、昭和三四年一二月一一日の最高裁判所第二小法廷判決(昭和二九年(あ)第二、五二六号)の理由中で示す見解に徴すれば、原裁判所としては、前記のように公訴棄却の判決をなすことなく、後の公訴の提起を訴因変更の趣旨と解してそのまま審理判決をなし得たものと解せられる。右所論は理由がないことに帰する。控訴の趣意中、事実の誤認および法律の解釈の主張について。所論は、原判決は、被告人らが「男女性交時の感情等を露骨に表現した発声等を録音したクライマツクスと題するわいせつ物たるカーステレオカセツトテープを、、、、、販売した」と認定し、よつて被告人に対し刑法第一七五条前段を適用処断しているが、右テープは同条所定のわいせつ物ではなく、またその録音の内容も性交の場面たることの具体的露骨な発声、用語による表現はない。そして原判決は変遷する性に関する社会通念を無視し、刑法第一七五条にいうわいせつの概念を誤解したものである。原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認を冒かし、また法令の解釈適用を誤まつた違法があるから、破棄を免れないというに帰する。そして所論は、その理由について次の の概念を誤解したものである。原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認を冒かし、また法令の解釈適用を誤まつた違法があるから、破棄を免れないというに帰する。そして所論は、その理由について次のとおり主張している。 解したものである。原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認を冒かし、また法令の解釈適用を誤まつた違法があるから、破棄を免れないというに帰する。そして所論は、その理由について次の の概念を誤解したものである。原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認を冒かし、また法令の解釈適用を誤まつた違法があるから、破棄を免れないというに帰する。そして所論は、その理由について次のとおり主張している。すなわち、刑法第一七五条前段にいうわいせつ物は、有体物でなければならず、かつその外形自体が、性慾を刺激し性的羞恥の念を生せしめるに足りるものでなければならないと解せられるところ、本件テープの箱や外形には何らわいせつの表現がない。のみならず、本件テープに吹き込まれた音声は物ではない。そして、刑法第一七四条にいう公然わいせつの行為には発声は入らないと解せられ、発声行為がわいせつの行為とならない以上、音声を録音した声がわいせつ罪に問われる筈はない。次に、本件テープの吹込み状況を観ると、単なる声のみの擬装であるばかりでなく、表現しようとする情景も入浴場面や新婚男女の愛情交換の場面であつて、性交の場面たることを想像させるに足りる具体的露骨な発声用語による表現は少しも出ていない。男女が愛情交換に際し歓喜の声を発するのは自然の情であるが、これを室内で聴かせるためにテープに録音したり、それを聴くことが何故許されないか理解に苦しむものである。しかも、被告人は本件テープを公然と人に聴かせて売り歩いた事実はない。また被告人は子供に聴かせ、または公然聴かせたりする目的で本件テープを作成させたものでもない。さらに、わいせつ性の判断は、その事件の裁判時における社会通念を基礎としなければならないことはチヤタレー判決の教えるところであるが、本件において、検察官は二十年も以前の判例を引用して性的羞恥の情を生ぜしめるに足りる等と論告し、原裁判所もその考え方を容れているが、二十年前に性的羞恥を感ぜしめると判断した物も、今日の社会通念で同様に判断できないことは、 二十年も以前の判例を引用して性的羞恥の情を生ぜしめるに足りる等と論告し、原裁判所もその考え方を容れているが、二十年前に性的羞恥を感ぜしめると判断した物も、今日の社会通念で同様に判断できないことは、最近における性解放の風俗のあり方から考えると、当然の事理である。 る等と論告し、原裁判所もその考え方を容れているが、二十年前に性的羞恥を感ぜしめると判断した物も、今日の社会通念で同様に判断できないことは、 二十年も以前の判例を引用して性的羞恥の情を生ぜしめるに足りる等と論告し、原裁判所もその考え方を容れているが、二十年前に性的羞恥を感ぜしめると判断した物も、今日の社会通念で同様に判断できないことは、最近における性解放の風俗のあり方から考えると、当然の事理である。この社会通念の変遷を無視した原判決は到底是認できない旨の主張をしているのである。しかしながら、原審記録を調査して案ずるに、原判決の掲げる各証拠を綜合すれば、原判示犯罪事実はこれを肯認するに足り、原判決には所論のごとき事実誤認ないしは法令の解釈適用の誤りは存在しないものと認められる。なるほど本件カセツトテープや外装の紙箱の外形は通常のカセツトテープと変りはなく、もとよりその外形には一般普通人の性的羞恥の感情を害せしめるところはない。しかし、本件テープの録音の内容は、「新婚初夜」および「未亡人」と題する二編であるが、いずれにも男女性交時又はこれに類似する性戯時の感情等を露骨に表現する会話、音声部分があり、録音内容を全体的に考察しても、右会話、音声等は徒らに性慾を刺戟しもしくは興奮させ且つ普通人の正常な羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものであると認め<要旨>得る。そして、たしかに音声は無形であるが、本件テープの如く会話、音声等をテープに録音固定し、これを</要旨>再生させることによつて聴覚によつて内容を感得しうるようにした物は、映画フイルム、写真、小説等視覚によつて内容を認識し得る場合と異ならず、その内容においてわいせつと称すべきものであれば刑法第一七五条の「わいせつの文書、図画其他の物」に該当すると解するのが相当である。これと異なる所論は独自の見解とみるほかはない。所論は、本件テープの吹き込み状況が声のみの擬装であるばかりでなく、想起させようとする情景も入浴場面や新婚男女 の物」に該当すると解するのが相当である。これと異なる所論は独自の見解とみるほかはない。所論は、本件テープの吹き込み状況が声のみの擬装であるばかりでなく、想起させようとする情景も入浴場面や新婚男女の愛情交換の場面であつて、性交の場面たることを想起させるに足りる具体的露骨な発声、用語ではないから、本件テープにはわいせつ性がない旨主張する。 であるばかりでなく、想起させようとする情景も入浴場面や新婚男女 の物」に該当すると解するのが相当である。これと異なる所論は独自の見解とみるほかはない。所論は、本件テープの吹き込み状況が声のみの擬装であるばかりでなく、想起させようとする情景も入浴場面や新婚男女の愛情交換の場面であつて、性交の場面たることを想起させるに足りる具体的露骨な発声、用語ではないから、本件テープにはわいせつ性がない旨主張する。しかし、この点に関して原判決が「弁護人の主張に対する判断」の三項において説示したところはすべて当裁判所において正当として肯認することができる。次に、所論は、本件テープは聴取者が室内で聴くように作成されたものであり、公然性がない。そして被告人らは公然他の人に聴かせて売り歩いていた事実もなく、また子供に聴かせる目的で本件テープを作成したものではないという趣旨の主張をしている。しかし、刑法第一七五条所定のわいせつ物販売罪の成立にはそのような事実の有無は要件とはならない。本件においてはテープ(録音内容に「わいせつ性」があるかを判断すれば足りるのである。この点に関する所論は採用するを得ない。次に、所論は、原判決を非難して、二十年前の判例を固執し、最近における性解放の風俗の実態を見ず、社会通念の変遷を無視したものであるなどと主張するが、原判決は社会通念に従つて本件テープの「わいせつ性」を判断していることは、原判決の「弁護人の主張に対する判断」四項において詳細に説示していることによつても明らかであり、その説示するところもまた当裁判所においてもこれを肯認するものである。以上、原判決には所論のごとき事実誤認ないしは法令の解訳適用の違法は存在しない。右所論は理由がない。(その他の理由は省略する。)(裁判長判事井波七郎判事足立勝義判事丸山喜左エ門) の違法は存在しない。右所論は理由がない。(その他の理由は省略する。)(裁判長判事井波七郎判事足立勝義判事丸山喜左エ門)

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